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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第4章 ~兆候~
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状況悪化

 ―――刹那、かすかに銃撃音が聞こえてきた。艦橋内にある階段の数階下のほうか?

 ほんとに小さいものだが、外の波の音に混じって乾いた連続音が耳に届いた。その瞬間、青ざめた空気はにわかに騒がしいものへと変貌した。


「なんだ、この音は?」


「機関銃か? だが誰が持ってきた?」


 艦橋内にいる乗員たちが慌て始めた。その場にいた強面の艦長がすぐに収めるが、表情に冷静さはない。

 いくら訓練された軍人だとはいえ、“このタイミングで”そんな突発的事態になったことなんて完璧に想定していなかった。準備はしていても、本当になった時など本気で考える奴はいない。日本人ならなおさらだ。


 そして、俺たちを焦らせた一番の要因は、そのすぐ下で……


「(おいおい、ここには民間人までいるんだぞ!?)」


 警備はしっかりしていたはずだ。手荷物検査なんて、いくら招待客であるとはいえ俺たちも入念にさせられた。一般人のほうを怠ったはずもない。あろうことか、銃火器なんてどうやって……


「どこだ? どこで銃撃が起きている!」


「こちら艦橋! 各部、状況を報告せよ!」


 ただの叫び声にすらなっている艦内電話の声に、いくつかの部署から回答が来た。

 ……だが、


『こちら第1甲板D3! 銃撃戦により1階フロア制圧されかかってます! 現在手持ちの拳銃で迎撃中!』


『こちら1甲板左舷通路! 銃撃音がこちらにも響いて一般客が大混乱です! どこに移せばいいですか!』


『甲板の上に出すな! 一般客が撃たれるぞ!』


『第2甲板に一部の武装した連中が侵入しています! これより正当防衛射撃を行う!』


『畜生! 奴らどっから湧いてでてきやがった!?』


 まともな報告を行いつつも、焦燥感を前面に出したものばかりだった。中にはただ単に愚痴を言ってるだけのものまである。無理もない。


「とにかく、一般客は格納庫に避難させろ! ただし艦内連絡は使うな! 敵にバレる! 乗員用の無線通信を使え!」


「了解。全乗員へ、一般客は直ちに後部格納庫へ避難させよ。人員確認を徹底して行え。繰り返す―――」


「敵の詳細を調べろ! どこのどいつがどれくらいいるのかを全力で―――」


 指示と怒号が響く艦橋内。俺たちはどうすることもできず、端っこでただ突っ立っているしかなかった。

 邪魔にならないようどこかにどいたほうがいいのかもしれないが……


「あの、俺たちって移動したほうがいいんじゃ……」


 二澤さんの腹心である結城さんがそう遠慮気味に聞いた。

 新澤さんの兄さんもすぐにハッとなり、その点を艦長に問う。


「艦長、お客さんはどこに移動させますか?」


 しかし、艦長は一瞬考えた後、首を縦に振った。


「ダメだ。どこにも移動できない」


「そ、そんな! ここにおきっぱですか!?」


「今ここの下で銃撃戦中なんだ。今更移動したらただの的だろうが!」


 艦長さんの言葉に、彼は言葉を詰まらせた。

 事実だった。確かに、ここから後部格納庫までは結構な距離がある。そこの間で、すでに銃撃戦が展開中。外の階段を使うにしても、下手すればそっちにも銃撃がいきそうな状況下で通るのはリスクが高い。

 はっきり言って、今更外に出ること自体は危険極まりないと言わざるを得ない。


「とにかく、ここは死守する! 下の方で迎撃態勢が敷かれてるはずだから、少しの間はここは持つはずだ。その間にできる限りの準備をする! 銃を持てる奴は全員持て!」


「了解!」


 銃とは、おそらく艦内に備え付けられた自衛用のものだろう。確か、陸軍がかつて使ってたもののお下がりがこっちに回ってきていると聞いている。

 乗員たちで、せめて艦橋だけは守らねばならない。すぐに乗員がジャケットを防弾仕様に交換し始めた。


「艦橋経路、配置つきました」


「よし。いいか、持った奴からすぐに配置につけ。できる限り時間を稼いで情報の把握を―――」


 艦長が、自身も防弾仕様のチョッキを探しながらそういった。


 ……だが、そう言い切る前に、


『こちらCIC!』


 事態は、さらなる悪化を見せる。




『―――敵がこちらへの侵入を試みている! 撃破しきれない! もうすぐ陥落する!』




「なッ!? し、CICが!?」


『こちら機関制御室! 敵が列をなしてこっちに来ている! こっちも迎撃しきれないぞ!』


「おいおい、機関制御室まで!?」


 二つの報告に乗員たちが顔面を蒼白させた。

 少し意味の分からなかった俺は、隣で青ざめてる海軍系に詳しい新澤さんに聞いた。


「し、CICてなんでしたっけ?」


「『戦闘指揮所』のこと! いわば艦の頭脳よ! 戦闘系なら何でもできるわ!」


「ず、頭脳!?」


 つまり、艦の中枢がとられそうということか? 映画じゃないんだぞ?


「おまけに機関制御室にまで手が回ってる……そっちが取られたら、機関の動きも全部掌握されるわ。船を動かす手と足が完全にとられかけてる状況よ!」


「そ、そんな! どうすれば!」


 ひどい状況だった。CICも機関制御室も、どっちも完全に防ぎきることはできない。詳細は不明だが、敵に奪取されるのは時間の問題だ。

 だが、こんな状況下で援軍など見込めるわけもない。完全に手が詰んでいる。


「おいカズ! そっちどれだけ持ちこたえれる!?」


 新澤さんの兄さんが艦内電話を使ってそう叫んだ。愛称で呼んでるあたり、おそらく仲のいい友人でもあるのだろう。

 電話の向こうの人も、砕けた口調だった。


『こっちはもう持ちそうにない! すぐそこに敵が迫って―――ッ!? お、おい! お前ら何を―――ッ!』


「ッ!? お、おい! カズ!」


 だが、艦内無線はすぐに切られた。「ブツンッ」半ば強引に引きちぎられたように。その瞬間、向こうの命運は決したと悟った。


「……CICが取られた……」


 乗員の誰かがそう呟いた。だが、それで終わらない。


『―――ッ! ま、待て! 貴様ら! 勝手に入ってr―――』


「ッ! 機関制御室! どうした! 応答しろ!」


 艦内電話ですぐにそう叫ぶが、こちらも応答がない。CICと同じだ。ブツンッと切られてあとはだんまりだった。


「き、機関制御室まで……」


 時間の問題どころではなかった。もはやすぐそこに迫っていた未来だった。

 これで、艦の手と足を失った。ほとんど、制御を奪われたも同然である。


 まだ、事が起きてから数分と経っていない。もうすぐ10分経とうかというところだった。


 ……あっという間で、なおかつあっけない展開だった。


「(……何がどうなってんだ……)」


 唐突過ぎて未だに状況を飲み込み切れない。どこがどんな状況なのか。すべてを把握することが困難となっていた。お客さんたる俺たちはなおさらだ。

 だが、それでも艦長は冷静だった。手元にある情報から、自分たちのすべきことに適切に優先順位をつけ始める。


「CICが取られたとなれば……下手をすれば、それを悪用される可能性がある。すぐに奪還しなければ」


「しかし、敵の勢力が不明です。まずはそこを把握しなければ」


「だが、時間がない。それをしつつ同時並行でできる限りやるしかない。……忘れたか。こっちには今、敵の不審船が突っ込んできてるんだ。図ったようなタイミングでな」


「ッ!」


 艦長の言葉に、俺たちはその記憶を再びよみがえらせた。

 そうだ。少し前に、無線通信で不審船が大量にこっちに向かってきていることを知らされていた。タイミングといい、こっち側の被制圧区画といい。偶然としてはでき過ぎている。


「まさか……これを狙ってか?」


 二澤さんがそう呟いたのを、艦長は肯定した。


「おそらくそうでしょうな。奴らの最終的な狙いはわからずとも、この艦の手さえ掌握すれば、まず自分たちの邪魔をされることはない。そして、足たる機関も……」


「現在、機関制御室からの応答はありません。おそらく、動かせないものかと」


「逃げることも隠れることもできず……ということだな」


 艦長がそう低い声で言った。

 手と足がやられ、かろうじて頭は生き残ってはいるものの、それもいつ奴らの手に落ちるかわからない。

 今、向こうではどんな状況なのか……そこは、俺たちには想像しかできない。


「機関はどうなっている?」


「先ほどから、異様にエンジン回転数が落ちています。このままだと、すぐにでも止まるかと」


「こちらへの操作委譲は?」


「されていません。権限移動は確認できず。操作もできません」


「ふむ……どうやら、機関に関する制御をすべて切ったようだな」


 敵に侵入される直前に、わざと機関を止めてしまうことによりすぐに悪用されることを防いだということか。乗員たちが気になるが、敵が機関捜査に詳しくない限り、殺すことはない。仮に悪用するなら、彼らは貴重な“デバイス”であるからだ。


 そしてそれは……CICでも、同じだろう。即行で皆殺しなんてことはないはずだ。まだ、使えるデバイスとして生かしているはず。だが、それがいつまで持つかわからない。


「(CICが悪用されれば、下手したら海保の巡視船のほうに……)」


 味方とつないでいるデータリンクを切ってしまえば、敵と認識し攻撃することができる。相手が海保の巡視船であろうと関係ない。もしそうなれば、不審船対処を行うものがいなくなり、奴らの好きなように動くことができる。


 こうした懸念は他の乗員たちも同じだった。


「……下手すれば、敵の動きを助けることにもつながるな……」


 和弥がそんなことを呟いた。俺と同じことを考えていたらしい。

 艦長も同意した。


「彼の言うとおりだ。機関の操作が再開されれば、本艦はあの不審船の強力な盾にもなる。そして、手が使えるようになれば……」


「これほど最強の護衛艦もありませんな。……しかし、それで奴らは何を狙って……」


 しかし、和弥の言葉は最後まで続かなかった。


「―――ッ! し、CICより、画像です!」


「画像?」


 艦長が訝し気に聞いた。

 すぐに艦橋内に設けられた小型のモニターにその画像が表示される。


 ……そこには、


「……ん? 海?」


 普通に海が広がっていた。てっきり、CIC内の画像でも送ってきたかと思ったが、そんなことはなかった。

 怪訝な表情で見ていた俺たちだが、新澤さんがふと気づいた。


「……ん? ねぇ、ちょっとこれ拡大してくれない? 中央部分」


「え? あぁ、はい。お待ちください」


 乗員がその画像を拡大する。

 すると、次第に白い航跡が大量に見えてきた。その先には、小さな船がある。漁船か?


「これは……例の不審船?」


 新澤さんの兄さんの言った通りだと思われた。

 完全に隊列を組んで艦隊行動をとっている。見た目漁船のものが、ここまで綺麗な隊列を組むとは思えない。相当訓練されたものだ。

 しかも、見た目は確かに漁船だが、こんな大量に集まって一つの方向に航行することはあまりない。あまりにも数が多すぎる。他にも、不審な点がさまざまだ。


 間違いない。俺たちのほうに来ているとされる不審船だ。


「だが、なぜこれがCICから? 向こうは占拠されたんだろう?」


「わかりません。ただ、これはどうやら定期的に送られてくる衛星画像のもののようですので、向こうが隙を見てこっちに送ってきた可能性も……」


「ふむ……」


 艦長が妙な表情を浮かべるが、CICでもれっきとした男がいたのかもしれない。

 いずれにせよ、ありがたい情報だ。目の前にいるもう一つの脅威の情報が、これである程度わかるかもしれない。


「結構大量にいるな……何隻だ?」


 艦長がそういったと同時に、近くの乗員がその画像から隻数を数え始めた。

 ……が、数えきる前に、


「……画像から見るに全部で72隻。波の状況や航跡の長さからして大体35ノットは確実に出てます。船のほとんどは漁具を積んでいない漁船ですが、35ノットも出る漁船なんて聞いたことないので、間違いなく改造された不審船ですね」


 ユイがペラペラとそう答えた。あの一枚の画像からそこまでわかるとか、コイツの目と頭のヤバさに唖然を通り越して諦観すら覚える。人間ではないから当たり前なのだが。

 しかし、そんな裏事情を知らない乗員たちは初期の俺らのように唖然の表情を浮かべた。


「き、君今の一瞬で分かったの?」


 新澤さんの兄さんがそう震え声で聞いてきた。


「一応は。画像認識能力は結構高いと自負してますので」


「が、画像……? よ、よくわからないけどすごいなおい」


 困惑する乗員たちに、俺たちは苦笑いしかだせない。そらそうだ。まるで昔の俺たちを見ているような気分だったからな。

 ……だが、そのあと、


「……ですが」


「?」


 ユイは、さらに追加で言ってきた。


「……私の目がぶっ壊れてたりしなければ、こりゃもうすぐこの艦海に沈みますよ」


「なに!?」


 その言葉に乗員たちが驚愕した。俺はすぐに問う。


「どういうことだ?」


「よく見てください。すべての船の船首部分、赤いのありません?」


「赤いの?」


 乗員がすぐに一隻の船を拡大させた。先頭を突っ走っている漁船らしき形の不審船。その船首には、確かに赤いのが見えた。それも複数。その隣には、同じく複数の木の箱まである。互いに括り付けてるようにも見えた。

 衛星画像であったため、最大限解像度を上げてみた。

 ……すると、とんでもないものが浮かび上がる。


「こ、これ……ポリタンク?」


 和弥が画像を見てそう言った。

 赤いものはすべてポリタンクのようだった。すべて船首や、隣り合っている同じポリタンクに括り付けてガッチリ固定されていた。

 ユイは和弥の言葉を肯定しつつさらに言った。


「中に何を入れるかなんて大体察しが尽きますが、間違いなく可燃物でしょうね。それ以外あんなのに入れて、しかも船首に縛り付ける意味が分かりません」


「それが、他の船にも?」


「私が見た限りでは」


 ユイに言葉に反応するように、乗員が少し倍率を下げて周りの船も見えるようにする。すると、確かに同じようなものが船首に、中には船全体にわたって括り付けられているのが確認できる。

 ……ユイの行ってる言葉が正しければ、これが“全部の船”にあるということか?


「てことは……こいつらの狙いって!」


 新澤さんが悟った様にそう叫んだ。その瞬間、俺たちもあることを思い出し、敵の意図を悟った。


 似たようなことを、誰でもない、俺たち日本人が過去にやっていたことを。


「そうです。……2000年のアメリカのイージス艦『コール』襲撃事件でも似たようなのがありましたけど、何より、第二次大戦末期に日本がかつてやった洋上特攻兵器『震洋』と同じやり口ですよ。奴らの狙いは、船ごと突っ込んで沈める“自爆・特攻”です」


「なッ!?」


 俺たちは唖然とした。奴らのやろうとしていることが、あろうことかただの自爆攻撃であるということに、奴らの正気を疑わざるを得なかった。

 だが、状況から見ればそれは明らかだろう。震洋は、日本軍が太平洋戦争末期に開発した特攻兵器の一つだ。

 特攻といえば、爆弾を乗せた戦闘機などが空から突っ込むほうのイメージが強いが、それだけはない。専用の小型ボートを使った、海からの自爆攻撃も想定されており、実際にわずかながらも戦果を挙げている。

 陸軍では『四式肉薄攻撃艇“マルレ”』という似たようなのがあるが、これも同じく最終的には特攻兵器として使われたにせよ、開発段階からそうではなく、元々は上陸用舟艇に奇襲攻撃を仕掛ける小型艇であった。しかし、戦況がそれを許さなかった経緯がある。


 それは、現代になっても有効だ。ユイが言ったように、2000年にアメリカ海軍のイージス艦『コール』が、アデン湾で停泊中に、当時敵対していたアルカイダの工作員により小型ボートによる自爆攻撃を喰らい、艦が大きな被害を負った。

 現代の軍艦は脆い。装甲は機動性・速力の確保のため備えられず、もっぱら攻撃してきたものはすべて迎撃するかよけるかのどちらかをする想定で作られている。ある意味、特攻は使いようによれば発案された大戦末期当時より使えるものとなる。


「(奴ら……あれをまたやろうってのか!)」


 ふざけた奴らだ。寄りにもよって、最悪の手段をとってくるとは。


「また、数が数ですので、1隻に集中させるとは思えません。もしかしたら、付近にいる民間船なども標的にしている可能性があります」


「おいおい、それじゃまさしく無差別テロじゃねえか!」


 ふざけんな。航空機で無差別テロが起きたッと思ったら、今度は海か。

 付近は大量の民間船が航行している。俺たちだけでなく、そっちにまで攻撃の矛先が向いたら被害は計り知れない。

 不審船が出たという時点で、すでに対処にあたっている海保の巡視船あたりから避難勧告はでているはずだが……それでも、万が一ということもある。

 あの速度だ。巡視船側だって対処に限界があるし、何より数が多い。その速度を武器に、逃げに逃げて民間船に一直線なんてことは、最悪十分考えられた。


 だからこそ、俺たちは憤慨した。


「クソッ! ふざけやがって! 民間人がこういうのの対処と耐性がないことを知らないのか!」


「に、兄さん落ち着いて」


 新澤さんの兄さんが目の前のコンソールを叩きつつそう叫んだ。すぐに新澤さんが落ち着くよう諌めたものの、その怒りは収まらないのか拳が震えている。


 だが、彼のいったことは間違いない。自分たちにつっこんでくる敵というのは迎撃が本来困難なものだ。特攻は確実に戦果は挙げていたが、やられる側にとってはそんな艦などの物理的な被害より、むしろ人的・精神的な被害のほうが大きかった。

 当時、特攻を仕掛けられた米軍ではこの攻撃による人的被害が膨大になり、その数は7000を超えるという。それもあってか、乗員たちの中には『カミカゼ・ノイローゼ』といわれる一種の心的障害を負う人が続出。指揮官級の人ですら心身疲労を起こすわ、兵士たちの士気は大幅に落ちるわ、精神的に健康な者が艦内の3割を切るわ、挙句の果てには民間に対しては報道規制が敷かれるわで大パニックになった。


 ……だが、忘れてはならないのは、精神的にも肉体的にも鍛え上げられた軍人ですらこうなるということである。


 今回の場合、相手はやまと乗員と俺たち陸軍のお客さん以外は全員民間人だということだ。確実に攻撃対象に入っているやまとには、こんなことに対して耐性を持っていないし訓練もしていない一般客が乗っており、この人たちに対する精神的負担は計り知れない。

 しかも、付近を航行しているかもしれない民間船に至っては迎撃すらほぼ不可能だ。ここは日本の海であり、ソマリア沖ではない。いくらテロ対策の強化がされたとはいえ、さすがに日本近海航行中にまで警備体制はしいていない。


 そんな状況で、もし特攻を仕掛けられたら……どんな被害が出るかなんて、わざわざ想像するまでもない。


 心身共に絶望の淵に追い込まれるまま、問答無用で沈む恐怖に打ちひしがれるだけだ。


「(奴らめ、それによる混乱を狙って標的の船を……?)」


 混乱のさなかにある船がまともに迎撃やダメコンなどをこなせるわけがない。それなら筋は通るし、ある意味テロリストらしいといえばらしい手口ではあるが、なんともクソッたれなやり方だ。

 自分たちにつっこんでくる命知らずを見る恐怖を、あいつらは十分に理解している。だからこそ、こんなふざけた攻撃を仕掛けてきているのだ。


「こんなの、ただの自爆じゃない。完全なるテロ行為だ。そして、このやまとに乗っているのは……」


「完全にグルですね。こっちがまともに動けない様に、監視させているんでしょう」


 俺の言葉にユイが続いた。一番厄介な俺たちを止めておけば、少なくとも時間は稼げるだろう。その間に、さっさと仕事を完遂させてしまえばいい。

 あわよくば、撃沈も視野に入れることもできる。いくら装甲化されたやまととはいえ、最近は過剰と判断されてある程度薄くなったと聞いている。

 そのため、先の2000年のコール事件のような自爆攻撃にある程度耐えれる程度しかない。ある程度耐えれるだけましだが、こんな大量に突っ込んでくる想定などさすがにしていない。ましてや、今は艦があらかた制圧されてダメコンすら満足にできない状況だ。


 たった数隻の特攻で……、この艦は、あっけなく沈む。しかも巨体だ。重量の関係でよけい沈みやすいだろう。


「(なんてこった……まったくもって最悪の状況だ)」


 考えれば考えるほど、今すぐにでも事態を打開しなければならない。こうしている間にも、敵はこっちに特攻を仕掛けてきている。

 ……だが、相手の詳細が不明だ。敵情もわからない中で要らなく行動を起こすのは危険ではないか? そんな考えが脳裏に浮かんだ。


「(……だが、何もしないというのも……)」


 そう自問自答を繰り返していた時だった。


「―――ッ! 艦長! 来ました! 下の区画から銃撃音!」


 階段を見張っていた乗員がそう叫んだ。ついに、艦橋にも手が回ってきたのだ。

 長らく戦線を維持してきたが、ついに崩壊の危機だ。後部格納庫からの報告がないところを見ると、おそらく向こうも制圧されたに違いない。一般客もどうにかしなければ。


「迎撃はできるか!」


「できなくはないですが、圧倒的に戦力が足りません! 誰か手を貸してください!」


「わかった! おい、開いてるやつは援護に回れ! 急げ!」


 艦長の指示により、数名の武装した乗員が階段脇に陣取り迎撃を開始。すぐ近くで銃撃音が響き、そろそろここもヤバいという雰囲気ができ始めた。


「ここももつかわからないな……クソッ、どうすれば……」


 艦長は苦々しい表情を浮かべた。如何せん戦力が足らない。相手はどれだけの戦力ひっさげてきたのかわからないが、こっちは艦の全体に乗員が分散していた関係で、まとまっての迎撃ができなかった。

 その点では、向こうが有利ともいえる。


 ……どうやっても、まとまって迎撃を行わねば。


「(……だとしたら)」


 やるしかない。もとより、こういった分野は俺たちが専門だ。

 艦上では初めてだが……このまま死ぬよりはマシだった。


「二澤さん」


 俺は願い出ようと二澤さんを呼んだ。

 ……しかし、その顔は、


「……?」


 真剣みな表情で、何か意を決したような顔だった。俺と目が合うと、大体俺が何を考えているのか察したのか、


「……もしかして、お前も考えていたか?」


 その瞬間、二澤さんと俺は互いの考えを読み取った。


「手段はこれしかありません」


「だろうな。……お前らはどうだ?」


 二澤さんが周りに目配りをして賛否を求めた。反対する者などいなかった。もとより、そうでもしなければ近いうちに自分たちは死ぬことになる。

 やらない理由が見つからなかった。


「仕方ない。やるぞ。……艦長」


「?」


 二澤さんは、俺たちの決意を艦長さんに伝えた。


「戦力が、足らないんですよね」


「ああ、そうだが?」


「でしたら、我々を加えていただきたい」


「なッ!?」


 艦長は驚愕の表情をみせた。彼だけでなく、艦橋にいたすべて乗員がそうだった。


「し、しかしあなた方は……」


「わかっています。本来はただの招待客で、こうした事態に対処する担当ではありません。無理に出しゃばるのはかえって危険でしょう。しかし、今は異常事態です。少しでも戦力が足りないとあらば、ぜひとも我々をお使いください」


「……よろしいのですか?」


「構いません。これは、我々の総意です」


「ッ!」


 総意、という言葉に艦長は言葉を詰まらせ、俺たちを見た。

 そこまでの決意である。俺たちの意思はすでに固まっていた。


「……真美……」


 隣で新澤の兄さんが我が妹を見てそう呟いていた。もちろん、新澤さんもすでに決意は固まっている。自分の兄さんを見て口元をニヤッと歪ませた。

 その目は、自分の命はもちろん、愛する兄さんを助けるという思いすらにじみ出ていた。鈍感な俺でも、さすがにこれくらいは悟ることができた。


 時間がないと考えた二澤さんは、間髪入れずに早口で言った。


「時間がありません。ここにいる我々は総勢10名ですが、銃撃戦でしたら相当なお力になれると確信しております。さすがに艦上は想定外のアウェイな戦場ですが、だからこそ真価を発揮するのが我々空挺団特察隊です。我々は、今までその時のための訓練を重ねてきました。……今こそ、その成果を発揮するときであると考えております」


「……」


「艦長。どうかご決断を」


「艦長……」


 二澤さんの言葉に押され、新澤さんの兄さんも艦長に対して答えを求めるようにそう言った。

 すぐそこで銃撃戦が行われる中、数秒ほどの静寂。乗員たちが、艦長の答えを待っていた。


 ……しかし、銃撃音がすぐ近くで鳴り響いているという事実が、艦長の決断を妥当な方向に促した。


「……もはや、手段は選んでられぬか」


 艦長が意を決したように言った。


「いいでしょう。こうなってしまった以上、あなた方にこれ以上の迷惑をかけるのは本意ではありませんが……緊急事態措置ということにしましょう。どうか、ご協力をお願いしたい」


「ご決断感謝いたします」


 二澤さんの言葉が一層力強くなった。この瞬間、俺たちの役目は決まった。


 その瞬間である。


「艦長! 敵が目の前に迫ってます! ここ持ちそうにありません!!」


 悲痛感満載な叫び声が聞こえてきた。向こうは見る限り負傷者も出ているようだ。もう、長くは持たない。

 悠長にはしていられなかった。


「全体指揮は私が取ります。そちらの部隊の指揮は……」


「そこは俺と、コイツが」


 二澤さんが俺を指していった。ふと、新澤さんの兄さんが自身の妹に耳打ちする。


「え、お前が隊長じゃないの? あの人お前より若いだろ?」


「彼のほうが適任なのよ。事実私がやるよりめちゃくちゃリーダーとして的確に動けてるから」


「マジか……」


 ……まあ、その、年功序列ってのがあるしね。日本には。確かに異例な人事だとは思うけども。


「いいでしょう。では、すぐに準備をお願いします。ただ、その服装ではいささか動きにくいような……」


「その点はご安心を。一応、上の背広とネクタイを取ればある程度は動きやすいですし、下はそのままでも十分動きやすいものとなっています。もとより、動きにくい状態での戦闘訓練は何度となくやってきました」


 これは事実だ。最近の制服は、こうした場合に備えてある程度動きやすい素材となっている。なので、下のズボンもこのままでも見た目以上に結構動かしやすい。

 また、特察隊の任務の特徴上、通常の空挺団がやる訓練より、若干幅が広い。半ば特戦群あたりがやりそうなことすら訓練に含まれており、要人護衛なども運用想定がされている関係で、制服などの若干動きにくい状態での戦闘訓練は何度かやったことがあるし、俺とユイにいたっては実際に政府専用機でそれをやった。


 その上に、他の乗員がつけてるような防弾チョッキと戦闘帽を被れば完璧だ。その旨を艦長に伝え、すぐに俺たちの分を分け与えてもらった。


「あれ、一つたりない」


 乗員が予備の分のチョッキを渡そうとしたら、ちょうど一つ足りなかった。困ったことに、まだわたってないのは新澤さんの分だった。


「誰かから借りないと」


「でも、こんな状況で貸してくれる人とか―――」


 新澤さんが少し困った表情でそう言い切る前に、


「……え?」


 後ろから防弾チョッキを渡す人がいた。


「に、兄さん……?」


 自分の兄だった。その身には、先ほどまでつけていたはずの防弾チョッキがなく、明らかに自分のものを渡したことが理解できた。


「俺のつかえ。俺はいいから」


「で、でも大丈夫なの? ここも直に……」


「俺はいいから。お前に助けてもらうんだからせめてそれくらいの手助けはさせてくれ」


「……」


 妹思いというかなんというか。俺は手渡される戦闘帽をかぶりながらそんな二人の会話を聞いていた。


「いいか、絶対死ぬなよ。まずは自分の命大事にしろ。でないと話にならない」


「わかってるわよ。そっちこそ勝手に死ぬんじゃないわよ。やっと10年前生きてこれたのにこんな中途半端なとこで死ぬとか笑い話にしかならないから」


「わかってる。こんなところで勝手に死んでたまるか。……絶対にまた会える。信じれば成る」


「了解」


 二人の話はうまくまとまったらしい。俺は手渡された89式を新澤さんにも渡した。


「新澤さん。これを」


「ん。……89式か。陸のお下がり?」


「らしいです。うちらはこれを使えと。弾倉は、貰ってますね?」


「さっき防弾チョッキと一緒に貰ったわ。これで準備完了」


「よし……じゃああとは―――」


 他に準備が必要なものはないか周囲を見て確認していると、


「あの」


「?」


 新澤さんの兄さんが声をかけた。その顔は真剣そのものだ。俺もつられて表情を固める。


「……うちの妹を、よろしく頼みます」


 そこから放たれたのは、なんとも妹思いの兄さんらしい言葉だった。軽く頭も下げている。

 本来、俺が年も階級も下なので下げるのはこちらなのだが、なんとも奇妙な光景だった。隣にいる新澤さんも苦笑はしつつも、少し嬉しそうな顔もしている。


 ……責任は重いな。


 そんなことを考えつつ、不安を抱かせない様に自信をもって返した。


「……お任せ下さい。絶対に、妹さんと連れて戻ってきます」


「……お願いします」


 彼のその懇願の表情に、俺は一層身を引きしまらせた。

 死なせるわけにはいかない。もとよりさせるつもりはないが、その思いをより一層強くさせた。


「祥樹、こっちはいいぞ」


 和弥が準備完了の報告をしてきた。自身も、防備に身を固める。

 ……そして、


「こっちもOKです」


 ユイもそうだった。二度目となる制服と防弾チョッキの組み合わせだが、その手には89式。あの時とは違う装備に、少し新鮮味も感じる。尤も、それは俺もだが。


「……いけるか?」


「いけますよ。いつでも」


 その表情はいつもの……いや、俺のよく知っている明るいアイツではない。すでに、戦闘モードに入っている。感情をできる限り殺した、れっきとした“戦闘用ロボット”の顔となった。


 ある意味、今の俺にとっては一番頼れる相棒の顔である。


「よし……生き残るぞ。絶対に」


「ええ、お互いに」


 そういって互いにグータッチを交わす。たとえ、今は感情の問題やら何やらで距離は離れてしまっても、いざとなれば一番身近な相棒であることは変わらない。結局、何だかんだで頼りにしている自分がいる。


「よし、準備はいいな!」


 二澤さんの声が響いた。向こうも準備が整ったらしい。


「いいか、これよりやまとの奪還作戦を開始する。艦長と相談した結果、計3つに分かれる。俺ら1班は二手に分かれて、後部格納庫に向かい一般客の安全確保と、ここで乗員と艦橋の防衛を行う。それぞれ3名に分かれて、アルファとブラボーに呼称を変更。格納庫に向かうやつは俺についてこい。残りはここに残って艦長の指揮を仰げ。結城、ここに残る1班の連中の指揮はお前に任せる。いざとなったら艦長をサポートしろ」


「了解」


「篠山のとこの5班はこの下に行って、CICの奪還に向かえ。敵の熾烈な迎撃が予測されるが、時間がないのでできるだけ迅速に頼む。コールサインはチャーリーだ。いいな?」


「了解です」


 やることは決まった。俺たちはCICという重要部署の奪還だ。

 機関制御室も今は占拠されているはずだが、そっちはいずれ遅かれ早かれ出ていくことになるブラボーが、艦橋を後にした際に一気に下に駆け下りて奪還に向かう手筈となった。優先順位として、まずはCICということだ。


 各種指示を聞きながら、89式にマガジンを装填。軽く動作チェックを行い、問題ないことを確認した。


「(……やってやる)」


 時間との勝負。絶対に負けるわけにはいかない。

 それは、ここにいる全員の思いだった。


「……よし。俺からは以上だ! 何か質問は? ……ないな?」


 二澤さんは質問がないことを確認すると、強い口調で言い放った。


「いいか! 俺たちがこの艦を奪還しなければ、俺たちどころかここに乗っている一般客、そして周囲にいる民間船の乗員の命もないと思え! 時間がない! 急いでかかるぞ! 総員―――」




「作戦開始!」





 俺たちの、奪還に向けた洋上の戦いが始まった…………

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