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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第2章 ~不穏~
55/181

サブ・パイロット 2

 ―――あれから少し時間が経過する。


 このころになるとキャビン内での動きもだいぶ落ち着きを見せ、後はホノルルに着いたあと詳細な調査を行うということになった。

 キャビンの比較的被害が少なかったほうに一般客として搭乗していた無害なほうのマスコミを集め、そこに押し込む形で座らせたのだが、あんなことがあったので耐性のないマスコミの人たちはすっかり精神的に参ってしまい、そのまま疲れ果てたようにぐったりしていた。

 中にはガチでPTSDになってしまったのか、あの後何度もトイレに駆け込む人もちらほらいた。中では相当グロいことになってるに違いない。

 ……トイレはほかのとこを使うことにしようか。


 生き残ったテロリストもキャビンの一区画に押し込まれて厳重な監視が敷かれた。当然記者たちとは離しているが、もう彼ら自身の燃え尽きたようにぐったりしてしまったのでもう問題ないだろう。周りは警備も大量についているし、武装もすべて取っ払ったため一先ずは安心できる。


 また、グロいで思い出したが、あの毒に関しても予測の範囲を出ないが中身の判定がでた。

 機内に常備させている粒子検査機器を用いたようで、最近出たばっかりの物で精度は悪いが、テロリストから回収した毒物の粉の大まかな中身が明らかになった。


 それを調べた調査官曰く……


「硝酸ストリキニーネ?」


 そんな薬の名前を言っていた。薬学関係さっぱりな俺はなんのこっちゃと思ったが、どうやら犬の安楽死に使われる薬らしい。

 調査官が説明……するまえに、


「服用した対象の身体を硬直させて、ほとんど声を上げずに静かに死亡させる毒薬ですね。一応人間相手でも毒薬として作用しますよ」


 ……って言ったのは、ユイでもだれでもなく“彩夜さん”だった。


「……え、なんで知ってるんですか?」


「あ、言ってませんでしたっけ? 中学時代薬学系大学の付属のとこにいたんですよ」


「え、マジっすか」


「マジっす」


「うわぉ……」


 で、学校名聞いたら『国立讃岐薬科大学付属中・高等学校』……国公立学校じゃ十分トップクラスのレベルの人やったわ。そこで、中学生ながら薬学にも手を出していたらしい。

 本人曰く、「最初大好きな船⇒海保で医者やろうとして勉学してたけど家庭事情で政治経済を学ばざるを得なくなった」ってことで、高校からはこれまたトップクラスの『お茶高(お茶の水女子大学附属高等学校)』にトップの学歴で入学。で、現在は『東京大学法学部』で政治経済勉強中……。


 ……おい、見た目にそぐわずとんでもないハイスペックな人なんですがそれは。


「それいったら篠山さんも変わりませんって」


「俺なんて得意なのロボット工学関連だけですよ……政治経済は基礎知識とちょっとの応用だけでさっぱりっすわ」


「ロボット工学とかそういう理系的なのは私苦手で……」


 そんな謙遜を、と思ったが傍から見れば俺もそんなんだろうか。

 ……で、そうさせた当の根源は、


「おかげで今ではすっかり一人立ちだ。自慢の娘になったもんだ、ッハッハッハ!」


「もう……お父さんったら人前で……」


 隣で自慢げに高笑いしてる日本の総理。相当お気に入りの娘らしいが、その当の娘さん本人は頭を片手で抱えて若干赤面している。

 ちなみに、海保で医師っていうのは『船内医療乗務員』のことで、最近『洋上救急制度』の改正で導入されたもの。

 洋上テロの増加が予測されるため、海保巡視船内での医療体制の迅速化を図って新設され、普段は海保船員として、病人発生時は医師になって手当てをする船員のことだ。国防海軍の医官や衛生員の制度を参考にしたらしい。


「(医師志望か……こんなとこまでアイツに似てなくてもなぁ)」


 なんでアイツに似た奴ばっかり俺の周りに集まるんだ。神様よ、俺に悔い改めよとかさせる気かね。意味わからんぞ。


 ……で、話が脱線横転したが、その硝酸ストリキニーネって何なのだろうかと。彩夜さんが詳しく話してくれた。


「元々は人間に少量で使う分には問題ないんです。毒性は出ますが通常の処置ならすぐに治りますし、そうでなくても体内分解が速いので勝手に毒性を失います」


「でも、そいつらは自殺にこれ使って実際死んだんすよね?」


「ええ。たぶん、体内分解する前に毒成分が効果を発揮するほど大量に飲んだんだと思います」


「なるほど……」


 で、実際に聞いたら大体一袋あたり7グラムあったとのこと。大体100ミリグラムほどもあれば人は死ぬらしい(例外で3グラム飲んでも生きた事例もあるらしいが)。

 だから、7グラムを一回で使ったと仮定すれば致死量としては十分すぎる。たった5グラムで人間50人は殺せるらしいが、それ以上を一気に飲めば確かに簡単に死ぬことができるだろう。

 これを飲んだら、大体30分くらいあたりから痙攣や硬直といった毒性症状が発生し、最悪死に至るらしい。だが量的に見てもっと早くなったかもしれない。


「(あの男がもうそろそろだって言った理由は、もしかしたらこれかもな……)」


 彩夜さんが人質に取られたとき、あの男は時間を確認してそういっていた。その直後のあの急降下だ。

 薬量から見て、あのコックピットの男が大体いつごろ発症するか知ってたんだろう。

 邪魔が入って計画に支障が出たら最初からそうするように手筈を整えていたか、それとも、寸前になって打ち合わせたか。そこは後々テロリストリーダーのほうから聞くしかない。リーダーってのはもちろん彩夜さんを人質にとったアイツのことだ。


 そうして、実際に手筈通り毒性が発症した。

 この際、エビみたいに反ったまま固まる『後弓反張』と、『痙笑けいしょう』と呼ばれる顔が引きつって笑ってるように見える症状が見えるのが特徴らしい。コックピットにいるとき、あの男が笑っていたのはどうやらこれが原因のようだ。決して笑って死にたかったわけではないらしい。


 もちろんこれで確定っていうわけではないが、中身の成分を見る限りではこの説が濃厚のようだ。


「―――この硝酸ストリキニーネ自体は、薬剤師系の仕事をしてたりしたら簡単に手に入ります。『埼玉愛犬家連続殺人事件』っていう、この硝酸ストリキニーネを用いた毒殺事件があったんですが、その時は犯人は薬学に精通してて友人からこれを犬の安楽死に使うといって無償で手に入れることができたそうです。たぶんこれも、この事件みたいにそっちに精通してる人が彼らの中にいたのだと思います。そっちも調べたほうがよさそうですね」


「へぇ……だ、そうですよ、総理」


「うむ。とりあえず調査の対象に入れておくか……まさか、娘の知識に助けられるとは」


「まぁ総理、親孝行ってやつですよ。親孝行」


「ハハハ、まあそれもそうだな」


 男二人で馬鹿笑いする。お隣の役目奪われた調査官は苦笑い。さらにそのお隣の娘さんは赤面して「何言ってるのこのバカ親は……」とか呟きながら、横からユイが「まぁ仲が良いのは悪いことではないですよ」とかちょっとずれてるようなそうでないような気づかいをする構図。


 ……すると、ちょうどその時である。


「総理」


「ん? ……あぁ、新海君」


 待っていたぞ、といった様子で総理が答えた先には、コックピットのほうから来たのは新海さんがいた。

 手には白い手袋をしていて、それをとりながらこちらのもとにやってきた。後ろには同じく手袋と、あと何か黒いごみみたいなのを入れた小さなエアーパックを2個ほど持った2名の空中輸送員がついていた。


 おそらく、あの件の報告だろう。こちらも、調査が終わったようだ。


「どうだったかね? あのドアは?」


 ドア。俺も途中で見かけた、コックピットのドアのことだ。

 明らかに何かが爆発したようにノブの破片が散らかっていたり、ドア自体も強引にあけられた形跡があったため、新海さんをリーダーにして調査していたのだ。

 軍事面に詳しい新海さんなら、このドアを爆破したモノの詳しい情報が読み取れるだろうという総理の判断によるものだった。

 新海さんも「案の定」といった感じの表情で、目を若干細めて小さく頷きながら言った。


「ええ、やはり爆破されていました……使われたのは、この『テープ型プラスチック爆薬』と思われます」


「テープ型プラスチック爆薬?」


 新海さんが隣の空中輸送員から一つのエアーパックを受け取り、こちらに見せていった。

 中には、黒く焼け焦げたテープのような小さな紙切れが複数入っていた。

 その存在は俺も知っていた。というより、よく陸上で使われるものだったので横から解説を入れた。


「文字通り、プラスチック爆薬をテープ型に加工した小型の工作爆薬です。C4などに使われるプラスチック爆薬をテープ状に加工し、それを上から薄いカバーで覆うことで少し太いテープのような外見の爆薬となります。確か、日本でも国産で開発していましたよね?」


「その通りです。さらに、それを超小型の通信型ミューチップに繋ぐことによって、無線を使ってより遠距離からの爆破も可能になります。爆発の威力は切り取るテープの長さに依存しますが、全体的に威力は低く閉鎖空間での小さなドアなどを爆破する際にはよく使われており、我が軍でも、国産のものを開発して陸軍総隊隷下の部隊を中心に配備しています」


 空挺団はこの陸軍総隊隷下のこともあり、俺たちも使う機会はたまにある。テープ爆薬とか、TC4(Tape C-4)とかって名前で呼んでいる。

 数ヵ月前にやった北富士演習場での市街地戦闘訓練でも、何回かこれを用いてドアを破壊することがあった。

 ……まぁ、ユイの足で強引に蹴り飛ばしたほうが手っ取り早いのであまり使わなくなったが。


「なるほど……で、今回使われたのはそれか?」


「ええ、間違いないでしょう。専用の機器で金属探知を行ったところ、これの中からミューチップと思われる微小な金属破片も見つかりました」


 そういってまた隣の空中輸送員から受け取ったエアーパックには、黒く焼け焦げたテープの破片が入っていた。その中に、おそらくそのミューチップが入っているのだろう。


「おそらく、ドアノブの周囲に大量にこれを巻き付けて電子ロックごと強引に破壊したものと思われます。威力はテープの量に依存しますので、巻き付ける量によっては十分破壊は可能だと」


「だが、一体どうやってそのテープを?」


「おそらく、先ほど篠山さんたちからも言われていた、例のカメラ型ボックスの中に仕込んでいたものと思われます。中から、冷却用のドライアイスも見つかっていたことは、おそらく総理の耳にも入っているかと」


「うむ、それに関してはすでに聞いている」


 わざわざドライアイスを入れるのも、空港で爆薬の存在が気づかれるのを防ぐためだった。

 最新型のウォークスルー(搭乗口にあるあのゲート型の機械)や手荷物検査機器には、火薬から出る微弱な熱を探知する機能も備わっている。

 金属製のカメラ型ボックスとはいえ、金属探知で逃れてもその微弱な熱を捉えられてはマズイため、それを防ぐためにドライアイスを入れて冷却させ、熱が発生するのを抑えていたと思われる。


 一応、ドライアイスの存在に関しては総理や、俺たちの耳にも入っていた。キャビンでの調査や現場指揮に携わっていた山内さんからもたらされた情報だった。

 通常の重火器の火薬も、これを使って冷却し熱の探知を防いでいたものと思われる。……とはいえ、冷たい金属のボックス内に入れられた完全に密閉な状態で、そんな微弱な熱を捉えられるとも思えないが、念には念をというやつだろうか。


「―――おそらく、これらもすべてあのボックスの余分なところに詰めこんだと思われます。そうすれば、一応持ち込めないことはありません」


「なるほどな……それで、それって自作か? それともどっかから持ち込んだか? まさか、我が国のところから漏れたわけではあるまい?」


「そこに関してはまだ詳しくは。ただ、粒子検査をした結果、中身は黒色火薬を圧縮したものでした」


「黒色火薬? 随分と原始的なものを使ってきたな」


 黒色火薬は結構昔に使われた火薬で、爆発時に大量の煙を発生させる特徴があるが、現在はすでに使われなくなっているものだった。

 だが、材料さえあればとても簡単に製造することが可能で、やろうと思えばそこら近所の理系の中学生でも作れる。最近のテロリストの間ではよく使われる爆薬の一つだった。


「ええ、中の成分から見ても間違いありません。ただまぁ、どうやってテープ型に加工したのかがまだ不明ですが―――」


 ……そこまで言ったとき、


「?」


 新海さんは俺にそのエアーパックの一つを強引に押し付ける。やられるままに手に取るが、新海さんはユイのほうに投げるように視線を動かしていた。「ユイに渡せ」とでも言いたげである。


「(……あぁ、そういう)」


 ユイの持つ機能を想像しつつ、大体何をさせたいのか察することができた。

 それは、エアーパックを渡した後の新海さんたちの会話からもわかった。


「加工方法が不明なのか? というより、テロリスト連中がそんなの簡単に作れるとは思えんが」


「ええ。このテープ型爆薬は元々は米軍が開発したものなのですが、威力はC4よりは低けれど取り回しや使い勝手がいいことから、我が国を含め世界各国の軍、特に特殊部隊系列のほうで採用されています。ただ、反面比較的作りやすいこともあり、テロリストの間でも元始的な製造方法が流出されています。そのため、たまにテロに使われることもあるのですが、その方法も国によって違いますしいろいろありまして―――」


 製造方法、の部分でこちらにチラッと目線を向けたあたり、やれ、ということなのだろう。

 ……ふむ。またユイの解析能力にものを言わせるときが来たか。確かに、コイツに採用されている粒子解析能力は最新鋭ゆえ、確実な情報が出てくるだろう。


 俺は周りに聞こえないよう小声でユイにいった。


「ユイ、すぐに粒子解析してくれ」


「え? これをですか?」


「ああ、それをだ。正確には、テープ型に圧縮したその加工方式だ。わからなかったら国防軍のデータバンクにでもアクセスしろ」


「はぁ……了解です」


 ユイは俺の手に持っているエアーパックをじーっと見つめる。

 解析自体はものの数秒で終わる。常時国防軍内で使用可能なデータバンクにアクセスして情報を照らし合わせるだけだ。

 このデータバンクは国防省で管理しており、国防軍関係者ならいつでもアクセスが可能で、各国の軍事情報などを仕入れることができる。ユイもアクセス権限は製造時から渡されているので照合は可能だ。


 解析が終わり、ユイが小声で言った。


「……確認しました。爆薬の構成成分は間違いなく発火後の黒色火薬で間違いありません」


「やっぱりか。で、圧縮方法は?」


「それが……」


「?」


「データバンクで照合した限りでは……一番近いのは、“ロシア式”なんです」


「ロシア式?」


 まさか、ここでロシアがかかわってくることになるとは。

 ただのテロリストが、ロシア式の製造方法を知っていたってことなのだろうか?


「正確には、初期のころにロシアで使われた製造方法です。現在はまたほかの効率的な圧縮製造方法が見つかっているため使われていません。おそらく、旧式な製造方法ゆえ外部に流れたものと思われます」


「それがロシアで使われてたのって、いつの時代だ?」


「この製造方法が行われたのは大体10年ほど前……現在の製造方法に移行したのは、その3年後です」


「ざっと7年か……十分だな」


 7年もの期間があれば、場合によっては流出の可能性は否定できない。テロリストが、何らかのルートでその製造方法を仕入れ、材料を集めて製造したか、または製造されたものを他の何らかのルートで仕入れたか、このどちらかだ。

 いずれにせよ、これで組織的な意味でこのテロリストグループ単独による犯行の線は消え去った。何らかのバックがある。


「(……まぁ、“あの方”とやらがいる時点ですでに単独犯の可能性はある意味消え去ってるが……)」


 あの絶大な権力を持ってるあの方がいるってだけで、このグループだけの単独犯の線は考えにくい。規模がでかすぎる。

 しかし、そうなると余計気になるな……もしや、これを与えたのもあの方とやらなのか? あの重火器も含めて。

 第三者的存在であるこのテロリストグループをハイジャック犯として仕向けさせるほどの絶大な権力と力を持っているほどだ。できなくはないだろう。もちろん、自前の可能性もあるが。

 とにもかくにも、そいつは今後の重要人物になるのには違いないが……


「(……どこのどいつだ。その“あの方”とやらは)」


 さっぱり見当がつかない。このテロリストグループの上位に位置する存在なのか? こういう組織に上下関係が成立してるとも思えんが……。


 ……まぁ、今更考えても仕方がない。そこに関してはのちの調査に任せるほかはないだろう。俺一人が考えたところで何も始まらない。


 このテープ型爆薬の製造圧縮方法に関しては、あとで新海さんに伝えておくことにしよう。ロシアが行っていた旧式の製造方法だと知れば、おそらく外交ルートを通じてロシアに注意喚起がいくに違いない。

 すでに行われていない製造方法とはいえ、それの管理責任はある。ロシアとて、テロリストが絡めば下手には扱わないだろう。


「―――しかしまぁ、いずれにせよここら辺は事と場合によっては各国に注意喚起を促す必要も出てきますね。同じ手法が、ほかの国で使われないとも限らない」


「おまけに、通用したのは仮にも先進国である我が国だ……。セキュリティ面でも手加減したつもりはなかったが、それでも通った。ハハ、ほかの先進各国は背筋が凍るだろうな」


「凍るで済んだらいいですね。エアフォースワンといい今回といい、そろそろ次は俺たちかとストレスで頭痛を起こし始める首脳もいたりして」


「ハハハ、何ならこっちから頭痛薬でもくれてやるかッ」


 そういって互いに哄笑する。周りもそれにつられるが、俺の場合は若干苦笑気味だ。

 この二人、完全に他人事のように……まぁ、実際極論を言えば他人事で間違いないのだが。


 この事態だというのに、さっきからちょっとテンションが高いのは気のせいではないだろう。なんせ、さっきまで俺が操縦する羽目になるかもしれない危機から何とか脱したのだ。

 俺はもちろん、また余計な世話をかけずに済みそうな事態を切り抜けた総理たちも相当安心したらしい。

 これも、ホノルルの皆さんの努力のおかげです。本当にありがとうございます。


 今頃はハワイに向かっている飛行機が続々と降り立っている頃だろう。強風での手動着陸に耐えれなかった便も、自動着陸を用いた着陸をしてしまおうと空港に殺到して渋滞を起こしているはずだ。

 俺たちは、さりげなくそれに混ざっていくことになる。


「(今コックピットは朝井さんがついてくれている。少なくとも自動操縦関連は彼に任せておけば問題ないだろう)」


 頭に傷を負って満足な操縦はできないが、どうせオートパイロットだ。旅客機関連に詳しい彼なら大丈夫だろう。


 とりあえず俺たちは秘書官室でゆっくりすることができる。毒薬関係を調査していた調査官たちも一旦立ち去り、この場には怪我の治療中の人たちが数人と俺たちがいるだけとなった。彩夜さんも、いつの間にかここを離れて、一応持ち合わせている医療知識を使って治療を手伝っている。

 山内さんも、現在はキャビンでの臨時の警備主任をしつつ調査を続けている。本来の警備主任やほかの警備の中心が軒並みやられて行動不能なため、臨時で彼が立候補したのだ。

 専門知識がないが大丈夫かと思ったが、現状問題なさそうで何よりである。


「えっと……あとどれくらいでつくっけか」


「現在5時45分ですから……大体1時間半ですね」


「1時間半か……どれ、もう少しの辛抱だ。ハワイまで頑張ろう」


 そういって総理は周りを鼓舞する。大分落ち着いてきたこともあり、周囲の雰囲気も良くなってきていた。現状、あとはハワイに行って事態の最終的な調整を行うだけである。


「(どれ、俺もそろそろどっかで休むか……)」


 そんなことを考え、秘書官席にどこかの席借りるか……みたいなことを考えていた時である。


「……すいません、ちょっといいですか?」


「?」


 そこに、一人の男性が横から入ってくる。


「あぁ、朝井先生。どうしたんです?」


 朝井さんだった。コックピットで、オートパイロットの操作や無線交信を担当していたはずだが、ここに来たその顔は結構深刻そうなものだった。

 総理もその様子に戸惑っていた。


「どうしたぃ、朝井先生。あまりのストレスに心労でも起こしたか?」


「いえ、それが……いや、ここで言うのもなんです。ちょっと来てくれませんか。あぁ、君たち二人も」


「?」


 なぜか俺たちもよばれた。ついでに、新海さんも連れていかれることになり、場所は一転またコックピットに戻ることになった。


 俺たちはもう必要なくなったはずだが……はて、何事だろうか。




 コックピットに戻ると、無線交代の意味も兼ねてまた機長席に座らされた。

 それだけの用なのかとも思ったが、朝井さん曰くそうでもないらしかった。


「まぁ……百聞は一見に如かず、とはまた違うが、とりあえず無線を聞いてみてくれ」


「?」


 いわれるがままに無線に手をかける。いつものようにユイに同時翻訳を頼むことになった。

 準備が整ったと同時に無線を頭に賭けるが……


「……ん? なんだこりゃ?」


 そこから聞こえてきたのは、慌ただしく響くパイロットと管制官の無線通信の声だった。




『―――繰り返す。サンフランシスコレディオよりハワイへ向かっている全便へ。現在ウインドシア発生中。収束の目途が見込まれるが、現在着陸進入中の便は着陸復行中。ハワイへの着陸全面規制。また、着陸進入中の事故発生で08Rは運用停止中』


『こちらFarEast230、ハワイへ向かっている途中だったが何が起きた? ウインドシアか?』


『ウインドシアだ。詳細はまだ情報を集めている。とにかく向こうでウインドシアが発生した。それによる事故で現在滑走路は使用不能』


『サンフランシスコレディオ、こちらEuro-Sky558、コールドベイから戻ってきたんだがどうすればいい? また向こうに行きゃいいのか?』


『Euro-Sky558、燃料は持つか? 間もなく収束の見込みだが状況によっては規制は長引く可能性がある』


『了解、燃料を考えて行先をコールドベイに固定したい。誘導を頼む』


『了解した。Euro-Sky558は進路を1-3-0に転針し高度3万に固定』


『Euro-Sky558、了解』


『Sky-J1303、空中待機の予測時間は? こちらはもうすぐ燃料がビンゴだ』


『Sky-J1303、ハワイでのウインドシアの状況による。最低20分は見込め』


『それでは待てない。何とか着陸できないか? 08Lでもいい』


『そちらは空いている。ウインドシアが収まれば運用再開できるが、HCFアプローチに移行してそちらに向かうか?』


『あぁ、させてくれ。手動でもいい、もう燃料がない』


『了解したSky-J1303。周波数を―――』




 これ以降も無線はずっと続いた。軽いパニック状態に陥っている。


「……おいおい、何が起こったってんだ? ハワイで一体何が?」


 ウインドシアが発生し、しかも何やら事故が起きたらしい。どういうことだ? 一体何がハワイで起きたんだ?

 ユイ共々困惑する中、朝井さんがその問いに応じてくれた。


「『ウインドシア』だ。おそらく、ハリケーンが引き起こした不安定な気流の乱れが原因だろう。ダウンバースト発生に伴い、それも同時に起きた」


「ダウンバースト?」


『ダウンバースト・ウインドシア』

 まず、強力な下降気流の一種で、空の上から下へ向かう強い突風のことを『ダウンバースト』という。

 まるで上からたたきつけられるような強力なもので、それが地面に落ちると四方八方に分散して今度は強力な横風となり、周囲に被害をもたらす。

 そして、その際に発生するのが『ウインドシア』という現象で、二つの場所の風の状態(風向・風速など)が極端に変わることを言う。

 ある地点では北方向に秒速5mだったのが、数十m離れると今度は東に秒速10mだったりといった感じのがウインドシアだ。

 中には風向きは同じだったり、風速は同じで風向きだけ違ったりするのもあるが、それらもすべてウインドシアである。


 ウインドシアはダウンバースト発生時にはほぼ例外なく発生し、朝井さん曰く、それがハワイで発生しているのだという。


「しかし、それが原因でどうなるんだね?」


 総理は航空機関連に疎いのでこれのやばさを知らない。朝井さんが簡単に言った。


「飛行機というのは気流、つまり風を受けながら飛行します。着陸時も同じです。しかし、それは基本向かい風になるようにする、つまり、前方向から受けねばならないのは少し前に説明しましたね?」


「あぁ、そうだな」


 少し前ここにいた時にした説明だ。着陸時、飛行機は向かい風でないとまともな着陸ができない。それは、どの飛行機も例外はない。


「ですが、それは一定方向から継続して受け続けねばなりません。たとえば、今回の場合はダウンバーストでのウインドシアですので……そのダウンバーストの突風、つまり上からたたきつけられるような強い風によって、前方向からの風を満足に受けれず、その突風に押されて地面に落とされやすくなるんです」


「落とされる? それほど強いのか?」


「強い、というより、前方向からの風が上からの風になってしまうので、揚力がうまく得られず落ちやすくなるのです。そこに、その上からの突風が加わってそれを増長させる形になります。実際、過去にそれによって着陸に失敗した航空機事故がいくつかあります。それほど、危険なものなのです」


 朝井さんの言ってることは事実だ。着陸時、ましてや低速度で不安定な状態であるのに上から突風を突き付けられると、まるでさっきまであった足場を失ったように思いっきり失速を起こす。前方向からの風が少ないため、満足な揚力が得られないのだ。

 そうなると、最悪そのまま墜落なんていうことも起こり得るのだ。実際、それで起こった事故が何個か発生している。


 朝井さんは続けた。


「また、そこに例外なく発生するウインドシアが加われば非常に厄介なのです。これは、二つの場所での風の状態が極端に変わることを意味しますが、例えば、滑走路手前で発生したとしましょう。最初はダインバーストによって地面に落ちて横に流れた風によって、強力な向い風となって出力を絞って慎重におろしますが、ダウンバーストにも台風のように中央に穴があることが多く、そこの淵を強力な下降気流が流れることが多いんです。となると、その節目に行くと……」


「強力な向い風が、突然さっき言った上から押し込まれるような突風に急に変わる……なるほど、これがウインドシアか」


「ええ。それによっていきなり地面に押し込まれる形になり、向かい風がほぼなくなり揚力が得られなくなった機体は急激な失速と同じ状態になります。しかもそれを抜けると、今度は穴の中心に向かう風に巻き込まれます。それは、その飛行機にとっては完全なる“追い風”になるんです。失速に加えて追い風となれば……そんな機体を制御するのは、いくら熟練のパイロットであっても困難です。自動着陸も、そこまでの急激な気流の変化には対応できません」


 総理はやっと事と重大さを理解したようだった。ついでに、隣にいたユイと新海さんも。


 このウインドシアとダウンバーストのコンビネーションは、飛行機にとっては天敵以外の何物でもない。そのため、着陸進入時にこれが発生した場合は、本格的に巻き込まれる前に即座に着陸復行ゴーアラウンドし、ウインドシアが収まるまで全面的に滑走路の規制が行われることが通例であった。


 ……だが、今回の問題はそれだけではない。


「ですが、事故ってのも無線であります。これは一体何が?」


 そう。08Rで事故があったとサンフランシスコレディオのほうの無線からあった。まさか、それによって落ちたのか? 着陸寸前に?

 だが、それは朝井さんによって否定された。


「いや、確かに、着陸寸前にウインドシアが発生したことにより、予測して回避するまでもなく巻き込まれはしたが……墜落までには至っていない。今は、ゴーアラウンドして再度着陸するそうだ」


「ふぅ……そうでしたか」


 ホッとしたのも束の間……


「だが……」


「?」


 朝井さんはさらに続けた。ここからが本番、といった感じで。


「その機体……オアフ航空254便というのだが、着陸寸前のウインドシアの回避には成功したのもも……」


「したものの?」


「……」


 朝井さんは数瞬ほど言うのを渋りながら、それでも重く口を開く。


「……その際、左主翼を滑走路に打ち付けたらしくてな。そのせいで破片が散乱し、燃料漏れも起こして滑走路にまき散らしてしまったらしい」


「ええ!?」


 俺は思わず席を立ちかけた。

 朝井さんが言うには、ウインドシアに巻き込まれた際左右に大きく揺れてしまい、ゴーアラウンド寸前で左主翼の先端部分を滑走路に打ち付け破損させてしまったらしい。

 幸い飛行に支障はない程度にはとどまったものの、少なからず破片が散乱し、さらにそこから燃料も大量に漏れてしまったため滑走路の使用ができなくなってしまったのだそうだ。


 ウインドシアは現在運用されている『08/26』の二つの滑走路どちらをも巻き込んで発生しているため、これが収まれば一応08Lのほうは使用可能にはなるものの、もう片方はその破片の回収と燃料の掃除が終わるまでできないそうだ。


「あの……それって、どれくらいかかるんです?」


 ユイが聞いたが、朝井さんもわからずじまいといった様子だった。


「サンフランシスコレディオに聞いてみたが、ホノルルからの回答は『まだ未定』だそうだ……。そもそも、ウインドシア自体もまだ収まっていないうえ、燃料や破片の除去作業もこんな気象状態ではまともにできないだろう。外すらまともに出れない状況なのだからな」


「え……じゃあ、ウインドシア収まっても事と場合によっては閉鎖が長引くってことですか?」


「そういうことだ」


「……つ、つまり……?」


「……まさか……」


 ユイと俺のひきつった顔は一様に朝井さんに向けられるが、朝井さんはその表情を肯定するように目線をそらした。


 ……あの、俺たちさっき必要ないって判断されたはずなんですが……、え? このパターンってまさか……


「……すまんが、そのまさかだ。ことと場合によっては、俺たちが着陸する前に08Rは開放されない場合がある。いや、現状その可能性が結構高い」


「ッ!」


「……てことは、つまり?」


「あぁ……その、なんだ……、やっぱり」





「二人とも、操縦してくれ」


「「ハァァァァぁアアアアアアアアッ!!??」」






 本日二度目の“悲鳴”が、コックピットに響き渡った…………

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