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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第3章 ~動揺~
72/181

休めない休日 1

[同日 PM03:25 千葉県千葉市内喫茶店]





「―――そうか、わかった。じゃあそっちも頑張れよ。せっかくの全国なんだからな。ネット中継してた? してる? じゃあ時間になったらこっちから見るわ。どうせ今日休みだしな。……おう、そんじゃ」


 まだまだ暑さが残る午後の日。和弥はそんなやり取りを終えてスマホの通話を切った。


「無事ライブは始まるってさ。喉の調子も問題ないし、事前に施設は入念にチェックしたが問題ないから大丈夫だろうって」


「そうか。ま、あれだけのことがあったんだ。チェックもしっかりしてるだろうしいけるだろう」


 俺もそんな意見を残した。


 休日の午後。いつも通り休みを取った俺たちは、ユイを新澤さんに預けて市街に出ていた。

 すっかり休日は新澤さんに預けるのが定番となってしまった。何だかんだで基礎知識程度には学び、羽鳥さんも「面倒を見る」程度にはOKをもらっている。

 ……もちろん、あくまで面倒を見るだけなので技術的な面は未だに俺任せである。


 コイツとの休日を過ごすのも最近多くなってきていた。部屋で本を読んだりネットをしたりといったインドア系からの離脱の傾向なのかは知らないが、たまには外に出たりするのも悪くはない。


 ……そんなこんなで、この日もゆったりとした休日を過ごしている。

 コーヒーを飲みながら和弥は先ほどの電話の話題を続けた。


「施設のほうは適当に名目つけて警備員大量配置だってさ。世間にはただ単にテロ対策って言ってる」


「まあ、嘘は言ってないな。嘘は」


 実際もう未遂が起きたからこうしてるだけなんだけどな。


「ああ。そこらへんの事情を知るのはごく一部だけだ。ちゃんと名目ついてるし、誰も怪しむ奴もいない」


「でもそれ、一応全国ツアー中ずっとやるんだろ? 彼女ら負担かからないか?」


 彼女らというのはもちろんあの3人だ。

 あの事件の後、和弥の計らいでお礼がてらご対面を果たすことになったが、中々明るい人たちはあれど、妙に疲労が見えていた。やはり、あれは相当に応えていたようである。

 1週間の休暇で回復しているらしいとはいえ、そのあとのツアーでも引き続きこんな厳重な警戒体制であるし、何より東京ライブでの件が軽めのトラウマという形でストレスになることも予測された。


 売れっ子さんとはいえまだまだ未成年の少女である。負担が低く済むとは思えなかったが、和弥はその心配は無用と太鼓判を押した。


「ないわけじゃないが、1週間のうちにうまく休息は取りまくったってさ。Pさんも“なぜか”元気溌剌だったって首かしげてたわ」


「そら傾げるわ。疲れってもんを知らんのかねあの方々は」


「若いっていいよな」


「俺らも十分若いわ」


 23~24がおっさんならどこもかしこもおっさんばっかじゃ。

 しかしまぁ、アイドルやってるだけあって違う意味での“高疲労”には慣れてるってことか。休みの使い方を教えてもらいたい。最近疲れてんだ俺。


 そのまま和弥はスマホをいじりながらおもむろに言った。


「しかし……ビックリしたな。あのホールで使われたガス、不良品だったんだってな?」


 その言葉に俺も反応した。コーヒーを飲んでいた手を止めて周囲に聞こえないように配慮して返す。


「ああ。ユイがあの後装置内部から取り出された液体を隙を見てスキャンしたら、不純物大量に入ってて毒ガスとして使えたもんじゃないってさ」


「純度が低かったということか。所詮素人が作ったもんなのかは知らんが、それなら仮にばら撒かれたとしてもそこまで極端な地獄にはなりえなかったってことだな。だが、これは逆に「素人が作った」ってことを裏付けることにもなるな」


「外部にいる専門家か誰かが作ったものがこんな粗悪品じゃないだろうしな」


 百歩譲って外部からの輸入だとしたら、そのルートにもよるがこんな粗悪品売ったりでもしたら信用問題になる。テロリスト同士とはいえ、商売は商売だ。そこの問題は俺たちと共通である。

 同時に、その製作者側も、武器商人なりの商売人に買ってもらえなくなることもある。輸入の可能性はほぼ消えたとみて間違いないだろう。


 ……となると、自分で作ったとみたほうがいい。結果粗悪品だったが、それ自体がある意味何よりの裏付けとしてみることもできる。


「だが、VXガスってそこら近所の人にも簡単に作れるんじゃなかったのか?」


「完璧に作れる保証はあるとは言ってないぞ。生成過程でうまく高純度にするにはそれなりの施設と技術等々が必要だ。今回の実行犯側にはそれがなかったんだろうな」


「または、輸入とはまた別で、自分たちの身近の仲間が作ったがその生成環境が粗悪だったか」


「まあ、そこらへんが有力な理由だろうな。ここら辺は政府もすでに把握してるだろうし、国内を重点的に操作するだろう」


「国外から持ってきたって可能性は……」


「飛行機には持ち込めんし、船にってのも最近海保も警備厳重にしてるからな。あまり考えにくい。日本は海洋監視厳しいし」


「そうか……」


 外からいろいろ持ち込むのは案外簡単にできなくはない。昔は監視が比較的緩かった海を使った密輸が多発していたが、今は海保を中心として厳重に密輸監視がなされていることもあり、あんまり見なくなった。

 ……尤も、そういう割にはあまり検挙率が増えたりはしてない気がするが。


「まあ、仮に国外で作ったものを持ってきたとしても大方海を伝ってきたものだろうし、ルートを調べれば簡単に検挙できるだろう。あとは警察が何とかしてくれるさ」


「だな。化学薬品の密輸なんてされたら警察も悠長にはしてられんだろうし」


 危うく地下鉄サリンの二の舞になるところだったんだ。警察もそろそろ本腰を上げてくるだろう。もしかしたら、公安を通じて政府に規制策を迫りにくるかもしれない。

 ……もしかしたら、そういうまでもなくすでに政府では規制策が検討されているかもしれない。今後のテロに備えるためとかどうとか言って。


「ちなみに、世間のほうはどうだ? バレてないか?」


「これっぽっちもな。一番こういうのに敏感そうな掲示板とかを漁ってみてるが、どこもこの1週間の休暇に関しては「ただの疲労だろうな」って意見で一致してる。まとめサイトも似たような論調だ。陰謀論なんてない」


「陰謀に使えそうな要素が出てないもんな」


「だな。当時現場にいたスタッフにも厳重に箝口令が敷かれてるはずだし、このネットでの様子を見る限りそれはしっかり守られてるみたいだな」


「それならいいんだが……」


 そう胸をなでおろしてまたコーヒーを喉に通した。

 当時会場にはスタッフが何人かいた。当然ながらあれだけ騒がれてバレないはずもないが、あの後は公安のほうから厳重に箝口令が入ったらしい。

 SEA GIRLsの3人のほうにも、元幹部軍人であるPさんからしっかり言い聞かされたようだ。こういうものの拡散防止の重要性は、情報本部という情報管理部門の出身である彼自身が一番よくわかっていただけに、彼女らもすぐに納得してくれたらしい。


 一先ず、この件に関しては必要以上の混乱は入らずに済みそうだった。


「しかし、このガスがどこから来たのか気になるな……仮に国内で作ったといっても、それを生成する素材の提供者は誰なんだろうか」


「差し金ってか?」


「というより、裏の人間だな。こんなの、たかが少数の犯罪者ができるわけもないし。少なくとも、どこぞの鳥の名前の付いた宗教団体みたく大規模な施設とそれを支える資金源が必要だ」


「確かに……」


 その当時の宗教団体だって確かにそうだ。何とかサティアンだとかなんとかって名前を付けて、そこにたかが一宗教団体としては例をあまりみない大規模な実験施設等々を作っていった。

 そこでは様々な非人道的実験や薬物生成が行われたが、それらはすべて、尊師に対する奉仕である。どんなにアホみたいなことでも、すべて奉仕で片が付いてしまう。バカらしい話だが、当時それに入信してた人々はそれを信じていた。ある意味、その人たちも“被害者”である。


「(仮に似たような現象が今回のテロリストたちの中で起きてるとしたら……ただのテロリストってよりは、集団的に頭やられてるとか考えたほうがいいかもしれない)」


 団体規模であの例の宗教団体まがいのことをしてるとしたら、これだけのことをするのも納得がいく。前例があるんだ。難しくはあれど、再現はできる。

 いや、むしろ前例があるからこそ余計にこそこそとやっているかもしれない。


「あのホールは首都連合とかっていう暴力団の活動範囲内だった。アイツらの線はどうなんだ?」


「可能性としては否定できないな。もとより奴らは資金はある。色々がめってきたものもあるが、基本詐欺グループと契約結んでるんだ、アイツらは」


「詐欺グループと?」


 暴力団と詐欺グループ。たまにマスコミを中心に関係が囁かれているが、首都連合の奴らにも当てはまるらしい。


 暴力団に限らず、現代のテロリストはその資金確保の手段に詐欺を用いたり、詐欺グループを買収したりなどといった手段を使うことがある。

 現代における詐欺手段は実に巧妙で、俺が知ってるのでは新幹線を使って親を上京させて金を持ってきてもらうっていうのまであった。

 息子や知人を名乗ったり、警察を名乗って捜査協力だなんだと言い包められてしまうと、そういった詐欺のリスクより家族や信頼できる人のほうを心配するのだという。

 こういう時の一番の有効な対処法は騙された振りなのだそうだ。だが、最近の詐欺師はそれも逆手にとってくるため、使えるかは場合によるという。


 そういうこともあって、詐欺問題は未だに解決の光を見出すことができず、警察と詐欺師との戦いは泥沼化している。


 ……和弥によれば、そうした詐欺問題を、彼らはさらに逆手に取っているのだそうだ。


「自分たちの勢力圏にいる警察活動の情報を提供する代わりに、詐欺によって得た資金を一部貰うって形だな。時にはその詐欺に協力したりもする」


「随分と組織的っつーかなんつうか。よくまあそこまで考えれるな」


「利用できる奴は利用しまくるってのはどこのクソ野郎共でも考えることだ」


「そのクソ野郎共ってさっさと検挙できないもんなのか? あの例の宗教団体の時でも最終的には強制捜査入ったろ?」


 地下鉄サリン事件の後、警察はいよいよブチ切れて本格的な強制捜査を行った。その結果、多くの施設や拠点に捜査のメスが入り、今までに行った悪行の数々やその裏事情が世間に暴露され、あえなく彼らの地位は失墜。ついには解散することになった。


 相手は暴力団ではあるが、できないことはないはずだ。だが、和弥曰く「できなくはないが、しない」ということだった。


「警察にしてみれば、暴力団がいてもらわないと困る面もあってな」


「困るって、あの社会のゴミ共がかよ?」


「まあ、ゴミはゴミなりに必要な現実があってな? 仮にそれらを排除した場合、海外からその排除した分の穴埋め的な感じで海外マフィアが本格的に日本に進出してきて、治安が余計に悪化する可能性があるわけよ」


「海外のが?」


「そう。例えば、それこそ共産党系や旧北朝鮮系がその空いた穴を狙って本格進出を始めるかもしれないだろ? 現状そうでなくても地味に内部に入られて治安が若干悪化しかけてるのに、これ以上されたらたまったもんじゃないんだな」


「海外からか……」


 海外マフィア。最近は一部マジもんのテロリストと化し始めているが、そいつらの日本進出の抑止力といった形なのか。

日本の暴力団ジャパニーズマフィアマジコワイ」といったイメージがある彼らを、簡単には排除できないのだそうだ。いわば、一種の自警団みたいなものだ。

 だから、案外警察と暴力団には裏ではそんな関係があるのだという。暴力団捜査の担当刑事が新しく任命されたときは、その人が暴力団事務所にわざわざ挨拶に行くくらいには、互いに持ちつ持たれつな関係が出来上がっているのだそうだ。


「……まあ、ぶっちゃけ数も多いっちゃ多いし、現実そうすぐに全部取り締まれんだろうな。それに、仮に取り締まった後の海外マフィア進出のリスクと対処能力の限界を考えれば、好ましくはないけど暴力団はまだいたほうがありがたいってことなんだろう」


「それもそれでどうかとは思うが……とはいえ、難しいところだな」


「ま、その結果今は重武装化しちゃったんだがな」


「ハハ……完全に裏目だなぁ」


 海外マフィアが来ない代わりに、既存暴力団が海外組織、ないしテロ組織に地味に取り込まれかけて実質海外マフィア化し始めてるという本末転倒な事態。近年、日本で問題になっている暴力団の武装化とその武装徘徊がその象徴だ。

 先の詐欺はもちろん、その他様々なルートで資金を集めているであろう各地の暴力団が、近年積極的行動を起こす方針を取り始め、まるで事前に申し合せたように一気に行動を起こし始めた。

 もちろん警察がだまっているわけはなく、必要に応じて捜査のメスを入れてはいるが、それでもすべてを抑えるまでには至っていない。

 それらを見て、アラブ系国家などで居場所が悪くなってしまった武器商人が日本進出を始める始末で、暴力団がそれらに応じ始めた結果、それが一因となり日本の治安が地味に悪化し始めている。


 これらはすべて和弥の持ち合わせていた情報だが、警察が暴力団を一種の自警団的な立ち位置にある存在として放置していたツケが、こうした形で回ってきたしまったというのはどんな皮肉だろうか。

 そして、それによる被害が国民にまで回り始めているのというのも、なんとなくこれっぽっちも笑えないコントみたいな状態である。


 和弥は少しおどけた口調で言う。


「お前もそういう詐欺には気をつけなよ。奴らに金渡すことになるからな?」


「誰がなるかよ。手順を考えてみればむしろ引っかかるほうがおかしいってレベルだろ」


「果たしてそうかな? こういう詐欺の被害にあう人の9割が、自分は詐欺にかからないって考えてる人なんだそうだぜ? いわゆる正常性バイアスだ」


「9割も?」


「9割も。慢心は禁物だな。某大食艦空母も言ってるぞ」


「なんであの人出てくるんだよ」


「いっぱい食べてる君が好き」


「バグから始まった風評被害そろそろ収まりませんかね」


 そんな不満を上げてみる。あの人別にそうでなくても美人さんだろうに。

 ……というか、お前そのゲーム知ってるのかよ。プレイヤーかね。


「でも冗談抜きで、そういうのすぐに来るからな。最近じゃ例の10年前の戦争を使って、復興資金協力だとか戦後補償だとかって言って、被災者を中心に補償金提供を名目に金を振り込ませてむしり取るってのまであるそうだ。お前、“被災者”だろ?」


「まあ……“被災者”だな」


 あれも詐欺に使われてるのか……だが、俺みたいな人間はたぶん詐欺師からみれば格好の標的だ。名目によっては十分むしり取れるだろう。


「(……戦争すら利用される時代か)」


 怖い時代になったもんである。色々と詐欺には引っかからないとバカにはしていたが、これに関してはほんとに引っかからないで済むか少し不安ではある。


「ま、一番被害を受けやすいのは案外過去に詐欺被害にあった人だし、その点で見ればお前はまだセーフかもな?」


「被害にあった人が?」


「ああ。一度被害にあえば免疫はできると勘違いしちまう人が多くてな。それでまた同じ目に会っちゃう人がいるんだわ。元警察関係者曰く、詐欺グループの間ではそういった人の名簿リスト作ってるんだってさ」


「何それ怖」


 そんなに悪知恵働くならもっと他に生かせばいいものを……とか思うが、今更か。どう考えても一般に使えばいいであろうハイレベルな頭脳をなぜか犯罪に使う人が結構いる世の中だ。


「そういうのに色々とリスクかける人もいるってことさ。仮にこの詐欺グループと繋がってる首都連合が今回の事件を引き起こしたとなれば、うまくいけばその詐欺グループと繋がってる線を見つけれるかもな」


「そうなりゃ一斉にとっつ構えたりできるんだがな。さすがに詐欺師にまで躊躇はないだろうし」


「むしろさっさととっ捕まえる対象の一つだしな」


 そういって和弥はコーヒーを飲み終えた。おかわりついでにトイレに行き、俺はそのまま一人席で待つことになる。


「……」


 その間に、俺は少し考えを巡らせる。


 正直、あの現場周辺で、あそこまで組織的なことをやりそうなのは首都連合しか思いつかない。共産党系や旧北朝鮮は国際問題的な意味での効果を狙ってのテロが多い。あんなちっこい会場を地獄にさせるためだけでこんなことをするとは思えない。

 仮に、先の事件が首都連合によるものだとしたら、なぜ彼らがそこまでして思い切った行動に出たのか理由を知りたい。

 彼らは別にSEA GIRLsに恨みはないはずだし、あのホールに関して何ら問題点を認識してないはずだ。わざわざあのテロをする必要がない。自分たちの首を絞めるだけだ。


 ……何が目的なんだ?


「(尤も、まだ奴らが犯人だって決まったわけじゃないが……)」


 しかし、何か引っかかる。彼らがわざわざする行動ではない。

 それこそ、裏に共産党系やら旧北朝鮮系等が何かしら絡んでるのかもしれないが……しかし、何をけしかける必要がある? 相手はたかがアイドル。たかが一会場だ。

 混乱を招きたかった? テロの脅威を示したかった? いや、そんなの昔からあったようなもの。マスコミによって散々煽られまくった日本国民だって、さすがにそろそろ自分たちもマズイと認識し始めている。今更やる必要性はあまり感じられない。


 ……ダメだ、わからんな。


「(……相関関係が複雑すぎて何がなんだかなぁ……)」


 そんなことを考え頭をガシガシかいていた時だった。


「……ん?」


 ふと、左から視線を感じてその方向を見た。


 少し離れた席。小さな円テーブルの席に座っているのは、一人のハンサムな男性だった。背も俺より高い。しかし、顔は妙に無表情だった。

 彼は俺のほうに目線のみを向けていたようだが、俺がその視線に気が付いたと確認するやすぐにその視線を逸らして読書に勤しんでいた。


「(……なんだアイツ)」


 おいおい、俺に興味でもあるのかい。残念ながらホモはお断りしてるんだよ。俺にそんな趣味はなくてね。


「なんだ、どうしたそんな奇妙な目をして」


「奇妙なってなんだよ」


 和弥がコーヒーのおかわりから帰ってきた。帰ってきて早々失礼な発言だが、和弥はそのままコーヒーを飲みながらスマホをじっくり見つめている。それも、真剣な目だ。


「どうした。また新しい情報でも見つけたか?」


「いや……さっきまた速報が入ってな。地震だってさ」


「地震?」


「ああ。ラインの地震速報機能がさっき四国で震度3を出したってさ。ま、3だからなんてことはないんだが……」


「が、なんだよ?」


 3程度の地震なんて、地震大国日本に於いては雑魚レベルの気がするが、和弥は顔をしかめていた。

 そして、しかめっ面な表情を崩さぬまま小さく言った。


「妙なんだよ……ここ最近、東京で地震が起きてない」


「え?」


 一見、それはそれはご安心できることでとしか思えない発言だ。地震なんてないに越したことはないはずだ。


「別に平和でいいじゃないか。そんなひっきりなしに地震になんて会いたくねえわ」


「いやまあ、俺も会いたくはないんだが……このパターン、少し後々怖いんだよな」


「怖い? どういうことだ?」


 和弥は持っていた手提げカバンから、一つのタブレットを取り出した。いつもの愛用品だ。画面を操作しながら、和弥は早口に説明する。


「東京周辺の地震について少し調べてたんだ。知ってるだろ?」


「前に関東で起きた例の奴だろ?」


 震度4と5弱だったか。起こり方に不審を持っていた和弥は、独自にその地震について調査していはずだったな。


「そうだ。それに関していろいろ調べてたんだが……少し不安な情報が来た。確実性は微妙だな」


「不安なって、なんだよ?」


「これを見てみろ」


「ん?」


 そういって和弥はタブレットの画面を俺の目の前に差し出した。そこには、表計算ソフトを使って独自で作ったらしい周期表だったが、下のほうに100年ごとの西暦。そしてその上に、その年々におきた地震を表示させている。


「これは1600年代から現代までの主な巨大地震を示した奴だ。大きく見出しつけてるのは海溝型地震っていう、大きな破壊力を持つ地震だ。関東大震災がその典型的な例だよ」


「見出しにも出ているな。あれは海溝型だったのか」


 大きな被害を出したあの関東大震災。とある有名なアニメ映画でこの描写が描かれていたが、オーバーな表現に見えても、実際大きな地震にあうとほんとにあれまがいな状況になるのだそうだ。かつて3.11を仙台で経験した高校教師がそんなことを言っていた。


 その結果、とんでもない大被害を日本の首都に与えることとなった。文字通り住民らは大パニックになってしまったのは言うまでもないだろう。


「そうだ。これは見ての通り大体200年周期で来てるんだ。だが、その前の100年くらいは、その前震みたいな感じで、直下型の地震が何回か起こってるんだ」


「だが、そのさらに前の100年はあんまり地震起こってないぞ?」


「ああ。海溝型地震を基準として、そのあと100年間はあまり大きな地震が起きない静穏期が続いて、そのあとに直下型の地震の数を増やしていく活動期に入っているのがこれを見てもわかると思う」


「そして、その締めに海溝型か」


「そうだ。それで、近年の地震を見てみるとだ……」


 和弥はタブレットを横にスライドさせる。関東大震災以降、日本では阪神淡路大震災や中越沖地震、東日本大震災などいくつかの大きな地震を経験していたが……


「……もしかして、これ、活動期か?」


「可能性がある。現に一部の専門家の間でも言われてるんだ。関東大震災からすでに100年が経過していて、最近ではこれらの巨大地震も多くなってきた。もしかしたら、活動期に入ったんじゃないかってな」


「おいおい、マジかよ……」


 だが、これは統計を見る限り信憑性はある程度あるように見える。多少の誤差はあれど、一定のパターンは見て取れる上、実際に実例として身近で地震が起き始めている以上、楽観できるデータではない。

 さらに、和弥はページを切り替えてつづけた。


「しかもだ。首都圏でそろそろ起きるってのを裏付けるもう一つのデータがこれだ」


 そのページには、普通の日本地図が表示されていた。沖縄は除かれているが、それ以外はしっかり収まっている。


「これは地震予知連絡会が発表したものを基に、防災科学技術研究所が作った報告書の内容だ。この連絡会では1978年に地震を特に警戒すべきエリアに、これらのエリアを指定したんだ」


 そうしてそのエリアの囲いの色を赤くして強調させる。

 そこは、北海道東部に宮城県・福島県沖、秋田県・山形県東部、新潟県南西部、南関東、東海、長野県西部、名古屋や大阪を中心とする関西都市部エリア、島根県東部、九州東部沖の10個のエリアだ。


 さらに、そこに1978年以降主に発生した巨大地震の震源を当てはめていった。

 もちろん、例の阪神淡路大震災や東日本大震災などといった有名なものも含まれるが、合計すると実に34個もの数になっていた。

 それらをすべて日本地図に当てはめていくと……


「……ッ! これは」


「気づいたか?」


 俺はその地図の内容に驚愕した。

 偶然とは思えない、実にほとんど狙ったかのようなものだった。


「ほとんどの地震が……」




「この、エリアの中ないし近隣で発生している?」




 10個もあるエリアの中で、その34個の地震のほとんどが発生していた。

 先に言った阪神淡路大震災、新潟中越沖地震なんてギリギリ入ってるし、東日本大震災も、特定観測地域、つまり特に地震に警戒すべきとされる地域のすぐ近くで巨大地震が頻発している。結果、そのエリアは甚大な被害を被っていた。

 この地図を見る限り、思いっきり外れてるのなんて3つくらいしかない。


「つい最近起こったのは、ちょうど十数年前に起こった東海地震だな……あれはM6程度で、首都圏にも少なくない被害があったが、何とか持ち直すことができた」


「だが、あの震源、この指定エリアの一つの東海エリアに入ってるぞ」


「ああ。だから、残る一つは……」


 和弥は、その残った一つの指定エリアを指さして言った。



「……最後の南関東エリア。首都圏のほぼど真ん中だよ」



 俺は和弥の顔を見た。

 和弥の顔は真剣そのものだ。俺はそれに対してただただ驚愕の表情しか返すことができない。


 正規の発表内容なので信憑性はある。そして、この地図に出ている内容な予め人の手が加えられたとは思えない。

 そして、この申し合せたように狙ったにしか思えない震源位置……これらはすべてM6レベル以上のものを上げた形だが、それでもここまでほとんどエリア内にすっぽり入ると恐怖さえ感じる。

 東日本大震災のものに関しては、宮城県・福島県東部というよりはその沖合に大量に分布しているが、結果的にそこも大被害にあった。そういう意味ではこれも当たってないことはない。

 一番最近起きた大きな地震では、東海エリアで起きた巨大地震で、東海道方面のインフラや都市部機能等々が一時的に麻痺する事態になっていた。その時は、時の政府の迅速な対応が功を奏して、被害を最小限度に留めて事なきを得ることができた。

 実は当時も麻生さんが首相を担当していた。今は政権を降りてまた復活しての首相の座なのだ。

 あの人らの対応によって、東海で起きた地震は何とか乗り越えることはできた。



 ……そう考えると、今現在残っているのは南関東、つまり首都圏のほぼど真ん中だけだ。



「こんなところで同じレベルの地震が起きたら……」


 本当の意味での首都直下地震。先の東海地震の比ではない尋常な被害になるのは間違いない。

 いつになるのかはわからないが、遠い未来、というわけではないだろう。先の東海の時だって、どうせもっと後だろうと高をくくっていた矢先に起きたものだ。あれ以来、いつ地震が起きてもおかしくないと皆怯えながらの生活を余儀なくされている。


 もし、本当にこれが近々起きたら……当然、タダでは済まない。


「首都圏は大混乱必須だ。だが、根拠はこれだけじゃない」


「ま、まだあるのか!?」


 和弥の無慈悲な言葉に思わず声を軽く荒げるが、和弥は構わずタブレットをさらに横にスライドさせた。

 そこには、ここ数年の地震の統計を出していた。主に首都圏。大きいものから小さいものまですべて網羅しているようだ。


「ここ最近の統計見てみたんだが、年単位で見れば首都圏での地震活動は停滞気味なんだ。特に大体半年前から極端にそうで、少し前にちょっと頻度上がったかな、と思ったら、また一気に下がって今現在だ」


「確かに、ここ最近地震がこれっぽっちも起きてないな……」


 大体今年に入ってくらいから、極端に地震が起きなくなってきていた。9月前後にちょっと上がったなと思ったら、またすぐに鳴りを潜めている。よくわからない地震頻度だ。


「実はな、大地震の前ってのはこういう感じで地盤活動が停滞する傾向にあるらしいことがすでに分かってるだ。先の阪神淡路大震災でもそうだ」


「そうなのか?」


「ああ。5強クラスの地震だと大抵がこんな感じらしい。その阪神淡路大震災に至っては半年も前から急速に停滞していたんだ」


「半年も?」


 随分と前からだな。和弥自身の知る限りの情報ではあるが、地震に詳しい知り合いがそんなことを言っていたのだという。

 現在も気象庁に努めてる人間だから、情報はある程度信頼できるそうだ。


「大地震の前には、その大きなエネルギーを蓄える時期があるんだろうと考えられてるらしい。ほら、俺たちだってボールを投げるとき、“エネルギーを蓄えるために”大きく振りかぶるだろ? それと同じだ」


「なるほどな……」


 あくまでそう考えられているというだけだが、これらのデータを見る限りそう考えたほうが自然なのだという。

 東日本大震災の時は、その傾向をとらえる『Hi-net』という地震観測ネットワークシステムが陸にしかなかったために、海洋で起きたこの地震の傾向をとらえることはできなかったが、もしかしたら同じようなことが起きていた可能性も否定できないそうだ。


「今回もそうだ……大体半年前、さらに言えば今年に入ってすぐあたりから地震が極端に減ってきていた。前に起きた5弱の奴で済んだかなとは思ったんだが、それにしては未だに地震活動が鳴りを潜めたまま……あまりに不気味だ」


「嵐の前の静けさ……とでもいいたいのか?」


「そんな嵐来なくていいが……まあ、可能性は否定できない」


「勘弁してくれ、俺らはいつまでこんなひどい嵐にあわにゃならねんだ」


 俺は思わずそんな愚痴を叩いた。一体日本はどれほど地震に愛されているんだ。


 さらに和弥は続けていうには、根拠は実はそれだけではなく、地震の前に起きるとされる数センチレベルの地殻変動「全国一斉変動」がつい最近各地で確認されているのだそうだ。

 これは地震の発生時期を見るある種の基準の一つで、4センチレベルのものが起きたあたりから大体1週間~1ヵ月後あたりを目途に巨大な地震が起きるのだという。実際に、これによって何度かの地震は予知したそうだ。

 そして、気象庁がつい最近発表したものによれば、ちょうど首都圏を中心に4センチレベル以上の地殻変動が確認されたという。所謂、フラグというやつである。


「……こうしたデータを基に、最近試験的に地震予知ネットワークを気象庁は作ってる。様々なデータから、今後どれくらいの確率で地震が起きるかを測定した結果の情報を、ネットワークを通じて常時配信しているサービスだ。大体1週間~1ヵ月単位の誤差で、命中率は現在6~7割だってさ」


「おいおい、つまりあれか。要はこれから1週間~1ヵ月くらいの間に、その確率で首都圏でデカいの来るって言いたいのか?」


「あくまで可能性だ。ここまで複合的な要因が揃ってるし、実際、つい先週の話だが、これらの要因から気象庁も本格的に警告を発してる。それも、割とマジでヤバいほうのだ」


「うっそだろおい……」


 俺は頭を抱えた。

 ここまで要因が揃い、そして実際に気象庁も警告を発するレベルとなると、本格的に警戒をせねばならない。最近いろいろ忙しいことばっかりでそろそろ平穏がほしいと思っていた矢先、今度は自然から待ったをかけられる。俺はいつまで気苦労せねばならないんだ。


「(また、でっかいのがくるかもしれないのか……?)」


 そんな不安に駆られてしまう。一応隊舎生活のため備えは万全だが、そうなるとまた災害支援で出払うことにもなるだろう。

 ……どうやら、俺はまともな休みを当分もらえそうにないらしい。


「まあ、これはあくまで可能性の話だ。この予知ネットワークサービスも、まだ試験段階だから思いっきり外れる場合もあるっちゃある。せめて、思ったより小さいのが来てくれることを祈るばかりだな」


「そう都合よくいくかね……」


「安心しろ。このサービスまだ精度脆いほうだから。6割~7割ってのも、小さい地震の話だからな。大きな地震の的中率はどっちかっていうと低いほうだ」


「気象庁の発表はなんて説明すんだよ」


「そりゃ、可能性のあるもんに関しては警告しておくに越したことはないだろうさ。ガチ警告だしといて何もなかったなんて話は今までにいくらでもあっただろうに」


「はぁ……そりゃそうだけどさ……」


 とはいえ、データがデータなので妙に安心できない。備えは必要なんだろうな。今からでもいいからそなエリアにいって災害知識を改めて蓄えてくるべきか……いや、今からいっても門限に間に合わないんだがな。


「とにかく、そういうこともある。準備はしとけ。その時は俺らはすぐに出るだろうし」


「へーい……」


 とりあえず、この話はこれで済ませる。地震はいつでも体験してきたとはいえ、ある程度予知できるようになったってなっただけでここまで憂鬱な話になるとは……未来が一定の確率でわかるっていうのも考えもんである。


「(……俺みたいな人間はなるべく出てほしくないが……)」


 そうはいっても、現実は悲しきかな。少なくない人数で出るんだろうな……それもそれで、また憂鬱の種である。

 そんな感じでネガティブ思考を巡らしていると……


「……なぁ」


「あん?」


 和弥はタブレットをしまいながら不審な目をしていった。


「……さっきからあの人こっちチラチラみてんだけどよ、お前の知り合いか?」


「は?」


 そういって和弥が相手に怪しまれないように向けた視線の先を見た。


 ……そこには、



「……あれ、アイツは……」





 先ほど、俺のほうを見ていた妙に無表情なハンサム男だった…………

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