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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第3章 ~動揺~
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ライブの横で

 ―――そのまま俺たちは屋内のホールへと移る。

 ちょうどライブは始まる数十分前。中はまだ明るくされており、あたりを埋め尽くすファンたちによって賑やかな雰囲気ができていた。

 座席も結構な数がすでに埋まっているらしい。俺たちは1階の、座席なしのアリーナの外側のほうに陣取ったが、ほんとにギリギリはいれるか入れないかというレベルだった。

 上にあるバルコニーも、ほとんどが人で埋め尽くされている。


 どんだけ人気のユニットなのか、これだけでもありありと伺える。


 開始直前くらいにはもう完全に席は埋まり、ざわつきしか起こらなくなった。時間を見てか、徐々にペンライトをつけ始める人や、ライブの日程を再度確認する人もいる。

 当然、それは俺のお隣にいる二澤さんたちも同じ。日程どころか合いの手のやり方すら確認する入念さ。練習表まで持ち合わせてきている準備の良さ。そしてそれらをテキパキこなす、手際の良さ。

 ……こいつら、完全に手馴れてやがる。プロか何かか。


「―――じゃ、そういうことだから合いの手のほうはある程度周りに合わせる感じでよろしく。オケィ?」


「それはいいんですけど、俺らそういうのあんまやったことなくてですね……」


「大丈夫大丈夫、周りに合わせれば自然とできるから」


「はぁ……」


 任務があるとはいえ、何もしないでいるとさすがに怪しまれるのもあるため、一応ライブには参加する。

 俺たちだけではない。ここには俺たち特察隊の面々だけでなく、警察公安やJSA、ついでに援軍できた都内国防軍の面々といった豪華キャストが勢ぞろいだ。だが、全員今は私服でライブに参加したり、シティホール内のどこかに一般人としてひそんだりしている。

 誰が誰だかは一応事前に把握はしたものの、どこにいるのかまでは大まかにしかわからなかった。


 そんな彼らも、今はおそらくペンライトをもってスタンバイ中と思われる。ふざけてるわけではない。あくまで、紛れるための行動だ。


「(……つっても、どうせこいつらは半分くらいマジが入るんだろうけど)」


 間違いない。この任務がなくてもどっちにしろ休日でここに来る予定だったのだ。自分の労力のリソースの半分は任務に回してもそれ以外は全部このライブに回すだろう。


 ……あまり羽目を外しすぎて肝心の任務を忘れなければいいが、まあさすがに二澤たちはそこまで馬鹿ではないだろうと思っておく。


 そのうち、ホール内は暗くなる。周囲にある光源がそれぞれが手にするペンライトくらいとなった時、一発目の曲が大音量で流れるとともにステージ上で動きが起きる。

 今日の主役さんの登場である。そのままオープニングに入り、一気に会場のボルテージは上がった。

 どこぞのコメントが流れる動画では「お前らうるさい!」だの「よく訓練された客」だのと言われるライブ会場だが、まさにそのまんまだった。


「(……訓練されてんなぁほんとに)」


 地味にお前ら軍隊いったのかってレベルの統率力の高さ。元々このユニットについているファンのマナーと統率力の高さはやばいと和弥から聞いてはいたが、ほんとに高い。隣で合いの手に付き合いながらそれを実感した。


 体力に自信はあったつもりだが、ずっとそれをやってるとほんとに疲れてくる。それを考えて、アイドル側も少し休憩がてら曲の間に時間を入れてファンとのトークを交えたりするのだが、それでも次が控えているため時間は限られる。

 初めてということもあってそういった細かい調整ができない俺は、大体30分くらいした時から疲労がたまり始めた。

 俺だけではない。新澤さんも、普段やりなれてないことを任務にかかわるからとはいえ本気でやりすぎた結果、俺とほぼ同じタイミングで力尽き始めた。まるで、マラソンを初っ端全力で走って半分くらいから急減速をし始める素人ランナーの如くである。


 何曲目かはもう忘れたが、子短めの曲からメドレーまでより取り見取り。それについていくだけでも精一杯なのに……


「……お前、なんでそんなさっぱりした顔でいられるんだ」


 隣の和弥はこれっぽっちも疲れてないどころかむしろさっきからハイテンションである。さっきちょっと周りを見て無線に手をかけて報告したと思ったら、またすぐにテンションは戻る。任務に対してはまじめな和弥のことだし、一応ちゃんと任務は任務でこなしてはいるのは間違いないだろうが、それでもなぜ疲れない。


「なんでって、俺一応ファンだからな。テンション上がらずにはいられんぜマジで」


「お前ファンだったの?」


 初耳なんだが。お前そういうのに興味あったのか。


「リーダーの那佳ちゃんスキーだぜ。ちな、お前あの3人の中なら誰好き?」


「え? えっと……まあ、あの3人でっていうならあのセンターの子かな?」


「だよねぇ~やっぱ那佳ちゃんだよねぇ~~」


「あぁ、あの子が那佳ちゃんなの……」


 随分とテンションの高いセンターにいる子がそうらしい。ある意味、その性格はお前と合いそうではある。


「(……と、周りは大丈夫だよな……)」


 頻繁に周りを見る。いくらライブ中とはいえ、誰か変に下を見てたりしないかとか、不意に抜け出して中々帰ってこないとか、そういう不審な行動は見逃さない。

 ……しかし、みんなライブに夢中らしい。今はちょい休憩でちょっとユニットの子たちが軽めのトークを交えて場を沸かせている。本人たちにとっても歌いっぱなしというのはスタミナにくるので、こうした時間も所々挟んでいた。


「(抜ける奴は……いないな。出入口付近に陣取ってる公安からも連絡がない)」


 私服のファンに偽装した公安も、この無線を開いている。誰かが通過するたびに報告が入り、そして戻ってきたらまた報告が入る。出入口付近に出入りする人でおかしな動きをした、またはその兆候がある人がいる場合は即座に全員に通報される仕組みだ。


 だが、その公安から報告がない以上問題はないとみていいだろう。俺の周囲にも、何かおかしな動きをする人はいない。


「(問題ない。二澤さんに伝えとこう)」


 隣の和弥の肩を二回軽く叩くと、左手で親指を立てる。それを和弥がさらに隣にいる二澤さんに中継した。

 奥のほうにいる二澤さんとこの部隊の部下からも同様の報告を受け取ると、軽く襟を抑えて無線で手短に報告する。


『チェリーリーダーより調査本部フロント。異常なし』


『フロント了解。現在ホール外にアロハシャツの男が一人出た人がいるが、それ以上の問題はない。調査続行』


『チェリー、ラジャ』


 言ってる内容の端的だ。ここまでの動作ひとつをとっても、怪しまれないための配慮に余念がない。もしかしたら、近くに例のテロの実行犯がいるかもしれないからだ。


 ……で、次の瞬間には、


≪はいじゃ次いくよぉーッ!!≫


「うおおおおおおおおお!!!!」


 この様である。


 ……やばい。このテンション保つの疲れるぞマジで。


「なあ和弥、そろそろ休憩していいか?」


「あぁ? どうせならこの曲終わってからにしようぜ。ちょうどテンションの上がる曲が来たからよ」


「いや、これ以上テンションあげてたらガチで疲労が……」


≪それじゃみんなもっとテンションあげてこぉーッ!≫


「いえええええええええいいいい!!!」


「……」


 俺の言葉、完全無視モード突入。そうしているうちに次の曲に入り始めた。


「……おいユイ、そろそろ和弥がうっさいんで一発殴って止めてくんねえか?」


「あ、私パース」


「おいテメェ」


 ユイはそのままスルーしてまた合いの手をし始めた。初体験だからなのだろうか、妙にノリとテンションがいい。案外こういうの好きかお前。この調子じゃ故障なんて起こりたくても起こらないな。

 俺の味方が一人減っちまった……新澤さんはもう最初テンションあげすぎてすっかりダウンしてしまった。これは帰るとき俺が持ち抱える羽目になるとみた。

 ……あいつらに任せたら絶対セクハラないしモドキが始まるからな。


 結局、今やってる1曲を全力で流した後、場所を外れてアリーナ内の脇にはずれて壁に寄りかかって休憩タイム。

 そこそこ広めにとっていたため、アリーナの外側はスペースがあった。俺たちだけでなく、ごく少数ながら俺たちみたいに脇に抜けて休息入れてる人もいるらしい。


「あ゛ぁ゛~~疲れたぁ゛~~……」


 いつもの彼女らしくないドスが聞いてるような、そんな声を発するのは新澤さんである。俺の左隣で壁に背を凭れて腕をダラ~っと垂らしている。そして首や肩に力がない。相当お疲れのようである。


「お疲れさんです。相当応えたみたいで」


「応えまくりよこっちは。合いの手だけでここまで疲れるとは思わなかったわ……」


「ハハハ。にしては、最初とか結構ノリノリでしたけどね」


「そりゃ、どうせやるなら本気でとは思ってたし、個人的にも興味はあったからねぇ。……でもま、慣れないことを突然本気でやるもんじゃないわねほんと」


「ですね」


 そういって互いに半笑い。新澤さんもこういうサブカルチャーには興味あったらしい。

 尤も、新澤さんのユイに対する扱いから見てどう考えても妹萌え属性はあったし、アニメとかでそういう面が表立って出てるのを好んでみてた上、本人もそういう自覚はあったらしいからある種当たり前かともいえる。

 ……上二人が兄で妹がいないってだけでここまで妹萌え属性つくのもある意味すごいが。


「その点ユイちゃんは……」


「ハハ……お前はほんとけろっとしてやがるな……」


 同じく右隣にいるユイはこれっぽっちも疲れを示さない。それどころか、隣で右手に持ってるペンライトをまた曲に合わせて軽く振っている。ついでに、体も揺れている。


「ん? そりゃぁ、元々私こんな程度で疲れる体してませんから」


「そりゃそうだけどさ……そのうちほんとに倒れるんじゃねえかと心配でよォ」


「この程度で倒れてちゃいかんでしょ」


「そういうもんかい……」


 ロボット、という言葉は出さないよう表現は濁しているが、それでも言いたいことは大体わかる。

 そりゃ確かにロボットのスタミナって人間の比じゃないが、ようまあこのテンションに耐えれるもんだ。大したもんである。


「合いの手面白いですね。一体感あって」


「ここはありすぎるぐらいだがな。……ライブに来てるのに軍隊に来た感覚さえ覚えちまう」


 尤も、このユニットのファンが異常に訓練されてるだけだと思うが。


「でもほんと、ここの人たちならたぶん地方あたりの普通科なら行けると思うわ……統率あるし」


「ある意味、日本らしいというかなんというか……」


 いざとなった時の統制力のやばさ。それは時として震災などの異常事態時にもよく発揮される。

 外国の記者が震災時にコンビニやらスーパーやらで無料配給される飯にちゃんと並ぶのにびっくらこいたのもそういう面が影響されていたりする。尤も、略奪がこれっぽっちもなかったというわけではないが。さすがに全部そうだとは一概には言えない。


「体力も中々あるっぽいしねぇ……声もでかいし。ていうかほら」


「?」


 そういって指さした先には……




≪うッみぃーに~~ なぁ~げ~か~けた~≫


「かぁけたああああッ!!」


≪おもい~を~ こ~えて~≫


「こぉおえてえええ!!」





「……あいつらほんとに任務してるんでしょうね?」


「ハハハ……」


 二澤さんはじめガチテンションMAXで合いの手実行中の面々がいた。右腕にあるペンライトを上下に振り回しては、今流れてる曲に体で参加している。

 ……周りと完全に一体となった状態だった。ほんとに、練度が高い。


「あまりやりすぎるとほんとに忘れそうで困るんだけど……」


 そういって頭を軽く抑える新澤さん。まあ、わからんでもない。

 ふと隣にいるユイがさりげなくフォローした。


「ま、まあ、さすがに二澤さんたちもそこまで失念はしてないでしょうし……あれはあれで、任務上に必要な役になり切れてると思えば」


「それはそうだけど、たまにその役になり切りすぎて肝心のセリフ忘れちゃう感じの根本的なミスする役者っているじゃない? それにかぶさってさ……」


「アハハ……面白い例え」


 いい絵て妙なその例えにユイも思わず苦笑いを浮かべた。ごくたまにだけど、いるよね。そんな役者さん。特に初心者の人とかとくに。


 そのあとも、ずっと彼らのテンションは上がったままだった。今更戻っても俺たちあのテンションで乗り切れるかどうかわからない……ほんとにここにいる人たちの体力はどうなっているのだろうか。


「(あと、二澤さんたちほんとに任務忘れてないだろうな……)」


 そこまで馬鹿ではないとは思いたいが、二澤さんらの素の性格考えると妙に胃が痛くなる感覚を覚える。そろそろ俺も胃薬が必要か。困ったな、こんなところで出費はしたくないんだが。


 ……薬、どっかに売ってたっけ。でもここって薬局か何か近所にないよな。となると、この胃痛は少しの間耐えるしかあるまい。


「(はぁ……このままじゃ本格的に疲労がたまる。ちょっとどっかで息抜きをせねば)」


 ここはさすがにちょっと騒がしくていられない。どこか静かな場所に出よう。

 このホールの外でもいい。そこでジュースか何か買って胃痛を和らげるなりしないと俺がHPゼロになる。


「すいません、ちょっと休憩入れてきます」


「ん? 外?」


「ええ。ちょっと外の空気吸いに」


「了解。ここは任せといて」


「すいません、お願いします」


 そう残していったん後にし―――


「あ、私アップルジュースよろしく」


「死にたいのかお前」


「フフッ、冗談ですよ」


 そういって「ニヒヒ」と白歯を見せて笑う。そんな自殺行為を笑顔で言われても困るってんだ。

 相変わらずのテンションと性格のユイに軽くため息をつきつつも、俺はいったんホールを後にした。

 出る瞬間、出入り口前の観客スペースの陣取っている公安の人に目線で合図を送る。そして首をカクッと一瞬出入口方向に傾けて「ちょっと休憩入れます」の意を知らせた。

 向こうからも相槌で許可をもらう。そのまま、俺はホールを出ていった。





 ホールの外に出ると、さっきまでの大音声の歌声やら合いの手やらがまだ耳に残っていたらしく、あの喧噪が中々頭から離れずにいた。とりあえず、自販機があるホール出入口前まで行く。

 今はライブ中のためか、そこは全然人がいなかった。いるとしたらホール出たときに隣に伸びている通路で電話中の人くらいで、それ以外に人影はいない。俺の足音だけが小さく周囲に響いている。

 肩や首を回してほぐしながら、出入口付近にあった自販機で小さめのリンゴジュースを買って一気飲みする。さっきまでのライブで相当な体力を使ったので、これで一気に補給した。


「ッぷはぁ~~、うめぇ。やっぱ疲れた時はこれだよなぁ……」


 手に持っていたペットボトル入りのリンゴジュースは、俺が休息時いつも愛用しているものだった。青森産のむつからとった100%果汁のものだ。

 故郷が青森ゆえ、昔からいつもこれを飲んでいた。親が切ったリンゴを食べ始め、そう思ったら今度はジュースで飲んでいた。物心ついた時から、いつもそばにはリンゴがあった。


 ……そういえば、


「(……そういや、最近リンゴは飲んではいても食うのってあまりしてないな……)」


 そんなことを思い出した。ジュースで飲んではいても、リンゴ自体を食うことは最近しなくなった。調達してる暇がない、というのもあるが、最近食ったのっていつだったっけか。結構前だった気がする。


「(リンゴといえば母さんの切ってた奴はうまかったなぁ……形がほんと綺麗だったわ)」


 故郷の味を楽しんでか、ふと昔を思い出し、思い出にふけるながら懐かしんだ。母さんが切ると形がよくてとても食べやすく、俺は昔から好きだった。

 今でも、なぜか母さんが切ったリンゴの味だけはよく覚えている。


「(……でも、それももうできないからな……)」


 会いに行きたくても行けない。食いたくても食えない。食えるのは、自分で切ったいびつな形のリンゴのみ。

 いつの間にか、随分と時間がたっていた……。あの日、バスケットにあったリンゴが全然剥けなくて、自分で皮を切ってもこれっぽっちもいい形にならなかった。


「……」


 リンゴジュースのラベルには、そのむつの写真が写っていた。俺が、いつも親に切ってもらっていたものと同じだ。

 もしかしたら、あのリンゴの皮むきは、自分が親や家族に頼りきりだったということを間接的に示していたのかもしれない。


 好きなものに、自分の無力さを伝えられる。そう考えると、なんとも皮肉なものだ。


「……はぁ、ま、今更考えても仕方ないか」


 もう過ぎたことだ。俺は今やるべきことをやるまで。そして、精一杯生きるまで。

 それが、俺からのせめてもの親孝行。そして、アイツに対する最大限の恩返しになるだろう。


 ……というより、そうやって生きていくしか、俺には選択肢がない。


「……どれ、そろそろむこうに合流しないとな」


 そこそこの時間は経った。あまり新澤さんやユイを待たせておくのも悪いし、そろそろライブにも参加しとかないといけない。さすがにこのままずっと脇に抜けていたら変に思われる。

 ……はてさて、どこまでテンションが持つだろうか。俺は少し不安になる。


「(ま、とはいってもどうせこの後は2曲軽く歌って、ラストは最新曲のメドレーだしな。トークという名の休息は入るしそこまで苦じゃない)」


 ……と、思いたい。

 如何せんライブなんて来たことない故、日程だけ見て本当にそれで終わるのかという意味では不安しかない。頼むから、日程通りに終わってくれ。


 そう思いつつ、俺はまたホール内に入ろうとした……


「……ん?」


 ……その直前である。


「……あれ?」


 ホール出入口前の隣にある通路で、一人の男性が電話をかけていた。

 私服姿、というより上は完全にアロハシャツそのものだ。ここはハワイどころか南国じゃないんだがな。

 どうやら俺たちと同じくライブに来た人らしい。何のことはない。ホール内では電話は使えないため、外で話しているだけだろう。


 ……しかし、それに違和感を覚える。


「(……あの人、さっき俺が来た時にもいたような……)」


 俺がジュースを飲みにここに来た時、ふと隣を見たときに彼を目撃していた。その時からずっと電話中。

 長電話なのだろうが、それにしてはいくらなんでも長すぎる。俺はここに10分くらいとどまっていた。


 ……そういえば、


「(……二澤さんが少し前に報告したとき、ホールの外にアロハシャツの男が一人出たって……)」


 一番最初あの男を見たときは気づかなかったが、よく見るとあの端的な報告内容にあった男で間違いないだろう。いまどき、こんなところにアロハシャツで来る人なんてごく少数だ。

 その時間を思い出す。俺がまだライブに参加してた時の中で最後に二澤さんが報告した時間帯だ。そのあと1曲流して、そのあと脇に抜けて新澤さんたちと時間をつぶしてから、少し時間をかけてここにきたから、そこから逆算していくと……


「……少なく見積もっても20分も外にいたのか?」


 おいおい、電話で20分はないだろう。今時長電話大好き女子高生でもライブに来てそんなに長時間電話しねえぞ。あれか? 商談関連の電話でも来て、上司にペコペコご機嫌取りでもしてんのか? んなアホな。それでも20分は聞いたことないわ。


「(電話だけに限らない? でも、20分もホールを外す理由なんて……)」


 トイレでも下痢でもない限りそんなかからないし、電話だけってのも当然考えにくい。あとは何がある? 適当に俺と同じような理由で散策でもしてたか? だが、それでもそのあと少なくとも俺がここにいた10分くらいはここで電話してた。


 ……なんだ? 何かがおかしい。


「(……誰と電話してやがる……)」


 ただの思い過ごしであることを願いたいが、一瞬変な予感が脳裏をよぎる。

 そろそろライブも佳境に入りかけている。ホール内のボルテージはちょうどピークに差し掛かろうといったところだろう。


 ……まさか、


「(……冗談はよしてくれよ?)」


 そんなことを考えた時だった。


「……ッ!」


 男が動いた。

 電話を切ると、そのまま通路の奥に足を進めていった。随分と速足だ。何かを急いでいるようにも見える。


「……よし、いくか」


 勘違いであればいいが、念には念を入れておくに越したことはない。俺はその男についていった。

 尾行に気づかれないよう、足音を最小限にとどめて距離を開ける。こう見えても、猫足が得意な俺だ。足音を鳴らさずに歩くことなんて簡単にできる。

 その通路は本来従業員が使うはずの作業用通路となっていたはずだ。彼のような私服姿の一般人が通る必要のない場所。


 ……どこに行こうとしている?


「(あまり俺の予測の信憑性を高めてくれるな……面倒事はハワイで散々なんだよ)」


 せっかくのライブを余計なことでおじゃんにされてもこっちが困る。主に、ライブを止められた時のアイツらの不満の矛先が向けられる方の意味で。

 館内の構造は大まかにだが事前に頭に入れていた。その先は確か、ホール前方にある舞台裏のほうにつながったりするため、警備員が二人配置されているはずだった。


「(どうせ、向こうに行っても止められる)」


 俺はそう楽観的に捉えていた。警備員とて素人ではない。簡単に中に入れるようなことはしないはずだ。

 そうなったら、後はある程度は向こうに任せて十分だろう。俺はさっさとホールに戻ればいい。


 通路を進むとL字の曲がり角に差し掛かる。男がその曲がり角をまがった後、俺はその角の陰に隠れて奥の様子を確認した。

 案の定、扉の前には警備員が二人。突然の来訪者に戸惑いつつも、冷静な対応でお相手する声が聞こえてくる。


「失礼、どうしました?」


「どうも。ここから先行きたいんですが」


「あぁ、すいません。関係者ですか?」


「ええ、そうです。ちょっと、向こうにね」


 男はいたって普通に警備員と会話する。曰く関係者らしい。どこの、とまではいってないが。

 それを疑ってか、警備員は扉の奥に行こうとする男に対してIDカードの提示を求めた。


「すいません、身分証明を行いたいのでIDカードの提示をお願いします」


「あぁ、そうですね……IDカードが今ちょっとないので……」


「えっと、IDカードがない場合は代わりに身分を証明できるものは」


 と、そこまで言った時である。


「……その代わりに」


「?」


 男はおもむろにズボンのポケットに右手を突っ込み……





「鉛玉で証明しますわ」





「ッ!? な、何をグァッ!!」


「なッ!?」


 そこから出したのは拳銃だった。俺が目を見開く間もなく、そして、警備員たちが不意に起こされた行動に反応するまでもなく、男は手際よく、1秒とかからないうちに警備員二人の頭を撃ち抜き、そのまま首にかけていた警備員のIDカードを奪ってドアのロックを開けようとしていた。


「おい、まて!」


「ッ! クソッ」


 俺はすぐに追いかけるが、ドアまでが遠かった。ロックを解除した男はすぐにIDカードを持ったまま奥に入り、またドアを閉めてしまった。自動ロックのため、ここから先は俺は入れない。


「チッ、クソッ! ……だ、大丈夫ですか! 聞こえますか! 返事をしてください!」


 二人の警備員に声をかけるが、もはや手遅れだった。男の射撃能力が高かったらしく、あの一瞬で見事に鼻先を打ち抜いていた。

 その奥には脳髄がある。狙撃でもよく狙われる場所で、当たったら一瞬でお陀仏だ。この様子では、この二人も脳髄をやられて即死したに違いない。


 マズイ事態になった。すぐに追わなければ。ここに監視カメラはあるのか? あればすぐにフロントのほうも異変に気づいて……


「(……って、ここ監視カメラもないのか!?)」


 通路を見渡しても、監視カメラらしきものは一つも見当たらなかった。

 アホか、こういう時だからこそせめて増設くらいしろってんだ。何考えてやがる。

 さっきの拳銃の発砲音も小さかった。おそらくサイレンサー付きだ。ここは最初の通路出入口のほうから遠いから、音がそっちまで届いていない可能性がある。これじゃ誰も気づかない。


 アイツ、最初から全部計算してたか!


「あぁ、クソッ。逃がしてたまるか」


 俺はもう一人の警備員の首にかかっていたIDカードを借り、すぐにドアのロックを解除して奥に入った。通路の中は薄暗く人気はないが、それでも構わず全力疾走。奥のほうに小さくだが人影が見える。さっきの男だ。

 そして、すぐに無線を開いた。


「チェリーサードよりフロント! 不審者を発見した! すでに警備員二人を射殺し逃亡中!」


 半ば叫び声にもなっていた。反応はすぐに帰ってくるが、その声は焦燥感満載のものだった。


『こちらフロント。チェリーサード。どこに向かっているって?』


「現在地下3階B3通路を追跡中! 対象はアロハシャツの男性、身長175弱……あ、今右の階段上った!」


 通路をステージ方向に走ったのち、男は右にあった階段を1段飛ばしで駆け上がるのが確認できた。上に上るつもりか? 何を考えている?


 だが、理由など考えている暇はなかった。


「とにかく誰か応援よこしてくれ! アイツ絶対何かしでかすつもりだ!」


『了解。全部隊を向かわせる。そのまま追跡を続けろ』


「了解!」


 無線を切り、そのまま階段を駆け上がる。

 作業用の階段のため簡素な構造だった。上を見ると、若干ながら男の影が見える。俺はそれを見ながら全力で駆け上がった。軍で培った身体能力を、今ここで発揮するときのようだ。


 ……とはいえ、俺は思わず不満をぶちまける。


「だぁ、クソッ!」






「結局俺はこういう役目かコンチクショウが!」






 なんだって俺ばっかりこういう役目になるんだ。



 そんな不満を心の中でぶちまけつつ、階段を全力で駆け上がる…………

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