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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第4章 ~兆候~
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奪還。そして……

 数瞬の静寂ののち、俺は目の前を凝視した。

 そこには行き足を完全に失い、燃え盛るただの残骸と化した漁船、という名の事実上の敵工作船の無残な姿があった。付近には残骸が浮き漂い、燃料となる重油も漏れているらしく、海面が黒く濁っていた。

 それ以外は何も見えない。誰かが海面に浮きあがっているわけでもなく、溺れかけているわけでもなく。おそらく、爆発時の衝撃で自分自身もやられてしまったのだろう。可燃物への引火で相当な爆発が起きたからな。


「こちらチャーリー……敵船、すべて撃沈しました。どうぞ」


 脱力感満載の声を無線にかけた。すると応答はすぐに来た。歓喜付きで。


『こちらCIC! こっちでも確認した! よくやったぞ!』


 誰の声だろうか。随分と若い男性の声だ。だが、CICを名乗ったあたり、CICの乗員の方だろう。歓喜交じりの声に、俺も思わず笑みがこぼれた。


 さらに、うれしい報告も上がってきた。


『こちらブラボー。こっちの敵は全員確保した! 艦橋も全部空っぽだ! そっちはどうだ!』


『こちらアルファ、格納庫付近にいた敵は全員確保。現在付近の残敵を捜索中。だが、数が数だ。おそらくもういないはずだ』


 敵の掃討がほぼ完了した。相当な数ではあったものの、弾切れでも起こしたのだろう。大方の敵が、すべて味方の手によって捕らえられることとなった。もう、この艦が危険に晒されることはない。


「……や、やった……」


 いずれにせよ、敵は一層した。この時になって、俺はやっと終わったといった脱力感に襲われ、その場に一気に座り込んでしまった。

 今更になって息切れを起こし始めた。十分に脳に酸素がいきわたっていなかったらしいが、先ほどまではなんともなかった。アドレナリンってすごいんだな。酸素不足まで忘れさせるとは。そんな作用あるか知らんけども。


「敵船はどうなってる? 動きはないか?」


 念のため確認を取った。もちろん、そんなん聞くまでもなく、


「これっぽっちも動きません。ただのガラクタです」


 そんな無機質な返答が相棒から聞こえてくるだけだった。そらそうだろうな。


「知ってるか、あれって数十秒前までは船だったんだぜ?」


「へー、あれただの金属と木とその他諸々が混ざった粗大ごみか何かに見えますけど。あー環境に悪い」


「何の感情も込めずによくまあそんなジョーク返せるもんだ」


 尤も、今に始まったことじゃないが。


「とりあえず、危機はさったってところか。……新澤さーん、生きてますかー」


 和弥がそんなあまり心配してないような抜けた口調でそう声をかける。コイツから見れば、新澤さんが今どんな状態かすぐに判断できたようだ。すぐ近くにいたからな。


「ちょっとは心配しなさいよったく……あ~いたたた」


 横向きに倒れていた新澤さんは、右手で左肩の上のほうを抑えながら自力で起き上がった。衝撃弾だったこともあり、深い傷はない。それどころか、ただの掠り傷だったのか、痛み自体はそんなにキツイものでもなかったようだ。それでも、痛いものは痛いが。


「あんの野郎……最後の最後で的確に肩に当ておって……」


「何か治療でもします?」


「いいわよ、別に。ただの掠り傷に一々治療してるほど余裕ないでしょ」


「まあ、確かに」


 空挺団員にしてみれば、この程度の傷は傷に入らない。もうちょい抉らないと絆創膏一枚すら張ってもらえないのが、日本の空挺団である。

 これくらいなら自力で耐えるか、アドレナリン自力で噴出させて痛みを忘れる。俺たちにしてみれば当たり前のことだ。


 それでも、念のため怪我した部分はチェックする。スキャン系に強いユイが新澤さんの肩を見た。


「服の上の部分が削れてますが……あー、肩の上赤く腫れてますね。まあ、それで済んでますけど」


「腫れる程度で済んでるんなら万々歳よ。腹に行かなくてよかったわ」


「子供産めなくなるからですか?」


「下ネタのつもりなら今すぐその腹をえぐるわよ」


「ひゃ~怖い」


 静かに地雷を踏み抜いていくスタイルとは。和弥も新しいのを作っていくな。開拓魂万歳な北海道出身ゆえ、いらぬフロンティア精神をもってきてしまったか。


「傷は浅いどころかほぼないに等しいので、時間が勝手に解決してくれるでしょう。お望みでしたらシップでも用意しますけど」


「あー、じゃあ後でそれ張って。さすがにこの地味な痛みずっと感じるのはいやだから」


「了解。この艦にシップといえばやっぱり医務室の―――」


 そんな女性二人の会話を横目に、俺は無線を開いた。


「CIC、こちらチャーリー。この後どうすればいいですか。指示をどうぞ」


 あえてここでは二澤さんとこのアルファではなくCICに指示を仰いだ。艦長らがCICに合流したことによって、艦ほ本来の最低限の指揮本部の体制は十分に確立されたからだ。ここからは、この艦の主導権を握る艦長らの意志によって動くことになる。

 答えたのは男性の人だ。最初、歓喜交じりの無線を返してくれた人である。


『こちらCIC。チャーリー、そのままお待ちください。撃沈した敵船から乗員が見えますか?』


「いえ、何も見えません。見えるのは元漁船の残骸のみです。粗大ごみ海に投げっぱなしはマズイと思うんで早々に回収したほうがよろしいかと」


『オーケーオーケー。業者に手配しきますよ』


 できるのかよ。冗談で言ったのに。


『では、そのまま近隣海域を確認していてください。あと、ついでに甲板を捜索して、残敵がいないか確認もお願いします』


「了解。近隣の海域と甲板の残敵確認ですね」


 要は残りの残党をひっとらえろということである。尤も、もうほとんどやられてるはずだと思うが。

 一先ず、この場から海に誰かいないか捜索。すると、和弥やユイが最初に撃沈したほうの漁船の付近に人影を確認した。ユイによく見てもらったところ、溺れかけて残骸の板にしがみついているのが二人ほど。

 間違いなく、先の漁船に乗っていた奴らだろう。爆発時に外に投げ出されたんだな。どうやら、俺たちが撃沈した船の中では、あの二人しか生き残りはいないようだ。……どれだけ激しい爆発だったやら。


「どうします? 助けますか?」


「一応要救助者として助けんわけにはいかんわな。……そのあとは存分に料理されるだろうが」


「おーこわ」


 その台詞はお前が言うべきではない、と俺は密かにユイに対してツッコんだ。


「CIC、こちらチャーリー。艦首向かって三時方向に二名の人影を確認。おそらく先の漁船に乗っていた乗員と思われます。どうしますか?」


『そのままで構いません。現在内火艇を準備中です』


「了解」


 できるだけ早く掬ってやれよ。アイツらもう溺れかけやで。随分と暴れていやがる。


「ここら辺サメはいたっけか?」


「いただろうが、たぶんそれじゃないな。ありゃただ単にパニくってるだけ。魚が足つついてるだけだと思うぞ」


「ほう?」


 和弥曰く、ちっこい魚が人の足をつついたりしていると、人によってはそれをサメが足をかんでいると勘違いして暴れてしまうのだそうだ。これは、かつて駆逐艦雷が救出したエンカウンター他英海軍艦艇の乗員の間でも起きたもので、乗艦が撃沈され、海に投げ出されて救出されるまでの長い間、そんな風に勘違いしてパニックになる人が結構いたという。


 和弥曰く、おそらくそれの一種じゃないかということだった。サメは元々、二人以上の人がいると警戒して近寄らないからだとか。


「でも、海に入って一番怖いのはパニックだからな……あいつら、いつまで浮いていられるやら」


「割とマジで早目に掬わないと沈む?」


「沈むな。それこそ、二人いるとはいえサメを引き付ける要素がありまくりだ。ここは陸から離れた洋上だし、そこら近所にうじゃうじゃいるはずだ。とりあえず、生き残っていることを祈ろう」


 その声は完全に棒読みである。顔もそんなに興味な下げといったものだった。お前、そんなに生き残ってほしくないだろ。

 いずれにせよ、俺たちの手には負えない。艦はまだ安全確認のため不用意に動かしたりはしないため、内火艇を降ろすまでは何もできない。精々頑張っててくれ。サメにお気をつけて。


 その後、俺らは甲板をぐるっと一周回っていった。ついでに近隣海域も肉眼で確認したが、襲撃方向が限られているため、その方向の確認はもう済んだ。当然、誰もいるはずもない。

 さらに、途中後部格納庫付近で二澤さんらと合流をすることができた。後部格納庫のほうは二澤さんたちをはじめとする乗員たちが何とか対応してくれてるようだが……


「うわ~お……」


「随分と賑やかですこと」


 新澤さんがそんなジョークを発するが、全然笑えなかった。


 そこには体験航海にあたって乗艦していた一般人が所せましと敷き詰められていたが、阿鼻叫喚というか、悲鳴や恐怖等々が入り混じった喧噪ばかりが響いていた。

 二澤さんによれば、初期の戦闘時の混乱で、衝撃弾の餌食になり重傷者が多数発生したとのことだった。簡単に死にはしない代物ではあるが、軍人みたいに鍛えられた体を持っていない一般人にしてみれば、その威力は相当だったようだ。

 今は衛生科の乗員たちが総動員で治療にあたっている。一部は、本来の本職ではない一般乗員すら動員されていた。とはいえ、さすがに二澤さんらまでには任せれなかったらしく、代わりに周辺の残敵捜索を頼んでいたようだった。


「こんな状況に叩き込まれてパニックにならないほうがおかしい。未だに恐怖に駆られて精神やられてるやつもいる。特に子供はそうだ」


「いきなり目の前で銃撃戦なりをされたら誰だってそうなります。彼らは訓練されてないんですからね」


「まったくだ。むしろここまで統制できてるのに感心してしまうくらいだな」


 パニックはあれど、一応乗員の指示に従って一定の秩序は保たれていた。ある意味日本人らしいといえばらしいが、そもそもの問題として、秩序を逸脱して独断行為に走るほどの元気や勇気がないともいえるだろう。


「向こうで手足りてます?」


「一応はな。俺らが出る幕でもないらしい。……んで、そっちは?」


「こっちもなんとも。周辺海域を肉眼で見た限りではおかしなのはいませんでした。甲板上にも不審者なし。……ああ、でも最初銃撃で船沈めたところに二人ほど浮かんでましたね」


「サメに食われないか心配だな」


 そういってる割には二澤さんの声と表情は笑っている。こりゃ、相当アイツらに対してキてるな。無理もないが。


「しかし、ビックリしたな。最低交戦距離に入って満足に命中が望めなくなったと思ったら、狙撃で爆発を起こすとは」


「フフフ、さすがは俺の狙撃技術」


 そういって和弥は胸を張った。お前、どっちかというとユイに命中精度負けてただろうが。銃撃回数アイツのほうが格段に少なかったという事実は、俺がこの目でしっかり確認している。和弥が大体1連射ぐらいして沈めるのに対して、ユイは単発モードにして1~2発で済ます。腕の差は明らかだ。


「連射するのと文字通り単発スナイプする奴と、これを比べたら一目瞭然だろうが」


「そらロボットと比べられちゃ俺の立場ないって」


 それであんなに自慢してたんかい。


「ハハハ、まあ、そこは伊達にロボットやってるわけじゃないからな。腕はいいだろうさ」


「いつかはユイさんを超えねばなりませんな」


「20年くらいたったら行けるんじゃね?」


「え、なっが」


 二澤さんの計算があまりに長すぎて、思わずガクンッと肩を落とす和弥。甘いな、俺なら50年かける。ロボットは常に進化するからな。和弥が常に進化しない限りは、たぶん追いつくどころか差を縮めることすら難しいだろう。……割と冗談抜きで。

 そんなことを考えていると、一転、二澤さんは少し顔をいかつくさせ、周りに聞こえない様にして話し始めた。


「あとよ……さっき、CICに状況確認にいったうちの部下が報告してきたんだが、お前聞いたか?」


「何をです?」


「その反応を見る限り、そっちには届いていないか……いいか、あまり周りの奴らには話すな。最低一般の乗客には漏らさない様にしろ。……実はな」





「この艦の副長、“グル”だったらしいぜ。今回の自爆テロをやらかそうとした奴らとな」





「な、なんですって!?」


 俺は思わず狼狽した。隣にいた和弥も、思わず顔を真っ青にさせる。

 ……副長が、つまりスパイをしていたということか? それなんて映画版『亡国のイージス』だ? まんまそれじゃないか。あの映画でも、確か副長がスパイをしていたはずだな。


「どうやら、事件が起こる結構前から通信関連の機材が置かれている一室に忍び込んでいたらしくてな、そこで隠れてたのをさっき発見された」


「じゃあ、今まで姿を見せなかったのってまさか……」


「ああ、そこにあった通信機器を使って、他の乗員に気づかれない様にしながら仲間と無線交信をして、特攻組との連携をとるとともに、陰から指揮を執っていたんだ。元々彼は通信関連を専攻していたらしく、扱いには長けていたらしい」


「なんてこった……」


 道理でタイミングよく事が進んでいたわけだ。通信装置を細工されたとなれば、俺たちがそれを知る術は限られてしまう。そら、俺たちも気づくことはできない。

 現在、詳しく通信履歴を調査中とのことだが、副長がそれを操っていたのはほぼ間違いないとされた。当然ながら、乗員らの間では衝撃が走っているらしい。


「(やっぱり、副長がビンゴだったのか……)」


 俺が疑念に思っていた通りだった。だが、斯様なテロリストの胞子が、軍隊内にまで入り込んでいるとなると大問題だ。あの例の海自副長の乗っ取りテロの映画の奴とどっこいどっこいなレベルで大事件化するだろう。ましてや、『やまと』というかつての10年前の戦争の武勲艦だ。その衝撃というのは他の艦だった場合とは比較にならない。


「副長は今どこに?」


「今は開いている一室に他のテロリスト共と一緒に監禁している。当然、厳重な監視付きだ。あとで、事情聴取だそうだ」


「そらまあそうでしょうね……」


 もはや次に何をしでかすかわからない。艦内ナンバー2の副長を一時的に幽閉させる事態なんて前代未聞だが、すべては艦の安全のためだ。しかし、これによって一部指揮系統に狂いなどが生じるのは避けられないだろう。もちろん、代役をすでに立てているだろうが。


「まあとにかく、そういうことだ。副長が絡んでいたとあっては、国防省も即行で腰を上げるはずだ。あとは向こうに任せよう」


「とはいえ、責任問題は避けられないでしょうね」


「間違いない。下手すりゃ参謀総長や大臣の辞任沙汰だ。それで済めばいいけどな」


「ハハハ……」


 割と笑えない未来を提示するのはご勘弁ください。ただでさえテロだ何だで色々と不安がたまりまくってる時期だというのに。


「まあ、とりあえず事情は分かりました。じゃあ、あとはここはそっちに任せても?」


「ああ、大丈夫だ。どうせこの混乱も時期に落ち着く。それまではここを周辺警戒しておくことになってるから、それまではここに缶詰だ」


「了解です」


 じゃ、俺たちは他に行きますか、甲板が終わったらあとは艦内のほうにも足を運ばねばならない。

 少し離れたところで他の乗員を労っていた新澤さんを呼び寄せる。その際、声をかけられていた乗員の顔が妙ににやけていたのを俺は見逃さなかった。どんだけ女に飢えてやがんだアンタら。狙ったって絶対この人答えないと思うぞ。そんなん興味なさげだからな。


 ユイにも声をかけ合流をさせる。


「ユイ、そろそろ行くぞ。……って、え?」


 すると、ユイは少し離れたところでしゃがんでいた。そのすぐ目の前で……



「お~、ぼくちゃん、大丈夫? けがない?」


「……ない」


「おぉ、えらいえらい。泣かないで入れるなんてもう大人に近づいてるねぇ~。あ、お父さんとお母さんはどこ?」


「今怪我直してもらってる」


「あ、そうなんだ。じゃあ今は一人?」


「うん。一人」


「うわぁ、一人でえらいなぁ君。怖かった?」


「ううん、海軍の人いたから平気」


「お~、随分と心が強い子だね~。お姉ちゃんも昔はもうちょっとこんな感じで大人だったらなぁ~」


「お姉ちゃん昔違ったの?」


「昔はもうちょい臆病でねぇ。最近になってやっと直せた」


「じゃあ昔のお姉ちゃん僕ほど大人じゃなかったんだね」


「だね~。君には負けるねぇ~ハッハッハ」


「保育士かお前は」



 何をしてるかと思えば、小さい男の子と仲睦まじい会話をしていた。完全に今のユイは保育士の人だ。そして、その人が子供相手にやってそうなコミュニケーションをいつの間にか完全にマスターしている。時折頭をなでながら、さっきの戦闘中の時とは打って変わって表情豊かに話していた。

 ……あれ、ここって保育園でもなければ幼稚園でもないよな?


「……おい、彼女っていつの間に保育士免許取ってたんだ?」


「さあ……いつの間に取ってたんでしょう?」


 二澤さんがそう耳打ちしてきたが、俺は曖昧に返すしかできなかった。ご都合的にネットで調べたりでもしたかな? さすがにそんくらいの知識はネットにはごろごろと転がってるだろうし。


「はぁ……まあいいや。つれてきますわ」


「お疲れさん」


 二澤さんにそう残すと、俺はユイのそばに行って声をかけた。


「あー、お邪魔して悪いんだけどね。そろそろいくで」


「あれ、もうですか?」


「もうです」


「あら~、時間って早いもので」


「早いもんだよ」


「お姉ちゃんもう行っちゃうの?」


 少し寂しそうな目線をユイに向ける男の子。見た目10歳直前だろうか。保護者は同伴のようだが、確かに近くで乗員の方にけがの治療をしてもらっていた。そこまで大きなけがではないらしい。意識もはっきりしており、時折こちらのほうを見ている。お子さんが気になるのだろう。


 しかし、そんなお子さんとも一旦お別れの時間である。本当はそのままにしてやっても問題はないのだが、仕事には逆らえない。


「ごめんなぼく、お姉ちゃんこの後仕事あるから、ちょっと離れるからね」


 鳴れないながらもお子さん向けの口調でそう諭す。「えー」と男の子は不満を口にするが、そこにユイも加勢した。


「ごめんね。仕事終わったらすぐに戻ってくるから。いい子だからちょっと待っててね?」


「……うん。わかった」


「よし、いい子だ」


 そして頭をなでてやるユイ。そこらへんの手なずけの術は完全に会得しているようである。いつの間に知識身に着けたのか後で聞いてみよう。

 そんなことを考えつつ、和弥たちと合流するためにユイが立ち上がろうとした時だった。


「……そういえばさ」


「?」


 男の子が不意にそう声を発した。


「どうしたの?」


「ううん、お兄ちゃんとお姉ちゃんって、陸軍の人だよね?」


「お、ようわかったな。なんでわかった?」


「制服が違う。陸軍の冬季に着る冬服の色とそっくり」


「……よく知ってるな。こういうの好きか?」


「好きだよ。そして上につけてるのは防弾チョッキだよね。あと手に持ってるのは旧式の89式で、今使ってる25式の一つ前のやつだった」


 おいちょっと待てコイツこんな歳して相当なミリオタやで。ただの10歳前後の小学生だろ?

 こればっかりはユイも想定外だったらしく、どう返したものかと苦笑しながら少し思慮していた。


「す、すごいねぇ。そこまでわかるんだ」


「うん。……それで、二人って陸軍で同じ部隊?」


「おう。空挺団っていうめっちゃすごい奴を集めた部隊にいてな」


「あー、あの第一狂ってる団」


「その名称まだ続いてたんだ」


 そしてお前はなんでそんなところまで知ってんだ。


「同じ部隊ってことはさ」


「おう」


 そして、男の子は少し考えていった、



「……お兄ちゃんとお姉ちゃんって付き合ってたりするの?」


「「ブファッ!?」」



 思わず一斉に吹き出した。近くにいた人たちの目線が思わずこっちに集中するが、即行で笑ってごまかす。

 ……コイツ、何をいきなり言い出すかと思えば、今のユイにとっていろんな意味でデリケートな質問を純粋な目でぶつけてきおって。

 慌てたユイは即行で否定……というわけでもないが、肯定もせずに質問で返した。


「ど、どうしてそうなっちゃうかな? え、なに、そう見える?」


「だって、さっき仲好さそうに会話してたから」


「そ、そりゃあ同じ部隊の人だし、仲が良くないといろいろやってけないというかなんというか……」


「つまり好きなの?」


「グヘェッ!」


 ユイへのさりげないダメージが蓄積されていく。タイミングがタイミングだ。効果は抜群だ。まさか意外なところにユイの弱点があったとは。……て、これ俺の弱点でもあるじゃねえか。


「す、好きっていうのは……どっちの意味で?」


「―――? 好きは好きだよ?」


「いや、だから……英語でいうところのLoveかLikeかって言う意味で……」


「Loveに決まってるじゃんお姉ちゃん」


「ヒイェァッ!」


「うわ、コイツ壊れ始めた」


 勘弁してくれ、とも言いたげな声を上げながら頭を抱える。そのお相手となる本人がもれなく目の前にいる中で、その質問に答えるというのは事実上間接的に告白にYESかNOかを言い渡すようなものだ。俺、まだ告白らしい告白はしてないのだが。というか、今現在する予定なんてこれっぽっちもないのだが。


「い、いや……Likeの意味でいうならもう間違いなく好きだよ? 嫌いになる要素がこれっぽっちもないよ」


 その言葉を聞いてホッと胸をなでおろし、ちょっと安心した俺がいる。


「じゃあLoveの意味では?」


「うッ、ら、Loveは……えっと……」


 完全にしどろもどろ。俺に助けを求める3割ぐらい涙目の視線を送られた。そんな目されてもこっちが困るわけだが。顔も完全に赤面している。……どれだけ肌熱くなっちまってるんだお前。

 そして、その助け船要求を俺は後ろに受け流す。しかし、後ろはただただニヤけているだけだった。……あいつら、仲間のピンチだってのに何の手も差し伸べないつもりか。この薄情者め。


「ま、まあ……よくある友達以上恋人未満ってやつだよ。な?」


 とりあえず、今まで散々助け舟出された恩もあるし、一応それっぽいことを言って話を終わらせにかかった。これ以上は誰でもないユイの負担になる。この話題に関しては触れる機会を選ばないといけないため、少し慎重にならねばならない。


 ……が、


「え、“未満”?」


「え?」


 未満、という言葉になぜかユイが反応した。そして、ハッとした。同時に感じる、後ろからの冷たい目線。顔を振り向けずともわかる。

 ……そうだった。未満って、“その未満と表現する対象を含まない”んだった。


 つまり、今の場合は……


「あ、あー、えっと、未満ってよりは、“以下”かな? うん、以下」


 即行で訂正する。ユイの心情面で考えて、未満はマズイ。以下なら何とか説明がつく。

 ユイは少し俯きの表情にシフトした。効果あったんやろかこれ……最初に未満と口滑ったのはマズかったか。

 だが、男の子にそこらへんのこっちの細かい事情など分かってもらえるはずもなく。


「以下ってことは、恋人でもあるの?」


「こ、恋人っていうか……それに近いかな? めちゃくちゃ」


「じゃあもう恋人でいいんじゃない?」


「いやいや、どこからを恋人とするかっていうのは実は人ぞれぞれあってな……」


「でも、ほら」


「ん?」


 男の子はそうっていある一点を指さした。

 ……その先は、



「ッ~~~~~」


「お姉ちゃん、完全に顔真っ赤だよ?」


「どんだけわかりやすいんだお前」



 完全に俯いた状態だが、大体でわかる。赤面してると即行で悟った。

 ロボットの肌なんて簡単に赤くならんはずなのだが、それでも軽く赤くなるということはそれだけ熱せられてるということだ。熱せられてるということは、つまりはその話題に関しては熱の放出が追いつかないほど多くのことを考えているということでもある。


 ……ユイがわかりやすいといわれるのはそれも一因にある。


「……お姉ちゃんはね、恋愛話にはちょっと弱いんだよ。だからそれくらいにしてあげて? ね?」


「えー、いいじゃん。付き合ってるなら正直に言えばいいのに」


 おい最近の小学生結構エグイぞマジで。


「まあまあ、人それぞれ思うことがあるから。ほら、親御さんたちも心配してるからもうそっちにいってやって。お兄ちゃんたちも戻るから」


「は~い。それじゃあ」


「おう、じゃあな」


 そういって男の子はその場を離れた。

 俺とユイが取り残され、とりあえず戻るかということでユイを立たせた。


「……まあ、子供ってのは純粋なもんだ。許してやってくれ」


「……はぁ」


 ユイは少し長めの溜息をついた。やっぱり、少し耐えがたいものだったらしい。


「まあ、いい経験になったじゃないか。子供はかわいいけど相手すると苦労するってな」


「こんな苦労聞いてません」


「聞いてなくても実際には起こり得るさ」


 それが、純粋な子供ってもんだ。


「……」


 ユイはあまり納得がしないような顔をしながら若干俯いていた。……この反応は、やはり例の“不明な感情”に起因するものだろう。遠慮気味に少し確認した。


「……やっぱ、子供相手とはいえ自分でもわからない感情に関して指摘されたら困るか?」


「……そりゃ、どう答えたらいいかわからないので」


「ハハ……ま、そりゃそうか」


 応えれるものでもないよな。確かに。解答できるならとっくにやってる。

 ……が、俺は一つ気づいた。機会もよかったため、押して聞いてみよう。


「なあ、一ついいか?」


「はい?」


「その、今自分の中にある感情って、どういうものかわからず“不明”なんだよな?」


「……ええ」


「そんで確認なんだが、さっきの反応ってそれに起因するものか? それとも、それとはまた別の者か?」


「……リンクはしてます。正直」


「そうか。……でもさ、それだと一つ矛盾するんだよ」


「?」


 俺は一呼吸を置いて聞いてみた。


「……さっきの反応が“不明な感情”に関するものだって言うなら、なんでLoveだとか恋愛だとかって話題は普通に理解してたんだ?」


「ッ!」


 ビンゴだ。ユイが一瞬動揺した。


 俺たち人間の視点から見れば、その不明な感情=恋愛感情だと考えている。しかし、ユイにとってはその恋愛感情という概念がなかったからこそ、不明な感情は不明な感情としてしか認識されない。そこら辺は、誰でもないユイが、さっきの事件が起きる前に俺に話していた。恋愛感情がわかるなら、その気持ちが恋愛に関するものだってすぐにわかるはずだ。


 ……つまり、本来あの恋バナに簡単には“ついていけない”はずなのである。


 その感情は、恋愛とはまた別のものだと考えている可能性もある。ただの羞恥心か何かとか。だが、それにしては恋愛系以外で、あの“不明な感情”の表現を示すことはなかった。

 不明な感情≠恋愛感情なら、他の場面であの感情を表してもいい。ただ寂しいだけであそこまでにはならない。寂しいなら、俺がそばにいる時ぐらいは本来のアイツでいてもいいはずだ。

 羞恥心も同様だ。羞恥心に関しては、最近会得したまた違うパターンの感情表現をしていた。その表現内容は、人間がやるものより少しおとなしいレベルもので、ユイが言うところの不明な感情の表現パターンと一致しない。

 また、感情パターンの基礎を作った爺さんが、わざわざそんな人間のものとは違う感情と表現パターンの組み合わせをするとは思えない。そして、その後の学習の影響元となるだろう俺らも、そんな人間が示す感情とその表現パターンの組み合わせは、物心ついた時からよく使ってるごく一般的なものを用いていた。感情と表現の組み合わせがユイだけ違うということは考えられない。


 ……要は、ユイの周りの環境条件などを考慮すると、不明な感情=恋愛感情でなければ、あのような会話は“本来成立しない”のである。


「(無意識のうちだったが、これはちょっとした矛盾をはらんだ内容だな……)」


 本当に恋愛を知らないでいるのか? 俺はその瞬間一つの疑念へとつながった。実は、コイツその感情が恋愛だって知ってるんじゃないかと。

 ユイはバツが悪そうに目線を反らした。明らかに何かを隠している。俺でも話せない何かを。

 それ自体を責めることはない。身分や生い立ちも、何もかもが違う。自分の考えを押し付けることはできない。

 ……だからこそ、俺は悔しかった。


「(……本来、そういうのを引き出すのが俺の役目なのに)」


 俺もまだまだであるということを痛感しつつも、俺はチャンスは逃したくないと思いユイに問うた。


「……実は知ってるんじゃないか? その不明な感情の正体を」


「……」


「何度も言うようだけど、俺でいいなら話してくれてもいいぞ。それでだめなら……ああ、同じ女性仲間の新澤さんでもいい。とにかく、誰かに正直に打ち明けてくれれば、こっちは―――」


 と、そこまで早口で言った時だった。


「すいません」


「?」


 ユイはそう一言さえぎるように言うと、顔を俺のほうに向け、静かに、かつ優しく微笑んでいった。


「……そのことは、またあとでちゃんと話しますので。今は向こうに行きましょ?」


 そのままユイは、返事を待つまでもなくそそくさと二澤さんたちの元へ行ってしまった。引き留める言葉は、俺の口からはでなかった。


「……またか」


 相変わらずか、と少々自分に対してうんざりしながら、俺も二澤さんたちに合流した。


 こっちが中々こようとしなかったからか、自分たちで勝手に雑談に浸っていた。残敵捜索はしないのかと思ったが、どうやらもうすべて調べ終えて、さっき誰もいないと確認されたらしい。

 ちょっと私事で時間をつぶしてしまったが、そのうちにもう終わっていた。ありがたいような、少し申し訳ないような。


「まあとりえず、俺たちの仕事はもうない。一応、テロリスト共の監視とかはあるが、それ以外は休息だ」


「やっとだぁ~。もう疲れたぜ」


 和弥がそう背伸びしながら言った。無理もない。ずっと緊張しっぱなしで、やっと一休みできるところなのだ。俺も、正直寝たいところだった。


「なに、許可を得てじっくり休め。あとは、艦長さんの指示に従ってすぐに横須賀にきと―――」


 二澤さんが簡単に指示を出そうとした。


 ……が、それに横から割り込むように、


「二澤! 大変だ!」


「?」


 結城さんが、右舷通路のほうから格納庫に入って全速力で走ってきた。相当急いできたらしい。今度は何だ? と誰もが少し嫌なうんざり感を感じていた。顔に出まくっている。


「おいおい、どうした。また異常事態か?」


「異常事態じゃ済まねえ! とんでもない事態になった。すぐに俺たちはヘリで本土に引き返さないといけねえ!」


「なに?」


 本土に引き返す? 何がどういうことなのかさっぱりわからないが、その時、結城さんが引き連れていた部下とともに、新澤の兄さんもやってきた。こちらも、相当急いできたらしい。


「皆さん、お揃いですか?」


「ええ、何があったんです?」


「ここではなんです。こちらへ」


 新澤の兄さんは場所を右舷甲板通路に移した。そこは誰もおらず、いるのは俺たちだけだ。


「二澤さん、陸軍の方はここに全員おりますか?」


「ええ。全員です。何があったんですか?」


「……」


 少し言いにくそうにしていた彼は、思い口を開いた。


「……先ほど、CICのほうに緊急の連絡がありました。政府が陸海空すべての部隊に緊急帰還命令を発令。さらに、政府による特急的な緊急措置として、国民保護措置命令も全軍に発令されました」


「国民保護措置?」


 国民保護措置は、俺たちも訓練で体験した。私幌市での訓練で、これが発令された設定が用いられたが……まさか、それが現実で?

 ……ウソだろ? これが発令されるってことは、つまり……


「すでに迎えのヘリがこちらに向かっています。あと5分ほどで到着しますので、皆さんはそちらに乗り移って、すぐに本土に向かって指示を仰いでください。我々も、全速力で横須賀に向かいます」


「ま、待ってください! 一体本土で何があったっていうんですか!」


 二澤さんがそう叫ぶと、手順を間違えたか、といった感じで顔をハッとさせ、一先ず周りを落ち着かせていった。


「……明確な時間はわかりませんが、先ほど、東京都を中心としていくつかの都市……いや、違うな、全世界の主要都市で……」






「……大規模なテロが発生しました。……それも、一斉に。“同時多発的に”です」






「…………は?」



 俺らは全員、あっけにとられたような顔をして茫然とした。


 しかし、彼の顔は真剣だった。嘘は言っていない。



 現実で、本物の都市部を狙ったテロが発生したのだ。それも、一つだけではない。非現実的にも、世界同時多発的にだった。





 ……俺たちはいよいよ、





 テロリストを相手取ったとんでもない戦いに、その身を投じることになった…………

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