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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第4章 ~兆候~
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変化と成長

 ―――そしてその配慮というのは割とすぐにやってくる。


 次の日。この日の午後は、自分たちの隊舎を使って室内戦闘訓練をする日となっていた。

 市街地迷彩に身を包み、俺たち5班と二澤さんたち1班がコンビを組んで対処することとなる。今となってはこの二つのチームはよくコンビを組むのがご定番となっていた。それだけ、上のほうからの評価が高いことの表れである。


 シチュエーションは救出任務。どこに救出対象の場所や人数どころか、そもそもいるかどうかすらわからないという数ヵ月前に私幌市の奴で経験したのとほぼ同じ状況。とはいえ、わざわざ訓練するので大抵はどっかにいるはずなのだが、どっち道全部見て回らないといけないという非常にめんどくさい設定である。

 もっとも、隊舎自体はそんな大きくないのでそこまで時間はかからない。2班分しかいないとはいえ、手分けして探せば即行で何かしら見つかるはずだった。



 ……そんなわけで、午後の日中。快晴の日差しが釘のようにグサグサ差し込む中、外で2班ごとに分かれた俺たちは順番に訓練に励む。

 これのために、午前中は隊舎を改造した。これのためだけに午前中は準備時間で潰れた。そろそろ隣の演習場にちっこい市街地演習場作ってくれないだろうか。地下でもいいから。


 コンビ組んだ他の部隊が帰ってくるたびに、仕掛けたカメラを通じて適宜指摘なりなんなりが入って、それを基にまた次のが突入。これの繰り返し。


 そんで、俺たちの番となる。


『よし、時間だ。状況開始』


 無線で指示が来ると、4人で隊形を組んだ俺たち5班は入口から、二澤さんたち1班は屋上から屋外踊り場に入る分とその後方から援護する分に分かれた。

 隊舎の横から正面入り口に移動し周囲を陣取ったところで、今度はドアの中を確認。

 ユイに対してハンドサインで目とドアの中を指さし、室内ドア付近をスキャン。誰もいないことを確認し、俺のほうにグーサインで合図した。


 ちょうどよく、二澤さんから無線が入る。


『ハチスカリーダーよりシノビリーダー、準備完了。そっちはどうか。オーバー』


「シノビリーダーよりハチスカリーダー、入口前スタンバイ完了。いつでもどうぞ。オーバー」


『了解。合図と同時に入れ。こっちも降下する。………3、2、1、GO』


「GO」


 合図と同時にドアを小さく開けて素早く中に侵入。いつも使ってるため室内構造は完璧に把握している。地下はない。このまま上2階途中までを担当する。


「(どれ、そんじゃさっさと終わらせますか)」


 さっさと見回り始めよう。すぐさま中央の廊下を中心に近くの部屋を一つ一つ見て回る。ここら辺は団員たちの部屋が集中している生活区画だ。

 途中途中部屋が空いているかを確認し、スキャンもしておく。とはいえ、さすがに隊舎すべてを魔改造するわけにはいかないので、入れるのは意図的に鍵が開けられたものだけ。そこは使用している団員の協力でちょっと改造が入っている。有体に言えばそこに何かあるというネタバレである。


 一つ一つ確認していくうちに、鍵が開いているドアにあたった。何かあるらしい。


「(二人 警戒)」


「(了解)」


 ハンドサインで和弥と新澤さんを廊下に残し、俺とユイで中に突入する。

 ドアをちょっとあけて模擬手榴弾を投げ入れると、擬似的な破裂音とともに間髪入れず侵入。

 中は4人制の相部屋だったが、中にはパネルがあった。2枚ある。


「(右ッ)」


 敵役のパネルだ。近かった右側を撃ち抜き、同タイミングでユイも左側のパネルを撃ち抜いた。ナイスタイミング。突入後の記録は4秒くらいだろう。十分の速さだ。

 パネル以外にはない。ユイが部屋の奥まで軽く見たが、それっぽいものはなかったようで、俺のほうを見て首を振った。


「シノビリーダーより中隊長、敵2名射殺。護衛対象パッケージの痕跡なし。オーバー」


『中隊長、了解。作戦を続行せよ、アウト』


「シノビリーダー了解、アウト」


 指示を受けるままに一旦部屋を出た。ドアを閉め、廊下にいる二人と合流し、同じような手順で開いている部屋をしきりに調べる。

 しかし、そんなそれっぽい痕跡もなく1階は終了。階段に差し掛かる。

 いつも使う階段はスルーして、緊急時に使うような金属製の避難階段を使う。屋内にあるタイプだが、必要とあらば窓から出られるといった設計のため、明かりはついてないが光自体は窓から入るようになっていた。そのため、屋内階段なのだがちょっと明るい。


「(金属でおおわれてるからスキャン届かねえよな)」


 ユイのスキャン機能はX線を主に用いているため、それがほとんど通らない金属でおおわれた空間では使いづらい。ここは金属製の階段にコンクリートプラス金属鉄骨といった質素な空間となっているため、電子的なものは使わず自らの目で慎重にいくことにした。


「ユイ、行けるか?」


「了解。行ってきます」


「(え?)」


 行けるか?と聞いただけなのになぜか肯定して自ら行ってしまった。命令と受け取ったのか、それとも元々自ら行くつもりで暗に「言われるまでもない」と思ったのか。何れにせよもうちょいまていと思わなくはない。


「気を付けろ、上に誰がいるかまだわからな―――」


 そこまで小声で声をかけたときだった。



 カンッ



「(……ん?)」


 一瞬、階段の上から音がした。明らかに金属音。すぐ近くだった。

 だが、誰も気にも留めない。隣の和弥と新澤さんだけでなく、先行して階段付近の偵察に行ったユイでさえ注意を向けない。まさか、気づいていないのか?


「(ここの二人はまだしもなんでお前まで?)」


 俺より近くにいる上、聴覚能力が人間より高いユイが気づかないとも思えないが、しかし、その足を止めるわけでもなく、銃口を音の鳴った方向に向けるわけでもなく。ただただ階段に近づいた。


「(気のせいか……?)」


 ユイでさえ気づかなかったんだ。たぶん俺が幻聴聞いただけか、または隊舎の外の雑音が変な形で脳内変換されたんだろう。さっきから妙に響いてたし。

 そんなことを考えつつ、ユイの少し後方を距離を置きながらついてきていると……



 カンッ



「(―――ッ!)」


 今度は響いた。さっきと同様とてつもなく小さな音だが、俺の耳だけでなく、後ろにいた和弥と新澤さんの耳にも届いたようだ。後ろから肩を叩かれ、異音がなったことに気づいたことを知らせていた。


 ……だが、


「……ッ、な、なんでアイツ止まらねんだッ?」


 ユイが歩みを止めようとはしなかった。もうすぐ階段に差し掛かろうとしている。


「ちょっと、ユイちゃん止まらないわよ? なんで?」


「まさか、こんな時に限って耳イカれたか?」


 後ろから二人の困惑の声が聞こえる中、俺は無線に手をかける。


「ユイ、止まれ。一旦こっちに戻ってこい」


 無線が届くと、一瞬妙に肩をビクッとさせてこっちを顔だけ向いた。

 ……ちょうどそのタイミングである。



 カンッ!



「―――ッ! マズイッ!」


 咄嗟に俺はユイに駆け寄った。ユイの肩をつかんで俺の元に強引に引き寄せると、胸元に顔をしずませてその状態でフタゴーを上に構えた。

 それとほぼ同タイミングだった。


「ッ!」


「ダダダッ」と乾いた連発音が周囲に反響音となって響いた。明らかにアサルトライフル系。上に誰かいるに違いない。

 やはり、あの音は気のせいではなかった。おそらく、敵役として参加している団員の誰かだろう。運のいいことにそれ以上は撃ってこなかった。ユイへの狙いが外れたとみて、慎重になったのだろう。


「(チッ、この階段を上っていくってのか。ちょっと面倒だな……)」


 かといって、いつも使っている階段を上るといっても間違いなく待ち伏せされているうえ、あそこは見通しがよく侵入には向いていない。一番はここだと思ったが……人間考えることは同じか。

 だが、言い方は悪いがユイが一種の“デコイ”になってくれたおかげで上にどんな敵がいるか確認ができた。意図しなかったとはいえ、悪くない収穫だ。


「(さて、どうしたものか)」


 構えたまま数秒考えていた時である。


「あの、祥樹さん……」


「ん? なに?」


 視線と体勢をそらさず答える。それで帰ってきたのは当惑の声だった。


「その……そろそろいいですか? これ」


「え?」


 ふと視線を下に向けると、俺の元に体を預けた状態で固まってしまっているユイがいた。気が付けば、形的に軽く抱いている体勢だったようだ。


「おっと、わりぃ」


「ふぅ……」


 俺の元を離れると、すぐにフタゴーを構えて俺の隣に陣取る。


「大丈夫か? どこか当たった?」


「判定は出てません。問題なしです」


「了解。足音が聞こえてたから気をつけな。上に誰かいる。とりあえず、隙を作ってくれ」


 そう警告を発すると、懐から模擬手榴弾を取り出してユイに投げ渡した。手榴弾を上に投げて、破裂音とともに素早く登ろうと考えたのだ。

 ユイはその手榴弾を受け取り階段に……


「……ん?」


 ふと、階段に行くとき妙に俺のほうを見ている気がした。そして、俺と視線が会うと咄嗟に目線を前に向けている。

 ……なんじゃいあの動作。


「なぁ、なんでアイツ今俺を見た?」


 すぐ後ろにいた和弥に小声で聞いてみる。一応、和弥もそのユイの様子は見ていたらしくすぐに答えた。


「さあな。だが、明らかにお前意識した目線だったぞ、今のは」


「俺を? こんな戦闘訓練中にか?」


「たぶんな。……もしや、さっきユイさんが音を聞き取れなかったのも……」


「なんだよ?」


「いや……後でな」


「?」


 和弥がそんな意味深な発言をしていると、タイミングを見計らったユイが階段の上のほうに模擬手榴弾を投げ入れ、破裂させた。

 その瞬間、ユイを先頭に一気に階段を駆け上がる。こういう閉所での突入ではいつも装甲持ちのユイを盾にしている。あまり気が進むものではないが、戦術的にはこれが合理的だ。


 2階ではすでに奥のほうで銃声がなっている。この廊下ではないようだが、近いところで二澤さんたちが戦闘中と見た。さっき無線でも中隊長に対してその旨の報告をしていたのを聞いている。


「奥に敵2名。やるぞ」


「アイッサー。パーリィの始まりだ」


 和弥のそんな軽口とともに、廊下でドア影に隠れながら射撃してくる敵2名と交戦を開始する。

 向こうの盾はもっぱら近くにあった部屋のドア。それ以外に盾になりそうなものがないためこちらもドアを使いたかったが、もし開かなかった場合を考えると向こうの射撃の的になりかねないため迂闊に表に出れなかった。


 そのため、最大二人が射撃して次リロードなりジャムったのを直すなりしている間、もう二人が射撃してっていうのを繰り返すしかなかった。数で押せればよかったのだが、どうやらそうもいかないらしい。


「(うーん、どっかに盾に使えそうなとこは……)」


 そこで、射撃をしながら廊下の周囲を見回していた時だった。


「……お?」


 ふと、一つのドアに目が向いた。

 そのドアは若干半開きで、簡単に開く状態だった。どうやらあそこは鍵がかかっていないどころか、何らかの拍子に開いてしまっていたらしい。


 ラッキーだ。あそこに二人ほど突っ込めば、そこから4人で一斉に射撃できる。数で勝ることができるはずだ。


「(どれ、じゃあタイミング見計らっていきますか)」


 ユイにハンドサインでそれを伝え、後ろでスタンバイしている二人にも伝達させると、俺は射撃をしながらそのタイミングを待った。

 ドアまでの距離は十数メートルほど。敵がリロードのためにドアの陰に隠れたタイミングで全力で突っ込めば十分間に合うだろう。


「(もうそろそろリロード入るだろう……)」


 そして、その時はきた。


 リロードのため、一旦ドアの陰に隠れた。しかも、その間援護しているはずのもう片方はタイミング悪く銃がジャムったのか、発射動作が起きないことを確認すると首を小さく傾げながらドアに隠れた。


 チャンス到来である。


「よし、今」


 そして一気に陰から出てきてドアに突っ込んだ。


 ……が、


「―――えッ!?」


 俺は目を見開いた。

 敵がいる先。さっきリロードしようとしていたはずの敵がちょうど突撃し始めたタイミングでドアの陰から出てきたのだ。しかも射撃体勢を取っている。リロードにしては明らかに早すぎる。


「(な、ま、まさかフェイクッ」)」


 嵌められたか? そんな思考をするまでもなく、その銃口を俺に向けトリガーを引こうとしていた。

 ドアまでは若干距離がある。滑り込んでも届くかわからない上、そこそこ距離も近いため命中したら重症判定間違いなしだ。明らかに詰んだ。


「(マズイ、やられる)」


 そう直感した時だった。


「危ないッ」


「ッ!?」


 中腰でいた俺の体がいきなり何かに覆い被さられるように床にうつぶせで落ちる。その瞬間、俺がいた空間を狙ってであろう銃撃音が響いたが、判定はでなかった。運よく掠りもしなかったらしい。

 そのままうつ伏せの状態でいたが、背中から感じられる床に押し付ける感覚を改めてみると、どうやら腕のようらしい。それも、右腕だ。だが、結構力が強い。


「ゆ、ユイか?」


 左隣には軽く自分のほうに俺の体を抱えているユイがいた。すぐに腕をほどくとその体勢のまま敵のほうを向いて銃撃をかます。


「すまん、助かった」


 不幸中の幸い。ユイが俺を押し倒して銃撃から守ってくれたらしい。どうやら先ほどの借りを返されたらしい。これでプラマイゼロだ。

 ユイが時間を稼いでくれた間に、近くのドアの元に向かってすぐに盾になるよう開けた。こちらもとある団員の部屋のものらしい。この大きさならうまく陰になってくれるだろう。


 お返しとばかりに援護射撃をかまし、ユイが俺の元に合流する時間を稼いだ。ユイもそのままの体勢から一気にドアの陰に滑り込む。その動作は無駄がなく実に鮮やかだ。


「サンキュー。これで借金ゼロだな」


 そんな風に礼を返した。

 ……が、


「ど、どうも……」


「?」


 いつものユイらしくない反応を返された。いつものコイツなら、


「借金あるじゃないですか、私に対して」


 とかかまして俺のツッコミの隙を作ってくれそうなものだが、そんなことはなかった。

 そんな一言を残したと思うとすぐに目線を反らしてしまう。まるで見るのが恥ずかしいといわんばかりに。


「(……こりゃどうしたもんか)」


 俺は何もしていないのにこのもどかしさ。解せない。

 その後、ドアの面積上どうしても軽く密着しながら射撃しないといけないわけだが……


「……す、すいませんちょっと後ろに……」


「いや、これ以上でたら撃たれる撃たれる」


 妙にくっついてる状態が嫌なのかそんな要求が入る。尤も、状況が状況なのでそんなこと言ってられないのだが、そこらへんの説明をしながらの戦闘というのはちょっとシュールだった。

 避けられてるのかな?とは思ったものの、今まで思いっきり向こうから接触プレイしまくってたのに今更なんで、という疑問しかわかず、これが真実だとは思えなかった。


 そんなこんなで、敵を倒した後はそのまま廊下を制圧。同じ階の二澤さんたちと合流した。


 ……のはいいのだが、


「……で、そっち何かあったか?」


「いえ、何も。それらしい痕跡すらないです。そっちは?」


「こっちにもなんもない。人どころかネズミ一匹いねえぞ」


「あれ……? こっち見逃したんだべか?」


 人質がどーのという想定の訓練なのに、何もなかった。他の班がやった時は間違いなくどこかにいたらしいので潜んではいると思っていたのだが……。

 すると、無線がちょうどよく響いた。


『中隊長よりハチスカリーダー、状況はどうか?』


 中隊長、もとい羽鳥さんの声である。


「ハチスカリーダーより中隊長。隊舎内制圧完了。されど人質らしい痕跡は確認できず。オーバー」


『了解した。では状況終了だ。終わっていいぞ』


「……は?」


 二澤さんが思わずそんな素っ頓狂な声を上げた。その隣で俺たちも「はい?」と怪訝な表情を浮かべる。


「え、えっと、人質は?」


『ん? そんなもんないぞ』


「……はい? 今何と?」


『だから、そんなもんないぞ。言っただろ、あくまで“あるかもしれない”想定だと』


「え、じゃあ元からなかったんですか?」


『ああ、ないぞ』


「「何そのフェイント」」


 思わず二澤さんとツッコミがハモった。さらに、ふと後ろを見ると先ほどまで敵役だった団員たちが陰から顔を出し、「してやったり」といった表情を向けている。

 ……あぁ、つまりあれか。


「……俺ら、ただただ戦闘やらされただけっていう?」


「みたいだな……」


 人質なんてなかった。そんなもんはなかった。だが訓練するならさせてくれよとこの時思わなかった奴はいないだろう。

 二澤さんたちが思わずその事情を知っていたらしい敵役の団員たちに愚痴をこぼしまくっていたが、当たり前である。要ると思ってきてみたら結果的にこんなである。


 その後、隊舎から出てみると、そこには他のスタンバイ、ないし訓練を終えた班員が“満面の笑顔で”出迎えた。コイツらも、事情を知ってやがった。まさにドッキリの仕掛け人がネタバレしたときの顔である。


 ……おのれ、これでは俺らただの見世物ではないか。そんな不満は当然俺たち2班9名の人間プラス1体から漏れた。

 なお、あれ自体は「人質いると思ったらあれはフェイクで実は違う建物にいた」っていうクソ現実的かつ悲劇的な想定だったらしい。実際にそんな場面になったらほんとに不満で済めばいいが、訓練でよかった。ほんとによかった。

 また、わざわざ俺らだけただの純粋な戦闘訓練にしたのは、他の班員に対する教育も兼ねていたらしい。教育に使うならせめて一言言ってくれというのは二澤さんの弁である。全力で同意する。



 ……そんな感じで訓練は終わった。

 結局、人質がいなかった想定は俺らだけだったようで、他の班が訓練したときはちゃんと人質はいた。本当に俺らはただ単に戦闘訓練教育の模範的な立場として使われたらしい。

「それだけアンタらの能力と連携が高いってことだ」と羽鳥さんは言っていたが、せめて人質いる想定で教育に使ってくれませんかね。せめて。


 その後、隊舎の片づけを総出で行う。気が付けば夕方。10月も後半になったので日の入りが早くなり、空の色もオレンジに紺色と光の点が混ざり始めていた。


「お疲れ」


「お疲れです」


 ……そんで、終了後のグータッチ。でも、正直向こうの反応が事務的だったような、少し恥ずかしがっていたような、そんな感じだった。いつもならもっとハイタッチの如くノッてきそうなものだが。


「なあ」


「はい?」


 片づけをしながら、俺はふと気になって聞いてしまう。


「最初階段にいたとき、音気づかなかった?」


「音?」


「金属の音だよ。2回なってさ、1回目はまだしも2回目のほうは遠くにいた俺と和弥に、あと新澤さんも聞こえてたんだが……」


「……鳴ってました?」


「小さい音だが鳴ってたぜ? 俺らでも聞こえたんだ。聴覚能力が高いお前ならたぶん間違いなく聞こえる音だと思ってたが……」


「あー……」


 この反応を見る限り、どうやら本気で聞こえてなかったらしい。少し気まずそうな顔をしながら、


「す、すいません……ちょっと考え事してて」


「考え事? 戦闘中に考え事とは、お前にしては珍しいじゃんか」


 いつもは戦闘訓練中は本当の意味で“ロボット”になるってのに。


「すいません、おかげで迷惑かけて」


「いやいや、なに、気にすんな。そんなときもある」


「はぁ……」


 フォローはしてみるものの、あまり顔は優れていない。やはり、個人的な事情で他人を巻き込んだことに責任は感じているらしい。事実、下手すればあのままでは自分が銃撃にさらされていたどころか、助けに行った俺まで最悪巻き込まれていた可能性も否定はできない。そうなるのも理解はできる。


 とはいえ、反省すべき点ではあっても引きずるべき点ではない。ユイのことだから「あれの借りはそのあと返しましたからお相子で」とかいって軽く流してそうなものだが……


 ……今回ばかりは事情が違うようだ。


「(……まさか、昨日言っていたあれの関係か?)」


 あの時、ユイが妙な反応を返した時の状況を考えると……あながち、ありえなくはないのかもしれない。

 だが、あの程度で簡単にこんな反応をするのだろうか? そこまでユイが深刻に考えているということなのか……、正直直接聞きたいが、俺とてそれはマズイというのはわかる。ド直球はさすがに危険だ。


 ……ではせめて、


「なぁ、何の考え事してたんだ?」


 そんな感じで遠まわしに聞いてみる。これで様子を見てみることにした。


「え、か、考え事って……」


「いや、ちょっと気になってな。戦闘中に考えるほどだから大層興味深い中身だと思ってさ。んで、なんの考え事だ?」


「いや、えっと……それは……」


 言葉を濁し始めた。答えを聞かないでくれといわんばかりにモジモジとさせている。

 ……すぐに出てこないあたり、もしかしたらの中身が現実だった可能性もいよいよ否定できなくなってきた。


「(和弥たちも言ってたし……もしかしたら、可能性は十分あるのかもしれない)」


 一先ずそんな推定をした俺は、これ以上は必要ないと考えすぐに助け舟を出して話題を流した。


「なんだ、次の小説のネタでも考えてたか?」


「え?」


「お前みたいな読書家のことだから、たぶん次に何読もうかってひっきりなしに考えてそうでな。違うか?」


「あ、あー……そ、そうですね! 次は何読もうかなーとか考えてたらうっかりね、ハハハ」


 うん、コイツは嘘が下手くそだ。思いっきり顔に出ている。だが、今は話を合わせる。


「なんだ、やっぱりそうだったか。だがまあ、気持ちは察するがせめて戦闘時以外にしてくれな?」


「アハハ、すいません、ご迷惑かけました~」


 そういってそのままそそくさと俺の元を離れる。その先には新澤さんがいたはずなので、たぶんあの人と合流するつもりだろう。

 ……ふ~む、


「(……やはり、昨日言ったことがほんとかどうかは別として、何かは隠してる感じだな……)」


 反応から見て明らかだ。だてに人間やってないのでそれくらいはわかった。


「妙な反応だったな、今日のユイさん」


「うおッ、お前いつの間に」


 俺のすぐ隣に和弥が立っていた。知らず知らずのうちに近づかれていたらしい。


「妙も何も……なぁ、さすがにあれは」


「いくら鈍感なお前でも、さすがにあれは気づいたか」


「どんだけバカだって罵られようがこれくらいはわかるわ。……変な感じだ。まるで避けられてるようだな」


「ハハハ、まあユイさんのことだから別に避けてるつもりはないんだろうが……とはいえ、反応が反応だ。何か大きな変化があるようだな」


 そういって顎に手を当ててニンマリとした表情を浮かべている。若干この状況楽しんでないか?とも思えるが、昔からのコイツの癖みたいなものである。


「ちなみに、なんであの階段の時音聞こえなかったんだ?」


「考え事してたってさ。どうせ、その考え事をするうえで演算リソース大部分削いだから聴覚機能に回す分が少なかったんだろう。だから聴覚能力が落ちたんだ」


「それリソース別にしてないの?」


「さあな。そこら辺は詳しくわからん。だが、人間と同じで、余計な音は自分の頭の中で取っ払ってるはずだし、たぶんそれに似た感じだな」


「周りの雑音が、考え事とやらをするうえでは邪魔と無意識のうちに判断したか……。戦闘中である上に、警戒すべき音でさえ邪魔と判断してしまうほど深刻な考え事って、なんなんだろうな?」


 そういってそのニンマリした顔を俺に向ける。……どうせ大体予測ついてるくせに、相変わらず嫌な性格をしている。


「それだけじゃない。そのあとユイが助けてくれた時も、礼を言ったら反応が浅かった。恥ずかしがってたとでもいえばいいか」


「まさか、あのユイさんが羞恥を覚えるとはねぇ……まあ、そこはいいや。んで、そんな感じの反応されたときって共通点あるか?」


「共通点っていってもなぁ……」


 ユイの体を引き寄せたとき、ユイが体を張って助けたとき、あと……あれだ、ドアを盾にしてた時くっつきすぎてたのか妙に離れるよう要求してた時ぐらいか。


「全部接触状態だな」


「は?」


 一通り思い出すと、和弥はそんな一言を放ってさらに言った。


「全部体が密着してる。引き寄せたときはもちろん、ユイさんが体を張った時だって結果的には密着してたし、ドアを盾にして銃撃してるときも同様だ。お前は立ってたんだっけ?」


「ああ。アイツはしゃがんでニーリングポジション。俺はその後ろから立ってたか、時折少ししゃがんでた」


「いずれにせよくっついてるな……それに対して、一種の羞恥を覚えたように思える。人間相手でもよくある典型的なパターンだ」


「典型的な……ねぇ」


 ふと、ユイが通って行った廊下の先を見る。そこにユイの姿はない。姿はないが……なんとも、名残惜しさに似た感覚を感じていた。


「(アイツも……最後の最後になって変わってったんだろうか)」


 最後まで予測不可能とは思っていたが、ほんとに最後の最後に変化を見せてくるとは思わなかった。だが、それもある意味ロボットらしいというかなんというか。そういうもんだと割り切るしかない。


「……皮肉なもんだな」


「は?」


 ふと、和弥がそう呟いた。


「皮肉って、何がだよ?」


「いや……ユイさんの“ユイ”って名前、漢字の「結ぶ」からきてんだろ?」


「ああ、そうだが?」


「そして、たとえ機械であっても仲間である人と結ばれることを願ってつけられた……でもだ」


「?」


「……いまのこの状況、そう見えるか?」


「ッ……」


 和弥の言わんとしていることが理解できた。随分と非情でドストレートな言い方だが、事実なのには間違いない。

 いつもは接触あり。時には肩を抱えあっての気軽な関係が……、今は、そうではない。

 手一つ触れるだけでも配慮しなければならない。体を近づけるだけでも気配りをしなければならない。

 ……これが、元々アイツにつけられた“ユイ”に込められた意味なのだろうか。こんな、どう見ても“遠慮”が入っている結ばれた関係が、この名前に込められた意味なのだろうか。

 名付け親である新澤さんは絶対にそんなつもりでつけたわけではないはずだ。そして、その元ネタとなった願いを言った、誰でもないユイ本人が、あの時そんな風に思って言ったとは思えない。


 ……誰も、こんな遠慮がちな関係を望んでいたわけではないはずだった。それが今はどうだろうか?


「(……なんかなぁ)」


 今まで、そうやって時には体を接しあっての気軽な関係を築いてそれに楽しさを感じていた身としては、どうにも“寂しさ”を感じてしまう。

 これも、ロボットの持つ“成長”なのか……。さしずめ、人間でいうところの“思春期”みたいな時期にでも入ったのだろうか。俺はユイのAI設計者ではないのでさすがにわからないが……


「(……そんなとこまで“アイツ”に似なくてもなぁ……)」


 妙な運命である。似たものは似た運命をたどるということなのか。そんな運命取っ払いたいところだが、人間というのは実に非力である。


 ……とはいえ、そう深刻に考えても仕方ないと俺は割り切った。



「(……まあ、柔軟に慣れていくしかない。“前にもあった”ことだ)」





 あんな過去があってよかったのか悪かったのか、俺は妙に複雑な心境になった…………

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