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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第4章 ~兆候~
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やまと奪還

 作戦が開始された。各部隊は3つに分かれ、敵部隊の掃討が行われる。

 俺たちチーム・シノビ、もとい『チャーリー』は、艦橋右ウイングから艦橋の後ろに回り、そこから階段を伝って一旦下に降りる。

 中から正面突破するのも手だが、ここは外から回ることにした。そっちはまだ完全には敵の手にはわたっておらず、少なからず安全が確保されるため、中から行くよりは接近が容易だった。


 階段を使って降りるのは03甲板、つまり艦橋の3階部分まで。艦橋の裏手と第1煙突の狭いスペースに出て、煙突側にある隔壁から再び中に入る。二つあるうちに片方の前に陣取った俺たちは、そこで一旦止まった。


「中見れる?」


「無理ですね。全部跳ね返ってきてます」


「了解。じゃあ無理くり突っ込むか」


 安全な外からの侵入はここまでだ。エンジンの駆動音がうるさく煙突から響く中、俺たちは従来通りの手順で入ることにする。鍵は当然ない。隔壁の開け方はすでに心得ている。

 本当なら手榴弾でも投げていきたいところだが、残念ながら今は持ち合わせていない。中に敵がいるとも思えないが、できる限り迅速に中に入ってしまおう。


「俺とユイで先頭だ。和弥と新澤さんは後方をお願いします」


「オーケー」


「了解した」


 おそらく中は狭いはずだ。見取り図なんて見たこともないが、スペース的に煙突区画の脇に通路がちょいある程度のはずだし、完全に屋内戦闘の要領で行くことになる。

 ユイが力任せに重い隔壁を素早く開けると、中からものすごく煩い駆動音が漏れてきた。

 4人全員が中に入り一旦隔壁を占める。中は案の定狭苦しく、すぐ隣が機関から繋がってきた煙突パイプらしく、中の騒音が結構響いていた。これでも、結構騒音は抑えるよう設計されていたはずなのだろうが。


 無線機は持っているが、戦闘中はもっぱらハンドシグナルと口頭での行動となる。狭い通路と階段は視界が悪く、先が見えにくい。

 こんなところにまで敵がいるとはあまり考えられないが……念には念を入れよう。


「(ったく、艦に乗ってまでこんなことをする羽目になるとはな……)」


 とはいえ、半ば自分からやるといったものなのだが。

 薄暗い階段を速足で駆け下り、第1甲板にまで到達した。幸い敵なし。煙突内部から、その第1甲板の外に出ることができる隔壁の前で再び止まり、無線に手をかけた。


「アルファ、ブラボー。こちらチャーリー。現在第1煙突内第1甲板到達。外の状況を確認したい。誰か知ってる人いますか?」


 ユイのもつX線スキャンは使えないことがわかっている以上、外の状況を知るにはこうするしかない。尤も、知ってるかどうかはわからないが、聞かないよりはマシだった。

 答えたのはアルファだった。そっちは二澤さんが担当しており、現在甲板に出て後部格納庫に直行しているところだったはずだ。


『チャーリー。こちらアルファ。現在第1甲板外にいるが、左舷側は一部が時折後部格納庫方面から何人か出てこようとする動きがある。牽制は任せろ。そっちはそのまま下に突っ込め』


「了解。右舷側は?」


『そっちはわからん。ブラボー。そっちはどうだ?』


 二澤さんが、艦橋維持と、それがかなわぬなら機関制御室の奪還を担当することになっているブラボーに状況報告を仰いだ。先ほど、通信では艦橋がそろそろ持たないということで、状況を変更し機関制御室の奪還に移るかもしれない旨の報告をしたのが最後だった。


 ……だが、


『……? どうしたブラボー。報告しろ。おい、聞こえるか?』


「?」


 返事がない。無線機は向こうにちゃんと伝わってたはずだし、さっきまで通じていた。2、3度呼びかけるが、応答はない。


「(故障でも起こしたか? いや、そんないきなりぶっ壊れるなんて……)」


 それに、故障程度ならノイズくらい聞こえてくるはずだ。今回はそれすらない。完全に、電源を切られたか、もしくはノイズが出てこないほど完全に破壊されたかのどっちかだ。


 ……まさか、


「(……やられた?)」


 それを示唆するような報告が、アルファからもたらされた。


『こちらアルファ。艦橋方面での銃撃音が鳴りやんだぞ。向こうは終わったのか?』


「鳴りやんだ?」


 向こうは戦闘中のはず。すべて殲滅したのならまだ話は分からるが、ここからでは確認のしようがない。


『ウイングに誰かいるぞ。すぐに隠れろ。狙い撃ちされる』


「それ、乗員じゃないんですか?」


『いや、違う。来てるチョッキは似てるが、あいつら半袖だ。うちらは全員長袖だぞ』


「半袖……?」


 確かに、一般客の一部に半袖を着てるやつがいた。まさか、そいつらか?

 だが、奴らがウイングにいるということは……


「……兄さん……」


 事の裏を察した新澤さんが思わずそう呟いていた。顔は少し青ざめている。

 まあ、そうもなろう。場合によっては、これは最悪向こうが完全にやられたことを意味する。しかも、新澤さんの兄さんに限っては妹の防具を貸したためにチョッキやヘルメットがない無防備状態。


 ……救援に行くべきか? 俺は一瞬迷ったが……


「外はちょっと危険になってきたみたいなんで、今度は中を通りますか。艦橋の下のほう」


 ユイがそう進言したことのを聞いて、俺はハッと目的を思い出した。

 ユイはこっちを見たまま、次の指示を待っている。


「(……いや、今はこっちだ。俺たちがやるべきはCICの奪還だ)」


 行きたいのはやまやまだが、そっちに時間をかけるわけにはいかない。目的は目的だ。艦橋が目的範囲内にない以上、無視するしかない。

 ユイの言う通り、外にも危険が迫ってきたこともあるし、そうすると相対的に防備が薄くなる中を通るという手もありになる。艦橋のほうにまた入れば、得意の室内戦闘に持ち込めるか。


 ……とはいっても、


「だが、ここからまた艦橋に戻るなら一旦外に出ないといけない。艦橋を出てすぐに前方に進み、そこからまた通路隔壁を通ってすぐ右にある隔壁から艦橋内に入るのが一番の近道だ」


 和弥の言うとおりだった。残念ながら、ここから艦橋に直接通れる道はない。行くなら今さっき来た道をまた戻らねばならず、そんな手間をしてる暇なんてないし、第一さっきアルファの行っていた報告が時日なら、ほぼ間違いなく向こうは占領されたはずだ。

 “敵陣”にまた戻るなんてことはできない。道は一本のみだった。


「どうする? ここから行く? それとも反対から?」


「反対から行きます。右舷側に移動。そこにも隔壁あるはずなんでそこを出て艦橋へ行きましょう」


 即断即決。すぐに行動に出た。

 一旦反対側に行き、ほぼ向かいにある隔壁の前にくると、再びいったん止まる。


「俺とユイで先に出て、隔壁を盾にしながら警戒します。二人は即行で艦橋の通路建屋に入ってください」


「了解。援護よろしく」


 まず二人を先に行かせる。おそらく、後部格納庫と艦橋右舷ウイングの二つ方向から挟撃される可能性はあるが、いずれも左舷に展開している二澤さんたちアルファが意識を集中させてることを祈る。

 ユイが隔壁を即行で開けてすぐに外に出た。和弥と新澤さんは全力で走る。結構近くに通路隔壁があるためすぐにたどり着くはずだ。


「ッ! いたぞ、迎撃!」


 案の定敵はいた。右舷通路を前方に進もうとしていたらしい、3名ほどの防弾チョッキを着た奴らが一直線にこちらに向かってきていた。ちょうど、高物価右脳子につながる通路隔壁を出てきたところだった。

 さらに、


「右ウイング2名確認。後ろ入ります」


「すまん。頼んだ」


 俺の真後ろ上方。艦橋右舷ウイングにも居た。いてほしくないタイミングでいたもんだが、ユイが文字通り盾になってくれた。ロボットだからできることだが、あまり気は進まない。


 後ろはユイを信じて任せる。後部から来た敵3名は、今さっき出てきた通路隔壁にまた入り、そこの両先にある隙間に隠れながら射撃。1vs3という数的不利な状況だが、幸い敵は積極的に出てこようとしなかった。


「(中々出てこないな……、なら)」


 俺はいったん射撃を止めた。弾の無駄遣いを避けるためでもあったが、それだけでなく……


「……ッ、祥樹さん、後ろ来てますよ」


「通路隔壁出たか?」


「もう出てます。突っ走ってきてます」


「よし、きた」


 うまく釣れた。今ならやれる。


「かかったなアホがッ!!」


 威勢のいい叫び声とともに隔壁の盾から飛び出た俺は、通路にいた3名の敵に万遍なく、かつ素早く射撃を慣行。

 遮蔽物がなにもない、見通しの良い一本通路なので隠れれる場所もなく、不意を突かれた敵は思いっきり後ろに吹っ飛ばされた。外側にいた1名に限ってはその勢いで手すりから海に投げ出されてしまった。残りの二人も衝撃の大きさに悶えて動けなくなっている。


 その隙にすぐに隔壁の壁に戻った俺はマガジンを交換する。


「よし、命中確認。そっちはどうだ?」


「こっちも排除しました。もう出てきません。ただのカカシだったみたいです」


「どこぞの独裁者の兵士かな? 結局はまともに戦闘訓練を受けてない腰抜けどもだ」


 そんで、お前なら瞬きするまでもなく一瞬で皆殺しにしちまいそうだ。


「祥樹! 隔壁開いたぞ!」


「よし、突っ込め!」


 和弥たちが隔壁を開けた。俺とユイはすぐに盾にしていた隔壁を閉じ、和弥たちが開けた通路隔壁の中へと突入。

 和弥と新澤さんが警戒をしながら俺たちの突入をサポート。突入と同時に、自分たちも通路隔壁の内部に入り、ユイがまた強引に閉じてガッチリとロックをかけた。


「敵5名を仕留めた。アイツらはしばらく動けない」


「なあ、確認なんだが本当に殺してないんだよな?」


「安心しろ。俺たちが使ってるのはただの衝撃弾だ。実弾じゃない」


 実は、俺たちはここでは実弾は使えない。使っているのは衝撃弾という名の、まあ所謂ゴム弾であり、伸縮性抜群のゴムを用いているため致死性は極力抑えたものとなっている。

 本来は、何らかの形で艦上に不審船あたりから乗り込んできた工作員を仕留めるための、あくまで“鎮圧用”の弾頭として使われるものだ。

 まあ、これもこれで広義的には実弾でないとも言えなくはないが、殺傷目的に使われるものではなく、あくまで一時的に戦闘不能状態に陥れるために作られたものである。


 だから、仮に命中してもしばらく動けなくなるだけで、また立ち上がって戦闘はできるようになる。本来はその間に身柄を拘束するなり、さらに殺傷攻撃に移るなりといった手順が組まれているのだが、今回ばかりはそうしている暇もなさそうであった。

 とはいえ、目や喉など、当たり所によれば十分致死性は発揮される。ほんとに運が悪いと、いくらゴム弾でも即行で天に召されるため扱いには注意が必要だ。


「ウイングにいた敵が持っていたのは間違いなく89式です。おそらく、何らかのこの艦の武器庫から略奪したものでしょう。となると……」


「ああ、中身は衝撃弾の可能性が高い。自分たちだけガチの実弾なんて都合のいい話はさすがにない」


 俺も俺で、さっき迎撃した3名の持っていた銃を見た限りでは、89式の形に十分酷似していた。89式なんて、今現在はどんどん25式に移り変わっていっている関係上、あまり流通はしていないし、ロシアのテープ型爆薬などに類するテロリストに対する武器流通を懸念して処分を徹底させている。まず、どっかから持ってきたなんて可能性はほぼないに等しい。


 ほぼ間違いなく、この艦のものを奪ったものだ。とすると、中身はただの衝撃弾。一応、悪運が働かない限りは死にはしない。そこに関しては、お互いに意見は共通していた。


「ここからまた室内になる。艦橋内だから確実にいるぞ。注意しろ」


「了解。さっさと終わらせて陸に行くとしよう」


 フラグみたいな発言をようまあこんなタイミングでできるもんだ。そんなことを思いつつも、再びユイは隔壁を強引にあけ、内部へと突入。

 狭苦しい通路が目の前に一本。すぐ近くには右手に迎える通路が繋がっていた。


「CICはこの下だ。まずはこの先にある階段を降りなきゃならん」


「通路を突っ切るか。新澤さん、援護頼みます」


「了解」


 指示を出しながら、その通路に差し掛かった時である。


「―――ィッ!? クソッ、やっぱりいやがった!」


 案の定だ。通路で待ち伏せをしていたようだった。

 狭い通路内なので、お互い弾が当たりやすい。無理に通路を突っ切って階段まで突っ走るってったって、こんなところで弾幕張られてはたまらない。確実に当たる。

 こんな狭い通路に於いては、一々顔などを出すまでもなく、銃だけを表に出して後は通路が合流している方向にぶっ放すだけでも十分効果があった。目標はただ一点のみ。そこに弾を集めればいいだけなので、わざわざ体や顔を出す必要がない。しかし、それでは俺たちが困る。


 右からゴム弾を喰らえば、死にはしないが衝撃で吹っ飛ばされる。そういう意味での“衝撃弾”なのだ。


「迎撃開始。まずアイツらを排除する」


「了解。弾幕カーニバルだ。派手にいこうぜ」


 ミサイルカーニバルの間違いだろそれ。だが、実際そう思わせるほどの弾丸が狭苦しい通路を目にもとまらぬ速さで飛び交っていく。

 敵の姿がよく見えない。近くに士官室やトイレなどがあるためそこの扉を盾にしているのか、弾幕の量が異常に多い。そう考えると、結構な人数がこの通路の脇にぎゅうぎゅう詰めになっているとみたほうがいいだろう。

 こっちはたったの4人だ。数が多くては、弾幕返しで敵を黙らせようとしてもなかなか効果が薄い。


「数が多いぜ。このまま立ち往生はちょっと勘弁だぞ?」


「それに、あいつら完全にうちらの武器使いまくってるわ。確かに89式って結構な数蓄えてるはずだけど、どうやったらこんなに持ち出せるのよ? この艦にあるやつほぼ全部持ってきたレベルじゃないの?」


 和弥と新澤さんが半分愚痴のように言った。

 確かに、ここまでの弾幕を張るには相当な弾薬と89式を持ってこなければならないが、この艦にあるものだけで考えても、そんなに大量のものをどうやってふんだくったのか、まったくわからない。

 こっちは弾薬が大きく限られているため、あまりバンバンと弾幕張るわけにはいかない。この後、CICのほうでの戦闘の分も蓄えておかなければならないからだ。


 だが、向こうはそんな悩みなど持っていないかのような弾幕の張りよう……


「(……どこからどうやってそんな大量に持ってきた。誰かが教えたか?)」


 俺はふとそんなことを思っていたが……、その時である。


「まだ一部、乗員が見つかっていないので早くそっちも探さないと。副長なんて、私たちがここに乗ってから一度もあってませんよ?」


 ユイがふいにそういった言葉に、


「―――ッ!」


 俺はハッとなった。最悪の可能性を見出したのだ。思わず反射的に無線に手をかけた。


「二澤さん。副長って所在わかってますか?」


『え? いや……こっちにはいない。今格納庫のすぐ前まで来たが、そっちにいるんじゃないのか?』


 いや、格納庫にはいないはずだ。わざわざ副長がそんなところに行く理由が見つからない。そもそも、副長は“急な仕事”で俺たちの案内を新澤さんの兄さんに任せていた。それも、今日入った急なものだ。格納庫関連の仕事を副長がするわけがない。事件が起きたとき、副長はその仕事をしていたはずだ。


 その事実は、和弥ともしっかり確認した。


「連れていかれた可能性は?」


「考えられる。だが、最悪のパターンが否定できない。一刻も早く確認を取らなければ……」


 だからこそ、何とかしてここを突破したい。狭い通路だが、一瞬でも顔を出せば撃たれちまう。弾幕がそれほど厚かった。こっちのお返しが中々通らない。

 時間がない中で、一々タイムロスは起こしたくない。だが、かといって無理くり突っ切るのも……


「……時間もないし、やるか」


「?」


 ユイの呟きが聞こえたような気がした。それと同時に、


「すいません、ちょっと撃ち方止めて下さい」


「は? 止めろって、何する気だ?」


 俺の問いに、ユイは短く淡々と答えた。


「……こうする気です」


 そういうと同時に、自分の持っていた89式を新澤さんに無理やり預けて、自身はヘルメットと防弾チョッキを取っ払って通路に飛び出した。


「はいィ!?」


「お、おい! 待て!」


 和弥が驚きを通り越した声を上げ、俺がすぐさま制止したが、すでに遅かった。ユイは通路に躍り出、完全に的か何かになっていた。通路が狭いため、半ば壁の役割も果たしていた。


「クソッ、行け! 今のうちに行け!」


「お、おうッ」


 すぐさま残った俺たち3人は通路を横切って反対側に移った。それと同時に、敵もそうはさせじと弾幕を張るが、ユイが完全に壁になる。


「ユイ! 戻れ! こっち来い!」


 だが、それとほぼ同時だった。


「クッ!」


「ッ! ユイ!」


 ユイが一発喰らった。案の定衝撃弾だったようで、持ち前の炭素繊維装甲もあって貫通はしない。だが、その身は軽々と宙に浮いた。

 いくらユイが装甲を持っていて、なおかつ撃たれたのは衝撃弾だったとはいえ、何発も弾を喰らうのはマズイ。何度も言うが、当たり所によっては致死性は発揮される。ユイにだって、すべてに装甲があるわけではない。


 そこを撃たれれば、死にはしないが場合によっては致命傷の数歩手前だ。


「(クソッ、間に合わなかったか?)」


 ユイを一旦引っ張り出す覚悟を決め、隣で新澤さんが89式を構えた。


 ……だが、


「―――えッ?」


 ユイはその衝撃を後転を1回転する形で受け流し、さらにしゃがんだ状態から右足を思いっきり蹴って敵の目の前に飛び出した。


「(あ、アイツまさか!)」


 既視感を覚えた矢先、まさにほぼそのまんまのことをやり始めた。

 敵の前で前回り受け身のような前転をかますと、そのまま左足を下から斜め上にアッパーをかますように回し蹴りした。

 一人顎に強烈なけりを喰らい沈黙。そいつの持っていた89式を蹴ったついでに即行で奪い、そのままけりの勢いに任せて左一回転をしながら立ち上がり銃を構えた。

 綺麗な流れ技。敵はその一瞬の出来事に唖然としたが、その一瞬を見逃さなかった。


 残っていた敵すべてに対して、持っていた89式を乱射。マガジンに残っていた衝撃弾はうまく唖然とし隙を見せていた敵に吸い込まれ、後方に吹き飛ばされるか、その場に倒れるかのどちらかの道をたどった。


 ……もっとも、唖然としていたのはこっちも同じだったのだが。


 しかし、ユイが奪った89式は、最後の一人を撃とうとした時、いきなり鳴りを潜めた。ユイがほんの一瞬だけ動揺する。


「(ッ! しまった弾切れだ!)」


 ユイが奪ったものはちょうど弾が少なかったのだ。一瞬の隙をついて、かろうじて残っていた一人の敵がユイの右肩に衝撃弾を喰らわせた。


「チッ、あいつだけならこっちから―――」


 援護しよう。そう思い89式を構えたが……


「おらぁッ!!」


「ええッ!!??」


 ユイは撃たれた右肩の後方に持っていかれる衝撃を、自身の右回転という形でうまく受け流したどころか、その勢いに任せて“89式自体を”右手一本で敵に投げた。

 そりゃあ、まさか銃が飛んでくるなんて思ってもみないだろう。一瞬「ハァ!?」と驚愕の表情を浮かべた敵の顔面にその銃が見事命中し、そのまま倒れて動かなくなった。頭部にいったから脳震盪でも起こしたか。


「うっそん……ユイさん本気だしちまったよ」


 和弥がそんなことを呟いた。その間に、ユイはさっさとこっちに戻ってこようとしたが……


「……ッ! しまった、後ろ!」


「ッ!」


 撃破の判定が甘かった。かろうじて生き残っていた敵が一人、ユイに向けて衝撃弾を放った。弾がなかったのか、単発。

 すぐにしゃがもうとしたが遅かった。ユイは背中に一発浴び、そのまま前のめりで倒れかけるが……


「(―――ッ! この倒れ方!)」


 さっきと同じだ。前回り受け身と同じもの。ということは……


「ユイ! これ使え!」


 俺はユイを信じてみた。俺は防弾チョッキの弾倉入れに入れていた空のマガジンを取り出し、ユイの元に軽く投げた。

 アイツが拾ってくれる。そしたら……。


 その予感は、見事に的中した。


「―――どうも、感謝します」


 ユイは背中に受けた衝撃弾を再び前回り受け身のような前転で受け流し、同時に俺の投げた空マガジンを右手でキャッチ。

 そのままの体勢から、無理くり腕だけを使ってサイドスローでぶん投げた。

 まるで、最初からそこから撃たれることを知っていたように、マガジンは敵の顔に見事命中した。撃たれた時点で、衝撃の方向などから逆算してどこから撃たれたのかを瞬時に計算していたみたいだった。

 敵は顔面に直撃を喰らって沈黙。角が当たったのか、頭部から流血がある。ご愁傷様としか言えない。


 ……こうして、たった30秒もかからず、敵は一掃された。さっきから弾幕に苦しめられたこの大量の敵を、たった一人でものの数十秒で仕留めてしまったこの事実に、俺たちは何をどうすればいいのかしばし呆然としてしまった。本当はこんなことしてる暇はないのだが。


「……えっと、ユイさんってターミネーターだったの?」


「いや、まあ半分くらい同じんたもんだろう」


 あっちは男性でほぼ不死身状態なんだし、まあ性能面では若干劣るがこっちもどっこいどっこいな性能もってるから……ある意味、ターミネーターである。怖えようちのターミネーター。


 さっさと戻ってきたユイは何喰わぬ顔で89式を返してもらった。ヘルメットや防弾チョッキを這おうが、ほんとにさっきまでのアホみたいな突撃がなんともなかったかのような顔をしている。衝撃弾を合計3発ほど喰らってこれである。人間みたいに悶えることすらなかった。ほぼ生身なのにである。


「……お前、そのヘルメットとチョッキいるか?」


「あったほうが一応便利ではありますので」


「じゃあなんでさっきとった」


「邪魔だったので」


「邪魔ってお前……」


 この既視感はやはり間違いなかった。

 数ヵ月前、俺がユイが改めて戦闘用ロボットであると強く認識するきっかけになった、北富士演習場でのあの単独攻撃だ。

 あの時、目の前にいた敵役のロボットを全部ぶちのめすために、迎撃ではなく“破壊”をおこなってしまった。まさに、あの時とほぼ同じことが起きていた。既視感というか、ここまでくるとただのデジャヴだ。


「(……あれ、訓練だけだと思ってた)」


 ただの訓練の時のみの“パフォーマンス”かと思っていたが、リアルの実戦でほんとにやるとは思わなかった。

 そして、あれを目の前で見ていたからこそ、もしかしたらと思い応用でユイを援護することができた。あのマガジンを投げなかったら、追撃を喰らっていた可能性は高い。衝撃は受け流せても、そのあとの攻撃までは防げたかはわからないからだ。


 まさに、経験のありがたみである。


「ユイ、大丈夫か? 不具合は?」


「ご安心を。あの程度で不具合でていてはロボットやってられません」


「まるで職業みたいな言いぐさを」


「ねえ、これ私ユイちゃんのチョッキとヘルメット借りてればよかったんじゃ……」


「まあまあ、言ったって始まりませんゆえ」


 和弥と新澤さんの会話を横に、俺らは階段を伝って下の階へと向かった。


 この階にCICがある。階段を下りて目の前にある通路を反対側に向かえば、そこのすぐ隣はCICの入り口だった。

 ……だが、そこにもまた、


「―――ッ! 敵がいた。やっぱり防備を固めてやがるな!」


 通路方面を固く守っている。しかも、これまた数が多い。一体奴らはどんだけ人材を送り込んできやがったんだ?


「あそこに先任伍長室がある! 部屋の扉があきかかってるからあそこを盾にしようぜ!」


 和弥が指をさした方向を見る。そこは通路の右手側。ちょうど左手にあるCIC室の反対側には先任伍長室のプレートが掲げられたドアがある。都合のいいことに半開きだ。これは使える。


「確認した。俺とユイで先行する。援護!」


「あいよ!」


 再び和弥と新澤さんで援護射撃を入れる。ユイが先に突っ込み、先任伍長室のドアを開けて盾を作る。そして、俺が全速力でそこに滑り込んだ。

 今度は俺とユイが援護射撃を与え、和弥と新澤さんが突っ込んでくる。4人全員移動完了。


「弾薬が少ない。二人ずつで交互に動く。和弥、新澤さん。頼みます」


「了解」


「オーケー。そんじゃ弾幕張るわよ」


 二人が弾幕を張っている間、俺は無線をかけていた。


「二澤さん! そっち終わりました!?」


『たった今終わった! 案の定格納庫に一般客押し込めてやがった! 現在付近を警戒中、まだ敵がいる可能性がある!』


「そこに副長いますか?」


『副長……?』


 少しの間無線が沈黙。再び二澤さんの声が届いたが……


『いや、副長はいない。いるのは一部の乗員だけで、幹部の尉官が数名いる程度だぞ』


「副長がいない……?」


 どういうことだ? 副長が格納庫にいないということは、自ら向かった可能性はもちろんのこと、連れ去られた可能性までもが否定されることとなった。

 格納庫にいない、艦橋にも居ない……じゃあどこに今いるんだ? 俺とユイは首を傾げた。


「どういうことでしょうか? まさか、副長が単独で行動しているとか?」


「んな『亡国のイージス』の先任伍長じゃあるまいし……」


 尤も、副長なら艦のことをあらかた知り尽くしてるだろうし、やれなくはないだろうが……結局のところこれも可能性の一つに過ぎない。


「祥樹、ちょっと交代。マガジン変える」


「あいよ。ユイ、でるぞ」


「了解」


 和弥たちと交代。今度はこっちが弾幕を張って敵を近づけないようにする。

 接近する隙を見つけたいが、向こうも向こうで交代交代で弾幕送ってくるため、切れ間がほとんどない。突撃のタイミングを中々見いだせなかった。


 時間がかかり始めると、徐々にこちらも焦ってくる。


「(早くしないと、敵の工作船が突っ込んでくる)」


 時間はかけられない。こうしている間にも、向こうは自爆覚悟で突っ込んできているのだ。

 この敵に、どこか隙を与えられればいいんだが……


「……もう一回私が突っ込みましょうか?」


「やめとけ、そんなん何度もやられても困る」


 ユイがまたさっきのやつを実践しようとしたが、さすがに俺は止めた。


「ですが」


「何度も弾受けてたら、さすがにお前とて耐えきれない。ゴム弾だが、万が一ヤバいところに当たらんとも限らんからな」


「……ロボット相手に妙に優しいですね」


「ロボット相手だからだよ。そう乱暴に扱っていいもんじゃない」


 機械っていうのは大切に扱わないとすぐに壊れる。ユイはそうなりにくいのが特徴だが、かといって無理な運用に何度も耐えれるかと言ったら、完全には保障できない。


「(今後のこともある……無理なことはさせれない)」


 CIC奪還のためにもう少し頑張ってもらう必要がある。ここでダメージを蓄積させるわけにはいかなかった。


 ……しかし、


「ッ! クソッ、弾が切れ始めた」


 弾薬がない。隙を作るために弾幕を張ってはいたが、限界が出始めた。


「こっちも足りない。そろそろどこか隙を見つけるしかないぞ」


「だが、どうやれば……」


 向こうだって弾がなくなり始めるころだし、どこか切れ目はないだろうか。

 そう思いドアから顔を出した時だった。


「……ッ! マズイ、こっち来た!」


 敵が通路の陰から出てきた。こっちに弾薬がないと見抜かれたか、それとも自分たちもないから意を決したか。

 いずれにせよ、ここに留まるのはマズイ。


「後退するか?」


「いや、いまからいっても通路に出たら……」


 どうすればいい。ここから敵を追い返す何かは……この部屋には何もそれっぽいものはないし……


「(何かいい手立ては……)」


 そう思い周りを見渡していた時である。


「……ッ?」


 敵がいきなり倒れた。何かに撃たれたように、後方に吹き飛ばされていったのだ。

 通路を塞いでいたすべての敵が通路に出ていたため、完全に一網打尽にされた。その弾は俺たちの後方から、俺たちが、さっき階段を下りてきてすぐのところから放たれたが……


「……あ、あれは!」


 そこにいたのは、今までその生存が不明だった人たちだった。


「またせたな篠山! 援軍の到着だ!」


「結城さん! 生きてましたか!」


 結城さんたちが率いるブラボーチームだった。艦橋での戦闘後行方不明だったが、密かにこちらに合流を図っていたのか。

 見たところ、全員無事だったようだ。新澤の兄さんも、防具がないのに完全に無傷でいる。あんたこれ本職じゃないのによく生きてられんなオイ。


「艦橋を放棄して機関制御室に行く途中に寄り道してきた。邪魔が入ったがすべて追っ払って急いできたぜ」


「感謝します。ここから先にCICのドアがあります。こっち弾がないのでいくらば恵んでくれれば」


「お安い御用だ。ちょうど途中の武器庫から弾薬補充したところだ。後ろの部下が弾薬庫係やってる。そっちから借りろ」


「どうも」


 すぐさまその弾薬庫係をやってた結城さんの部下から弾薬を譲り受けた。補充は完璧だ。これで戦闘には支障はなくなる。

 すぐさまCICへ移動を開始した。ブラボーチームが先頭に立ってくれている。


「兄さん、まだ生きてたのね」


 その途中、新澤さんは自身の愛する兄の元に行った。


「言ったろ、こんなとこで死んでたまるかってんだ。そっちもまだ性懲りもなく生きてやがったな」


「勝手に殺してもらっちゃ困るわ。女はしぶといのよ」


 新澤さんも、兄の無事が確認できてほっとした様子だった。自然と笑みがこぼれている。

 ……しかし、俺は懸念していたことを彼にぶつけた。


「すいません、一つお聞きしたいんですが」


「―――? なんでしょう?」


「あの、副長ってどこにいるかわかります?」


「副長?」


 無線で聞けなかったことだ。二澤さんの率いるアルファチームは、格納庫に行くまでの通路と、格納庫内には副長がいなかったことも告げたが、彼は首を傾げた。


「そんなバカな……彼は事務仕事で急用ができたと聞いています。何か異常事態が発生した時点で、我々の誰かに連絡を入れてもいいはずです」


「連絡入れれるんですか? 副長自身が?」


 その問いには後ろからついてきていた艦長が答えてくれた。彼もまた、防備を固めて89式を構えている。


「幹部には全員艦内無線機を渡している。今君たちがつけているのと同じものだ。本来は緊急時のみ使用のものだが、私と副長は常時携帯することが許されている。何かあった時、迅速に情報が共有できるようにだ」


「その通りです。こちらは、戦闘開始後に無線機が敵の射撃などによって破壊され送受信ができませんでしたが、その時は、我々は他の部隊に情報が渡ったものとてっきり……」


「そして、こっちにはわたっていない……小型の無線機が勝手に故障したとも考えにくいし……」


 そして、今現在どこにも姿を現していない。隠れているにしても、場所を伝えてくれてもいいはず……。


 ……まさか、


「……これ、黒幕ビンゴなんじゃ……」


「まさか……そんなはずは」


 新澤の兄さんは否定的に見るが、艦長はどっちともとらず考え耽っていた。

 未だに可能性の域を出ないが……、徐々に否定できなくなってきた。


「(……CICにいけば、すべてがわかるか)」


 敵が特に重要視しているはずのCICになら、何かのヒントがあるはずだ。ちょうどCICについたし、さっさと中に突入してしまおう。

 ……だが、


「……おいおい、これ中からロックかかってんぞ。どうなってんだ?」


 結城さんがそう悪態をついた。CICのドアは完璧にロックされ、外から入れない様になっていたのだ。外の様子を察して、俺たちをどうしても中に入れないつもりらしい。


「クソッ、このままじゃ工作船が……」


 和弥が思わずそう吐き捨てたが……


「……私にお任せを」


「?」


 またユイが出てきた。今度は何をしでかすつもりだと、俺は半分くらい恐怖していたが、そんな心配など知ったことではないといったように、ユイはCICのドアを押したり手で触ったりして固定具合を確認した。


「……ああ、これならいけるわ」


「え?」


 ユイはいったん下がり、狭い通路の幅いっぱいに距離を取る。


「私が突っ込みますので、祥樹さんたち続いてください」


「え、ちょ、マジで? 本気かお前?」


「本気だからやるんです。私の足舐めないでください」


「え、足ィ!?」


 足で突っ込むって……いや、まさか……、


「ちょ、おま、まさか足でドロップキックとかするきじゃ―――」


「はいじゃ行きますよ!」


「うぉい! こっち無視かい!」


 ユイが一気に走って、案の定“CICのドアに飛び蹴り”を喰らわした。

 コイツの素性を知らない乗員たちは口を開けて呆然とするが、こっちは苦笑しつつもユイについていく。ドアがそのままぶっ壊れて開いてくれることを信じて。


 ……そんで、ほんとに、




 ガッシャンッ




「うわ、開いたァ!?」


 開いた。開いちゃったのである。

 ユイの飛び蹴りによりCICのドアはロックごと強引に破壊され、そのまま勢いに任せて中になだれ込む。

 薄暗い室内にいた乗員たちは突然の出来事に驚くが、こっちはそのまま……


「いまだ、よく狙え!」


 中にいるであろう敵のみを瞬時に判別して攻撃。ここは本業ゆえ、ほぼ一瞬で片が付いた。

 海軍の作業服を着ていない人間のみに衝撃弾を与え、完全に戦闘不能に陥れた。悶えている間に即行で身柄を拘束し、武器も取り上げる。


「CIC確保!」


 全員が拘束された段階で、結城さんはそう宣言した。


 そして、同時に、


「砲雷長! 無事か!」


 艦長はすぐさま砲雷長を呼びつけた。


「艦長!」


「ッ! 沖瀬少佐、無事だったか!」


 彼は無事だった。しかし、肩を押さえているあたり、もしかしたら銃撃を受けたのだろうか。流血はしていないようだが、衝撃弾を喰らったのだろう。

 すぐに新澤の兄さんが手当をしようとするが、彼は拒否し、すぐに艦長に進言した。


「艦長、直ちに工作船の迎撃命令を! こっちにまっすぐ突っ込んできます。距離すでに200,000を切りかけてます!」


「よろしい。主砲は給弾されているか?」


「されていません。使えるのは、前部VLSのESSMのみです!」


「仕方ない、そちらを使う」


 工作船の接近は未だに続いていた。すでに200,000を切る。ミサイルだったら後数分もしないうちに被弾する距離だが、幸い工作船ならまだもう少し時間がある。


 だが、急がねばならなかった。艦長はすぐに命令した。


「動ける者のみでいい! 直ちに対水上戦闘用意! 主砲の給弾に行けるものは彼の護衛を受けて直ちに給弾に迎え! 残りの者はここで迎撃を行う! 敵がこちらに迫っている、ここからが正念場だ―――」





「総員、もうひと踏ん張りだ。耐えろ!」





 威勢のいい返事とともに、ほとんど背水の陣での迎撃が始まった…………

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