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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第3章 ~動揺~
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ライブ終了

 ……タイマーは止まった。液晶パネルにある数字が消滅したのだ。

 装置にあった噴射口らしい穴を確認する。ガスどころか、風すらこれっぽっちも感じない。音も聞こえなかった。電源が切られたらしい。完全に鳴りを潜めている。

 響くものと言ったら、ライブの喧噪の余韻のみ。現場はもう限界を大体1週くらい余計に回ったらしく、歓声は上がれど力尽きた感がひしひしと感じ取れた。


「……止まった……」


 自分で確認するようにそういった。その時、無線で声が響く。


『祥樹! どうだ、止まったか!?』


 和弥の声だった。目の前にある吊り下げロープの陰から除くと、和弥たちが俺のほうに視線を集中させているのが確認できる。

 俺は未だに残る緊張感を感じながら、静かに答えた。


「……止まった……」


『止まった?』


「ああ、止まった……タイマーは止まったぞ!」


 最後は歓喜の感情に任せて叫んだ。それは、向こうにも伝播した。


『ッシャぁ! ギリギリセーフッ!』


『はぁ~~、あっぶなぁ~……ほんとにギリギリだったわね』


『会場ももう力尽きたっぽいですからねぇ……よーまーこんな危ないことやりますわ、あの人』


「お前が言うなよ」


 元々提案したのお前だろうがと。どこの誰がこんな下手すりゃ文字通り真っ逆さまのことやらせたと思ってやがる。


「とりあえず、止まったからさっさと梯子か何か持ってきてくれ。ここじゃおちおち休憩もできやしねえ」


『今さっき手配したよ。もうちょい待ちな』


「へーい、了解」


 ここも足場が小さい。さっさと一息入れたいが、こんなんじゃ座ることもできないしな。今こうしてしゃがんでないと危ない。

 しばしの間、ロープに左手をかけながら落ちないように支えて待機。動きやすいようにチノパンをはいていたおかげもあって、長時間の体勢維持にはそれほど苦労はしなかった。

 少しして、梯子が到着した旨の無線が届く。持ってきたのは二澤さんたちに、この会場スタッフらしい。

 和弥たちと協力してこちらにかける準備をし始めた。


「さて、ここともさっさとおさらばしますか……」


 そう思いつつ、下のほうを見る。

 素人目からすれば足がすくみそうな高さである。こういう時下を見てはいけないと昔習ったが、如何せんこれでも空挺団に籍を置く人間である。時にはこれ以上高い高さから飛び降りるのだ。この程度はもはやなれたもんである。


 ……そしてそこでは、


≪皆おつかれー! 今日は最後までありがとー!≫


 そんな晴れ晴れとした笑顔を振りまいている、3人のアイドルたち。ファンもそれに精一杯応えていた。

 ライブは無事終焉を迎え、疲労は見えながらも最高のムードで終えることができた。

 異常ともいえる長さの延長戦アンコールを経ても、彼女たちは最後まで笑顔を忘れずにいた。


「(……今回は彼女らに助けられたな)」


 彼女らの文字通り死ぬ気の努力により、ここにいるファン全員を救うことができた。もちろん、ファンが彼女らの声にこたえたからこそ成し遂げたともいえるが、彼女らはそのファンの知らないところで、自身の目の前にいる人々を守ることになったのだ。

 当然こんな経験はなかったはずだし、そもそもの問題考えもしなかっただろう。アイドルライブ史上初の事例なのではないかとすら思える。


 それでも、彼女らは無事にその使命を全うしてくれた。喉はもちろん、身体的にもとても疲れているはずである。おそらく、今にも倒れそうなほどに。

 それでも倒れず、最後まで会場を盛り上げ、結果的に人の命を救う最大限の援助をしてくれた。彼女らの行動は、まさにプロフェッショナルに値する。


「……伊達にプロのアイドルしてないってことか」


 正直、日本のアイドルというのを少し舐めてた節があったが、こればっかりは詫びをするとともに考えを大きく改める必要があるだろう。

 間違いなく、彼女らはプロのアイドルだった。


「……あとで礼でもいっとくかね」


 ふとそんなことも考えていた。こうして任務を全うできたのもすべては彼女らとそのファンのおかげだ。ファン全員にこの場でいうのは少し混乱を起こしそうなので、せめて彼女らにだけでも礼を言いたいところだ。

 とはいえ、向こうにそれに応じる時間あるだろうか。うまくいけば、二澤さんらも彼女らに対する感謝の念は尽きないだろうし、それとは別にこれを名目に「本物にあえる!」とかいって喜んで応じてくれるかもしれないが、そこは要相談としよう。


『祥樹、梯子つながったぞ。さっさとこい』


「あいよ」


 そのうち、梯子がこの照明の上にかけられた。手すりの上から無理くりかけられており若干不安定だったが、ユイたちがガッチリ固定してくれたこともあって何とか向こうの仮設足場に無事降り立つことができた。無事、生還である。


 その後スタッフから感謝されるわ労い受けるわの過程を経ながら、ついでに、ユイともグータッチを交わして互いに無事を祝う。いつもの恒例である。


 ……そんなこんなで、やっと一息ついた。


「ほい、差し入れ」


「うい、サンキュー」


 ホール舞台裏に設けられた調査本部フロントの出入り口前で背もたれていると、和弥が適当に買ってきたジュースを持ってきた。これまた、俺がアロハ野郎を追う前に飲んでたのと同じリンゴジュース。

 ちょうどいい。喉が渇いていたところだ。一服させてもらおう。


「しかし、お前も大変だな。最近こんな目にあってばっかりだ」


 自分の分のコーヒーを片手に、和弥がそんな労いの一言を投げかけた。


「ほんとだよ。お前変わってくれるか?」


「生憎俺そんな不幸体質に耐えれる精神もってないんで」


「俺も持ってねえよ……」


 どこぞの右手に異能がある高校生ならまだわかるんだがな。俺はそんなに生まれつきひどい不幸体質は持っていない。

 そんな愚痴をこぼしながら右手にある水分を補給した。数十分ぐらいの時間だったとはいえ、それだけで結構な量の水分が体内から出ていったらしい。どんどん喉を通っていく。


「ったく、ハワイのやつといい今回といい……こんな不幸な目に連続で会うってことあるんだな」


「だが、言っちゃあなんだが“あの時”よかマシだろ? ……実際この程度でへこたれる精神じゃないはずだ」


 お前それを今ここでいうかい。


「そらそうだけどさ……あれいつの話だと思ってやがる?」


「ざっと10年前。今時期だったっけ?」


「10月だよ。10月の後半。あの後、俺しばらく病院で意識飛んでたからな」


「あれ、そうだったっけか?」


「そうだったって、それを教えたのお前だろうに……」


「……あ、そうだった」


「忘れんなよそんな重要なこと……」


 大量の情報がお前の頭の中にある割には、こういうところはなぜか飛んでたりするこいつの記憶。謎である。


「(そうなんだよなぁ、もう来月で10年だよ……)」


 時がたつというのは実に早いもので、あの時が昨日のように思えても、それはあくまで俺がまだ13の時の話である。

 最近あまり実感がなくなってきたが、思い出したようにそれがフラッシュバックする時もあるから困ったものである。それほど、あまりに衝撃的過ぎて記憶に焼き付きすぎたのだろうと思われるが。


 ……少し昔を思い出してしまったが、俺は気分を変えるためにふと話題を変えた。


「んで、結局ライブのほうは大丈夫だったのか?」


 和弥も飲んでいたコーヒーを一旦飲み止め、「ああ」と答えながら自身のスマホを取り出した。

 こういう時、情報は常にこれにメモっておくのがこいつのやり方である。


「ライブは無事何事もなく終了したよ。混乱を避けるために、ファンの人たちには今回の事情は伏せておいたが、一応健康不良を訴える人は出てこなかった。装置も今さっき回収されたって連絡があったし、もう大丈夫だろう」


「そうか。……しかし、まさかVXで来るとはなぁ。サリンとかそういうののイメージがあったが」


 尤も、VXガスも日本では十分有名ではある。数十年前にどこぞの鳥の名前を冠した宗教団体という名の実質鬼畜カルト集団が、自分たちに反発的な要人を暗殺するために何回かこれを用いていた。大抵は未遂で終わったが、それでも一人それの犠牲となっている。


 しかし、それでもVXガスってのは殺戮要素が強い。簡単にテロリストの間で手に入る代物なのかと疑問に思っていたが、和弥に言わせれば「簡単に作れる」らしい。


「VXガス自体はサリンと同じで作ろうと思えば簡単に作れんだよ。例のカルト宗教団体が使ったサリンやらVXやらも、外注したわけじゃなくて全部自作したやつだ」


「そんな簡単にか?」


「ああ。別名『貧者の核兵器』って呼ばれるくらいだからな。ある程度の化学系知識と素材があれば、十分生成は可能だ。今回のやつが自作かどうかは知らんが、実際に世界でも例があるし、可能性はある」


「自作ねぇ……」


 VXガスの被害に関しては何度かニュースでも見たことがある。

 数年間のアメリカやイギリスでは、地下鉄の駅構内でそれらしいものが入った袋や液体が発見され一時的に大パニックが起こった。そしてイギリスのほうでは、生成過程でミスがあったのか効力は弱まっていたものの健康不良を訴える人が続出する事態にまで発展している。


 それらは、どちらもVXガスだったらしい。しかも、逮捕したテロリストによれば、用意したのは全部自作ないし仲間が作ったものだそうだ。


 死者は幸いでなかったものの、それはあくまで使ったVXガスが不良品同然の状態だっただけの話で、うまく使えば今回みたいなこともできるらしい。


「しかし、サリンじゃないんだな。どっちでもいい気もするが」


「サリンじゃ効果が薄い。ホールは広いから、サリンみたいな揮発性の高いガスだと、すぐに空気の流れて霧散して濃度が低くなっちまって致死効果が得られねんだよ。その点VXガスは逆に揮発性皆無で、空気中に投げてもVXガスのちょい粘った液体が散らばるだけだからな。散らばったら最後、長時間を置くか除染しない限りは毒性は消えんよ」


「じゃああれか? 地下鉄でサリンが使われたのって要は……」


「地下鉄の、しかも電車内という小規模閉鎖空間なら、空気中で霧散しまくって毒性低くなることはほとんどないし、むしろある程度効果的に周囲にサリンガスが散らばってくれるからな。そういうことだ」


「ほう……なるほど」


 よーまーガスのことについてそこまで知ってるもんである。

 和弥によれば、そういうこともあって、今回のホールみたいなある程度広さのある空間なら、VXガスが効果的なんだとか。

 先に言った地下鉄駅構内でVXガスが使われたのもこれが理由らしい。日本のやつはあくまで“電車内”で使われたものだが、このアメリカとイギリスのは“駅構内”で使われたものという違いがある。

 しかもばら撒かれたら1週間くらいは残ってしまうため、完全にガス効果が消えるまではその汚染地域は完全封鎖不可避だとか。事実、確かにイギリスのほうではその影響で地下鉄が一部路線が閉鎖されていた。今は解除されているが。


 そんな解説をしながら、和弥はコーヒーを飲み終える。近くにあったゴミ箱にボトルを投げ入れてさらに言った。


「VXのほうが効果的ってことを向こうはよくわかってたみたいだな。これはそん所そこらの素人の知識じゃないし、生成技術を持っているところからも……ただの、小規模愉快犯とかそんなのじゃないだろうな」


「猛毒ガス生成してる時点で相当だからな……しかも、状況的に見て向こうは単独じゃないうえ結構な準備をしてきてる」


「違いない。それに加えて噴射装置も作ってる点から、工学系の知識もあるようだ。……テロリストの所在によっちゃ、もしかしたら例の私幌の時と同類かもな」


「おいおい、あのセムテックスのやつか?」


 数ヶ月前、私幌市での訓練中に巻き込まれた本物IED爆弾事件。

 あの後の調査で、あの装置は数年前に拉致ってきた電子工学系に強い女学生を使役して件のIEDを作成していたことが判明した。これらはすべて、共産党系の差し金であるらしいことが和弥の調査(という名の諜報活動)でわかったらしいが、詳しくは機密に触れるらしくわからず仕舞いだった。


 尤も、そんなとこまで危なっかしく調べれる時点で十分な気もするが。そのうち他国のスパイと間違われねえだろうなコイツ。


「装置だけを作るなら別に化学系に強くなくてもいい。同時に複数個作らせてた可能性も否定できないし、組織如何によってはありえない話じゃないぜ」


「私幌市のやつと同じとみると、セムテックスとVXガスという使用兵器の違いがあるだけで、実行組織と装置製作者が同一な可能性があるってことか?」


「そゆこと。ま、私幌市の時とは数ヶ月程度しか期間が開いてないしな。それに、こんなの扱えるやつはそう多くないし」


「おいおい、そんな泥沼になりそうなことは勘弁してくれねえか……」


 確か、例のセムテックスの奴は共産党系が多く関わっていた。さらに、武器供与等の観点から、共産党系のほかにも旧北朝鮮系の組織、そして密かに関係が噂されている首都連合という指定暴力団も関係している可能性も指摘されている。


 そこらへんのどれから、今回の事件を引き起こしたとしたら……もはや事態は看過できない。


「私幌や今回のと同じようなことがまた起こる可能性もある。首都連合とか最近忘れかけてたが、武器供与等の点から関係も噂されてるし、それに今回のテロは首都圏で起こってる。彼らの活動圏内だ。犯行も十分あり得るな」


「だが、彼らがこんなところでテロを起こす理由なんてあるのか? こんな大事をしたら自分たちにも警察とかの調査の手が入る可能性を上げるだけで、はっきり言ってメリットなんて気に食わないやつを殺戮するぐらいしかない。それと引き換えに組織の存亡を差し出すとも思えない」


「そこはなんとも言えない。まだ首都連合の連中がやったと決まったわけでもないし、まあ、テロリストにはテロリストなりの考えがあるんだろう。単に混乱を招こうとしたか、それとも会場にいた誰かを殺そうとしたか」


「う~む……」


 和弥がスマホいじりながらまた情報あさりに入る中、俺は少し考えに耽った。


 まあ、特定の人殺したいなら居場所が確実に固定されるから暗殺にはもってこいだろうが……確実というわけではないだろう。ホール内に陣取った席にもよるし。

 それに、無差別殺人したいという割には装置が1基だけだったのも気になる。あれ見た限りでは、ホール全体にまき散らすのは難しそうであった。

 あの装置があった場所の下近辺は完全にガスの効果範囲ではあるが、ホール内を完全に覆っているわけではない。ばら撒かれたVXガスによって周辺は感染するだろうが、外縁に行けばいくほどその可能性は低下する。尤も、わざわざ全員を感染させる必要性もないだろうが。

 VXガス自体の特性から見ても、後々から他者に空気感染することはないはずだ。症状はあくまで痙攣や幻覚系といった体内発症のものに限定される。嘔吐とかそういうのはないし、ホール内にあるVXガスが外に漏れたりしない限りは、外にいる人たちにすら感染はされない。


 ……はて、目的がわからないな。いずれの可能性を取るにしても、変なところで準備不足や詰めが甘いところがある。


「(何か実験でもしたかったのか……いや、でも何のために……)」


 またどこかでVXガスを使うつもりなのか。そこはわからないが、わざわざこんなところでガスをばら撒く必要性もないな。気に入らない人を殺したかったのならまだわかるが。


 ……ふむ、謎である。


「(公安やJSAが解決してくれればいいが……)」


 俺はそんな懸念を抱いた。

 ……そんな隣では、


「……お、アイツか」


「?」


 和弥が誰かから電話を受けたらしい。すぐに出ると、いつもの陽気な口調で何個か言葉を交わしていた。

 聞くからにご友人の人らしいが、電話自体はすぐに終わった。その表情は何やら安堵したものである。

 気になった俺は聞いてみた。


「誰からだったんだ?」


「いや、例の『SEA GIRLs』のプロデューサーさんだ。さっきアイドルたちの健康状態を確認したが、異常はなかったようだ。近辺スタッフも問題ないらしい」


「あぁ、なんだ。そうだったのか」


 彼女らのプロデューサーさんかだったか。先の情報提供の礼と、簡単に自分たちの状況を伝えてくれたらしい。

 何とかあの3人も一応無事で済んだようだった。そらよかった。会場は問題なくてアイドルのほうがアウトだったなんてことになったら一大事だ。


「彼女らに付いている耳鼻咽喉科の医者さん曰く、あまりに連続的に歌いすぎて喉が少し枯れてたけど、若干炎症起こしてるってだけで、少し休めば勝手に治るってさ」


「あれだけ歌ってそんなんですんだのかよ……」


 よくまあ喉がぶっ潰れなかったもんだ。ざっと軽く見積もっても十数分以上ぶっ続けで歌い続けてたようにも見えたが、そこは喉が鍛えられてる所以だろうか。軽い炎症で済んだらしい。

 でも、それでも炎症状態でこれ以上歌うのは無理なので、数日くらいは休日入れるように医者からいわれたそうだった。有体に言えば短期間のドクターストップってやつである。

 その間にも何個か予定は入ってたのだが、一応全部キャンセル入れたらしい。今は各関係者にその旨連絡中だとか。


「だが、確か彼女ら全国ツアーやってなかったか? 日程はずれるのか?」


 そんで、今日の東京ライブがその初回だったはず。


「いや、あれは元々1ヵ月に1~2回くらいのペースで半年かけてやる長期間イベントだったから問題ない。事実、次のライブは2週間後だし、そうでもしないと他のTVの予定と被るからな。他とはちょっと違って、通常の日程の合間合間に全国を回るって感じなんだよ」


「なんだ、じゃあツアーの日程には影響はないのか」


「一応はな。まあとりあえず、明日から一週間くらいは様子見するそうだ。それで喉の状態を見て、今後の予定を決めるらしい」


「一週間も仕事なしか。本人たち残念がってたか?」


「いや、残念がってなかったわけではないんだが、まあそれはそれで「久しぶりの休暇だ~」って喜んでたそうだよ。実際、最近仕事が大量に入っててまともに休み挟められなかったらしいからな」


「ほ~。アイドルも大変だねぇ」


「芸能人って労基法の適用範囲外だから、休みに関する規定がないんだよ。アイドルもしかりだ」


「はは~……マジか」


 和弥によれば、『労働基準法(労基法)』はあくまで雇用者たる会社側と労働者側との間にある法律ってだけで、芸能人には適用されないらしい。

 芸能人は個人事業主、つまるところ自営業と同じと見なされる。自営業に雇用関係など存在せず、自分で好きなように活動したりしているため、そこに休日がどーのとかそういう規定をいれることが法律的にはできないのだとか。


 なので、売れっ子にでもなればほんとに年中無休の休みなしもあり得る。逆に、仕事がなけりゃ年中有休どころか全休の仕事なし。ついでに給料もゼロといったことも可能なのだとか。当然、ここら辺はアイドルにも言える。

 ……俺芸能人じゃなくてよかったわ。下手すりゃ休みなしとか耐えれる気がしない。


 なお、彼女らは全国どころか一部のアジア諸国からも問答無用で引っ張りだこされてる超絶売れっ子さんなので、そんな休暇なんて月に数日確保するのがやっとらしい。


「あの娘らアイドル初めてまだ3年目だけど、まだ18の未成年だから学業もあるんだよな。通信制のやつ使ってちゃんと学歴は確保してるらしいぜ」


「ほう。それで、成績は?」


「早稲田狙えるぐらいには高学歴だってさ」


「……え、早稲田? マジで? そんなに成績いいの?」


「通信制の中でも全国トップの私立行ってるしな」


「え、それで早稲田目指せるレベルの頭の良さ持ってて、歌うまくて、ファンを全国どころかアジアにも一部作って?」


「現在進行形で増加中」


「そしてアイドルやってるから運動も?」


「抜群。っていうかそれと歌上手が高じてアイドルやり始めてるし」


「俺ファンになるわ。会員クラブある?」


「即決はええなおい」


 呆れ半分驚き半分な和弥を横目に、俺はiPhoneを取り出してこういうのにありがちな会員サイトを探し始めた。

 尊敬しかない。これだけ万能なアイドルとか聞いたことないうえ、さっきのあれみたいにプロ根性出されたらもうファンになるしかなかった。ならないっていう選択肢は俺の中には存在しなかった。

 そりゃあんだけファン守るために必死になるはずである。人柄もいい。今回の件もあるし、少しお返ししてやるのも悪くはない。


「あー、とりあえずファンクラブサイトあるからそっから登録でもしとけ。あとで携帯に電子カードアプリくるから」


「はいはい、これだな」


 とりあえずさっさと登録を済ませてしまう。しかし、数字がすごいな。日本全国だけでも180万でアジア方面合わせれば200万越えかよ。鯖読んでるんじゃないかって疑うレベルの多さだな。

 会員だけでこれなんだ。登録してないファンを加えたらすごい数に……そりゃまぁ、あんだけのスペックもってりゃファンもつくか。


「だがまあ、またこうしてファンが増えたとなれば、アイツも喜ぶだろう。あとで教えとかないとな」


 和弥の言うアイツとは、おそらく例のプロデューサーさんのことだろう。


「そういや、なんで彼と知り合い関係なんだ? そんな芸能関連まで手を出してたとか聞いたことないが」


「ああ、あの人元国防軍人で、うちの遠い親戚でな。連絡取り合って、互いに軍事関連の情報交換とかしてた仲だったんだわ」


「なんだ、親戚だったのか」


「ああ。ちなみに、情報本部の幹部軍人だ」


「情報本部って、国防省の?」


 結構なエリートさんじゃないか。


「そう。だから、今は芸能関連の情報とか主にもらってるが、その当時は国防省にある情報をもらってたわけだ。尤も、機密に触れるのはさすがに教えてもらえんけどな」


 そりゃむしろ教わったらマズイだろと。機密漏洩問題もあるし。


「でも1年で辞めてな」


「1年で?」


「ああ。元々アイドルの追っかけしてたんだ。それを通じて、プロデューサー業とか独学しててな。3年前から彼女ら3人をユニットに組んで、業界に殴り込みかけたんだよ」


「殴り込みって……」


 随分と大胆ないいようである。殴り込むほど日本の芸能界ひどかったかね。理由にもよるけど。


「『今のアイドルの売り込みは小手先すぎる』だとか『もっと正々堂々と実力勝負で』とかって理由らしいぜ? まあ、それゆえ実力で選んでしっかりアイドル育成とかした甲斐もあって、一気に力をつけたけどな」


「ふ~ん……」


 随分と坂本龍馬めいた意志である。曰く、彼女らもその意志に同調してるらしく、ほんとに一心同体同然の気概を持って業界に殴り込んでいったとか。

 尤も、確かに今のアイドル業界はたまに小手先なことをやってるというのはある。CDに握手会のチケット入れて、チケット目的に買うファンを増やしてCDの売り上げを伸ばしたり、わざと炎上騒動起こしたり、脅迫しまくったり、挙句の果てには営業に有利にするために俗にいう枕営業に走ったり。などなど。


 そのプロデューサーさん。自分なりに調べれば調べるほどこんなのばっか出てくるので憤慨したらしい。だから「自分が正攻法で勝ち抜く」戦法をとっていったとか。

 結果的に、たった3年でそれらすべてに打ち勝っていったこともあり、業界からは注目と嫉妬の目が向けられているとかどうとか。


「(……正当な方法を貫く強い意志、か)」


 今の人間に必要なことなのだろう。自分の意思を相手に示す、正しい方法。

 しかし、それが多くの場合曲がっているのも事実である。その正当な方法が、時には拳になってしまう人がいる。それも、全世界に。

 そして、それを止む無く用いらざるを得ない状況が生まれているのもある。


 その結果が、今の戦争だったり、テロだったりするのかもしれない。


 わざわざそんなことする必要もない。しかししなければいけないのは、そのほうが“手っ取り早い”とか、“簡単に解決する”とか、そういった理由があるのだろう。

 だが、それらは決して褒められたことではない。


「(彼女らを見習ってほしいもんだ……正攻法でも十分勝てるじゃねえか)」


 彼女らにファンがついているのも、歌唱力やキャラ、ルックスだけではなく、そういった正統的な実力勝負主義を貫く姿勢に心を打たれたからといった理由もあるのかもしれない。


 正当な意思を伝えることは十分できる。できるのが人間だ。


 だが……それをしようとしないのも、また人間である。


「(……やればできるのに)」


 その結果生まれるのが俺みたいな奴だ。

 もっとほかの方法があったろうに、それをしようとせず拳で殴りかかって生まれたのが、俺みたいな奴だ。おそらく、もっと悲惨な目にあった奴もいるかもしれない。


 ……目も当てられない。しかしすべて、人間のすることなのである。


 ……とはいえ、こんなのは人類史上始まって以来いつもやってきていた。はっきり言って今更なことである。考えたって始まらない。


「……どれ、そんじゃそろそろいくか」


 和弥がスマホいじりを終え、そんなことを言った。


「いくって、どこに?」


「そりゃ、彼女たちのとこさ」


「彼女たちの?」


 ここでいう彼女たちとは当然例の3人娘のことだろう。しかし、アポは事前にとってはいなかったはずだし、彼女たちも休息中である。むやみにいくのは悪い気もするが……


「心配すんな。プロデューサーさんにこっちのほうからさっきの礼を言いたいって言ったら、アイドルのほうからオーケーがきてよ」


「え、そっちから?」


「軍人を生でみたことないんだと。だから好奇心に近いな」


「マジかよ」


 まあ、確かにアイドルと軍人ってどう考えても相見える関係には見えないけどさ、ご近所で装甲車とかたまには知ってるのすら見たことないのか。自分の住むところに駐屯地とか基地とかがないのだろうか。


「二澤さんたちもついでだから誘ったらライン返さずにそのまま放置プレイされた。たぶんもう向かってるぜ」


「あの人ら……」


 案の定、というやつなんだろうが、頼みますよ、向こうは数十分前まで喉潰れる寸前まで歌いまくって疲れてるんですからね?

 さすがにそこらへんの分別はあると思うが……いや、というかそう思いたい。


「お前としても個人的にも礼はしたいんだろ? さっさと行こうぜ」


「……なんで知ってんだ?」


「お前が即行でファンクラブに入った理由があれだけとは思えんからな。尊敬も入ってんだろ? あそこまでやり遂げた」


「……」


 ……こういうところ、ほんとにコイツよく見てやがるなと思う。親友やっててはや数年。ここに関してはほんとにコイツには敵わない。


「……バレちゃしょうがねえわな。まあいいや、それなら話が早いしさっさと行くか」


「ん。ついでだからこっちからあの3人に言っとこうか? その3人のプロ根性に憧れたって」


「言わんでいい。聞かれたら俺からいうから」


「あ、隠したりはしないのね……」


 隠す必要もないだろと。そんな会話を交わしながら、俺らはそのまま楽屋へと足を運んで行った。





 その日は、そのまま何事もなく残りの時間を過ごす…………

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