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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第3章 ~動揺~
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焦燥の捜索

 階段自体はそう何階もない。3階ほど上がったところで男はその階の通路を突っ走り始めた。

 いったいどこに向かうつもりなのかは知らないが、これ以上野放しにしておくわけにもいかない。理由なんて後でいくらでも考えれる。

 駆け上がってすぐに直線通路だったので一気に距離を詰めた。そこには色々雑用中の作業員がいたが、彼らを押しのけ、そして近隣にある物品を俺の進路上に倒しては追跡の邪魔をしてきた。


 とはいえ、そんな障害物競争染みたことなんて訓練でいやってくらいやってきた。追跡状況を逐一フロントに報告しつつ、自慢の足で男を追い詰める。

 曲がり角にある階段をまた降り始めると、そのまま階段には足をほとんど踏み入れず踊り場に飛び込みながら、段飛ばしどころではない速度で下へと向かう。相当足腰が強いらしい。


「(うへぇ、あんなのやれんの空挺のやつら以外ならユイだけだと思ってたわ)」


 そんな俺も距離を維持するために段飛ばしすら抜きにして一気に踊り場に飛び込みながら下を目指す。伊達に空挺団はやってない。足腰はいやでも鍛えられていた。


 3階から一気に1階にまで降りる……というより、飛び降りていくが、止まる気配がない。しかし、ふと手すりの下を見ると階段の終わりが見える。

 地下2階。ホールのさらに下のほうだ。そこは少し開けた通路がある。


「向こう地下2階に向かってます! 誰かそこにこれませんか!?」


『大丈夫だ。その先に増員を待ち伏せさせている。A3通路に誘導できるか?』


「了解。A3ですね!」


 A3通路は階段を降りるとすぐ右手にある通路をさらに左に突っ走ると見えてくる通路だ。右に折れる形でL字の曲がり角がある。

 階段を降りた瞬間、密かに持ち合わせてたハンドガンを数発だけ階段出口の右側に打ち込み、男を左に向かうよう仕向けた。

 男は銃弾に怖気づき、思惑通り左に曲がる。


「(よし、その先には待ち伏せがいるはずだ)」


 どこの誰がいるのかは知らんが、ちょうど男は曲がり角に差し掛かろうとしている。相も変わらず物品倒して追跡妨害をしてくるが、それもすべて難なく乗り越えているうちに、距離はそこそこ縮まっていた。


 曲がり角でいったん速度を落とすため、そのタイミングで一気に縮めれるかもしれない。そのうちに、男が曲がり角に差し掛かった。


「よし、ここで一気に距離を……」


 ……が、その前に、


「ッシャオラッ!」



 ガズッ



「ええ!?」


 曲がろうとした瞬間に、一つの威勢のいい声とともに男の腹に一本の足が伸びた。どう見ても回し蹴りである。

 喉の奥から一瞬うめき声をあげた男は、腹から「<」字に折れ、そのまま俺のすぐ左横を飛んで通路にあった自らが倒した物品の棚に背中から突っ込んだ。

 おおよそ人間があの状態で飛べるとは思えない距離と速度である。あの様子じゃ割と冗談抜きで内臓破裂でもしたんじゃねえかとさえ思える。


 ……で、それをやらかした張本人。こんなのできるのはアイツしかいない。というか、声ですぐに分かった。


「……どうも。お待たせしました」


 涼しい顔で通路から顔をのぞかせるのは、我が相棒のユイである。後ろには和弥に新澤さん、そして二澤さんに部下2人ほどがついていた。


「……ユイ、お前いくらなんでも飛ばしすぎだろ。完全に伸びてんぞアイツ」


 男はこれっぽっちも動かなかった。完全に伸び、明らかに気絶か、何らかの意識障害でも起こしたような様子である。

 軽い脳震盪を起こして意識が朦朧としているのだろうか。どれほどの衝撃だったかがありありと伺える。


 しかし、その犯人はなんの悪びれる様子もなく、


「どうせ飛ばすなら景気良くね」


 そんな「最後はパーッとやろうぜ! パーッとな!」みたいな軽いノリをかましていた。お前、人体をなんだと思ってやがる。


「その結果があれかよ。景気良く飛びすぎだろうが」


「今ならサッカーのゴールキックでゴールだせる自信あります」


「普通のフリーキックでやれ」


 それこそエースストライカーがたまに見せる無回転シュートでも出してみやがれってんだ。


 そんな会話の横で、二澤さんの指示の元男の確保に動く面々。和弥もそれについていった。


「大丈夫か、篠山?」


「ええ、一応は。しかし遅かったですね。もう少し早く来るかと思ってたら」


「しゃーないだろ。そっちが上に下にっていくから振り回されてんだよ」


「ハハハ、こりゃ失礼」


 とはいえ、文句は向こうに言ってもらいたいがね。俺だって振り回されたクチだ。

 すると、新澤さんが俺の後ろを見ながら言った。


「しかし驚いたわね。無線には聞いてたけど、あのアロハ野郎がそうだったなんて」


「一人とは限りませんけどね。ただ、彼をとっつ構えていろいろ情報引き出せればこっちのもんでしょう。警察のほうは?」


「今フロントのほうから派遣されたのがこっちに向かってるわ。あとは向こうに任せてもよさそうね」


「了解です」


 ここにいる警察は、一部の招集された一般警察官を除けばすべて公安だ。彼らが主導となって動いていることもあり、事後処理もすべて彼ら持ちとなる。

 その間はここで少しの間待機である。


「だが、お前も災難だな。寄りにもよってこんな目に合うとは」


「ハハ……最近俺悪運でもついてるんじゃないかと思い始めてますよ」


「悪霊にでも憑かれてるのかもな」


「勘弁してくださいよ……俺そういうの苦手なんですから」


「ほう、意外だな。お前なら軽口叩いてあしらいそうだが」


「俺がなんでお化け屋敷入りたがらないと思います……?」


「ビックリが苦手だからと思ってたが」


「それもそうですけど、そういうの見ると後々引きずるんですよ」


「子供かよお前……」


 悪かったっすね、子供で。

 苦笑される横でそんな悪態をつきながら、持っていたiPhoneのホーム画面を見る。

 ライブが始まってからもうかれこれ2時間を回ろうとしていた。そろそろ、向こうもラストになろうかという時である。


「……そろそろ時間ですね。ライブもあとラスト一曲かな。予定じゃこの時間帯だっけか?」


「ラストメドレーやって終わりですよ。そのあとはアンコールでもない限りは特に何の予定もなく」


「でもアンコールは絶対あるよな。このユニットのアンコールってどんくらいくるんですか?」


 アンコールはどこのアイドルライブでも起こる。回数はそれぞれで、数回かかるものもあれば、1回やったら強制的に会場が明るくなってお開きになる場合もある。

 二澤さんはこのユニットのファンであるため、そういった事情も事前に把握していた。


「時間制限やアイドルに対する負担の関係上、原則2回までってなってるらしい。だが、今回はどうだろうな。事前に聞いた話じゃこの後ホールを使う予定が組まれてないからもしかしたら2回以上くるかもしれん」


「でしょうね」


 ファンとしても少しでも長く聞いていたいからな。そらそうなる。

 となると……ラストメドレーを終えてから、さらにあと数分はかかるか。

 あのユニットの曲って結構短めのが多かったはず。4分行けばそこそこ長いほうで、4分半行くものが数えるほどしかない。その分、曲数で不足分を埋めている印象はライブで感じた。


 だが、短いとはいえ違う曲を連続で歌うのは負担のはずだ。何回もアンコールに応えるのには限界がある。


「とはいえ、そうはいっても彼女らに負担がかかってはマズイしな。ある程度は運営側で様子をみてかかるかもしれん」


「となると、今はもうラストメドレー終盤ですから、あとやるとしても……」


「数回だな」


 自身の持つスマホをタップしながらそういった。それに入れている彼女らの持ち歌を見ながら、大体どんくらいで終わるのか自分なりに予測しているようだった。


「いっても大体10分ちょいだろう。会場のファンの様子と、あと彼女らの体力からみて頃合いを―――」


 見計らうかもしれない。


 そんなことを口にしようとしたのだろうと思われた時だった。


「―――ゲッ、マジかよおい!」


「?」


 和弥の声が後ろから聞こえた。明らかに狼狽と驚愕が混じっている声だった。周りで男の相手をしていた二澤さんの部下たちも、和弥の尋常でない様子に困惑を隠せないでいる。

 不審になり近づくと、その手元には一機のスマホが握られていた。旧式のもので、和弥が持っているものとは違う。


「おい、何があった?」


 二澤さんがすぐさま和弥の不審に気づき声をかけるが、和弥は焦りを隠さず言葉をまくし立てる。


「さっき、そばに落ちてたスマホの中身を見てたんです。おそらくあの男の持っていたものでしょう。旧式ですが、何らかのデータが入ってるんじゃないかって軽くいじってたんですが……」


「勝手にいじるなよおい……まあいいや、んで? それがどうした?」


「いえ、メモ帳欄にやばいことが書かれてまして……」


「なんだ、ライブにいる彼女らに対するラブレターの内容でもメモってたのか?」


「んなわけありますか! じゃあ見てみますかこれ!?」


「ああん……?」


 汗水たらした和弥が二澤さんの目の前にスマホの画面を突き出す。

 怪訝な様子ながらもその中身を見た二澤さんは……


「…………は?」


 その顔面を見る見るうちに真っ青に染めていった。

 さっきまでの軽いジョークを放つとぼけたものではない。明らかに焦燥感を露わにしたものだった。


「おい、これマジか?」


「マジ以外の何があるんですか! このメモ、更新履歴がついさっきです。おそらく、これに行動履歴を記録していたものと……」


「勘弁してくれ、これがマジならただ事じゃ済まんぞ!」


 二澤さんが思わず声を荒げた。普段冷静な二澤さんがここまで焦るというのは尋常ならざる事態が判明下にしか思えない。


「和弥、そのメモ見せてくれ」


「ああ、待ってくれ、拡大する……よし、ほら」


 和弥からスマホを受け取り、その画面に書かれている内容を確認した。

 俺の周りに同じく中身を見ようとする面々が集まる。

 メモ欄の中身には、それぞれの時刻とその時の行動が簡単に書かれていた。おそらく、和弥の言う通り行動履歴をメモしていたのだろう。


 俺はそれをななめ読みし……


「……ッ!? マジで……ッ!?」


 俺は言葉を失った。


 特に最後のほう。たった3行分だが、その内容に焦りを覚えざるを得なかった。




 NOTE:VXガス噴射装置起動行動履歴

 ・

 ・

 ・

 PM15:05 装置の安全装置遠隔解除。外部に情報が渡った様子なし

 PM15:10 遠隔操作で集音設定。デシベル設定確認

 PM15:15 彼に電話

 ・

 ・

 ・




「……が、ガスぅ!?」


 新澤さんが横から思わず叫んでいた。その時の顔なんて想像にむずかしくない。

 この人だけではない。ここにいる全員がそうだった。


 和弥はさらに早口で話を進めた。


「時間帯的にも間違いない。奴は祥樹に見つかる少し前に遠隔操作で装置を起動させたんだ。わざわざ履歴書いてるのも、どうやら後々ほかのテロをする時の参考にするつもりだったみたいだな」


「だ、だがちょっと待て! 装置って、この場合ガス噴射すんの!? 中身VXだぞ!?」


「どう見てもそれしか考えられない。どこからかは知らんが、おそらくこの会場内でVXガスを噴射するつもりだ」


「んなバカなッ!?」


 俺はVXガスと聞いて軽くパニックを起こしかけていた。


『VXガス』といったら、今現在地球上にある神経ガスの中ではトップレベルの毒性を持つ種別だ。かの地下鉄サリン事件で使われたサリンよりも何十倍も強力だ。

 もしこれに感染したら、速攻でサリン以上の症状を起こし速攻であの世に送られることは間違いない。空気だけでなく、皮膚からもそのガスは入ってくる。


「(まさか、これをこの会場内で噴射するってのか……!?)」


 もし仮にそうなったら……ある意味、爆弾を仕掛けられた時以上の大惨事になる可能性がある。仕掛けられたガスの噴射装置の性能によっては、このホールの中にいる人たちなんて全員もれなく感染することだって考えられる。


「とにかく、これが本当だとしたらすぐにとめなければ。どこにある?」


「メモを追っても書いてない。もしかしたら仕掛けたのは別のやつなのかも……、だが、VXガスは空気より重い。どうせ噴射させるなら上のほうに仕掛けるはず」


「上だな? よし、今すぐ全員でホール上層部を捜索し―――」


 二澤さんがそう指示し、さらにこっちにもう間もなくつくはずの公安に無線をかけはじめた。

 俺らも、それに合わせて次の行動を模索し始めた時である。


「……ん?」


 和弥が再び不審な声を上げる。

 その声に気づき向けた視線には目もむけず、スマホを睨めっこを始める和弥。しかし2秒とかからない。さらに今度は「マズイ」と呟いたきながら、自分のスマホを取り出して誰かに電話をかけ始めた。


「おい、和弥いったい何があった?」


「これ見てみろ。装置の要約がメモられてあった」


「メモ?」


 俺はすぐにスマホを受け取り、その画面を見る。

 そこには装置の簡単な要約が書かれていた。自分が遠隔操作をするうえで必要なものだったのだろう。パスワード、遠隔操作手順、その他諸々……。

 その中に、簡単に仕様も書かれていた。ほんとに超簡単なものだったが……


「……はぁッ!?」


 俺は思わずそう叫んだ。周りがそれに驚く中、それと同時に、和弥がスマホに向けて叫ぶ。


「おい! お前今どこだ!?」


「ちょ、お前誰に電話してんだよ?」


「舞台裏にいるプロデューサーさんだ。俺の知り合いなんだよ」


「マジで!?」


 ほんとこいついろんなとこに知り合いがいるな。プロデューサーさんって今舞台にいるユニットのか。

 だが、そんな疑問を抱く間もなく和弥はまた言葉をまくし立てる。


「ラストメドレー終わった? アンコールは? ……え!? もう始まってる!?」


「ッ!」


 その言葉を聞いて俺は思わず顔をひきつらせた。そして、スマホにある画面の中身をもう一度見る。

 ……マズイ。この仕様書き通りなら、もうあの装置起動してる。


「いいか! 今からいうこと誰にも言うな! でもできれば彼女らにも協力を頼んでくれ! 今のライブの盛り上がり絶対下げるなよ! 絶対にだぞ! 途切れてもだめだからな!」


 一見いろんな意味で異常な発言を起こす和弥を尻目に、俺はスマホを置いてすぐに行動を始めた。


「ユイ、こい!」


「え、い、今?」


「いまだ! 早く来い!」


 突然の命令に困惑しつつも、俺の後ろから全力疾走を始めるユイ。

 通路を舞台側に進みながら、近くの階段からすぐに上に上がり始めた。


「祥樹さん一体どうしたんですか?」


「どうしたもこうしたもねぇ! 下手すりゃもうすぐガスがばらまかれる!」


「ええ!? 一体全体何が!?」


 ユイのその問いに答える時間は正直ないが、しかし納得してもらう必要もあるため簡単に説明した。


「和弥が渡したスマホのメモ欄に、爆弾の仕様も簡単に書かれてた。そこには、集音マイクを用いて一定数値以下の音が検出されるとガスのタイマーが作動して、それが切れると噴射されることが書かれてたんだよ!」


「一定以下? それっていくらですか?」


「あのメモには70デシベル以下って書かれていた。つまりあの会場の騒音が70デシベル以下に収まって、その時点でスタートしたタイマーも切れたら、ガスが噴射されるってことだ」


「え、ちょっと待ってください! 70以下ってそれつまり……」


「ああ、間違いない。その装置からガスがばらまかれるのは……」




「ライブが終わって一気に静まり返った、その時だ!」




「ええ!? マジですか!?」


「マジもくそもあるか! それ以外何がある!」


 だからこそ、俺は和弥の電話中に発した言葉に焦りを覚えた。


 さらに、あの装置は安全装置解除後、集音マイクが一回目に70デシベル以下の音を検知したとき、装置のほうが自動的に起動する仕様になっているらしいことが書かれていた。その時点では爆発せず、ガス噴射のためのリミッターを解除するだけのようだった。

 だが、その段階会場また盛り上がって70以上になった後、再度70以下に下がった時に……タイマーが作動し、それがゼロになった瞬間、中にあるVXガスは、会場にまんべんなくばら撒かれるのだ。


 ライブ中に流れてる曲の音量を上げてそれを集音マイクに拾わせるわけにもいかない。あれでも大音量なのに、それ以上上げたらホールにいる全員の鼓膜がぶっ壊れる。そうなる前に一旦退避させる時間もないし、はっきり言って使えない手だった。


「わざわざライブ終盤で装置を起動させたのも、ライブ終了後にガスに感染した人たちが会場の外に流れ出るタイミングを見計らったんだ。症状が発症するまでの潜伏期間が数分あるからな。その間に会場の外に感染者が流れ出て、その時に発症してしまえば、会場にいた人だけでなく、外にいる人まで大混乱だ」


「まさか、彼らはそれを狙って?」


「間違いねぇ。奴ら、ライブ終盤の帰るって時に観客にガスを吸わせて、外で発症させるつもりだぜ、クソがッ!」


 わざわざ集音マイクを使ってこんな回りくどいことをしたのかも、こう考えれば十分納得だった。

 遠隔操作で直接行う手もあるが、あえてそうしなかったのは、その前に操作を行う自分だけは会場を後にして、ガスを吸わないようにするためだったんだろう。会場の外に出ると電波は届きにくいため、あくまで自動的に噴射させる仕様にしたんだ。


 クソッ、もう少し早く気づけてれば、最初の集音開始1回目の70デシベル以下の騒音検出時に、アンコールを止めてそのまま帰らせれたんだ。アンコールが始まってまた70以上は出しただろうライブ騒音を検出させてしまったせいで、もう本格的に「やっぱ中止します」という“後戻り”ができなくなっちまった。


 そして、わざわざタイマーを付けたのも、まだ終盤でもないライブ真っ只中なのに曲の合間で70以下になってしまってすぐに噴射されてしまうことを想定してのものだろう。

 仮にライブ終了直前以外でガスが噴射されては、混乱がホール内に限定されてしまい、そのあとの処理が容易になってしまう。だからこそ、70以下になった時もタイマーを用いて時間を見計らっていたんだ。

 タイマーの数値も少し余裕を持たせて設定したはずだ。安全装置を解除した時間帯から後で、70以下の騒音がしばらく続くのはライブ終了直後くらいだからな。


「(チクショウ! 奴ら、寄りにもよってこんな用意周到に準備しやがって!)」


 ガスを使えばここにいる人たちなんて速攻で殺すことができる。だが、こんなのテロどころかただの大量虐殺か何かだ。ふざけてるようにしか思えない。

 言葉にできない怒りがこみ上げるが、しかし、今はそれを後回しにするしかなかった。


「(和弥のことだ。おそらく関係者にも事情を伝えてるはずだ)」


 もちろん、誰でもないこのライブの主人公たる彼女らにも。

 とにかく、彼女らには俺たちが装置を探している間はこの会場を盛り上げてもらうしかない。ここは、彼女らの腕にかけるしかなかった。


 だが、正直不安もある。


 集音装置がホールの上部にあるとすると、そこに70デシベルの音を届けるということは、下のライブ会場のほうで70デシベル相当の音ではいささか足りない。上部のほうにはバルコニー席があるとはいえ、それでも装置の場所によってはある程度距離がある。

 下のほうではもっとデカい音を出さないと、こっちには70デシベルの音として届いてはくれないはずだ。


 それを考慮すると……ホールの下のほうでは、最低でも90~100デシベル以上は出しておかないとマズイ。


「(長時間そんなに出せんのか……?)」


 いくらなんでも無茶が過ぎないか、俺はそんなことを不安に思っていた。

 とはいえ、そこは彼女らの腕を信じるしかない。彼女らが、会場を盛り上げてくれることを祈るばかりだった。


 そのまま最上階まで来た俺たちは、スタッフがいないことを確認するとすぐに捜索に出た。

 仮に装置を仕掛けるなら、和弥が言ったようにホールの上のほうに仕掛けるはずだ。とはいえ、設置した人にもよるが、設置ができる場所も限られている。

 ここは会場のほんとに上の足場の部分で、明かりも最低限しかないため暗い。下を見るとどうやらライブのアンコール中で、舞台にはアイドルが一人しかいない。


「和弥! ホール最上階の足場についた! そっちはどうだ!」


『ユニット関係者には伝えた! プロデューサーさんがアイドルたちに順次伝えて、とにかく盛り上げることだけに専念させてくれるそうだ。最上階部分は俺たちの捜索範囲に一任されたから、とにかく急いでそれっぽいの探してくれ! メモによれば装置は1基のみ! 俺らも今向かってる!』


「了解! ユイ! とにかく使える機能全部使って探せ! X線スキャンとか粒子走査とかとにかく全部だ!」


「了解!」


 そこからは手分けして装置の捜索にあたった。

 ホールのすぐ上、天井ギリギリに最低限組まれた足場を全部駆使して、人が手を付けそうなところを目を凝らして探す。

 さらに、和弥や新澤さんたちも合流し、その範囲を広げていった。


 しかし、如何せん人間の目では見にくい。会場の明かりといえば部隊のほうにあるライトくらいで、それ以外はほぼ真っ暗だ。ここにあるライトも、ほとんど役に立たない。

 そういうときのロボットの目なのだが、今のところまだ見つけれてないようだった。


「(クソッ、このまま時間をかけるわけにもいかない。彼女らに余計な負担がかかる!)」


 この時間帯になると舞台にいる彼女ら3人にも事情は伝えられたはずだ。事実、さっきからしきりにファンを盛り上げるべく“叫んでいる”。

「盛り上がってーー!!」だの「ほらほら、もっと声あげてーー!」だのとまくしたてては、ファンからの声援という名の“騒音”を底上げさせている。


 そのおかげか、まだ下のほうは混乱は起きていない。しかし、時間がたつにつれ焦りは増していった。無線に向けて感情任せに叫ぶ。


「クソッ! ユイ! そっちまだ見つかんないか!?」


『どこにも見当たらないですよ! 実は下にあるとかそんなオチじゃないんですか!?』


『いや、広範囲にばら撒くならここしかないですよユイさん。必ずどこかにあるはずです!』


 和弥のそういった後押しが救いだった。こういう時の、情報分析が高い人間の発言には説得力があった。

 下のほうは念のため公安や二澤さんたちが捜索にあたっているはずだ。見つかってるなら、向こうからの報告があってもいいはずだ。向こうもまだ見つけれてないのか、そっちにはないのか。それはわからない。


 必死の捜索が続くが、ライブのほうも限界が見え始めている。

 ライブでの盛り上がるが時々衰えてきていた。アンコール曲も、メドレー方式でとにかく繰り返し流しているが、観客はもちろん、誰でもない彼女ら3人が限界を迎え始めていた。

 時々音が衰えては、またあげて、衰えては、またあげて、の繰り返しだった。それでも力尽きないのは、やはり互いのプロ根性か何かか。


 会場は限界だった。もうそろそろ見つけなければ本格的にマズイ。俺たちの焦燥感が増すだけだった。


「(どこだ? どこにある? 装置は一体どこに!?)」


 必死に向けれる場所のすべてに目を向ける。手が付きそうにない場所にすら、その目を向けてはそれっぽい物体を探した。


「(早く、早く見つけないと……)」


 その行動にも焦りが反映され始めてきた……


 まさに、その時である。


『……ッ! あぁ! あった! こっちから見えた!』


 やっと届いた吉報だった。その声は新澤さんのものだった。


「ッ! でかした新澤さん! 和弥! 場所を知らせろ! 新澤さん、どこですか!」


 すぐに新澤さんの元に向かう。会場左手の最上部にある、外側に向かってT字にかけられた仮設足場にいた新澤さんの元に、俺とユイ、そして和弥が集まるが……


「……ええッ、あそこですか?」


「あれにしか見えないわよ……明らかに集音マイクみたいなのも下に伸びてるし……」


 そういう新澤さんも眉を歪ませる。

 その指さした先はアリーナ前部の上。そこには確かに一つの黒っぽいボックスと、下のほうに伸びている一本の黒い棒がある。あれが集音マイクの役目を担っていたのだろう。


 ……だが、それは、


「……舞台を照らすライトじゃねえか……」


 観客席の上のほうから舞台上を照らす照明だった。俺たちから見て奥に伸びており、天井からつるす形で設置されている。ちょうど、この足場と同等の高さにあった。

 装置と思われるボックスはその手前にある照明を吊り下げるロープの陰にあり、少し見えにくい状態だった。

 だが、ここからは距離があり、とても一人では飛び越えれそうにない。


「だが、あそこにあるのは明らかにそうだ。あそこからなら、この下にいる観客のほとんどにガスをばら撒ける。もしばら撒かれたら大惨事どころの話じゃねえ。間違いなく地獄が待ってる」


「つっても、これ飛び越えろってのか? 無茶いうなよ、こんな距離飛んだことないぞ」


 ざっと見積もっただけでも十数メートルはあるだろう。

 ちょうどよく、照明の横に伸びているT字のこの足場をうまく使って走り幅跳びをしようにも、目の前は手すりが邪魔でうまく飛べない。手すりに乗った状態から飛ぶには距離が遠い。


 ……こんなんで飛べるか?


「どうしろってんだよ……お前飛べるか?」


「さすがに助走距離が足りないので単独では」


「だろうねぇ……」


 いくらユイといえこんな短い助走距離を使うのはちょっときつい。何か、踏み台みたいなのがほしいところだった。

 だが、そんなのここにあるはずもなく……これじゃ、どうやっても向こうにわたることができない。


「(ダメだ……いまからじゃどうやっても向こうには……)」


 会場も限界を通り越している中、今更梯子か何かを持ってくるわけにもいかない。そんな時間もない。


 ……じゃあどうすればいいんだ? 俺は焦燥感の中熟考していたが……


「……しょーがない。じゃあ祥樹さん」


「?」


 ユイが時間がないと言わんばかりにすぐに提案した。


「祥樹さんそっちから全力で走って、私の手に乗ってください。私が後ろの照明に振りなげますので」


「うぇ、マジで?」


 それ、下手すりゃ真っ逆さまに落ちて死ぬんだが。

 これには和弥や新澤さんも少し否定的だったが、しかしユイはそれでもと譲らなかった。


「時間がないんです。これしかありません。ちゃんと向こうに届けますから」


「だが……」


「お願いです。信じてください」


 その真剣な目に思わず言葉を紡いだ。

 もう本人はやる気だった。場所はすでに確保し、いつでも来いとばかりに腰を少し落としている。


 ……選択肢は、どうやらなさそうだ。


「……はぁ、時間もないしな」


 会場の限界もある。俺はすぐさま行動に出た。

 俺はT字に分かれていた道から会場外側方向に向かって最大限助走をつけ、ユイと、そして照明のほうに正対する。

 ユイは腰の前に両手を掌が上になるように重ねて小さな踏み台を作った。会場の音が小さい。もう時間はなかった。


「和弥、俺が死んだらお前あとこいつのことよろしく頼むわ」


「おいおい、遺言は勘弁してくれ」


「ハハハ、冗談だよ。……じゃ、せめて祈っとけ」


「そうさせてもらうわ」


 和弥も祈りような目線を俺に送り続けた。新澤さんもほぼ同様である。


「頼むわよ。もう彼女たちやファンも限界みたい。会場のテンション下がり始めたわ」


「了解した。いくぞユイ。何度目か知らんがお前に命預けるからな!」


「預けられるのには慣れてますよ。ほら、いつでも来なさい!」


 準備は万全だった。その目は、いつものとは違う本気になった目だった。

 信頼できる目である。俺は覚悟を決めた。


「ッしゃァ! いくぞ!」


 俺は軽くジャンプして足を鳴らした後全力で助走を始めた。

 距離は短いためすぐにユイの元に近づく。ユイが自身の目の前で作った土台に、俺は右足を乗せた。


 その瞬間である。


「よいッしょィ!」


 そんな掛け声とともに俺は斜め上方向に投げ飛ばされた。

 方向よし。照明にしっかりと向かっている。


「ッぅぁぁああああああ!!!」


 恐怖と鼓舞混じりのそんな叫び声とともに俺はめんいっぱい手を伸ばし……


「……、ッしゃァ! 掴んだ!」


 どうにか、右手が照明の吊り下げ部分を捉えた。

 危うく落ちそうになったところをすぐさま両手でしがみ付き、後は持ち前の腕力で体を持ち上げて照明の上に乗ることに成功した。


「よっしゃぁ! よくやった祥樹!」


「うっひゃ~……ほんとによーやるわアンタら」


 そんな歓声と関心の声を横目に、俺は照明をつるすロープの陰にあったその装置と思われるボックスを確認した。

 ボックスの横には噴射するための気孔が左右に分かれており、ここからVXガスを噴射する仕様になっているらしい。その前には、タイマーらしき小型の液晶パネルがあったが……


「―――ッ! マズイ! タイマーに出てる時間がもうほぼない!」


 いつの間にか70デシベル以下の音を検知し始めていたようだった。タイマーがすでに作動しており、もうまもなく10秒を切ろうとしていた。ある程度余裕をもって設定していたらしい。

 彼女たちも、ファンの人たちも限界だ。これ以上のライブの盛り上がりは期待できない。今すぐにこれをとめなければ。

 俺はすぐに無線に叫んだ。


「和弥! これどうやって止めればいい!?」


『暗証番号を入力するテンキーがあるはずだ! そいつに設定解除用の暗証番号を入れれば勝手に止まる!』


「番号は!?」


『スマホのメモに念のために備えて書かれてたのがある! えっと……“1025”!』


「1025了解!」


 テンキーはすぐに見つかった。タイマーのすぐ横にあった。その上には、番号が表示される小型の液晶パネルもある。

 時間がない。タイマーはすでに10秒を切り、もうまもなくガスが噴射される寸前だった。


「1025……よし、これでOK!」


 番号を入力し即座にエンターキーを押した。

 その瞬間、ライブのほうの歓声が一時的にさらに衰えた。もう無理らしい。彼女らは限界すら超え、声を出すことすら難しい状況になった。喉の保全もあるし、これ以上は歌うことはできない。


「……どうだ?」


 これがだめならもう無理だ。俺は無事解除されることを祈った。

 数秒ほど、タイマーは止まらず秒数を減らしていたが……


「……お?」


 残り2秒というところで、タイマーは鳴りを潜めた。


「……止まった?」


 そして、その俺の声にこたえるように……






「プツンッ」と、タイマーの表示は完全に消滅した…………

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