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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第4章 ~兆候~
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巡視船員の混乱

[AM11:15 大島東19海里地点 海上保安庁第3管区 巡視船PL-59『あつみ』]





 大島近隣海域。ここはキンメダイやアオダイなどの魚介類が豊富に採取でき、近隣漁民の間でも人気の漁業エリアとなっている。

 そして、ここは海保の哨戒担当エリアでもある。ここを監視するのは海保の中でも第3管区の者たちだ。漁船に混ざり、時折海保の巡視船や小型巡視艇が混ざって周辺警戒に勤しんでいる。


「定時、周辺異常なし」


「了解」


 船橋では時折、定期的な報告が飛んでいた。

 第3管区所属の巡視船『あつみ』は、この日も日程通りの哨戒任務をこなしていた。旧式化したものであるとはいえ、今でも第一線で活躍する高速巡視船で、武装も最新型の者に引けを取らないほどのものを積んでいる。

 銃撃にも耐えれるよう防弾性能を強化し、そして高性能なウォータージェット推進機関搭載というこの装備は、誰がどう見ても対不審船用のものだ。


 元より、『あつみ』はそのために作られた船である。


「最近ここら辺も船多いっすね」


 監視中暇となった海保船員がそんなことを呟いた。近年の海水温度の上昇によって、魚介類の生息域も若干変化し始め、最近あまりいない魚もこの近海にいるようになった。これは、別にここ周辺に限った話ではなく、日本、いや、世界各国どこにでもあった現象である。


 とはいえ、だから何だという話ではない。若干不都合は出るが、漁民にしてみれば仕事場所がちょっと変わるだけである。

 船員たちの間でも、そんな話が交わされる。


「とはいえ、それでも南方のほうが結構多いけどな。こっちはまだまだ少ないほうだ」


「本土にすこぶる近いですからね。もっと沖合ですか」


「向こうに駆り出されんでよかったぜ。向こうじゃ絶対漁船多すぎて監視大変だからな」


「おいおい、聞こえてるぞ」


 そんな与太話も、船長に漏れてることを知るとすぐに強制終了である。船長も、小さくため息はつきつつも、正直同感な面はあった。

 漁船が多いと、それだけ監視の手間もかかる。しかも、近年は漁船を狙った海洋テロも外国で起き始めるため、日本では時期をある程度限定して集団で漁業をする『集団漁業』が主流となっていた。こうすることで、仮に誰かが襲われ最悪船が沈没しても、周りの船で手助けできる体制だ。


 集団でいてくれれば、その分監視は楽ではあるが、ごくまれにあまりに集団になりすぎて衝突事故を起こすこともある。集団漁業の規模が大きくなればなるほどそのリスクは大きくなり、そのたびに海保が出張るときもある。ある意味、本末転倒である。


「(ついこの前も勝手にぶつかって助け求めてたしなぁ……、まったく、集団でいるならちゃんと周り見てくれってんだ)」


 こういうもののほとんどが前方不注意などの操舵側のヒューマンエラーである。

 漁に夢中になるあまり、周辺確認が疎かになってしまうのだ。滅多にないことではあるが、危険性は否定できない以上、どうかこれ以上起きないことを船長は願うばかりであった。


 ……とはいえ、ここの近海にいる漁船はそこまで多くないうえ、そんな海洋テロが起こされるほど沖ではないため、各々個別で自由に漁に励んでいる。

 時たまその間を通っては、向こうから旗信号で『UW旗』が掲揚される。国際信号旗で『御安航を祈る』の意味である。

 同じく『UW1旗(UW旗への返礼)』を掲げつつ、周辺警備を続けていた。


 この日は天気も良く、そんなに海も荒れてるわけでもなければ、おかしな船の報告は今のところない。いたって平和な海である。

 もうすぐ昼食の時間でもある。もう少しで休憩だ。今日の分の飯を頭に思い浮かべ、腹をすかせ始める船員もいた。


「今日は何事もなく終わるだろう」。そんな楽観的な雰囲気が漂い始めたころだった。


「船長」


「ん?」


 とある船員が、船橋のすぐ隣にある部屋から出てきて船長を呼び出した。

 先ほどまで、隣の部屋で他の船や航空機との通信を担当していた通信長らしい。


「海鳥から通信があったんですが、妙なんです。こちらに」


「妙?」


 海鳥とは、海保が所有するヘリのことをさし、機種は『ベル412AP』。愛称として海保内でもよく使われている名前である。

 ヘリからの通信は定期的に行われていたし、先ほどそれを受けたはずなのだが、こうして唐突に通信をくれるということは何かあったということだろう。しかし、何があったのか。


 奇妙な顔をさせて船長は席を離れ、隣の部屋へと移った。

 そこには小さな部屋に通信機器が横にずらりと並び、彼の部下である通信士たちが他の味方との通信を行っていたが、船長を連れてきたのはそのうちの一つ。

 ちょうどそこにいた通信士に指示を出しつつ、簡潔に説明した。


「向こうのノーズカメラともリアルタイムでリンクさせています。あ、通信どうぞ」


「うむ。……海鳥、こちら『あつみ』。聞こえるか」


 船長が直々に出る。本来は通信長の役目ではあるが、事が事だけに通信長や海鳥のほうの判断で直接聞いてもらったほうが早いと判断したのだ。

 返答はすぐに来た。答えたのは海鳥の機長である。


『聞こえます。こちら海鳥』


「状況を報告せよ。何を発見した?」


『漁船が複数隻、漁船団を組んでいます。以後、これをA船団と呼称しますが、それが一か所に集まっています。しかし様子がおかしいです』


「おかしい?」


 漁船が一か所に集まることは最近の漁業ではよくあることだった。先にも言ったように、近年では集団漁業が主流となりつつあるため、こうした形で事前に一か所に集まってから漁を行うことは別に珍しい話ではなかったのだ。

 先ほどまでバラけていたのが、ただ単に何らかの理由で集合してるだけではないのか。そのいわゆるA船団は、漁が終わったのでみんなで固まって帰ろうとしただけにも思える。

 ……だが、問題はそこではないらしい。


『上空から確認した限りでは漁具が確認できません。一部の船には網やローラーといったものが乗せられていますが、ほんとに少数のものです。他は全部見当たりません』


「間違いないか?」


『間違いありません。カメラでも確認できるとおりです』


「ふむ……」


 船長は目の前にあるモニターを見て唸った。

 確かに、海鳥が移しているカメラを見る限りでは、それらしい漁具を積んでいる漁船は数えるほどしかなかった。数十隻という規模の集団なのに、本気で漁をしようとする船がこれしかいないのは違和感しかない。


「(集団で何を……赤サンゴとかでもないよな)」


 船長は一瞬、十数年前に起きた中国の赤サンゴ密漁事件を思い出した。

 密漁、という割には堂々としたものだったが、200隻越えの超大規模な船団が小笠原沖に押し寄せ、海底にある赤サンゴを乱暴な方法で根こそぎとって行ったもので、これは日中間でも大きな問題となった。

 これは、中国では赤はおめでたい色であるとされているという文化面と、綺麗な赤サンゴは宝石として大変高価であるという経済面が合わさったことに一番の原因があり、後に日本では密漁に関して厳罰化が行われた。


 一応、ここら辺にも赤サンゴはないことはない。もしや、彼らは性懲りもなくそれを狙いに来たのかと思ったが、やはり漁具がないという事実がその可能性を完全に否定した。

 少数しか確認されていない漁具積載船だけで漁をするとしても、少し違和感がある。こんな集団の中で、わざわざ少数だけがそれをする必要もない。周りを護衛として囲んでいる可能性も考えたが、いくらなんでも多すぎる。

 ここいら辺は、通信長や海鳥とも相談して可能性は低いことを確認した。しかし、船長は頭を悩ませる。


「一体何をするつもりだ?」


「わかりません……しかも、船団の動きも妙です」


「なに?」


 ここからが本題、と言わんばかりに通信長は隣に置いてあった海図を目の前に引き寄せ、そこに事前にメモしていたらしい曲線の矢印を示した。


「これが、海鳥から受け取った報告を基に記した航跡です。最初に確認されたのが今から10分前。太い矢印がA船団のもの、そしてその周りにあるのは個別の漁船のものです」


「10分前から……こんな感じか?」


「はい。映像を見る限りでは、今もそれが続いているものと」


「ん~……?」


 船長は映像と海図を交互に見た。そして、顔を歪ませて頭を書き始める。


 海図に書かれた矢印は、今確認している漁船団の今までの航路を示している。彼らは、ある地点を中心に数十隻の漁船団が密集してぐるぐる同じところを回っていた。同じところを何度もである。『あつみ』のいる場所からはレーダーでは映らない場所だ。

 しかも、さらに聞けば今もなおその数は少しずつ増えているという。その様子は、目の前にある海図にもしっかり示されていた。


 映像でも確認する。船長が指示し、ズームだったカメラをある程度離してもらって全体が見れるようにしたが、確かに、個々の漁船が描く白い航跡が太く白い線となり、綺麗な円を描いているのが見えた。

 ……その様は、まるで何かを待っているようである。


「……密輸、か何かか?」


「可能性はあります」


 この時二人の頭には、洋上で行われる大規模な密輸作業を思い浮かべた。


 現代の密輸作業は、何も陸に限らない。陸より監視が届きにくい海上、それも陸から離れた遠洋では、よく密輸品の受け渡しが行われていた。

 手法は様々。例えば、外国漁船は日本の領海に入れないため、日本に合法的に入ることのできる貨物船に洋上で密輸品を乗せてもらい、そこから日本本土に送る。これはよく暗夜に紛れて行われているものだ。

 他、その逆パターンもあれば、遠距離となるなど特殊な事情がある場合は、グルとなっている漁船同士で密輸品を物々交換のように渡していって、最終的にさっきと同じように貨物船か何かに載せてもらう、といった形も出てきている。


 元々は魚介類の密輸で使われていた手法だが、最近では武器密輸でもこの手法が使われ始めており、日本はもちろん、世界の海洋警察機関でも注意して見張っているものだった。

 海保では、こうした不審な動きを示す漁船団には特に警戒するようすべての海上保安官に言明されている。船長たちも例外ではなく、その可能性を考えた。

 もしかしたら、その類をとんでもなく大規模でやっているのかもしれない。


 ……が、それでも疑問は残る。


「わざわざこんな領海内でするか? EEZのほうでやるならまだわかるが」


「それに、ここまで大規模なものって……」


 そう。わざわざこんな目立つような近場でやる必要もないうえ、ここまで大規模に一斉にやる必要もない。そこまで大量の品物なら、日を跨いで少数ずつに分けて密輸してもいいはずだし、そのほうがリスク分散の面でも効果的なはずだ。


 これでは、まるで見つけてくれと言わんばかりのものだ。行動が不可解すぎる。

 ……というより、そもそもの問題彼らは互いに接舷していない。これではさすがに密輸作業ができない。


 漁をしているわけでもない。密輸をしているわけでもなければ、密漁行為をしている風にも見えない。映像では、未だに同じ地点をぐるぐると……。船長は彼らの行動を理解することはできなかった。


「(なんだ……奴らほんとに何しようとしてんだ?)」


 船長の頭に不吉な予感が走った。もしかしたら、奴ら何かしでかそうとしているのではないかと。

 思慮に耽る船長たちだったが、そこに、海鳥からさらなる報告が舞い込んでくる。


『あー、あつみ。こちら海鳥。情報送ります。A船団各漁船、甲板偵察完了。えー、すべての船の上に、大小各種の箱のようなものを確認。漁獲物かどうかは確認できない』


「箱だと?」


 船長は訝し気な顔をより歪ませた。

 報告によれば、すべての漁船の上に大きさを問わず様々な箱が乗せられているという。色は様々だが、規則性はない。すべてバラバラだ。


「密輸品か何かでしょうか?」


「いや、密輸の線は低い。接舷もしていないし、第一こんな長時間ぐるぐる回る行動なんて密輸作業でも聞いたことがない」


 事実、密輸作業自体はとても短時間に行われるため、こんな何かの時間を稼ぐようなことはしない。少なくとも、船長たちは聞いたことがないし、日本においてそんな手法をとった密輸作業は行われたことはなかった。

 疑問が募るばかりだったが、時間が過ぎるだけだった。

 A船団はその母体数を増やし、同じ地点をぐるぐるとまわっている。行動に何ら変化は起きなかった。

 この線は薄い。船長が今までの情報を基にそう確信し始めると、さらに無線が届く。


『こちら海鳥。えー、一部の漁船に関しては、船名を特定できました。所在確認をお願いします』


「了解。こちらに送れ」


 すべてではないが、一部の漁船に関しては船名を確認することができた。海鳥のほうで船名が写っている写真をデータリンクでまとめて『あつみ』に送る。船長はすぐにそれを目の前のモニターに移植させるが……、その写真から、すぐに違和感に気づいた。


「……なんだこりゃ。漁船登録番号がバラバラじゃないか」


 漁船登録番号。各漁船は必ずつけなければならない番号なのだが、船長が違和感を持ったのはその最初にある二文字のアルファベットだった。

 ここは大島近海のため、来るとしても東京や神奈川、千葉といった近隣都道府県の漁船ばかりなのだが、なぜか『KG(鹿児島)』や『AM(青森)』、『HK(北海道)』といったまずありえないところに所属している漁船ばかりだった。

 もちろん、中にはちゃんと関東周辺に所属する船はいたのだが、それもごく一部だった。


 ……なぜにそんなとっから来たんだ? 船長は首を大きく傾げた。


「おいおい、能登半島沖の奴じゃあるまいし……」


 ここでいう能登半島沖というのは、31年前に発生した『能登半島沖不審船事件』だ。あの時も、能登半島沖に出現した漁船は、新潟沖はずなのになぜかアルファベットが兵庫県を示す『HG』となっていた。しかも、その時確認された2隻の漁船は、片方は兵庫県で操業中で、もう片方はすでに廃船となっていたものだった。

 ……状況が似ている。そこに、その疑念をより深めさせる事実が舞い込む。


「……はい、第5専心丸は新潟沖にいて……、第1大鳳丸が、青森沖。はい……はい、わかりました」


 各漁協と連絡を取っていた通信士が、通信を切るとすぐさま通信長と船長に報告をしてきた。


「確認された漁船の約7割はここにはいないはずの漁船です。青森所属のものはすべて現在陸奥湾で操業中で、それ以外はほとんどは廃船になったか、または別のところで操業中、または停泊中です」


「間違いないか?」


「向こうで何度も確認を取ったそうです」


「おいおい、ほんとに能登半島沖事件になってきたぞ……」


 あの時と同じ状況。少し違いはするが、まず違法で何かをしようとしている奴らであるのはこれでほぼ間違いなくなった。

 南北に離れたところにいる漁船が、こんなところにいるはずがない。映像を見る限り、そんなにでかい漁船でもない。まず遠くに遠征するタイプのものではないだろう。


「(……となると、やはり)」


 船長は、次第に決断を迫られる。


「船長、どうなさいますか?」


「ふむ……」


 顎に手を当て少し考えた後、すぐに通信に指示を出した。


「……第3管区に連絡を入れてくれ。一応、まだ確定ではないので可能性はあるという形で頼む。あと、海鳥との情報共有の徹底、そして近隣巡視船への緊急連絡と応援要請だ。俺たちも現場へ向かうぞ」


「了解しました」


「航海長! 出番だ! すぐに針路を―――」


 船長の指示ですぐに船員たちは動き出した。予想外の来客に、『あつみ』船内はにわかにあわただしくなる。中には「昼食を邪魔された」と愚痴を吐く者もいたが、その者たちもすぐに持ち場について各々で動き始めた。


 ……だが、あらかた指示を出し終えた船長は、未だに嫌な予感をぬぐえない。


「……」


 船長は、引き続き海鳥から送られてくる映像を見ながら、あまり気づきたくなかった事実に気づいた。


「(……アンテナが少し多いな。それに、統率も取れてる)」


 漁船をよくよく見ると、小型で見えにくくはあるが、アンテナが通常の漁船より多いように見える。しかも、ほとんどの漁船がそれっぽい。

 しかも、各漁船が船団を組んでいる間、一回も船列が崩れたことはなかった。かれこれ20分になろうとしているが、ここまで統率のとれた集団行動をやるのは海軍連中ぐらいだ。


 ……ただの一般素人の漁民が、こんな通信装備を整えてしっかり統率取れた行動するか?


「(……ただの漁民共ではない気がする)」


 そんな予感を感じつつ、『あつみ』は船団がいるとされる現場へと急行した。





 数十分後、持ち前の足で現場に急行した『あつみ』は、途中で他の味方巡視船とも合流。

 同時に、その視界範囲内に例の船団を捉えた。


「あれだな……」


 船長は双眼鏡をのぞいてそう呟いた。

 その数は最初見た時より格段に増えていた。

 100には届かないだろうが、一見そう見えてしまいそうになるほどの大規模船団。今まで誰も気づかなかったあたり、ほんとに最初ばらけてたのがいきなり集まったのだろうか。もしそうだとしたら、これは事前に入念に申し合わせていた計画性の高いものであるとも見れる。


「(……これじゃ数の暴力だ。とても足りない)」


 十数年前の赤サンゴの時と同じだ。向こうは200隻弱の大規模船団できたのに対して、俺たち海保はたった数隻。どうしようもないほどの差があるため、当時はすべての拿捕はせずに一部はとっつ構えて後は追い返すやり方をせざるを得なかった。

 接舷などできるはずがない。一つに接舷対応してたら他の船から何されるか、一々想像するまでもない。


 当時とほぼ同じ状況。赤サンゴの時よりは向こうの母数は少なく、そしてこっちの母数は多いが、それでも、あまり状況は変わらない。

 向こうが数的有利なのは火を見るより明らかだった。これは、あの時と同じ手法をとったほうがいいか?

 だが、ここはEEZどころか完全に領海内なため、そんな大それた動きができるほど広いものではない。しかも、そもそもこいつらをどこに追い返せばいいというのか。漁港か? すべてを追い返すなんていうのは、猫が羊を追い立てて檻に入れるより無茶な話だった。


「……はてさて、どうしたものか」


 とはいえ、それでもやれるだけやるしかない。状況によっては他の管区の巡視船も呼び寄せて囲んでしまうか、それでも無理なら最悪近隣にいる海軍の艦に頼んでその主砲で脅してもらうしかない。

 そうでもしないとやってられない相手だということを、船長はすでに理解していた。


「船長、各船ポジション完了しました」


「よし」


 一応、この場では全体指揮を行うことにもなっていた『あつみ』は、直ちに自身が中心となりA船団に対する対応行動に出た。


「無線を出せ。今何をしているか聞き出すんだ」


「了解。……全船へ、これより本船『あつみ』はA船団との無線通信を試みる。各漁船の動きに注意されたし」


 指示を受けた通信長が味方巡視船に付加指示を出し、通信を開始した。


「……『こちらは海上保安庁第3管区巡視船あつみである。現在貴船団は何をしているか、誰でもいいので返答してほしい。繰り返す、こちらは、海上保安庁―――」


 日本語から始まり、そこからついでに中国語や韓国語での無線も流す。しかし、向こうからの返答はない。ノイズが響くだけである。周波数は漁船が使っている周波数すべてに対して流しているため、向こうには届いているはずだった。“周波数をちゃんと合わせていれば”だが。


 無線がダメだとわかった船長は、次は直接音声を向こうに送る。船体に備え付けられた専用の拡声器のようなもので、これは近隣にいるすべての巡視船から一斉に行われる。

 集団でいるとはいえある程度範囲が広いため、複数隻から同時に流さないとすべての船に届かないのだ。各々の方法で、どうにかして向こうからの返答を得ようとする。


 ……しかし、これもダメだった。向こうはうんともすんとも言わなかった。


「……ダメです。これっぽっちも返答がありません」


「『ひだ』と『あかいし』から通信、向こうでも返答、ないし指示に従う動きがないとのことです。他、各巡視船からも同様の報告が」


「向こうはあくまでだんまりを貫くつもりだな……?」


 強情な奴だ、そんな言葉を呟いた船長は、これ以上は時間の無駄だと決心し、さらに一歩踏み出した行動に出た。


「停船命令をだせ。これ以上勝手な行動をするなら威嚇射撃も辞さん」


「し、しかし、ここは日本の領海内ですよ? それに、相手は一応日本の……」


「日本の船なら、船体に明らかにおかしい識別票はつけてない。……あれは明らかに後付だ。それに、日本のだろうが何だろうが、何の理由もなくここにいきなり集まりだすのは不自然だ」


「そ、それはそうですが……」


 いくらか慎重な姿勢を示していた通信長だが、それでも船長の意思は変わらない。


「いずれにせよ、何らかの返答もなしにこっちの指示に従わない以上やるしかない。こっちはあくまで手順に従うだけだ。向こうにはちゃと猶予は与える。……通信長、各船に指示を」


「は、はい。……『あつみ』より各船へ。停船命令を勧告せよ。繰り返す、停船命令を勧告せよ」


 指示はすぐに伝えられた。『あつみ』が停船命令を出し始めるとともに、各巡視船からも一斉に停船命令を勧告する音声や警笛も上げられる。

 途中からは、「停船しなければ砲撃する」という意味を持つSN旗も掲げられた。『あつみ』が掲げると同時に、他の船でも掲げ始め、本格的に射撃を行う用意もある旨の意思表示も出した。

 ……しかし、それでも向こうは何も言わない。集団でぐるぐる回るだけである。


「(……時間だな。もうこれ以上は待てない)」


 ついに、船長は決断した。


「……潮時だ。警告射撃を実施する。各船に伝え」


「け、警告射撃を!?」


 一瞬、船長以外の船員の表情がこわばった。確かに向こうは指示に従わなかったが、まさかここまでの事態に発展するとは。

 できればしたくないことだったが、船長はそれでも決断を変えなかった。


「もう散々警告した。それでもこれだ。こうなったらこうするしかない。第3管区からも状況に応じて対応してよいとは言われているのだろう?」


「え、ええ……状況に応じて、現場判断で対処して構わないと」


「なら、現場の判断でやらせてもらおう。通信長、覚悟を決めろ」


「は、はい……では、各船に伝えます」


「うむ」


 通信長も、ここまできたら後には引けないと感じたのか、素直に指示に従った。それを見て、他の船員も覚悟を決め始めたらしく、表情が見る見るうちに真剣なものとなる。しかし、そこには若干恐怖も混ざっていた。思わずつばを飲み込む動作と、冷たく流れる汗が、それを何より物語っている。

 各船へ伝達、了承の指示を得、すべての準備が整う。


把引擎停下バーインチンティンシァ! 把引擎停下バーインチンティンシァ!」


「おら、止まれぇ! Stop Engine!! Stop engine!!」


 引き続き船外拡声器での停船警告が出される中、発射に伴う警告ベルとともに船長は大きく張った声で言った。


「警告射撃! 20mm機関砲、発射!」


「発射!」


「発射!」


『あつみ』に備えられた20mm機関砲がついに火を噴いた。空に向けてではあったものの、そこから放たれたのは間違いなく実弾だった。

 次は船体の近く。船長の行動は的確かつ早い。

 空に向けての警告が意味をなしていないと悟ると、今度は船体の前方向への警告射撃に切り替えた。他の巡視船もそれに同調する。


엔진을エンヂヌル 정지해라チョンヂヘラ! 엔진을エンジヌル 정지해라チョンジヘラ!」


「おらぁ、はよ止まれぇ!! Stop Engene!! Stop engine!!」


 早くも精神的に付かれ始めた船員が私怨混じりで警告をし始めたのを横耳にしながら、船長は再び指示を出そうとした。


「船体前方向へ指向。20mm砲、はっし―――」


 しかし、その時だった。


「―――ッ!? こ、こちら右舷見張り!」


 船橋にいた見張りから悲鳴じみた声が聞こえてきた。




「う、右舷漁船1、こちらに火器を向けています! ロケットランチャーの模様!!」




「ッ!? な、なんだと!?」


 船長だけでなく、船橋にいた船員の全員が一様に恐怖と驚愕が入り混じった顔を浮かべた。だが、それだけでは終わらない。


「こちらから確認できる周囲の漁船すべてが火砲を装備! ロケットランチャー、ないし自動小銃と認む!」


「せ、船長!」


 船員の言葉に、わざわざ返すまでもない。


「機関全速、取り舵一杯! 急いで離れろ!」


「機関全速、取り舵いっぱあい!!」


「とーりかーじ!」


 すぐに舵が切られ、急速に船団から離れていった。

『あつみ』だけではない。同じく異常を確認したのか、他の巡視船も各々の定めた方向に逃げ出した。


 ……その数秒後である。


「―――ッ! は、発砲! 発砲!」


 船団から一斉にロケットランチャーが放たれた。まるでタイミングを合わせたように、統率のとれた射撃だった。

 そのロケットランチャーは、どうやら形からしてRPG-7らしく、誘導性能はないため回避機動を取っていた『あつみ』は何とかかわすことができた。しかし、いくら装甲化された『あつみ』とはいえ、ロケットランチャーの弾をまともに喰らったらただでは済まない。


「『ねむろ』ロケットランチャーを後部に被弾! 損傷軽微! 全速航行可能!」


「クソッ! 奴ら撃ってきたぞ!」


「見張り注意しろ! また撃ってくるぞ!」


 一気に混乱状態に陥った船橋内だが、指示だけは的確に伝達されていた。それだけは救いだった。

 船長は周りに冷静を保つよう命じつつ、さらに指示した。


「各船に伝達! 正当防衛射撃許可! 繰り返す! 正当防衛射撃許可!」


 あのロケットランチャーの攻撃は、誰がどう見ても完全なる敵対行為だった。実際に味方にも被害が出ているため、これでもはや、こっちが遠慮する理由はなくなった。

 あとはこっちが本気出しても文句は言われない。船長は覚悟を決め、売られた喧嘩を真っ向から買うことに決めた。


 そして、その覚悟は船員にも伝わっていく。


「了解! 各船へ、正当防衛射撃許可! 繰り返す! 正当防衛射撃許可!」


「遠慮するな! 思いっきり当てに行け!」


「いいか、訓練通りにやれ! 落ち着け、距離はそうあいてないから狙えば当たる!」


 そんな指示が飛び交い、20mmだけでなく、主武装である40mmも引っ張り出しての本格的な銃撃戦が始まった。

 ロケットランチャーは飛んでこなかったが、今度は小銃を使ってのお返しが入り、時折『あつみ』にもぶち当たる。


「本部に連絡入れろ! A船団発砲、正当防衛射撃中!」


「了解。A船団発砲、正当防衛射撃中! 本部へ連絡入れます!」


 通信長はすぐに船橋の隣の部屋に戻り本部へ連絡を入れに行った。


「(さて、厄介になったぞ……)」


 船長席に座ったまま、苦虫を噛み潰したような顔でそう考えた時だった。


 追い打ちが、彼らを襲う。


「―――ッ!! 船団速度、増速します! 船列を解いて全速航行開始!」


「なに!?」


 新たな行動に出た。

 船団がある方向に向かって、そのまま全速航行を開始したのだ。船団は解かれているようだが、同じ方向に、ほぼ同じ速度で向かっているためそこまで崩れてはいない。

 北の方向に向かっている。そこは本土だ。まさか、本土が狙われている?


「追え! 奴らを逃がすな!」


 船長の指示の元、『あつみ』も自慢のウォータージェット推進機関を全力で回して追いかける。他の巡視船も同調した。

 ……だが、


「前方、一部の漁船が針路に割って入ります!」


「チッ、邪魔する気か!」


 船団の後方、ないし側面にいた漁船が『あつみ』の進路を妨害し始めた。

 その行動は統率のとれたもので、若干の無駄な動きはあれど、『あつみ』の動きを邪魔するのには十分だった。これでは、自慢の足を使って追いかけることはできない。

 おまけに彼らも彼らで足が速い。こっちが35ノット出してるのに中々追いつけないあたり、おそらく35ノット弱は出ている。漁船が出せる速度ではない。明らかに機関を変えている。


「(こいつら、ほんとにただの漁船と漁民なのか!?)」


 船長はその点すら疑い始めた。漁船にしては異常な加速能力と速度。そして乗っているであろう漁民たちの操船能力と卓越した連携・統率。何もかもが一般民間人と民間船が出しえるそれとは思えない。

 まるで、かつて中国にあった『海上民兵』のようだった。条件に当てはまるのがあれくらいしかない。


「(まさか、あいつらが……?)」


 だが、あいつらは共産党政権が倒れた時点で自然消滅したはずだった。流れてきたのか?

 しかし、そんなことを考えている暇を彼らはくれない。


「周辺の巡視船に応援要請! 海軍にもだ! 一般船舶はすべて避難するよう伝えろ!」


「了解!」


 ここは大島近海であり、そして本土近海でもある。一般民間船が大量に往来する海であり、こんなところであのような暴走行為をさせられてはたまったものではない。

 被害が出る前に、なんとしても退避させねばならなかった。


「(頼む、誰もいないでくれよ)」


 船長は必死に願った。この先に、誰もいないでいてくれと。


 ……しかし、少ししてその願いは脆くも打ち消される。


「船長! この先、前方に1隻船が航行してます!」


「なに!?」


 クソッ、誰かいたのか。船長は小さく悪態をつくが、すぐにその報告をした通信長に聞き出した。


「誰だ! 誰がいるんだ!」


 船長の焦った表情に少し押されたが、通信長は少し安どした様子で言った。


「ご安心ください、海軍です。海軍の巡洋艦です!」


「ッ! か、海軍だと!」


 一転して、船長の表情が少し晴れた。それは、他の船員も同じだった。

 都合のいいことに海軍がいた。それも、火力を豊富に詰んでいる巡洋艦。援軍にはこれ以上のないものだった。

 チャンスだと思った船長はすぐにこの艦に援護を頼むことにした。


「海軍を通じて、すぐにこの船団を止めるよう伝えるんだ。何ならその自慢の主砲やミサイルを使っても構わんとな!」


「大丈夫です。そう来ると思ってすでに伝えました」


「ほーう……わかってらっしゃる」


 本来はこれは越権行為なのだが、別にこう来ることは誰にでもわかることだったし、もはや一々許可を取っている暇もない。船長は特別に今回は見逃すことにした。


「(よし……一先ずあの巡洋艦が歯止めになってくれれば……)」


 船長はそのように考えていた。

 一応、先ほどからの射撃が功を奏してか、何隻かには命中弾を与えて船団から落伍させている。しかし、如何せん数が多い。すべてを対処しきることはできなかった。

 幸いなのは、海が比較的穏やかで射撃にさほど影響がないことだろうか。だが、そんなアドバンテージはそこまで有利には働いてはくれない。


 だからこそ、巡洋艦にはそこで壁となってくれることを願った。


「(頼むぞ、海軍。頼りがお前しかいない)」


 船長は強く願った。それは、ここにいる船員全員の願いでもあった。



 ……しかし、その願いに揺らぎが出始める。



「せ、船長! 大変です!」


「なんだ、どうした」


 通信長が焦燥感を露わにした様子で船長の元に駆け寄った。


「先ほど、偵察として本土から飛び立った海軍のP-1からリンクがあったんですが……この先にいる巡洋艦……」




「……これっぽっちも、動いてないそうです」




「……は? 動いていない?」


 船長は一瞬意味を理解しかねた。

 艦が動いていないということは、文字通りその海の上で立ちっぱなしということである。だが、この船団が向かっているのはその巡洋艦のいる方向である。下手すれば、邪魔だと思った彼らがその巡洋艦に攻撃を与えるかもしれない。


 そうなれば、いくらなんでも無事ではいられないはずだ。


「アイツら何を考えている!? なぜ動かない!?」


「わかりません! 海軍のほうからはもう伝わってるはずなんですが……」


「ではなぜ立ちんぼしてやがるんだ! こっちに向かってくるならまだしも……なぜそこから何も……、主砲は? ミサイルは稼働しているか?」


「いえ、リンクによればそのような行動に出ている形跡はないと……ほんとに、ただただ立っているだけです」


「そっちも動かないだと……一体何を考えているんだ?」


「わかりません。ただ、リンクを送ってきたP-1のほうでも、なんでこうなってるのか訳が分からないと」


「クソッ、何がどうなってやがる……」


 何かがおかしい。こっちからの援護要請はすでに届いたはずであった。しかし、向こうは何も言わず、動きもせず。考えてみれば、向こうからの通信の一つや二つあってもいいはずなのに、何も言ってこない。

 通信長に試させたが、返答はなかった。まるで、先の船団と同じ状態である。


「あとどれくらいで着く?」


「船団と巡洋艦との距離は現在18マイル、船団速度は35ノットですので、あと30分弱で到達するかと」


「それはレーダー範囲内か?」


「水平線越えの距離ですので、レーダーには映らないかと。ただ、今現在向こうは我が海保とデータリンクを結んでいるはずで、情報自体は掴んでいるはずです」


「それでも動かないか……、どういうことだ……」


 レーダーなどに映らないという、システム的な要因があるわけでもなさそうだった。

 今の海軍艦艇は、何かあった時のために海軍―海保を繋ぐ専用のデータリンクを、通常のものとは別に装備している。これは不審船対策時に連携が取りやすいようにという時代背景に則ったものだが、今向こうはそれを受け取っているはずである。


 それでも、動かない。


「なんでだ……なぜ動いてくれないんだ……」


 船長は追いかける船団を見つめながら、しきりに射撃を繰り返す自身の乗る船の火砲の発射光を見ながら、思わずそう呟いた。

 そして、その言葉は、この場にいた船員全員が抱いたものでもあった。向こうで何があったのか。彼らは知りたくても知ることはできなかった。


「クソッ……」


 船長は悔しさとイラつきを前面に出して呟いた。




「……一体、向こうで何が起こっている……?」





 海軍の巡洋艦で何が起きたのか、その時の彼らは知ることはできなかった…………

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