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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第2章 ~不穏~
54/181

サブ・パイロット 1

「……お、俺たちが操縦ってどういうことですか!?」


 俺は思わずそう叫んだ。額には早くも汗がにじみ始め、本能的にこの状況を受け入れキレてないことを感じていた。

 隣のユイも似たようなものである。汗とかは書かないが、顔がさっきからひきつっていて表情を固定させている。人間で言う唖然、呆然と言ったところだろう。


 総理はそれでも淡々と述べる。しかし、顔はいささか申し訳なさそうであった。


「どうもこうもない……代わりが全くいないから、まだまともに操縦できそうな君たちに頼みたいといってるんだ。……気は進まんがな」


「勘弁してください! 俺そんなの操縦した経験皆無ですよ!? 精々小さい頃にゲームのシミュレーターあたりでちょっと動かしたくらいで……ッ」


「わかってる、わかってはいるんだが……ほんとに、ほかにやれそうなのがいないんだ……」


 麻生総理も頭を抱えていた。「この際誰がやっても同じだ」と呟きながら、コックピットの計器類を見る。

 コックピットの窓の外はまだ暗い。明かりすら差し込んでない中、計器類は相変わらずオートパイロットにより自動的にハワイへの航路を飛んでいた。綺麗な星空が俺たちの視界に入る。


「オートパイロットは? 確か、今の飛行機って設定すれば着陸まで飛ばせますよね? 私たちいります?」


 ユイが隣から口を挟んだ。

 そうだ。オートパイロットもしっかり機能してるみたいだし、俺たちがいなくても操縦機器関連に詳しい人がいれば設定だけを入れて着陸させればいい。

 所謂、自動着陸機能というやつだ。

 緊急時には確かに誰かに操縦してもらわねばならないが、島津さんら曰く全く問題ないらしく、オートパイロットだけでいえば着陸まで任せっぱなしでも問題ないとのことだった。


 ……だが、問題なのはこっちではないらしい。


「それが……着陸の時だけ、オートパイロットは使えないかもしれないんですよ。空港側の事情で」


「空港側? ハワイですか?」


「ええ、そうです」


 島津さんと新海さんで、先ほどまでハワイ『ホノルル国際空港』との無線交信を行っていたそうだ。さらに、島津さんが自動着陸について説明してくれた。


 それによると、ホノルルは現在、一部の滑走路で自動着陸に必要な『ILS』の一部が現在故障してるらしい。


 ILSとは『計器着陸装置』の略であり、指向性の誘導電波を用いて、着陸進入に必要なデータを着陸進入中の飛行機の計器類にリアルタイムで送ることで、悪天候下・低視程下における飛行機の安全な着陸を実現する装置だ。

 この装置は計3つの施設によって構成されている。


 1.適切な降下経路(つまり現時点での適切な高度)を示す『グライドスロープ(またはグライドパス)』。

 2.適切な進入方向(滑走路への進入経路)を示す『ローカライザー』。

 3.滑走路までの距離を示す『マーカービーコン』。


 このうち、自動着陸に最低限必要なのは『ローカライザー』である。

 これだけあれば、ほか二つがなくても現在の技術なら『ローカライザーアプローチ』というやり方で自動的に着陸を行うことができる。

 そこに、さらにグライドスロープとマーカービーコンが着陸進入の誤差を修正したデータを逐一送ることで、滑走路までのより安全、かつ確実な誘導が可能だ。


 ……だが、そのホノルルでは……


「そのローカライザーが……現在故障しているらしい。しかも、グライドスロープは定期修理中だ」


「えッ……つまり、自動着陸に必要な装置が使えないってことですか?」


「そういうことだ……飛行機側はあくまで受信装置のみしかなく、そういった自動着陸をする装置を備えていない」


 麻生総理がそう補足した。おそらく島津さんからの入れ知恵ってやつなのだろうが、俺は頭を抱えた。


 故障したのは、ホノルルにある4本のうち全長が長い2本の、そのうち内陸側にあるものらしい。グライドスロープはまだしも、ローカライザーが使えないのはとてつもない痛手だった。これでは先に言ったローカライザーアプローチによる自動着陸が行えず、手動での着陸しか行うことができなくなる。


「なんで故障でもしたんです……? 老朽化か何かでもしたんですか?」


「それもあるんだが……それだけでない理由があってなぁ」


「理由?」


 麻生総理がその理由を口にしようとすると、後ろから声がした。


「“ハリケーン”、ですね」


「ッ! 朝井先生」


 コックピットに入ってきた男性。朝井さんだった。

 そのそばには新海さんもいる。おそらく、アドバイザーとして連れてきたのだろう。そういえば、先ほど朝井さんは空軍で整備士をしていたといっていた。


「事情は新海先生から伺いました。島津さん、後は私が引き継ぐ。君はキャビンで手当てを手伝ってくれ」


「わかりました。お願いします」


 島津さんは機長席を立ち、コックピットを離れた。しきりに包帯が巻かれた右肩を押さえたりもんだりしている。応急処置だけでは少し限界が来たらしい。あとでまた処置することだろう。お大事に。

 島津さんが離れている間は、とりあえず俺が無線交信のために機長席に座ることにした。


「で、朝井先生。ハリケーンとはどういうことだね?」


 総理が聞いた。


「はい。離陸前の報告、覚えていらっしゃいますか。警備主任から、現地の天候はハリケーンに見舞われていると報告がありました。現在時刻からして……今頃、オアフ島方面にも直撃受けてるでしょう」


「直撃?」


 説明を聞きながら俺は思い出し、さらに一つ疑問を感じつつポケットに入れていたメモ帳を取り出しページをめくった。

 離陸前のVIPターミナルでのブリーフィング。その中に、現地の天候が悪化してることを聞かされていた。

 季節外れの大型ハリケーン。勢力自体は比較的弱めだったはずだ。

 ……あった。南東から接近中のハリケーン。深夜帯にかけてハワイ諸島を直撃し西北西に外れる予定だったはずだ。今の時間からして……おそらく、速度が予報通りならすでにオアフを“掠めてる”はずだが……


「しかし朝井さん、そのハリケーンってオアフ島には直撃しない予報では?」


 あくまで掠めるってだけだ。直撃はないはずだが、朝井さんはそういっていた。


「予報が若干外れたんだ。途中から進路が北寄りになり、結果的に部分的にだがオアフ島にも直撃している。また、速度も若干遅くなったから今はまだ勢力を徐々に強めながら上陸中で、オアフ島から完全に離れるのは俺たちが到着する予定時刻の1時間~30分前だ。だが、ハリケーンの減速の程度によってはもっと遅くなる可能性も……」


「げぇ、そ、そんな……」


 下手したらちょうど着陸するタイミングで直撃するじゃないか。最悪、空中待機も辞さない覚悟で行く必要がある。


「ですが、それとILSの故障との関係は?」


 ユイが聞いた。


「あぁ、おそらくだが、暴風によってILSに損傷が発生したと考えられる。事態を聞いて、すぐにハワイマスコミが発しているネットニュースと、ホノルル国際空港の公表情報を見た。ホノルル国際空港は今ハリケーンの暴風圏内にあり、それによる空港機能に多少の障害が起きていることが公表されていた。そのため、欠航便が相次ぎ、離着陸を制限していることも」


「まさか、その機能障害の中に……」


「おそらく、ILSがやられたってのがあるかもしれん。……そう簡単にILSぶっ壊れるとは思えんが、老朽化もあるとなるとどうなるかはわからん」


 朝井さんが舌打ちをしながら「参ったな……」と呟いた。顔も少しひきつっている。

 一応、ILS自体は暴風雨じゃ簡単にぶっ壊れないようにはできていたはずだ。だが、老朽化してそれに耐えれる状態かと言われればまた話は別だろう。ましてや、カテゴリー2クラスといえど暴風圏内の風と雨だ。

 朝井さん曰く、原因としては「暴風雨などによる疲労部の金属破損や曲折」あたりの可能性が考えられるらしい。または、可能性は低いが、どっかから飛んできた重量物がぶつかったか。


 ……いずれにしろ、勘弁な話である。


「あの、そのILSってほかにないんですか? 確か、ホノルル国際空港って滑走路4本ありましたよね?」


 そう遠慮気味に言ってきたのは、さっきまで完全空気だった彩夜さんだった。右手を小さくあげて、朝井さんの陰からひょっこり顔をのぞかせていった。

 それには、最初島津さんと一緒にいて、無線から情報を得ていた新海さんが答えた。説明を簡潔にするために、ユイに頼んでにネットからあさってきたホノルル国際空港の上空から見た図面を取り寄せ、右目のファンクションモードを変えて俺たちの前に画像を空間投影してもらう。


 新海さんは時折所々を指さしながら説明した。


「ILS自体はほかにもあります。見ての通り、元々ホノルル空港には、簡単に言えば東西を向いている滑走路番号『08/26』のものが2本、あと、北東・南西方向を向いている滑走路番号『04/22』のものが2本あります。故障しているそのうち『08/26』滑走路コンビの片割れ、こちらの内陸側にあるもので、海側に埋め立てて作られた『リーフ・ランウェイ』と呼ばれるほうにもう一本あります。あと、『04/22』滑走路も2本のうち片方はILSを装備しています。しかし、前者は排水溝の機能不全が確認され現在修復中で、それにより通常より下げた横風制限値を超えた強風が発生しているため滑走路を閉鎖中です」


「排水溝?」


 そこは朝井さんが横から補足してくれた。


「滑走路には排水溝といって、滑走路の水を除去するための機能がある。新海先生が言ってるのは、その排水溝が満足に水を排出してくれなくなってきたということだろう。この暴風雨だ。それも十分あり得る」


 なるほど。排水溝か。確かに、暴風雨の程度によっては本来の想定以上のものが降られて排水しきれないなんてこともあるだろう。要はそれのことか。

 さらに、それによって排水溝が満足に使えない、つまり路面が濡れて滑りやすくなるということから、風が強いと下手すればそれに流されてブレーキが利かなくなる危険から、横風制限値を通常より下げているらしい。

 そのため、現在の風速ではその厳しくなった制限下に於いては強すぎるため、着陸自体が危険だとして着陸進入すら許可されないとか。


「では、残りのもう一本は?」


「そちらは問題なく使えます。ただ、滑走路が先に言った『08/26』滑走路より全長が短いため、暴風雨により路面が濡れている可能性を考えれば、程度によっては滑走時にタイヤが滑ってしまい少しリスクがあるかと。一応こちらにも水たまり等ができないように排水機能はありますが、この異常な暴風雨ではどこまで機能してくれるか……」


 新海さんの顔が若干暗くなる。

 さらに図面を見たところ、それぞれの滑走路のすぐ横には全長距離も書かれていた。『08/26』の滑走路はどちらも3500弱だが、もう一方の『04/22』の滑走路はどちらも2700m弱と2100m弱。ILSがあるのはこのうち2700m弱のほうらしい。


「問題はそれだけじゃないな」


 朝井さんが補足していった。


「このまま予定通り行っても、時間帯とハリケーンの速度によってはハリケーン通過中にぶつかり、さらにその時の風速によっては安全な着陸はできないと判断されて着陸が許可されない場合がある。仮にどうにかこうにか調整してハリケーン通過後に着陸するとしても、ハリケーンは西に抜けているからホノルルに残るのは強い南風だ。そうなると、着陸時は南西側の番号『04』のみしか運用されていない『04/22』滑走路は使えない」


「え、何でですか?」


 彩夜さんの疑問の声が上がるが、そこに関しては俺も知識があったのですぐに答えた。


「飛行機っていうのは、離着陸をするときは風が吹く方向に向かって飛ぶんです。そうすることで、速度の異常な暴走増速を押さえつつ、安定して揚力を得ながら飛ぶことができる。だけど、南風っていうことはこの滑走路を使う上では後ろからの追い風になる。それだと、速度の制御が難しくなって、下手すりゃ速度が多い状態で降りてしまうことにもつながるんです。だから、基本的にはそれほど制御に影響が出ないほどの微風でもない限りは追い風着陸はできないんですよ」


「へぇ~……あれ、篠山さん詳しいですね」


「そりゃあ、こう見えても飛行機にそこそこ縁のある青森出身ゆえですので」


「え? 青森って飛行機に縁ありましたっけ?」


 そこにくいついたユイ。なぜか周りの目線も俺に向く。説明を求めるような目線だ。今それどころじゃないってのに。


「えっと……正確には三沢とかあたりなんだけど、三沢は世界初の太平洋無着陸横断を果たした『ミス・ビードル号』っていう飛行機が降り立った場所でもあって、それ以降は旧日本軍の空軍基地がおかれていたり、今も在日米空軍を経て、国防空軍の基地があったり……って感じで、結構飛行機と接点あるんよ。今じゃ三沢には航空科学館とか置かれて、目立ってないけど飛行機の町って文句で宣伝しまくってるよ」


「へぇ~」


「「「へぇ~~」」」


「……へぇ~って。いや、へぇ~って」


 そんなに感心するものでもないのだが。青森出身の身としては当たり前のことだぞ。

 だからこそ、子供のころは親によくその航空科学館に連れて行ってもらっていた。ゲームのシミュレーターが置かれていて、先ほどいったシミュレーターしか経験ないっていうのはこれのことだ。

 それも、シミュレーターとはいえただのゲームなのでそこまで精密ではない。あくまで基礎的な操縦を模しただけである。


 閑話休題、ということで話を戻す。


「とにかく、そういうことで追い風着陸は避けなければならないんです。しかも、おそらく強風が予測されるので多少斜め方向からだったとしても影響は強いです。朝井さんが言ってるのはそういうことですよね?」


 朝井さんは満足そうに頷いていった。


「なんだ、案外君も飛行機詳しいじゃないか」


「ハハ、どうも」


「うん。まぁ、要は彼の言った通りなんだ。制御が難しい、しかも強風が予測される追い風着陸はこの場合できない。ホノルルも許可はしてくれないだろう。そんなの強行しようものなら、いくらILSで降りれたとしても絶対オーバーランだ」


「臨時で22番って使えないんですか?」


 彩夜さんの疑問に思わず苦笑いで「いやそんな無茶な」と思ったが、すぐに新海さんが代弁してくれた。


「無理だよ彩夜ちゃん。22番のすぐ先は市街地を挟んで高い山脈があって、着陸するとなるとそのすぐ近くを市街地上空ギリギリの高度で旋回しながら、滑走路末端の直前で滑走路に相対しないといけなくなって、着陸には向いていない。だから、そもそも運用自体を想定すらされていなくてILSも装備されてないんだ。ILSもない状態でこんな危険な機動を、ましてやこんな強風の中で管制がやらせるわけないよ」


 なお、似たような事情からそれを実際にやったのが今は亡き『香港カーブ』である。だが、それもやっぱり危険だし騒音もひどいってこともあって今は新しいのに変わって空港自体が廃止されている。


「ですよね……となると、残りは『08/24』の滑走路ですが……」


「頼みの綱のリーフランウェイは使えない……排水溝さえ直ってくれればいいのだが」


「う~ん……参ったなぁこりゃ……」


 座席にもたれかかってため息をついた。案外座り心地いいな、と改めて思ったが、あまりそれを感じている余裕はなかった。

 説明を聞く限りでは、そのリーフランウェイ側の排水溝修理中に伴う横風制限値超過からの滑走路使用停止で、向こうで使えそうなILS付き滑走路がなくなってしまった。『04/22』滑走路は頼りにならない。


 ILSによる自動着陸が使えない中、向こうで手動でおろせってか……?


「(……無茶いうなよおい……)」


 あくまで俺は飛行機にそこそこ詳しくて、そんでゲームのシミュレーターをやったことがあるってだけの人間だ。当然、本物の旅客機を操縦なんてしたことないし、操縦方法も大まかなものしかしらない。細かい計器類操作はさっぱりだ。

 そんなんで着陸できるのか? てんでド素人な俺だが、そんなのしか任せれないこの現状って一体……。


「……あの、一ついいですか?」


「ん?」


 ユイが唐突に聞いてきた。すでに右目から出していた画像はしまい、ファンクションモードも通常に戻している。


「ホノルルにこだわらず、近くの空港に代替着陸するってのはどうですか? ほかの空港でも、ILS使ってるところもあるでしょうし、なかったとしても比較的天候の安定してるところなら手動でも容易に着陸できます。近くなら……ミッドウェーあたりとか?」


「おぉ、それもあるな」


 俺にとってのある種の一筋の光が、まさかのコイツから放たれた。コイツに限ってまずないだろうなとは思っていたが、本当に助け船を出す日がこようとは。

 所謂『代替着陸ダイバード』というやつだが、確かに、現在地点からならミッドウェー方面もいけるかもしれない。

 ミッドウェーは今はただの自然保護区域だが、元々米軍の基地があったため軍用の長い滑走路はあるかもしれない。それに、ミッドウェー当局も日本の政府専用機とあらば即座に緊急着陸は受け入れてくれるかもしれない。


 ……だが、それは朝井さんの口からあっさり否定された。


「いや、それは無理だ」


「え? 何でです?」


「ミッドウェー諸島にある空港で一番長いのはサンド島の飛行場だが、あそこは2300m級の小さな滑走路しかない。当然、小さな空港なのでILSもないし、それにあそこはもうまもなくハリケーンの影響下に入るため、今頃天候が悪化しているところだろう。ミッドウェーについたころは、強風でまともに着陸できる状態ではないはずだ。言っても無駄だろう」


「うぇ……マジっすか……」


 ミッドウェーの希望が絶たれた。なんてこった、米軍基地だったから長いだろうと思ってたらとんだ誤解だったらしい。

 それでも、ユイもやはり自分で操縦はしたくないのか、ネットで急いで検索してさらに代案を出してくる。


「じゃあアリューシャン方面は? コールドベイとか3000m級の滑走路がありますし、キングサーモンならILS付きの滑走路も……」


「スマンが、ここからじゃ遠い。それに、現地は今頃ほかのダイバード機の受け入れで精いっぱいだと思うぞ?」


「え……そうなんですか?」


「嘘だと思うなら無線聞いてみるといい。篠山君、無線はつながってるな?」


「あぁ、はい。大丈夫です」


「たぶん今頃わんさか賑わってるはずだ。聞いてみな」


「はぁ……」


 とりあえず、無線に耳を傾ける。ユイに頼んで同時翻訳も頼む。無線を聞くだけなので翻訳時のタイムラグは最初より少しあったが、その分確実な内容が翻訳できるのでこれでいい。

 さっきから無線の声はしていたが、妙にそれも混雑しているように聞こえる。




『―――こちらオーシャニック1125便、ハワイ方面の空中待機に限界が来たのでコールドベイに降りたい。燃料計算の結果飛行可能時間は2時間ほど』


『オーシャニック1125便、こちらサンフランシスコレディオ、了解。コールドベイ方面へのダイバード、貴機は5番目だ。渋滞が予測されるので若干の空中待機を想定せよ』


『了解オーシャニック1125便。コールドベイへ向かう』


『オーシャンカーゴ252便、燃料が残り少ない。コールドベイに向かわせてくれ。ハワイはもう限界だ』


『オーシャンカーゴ252便、コールドベイではなくアンカレッジはどうか?』


『アンカレッジはギリギリ間に合わない。アリューシャン方面におろさせてくれ。コールドベイがダメならキングサーモンでもいい』


『こちらユーロスカイ24便、キングサーモンへの進路指示を』


『ユーロスカイ24便、スタンバイ。オーシャンカーゴ252便、コールドベイに降りるなら最低15分ほどの空中待機が予想される。それがダメならキングサーモンだ』


『15分なら待てる。コールドベイに行かせてくれ』


『了解。オーシャンカーゴ252便はコールドベイへ。……ユーロスカイ24便はそのままの進路で高度2万1000へ降下』


『ユーロスカイ24便了解』


『……あー、先ほど直行許可要請のあったオールコリア289便大型機、キングサーモン直行コースでいくか? そちらの空域が混雑してきた』


『オールコリア289便大型機、できればキングサーモンに直行コースで行きたい。大丈夫か?』


『了解した。そのまま直行を許可。空域混雑のため空中待機が予想される。現地誘導に従え』


『オールコリア289便、了解』


『こちらG-WING3358便大型機、もうすぐコールドベイ管制圏だが、このままの進路で大丈夫か?』


『あぁ、G-WING3358便大型機、このまま直行せよ。高度は―――』




「……ユイ、こりゃダメだ。向こう渋滞してやがる」


「あー……みたいですね。こりゃ私たち入る隙なさそう」


 無線がまだひっきりなしに続いている。どうやら、俺たちが緊急で入る隙はなさそうである。

 昔は洋上管制はレーダーがないためにこういった空域整理はしないのだが、偵察衛星などを使った先進洋上管制も整備されたため、管制官は多忙となっている。お疲れさん。


「しかし、随分と多いですね。聞く限りどれもハワイ行きのダイバード機みたいですが……こうなるのを防ぐためにある程度欠航などしたりして調節するのでは?」


 ユイがごもっともな意見を述べた。

 確かに、ハワイはもうとっくの昔からハリケーンに飲まれるってことはわかってたはずで、欠航便を作って調節していたはずなのに、随分と多い。

 朝井さんもそこまでは確信は持てなかったのか、応える口調もあまり自信がない。


「まぁ、航空会社の運営には詳しくないからわからんが……たぶん、ハリケーンが過ぎ去って空港運用が全面的に再開されるタイミングを狙ったものだろう。当初の予報なら、大体この時間帯から晴れてくるはずだったし、航空会社としてもそこを狙っておろすつもりで便を作ったのだろうが、その予報を裏切ってハリケーンは大幅に速度を落としたうえ勢力も強めている。だから、予想外の空中待機を強いられて待ちきれなくなった、またはそうなって燃料がなくなるのを見越したのが先んじてダイバードした……とか、かな?」


「まぁ……考えられるとしたらそこだろうな」


 麻生総理も同意した。

 航空会社側の運行手腕が裏目に出たというところだろうか。予報を過信しちゃったというところだろう。もう少し遅くきても罰は当たらなかったものを。

 一応反対側の08Lは空いてるのでそっちにおろすことはできなくはないだろうが、あまりに風が強いとそれもままならないだろう。空中待機してる便は、おそらくそれを嫌って待ってる組だ。


「とにかく、聞いての通りだったろう。人間考えるのは誰しも同じだ。アリューシャン方面はすでに混雑し始めてる。向こうは無理だ」


「じゃあ逆転の発想で、ハワイはハワイでもホノルルじゃなくてハワイ島のほうは? あっちは向こうにつくころにはたぶんハリケーンは晴れてそうですが……?」


「たぶん無理だな……あっちにも今頃ダイバードが殺到してるはずだ。ましてやあそこは比較的規模が小さい空港だったはずだ。ヒロ国際空港とコナ国際空港、このうち緊急着陸に適している3000m級を持ってるのはコナ国際空港だけで、しかもたったの1本だけ。そんでそっちは空港自体が小さいからすでに容量いっぱいのはずだ。……ハワイ島方面が無理となると、もう緊急着陸がまともにできそうなのはホノルルだけだ」


「そうですか……」


 万策尽きた、みたいな顔でしゅんとなるユイ。

 近くの空港を手あたり次第探し回っても、結局これか……。


「(……せめて、排水溝だけでも直ってくれればな……)」


 排水溝っていつ直るのだろうか。新海さんに聞いても、自分が島津さんといた時に聞いた時点では「未定」だったらしい。どうやら、この暴風雨の中での作業なので結構向こうでも苦労してるとのことだった。まあ、無理もないだろう。


 だが、あれからまた少し時間は経った……もう一度無線でサンフランシスコレディオを通じて聞いてみるべきか。


「(……まぁ、聞かないよりはマシか)」


 ユイに頼んでもう一度同時翻訳を頼む。いつでもいけるようにさっきからずっと繋いだままだったので、後は俺が無線に声をかけるだけとなった。


「あー、サンフランシスコレディオ、こちら―――」


 だが、ちょうどその時である。


『―――サンフランシスコレディオより情報更新』


「え?」


 向こうから言い出し始めた。しかも俺ら政府専用機側にだけではないらしい。ここいらを飛んでいるすべての航空機に対してだった。


『―――ハワイ・ホノルル国際空港より伝達』




『現地での滑走路排水溝修理完了。横風制限、通常値に引き上げ。これより08R/24Lの運用を再開。以上』




「えッ! おいマジか!?」


 俺は思わず無線にそう叫んだ。さすがにこんなところまで翻訳はしたりはしないから安心だが、日本語音声向こうに届いてたら恥ずかしい。ちょうど今無線スイッチ入れたようなそんな感覚が指先に入った時だったからだ。


 だが、これは俺たちにとっては大きな朗報だ。排水溝修理が終わり、横風制限値も戻したことによって、現在の風速が着陸可能の範囲になった。すぐに排水溝が稼働されれば、即行で着陸できるだろう。


「修理が間に合ったか……よかった、これなら自動着陸が使えそうだな」


 総理もホッと一安心した様子だった。周りも同様。これなら、わざわざド素人にこんな危険な着陸を頼まずに済みそうだった。

 ……当然、一番安心してるのは俺とユイだったりする。


「あぶねぇ、危うく俺が操縦するところだった……」


「でもまぁ、ついでだから無線担当もう少しよろしく頼む。交代でやろう」


「了解です。ま、俺も暇ですしこれくらいはせねば。あ、ユイ。同時翻訳頼むわ」


「りょーかい」


「じゃあ、俺は少し休むとするわ。……あ、彩夜、怪我とかは大丈夫か?」


「あ、うん。大丈夫。ちょっとかすっただけだから―――」


 麻生親子はコックピットを離れていった。仲睦まじい親子である。正直羨ましい。


「(……俺もあそこまで甘える時間がもっとあればねぇ)」


 そんなことを思うが、もう昔の話である。

 新海さんは「一応ここを見ておく担当になってるから」ってことでこの場に残り、朝井さんも「専門の人がいないとマズいだろう」ということでこの場に残った。

 ……というより、朝井さんも「飛行機大好き人間だからもう少しコックピットみせさせろ」とか言ってた。曰く、「最初は旅客機パイロットになりたかった」らしいが、成り行きで空軍に行くことになって、そして結果的に現在は政治家、という人生らしい。

 ……そりゃ、飛行機関連にも詳しいわな。さっきから聞いてて異常なその知識量に若干の疑念を感じていたが、これで解決した。


 とにもかくにも、何とか着陸までは乗り切れそうだということで、そのまま座席に座って無線交信に努めることにした……



 太平洋の空は、もうそろそろ明かりが見えてくる時間帯である……










 ―ホノルル国際空港 管制塔―



「Oahu Air 254,Runway 8R cleared to land,wind 1-9-0 at 24.(オアフエア254便、滑走路08Rへの着陸を許可。風は1-9-0(ほぼ真南)から24ノット)」


『Runway 8R cleared to land,wind 1-9-0 at 24,Oahu Air 254.(滑走路08Rへの着陸許可、風は1-9-0から24ノット、確認。オアフエア254便)』


 雲に未だ隠れるホノルル国際空港に、また1機のB767-300ER機が着陸進入してくる。閉鎖が解除されたばかりの08Rには、今まで空中待機していた旅客機がこぞって我先にと降り立ってきていた。

 今まで使っていた08Lの一部をそちらにも回すことになり、ホノルル管制塔はにわかに慌ただしい様相を見せている。


「ふぅ……何とか予定より閉鎖が解除されてよかったですね。さすがに離着陸全部を08Lだけではきつかったですし何よりです。上の奴等もだいぶ待ちくたびれたでしょう」


「まあな。中には燃料なくなりかけてコックピットがサーカス状態の奴等もいただろうがな」


 そう会話する二人の管制官は笑った。閉鎖に伴う混雑にあたる負担よりも、二人にとっては封鎖解除によって無事おろせる安心感が先行しているようである。


「後の懸念は、例の日本のエアフォースワンですが……」


「まぁ、向こうも事態は落ち着いて、あとは自動着陸だけらしいから何とかなるだろう。それより、ホワイトハウスには?」


「先ほど空港長を通じて伝わったそうです。大統領にもすでに伝わってる頃と思います。できれば、まだマスコミには内密にとのことでしたが……」


「ま、即行でバレるだろうな。もうそろそろここにマスコミ連中大挙してくるころだろうぜ」


「でしょうね」


 事実、空港の外では早くも噂を聞きつけたマスコミの車が駐車場に入ってきていた。手にはカメラ、マイク、その他諸々のおなじみの装備。

 国籍も様々であり、中にはハワイに支部を置いている日本のマスコミもあった。

 管制官の苦労もよそに、彼らも彼らなりに報道に奔走することになるのだろう。


「とにかく、今はおろせる分をおろそう。さて、これからまた忙しく―――」


 だが、その時である。


「……ッ! ま、マズイ! オアフエアが!」


「ッ?」


 一人の管制官の声につられ、全員がその視線を一点に集める。

 その先には、今まさに着陸しようとしていたオアフエア機が左右のバランスを崩していた。まるで何かにあおられるようで、時は着陸寸前、翼が今まさに海面、そして地面を経て滑走路につきそうなほどで、必死に耐えているのが見える。


「オアフエア! すぐに上昇しろ! 着陸復行ゴーアラウンド!」


 だが、バランス制御がうまく聞かない中それも中々できない。

 左右に大きく揺れながら滑走路が近づき……


「マズイ! このままでは落ちるぞ!」


「早く上昇しろ!」


 管制官の必死の叫びに精いっぱい応えるように機首が持ち上がる。

 滑走路上に濡れた水が舞い上がり、エンジン出力が上がっているのが確認できるが……


「ダメだ、このままじゃ……」


 それでも、機体の落下はうまく制御できず……






「オアフエア254! 早く上昇を!! オアフエア254!!」







 その機体は…………

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