NSC4大臣会合
[9月28日(土) AM10:50 日本国首都東京千代田区
首相官邸4階⇒首脳会議室 『国家安全保障会議(NSC)4大臣会合』]
「総理、次の会合の資料です」
「ああ、すまない」
速足で俺の元に来たNSC担当補佐官より、次の会合に使う資料を受け取る。
専用のタブレットにまとめられた電子文書。中身は後で確認することにして、そのまま足を会議室へ急がせる。
先ほどまでの野党協議がやけに伸びてしまった。向こうとの調整がここまで伸びるとはな。ったく、向こうも少しはこっちの都合ってのも考えてくれってんだ。
早歩きしながら隣にいた秘書官に指示を伝える。同じく秘書助手をしていた彩夜にも軽く指示を出した。
「彩夜、他の担当秘書との調整よろしく。あと、時間押してるから次の経団連との食事会はキャンセルだ。別の空いてる日に回しとけ」
「了解。といっても来週末くらいしかないんだけど」
手元にあるタブレットをタップしたりスライドしたりしながらそう返す。最近予定が押しているせいか、まともに開いているのがその日しかないらしい。まともな休日がそろそろほしいところだ。
「じゃあその日でいい。それ終わったら今日はあと大学行っていいからな」
「今日はない日だよ?」
「え? それ昨日じゃねぇのか?」
「昨日なんで午前で抜けたと思ってるのよ」
「……あぁ、そうか。そりゃそうだな」
「ボケ始めたなぁ、うちの父も」
さりげなく失礼なことを言われた気がするが、ツッコむ時間も惜しい。
軽く苦笑で済ませると、そのまま彩夜とは別れて、首脳会議室の前に来た。入る直前に入口警備に軽く金属探知検査等を受け、指紋認証を経て中に入る。
中はそこまで広くない。周りには書類を置く棚やテーブルに、造花等が置かれているが、その中心にはイスが4つほど円形に互いに向かい合うように配置されていた。
すでに俺以外の他3名は到着しているらしく、俺の分のイスだけが空いていた。
「総理、お待ちしておりました」
そういってすぐに出迎えてくれたのは菅原官房長官だった。
総理大臣の女房役。彼はその飄々とした見た目とは裏腹に、この役目を長年務めてきたベテランだった。俺が一番信頼できる政治家の一人でもある。
彼の手招きを受け、俺は自分に充てられたイスに座った。
「すまんな、野党との協議が思った以上に伸びちまってな」
「またロボット事業の抑止を言われたんで?」
「異常な市場の成長は過度な依存を促進させるとか何とか言われちまってな……言ってることが数年前となんら変わっちゃいねえわ」
そんな愚痴を思わず垂れる。
野党とは先ほどまではロボット事業についての協議をしていた。
今の日本はロボット市場の大幅開拓により大成功をおさめ、経済成長率の大幅な回復に大きな役割を果たしている。しかしその反面、中国や東南アジア圏の低人件費と工場誘致による国内企業の海外進出が進んでおり、それによってロボット製造部門の国外流出がすでに始まっていた。
そういった要因からのGDP低下と、国外への製造部門進出を経た他国の技術吸収の観点から、こうしたロボット事業での日本の優位性はそう長くは持たないとされ、今のうちに、ある程度ロボット事業から引いてでも他の事業と市場の成長に力を入れるべきとの指摘を受けていた。
……とはいえ、
「まあ、ロボット事業はすでに資金援助もあって波に乗ってますから、今更手を引くわけにもいかないですし……そんなことしたら今度こそ経団連あたりから猛反発喰らいますよ」
新海君がそんなことを苦笑込みで言った。
事実その通りで、政治的に大きな影響力を与えている経団連の所属企業の過半数が、このロボット事業に手をかけ各々で大なり小なりで成功を収めている。いつまでもこれをするわけではないが、まだ事業の安定化が完全には済んでいない以上、もう少し政府からの資金援助を求める声も少なくはない。
今この段階で資金援助を止めたら、間違いなく経団連とその所属企業からは猛反発が入るだろう。その結果、彼らを支持母体としている与野党議員からの批判も発生する。
「うちの党の派閥の半分近くが彼らの支持を受けてますからね……派閥単位で与党内分裂でも起こされたら、たまったもんじゃないですよ」
山内君の指摘にここにいる全員が頷いた。
おそらく、野党が狙っているのはそこなのかもしれない。数十年前の政権交代以降、彼らの国民からの支持率は芳しくなく、何とかして政権奪還に燃える彼らの一つの策略とも取れる。
尤も、実際のところはどうなのかはわからない。しかし、いずれにしろ、今ここで彼らの要求に首を縦に振るわけにはいかなかった。
「とはいえ、確かにロボット事業への資金援助を永遠と続けるわけにもいかんよな。そこはどう考えるんだ、新海君?」
「ご安心ください総理。こちらのほうで調査した試算によれば、あと4~5年程度の現在と同等レベルの資金援助をしていただければ、市場規模の拡大は完了し、ある程度事業も安定します。その頃には製造事業面を中心に経済流通も安定しますし、格安事業誘致を行っている他国への流出分を考慮しても、誤差は想定内で済みます。いくつかの大学に頼んで合同で何度も行った計算を基に試算されてますので、信頼性はありますよ」
そういって新海君は手に持っているタブレットを操作し、俺たちの目の前にあるガラスボードにデータを投影した。
経済成長面でも減速はあれど安定期に入ることがこのデータから示唆されており、少なくとも野党が懸念しているような経済的な急落はそこまで顕著に起きそうにはないということだった。
「万一に備える必要はあるとは思いますが、そこまで極度に心配することでもないかと」
「そうか。まぁ、そこら辺は前々から何度も説明してるつもりだったんだがなぁ……」
「野党も理解していながらああいってますからね。支持母体がまた違いますから、そこはある程度しょうがない面もあるんでしょう」
野党のほうはうちらと違ってロボット事業に反発的な団体や企業が母体となっている面がある。彼らがバックにいる限り、仮に俺たちが言っている内容を理解して、それに本音では是を唱えていたとしても、それを表立って言うことは許されない。それは、自分自身の足場を作っているその支持母体からの反発を招くだけだからだ。
……そう考えると、野党も大変なもんだ。
「まあ、ロボット事業に関しては今後世論にも粘り強く説明していきましょう。それしかありません」
「そうだな。……と、時間も押してるな。では話が脱線したが、これよりNSC4大臣会合を開催する」
俺が司会となり、NSC4大臣会合の開催を宣言した。
このNSC4大臣会合は定期的に開かれる。総理である俺と、官房長官、国防相に外務相の4人で開かれ、そこにNSC内で総理を補佐する国家安全保障補佐官も加わり、国家の安全保障面での会議が行われる。
この日も、いつも通り各省庁から提示された案件について安全保障面での調整と議論が交わされた。本来は昼食前に終わる予定のものだったが、先の野党協議の終了が遅れてしまったため、このまま軽い軽食を挟みながらの会議となった。
まだまだ暑い晩夏の日中。涼しい室内で真剣みを帯びた雰囲気を感じながらの会議が続く中……
「―――じゃあ次、例の東京エキサイトシティの件の報告を聞こうか。新海君、頼む」
「はい」
本日の本命が入ってくる。
数日前に起こった東京エキサイトシティホールでのVXガステロ未遂事件。公にはされなかったが、あの施設は万が一の国防軍重要拠点や民間人避難施設としても使われるため、特に重要視していた問題だった。
一部軍事的な面も入るため、この担当は今回は新海君に任せていた。国交省との入念な情報交換等を経て作成したデータが、彼のタブレットを通じて目の前のガラスボードに投影される。
「改めて、簡単に当日の状況をおさらいします。発生日時は9月21日、午後3時30分前後。場所は文京区の東京エキサイトシティホール。公安の依頼を受けて増員を受けていた国防陸軍空挺団の特察隊隊員が不審な男を確保してから状況が判明。VXガス噴射を目論んだテロが発覚し、公安、国防軍総出の捜索と、ちょうどライブを行っていたSEA GIRLsのメンバーの協力によりすぐさま装置の機能を停止、回収。幸い死傷者はなく、実行犯1名を組織犯罪処罰法で現行犯逮捕。また、後に装置を設置したと思われる男2名を同罪上で逮捕し、この3名は現在勾留中です」
「ご苦労、新海君。……しかし、改めてみるとひどいもんだな」
俺が思わずそんな言葉を漏らすと、菅原先生が暗く唸った。
「もしそのまま計画が成功していれば、少なくとも東京エキサイトシティを中心として文京区全体が大混乱に陥っていたでしょう……うまく阻止してくれて一安心といったところです」
「彼らには感謝しねえとな。特に……あの二人か」
「篠山さんと、その相棒さんですね。ユイさん、って言いましたっけ」
山内君が軽く思い出すように言った。
報告では、あのVXガス噴射を阻止するべく奔走する中心になったのは彼らだったと聞いている。というより、今目の前にある報告書データにもそう書かれていた。
「政府専用機の時に加え、またあの二人に助けられる形になりましたか……なんとまあ、縁がありますね」
「嫌な縁だな。あの二人も相当苦労してることだろう」
「ハハ、まあでも、彼女がいれば何とか乗り切れるでしょう。元々、そういった状況に耐えうるように設計・製造されてますし、実際今までに起きた状況にすべて耐えてきています。海部田先生の実績もありますし、信頼性はありますよ」
新海君の言葉に俺は頷いた。
何だかんだで、あの二人はうまく状況を乗り越えてきている。特に彼女のほうはこちらの想定した状況でも臨機応変に対応しており、こちらの期待通りの活躍をしてくれていた。
もう少しで実地試験期間も終わる。彼女の今後については目下検討中だが、できるだけいい処遇を与えてやろう。そんなことを考えていた。
……すると、
「ロボットねぇ……」
菅原先生がそんな難しい顔を浮かべていた。俺は妙に思って問いかける。
「どうしたぃ、菅原先生。随分と浮かない顔じゃねえか」
「あぁ、いえ……少々、不安なところもありましてな」
「不安? 不安って、このロボットちゃん?」
「ちゃんって総理……」
山内君が地味に笑いかけながらそういったのを俺は無視して菅原先生のほうを見た。
「う~ん……」と少し複雑な表情を浮かべた菅原先生だが、再び口を開くのにあまり時間はかからなかった。
「彼女、今はちゃんと動いてくれてますが……ふとした時に、マズイことしないだろうなぁと」
「マズイことって、たとえば?」
「たとえば……ほら、誰かに乗っ取られるとか?」
「乗っ取られる?」
ハハハ、また菅原先生も唐突にすごいことを言うもんだ。まあ、彼の性格からすれば言いたいことはわからんでもないが。
「彼女に限りませんが、まだ人型ロボットの運用の面では課題も多く残っており、人間はそれらを完全に扱いきれてません。そういった点から、まだ信頼面で疑問が残っていますから……」
「ふむ、菅原先生らしい慎重な意見だな」
「こういうのは慎重であるに越したことはないですよ。要らなく暴走するくらいなら」
「おいおい、それ仲山先生の前で言うなよ?」
「言いませんよこんな地雷……」
そういって少し困ったような表情を浮かべる。この顔、どうやら本気で心配しているらしい。
それを察してか、新海君がフォローに入った。
「大丈夫ですよ、菅原先生。彼女はセキュリティ、及びネット空間等を介した電子戦に関しては抜群の性能を誇っています。元々我が国防海軍艦艇のデータリンクネットワークに用いていた戦術セキュリティ隔壁を改良したものですし、信頼性の面では一定の期待は持てます。少なくとも、そう簡単にハッキングできる相手ではありません」
「それなら安心だが……」
「ま、菅原先生は心配性な面もありますからねぇ。万一に備える必要はありますが、その点のバックアップ体制も一応は整えてますので、どうかご安心を」
「頼むよ、ほんとに……?」
そういって何とか収めようとするも、やはり菅原先生の顔は優れない。彼自身、別にこの彼女に関する計画自体には反発的ではないのだが、少しこういった心配性な面は目立った。尤も、扱っているものがものなのでそうなるのも無理はない。
「まあ、これに関しちゃ今更どうこういっても仕方ねえよ。彼女を信じよう」
「はぁ、それもそうですな……。あぁ、失礼、話がずれましたな。続きをどうぞ」
「うむ。新海君、続けてくれ」
話題を戻し、新海君からの報告の続きを聞く。
「はい。それで、現在事件の調査が進んでいるのですが、まず、例のVXガスは生成過程でミスがあったのか、完全体ではありませんでした」
「完全体でない?」
「はい、その通りです」
「つまりあれかね、あのガスは仮に噴射されてもそこまで大した被害は起きないってことかね?」
菅原先生の問いに、新海君は肯定した。
「ええ。東大理学部のほうに、研究のためという名目で生成データを送って意見を求めたのですが、「このような調合では致死性は出せない」という意見で一致しました。精々、軽い吐き気等の体調不良を引き起こす程度でしかないと」
「なんだ、じゃあどっち道奴らの計画は失敗するんじゃないか」
菅原先生は少し拍子抜けしたようにそういった。
もちろん、だからといってそれはそれで一安心というわけにはいかないが……それでも、その生成した者たちが完全にそれを生成する技術を持っているわけではないということはこれで確かとなった。当然、それは当時の段階の話なので悠長には構えているわけにはいかないが。
「数十年前の地下鉄の件の再来かと冷や冷やしたが……とりあえず、時間はまだ稼げそうだな?」
「ええ。それに、向こうの計画は失敗しましたが、こちらはむしろVXガスを生成した組織の手掛かりとなるものを手に入れる結果になりましたし、どうにか次の行動に移られる前に調査を進める必要があるでしょう」
「そこは公安を通じて警察庁に頼むしかないな。あとで知らせておこう」
そういいながら目の前にあるガラスボードのデータを整理した。とにかく、次の被害が出るまでの時間はあるはずだから、その前に組織を追い詰めるほかあるまい。こればっかりは警察庁の腕にかけていくことになる。
さらに、新海君は続けた。
「あと、例の逮捕した実行犯3名の身元について調査していたのですが……興味深い事実が見つかりまして」
「興味深い? なんだそりゃ?」
「ええ。まず、この3名、取り調べによれば共産党系テロ組織の所属であることがわかりました。それも、同一組織です」
「共産党系か……」
またこのタイプの組織か。日本も活動圏内であるとはいえ、ほんとに多いな。
「関東圏にいる暴力団との関係は?」
「かつては首都連合という指定暴力団に所属していた経歴がありますが、詳しくはまだ調査中だと連絡を受けています。詳細は国交省のほうから報告が上がると思われますが……、問題は、そっちではなくてですね……」
「ほう?」
新海君は険しい表情を浮かべながら手に持つタブレットを上下にスライドさせる。
何回かスライドさせると、そこに表示されるデータをガラスボードに反映させていった。
「……この3人、どうやら『NEWC』の会員である可能性が高いんです」
「何? NEWCだと?」
俺たちはその言葉に思わず耳を傾けた。
『NEWC』。度々聞いたことのある言葉であるが、たまに世界で起きるテロ事件で名前が出ては関係ないとされ消えていくを繰り返していた。
しかし……また、ここにきて話題に上がることとなった。新海君が新たなデータをガラスボードに投影させながら解説する。
「総務省を経由して警察庁のほうから最新の報告を受け取ったのですが、3人の持っていた携帯の通話履歴を調べたところ、その通話先にNEWCの日本支部があったのです。特に、最初に捕まえた男の携帯には、最新の履歴でこのNEWCのものがありました」
「履歴からか……よく削除されていなかったな」
「いえ、履歴自体はすべて削除されていました。通話の中身が漏れるのを防ぐための行動だったと思われますが、何とか警察のほうで復旧できたそうです」
「あ、できるもんなのそれ?」
「何言ってるんだい菅原先生、今時通話履歴の復旧自体は素人でもアプリ使えばできるぞ?」
「あぁ、そうなんですか……いやはや、知りませんでした」
菅原先生、俺より年下のくせに機械素人か。思わずそんなツッコミをしたくなるが、ここでは言葉に出さず我慢した。
新海君は続けた。
「その履歴によれば、どうやらそのテロ実行当日に頻繁に連絡を取っていたそうです。さすがに通話内容の復元はできませんが、その点については今後取り調べで追及するそうです」
「そうか……しかし、こんなところでNEWCの名前をまた聞くことになるとはな……」
俺はあごに手を当て唸った。
わざわざテロ直前にNEWCの日本支部に電話する理由なんて考えるまでもないが、となると、今回のテロはNEWCが本格的にかかわっていることになるのか?
あくまでまだ可能性の問題でしかないが、もし仮にそうなると、間違いなく捜査の手がNEWCにも及ぶことになる……だが、一体彼らは何のために……
「その件なんですが……」
「?」
すると、山内君が遠慮気味に話に入ってくる。
「実はアメリカ国務省から、一つそれに関連した情報が入ってきてまして……」
「関連した?」
「ええ。……例の、ハワイサミット最終日での自爆未遂事件を覚えているかと思いますが……」
「あぁ、確か、腹にステルス爆弾を埋め込んたタイプだったな?」
「はい、そうです」
ハワイサミット最終日での自爆未遂事件。俺たちを含む各国の首脳が写真撮影のために集まったところを狙った、いわば特攻ともいえるものだったが、それは未遂に終わった。
これにもあの篠山君ら二人の活躍によって阻止されたが……そう考えると、あの二人はほんとにこういうものに縁があるようである。
その後犯人は現行犯逮捕され、現在は刑務所行きになっていたと聞いている。
それらの情報を思い出しながら、山内君の報告を聞いた。
「それの調査を進める段階で判明したらしい事実を受け、国務省から外交ルートで各国当局に秘密裏に“警告”が発せられました。それも、つい先ほどのことです」
「警告?」
「はい。……曰く、「各国NEWC支部の動きに注意せよ」とのことでして」
「なに?」
またNEWCのワードが出てきた。
国務省が直々に、しかもNEWCに関しての警告を出してくることは、今の場合は重要だった。
……アメリカで、NEWC関連の動きがあった。それも、例の自爆未遂事件の調査過程のタイミングで発したことも気になる。なぜこのタイミングか?
しかし、そこから先は山内君も首をかしげていた。
「確認返信をしようにもできなくて……何らかの意図があっての秘密裏でしょうし、無駄に通信を増やすことはその秘密裏の通信の意味を損なう可能性もありますので迂闊には」
「しかし、向こうの目的がわからん以上なぁ……なんだ、向こうで何か掴んだのかね?」
「そこがまだ……それこそ、諜報関連で繋がりがある国防省のほうに聞こうと思ったんですが、新海先生何かあった……って、あれ?」
山内君の問いには見向きもせず、新海君はひたすらタブレットを操作していた。まるで必死に何かを探すように。今持っているデータをとにかく漁っているようだった。
「どうした、新海先生。何か思い当たるものでもあるんかね?」
「ええ、その……JSAからいくらか情報をもらっていまして……」
菅原先生の問いにそう返しながらも必死に探す。その手の動きは尋常でない。世の中あそこまで素早い手の動きでタブレット操作できる奴いるんだなと感心した。
しかし、それもすぐに終わった。「あった」と一言呟くと、ガラスボードのそのデータを投影した。
「つい先日、事件当日の通話電波を調査していたJSAが、男の当時の通話先を特定することに成功したのですが……」
「が、なんだね?」
「その報告によれば……」
新海君は改めてデータを確認し、確信を持っていった。
「……実は、ハワイの奴でも通話履歴先が“NEWSハワイ支部”だったんです」
「な、ハワイ支部ッ?」
俺たちは身を少し乗り出した。そのまま、目の前にあるガラスボードを操作しそのデータをななめ読みし始める。
その横で、新海君は続けた。
「現地に住み込んでいるJSAスパイが事件当日から、関係者から得た情報を基に独自に通話履歴の調査を行っていたんです。そしてつい先日、その報告が入ってきたのですが……」
「それが、さっきのか?」
「はい。調査に時間もかかりましたし、調査方法の限界もあって「正確性は未知数」と言われていたため、ただ単に電波発信位置が偶然一致しただけかと思っていましたが……山内先生の報告で確信しました。その警告は、間違いなくこれが関係しています」
「てことはつまり、アメリカ当局はハワイで男がテロ実行直前にNEWC支部と連絡を取っていたことを受けて、各国に秘密裏に警告を発していたってことか?」
「そういうことになります」
「ふむ……」
俺はそのまま考えに耽った。
もしこれが事実だとすれば大事だ。今現在すぐ最近で起きているテロにNEWCがこれまで以上に深く関わっていることがわかってきている以上、そろそろ無視することもできなくなるだろう。彼らは先の政府専用機の件でも関わっている可能性が指摘されているくらいだ。最近NEWCの名前を聞く機会が増えている以上、警戒はより厳重にせねばならないだろう。
だが、そうはいっても彼らの組織の特性上そんな大事はできるとは思えないし、目的もわからない。一体何のためにこのようなことを起こしている?
それに、わざわざ国務省がこれを“秘密裏”という形で警告を発したのにも疑問が残る。正直、NEWCの件より気になっていた。
他のNEWC組織にこちらの事情を悟らせないためかとも思ったが、そもそもNEWCはネットワークが充実している。
テロが失敗した時点でこの事実はすべての組織に伝えられるだろうし、その後の動き自体は関知しようがしまいがそこまで極端に変わるとは思えない。今更秘密裏にしたところで意味はない。
……というより、それ以前の問題としてだ。政府機関の間での通信に秘密裏も何もない。
元から機密性は保たれていたはずだが、それをさらに強化させて送ってきた。だが、相手は結局はテロリスト。そこまで臆病になる必要もないはずだった。
……妙だな……NEWCもそうだが、アメリカも少し動きに疑問が残る。
「(……なんだ、もっと普通に暗号化した電子メールか何かで堂々と送ってきてもよかったものを、なんでそれ以上に慎重になった……?)」
いくらなんでもやりすぎなくらい慎重な通信……妙に引っかかるな……。
「それで、我が国としてはどういう対応をする気だね?」
俺がそう考えに耽っている中、菅原先生がそう山内君に聞いた。
「一応、今ある情報を基に調査を進めてもらいましょう。総務省を通じて警察庁に頼みます」
「各国にもこのことは伝わってるんかね?」
「警告内容によればそのようです。あまり周囲には悟られないよう互いの情報交換はしておけと。アメリカのほうは一応自己完結で情報収集してるから別にいいと言ってきてますが、まあ、秘密裏という事情もありますしそういうことなんでしょう」
「なんだ、情報あるなら少しぐらいくれればいいものを」
菅原先生がそんな文句を言うが、俺はそれを聞いてさらに疑念を深めるばかりだった。
完全に返信を拒否している。こちらから自粛するまでもなく、向こうから返信しなくていいとはどういうことなのだろうか。
……なんだ、何かアメリカの動きがおかしい。
「(……米国務省は一体何を考えている? なぜこんな妙な動きをする?)」
考えれば考えるほど疑念は募るばかりだった。
そんな間も、会議は続いていた。
「国防省としては、とりあえずこのまま調査を続行します。事によっては、JSAの調査対象をNEWCにも広げるかもしれません」
「ただのNEWCじゃないぞ。日本支部どころか、事と場合によっては国を飛ぶかもしれんからな。少なくともハワイはその対象か」
「ええ。ですので、できるだけCIAあたりにも情報提供を求めながら、NEWCに関する情報をもう少し詳しく調べさせましょう。何かわかるかもしれません」
「とはいっても、あちらさんの情報鎖国状態は半端じゃないからな……いくらJSAやらCIAやらといっても、簡単にとってこれるか……」
菅原先生ら3人のそういった議論は続く。会議も終盤に差し掛かり、今日の分のまとめに入ってきているが……
「……」
たった一つの、異国の機関の行動になぜか引っかかっていた。
別に何ともない小さな違いのはずだ。いつも通り堂々と伝えるか、秘密裏に伝えるかの違いだ。
……ただの無駄な考えすぎなのかもしれない。だが、このタイミングで秘密裏にしたのに、俺はどうしても納得できなかった。
「……なんでだ。なんでこのタイミングでこの行動なんだ……?」
結局、俺は妙な疑念を抱いたまま会議を終えることとなった…………




