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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第4章 ~兆候~
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もう一つの裏

[10月11日(金) PM22:20 日本国某所]





 日本の東京都心の地下某所。どこにあるかは一部の者しか知らない。繁華街の下か、超高層ビル群の下か。はたまた、アリの巣のように入り組んだ巨大な東京メトロのすぐ隣か。それを知るものはごくわずかだ。


 部屋の中は薄暗い。余計な電力を使わないということもあるが、そもそもあまり電力が繋がれていないところでもあった。それだけ、世間からの秘匿性は高かった。

 元々使われていない地下施設。数十年前、政府が地下鉄サリン事件を受けて毒ガス実験施設として使われたいて物を、後に一部の企業が地下研究施設として接収したものだった。

 それらは現在は使われておらず放置状態だった。だが、なぜ電気が通っているのか。それを知るものも、ごくわずかである。


「……そろそろだな」


 その地下施設のうちの一部屋。大型のモニターや、各種機材が乱雑に置かれた広く薄暗い部屋の中にいる一人の老人が、そのような言葉をふと漏らした。

 モニターに移されていたデジタル時計の時刻を見ると、ちょうど申し合せたようなタイミングでテーブルに置かれていたスマホがブルブルと小刻みに揺れる。


 彼はすぐさまそのスマホを手に取り、通話先の人間に英語で声を届けた。


「待っていたぞ。そっちはよいか」


『ああ。各国の支部との調整は十分だ。予定通りに事は進んでいる』


 相手は一人の男性だった。この老人よりは若気がある。同じく英語であったが、どこかロシア訛りにも聞こえた。

 老人はその問いに満足すると、


「そうか。こちらも一応ことは順調だ。……まあ、先日うちのアンドロイドが一体やられたが」


『話は聞いた。あんたにしては珍しいヘマを犯したものだな?』


「ハハ、『Evenイーヴン Homerホゥマー sometimesサムタイムズ nodsノッズ』、というやつだ。完璧超人などこの世にはおらんよ」


『Even Homer sometimes nods.』。「homer」はホームランのことなどではなく、ホメロスという古代ギリシアの詩人のことをいう。

 ヨーロッパ最古の詩人といわれ、英雄叙事詩である『イリアス』や『オデュッセイア』等といった有名な著書を残しているが、詳しい経歴は不明で、そもそも実在したかすら未だに結論が出ていないミステリアスな人物でもある。


 この言葉は日本語で「ホメロスでさえも時々居眠りする」と訳される。ホメロスのような素晴らしい詩を書く人間でも、たまに「居眠りしながら書いたのでは?」といわれるほどの駄文を書くこともあるという意味であり、日本でいう「弘法にも筆の誤り」や、「猿も木から落ちる」に類する。


 この老人のような人間でも、たまにヘマは犯す。電話越しに彼も納得していた。


『とはいえ、モノがモノだ。あまり流れちゃ不味いんじゃないか?』


「なに、あれに乗せてるのはほとんどは旧式のものだ。どっちみちすでに世に出回っている技術が大半ゆえ、仮に向こうに流れても大したことではない」


『その大したことない技術で、あれほどのモノを作り上げるとは……さすがですな』


「なに、“彼”には敵わん。……彼ならもっといいのを作り上げていただろうさ」


 そういって彼は懐かしさとも、憎しみとも取れる目を作った。その目の焦点はどこにも向けられておらず、どこを見るわけでもない。


「元々あれは試作機と偵察機を兼ねていたものだ。駒が一つや二つ消えたところで、計画に支障はない」


『それはそうだろうが、財政面や施設面での援助に我々が大いなる協力をしたことをお忘れなく』


「それはもちろんだ。あなたには多大な感謝をしている。私のような老体を引き入れてくれたことは、ある種の神のお導きだ」


 そういって彼は胸の前で小さく十字架を切った。

 どうやらこの施設は電話相手である男の差し金であったようだった。そして、彼自身が作り上げた“モノ”の資金も彼が捻出したらしい。


「まあ、それに本命はあんな旧式なオンボロ機体ではないしな……」


 電話をしながら、その視線を後ろにずらした。

 そこには、ベットに横たわる一体の人型のような“モノ”。電源コードなどが繋がれている上、薄暗いためよく見えない。だが、それは平均的な人間と同じ大きさらしい。


『アンタの最高傑作だったか……しかしまぁ、騙されたと思って多くの援助をしてはみたものの、まさかほんとに作ってしまうとはな』


「これもそちらの援助のおかげだ。うまくこれが稼働した暁には、お返しとして君たちに多大な情報を提供しよう。コイツは優秀だ。君たちの有益な情報提供元となってくれるはずだ」


『期待している。相手は世界だ。特に日本は今後のロボットの件もあって重要な国ともいえる』


「だからこそ、そっちは私を日本に置いたのだろう?」


『そうだ。日本は今後の重要な拠点とする計画だ。そっちでしっかりと地盤を固めてもらう。計画が始まったら私も日本に降り立つ。合流に関しては後日連絡する』


「お待ちしている」


 そういって彼は口元をにやりと歪ませた。

 日本を拠点とした計画。ロボットの件ということもあり、この日本が重要地点として選ばれているようだった。だが、その詳細な理由はわからない。


「(……まだ実際に動かしてはいないが、なに、計画実行までに少しは時間がある)」


 計画実行までに、彼はこの視線の先にいる人型のモノを調整する手筈を考えていた。調整自体はそんなに時間は必要ない。各部の動作検証はすでに済ませている。あとは、ソフトウェアのインストール後、実際に動かすだけであった。


「日本政府も何らかの動きを見せているようだが……そちらの一味クレァンからの情報はどうかね?」


『動き始めてはいるらしいが、なに、こちらのほうで歯止めをかけている。公安のほうにいくつか分子を放っておいている。そこまで動きを止めることはできなくとも、その分多大な情報はもってこれるさ。尤も、限界はあるがな』


「あるだけ十分だ。そなたの組織の子分たちはよく働いてくれている」


『利害一致したから協力しているだけだ。そこはご勘違いなさらんよう願いたいな』


「ハハハ、わかっている。限度はわきまえているつもりだ」


 電話相手の男は大量の一味を持っているようだった。持っているだけでなく、公安などの重要機関にも一部を投げているという。

 数ある情報や資金提供ができるのも、そういった分子を多くの機関や企業に派遣し、ある種の“横領”を行っているからこそだった。

 この老人も、そのことは重々承知しているし、そもそもそれを半ばさせているのは彼自身であるようなものでもあった。


 彼にはそれほど、どうしてもその資金と施設が必要だったのだ。


「一応、今後のこちらの動きはそちらにも伝える。できる限りそちらに合わせていくつもりだ」


『よろしく頼む。日時は現状変えるつもりはない。そのつもりでいてくれ』


「わかった」


 そのような同意を得て、彼は電話を切ろうとした時だった。


『……しかし、なんだな』


「?」


 電話相手の男は話をそのまま続けた。ここからは半ば余談のようなものである。


『情報にあったから調査はしていたものの……まさか、本当にいたとはな』


「なんだ、あのロボットのことか?」


『ああ……強固なベールに包まれていたので一つ噂を聞きつけるのにも一苦労だった。その見返りは中々のものだったが……』


「驚くのも無理はない。だからこそ、私は“これ”を作った」


 そういって再び後ろのある人型のモノを見つめる。きっかけは、その強固なベールとやらに包まれた一体のロボットのことらしかった。

 彼はなんとも言えない、眉を歪ませた表情を浮かべさらに言った。


「日本は確かに情報保全能力を向上させたが……我々に比べたらまだ甘い面がある。それも、計画初期の段階ではそこまで保全体制はできていなかったのに、よくまあこんなのを作る計画を立てたものだ」


『とはいえ、実際にそれは現状脅威となっている。それこそ、まともに対抗できるのはそちらの作った“彼女”しかいないぞ』


「わかっている。こちらの手順は万全だ。必ずうまくいかせる。……ロボットのことなど、この数年で一気に叩き込んできたからな」


 彼女。どうやら後ろにいる人型のモノは女性形であるらしい。あくまで女性形というだけで、ほんとに女性の姿形なのかまでは確認できない。

 そのロボットに対抗するための存在……謎が深まるばかりであったが、その情報自体は、電話相手の男も共有しているようだった。


「計画が発動したら真っ先に脅威になるだろう……対抗は私に一任されたい」


『元よりそのつもりだ。我々人間では手に負えん。機械に対抗できるのは機械だけだ』


 老人はその言葉に大きく同意した。

 ロボットのような、人間以上の能力を持つ存在の魅力と怖さを、彼は大いに理解していた。だからこそ、この後ろにいる人型のモノを作ったともいえた。

 そして……この計画の“賛同者”を、募っていったともいえる。この電話先の男とその一味は、その一部だった。


 男はさらに続けた。


『何回か偵察は続けているが、これ以上情報は手に入りそうにない。今あるので十分か?』


「問題ない。今あるものでも十分“中身”を構成できる。あとは、実際に動いてくれるのを願ってくれていたまえ」


『了解した。うまくいくことを願うよ、ミスター』


 ミスター、という言葉に少し笑いが含まれていた。老人はそれをどう受け取ったかは知らないが、口元を少し歪ませる。笑みのつもりだろう。


『しかし、偵察してて思ったが……本当にあれを敵に回していいのか?』


「というと?」


『いや、真っ向から相手して勝てるような存在じゃない……それに、あれの取り巻きも厄介だ。中々な人材がそろってるように見える。詳しいことはこれっぽっちもわからんがな』


「だからこそのアレだ……大丈夫だ、うまく忍ばせる」


 忍ばせる、という意味に彼は若干含みを持たせた。

 どういう意味での忍ばせるなのだろうか。本当の意味でどこかに忍ばせるのか、それとも、ただの比喩なのか……彼の言葉のみでは判断することはできない。


『問題の取り巻きはどうする? 見た限りでは並大抵の人間ではないぞ』


「とはいえ、そっちの情報では5人にもみたいないとか言ってたではないか」


『取り巻き全体ではそうともいえんよ。アレに味方する人間など大量にいる』


「ふむ……」


 彼は顎に手を当て少し熟考したが、それでもその手を放しすぐに返した。


「なに、だからこそ再来週の日に実行に移すのだ。……奴らは、ちょうど孤立するタイミングだ」


『再来週……ただの計画日だろう。何かあるのか?』


「日本のネイビーの予定表をみてみるんだな。それも、ヨコスカのだ。……その日はちょうど、奴らは海に出る」


『なに? アイツらは陸の人間じゃないのか?』


「招待されているそうだ。これはチャンスだよミスター。……ちょうど海の上にいるところを、うまくいけば打てる」


『なるほど……確かに、海の上なら逃げ場はないな』


 彼らの言っているヨコスカの日程というのは、再来週に行われる体験航海の日であろう。

 その日には、日本国防海軍で毎年恒例で行われている体験航海で、ある巡洋艦が海に出ることになっていた。電話先の男は急いでネットか何かでその情報を見つけたらしく、電話越しに声を唸らせた。


『なるほどな……確かに、これならうまく打つこともできる』


「海の上なら行動も制限されるさ。だからこそ、そちらに頼んで分子を送ったんだ」


『あれはそういうことだったのか。なんだ、理由ぐらいさっさといってくれればいいものを』


「君はネタバレというのは嫌いだといってなかったかね?」


『アニメやドラマのフィクションに限るとも言ったぞ』


「ハハ、そうだったか。すまんな、老人はたまにボケる」


 そんな自虐ネタをかまして彼らは軽く笑いあった。

 すでに、その体験航海に対しての次の手は打っているようだ。分子を送って何をしでかすつもりなのか、そこはわからない。

 しかし、再来週何かが起こるというのは、これでほぼ間違いなくなった。


「ついでに取り巻き共も一層できれば万々歳だ。尤も、そう事が単純にいくとは思えないが」


『いかなくても、後々巻き返せる。情報は今後も収集する。ある程度揃ったら、そちらに提供しよう』


「わかった。……では、そろそろ時間もある。切るぞ」


『ああ。では、また後ほど』


 そういって彼は電話を切った。フゥ、と少し長い溜息を一つつくと、彼はその手に持っていたスマホをテーブルに置き、また再び、今度は大きなため息をついた。


「……彼も、随分なものを作った……」


 そして彼はそう小さく呟いた。関心とも、妬みとも、皮肉とも、どうとも取れそうなその言葉に含めた意味を知るのは、本人のみだった。


「この計画の一番の脅威となるだろう……それは間違いない……」


 半ば自分に言い聞かせるようにも見えた。

 自身が関わる計画の一番の障害。これに、そのロボットが大きな影響を与えるかもしれないと、彼の中では漠然とした予感を感じていた。


 しかし、彼は「だが……」と付け加えた。


「……一番の障害となるのはむしろ……」


 そこまで呟いた時である。


「主任。ここにいましたか」


 その部屋の扉が不意にあいた。音は静かで、横開きの自動ドアのようだった。

 中に入ってきたのは、大体40代ほどの日本人風味の男性だった。典型的な研究員にありそうな白衣に身を包み、手にはタブレットを持っている。


「君か、こんな夜遅くまで起きているとは珍しいな」


「遅くって言いながらまだ10時半じゃないですか……まあいいです。例の機体のソフトウェアデータのキーが完成しましたのでこちらを」


「ああ、すまないな」


 彼はタブレットを受け取り、それをUSBケーブルを通じて一つのテーブルに繋いだ。

 それは、例の人型のモノが置かれているベットでもあった。それに繋がれると、この二つの機器はリンクを接続するための準備に入る。


「やっと完成ですか」


「まあな。試験機をいくらか作って、やっとこさ完成にこぎつけた。……ここまで時間がかかるとは思わなかったがな」


「しかし、閉口無線等一部の機能はつけれないんですね」


「スペースが小さすぎる。さすがに私の技術ではどうしようもできん。人型のスペースには載せきれんよ」


 そう彼は手をひらひら振っていった。


 彼の作るロボットは他にもあったが、そういった細かい機器はつけれなかった。

 先の日本政府に改修されたロボットも、本来はつける予定だったのだが、音声合成に必要な機器の省スペース化に限界があり、代替策として、口内に無線機のみをつけて、言葉を実際に発せさせることで音声を届けさせていたという。

 その際は、人目に付く場合は電話中を装うなどしていた。それこそ、先日あの二人が件のロボットを捕える際にみたものがそうであった。


「民間の電話や外部無線機使えればいいんですけどね」


「あれは場所によって電波が民間の通信局を通ってしまう。秘匿性向上のためにはこうするしかない」


「まどろっこしいやり口ですな」


「まどろっこしくても、それで結果的に秘密が守られれば万々歳だ」


 結果的にバレなければいい。目的が完遂できるなら多少の苦労はするつもりであった。

 実際、アメリカなどではそういった民間での通信記録を取っているという説もある。数十年前に一人のCIA職員が漏らした情報の一つにそれがあったことで一躍有名となったが、実際ほんとにそうなのかは完全に証明することはできない。


 しかし、彼自身身分が身分のため世界各地で有名になり、実際にアメリカだとやりそうだという先入観も働いて半ば事実ととらえられることが多い。

 彼はそういった経緯もあり、いわゆる盗聴を警戒していた。自分たちが扱っている情報は外部には絶対に漏らすことが許されないものであるため、特に神経質になっていた。


 ゆえに、こうしたまどろっこしいことをしていたのである。とはいえ、それでも先の試験機の件で政府に一部情報が渡ってしまったが。


「あとはこれらのインストールですか……ちゃんと動けばいいんですが」


「何なら見ていくか、その目で」


「遠慮します。一々そういうのを見る時間もないですし、後からでも見れますし」


「フッ、君らしいな。時間の無駄は嫌いということか」


「たかだかロボットが起動するだけなのに付き合う必要もないでしょう。……ま、とにかく自分はこれにて失礼します」


「うむ」


 彼は終始そっけない応対をしながら、その部屋を後にした。

 彼自身、ロボット自体にそこまで愛着も思い入れもないようである。元々、ロボット開発に関しては補佐を務めていただけで、本格的に開発には関わってはいなかった。そこまで感情面で動くことがないのも、ある意味納得はできるだろう。


 再び一人となった彼は、ちょうどタブレットがベットを兼ねたテーブルとリンクがつながったことを確認した。

 これで、タブレットを通じてアップロードに必要な情報とキーを用いることができる。それらを使えば、あとは本体にソフトウェアをインストールさせるだけだった。


 彼はタブレットを操作しながら考えていた。


「(……これさえあれば、あのロボットにも対抗できる……)」


 彼自身、あのロボットには大きなこだわりを感じていた。自分自身が見たことない存在。だが、それに魅力も感じていた。

 魅力を見出したからこそ、彼はこの目の前にあるモノを作った。自分が見出した可能性を確かめるために。それこそ、自分の技術が通用するかを、確かめるためにも。


 これは、いわば試金石みたいな意味も含まれていた。


「(コイツで新風を巻き起こす……この腐った世の中に、新たな風を与えるのだ)」


 それは決意とも取れた。その顔は曇っている。憎しみとも、憐れみとも取れるその表情からは、今の現実に対する自身の思いや考えがにじみ出ていた。

 それこそが、彼の今の行動の原動力になっているともいえる。


 タブレットの操作にそこまで時間はかからない。キーを介し、インストールの準備が整うと、彼はその画面をタップした。


「あとは……時が来るのを待つだけだ」


 彼の胸は地味に高鳴った。

 もう少しで完成する。自身が自分なりに研究に研究を重ね、試作を重ねてようやく完成する“兵器”。

 その兵器の姿を見て、もうすぐ生まれるモノに対して、ある種の感慨を感じていた。


 ……しかし、それ以上はない。


「さて、今のうちに完了後の動きについて計画せねば……」


 そういってまたテーブルの元を離れようとした時だった。


「……ん?」


 またスマホのバイブがなった。不審に思いながらスマホを手に取ると、それは最初かかってきたあの男からだった。


「また? いったい何だ」


 怪訝な独り言を発しながら、彼は電話に出る。


「私だ。どうした、先ほどかけたばかりじゃないか」


『すまない。少し気になる情報が入ったので念のためそちらにもな』


「気になる? 何の情報だ」


『アメリカのCIAに潜んでいる者からだ。……アメリカの国務長官と一部の幹部が辞任したらしい』


「辞任?」


 アメリカ国務長官。日本でいう外務大臣であり、一部の幹部を含めて先ほど辞任をされたという。

 曰く、スキャンダルを先日パパラッチにでっち上げられ、その責任追及を受けて大統領が辞めさせたという。どうやら、執務をそっちのけで女性との交際を行っていた証拠を世論にばら撒かれたそうだ。

 だが、この腐った政治界隈ではあまり珍しい話ではないし、そもそも自分には関係ない話である。なぜわざわざ電話してくるのか。

 その理由はすぐに彼が話してくれた。


『CIAが……どうやら動いたらしい』


「なに?」


 彼はその言葉に一瞬不穏な予感を感じ取っていたが、すぐにそれは晴れることになる。


『いや、そっちが懸念していることではない。どうやら、政府内でも反発があるようでな……いわば、邪魔者を消し始めた』


「なんだ、国務長官がこちらの情報を流そうとしたとでもいうのか?」


『もしかしたらそうかもしれん。絶対にとは言い切れんがな』


「CIAの手引きでか?」


『わからん。あくまでCIAにいる分子から聞いたってだけだ。だが、可能性は否定できない。……何だかんだでお世話になってるだろうが、念のためそっちにも気を配っておいたほうがいい』


「……」


 彼はその言葉に妙な違和感を覚えた。

 CIA。政府。この老人がこれらの組織と何の関係を持っているのか。それはわからないが、だからこそ、その漠然とした違和感を持っているともいえる。


「(……奴らは何をしている……?)」


 いつもとは違う動きを敏感に感じ取った彼は、念のためとばかりに、


「CIAは所定通りの動きはしているのだろうな?」


『大丈夫だ。もとよりアンタの手引きもあって事は予定通りに進んでいる』


「ならいい。一応注意していてくれ。情報は随時私に」


『ああ、わかった』


 そのまま男は電話を切った。再び静寂が部屋を支配する。


 しかし、彼は思考に耽った。


「(政府内には情報は与えていないはず……それに、あれは改新党のみが関与するはずだった……)」


 ここでいう改新党とは、もちろんアメリカにて第三の政党として台頭を始めているアメリカ改新党のことである。

 彼の言葉からこの政党の名前が出てきたということは、何らかの関与をしているのだろう。しかし、彼の脳裏にはそれを踏まえておかしな違和感を感じ取っていた。


「(国務長官がなぜこれを知っている……あの人は改新党の人間ではないし、CIAが意図的に流したとも思えんが……)」


 電話に出ていた男の一味だったならまた話は別だが、仮に聞いても話してはくれないだろう。そういうところの機密保持に関しては彼らはすこぶるうるさい。

 組織の特性上、仮に彼があの男の一味だったとしても自分に教えてくれるほどお人よしではないはずだ。いくら利害関係が一致した味方同士だとはいえ、それとこれとは話が別だ。


「(……わからんな)」


 彼の頭ではここまでが限界だった。

 自身もお世話になっている母国の諜報機関が、何かおかしな行動を始めた。それだけだった。

 これと国務長官及び一部幹部の辞任が一体何を示すのか……出てくるのはほぼ主観のみを用いた仮説や推測論ばかりで、納得のいく答えは思いつかない。


「……これ以上考えても仕方ない」


 いくらか考えているうちに、彼は考えることを一旦やめた。

 納得のいく答えが出てくることが期待できない以上、考えても仕方ない。そのうち彼らからまた情報はくるだろう。それを待って、明確な回答を出すしかなかった。


 ……そのような外の問題より、


「……もうそろそろだな」


 彼の関心は、もっぱらこの目の前にあるモノにあった。


 もうすぐインストールも完了する。タブレットに表示されているプログレスバーはすでにインストールの90%を終えたことを示していた。


「(……もうすぐだ)」


 彼の胸の高鳴りが徐々に増す中、プログレスバーのメーターは100%を迎える。

 その瞬間、タブレットにはインストール完了の表示とともに、プログレスバーが消えた。先ほどまで駆動していたテーブル下の機械類も、一瞬にして鳴りを潜める。


 準備は完了した。インストール後のデータスキャンを行っても、問題は見当たらない。何とか成功したことを受け、彼は安堵の一息をついた。


「これがうまくいかんと始まらん……では、やるか……」


 そうつぶやいた彼は、再びタブレットを操作した。

 画面の表示が次々と変わる。ボディスキャン。データクリアリング。ウイルススキャン、及びリムーバル。駆動系のチェック。電子制御系……その項目は多岐に渡った。


 すべてのチェックが完了し、“本体”から“Clear”の信号を受け取る。すべて問題はないと、本体からの返答が来た。


「よし……」


 彼は一呼吸置くと、そのままタブレットを一回だけタップした。刹那、タブレットの電源は自動的に切られ、ボディとのリンクは切断される。

 頭脳的に素晴らしい才能を持つ彼とはいえ、このようにチャンスが限られる機会に立ち会うとなるといささか緊張を隠せなかった。それでも、冷静さを保ち、その後の反応を待つ。


「(どうだ……?)」


 無事うまくいくことを願いながらその目の前にあるモノを凝視する彼の目は、すぐに本体に現れた変化をとらえた。

 次第に、指先から腕、足、動体など、所々で各部の動きを確認するかのように細かく動き始めたのだ。


「おお……」


 思わず感嘆の声を上げる。動作試験のために実際に遠隔操作で動かしてみたことはあったものの、これはそういうものとはまた違った。すべて“自動”だった。

 彼はそのモノをより目を凝らして凝視する。

 本体は徐々に動きを活発化させ、ついにはその身を半分起き上がらせていった。

 自分の体をよく見るように顔や目を動かすと、今度は隣にいる少し若い見た目の老体に目を向けた。


 何も言葉を交わすことはない。だが、こうした自身の作ったモノが問題なく動いたことをその目で見た彼は、さらなる感嘆の声を上げた。


「素晴らしい……ようやく、ようやくここまできた……」


 感動の声ともいえた。それだけ、彼にとっては一つの偉業を成し遂げたのだ。しばらくの間、彼はそのまま固まっていた。





 その起き上がったロボットの目には、



 感動に打ちひしがれる老人の姿が、鮮明に映っていたという…………

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