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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第5章 ~勃発~
86/181

首都圏テロ発生

 ……それは現実とは思えない光景だった。


 東京で。日本の首都のど真ん中で。堂々とテロを実行したのだ。


 無線では多くの喧噪や指示を求める声が錯綜しており、もはや何が何やらわからない状況らしい。何もかもがめちゃくちゃだ。


 そして何より……



「……なんじゃこりゃ……」



 都市の中心から、刻々と上がる複数の黒煙が、その現実を何より証明していた。






 ―――数十分前。東京湾『浦賀水道』前海上。

 編隊飛行を組んでいた2機のヘリが、1隻の空母に着艦しようとしていた。


 急遽本土より手配されたSH-60K“シーホーク”により、俺たちは海軍巡洋艦『やまと』を離艦した。奪還のためにともに戦った彼らともすぐにお別れとなり、「借りはいつか返す」という約束も貰うほどに感謝された。新澤さんも、兄さんと簡単、かつ気持ち強く「またいつか」と再会を約束していた。兄妹というだけでなく、軍人同士としても破ることはできない固い約束であった。他の乗員たちも似たようなもの。

 そういえば、艦を離れる直前、なんか妙に必死に手を満面の笑顔で振っている若いWAVEが、新澤の兄さんの横にいたよな気がしたが……、あの艦、女性乗員なんていただろうか。

 また、一般客からも賞賛の喝采などを浴びながら、俺らはシーホークに乗り、後ろ髪を引っ張られる思いを感じながら、艦を後にした。


 その後、東京湾口の海上にて、横須賀よりちょうど出港したばかりのヘリ空母『かが』に降り立った。

 一旦ここに降り立ち、次に陸軍のヘリに乗り次ぐ手筈となっていた。俺たちが降り立つのとほぼ同じタイミングで、いずもの甲板に第1ヘリコプター団所属のUH-60JA“ブラックホーク”が着艦しようとしていた。

 2機やってきたあたり、ここで二澤さんと俺らで分乗することになるのだろう。オスプレイでもいいはずだが、そこの理由は後々判明するはずだ。


 ブラックホークから、空挺団が用いる都市迷彩服が手渡された。制服はもう用無しだ。武装などもすべてヘリに乗せて持ってくるという徹底ぶりだ。ほんとに急いで引き戻そうとしたのだろうことがありありと見て取れた。


「兵員室を一部お貸しします。すぐに着替えてください。でき次第出発します」


「了解。おら、さっさといくぞ」


 二澤さんがそう急かし、一旦『かが』艦内へと入り、着替えをさっさと済ませる。ヘリ空母だけに、結構居住性はよさそうに見えた。着替え中、たまにはここで過ごしたいとも思ったが、新澤の兄さんみたいに海軍軍人にでもならないと無理だろうな。


 即行で完全なる空挺団用の都市迷彩に着替えると、直ちに甲板に戻った。甲板ではすでに二澤さんらも待機しており、ヘリもいつでも発艦可能な状態だった。シーホークの姿はないが、先の漁船、という名の特攻船の乗員捜索などに向かったという。ご苦労なことである。


「よし、全員いるな?」


「大丈夫です。一人も漏れてません」


「オーケー。じゃあすぐに搭乗だ。これより、テロが発生した東京都に向かう。目的地は搭乗するヘリのほうで聞け」


「二澤さんはまだ何も聞いてないんですか?」


「まだだ。詳しい情報が入っていない。とにかく、情報は移動しながら聞く」


 それだけ急を要する状況ということだろう。時間かけて状況説明などをしてる暇などないのだ。


「時間がない。急いで搭乗だ。急げ!」


「了解!」


 俺たちは二澤さんの部隊と別れ、目の前にある1機のブラックホークに飛び乗った。最近延命化とともに近代化改修まで施されたものであるだけに、中身は新品そのものだ。機内に響く騒音も結構抑えられている。


「来おったな、全員乗ったか?」


 コックピットのほうから男性の声が響く。見ると、左側の席にいる中年の勇まそうな雰囲気を放つ男性が、こちらに首を向けていた。

 どうやら、彼がこのブラックホークの機長のようだ。言葉に関西訛りがあるから関西出身の人か。


「はい、全員乗りました。お願いします」


「よっしゃ。じゃあ4名ご案内するで。揺れにきいつけや」


 関西弁をまくしたてながら、ブラックホークはその身を宙に上げた。腕は中々ものもで、揺れに気を付けろっていう割にはあまり揺れらしい揺れをほとんど感じさせない。相当なベテランらしい。

 ヘリ空母『かが』を離れ、一路東京都へと向かう。後ろから二澤さんの乗るブラックホークも後続し、機体が安定したところで、機長はこちらに声をかけた。


「東京都までは十数分程度や。そこにタブレットがあるから、それまで情報でも集めとくんやな」


「了解です。少しお借りします」


 コックピットの手前にはタブレットが置かれていた。元から備え付けられてた形跡はないため、こちらも急遽用意したのだろう。タブレットは和弥に渡し、適宜情報を集めてもらうことにする。

 その間少し待つこととなったが、機長はさらに続けた。


「しかし、話には聞いとったが、ほんとにおったんやな」


「―――? 何がです?」


 機長は顔をこちらに向けず、声だけで会話する。


「ありゃ、その様子じゃ、上の連中から聞いとらんかったんか? すでに空挺団のほうに情報は渡っとると思っとったが……」


 いったい何のことだ? そんな風に不審に思っていると、


「敦見中尉、それはほんの2日前に急遽決定したばかりで、彼らへの情報は今日の午後渡る予定でした。彼らが知らないのも無理はありません」


 透き通るように、かつ淡々とした言葉を話つ女性の声が聞こえた。機長席の反対側。どうやら副操縦席にはWACがいるらしい。それも結構若い。


「あぁ、そういやそうやったな。ハハ、こりゃ失礼」


 敦見という名を持つらしい機長の笑い声を聞きながら、俺は不審に思った。

 情報? 和弥もそのことは知らなかった。隣で「え?」と首をかしげている。なんだ、また俺らの知らないところで色々変わったのか。

 そんな風に思っていると、彼は「こりゃ初めにいっとかなあかんな」と前置きしていった。


「いや、実は、俺ら今度アンタらんとこの専属になったんや」


「専属?」


「せや。専属や。あんたらがヘリで移動するときは、滅多なことがない限りは俺らが担当させてもらうで」


「専属って、こりゃまたなんで?」


 そう聞くと、彼は一瞬間をおいてまた吹き出すように笑い、


「ハハハ、なんでって、決まっとるやがな」


 そういって、彼は若干首をこちらに向け、俺らのほうに目くばせをしながら言った。


「……そこにいる若い彼女、ロボットなんやろ?」


「ッ!?」


 一瞬にしてキャビンが固まった。和弥のタブレットを操作する手は止まり、お隣にいる新澤さんは目を見開き、そして、誰でもないユイ自身も顔をひきつらせている。

 しかし、その緊張をほどくかのように彼は陽気な口調でいった。


「そ、そないな固まるなや。別にそう上の連中から聞かされてただけで、俺らもいきなりのことで色々と困惑しとるんや」


「あぁ、すいません。いきなり専属なんて話は、これっぽっちも聞いたことなかったもので。……しかし、なぜいきなり専属なんてものが?」


「機密保持って奴や。ヘリを使うにあたって、ロボットである彼女だって損傷とかしたらここで簡単に修理するなどの手間が入る。その時、なんの事情も知らんパイロットに見られたらマズイっちゅーこっちゃ」


「だから、専属を作って混乱と機密の漏洩を防ごうと?」


「そういうことやな。どうやら、昨今のテロの情勢を見て急遽決まったことらしいで」


 なるほど。それなら確かに納得だ。

 今まではただの訓練で使うのみだったため、ユイがぶっ壊れるなんてことはなかった。仮にあっても、訓練の場なのですぐに場所を変えて対処できる。ヘリで一々やる必要はなかったのだ。

 だが、実際の現場となると話は別だ。今後ほんとになるかはその時はわからなかったが、もし仮にユイを本物の戦場に送り出すとなった時、何の事情も知らない奴がユイのことについていろいろ見てしまったら、そこから情報が漏れかねない。ユイは国家機密の塊であり、国としては、ちょっとの情報の漏洩が大きな損失につながりかねない。


 ……だからこその、専属ということなのだろう。つまり、二人は機密漏洩防止のための、一種の矢面に出されたのである。

 予めくぎを刺しといたパイロット二人をつけといたほうが、色々と都合がいいのだろう。敦見さんによれば、これは、つい数日前に国防省が色々と検討を重ねた結果であるようだ。

 彼も言ったように、テロが増えてきて、そろそろ日本もその標的になるであろうことが現実味を帯びてきた。だからこそ、まだ公表する前のユイを実戦に投げるかもしれない状況を考え、急遽決まったことらしい。


 ……とはいえ、まさかそれが、こうして現実になろうとは……なんとも複雑な心境だ。


「―――となると、コイツのことも?」


「ああ、2日前にアンタらんとこの専属になるにあたって、国防省から派遣されたっちゅー奴からいろいろ聞かされたんや。ビックリしたで。資料も簡単に見させてもろたがな、まるっきり人間やんか。……あー、ついでやし、ちょっと顔見してみ?」


 いわれるがままに、俺はユイに目くばせをして、コックピットに顔をのぞかさせる。彼も、操縦の合間を縫って首を後ろに向けたが、ユイを見た瞬間、苦笑の表情を浮かべた。


「ハハ……アカンな、ロボットの要素がまるっきり見えへんわ。顔見る限りじゃ、完全に人間やな……ほんとにロボットなんやろな? 俺これでもまだ半信半疑なんやで?」


「ウソだと思いでしたら後で証拠でも見せますよ。お二人に対しては、どうやら隠す必要はなさそうですしね」


「せやな。あとでじっくり見させてもらうわ」


 半信半疑と言いながら、その目には半ば好奇心の目も含まれている。彼は彼なりに、ユイに対して興味は持っているようだ。無理もない。そんな存在なのは今に始まったことではなかった。

 そして、彼は「ああ、せや。忘れてた」と思い出したように言った。


「自己紹介が遅れてたな。俺は『敦見仁あつみじん』。階級は中尉や。んで、コイツは相方で新米の『三咲蒼みさきあおい』で、階級は少尉や」


「どうも」


 三咲さんはそう言葉少なめに挨拶した。結構物静かで口数が少ない人なのだろうか。彼とは対照的に、必要以上のことは離さないようだ。

 一応、自己紹介されたのでお返しはする。


「どうも。隊長の篠山です。階級は曹長。で、隣にいるこの方が副隊長の新澤軍曹で、こっちのタブレットいじってるほうが斯波伍長。そして、ここにいるのが……」


「例のロボットちゃんやな。名前なんていうんや?」


「ユイです。カタカナで」


「ユイちゃんか。ええ名前やな。ハハハ」


 そう陽気に笑う彼を見て、三咲さんも淡々とだが同意した。


「ユイ、といえば、漢字では結ぶという意味を持ちます。史上初の、私たち人間とアンドロイドを繋ぐ存在であることを考えれば、十分それらしい名前ですね。可愛らしくもありますし、いいと思いますよ」


「お、冷静な分析やな、蒼。まさしくその通りや」


 そういって再び陽気に笑った。名前だけから即行で由来を当ててくるとか、中々鋭いなこの方。そして、そんな二人の会話を聞いていたユイは少し口元を歪めて微笑んで頬を人差し指で軽くかいでいた。自分の名前を褒められてうれしくない奴はいないだろう。命名元の新澤さんにも感謝しとかねばならない。

 ……というか、こっちを見ながらドヤ顔な目線を送ってるあたり、言うまでもなく自分の自慢話の一つとしている気がする。


「とりあえず、特別ヤバいことが起きへん限りは俺ら二人が専属担当させてもらうことになるで。よろしゅうな」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 こうして、新たなユイに関する情報を直に共有する仲間が増えた。

 いきなりのことであったが、特段変な人というわけでもないし、上層部が選んだのなら信頼ある人たちでることには間違いないだろう。ヘリ移動では特にお世話になることになるし、当然仲良くしとかねばなるまい。機密漏洩防止などの意味も含めて。


「しかし、なんか変な感じやな……見てくれ人間しかおらへん機内に、一人だけロボットちゃんおるっちゅうのは」


「やっぱり、気になりますか?」


 ユイもそこは少し気にしていたのか、多少配慮するように彼に聞いた。しかし、彼は慌てたように、


「い、いやいや。別に気になるってわけやないんや。ただ、やっぱなれる時間っちゅーのは必要やなって意味や。別に君に変な感情抱いてるわけやないで? むしろこれでも興奮しとるんや。……地味に声も可愛いしな」


「か、可愛いって……」


 アタックすごいなこの人。ユイが困惑するのも無理はない。


「敦見中尉、さっき困惑してるとかいってませんでした?」


 しかし、お隣の相方からすぐにツッコミが入る。……が、彼はおそらく通常モードなのであろう陽気な口調で返した。


「いやいや、それとこれとは別や。よく考えてみぃ? 目の前にいるんはロボットや。しかもめっちゃかわいこちゃんや。興奮せーへん奴がおるかっちゅー話や」


「それ、いやらしい意味入ってませんよね?」


「ちょ、勘違いすんなや! そないな趣味俺はもっとらへんがな!」


「どうだか……」


 唐突に始まった漫才に、俺らは苦笑いするしかなかった。仲がよさそうで何より。相方、といっているだけに、結構何だかんだで漫才できる程度には信頼しあっているようである。

 また、さっきから慣れないべた褒めをされてしまったからか、妙にユイが顔を横に俯かせている。やはり照れ隠しだろうか。自信もっていいんやでユイ。実際べっぴんさんやし声も普通に可愛いから。新澤さんが保障してくれるから。


「ハハハ。すんまへんなぁ、うちの相方、不愛想に見えますけど、これでもちゃんと感情は豊かなほうなんや。ただ表に出さんだけで。ハハハッ!」


 そう声高に笑う隣から入る、冷静なツッコミ。


「ですから、私は好きでこうなのではなくて、ただ単に表に出すのが苦手なだけで……」


「そうはいうてもな、失敗してもええから外に積極的に出さんと嫌に思われるで?」


「余計なお世話です!」


「おぉ、怖い怖い。でも、俺の前とかだと普通にだしよるんですわ」


「え?」


「2日前にユイちゃん……だっけな、この子のことを明かされたときとか、今のコイツとは真逆なぐらい驚いててなぁ、ほんまそれくらいのテンションで―――」


「あれはしょうがないでしょう!? 人間そっくりのロボットとか出されたらそうなりますよ!?」


「……今みたいなテンションで今日一日過ごそうか」


「勘弁してください! 私が色々と疲れます!」


「ほんとな仲良いなお前ら」とこの時誰しもが思った。顔に出てる。俺も傍から見れば間違いなくそんな想像を込めた苦笑を浮かべていることだろう。というか、三咲さん普通に感情だせるやないですか。羞恥全開ですけど。

 大人しかった彼女がいきなり声を荒げても、彼はすんなりと横に流すようにあしらったあたり、結構手馴れてるようだった。彼女も彼の素性を知ってるためか、無駄だと思いそれ以上は言わなかった。

 まあ、喧嘩ってわけでもないだろうが、そんくらいするほうが仲がいいってね。傍から見れば微笑ましい光景だ。


「……ん?」


 ふと、隣のユイに目が言った。

 ユイの目はコックピットにいる二人にむいていた。未だにちょっとした会話を挟んでは軽い漫才が入る二人を、微笑みつつも、目を細めながら見ていた。

 ……少し、寂しそうな眼ともいえる。


「(……何を考えているのやら)」


 すぐに察せれない俺も俺だ。鈍感だなんだって言われるのもわかる気がする。


 ……そんなことを思っていると、


「……こりゃ、相当マズイな」


 隣でタブレットを操作していた和弥がそう呟いた。呟きの声が聞こえていたのか、敦見中尉も反応する。


「大体わかったか、現状は?」


「ええ。……しかし、相当ひどいですね。これ本当に東京で起きてるんですか? 都市部が大変なことになってる……」


「間違いないわ。そこにあるんは全部現実や」


 そう返されると、和弥は言葉を失い、タブレットを凝視した。集めたデータを再び見返しているのだろうが、一体何が書かれていたんだ?

 和弥に見せてもらおうとしたが、その前に、敦見中尉が口を挟むように言った。


「見えた、東京や」


「ッ!」


 俺はすぐにコックピットのほうに向かい、その窓から外を見た。

 タブレットより、現物を見るほうが早い。東京の街並みから、一体何が起きているのかを見てみるほうが早いと考えた。

 俺だけでなく、新澤さんにユイ。そして、和弥も自分の目で確かめるために顔をのぞかせていた。


 ……しかし、


「―――なッ! こ、これは……」


 俺らは全員言葉を失った。和弥が絶句した理由を、その目の前に広がる光景から大いに察することができた。

 俺ら4人はもちろんのこと、操縦している二人も、最後に見た時より状況が悪化しているとみたのか、眉を歪ませて顔をしかめていた。


 ……にわかに信じがたい光景だった。目の前には、おおよそ現実とは思えない光景が広がっていたのだ。



「……な、なんじゃこりゃ……」



 東京の都市部のいたるところから、“黒煙”が上がっていたのだ。


 それも、その数は増え続けていた。



 ……テロが起きていたというのは本当だった。正直、半信半疑だった自分の想像を覆さざるを得なくなってしまった。


 万全のセキュリティを敷いたはずの、仮にも先進国の地位にある一国の首都が、テロの攻撃に大いにさらされてしまっていた。

 想定はもちろんされていた。だが、本当に起きるとなると、その衝撃は決して小さいものではなかった。


 数秒ほどその光景に絶句したのち、俺は半分放心しながら聞いた。


「……一体、いつからこんな状態に?」


 敦見さんは、先ほどまでの陽気な者とは一転、キリッとした真面目な様子で答えた。


「正確なものはわからへんが、大体1時間くらい前や。いきなり東京都の、複数個所で爆破テロが起こったんや」


「1時間前って……」


「まだ俺らが『やまと』に乗っていた頃だ。それも、奪還作戦中の」


 俺が思い出す前に、和弥が横からそういった。

 そうだ。まだ『やまと』に乗っていて、奪還すべく躍起になっていた頃だ。タイミングが偶然とは思えない。海上でのテロと、陸上でのテロが一斉に始まるなんてことを、奇跡的な確率で処理するのは難しい。


「(まさか、繋がっていた?)」


 確証できるものはないが、仮にそうだとすれば、実行犯は同一のものとなる。個人や集団なんてものじゃない。……間違いなく、“組織”単位だ。


「東京の状況は?」


「まだ正確にはわからん。情報が錯綜しとるんや。無線もさっきから色々とうるさくてなぁ。ちょっと黙ってくれんかってくらいや」


 そういう彼は、嫌そうに頭にかぶっているHMD内臓のヘルメットを叩く。実際うるさいらしい。無線の音声をコックピットのほうにも流してもらったが、確かに、相当混乱していた。




『こちら銀座3丁目交番! 少数の武装集団が小銃を乱射している! SATはまだか! どうぞ!』


『至急至急、佃6より警視庁本部! 佃大橋の橋脚に小型船が突っ込んだ! 爆発により橋が……あ、おい、そこ! 離れろ! 橋が崩れるぞ!』


『ちょっと待て! 一気に報告するな! 順番を待て!』


『中央12より警視庁本部! 現在江戸橋付近にあっては、上の首都高環状線の橋が橋脚を爆破されたらしく、橋が崩壊! 負傷者多数! 崩落のせいで江戸橋自体も完全に崩れた模様! どうぞ!』


『え? あー、警視庁より中央12、江戸橋のどこだって?』


『南江戸橋信号付近! 上にかかってる首都高都心環状線が崩れたんだよ! 明らかに柱を爆破してる! こっちじゃ手が負えない!』


『警視庁より中央12、どの橋だ? 内か? 外か?』


『内回りだ、内回り!』


『警視254から警視庁本部! いい加減陸軍を呼んでくれ! こっちじゃ手におえない! どうぞ!』


『ま、待ってください! 押さないで! 避難は落ち着いてお願いします!』


『クソッ! 誰もまともに指示聞かねえぞ! おい! そこ走るな!』




「……なんじゃこりゃ……」


 パニックどころの話じゃなかった。無線交信という名の悲鳴か何かにしか聞こえない。

 この回線は、警察と軍が共同で使ってる緊急回線らしかったが、陸軍側はまだ一部しか出撃できていない。この場合即応できるのは警察組織だが、その警察すらてんやわんやの騒ぎだった。


 無線を半分唖然として聞いていると、敦見さんが横から入ってきた。


「今は言っとる情報によれば、東京都では隅田川より北の中央区の都心部、港区の北東側、ほかの近隣にも一部武装集団やテロ被害が確認されとる。どこもかしこも大混乱や。一般市民の避難は進んどるらしいが……聞いての通りやな」


「中央区って、首都のさらに中心じゃないっすか!」


 和弥が思わず叫んだ。

 中央区といえば、日本の政治中枢たる千代田区のすぐ隣。商業施設や住宅施設が大量に立ち並び、人の往来なんてほぼ休む間もなく行われている場所だ。まさに、首都の中央。


「(なんだってそんなとこで堂々とテロできんだよ……)」


 だが、だからこそここを狙ったともいえるだろう。テロ対策も万能ではない。すべてのテロを防ぐことはできないのが現実だが、まさかど真ん中を突き刺してくるとは……。

 すでに大量の負傷者なども発生しているらしい。しかし、こんな状況だ。すぐに対応などできるわけがない。

 ……さらに、それだけではない。より重要なものがすぐ隣にいる。


「ていうか、そこって、確かすぐ近くに皇居あるじゃない!」


 新澤さんがそう叫んだ。東京駅や東北・東海道新幹線路を挟んだ隣の千代田区には、陛下らがお住まいになられている皇居がある。

 事と場合によっては、そちらにも被害が向きかねない。


「陛下はどちらに?」


「すでに陸軍のヘリで避難なされてるそうや。場所はわからへんが、遠くの安全地帯に向かわれるはずや」


「ふう……よかった」


 一先ず、陛下らの命は何とかなりそうだ。しかし、まだ安心はできない。


「政府はなんと?」


 ユイが顔を乗り出して敦見さんに聞く。彼もすぐに応えた。


「ついさっき、緊急事態宣言を発令したそうや。特急的な緊急事態措置として、国民保護等派遣命令が来てな。俺らもそれを受けてあんたらを連れてきたんや」


「となると、先ほどの緊急帰還命令もそういう?」


「そういうことや。あんたらに関してはすぐに陸で動いてもらわなあかんからな」


 なるほどな。艦がおちおち帰ってる暇もないってことか。それだけ、急ぎの事態になっているということだろう。


「これは、東京のみで起こってるんですか? 同じようなことが、他の都市部でも?」


 俺は、やまとで聞いたことを思い出した。

 新澤さんの兄さんが言っていた。全世界の主要都市で、これが同時多発的に起きていると。つまり、これは東京だけで起きているわけではない。

 また、日本だけでも手も、「東京都を中心としていくつかの都市」と言っていた。他の地方の都市でも、これが起きているということだ。


 敦見さんは思い出しながら答えた。


「えっと……確か、日本だけでいうなら、東京の他に大阪、福岡、名古屋、札幌でも起きてるっちゅう話やが、まだこれが全部とはわからん。他でも起きてる可能性がある」


「外国では?」


 それも敦見さんが答えようとしたが、その前に和弥が口を入れた。タブレットから情報を集めきったらしい。


「報告があるだけでも、アメリカのサンフランシスコ、ニューヨーク。イギリスのロンドン地下鉄、ロシアのサンクトペテルブルグ、中国の北京、オーストラリアのシドニー……ちっこいのも含めたらまだまだいっぱいあるぞ」


「おいおい、いくつか首都も含まれてねえか?」


 ふざけた数だ。おおよそ現実的とは思えない数のテロが一斉に起きている。ここは漫画や小説の世界じゃないんだぞ。


「どこもかしこも大混乱みたいだな。各国政府が警察や軍を出動させまくってる。アメリカに至っては、一部の海外派遣部隊の即時帰国命令が出されてるが……時間がこれっぽっちも足りないみたいだな」


「テロが起きてからやったって意味ないだろ。そもそもそんな輸送船力出してる暇だってないはずだ」


 そんなことしてる暇あったら、テロ対応部隊の輸送に力を入れてる。いくらアメリカとはいえ、そんなすぐに部隊を輸送できる能力はない。


「敵はどんな感じや? そっちに情報更新されとるはずやな?」


 敦見さんが和弥に聞いてきた。タブレットはこのヘリの中での一番の情報収集ツールとなっているようだ。無線だけでは限界がある情報を瞬時に把握できるから当たり前だろう。

 和弥は集め終えた情報を簡潔にまとめた。


「俺たちが担当する東京都に限りますと、現在、敵集団は中央区を中心として勢力を展開中。いきなり武装を掲げて、まるで追い払うように一般市民に銃撃を加えたようですね。SATや一部の陸軍部隊が対処に入っていますが……、数が多いようで、複雑な市街地であることも災いして難航しているようです」


「首都のど真ん中だ。地形は複雑になってるし……そら難航もするだろうな」


 元々、軍隊というのは市街地、特に複雑に入り乱れる都市部でドンパチできるようにはなっていない。十数年前あたりから、徐々に都市部での戦闘に備えていってはきたが、完全ではない。

 ただでさえ、市街地での戦闘というのは死角が多かったり、交戦距離の近距離化が起きたりなどして軍隊が一番戦いたくない状況が揃っているというのに、高層ビルやら何やらが乱立する都市部となるともっとひどいことになる。


 先進的な装備を持った軍隊が、ゲリラが占領している市街地に出向いて現実のゲリラに滅多打ちを喰らうなんてことは、別に珍しいことではない。1994年に起きた『第1次チェチェン紛争』では、一方的に独立を宣言したチェチェン共和国に対しロシア軍が大規模侵攻を行い、これを阻止しようと企んだが、結果は散々だった。

 ロシア軍の軍事費が削減されてたり、兵士が徴兵された素人ばっかりだったりと色々な原因があるが、一番はゲリラ側の高度な対市街地戦術だった。

 市街地の至る所に対戦車兵器をもって手ぐすね引いて待ち伏せ、入り込んできたロシア軍装甲車を一気に滅多打ち。当時はまだ戦車などは歩兵の護衛もつけずほぼ丸裸な状態だったため一方的にやられるだけとなり、戦力的には圧倒的だったにも関わらず戦闘は泥沼化しかけた。おまけにテロまで起きてカオスな状態にもなる。


 結局、休戦条約が結ばれるまでお互いに大きな被害を出すこととなる。


 今となっては、それらの教訓もあり市街地・都市部戦闘における戦術や装備は入念に取り入れられたが、それでも根本的な問題をすべて解決したわけではない。


 都市部となると高層ビルなど攻撃場所や死角が増えてしまい、この対策が完璧に作用するかわからないのだ。


「(ビルの上からRPGあたりぶっ放されたら……どうなるやら)」


 尤も、そんなもん奴らが持ってるとも限らんが、最悪を想定せねばならないだろう。

 もしあれば相当な脅威だ。重力も相まって、その威力はとても高いはずで、10式はまだしも、こういう時真っ先にやってくる16式機動戦闘車はどこまで耐えてくれるか。爆発反応装甲ですべて抑えてくれればいいが……。


 そのような思慮に耽っていると、敦見さんが再び口を開いた。


「おまけに、爆破テロもいくつか確認されとる。これは中央区付近に限らず、広範囲で大なり小なり起きてるみたいやな。特に、首都高速が狙われとる」


「なんで首都高なんです? もっと他に狙いそうな場所があるように思いますが……」


 そこに関しては和弥が答えた。


「『老朽化』を狙ったんだろうな。首都高は完成してもう半世紀以上経ってる。経年劣化がひどいし、爆破に狙われた場所は、特に老朽化が著しい場所ばかりだ。狙うのも無理はない。簡単に崩れるからな」


「だが、そこは結構前に老朽化対策がされてたはずだろ? むしろ頑丈じゃないのか?」


「すべてってわけじゃない。予算不足やら行政的な手続きの遅れやら何やらで、すべて対策し終えたわけじゃないし、また、そこに対策を講じているうちにまた他の場所も劣化して来たりってので、最近また老朽化対策の地区が更新されてた。……今現在、狙われてるのはその場所だ」


「おいおい、全部狙い通りってことかよ……」


 首都高を崩せば、うまい具合に被害を拡大させれなくはない。首都の大動脈だ。爆破した場所によっては、走行中の車両や、その下にある施設などを中心に大きな被害が発生する可能性は高い。

 ……というより、無線を聞く限り実際に発生した。


「(入念に準備してやがるな……)」


 ……てことは、まさか?


「なあ……お前、前に言ってた花火がどーのって、もしかして……」


「だろうな……花火ってのは、この爆破テロのことだったんだ」


「クソッ、きたねえ花火ぶち上げやがって……ッ」


 やっとつじつまが合った。確かに、こんな入念な爆破テロをするうえでは、事前に入念な打ち合わせや調整が必要だ。もちろん、周囲にばれてはいけない。

 時間がたつにつれて“花火大会の打ち合わせ”が増えたのは、準備がいよいよをもって佳境に入ったため。そして、最後の最後に「やっと終わった」と言葉を漏らしつついなくなったのは、すべての準備が整い、あとは実行するだけになったから……。


 これなら、すべてにおいて理由が付く。


「(チッ、もっと早く気づけてれば……)」


 とはいえ、気づいたところでどうしようもないとも思う。たかが一軍人の分析など、誰が聞いてくれようって話だ。結局は無力にこの日を迎えるだけだ。


 そのような会話をしていると、敦見さんが横から口を挟んだ。


「とにかく、本丸の陸軍の部隊が展開しきる前に、あんたらは敵のテロ集団への即応部隊として臨時展開するはずや。一先ず、このまま皇居前広場のほうに送るで」


「そこが、集合場所なのですか?」


「せや。あんたらは一先ずそこで即応部隊の連中と合流や。今後俺らが同行するかはそっちで聞く」


「了解」


 皇居前広場。何時ぞやで俺が首都カーチェイスをした時、内堀通りを通って406号線に曲がろうとした際に左手に見えたでっかい広場だ。

 あそこなら、確かにブラックホークほどの大きさのヘリは降りられるし、集合場所としてはうってつけだろう。皇居のすぐ目の前を軍事行動の拠点とするのには少し抵抗がないわけではないが、もはや一刻の猶予もないのである。

 ブラックホークはそのまま都心上空へと進入。窓から黒煙が立ち込めるのを見ながら、徐々に降下していった。


「もうすぐ着陸や。席ちゃんと座っててや」


 そのままヘリは皇居前広場に静かに降り立ち、ドアを即行で開けた。

 広場にはすでに即応部隊として臨時招集されたらしい部隊が見受けられ、その半数は、どうやら空挺団や近隣駐屯地から派遣された特察隊らしい。さらに、同じくここにやってきたヘリ(主にブラックホークだが)が次々と降り立ち、俺たちと同様に合流のためにやってきた部隊を降ろしていった。彼らは降りるや否や、各々の場所へと指示や情報を求めに右往左往し始める。

 また、広場の外縁には臨時の仮設野外指揮所となるテントなどが設置されていた。即行で立てたものらしく簡素なものではあり、今もどんどんと増設させていっているが、どうやら、ここが文字通りの拠点となるらしい。


 そのままその仮設の野外指揮所となっているらしいテントのほうに向かうと、いくつかある中に『特察隊指揮本部』とだけ書かれたプレートが建てられたものがあった。中に入ると、野外のものとはいえそこそこ広めの部屋の中に、大型のディスプレイやPC群などが設置されており、指示を求めに来た人たちでごった返した。

 ……その中から、


「―――ッ! あぁ、羽鳥さん!」


 特察隊のリーダーである羽鳥さんと合流した。


「ああ、君たち。無事だったか。聞いたぞ、大変だったそうだな」


「ええ。ですが、それはまたあとにしましょう。それより、今は何がどうなってるんです?」


「いや、正直俺もよくわからん。いきなり都内でテロが発生し、緊急招集がかかって今来たばかりなんだ。情報は貰ってはいるが、すべて把握したわけじゃない」


「では、羽鳥さんはなぜここに?」


「特察隊の指揮を執るように言われた。即応部隊ということもあって、即応任務に長けている我々空挺団が主導を取るということになってな」


「そうでしたか……」


 元より、こういう場面では即行で腰を上げるのが空挺団だ。Sが出てきそうではあるが、あっちはあっちで独自に動いているため、それ以外で頼めるのがうちら空挺だったのだという。確かに、Sを除くと即応面での戦闘指揮に長けている空挺団の長が主導を取るというのは、ある意味理に適っているとみるべきだろう。


 それならば話は早いと、羽鳥さんに直ちに指示を求めようとしたが、その前に向こうからその指示を出してきた。


「それでだ。さっそくで悪いんだが、君たちにまたちょっと向かってもらいたい場所がある」


「向かうって、どこにですか?」


「すぐそこの、東京駅だ」


「東京駅?」


 ここから東京駅は目と鼻の先だ。というより、たったの約1kmという距離である。

 他はすでに色々と命令が入って動けず、どうやらすぐに即応できるのは俺らのみらしい。


「まさか、東京駅でテロが?」


「いや、そういうわけじゃない。だが、それ以上の場所でテロが起きた」


「それ以上?」


 東京駅でそれ以上ってどこだ。地下鉄か? 地下鉄サリンの再来だとでも言いたいのか?


 だが、羽鳥さん曰く、“ある意味それ以上”らしかった。


「とにかく、東京駅に行って、避難誘導に協力してもらいたい。駅員や警察だけじゃ、人手がこれっぽっちも足りないそうだ。あと、向こうとこっちとの情報共有の中継ぎと、事態解決の対策協力もだ」


「ま、待ってください。避難誘導や情報共有の中継ぎはわかりますが、対策協力までって、そこまでひどいことが起きてるんですか? 俺らが、表に出ないといけないほどに?」


 羽鳥さんは頷き、重そうな口を開いた。


「ああ。……実は、東京に向かっている東北新幹線のとある一編成が……」





「……テロリストに乗っ取られて“暴走”している。このままじゃ東京駅に突っ込んでくるんだ」





 その言葉に、俺らは口を開けて呆然とせざるを得なかった…………

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