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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第4章 ~兆候~
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脳裏の記憶

 周りの空気を引き裂かんばかりの激しい爆発音が響く。


 市街地の中心にあった建物はすべて大なり小なり被害を受けている。


 逃げていた。モザイクがかかっている視界で俺は必死に逃げていた。


 時には叫びながら。そして、周りを見て泣き叫びながら。ただただ怯え、ただただ恐怖に駆られ……ただただ、逃げなければという本能に従って。


「うわぁあああ!!!」


 だが一瞬、大きな爆発音とともに崩れてきたコンクリートの破片の落下の衝撃で転倒してしまった。近くに落ちてきただけだったため直撃は免れた。だが、その破片の大きさに、また怯えて足がすくんでしまった。


 死にたくない。こんなのにあたって死ぬのだけはいやだ。絶対に嫌だ。


 だが、そうは思っても体が言うことを聞かなかった。今になって、足に若干の痛みと、右足に重なる小さなコンクリートが見えた。さっきまでは見えなかったが、コンクリートが右足に直撃し思うように動かなくなっていたのだ。


「(う、動け! 動けよォ!!)」


 骨は折れてないようだが、衝撃があまりに大きかったのか、一時的に完全に硬直してしまった。不用意に動かず、誰かが支えてくれるのを待つべきだったのかもしれない。そんなこと考えてる余裕はなかった。

 ただただ、必死に「動け!」と、心の中で念じながら足を何度も叩いていた。すぐには動くはずもないのに。

 10秒と経たない時間だった。だが、その間に恐怖感を大きく積もらせることになる。


 ……だが、それで終わらなかった。


「ッ!?」


 また大きな爆発音が響いた。すぐ上。上を振り向くと、爆発時の炎とともに崩れてくる建物のコンクリートの破片。

 潰される! そんな絶望感を感じた瞬間だった。


「お兄ちゃん危ない!」


 そんな声がとどろいた瞬間、誰かに強く突き飛ばされる感覚を感じた。刹那、一瞬宙に浮いたと思うと、また地面のアスファルトに叩きつけられた。右足は事前に守っていたため痛みは最小限で済んだ。


「……え?」


 突き飛ばした張本人を見た。その子は先ほど落ちてきたコンクリートの破片の直撃を受け、その場に倒れていた。それも、自分のすぐ近く。突き飛ばした距離はそんなになかったらしく、とにかく破片から逃がすためにやったようだった。


 全体が潰されているわけではない。だが、頭部にピンポイントで直撃したらしく、そこからは出血が起きていた。起きようとするそぶりも見せない。


愛奈あきな……?」


 名前を呼んでも、その少女は動かない。指がたまにピクリと動くだけだったが、それが限界だった。


「愛奈! 大丈夫か、愛奈ァ!!」


 必死に名前を呼んでも、すぐに返事が返ってくることはない。中々動こうとしない右足を引きずって近寄っても結果はかわらない。

 だが、それでもその少女は、声を振り絞って言葉を発した。


「はやく……逃げて……」


「バカ野郎! お前捨てて逃げれるわけないだろうが!」


「で、でも……」


「待ってろ、今どかしてやるからな」


 両手は生きていた。力を振り絞って少女の上に乗っているコンクリートをどかそうとするが、小さな体で非力な人間であった自分には、それをどかすほどの腕力はなかった。

 それでも、火事場の馬鹿力を信じ必死にどかそうとした。だが、その時無慈悲にまた大きな爆発音が響く。


「うわぁァ!」


 その衝撃波と轟音に思わずしりもちをついた。コンクリートはまだこれっぽっちも動きていない。再びどかそうとした時だった。


「もういいから、お兄ちゃんだけでも逃げて」


「ちょっと黙ってろ! すぐにこれをどかすから―――」


「いいから聞いて!」


「ッ……」


 突然放たれた叫声に、思わずビクッとさせた。

 しかし、少女は頭を痛そうに抑える。その大音声は、すでにダメージが入っている頭部は害にしかならなかった。

 それでも、少女は必死に声を発した。


「もういいから……私はいいから、お兄ちゃんだけでも……」


「で、でも……ッ!」


「このままじゃお兄ちゃんまで死んじゃう……お願い、お願いだから先に逃げて……ッ」


「……」


「お願いだから……ッ!!」


 その目には涙が浮かんでいた。掠れ歪んでいく意識の中、精一杯出したその言葉。

 私より、自分の命を優先せよ。

 それは、災害にあった時学校で習ったことでもあった。だが、いざとなると躊躇してしまう。

 その間にも、周りではしきりに爆発音と轟音が鳴り響き、建物が崩れ始めていた。助けに使えそうな大人は誰一人としていない。呼びに行く時間も余裕もない。


 ……二人そろって下敷きになるリスクを取るわけにはいかなかった。


「……クソッ!!!」


 彼はやっと動けるようになった足を使って立ち上がった。そして、妹の元を離れる直前にこう放った。


「いいか、絶対死ぬなよ! すぐに大人の人呼んでくるから! たぶん近くに陸軍の人がいたはずだから!」


 返事はない。少女に、その返事を伝える余裕はなかった。自身も、それを期待しているわけではない。

 返事を待つ前に、まだ痛む足に鞭をうって走り出した瞬間だった。


「……うぁッ!」


 また近くで轟音だった。それも結構近い。

 そその衝撃で一時的に足元を掬われ、その場に倒れた。再び足が痛むが、それでもまた立ち会がり走り出そうとした。


 ……瞬間、


「―――え?」


 すぐ隣に影ができた。刹那、首を右に振り向けるまでもなく、今度は大小の破片になったコンクリート群が降りそそぎ近くに落下。その衝撃に、足が一時的に動きを止めてしまった。


 それが、自分の命運を分けた。


「ッ!」


 上を見た瞬間。自分に高速で落下してくる小さなコンクリートの破片が見え……



「ッうわああああああああ!!!!!!」












「ああああああああ!!!! ……あ、ああ?」



 俺は、そこで目を覚ました。まだ、夜中だっていうのに。




[同日 深夜 習志野駐屯地 就寝時間帯]




「あ……、ゆ、夢……?」


 ベットから半身だけ起こしたまま、俺はそう呟いて周囲を確認。

 寝ぼけなどはない。あまりの夢の内容に思いっきり目が覚めてしまった。真っ暗闇のいつもの室内。何の変哲もない部屋のインテリアが目につき、下に目を向けると自分が使っている布団。

 結構な汗をかいたのか、来ているジャー戦が妙に着心地悪い。布団がかぶさってる足の部分なんてもう脱ぎたいくらいに気持ち悪い。


 ……とはいっても、これはある意味この時期になれば見慣れたものだった。


「(まぁたあの夢か……)」


 最近は随分と減ってきたとはいえ、この時期になると妙に増えてしまうこの夢。今回も都合よく鮮明に映し出されていた。それだけ、記憶に残っているということなのだろう。無理もないが。


「ひ、祥樹さん……?」


「ん?」


 ふと、ベットの隣から相棒の声が聞こえた。

 イスに行儀よく座って充電がてら熟睡中だったユイ。俺の叫び声があまりにデカかったのか、ビックリして起きてしまったらしい。ロボットも寝てるとはいえこういうので起きて驚くんだな。


「ああ、わり。起こしたか?」


「ぐっすり寝てたら思いっきり絶叫挙げられたのでビックリ仰天ですよ。どんな夢見てたんですか」


「いやぁ、悪夢だったわ。これはこれはひどい悪夢でよ」


「どんな?」


 一瞬、そのまんまのことを言おうとしたが、俺は躊躇いとっさに適当なフィクションを言い放った。


「それがさ、お前がいきなり敵になって冷酷な性格になったと思ったら、冷徹な表情浮かべて銃ぶっ放したり俺に格闘戦仕掛けようとしたりなぁ……いやぁ、中々に怖かった」


「なんですかそれ……」


 心底呆れたようなアホらしいようなそんな表情を浮かべていた。実際、そんなんありえるわけないのだが、夢なのでどうとも理由がつけられる。


「ビックリしたよ。気が付いたらフタゴーあたりを突き付けられて「死ね」って真顔で言ってくるんだからよ。お前ガチギレしたらああなるのか」


「したとしても銃は突き付けませんよ……。というか、確か人間の夢ってその人の記憶整理をする際にでるらしいですけど、私どんな風に記憶されてるので?」


「いい奴だがたまにアホみたいに暴力的になる相棒だと記憶してるが」


「深夜だけどちょっと歯ァ喰いしばれ」


「怖い怖い怖い怖い冗談だってマジでやめろって」


「大丈夫今なら手刀で許してやっから」


「完全に殺す気満々じゃねえか」


 珍しくため口で言ったあたり相当癇に障ったらしい。顔は中々に笑顔だがそれだけに地味に怖い。窓から入る月明かりが不気味さをうま~く演出している。コワイ。


「まったく……私が敵になって祥樹さん撃つなんて随分とぶっ飛んだ夢を見たもんですね。なんですか、誰かにハッキングでもされたんですか私」


「お前がハッキングされたところとかあんま想像できないんだが……」


 セキュリティはこれでもかってくらいバッチリだ。元よりコンピューター史上で見ても最新鋭中の最新鋭。簡単に破られるもんは積んでない。本気でやりたいなら量子PC化したスパコンか何かでも持って来いって話である。


「安心してください、間違っても祥樹さんに撃つようなことはしませんし少なくとも当てはしませんから」


「むしろそうであってもらいたいところだわ」


「百歩譲って仮にそうなってもあれですよ、映画とかでよくある実は裏で敵の妨害工作をしてたっていう展開に持っていきますよどうにかして」


「ハッキングされた状態でそこまでできるかってんだ」


「ロボットにも精神論はありまして」


「んなわきゃないだろボケ」


 精神論で身体強化なりされたらたまったもんじゃないよ、主に技術的な面で。

 たまにSFフィクションでパイロットが気合い入れたらロボットの性能上がるっていうのがあるけど、あれみたいなものだろう。

 ……でもあれ実際どういうシステムなんだろうな。どこぞの汎用人型決戦兵器みたいに神経接続でもしてるんだろうかね。無理に神経繋がんでも手でその性能操作すればいいのに。というか常に出せるようにしとけばいいのに。リアクションタイムが減るってメリットはあるだろうけど。


「あ、その時は助けてくださいね。撃ちたくないので」


「ハイハイたとえ一人ででも助けに行きますよ助けに」


「お、どう聞いても投げやりだけどありがたい発言いただきました」


「そーだな。だからさっさと寝てくれ。俺も一旦寝るから」


「へーい」


 現在時刻、午前3時半。起きる時間帯ではない。昔は勉強に忙しかったりして夜型の人間だった俺だが、今は反動で完全に昼型の体になった。夜はきつい。


 もう寝よう。あの夢のせいですっかり目が覚めてしまったが、さっさと寝よう。寝れるかわからないが、どうにかして寝よう。


「じゃ、お休み」


「は~いお休み~」


 そのまま互いに眠りについた。

 起きてしまった分たまった疲労をすぐに寝てとってしまおう。なに、どうせ横になってれば勝手に体が寝始め―――







「……ねみーぞクソが」


 ―――れるほど、現実は甘くなかった。


 翌朝。あの夢のせいですっかり目が覚めてしまったらしく、目を閉じてもこれっぽっちも眠気が入ってこなかった。話が違う。横になってれば勝手に眠気が襲ってくるという話ではなかったのか。誰だそんなこと言ったのは。


 朝起きて、部屋片付けて、掃除して。そんな間も頭がうまく回ってくれなかった。現在食堂。飯は持ってきたものの、眠気が今更になって襲ってくるため中々スムーズに飯が口に運ばれない。もう小食で済ませたい気分である。


「……随分と眠たそうだな。大丈夫か?」


 テーブル越しに同じく朝食をとっていた和弥がそう聞いてきた。相当顔に出ているらしい。気が付けば目が今にも閉じそうである。そして相変わらず手の動きがスローペース。


「ちょっと夜眠れなくてさ……嫌な夢みちまった」


「夢かよ、悪夢か?」


「悪夢っちゃ悪夢だな。できればもう見たくないやつだ」


「見たくないって……この時期だし、もしかしてあれか?」


「察しがよくて助かる」


 そう返すと、和弥が苦笑込みで「ご愁傷様」と一声かけて再び飯にありついた。

 和弥はこの夢に関してはよく知っていた。あの日以来、この時期になると繰り返し見始めるものだった。この事情は、当時のことをよく知っている和弥とも共有しており、度々相談に乗っていたのだ。


 和弥は水を一口喉に通していった。


「ま、それだけ脳ってのは厄介ってことだな。なに、最近はめっきり減ってきてるしそのうちなくなるだろう」


「それでも、まだ見るときは見るんだよ……そう何回も見たいものじゃないんだがなぁ」


「それだけ印象的だったっていうか、刺激的だったってことだろう。忘れたくても忘れられない的な」


「別に忘れたいってわけじゃないんだが……夢にまで出てくるなよって話なんだよ」


 いくらなんでも目立ちたがりやな記憶だな、と思いながら眠気覚ましに水をがぶ飲みする。もちろん、それだけで眠気が消えるほど浅いものではなかった。飲んだ直後にあくびが出てしまう。


「こりゃ相当だな……今日の分午前は武器整備が中心だから寝るなよ?」


「寝はしないけど、整備なんて整備中隊の連中にやらせればいいじゃんか……あいつらどこ行ったんだ?」


「他んとこの整備中隊が海外派遣で出張ってるから埋め合わせでいねえよ。だから代わり」


「はぁ……こういう日に限って眠たくなる仕事内容だなぁ……」


 タイミングが悪いというかなんというか。尤も、偶然なんてそんなもんだとは思っているが。

 眠気が覚めることを願って飯を強引にガツガツ食いまくる中、和弥がさらに言ってくる。


「しかし、そんな夢聞いたらユイさんも納得だろうな、あの日にいろいろこだわってる理由を」


「え、何の話だよ」


「え?」


 和弥が一瞬素っ頓狂な声を上げたが、すぐに「ハッ」と察し前のめりになって聞いてきた。


「え、もしかしてお前、まだ話してないの?」


「だから、話す理由ないだろって」


「いやいやいやいや! お前今月中にユイさん一旦ここ離れるんだぞ? 試験期間今月末だぞ!?」


「だからなんだよ」


「だからなんだって……お前なぁ……」


 そういって和弥は箸を持っていない手で頭を抱えた。

 まあ、実際まだ話していない。話す必要もないだろうってのもあるが、そもそも、今更話す勇気がない。

 しかし、和弥に言わせれば「後に持ち越したら余計話しにくい」ということだった。


「どうせ相棒になったんだし、それに今後また付き合っていく可能性のほうが格段に高いんだから今のうちに話しとけよ……後々になって話されても向こうだって困ると思うぞ? 困惑もするだろうし」


「しかしなぁ、そうはいったってどのタイミングで話せばいいのか……俺そういうのやったことないからさ」


「何でもいいだろ。ふとした与太話の間に入れていくでもいいし。実際、海部田さんあたりに言わせればそういうのを聞かせるのも一種の体験なんじゃないのか?」


「でも中身がハード過ぎる……アイツ自身が耐えれるかわかったもんじゃない」


 過激な中身にどの程度耐えれるか、俺自身試したことがない。グロ方面だとか胸糞方面だとか、そっち系の話はほとんどしたことなかったし、したとしても軽度なものだった。

 この話は……どう考えても軽度とは思えない。アイツの頭、あまりの不条理さに耐えてくれるだろうか。


「あんまりやりすぎて壊したりでもしたらマズイだろ?」


「いや、さすがにそうなったらその前の段階でユイさん自身が止めるでしょ……少しは信用してやりなよ」


「そうはいってもなぁ……」


 正直、まだ不安はある。

 アイツのAI自身が、こういう複雑な人間事情に対応できるのか……もっとも、不条理極まりない人間社会に適応して生活できてる時点で何とかなりそうな気もするが、確信があるわけでもない。


 ただでさえアイツの身分は国家機密である。しかるべき時にしかるべき形で公表されるべき存在であり、それまでちゃんとした状態を保っておかねばならない。そして、俺はそれまでの監視係である。

 ……そんな俺が、自分の都合で不具合を起こしてしまっては世話がない。


「(あまり、アイツに負担はかけたくない……)」


 そんな考えが俺をよぎっていた。だからこそ、アイツにこんなハードな話をするのを躊躇っていたのだ。


「まあ、デリケートな話題になるから最終的には任せるけどさ……何度も言うけど、言うんだとしたら時間は限られるからな?」


「わかってる。えっと、試験期間の終了は再来週だったかな」


「だな。ほんとに月末だわ」


 現在日時はすでに10月である。アイツと出会ってもう半年だが、もうすぐ一旦離れることとなる。

 まだ正式配備部隊は決まっていないらしい。昨日羽鳥さんに確認したが、検討中とのことだった。少なくとも来週中になるらしいが、もう少し早くてもいいんじゃないかって思うところだ。


「最近思うんだけどさ、ここに留籍か移転のどっちにしてもだよ。新品さっぱりな状態にさせるとかって言って試験期間中の記憶は全消去ってことはあるのか?」


「いや、そこに関しては結構前に爺さんに確認したが、よほどのことがない限りないって言ってた」


「そうなのか?」


「ああ。なんでも、試験後は戦術、戦闘データ収集に使うから、試験期間中に仕入れたデータも今後のためにってことで保っとくんだってさ」


「でもそれ、人間でいうところの性格や人格は関係なくね?」


「戦闘行動や戦闘中のコミュニケーション状況に於いてはそこら辺は重要だからそうでもねえよ。それに、日本人の人情的にそこらへんは躊躇いがあるそうだ。少なくとも、爺さんはじめとする開発陣は乗り気じゃないってさ」


「なるほど……」


 ここら辺は随分と前に俺が懸念していたことだった。当事者となるうえで、こうした問題は常に起こるものではあったが、実際消すのか消さないのかについてはやはり不安はあった。れっきとした事情があるのなら仕方ないが、よっぽどの事情がないのに思い出が消されるというのにはあまり気分がすぐれるものではない。

 とはいえ、そこに関しては誰でもない爺さんたちが躊躇っているらしい。幸い開発段階からそこも想定してメモリ容量は余裕を持たせているらしいので、そこまで心配はいらないそうだ。

 仮に消すとなったら、人格部分じゃなくて古くなって使わなくなった戦術・戦闘データあたりを別PCに切り取る形で取っ払うらしい。


 ……尤も、仮にも戦闘用ロボットなのにそこをオミットしちゃっていいのかという我ながら矛盾した疑問を感じてはいるが。


「だからまあ、そこは一応安心してくれ。百歩譲って消すとしてもだ。最初は俺たちですら忘れるような相当古い奴だろうし、覚えておかないといけないのはユイ自身が消されないように設定してるから」


「じゃあ別に大丈夫か。あぁ、よかった。俺というインパクトあるキャラクターがユイさんの記憶から消えちまったらたまったもんじゃねえわ」


「お前そんなにインパクトないだろうが」


 あるっつっても精々身長ちょい高くて元気な情報屋ってぐらいしか思いつかねえ。


「なに、彼女にしてみれば俺みたいな男性は気になる対象さ」


「それ人間女性に対しても言えるんか?」


「オイオイ、今の三次元女性に何を期待してるんだい? ハハハ」


「お前新澤さんからバックブリーカーあたり喰らっても知らねえぞマジで」


 あの人のバックブリーカーはマジでそこらの男子が絶叫あげるからな……あの人ほんとに先月三十路になった女性なのだろうか。上に二人兄がいるだけでここまで男っぽくなるのかと少し恐怖している自分がいる。

 しかし、コイツの明らかに現実の女性を諦めたどころか、一周回って一種の悟りを開いたような笑顔からは、その恐怖は微塵にも感じられない。どうやらコイツは自分の命が惜しくないらしい。


「ま、とにかくそんなところだ。余計な心配はせんでいい」


「ん、了解した」


 その時点でこの話題は終了した。また再び飯にガツガツとありつく。


「(……ま、そう考えるとロボットの記憶って結構脆いのかねぇ)」


 人の手を加えるだけで簡単に消したり曲げたりできる記憶。自分が自分であるためにはこの記憶という要素は切っても切り離せないだけに、そういう内面的な部分ではロボットは頑丈ではないのだろうか、とふと想像してしまう。


 ……とはいえ、人間は人間で何もしてないのに不定期で記憶が消えてくからぶっちゃけどっちもどっちなわけだが。


「(まあ、アイツに限ってそんな簡単に消えることはないだろうけど……)」


 そんなことを考えていた時だった。


「……ん?」


 ふと、隣にあったTV画面に視線が移った。朝のワイドショーの最中。しかし、つい昨日起こったものとして、ある事件がトップニュース扱いで上げられていた。

 その内容に、和弥も喰い付いた。


「……ほう、こりゃまたあちらさんも珍しいもんで」


「だな……」


 その言葉に同意する。ニュースはさらに続いていた。


『―――昨日未明、アメリカ政府では雑誌にて掲載されていた女性交際スキャンダルを受けて、非常に重大な職務放棄であるとして、スキャンダルに関わっていたオルティース国務長官ほか、一部の国務省幹部に辞職を言い渡しました。スキャンダルの発覚から辞任までわずか数日という異例のスピード人事に、米国内では大きな話題を呼んでいます―――』


 ニュースによれば、アメリカのその国務長官が、業務そっちのけで女性と交際していたことがパパラッチによって世間にさらされ、事の重大さを見て政府がさっさと首を切ったそうだ。その間、わずか数日。一週間ちょいしかない。


「随分と早いな……捜査や議会追求とかもなかったのか?」


「あったんだろうが、それをするまでもなかったのかもしれんな。ま、あちらさんはそうでなくても政権不安定な状態だからサボってるって知って辛抱ならなかったんだろう」


「それだけ政府も神経質だってことか……」


 逆を返せば、その国務長官が女性交際を起こしたのもそこが原因だったのかもしれん。政権不安定に際して各国からの調整などで職務が追われてたはずだし、ぶっちゃけ逃げ道の一つや二つほしかったんだろう。もちろん、仕事上そんな理由で勝手は許されないので擁護はできないが。


「にしても、それを考えても随分と短いな……証拠とかもすでに上がってたのかねぇ」


「というか、もはや日常茶飯事だったりするんじゃないのか? そこはどうなんだ?」


「あまりアメリカでそういうのがあったって話は聞かねえな。情報が少ないから向こうの汚職の程度はわからんが、そういうのがあったところでCIAやNSAあたりが見逃さないだろう。監視だけは十分あるところだ」


「国民の通話すら監視してるらしいからな」


 どこぞのCIA職員の暴露話によれば。


「ま、あの人の言ってることすべてが事実とは確信がないからどうともいえないが……あながち、あの国なら普通にやってそうってところがな」


「普通にやるときは何でもやっちゃうイメージはあるな。実際はたまにヘタレなところがるが」


 我ながら散々ないいようだが、実際その結果起きたのが現在の世界情勢みたいなものだ。

 いつぞやの中東での国を名乗った武装集団問題でも、国民の世論があったとはいえもう少し本格的に軍隊派遣して抑え込んでればもう少しマシになったといわれている。それだけでなく、今現在テロに対しての処置が主に口だけな面でもアメリカの手腕に懸念の声が上がっていた。


 ……とはいえ、テロに対しての処置なんて限界があるから一概にアメリカが悪いでは済まされないのだが。


「改新党やら何やらの件もあって、これ以上政治的に不安定にはしたくないしな……、こういうのは、あちらさんのいいネガティブキャンペーンの種だ」


「下手すら次の大統領選で政権倒れる原因になるからな。汚職なんて格好のエサだ」


 とはいえ、さすがにいつ時かの日本みたいに、団扇に政治的宣伝があっただのっていう非常にどうでもいい上に細かい理由で汚職問題にして、責任追及にとんでもない時間かけるようなことはしないだろうが。


 だが、ニュースを見ているとどうやらすでに改新党が動いているらしい。非常に敏感な反応だ。

 大統領らのスピード人事を評価する一方、大統領らの任命責任をしきりに強く非難している。まるでうちの野党のようである。


「すでにいいエサにされてやがるな……、まあ、実際国民の非難もあるみたいだし、ある意味当然の流れだな」


「既定路線ってやつか。とはいえ、問題先送りにならなかっただけまだマシだろうな」


 した結果が昔の日本のとある政治家である。先に言った団扇がどーたらってやつだ。


「足元がぐらつかなきゃいいけどな。あまりにひどいと途中で辞任になりかねんし」


「大統領でも任期途中で辞任はさすがにあるのか」


「そりゃな。昔なんてウォーターゲート事件なんていう、当時のニクソン大統領が絡んだ一大政治スキャンダルによってそのニクソン大統領任期途中で辞任する事態にまでなったからな」


「なにそれ」


「アメリカ史上最大の政治スキャンダル。民主党本部に盗聴器が仕掛けられてたと思ったら、ホワイトハウス、当時の共和党ニクソン政権の政敵に対する不正工作の発覚にまで発展しちまってな。結果的に大統領は任期途中なのに辞任されたって話」


「うわ~お」


 アメリカでもそんなことあるんだな。初めて知った。


「つっても、今はどうなのかは知らん。これ自体も1970年代っていうクソ昔に起きた話だからさすがにこれほどのスキャンダルはないだろう」


「ま、そう信じたいがな……」


 だが、現在アメリカ改新党が異常な勢力として成長してる中、これもこれで似たような手法で妨害することもありえそうな……まあ、詮索したらきりがないのだが。


 ニュースはそういった現状報告で終わった。こちらも朝食を済ませ、そろそろ国旗掲揚の時間である。


「どれ、んじゃさっさと行こうぜ。遅れるとまた腕立てやらされる」


「ヘイヘイ」


 その時は、その話題もそこで終わった。結局は外国のスキャンダルである。これによる政治的な影響がどこまで日本にまで及ぶかはよくわからないため深く考えていなかった。そのうち、記憶からも忘れ去られる。



 ……だが、この時、もう少し深く疑っておくべきだったのかもしれない。




 自分に関係ないと思った事件が、巡り巡ってくることを俺たちはまだ知らなかった…………

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