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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第3章 ~動揺~
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自分たちの影

[数日後 PM20:10 千葉県習志野駐屯地 団長室]




 夕食後の習志野駐屯地本部棟。制服に着替えた俺たちは速足で団長室にやってきた。

 飯後にちょっと来てくれと、羽鳥さん経由で伝達された呼び出しだ。内容は大体察している。数日前のあの事件があったばかりだ。中身が中身だけに、これしかない。


 ドアの前でノックし入ると、中では鈴鹿団長と羽鳥さん、そして、久しぶりに顔を見る海部田の爺さんがいた。すでに到着していたようである。


「おう、きたか」


「すいません、少し遅れました」


「なに、気にするな」


 羽鳥さんが出迎えてくれた。彼もすでに制服に身を包み、手にはタブレットを携えている。


「爺さんも久しぶりだな。いつ以来だ?」


「4月に彼女を引き渡して以来じゃろ?」


「ああ、あれ以来あってなかったか。結構時間開いたもんだ」


 今は10月だからもうかれこれ半年か。随分と経つ。感覚としては早いが。


 久しぶりの再会もつかの間、そのまま羽鳥さんに促され、目の前のソファに座ってセンターテーブルを中心に5人は向かい合った。

 全員いることを見渡すと、頃合いとみて団長が口を開いた。


「じゃ、全員そろったな?」


「ええ。例の、あの件ですね?」


「ああ。察しがよくて助かる。羽鳥、タブレットで投影してくれ」


「了解」


 そのまま羽鳥さんは持っていたタブレットのカメラモードを切り替え、テーブル上にタブレットを乗せると画面に出てる内容をタブレット上に空間投影した。

 投影された画面を操作する羽鳥さんを横目に、団長は話し始めた。


「先日、お前ら二人が遭遇したあの人近似ロボットだが、国防当局とJSA主導による捜査をするうえで、向こうがお前らにも協力を仰いできた。ま、協力といってもよくある事情聴取だ」


「まあ、そんなことだろうと思ってましたよ。ですが、それにしては国防省から派遣される担当っていないんですね」


 こういう時はたいてい誰かがやってきそうなものだが、ここにいるので駐屯地関係者以外の人って言ったら爺さんくらいである。朝井補佐官のような国防省人員は来ていない。


「向こうも忙しいらしくてな。あまり人員は割けれんのだそうだ。それに、適当な理由をつけるとはいえいきなり国防省の人間を派遣することに、防諜面での危惧があるそうだ。だから、代わりに彼に来てもらった」


「爺さんに?」


「ああ。ただ単に兵器開発に伴う派遣研究調査という名目で来てもらってる。実際、陸軍兵器開発に於ける各種兵器運用調査のために、数人メンバーで手分けしてそこら近所の駐屯地のほうを回ってたところだったからな。彼は、ここの担当だったんだ」


「そういうわけで、ついでにちょっとこれ関連で聞いてこいと、儂に白羽の矢があたったってわけじゃ。納得したか?」


「ああ、なるほどね。理解した」


 国防省もこっちに一人ぐらい送る人すら足りないのか。いくら防諜面での理由もあるとはいえ、どんだけ人材不足何やら。もしくは、それほど先の人近似ロボットの件で人員を割きまくってるということなのか……。


 とはいえ、確かに爺さんなら秘密裏にユイの制作に関わってることもあるし、こういった事件にはうってつけの人材だろう。聞くところによれば、調査自体には爺さんもスポンサーとして密かに協力しているらしかった。


「だが、あの陸上装備研究所での技術研究官ってただの名目って言ってなかったか?」


「そうはいっても、名目がある以上実際にそれもやっとかんと怪しまれるからのぅ。成果も定期的に発表せんといかんし」


「あぁ、それもそうか……」


 名目あるのに幽霊部員よろしく仕事してなかったらそら怪しまれるわな。そらそうだ。


「まあ、とにかくそういうわけだ。だから彼には今回の君たちの事情聴取に対しての、いわば臨時の派遣調査官みたいなものだ。そこんところ、よろしく頼む」


 団長が話を戻すついでに想念を押した。俺らも軽く頷いて了承する。

 すると、羽鳥さんがちょうどタブレット、もとい空間投影されたデータを揃え終えたらしい。


「データ、準備できました」


「よし。では簡単に、先の事件について簡単にお浚いしよう。その過程で、お前らにもいろいろ質問する」


 団長がそういって羽鳥さんにアイコンタクトをとると、羽鳥さんは投影されたデータを操作して一つの画像を取り出した。


「これは?」


「先の人近似ロボットの大まかな概要だ。制作には、海部田先生の協力も受けている」


 団長が羽鳥さんよりテーブル上でそのデータを受け取ると、再び何度か空間上でタップして俺たちの元に出した。


「念のため聞くが、容姿自体はこれで間違いないな?」


「ええ、間違いないです」


「この忌々しいぐらいのハンサム野郎は間違いなくそうですな」


 和弥よ、お前コイツに何のうらみがあるんだ。


「そこまでハンサムかコイツ……? まあいいや。それで、この男を最初に確認したのが……」


「喫茶店内です。場所はすでに団長のほうにも渡っているかと」


「ああ。そこはすでに承知している。では、時間帯を聞きたい。コイツを最初にみたのはいつだ?」


「ちょい夕方だったよな? 時計みたか?」


「えっと……」


 和弥が頭にトントンと指をつつきながら思い出した。


「確か、午後の3時半頃だったはずです。俺たちが最初にアイツを見たのは、その時でした」


「その前からいたかどうかは?」


「いえ、それ以前はさすがに……」


「そうか。だが、その時間からいたのは確かだな?」


「はい。ちょうどその時、タブレット使ってましたから」


 これは和弥と地震に関して話していた時のことだ。あの時、ちょうどタブレットを使っていた。

 タブレットの隅っこにデジタル時計も表示されている。運よくそれで確認できたんだろう。俺は見てなかったが。


「よし。じゃあそのあとの行動を今一度詳しく聞かせてほしい。当局での調査に用いらせてもらう」


「はい。えっと、そのあとは……」


 そこからは和弥と一緒にあのロボットを見た後の行動を詳しく説明した。

 明らかに俺たちを意識した行動をしていたこと。一定距離を保ってついてくる明らかなストーカー行為に走っていたこと。ビル群の路地に追い込んで事情を聞き出そうとした時のこと。

「やまと」の単語を口にしていたところは、団長たちも首を前に若干突き出して聞いていた。


「……やまとといえば、あの海軍の巡洋艦だな?」


「はい。会話内容から、あそこで何かしでかすんじゃないかと……」


「ふむ……やまとでか……」


 さすがにこの場で答えを出すことはできなかったが、この点に関しては未だに謎が多い点として記録に残された。あとで色々調査にかけるという。


 他にも、俺たちが持ち得る情報をすべて提供した。そして、最後の投げた時の、あの男の本当の姿も話のラストに加えた。


 さらに、妙に感情表現が乏しかったことも付け加えた。これについては爺さんから何かヒントが来るのではと思っていたが、「後で話す」とはぐらかされた。

 しかし、これらの情報は団長たちにとっては興味深いものだったらしく、羽鳥さんにしっかりデータを取らせた。ついでに、爺さんも爺さんで手に持っているスマホ型の端末に色々と記録を残している。


「―――で、足止めのために投げたとき首がちょうど折れてしまい、あの機械部分が露出したと」


「はい。思わず人殺しでもしちゃったかとヒヤヒヤしましたよ」


「その代り器物破損紛いのことしたがな」


「ハハハ……言い訳できんです」


 実際、人ではなく「モノ」だったってだけで、壊したことには変わりはないわけである。

 しかし、現在の法律上、世間に出回ってるロボットを違法に破壊した場合は問答無用で器物損壊罪の対象となるが、こうした人近似ロボットに対してはさすがに規定がない。団長が、あくまで「紛い」とつけたのはそういった理由がある。


 まだそういった人近似ロボットが世に普及されてないからということもあるが、理由としてはそれだけではない。将来的には世に現れるだろう人近似ロボットを「モノ」とするか「ヒト」とするかで、すでに世界各地で様々な議論を呼んでおり、そこに政治的・経済的観点から様々な思惑も絡むためぶっちゃけ収集が付かないのだ。

 自分たちの国ではこうする、ということで法律に規定することもできなくはないが、そうはいっても死刑判決一つをとってもどこぞの団体が廃止を全力で求めたりする世の中である。そう簡単には事はうまく運んでくれない。しかも、今は情報化社会なのでそういった団体の影響力というのは様々な方面に波及する。


 そういうわけで、こうした人近似ロボットの法律上での規定の明確化に足踏みをしているのが現状だった。特に、ロボットが普及し、ここでのロボットの運用がグローバルスタンダードとして世界中に発信されるほど、ロボット社会に対する影響力が強い日本だとそうした傾向が顕著にある。

 ロボットに関して下手なことをすれば、そういった団体から猛反発がくるのは必至だった。影響が政治にまで及べば、日本としても悪影響しかない。


 ……そんなこともあり、いまみたいな人近似ロボットに対する規定がないため、はっきり言ってどう対処すればいいのかわからないのが現状だった。そのため……、


「まあ、お前らが警察に渡さずこっちに一報入れてくれてよかったわ……面倒な事態にならなくて済む」


「でもこれ、どこぞの刑事ドラマだと悪役がやることですよね……」


「そうはいったって、こればっかりは混乱しか招かん。実際、世の中には情報は出てないし問題は最小限で済むだろう」


 団長はそういっていたが、あまりこういうことに対しては気分がすぐれないのが正直だった。



 ……実はあの後、俺は速攻で警察に投げようと思ったのだが、そこで和弥が待ったをかけたのだ。


「このまま警察に渡したら大混乱じゃね? こんなロボット今までに出たことないだろ?」


 俺はその瞬間、手に持っていたiPhoneの画面をタップする指を止めた。


 確かにそうだった。人近似ロボット“自体”は、それまがいの者は何度も世間で発表はされていたが、しかし、“人の動きや対人コミュニケーションまでリアルに再現する”ロボットは今までに出ていない。

 ユイがそれの初の例だが、アイツは世間ではまだ存在していないことになっている。一般人が知るはずもない。


 つまり、世間一般では「外見が人にそっくりなのはたまに見るが、対人表現まで人そっくりなものはまだできない」ということが常識となっているのだ。


 そんな中で、いくら感情表現が乏しいとはいえリアルなコミュニケーション能力を持つこの人近似ロボットの存在を世間に出したら少なくない混乱が起きるだろう。

 形が形ならまだよかったかもしれない。大学なりの発表で、「リアルな会話ができるロボットができました」って言ってこれをだせば、賞賛は起きれど混乱はそこまで起きない。精々、これによって宗教的議論が起きるぐらいだ。


 ……だが、コイツが世間に出すきっかけになったのは「ストーカー行為という名の“犯罪”」である。世間に発表されたわけでもないコイツが、人間社会に隠れてそんな一歩間違えれば危ない領域に入る犯罪行為をしていたとなれば、ネット内外では大きな反響が来るだろう。もちろん、悪い意味での反響だ。


「(このまま警察に出したら当然世間には発表されるし……最悪、その過程でユイのことも……)」


 あくまで最悪のパターンだが、捜査の過程でユイに関する情報まで警察に捕まれたらマズイことになる。アイツの存在はしかるべき時に、しかるべき形でするという手筈だった。それ以外の状況でアイツの存在がバレてしまっては混乱を冗長させるだけだった。


「(……警察に渡すのは少しマズイ)」


 そう考えた俺は、どう考えても好まれた行為ではないが“一種の超無理やりな緊急避難措置”として、その人近似ロボットを近くの路地脇の陰に隠し、和弥をそこに監視役として置いた後、そのまま駐屯地に先に帰って羽鳥さんに事のあらましを説明した。


 当然、最初は「とうとうボケたか?」とこれっぽっちも信じてもらえなかったが、事前にiPhoneで撮影しておいた、人近似ロボットの機械部分が露出した首元の写真を見せると、一瞬にして態度は一変し、顔面を蒼白とさせていた。


「どういうことだ……し、CGではないな!?」


「iPhoneでこんなリアルなCGが取れますか!」


 そんな押し問答が数分続いた。あれほど焦燥感を露わにした羽鳥さんはあまりみたことがなかった。

 何とか事情を把握した羽鳥さんは、すぐさま団長に報告。さらに、そこから国防省、及び政府諸機関に情報が周った。

 俺が事前に撮った写真が証拠としてうまく働いてくれたらしく、当局の動きは早かった。


 国防省がJSAに一任する形で、その日のうちに例の人近似ロボットを回収。現地に待機させていた和弥と合流して回収作業を手伝うと、その後の調査等は向こうに任せ、俺たちはすぐさま駐屯地に踵を返した。




 ……これが、あの後の行動の大まかな要諦である。あの時、羽鳥さんたちの動揺ったらなかった。


「なに、緊急避難としてお前らの行動は処理しておく。一々気にする必要はない」


「はぁ……」


 そうはいっても、理由が理由とはいえあまり好まれた行動ではないため、内心は複雑である。もう少しほかにやりようはなかったんではないかと、今でも考えてしまう。尤も、過ぎたことを今更言ったって仕方ないわけだが。


「とにかく、お前らが体験した事情の要諦はわかった。この情報は捜査当局に持ちよらせよう。……それじゃ、後はこっちで処理しておくゆえ、二人はそのまま退いて―――」


 そういって団長が立ち上がろうとした時だった。


「っと、その前に一つよろしいですか?」


 和弥が小さく右手を上げて団長の動きを暗に制止させた。


「ん? どうした斯波伍長。何か不明な点でもあるのか?」


「まあ、不明な点というか……お聞きしたいことがですね?」


「?」


 和弥は胸の前に手を組んでそういった。まるでセールスマンが宣伝文句を饒舌に謳うときのアレみたいである。表情もどこかニヤけたものだった。

 団長が訝しげな表情を浮かべる中、和弥はさらに続けた。


「その……ですね? 例の人近似ロボットのことっていろいろ聞けるかなぁ~と……」


「ッ!」


「なぁ~ってお前……」


 よく団長に対してそんなあからさまにバカにした口調だせるなお前。そしてそれに対して過度にブチ切れない団長もすげえなおい。

 団長は和弥の真意を察してか、思わずフッと小さく噴き出していた。


「……なんだ、対価ということか?」


「いえいえ、対価なんてもんじゃございません。ただ、やはり当事者としては気になりましてねぇ……」


 そういう和弥の目は完全にTVショッピングに出てくる販売員のそれである。あまり気分のいいものではないはずなのだが、この団長、肝っ玉が据わってるのか全然無反応である。隣にいる羽鳥さんがアワアワ焦っているのを完全無視である。


「……簡単に聞けるとは思っていないな?」


「まさか。聞けたらの話ですよ。……聞けたら、ね」


 最後のほうは小さく呟いたつもりなんだろうが、完全に向こうに聞こえている。上司に対してすらこの下手すりゃ舐め腐ったともとられかねない態度である。バカなんだか度胸あるんだかわからない。

 そして、その光景をただただ眺めているだけの爺さんはそろそろ羽鳥さんあたりに助け船出してやってくれよと。


 ……しかし、俺の予想に反して団長は口元を歪ませて羽鳥さんに短く言った。


「……いいだろう。羽鳥、ファイルを貸してくれ」


「え?」


 和弥の希望を団長は聞き入れたようだった。羽鳥さんに空間投影画面を貸すよう要求し、受け取るや否やそのデータを漁り始めた。


「いいんですか? あまり公表できる内容では……」


「この二人も当事者だ。知っておく権利はある。それに、機密保持に関しては信頼性はあるさ。“彼女”の試験にも表立って活躍してるからな」


 羽鳥さんの困惑気味の質問にそう答えていた。

 団長自身、和弥の素質等に関してはそこそこ知っていた。団長自身も、何かあればプライベートな時に情報屋としての素質を借りることもある。情報の取り扱いには一定の常識があることはよくよく知っていた。


 これから聞く情報はあまり外部には出せないもののはずだが、和弥のそういった素質を買ってのことなのかもしれない。……俺はもとより国家機密の相棒やってることもあって機密保持の信頼性はあるから問題はないっちゃないが。


「とはいえ、本当に最低限しか出せんぞ。対価は少ないほうだが、いいか?」


「問題ありません。ちょっとだけでもいいんで聞きたかっただけですし」


「ふん、まったく、お前の情報欲求は底を知らんな。……よし、これならコイツらに出しても大丈夫だろう」


 そういって団長が投影画面に出したのは、先ほど出していた人近似ロボットの概要にさらに詳しい説明を付け加えたものだった。しかし、所々難しいワードもあるためすべてをパッと見で理解することはできない。


「先ほどの人近似ロボットだが……海部田先生らを中心とした研究チームが独自で調べたみたところ、興味深い事実が判明した」


「興味深い事実?」


「ああ。これに関しては、俺より海部田先生のほうから聞いたほうが早いだろう。すみませんが、お願いできますか」


「うむ、任されよう」


 爺さんは団長からデータを受け取ると、団長から俺たちに話せる部分を簡単に説明してもらい、俺たちに対して解説を始めた。


「こっちのほうでの調査での成果はいろいろあったが、まずは、このロボット自体は我々が行っているロボットの設計思想とは違うものだということじゃ」


「設計思想が違う?」


 俺がそう聞き返すと、爺さんは頷いてつづけた。


「うむ。主にハード面、つまりボディ設計のほうなんじゃがな。設計の根本は同じなんじゃが、細部では大なり小なりで相違がある。まあ、要は我々とは違う誰かが、我々とは違う独自の方法で作ったのはこれで間違いないということじゃ」


「爺さんたちの技術を使ったわけじゃないってことか……」


 爺さんたちが使ってるようなPCをクラッキングして、データを奪ってそれをコピー&ペースト、っていうのは昔からよくあった。

 例えば、かつての共産制中国が外国のPCハックして、兵器データをパクってきてそれで兵器開発をした事例などがその典型的なものとして挙げられる。


 しかし、今回のものはそれまがいのことは起きなかったらしい。ハード面でそういったコピペが行われているなら、中身もほぼ同じでないとおかしいからだ。だが、調査を進めたところ、細かいところでボディ設計に違いが見えていたという。


 だが、それだけではないと爺さんは話す。


「ボディに備えられた機器を詳しく調べたんじゃがな、それらの中に感情表現を司る演算機器は搭載されてなかったんじゃ」


「は? マジで?」


「マジじゃ。正確には、メイン・サブ両演算機器の演算対象に、リアルタイムでの情動表現の算出演算が含まれてなかったんじゃよ。あったのは、あくまで外部に出力するだけじゃった」


「おいおい、じゃあどうやってあれを……」


 俺はその事実に少し困惑したが、和弥は「?」を頭に大量に浮かべたらしく首をかしげていた。和弥だけではない。ロボットに詳しいわけではない団長や羽鳥さんもそんな感じである。


「ああ、すまん。つまりどういうことだ?」


 羽鳥さんがそう俺に聞いてきたため、簡単に説明する。


「えっと、つまりユイに例えますと、例えば、新澤さんあたりがユイに対して「今日も可愛いわね」みたいなこと言ったとします。通常、アイツの性格から考えればその時に表現する感情は「照れ笑い」か、または「ドヤ顔」のどちらか、またはこれを足して二で割った感じです」


「なんでそこまでリアルな予測ができるんだよ」


「伊達にアイツの相棒やってねえよ」


 こちとらかれこれ半年もやってんだよ。


「その時、仮に前者の「照れ笑い」のほうで感情を表現したとすると、「ここでは照れ笑いをするのが妥当だ」と判断してから、それを電気信号で顔の人工表筋組織や手などに伝え、“しぐさ”として外部に感情という形で表現します。ここまではよろしいですね?」


「ああ。そこは大体感覚でわかる」


「ええ。その時、ユイがしなければならないのは主に二つ。“「可愛い」と言われたときに相手に出す感情の選定”と、“その選定した感情を外部にどう表現するか”です。さらに言えば、可愛いといわれたとき、笑うか、誇るか、そういった感情を選ぶのと、そのあとに、その選んだ感情を、顔の表情や手の動きにどのように反映させるかといった感じです。微笑んだり、ニヤッとさせたりなどですね。……で、その例の人近似ロボットの場合、前者のほうがないんですよ」


「前者……つまり、どの感情を用いるか選定するための演算機能がなかったのか?」


「そういうことです」


 ここまでの説明で、羽鳥さん他3名は納得してくれた。


 さっき例に出したユイなら、「この時どういう感情を出すか」から「この感情を外部にどう表現するか」まですべて自分自身に備わっているAIがしてくれる。というか、実質自分でどれにするか、人間でいう“無意識”で判断している。


 だが、その人近似ロボットにはその最初の部分がない。あるのは、その感情を外部に表現するための機能だけだが、その感情を選ぶための機能が備わっていない以上、どうやってあの時感情表現をしていたのか疑問に残る。

 確かに最低限のものしかなかったとはいえ、まったくなかったわけではない。和弥が走り出した時、追跡がバレたと気づいて焦りを見せる場面もあったし、路地で挟まれたとき、俺のほうに走ってくる直前に舌打ちをして顔の表情を歪ませたりもしていた。

 それくらいの、最低限中の最低限の感情表現はできるのである。


 ……その“最低限中の最低限の感情”をどこで選んだのか。その答えは、爺さんが教えてくれた。


「それなんじゃが、通信記録というものがあった。どうやら専用の通信機器を備えていたようでな、感情表現に必要なデータは外部から通信という形で受け取っていたらしい」


「外部から? じゃあ、あのロボットはその通信で受け取ったデータを基に感情表現をしてたってだけ?」


「じゃろうな。じゃが、感情表現に用いるデータというのは中々に膨大じゃ。通常の無線通信を使うには容量がデカすぎてしまうし、ましてやあの市街地じゃ無線がつながりにくいこともあって尚更じゃ。そっちが言う最低限の感情しかなかったというのも、おそらくそこに理由があるんじゃろうな」


「なるほど……」


 感情表現に必要なデータが膨大過ぎて、無線通信だけではすべて送り切れないってことか。コミュニケーションで必要な感情表現はリアルタイムで常に反映させなければならない。一つの感情データを送るだけでも膨大なのに、それをひっきりなしに続けるとなると負担は通信機器と受け取り先の演算機器のほうにかかる。

 そのうち、感情表現のデータの受け取りにタイムラグが発生し、コミュニケーションにリアルタイムで反映させるのに支障がでるだろう。だからこそ、感情表現のデータをとにかく小さくし、そのラグなどによって対人コミュニケーションに感情表現面での障害が起きるのを防いでいたのだ。


 さらに聞けば、無線通信をさせていたデータはそれだけではない。会話内容やコミュニケーションに必要なデータのほとんどは外部危機に依存させているようだった。これじゃ半ば“遠隔操作”みたいなものである。

 ロボットを動かすAIが、ほぼ完全に外部危機に依存されていて、あのロボットに入っていたのは自分自身を動かすための動作機器と、あと感情表現を出力する機能だけとみていいと爺さんは言葉を付け加えた。

 とはいえ、ロボット側の演算処理能力を最大点抑え、なおかつ人間っぽく見せる手法は、実際に体験した身としては中々見事なものだった。完全に騙されていたからな。


 ……こうしてみると、あれだけ感情表現に差がなかったのも納得できる。スペックの限界が、この感情表現の乏しさを引き起こしたのだ。


「(……あれ、そう考えるとアイツってやっぱりめちゃくちゃすごいのか?)」


 ユイがあれだけリアルタイムでバリバリ喜怒哀楽プラスαの感情表現ができるのって、実は俺が思っている以上にすごいことなのかもしれない。そりゃあ本人もドヤ顔連発するわな。


「……じゃが、問題はそこではないんじゃ」


「え?」


 爺さんはその表情を若干曇らせた。


「技術面ではそういった感情表現データを無線通信で送って、ボディに備えている演算機器の負担を減らすってことはできなくはない。実際、最初彼女の感情表現もそういったシステムにしようと構想は練っていた」


「ユイのやつか?」


「ああ。じゃが、完全自律型を目指す以上外部の機器に依存するべきではないと考え、あのようにすべて彼女の本体に詰め込んだんじゃが……その機能を、すべてボディに詰め込むのは難しい。実際、儂らが開発過程で一番苦労したのはそこじゃな。じゃが、これの場合はそうではなく外部機器に依存させている。……しかし、そういう“事実”はもう確定事項じゃ」


「はぁ、そうだろうな……で、それのどこが問題なんだ?」


「わからぬか? ……外部機器に依存させてる上、感情表現のレパートリーも少ないとはいえ、誰かが独自で“感情表現を司る機器を作った”ということじゃ。儂らじゃない、どこかの誰かが」


「ッ!」


 ここにいる全員が、爺さんの言わんとすることを改めて理解した。


 確かに、あの人近似ロボットの感情表現リソースは外部機器に依存しているが、逆を返せば感情表現に使うリソースとなる機器を“誰かが作った”ということになる。

 満足に感情表現できるロボットなんてユイしかいない。この人近似ロボットは不完全なものだ。だが、それでも感情表現をしていることに変わりはない。

 している以上、それを演算する機器、ないし機能を誰かが作ったことになる。


 ……とてつもなく高度なシステムになる。爺さんぐらいの人材ですら時間と資金を膨大にかけて初めて成り立つぐらいの代物だ。

 そんじょそこらの素人システムエンジニアが、サリン感覚で簡単に作れる代物ではない。


「(爺さん以外で、不完全とはいえこの“高度なシステムを作った誰か”が存在するということになる……?)」


 爺さんほどの人材がそうそういるとは思えない。爺さんですら、世界各国から天才ジーニアスともてはやされるぐらいの逸材中の逸材だ。


 逆を言えば、これを作った人はそれだけ簡単に絞られるということにもなるが……


「何か、それに該当しそうな人っていますかね?」


 和弥がそう聞くと、爺さんが数秒ほど目を閉じ顔を俯かせて考えた後、小さく言った。


「……一人だけ、やりそうな奴はおる」


「え!?」


 その発言に俺らは驚いた。爺さんほどの逸材が、まだ一人いるという。しかも、爺さんの知っている人物でだ。

 俺たちの驚愕をよそに、爺さんはつづけた。


「一人だけじゃが、仮に儂以外でこれを作れる人材を揚げるとすれば彼しかおらんじゃろう。それ以外は思いつかん」


「その彼って、誰なんだよ?」


「ふむ……。おそらく、知ってる人は知ってるじゃろうが……」






「……聞いたことあるかの。『ノーマン・ハリス』」





「……ノーマンハリス?」


 俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。

 な~んかどっかで聞いたことあるようなないような名前だが……誰だったっけ? 理系の人だったような


「あ、ノーマンハリスって、あの量子コンピューター学会の権威だった人ですよね?」


「ほう、さすがは情報屋じゃな。そこは知っとるのか」


「それくらいしか取り柄ありませんゆえ」


 そういって二人は軽く笑いあった。情報屋にかかればそこはさすがに情報として知っているらしい。

 量子コンピューター学会の権威とはいうものの、俺の記憶からはほんとにかすかにしか残っていないらしい。あまり思い出せない。


「すまん、どんな奴だったっけ?」


 すかさず和弥に助けを求めた。


「『ノーマン・ハリス』ってったら量子コンピューター界隈では有名だろ? 世の量子コンピューター技術の世界的な急発達のきっかけを作った人物だ。この人いなかったら今頃量子コンピューターは商業展開は言ってたかわからねえよ」


「マジか、そんな人だったのか」


 さらに、和弥の説明は続く。

 アメリカ国籍は持っているものの、彼自身はアメリカ人とドイツ人のハーフらしい。幼少期からロボット工学を中心として学んでいて、若いときには量子コンピューターにも手を出し、そっちの界隈でも有名な逸材として名を挙げていたとか。彼の研究成果は、現在の量子コンピューターにも役立てられているそうだ。

 爺さんが作ったセミブレイン型量子ニューロコンピューターの基礎もここからきており、彼がいなかったらこのセミブレイン型すらできてたかわからないとかなんとか。


 ……さりげなしにすんごい人である。あれ、これ量子ニューロコンピューターにも関わってるなら俺覚えてるんじゃないか? 大学で触れそうな人物だよな? もしかして本当にド忘れしただけか? 俺の記憶案外脆いなオイ。


「―――で、その後しばらくは国防高等研究計画局(DARPA)局長として様々な無人兵器開発に協力してたわけだけど……」


「けど?」


「……その人、今いないんだよな」


「え? なに、亡くなっちゃったわけ?」


 いないと聞いて即行でそれが思い浮かんだが、和弥は首を横に振った。


「んにゃ、正確には行方不明って感じだ。なんか研究に明け暮れまくったら家族ほったらかして家庭不和が起きたり、研究自体が思うように進まなかったりーって感じで色々とあったらしくてな。10年前前後くらいに突如として行方くらましてんだわ。警察も探したらしいんだけどよ、これっぽっちも見つかんねえからってんで捜査打ち切りして行方不明という名の事実上の死亡扱いだよ。天才がいきなり行方不明っていうこともあって当時すっごい話題になったんだが……、覚えてない? ニュースとか」


「あー……すまん、覚えてない」


「オイオイお前これ系の話題得意だろう……」


 和弥が呆れ半分で顔に手を当ててそう言った。

 聞けば聞くほど俺が間違いなく食いつくタイプの人材の話題なのに、俺はすっかり忘れてたらしい。歴史にはあまり興味ない人間だったっけか俺。


「まあとにかく、今の量子コンピューターを語る上では欠かせない人物だってこと。彼の功績は高いよ。そのまま海部田さんの功績にも直結してるからな」


「そうなのか……」


 彼の研究成果を基に、爺さんが極めたって意味では、確かに彼の功績は欠かせないかもしれないな。

 ……下手すれば、その延長の延長で、爺さんが作ったユイすら今俺のすぐ近くにいなかったかもしれないのだ。そう考えると、なんとも感謝しなければならない人物であろう。


 ……そして、爺さんは和弥の話が終わったとみて横から割って入る。


「彼は元々量子コンピューターを通じて、人工知能関連の研究もしていたし、実際それに関する研究成果や論文も発表していた。儂も幾度か参考にさせてもらってるくらいには優秀なものじゃ。……そんな彼なら、時間さえかければやれないことはないかもしれん」


「だが、その人ってもうどこにいるかわからないんだろ?」


「ああ。……じゃが、たまにあるじゃろ? 行方不明ってだけで、実は裏ではいろいろ暗躍してた、みたいな陰謀ものがの」


「陰謀ものって、そんなB級映画にありそうなこと……」


 安っぽい映画にしかないだろうそんな展開。実際そんな誰にもバレずに生きていくなんて簡単にはできない。どこかで隠居生活とはいっても、外部からの支援を受けないと簡単には生活できないはずだ。

 ……仮に彼がそんな状態だとしてだ。その彼の手元にあれだけのものを作る金があるとは思えない。あと、施設もあるとは思えない。


 あの人近似ロボットの外部設置型のAIを作ったのは彼だとするのは、少し無理があった。


「……一応聞くけどさ、他に誰かいない?」


「いや、儂の知る範囲では彼以外おらん……元々、こんな高度なシステムを作れる人材などたかがしれてる」


「それだけに、こんなものがあるとしか思えないと知った時はさぞビックリしたろうな?」


「ぎっくり腰になるところじゃったわ」


「だろうね」


 思わず俺は吹き出した。爺さんらしいリアクションだ。そりゃ、こんなシステムを第三者の人間が作ったと知ればそういう反応にもなろう。


「仮にそのハリスという科学者がそれを作ったとしてだ……なぜこんなものを作ったんだ?」


 先ほどまで黙って聞いていた羽鳥さんがそういってきた。


 確かに、それもある。百歩譲って彼がこれを作ったとしてだ。なぜわざわざ隠れてこそこそ作っては、俺たちを追跡させるためのロボットに乗せたのかわからない。

 ボディだけは外部の人間に作らせて、そのAIの部分は彼に強引に作らせたりでもしたのか? そうなると今度は彼を強引に動かすその存在が気になるわけだが……


 爺さんもそこは首を傾げた。


「そこは知らん。元々、あんなロボットは簡単には作れんしのう。何かの明確な目的がないとわざわざ作る必要もないはずじゃが……それがわかれば苦労はせんの」


「つっても、彼が作ったのって精々AI部分だけだろ? 他のボディとかは外部発注でもいけんじゃねえか?」


「いや、そうでもない」


「え?」


 爺さんは俺の予想に反した答えを投げてきた。


「先ほども言ったように、不完全とはいえあの感情表現を再現させるとなれば、相当なAIが必要じゃが、それだけではなく、それを外部に出力するための機能も必要じゃ。人間でいう表情筋とかの」


「それを作ったのも……彼かもしんないってか?」


「可能性としてはの。量子コンピューターと同時並行でロボット工学にも手を出してはいたそうじゃし、できなくはない」


「う~ん……」


 謎が深まってばかりだった。

 さらに爺さん曰く、そもそもの問題としてロボットとしての機能を人間の外見を保ったままで備えるということ自体も相当な技術だ。実際、ユイみたいに人間そっくりのロボットが今まで普及しなかったのはそういう理由がある。


 たまに人そっくりの奴は出てくるが、今あるロボットやユイみたいに自由自在には動けない。姿勢制御などでまだ課題があるのだ。


 ……それらの機能を、人そっくりの見た目を維持して保持する技術も、並の技術者では無理だということだった。それこそ、彼みたいな頭脳的チートを持つ人でないと無理だということだった。


「……そういうこともあってな。彼ぐらいしか思いつかん。とはいえ、今現在行方不明の彼がどこまで関与しているか未知数じゃが……」


「だが、可能性がある以上当局としても調べる必要がある。現在、JSAが彼の行方を全力で調査しているところだ」


 団長が爺さんの話に付け加えた。

 行方不明になった舞台がアメリカであることもあり、活動範囲もそっちに広げるという。JSAも大変である。


「……よし、まあこんなところでいいだろう。そろそろ時間だ」


 団長が頃合いとみてそう言った。時計を見れば、もうかれこれ1時間を回ろうとしている。結構長い間話し込んでいたようだ。


「お前ら二人もお疲れさん。今日はもう休んでいいぞ」


「はい、了解です」


 話し込んでいたら疲れもドッと出てきた。今日はもう部屋に行ってベットに突入することになるだろう。和弥もさっきから肩をもむ手が止まらない。


 ……しかしまぁ……


「……俺たちの知らない裏で、一体何が起きてるんですかね?」


 ふと、そんなことを呟いた。

 声自体は周りにも届いていた。その言葉に、全員表情を曇らせる。


「そこはわからん……だが、俺たちの認知できる範囲の外で、ある種の異変が起きているのは確かだ」


「先の政府専用機から始まり、とんとん拍子でテロやら何やらが起きて、今度はこれですか……はてさて、何が起きてるんやら」


 団長の言葉に和弥が少し気だるそうにいった。だが、その表情は全然けだるそうではない。真剣みを増しているものだった。


「ただ単に研究開発に勤しむだけの身だと思っていた儂じゃが……、これは、他人事では済みそうにないのう」


「みたいだな、爺さん。ご老体なのにご苦労さん」


「まったくじゃ……物騒な世の中なのは昔からかわらんのう」


 老人が言うとどことなく説得力があるな。長く生きているだけに。

 その爺さんの言葉に、羽鳥さんも大きく頷いていた。


「先の東京エキサイトシティホールもそうだし、それに、今回のこれ。そんでもって今度はうちらの部隊が招待を受けている『やまと』……。なんだ、一体何が起こってるんだ……?」


 顔を大きくゆがませる羽鳥さん。半ばお手上げともいえるその表情に、俺は同意の念を抱くとともに小さく溜息ついた。


 俺の周りで、どんどんと新しい事件や出来事が起き始めている……この頻度は、明らかに異常だった。


「(……何が起きてるんだ……)」


 その視線の先には、テーブル上に空間投影されている人近似ロボットのデータ。詳細な説明が付与されていたが、俺はそれが頭に入らない。


 もっぱら、今周りで起こっている異常な事態の数々に頭を巡らせていた。



 ……政府専用機から始まり、妙に俺の周りでよく起こる異常事態。


 下手すれば、今回みたいにユイの身にも影響が及ぶ可能性すらあった事態も含まれていた。まるで、申し合わせていたように一気に増えていっている。



 ……そして、次は『やまと』という伏線すら生まれていた。正直もう疲れてる。


 俺は深くため息をついた。



「(……ったく、一体何がどうなってるんだ……)」



 日頃の疲労もあり、俺は片手で頭を抱えてしまった。


 一体全体なにがおきてるのか、これっぽっりもわからない。さっぱりだ。


 だがしかし、それでも、これだけは言えた。



 俺らの周りで、確実に……





 何らかの、大きな異変が起き始めてるということを…………

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