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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第3章 ~動揺~
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日中台3ヶ国首脳会談

[正午 ハワイコンベンションセンター3階小会議室『モロカイ』前]





「総理、先の国際会談での成果はどうだったのでしょうか?」


「G12初の対テロを重視した国際会議でしたがその手ごたえは?」


「日本としての立場の表明はどのようになったのでしょうか?」


 大会議室『オアフ』から出てくるとすかさず詰め寄ってくるマスコミたち。先の全体首脳会議での結果を聞き出そうと躍起になっている。

 そばについている警護がどうにかして離そうとするが、中々に離れない。


「後ほど、記者会見にてまとめて報告させていただきます」


 そう一言いい残し、目的の場所へと速足で進む。記者たちをかき分け、同じ3階にある小会議室『モロカイ・ルーム』の前に着いた。

 そこに、先に到着していた2人の人影が見える。俺の接近に気付いたか、こちらを見るや満面の笑みを浮かべ、軽く手を上げて挨拶する。


「やぁ、麻生総理。お待ちしておりました」


「総理閣下、どうも。ご無沙汰しております」


 二人の挨拶にこちらも笑顔で会釈し、それぞれで握手を交わす。


「お久しぶりですな、イェンさん、ワンさん。去年のAPEC以来でしたか」


「ええ。とはいえ、こうして3人で会談するのは初めてですな」


 燕大統領の言葉に「そうでしたか」と笑顔で会釈する。


 ここにいるのは、10年前の戦争以降民主政治を取り入れ生まれ変わった中国の長『燕炎彬イェン・イェンビン』大統領。

 元軍人で、10年前の戦争では人民解放空軍のエース部隊の隊長として戦乱を生き延び、その後政治家を目指した人間である。

 その際、大統領選に見事当選し、初代大統領として4年の任期を経験している。その後、間に4年を挟み、今回が3代目、そして自身は2回目の大統領だ。


「初めての台日中3ヶ国会談です。お互い有意義なものといたしましょう」


「ええ、そうですね」


 そういうのは、その10年前の戦争に伴い独立を果たした台湾民主国の『王傑ワン・ジエ』大統領だ。

 此方も同じく元軍人で、10年前の戦争では台湾海軍の一艦隊の司令官を経験している。その後、政治家として当選し、さらに2年前より大統領を拝任した。

 この二人との面識は数年前よりあり、深い友好を築きあげている。だからこそ、今回、こうした国際会議の舞台では初めての日中台の3ヶ国首脳会談を実現するに至った。


 3人が握手をしているところで、そのままマスコミ向けにシャッターチャンスを上げるべく視線を記者たちに向けた。

 ここには、その日中台の3ヶ国の記者たちが詰め寄っており、我先にとシャッターを切り、質問攻めに入っている。


「3ヶ国間でどのような中身の会談が行われるのでしょうか?」


「初の3ヶ国会談ということですが、初の実現について一言を!」


「今回の3ヶ国会談はマスコミなしの機密会談ということですが、やはりテロを警戒してですか?」


 日本語、中国語の質問がまるで矢のように立て続けに投げられるが、時間になったのでそろそろ中に入ることにした。


「今回の会談の実現は非常にうれしく思います。日中台、互いに高い連携を持てるよう有意義な会談にしたいと考えています」


 そう一言いい残し、同じ3階にある小会議室『モロカイ・ルーム』へと入っていった。ここからは、中身の関係上特別に記者たちの入れない機密会談となる。

 中は今日のために豪華なセッティングがなされているようだった。中央に円形のセンターテーブルが設置され、周りには3つの座席がある。


 中に入るとすぐに扉は閉められ、室内は俺たち首脳3人とその側近秘書官、少数の警備のみとなった。


「今回もマスコミはなしですか……なんとも、殺風景なものですな」


 王大統領の言葉に、思わず小さな笑いが出てしまう。


「ハハ、仕方ねぇですよ。こうでもしねぇと、万が一紛れ込まれたらマズイですからなぁ」


 そういいながら、センターテーブルに設けられた自分の座席に座る。ほか2人も、それぞれで設けられた座席に座り、自動翻訳用の音声を聞くために右耳にイヤホンを取り付けた。

 今までは相手に配慮して中国語で話していたが、ここからは問答無用で日本語で話す。イヤホンにも、自動翻訳された日本語が流れる。

 イヤホンを付けた後の開口一番、燕さんが言った。


「どれくらい前でしたかな、こんな殺風景な会議になってしまったのも」


「燕さんが初代の頃はまだ記者は入れてたんでしたっけ?」


「ええ、私と麻生さんが何度か会談した当時はまだ記者入れてましたな。入れなくなったのって、5年くらい前でしたっけ?」


「そうだったはず……てか、そうか、王さん2年前に就任したばっかだからわかんないか」


「いえ、大体その時からやめてたのは知ってました。正確なのはわからなかっただけで」


「あ、そうか、こりゃ失礼」


 そういって3人揃って半笑い。今ではこの3人は互いに知己の仲となっており、こうして「大統領」なんて堅苦しいのは付けずに「さん」付けで呼び合っている。

 そのためか、この会談も結構のどかな雰囲気となっていた。……が、その中身は全然のどかではない。


「しかし、テロによってこの会談も随分と変わりましたなぁ……」


「記者が入らない分静かでいいですがね」


「王さん、そこは言ってはいけませんぞ」


 再び半笑いする二人の会話に軽く頷いて同意する。

 つかみもそろそろ、俺は改めて会談の開始を宣言した。


「……じゃあ、遅くはなりましたが、改めて、当会談を開催させていただきます。まず、私のほうから日本国を代表して、改めて、中国のG12復帰をお祝い申し上げます」


「台湾代表としても、再び中国が世界の舞台に立つことを許されたことについて喜びを禁じえません。燕さん、おめでとうございます」


 二人からの祝辞に燕さんは深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。10年前は大きな過ちを犯した我が国ですが、これからは国際社会に対して大きな貢献を行っていくべく、努力させていただきます」


「ええ、我が国としても最大限サポートさせていただきます。……とまぁ、堅苦しいのもこれくらいにして、今回は対テロが重視された会議でしたんで、ここでもそこに関していろいろと確認をとっていきたいわけですが……」


 すると、燕さんはすぐさま思い出したように言った。


「あぁ、テロといえば、遅くはなりましたが、先日の政府専用機の件、ご無事で何よりです」


「ええ。このたびのご災難、心中お察しいたします」


 二人が軽く頭を下げてきたのに対し、俺は軽く右手を手を出しながら止めた。


「いやいや、二人とも、頭を上げてください。お気遣い感謝いたします。……こちらこそ、我が方の不手際により多方面にご迷惑をかけてしまったことをお詫びします」


「いえいえ、お気になさらず。それを申せば、我が国も前日危うく政府専用機を乗っ取られるところでしたからな」


「あぁ、そういえば台湾のほうでも……」


「ええ、燕さん。日本の件で忘れられかけてはいますが、我が方でも空港でセキュリティに引っかかってしょっ引かれた不届き物がいましてな」


 確かに、俺たちの政府専用機の奴で忘れ欠けてはいたが、台湾のほうでも被害にあっていた。

 空港で差し止めることはできたが、あの男の言うことが正しければ、そこもあのテロリスト共の計算の内だという……いずれにせよあまり喜べない事態だ。


「我が国がまだ被害を受けてないのは、幸運というべきか……」


 燕さんがそう呟く。中国はまだ政府専用機に対するテロの被害を受けてはいない。確かに、そういう意味では幸運と呼べるかもしれない。


「とはいえ、日本やアメリカのセキュリティでも入ってきた奴等です。十分警戒を」


「ええ。承知の上です」


「そういや、台湾のほうでのテロリストってのは、詳しい情報は?」


「はい。現在まだ調査中ですが、先ほど受け取った最新の情報では……どうやら、携行武器にはAK-74やらテープ型爆薬やらのそこそこの重武装をしていたようでして」


「テープ型爆薬か……ちょうど、先日の件もありましたな。どうにも、ロシア製みたいな感じででしてな」


「ロシアの?」


「ええ。ロシア製か、またはロシアの製造方法をまねたか。どっちにしろロシアから流出した技術、ないし装備ですんで、管理体制に関してロシアに今頃抗議いってますよ、うちの外相が」


 すると燕さんが少し頭をつついて思い出しながら言った。


「日本の外相といえば……あぁ、山内大臣ですか」


「ええ。うちの若手の外交マンです。彼を通じて、外相会談でロシアに注意喚起の意味で抗議に言ってるはずです」


「そうでしたか。まぁ、ロシアとしても最近テロで使われてるロシア製、ないしソ連製の武器に関して抗議が殺到しまくりですからなぁ……ロシアもロシアで、大変でしょうな」


「ま、あれだけ製造したうえ簡単に造れるってなったら……テロリスト連中も使いたがるでしょうな」


 AKシリーズが使われる一番の理由が、その簡易な構造と高い性能面が両立されていることだ。それによって、テロリストや武器商人どころか、下手すればそれを通じて一般市民にですら出回るようになってしまっており、完全にそうした連中の主兵装となっている。

 ロシアとしても、できる限り流通しないよう国内で処分させたり、輸出した各国に処分を徹底させていたりしているが……それでも限界ってのがある。それで被害を受けた各国が、製造・輸出・管理責任があるとしてロシアに抗議を行いまくっているのが現状だ。というか、どこから出回ったかわからない以上念のためロシアに注意しておくしかない。


 ……ロシアも大変である。


「……しかし、確かそれだけではありませんでしたな。毒ガスもですか」


「はい。そこに、毒ガスとしてサリンも持ち込もうとしていたそうです」


「サリン?」


「ええ、サリンです。確か、数十年前にそちらの国でも使われていたことがあったかと」


 サリン。この言葉を知らない日本人はおそらくあまりいないだろう。

 かつて、鳥の名前を付けたどこぞのアホな宗教団体が、朝の通勤ラッシュ帯の地下鉄でばら撒いて大きな被害を起こしたその元凶が、このサリンだ。

 致死性が高い神経ガス。王さんの報告によれば、それを危うく機内で撒かれそうになったのだという。


「神経ガスとは……どうやって持ち込もうとしたのかは存じませんが、随分と殺しにかかってますな」


 腕を組んだ燕さんが小さく唸りながらそういった。


「ええ。それで、今回のサミットの中止を受け入れられなければ、最終手段としてそのサリンを使おうとしていたと、何とか捕まえた実行犯から聞き出したと」


「脅し……か。ある意味、俺たちんとこと同じだな」


「麻生さんのところも?」


「ええ。サリンはなかったものの、その代り飛行機ごとまとめて海に落とそうとしてたらしくてですな。実際、一時コックピットを占拠されました」


「な、なんと……」


 王さんが軽く狼狽する中、元空の人間である燕さんが「う~む……」と再び唸りながら言った。


「コックピットを……ですか」


「燕さんは元空軍の人間ですから、わかりますかな?」


「ええ。とはいえ、操ってたのは戦闘機ですが……しかし、パイロットもやられていたとお聞きしています。空港は横風もすごかったはずですが、そこは誰が?」


「うちに運よく飛行機を操れる人間がおりましてな。そいつに丸投げですわ」


 もちろん、ここら辺は嘘だ。本当はまともに飛ばせる人間がおらず、唯一飛行機の操縦桿を握れてある程度操作法を知っているあの二人に任せたのだ。

 篠山君と……うちの作った、最新鋭のロボットである。


「着陸を拝見しましたが、フラップが壊れていたと……その中であそこまで着陸できたのは中々の腕前です。一度、同じ空の人間としてお会いしたいところですが、セッティングってできます?」


「セッティングゥ?」


 おいおい、あの二人に合わせろってか。無茶言うな。

 すかさず、王さんも笑いながら止めに入った。


「ハハハッ、燕さんそりゃ無理でしょう。その人たぶん疲れ切ってそれどころじゃないですよ?」


「あー、まぁ、ですよね。ハハハ、これは失礼しました」


 そういってすぐに引き下がってくれた。……まあ、実際には無理を言えば会わせることは可能なのだが、片方はまだしも、もう片方はちょっと危ない存在だからなぁ……。

 目の前で不具合が起こる、なんてことはないだろうし、それを防ぐためにもう片方がいるのだが、それでも、必要以上にいろんな人に合わせるのは避けたい。

 ましてや、燕さんのような大統領レベルの人間はもってのほかだ。ここは、適当にごまかすことにする。


「ハハハ、まぁ、今は無理だから、また近いうちにってことで」


「わかりました。では、機会があれば」


 そういってここは諦めてもらった。

 ハイジャックに関してひと段落ついたところで、王さんが話題を一転させに来た。


「あ、そういえば、話は変わりますが、例のシェールガス事業の件。我が国にもある程度譲歩して頂いてありがとうございます。ちょうど、公共事業が足りなかったもので」


 王さんはそういって頭を軽く下げた。

 シェールガス事業。台湾は、中国と共同事業を展開する上で、利益分担の交渉をしていたのだ。

 その結果、完全に、というわけではないが、中国側がある程度その利益分担を譲歩してくれることが、数週間前の外相会談で実現していた。彼のお礼は、そのことである。


 燕さんは軽く右手を振っていった。


「いえいえ、我が国としても、シェールガス事業はうまく波に乗っていたので、あれくらいでしたら十分譲歩の範囲内です。……今の流れを止めるわけにはいかないので、多少の譲歩でしたら進めていく準備があります」


「中国のシェールガス事業、結構順調なようですな。元々は、例の10年前の戦争で大量発生した失業者対策の一環ってぇ話でしたが……」


「ええ。現在の国際市場にうまいタイミングでヒットしてくれました。事態があれ以上悪化しなくてよかったです」


 燕さんも、ある種ホッとしたような表情だった。


 十数年前より、各国では財政難や世界的な経済不安定状態によって、失職した人たちが増加傾向にあった。

 その人たちが、当時ISILなどの手当などが高く高収入が得られる多くのテロ組織に移ってしまい、結果的にテロ組織自体の肥大化に進んでおり国際問題となっていた。

 特に中国は、元から経済危機で失業者があふれかえっており、その数は世界屈指のレベルだった。それに加えて戦争後の混乱によりさらに増加、多くの失業者が海外に出ていき、それが幾度かの分散・合流を経て、現在の共産党系テロ組織の肥大化や、他国のテロ組織への中国人流入に繋がっている。


 各国はすぐに対策を講じた。中国では、それを政府主導の公共事業という形で、シェールガス事業を起こしたのだ。

 ちょうど世界では、シェールガス事業の“ブーム”が始まっており、中国が早くからそれに乗っかった形となっている。


「今では、その大量の埋蔵量を使って中国は世界有数のシェールガス筆頭産出国となった。海外にも事業を展開し始め、そこに自国の人員を大量に派遣するなどをすることで雇用を創出する……うまいやり方ですな」


 王さんがそう感嘆の声を漏らした。

 中国はその王さんが言ったやり方で、多くの新規のシェールガス事業の大量発注を起こすことに成功した。

 国内でのシェールガス事業に大きくかかわることにより、雇用を生み出すことに成功したばかりか、海外にも事業を展開し始め、今では中国の基幹産業の一つとなり始めている。

 埋蔵量自体は、中東やアメリカも負けてなかったが、中東は石油重視だったためにシェールガスに手を付けるのが少し遅れていた。また、アメリカも経済対策に躍起になって、シェールガス事業にまで手を深く出していない状態だった。


 そうした形で隙ができていたために、中国がこの事業では先頭を突っ切っているのだ。


 うまいこと、中東や欧米の先を行くことができていたのである。おかげで向こうは若干後追いだ。


「日本の採掘技術の提供も大きいものです。そうした点では、感謝いたします」


「いやいや、あんなんでいいならある程度は提供しますよ。ま、有償、ですがね」


「まぁ、そこは確かに」


 そういって互いに笑いあった。

 我が国ではシェールガスが発掘する場所がほとんどなく事業展開は厳しいため、代わりに今までに海外で培った資源採掘技術や探査技術の提供・共同運用という形で事業に参画していた。

 初期の中国の事業展開では特に活躍し、今でも陸海での産出事業で我が国の企業が参入している。そういう点で、中国は少なからず我が国に助けられていた現状があった。


 ……もちろん、これらの提供はすべて相応の価格での有償である。


 王さんが再び感嘆したように、


「公共事業で成功したら、あとは民間企業として独立させて任せればいいわけですし、そこでまた雇用が増える。ある意味、合理的な戦略ですな」


「確か、台湾でもそうだったっけ?」


「ええ。我が国でも、今度の中国とのシェールガス共同事業が軌道に乗ったら、民間企業として独立させて、台中共同出資の企業として立てるつもりです。その点では、すでに燕さんと話がついています」


「はい。……かつては、とにかく雇用を生み出そうと必死だったんですが……国内の復興事業はもちろん、このシェールガスも、まさかここまでうまくいくとは予想外でした」


「これも、燕さんや、あと前任の王さんの手腕のおかげですな」


「王さんといえば、確かここにいる王さんの娘さんでしたっけ?」


 燕さんがそう王さんに聞く。


「ええ。とはいえ、生まれも育ちも中国な関係で、中身は完全に中国人ですがね。だから、台湾人の私なんて、名目でしかありませんよ」


「ですが、外交手腕が優秀だったおかげで、まさに復興期真っ只中の中国が国際社会でうまく関係回復を測ることができてましたな。まったくもって、国籍は違えど親子揃って大統領とは」


「ええ。彼女のおかげで、私はそれを引き継いでシェールガス事業をうまく展開することに成功しました。目立ちはしませんが、彼女の功績は高いものです」


「それが、今では原油価格の上昇を抑える一因にもなってる……今OPECの連中は原油価格を上げてるが、中国のシェールガスの成功はそれを少しでも抑える要因になってるますしな。いやほんと、ありがたい限りですわ」


 これは原油輸入国家にとってはほんとにありがたい話であった。特に、お得意様の我が国などそうだった。

 シェールガス事業による中国の再台頭が、中東諸国にプレッシャーを与えていた。これがなければ、今頃もっと原油価格は上がっていたことだろう。

 ゆえに、日本を含む原油輸入国はさりげなく中国のシェールガス事業成功による台頭に感謝していた節がある。


 ……が、それによる問題もあった。


「……だが、それによってアメリカさんがまた不安定になっちまうとはなぁ……」


「複数要因はありますが……元々不安定気味な経済で、このシェールガス事業で中国に先を越されましたからね……」


 俺の言葉に王さんも同意した。


 実は、これによってアメリカの影が薄くなり、産油国としての利益が減少してきている事態が発生していた。

 シェールガス事業はアメリカも狙っていたとはいえ、世界経済に振り回され少し不安定気味だったゆえに後手後手になりかけていた。その間に、中国に先手を打たれたのだ。

 原油輸出に関しても、中東との価格競争によりうまく潤わない状況があり、中々回復の兆しをつかめないでいたのだ。


「(それだけが要因ではないとはいえ……こうも簡単に足元が揺れるとは、アメリカも結構弱ったなぁ……)」


 新興国の台頭や既存のシステムや技術、資源の輸出に限界が見え始めていることが、このような形で結果として表れ始めていた。

 それはどこの国も大なり小なりあるとはいえ、アメリカのような超大国がその傾向になり始めるというのはちょっとした異常事態ともいえた。

 燕さんも、少し唸りながら言った。


「まぁ、我が国と共同事業を起こそうと提案してくるほどですからなぁ……。まだ我が国は、10年前の戦争によって国連を追い出されて、そのあと復帰してまだ3年目です。国際世論的には、未だに我が国は比較的敵視されてる時期で、そんな時に共同事業をしようなんていうことを“戦勝国であるアメリカから”するなんて……」


「現地マスコミも揺れているそうですな。『かつての敵国に早くも経済で後れを取り始めた』とかってな」


「ええ。今のアメリカ、結構不安定な状態ですよ……この後中米会談も控えてるんですが、そこで何言われるか今からハラハラしてまして……」


 燕さんの顔が一層険しくなった。


 このシェールガスの共同事業は、中国としてはその事業規模をアメリカにも拡大することができ大きな利益となることは間違いない。その点では、中国は利点があった。

 アメリカとしても、中国と協力することによってシェールガス事業をスムーズに起こすことができ、シェールガス市場の協同拡大によりアメリカ産シェールガスの販売利益が拡大するというメリットはあるが、そもそも問題として、その事業の展開場所はアメリカ本土、ないしその近海だ。

 本来ならアメリカが独占して利益を得なければならない場所であり、それがアメリカ自身の資金不足や中国の急速な台頭などによって、こうして共同事業という形をとったほうが効率がいいという“状況”を作ってしまった。


 アメリカのマスコミや世論、さらには野党らが怒っているのはそこである。要は、後手後手に回った結果中国に先越され、さらに共同事業まで起こすなんて言う決断をせねばならなくなったことに、アメリカとしてのプライドが傷つけられたというのである。

 元々、アメリカと中国とではシェールガス埋蔵量に差がありすぎ、それを見て昔はアメリカも開発技術を提供して投資を加速させようとさせたりもしていた。

 ……だが、それでも完全にうまくいくことはあまりなかったようだ。だからこそ、この先の決断をせざるを得なくなったともいえる。


 それだけ、アメリカとしてはまさに“屈辱的な”決断だったということなのだ。


「はあ……どうせまた利益分担をもっとよこせとか言ってくるんでしょうなぁ……連邦議会やマスコミ向けの最低限の成果はほしいでしょうし、それくらいはしてくるはずです」


「だが、逆にそこまでせんといけないほど追いつめられているということにもなる……。かつての、経済大国、かつ軍事大国で、世界の絶対的トップだったアメリカの姿はもういない、か……」


 その俺のつぶやきに、王さんも同意した。


「ええ。今のアメリカは世界のリーダーとして立つには国内経済が不安定すぎます。それは、外交を中心に政治にも大きく響いていますし……」


「アメリカの発言力も低下してるしなぁ。うちらを含む、外国に対する米国債の借金は若干増加傾向にあるし、それの影響で他国を気にしてる暇なんてなくなって国内向けの政治が目立ち始めてる」


 特にそれのおかげで、ロシアをはじめとするBRICSの奴等もアメリカの言うことを次第に聞かなくなっている。だからこそ、ロシアは数十年前のクリミアあたりのころからやりたい放題やっていた。

 ……尤も、中国だけは10年前の戦争の件もあって比較的いうことは聞いているようだが。


「……あぁ、あと、あれだな。特に国内で言えば、例の第三の政党っていう……」


「改新党、ですね」


「あぁ、それです、それ」


 俺は指をさしてそういった。


 正式名称を『アメリカ改新党』という。現在、アメリカで急速に勢力を拡大している第三の政党だ。

 アメリカの政治は二大政党制だが、別に他の政党がないわけではない。しかし我が国のように、第三勢力となる政党、などというわけではなく、そのまんまの意味で3番目の政党、という意味だ。


 ……だが、この改新党に限っては、その意味が徐々に変わりつつある。


「アメリカ政府内で、共和党や民主党に次ぐ第三の政党として勢力を急速に拡大している政党、でしたか。……アメリカ国内経済の揺らぎの影響が、こうした形で波及するとは予想外でした」


 燕さんがイスの背もたれに背をゆだねながらそういった。

 アメリカ国内では、前々からこの経済状況や、テロが跋扈しているという軍事的・治安的状況に対応しきれない現在の共和・民主両政党に対する批判が相次いでいた。世論の間で、彼らに対する不満が蓄積していたのだ。

 その結果、それに打って変わる第三の政党が必要だという世論の声を受け、このアメリカ改新党が立ち上がった。

 尤も、元々アメリカ国内でも第三の政党は必要だという声があったらしいのだが……しかし、この状況がそれに追い風を起こした形となった。

 その結果、今の改新党の党員数は共和・民主に迫るものとなっていた。アメリカの世論が、ある種の“変化”を求めている何よりの証拠であった。


「その改新党が、元々何人かあげてた候補者数を数年前から大量に増やし始め、今では連邦議会でも上下両院でそこそこの割合の席数を確保するに至っている。しかも、その数は年々増え続け、連邦議会や大統領府はすでに彼らの意向を完全に無視できなくなっている……」


「すでに、改新党に議会や大統領府が軽く制圧されつつありますな」


「彼らの意向を無視すれば、また自分たちに対する非難は必至です。したくても、できないでしょうな」


 燕さんの言葉にそう返した王さんが、軽く首を振って何とも言えないような微妙な苦笑を浮かべた。「こりゃ、どうしようもないな」とでも言いたげな顔だ。


「元々典型的な二大政党制のアメリカで、まさか第三勢力たる政党が大きく台頭するとは……元から世論ではその第三勢力の政党の必要性が謳われていたとはいえ、まさかこうも早く、かつ簡単に出てくるとは……」


「それだけ、今のアメリカ世論が自分の国の政治に不満を抱き、とにかく変化を求めているのでしょうな。……そういう意味でも、“改新”なのかもしれません」


 二人の会話に思わず喉の奥で唸り声を上げる。

 アメリカが大きく変わろうとしている。それだけ、彼らは変化を求めていた。

 しかし、それはアメリカ自身はもちろん、俺たちにとっても必ずしもいい結果を生むとは限らない。これによりアメリカの政治・経済の不安定化をさらに招いている一因にもなり、株価等が不安定になっている。その悪影響は、我が国にもすでに出始めていた。


「(変革によるデメリット、またはリスク……というやつか)」


 できれば早めに済んでほしいが……いつまでかかるやら。この際どんな形でもいいので、さっさと固定化を促してほしいものだ。

 王さんもそれを考えてか、表情を暗くする。


「この不安定化が、余計な混乱を招いたりしなければいいのですが……」


「今のテロリストの発生原因に、この国内の混乱や不安定化がありますからな……まぁ、なんだかんだ言って地盤だけは固いアメリカですから、そこはあまり問題ないとは思いますが……」


「そうではありますが、あまり長引くとそうとも言えなくなります。どうにか、この混乱が早めに終わることを祈るばかりです」


 二人の言葉に頷くしかなかった。


 現在のテロリストの発生原因が、こうした形で起きた経済危機による失業者だったりするのは先ほどの通りだ。それ以外にも要因はあるが、根本的な原因をたどれば結局は国内の混乱が原因なのだ。


「(さっさと終わらせねえと、下手すればテロリスト量産機状態になっちまうぞ……すでに中国がそれを経験してるってのに)」


 10年前の戦争やその前の経済危機ですでに中国はテロリストを量産してしまった。アメリカがそれの二の前になることを祈るばかりだ。


「(……リーダーが不安定だと、こうも世界ってのは簡単に足元が掬われかけるのか……)」


 烏合の衆、とはまたちょっと違うのだろうが、やはりリーダーの存在がそれほど大きい証拠だ。

 そして、それはアメリカの力がとても強かった証明でもある。


 二人のそのアメリカに対する懸念の会話はまだ続いていたが、俺はそれを耳で聞きつつ、その横で不安を感じていた。


「(……短期的なもので済むんだろうなぁ、これは……)」


 長期化を許すほどアメリカもバカではないはずだ。すでに安定化を図るために動いているに違いない。


 ……が、それでもだ。


 あまり長引かせると、不満はどんどん蓄積する。パンパンに膨らんだ風船は、いつか爆発する。

 かつて、中国の経済が急成長した時、そのあと一気に力尽きて急降下したのと似たようなものだ。あれはどちらかというと悪い意味で“萎んだ”、といったほうが正しいが、今回のこれは待っているのは、安定化するという意味で萎むか、“爆発”するかだ。


 ……アメリカの不満が爆発した姿なんて、あまり考えたくはない。


「……頼みますよ、ハミルトン大統領……」


 不満分子が、テロリストに変化でもしたら最悪だ。それだけは、何としても避けてもらいたい。


 だが、それに関して我が国ができることなんてほとんどないに等しいだろう。


「……すべては……」





「彼の、政治手腕にかかっているということか……」






 俺は腕を組みながら、背にもたれて天を仰いだ…………

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