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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第4章 ~兆候~
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横須賀出航

[10月25日(金) AM08:20 神奈川県横須賀市

         日本国防海軍横須賀基地 西逸見地区逸見岸壁]




 ……それで、結局なんら解決ができないまま迎えた、体験航海当日。

 第1艦隊が停泊している横須賀基地逸見岸壁では、多数の一般客と海軍軍人が入り乱れ、そこに出店なども出てきての大それたお祭りと化していた。

 聞けば、『やまと』の体験航海だけでなく、他の一部の艦艇の一般公開も行われているとか。大抵のお客さんはそっち目的だろうということだった。

 『やまと』への一般客の乗艦はすでに始まっているようで、送迎用のバスから見たときには大量の私服の人の列ができていた。こりゃ、俺たちが乗るのはもう少し後になりそうである。


 バスから降りた後、艦への案内担当がくるまで少しばかり待つことになった。予定より早く着てしまったようで、向こうの準備が間に合ってないのだという。時計を見れば、予定より20分も早い。出航は0900時だってのに。


 ……とまぁ、そんなことで担当者がくるまでしばらく待つ。

 朝食は食ってきたものの、とりあえず許可を得て出店で何か軽いものを買ってくることはできるそうなので、どうせならということで一部の隊員は軽食を買いに行った。ユイは新澤さんと少し他の艦の見物に行ってくるそうだ。

 俺と和弥、そして残り数名の別に腹が減っていない勢はそのまま現場で暇をつぶすことになった。


「……あ」


 ふと、新澤さんについていった陸軍制服姿のユイと目が合った。……が、すぐに目を反らして新澤さんの後についていく。言い方は悪いが、意図的に避けてるようには見えなくはない。


「……」


 小さくため息をつく、軽く周囲を見渡した。

 一般客でごった返している出店に若干混ざる陸軍制服というのは実にシュールなもので、一瞬にして意外なゲストの登場に現場はにぎわっていた。中には、お隣で装備展示をしている近隣陸軍部隊所属の火器類展示区画にも足を運び、近くにいた陸軍軍人と与太話に花を咲かせてる人もいる。


 ……賑やかな空間。俺もそれを心の底から楽しみたいのだが、事情が事情ゆえにあまり気分が優れない。


「(……互いにもどかしさはある、か)」


 お互い妙に近寄りがたい雰囲気ができてしまっている。できるときって結構突然できるもんだなとは思うが、ユイの心情も考えていくと、やはりそう無機質に近寄るのはマズイのだろうか。


 ……いずれにせよ、


「……チャンスは、今だろうな」


 妙に距離があるいまなら、ダメージは少ないだろう。艦の上でいい。フリーの時間帯に呼び出していってみるほかはあるまい。


「和弥」


「ん?」


 暇そうにスマホをいじっている和弥に、念のため話しておくことにした。


「なんだ、お前も出店いくんか? 何なら付き合うぜ?」


「いや、そうじゃない。……あのさ」


「あん?」


「……今日、アイツに行ってみようと思う。あのこと」


「ッ!」


 何かに捕まれたようにスマホを操作する指が止まった。そして、思いっきり引きつった表情を浮かべた顔をこちらに向け言葉をまくしたてた。


「ほ、本気か? このタイミングで?」


「今なら互いに距離がある。例の不明な感情とかってのを恐れて意図的に距離を置いてくれてる今なら、互いにダメージが少なくて済むはずだ」


「だ、だが……」


 和弥は苦々しい顔を浮かべた。


「……散々催促しておいてなんだがよ、ほんとにこのタイミングでいいのか? 確かに今は互いに意識的に距離は置いているが、それはただ単に恋愛的なことが原因だぞ?」


「それで?」


「それでって……お前に対して多大な好意を向けている最中どころか、それがどういう感情なのかすらわからず若干混乱気味のユイさんにそれ言ったって、余計混乱を増長させるだけじゃないのか? 俺が言ってたのは、あくまで今までの関係であったこと前提だったんだが……」


「だが、だからと言って今まで通り色々な意味で密着した関係でそれをいっても、ほぼ同じことだと思う。むしろ、ある程度距離が離れてる今なら、何度も言うけど“比較的”ダメージが少なくて済む」


「比較的……ねぇ」


 妙に納得いかないような顔をした和弥が頭を掻き毟った。

 ……言いたいことはわかる。結局、結果を見ればほぼ同じことではないかとは思う。だが、何れのパターンをとっても同じ未来しか見えない以上、今現在混乱はあるとはいえアイツの意識が俺から少し離れてる今しか、まともなタイミングがない……。尤も、このタイミングを本当の意味で“まとも”とみることなんてできやしないが。


「距離が離れてるってったって、結局彼女の頭の中はお前のことでいっぱいな状態だと思うんだが……ほれ、見てみろよアレ」


「?」


 そういって和弥はある方向を指さした。

 その先には、『やまと』の隣にいるイージス艦の艦首付近に陣取っている新澤さんとユイがいたが……






「うひゃ~、こりゃでっかいね~。やまとほどじゃないけど、これ駆逐艦ってより巡洋艦じゃ……」


「……」


「……あれ、どしたのユイちゃん。元気なさげ?」


「え? あぁ、いえ。なんでもないです……」


「ん~……?」







「……どーみても“まとも”じゃない。新澤さんも感づいてるだろうな」


「……」


 二人の様子も、どこか違和感があった。

 いつものテンションの新澤さんだが、それについていくことが多いユイがテンション低い。半ば置いてけぼりな感じに見えた。置いてけぼりはどっちなのか妙に迷うところだが。


「……今、ユイさんの頭の中は“不明な感情”のことで頭が一杯だ。そこに、お前の“あの時”のことについて暴露してみろ。……自分が思っていたあの人にそんな過去が、って混乱するだけだ。得策とは言えないと思うが?」


「……」


 和弥の言っていることも間違ってはいなかった。

 戸惑い、困惑しているアイツの頭に、さらにそのタネになりそうな話題を放り込んでは状況を悪化させるだけかもしれない。それも、今の俺の根底に関わる話題でもある。アイツの反応がどうくるか、不安があった。


 ……だが、


「……だからこそだよ」


「は?」


 俺は、それでもこのタイミングにこだわった。


「アイツの頭の中はそれでいっぱいだ。てことはだ。いくら俺のこととはいえ、自分には本来関係ない他人の過去を聞かされたからって「今はそれどころじゃない」で済んでくれるかもしれない。……何も悩んでいなくて、そういった話題に対する思考の許容性が高い時よりはいいだろ?」


「ッ! ……まさかお前、さっきからいってるダメージが少なくて済むってそういう……」


「そういうことだよ。ご理解いただけたか?」


 そういうと、和弥が小さくため息をついた。


「ご理解はしたが……、そううまくいくもんかねぇ。確かにありえなくはなさそうな話だが、それでもお前関連だ。関心はあると思うが……」


「そうでなくても関心は高いだろうさ。だから、比較的、とも言った」


「その言葉もそういう意味が……」


「ああ。頼む、今やらせてくれ。……そうでなくても、これは本来“ダメージがデカい”話題なんだ」


「……」


 和弥はスマホを持ったまま顎に手を当て熟考した。


 実際問題、こうでもしなければアイツが受けるダメージというのは計り知れない。今アイツの頭の中は“他の話題”で持ち切りだ。そこに、他の話題が入ったところで、そっちのほうが自分にとって重要性が高くない限りは、「今はそれどころではない」という風にあしらわれて終わる。

 もちろん、話題が話題なので極端にそうなるとは思えないが……、それでも、アイツが何の悩みもなく何の話でも万全の態勢で聞ける状態で話すよりは、幾分もマシなはずだ。

 そして時間がたてば、そこまで深刻に考えるまでもなくただ単に“記憶として残るだけ”か、または“少し関心を持つのみ”となるか……この二択になってくれるかもしれない。


 ……アイツにはいくらなんでも耐えれる話ではない。こうでもしなければ、アイツが持ってくれるかわからなかった。


 和弥も、伊達に俺と同じ高校を出ていない。言いたいことは理解できていた。


「……はぁ。まあ、お前がそういうなら止めはしないが……」


 それもあってか、和弥も最終的には俺の決断に理解を示してくれた。


「だが、俺が言ったような逆パターンの可能性も考慮しておかないといけない。もしそうなったときは……」


「わかってる。対処に関しては俺がちゃんと受け持つ。……この決断も、そしてそれによって起こる“リスク”を受け持つのも、アイツの相棒である俺の役目だ」


 これに関しては俺とアイツのデリケートな問題ともなる。周りを巻き込むわけにはいかない。俺たちだけで解決するべき問題であった。いくら親友の和弥といえど、ユイと俺の関係に深く関わることはしなかった。


「……わかった。そういうことならとりあえずお前に任せる。周りにはなんて説明する?」


「あー……、とりあえず、関係が何とか直らないか試行錯誤中だって言っておいてくれ。それがだめならそっちで考えたそれっぽい理由に合わせる」


「了解した。状況に合わせるよ」


「すまん。助かる」


 一先ず、この件については和弥の理解と協力は得ることができた。しかし、やることは結構ハイリスクなものなので、相当な覚悟が必要である。……どうか、面倒なことにならないことを祈るばかりだ。


 ……そんな折、


「んー……」


 再びスマホを見ていた和弥が唸っていた。これまた、何か納得しかねるといったような渋い顔である。


「どうした。また情報分析か?」


 いつものことだろうと思ったら、案の定だった。


「ああ……例の花火がどーのってやつあったろ?」


「ああ、あったな」


 週5ペースで開かれる花火大会の会議という名のどう見ても機密会議的な“飲み会”か。


「それがどうしたんだ?」


「それが……記者さんがコネ使って調べたっぽいんだが、つい一昨日から来なくなったらしい」


「は?」


 来なくなった? まさか、会議終わったのか?


「かもしれないって言ってる。事実、その飲み会場の店員さんが「やっと上がる」とか言葉をこぼしてたのを聞いたらしい」


「……まさか?」


「ああ……もうすぐ、行動に移るかもな」


「それも、近いうちに……」


 妙な事態になったもんだ。奴らの行動が一転してしまった。フラグにならなければいいが……、しかし、こういう行動の転換は何かしらの次へのステップのフラグってのはよくあることだからな。


 確実に、何か来るかもしれない。


「(……今度は何をする気だ?)」


 俺は嫌な予感を感じたが、和弥はさらに続けた。


「たぶん、公安あたりも感づいてはいるだろうが……ここまで調べさせた割には、公安とかJSAらしい変な人たちにマークされてる気配がないそうだ」


「なに?」


「つまり、「ここまで確信をついた調査をしてるのに、その調査をしている自分を追いかけるはずの人たちがいない」ってことだ。普通なら、こんなことしてたら即行で公安に目をつけられるだろ?」


「あ……」


 なるほど、そういうことか。

 要するに、こういう場面でいつも表に出てくるだろう公安が仕事してる様子がないってことか。尤も、仕事してるように見える人がいたらそいつはそのスパイ的な仕事向いてないってことにはなるが、それでも、ここまで大きな情報を掴んでいるのに、それに真っ先に目をつけるはずの公安あたりに職質されたりしたことはないそうだ。

 その記者さん、ここまで調べてるんだからたぶん公安あたりに連行されるのを覚悟でやってたらしい。随分と度胸あるなとは思うが、何も起こらないので肩すかし喰らってるらしい。


「……その記者さんに言わせれば、知り合いに元公安付きの有人記者がいるんだが、そういう情報を持ってるらしい人に対しては問答無用でそれらしい名分つけて職質入れるってさ。この記者さんみたいなのは即行でひっとらえられて情報抜き取られるのが常だと」


「だが、公安だって自分のやってる調査内容が漏れるのはマズイはず。いくら記者さんっていっても、そんな一般人に悟られるようにはやってないだろう」


 むしろやってたら大問題だ。


「それはそうなんだが……なんか、その記者さんの長年の感らしい」


「感って……」


 そんな信頼できるんだかできないんだかわからない要素出されても困るのだが。


「可能性は未知数だが、注意はしとけってさ。……もしかしたら、これ公安あたりは気づいてないか、“動いてないか”の二択になってるかもしれないってな」


「おいおい、どっちにしろ大問題にしかならんのだが……」


 公安がそんなに調査能力がないとは思えない。それに、何かあったらJSAだってバックにいるんだし、そっちから情報受け取るなりしてそうだが……、本当に動いてないのか、公安?


「(いくらなんでも公安は動いてるだろう……そこまで仕事してないとは思えん)」


 そうでないと困る面が多々あるし……、動いてるよな……。


「ま、あくまで可能性の問題だし。ただの考えすぎであることを祈るばかりだな」


 和弥が一転軽い口調で言う。ほんとに、ただただそうであることを祈るばかりだ。




 ……そんな感じで時間をつぶしていると、ちょうど準備が整ったようである。


「おーい、そろそろ行くぞ。はよ戻ってきな」


 二澤さんが電話で部下に知らせる。さっさと戻ってきた人たちは一様に出店で“御歓迎”されたのか、少々くたびれ状態だった。


 中には、


「お前、それなんだ」


「ああ、なんかもらったッス。お守りがてらとかどうとか」


 二澤さんの部下のとある隊員が持っていたのは、神社とかによくあるお守りだった。近所の神社で扱ってるものらしい。


「ちょうど余ってたらしくてですね」


「お守りね。俺ぁそんなん貰ったことねえや」


「なあ、そいつロリッ娘だったか?」


「バッチリロリッ娘ッス」


「あとで俺にも貸してくれ」


「え?」


「アンタ艦に乗る前に死にたいらしいわね」


「ヒィッ!?」


 新澤さんが満面の笑みで指を鳴らしている。おー怖い怖い。お隣のユイも思わず顔をひきつらせておられる。


「お守りか。新澤さんもちょうどそれっぽいのつけてますよね」


「これ?」


 和弥に言われて新澤さんが頭の右前あたりを指さす。そこには桃色のリボン型の髪飾りがあった。確か、お兄さんから貰った贈り物だったか。


「まあ、10年前の戦争終結後にもらった奴だし、確かにお守りね。ユイちゃんも持ってるしね~、それと同じようなの」


「え?」


 そういって新澤さんはユイの頭のある部分をなでる。

 そこには俺が前にユイにあげた花の髪飾りがあった。桜色。今ではユイが外出するときは決まってつけているものだった。


「いいよねぇ、相方からもらったものだし。綺麗だし」


「若干形崩れてますよそれ」


「いいじゃない、細かいことは。ていうか、そんなに崩れてないでしょこれ」


 そういってユイが付けてる髪飾りを少し触って位置を微調整。あまり触れると余計に崩れそうなんだけども。


「ま、お守りは大切にせんとな。……せっかく相方からもらったんだ、無くすなよ?」


「あ、はい……気を付けます」


 二澤さんの言葉にユイは少し言葉を詰まらせる。自分の髪飾りに触れ、そしてなんとも言えないような顔を下に向けていた。

 ……そして、


「……ん?」


 またこっちを見て、すぐに目線を反らす。明らかに、俺を意識した目線である。


「……髪飾りのことまで考えだしてないか?」


「間違いないな。お前からの送りもんだ。意識はするさ」


 和弥が若干ニヤけ顔と口調でそう返す。結局はただの髪飾りなのに、そこまで意識するもんだろうかと思わなくはないが……、それは、俺の偏見なのだろう。


「(そんなに深く考える必要もないと思うんだが……)」


 そんな勝手な意見を心の中で抱いていると、


「……ん、来たな」


 ちょうどいいタイミングでご案内が来たらしい。

 階級的に下っ端の士官さんなのだろう。一般客の乗艦が大分落ち着いてきたので、俺たちも今のうちに乗ってしまうよう促した。


 案内されるがままに彼についていき、タラップを上がっていよいよ乗艦する。


「ほほう……」


 後ろからついてきていた和弥が思わず感嘆の声を上げる。


「こりゃまた……」


「デカいもんだなぁ、おい」


 タラップを駆け上がった先は後部甲板だったが……そこから前方向を見たとき、その巨体さに目が行く。


 岸壁から見てもそうだが、艦に乗ってもその大きさというのはありありと見て取れた。艦首までが長い長い。伊達に海軍で数少ない巡洋艦の艦種を授かってはいないだろう。……というより、こんなドでかい戦闘特化の軍艦なんて世界を見てもそうそうないのだが。

 ここの後部甲板にはすでに乗艦した一般客の一部が、配布された毛布を敷いて休息場所を確保していた。他、甲板上に置かれているSH-60KR“シーホーク”の機内見学や外観写真撮影に勤しむファンやオタクでごった返している。


「随分な人気だ……、伊達に日本を象徴した艦ではないか」


「10年前の戦争じゃ英雄的活躍をした艦だ、無理もないさ」


 和弥が隣で周囲を見渡しながらそう返した。やはり知名度の関係だろう、人気さが他の艦と比べて段違いだった。就役してもう10年くらいにはなるが、人気が衰えてるようには見えない。


「一先ずここで案内役と合流するはずだが……どこだ?」


 二澤さんがそんな疑問を口にする。先ほど艦に連れてきてくれた乗員はすでにいない。彼の役目はここまでだ。艦内の案内役はまた別にいることはすでに知らされていたが、一体だれがくるのかまでは知らされていない。


 しかし、その人はすぐに現れた。


「どうも、遅くなりました」


 男性の声が聞こえる。艦首方面から速足でやってきたその人は、海軍軍服に身を包んだ随分とハンサムな人だった。肩章から少佐の身分であることがわかる。

 どうやら、彼がそうらしい。


「ああ、どうも。ご苦労様です」


 一応、派遣された俺たちのリーダー役である二澤さんが対応した。

 ……すると、


「……ん?」


「?」


 隣にいる新澤さんが妙な顔でやってきた乗員を見ていた。だが、向こうではそのまま話が続く。


「今日のご案内のほうはあなたが?」


「はい。お待たせしてもうわけありません。このたびご案内させていただきます―――」


 と、そこまで言おうとした時だった。


「……ん?」


 向こうの案内役らしい乗員さんもこっちを向いて一瞬眉をひそめた。その先は大体俺のほう。というより、俺の隣の―――


「「ブフッ!?」」


「えッ?」


 二人がいきなりびっくらこいたように吹いた。お隣にいる新澤さんに……そして、目の前にいる乗員。

 いきなりの行動……といえばいいのかわからないが、俺らは二人を交互に凝視して怪訝な表情を浮かべた。一体何があった。なんだ、お前ら知り合いか?


 だが、その疑問を抱く前に向こうが口を開いた。一瞬互いに見つめあっていたと思うと、その乗員さんが新澤さんを強引に肩を引っ張って少し離れたところに移ると、そこから声が漏れてきた。


「ま、真美、お前ここ来てたの!?」


「こっちが聞きたいわよ! 今日の案内兄さんなの?」


「今日いきなり副長に頼まれたんだよ。こっち急な仕事入ったからお前代わりにやれって」


「ウソでしょ? こっちなんも聞いてないだけど?」


「こっちだって名簿全然見せられてないんだぞ? 空挺団の誰かがくるってしか情報貰ってない?」


「ちょっと待って案内引き受けたときに貰わなかったの?」


「もらったのは案内予定コースだけでそれ以外はさっぱりだぞ?」


「ウッソでしょこんな形で再会とか予想外過ぎてビックリなんだけど」


「おうその台詞そのまま返してやろうか。というかな―――」


 ……そんな、仲睦まじい兄妹早口会話。傍に追いやられたような形になった俺たちは、その二人を見て思わず苦笑いに近い笑みを浮かべた。だが、正直微笑ましい限りである。

 噂には聞いていたが、ほんとに仲好さそうだ。あの二人から漏れてくる会話を聞く限りだと、あの人はつまり……


「……あの人、もしかして新澤さんの兄さん?」


「みたいだな。随分とハンサムなお方だ」


「随分と仲良さげですよね」


「昔から仲良かったみたいだからなあ、あの二人」


 ユイが少し羨ましげに見ている風に見えた。お前も姉妹がほしいか。爺さんに頼んだらもう一体ぐらい金あれば作りそうなものだが。

 少しして、二人は帰ってきた。どちらもすでに若干疲れが入っているように見えなくはないが……、それを見てか、二澤さんが少し労った。


「ハハハ……こりゃまた、お久しぶりの再会というやつですかな?」


「ですね。ハハ、すいませんお見苦しいところを」


「巻き込んだの誰だと思って」


「口を閉じようか」


「解せぬ」


「ハハ、まあいいですよ。うちは兄弟姉妹がいないものでして。悪い気分はしないですよ、こういう光景は」


 そんな感じの流れで軽い挨拶を交わした。新澤の兄さんの名前は正確には『新澤大樹』という。偶然にも俺と同じ名前である。世の中身近にいるものだなと俺は実感した。現在は航海長をしておられるそうな。

 案内開始時間、もとい、出航時間までに多少余裕があったのか、少し世間話も入って若干盛り上がったりしていた。

 ……中には、


「いやはや、うちの妹がいつも世話になってます」


「アンタは親か」


「いやいや、滅相もない。彼女は優秀ですよ。うちらが可愛がろうとしても手を焼くぐらいで」


「可愛がるという名の接触プレイでしょうが」


「接触プレイとは人聞きが悪い。ただのスキンシップといいたまえ」


「どうだか」


「どうかうちの妹をよろしくお願いします。あ、遅ればせながらこれ名刺です」


「ああ、これはどうもご丁寧に」


 いつの間にか名刺交換まで始めている二人。完全にお得意先のサラリーマン同士の談合か何かである。


「……なにこの近所のおばさんたちがやりそうな世間話風会話」


「ハハハ……近所のおばさんっていうか、保護者っていうか」


 ユイも苦笑を隠せていない。傍から見れば確かにそんな感じにも見える。尤も、この場合一番赤面せざるを得ないのは新澤さんのほうなのだが。


「まあ、いいじゃないですか。仲の良いご兄妹で安心しましたよ」


 そういう和弥の顔はやはりニヤけている。コイツの性格から考えて案の定というかなんというか。まあそうくるだろうなといったところだった。

 新澤さんもそこら辺は察していたのか、諦めがついたように深めの溜息をついた。


「本当は休憩時間にちょっと会う程度にしたかったのになぁ……」


「別にいいじゃないですか。これだとマズイんで?」


「だってさ、あんたは兄弟姉妹いないだろうからわからないだろうけどさ、うちの身内が仕事してるのをみたり見られたりするのって案外恥ずかしいのよ? わかる?」


「……そういうもんで?」


「そういうもんです」


「ほう……」


 和弥が少し興味ありげな視線を新澤さんの兄さんに向けた。

 しかし、その気持ちはとても分かる。身内が何かしらで仕事してるのを面と向かってみるのは正直恥ずかしいのだ。すぐ目の前でされるとなると余計そうなる。

 わかる。すごいわかるぞその気持ち。


「それにさ、周りには本来身内と関係ない人までいるじゃない……人前で一々素出したくないのよ個人的に」


「素って、新澤さん元から素出しまくってたまに手出すじゃないですか」


「殴られたいわけ?」


「すいませんっした」


 和弥の頭を下げる速度が尋常ではない。お前また腹に一発喰らうぞそのうち。


「しかし、お兄さん名簿貰ってなかったんですね。てっきり渡ってるものかと」


「そっちにも声漏れてただろうけど、本来担当じゃなかったんだって。でも直前になって変わってくれって言われてそのまま来たらしいわ。陸軍のお相手担当じゃなかったから、名簿とかわざわざもらってなかったみたい」


「ま、一々もらう必要もありませんしね」


 しかしまあ、いきなり仕事回されるというのも酷な話である。お兄さんも随分と苦労しておられるようだ。その点では俺と気が合いそうなそうでないような……どうだろうか。


「……どれ、そろそろ時間ですかね?」


「あぁ、はい。そうですね。では、行きましょうか」


「よし。じゃあいくぞお前ら。迷子になるなよ」


 ならねえよガキじゃねえんだから、といったツッコミを心の中でしながら俺は向こうについていく。

 結構後ろからついていく形になった。新澤さんはいつの間にかお兄さんのすぐそばについて仲良く会話している。あんなこと言ってた割には、俺たち公衆の面前でも容赦なくお兄さんを会話に花を添えているが、もしや吹っ切れたかな?

 見る限りでは、本当に仲がよさそうで何よりだ。こちらとしても微笑ましい限りである。


「(……兄妹か……)」


 ふと、懐かしい感覚を覚える。そういえばいたな、俺にも。

 もう結構な時間が経過しているが……懐かしさもあれば、結構最近のことにも思えたりする。


 ……時がたつのは早い。あの二人の仲睦まじさを見ていると強くそう思った。


「祥樹さん?」


「ん?」


 隣から声をかけられる。いつの間にかボーッとあの二人を見ていたらしい。ユイから声をかけられても一瞬反応できなかった。


「どうしたんです、そんなに見つめて」


「いや、なんでもない。……むしろ、お前だってあの二人を羨ましそうに見つめてたように見えたが?」


「う……、い、いつ見ました?」


「さっきあの二人がこそこそ話していたあたりかな。間違ってないだろ?」


「……」


 見られてたのが恥ずかしかったのか、顔を背けて若干俯いていた。見られたくなかったのだろうか。


「……まあ、見てましたよ。それが何か」


 顔をこちらには向けないまま、半ば呟くようにそういった。


「いや、お前も兄弟姉妹がいるのが羨ましいのかなーってね」


「まあ、羨ましいですよ。羨ましくは……」


「ハハ、やっぱり。ま、金さえあればもしかしたら爺さんあたりが妹さん作ったりして―――」


「でも」


「?」


 そこから先はさらに声が小さくなって、




「……誰も“兄弟姉妹がいる”のが羨ましいって一言も……」


「え? なんだって?」


「いえ、なんでもないです」


「……?」




 よく聞こえなかった。周りの雑音が大きいので人間の耳では聞き取りにくい。脳内で勝手に雑音は消してくれるはずなんだがな。カクテルパーティー現象ってやつで。だが、それにも限界があるということなのだろうか。

 結局、その件についてははぐらかされて終わった。今まで和弥たちから色々と教えられてきた事を考えれば、もしかしたらこれ聞き逃しちゃマズイものだったのかもしれないが、それでも向こうは口を開いてくれなかった以上、聞こうにも聞けない。こればっかりは潔く諦めるしかなかった。




 その後、俺たちは今日の日程などを説明を受けるために会議室に向かった。艦内見学中の一般乗客に交じり、第1種制服に身を包んだ陸軍軍人が歩く姿は結構目立つ。


 そして、艦も無事出航した。会議室にいる際もその汽笛はよく響き渡り、艦自体が若干揺れ始めているのも感じ取れた。

 いよいよ、俺たちは海に出ることになる。




 午前9時ちょうど。日本国防海軍巡洋艦『やまと』は、無事横須賀港を出港した。


 一日一杯の体験航海。滅多に乗れない艦での航海は、短くも楽しいものとなるだろう。俺たちは確かな確信を抱いて一日限定で海に飛び出していた。



 ……その航海が、俺たちを含むこの艦に乗った人にとって、




 とてつもなく異様に長く感じるものとなることも知らずに…………

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