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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第2章 ~不穏~
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サミット強行

 ターミナル到着後は予定されたフロアとは別の場所に誘導され、そこで人員点呼等の確認を行った。

 さすがに政府要人とかがいるため503便と政府専用機の乗員は別々にされたが、政府専用機乗員のところにはさっきから空港に駆けつけたらしい一部の外国政府要人が訪れては総理らと話しているのが確認できた。おそらく、労いか何かの言葉だろう。


 その日はしばらく取り調べ等のために空港に居座ることになった。翌日には本土から国家運輸安全委員会(NTSB)がハワイ入りし、503便と政府専用機の件について同時に調査を始めることになった。

 NTSB的に、二つの件の事故を同時に調査するのはあまりない事例だという。……いやまぁ、あったらあったで事故多いなってことになっちゃうからなくていいのだが。

 503便に関しては当然エンジン関連でさっさと終わらせるつもりらしい。政府専用機に対しても、ハイジャックってことですでに原因は判明してるも同然だが、一応簡単に調査はしておくということだった。


 とはいえ、相手はセキュリティなりなんなりで政治的機密が大量に詰まっている一国の政府専用機である。

 アメリカで発生した航空事故は基本誰が相手でもこのNTSBが強い権限を持って事故調査にあたるが、政府専用機相手など相手にしたことはない。しかも日本国という同盟国で、世界的需要を誇るロボット産業の輸出によって今現在では非常に大きな権限を持ってる国だった。

 ハイジャックという事件の性質上、どうやっても調査の過程でセキュリティ関連にも足を踏み入れる必要が出てくる上、そこで下手をしたら完全なる機密漏洩事件にまで発展する。

 それをアメリカがやらかしたとなれば、相手が日本だとしてもさすがにただでは済まない。「同盟国の機密を無責任にも漏洩した」として日本政府がブチ切れてしまい、日米間どころか、同盟国間の信頼関係にまで発展する可能性も十分にあった。

 最悪、機密漏洩を危惧した日本が今後のロボット関連をはじめとした技術提供を渋るかもしれない。アメリカの技術には日本も大きくかかわっている以上、そんなことはあまり起こしたくなかった。

 機密関連の漏洩を極度に恐れる日本としてはあまりNTSBに全部任せるわけにはいかず、アメリカとしても、そんなことで日本から顰蹙は買いたくない。ましてや、今回の事例はハイジャックだ。死人も出ている。慎重な調査と判断が必要だった。


 ……そんなわけで、そこらへんでさすがにちょっと配慮が入ったというか、どちらかというと影から日本政府が口を挟む形で、今回だけ特例として日本の運輸安全委員会(JTSB)もハワイ入りし、合同調査という形でこの事件の調査にあたることで日米間での同意を得るに至った。

 こうすることで、最低限外には話せない機密にあたる部分を彼らに調査させることで解決させようと試みたのだ。当然、機密にかかわらない部分は情報共有は行う。

 2ヶ国間の合同調査は航空業界じゃ珍しい事例ではあったが、別に今までになかったわけではなく、2010年に起きたポーランド空軍の政府専用機墜落事故に実現したロシア・ポーランド合同調査チームをはじめとして、今までに起きた政府専用機ハイジャックによる墜落事故の際にはたびたび発足していた。今回もその一例となる。


 事件発生当日中には、本国で事前にスタンバイしていてすぐに到着したJTSBと、ちょっと遅れて2日目中に到着したNTSBとが合流し、日米事故調査連合が発足。さっそく合同での調査が本格的に始まった。

 また、ハイジャックという名の事実上のテロでもあったため、後にFBIも捜査に加わることになるという。準備等があるので、今はまだ来ていない。

 その間にも簡単に事情聴取とかは受けたが……一応、俺が操縦したってことに関しては言っといた。さすがに事故調相手にまで嘘は言えない。事前に総理らには許可はとっている。

 当然、向こうは度肝を抜かれたらしい。しかも、俺ならまだしも、見た目完全にただの若い女性であるユイまで操縦したと聞いたときはちょっと馬鹿にしたのか、


「こんな幼い女が、あの男勝りな飛行機を操ったのか?」


「こんなやつでも操れるとか、日本の飛行機は随分と女々しい奴だな」


 とかいって笑っていた。まあ一種のアメリカンジョークか何かだろうし、そこら辺をすぐに察した俺は、


「(まあ、飛行機=シップ=船で、船は女性にも例えられるから女々しいってのもあながち間違っちゃいないわな)」


 とか思いながら「ハハハ……」と軽く苦笑いで済ませたが、ユイにはそれがガチの自分に対する侮蔑か何かに聞こえたらしく、


「HAHAHAHAHAHAッ!」


 といった感じで満面で陽気な、かつ“不気味な”笑いを浮かべながら、近くにあった空っぽの缶コーヒーの缶を右手で一瞬で握りつぶしてた。

 俺を3人の含む人間勢が顔面真っ青になってるところを、今度は遠くにあったゴミ箱に向けて、姿勢をこれっぽっちも変えずに右腕を超速で横に振りぬきながら投げた。

 ぺしゃんこにつぶれた缶はごみ箱の穴に一直線に“直撃”し、「ガゴンッ」というおおよそゴミ箱に入った缶の音とは思えない重い音を発しながらゴミ箱にその身を入れた。


 唖然とする人間勢。そこで、ユイがとどめの一言。


「いやほんとね、なぁ~んでこんな女々しい奴がこんなバカでかい飛行機を操縦する気になったんでしょうねぇ、HAHAHAHAHAHA」


 満面の笑みで響く、陽気でまさにアメリカンな感じの、笑い声。

 ……女々しい? 女々しいとはいったい何だったのか。俺は疑問を隠せない。コイツは女々しいの意味をちゃんと理解しているのだろうか。

 さすがにこりゃマズイと思ったのか、調査官は冷や汗を浮かべながら慌てて話を戻した。さっきの話はなかったことにしようとしたようだが、その後のユイは満面の笑みだったためむしろ怖かった。どう考えても誤魔化せてない。

 俺は、お隣にいるロボットの怖さを久し振りに実感することとなった。




 ……そんな事情聴取も束の間、時は4日ほど過ぎる。

 日米事故調連合さん方が503便と政府専用機の件について同時に調査しててんやわんやな頃、俺たち政府関係者は『ハワイコンベンションセンター(HCC)』にて今後の動きについて情報を待っていた。


 ここ『ハワイコンベンションセンター』は、ハワイ州内にある国際会議場ともいえる場所であり、今回の会議の舞台でもある。最近ではホテル的な宿泊機能も大幅に追加された。

 本来ならば、現地到着翌日からさっそくG12のハワイサミットが開催される予定ではあったが、このような事態になったためさすがに予定通りの開催とはならなかった。

 今回のハワイサミット参加国間での協議を経て、今後の動きについて決定するということだ。


 ……とはいえ、関係者の間ではこのまま中止行きだろうという話になっていた。当たり前だ。こんなハイジャックなりなんなりが起きた大事件の直後に、そんなのしてる暇なんぞあるかって話である。

 現地マスコミの報道を見る限りでも、そういった論調のようだ。予備機は来てるし、俺たちはそれに乗ってさっさと帰ってまた日を改めてサミットを開くことになるだろう。


 そんなムードが、俺たちを含む関係者の間では流れていた。




 ……そのはずだったのだが……




「―――ええ!? さ、サミットやるんすか!?」




 俺は思わずそんな声を上げてしまっていた。


 HCC内の警備員控え個室にいた俺たちは、総理と、秘書としてやってきた彩夜さんから報告を受けた。

 各国間との調整を終えた二人は、ほかの幹部に知らせるついでに、俺たちのもとを寄って知らせに来たのだそうだ。


 だが、事故調の取り調べからやっと解放され、控室に置かれたソファでやっとくつろげると思った瞬間にこの報告である。俺は休もうにも休めなくなった。


 総理も少し困ったようにつづけた。


「あぁ……これ以上日程を変更することはできないとほとんどの参加国が言ってきてな。いわば、“強行”ってやつだ」


「き、強行って……」


 こんな状況でサミット開催を強行とな……日程変更できないのはわかるが、そこまで切羽詰ってるのか?

 政府関連の事件が起きてもサミット開催なんて、そんなの俺の中では前代未聞だ。


 彩夜さんも少しこめかみに手を当ててため息交じりに言った。


「アメリカさんの強い意向もあるそうです。ほか、イギリス、ロシアも同調し、おまけにドイツやイタリアほかいくつかの国も多少遅れはあれどこのまま開催することを支持しまして……日本としても、同調するほかなくなった感じです」


「そこまでして今やらないといけないんですか? サミットなんて後々になってもやれますし数ヵ月くらい延期してからでも問題は……」


 ユイが当然の疑問を呈した。

 はっきり言ってそんなのいつでもやれる。確かに予定は狂うし各国で立てている計画とかに支障は出るだろうが、それでも優先順位ってのがある。まずは現在の事態の解決が先決のはずだ。

 今回の政府専用機の件は自分たちのセキュリティ問題にも直結するため余計そうなる。いつでも開けるサミットを優先するべきではない。


 だが、総理曰くそれでもやる理由があるらしい。近くにあったソファにどっかりと座りながら説明した。


「まあ、彼らがそういうのも無理はねぇ。そもそも、今回のハワイサミットのような国際会議は開催する機会が極端に減っちまったんだ」


「減った? どうしてです?」


 俺たちも向かいのソファに座りながらそれを聞く。彩夜さんは総理の隣に腰を下ろした。


「政府専用機を狙ったハイジャックだよ。4日前に、俺たちも遭遇したあれだ」


「あれが原因なんですか?」


「ああ。あれのせいで、自分たちが標的になることを極端に恐れた各国は、わざわざ外国に飛んで首脳会議とかをすることをあまりしなくなった。完全に、ってわけじゃねえが、昔と比べると極端に減ったな」


「でも、今ならTV会談とかそういうので十分だと思うんですが、それだとマズいんですか?」


 ユイがそういった疑問を投げるが、そこには彩夜さんが答えてくれた。


「TV会談や電話会談といった無線を使うものだと盗聴されるおそれがあるんです。中身によってはそれでも問題ないのですが、機密関連にかかわるものに関してはどうしても無線を使わず、面と向かって話す必要も出てきます。今回のサミットも、無線を使った遠距離通信で話せないことを中心に話したりしますし、ついでに、ここに集まった国同士で、1対1でそれぞれの国と機密にかかわる情報交換をする目的もあります。ただの首脳会談だけが目的ではないんです」


「日本を含め、それぞれの国どうしで秘密裏に情報交換をする場が必要で、今回がそれにあたるってわけですか」


「そういうことです。特にアメリカは、自慢のエアフォースワンが破られたのですっかりトラウマらしくて……一々日程変更して海外遠征をする機会を増やしたくないんだそうです」


「ハハハ……」


 随分とチキンだなアメリカさんも。


 ……つまりあれか、日米とか、日英とか、そういった2ヶ国間での“無線じゃ言えない情報”を交換し合う機会が必要だったが、先のハイジャックの件ですっかり怖気づいた各国(特にアメリカ)が、中々外に出ようとしなくなってしまい、結果的に情報交換ができなくなった、と。

 それで、今回みたいな国際会議はそういった情報交換や、それの延長で連携強化をする機会としてはとても貴重なため、いくらハイジャック事件が起きたとしても日程をまた変更することはしたくない……ということか。


 まぁ、ただでさえ国際会議の機会が少なくなり、さらに情報交換の場も減ってしまった以上、こうした国際会議の日程を動かすことはもう他国としては耐えられないということなのだろう。

 だからこそ、多少無理してでも開催を強行して情報交換や連携を保つことを優先したのだ。


 ……ふむ、政治ってのは随分と難しいもんだが、そんな裏事情もあるのか。

 とはいえ、彩夜さんに言わせればここら辺は政治詳しい人にとっては常識らしい。何ら秘密にしてることではないようだ。


「……となると、そういった情報交換をしたい各国としては、今回のハイジャックのことは専門の調査機関に任せて、後はこっちでさっさとサミットをしてしまおう、ってことですか」


「そういうこった。まあ、でもさすがに日程自体は変更が出てる。後で警備主任から詳しく説明させるつもりだが、一週間程度の日程だったサミットはある程度短縮して、明日を初日として4日で済ませることになった」


「それでも、4日ですか」


「ま、各国間での協議の時間も踏まえると、それが限界だ。その上、日程が圧縮されたから俺たちはあまり休む暇もなさそうだ。……明日からほぼ休みなしだな」


「うへぇ……」


 これから三日三晩……じゃない、文字通り四日四晩徹夜行きってことか?

 勘弁してくれんか……こちとらハイジャックの件で未だに疲れが抜けてねぇってのに、もう少し休む時間くれよ……。


「……とはいえ、おそらくサミット強行の理由はこれだけではないでしょうね」


「え?」


 隣からユイが唐突にそういった。顎に手を当て、自分なりに熟考する姿勢を崩さず言葉だけ発する。

 総理は、そんなユイを見て小さく「フッ」と笑った。


「……君にもわかるか」


「ええ。恐慌の理由としては一見納得できそうですが、これだけ、と言われると少し強引すぎます。機会が増えるといってもたかが海外遠征一往復分増えるだけです。確かにハイジャックリスクはあるでしょうが、テロリストとてそう何回もやってる暇も力もないはずです。……むしろ、これは建前では?」


「ハハハ、ばれちまったか。ロボットの頭にゃかなわんなぁ……」


 総理は両手を左右に広げて「お手上げ」と言わんばかりに苦笑した。隣の彩夜さんも「ほぇ~」と感嘆したような声を上げる。

 ユイの予測は当たっているらしい。


「というと、どういうことです?」


「あぁ……あちらさんはあまり表に入ってないが、俺としてもこれは建前上そうなだけだな。それ以外に、メンツの意味もある」


「メンツ?」


 なんでここでメンツ……と思ったが、そこでまたユイが隣から口をはさんだ。


「……なるほど。『対外宣伝』ですね?」


「ご名答、さすがだな」


 総理は指をパチンッと鳴らしながらそういった。


「俺らとしても、おそらく本音はそこらへんだろうと考えている。考えてみろ。テロリストにハイジャックされた影響でサミットなんつー国際会議が中止になりましたーなんてなったら、どうなると思う?」


「どうなる、と言われましても……」


「テロリストの立場から考えてみな。国際会議をされたら、対テロで連携とられたり、情報交換されたりされちまったら自分たちは動きにくくなるだろ? どうにかしてそれを止めないといけない……。で、今日本の政府専用機がハイジャックされたってなって、それを鑑みてハワイサミットは中止になりましたってのをテロリスト連中が聞いたら……?」


「……ッ! そうか、会議を止める有効な手段として認知される可能性が……」


「そういうこった。国際会議に行く政府専用機を狙ったハイジャックは俺たちが初めてだから、アメリカをはじめとする欧米連中も、前例を作りたくなかったんだろうな」


 俺はそこでやっと理解した。


 つまり、テロリストから見て今回のハイジャックが、国際会議を中止させる手段として有効だと認知されてしまうと、また同じ手段を行使されるリスクが高くなるということか。

 今後もハワイサミットみたいな国際会議をする機会は増えていく。だからこそ、ハイジャックを仕掛けられる、からの、サミット中止という流れを作ってしまい、テロリスト連中に「国際会議はまずいからハイジャック仕掛けよう。失敗してもいいから」という発想をさせたくなかったんだ。


 たとえ失敗して、実行するだけで会議は止められる……。なるほど。確かに俺たち国からすれば一番されたくない発想だ。


 だから、ここであえて強行することによって逆に、


「ハイジャックしても失敗するリスクあるし、会議は中止にならないし、やっても意味ないわ」


 という風に認知させることが必要だということなのだ。


 あえて負担を承知で強行させることによって、対外的には何があっても会議はやるという強い意志を示すことにもなり、それははっきり一言で言えば……


「……世界各国やテロリストに対して、『自分たちはテロには屈しない』ということを宣伝する効果もある、と」


「そういうことだ」


 なるほどね……十分納得できる理由だ。ある意味、思った通りの政治の世界だな。

 メンツ、というよりは、ある意味強い意志を世界やテロリストに示した形となったか。確かに、理由が理由ならここで会議を止めるのは後々のことを考えるとちょっとリスクもある。


 強行か中止か。天秤にかけた結果、リスク面等から考えて前者をとったということか。


「これを中止にすれば、テロリストの策略に屈した、とも思われかねぇからな。会議があるたびに政府専用機をハイジャックしたり、さらに言えば開催地でテロとかを起こせば即行で会議を中止させれる、っていう風に認知されるのは面白くない。それはすなわち、自分たちに対するテロの被害が増えることにもなる」


「で、あえて少し負担を強いてでも、自分たちは絶対にテロに屈しない姿勢を崩さずにいることによって、テロリスト側のほうの意思を崩していこう、ということですか。……ある意味、合理的ですね」


「だな。此方側の強い意志による『抑止力』ってことで考えるなら、ある意味武力も使わず、そして“戦意損失”も誘発できるから一石二鳥だ。……尤も、どこまで効果があるかは知らんが」


 そこまでいって総理は、少し疲れたようにソファの背もたれに「ふぃ~」とため息をつきながらぐったりを倒れた。


「まぁ、でも事情はわかりました。そういうことでしたら、俺たちももう少し頑張らせていただきますよ」


「悪いな。君たちにはずっと負担を強いることになる。いつか借りは返すから、今は耐えてくれ」


「仮なんてそんな、俺たちは任務を全うしているだけですからお気になさらないでください」


「ハハ……海部田先生の言った通りだな。幾らなんでも謙虚すぎる」


「ハハハ、すいません、昔からこうでして」


 そういって互いに微笑を交えつつソファに背を持たれてリラックス。

 すっかり休息ムードだがこの後予定ないのかと思ったが、もう今は夜の時間帯。今日はもうやることはないのだという。

 なので、もう少しここで休んでからということらしい。……ここ、俺とユイの控室なんだけど。いやまぁ、控室とか言いながら実質個室なんだけどさ。


 ……でさ、それもあるんだけどさ……


「……んで、お二人さんはさっきから何してんだ」


 お隣にいる女子コンビはさっきから暇しているのか、ユイがアイカメラのモード変えて空間投影しながら談笑していた。

 ……さっきから空気になってると思ったら何を寛いでいるのか。


「いやだって、二人とも話が長いんですもん。暇になりますよ」


「お前途中から話に入ってきてたやろが」


「途中から飽きました」


「飽きたっておま―――」


「あ、これとかちょうど缶があってのでちょっと見せしめにね……」


「聞けよ人の話」


「うわぁ、グシャァって音がな……ゲェッ、ゴミ箱がガッシャンッって」


「彩夜さん? あなたもっすか?」


 俺の言葉は完全無視ですっかり女子トークに入ってしまっている女子コンビ。はぁ、数日前にあったばっかなのにすっかり仲が良いなお前ら。


 ……ていうか、


「……その映像例の事故調の時の奴じゃないか。お前撮ってたのかよ」


 例の缶がゴミ箱に直撃して俺たちがドン引きしたやつ。音声はないが、ちょうど事故調の二人のアメリカ人が顔面真っ青にしてるのが見えた。


「だって、あれおもいっきし馬鹿にされてカチーンってきましたからね? 思わず撮っちゃいましたよ」


「そのせいで缶が一個犠牲になったわけだが」


「見せしめは大事ですよ」


「その見せしめに使われた缶が気の毒すぎる」


 ああ缶よ、お前もどうせなら人間に水分を与えた後は普通にゴミ箱に入って最後の時を過ごしたかったろうに。あんな無残にもぺしゃんこにされてしまうとは。ご冥福をお祈りします。


「で、でもまぁユイさんがまさか怪力なロボットだとはだれも思いませんから……ハハハ」


「まあ、それはわかりますけどね……だからこそ、日本の女は怒らせると怖いということをあそこでね」


「あぁ、これで日本の女性に対する風評被害が生まれるのか」


 あ、でも新澤さんも怒ればマジで怖いし……あれ、案外間違ってないのか? 俺は少し錯乱気味になる。


「でも、NTSBの後はJTSBからも取り調べ受けましたからね……はぁ、ほんと疲れた」


「わかる。まさかJTSBまで来るとは思わなかったからなぁ……政府のほうが手配したって聞いたんですが、ほんとうなんですか?」


 俺の問いに総理はリラックス体勢をとったまま答えた。


「ああ。ハイジャックの一報は管制を通じて即行で本国に伝わったようでな。仲山先生がこうなることを見越して念のため送ってたんだそうだ」


「へぇ~」


 仲山先生……内閣の副総理兼財務大臣だったか。

 国交省に対して即行でチームを作らせてハワイに送らせたんだろう。そら、俺たちが到着した数時間後にはなぜかJTSBが来てるわけだ。幾らなんでも早すぎるだろと思った背景には、そんな即断即決の裏事情があったらしい。


「政府専用機には機密がいっぱいだからな。そこら辺の調整も兼ねて、JTSBを持ってきたんだわ」


「しかし、よくもまぁ即行で用意できましたね。本国政府も大変だったと思いますが……」


「そらそうさ、そうでもしないといけない理由もあるんだからな」


「理由?」


「俺はよく知らねえんだが……こういう事故調査をする上では、ボイスレコーダーってのを回収するらしい」


「ボイスレコーダー?」


 そこに関しては、隣から彩夜さんが説明してくれた。


「飛行機の事故調査をする際に取り出すレコーダー機器のことです。『ブラックボックス』という飛行関連のデータが詰まったレコーダー機器がありまして、飛行中の電子機器データを記録するフライトデータレコーダーと、コックピット内の音声を録音するボイスレコーダーの二つから構成されています」


「あー……そういえば聞いたことあるな」


 ネットでもたまに聞くな。飛行機の事故が起きるたびにブラックボックスがどーのというのを結構耳にする。


「彩夜の言うとおりだ。おそらく、今回の事件でも念のためブラックボックスを取り出して調査することになるだろう。で、朝井先生に言わせれば……このボイスレコーダーってのがちとまずいらしくてな。お前ら、コックピットの中で何話してた?」


「何を話してたって……」


 俺とユイは記憶をたどった。着陸した直後からどんどんと時をさかのぼり……その時の会話は……



「「…………あぁ!!」」



 俺とユイは同時に思い出した。そして互いに顔を見合って真っ青に染めた。


「……そうだ、俺総理とコイツがロボットだってこと話してた……」


「そうか、それが録音されてたら……」


「そういうことだ。やっと思い出したか」


 俺らがコックピットにいるとき、総理と「なんでここまでチート性能にしたんです?」ということを思いっきり話していた。


「お前それ全部覚えたの?」「マニュアル全部読みました」「うわぁ……」(要約)


 からの、


「総理ィ、なんでこんなチート性能にしたんです?」「海部田先生が自由に作っちまってな。容姿込みで」「だから好き勝手やってたのかァ!」(要約)


 これだ。


 ……誰だどう聞いてもユイのこと指してるようにしか聞こえない。

 特に「容姿が~」という発言は、あの会話の流れから見れば誰がどう聞いてもユイのことしか思い浮かべないだろう。


「(しまった……これがボイスレコーダーに録音されていたら、そこを通じてユイの正体がばれてしまう恐れがある)」


 明確にユイがロボットだと示す発言はあれ意外にはなかったはずだが……しかし、あれだけでも聞かれたらマズイ。ましてやNTSBなんていうアメリカの政府機関に伝わったら「これ誰のことだ?」ってなってしまって誤魔化しが利かなくなる。確実に、ユイの正体について勘ぐるはずだ。


 そうなれば……そのあとの展開は、わざわざ深く考えるまでもない。世界各国の政府と世間がぶっ倒れる。


「まぁ、俺もその点ちっと迂闊だったわ……いくらこれの存在を今まで知らなかったとはいえ、もう少し気を配るべきだった」


「全くです……俺としたことが、フラップに続いてここでもヘマを犯すんか……」


 考えてみればさっきから足引っ張りまくりである。このひどさ。


「まぁ、理由は知らんがそこを仲山先生たちも理解してたらしくてな。もちろん、最初からこれを予見してたわけじゃないだろうが、念には念をってことで気を利かせてくれて、アメリカ側とも交渉してどうにかJTSBが介入することを認めさせてくれたんだわ。んで、NTSBより先に到着させ、政府専用機のボイスレコーダーを回収し……」


「その問題の部分を消す……と、そういうことですか」


「そういうことだ。とはいえ、朝井先生が言うにはボイスレコーダー自体は最大でも2時間分しか記録されないらしく、俺たちがその会話をしたのは明らかにそれより前だから問題はないはずらしいが……まぁ、念には念をってこったな」


「ですが、俺着陸直前に『演算』の発言もしてたんですけど……」


 お前の演算に任せた、とかそんな感じの発言をしてたのも記憶している。あれは着陸直前なのでガッチリボイスレコーダーに音声は入っていることだろう。


「そこは比喩表現とかそんなんでどーにかできるだろ。元よりアンタら操縦中も散々ジョークばら撒いてたじゃねぇか」


「ハ、ハハハ……それもそうですね……」


 思い出すとふざけすぎだろうとすら思えるジョークの連発っぷりである。これ、日米事故調連合が聞いたらどう思うんだろうか。違う意味で頭抱えそうではある。


 すると、ユイが隣から口を挟んだ。


「ですが、JTSBって国交省の管轄ですよね? 政府関係者では、NSCメンバー以外はほとんど知らないはずですが……」


「あ、そうか……」


 確かに、国交省はユイの正体に関してはこれっぽっちも知らないはずだ。ましてや、直接的にはユイとは関係ないJTSBの面々が一々知ってるわけもない。

 このままさっき言った通りのことをさせると、結果的にそのJTSBメンバーがユイのことについて知ることになってしまう。これはどうなのだろうか。


 しかし、そこも総理曰く本国政府が気を利かせてくれたらいい。


「仲山先生もそこはうまく誤魔化してな。そこら辺はあくまで『彼女がめちゃくちゃ愛用してるタブレット型の電子機器』ってことで話つけた」


「え、ちょ、なんですかその無理やり即興で考えたギリギリ危ない機械」


 そして、そのタブレットはマニュアルを読み取って全部記録したり、読み取ったデータを整理したりなどで性能をよくした、主に政府関係者が使う専用のもの、という設定でいくらしい。

 ……いやいや、無理やりすぎる。ごまかすにはいろいろと無理やりすぎるぞそれ。


「会話の内容がまだはっきりと『彼女がロボット』という発言をしていないなら、それで通すように頼んでたそうだ。で、後で俺に電話して会話の中身を聞いて確認するつもりだったらしい」


「で、俺がはっきりとユイがロボットだって確定的な発言した場合は?」


「そうなったらもうどうしようもないから、政府がJTSBに付かせた担当官を通じて事情を伝えるつもりだったそうだ。だからまぁ、一種の賭けだな」


「ええ……」


 即興で考えたプランにしてはいささか杜撰すぎる気しかしないのだが、それでいいのか?


 まあ、確かに思い出してみれば明確にユイをロボットだって発言した覚えはないし、会話の流れを見てみても、性能云々にユイが反応していたとしても、それはあくまで“そのタブレット愛用者の口答え”か何かだといえば一応それに見えなくはない。


 最初の飛行マニュアル読みまくったあれも、


「お前それ全部覚えたの?」「マニュアル全部読みました」「うわぁ……」(要約)


 という流れは、実は


「(目の前のパネル操作してるのを見て)お前それ全部覚えたの?」


「(タブレットにある)マニュアル全部読みました」


「うわぁ……」


 という風に見れるし、そこだけ見ればただ単にユイがサヴァン脳で記憶抜群なだけですと言い訳できる。


 そのあとに、


「総理ィ、なんでこんなチート性能にしたんです?」「海部田先生が自由に作っちまってな。容姿込みで」「だから好き勝手やってたのかァ!」(要約)


 ていう、一見完全にユイのことを指した内容も、


「(マニュアル完全に入っててしかも性能がいいタブレットを指して)総理ィ、なんでこんなチート性能にしたんです?」


「海部田先生が(滅茶苦茶高性能に)自由に作っちまってな。(そのタブレットの)容姿込みで」


「だから好き勝手やってたのかァ!」


 ていう風に解釈できる。無理くりだが、確かに意味は違うほうで理解されるだろう。

 たまに自惚れボケする発言もあるが、あれはタブレットを愛用しすぎて一種の愛着沸いたパターンだと見れば、確かにそれもそれで解釈自体は違和感はない。


 ……それでも誤魔化せない部分はユイが記憶抜群なんですとか、タブレットが高性能でとても操作しやすかったり見やすかったりしたんです、そこら近所のタブレットは結構違うんですとか言えばどうにかできるだろう。

 ……じゃあそのタブレットはどうすんだって話だが、「今はみせれないから後でデータ渡すね」ってことにするらしい。それでいいのか。


「―――まあとにかく、そこら辺はJTSBや仲山先生たちがうまく仕込んだらしいから問題ない。君たちは心配することでもねえだろう」


「大丈夫ですかねぇほんとに……」


「そこは信用してくれていい。さすがにこの程度で簡単には漏らさねえよ」


 そう自信満々に言う総理の顔を見て少し安心はしたが……やはり、ちょっと不安である。

 タブレットでっち上げでどうにか誤魔化せるところまで誤魔化すが……はて、どこまで通用するやら。


 ……しかし、そんな懸念をするまでもなく、そろそろ時間が来たらしい。


「……お、そろそろ行かねえと」


 総理が部屋に設けられた時計を見てそういった。見ればもう12時になりかけ、あと数分で日にちが変わる。

 明日に備えて、今のうちに寝ていくにはちょうどいい時間だろう。


「じゃ、明日からはまた頼むわ。詳しい日程は朝に報告があるはずだからよろしく」


「了解です」


「うむ。じゃあ彩夜、そろそろ……」


 と、総理が娘さんを連れて退出しようとすると……


「……って」


「……またか」


 女子トーク続行中。またお前らはこっちの話そっちのけで。


「あ、すいません今ゲーム中なんで」


「空間投影で何のゲームしてんのかい」


 というか今度はテーブルに投影してやがる。


「で、それなんだ」


「見ての通りオセロです」


「それはわかる。そうじゃなくてなんでお前がそんなのやる機能をもってるかってのをだな」


「んなのネットの無料オセロゲーム引っ張ってくれば一発ですよ」


「まーたコイツは自分の機能好き勝手に使いおってからに……」


 本来そういうののために使うもんじゃないんだがなぁ……まぁ、応用性が高いってのは褒められたことではあるが。


「あぁ~、また端とられたぁ~」


「彩夜さんも全然気にしてねぇ」


 慣れてやがる、すっかり慣れてやがる。


「簡単にとらせると思ったら大間違い……フフフ、怖いですか?」


「どこの軽巡っ娘だそれ」


「ぐぬぬ……だ、だがしかし……、そう、私はここに白をタップ」


「ファッ!?」


「あ、勢力逆転」


「なぜだ!? 私は先を読み切ってやってるはずなのに!?」


「まあ囲碁の対PC戦でもたまに人間が勝つし」


「そう、これが人間………圧倒的人間的思考ッ……理解不可能な非合理的戦術ッ……!!」


「どっかのギャンブル漫画で読んだなそのしゃべり方」


「私は今数ペリカかけてるんですけど……」


「オセロを勝手に博打ゲームにするなし」


 ただの遊戯がギャンブルになった瞬間である。


「続きは明日にでもやってください、もう寝る時間ですよ」


「あ、でももう少しでユイさんに3勝目でしてね……」


「むしろ3勝してるんすか」


「3-3です」


「さりげなく接戦演じてやがる」


「ちなみにこれに負けた人な相手の言うことを何でも聞けます」


「王様ゲームかよ」


「ちなみに私は今日一緒に寝てもらう予定です」


「「「えええ!?」ってちょっと待てお前何も知らなかったんかい! そして総理までなんで叫んでるんです?」


「いや、知ってたら詰まらないでしょう」


「右のロボットに同じだ」


「えー……」


 なんでこんなノリが続くんだ。おかしいだろ。


「……あ、ここ空いてる」スッ


「あ」


「あ、彩夜さん負けた」


「ええええええ最後の最後で逆転されたああああ!?」


「まあそれがオセロですし」


 見た感じ僅差である。さりげなくロボット相手に善戦してるあたり彩夜さんも相当なつわものじゃないか。


「フフフ、では私から一つ指令を出しますか……」


「ッ! な、何を言うつもりなんですか!?」


「フフフ……もうあなたは逃げることはできない……」


「や、やめて! 私をどうするつもり!?」


「え、何この虐待される戦隊ヒロインと悪役の図」


 それこそ日曜朝アニメにありそうな魔法少女物とかそっち系。


「フフフ……簡単なことです。今すぐに……」





「自室に戻って寝てください」


「よし彩夜、さっさと戻るぞ」←腕引張り総理


「いやああああああ! せめて! せめて今日だけはユイさんと一緒にいいい!!」←引きずられ彩夜さん


「オタッシャデー」←ハンカチひらひらユイ


「ナ ニ コ レ」←呆れ俺





 レズ的展開を避けたんだろう。ユイはゴートゥーマイルームを指示して総理に対して暗に「お帰りください」宣言を出した。

 彩夜さんの悲痛……のような、ちょっと面白おかしい叫び声が響きながらここを後にする。

 ……おかしいな、彩夜さんってこんなキャラだったっけ。


「……ふぅ、こうして私自身の平和は守られた」


「そうだな。主にどうでもいい平和が守られたな」


「さて、じゃあ今日は寝ますか……あ、今ならベット一緒にしても」


「いらないっす」


「……ちぇ」


「なにが「ちぇ」だアホが」


 割と本気で残念そうにしてるからまた困る。彩夜さんは却下で俺はOKなのか。その基準は一体なんだ。


「冗談言ってねぇでさっさと寝れ。俺はちょっと着替えてくるから」


「何ならここで着替えてもいいですよ?」


「悪いが俺の良心がやられるからやめとく」


「……ちぇ」


「だからその「ちぇ」はなんだ」


 はぁ……もうこいつのボケに付き合うのも面倒だ。さっさと部屋を移して着替えてくる。

 さすがに国際会議場の隣接宿泊施設だけあって結構豪華である。綺麗すぎて寝間着にしていいのかちょっと戸惑う程度には豪華だ。


 そのあとは翌日に備えてさっさと寝た。明日からは丸4日間働きづめになるので、今のうちに休息をたっぷりとっておく。


「(……4日もずっととかめんどいなぁ……)」


 そんなことを思いながら、俺は睡眠時間へと移行した。





 ……その翌日から、




 またいろんな意味で苦労する4日間になることを、その時の俺はまだ知らない…………


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