メディアリテラシー
翌日には、そのままハワイでの日程を終えて日本へと帰国した。
本来使うはずの政府専用機の主務機はテロやら何やらの影響で損傷があるため、そのままハワイに残して最低限飛べるようにした後、日本に移して修理を施すことになった。
そのため、俺たちは副務機を用いて帰ることになる。ちなみに、ハイジャックで失ったパイロットは急遽本土から派遣された人に任せることになった。
……とはいえ、行きはよいよい、帰りは何とやら。最初来るときにあんな目にあったため、この帰りの機内でも結構戦々恐々とした雰囲気に包まれていた。
俺も俺で、またあんなことになるんではないかとそわそわした気分だった。当然、ユイはロボットゆえそこらへんはきっぱりと割り切れるからいいのだが、その点不便なのは人間である。
どうしても本能的な感情に左右されてしまうのはロボットと比べる上で見えてくる落ち度である。
だが、幸いにもそんな懸念されていた事態は起きず、無事羽田空港に降り立つことができた。スポットインしたときの周囲に立ち込めた異様なまでの安堵感は、周囲の感情に鈍感だと和弥あたりからいわれてしまっている俺でもひしひしと伝わってきた。
案の定羽田はマスコミでごった返しまくったが、俺たちはさっさと帰った。
総理たちは「詳細は後日会見で話す」といってその日は早々に官邸に退散。俺たちもマスコミがそっちに目が言っている隙にさっさと羽田を後にした。
この後は総理たちの計らいで3日ほどの休日もらったのでやっと休める……
……と、思っていたら、
「で、土産とかある?」
「あるわけねえだろ、あんな状況で買って来いと?」
「空港に一杯あったやん」
「あったやんて俺らそんなん買う暇ありませんて」
「それはいいからさ、お前らの武勇伝まだ?」
「ユイに聞いてください」
「え、私話すようなのありましたっけ?」
「お前がいろいろチートでなかったら俺今頃太平洋の底じゃ」
「そんで、お前らハワイでどんなお楽しみしてきたわけ?」
「お楽しみってなんだ?」
「そらもうあんなことやこんなことをだね」
「ロボットとできるようになったら少子高齢化加速しまくりじゃボケ」
「で、ファーストレディどんなだった?」
「どんなってそら普通にいい人でしたが?」
「つまりあんなことやこんなこと」
「え?」
「おいおいファーストレディとやるとか大胆だなおい」
「そのうち子供ができたらその子が政治家に」
「いや、そこで軍人にさせたい夫と衝突して昼ドラ展開にだな」
「で き る か ア ホ ン ダ ラ」
休日なんてなかった。俺にそんな安寧の時間はなかったのだ。
休日といっても過ごせるのは基本的に駐屯地内だ。そこで勤務時間外になるとひっきりなしに当時の話を聞きに来る人たちで溢れ返ってしまった。武勇伝やら、政治裏の仕事やら、そこはまだいいが、そこからなんで彩夜さんと夜がどーのとかって話になるのか、これがわからない。
……めんどくさいので新澤さんに頼んで一蹴してもらった。女は強い。
結局、休日期間中はほとんど外で過ごすことになった。ユイに関してはちょうど都合よく休日だった新澤さんに頼むことにした。最近、あの人もロボット工学を独学で学んで基本的なことは理解したらしい。学習早すぎませんかね。
曰く「ユイと一緒にれる理由ってこれが大半なんでしょ?」だそうだ。
……いやまぁ、間違っちゃいないんだけどさ。そこまでする一番の理由がそれか。姉妹感出しまくりのその接し方からして大体予測はついていたが、もう本気で自分の妹にしてしまいそうな勢いである。ご自由にすればいいが。
……そんな日を過ごし、やっといつもの日本での日常に戻る。やはり故郷が一番。空気も飯もうまい。
休日中に東京なり大和ミュージアムなりに行った時に買った土産物を食しながら、休息部屋でTVを見てくつろいでいる、夕刻の食事と風呂後の時間。
ここには数人の団員と俺と和弥のみ。各々で今日の分の疲れを取ろうとしている。
「―――で、お前今度のライブ休みとった?」
「とったぞ。ペンライトは購入したな?」
「問題ない。お前はどうだ?」
「うちも買ったッス。会場場所と日程の詳細もここに」
「よくやったぞブラザー。ここに新澤がいれば完璧なんだがな」
「口説いてくればいいじゃないッスか二澤さん」
「死ねと申すか」
「あの人はライブには興味はないはずだ。あえてここは目的を伝えずに連行をだな」
「それ拉致っていわないッスか?」
「バレなきゃ犯罪じゃねえんだよブラザー」
「マジッすか」
「そうだぞルーキー。バレなきゃ犯罪じゃないっていう偉大な言葉をどこぞの可愛い宇宙人が残してくれてだな。だからこれくらいなら新澤も許して―――」
「んなわきゃねえだろボケ」
「ハハハ……」
お隣で完全犯罪行為紛いのことを吹き込もうとした先輩方に辛辣警告を出す。
先輩だからって容赦はしない。違法行為はここでどうにかしてでも止めねばならないし、それ以前にもれなく新澤さんの鉄拳が顔面をへこませることは確実だ。あらぬ犠牲を出されてもこっちが困る。
「まあそういうな篠山、もしかしたらデレるかもしんないだろ?」
「あのですね結城さん、そういって今まであの人がデレでOKしてくれたことって今までありました?」
「ないな」
「即答乙です。それで、その回数今まで覚えてますか?」
「お前は今まで食った飯の数を覚えてるか?」
「つまり覚えきれないほどアタックしたわけですか……ほんとに懲りないですね」
「懲りたら負けだと持っている」
「ドヤ顔で言われても」
「諦めたらそこで負けなんだよ。空挺団員に諦めるなんて言葉は通じないのだよ」
「ここで使うとは思わなかった」
ここまでの会話、彼のそのそこそこイケメン面してるはずの顔が妙にキラキラしている。違う意味で。残念なイケメンってこれを言うんだな。よくわかった。
「だがな、アイドルのライブに男女で行く構図って中々ないじゃん? たまにはそういうのもやりたいじゃん?」
「二澤さんライブなんていったことあるんですか?」
「ない」
「え、ないんすか?」
「ない。だから俺は初のライブを新澤とだな」
「そして俺らは」
「その付き添いッス」
「男3人に付き添ってくれる女一人とか絶対OKもらえんわこれ……」
どう考えても無理げーな構図を押し付けていくスタイル。拳で済めばいいなこれ。ほんとに。
「そういや新澤の姿が見えないな。どこに行った?」
「まだ風呂に入ってるんじゃないッスか?」
「何!? つまり今行けばワンチャン!?」
「逮捕されてTVに晒されても知らないですよマジで」
国防軍のイメージダウン待ったなしですわ。戦犯扱い不可避ですな。
「新澤さんでしたら今ユイのとこにいますよ。正確にはユイが新澤さんの部屋に行きましたけど」
「え、あの二人何かしたん?」
「いえ、別に。ただ羽鳥さんに許可とって、たまには自分がユイのお目付け役やるって言いだしたんで任せただけです」
「ほ~、マジか」
二澤さんが感心したような声を出す。
今頃ユイは新澤さんと部屋の中で二人っきりだろう。ユイに頼んでいろいろと仕様とか教えれる範囲で教えてもらってるらしい。万一、俺がやられたときとかのバックアップ要員になるつもりらしい。
……まあ、そういうときのために俺と同じ海桜付属にいった和弥がいるんだが、バックアップは多いほうがいいってことらしい。言ってることは間違ってないし、別に増えて困るものでもないので、今日は俺からも羽鳥さんに許可とって任せてもらっている。
なお、本人は依然としてやる気満々な状態らしい。ユイのことになると行動力がとんでもなく上がるのは彼女の性癖か否か。
すると、結城さんもその話に乗っかってくる。
「でも、アイツこういう理系関係苦手じゃなかったか?」
「独学で勉強したらしいですよ。暇な時間とか俺と和弥が昔使ってた参考書とか借りて」
「ほー。たった半年でよくまあそこまで吸収したもんだ」
「ま、アイツは元々学習能力は高い方だったからな。アイツとは昔からここにいたが、うまくやれば防大も行けるレベルの成績だった。本人は上に立つのが嫌って理由で一般曹候補生で軍に入隊したらしいが」
「マジッスか」
「そういえば、二澤さんは10年前でも新澤さんと一緒の部隊だったんでしたっけ?」
確か、今現在空挺団にいるメンバーの中で新澤さんと当時から一緒だったのは、団長と羽鳥さんを除けば二澤さんだけだったとか。他のメンバーは全員この10年間で異動したか退役したらしい。
「ああ。変な意味でなく、あいつのことは結構昔から知ってる。10年前の時も実戦に同行したが、アイツの現場把握能力には助けられたし、吸収力も高い。……ロボット工学がどういったものなのかは知らんが、まあアイツが本気になればそんな知識の一つや二つくらい簡単に吸収できるかもな」
「はぁ……なるほど」
尤も、ロボット工学自体そう簡単に吸収できるものでもないが……とはいえ、そこは人の学習による。新澤さんがハイレベルだったってことなのだろう。
「(ユイと一緒の時間をってだけでそこまでやれる人も中々いないけどな……)」
俺にそこまでの気力あるだろうか。ちょっとそこに関しては負い目を禁じ得ないところだ。
そんなことを考えつつ、二澤さんたち3人衆がまたライブとやらの話をし始めたのを見届けながらTVに戻すと、ちょうどバラエティーの合間に入るニュースが流れていた。
「いつの間にか番組変わってるな。……何の番組だこれ?」
「旭日川の夜の報番。もうすぐ終戦10年目ってことで戦争関連の特集組んでる」
「10年前の?」
「だな。あとついでに現代の軍事事情とか」
「そうか……」
そういやもう10年か……早いもんだ。いつの間にかそんなに時間が経っていたのか。
たまに、昨日のことのように思い出される。それほど俺にはいまだに鮮明に記憶に残っていた。
その番組ではちょうど戦史を振り返ったところで、今度は現代の情勢と比べているらしい。
『―――そして、現代では国対国の戦争の構図はほぼなくなり、国対テロリズムという不正規戦争の時代に突入します。その国が相手取る人たちは私たちと同じ人間ではありますが、同時にテロリストであり―――』
フリーのジャーナリストらしい人がスタジオに設けられた電子パネルを操作しながら説明中。昔は結構戦場にもいった人らしく、現地で取材したことを交えながらわかりやすく解説していた。
その過程で、VTRも流れ始める。テロリズムに関連する背景事情を詳しくってことで、かつてテロ組織に参加している一人の元兵士に取材を行ったらしい。その元兵士も今時珍しい日本人のようだ。
曰く、幼少期より徴兵制よろしく無理やり連れ去られて扱われたらしく、テロリストとならざるを得なかった苦悩や悲劇を伝えていた。
「……わざとつれてくってのもあるんか? 最近のテロは」
「むしろ今時どこもかしこもそうやってるよ。前に彩夜さんあたりから聞いたかもしれねえけど、アメリカあたりは経済不良で失業者が発生してて、その人たちがテロ組織に流れてるってのがあったろ?」
「ああ。手当てがいいんだっけか?」
「正確には戦時報酬と武勲手当てってやつだ。自分たちの戦闘に参加して結果に貢献すれば報酬が来るし、それ以上の武勲を立てれば特別報酬も充てられる。その額が結構高いらしくてな。正確な数字は知らんが、そこら近所のサラリーマンよりは高いってさ」
「高いって……たかがテロ組織がそこまで報酬充てる金あるのか?」
「支配地域に資金流用ができる施設があるやつが多いらしい。昔のISILみたいに。油田とか、田園地帯とかな。それらを持ってるところと契約を結んで、活動を活発化させて相互に利用し合う関係にあるテロ組織も出てきてる始末だ。……だからまぁ、ぶっちゃけ金には現状そこまで困ってないらしいわ」
「なにその世紀末」
さらに聞けば、その資金を持つ組織から依頼されたテロを実行すれば報酬が入ったり、テロ組織どうして協力関係結んだりっていう、一種の傭兵的な組織にまで発展しかけてるやつまで出てきてるらしい。主に、情勢が不安定な中東やアフリカで。
当然昔じゃ絶対考えられなかった事態だが……だが、和弥に言わせれば、その肥大化した連中が本格的にそうなり始めたのはごく数年前のことで、ちょうどその時期と重なる出来事が、その地域のアメリカ軍の撤退らしい。またアメリカか。
だが、中にはそういった“志願的な”やり方以外にも、半ば拉致同然のやり方で人員を補充して戦闘員にする人もいるようで、まだ精神的に成熟してない子供を多くつれてきて調教して完全な戦闘マシーンにしたりすることが多いらしい。それこそ、半ば洗脳してだ。
このTVにいる人はその類の人で、途中で逃げ延びてきたのだという。
『―――彼らは自分の利益のために純粋無垢な人間を使い、そして人を殺します。私のような経験をしている人はまだ多くいるはずで―――』
たまに涙流しながらなあたり相当らしい。それゆえか、VTRも結構その悲劇的な面を強調している。実際悲劇なので仕方ないが。
そうして、VTRはテロリストの中にも自分みたいに無理やりやらされてる無実な人間もいるから彼らにも救いの手を、みたいなことをほのめかして終わった。スタジオも少ししんみり状態である。
「(まぁ、あそこまで感情的になられちゃあな……)」
はてさて、俺が私幌市のときとかハイジャックのときとかに殺したやつの中にどれくらいそんなやつがいたのか。まあ、そうはいってもやられてる以上やり返すしかないので仕方ないのだが。
「……」
「……?」
ふと、テーブル越しに隣にいる和弥を見るとその目は真剣みがあった。
今のに何かを見出したのか。気になったので聞いてみようとしたとき、
「……そうきたか、うまいな」
「え?」
口元をニヤつかせながら唐突に放ったその言葉に、俺は思わず声を漏らした。
「いや、VTRの後普通のニュースに変わった。だが、流れがうまいな、これ」
「流れ?」
そういって和弥が指差したTVのほうを見る。TVではその特集は終わって通常のニュースに変わった。
先の政府専用機の件や、それに伴うテロ撲滅に対して日本が追従姿勢を示した、という内容のようで、総理が国内のテロ組織の完全なる撲滅を謳っていた。
ことと場合によっては武力的なものも辞さない覚悟を示している。まさに問答無用、といった感じだ。
どうやら例のハイジャックの奴で相当ぶち切れたらしい。まあ娘さん殺されそうになった上自分もろとも巻き添えで死ぬところだったんだしそりゃ仕方ない。ある意味総理らしい強い決意だ。
だが、それがいったい何したんだ? 俺は疑問を隠せない。
「ただの総理の決意表明にしか見えないぞ。それがどうかしたのか?」
「いやな……お前、あのVTR見た後この報道見てなに思った?」
「なにって言われても……まあ、テロ撲滅は当然だし、時には力ずくになるのも仕方なしだなとは思ったが?」
「相手にさっきみたいな悲劇的な過去を持ったやつがいても?」
「それに対しての拒否感はあるが……でも仕方ないだろ。そうでもしないと今度は何も悪くない国民が死ぬんだし」
あちらさんには悪いが、こっちとてそうしてでも守る存在があるし、どっちが大事かって言えば当然国民のほうだ。取捨選択はしたくないが現実しないといけないときもある。取るなら、無実な国民だ。
「そうだな。それには間違いないし、お前の回答はまさに模範的だ」
「そりゃどうも。……で、それがどうしたってんだ?」
「うん、お前はそういった取捨選択をしたが、その根拠は?」
「根拠って、そりゃあテロリストと国民どっちを取るかっていう常識面とか、そもそもの問題俺たち国を守る側からすればやらないと自分たちが死ぬからな。それで根拠の大部分はうまらね?」
「そういう知識がある奴ならな」
「は?」
和弥はそのまま指を軽く立てつつ続けた。
「俺だって、確かに国防の職に立つ人間だから、相手が誰だろうと国民や国益を損なう相手には問答無用で手を出すしかないさ。だが、中にはそれを否定的に見る人がいてな」
「まあ、そりゃいるんじゃないの? 結局俺たち側の事情を抜きにすればやってるのただの内紛だし」
「確かにな。だが、何も知らない人の立場で見てみな。最初あの悲観的なVTRを流して、テロリストの中にもこんなかわいそうな人がいるんやでってところを見せた後、VTR感想は軽く流してすぐにあのニュースに移った。それも、見るからに総理の“テロリストの撲滅”の部分を強調してた」
「はぁ……それで?」
「あくまで、ほんとに何も知らない人で考えろ? ……その総理のコメントを聞いたご感想は?」
「感想……?」
何も知らない人だろ? 戦争の常識とか、政治関連、そういった微妙な事態の知識や常識がない人が聞いた場合は……。
「……まあ、反感は覚えるんじゃね?」
「それよ」
「え?」
和弥は指を軽くパチンッと鳴らしてそういった。
「ニュースじゃアフリカとかで起きてるテロ組織の討伐に米軍ももっと戦力を充てることを検討したり、日本も日本で国内のテロ組織撲滅に本気になったりってのが強調されてたが、それはニュース全体で言えば“さりげなく”流してる程度だった。これ、報道うまいよ」
「どういうこったい? さっぱりわからんぞ」
「つまりな、最初にテロリストに焦点を当てた報道をして、それをスクープって形で悲劇的に報道しておくことによって、視聴者に「テロリストもかわいそうだ」って印象を植えておくわけ。その後に、その今さっき抱いた印象が冷める前に「さりげなく」テロ撲滅やら討伐やらといった、その悲劇的な目にあった人が増える可能性があるニュースを流すと……抱くのは、反感だろ?」
「はぁ~……なるほど」
何も知らないで見たら、確かにそうなるかもしれない。
俺は国防面やらの知識や常識を持ってるのでまだいいが、そういった人は全国比率で言えば少ないだろう。
さっきのニュースの流れを追えば、テロリストを討伐するということはこうした悲劇的な過去を持った人も巻き込まれることになるぞ? といった感想は抱く。というか、俺もさっき抱いていた。
そこから先は……反感になるか、そうでないかでまた分かれるのだろう。何も知らない人はかわいそうに思うのかもしれない。「さっき出た人みたいなのもいるのにあんまりじゃないか?」と。
確かに、手法としてはうまい。それが思惑通りになるかは知らんが。
和弥は続けた。
「しかも、さりげなくってのがまたポイントだ。余計なことを言わずに大まかに報道しておくことによって、その他の不明な部分は自分の想像で補おうとする。そのとき一番影響出るのは、今で言えばどうしてもさっきのスクープのほうなわけで」
「主にそっち方面で出た情報で補おうとする、と……そうなると基本的に悲観的にしかならんのだが」
さっきのあれ見てる限りじゃそんな感じにしか聞こえなかったし。
「そういうこと。そういった流れで想像補正に一番影響力を持たせるテーマを『テロリストの悲劇的事実』に誘導することで、最終的にはこの政府のやり方に反発しやすいようにしてるって感じだな。……最近のマスコミの間じゃそこそこ使われてるやり方らしいぜ。前にも言った例の記者の人が言ってた」
「なるほどねぇ……」
記者というのは、前に言っていた旭日川から日照にいった信頼できる記者さんだな。マスコミ関連はその人から情報でももらってるんだろう。しかし、中々にうまい手だ。
しかも、和弥が補足して言うには、このVTRに出てた人の言うこと一部誇張と嘘っぱち入ってるらしい。
結構昔に雑誌や本で出てたらしいのだが、確かに幼少期に連れ去られはしたが、その後は別に嫌々組織に加わったわけでもなく、むしろその逆だったとか。
抜け出したというのも、あくまでその所属していた組織から受ける報酬が気に入らなかったからっていう腐った理由なだけで、決して組織にいること自体がいやで命からがら逃げてきたなってことはないらしい。ここら辺は、すでに過去に雑誌で小さくだが書かれていたようだ。
……つまり要約すると、
「……あいつ、別にそこまで悲劇的な人じゃないってこと?」
「そういうこと。まあ、かろうじてあってるのは幼少期に連れ去られたってとこだな。でもそれも、元々当時から支配地域に行くなって言ってたのに海外旅行だかで家族そろってその支配地域に遊びに行って勝手につかまったってだけの話で、まあはっきり言っちゃえば自業自得なんだよな」
「マジかよ……」
てか、そうなると主に悲観的要素ほぼゼロなのだが。さっきまでのお涙頂戴的な展開はなんだったんだ。要は事実を元に再構成した“フィクション”じゃねえか。詐欺か。
「旭日川も事実確認してないはずないと思うんだが……おっかしいなぁ、あの雑誌、元々旭日川系列の会社から出てたはずだから余裕で調べれると思うんだが……」
「それ以外にソースないのか?」
「あるっちゃある。あのVTRに出てた人は元々元テロリストって意味では結構有名で、ネットにも情報転がってる。だが、彼自身今の対テロリズムに否定的で、自分の言ってることに結構想像とか脚色入れてるからな……」
「初期に言ってた本当の話はネットにないのか」
「ほとんどない。ものくっそ根気強く探さないと見つからんと思うぞ」
「はぁ~……」
とんでもない屑だったようである。和弥から教えてもらわなければ危うくこのフィクションを事実として受け止めるところであった。
だが……それを知ってるのって、結構少ないのだろうな。たぶん。
「こういうので一番言われてるのは『無知は罪』ってことだ。知識ある人なら、民衆保護のためにはやむをえない事態だってことは理解できるはずだし、それ以前にこれはうそを混ぜた煽動的なものだってのも理解できる。だが、たぶんたいていの視聴者はそうじゃないだろうな」
「お前みたいに過去の雑誌すら読んで情報集めてる奴なんて早々いないだろうし……それに、別に政府だってそういう人たちに救いの手を出してないわけじゃないんだろ?」
「そりゃな。テロリストがいる地域にはいくなって外務省が警告出してるし、テロリストから身の安全を守るための情報提供とかはこれでもかってくらいしてる。それでも無理ならそこから先は自己責任っていわれるくらいにはな」
「それでもダメだったら……」
「ただのマスコミの思う壺。ま、今のこれみたいなのは別に旭日川に限った話じゃないけどさ、そういう情報の見極めは大事ってこった。常に疑ってかかれ。いわば『情報の取捨選択』ってやつだ。現代人にはそれが一番足りねえよ」
そういった和弥は一息入れるように近くにあったコーヒーを飲んだ。
メディア・リテラシー。情報の真偽を見抜き活用することだ。今みたいにうそが混じっていても、それに惑わされないようにすることもそれに含まれる。現代の人には、確かにそれが一番足りないのかもしれない。マスコミに限らず、最初その目で見た情報は基本的に疑ってかかることが必要だ。
「プハァ」とため息をつきながらまた続ける。
「……テロとか戦争とか、そういうのを語り継ぐのはいいが、それならちゃんと真実を伝えてもらわんとなぁ。ま、何も語られないよりは幾分もマシだけどさ」
「……」
和弥の言うことに思わず胸を苦しめてしまう。
理由はすでにわかっている。そして、その語り継ぐのが自分だというのもわかっている。
……だからこそだろう。真実を伝える、という意味で俺は今のままでいいのか少し悶々とした。
「(……そういえば、まだあいつに話してなかったっけ……)」
出会って半年にもなるのに、まだ話してなかった。尤も、もう少しすればいったんここを離れるのだが、それでも、せめて話しておくべきだろうか。
「(でも、わざわざアイツに話す必要もあるのか……話したところで何も変わらない気がする)」
そんなことを少し考えていた。
すると、
「―――つーか、大体マスコミなんてまともなこと話さねえだろ。どれもこれも誇張やら嘘っぱちやら入ってるのが常だと思うぜ?」
後ろからそう声をかけるのは二澤さんだった。いつの間にか、例のライブとやらの件に関しては話し終えたらしく、こっちの話に耳を傾けていたようだった。
それに答えるのは和弥である。
「まあ、確かに。マスコミとて営利企業ですからね。事実かどうかってより、それが大衆受けするかってほうに重点が行きますから」
「だろ? だからまだその営利に振り回されないネットのほうが信頼が高いって言うね。だから俺掲示板に流れてる情報をネットサーフィンしまくりながら調べてるわ」
「サーフィンしまくってあらぬサイトにいったりしないでしょうね?」
「そんなまさかそんなハハハ」
そういう二澤さんの顔は引きつっている。そして目線をそらしている。
……こりゃ、昔に何かそれでやらかしたな絶対。
「実際、使えるのって災害のときくらいじゃね? 地震とか」
「あと津波情報ですね。3.11以降少しの津波でも敏感になりましたし」
「ま、そういうのは敏感すぎるくらいがちょうどいいさ。無駄に被害が増えるよりマシだ」
「確かに」
それのせいで正常性バイアスだかが働いて被害が増えたのが今までの震災やら何やらだ。それよりならちょっと誇張入ってるけど結果的に何もありませんでしたで済むほうがまだ平和でいれる。最低死ぬよりはマシだ。
……すると、
「二澤さん、羽鳥中佐呼んでるッス」
「ん? 俺か? すまん、ちょっと失礼」
部屋の奥からきた団員から伝令で呼び出しである。早々に彼はほかの二人とその場を離れ、伝令できた人もそのまま退散していった。自室にでも戻ったのだろう。
TV周辺にいるのが俺たちのみとなったところで、俺は思い出したように聞いた。
「そういえば、地震で思い出したんだが、前に起きたあの関東の地震あのあとどうなったんだ? いろいろと調べてたんだろ?」
関東の地震とは、数日前に起きた千葉県とか栃木県で起きた最大4と震度5弱のものだ。
結局あの後でっかい余震はなかったようだが、今までの地震の起こりように不審を持った和弥が独自に調べてたらしい。
和弥も「うん……」と難しい顔をしながら答えた。
「一応あらかた調べてたんだが……ちょうど今周期的にでっかいのがくる時期に入ってるらしい。たぶん、今回のはそれだと思う」
「周期的のか……でも、でっかいのはもうきたんだしそれでおわりだろ?」
「だと思うんだが……少し妙なんだよ」
「妙?」
和弥があごに手を当てていった。
「……それ以降、地震が何も起こっていないんだよ」
「何も? 1のやつもか?」
「いや、それは起こってる。だが、起こる頻度が今度は極端に減った……あれを境にいきなりだ」
「周期的に地震を起こすエネルギー使い切っただけじゃねえの?」
「だといいんだが……」
それでも和弥は難しい顔をしたままだ。「う~ん……」と唸ったまま、その表情を崩さない。
「……このパターンはまさか……」
「え? なんか言った?」
「ん? あぁ、いや、なんでもない。気にすんな」
和弥は手をひらひらさせてそういった。
少し気になりはするが、どうせ和弥のことだ。確信がないからわざわざ言わないだけだろう。そこはあえてスルーしてやることにする。
「とにかく、この地震はちょっと個人的にも興味がある。もう少し調べてみて―――」
と、そう和弥が言ったときである。
「おい篠山!」
「?」
また後ろから声が聞こえた。声の主は二澤さんだ。走ってきたようで、少し呼吸が速い。
「どうしたんです?」
「いや、すまん、羽鳥中佐がお前もきてくれって……悪い、伝令がミスってたみたいだ」
「俺も?」
「ああ、そうだ。お前もだ」
伝令ミスで俺も来るところを二澤さんだけがいってしまったらしい。どうやったら呼び出しの伝令ミスるんだ。てか、隊舎内でアナウンス入れればいいものを。壊れてるのか。
「何でも、ちょっと指令が下ることになるらしい。……俺らの隊と、お前の隊とでだ」
「うちと二澤さんとこので?」
指令、という言葉に少し身構える。羽鳥さんが直に伝えるということは、そう生半可なものではないはずだ。いつも受けるものより重要なものかもしれない。
「ああ。とにかく一緒に来てくれ。事情は向こうで話す」
「わかりました。すまん和弥、ちょっと抜ける」
「あいよ、いってら」
そう残し、俺は二澤さんとともに羽鳥の元に向かった。彼は団長室のほうに向かっているらしい。団長室はこの部屋からそう時間をかけずにいける。
「(いきなりなにがあったんだ……?)」
ハワイに帰ってまだ数日だが、
どうやら、また俺らは大きな仕事をせねばならないらしい…………




