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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
序章 ~遭逢~
7/181

陸の演習日々

[1週間後 4月24日(水) AM8:20 日本国千葉県 習志野演習場付近上空 UH-60JA機内]







 『春眠暁を覚えず』



 毎年この時期になると、昔の人はほんとこういううまい言葉をよく作ったものだなぁと痛感する。

 こんな春の陽気にさらされてしまい、こんな緊張状態でいなければならないこの場でも思わず欠伸を出してしまう。まさに、朝日あかつきなんてものを見てる暇がない。

 すぐにハッとなり両手で頬を軽くたたく。気を引き締め、一つ大きなため息をついた。


 4月ももう後半。雪はもうすでに完全に水と化し、代わりにその雪たちの下敷きとなっていた草木達が、今年分の陽を見つつも繁茂しはじめ、春の暖かい陽気が空気中に漂いまくっている、今日この頃。

 そして、なぜかもうすでにフライングの如く夏の熱気が若干日本に上陸を始めようとしている、今日の空。


 そこを、計4機のヘリが目的地に向けて低空飛行を続けていた。


 甲高いエンジン音と共にガンガンと響くローター音。俺たち4人を乗せ、目的地に向けて時速230kmほどの速度で飛ぶのは、日本国防陸軍が保有する多目的ヘリである『UH-60JA“ブラックホーク”』である。

 左にあるドアの窓から差し込む日差しが、光の線となって俺たちを照らしていた。

 その光は左から差し込む形で突き刺し、太陽の位置も相まって別段首を動かさなくても勝手に直接視界に入ってくるので、思わず瞼を少し閉じる。


 その、雲もあまりない快晴の青空に照らされた地上は、千葉県の船橋市の住宅街。

 目的地の習志野演習場に向けて現在順調に飛行中だ。

 ここいら辺はただの民家が立ち並んでおり、あんまり高い建物がない関係か、こんな低高度でもパッと見は小さな模型のように小さく見える。

 それらが高速で横に流れて行っている光景自体は、結構見てて飽きることはない。少なくとも、自分はそうだった。


 まもなく、俺たちが降りる降下地点だ。


 先ほど、前で操縦しているヘリパイからも降下5分前を宣告され、それからというもの緊張が時間が経つほどに増していった。

 自分はまだ齢23というとんでもない若手。

 やはり、まだまだこういうのに慣れるのに時間がかかってしまっている。ある意味、軍人としてそれはどうなのかと言われれば文句の返しようがないものなのだが、それでも、これは真面目な話すぐにどうこうできるものでもない。はっきり言って、もう慣れるのを待つしかなかった。


 その点、すぐに慣れている俺の目の前でお気楽に座ってるこいつはいいよなぁ……、と、内心羨ましがってしまう。


「どうしたの祥樹? 緊張してる?」


 ふと、斜向かいから途端に俺を呼ぶ女性の声が聞こえた。


 祥樹。それが俺の名前だった。


 階級は下士官たたき上げの曹長。篠山家に生まれた長男坊、『篠山祥樹』が生後すぐに俺に与えられた本名だ。

 ただの一般曹候補生から適性とかで国防陸軍空挺団に入って、最短の2年9ヶ月で伍長に昇進したのち、さらにそこから立った1年足らずでつい最近曹長にまで上り詰めた、長男坊。最近、なぜ防大に行かなかったとよく言われる。


 俺を呼んだ方向を見る。

 俺から見て対角線に当たる方向に、陸軍空挺団の迷彩4型の軍服を着た女性がいた。


 『新澤真美』。階級は俺より下の軍曹でWAC(女性軍人)。そして、俺たちの先輩に値する人だった。

 階級は下だけど、先輩である。ややこしいがそこは間違いない。


 もとは空挺団への女性の入団は認められてなかったが、それは昔の話。今は戦力補充の窓口拡大云々の理由で、ある意味男性より厳しい適性検査や訓練をパスした人に限っては特別認めている。ゆえに、新澤さんもちゃんと空挺レンジャー過程をパスしてる。


 しかし、今の彼女はヘルメットをかぶったりしているためあんまり顔ははっきり見えない。今年で三十路なのにパッと見20代前半にしか見えないその顔全体を見れば、その綺麗さや若々しさが際立って見えるのだが、残念ながらそれは陸に帰るまでのお預けのようだ。

 少し後輩に気配りをするような、やさしい目線を俺に向ける。こういう配慮の高さも、周りからの人気が高い理由の一つだった。


 そんな彼女に俺は思わずそっけなく返してしまう。


「いえ、別に……。何でもないですよ」


「そう言いつつ目そらしちゃってぇ~、実はそうなんでしょ?」


「あー……、はぁ、わかっちゃいます?」


「わかっちゃいますっての」


「ははは……」


 彼女にはお見通しらしい。おちょくるような感じで、少しにやけ顔で軽く笑わいつつ言われ、俺も思わず苦笑いして窓のほうに視線をそらしてしまった。

 彼女はいつもこんな感じだ。こんな感じで結構身近な優しいお姉さん的な感じで気前よく接するのが、彼女にとっては当たり前だった。

 俺も、最初こそ違和感を感じていたが、まあ慣れれば問題はない。今では、頼れる先輩として尊敬している。


 ……すると、とたんにまたほかのほうから「しっしっし」とにやけ顔で意地悪そうな笑いをしつつ言う声が聞こえる。というか、俺のほぼ真正面からである。


「お前、昔から考えてること顔に出やすいからなぁ……。ほんと何考えてるかそこそこわかりやすいわな」


 そう言ってまたひっひっひと面白がるように笑った。

 そこまで言われるとさすがに心外というか、ちょっとムキになる。俺は思わずムッとした。


「最近は少しは治ってきたろ。……まあ、出やすいことは否定しないが」


「完全には治ってないってことだろ? ……まあ、別に悪いことではないんだろうがな」


「……どういう意味かな?」


「そういう意味です」


「こいつぅ……」


 こいつの少々イジり過多な性格にちょっと頭を抱える。まあ、でもこれがこいつなりのムード、というか、雰囲気の作り方だったりする。別段悪い性格ではない。

 こいつのおかげで、少し緊張がほぐれた気がしたが、たぶんこいつの策略のうちなのだろうなと考えると、少しそういう配慮がうまいこいつを羨ましがってしまう。


 『斯波和弥』。俺と同じく一般曹候補生としてここに入ったのはいいが、俺よりその伍長への選考が遅れてたこともあって、階級は俺より低くて伍長のまま。入隊も俺のほうが早いのだが、俺と同い年の親友で、こいつとは中学時代からの仲。そして、互いに趣味が高じていたサバゲー仲間でもあった。


 こいつの家系は結構昔の、室町幕府に3管領の一氏で、足利氏の有力一門である“斯波氏”につながる。なので、実はそこそこ有名な偉人の子孫だったりするのだ。

 といっても、あんまり俺たちの周りでは話題にはならない。本人自身があんまり気にせず自由奔放で、そんなこと気にも留めていないらしいからな。

 とはいえ、その関係もあっていろんな方面に友人がいたり顔見知りがいたりと、多方面に関係を持っている家柄だったりする。


 まあ、そんなやつである。


「なに、すぐになれるさ。そう時間がかかるものでもない」


「はぁ……は~い」


 そんなことを言う声はまたほかのほうから聞こえてきたが、少し気が抜けて返してしまう。

 俺の右隣に座っている、結構背が高い人で、少々メンツもいけている兄さん的雰囲気を出している。


 『羽鳥京』。階級は中佐で、本来ならこんなところにいる立場の人間ではないのだが、とある理由で今回限りここで俺たち4人のメンバー内にいる。


 羽鳥さん自身は既婚者のやさしいお兄さん的な存在だ。性格も温厚だし、みんなに人気のある人柄なのもうなづけるが、ただし情に厚い。これだけは確実。

 訓練や教官などがクソ厳しいことで有名な空挺団の上官としては、少し異質な存在として空挺団内部で通っている。

 上司からの信頼も厚く、その実力は隠れて結構良いようだ。なお、あんまり目立たないと言われる。よく言われる。


 すると、また和弥から冷やかし気味の声が届く。


「まぁ、さっさと慣れな。お前だって、曲がりなりにも曹長なんだし、今回試験的に“隊長”やらされてるからな」


「はぁ、まあな……」


 その言葉に思わず不安を覚えてしまう。おそらく気づかないうちに小さく顔にも出てるだろう。


 というのも、今回俺はこの4人の隊長をやらせてもらうことになっている。


 近年問題となっている対テロ戦略による軍の再構成で、部隊の編成も大きくそれに合わせて変えられていくらしいのだが、最近それによって新設される部隊の隊長に任命されるかもしれないって話になっている。

 理由は知らんが、とにかく今後は若干少数精鋭で、即応型の機動性重視の傾向でやっていくことになるらしく、その部隊をまとめ上げるのに適性が見事に一致しているとか、その他諸々で理由があるらしいのだが、そんな関係で今回試験的に「隊長やってみて?」的な話となった。

 俺は1週間前にこれを言われて「はぁッ!?」となったわけだ。

 そんなわけで、詳しくは聞かされないで、勝手な成り行きでこんな本番にまで持っていかれてしまったのだ。


 今回は敵地偵察の想定でここにいる4人を率いることになる。現場の状況(という名の想定)はすでに頭の中だ。


 俺は気持ちを落ち着けるために一つため息をついた。


 と、ちょうどその時である。


「降下1分前。ドア開け!」


 操縦席からの声にすぐに反応した。

 そのまんま、降下1分前なのでドア開けて降下準備しろってことだが、今回はロープを使ったラぺリングとは違うやり方での降下となる。


 新澤さんとアイコンタクトでうなずきあい、互いにすぐ近くにあるドアをガラッと開いた。

 すぐさま強い風とより一層甲高いエンジン音にローター音が響き渡る。それを耳にしつつ、俺はすぐ隣にいた和弥とアイコンタクトを取り、ドアのすぐ下にある横に長い小さな足場に足をかけつつ、そのさっきまでドアがあった位置に座り待機。

 反対側の新澤さんと羽鳥さんも同様。この状態から、下方を手に持っているフタゴーこと『25式5,56mm自動小銃』で警戒しつつ、ヘリが降下地点に超低空で侵入していった。


 そのあとは手順通りの偵察行動となる。下方に敵がいないのを確認して「クリア」と報告したのち、すぐに引き続き下方警戒のためにフタゴーを構えた。

 とはいっても、これはあくまで牽制目的のもの。元々地上で撃つためのものを高速移動中の空の上から撃ったって、そう簡単には当たらないのは百も承知なので、それはほかの僚機の仕事として任せている。

 今ここにいるヘリはすべて4機のUH-60JAで、2機は俺たちみたいに偵察部隊輸送用、もう1機はそれぞれの護衛をしつつ下方の敵性勢力掃討担当と役割分担がなされている。とはいえ、今は下に敵がほとんどいのでもっぱら護衛であった。


 しかし、どうやら見たところ敵はこなさそうだった。左耳にかけているインカム型のHMD投影機器のうち、左耳の耳穴に直接かけている基部をスイッチして眼球内でHMDを展開させても、全然敵っぽいのが見当たらない。少なくとも、このHMDに付属されている敵味方識別には反応はなかった。


 一応、近くにはいないとみて問題ないだろう。


「……下からの出迎えはないっぽいな」


 隣で同じく下方向監視しつつ降下スタンバイを完了させた和弥がそうつぶやいた。

 俺もすぐに同意で返した。


「だな。……歓迎は下でご到着をお待ちしてるっぽいな」


「今日のおもてなしはなんだ? 戦車は勘弁してほしいんだがなぁ」


「残念、今日の状況想定シナリオ奥に機甲部隊若干あるって想定です」


「タッハ~、そうだった」


 そんな冗談をかましあう。

 俺たちの間では別に珍しいことじゃなかった。昔サバゲーでやってた時も、よくペア組んで行動してた時こんなジョークかましあって笑い有りのユーモア全開で挑んでたのを未だに引きずってるだけだ。

 ……尤も、あんまり大きい声では言えないので互いに最低限聞こえる程度に小声である。


 そんなこんなで、降下30秒前に迫る。

 ヘリは習志野演習場敷地内に入りつつあり、徐々に降下しつつ降下ポイントに迫って行った。

 他の僚機も同様の動きを見せ、護衛のブラックホーク2機は先に先行して上から牽制と万が一まだ残ってた時の敵勢力掃討のために機関銃をぶっ放しまくる。

 降下ポイント近くをあらかた掃除し終わったらしく、そのままその2機はさらに向こうに飛んでいった。


 それの後を追うように下を這っていったもう2機のブラックホークは依然として降下。ついに10秒前に迫る。


「降下10秒前。降下準備」


 大量の雑草が敷き詰められた地面が迫る中、そんな報告がくる。

 雑草が俺たちの乗ったヘリが近づくと同時にそのローターから放たれるダウンウォッシュに煽られて、ヘリを中心に大きな破門の模様を外に流すように描いている。


 フタゴーを改めて握り直し、構えを強めた。

 それと同時に、一瞬の間に身の回りの準備の最終確認。

 弾帯、弾入れ、チョッキに……、よし、全部オーケー。


「……スタンバイ完了」


 そうつぶやくように確認すると、なぜか入ってくるのがこいつだ。


「こっちもオーケー。んじゃ、パーティーの前座と行こうか」


「はは、なんのパーティーだかね。今の時期なら桜祭りか?」


「あの宴会的なのした後散らかすのどうにかしてほしいんだがな」


「その代わりこっちは薬莢を散らかすがな」


「はは、一本」


 そんな、いつも通りのうまいのかわからないわセンス微妙だわのジョークの応酬を演じているうちにも、地面はどんどんと近づいていく。


 そのまま降下を続け、そして、降下地点で一瞬機首をより上にあげ、その場に超低空で停止ホバリングさせた時だった。


「よし、ポイント到着。降下! 降下!」


 その声と共に俺からも「Go」と号令をかけると、すぐにそのヘリから飛び降り、偵察のためのスペースまで一瞬で移動する。

 周辺警戒は怠らない。立っているといっても即行でつくのでその場に伏せる。

 そこらへんには草がボーボー生えてるので、そこに身を隠して敵がいないかの捜索をする。

 同時に持っていたフタゴーに二脚バイポットを取り付けて、俺の目の前に置く。

 同時に照準を前に置いて、監視方向に銃身を向けた。

 隣にいる和弥も同じくフタゴーを構えている。


AアルファよりBブラボー、状況報告。オーバー」


 Aアルファはここにいる俺たち4人の呼称で、Bブラボーはここより少し離れたところに下りたもう4人の呼称。向こうも向こうで隊長がいる。


《B、スタンバイ。オーバー》


了解ラジャー。……中隊長、こちらA。定位置到着。オーバー」


 中隊長っていうのは、まあ今の場合は指揮官。今回はすべての部隊を総べる指揮官役です。


 俺たちは偵察の第1波として送り込まれる8人の設定。俺はそれらを総べる隊長役である。偵察というか、任務性質上でみれば実質“斥候”である。

 Aは俺と一緒にいた4人。Bは僚機のUH-60JAのほうに乗っていた残りの4人である。


 ……とはいっても、この8人の中では思いっきり最年少なんですが、なんだってこんなメンバーにしたんですかねぇ……。


 そんなことはお構いなしに、すぐに返答は来た。


《こちら中隊長了解。A、B、エコーの情報報告》


「A、了解」


《B、了解》


 エコーとは敵のこと。よくエネミーの略で使われるのだが、まあ今回もしかりらしい。

 敵情といっても、どうせこの先に何かいるのはわかり切っていること。というか、他にスペースなし。


「オーバーとかアウトとかの使い方には慣れたか?」


「うっせ、ちゃんと監視してろ」


「ヘイヘイ」


 ったく、訓練中に何言ってるんだか。


 だが、確かにそこらへんの無線呼称は変わった。国防軍の海外派遣の機会が多くなったためにその習慣も国際基準に合わせる一環でこうなったが、まあ、たまに間違えて「送れ」だの「終わり」だのと言いかけることもある。まあ、そこはもう慣れるしかない。


 HMDのIFFモードを使い軽く周辺を確認する。


「……どうだ。見えるか?」


 小声で隣にいる和弥に聞く。

 すぐに返答は来た。


「まだ見えないが……。そこらへんにいるはずなんだよなぁ。今回シナリオ分岐してるから予想できん」


「まったくだ……。今までとは違って、どこに何がいるかわからねえぞ」


 そんな愚痴を言って小さなため息を吐いた。


 今回の演習は今まで見たくシナリオがあんまり決まっていない。今までならある程度シナリオ決まってて、戦闘が経過するごとにそのシナリオが進むわけなんだが、いくら最近ちょっといじってきたとはいえ、今回みたいに大量に分岐が多くなるのは初めてだ。ゲームのストーリーとかによくあるマルチシナリオみたいな感じのものと考えてくれればいい。


 とはいっても、大体のものは決まっている。想定としては平原あたりに降り立って敵部隊を“俺たちだけで”敵情偵察して細かい敵戦力を把握して後方から遅れてくる本隊に連絡しろってだけのものだ。


 ……言えば簡単なんだが、どんな戦力がいるのかとかどうとかはほとんどわからない、半ば実戦状態だ。


 事前の偵察である程度は教えられてる。ほんとにある程度はってだけだけど。


「(……戦車は奥に1両いるという報告はあった。となると、それが本隊なのは間違いないだろうし、向こうも偵察送ってるだろうからたぶんこっちと同じ規模を……)」


 と、そんな予測を立てつつ周りを静かに監視している時だった。


「……お?」


 遠方に敵らしい奴を発見する。


 進撃中なのか、徐々に匍匐前進できているらしい動いている影を4人確認。しかし、残念だったな。匍匐するならもっと伏せやがれってんだ。


「和弥、11時方向、エコー3」


「……確認した。こっちに徐々に近づいてきているが……」


「空からの偵察とかが終わったから、向こうとしてもより詳しく偵察したいんだろう。……しかし、見えないからと言ってうかつに近づくとはな」


 判断が甘いな。俺みたいな若手でもわかることだ。今回のシナリオ分岐って結構イージーモードなのか? いや、しかし油断は禁物だ。

 あれがおとりという可能性も無きにしも非ず。だが、とにかく報告はしておこう。


「中隊長、こちらA。エコーチェック。11時方向、3。HMD情報転送。オーバー」


《中隊長了解。引き続き威力偵察を続行。オーバー》


「了解。Aアウト」


 このまま監視してろってことですね、ハイ。


 敵さんは接近を止めたらしい。影が動かなくなった。

 その後もいくつか報告が上がってきた。その情報はHMDに送られ、インカムの耳にかけている基部部分にある高感度脳波受信機から、脳波コントロールでその情報を提示させると、その内約が表示される。

 向こうも別に多いわけじゃなかった。おそらく、偵察的な部隊だろう。ただし、その奥に敵戦車が1両、いや、2両か。そこにいるのが厄介だった。

 徐々に偵察部隊のほうに向かってるところからして、たぶん本隊という想定なのだろう。

 ……あいつらが来る前に本隊を呼び寄せて、偵察部隊にご退場願わないといけない。


 今回はギリースーツを着ずに3型から改良された最新の迷彩服4型を着ているわけだが、それのおかげでいつも以上に伏せないと見つかる可能性が高い。


 ……そんで、そのまま偵察しろって言われたが、本隊はいつ来る予定なんだ? 一応、もうそろそろ到着の報告がくるはずなんだがなぁ……。


 仕方がない。念のため聞いてみるか。


「中隊長、こちらA。本隊のETAを頼む。オーバー」


 ETAとは到着予測時間のこと。いつ来ますか的な意味があり、思った通り返答はすぐに着たのだが……、


《A、こちら中隊長、本隊の到着、ロス5分。繰り返す、ロス5分》


「ご、5分?」


 おいおい、なんだってそんなに遅れてんだよ。味方のほうにまでシナリオ決められてなかっただろ? そんな取り決め聞いてないんだが?


《現在、機内での不手際が起きた。準備に時間がかかる。それまで、詳細の偵察を続行せよ。オーバー》


「はぁ……。了解。Aアウト」


 俺は少しため息交じりで通信を終えた。


 はぁ……。不手際って、いったい何事があったのか。

 こんな時に整備不良とか、そんなシャレにもなんないジョークは勘弁してくれよ、ほんとに。


 しかし、それによって5分ロスか。向こうとて、シナリオ分岐でこれを想定しているかもしれんし、そこらへんもこっちで対策しとかないと……。


「(このロスの5分……。敵にとってはチャンスには違いない。たぶん、仕掛けてくるな)」


 根拠、俺だったらそうする。

 誰だってこんな空いた時間を使わないアホはいない。何かしらの動きはしてくるはず。


 ……そうだな。俺だったら……、


「……大体、一部を突っ込ませるか?」


 相手方が何もしないんだったら、偵察とかでなかったら、もしかしたらあり得るかもしれない。

 半数の制圧射撃ののち、こっちが頭出せないところを狙って一部を突っ込ませて戦線をかき回すか……。そうなると、本来のETAからの5分の間に絶対向こうからの射撃が来るかもしれない。


 尤も、向こうとて偵察部隊だろうし、そんな無茶はするとは思えないが、しかし、向こうも向こうで戦線を切り開く突破口を作る役目を仰せつかってる可能性もある。時代のニーズの変化に合わせて万能に動くようになった今の偵察隊なら十分あり得ることだ。


 ……となれば、先手は撃たせたくないな……。こっちとて、そんなめんどくさい状況には持っていきたくない。


「……和弥、敵全体的にどんくらいいる?」


 俺は隣で相変わらずフタゴー構えてアイアンサイト越しに前方を見張ってる和弥に聞いた。

 和弥は顔色、見てる方向、何も変えずにただ淡々と答えた。


「偵察らしい歩兵が5、Bのほうには4いる。戦車は2両。なおも接近中」


「そのほかの装甲車は?」


「戦車の前方に軽装甲車っぽいのがある。たぶん、増員用だ。ETAはあと4分って出てる」


「4分か……。本隊間に合わねえじゃねえか」


 ヘリのほうでどんだけ急いでも5分だってのに、ギリギリ間に合わない。

 この場合、1分の時間差は致命的だ。その間にいくらだって戦線を動かせる。


 ……せめて、時間を稼がなければ……。


 ……よし、


「中隊長、こちらA。射撃許可要請、制圧射撃、及び牽制攻撃による敵秘匿攻撃能力の誘発を行う。オーバー」


 まずは敵が実際にはどんだけ攻撃できるのかを見ないといけない。もちろん、それによってこっちの攻撃能力も一部バレるが、あくまで行うのは一部だ。

 本当はM212.7mm重機関銃キャリバーを乗せた軽装甲機動車ラヴあたりが突っ込んでくれれば、こっちとしても心強いわけだが、しかし、今のこっちの想定ではそんなのはないようです。

 あくまで本隊にしかない。偵察自体は俺たちだけでやれということだ。はぁ、無茶がすぎるぜ。


 なので、敵情の更なる偵察ということで、まず威圧射撃を行う。

 一応、敵の進撃を止めて時間を稼ぐ意味もある。明らかのこのまま放置してたらまずいと判断したのだ。


《中隊長了解。A判断で制圧射撃指示。オーバー》


「了解。制圧射撃許可確認。Aアウト」


 中隊長からもゴーサインが来た。どれ、ではさっさと指示を出すとしよう。


「こちらAリーダー、新澤さん、そっちから制圧射撃頼めますか?」


《あー、私? こっちはいつでもオーケーよ》


「よし、ではこっちの合図とともにお願いします。B、そっちでも2名ほど制圧射撃頼みます。こちらの合図で」


《B了解》


 互いの位置は把握している。場所的にも、一応は牽制弾幕張ればそこそこ有効なはず。

 大体どこらへんにほかの火力を隠していそうかの推定はできている。そこら辺にぶち込めば、ちょこっとはボロを出すはずだ。


 そして、準備が完了した旨の無線が、俺のほうの耳に届いた。


 向こうは何もしてこない。まだこっちの意図に気づいていないようだ。


 ……よし、善は急げだ。


「射撃準備。こっちから合図出します。その合図で……」


 撃て。……と、俺の口が動こうとした時だった。


「……ッ! マズイ!」


「?」


 隣にいた和弥がいきなり小さく言った。

 その顔は一瞬にして焦っているような表情に変わる。サイト越しで見ているその内容が、どれほどまずい事態かを察することができた。


 俺も思わず聞き返した。


「どうした? 何が見えた?」


 和弥はサイトを覗きつつその状態で答えた。


「奴らが動き出した。一部がこっちに突っ込もうとしてる」


「ッ!?」


 俺は射撃指示を一時的にキャンセルし、そのままHMDのズーム機能を使って敵方向を見た。

 視界の中の一部に拡大された映像が表示される。和弥の言っていることに間違いはなかった。

 敵の一部が匍匐前進を再開した。しかも、結構速い。

 奴ら、突入経路を強行的にこじ開けるつもりなのか? しかし、何ら支援ない状態でいったいどういうことだ?


 ……そんなことを短い時間内に考えていると、


「ッ!?」


 途端に銃声が鳴った。

 乾いた火薬の音が連続的に周りに響く。それは、俺たちの前方遠距離から起きた。


「(制圧射撃! クソッ、先手を打たれた!)」


 奴らとて、考えることは同じということか。

 一部が、少し姿勢を上げつつも匍匐前進の速度増加をしつつも突入を強行したのは、この匍匐前進してきた奴らがこっちを撃退するためで、制圧射撃はこっちの動きを制限するため。

 弾道が見えない分、どれくらいの低さを撃ちまくってるのかがわからない。だが、相当低いはずだ。

 こっちから頭出したら最後。その頭部に命中判定でアウトだろうな。

 いくらヘルメットがあるとはいえ、何発も一瞬に喰らっちまったらそりゃ貫通ものだ。こんな状況で死ぬわけにはいかない。


 しかし、とはいえこれはどうする?


 奴らを進撃させるのはマズイ。だが、ここで頭を上げるわけにはいかないし、無駄にこの状態で撃ちまくるのもぶっちゃけ弾の無駄だしな……。


「(……時間がないな)」


 よし、ここはとりあえず敵の進撃を止める術で行くか。

 何のひねりもなくいこう。陸からの攻撃に最も効果的なのは……。


「中隊長、こちらA。敵残存偵察勢力、一部前進開始。航空支援要請。その後こちらのほうで制圧射撃を実行する。オーバー」


 普通に航空支援である。

 ヘリが、何でもいいから上から攻撃して、敵を一瞬足止めしてくれればいい。そのあとはこっちから制圧射撃で銃弾をぶっ放して、向こうの攻撃意思を削ぎまくる。

 そのうちに、本隊も到着するはずだ。敵の本隊の到着よりは早くつくはずだから、そのあとの流れはそっちにお任せだ。そこまでくれば、俺たちはそこでお役御免となる。

 敵航空戦力については問題ない。事前に味方が優勢権ぶんどったって設定になってるから。


 要は、空からの攻撃で、一瞬でも隙を見せてくれればこっちのものだ。火力自体はこっちが高い。封じ込めること自体は造作ないことだ。


《中隊長了解。サムライを1機派遣。ETAは30秒後。それまで持ちこたえろ。オーバー》


「了解。サムライ1機、ETA30秒後。Aアウト」


 サムライは愛称兼コードネーム。正式名は『JAH-1“サムライ”』といい、AH-1“コブラ”の後継として作られた、日本製の純国産戦闘ヘリのことを指す。

 ヘリとしては異常な機動性を見せる国産偵察ヘリのOH-1“ニンジャ”をベースとして重武装化されたもので、持ち前のその超機動性能を引き継ぎつつ、各種スペックをアップグレードさせて達成された重武装は、米軍の作った、日本でも採用しているAH-64D“アパッチロングボウ”に負けずとも劣らない。

 しかし、そのとんでもない高価格もいらなく引き継いでしまった結果、未だに十数機しか配備されておらず、納入が未だにちょっとずつ続いている状態になっている。

 愛称のサムライは公募で、まあ元ネタのほうが隠密的な偵察へりにピッタリの忍者ニンジャなら、こっちは攻撃重視タイプだから自然とサムライで安定だろうということでこうなった。まあ、妥当ともいえる。


 間もなくそれがこっちに来る。30秒程度ならギリギリ我慢できるが、さっさと来てくれよ。

 未だに銃声が鳴りまくってて全然頭あげれないんだからな。


「Aより偵察全隊、こちらのタイミングで改めて制圧射撃実行。各員待機」


 一応全員に確認をとり了承の返答を得ると、すぐに隣にいた和弥にフタゴーの射撃準備を指示。すぐに俺と同じくフタゴーの射撃準備を済ませた。


 全員からスタンバイのコールが来た、ちょうどそのタイミングであった。


「お、きたきた」


 後ろからバラバラとローター音が鳴り響き、そしてそれに伴う風が届いてきた。

 数は1。音からして結構低空だ。こんだけ風が出るとなれば、相当低いところを這ってるに違いない。


 そして、案の定、結構な低高度を飛行しつつ、俺たちの上を通って行った。


 元のニンジャの面影を残しつつ、機首下部のターレットに機関銃を設け、そして両翼の武装を強化させた迷彩色の戦闘ヘリ。

 サムライだ。機首下部に設けられた主武装の30mmチェーンガンから、まるで野菜を切ってる時の音を高速かつ連続で鳴らしたような、そんな乾いた力強い連続的な射撃音を響かせつつ、敵の歩兵がいるあたりを重点的に、かつ万遍なく掃射した。


 その射撃のおかげで、敵が一時匍匐前進と制圧射撃を止めた。


 よし、今がチャンス。

 射撃方向は各自で令達済み。あとは、ぶっ放すだけ。


「Aより偵察全隊。射撃開始。狙ったとこに撃ちまくれ!」


 その指示と共に、俺はセレクターを連射にセットし、バイポットに乗せていたフタゴーの引き金を引いた。

 パパパッと乾いた音が連続して響き渡り、相手方の上の空間を制圧する。

 ……といっても、これもこれでただのバトラー連動の空砲である。

 反動自体を極力押さえつつ射撃するのはやはり体に堪えるもので、照準をしっかりとらえ続けるのに一苦労する。サバゲー時代に使った、あの電動ガンタイプのハチキューとはわけが違う。


 ここにいる全員が、相手方に対して問答無用に制圧射撃をかましまくった。

 あと少しだった。味方本隊が来るまでの時間はもうほとんどない、というか、今すぐに来てもいい頃だった。


 敵さんの進撃が完全に止まった。


 よしよし、そのままもう少しおとなしくしていてくれよ……。俺は心の中でそうつぶやいた。


「敵さん完全に止まったな。頭上がらねえ。……と、リロードリロード」


 和弥もそうつぶやいた。

 こいつからもそう見えていてるらしい。いや、どこからどう見てもそうなのだから当たり前なんだが。

 ついでにマガジンを取り換えた。俺もちょうど切れたので、30発内蔵のマガジンに取り換える。

 リロードに時間はかけない。すぐにまた射撃を再開する。


「ああ。もう少しだ。もう少しで本隊が……」


 と、ちょうどそのタイミングだった。


「ッ! きた!」


 他のヘリのローター音が複数鳴り響いて俺の耳に届いた。

 この二重のローター音は、間違いなく本隊を乗せたJV-22“オスプレイ”だ。


 このオスプレイは日本導入版で、Jがついでるのでわかりやすいと思う。

 性能自体は海兵隊仕様のMV-22と大差ない。ただ、日本が導入したタイプのものを、Mの代わりにJをつけて呼んでいるだけだ。


 ここに来た2機とも陸上迷彩を施され、ホバリング飛行への移行のために徐々にローターの向きを真上に変えていた。

 俺たちの真後ろで、ローターを上に向けつつ静かにそっと降り立ち、後部ランプからぞろぞろと歩兵が出てきて俺たちのほうに向かってきた。

 全員普通科の奴らだ。手にはやはりフタゴーやら、軽MAT(対戦車誘導弾)やらを構えているのがぞろぞろぞろぞろ。


 さらに、そこからこっちが退却するために支援射撃が来た。ちょうどそのタイミングで後退要請がきたので、俺たちはその場で立って、そこからトンズラする。

 敵さんが撃ち始める前にさっさと逃げる。


 後ろを見てさっさと後退していると、また続々と増援が来ていた。


 オスプレイに吊り下げられた軽装甲機動車ラヴも到着し、2両ほどがまず先陣を切って突っ込んでいった。


 ……と、あとは向こうにバトンタッチだ。


 ある程度後退して、回収のためのヘリに向かっている途中……。


「……ふぃ~」





「終わったぁ~……」





 任務が終わったので、思わずそんなことを口から漏らしてしまう…………

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