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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第4章 ~兆候~
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気持ちの謎

[数十分前 駿河湾沖 DCG-190『やまと』艦上]




 出港後、会議室で簡単な案内説明を受けた俺たちは、新澤さんのお兄さんの案内で、色々と艦内を見て回ることとなった。

 後で自由時間はくれるらしいので、それまで艦内を案内付きで探索することになる。前甲板の主砲やらVLSやらから始まり、対艦ミサイル発射筒、ヘリ格納庫から後部甲板の下部格納型VLSにシーホーク・アドバンスまで様々。


 最近の兵器も進化したもので、シーホークなんて元々はずんぐりむっくりな形してたはずなのに、ここに乗ってるのは思いっきりステルス万歳なのっぺりした形状となっている。時代は変わった。

 ほか、主砲はもちろんだが、ただの通信用アンテナ収容ブロックや、SeaRAMのレーダーレドーム、挙句の果てには絶対敵のレーダーにあまりでかく映らないだろう対艦ミサイル発射筒までステルス形状になっていた。対艦ミサイル発射筒なんてレーダーから見ればちっこい上に、上部構造物に隠れて元から映りにくいだろうよ。


 そこそこして、先ほど言ったシーホーク・アドバンスも見てみる。

 ほんとにのっぺりである。俺の知ってるシーホークとはとても違う。結構前に見た米軍の試作RAH-66あたりのステルス要素を足した感じである。


「(中とか結構すっきりしてるな……)」


 ステルス構造のため一部の兵装は機内収納となっており、それゆえ機内は狭苦しいと思っていたが、案外そんでもなかった。定員はパイロットを抜かすと最大5~6名あたり。ステルス化させて機内が窮屈になった割にはあまり減らなかったらしい。


 コックピットは完全グラスコックピット状態。予備のアナログ機器はあれど、それはごく一部だけでそれ以外は完全に液晶ディスプレイと透明ガラスボード。そしてHUD。


 これに憧れる人間が一人。


「元々はヘリパイ目指してたのさ」


「マジかよお前」


 和弥である。曰く、陸軍は目指してはいたが、本当はこういう輸送ヘリのパイロットを目指していたという。しかし、適正でバッサリと落とされたので第二希望だったレンジャーいったら案外すんなりいったのだそうだ。一応親友だったのに、初耳情報を今更聞くことになろうとは思わなかった。


「おい、誰でもいいからカメラとってくれ。久しぶりにこういうのに乗ったからさ」


「はいはい、そこに座っとれ」


 他の一般客もいるってのに随分大人げないというか、子供っぽいというか。尤も、昔の俺も大体あんな感じだったので人のこと言えないわけだが。

 個人的な記録用に持ってきていたデジカメを使って外から記念撮影。陸軍軍人が海軍のヘリに乗るというなんともおかしい風景に周りは地味に笑いを抑えている。違和感しかないのでむしろ笑ってやったほうがいい。


「(……ま、どうせ今後乗ることはないだろうしな。今のうちにはしゃいどけばいいか)」


 和弥を見てそんなことを考える。はしゃげるときにはしゃげなくて後悔した俺よりはマシにはなるだろう。


 そのあとは一転、前甲板に行って主砲の展示を見た。招待客特権で俺たちは最前列で見ることができた。俺は昔何度も護衛艦の体験航海に乗っているため見慣れた光景になるが、中には初めて海軍の艦に乗った人もいるらしく結構興味津々であった。


「このMk.45 mod.6 5インチ砲は、他の海軍艦艇とは違い前部に2基搭載しています。大型のミサイルキャリアーとしてDDGグループの中心に立つため、自己防空能力も高いものが求められたことに起因しています」


 新澤の兄さんの解説が横から聞こえてくるが、俺は無心になってカメラに写真をおさめる。この主砲、やまとができた当時は最新鋭のものだったらしいが、今ではごくごく普通に普及しているものらしい。

 思い出してみれば、俺が最近よく見る軍艦のほとんどはこんな形した主砲だった。


『それでは、これより主砲の展示を行います。5インチ砲、主砲展示開始』


 その音声とともに、ジリジリとブザーが数秒鳴り響いた。数瞬おいて、


「おお」


 目の前にある5インチ砲の一つが動いた。背負い式に乗っている2番砲塔。左右に向いて砲身を上下に振ったりなど、若干ゆったりしたものではあるが、思ったより早い。


「おい、カメラとれカメラ」


「うへぇ、海軍の主砲ってこんなに早く動くのか……」


 海軍素人だったお隣の空挺団員もしきりにカメラに写真をおさめていた。よほど興奮してるらしい。自分は見慣れた光景なのでそこまで驚きもしないが、あまり記憶にない昔の俺もこんな感じで見ていたのだろうな。


 ……にしてもだ、


「(……随分と動くな、コイツ)」


 さっきから主砲がガンガン動いてる。最初そうでもなかったのに、なんか今日はバリバリ動くな。こんなに客来たから張り切ってるんかな?

 まあ、少しでもサービスしてやらんと客もマンネリしちまうだろうし、これくらいは……


「ハハ……張り切っとるなぁコイツ」


「ほんとね」


「?」


 お隣で新澤兄妹がなんか呟いていたが、よく聞こえなかった。まあ、展示担当の乗員に対してのちょっとした苦言だろう。気にするまでもない。

 どれ、そろそろもう一枚くらいカメラに収めよう……、そう思ってデジカメをスタンバイした時だった。


『♪~』


「……は?」


 いきなり音楽が鳴りだした。和弥なんて思わず「ブフッ」と吹き出した。というか、和弥以外にも何人か吹き出している。

 誰でもない、“ファン”であるコイツらなら即行でわかる曲だった。最近ファンになった俺も、ちょうど横須賀行のバスで暇つぶしに聞いていた曲なので即行で分かった。というか、前に東京エキサイトシティホールに行ったとき、ちょうど流れてた。


「これ『ブルー・シップ』だよな……SEA GIRLsの曲じゃね?」


「間違いねえわ……なんだ、何やらかす気だ?」


 和弥が思わず驚きと苦笑が半々になったような顔をしていった。俺たちだけではない。ここにいる観客全員がそんな顔だった。

 ……そんで、


「おいおい、あいつ何やらかした?」


 お隣の新澤兄さんがそんなことを呟いたのを、今度ははっきり聞いた。この驚き様からして、これは台本になかったらしい。

 そんな驚きの時間を経ると、


「……うぉぅ、すっげ」


 主砲が唐突に激しく動き出した。……激しく、というか、テンポよく、というか。

 明らかにこの今流れてる曲に合わせてる様子だった。動きに楽しさが感じられる。別に意志があるわけでもあるまいし。展示担当の人動かすのうまいな。

 徐々に周りからは手拍子まで出始め、別にライブしてるわけでもないのに半分くらいライブっぽい雰囲気になった。

 結局、それは一分も続く。唐突の半ライブムードとなった観客たちは思わず拍手を送った。


 思わず俺たちも軽く拍手しながら苦笑い。


「ハハハ……こりゃ、とんでもないファンサービスに会っちまったぜ」


「音楽流して主砲で合いの手とか、日本また始まったらしいな」


 和弥とそんなジョークを交わし始める。「ユーモアを解せざる者は海軍士官の資格なし」っていう言葉があるが、これはユーモアの一つとして見ていいのだろうか。どう見ても悪ふざけの延長にしか見えない……。まあ、止めはしないが。


「はぁ……アイツ何やってんだ……」


「ハハハ……もんのすごい元気なようで」


 お隣の新澤兄妹がそんな会話を交わす。なんか違和感はあるが、どうせその展示担当の乗員に対してだろう。兄さんはまだしも、新澤さんも新澤さんで実は知り合いなんだろうか。

 しかし、何だかんだで結果的には成功したらしい。お隣にいたうちの団員は若干興奮しながら写真を撮りまくっていた。



 ……そんな風に艦内を探索していく。時折、一般客から写真をせがまれたりして時間を食うことはあれど、予定通りことは進んだ。


 昼休憩前に、俺たちは機関室に足を運んだ。ちょうど人がいない時だったのか、中には機関科の数名の乗員しかいなかった。


「ここでは、艦の機関制御全般を行っています。こちらが機関長の席とコンソール。そしてこの周りにあるのが、機関関連の操作盤となります。あぁ、こちらが機関長の半藤少佐です」


「どうも」


 機関長の方と二澤さんが握手するなどの会釈を交わす。その後、彼から簡単に機関に関する説明などを受けていった。

 ……といっても、正直何がどういうものなのかさっぱりである。


「このCPPってなんです?」


 ディスプレイにあった英文字を見て、ふと気になったことを口にしてみても、


「ああ、そちらは可変ピッチ推進器を動かす油圧制御装置のことで、翼角や変節油温度、変節油圧力などの制御をおこないまして、最近ではEMP対策として油圧制御に光ケーブルを用いた光学的な―――」


 ……等といった大まかにしかわからないさっぱりな説明ばかりだった。済まない、俺海に関してはてんで素人なんだわ。

 しかし、新澤さんや和弥あたりは何ということもない顔をしている。よくまあこんなムズイ説明理解できるもんだ。


「(色々と装置やら画面やら立ち並んでるからどれがどれやらさっぱりだな……)」


 もはやお手上げである。こうなったらある程度理解できてそうなユイにでも解説頼むか……、と、新澤さんのところにいるユイのほうを見た時だった。


「……ん?」


 ユイの顔に違和感を感じた。随分と呆けている。

 ボーっとどこかはかなさを感じる顔をしていた。どこを見ているのかもわからない。たぶん目の焦点はあってないだろう。


「(そういや、さっきもそうだったような……)」


 思い出してみれば、主砲の展示から、そのあとの艦内見学まで大体あんな感じに見えた。主砲の奴なんて、たぶん“いつもの”アイツなら普通に興奮しそうなものだが……。


「(……また、あのことだろうか)」


 さすがに周りから散々に指摘されて何も察しないほど鈍感ではない。なんとな~く、何を考えているかの想像はついた。

 ……とはいっても、


「(……まだ悩んでるんか、アイツ)」


 そろそろ直に相談しに来てくれてもいいようなものだが、案外そう簡単にはうまくいかないのだろうか。俺にはずっと一人で抱え込んでしまっているように見える。ロボットの精神上どうなのかは正確にはわからないが、人間と同じ構造をしているとしたら、あまりいい影響はないだろう。

 抱え込んでどうにかなるものではない。こういうのは誰でもいいから他人にさらけ出してしまうに限る。


 ……しかし、新澤さんからはそんな感じの相談を受けたという情報は来ていない。事前に、それっぽい動きがあったらすぐに知らせるよう、前に駐屯地で二澤さんたちと会議した際に決めたことだ。新澤さんがそれを怠るはずもない。


「……あ」


 ふと、アイツと目があった。しかし、すぐに目線を反らしてしまう。もう反応が大体決まってきている。

 ……こりゃ困った。さすがに重症ではないか?


「(……このままってのも埒が明かん)」


 もう待ってる側に立つのも面倒になってきた。こうなったら、こちらから仕掛けるしかあるまい。ちょうど、あのことを話すタイミングとしてもいいかもしれないしな。


「和弥」


「ん?」


 小声で隣にいた和弥に願い出る。


「この後、自由時間だったよな?」


「ああ、案内の予定が若干早いから向こうの準備が整うまでちょっくら休憩はいるぞ。自由に行ける場所は限られっけど」


「だな。その間、ちょっとセッティング頼めるか?」


「セッティング?」


 和弥はちょっと訝し気にこちらに顔を向けた。


「なんだ、さっきの主砲展示の時みたいにライブでもすんの?」


「アホか。そうじゃない。……ちょっと、アイツに今何を考えてるのか聞いてみる」


「ッ!」


 和弥はその言葉で察してくれた。一瞬、ユイのほうに目を向け、こちらに目線を向けていないことを確認すると、さらに小声になっていった。


「お前から行くのか? 向こうが話してくれるのを待たずに?」


「ああ。アイツは今現在抱え込んでいるんだと思う。このままでいたって無駄に時間を使うだけだ。……戦場じゃ、慎重になるよりはむしろ大胆になったほうが生き残れる。これも同じだ」


「ここ戦場じゃねんだけど」


「ある意味戦いみたいなもんだ。アイツの気持ちを読み取るっていみでは、俺の中では一種の戦いだ」


「なんだ一気に壮大になったようなそうでないような……」


 和弥が苦笑を浮かべながらそういった。

 だが、事実俺にとっては戦いであるというのは間違ってなかった。アイツが、本来の性格に戻ってくれるためには、こっちから行動を起こすしかない。このままでいたって、今の窮屈な関係が維持されてしまうだけだった。

 俺だって、どうせなら前みたいに明るく楽しい関係でありたい……。それを、“座して待つ”のはもう我慢の限界だった。


 物は試しである。何もしないよりは、仕掛けていくほうがいい。


 和弥にもこのことを簡単に言うと、「何もしないよりはマシ」と納得してくれた。


「まあ、あまり時間も残されてないしな……。ただ、あまり無理に刺激するな。わかってると思うが、いくらユイさんがロボットであるといえど、その精神構造は人間のそれとほぼ同じだ。無理にその今思っている感情の説明を強要すると、むしろ拒絶反応を示すかもしれん。……いや、というか俺なら間違いなくそうする」


「わかっている。あくまで、話の主導権はアイツに握らせるつもりだ。俺はあくまで慎重に聞く側でいく」


「さっきは大胆にいくとか言ってなかったか?」


「それとこれとは話が別だ。……やることは大胆だが、そのあとの中身は慎重にならざるを得ない」


 大胆に行き過ぎてもダメだ。それじゃただの特攻でしかなく、向こうにとっては迷惑千万この上ない。

 焦りは禁物だ。無理に聞く必要はない。どうしても、どうしても離せないというのならそれでもかまわないし、ぶっちゃけそれはそれで一種の収穫だ。


 人間に似た精神構造を持つユイが「誰にも話せない感情」を持ったということは、それはそれで人間的にたとえて予測することも可能だ。それほどの感情なら、ある程度こっちも絞り込んで特定できるからな。もっとも、今この時点ですでに特定されているが。


 ……とにかく、和弥はこれに関してしっかり理解を示してくれた。軽く頷いて俺に小声で伝える。


「まあいい。わかった。周囲の誘導とセッティングはこっちに任せろ。新澤さんにも何とか協力を仰ぐ」


「すまない。頼んだ」


「任せろ。どうにかしてそっちへ邪魔が入らんようにする」


「ああ」


 とりあえず、和弥への協力は得ることができた。


 すると、ちょうど機関室での案内は終わり、すぐさま自由時間となった。ナイスタイミングである。

 周りは各々で自由に機関室を出始めた。ユイは新澤さんに一言入れて、自分だけ周りとは違う方向に足を運び始めた。一人になるつもりだろうか。


「和弥」


「了解」


 すぐに和弥は動いた。周りでユイと同じ方向に行こうとする人に対して、軽く言葉を交わしてどうにか別方向に行かせる。その途中、新澤さんにも短く小声で事情を伝え、協力を仰いでいた。


 向こうは和弥に任せれば問題はない。あとは……


「……俺がやってみるだけか」


 一人になりたいところだろうし、そこをいくのはちょっと気は引けるが、いましかそれらしいタイミングがないため覚悟を決める。

 はたして、アイツは話すだろうか……




 ユイを追っていくと、艦橋後部の通路にでた。

 ここには探照灯やらマスとやらが近くにあり、艦橋近くにいる乗員たちの仕事場となっていた。

 しかし、今は誰もいない。完全なる無人である。立ち入り規制が入っており、今の時間帯はここには一般客は入れないようになっていた。招待客である俺たちが例外なだけである。


 それを知っていたユイは、一人となるには絶好の場所とみたのだろう。追いついたころには、手すりに両腕を組んだ状態で乗せて、ボーっと海を眺めていた。


「(……随分と絵になる構図だ)」


 新澤さんあたりを呼んだら即行でメモ帳に絵描いてくれるんじゃないかってくらいいい雰囲気である。だが、その背中は儚さがにじみ出ていて少し淡い。


 あまり邪魔したくはなかったが、それでも俺は意を決して声をかけた。


「よう」


「?」


 さりげなさ満点の雰囲気を出しながらお隣に入る。同じく腕を軽く組んで手すりにもたれかかる。

 ユイは若干笑みを見せた。


「どうしたんです。こんなところで」


「いや、適当に散策してたら偶然ここに来ただけだ」


 もちろんこれは建前である。本当は狙ってここに来ている。


「そっちこそどうした? お前が一人でいるなんて珍しいじゃんか」


「あー……えーっと、その……」


 隠し事苦手かコイツ、と毎回思うくらいにしどろもどろ。なるほど。これは最初気づかなかった俺が周りからボロクソに言われたのもわかる気がする。改めて考えてみれば、この時点である程度大まかにでも気づかないほうがおかしい。


「なんだ、悩み事か何かか?」


「悩み……まあ、悩みっちゃ悩みですけど……」


 最後らへんが小声になりすぎてよく聞こえない。しかも、顔を反らしているため余計に耳に届かない。ただでさえ洋上の艦の外は風がひどくてよく聞こえないときがあるってのに。それも、艦橋の上ともなればなおさらだ。


 完全に声と、ついでに気が小さくなったユイを見て大体何のことを考えてるかは確信が付いた。ここからは慎重、かつ大胆にいく。


「悩みなら聞こうか? 別にカウンセラーやってたわけじゃないが、昔から聞き上手ではあるからよ」


「聞き上手ですか……」


「自分から色々と話すことはあまりなかったから勝手にこうなっちまってよ。相談ごととかもたまに受けてんだ。……で、実際どうなんだ?」


「……」


 あまり気が進まない様子だった。やはり、相手が俺であることに躊躇があるのかもしれない。一応、予防線は張っておく。


「まあ、無理に話す必要もないぞ。それはそれで自分を追い詰める可能性もあるし、無理ならそのままでも―――」


 しかし、俺が最後まで言い切る前に、


「―――ちょっと、感情面で悩んでまして」


「ッ!」


 向こうから話し始めた。てっきり少しは渋るかと思ったが、案外あっさりと口を開いた。

 一応、チャンスではある。俺は最大限聞く側に回った。


「感情面って、自分の気持ちの面か?」


 ユイは小さく頷いてつづけた。


「ちょっと……たまに、変なこと考えるようになりまして」


「変なこと? お前いつも変なこと考えてるだろ」


「どういう意味か知りませんが後で一発頭殴りますね」


「なんでやねん」


 冗談が通じないロボットである。小さくため息をつくと、ユイは続けた。


「その……寂しくなるんです」


「寂しいって、何に対して?」


「何っていうか……誰っていうか……」


「お? まさかの人か?」


「……」


 そこでまた口をつぐむ。

 本当はそれが誰なのかは知っている。間違いなく俺である。

 だが、一番に俺と言わずにあえて「誰」といったあたり、やはり俺の前で話すことに躊躇が見受けられた。

 ……本来はこういうのは俺が出る場面ではないのかもしれない。だが、だからと言って誰かに頼るわけにもいかなかった。


 ここら辺は想定の範囲内。そこから先、“いうか言わないか”は本人次第となる。


「ちなみに、それ身近な人だったりするのか?」


「身近も何も……、今お隣にいますよ」


「へ?」


 しかし、俺は予想外の言葉を耳にした。




「……あなたですよ。私の相棒さん」




「…………はい?」


 俺は様々な意味で度肝を抜かれた。

 その顔は、周知はあれど割り切ったとも取れる顔だった。予想に反して、誰に対してかを、誰でもない本人の前で言ってのけた。もしかしたら、覚悟が足らなかったのはもしかしたらこっちかもしれない。

 しかし、動揺は見せない。下手すれば怪しまれる。あくまで、自然体での会話をこなす。


「おいおい、俺がいないと寂しいとか子供じゃあるまいしよ」


 本来の事情を知っている人なら絶対に出さない言葉だが、これはあえてだ。

 あえて無神経な言葉を出すことによって、俺が自分の感情的な悩みをすでに知っていることを悟られないようにする。行き過ぎはマズイが。


 しかし、ユイはいつも通り軽くスルーした。


「言ったって、私は生まれてまだ半年ですよ。子供どころか赤子同然です」


「内面は普通に思春期レベルなのにか?」


「それまだ子供ですよ……」


 思春期って子供か。まあ、年齢的には確かに子供だろうが……。

 少し静かな時間が過ぎると、また向こうから話し出した。


「たまに、休日とかいなくなるときあるじゃないですか」


「おう」


「その時とか、新澤さんたちと一緒にいるんですけど……、いや、新澤さんたちじゃダメってわけじゃないんですが、なんか……物足りないというか……」


「物足りない?」


「ええ、物足りない。……で、祥樹さんが帰ってくるとその物足りなさがいつの間にかなくなってて……」


 当たり前のことが突然なくなると物足りなさを感じるというのは人間ではよくあることだが、どうやらユイにも当てはまるらしい。伊達に人間並みの感情持っていない。


「その物足りなさが不安にもなって……でも」


「ん?」


 すると、ユイは小さくため息をついた。まるで、うんざりしたように。


「……かといって、今度は祥樹さんの近くにいたりするとまた“緊張”してしまって……」


「緊張って、俺ら半年も一緒だったんだぜ? する要素どこにあるよ?」


「それはそうなんですけど……」


 俺はそういうが、もちろんその緊張の本来の姿も知っている。だが、俺はまだあえて言わなかった。

 俺が口を開く様子がないのを見てか、ユイがさらに続けた。


「正確には緊張っていうのもまた違ってて……どういう感情なのかわからないんで調べても、それらしいことがさっぱりで……」


「……そんで、悩んでたのか。この感情の正体はなんだって」


 ほぼ二澤さんたちが立てた推測と一致している。自分の中で生まれた感情に対して不安を持つとともに、それがどういうものなのかがわからないジレンマに悩まされていたのだろう。

 ユイはまたため息をついた。


「矛盾してますよね……離れたら寂しくなって、かといって近づいたら緊張してしまって……なーんて。お前はどっちがいいんだって自分に聞きたいですよ。しかも、相手は今まで半年間普通に過ごしてた人なのに……」


「ハハハ……でもまあ、ありえなくはないんじゃない。そういうのも」


「え?」


 ユイは若干驚いたような顔を見せる。俺はそれを横目に小さくため息をついた。


「(ほぼ確定だしな……そろそろ、言ってもいいかもしれない)」


 時間をかけるのもよくない。この自由時間も限られてるし、この後は“あの事”も言っとかないといけない。

 ……そろそろ、言ってもいいだろう。


「(……とはいっても、理解させるには少し時間がかかるかもしれんな)」


 ここはまあ数日かけよう。何なら和弥や新澤さんあたりの協力も仰ぐ。

 ユイはずっと俺のほうを見ていた。何かを探るようでもある。


「……聞きたいか?」


 ユイは無言だった。表情一つ変えず。頷きもせず。だが、俺はそれを肯定と受け取った。


「一応、その感情がどんなもんかってのは大体聞いててわかったんだ。人間でも、それにそっくりな感情を抱くときがあるが、ある言葉でそれを表現できる」


「……」


 未だに黙っているユイを横目に、


「……その感情って実は……」


 恋だよ、と言おうとした時だった。


「……あー、す、すいません」


「え?」


 ユイはすぐに右手を俺の顔の前に出して止めた。

 あっけにとられる俺を無視して、ユイは申し訳なさそうに言った。


「えっと、その……や、やっぱりいいです」


「……は?」


 思わず変な声が出た。半分裏返ったんじゃねえかと思ったが、ユイはそのまま続けた。


「こ、これくらいは自分で調べますので、まだもうちょい時間をいただければ……」


「え、で、でも、これがわからないってんで悩んでたんじゃ……」


「だ、大丈夫です! 悩んでたってったってそんな大したもんじゃないですし、それに、もうちょい調べようありますし」


 大したものじゃないならあんな黄昏はしないと思うんだが……


「いや、でも……」


「ほ、本当に大丈夫ですから! そ、相談に乗ってくれてありがとうございます。では」


 そういってユイはそそくさを俺の横を通ってこの場を去ってしまった。止めようとはしたものの、強引にはいかなかった。いや、行けなかった。

 無理に言ってはユイが不信感を募らせるだけだ。ユイがもういいといっているならそこでスルーしたほうが賢明だろう。もしかしたら間違った判断かもしれないが、こればっかりはリスク面を重視した。


「……」


 ……しかし、アイツのあれは間違いなくウソだろう。大したものじゃなくて、ここであんな儚さ満点の背中見せるわけないし、それに、あんな深刻な顔をして悩み打ち明けるわけもないし……。

 だが、なぜ途中で止めたのか。これを聞きたかったから相談ごとをしたと思ったが……もしかして、実は違ったか?


「……どうしたんだアイツ……?」


 謎は、さらに深まるばかりだった……。





 その後、艦橋に戻った俺は和弥たちと合流。和弥に事情を説明すると、俺と同じような反応を示した。


「……わからねえな。明らかに聞くのを躊躇った反応だが、これを聞きたかったはずじゃ?」


「だよな。もしかして、俺たちちょっとした思い違いしていた可能性は?」


「そんなはずはないと思うが……」


 結局、和弥もわからずじまいだった。これに関してはまた後で考えることにしよう。……あぁ、そういえばあの事結局話せなかった。これもまた後だ。


 艦橋に戻った俺たちは再び新澤の兄さんの案内を受けた。といっても、最初の案内はここに関してからである。

 艦橋内は乗員以外誰もいない。このご時世なので、先ほども言ったように一時的に立ち入り規制が敷かれている。艦橋内も、一般見学の時間帯というのを設けており、それ以外での立ち入りは禁じられている。

 俺たちはその立ち入り制限が課せられている時間を使って案内を受けている。


「―――この艦橋では、平時では司令塔の役割を果たすとともに、航行に関してのほぼすべての仕事をこなします。私はその航行担当の乗員の長ですね」


 そんな解説を交えながら、艦橋にある機器などについて説明していった。これもこれで、何が何やらさっぱりである。わかるのは操舵関連とレーダーとか、そこらへんだろうか。あと、艦橋の前窓の上にディスプレイがずらりと並んでいるのが結構印象的だ。昔の艦はこんなになかった記憶がある。


「(……随分と進化したもんだねぇ)」


 そんな風に感心していると、


「……? どうしました?」


「え? あぁ、別に?」


「?」


 新澤さんが、横に小さく手を振っているのが見えた。その方向には誰もいないが、いま誰に対して手を振ってた?


「……あれ、新澤さんの兄さんも……」


 ふと、新澤さんの兄さんも新澤さんが向いた方向と同じほうを見て「しっしっ」と小さく手を振っているのが見えた。周りにはあまり怪しまれない様にごくごく小さな動作だったが……なんだ、二人して何を見た?


 同じく怪しんだ表情をしていた和弥に聞いてみた。


「……いま誰に手を振ってたんだ?」


「さあ? ちっこいガキでも紛れ込んてたんじゃね?」


 そんな風に適当に返されて終わりだった。立ち入り規制って確か甲板1階の階段のほうからされてたから、ここにまで入られることないと思うんだが……おいおい、お化けでも見たんかねお二人さんや。今真昼間やで?


 そんな変なことを考えつつも、艦橋内の説明は終わった。次に移動である。


「それでは、次のほうに移動しましょう。次はここから下に行きまして―――」


 そこまで新澤の兄さんが言った時である。


「艦長! 緊急の通信です!」


「なに?」


 突然、艦橋内にいた一人の乗員がそう叫んだ。艦長であるらしい一人のいかつい顔をした人がそれに答えた。というか、艦長そんなすぐ近くにいたのか。艦長席には座ってたが全然気づかなかった。


「誰からだ?」


「海上保安庁です。巡視船あつみから、緊急連絡!」


「巡視船?」


 海保の巡視船が海軍の巡洋艦に緊急連絡って……よほどのことがない限りありえない状況だ。

 突然の事態に俺たちも身構えた。


「内容は?」


「はい。発、巡視船あつみ。宛、巡洋艦やまと。現在……」




「……本船は多数の不審船から攻撃を受ける。至急救援を頼む。現在そちらに向かっている。以上です」




「ふ、不審船!?」


「ッ!」


 俺たちはその内容に驚愕するとともに、一気に表情を硬くさせた。

 不審船。通信によれば、それがこっちに大量に向ってきているという。攻撃を受けたってことは、いわば武装をした工作船みたいなものだ。旧北朝鮮が昔にやったあれがグレードアップしたものとみていいだろう。


「(こ、こっちは体験航海中だってのに!?)」


 ひどいタイミングできたものだ。それゆえに、艦橋にいた俺たち全員へ降りかかる動揺の大きさは推して知ることができる。


「今現在の位置は!」


「本艦10時の方向。そのまま駿河湾方面に向かっているとのことです! 接触までの時間は20~30分の見込み!」


「艦長!」


 新澤の兄さんが指示を求めるように叫んだ。もう案内役の顔ではない。一乗員、一海軍軍人として、その非常事態に備える引き締まった顔だった。

 艦長もすぐに動いた。各部署に的確に指示を出し、艦橋内はにわかにあわただしくなる。


「新澤少佐、君は各部署に事態を伝達し配置につかせろ。一般客は格納庫区画に一時的に避難! そこにいるお客さんも、安全な場所に避難させるんだ」


「わかりました!」


 指示を受けるや否や、その行動は早かった。


「それでは、皆さんを安全な場所にご案内します。一先ず、後部格納庫へと避難誘導を行いますので、私の指示に従って―――」


 そう早口で指示を受け、こっちもこっちで移動に備えようとしていた。


 ……しかし、


『艦橋CIC! 緊急事態発生!』


 事態は、最悪の方向へと突き進み始めた。


「CIC、どうした!」


 艦長が自ら出た。CIC。戦闘の中枢である部署だと聞いている。

 艦内電話に出たその乗員の声は切迫していた。焦りが声にあふれている。


『緊急事態発生です! マズイことになりました!』


「だから、緊急事態なのはわかったから一体何があったかさっさと言え!」


 唐突に変化する状況にさすがに焦りを隠せない艦長が、焦燥感を露わにした怒号を発する。そうなるのも無理はない。

 一体何がどうなってるのか、完全なる状況把握が進まない中……



 俺たちは、さらに追い詰められる。



『は、はい! 現在、CICのすぐ近くのC3区画で―――』






『ライフルをはじめとした軽武装の工作員と思われる人が銃撃を仕掛けています! 現在こちらのほうで応戦中ですが長く持ちません!』





「な、なんだと!!??」






 艦長の叫びは、まさに今ここにいる俺たちの心の叫びの代弁だった。


 艦橋内の空気が真っ青に冷えていく中―――







 事態は、非常に切迫したものへと急激に変化していった…………

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