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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
序章 ~遭逢~
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生まれる新たな“命”

[2030年4月17日(水) PM21:15 日本国首都東京 都内某所地下]






“999回失敗しても、1回うまくいけばいい。

         それが発明家だ。失敗は、うまくいくための練習だと考えている”


                ―――アメリカ人発明家 チャールズ・ケタリング





 かつて、このような格言が残された。


 今までの失敗はすべてそのあとの成功の糧となる。失敗は何も恥ずべきではなく、むしろ成功に近づく一つの歩みであるということである。


 人類は地球上最も多くの失敗を経験してきた生物であることは言うまでもない。

 いや、むしろ今のこのような快適な生活は、その先人たちの様々な失敗があったからこそ成り立っていると言っていい。

 私たちの周りにある身近なものは、先人たちが知恵を絞りに絞って絞りまくって得たものばかりだ。

 車、電車、飛行機から、PCやトンネル、電球まで、そのような普段気にもとめないものでさえ、開発するまでの過程で何度となく失敗があったに違いない。


 この世界、成功より失敗が圧倒的に多い。


 一つの成功にかける失敗が多ければ多いほど、より大きな成功が当たり前なのがこの現実という世界だ。

 飛行機が飛ぶまでにも、そして、飛んだあとも多くの犠牲を出したが、結果的に今では飛行機は世界一安全な乗り物と言われるまでにもなった。

 決して成功のために犠牲はつきものとは言わない。しかし、時にはこのような形などで起こることは確かである。


 人類は、そのような失敗に生きる。

 誰も、成功ばかりの世界で生きる人間などいないのである。


 問題は、その失敗をどう受け止めるか。


 好意的に受け止めるか、否定的に受け止めるか。


 今まで成功してきた多くの人間は、間違いなく前者であろう。

 それを糧に努力し続けてきた結果が、今の成功にあるのだ。


 ましてや、私のような科学者はこれを座右の銘とし、様々な“失敗”を繰り返してきた。


 私もその一人である。


 今までの人生の大半は、失敗の繰り返しで埋め尽くされているといってもいい。

 その成果が、のちに出ることを信じて、今まで何度となく失敗を繰り返してきた。

 “天才”ともてはやされる私でも、これほど悩みに悩んだことはなかった。

 長い年月をかけ、様々な形で失敗と挫折を繰り返し、それを幾度となく乗り越えてきた。


 それができるのはある意味人間だけである。


 そして、私はその先にある“成功”をとても欲した。


 その先にある成功は、私らだけでなく、人類にとっても大きな進歩となりえるからだ。

 私が今行っている研究・開発は、それほど大きなものであった。

 長い年月をかけた。とてつもない時間をかけた。


 いったい、その時間の間にどれほどの失敗をしただろうか。999回もいっただろうか。もうそれに近づくほどの多くの失敗を繰り返したのではないだろうか。

 その過程で、いったいどれほどの挫折をしてきただろうか。

 もはや、今更ながら数えるのも億劫になりそうなものであろう。

 彼の言っていた999回も失敗するということがどんな感覚か、あれは例えであろうが、それでも私自身、それをよくよく理解した。


 ……だが、私は今、


「……主任。準備が整いました」


「うむ。本体のクリアリングとデータインストールのスタンバイは?」


「大丈夫です。すべて、完了しました」


「よし……。これで、すべての準備が完了か」


 その、“1000回目の成功”に、立ち合おうとしている。


 私の目の前にはいくつかのモニターとPC、それを乗せているテーブル、そしてその先には壁があるが、私たちの目の前、モニター等が置かれているところの前はガラス張りとなり、そこから奥にある室内が見える。

 この場には私のほかに、5人ほどのメンバーがいるが、私を含め全員が白衣を来て、その窓の奥にある薄暗い部屋のある一点を見つめていた。

 尤も、私たち全員はただのロボット工学研究開発者なので、別段危険薬品とかを扱わないため白衣など着る必要はないっちゃないのだが、とはいっても着るなとも言われていないため、まあ半ば互いに趣味の範囲である。


 そして、その真剣な、しかし期待と興奮も混ざっているような一途な目の先にあるのは、下に各種機器を置いた、一つの細長い手すりなしのベットに似た専用の試験台である。


 その上には……、


「……いよいよ、生まれるのか。“彼女”が」


 一体の、“人間の形をしたモノ”である。


 その“モノ”は、一応入院者の人が着るような半袖の寝間着を着せており、今は何本かのケーブルを体中に接続し、ぐったりとその上に横になっている。

 生気など何も感じられない。今は、ただの試験台の上に横になっているモノである。


 ……そう、“今は”。


「ええ……。うまくいけばいいんですが」


「シミュレーションは何度もしたじゃろ。なに……、きっとうまくいく」


「はい……」


 そういう隣にいる、少々いかついが理性的な顔をした副主任は、その顔にどことなく不安そうな表情を浮かべていた。

 尤も、こんな重要な、かつ初の試みで心配しないほうがおかしい。


 しかし、と私は思った。


「(……これさえ乗り越えれば、あとは簡単なのだ)」


 一番の、最大の関門がこれなのだ。


 こちらで作成した主要演算アルゴリズム、スペックなどの主要なデータを本体にインストールし、“彼女”としての必要な情報を入力後、完全に起動させる。


 シミュレーションは幾度となくした。細かな、小さなミスも見逃さず修正してきた。


 もちろん、油断は禁物である。万が一ということもある。


 ……が、それでも自信をもって言わせてもらおう。


「……大丈夫。きっと成功する」


 私は、未だに試験台の上で横たわっている彼女を見てそうつぶやいた。

 周りの私の部下、というか研究仲間たちがその言葉に自信を持ちうなづいている時であった。


「予備電源接続。本体とのリンクスタンバイ、完了しました」


 一人の研究員がそう報告した。


 よし……、では、はじめようか。


「うむ。では、データインストールを始める。本体の電源を最低限保ち、情報送信、ケーブル接続をONに」


「了解。本体と予備電源をリンク……。各種機器、正常に作動しました」


「ケーブル接続、情報送信インストール開始します」


 さっきまで静かだったこの室内が、にわかにあわただしくなる。

 私の目の前にあるモニターにも表示内容に変化があった。

 中心に一つのウインドウと共に白色下地のプログレスバーが表示され、徐々に左から斜めの若干互いに色の濃さが違うストライプ模様の緑色に染まっていった。

 上にはパーセンテージも示されている。

 1%、2%、3%……。徐々に数字も増えていっている。


「20%ごとに報告。いいな」


「はい」


 一人の研究員にそういうと、彼はまた目の前のPCを操作しだした。


 私はモニターの徐々に緑に染まっていくプログレスバーと、窓越しに奥の部屋にいる彼女を交互に見た。

 今頃、彼女のほうにデータが送られているだろう。

 ……もうすぐだ。もうすぐ、彼女が目覚めてくれる。


 ……この、わくわくした感情はなんだろうか。まるで、夢がかなうかのような。


 ある意味、私もこんな年になって、まだ子供心があったということなのだろうか……。


「(……まあ、たしかに、楽しみではあるんじゃがな)」


 自分の心に嘘はつけない。この気持ちも、間違いではない。


 ……彼女を見ていると、本気でその感情が湧き上がってくる。

 私だけでなく、おそらく、ここにいる全員がそう思っていることだろう。

 皆、目が輝いていた。もちろん、不安もないことはないのだろうが。


「……20%。正常です」


「うむ」


 まず1/5か……。まだまだ、ここからだな。

 ここの部屋に雰囲気も、徐々に真剣みと共に、子供のような目をしている。どんな目をしているかはは言わずもがなだ。


 皆、楽しみなのだろう。研究者として、というのもあるし、人間として、というのもあるし……。


 そして何より……


「?」


 すると、ドアが突然ノックされ、一人の白衣の男性が入ってきた。

 スラリとした体格に伊達メガネをかけた彼は、一枚の紙を持っていた。

 A4サイズ。おそらく、ファックスかなんかだろう。


「主任。国防省からです」


「来たか。どれ……」


 私は右手に持っていた杖を放さないよう注意しつつ彼から紙を受け取り、中身を確認した。

 やはりファックスだった。どうやら私に直接宛てたものらしい。

 明朝体で書かれた文字の羅列の中身をざっと斜め読みし、私は少し顔をにんまりとさせた。


 ……よしよし、うまくいったか。


「……部隊は、これで決まりか?」


「いえ、他にも候補はありますが、どうやら機密保持等の面でも一番使えそうなのはここくらいだろうということで、一応は国防省でも大体の方針が」


「そうか……。まあ、新海さんのことだ。うまくやってくれるさ」


 新海さんは今の内閣の国防大臣だ。この計画に際して、私はいち早く彼とは接触をしており、様々な形で政府とのパイプ役を担ってもらっていた。とはいっても、一応他の一部の内閣メンバーとも会ってはいたのだが。

 そして、彼女が試験的に配属されるであろう部隊の選定も、彼に頼んで少し根回しをしてもらっていたのだ。

 どうやら、それがうまく回ったみたいだな……。


 あの部隊には彼がいる。ぜひとも彼に彼女のことを頼んでみたいところだ。

 知識は十分にある。彼ほどの知識と“意欲”があれば、十分任せることができるはずだ。


 ……あの時以来だな……。どんな反応を示すか、大体予想はつくが今から楽しみではあるな。


 そう思うとまた少し顔がにやける。歳のせいか、よく顔がゆるむ気がするのは、たぶん気のせいではないだろう。


「うん。では了承の旨報告しておいてくれ。新海さんによろしくな」


「はい」


 その報告を持ってきた伊達メガネの研究員はそのまままた部屋を出ていった。

 パタンッとドアが閉められると同時に、私は報告のファックスを手前のテーブルに置き、また窓越しに彼女を見つめた。

 相変わらず寝ている。あおむけに、ピクリともせず。


「(はぁ……、なんというか、こうそわそわした気分になるのは私が彼女の“親”だからか?)」


 そんなことを思っていると、また20%経過したのか、報告が入った。

 一言、淡々とである。


「40%。依然正常値です」


「うむ」


 未だに問題は起きない。順調といってもいい状況だった。

 しかし、今回のことがことだけに、今まで散々シミュレートしたとはいえ、いささか不安が募るのは避けられなかった。

 自分の心の中でも、楽しみな反面、何か問題が起きないか不安にもなり、その間に挟まれた板挟み状態となっている。非常に複雑な心境だ。


 ……まあ、これも科学者所以か。仕方ないことでもあると割り切るしかない。


 しんとした空間。この間にも何も余計な口を利く者はいなかった。

 響く音といえば、周りの電子機器の音と、ピッ、ピッ、と定期的に鳴り響く電子音だけだった。

 このような静かな空間では余計に時間が長く感じるのが人間であるが、今回は異様により長く感じた。


 ……とはいえ、


「……いよいよ、達成されるのですね。人類の夢が」


 時折、こんなことを思わずつぶやいてしまう者もいる。ふと、そう隣の副主任の男が、誰に向けるわけでもなく小さく、半ば独り言同然のような口調で言った。


「うむ……」


 そして、そういう私も、なぜか即行で答えてしまった。

 それに、なぜか副主任が小さく吹いて笑い、口を軽く押さえている。


「? なにがおかしいのかね?」


「いえ、主任も楽しみなんだなぁって……。即行で答えるあたり」


「ん? はは……、まあ、否定はせんよ」


 なにせ、今からやるのは確実に人類初のことだ。一科学者として、一人類として、これを楽しみに思わない人間はいないだろう。

 ……いや、失礼。国によるか。少なくとも日本人の多くは、と訂正せねばならんか。


 欧米諸国にはウケんかな……。あそこは一神教の国だ。こういうのはあんまり好かれんだろう。

 向こうのSFでもロボットが出る場合は基本人間に似せんからな。基本は。


 ……まあ、たまに人間にロボット役やらせるものもあったりはするが。


「まあ、仕方ないですよ。……やってることがやってることですし」


 一人の研究員がそう口をはさむと、副主任が仕事に集中するよう促し、彼は面白そうにへらへらと笑っていた。


 しかし、彼の言っていることに間違いはこれっぽっちもない。


 今、私たちは夢を達成しようとしているのだ。

 長年、人類が抱き続けてきた夢。


 そう、これは“夢”なのだ。


 特に、アニメや漫画でその情景を様々な形で創造してきた日本人にとっては、これは誰もが唯一“子供に戻れる瞬間”でもあるのだ。

 子供に戻れる。これは一体どういうことかは、私やここにいる者たちを見れば一目瞭然だと思う。


 この画期的な、人類にとっても革新的な事象に、いったいどれほどの期待で胸が膨らんだか。

 考えたらきりがない。私としても、これはとても楽しみであったのだ。


 未だに興奮が収まらない。表には決して出さないが。


 そして、その興奮は、このプログレスバーが緑で満たされていくたびに大きくなっていく。

 それは、よく自分でも自覚していた。


「60%。依然正常値」


 その報告を耳にしたあと軽く「うむ」と一言返すだけにとどめた。

 もうその関心はそっちにはいっておらず、目線と意識は完全に彼女に集中させていた。


 しかし、これは人から見れば禁断の夢でもある。

 見方を変えれば、ほぼ“人間”を作り出すようなものなのだ。

 ……いや、人によっては言い過ぎと解釈されるかもしれない。だが、そう錯覚するほどのことをしているのだ。


 もちろん、彼女自体は存在が存在ゆえ、命があるとは言えない。

 そして、彼女自身は人間でもない。


 しかし、それは“生物学的に”於いてである。


 それらの前提を取っ払えば、もしかしたら、彼女も命と呼べるかもしれない……。いや、というより、もはや大雑把に考えれば命そのものなのでもう便宜上私個人的にそう呼ばせていただく。


 とはいえ、未だに命の定義や人間の定義が曖昧な現在では、この考えも思いっきり覆されることもある。だから一概にこうだとは言えない。


 だが、私はそれを、人間のようなものを作ることを肯定も否定もしない。

 それがいいのか悪いのか、それは時の第三者が決める。

 科学の進歩によっておこる通過点の一つではあるだろうとは考える。

 それが、いいか悪いかは別として、だ。


 しかし、そのような科学の急速な発展、それによる様々な“異質”の誕生は、人間を混乱に陥れるかもしれない。


 だが、この混乱によって人間がどのような反応を示すか、それも気になることは確かだ。

 今まで経験したことない環境。それに直面したとき、まず人間はそれに何とかして適応しようとするだろう。

 その過程で、自分の合うやり方で適応するにはどうすればいいのか、自らの思考をフルに回し、その結果を出した時……。


 ……その時、いったいどんな現象が起きるのか。私はそっちのほうで楽しみだ。


「80%。正常値」


 その言葉に、思わず胸が一瞬高鳴った。

 4/5を経過。ここまで何ら問題なかった。


 ……と、そのときである。


「……ん?」


「? どうしたのかね?」


 先ほどまで経過報告をしていた研究員が疑問の声を小さく上げた。

 私はそれを聞き逃さずすぐに聞いたが、一瞬の間をおいて「あ~」と何かしらの納得の声を上げていた。

 顔は少し安堵の表情している。


「大丈夫です。データインストール時に本体のOSにかかる負荷が大きかったようです。クロックを若干下げてデータ転送量を少し抑えます」


 私はその言葉を聞いて「ふぅ」と安堵の息をついた。

 それくらいなら事前に想定されていたことだ。OSに負荷がかかった場合の対処は今やったようにすればいい。一気にデータを送りすぎてそれに対処しきれないだけで、何ならその一度に送るデータ転送量を抑えて少しずつ送ればいいだけの話なのだ。


 案の定、その処置をしたとき本体側のOSの負荷は抑えられた。しっかり受け取っている。

 その結果プログレスバーの進捗が遅くなったが、それほど大きな差ではない。たった数秒単位の話である。


 そのうちに、それ以外の問題が起こらず、ついに90%を達成する。


 ここにいる全員が息を改めて飲んだ。


 ここからが、ある意味正念場であったのだ。


「90いきました……。あと、30秒です」


 別に頼んでもいないのにそんな報告まで飛んできた。しかも、時間付きであった。


 あと30秒。正確な時間ではなく、大体の目安というやつではあるが、それでも、あと少しでゴールだということをよくよく示唆していた。

 そのゴールがどれほど重要なことなのかは、もう一々説明する必要もないであろう。

 ここにいる全員が、前のめりになってその窓越しに仰向けにに横たわっている彼女を凝視していた。

 中には口を開けたまま制止した者までいる。いつもなら、口を開けたままでいるのは体に悪いぞと注意しているであろう私だが、今はそんなことはお構いなしだった。


 ここからの1秒1秒が、とても長く感じた。1秒1秒の脳内処理内容が多いのか、それほど自分自身がとても集中していることの裏返しとなるのだろう。

 プログレスバーがほとんど緑に染まっている。数値は95を示していた。

 時間は、あと15秒となっている。


 ……もう少しだ。


「(……あと少し……)」


 もう誰も言葉を話すものはいない。何も余計なことはしていない。


 するといえば、彼女を凝視してこの処理がうまくいくことを祈るだけであった。


 息をすることさえ忘れてしまいそうな、そんな時間が“長く”経過した。


「……あと、少し……」


 なんとなく、彼女を応援してしまいそうな感情を持つが、……いや、実際もうしてしまっているのかもしれない。

 うまく受け取ってくれ……。そう、願っている人がいた。少なくとも、自分がそうであった。


 97%。


 もうすでに10秒を切っていた。


 時間が1桁を切ると、皆が眉を顰めていった。

 必死に願う様相に代わっていったのだ。

 私を含め、全員がそうであった。


 その視線は、全員彼女のほうを向いていた。


 プログレスバーが98%に達したことを数値とバーの色で知らせた。


 だが、それを見ているのはおそらく私だけであろう。あの報告をしていた彼でさえ、今は視線は彼女に向いている。

 そして、唯一見ている私でさえ、ほとんどは彼女に目が向かっている。


 そして、ついに99に達した。


 その瞬間、一瞬さらに胸が大きく高鳴った。


 胸の高鳴りが、ちょうど最高潮に達した。


 まさに、その時である。


「……ッ!」


 プログレスバーが、完全に緑に染まり……、





 数値が、“100%”を示した。





「……ッ! い、インストール完了」


 そのタイミングで、PC側からインストール完了を示す「ピーッ」という、病院で生体情報モニターが心肺が停止したときに発するのと似たような、長い電子音がなった。まことに今のこの状況からすれば縁起悪いことこの上ないのだが、まあそのような仕様なので仕方がない。

 また、それと同時にプログレスバーの上に小さく“Install Completed”の横文字が表示された。


 インストール完了。


 私は、その言葉をしっかり確認した。


「か、完了確認しました。インストールは無事成功です!」


 その言葉が聞こえた瞬間、この場にいた者たちはガッツポーズするなりなんなりで小さめの喜びを示した。


 ……が、しかし、歓声はまだ爆発はしない。


「よし……。あとは」







「彼女が……、ちゃんと“起きてくれるか”だな……」







 そうだ。無事インストールは終えても、それをもとにしっかり起動してくれないと意味はない。

 ここにいる者たちもまた、真剣な表情を取り戻した。


 それを見るとともに、私はまた指示を出し始める。


「インストールデータのアフターチェック後、各駆動部のチェックを行え」


「了解。インストールデータチェック……。確認。正常」


「各駆動部への電力供給ミニマム。動作前チェック……。確認、正常値を示しています」


 インストールされたデータに問題なし。各駆動部は、何ら問題なかったようだ。


 尤も、事前になんどもチェックしまくったので問題あったらそれはそれで問題なのだが……、まあ、そこは一々ツッコむまい。


 その他の、各電子機器や、動作機器のチェックも完了し、すべての準備は整った。


 ……では、やるか。


「了解。では、ケーブルの本体接続はそのままに、外部からの電力供給を全面カット。……完全自律モードに移行後……」






「……RSG-01Xを、起動させよ」






 その言葉を言うとき、なんとなく口が重くなるように思えた。

 なぜかは大体予想はつくが……。しかし、はっきりとしない。


「了解。ケーブルからの電力供給全面カット。完全自律モードに移行」


「RSG-01X、起動させます」


 ケーブルから送られていた電力供給がすべてカットされ、この後の駆動はすべて彼女のほうに充填された電力で行われるようになる。

 完全自律とはそういう意味である。


 そして、その指示通りケーブルからの供給がカットされた旨の表示がモニター内に映し出される。

 しかし、ケーブル自体は依然としてつながっている。まだケーブルを通じて得る情報はあるし、そもそも自動的にとれる仕様にもなってないから当たり前ではあるが。


 ……うまくいけば、


「(……あとは自分で起き上がってくれるはず……)」


 それこそ、昔放映されたロボットアニメの主人公の正義のロボットが起き上がるときと同じようにだ。

 上半身を起き上がらせ、完全に自律的に行動できることを証明してくれるはずだ。


 まだ、彼女は起き上がらない。


 今は、自分自身の駆動系の最終チェック等を自分でしているところであろう。


 ……意識が完全に彼女に向かっている、緊張の時間だった。


 どれくらいたっただろうか。それほど時間はかからないはずだが、しかし、やっぱり長く感じる。


 ここに来てから、もうずっといらなく長く感じるのはもう慣れてしまった。


 ここにいる全員が、その意識を彼女に向け、こう願っていることだろう。


「(……起きてくれ……、頼む……)」


 私自身も、そう、強く願った。




 ……まさに、その時であった。




「……ッ!」


 モニターの表示内容に、変化があった。

 先ほど鳴った時と同じ電子音と共に、真ん中に“Change compreted :Mode autonomous”というテロップが表示された。


「ッ! RSG-01X、自律モード移行信号!」


 その報告と、ほぼ同じタイミングであった。


「ッ! か、彼女が……」


 一瞬、呼吸のためか胸を少し時間をかけてゆっくりふくらませ、また息を吐き出すためにしぼむとともに、こちら側から真っ先に見えていた左手の指が、ピクリッと一瞬動いた。

 それを皮切りに、徐々に、手、腕、首、その各部が動き出したのだ。


「……ッ! う、動いた……」


 そうつぶやくものもいた。


 彼女は、その瞼も開けた。


 そして、首を軽く左右に振って天井を確認すると、手を自らが寝ていた試験台に当て、ゆっくりと上半身を起き上がらせた。


 ゆっくりと。そう、ゆっくりとであった。


 それをまじまじと見ていた私たちは、何にも事情を知らない傍から見れば女の子をまじまじと見てるただの変態な男ども同然であろう。それほど、じっと、かつ真剣に見つめていたのだ。


 まだ、彼女本体の上半身につながっているケーブルが、重力に任せ下にただれ、彼女自身が上半身を完全に起き上がらせると、その顔をこちらにゆっくりとむけた。


 首だけこちらに向け、私たちをまっすぐに見ている。


 その目はまっすぐで、とても美しかった。

 いや、自分自身が作ったのでこんなこと言っても仕方ないというか、なんとなくわが娘を見た時の感覚ってこうなのだろうなとか思っていたが、それでも、間違ったことは言っていない。


 ……間違いなく、人類初であろう。


 自分たちが作った……。





 “機械でできた命”との……、対面の瞬間だった。





「……」


 沈黙の時間が少しの間過ぎた。

 その間、互いに相手を見つめたままだった。

 向こうは我々がいったい何者なのかを検索して、さらに今私たちが何しているのか模索しているところであろう。

 私たちと言ったら……、まあ、ただただ呆然である。


 その、少しの時間が、ただただ頭を無にしていた。

 私は、何も考えずに、彼女を見ていた。


「……や……」


 一人の研究員がそう思わず声に出した。


 また、それとほぼ同タイミングで、


『……あ……』


 向こうも、やっと状況等を理解できたのか、口を開けつつ人工声帯を使ってこちらを呼ぼうと右手を前に出そうとした。

 ただし、音声は直では聞こえず、こちらのほうの部屋にあるスピーカーから聞こえる。

 透き通ったような、きれいな女性の音声であった。


 ……が、


「……や……」


『……え?』


 そんなことを気にする前に、







「やったぞッ! 成功だぁ!!!」






「うぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!」


 そんな、大歓声の声が室内に響き渡った。一瞬窓の向こうで彼女が思いっきりびっくりしたらしく、体をビクッとさせていたように見えたが、たぶん気のせいだと思う。

 そして、私も思わずこの老体にかまわず思いっきり歓喜の叫びをあげてしまい、ついつい杖を放しかけてよろけるが、隣にいた副主任にうまく支えてもらい、彼と固い握手を交わした後、抱き合った。

 周りも同様だった。この少し狭い部屋の中で、各々で耳をふさぎたくなるほどの大きな歓声を上げ、近くにいる者と抱き合ったり、握手しあったりと、とにかく、今まで貯めに貯めまくった大きな感情を、喜びという形で最大限に放出しまくった。


 もう、私自身が数年前に日本人初の『IJCAI Awardアワード forフォゥ Researchリサーチ Excellenceエクセレンス(国際人工知能会議優秀研究賞)』を授与されたときよりすごいかもしれない。間違いなく、あの時の喜びより高いものだ。


 しばらくの間、私たちはここで喜び合った。


 周りの配慮などお構いなし。おそらく、外に誰かいたら「な、何事だ?」とかいう風に不審に思っていることだろう。

 尤も、今の私たちがそんなことを知るまでもない。


 周りなどお構いなしだ。そんなことは全然考えてはいなかった。


 その後、首相官邸に試験成功の報告をさせるなどの指示を出していくことになるのだが、それはまたもう少し後となりそうだった。


 ……そして、




『……?』




 さすがにこの状況を全然理解できていないらしく、頭の中でどれだけ事態をシミュレーションしても答えが出ず事情を悟れなかった彼女は、不思議そうな顔をしてただ首をかしげるだけだった。


 だが、それに気づいているものは私くらいだった。だが、私はそれを見ても完全に無視していた。


 なんどでもいう。周りなどお構いなし。


 私たちは、人類にとって大きな躍進を遂げれたことを、ただただ喜び合うだけであった。








 2030年。4月17日。夜。







 日本国。夜の明るい夜空に照らされた、摩天楼、首都東京都内の地下。





 ここで、新たな、そして、人類史上初の、














“機械でできた命”が、誕生した…………

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