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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第4章 ~兆候~
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複雑な感情

 ―――その数日後の夜。海軍への体験航海が今週に迫った日。

 今週末のその体験航海に先立ち、色々と会議やら準備やらをこの日から始めていく。当日参加するのは、俺たち5班と二澤さんとこの1班の面々。これはもう固定で、向こうにも話をつけている。

 陸軍人がゲスト出演とあって、対外宣伝の効果は抜群ですでに集客率の向上が見込まれているらしい。この機会に陸海の共演を見届けようとする人たちで溢れているようだ。それは、事前に行ったハガキ応募数からも大まかに悟ることができたらしい。

 当然ながら倍率も高くなったそうだ。そうでなくても大型艦の体験航海の参加倍率は高いのだが、今回はそれ以上だったという。クジ引きが大変そうだ。


 また、新澤さんも特にそれを楽しみにしてるようで、久しぶりの再会ということもあって今のうちから髪とか整え始めていた。そんなんせんでも、どうせ短髪だしあんま変わらないんじゃとかこぼしたところ、


「女の命粗末にできないでしょ」


 と、そっけなく言われてしまった。そんなに大事なのか、女性の髪って。相手身内なのに。


 そして和弥は、体験航海にやってくる年齢層等を調べて「万が一質問攻めにあった時に適当な相手できるように」と、独自に調査を始めていた。若い人に対しては若い人なりに、年寄りには年寄りなりの対応をするためだという。そこまで本気になる必要もあまり感じられないが、どうせやるならということらしい。

 ついでに、情報屋として陸軍の広告塔も買って出ることになった。情報屋ってなんだっけって話になってくるが、まあそこら辺はお好きにしてもらっていいだろう。


 そんで、ユイはユイで洋上でも人工不皮膚等が痛まないか密かに確認を受けていた。まあ、結果的に問題はなかったらしいが、念のため当日は隠れてコーティングはしておくらしい。コーティングという名の、一種の塗り薬みたいなものだが。

 そして俺は俺で、体験搭乗時の予定などについてまとめていく。あとは二澤さんたちとも調整を入れなければならない。少しばかりあわただしくなりそうである。



 ……そんなこんなで、少しばかり賑やかになってきたうちの部隊の平日の夜。そういった各種調整などなどを終えて、やっと休憩の時間を迎える。

 もはやルーチンワークの一端と化したデータ転送を今日も今日とでやるのだが……、今回はちょっと事情が違う。


「―――え? 情動面のデータもほしい?」


 ユイが俺の言っていたことを確認するように復唱した。俺はそれに頷いて肯定する。


 いつもは戦闘データや各種試験データとして、言動・行動・一部の思考アルゴリズムといったログを収集していたのだが、今回はそれにプラスして「情動アルゴリズム」のほうもくれって話らしい。

 情動アルゴリズム。極端に言えば「感情の傾向」みたいなもの。個々が抱いている心の動きのようなものはロボットの場合はログとして残されている。既存の思考アルゴリズムからも一定のパターンログは収集できるのだが、それを情動アルゴリズムとしてより詳細に書き加えられたデータがほしいってことらしく、先ほど羽鳥さん中継で爺さんから言い渡された。


 ……とはいえ、ようはただ単に向こうに渡すデータが増えるだけである。それも、今日1日だけ。そんなに問題はない。


「なんでも、データがほしいんだとさ。一応、お前も試験末期だから収集の量もある程度増えるかもしれんってこった」


「はぁ……そうですか」


「まあ、データが増えるだけだからそこまで気にすることはねえよ。いつも通りよろしく」


 その時は俺はあまり深刻に考えてるわけではなかった。というか、考える必要性を感じなかった。


 ……が、


「……」


「……ん?」


 隣で本を読んでいるユイの顔があまり優れていない。俯いて、若干口をとがらせている。眉もひそめているようなそうでないような。


「どうした? 妙な顔してんな?」


「え? いや……それ、一々やらないとだめなのかなって」


「え? なんで?」


「なんでって……その……」


 もじもじと言葉を繋ごうとしない。


「なに、他人に自分の心の内読まれたくないってか?」


「えッ!?」


 図星突かれたからって動揺しすぎじゃないですかね。それでいいのかロボット。


「お前今までそこらへんずっとさらけ出してるほうだったと思うが……」


「あの、それどういう意味です?」


「どういう意味って、そのまんまの意味よ。お前下心とか基本全部外に放出してんじゃん。俺をサンドバック代わりにして」


「……それ、主観で言ってます? それとも客観で言ってます?」


「主観は入ってるが6~7割は客観で言ってる確信あるぞ。二澤さんたちも言ってるし」


「今すぐ誤解とかなければならない。今すぐ」


 そんな使命感溢れる顔をされても困るのだが。というか、誤解だったのかそれ。どう見ても誤解に見えない接し方だった記憶しかないのだが。


「はぁ……ま、大丈夫だって。そんなプライベート的なことは向こうも配慮してるだろうし、気にするこたぁないよ」


「そうですかね……」


「でないとやってけんよ。とりあえずそういうことだから、データPCに移しといて」


「はーい……」


 あまり乗り気でないようにも見えるが、それでも渋々といった感じでPCにいつも通りデータを移し始めるユイ。

 その間は暇なのでいつも通り読書に勤しむ。ソファに凭れなが、いつものSFを読みふけりつつ「なんかこれ読むのも飽きたな~」とか思いながら次の新作購入予定を頭の中で立てていた時だった。


「……ん?」


 ふと、ユイのほうを見た。

 イスに座って読書してると思いきや、さっきからページをめくっていない。椅子の上に体育座りをしたまま腕を伸ばして読書はしてるように見えるが、さっきから手が動いていなかった。ユイの速読能力ならバンバンめくってるはずである。


 ……もしや、読んでないのか?


「どうした? 考え事か?」


 気になった俺は思わず聞いたが、ユイはチラッとこっちを見るとまた視線を戻した。そしてそのまま小さく呟く。


「……そういえば、そろそろ一旦戻る時期だなーと」


 それを聞いて俺も「あ~」と思い出したように言った。

 何度か話題にはしていたが、来週に迫っていたか。ほんとに時間経過は早いものである。半年って結構あると思ったら、そんなことはなかった感覚を覚えていた。


 ……それだけ、充実しまくってたということなのかどうなのか。


「でも、それがどうしたんだ? またどうせ戻ってくるんだろ?」


「まだ決まってないんですよね?」


「つってもほとんどその線で行くって羽鳥さん言ってたし問題ないだろ。他に適任いないんだと」


「はぁ……」


 別に一時的に離れるだけなのだが、ユイの顔は優れない。もしかしてさっきから表情が暗いのってそれか?と思った俺は少し聞いてみた。


「なんだ、何か問題でもあるんか?」


「問題っていうか……寂しいっていうか、その……」


 そのまままた言葉を濁らせた。

 一旦ここを離れるのが寂しいようだった。まあ、半年とはいえ自分自身が初めて一緒に過ごした仲である。そこを離れるのには抵抗があったのだろう。わからないことはない。

 俺はそれを察して少し労った。


「そんな気にすることないって。どうせ一時的なんだから即行で戻れる」


「即行っていってもそこそこかかるでしょ。どんくらいですか?」


「えっと……」


 頭の中で軽く計算する。

 予定では、一旦爺さんたちの元に戻った後は受け取ったデータを基にボディの改修をしたり、ソフトウェアのアップデートをしたり、あとその適合試験をしたりと幾つか簡単な試験期間もあるから……


「……再度部隊に引き渡されるまで大体1ヵ月かな?」


「1ヵ月……」


 1ヵ月。その数字に再び顔を曇らせるユイ。いつの間にか体育座りで抱えていた膝を思いっきり抱きしめる体勢を取っていた。読書してたんやないんかい。


「なに、1ヵ月なんて即行で経つよ。心配すんな」


「即行ねぇ……」


 あまり表情が戻らなかった。そんなに1ヵ月長いかね。この年になると、人間的には1ヵ月って結構早く感じてしまうものなのだが、それは人間に限った話なのだろうか。

 いずれにせよ、遅かれ早かれ戻ってくるのでそんなに暗くなることもないと思うのだが……。だが、顔の下半分を体育座りしている膝の中に沈めて、そのまま黙りこくってしまった。


「そんなに寂しいのか?」


「寂しいっていうか……」


 そのあと何か小さく言っていたが、よく聞こえなかった。精々、


「……離れたくないっていうか、その……」


「ん?」


 それがほんの少し聞こえた程度だった。


「何が離れたくないって?」


「……なんでもないです」


 そういってまた膝を抱えて俯いてしまった。

 ……いつもならもうちょっとはっちゃけたはっきりした感じの返ししてもいいはずなんだが、なんか様子がおかしく感じる。


「なんでそんなに寂しいんだ? いつものお前らしくないが」


「……察してくださいよそんなの」


 俯いたままそう小さく返した。そのまま、目をどこに向けるまでもなく、何も動かず固まってしまった。


「(……こりゃ相当思い詰めていやがる)」


 そこまで離れるの嫌か、と思っていること自体は正直うれしさもないことはないが、ほんとにたかだか1ヵ月なのでそんなに深刻に考えるほどか?と疑問も感じてしまう。

 だが、ここは個人的な感覚なので一々問い詰めることはしなかった。


 ……あまり暗い雰囲気なのもマズイ。


「あ、そうだ思い出した」


「?」


 変わるかはわからないが、ちょっと話題転換でもしよう。


「そういえば俺来月誕生日なんだよ。ちょうど今頃」


「来月?」


「そそ。来月の23な。俺もやっと24だよ」


「あぁ、そういえばそんなこと前言ってましたね……」


 軽く思い出したように小さく頷いていた。誕生日についてはすでにユイには話していたので記憶にはあるはずだった。


「……で、それが何か?」


「いや、えっとさ……」





「お前が戻ってきた時のプレゼント期待してるから」


「何言ってるんですかこの人」





 そういって思わず吹き出す。

 当然、冗談である。この年にもなってプレゼントといわれても何も思い浮かばないだろうし、そもそも戻ってくるときにプレゼント要求するってどこの図々しい奴だね。

 ユイも「いつものボケか」と呆れ半分にため息をついて、また読書に戻った……と思ったら、またその手は動かず、再び膝を抱えて俯いて固まった。

 あまり、効果はなかったらしい。小さく苦笑して終わり。また曇った表情を浮かばせていた。


 ……どんだけ思い詰めてるやら。


「(……まあ、明日にでも治るか)」


 こういう時のユイは一時的に思い詰めるだけで、明日あたりには何もなかったように吹っ切れてるのがいつものことだ。どうせ一夜過ごせば元に戻るだろう。

 そんなことを考えていた俺はその日はデータ転送の仕事を済ませてさっさと寝ることにした……。




 ……が、予想に反して翌日になってもユイの表情は優れていなかった。

 訓練は訓練でちゃんとこなしてはいたのだが、いつもは元気なユイが今日は妙に物静かだった。あまりの変貌ぶりに周りの団員たちも困惑しており、度々俺に「アイツに何があった?」と質問攻めを仕掛ける始末だった。


 俺の次に仲のいい新澤さんがさりげなく何があったのか聞いてみるも、「離れるのが寂しい」ってくらいしか言わず、それ以上は言わなかった。だが、新澤さんに言わせれば「絶対それだけじゃない」とのこと。

 表情やしぐさから間違いないらしい。ロボットのはずなのに完全に身なりやしぐさが人間であることに最近違和感を感じなくなってるが、考えてみるとこれってすごいなとも思える。人間的な行為を基にロボットの内面を予測できるというのは。


 ……とにかくそういうこともあり、訓練終了後、ユイが自室、もとい俺の部屋に戻ったあたりを見計らって即行で緊急の会議が開かれた。

 主にユイ以外の俺たち5班と、特にアイツと関係を持っている二澤さんたち1班の面々だ。


「今日のアイツ妙に静かじゃなかったか?」そんな二澤さんの一言から始まった緊急会議。

 休息部屋でテーブルを囲って物々しいのやらシュールやらな雰囲気で討議する男性陣プラス女性一人。

 当初は先に言った試験終了に伴う一時的離団が原因とみられたが、新澤さんが再度、


「それだけであんな風にはならない。似たような話題はもっと昔からあったのにその時はそんな風にはならなかった」


 と、自信満々に言っていた。事実、一時的な離団に関しての話題は、今月に入ったあたりから度々出ていたが、その時のユイはそんなに暗くはなかった。むしろ「さっさと戻ってきますからご安心下さい」と俺たちのほうを労うようでもあった。

 では何があったのか? その議論の過程で、「今までに何かおかしな点なかったか?」という点から、俺は前日のあの会話を思い出した。


「(……でもこれ、結局は新澤さんの言っていたことと同じだよな?)」


 ただ単に離れるのが寂しいというだけの奴で、その点に関しての答えはすでに新澤さんが出しているも同然だった。今更言うまでもないものだ。

 しかし、念には念をということで、前日の夜にあった会話の要諦を話してみた。とはいえ、あまりいい答えは返ってこないだろうとあまり期待していない。ほんとに、念のためという感じで考えていた。


「―――みたいな感じでさ、みょ~に大丈夫だっていっても表情曇らせてたんだけど……」


 そして、さっさとそれらをすべて話し終えて周りに目線を向けたとき……


「まあ、ここら辺は新澤さんの言ってたことと似たようなもんで……、え?」


 俺は周囲の起こした反応に一瞬戸惑った。


「……え、なんすかその反応」


 全員、片手、ないし両手で頭を抱えていた。中には大きなため息までついてる人もいる。

 和弥に至ってはそれにプラスして「コイツアホか……」と呟いて呆れ果てているように見えた。……というより、基本的に全員呆れ果てるか苦笑かのどちらかの反応しかしていない。「お前大変なことやらかしおって」と今にも誰か呟きそうな雰囲気である。

 俺は非常に困惑してしまった。


「……あの、なんすかその「お前はどこまでバカなんだ?」と言わんばかりの反応は」


「いや、実際そうだよ」


 そう投げ捨てるように言ったのは二澤さんだった。片手で額を抱えてため息をデカくついている。

 そして、その呆れ果てた様子を崩さず口調もそのまんま移して聞いてきた。


「お前さぁ……それをなんで早く言わねんだ。明らかにそれが原因だろうが」


「これがですか?」


「そらそうだ。むしろ、そこまで大量のヒントがでてきてるのにまだわかんないのか?」


「何がですか?」


「何がですかって、お前は典型的なラノベの主人公か……。わかるだろ? あれだよあれ」


「アレ?」


「男女付き合いでアレってったらアレしかないだろ。大体察しないか?」


「えーっと……」


 二澤さんの催促を受け、改めてユイの心境を大体で予測を立てるが……


「……あー」




「わがんねっすわ」


「確信した。コイツ正真正銘の“バカ”だ」


「ええー……?」





 ひどい言われようである。しかも周りが全力で同調するように何度も首を縦に振っていた。俺に対する言われようのない非難だか軽蔑だかわからない目線が向けられる。

 ……一体俺が何をしたっていうんだ。解せないぞほんとに。


「ちょっと待て、確認させてくれ。ユイさんが最初にそうなったのっていつだ?」


 和弥が若干口をひきつらせた状態で聞いてきた。


「最初って、表情曇らせた奴?」


「そうそれ。古い記憶の奴じゃいつ?」


「昨日の夜あたりからずっとこんなんだぞ?」


「昨日の夜か……、じゃあ、そのあとってずっと寂しいって言ったりそれをフォローしても一向に表情は戻らなかったんだな?」


「戻らなかったな。それがどうしたんだ?」


 そういうと和弥が「ガックシッ」と肩を落とした。そして大きなため息をついて「まだわかんねえのかコイツ……」と再びつぶやき捨てる始末。

 ……あまりにひどいありさまだったのか、新澤さんがふときいてきた。


「……ねぇ、もしかしてアンタ学生時代とかにデートとかあんまりしなかった?」


「え、したことないっすよそんなの」


「え?」


 正直に俺は答えると、和弥が呆れ表情全開のまま補足した。


「あぁ、新澤さん。コイツはあまり異性付き合いの経験がなくてですね……、昔から基本好きな趣味に熱狂してましたんで」


「え、じゃあ女子と会話したりとかは?」


「したりはしてましたけど、そんな高頻度にやってるわけでは」


「あっちゃー……」


 そういって新澤さんは顔を手で覆って同じく肩を落とした。「こりゃ参った」とでも言わんばかりである。

 それを聞いた二澤さんたちも同じく納得したように顔をひきつらせながら頷いていた。


「なるほど……、だとしたらこれがわかんないのも無理はねえわ」


 二澤さんの腹心たる結城さんがそう呟いた。


「え? なんすか、アイツ他に何か考えてたんですか?」


「何かって、そらそうだろ。これ一番わかりやすいパターンだぞ? アイツ結構素で思ってること表面に出しまくってるぞ?」


「え?」


 俺はほんとに何のことかわからなかった。一向に答えを見つけ出せれそうにない俺を見て呆れ果てた二澤さんが、「我慢できん」とばかりに早口で言ってきた。


「いいか? わからないバカなお前のために俺がしっかり教えてやる」


「おもっきし先輩からバカと言われたんですけど」


「実際バカだからしょうがない」


「うんうん」


「俺の周りが全員頷いてるあたり俺味方いないっぽいですか?」


「1vsその他の尋問だと思え」


「わーお」


 完全アウェーな空間が出来上がっていた。ここは心身ともに休まる憩いの場所で、そして今はその休憩の時間だと思っていたが、その認識は間違っていたらしい。俺のホームな空間とはかけ離れてしまっているようだ。


 二澤さんは面倒な説明を省いて超簡単に一言で説明した。


「いいか篠山? そいつはただ単にお前、ないしそれプラス俺たちと一時的にでも離れ離れになるのが寂しくてそうなったんじゃない。お前がその発言をしてもなおもそうなったって時点ですでにフラグは乱立してる」


「フラグ?」


「そうだ、フラグだ。これほどわかりやすいフラグもない」


 んなわかりやすいのかそのフラグってのは。一つ大きく息を吐いて、二澤さんははっきりとした口調で言い放った。


「……いいか? よく聞け。アイツはお前に対して―――」






「“恋愛”という感情を抱いている! 間違いない!」






「………………………………………はい?」


 一瞬思考停止した。俺は何やらおかしなワードを聞いた気がしたが、耳がいかれたせいではないかと自問自答を繰り返す。

 理解されなかったと捉えたらしい二澤さんは再度言った。


「だから、お前はアイツから恋されてんの! 恋心抱かれてんの! 昨日からの反応の原因は間違いなくそれだ! それ以外なにも考えられん!」


「……はいぃ?」


 俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 いや、そら確かに冗談半分で「恋し始めたりしててな」的なことは言ってきたかもしれないが、あれはあくまで冗談であって、本当になるとは思っていない。

 恋心ほど人間的に見ても複雑怪奇な感情はない。ちょっと言い方がおかしいが、人間と比べるとはるかに“単純な”思考構造をしているロボットが、そんな気難しさ満点の感情を会得できるとは思えなかった。


 ……だが、あの反応が本当にそれの証拠なのか?


 和弥がさらに補足した。


「俺の記憶が正しければ、ユイさんは今まで同じような話題を出してもそこまで気難しい反応は出していなかった。だが、昨日あたりから途端にそうなった。“お前のそばでだ”」


「俺のそばで?」


「ああ、お前のそばでだ。基本こういう恋愛的な感情は当の本人には一番知られたくないものだ。でも、知ってもらいたいって思った場合はその意思を表現する。それがいわゆる「告白」ってやつだ。だが、ユイさんはそれをするうえでのスキルと性格はあるのにしなかった……、どういうことかわかるか?」


「……どういうことだよ?」


「それを言うための思考と勇気とがなかったんだ。いつものユイさんの性格なら、その持ち前の猪突猛進的な性格を前面に出して「大好きです」の一言でもぶちかませばよかったんだ。いつものユイさんなら間違いなくそれをやってお前をいろんな意味で気絶させるに違いない」


「俺そんなに精神的に脆いことになってんの?」


 一言告られただけで気絶する俺ってすごいなおい。


「ユイさんからの発言でもそうだ。寂しいってのまではわかるが、そこから先、思いっきり声を出して言えばいいものをわざわざ小さく呟いてる形だ。結局お前が聞き取れたのは「離れたくない」の一言くらいだけ。間違いないな?」


「ああ、そうだな。それが?」


「そこだよ」


「は?」


 和弥は指をパチンッと鳴らしていった。


「ユイさんはその時に実は小さく本心言ってたんだ。離れたくなかったのは、俺たち全員ってだけじゃない。誰でもない、お前と離れたくなかったんだ」


「……ていってもたかが1ヵ月だろ?」


「その1ヵ月でもだよ。事実、ユイさんに対してたかが1ヵ月といった時、一段と表情を曇らせていたといっていたな。俺たち大人の人間にとっては確かに1ヵ月ってのは短いように感じるが、おそらくロボットにとってはそう短いものではないのだろう。ユイさん感覚では「たかが」1ヵ月ではなく「されども」1ヵ月なんだよ」


「されどもねぇ……」


 そんなに長く感じるのだろうか。俺はロボットではないのでわからないし、そこの感覚をロボットから聞いたところで想像するのは難しいだろう。

 ……だが、そう考えてみると実際あの妙な反応をされたのも説明はできなくはない。


「ユイさん自身、お前に対する感じ方が変わっていった可能性がある。今までの仲だったら「寂しいですけどさっさと戻ってきますわHAHAHAHA」なり「大丈夫です私相棒愛してる身ですのでHAHAHAHA」の一言くらい飛ばして笑いとるのが常だ」


「HAHAHAHAの部分は必要なのか」


「実際いつもそんな感じで笑ってるだろ」


「いやそうだけどさ」


 あのアメリカンな笑いどこから会得したのやら。


「とにかくだ、それでもわざわざ言わなかったってことは、お前に対する見方が変わった証拠と見たほうがいい。中身によるのかもしれないが……可能性としては、十分高いぞ」


「うーん……」


 俺は片手を頭に抱えて唸った。和弥は「役目は終わった」と目線で二澤さんに伝え、それに頷いて答えた。


「ご苦労情報参謀。実に簡潔かつわかりやすい解説であった」


「お褒めに預かり光栄です大隊長殿」


 いやお前ら勝手に自分の役職変えるな。どっちも違うじゃないか。

 しかし、そんな心の中でのツッコミは当然無視し、二澤さんは続けた。


「とにかく、奴のお前に対する見方が若干ながら変わってきている可能性が高い。そして、奴の特性上、その感情は後天的なものだろう。つまり、その自身が抱いている感情がどんなものなのかもわからず戸惑っている可能性も否定できない。斯波伍長が「それを言うための思考がなかった」といったのは要はそういうことだ。それを恋愛だと理解し、恋愛ならこういうことをするという思考発展に至ることができなかったと考えられる」


「他の感情も基本後天的なような……」


 少なくとも、あのバカ騒ぎしまくりではっちゃけた性格は。


「それは周りが「これはこういう性格だ」っていうのを暗に教えていたからこそだ。または、それを自分で理解できる範囲で自分で理解した。……だが、この感情に関しては人によって捉え方が多岐にわたるうえ、複雑なものだ。ネットで調べた程度では理解できるものではないし、そもそも人に簡単に相談できる内容でもない」


「じゃあ、途中で察しろとかアイツらしくない他人任せなこと言ったのって……」


「自分で言うのが嫌だから、大体雰囲気とかで察してくれってことだろう。人間ってのはある意味こういう感情面ではプロフェッショナルなほうだから、自分のこの行動からある程度察してくれるだろうって考えたのかもしれん。……まあ、お前は察しなかったらしいが」


「ハハハ……」


 あの時の察しろってそういう意味だったのか。まだ仮説の部類だが、結構説得力はある。

 さらに、話はどんどん幅を広げていく。新澤さんが横から入った。


「じゃあ、前の休日でユイちゃんがあんな感じだったのってこれが……」


「ん? なんのことだ?」


 二澤さんが問うと、新澤さんは所々思い出しながら答えた。


「つい一昨日くらいの休日でもそんな感じだったのよ。今日ほどじゃなかったけど、祥樹たちが外出してて私がユイちゃんの面倒見てた時、読書に身が入ってない感じだったから、「不調でもあるの?」って聞いたら何でもないって。それでも何度か聞いてたら「寂しい」とか「物足りない」とかちょっと表情曇らせてて……」


「それ最近の話か?」


「最近ね。でも今日になってそれが一気に悪化したようにも思える」


「なるほど、前兆はあったってことか……」


 二澤さんがまた小さく唸った。

 ここは俺も知らないところだった。最近は、休日の時は融通が聞くときに限って新澤さんに任せることが多くなっていたが、おそらくそれが原因だろうと二澤さんたちは話す。

 さらに、


「おそらく、情動データをくれって言った時に一瞬渋ったのもそれが原因でしょうな。自分の抱いている感情が他人に見られるのを躊躇った。特に、今抱いているこの不明な感情のことを」


 二澤さんとこのチームの人がそういった。二澤さんもそれに肯定的だ。


「同感だ。俺もそう考える。別に本人にしてみれば、研究材料たるデータの送る種類が増えるだけで、そこまで負担にはならないはずだ。だが、なぜわざわざこれに限ってはそんな反応を示したのか……、少し考えれば予測はつく。尤も、確実にそうだとは言えないが、しかし、可能性は高い」


「自分が抱いているこの感情を他人に知られたくなかったってことね」


「そういうことだな。もしかしたら、一種の羞恥があったのかもしれん……」


 羞恥か。ある意味アイツに一番足りないと思われていた感情だったはずだが、もし仮にこれが事実だったとすれば、いつの間にこの感情を会得していたという話になるが……、もしかしたら、俺らの知らない間にそういった面でも“成長”があったのかもしれない。

 その話の過程で、二澤さんは小さくため息ついていった。


「……というかさ、お前そんな重大な話をしている中でさ、それに気づかなかったうえ何の話始めてんだ?」


「何の話です?」


「誕生日がどーたらって話言ってなかったか?」


「ああ、来月誕生日だとは言いましたね」


「なーんでそれをその時言っちゃうんだ……」


「え?」


 二澤さんはまたガクッと肩を落とした。


「だからさ、そんな重大な話してるときにわざわざ冗談でも誕生日の話し始めるアホがいるか? お前の辞書にはデリカシーってのがないのか? その代わりにエゴセンチュリシティがあるのか?」


「長いわよエゴなんとか」


「エゴセンチュリシティ! 気づかなかったってのもあるんだろうが、タイミングが悪いぞ……そら向こうも苦笑するわ。いきなり誕生日がとーたらとか言われたら」


「はぁ……」


 まあ、言われてみればそうかもしれん。気づかんかったってのはこの場合ただの言い訳だろうか。これは要反省である。

 だが、それにしても向こうが過剰な反応を示さなかったという点ではやはり先に交わされた会話の状況とも一致しており、そこに関しては二澤さんたちも「おそらくそれにツッコんでる余裕はなかった」と予測している。


「今頃アイツの頭の中は、その自分の中で起きてる不明の感情の正体のことでいっぱいだろう……俺たちがそれは恋心だって一発教えれば終わりなんだろうが……」


「相談されてもないのにいきなり教えたところでむやみに混乱させるだけよ。一番は本人が自らそれに気づくことなんだけど……」


「それにどんだけかかるか……、あ、ちなみに今アイツどこにいるってったっけ?」


「ユイでしたら今頃俺の部屋にいますよ。一人で本読みたいっていって」


「ほーぅ……」


 二澤さんはそういって少し意味深な顔をさせた。顎を小さくさすって少し考えふける。


「……もしかしたら、それは建前かもな」


「建前?」


「もし仮にさっき俺たちが言った“仮説”が正しいとすれば、今頃アイツはその感情について考えてるはずだ。いつもお前と一緒にいるのを好んでいる彼女が、いきなり一人にさせてくれってのは違和感がある。それもたかが読書でだ。あれ自体はいつでもできるってのに……」


「確かに……」


 事実、読書するにしてもよく俺のそばで読んでいた。部屋に戻って一人だけで読書に励むなんてことは俺の記憶の限りでは数えるほどしかない。その上、その数えるほどというのも、俺がやむを得ない事情で部屋を離れるとき、仕方なく暇つぶしがてらに部屋で本を読むってだけで、別に自分自身の意思ではなかった。


 ……可能性はあるかもしれない。


「今頃アイツは思い悩んでるはずだ。自分の心の中に抱いてる感情はなんだってな。お前は何らかの形で答える必要があるぞ。あまり先延ばしはできない」


「何らかの形ってどうやってです?」


「そこはまだわからん。だが、そいつの身分が身分だ。今回のこれはロボット開発上、結構重要なテーマにもつながるだろうし、時間はないが協力はさせてもらう。今後は俺たちも少し協議をしてみる必要があるな……」


 二澤さんはそのまま他の人たちとも意見を交換し合い、一旦はその場でお開きとなった。

 今後はユイの動向に目を向けつつも、仮にこの仮説が正しいと判明した場合は、ユイ自身がその感情の正体に気づけるよう陰でサポートするのと、俺自身がそれに対して誠意をもって向き合い、そして、それに対して自分なりの回答をユイに伝える。

 この二つは、せめて試験期間が終わるまでに解決しなければならないものとすることで同意した。ほんとに時間がないが。


 ……結構、大事になりそうである。


「(……つっても、本当にそうかねぇ……)」


 ロボットがそこまで複雑な感情を会得できるのか……俺は未だに疑問を抱いていたが、状況証拠などから、半信半疑といった感じであった。

 ユイもユイで、結構大変な思いをしているのかもしれない……、そんなことを思った時だった。


「……これはチャンスかもな」


「ん?」


 隣で和弥が小さく呟いた。俺のほうに向けた言葉であるらしい。


「チャンスって何がだ」


「伝えるか伝えないか、それを決めるチャンスってことだ……仮に伝えるなら、“機会”はこれでできたも同然だろう?」


「……」


 ……言わんとすることが理解できた。お前、これをダシに使えってかい?


「ダシってわけじゃない。だが、いずれにせよタイミングとしては悪くないと思うぜ。……考えておくのも悪くはないだろ?」


「言っとくが、言うか言わないかは俺が決めるからな」


「わかってる。そこまで俺は干渉しない。……ま、頑張ってくれよ」


「……」


 何ががんばってくれだか、無責任な。

 しかし、実際アイツの言ってることも間違ってはいないだろう。言う機会としては、あながち悪くはないかもしれない。


 ……何れにせよだ……



「……今後、どうやって付き合ってやればいい……?」



 いつも通りでも十分対応できるだろうが……




 今後は、こうした“複雑な感情面”での配慮も、必要になってくるかもしれない…………


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