ハワイサミット最終日
―――翌日からの日程は半ばルーチンワークみたいなものだった。
そのあとの2日間は各国首脳との会談や国家間交渉、情報交換などばかりで、その警護手順も全く変わらなかった。
1日目とほぼ似たようなものだったので、途中途中で休息をはさみながら総理周辺を警護。そして、合間を縫って和弥とも情報を交換してもらった。
これといった外的妨害もなく、サミット自体は予定通り進み、サミット3日目も無事終了する。
……そして4日目。サミット最終日である。
この日は午前中に最後の首脳会合でG12コミュニケの採択(つまり共同声明文の中身の承認)を行った後、そのG12コミュニケの発表、そして、G12宣言として今回のサミットによる成果発表と各種声明を発表する。
宣言の中身は様々だが、おもな注目としてはやはり対テロリズムに関するものになる。
今回のG12宣言では、今までのサミットではなかった対テロリズムに対する重点的な宣言が行われる。まあつまりいうところ、名指しで非難したりすることだが、今まではあまりこういうことはなかった。
特定の国に対してこーしろあーしろというのはあったが、それと同等のレベルでテロ組織やテロリズム全体に対して直接的に宣言することは今までほとんどなかったのだ。あるとしても、そのとき起こってるテロを定型文的に非難したりする程度だった。
それゆえ、どこまで強気で非難するかマスコミも注目していた。どこまで組織を名指しするか、その宣言の中身、各国の動き、などなど。
そのような宣言はのちに行われる各国での記者会見でも簡単にではあるが行われる。この記者会見は今回のサミットの成果報告も兼ねているため、どうしても注目度は増していた。
ハワイをちょっとだけでも観光する時間もない。本当は予定では最終日前日の午後だけちょっとホノルル視察があったのだが、先のハイジャックの件で撮りつぶされた。そして、俺たちの休息の時間も消えた。恨めしや。
……そんなことを思いながらの、最終日の午後。
HCC1階にある展示ホール『カメハメハ』にて、そのG12コミュニケの発表が行われた。
室内は記者という記者で埋め尽くされ、その視線の先には、今回のサミットに参加した各国首脳陣が一様に揃っている。
その中で、中央にある演台の前に立ち、身振り手振りを交えながら力強い演説を行うのは、今回のサミットの開催国であるアメリカ合衆国のハミルトン大統領だった。
コミュニケの内容を、彼が代表して発表していた。
「―――世界を欺瞞に染め、無秩序という混乱に陥れようとする棒弱無人な彼らを、我々は断固として非難する。我々は、一致団結し、この極悪非道なテロ組織に立ち向かう決意と努力を十二分に発揮することで同意した。そして、我々は彼らの撲滅のために―――」
さっきから過激な発言しかしてない気もするが、それが、国家としての意思ということなのだろう。
この声明は、コミュニケの中でも対テロリズムに関するものとして発せられた。先進・新興諸国との団結を背景に、一丸となって彼らを『撲滅する』ということをとくに強調している。
「(こりゃ、絶対いろんなテロ組織がネットに反発声明あげるなぁ……)」
ホール内で周辺警備をしていた俺はその声明内容を聞きながらそう思った。
今時テロリストが自由にネットで宣伝活動できる時代だ。たまに、その宣伝のためにいろいろ書いたサイトを通じて自分たちの居場所が特定されるという間抜けな一面もあったりするが、それでもネットを使った宣伝活動というのは結構有効だ。
現に、これによって彼らに合流を図る人たちも出てきている始末で、各国公安や関連組織も目を光らせている。
グローバル化がどーのとは言うが、それによる弊害がこんな形ででてくるとは。世にインターネットを普及した当時の人々は予想してなかっただろうな。
「―――世界各国に跋扈している、共産系中華組織、イスラミア、北朝鮮系韓国組織をはじめとするこれらは、とくに懸念されてしかるべき組織である。彼らの支配的、かつ極悪非道な行動は全世界を混乱に陥れ、世界秩序の崩壊を起こしかねない危険分子である。また、彼らだけでなく―――」
聞き覚えのある言葉も聞こえてくる。俺たちが主に被害を受けているテロ組織のことだが……
「……ん?」
ふと、後方にいる首脳陣を見る。
……気のせいか、どことなくそわそわしていた。中には「なんてこと言ってやがんだこいつ」とでも言わんばかりの苦々しい顔をした人が……というか、それうちの総理だったわ。
「(なんだ、名指しがまずかったのか? それともその先がまずいのか?)」
まあ、確かにうちらが一番かかわってるテロ組織が二つも出てきたのであんまり刺激してほしくなかったのかもしれないが……しかし、そこは同意を得ているはずだったような。事情が違ったのだろうか。
周りの記者も若干ながら勘づき始めていた。全員が、というわけではないが、若干数ほど勘のいいのがいるらしい。
妙に様々な反応を示したので少し気になった俺は小声で隣にいた彩夜さんに聞いた。
「あの、名指しした瞬間から妙な反応が起きてるんですけどこれは一体?」
彩夜さんの方を見ると、こちらもこちらで若干苦笑気味だった。小さくため息をつきながら「やれやれ」みたいな様子で行った。
「まぁ、そりゃ完全に極悪非道なっていう感じで滅多打ちの非難ですからね……少し強気で行くとは言ってもここまでするとは聞いてなかった可能性もあります」
「でも、マスコミはまだしも各国首脳はその中身は聞いてたはずじゃ? 彩夜さん確か午前中のコミュニケの承認時いましたよね?」
「そこでも結構反発あったんですよ。特におと……じゃなくて、うちの総理から」
「反発?」
承認時から反発あったのかあれ。俺は例によって例の如く外部警戒だから中のことはわからない。
しかし、彼女曰く「あまり名指しでやりすぎると反発おきすぎて逆効果」という声が少なからず起きていたらしく、その筆頭が日本だったということだった。
「名指しする組織は大体決まってたんです。ですが、それの大半が日本とか台湾とか、あと今の民主制中国といったアジア諸国が主として被害受けてる組織ばかりで、「これ以上反発されたらそろそろ防ぎきれない」って苦言を呈してまして」
「だから、あまり直接的に名指しはするなと、日本を筆頭に反発したわけですか」
「ええ、そういうことです」
テロリスト側の反発自体はもはや確定事項だ。何を言っても文句を言ってくるんだ、名指ししようがしまいが変わることはないだろう。“反発自体”は。
だが、名指しが入るとその組織からの反応が異常になる可能性は高かった。その矛先が、軒並み自分たちが手を焼いている系列の組織ばかりだと面倒事が自分たちばかりに来てしまうのは明白だ。
……まあ、そういう意味での反発なのだろう。要は「今この状態でも厄介なのにこれ以上面倒なことにしないでくれ」ということだ。
「各国も、本音あまり乗り気ではなかったようでして。事実、テロによる工場破壊などによる経済的被害を考えれば、指向性の高い名指しは控えておくか、したとしても今は少し控えめでいたほうが得策だと考えてたんです。まだテロに対する準備は万全ではないですから、その時まで待とうって感じで」
「でも、アメリカがやるっていったんですか?」
「どういっても譲らなくて。「テロリズムに対しては頑固たる姿勢で」の一点張りで。……どこの国も「頑固でいるのも時期や相手などの条件がいる」と説得したんですけどね」
「しかし、そこまで反発する理由は? 実際テロに対しては強気でいてもあまりデメリットはないような……」
「今はむしろ逆なんですよ。テロの標的が現在成長途中で世界経済に多大な影響力を与えているアジア諸国、しかも日本に至っては世界の労働力すら担保し始めてるロボット市場の筆頭国、仮にこれらの国に経済的被害が発生した場合の悪影響が高い……考えつくだけでもこれだけあるんです。名指しする組織が結構な過激派が多い奴ばかりですし、確実に行動に移されるのはわかりきってましたから、それによって経済損失が起こされるのを嫌ったんですよ。経済が揺れてしまうと、そのあとの経済力を土台にした対テロリズムの準備もできません」
「はぁ……なるほど」
要はあれか。その非難の相手をよくわかってないうえに順番を間違えてるってことか。
それらの組織の標的は確かにアジア諸国だ。先ほど大統領が言った組織、あれらは一応日本語訳すればほとんどアジア関連だ。
世界各国に分派はいるが、基本アジアを中心として活動している。彼らがこのコミュニケに反発して実力行動を起こされたらたまらない。しかも矛先はほとんどアジアに集中する可能性が高い。
アジアの経済的影響力が高い現代では、その波及速度も速く、アジアでの経済損失は他の欧米各国への悪影響にも直結していた。
今はまだ経済的にも軍事的にも準備段階でもあるから、もう少し時期を待ってもらいたかったのだろう。アジアにさらなるリスクを負わせるのはまだ早いとみたのだ。
……が、アメリカがメンツ重視で突っ走ったと……
「(和弥の言ったとおりだなぁ……今のアメリカ外交がちと下手すぎる)」
状況的に見ても、将来的なリスクを見てもまだ時期尚早なのは明らかだっていうのに、またいらなく刺激を与えることになった。しかも、さっきから過激発言しかしていない。
アメリカとしては、これは今現在急速落下中のメンツを拾い上げるためなのかどうなのかは知ったこっちゃないが、一つの発言でアジアが危険にさらされ、しかも欧米経済にも悪影響が出かねないのが見え見えなのにこの発言か……。
昨日、和弥が言っていた外交面での指導力低下の説得力が増していた。こりゃ、確かに世界各国から不審な目で見られても仕方がない。
「(アメリカも焦ってるってことだろうか……リーダーが冷静でないと後ろから突いてくる連中は苦労するんだがな)」
だからこそ、俺もリーダー職やっていく上では常に冷静を心がけている。時々感情的になることはあるが、そこを軽くジョークをぶちまけることで発散するなどしていた。
リーダーの焦りは周りに普及する。それは、集団で生きてきた人間が一番わかっているはずのことだった。
……そういう意味では、今のアメリカはリーダーとしては不適格なのかもしれない。早くかつてのアメリカが戻ってもらいたいが。または、誰か新しいのが引っ張ってもいいし。
「(……いずれにせよ、また日本本土でいろいろと対策を練らなアカンだろうな、こりゃ)」
テロ組織からの反発が予測され、さらに実力行使も可能性としてある以上、俺たちも準備をする必要があるだろう。
……はぁ、こりゃ休日出勤かな。和弥に事情説明したらなんていうか。あいつのことだからまた「あんのアメリカン大統領余計なことぬかしおってからに」とかいって愚痴るに100円かけるか。
「……お、ユイさん戻ってきた」
「ん?」
彩夜さんの視線が移る。その先には、少し前にこの場を離れていたユイの姿があった。少し速足である。会場が暗いのでよく見えないが、姿はしっかり見えた。
「お疲れ、周りどうだった?」
ユイには定期的な周辺警戒を頼んでいた。今も、時間が空いたので会場全体を軽く回って不審人物等の確認をしていたのだ。
……が、
「……」
「―――? どうした?」
ユイがしきりに視線を後ろに移しながら不審な顔を浮かべる。俺はその様子に少し身構えた。
「……なんか変な人いるんですよ。一人だけ」
「変な人? 不審者か?」
「判断が難しくて……私だけじゃ決めきれないんで祥樹さんも確認してきていいですか?」
「どこだ?」
「あそこ。後部右側の席」
そういって小さく指差した方向を見ると、一人の男性を確認した。
一見、ただの記者だ。夏にしては妙に厚着してる気がしないでもないが、そこまで極端ではない。時々みかける程度の厚さだ。
「ただの記者だな……ペンまわしながら電話してるだけじゃねえか」
この場で堂々と電話するってのもマナー的にどうなんだとは思うが。
「ですが、あれさっきからずっとなんですよ……私が確認した限りでもかれこれ15分以上あのまんまです」
「単に外部記者と連絡取ってるだけじゃないか? 見た目アジア系だから……本土にいる奴らとか」
「15分以上も連絡取りっぱなしにします? たまに携帯から手を離しますけど、少ししたらまた電話ですよ……」
「公式のコミュニケ発表の場で、辺境の場所でこそこそと電話ねぇ……」
「私は先ほど行きましたんで、ちょっとみてきてもらえます? 私だけでは判断できないので」
「……わかった」
ユイがそこまで疑問に思うのも珍しいことだ。何かあるかもしれない。
彩夜さんの警護をユイに任せ、俺は怪しまれないようにその男に近づいた。マスコミ関係者や警備の隙間を縫いながら、大体10mくらい離れた場所まで近づけた。
間に他の記者を挟んで横目で確認。
「(……確かにずっと電話してるな……誰と話してるんだか)」
ユイならたぶん電話の声をうまくききとれそうだが、さっきその報告をしなかったあたりたぶんそこまで近づけなかったか、周りの雑音のせいでうまく音声を拾えなかったのだろう。
「(かれこれ15分以上もほぼこの状態か……どんな電話してるやら)」
そんなことを思いながらたまに視線をそらしながらその男を少し監視していく。
会場ではすでにコミュニケの発表は終わり、全体的な総意発表を兼ねたG12宣言を引き続きハミルトン大統領が行っていた。もうまもなくこの会見も終了し、後はその場でうしろにある台に上ってすぐに記念写真の撮影を行うのみだ。
どうせこれももうすぐ終わる。今更何か仕掛けるなんてことはないと思うが……
「(……ん?)」
すると、俺はふと気付く。
「(……アイツなんでしきりに腹さすってるんだ?)」
電話をしながら、さっきからしきりに腹をさすっていた。別に痛がっている様子はないようだが、そこまで腹をさする理由がわからない。癖か何かか?
そんなことを考えていると、その男は暑くなってきたのか、上着を一枚脱いだ。下はラフは白いYシャツだったが……
「……ッ?」
俺はその光景に思わず目を疑った。
その男の腹は……
「(……少しだけ、角ばってるッ?)」
普通に平坦か少しだけ輪郭がある程度ん形を持つはずの腹部が、ほんの少しだけ角ばっていた。
角ばり方が明らかにおかしい。周りは暗いため注意してみないと気付かない程度の違いではあるが、それでも、みれば見るほど人間の持つ腹部の形ではない。
……腹に、何かを抱えている? それなら、さっきから腹を妙に気にしてさすっているのも理由が付く。
「(この場合、何を抱えてるんだ……わざわざこの場で、腹に抱えないといけないもの……ペースメーカー的な何かじゃあるまいしな……)」
そういった感じで、俺は考えうる可能性を一つ一つ消去法で潰していった結果……
「……まさか」
ある、一つのマズイ可能性を考えついた。
俺はすぐにその場を離れ、速足でユイの元に戻った。これから話すのは少し無線は使えないものとなる。
「ユイ、ちょっといいか?」
「―――? なんです?」
「……ちょっと場所を移す」
「?」
彩夜さんには少しこの場にいてもらい、ユイを連れて場所を移した。できるだけ人気が少なく、さらにあの男にできるだけ近づけれる場所を選んだ。会場自体が広いため、人気のないところは結構できやすい。後ろの方は空きが多かった。
男を複数の席をはさんで真横に見据えることができる場所に来ると、ユイにすぐに命令した。
「ユイ、アイツのほうにX線かけてみてくれ」
「ええ? ここからだと少し遠いんですけど……」
「ギリギリ入ってるだろう。あまり時間かけたくない、頼む」
「はぁ……了解です」
そう言って自身のアイカメラのモードを切り替えてX線走査を行う。指向性を強めることで、できるだけ遠距離でも検知できるように調整している。
走査はすぐに終わった。
「……なんか腹部に反応みたいなのはありますけど……よく見えないですね。たぶん、すぐ周りにあるパイプイスのやつの反応が彼の腹部にも重なっただけだと思いますよ? または服にかけてる金属のシャーペンとか、あと金属製の用箋挟とか」
「……そういう道具系だったらいいな」
「え?」
そんなジョークを言いながらさらに追加。
「じゃあ次はサーモだ。腹部を集中的に見てくれ。結構高めの熱があるはずだ。何かあるかもしれない」
「何かって……なんです、男子供孕んだりでもしてるんですか?」
「んなわけあるかアホ。いいから早くやれ」
「ハイハイ……」
微妙に疑念が尽きない状態のユイだが、それでもすぐにモードを変更して今度はサーモ機能で熱源を確認する。
「熱源なんて、腹部はそこまで体温高くならないんじゃ……」
そんなことを言いながらサーモ機能で走査すると……
「……あれ?」
「どうだ?」
期待通りの反応が返ってきた。
「変ですね……腹部に四角い高温熱源があります。立方体かな……?」
「やっぱりだ。あの野郎、腹に何か抱えてやがった」
「でも、あれなんです? 四角い箱でも埋め込んだんですか?」
「そこなんだが……」
あまりそのまんまの通りにならないでくれ、と思いながらさらに低い声で言った。
「……あいつの近くに行ってもう一度X線してきてくれ。今度はもっと詳しく見れるようにしてだ」
「了解」
ユイは俺の元を離れ、また男の近くに向かう。
気付かれないよう、さりげなく。これまた数mのところまで近づいて、もう一度X線を賭けるのが確認できた。
少しの間をおいて、ユイに反応があった。
無線は使わないので表情だけで読み取るしかないが……その顔は、驚愕していた。
すぐに俺の元に速足で戻ってくると、早口に、かつ焦燥感をあらわにしていった。
「ひ、祥樹さんあれ……ッ!」
「その様子だと、たいそうなものを見てきたみたいだが……あの腹部の中、X線で通して何が見えた?」
「え、えっと……」
ユイは少しどもりながらも、その目で見たことはしっかりと伝えた。
「は、腹の中に……」
「金属の箱と、導線らしき配線が見えました……あと、中に何を入れるスペースも……」
「チッ、ビンゴだ。俺の予測があたっちまった……」
最初、あの角ばった腹を見たときの俺の予測が見事に的中してしまった。
わざわざ導線を通した金属の箱を腹に入れる理由なんてひとつしかない。しかも、その箱の中に“何か”を淹れるスペースをわざわざ作る必要性なんて、この場合一つしか考えられない。
「祥樹さん、まさか?」
ユイも想像がついたらしい。おそらく、俺の想像と合致しているはずだ。
「ああ……アイツ、腹に抱えてるのはただの金属の箱じゃない。確実に……」
「爆薬を詰め込んだ埋め込み型の“ステルス爆弾”だ」
「ステルス爆弾? 確か、数十年前にAQAPが開発した?」
「それか、もしくは同型だ。マズイ、アイツ自爆する気だ」
「ええッ!?」
ステルス爆弾。AQAPというアルカイダ系テロ組織が開発した、人体に外科的手術を用いて直接埋め込んで使う爆弾だ。
人体を文字通り爆弾を入れる箱にしているため、金属探知にも引っかかりにくい。この会場にきた記者には全員金属探知検査を行ったが、その時使われてたのは従来型のやつだ。今時のステルス爆弾なんて、その程度の金属探知で引っかかるほど単純じゃない。
ユイの用いたX線走査でも遠くからではよく確認できなかった。金属探知検査を想定して改良していたんだ。
「―――さっきからしきりに電話してたのは、おそらく自分の上に値する連中と連絡を取っていたんだろう。そして、サーモグラフィで走査した時に腹部が高温だったのは、おそらく爆薬から発せられる熱と爆弾自体に通っている電気が発生させる熱が原因だ。それが体内の爆弾周囲より高温だったんだ。金属はごまかせても、熱源まではさすがにごまかせない。サーモ機能の感度を上げればすぐにわかる」
「では、あのシャーペンをわざわざずっと持っていたのって……」
「よく気がついたな。おそらく、あれはシャーペン型に偽装させた爆破スイッチだ……あれの上にあるノックボタンを押せば、たぶん、その場で爆発する」
「そんな……X線でみたら、空白のスペースが結構ありました。あそこに爆薬が大量に詰め込まれてたとしたら相当な被害が……」
「どれくらいでる?」
ユイは数秒ほど考え、顔をしかめつつ返した。
「……爆薬にも寄りますが、今時のテロリストが使ってる爆薬を流用したとしたら、爆発地点から半径数十mは被害が確実に出ます」
「クソッ、何が目的かは知らんが、そんなのがここで爆破されたらマズイ」
いつどのタイミングで起爆させる気かはわからんが、おそらく遠い後ではないはずだ。
考えてみれば、最初あそこまで厚着していたのも、腹の微妙な出っ張りを怪しまれないためと考えれば納得がいくし、今ここで脱いだのも、自爆時に爆破の効率を高めるためだと考えれば違和感はない。
となると、もうすぐ彼は実行に移す。今すぐにでも捕えなければ、周辺にいる人々が爆発に巻き込まれる。
「誰かを頼ってる暇はない。俺が行く。まずは適当に理由をつけて場所を移さないと……」
そういって俺はすぐに男の元に向かった。ユイも後をついてくる。
男のすぐ近くに来た時、俺はユイに対して会場正面の右側で控えている警備主任と他警備員を連れてくるよう頼んだ。
ユイが速足で先行して主任を呼びに行ったのを見届けながら、俺は男に近づく。
男はちょうど電話を切ったところだった。そろそろ行動に移るのだろうか? そうなる前に俺は声をかけた。
「すいません」
「?」
「少しよろしいでしょうk―――」
と、少し遠くからだがそういった瞬間だった。
「ちィッ!」
そう聞こえた瞬間、男は目の前に置かれていたパイプイスを俺に向けてぶん投げた。
「うゎッ!」
一瞬その奇襲にやられ怯んだ。男はその隙を突き、そのまま全力疾走で右側の通路から会場正面を目指していた。
通路はそこそこあいていた。マスコミがカメラを構えていたが、壁沿いによっているため通れるスペースが十分にあった。
そして、その先では……
「―――ッ! やっべぇ!」
G12宣言を終えた各国首脳人が、写真撮影のために台に乗って中央に寄っていた。彼は右側の通路を突っ走ってそこを目指しているようだった。
タイミング的に見ても、間違いない。
「(しまった、狙いはこれか!)」
奴の狙いは各国首脳だったんだ。写真撮影のために全員が中央に集合するタイミングを狙って、自爆テロを敢行し一網打尽って魂胆か。今のステルス爆弾を使えば爆破位置さえ合えば一気に全員瞬殺できる!
マズイ、すぐに止めないと大混乱になる!
「ユイ! そいつ止めろ! 早く!」
無線ですぐに怒鳴りこんだ。男の走っている先にはちょうど主任を呼びに行っていたユイがいた。それと同時に、周りがその男の奇行にざわつき始めたのを見て後ろを振り返った。
……しかし、男はそれすらも予見していた。
「ッ!」
左手で近くにあったパイプイスを持つとユイに思いっきりぶん投げた。片腕の腕力に驚愕しているのもつかの間、そのパイプイスはユイに向けて一直線に突っ込んだ。
気付くのが遅かったためよける時間がなかった。ユイは左腕で自身を守る形でパイプイスを受け止めるが体勢を崩し、そのすきにすぐ横を男が通り過ぎようとしていた。
通り過ぎる瞬間ユイが腹の方に向けて右手を叩きつけるように伸ばしたが、男は自身の脚力と慣性の力に強引にそれを突破した。
その先には主任たちをはじめとして数人の警備員がいたが、それらがすぐに取り押さえるも男自身の脚力を強引に効かせて首脳陣のいる壇上にまであがってきた。
首脳陣も異変に気付き逃げようとするが、そうなる前に男は右手に持っていたシャーペンに指をかける。
「(マズイ! 爆発する!)」
そう思った瞬間、彼は親指でシャーペンのノックボタンを押した。同時に、複数人で男を捕らえようとしていた警備員が総出で男を前のめりに倒して取り押さえる。
だが、スイッチは押された。そのまま爆弾は爆発……
「………………あれ?」
……しなかった。
あたり一面はし~んと静まり返り、一瞬の静寂が会場を支配した。
すぐに他の警備員が総出で男を連行しにかかり、今度は喧騒と怒号の嵐に包まれた。男は取り押さえつつも、何度もシャーペンのノックボタンを押す。やはりそれが起爆スイッチだったのだろうが、体内にあるであろう爆弾はこれっぽっちも反応しなかった。
「……なんだ、何が起こった?」
起爆スイッチか、爆弾のどっちかが不良品だったりしたのか? 俺はよくわからなかったが、一番わからないのはあの男だろう。そのまま警備員に連行されていった。
あたり一面が一瞬にして混乱し始めてきたところで、他のHCC所属の警備員がマスコミ関係者と首脳陣の誘導を始めた。
一先ず一大事には至らず、パニックもすぐに収まりそうで良かったが……
「ふぅ、危ない危ない」
「―――? あぁ、ユイ」
そこに、先ほどパイプイス直撃を喰らったユイが戻ってきた。左腕の方を軽くさすっているが、別段大けがしたわけではないようだった。
「大丈夫か、腕?」
「別に。この程度で一々ぶっ壊れたりしませんよ」
「そうか。……しかし、爆弾が起爆しなかったな。不具合でも起こしたか?」
そういうと、ユイは少し得意げに鼻を高くしていった。
「まあ、起こったんでしょうね。私のおかげで」
「は? なんでお前が出てくるんだ」
「いえ、さっきイス投げられた時右腕は生きてましたんで、右手に流れてる電気の量を増やして腹にある爆弾にぶつけたんです。テロリストが作った素人爆弾なんて、電磁波には弱いでしょうからね」
「……あぁ~、そういうこと?」
「そういうこと」
なるほど。コイツもよく考えるわ。
つまり、一瞬通り過ぎる隙を狙って、右手に流れている電力を最大まで上げて、それに伴う電磁波ノイズをその腹にある爆弾に直接平手打ちの如くぶつけたのだ。
ユイ曰く、X線走査をしたときに爆弾と外部を隔てる皮膚は結構薄かったらしく、電磁波ノイズも通りやすいと考えたそうだ。そりゃまぁ、腹が角ばったりするわけだ。
また、そうでなくても一発腹に決めておけばその衝撃で何か不具合でも起きてくれるんじゃないかと考えたらしい。
当然、ノイズ対策されてたり、その衝撃で誤爆発でも起こったら本末転倒なのだが、そこはぶっちゃけ言って賭けだったそうである。
「あれしか方法なかったんですから仕方ないでしょ。まぁ、爆発はしなかったんで終わりよければすべてよしってことで」
「ハハ……まあ、そうっすね……」
これっぽっちも怖がらずそれをやるあたりほんと度強あるなと心底感心する。ロボットだからそこらへんルーズなんだろうけど。
……しかし、
「……最後の最後に、ほんとデカイ花火打ち上げようとしやがって……」
「まさか、和弥さんが言ってた花火ってこれのこととか?」
「お前昨日のTV電話聞いてたんか。飽きたんじゃなかったのか?」
「聞いてないとは一言も言ってません。音声は記録してました」
「さいですか……。ま、あれとはたぶん違うだろうが……こっちもこっちで、打ち上げられちゃまずいものだったのには違いない」
そんな会話をはさんでいたときである。
『ブラボーより全隊。集合せよ。繰り返す、集合せよ。1階カメハメハ正面』
主任の声だ。集合のお呼びがかかったらしい。
おそらく先ほどの自爆攻撃に際して動きが伝えられることだろう。
「はぁ……もうすぐハワイともおさらばだってのに、最後まで休ませないとは……」
「しょうがないですよ。ほら、さっさといきますよ」
「へいへい……」
少しだるそうにしながらも、ユイに半ば引っ張られる形で後をついて行った。
……ハァ。観光するわけでもなく、何事もなく警備任務を終えるわけでもなく……
次から次へとこんな怒涛の日々とは……
「……ハワイまで来たってのに、最後の最後まで忙しい日々だ……」
そんな愚痴をたれながら、俺は集合場所に向かった…………




