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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第2章 ~不穏~
53/181

束の間の安堵 2

 ―――その後、未だに騒がしくなっている状況を目にしながら、会議室前に来る。


 会議室はほとんどすぐ隣のようなものである。時間はさほどかからなかった。

 ちょうど、会議室から空軍制服に身を包んだ二人の男性が出てきた。例の彩夜さんについていた医師らしく、話を聞く限りでは、怪我等も初期の銃撃戦に巻き込まれた時のかすり傷程度のみでほとんどなく、精神的ストレスも思ったより軽微で済んだらしい。今は気持ちを落ち着かせるために少し会議室内で安静にさせてるとのことだ。大事に至らず何よりである。

 二人はそのまま他の人の治療に行き、俺たちだけが残された。


「案外軽くてよかったな」


「ですね。あれだけのことだったのに……よほど鍛えられてたんでしょうかね」


「何でだよ」


「日頃の政治ストレス」


「比べる対象間違ってる気がするわ……」


 政治ストレスねぇ……そりゃ、ファーストレディーでもしてれば幾らかはたまるだろうかね。仕事大変だろうし。現役大学生なのに。


「(……でもなぁ……)」


 ふと、頭によぎる言葉。

 先ほど、朝井さんが言っていたことだ。未だに頭から離れない。


「(あれほんとなのか……? そんな、アニメとかであるような大金持ちのお嬢様でもあるまいし……)」


 とはいえ、身分を考えれば納得できなくはなかった。

 ファーストレディーなる身分にもなればそんな境遇にもなろう。想像はできなくはない。

 だが、なぜ彩夜さんは今まではなさなかったんだろうか……。


「(……まだちょっとよくわからんな)」


 そんなことを頭によぎらせながら、俺はドアをノックし、彩夜さんを気遣って少し遠慮気味に部屋に入る。


「しつれーしまーす……います?」


 ドアから顔を出して覗いて見ると、


「あ、篠山さん! それにユイさんも」


 彩夜さんはいた。横にベットのように倒されたイスに腰掛け、思ったよりリラックスした様子であった。

 医師の言っていた通り、案外精神的な負担はかかっていなかったようである。予想以上に元気そうにしていた。

 Yシャツの右腕のほうは腕がまくられており、一部分だけ包帯が捲られている。ここが例のかすり傷を負った部分だろうか。先ほど秘書官室で見た時は服に隠れていたために気づけなかったらしい。


 だが、見た限りではそれ以外ではそれといった異常は見られない。ほとんどいつも通りの彩夜さんの様子に思わずホッとする。


「よかった、何ともないみたいですね」


「はい、おかげさまで」


「それはそれは……あ、ちょっと失礼しますよ」


「あ、どうぞどうぞ」


 そのような応対をしつつ中に入った。ユイは彩夜さんの右隣に座り、俺は向かいのイスに腰掛けた。

 思っていた以上にリラックスしたムードになった室内で、彩夜さんがさっそく、


「ついでですし、コーヒーいります?」


「あー……お願いできます?」


「ご希望でしたらすぐに」


「あぁ、じゃあすいません。お言葉に甘えて」


 ちょうど先ほどまでの戦闘やらなんやらでのども乾きまくっていたところだ。彩夜さんは近くにあったエスプレッソマシンをテーブルごと引き寄せた。テーブルの脚のロックを外したあたり床に固定されていたらしく、マシン自体もテーブルにしっかり固定されてるのか、さっきまでの揺れにもしっかり耐えて損傷はない。大したもんである。

 目の前のテーブルにくっつけるとカップに二人分注いだ。もちろん俺と彩夜さんの分。ユイは飲まない。


 注いでもだった分を受け取り、互いに一口ほど入れた。少々苦めの味わいになっている。

 飲み終えて少し甘くするために砂糖を若干入れて中身をかきまぜつつ、俺はさりげなく切り出した。


「―――で、怪我のほうは? その包帯だけ?」


「はい。ちょっと銃弾掠りましたけど、それだけですみましたので。ほんとにかすり傷程度で」


「よかった……その銃弾って、最初の時の?」


「はい、ハイジャックが発生した時ですね。なだれ込んできて警備の方が射殺されるときに流れ弾が……」


「そうですか……」


 彩夜さんの顔が少なからず曇った。当然である。目の前で人が殺されるのを見て、そしてまた思い出して気分がいいわけがない。

 彩夜さんの精神面もあるのでそれ以上は言わせなかった。というか、俺も俺でもう少し事が落ち着いてから聞けばよかったものを今ここで聞く必要もなかったなと、自身の浅はかな行動を反省した。


 ……浅はかといえば、


「はぁ……ほんと、彩夜さんには申し訳ないことしてしまった。ほんとに申し訳ない」


 俺が頭を下げると、彩夜さんは慌てた。声だけですぐにわかる。


「えッ? な、なんで謝るんです? むしろ私は助けられて……」


「その原因作ったの俺なんですよ……室内突入時、そのまま部屋の奥まで完全に制圧してあの男含めて武装連中全員仕留めてればあんなことにならずに済んだのに、乗員いることに安心していったん止まってしまったので……」


「え、いや、それは……」


「しかもそのあと、いくら助けるためとはいえ無理くりモールス使って飛び込めなんていうあの状況じゃ無茶苦茶なことさせるわ、それまで伝達やらなんやらに手間取って救出送れるわ……、あんな裏方事情聴く前にさっさと助け出してそのあと聞けばよかったんですよ……はぁあ……やっちったなぁ俺……」


 我ながら情けない。こういう時の対処法はいつでもしっかり身に着けていたはずなのに、いざ本番になったらその場の空気やら状況やらに流されて優先順位を間違えるという大失態。

 あんな、台湾機がどーのとかあの方がどーのとか、そんなことを聞くよりまず彩夜さん助け出さないといけなかったんだよ……まずそっちを優先しろって話なのに、あんな無駄に時間かけたからストレス貯める結果に……。


 そんなことを考えると思わず頭を抱えた。考えれば考えるほど反省点目白押しである。俺もまだまだ青二才な若造である。新澤さんあたりならたぶん対応違ったかもしれない。


 しかし、彩夜さんは俺のこの沈黙、というより沈痛さにさらに慌てた。


「そ、そんな、頭上げてください! 私は感謝してます、あんな状況から、あの策で助け出してくれたお二人は命の恩人なんです。モールスを使うなんて発想は思いつきませんでしたし……」


「アレしか思いつかなかったのでね……その結果、余計時間とらせてストレス与えることになりましたけど」


「そんなことないです! むしろ、あれのおかげで少し不安はあれど希望が持ててホッとしてた自分もいまして……頭を下げるのはむしろ私のほうです」


「それはわかるんですけどね……今考えるともっと他にやりようあっただろって思えてきまして……」


「そ、それいった私だってもっと周りに注意して、少しでも抵抗する意思みせれば時間を稼げたはずですし……」


「あの状況でそれやったら死にまっせ彩夜さん……相手はハンドガン持ちですよ?」


「もってる銃をつかみかかるぐらいのことはできます」


「あんまり危険な賭けはしないでくださいよ……」


 女性の身でそれは本音無茶というものだが……どうやら、彩夜さんはどうしても俺の責任にはしたくないようであった。まぁ、そこまで思ってくれるあたりほんとにやさしいお方である。これではますます頭が上がらない。


「と、とにかく……むしろ、こちらからも感謝させて下さい。ほんとに、助けていただきありがとうございますッ」


 そういって彩夜さんは頭を深々と下げた。俺以上に。


「いや、頭上げてください下げるのは俺のほうで……」


「いやいや、ここはむしろ私が下げないと私が納得できなくて……」


「いやいやいやいやそれいったら俺だってあんな大失態して頭下げないと顔がたたな―――」


 そんないろんな意味の入った礼の鼬ごっこが続いていく中、


「……あのー」


「「?」」


 今まで空気だったユイが呆れ半分微笑み半分で言った。


「……ぶっちゃけどっちもどっちで感謝したりされたりする要素あるので、ここはお互い様ってことで一つなんじゃないかな~……と、ロボットである私は客観的思考に基づきそう提案しまぁ~す」


 右膝に肘を置き、頬杖をつきながらニヤけ気味の顔に変わる。口調はこうでも、内心面白半分で見ていたらしい。

 ……というかちょっと待とうか。


「……その口調、どっかの電撃姫の妹さんか?」


「ええ。ま、私は妹でないですし、そもそも姉妹のいない一人っ娘ですけどね。でも、人工物って点では私と同じでしょ?」


「まぁ……そうだけどさ」


「あ、私もそのSF知ってますよ。魔術と科学の奴ですよね?」


「そうそう。知ってます?」


「ええ。まぁ、ユイさんはあちらの方より感情表現高いっていう点では違いがありますけどね」


「そうそう、むしろ一回りほどしてウザったいぐらいに豊かすぎましてねぇ、ハハハッ」


「HAHAHA。まーた顔面へこまされたいですか?」


「だぁかぁら、物理的に解決しようと済んのやめーやって」


 まーたコイツは笑顔で怖いことを言う。ロボットが言うと洒落にならんというのをコイツはいつになったら理解してくれるのだろうか。

 ……つーか、笑い方がアメリカンなのにさりげなく違和感。ボケのつもりか。それもボケのつもりなのだろうか。

 そして、それを相変わらず微笑ましくお隣のファーストレディー……どうやら、俺の周りには助け舟を出すお助けキャラ的存在枠はいないようである。ストレスがマッハとはこのことか。


 すると、またユイは少し口調を戻していった。


「というか、部屋に突入した時点であの男の人は瞬時に動いてましたので、距離的に見ればどうやっても私たちは間に合いませんよ。彩夜さんのもとに届く寸前で男は彩夜さんを人質にとって制止させてます」


「え、マジで?」


「ええ、マジで。しかも、別に彩夜さんでなくてもあそこにはほかの乗員の方がいましたし、彩夜さんが備えて離れていてもたぶんほかの人が人質になって結局変わりませんよ。たぶん、あの男の人も状況を呼んでたんでしょう。だから、私たちが入ったと同時にすぐに人質を取った。それがたまたま運悪く彩夜さんなだけだったって話です。それに、あの距離だとそうなる前にハンドガンの照準をつけて撃つまでの時間もなかったでしょうね。どっち道詰んでます」


「はぁ……」


「それに、あの男の人は見た目中肉中背気味でしたけど、最後祥樹さんが撃った銃弾が命中した時、右腕の反動が予測より小さく済んでます。それのおかげで次の行動に入るまでのロスが少なくなって私がとどめ入れる羽目になりましたが、あれは単純に右腕の耐久が高い証拠です。右腕の力がなければあそこまで命中時の反動を押さえれませんし、その場合、彩夜さんほどの女性が右腕につかみかかろうとしても即行で振り払われて、最悪頭あたりに銃弾喰らってお陀仏ですよ? あの時はむしろ素直に無抵抗でいて正解だったんです」


「うッ……」


「というわけで、はっきり言うとどっちにも落ち度はありません。あの時点で最善の行動の結果です」


 ユイの的確な指摘に思わずだんまりする人間勢。彩夜さんと目を合わせるも、その目はただただ圧倒されたといった感じであった。


「……え、なに、お前の目にはそう見えたの?」


「ロボットの目と頭に狂いはありません」


「お、おう……そうか……」


 最後に「フンス」といった感じで自信ありげに口調を強めていた。

 あの状況で、一瞬にしてあそこまで読み取っていたあたりさすがはロボットといったところである。


「……というより、それいったら私も同罪ですから。私も止まって一瞬隙見せましたから」


「まぁ、確かにそうだけど……」


「そんなわけでこれは全員お互い様です。ハイ、この話題終了」


 そういって手をたたいて強制終了。半ば強制的に流される形で俺たちも自動的に話題として終わらせた。


「まったく、人間の皆さんって細かいところで一々謙虚になったりしすぎなんですよ。反省は必要ですけど今は終わったことを一々掘り返さんでもですね……」


「ハハ、ロボットらしい意見ですな」


「現実見てるだけです」


「ハハハ……」


 現実ね。そこまで割り切れるロボットもある意味羨ましい。


「でも、本当にありがとうございます。ユイさんにも助けられました」


「いえいえ、あんなのしかできませんでしたけど……」


「そんなことないです! 私あれのおかげでユイさんに憧れちゃいました! 王子様みたいで!」


「……へ? 王子様?」


「……え?」


 ……ちょっと待って。王子様ってコイツロボットだけど一応女……


「王子様ですよ! ほら、言ったじゃないですか、私これでも白馬に乗った王子様みたいなカッコいい人に出会いたいって! あの時抱きかかえた時のユイさんがまさに王子様みたいで!」


 この様子、マジで興奮してやがる。


「……いや、あの、私人じゃなくてロボット……」


「細かいことはいいんです! あの時のユイさんはまんま助けに来た王子様そのものなんですよ! 私の憧れの存在が、まさかこんな身近にいたなんて……!」


「え、いや、あの、私そんな大層な身分じゃ……」


「大層な身分です!」


「……あ、はい……」


 目をキラキラに輝かせてそういってくる彩夜さんの気迫に押され、さしものユイも押し黙ってしまった。

 まぁ、いろんな意味でボーイッシュな体格と容姿をしてるユイが王子様ってのも……あながち悪くないかもしれない。

 ちなみに、正真正銘の男であり人間である「俺は?」と聞いたら、「王子様は一人とは限らない」と遠まわしに言われた。まぁ、要はそういうことなのだろう……英雄の次は王子様である……ヒエェ~。


 ―――そういった感じで少しの間会話に花が咲いた。

 照明を再び戻したことにより、また若干薄暗くなった室内でも、ムードは明るい。雑談ばかりだが少しの時間を過ごした。


 ……その過程で、少し困った情報も入る。


「―――そういえば、医師の方が言ってたんですけど、やはりパイロットの方、すでになくられてたそうです」


「え、マジですか?」


「ええ。篠山さんたちが飛行機を立ち直らせた後、乗員の方が見つけてしまったようで……」


「ですが、確か長距離飛行の旅客機にはパイロットは交代要員も含まれていたはずです。コックピットにいた2人がやられたとしてもその交代要員は?」


 ユイがネットに情報検索かけたらしく、すぐに聞いた。

 政府専用機に限らず、どの旅客機も長距離を飛ぶことになると必ず交代要員がいる。大抵は海外便に多いが、国土が広い国だと国内便でも時たまあったりする。

 羽田-ハワイ間だと7~8時間かかるうえ、一応政府専用機という身なりもあるので交代要員は常に入れているはずだった。


 だが、彩夜さんは暗い顔で首を振った。


「そちらも、射殺された死体が見つかったそうです……どちらも、胸部を数発だと」


「胸部……心臓部を撃ちぬかれて即死か……」


「おそらくは」


「じゃあ、代わりは?」


「今探してるそうです。でも、聞いた話だと今回乗ってる空軍の方って整備士あがりだったり事務上がりだったりする人ばかり出そうで、操縦経験のある人ってほかにいたっけかと……」


「それも、医師の方の情報で?」


「ええ。その医師の方も、医師免許を持ってるだけで元々は後方支援系の人だったってことで、操縦は無理だと」


「そうですか……」


 参った事態になった。敵も、おそらく最後の最後まで俺たちの邪魔をするつもりらしい。

 こうなることを見越してか否かは定かではないが、奪還後もまともに操縦できないように策を打っていたらしい。

 だが、誰かほかに操縦できる人がいることを願う。……空中輸送員にパイロット上がりの人がどれくらいいるかはわからないが……。


 そういった点でも、俺たちと情報交換もした。ハンドガンに関しても、やはり敵は空中輸送員から奪っているのをこの目で目撃していたようで、まぁ、案の定といったところだった。

 今頃、その点に関しても調査が進んでるだろう。本音、俺たちもそれに参加したいが、向こうが「俺たちに任せてそっちは休んで」といった空気を作ってしまったので休まないわけにはいかない。


 今の俺たちは“英雄扱い”なのである。あそこまで働いて、またこんなところで働いたらむしろ強制的に休まされるのがオチである。ここは素直に休ませてもらうことにする。


 ……そんな時間を過ごしていく。

 どれくらい経ったかはわからないが、時計は見当たらない。彩夜さん曰く、立てかけてあったけど機体が大きく揺れた時に落ちて壊れたということらしい。


 持っていたiPhoneで確認する。すでに日本時間で12時15分。ハワイでは午前の5時15分で、早朝になり始めているころだった。ただし、日の出はまだである。


「……そういえば、俺たち全然寝てないですね」


「確かに。仮眠はとりましたけど、さっきのやつのせいで寝るに寝れませんでしたからね……」


「ですよね……その点お前はいいよな。寝なくてもバリバリ元気だから」


「ドヤァ~」


「……この殴り飛ばしたい笑顔」


 相変わらずのムカつく笑顔である。物理的解決はするな的なことを言った俺もこればっかりは殴りたくなる衝動に駆られる。


「こりゃ、ハワイに着いた後も寝不足だなぁ……そのあと仕事とかあるってのに。向こうに頼んで休息とらせるか?」


「とってくれますかね? 主要国の首脳が集まってるんですよ?」


「どっち道こんな事態になったら会議は一時延期せざるを得ないよ。最悪そのまま中止もあり得る。……ていうか、こんな大事になるとたぶんそうなると思うんだが」


「そうですか……ハァ、せっかくハワイ来たのになんもしないで帰るのかぁ」


「お前は何しにハワイに行くつもりだったんだ?」


「旅行」


「……アカン、コイツ目的すっかり忘れてやがる」


 あとでデータ復旧ってできるだろうか。重要部分のデータリカバーはする必要がありそうだ。……まぁ、ボケだろうが。


「……?」


 すると、お隣さんの異変に気付く。

 仕事が、というワードが出たあたりから、彩夜さんの表情が暗い。目線を合わせようとしても、向こうは慌てて逸らす。


「(……そろそろ頃合いだろうか)」


 ちょうどいい。仕事がどーのって話題にもなったところだ。

 ……少々酷な話題になるかもしれんが、確かめたいってところもある。俺は切り出した。


「いやぁ、でもびっくりしたよな?」


「ッ!」


「え? 何がです?」


 一瞬彩夜さんの肩が跳ね上がった。やはり、その表情の原因はこれか。


「いや、彩夜さんファーストレディーだって話。俺そこ全然知らなくてさ、お前知ってた?」


 そんなことを言いながら、ユイに目線で伝える。「そろそろいいだろ?」と。

 ユイも大方察した。「ノープロブレム」といった感じで軽く頷きながら目線で答えた。


「あー、それですね。ほんとびっくりしましたよね。ネットで検索かけたら「麻生彩夜 ファーストレディー」って予測変換が来て度肝ぬきましたよ」


「肝ないだろお前」


「マジレスはここでは必要ありませんよ」


 そういって互いに「HAHAHAHA」と笑いあって調子をとりつつ隣の様子を見る。まだ顔は優れない。気分が悪いようにすら見えてくる。


「(この様子だと、やっぱり朝井さんの言ってたことって……)」


 ……あまり長引かせたくない。ユイと目線を交し合い、互いに覚悟を決めて俺が先陣をとった。


「……? あの、先ほどからどうしました?」


「えッ?」


 こっちの会話が耳に入ってなかったらしい。いきなり声をかけられ肩をビクッと揺らしていた。


「いや、先ほどから随分と暗い様子だったので……何かしました?」


「い、いえ、別に……大丈夫です、ほんとに……」


 明らかに大丈夫じゃない。その言葉はせめて目線をそらさずに行ってほしかった。

 ……もういいだろう。ごめん彩夜さん、ちょっと心えぐるかもしれない。少しだけ耐えてくれ。


「……もしかして、ファーストレディーがどーのってとこですか?」


「ッ!」


 一瞬にして顔が強張った。こんなに青ざめてるの見たことない。さっき男に人質に取られたときでもここまではしてなかった。


「そういえば、今までファーストレディーに関して公言してませんでしたけど……」


「……え、えっと……」


「何か、あったんですか?」


 とはいっても、実は俺とユイはその中身を少しだけ知っている。あくまで、少しだけだが。

 そして、それが理由で俺たちにその事実を話したがらなかったということも。


 少し躊躇するように彩夜さんは言う。


「……その前に、一ついいですか?」


「?」


「……誰から聞きました? 私が、ファーストレディーであることをしゃべらなかった理由」


「ッ!」


「その口調、おそらく大雑把には把握してると見ました。……そうですよね?」


「……」


 俺とユイは一瞬表情をこわばらせた。驚きを隠すことはできなかった。

 まさか、見破られていた? 今までの発言内容でそれを匂わす内容はなかったはずだった。

 だが、彩夜さんはある種の核心を得ているようであった。その目は一直線に俺を見ている。


 ……どうやら、隠し事はこれ以上聞きそうにない。


「……とある付き添いの方から聞きましてね」


 あえて名前は伏せる。簡潔に、俺は朝井さんが言っていたことを話した。







「彼女は……ファーストレディーであるのを周りにはあまり知られたくないんだ」


「話したくはない? どういうことです?」


 俺は妙に思った。一々話す必要はないが、かといって極端に拒む必要もなかったはずだった。


「確かに、彼女は政治家の娘でもあるし、今ではファーストレディーだ……だが、それは少し家庭的事情が絡んでいたりするわけだ」


「家庭的事情?」


「ああ。まぁ、別に家庭内暴力とかそういうのにあってたわけではないのだが……それのおかげで、彼女はあの年で多くの負担を抱えることになった」


「負担を?」


「そうだ。彼女のその負担は、友人関係にも影響が出ている」


「えッ?」


 その時、俺は嫌な予感がした。登場するとき、彩夜さんは「友人が少ない」ということをさりげなくほのめかしていた。

 まさか、これに関連しているのか?


「君たちはすでに彼女の友人だ……だから、彼女は本当のことを話したがらなかった。だから、私としてはあまり触れることはオススメできないのだが……」


「ですが……そこまで極端に拒む理由ってなんなんです?」


「私の口からは話すことはできない……聞きたいなら、本人から直接聞くことだ」


「……」


 結局、それ以上内容を話してくれることはなかった。







「―――妙に思ったんですよ。そこまでして隠す必要もなかっただろうって。……そこまでして恐れる理由って、なんなんですか?」


 その言葉を最後に、少しの沈黙の時間に入った。凍り付くような冷たい空気の中、俺たちは次が来るのを待った。

 やがて、ため息をついた彩夜さんが少し諦念を含みながら口を開く。


「……隠してたわけではないのですが……」


「……」


「その……怖くて」


「怖い?」


 その言葉に嘘はないようだった。表情も怯えているように見える。膝に乗せている手も震えていた。


「……私が、政治家の娘であるのはすでに承知の通りと思います」


「ええ、そして、総理の娘であり、今はファーストレディーも兼任していると」


「はい。でも、それが原因で……友達がほとんどいないんです」


「……まさか、いじめとかですか?」


 よくあることだ。親がいいとこの人だと、場合によってはいじめの対象にもなる。フィクションじゃありがちなネタだが、現実で起こりえないとは限らない。

 友達ができないと聞いて、一番に思い浮かぶのはそこだった。


 ……だが、その予測は外れる。


「いえ、そうではないんです。むしろいじめはこれっぽっちも受けたことがありませんでした」


「え?」


「では、なんで友達が?」


 ユイの優しげな声に少し安心したのか、すぐに話してくれた。


「……皆、距離を置くんです」


「距離を置く?」


「はい。私の親が政治家だってこともあって、皆それに畏怖と敬意しか抱かなくて、皆の中で私の存在が勝手に上に置かれているんです。それで、私の知らないうちに皆の中で私は「エリート政治家の娘」として近寄りがたい存在になって、皆自分から近寄らなくて……」


「近寄らないって……休み時間に会話したりとかは?」


「高校の時はまだあったんです。ですが、それも受験シーズンになるうちに減っていって、大学に入るともうめっきり……」


「えぇ……そんな……」


 それ、自分勝手に想像して距離置いてるだけじゃ……まともに会話してすらないのに距離を置くのはそれはそれでいじめではないが扱いとしてどうなんだ? 許される範囲なのかこれ?

 少なからず疑念を抱いていると、ユイが隣から口を挟んだ。


「なるほど。スクールカーストってやつですね」


「スクールカースト?」


 ユイは簡単に説明した。

 簡単に言えば、学校内、さらに言えば学級・学年内での“暗黙的な階級制度”のこと。カーストとは階級の意味を指す。

 同学年であるはずなのに、生徒間で勝手に“上下関係”が出来上がり、それを全員が受け入れているのだという。それを、必然的に上下関係ができる“階級”に例えている。


 上下関係を作る要因は様々で、容姿、恋人の有無、成績、性格、運動能力などなどがあるが、これのほかに、たまにではあるが……


「……親の職業も含まれます」


「親の?」


 ユイ曰く、例えばどっかの大企業の社長だったり、理事長だったり、学校の校長だったりなど、親の職業が裕福なところにあったりすると、その息子・娘にあたる子も必然的に身分が上がることがあるらしい。


 だから、彩夜さんの場合は親である麻生総理は政治家で、しかも今に至っては総理である。このスクールカーストが適用されるとなると、どう考えても必然的に身分はめちゃくちゃ上げられることになるだろう。


 ……人によっては、あまりにあげすぎて「この人はとてもえらい人の娘さんだ。こんな自分みたいなやつがかかわれるようなお方じゃない」と、“自分の立場を考慮して自ら遠慮する”という形で敬遠する場合もある。


「……つまり、彩夜さんはスクールカーストでいう最上級の位にいて、それで皆が近寄らない、と?」


「あくまでスクールカーストがで起用された場合ですけどね。……でも、要はそういうことですよね?」


 ユイの説明に間違いはないようだった。彩夜さんは小さく頷き、話を引き継いだ。


「ユイさんの説明通りです。私は、私の知らないうちにスクールカーストにおいて最上級の立場に立たされていて、それのおかげで皆自分から遠慮して近寄らなくなってしまったんです。……だから、ほとんどいないんです、友達と呼べるような人が」


「でも、いないことはないんですよね?」


「その人たちも、今は自身の勉学や仕事の関係であまり連絡は取ってません……それに、私自身の仕事もありますから」


「……」


 政治の仕事が忙しいために、ただでさえ少ない友人間のかかわりがさらに制限されているのか……。

 いじめがないっていうのも、あまりに立場が上過ぎて「する気にもならない」って意味なんだろう。その結果、そもそもの問題として関わろうとすらしなくなった……。


「(……カーストこえぇ……)」


 いじめがなくてもこんなことになるとか、やはり上下関係を極端に作るとマズイという典型だろうか。俺が学生時代にもあったにはあったが、ここまで極端ではなかった。


 ……だが、


「……でも、それだけではないんです」


「え?」


 彩夜さんは、それが直接的な原因ではないと話す。


「ある程度慣れてましたから、それによって負ったストレスとかは発散できたんです。主に、身近な人と気軽に会話してると、大体は気が楽になるので……」


「その、数少ない友人さんですか?」


「それもあるんですが……一番は、私の母なんです」


「母?」


 母。やっと彩夜さんの口から出てきたワードだ。

 彩夜さんは続けた。


「昔からこのスクールカーストに悩まされてた私は、家に帰るとそのストレスを紛らわせる意味も含めて母との時間を多く過ごしました。父は政治で忙しいため帰る日があまりなく、おまけに一人っ子でしたので、友人以外では母しかいなかったんです。母もその境遇を理解してくれて、できる限り私に時間を割いてくれました」


「……」


 なんだ、聞く限りめちゃくちゃいい母親じゃないか。娘にファーストレディーさせてるから一体何もんだと思ったが、こりゃあらぬ疑いをしたことを謝罪しなければならない。

 ……だが、それとこれとは何の関係が……?


「しばらくはそれで何とか気を紛らわせてたんです。……ですが」


「?」


「……途中から、それができなくなって」


「え?」


 彩夜さんは重苦しく口を開いた。


「……母が」






「……倒れたんです。私が、高校生のころに」






「ッ、た、倒れた?」


「まさか……そのあとは?」


 ユイは「まさか」の後を言おうとしたのを寸前で止めた。

 だが、大体予測できていた。この後ってまさか……


 ……だが、その点では俺たちはすぐに救われる。


「あ、いえ、幸い命に別条はなかったんです」


「ふぅ……」


「……ですが」


「?」


「それ以上は、何も話したりできなくなって……」


「え、でも、命に別条はないって……」


「いえ、それができないんです。……その母の病気が」





「過労による、急性脳梗塞だったんです」





「脳梗塞ッ?」


 脳梗塞。脳卒中による死亡のうち大部分をこれが占めているほどの病気だ。

 だが、過労だけで脳梗塞は起こりえなかったはずだったが、そこも含めて彩夜さんが説明してくれた。


 彩夜さん曰く、母は元々高血圧気味で、健康状態がとても不安定な体質であったこと。

 そして、その過労によるストレスが原因で血圧が一時期急激に上昇し、それが要因となり脳の血管を詰まらせ脳梗塞を誘発させたのだそうだ。しかも、急性だったため発病から症状悪化までの進行速度が速かった。


 それでも、幸い処置が速く済んだこともあり一命はとりとめたが、それでも障害は残った。


 症状の発現が急激で危機的状態にある急性期から、今度は症状の発現は収まり気味だが治療が長期化される慢性期に入ったことにより、しばらくの間入院生活になった。

 しかも、今までのストレスや加齢による負担が積りに積もったのが祟ったらしく症状事態は重く、脳の機能が一部やられて半身不随となり自由に動き回ることができなくなっているようであった。

 今の医療技術なら完全治癒自体はできなくはないが、それは年単位で長期の治療が必要であり、そのため今も母は病院で寝たきりになってその治療を続けている。


 ……そして、その根本的なストレスの原因を作ったとして考えられるのが、


「……わざわざ、自分の政治家の妻としての仕事もあるのにそれを割かせてまで時間を作らせた、私なんです」


「……」


「事実、それによって労働時間が極端に増えてしまって、それがストレス増大の原因になったって医師から説明されました。どう考えても、私が原因なんです。それしか考えられませんでした……私のわがままのせいで……、私が……」


 言葉がそれ以上繋がらない。悔しがってるのか、後悔してるのか。彼女の握りこぶしは先ほどより方国がいられ、型は震えている。表情は見えないが、どんな状態なのかは大体予測がつく。

 ユイが隣から「無理しないで」と肩に優しく手を回してくれたこともあり、彩夜さんは少し落ち着きを取り戻した。

 本音、もうこの後何言いたいか察することができたのでもう止めたほうがいいのではないかと思ったが、それを言う勇気がなかった。ここまで無理に話させておいて、今更止めさせるというのも何とも都合が悪い。


 ……それ以前に彩夜さんはそのような思惑など関係なく続けていった。


「……唯一の心の拠り所ともいえる母が離れてしまって以来、あまり他人がストレスを抱えるようなことを言わなくなったんです。私が政治家の娘あることはもちろん、ファーストレディーとして役目を負い始めた後も、必要以上に他人には話そうとしなかったんです。……たとえ、どんなに仲良くなっても。その人がそれのせいでストレスを抱えてしまうのが怖くて……」


「……」


「母が動けなくなると、今度は私がその代わりをするのは必然でした。私も、母に負担を負わせた分返さなければと思っていましたが、ファーストレディーになった今となってはその仕事量も増えて、余計他者と気軽に話す機会が減ってしまって……あ、でも、父を責めないでください。父も、本音乗り気じゃなかったようで……それもあって、一時首相を適当に理由作ってやめようかともいってたんです。私は止めましたけど……」


「……優しいお父さんですね」


「ええ……自慢の父です。でも、その結果さらにそのカーストは加速して余計交流は減りました。でも……たぶんよかったんだと思います。これで、余計なストレスを与えないで済むなら、別に私は構いません。……お二人に今まではなさなかったのも、それのせいで余計にストレス抱えさせてしまうのが怖かったからで……」


「……」


 俺は途中から聞いてられなかった。いろんな意味で。そう、いろんな意味で。

 ……頭を抱えたかった。この人……


「(……根っからめちゃくちゃ他人に“優しすぎる”……)」


 登場するとき出会ってから何度となくそうではあったが、他者にめちゃくちゃ優しすぎだった。

 その結果、今度はそれのせいで自分がストレスを多大に抱え込んでる……これじゃ意味がない。自分があの母の二の舞になってしまうのは想像に難しくなかった。


「(……まるで昔の俺だなこれじゃ……)」


 昔の自分と照らし合わせてみる。随分と共通点がありまくってるなぁ、こりゃ。だが、ストレスを抱えるってところで済んでるだけまだマシなんだろうか……。

 再び彩夜さんを見る。未だにうつむいたままだが、それでも先ほどよりは落ち着いていた。ユイが隣で背中を優しくさすってあげている。


 ……だが、俺は疑問に思った。


「(……ほんとにそれが理由なのか……?)」


 ストレスを抱えさせたくなかったってのにしては、案外あっさり理由を応えてしまった。普通なら適当に理由をでっち上げてしまってもいいはずである。まさか、これがでっち上げないようなわけがない。でっち上げにしては凝りすぎてる。


 ……我ながらクソな人間だと悪態をつきながら、俺は意を決した。


「……えっと、要は俺たちにファーストレディーだって事実を教えることによって、余計なストレスを抱えさせたくなかったってことでいいんですよね?」


「はい、そうですね……理由としてはそう―――」


「それ、本当の理由ですか?」


「……え?」


 彩夜さんは久し振りに顔を上げてギョッとした表情をしている。

 こればっかりはユイも予想外だったようで、「ちょ、一体何を―――」と小さく制止を促したが、俺は無視した。


「理由としてはそれは“表面上”のものですよね? それも理由でないことはないですが、それとは別に……むしろ、その“内面上”のが本当の理由じゃないんですか」


「……」


「いや、ひ、祥樹さんいきなり何を―――」


「俺の予測ですが……」


 俺は自身で気持ちが変わる前に言い切った。ユイが制止しようとも、彩夜さんが、その表情を固定させていようとも。


「……もしかして、本当に怖かったのって」





「それによって、俺たちにまで“敬遠される”ことなんじゃないですか?」





 表情が一瞬揺らいだ。目線を若干逸らしているあたり、おそらく図星だろう。

 ユイも、彩夜さんの反応を見て「まさか?」といった表情をしている。


「カースト制度自体は元々はインド発祥のものです。それは子供だろうが大人だろうが関係ない。スクールカーストのようなことが、この大人の世界で起こらないとも限らない。……そして、そのカーストであったように、俺たちまで勝手に自分たちの中で持ち上げられて勝手に敬遠されること……、あなたが一番恐れていたのって、そこじゃないですか? それなら、極端にファーストレディーであることを伏せてた理由としても納得がいきます」


「……」


 彩夜さんは再び沈黙した。顔を俯かせ、また小さく震えている。

 ユイが隣から細い攻撃的な目線を送るが、俺はそれも無視した。内心乗り気ではなかったが、それでも心を冷たくして回答待った。


「……その根拠は?」


 そして、絞り出すように言った言葉はそれだけだった。それにも俺は淡々と答える。


「……先ほど言った付き添いの方がそのあと言ったんですよ。「君たちは知らないだろうが、彼女は最初に君たちとあって以来笑顔が増えている」って。「気軽に話せる人ができた」と、秘書官室で寝る前に私にほのめかしてたらしいですね」


「ッ!」


 彩夜さんが一瞬肩を揺らして反応した。


 朝井さんが、最後の最後に付け加えて言っていた言葉だった。その言葉に、彼女の隠されている心境が隠れているような気がした。

 俺たちと最後に分かれたあの後、秘書官室で彩夜さんの世話等々をしていた際に、朝井さんにそう言葉を漏らしていたそうだった。


 これこそが、彼女の本音なのだと、俺は瞬時に悟った。


「友達が中々できなかったあなたは、俺たちみたいに気軽に話せる人を手放したくなかった……ってことですよね?」


 少しの間が空いて、


「……どうしてわかったんですか」


 また絞り出すように言った。ビンゴだったようである。


「……まぁ、なんでしょう、経験則ですかね」


「経験……?」


「いえ、何でも。昔を思い出してただけです」


「……」


 彩夜さんはまた黙った。ずっと俯いたまま、何を考えてるかもあまりわからない。表情も全然見えなかった。

 ユイは隣で若干戸惑っている。「え、これ私どう当たればいいの?」と助け舟を要求するが、俺はそれも今は無視。というか、どっち道もうすぐ出す。


「……ですが、あなたは一つ勘違いしてる」


「……?」


 俺は少し呆れるように「フゥ」と笑い、先ほどまでとは打って変わって明るめの口調をとった。


「あのですね……俺たちがいつそこまで敬遠してました?」


「……え?」


「だってそうでしょ。ファーストレディーだって知らされたのはあの秘書官室の中。本当に俺たちが畏怖と敬意を抱きすぎて敬遠してるなら、今頃こんな馴れ馴れしく会話してませんよ? してるならたぶん入った瞬間土下座とかしてますよ絶対」


「………………、あ」


 俯いたままそんな拍子抜けした言葉を発する。あんた、今更気づいたのか。

 ……もういいだろう。このまま打ち明けちゃる。


「もうこの際言いますが、俺たちはそういう上下関係とか全然気にしてません。証拠を出せってんならこのさっきまでの状況を出しますよ。カースト状態であそこまで自然に仲良く会話できます? 要はそういうことですよ」


 会話中何度か飲んでたコーヒーも、今はすっかり冷めてしまっている。


「……じゃあ、もしかしてあそこまでの会話って……」


「あぁ、普通に雑談したかったってのもありますが、「俺たちは身分とか知ったこっちゃない」ってのを思い知らせる意味もありましたね。まぁ、あれだけで伝わればよかったんですけど、さすがに無茶がすぎますよね。ハハ」


「ッ……」


 まぁ、あれだけで察することができるわけもなかったか。でも、今まで何度となく心中を予測することができた彩夜さんだしもしかしたら、なんてところ期待したのも事実である。


「……まぁ、気持ちもわかるなぁ……俺も昔はそうだった……」


「―――? 何か?」


「あぁ、いえ、ただの独り言です。お気になさらず」


「?」


 あまり聞かれたくないため、すぐに話題を戻す。


「……大丈夫です。俺たちはちゃんと友達ですよ。正真正銘のね」


「……友達?」


「そう、友達。……というか、そんなんで敬遠されるってんなら俺なんてただのしがない陸軍軍人のはずがコイツのせいで国家機密扱う重要人物になっちゃいましたからね。似たようなもんですよ」


「はぁ……なるほど」


「……え、なんですかその私がいろいろと面倒事の原因みたいな」


「え、違うの?」


「あーこんなところにはんどがんがあるぅー」


「え?」


「あーてがかってにうごいちゃうーうわー」


「おう棒読みでこっちにハンドガン向けるのやめえや」


 こえーよ、これはガチで洒落にならねえよ。そのまま間違って引金引いたらどうすんだお前。

 ……セーフティ、アンロックしてないよな?


「あーわたしのてがどんどんとそっちにぃー」


「だから近づけんなって」


「さやさんたすけてぇーわたしのてがひきよせられるぅー」


「おう俺が引き寄せてるみたいじゃねえか。俺は磁石かなんかか」


 コイツ、こんな時になんつーギャグをぶちかましてくれちゃってるのか。あとで教育が必要である。


「……プッフフ」


「ん?」


 彩夜さんが隣で笑ってた。口を押えて、吹き出さないようにとばかりに必死に口を押えてる。おう笑ってる暇あったら助けてやってくれや。


「相変わらず仲いいですね……お二人は……ッフフフ」


「いや、笑ってる暇あったらこの違う意味で暴走してる機械止めてやってくださいよ」


「うたないととまらないわー」


「うっせえよこの野郎」


「ブッフフフ……だ、ダメだ笑う……ッ」


 さっきから笑いが止まってない。こりゃ、完全にツボったらしい。


「はぁ……あのですね彩夜さん、これ案外笑い事じゃ―――」


 と、呆れ半分で彩夜さんのほうを向いた時である。


「……え?」


 顔に光るものが見えた。ものっていうか、液体である。

 笑ってできたものにしては……量が多かった。


「彩夜さん、それ……」


 ユイも気づいた。彩夜さんも元から気づいてたらしく、半ばごまかしもかねてるのかいまだに笑いが止まってない。


「あ……す、すいません……なんか安心したら涙が……ハハ……ッ」


 だが、収まらない。そのまま俯いて笑いの声がなんか小さくなってきていた。


「(……よほど怖かったんだろうなぁ……こりゃ)」


 笑い声に若干すすり声も混じってきていた。……案外、彩夜さんって嘘は苦手なのかもしれない。

 そこまで“友達”でいれなくなるのが怖かったのだろうか……ユイが気を利かせて隣から彩夜さんを優しく抱き包んであげた。頭もやさしくなでる。


 ……そのまま、彩夜さんは泣き始めた。声は小さいが、涙の量はおおそうだった。

 やっと安心できたんだろう。その安堵感に、心は耐えれなかった。

 しばらく、ユイに抱かれて泣いてたほうが彩夜さんのためかもしれない。人間みたいに体温がないユイの体も、いまだぬくもりを感じることができるだろう。

 ユイも視線をこちらに向け、首をかしげて「しょうがないですね」みたいな顔である。俺も微笑で首をかしげて返した。




 機内では重苦しい音が鳴り響くが、この会議室内は明るかった。明かりが、という意味ではない。



 ……そして、少しの間、彩夜さんはユイの胸の内にいることになった……









 ―――そんな時間を過ごした会議室。

 そろそろ精神的にも収まってくれたので、一旦出てほかの皆さんに合流しようとした。


 彩夜さんの目にはもう涙はない。もう俺たちが離れてしまうことはないという確信を得てくれたようだった。

 この際なので、メアドも互いに交換した。こうしておけば、何かあってもすぐにメールなりができるので安心である。母親や友達はつながらないことが多いため、しばらくは俺とすることが多くなりそうだ。

 ……一応、ユイも交換した。TIRSの時に作ったメアドとかをまだ持ってたらしい。


「これで王子様とメールが……」


「え?」


「まだ言ってたんすか……」


 ……そして、彩夜さんの中でユイは完全に王子様に転職したらしい。お疲れさん。俺は召使あたりで頑張るよ。


 すると、ちょうどその時である。


「あぁ、いたいた。おい、二人とも」


「?」


 機前方のほうからそういって走ってきたのは新海さんだった。何やら焦っているような状態である。


「どうしたんですか?」


「説明は後だ。すぐに来てくれ。コックピットだ」


「コックピット?」


 いきなりコックピットに呼び出しである。俺何かマズイことしたっけか?

 ユイや彩夜さんと顔を合わせるが、当然何も知るはずもなく。


「……ん? 彩夜ちゃん目赤くない?」


「えッ、あ、べ、別に! ね、寝不足なだけです!」


「あぁ、なんだ……、あ、とにかく、急いでこっちに」


 新海さんに半ば引っ張られるようにコックピットへと連れていかれた。

 ……なぜか彩夜さんまでついてきているのにはこの際気にしないことにした。


 コックピットにつくと、そこには総理と代理でオートパイロットを操縦していた島津さんがいた。しかし、二人とも沈痛な表情である。


「あぁ、来たか……」


「で、総理。いきなり何があったんです? 何か問題が?」


「うむ……問題も何も大問題だ……」


 大問題。俺たちは一瞬にして表情が険しくなった。ユイや彩夜さんと思わず顔を合わせてしまう。

 島津さんがさらに続けた。


「当機にいるパイロットが、全員死亡が確認されました……いずれも毒殺。強引に飲まされた形跡があったそうです」


「毒殺? 彼らの持っていた?」


「ええ。そのため、代わりのパイロットを探したのですが……」


「ですが?」


「その……いなかったんです」


「…………ハ?」


 俺は耳を疑った。いなかった? これだけの乗員がいて、一人もいなかった?

 ……そんな馬鹿な。


「飛行機操縦経験のある方は?」


「ここにいる空中輸送員はほとんどが整備士や後方支援系部隊上がりの人たちなんです……実際に飛行機を操縦した経験のある人はごくわずかで、しかもその人たちに限ってパイロット引退が年齢的に後になっていたこともあって、この職に入ったころにはベテラン経歴の人で、輸送員らの中でも中心に立たせていましたが……」


「テロリストは指揮系統混乱を誘発させるために、そういった人たちを重点的に始末していた。その結果、操縦経験のある空中輸送員は死亡、ないし少なくとも負傷を追う結果となってな……まともに操縦できる奴がいないわけだ」


「え……誰も?」


「誰も」


 総理が無慈悲にそう告げる。

 操縦経験のある人を重点的に……そこまで入念にやってたってのか?

 まさか、奴等そこも読んで……いや、そこは今はどうでもいい。


「他に代わりは?」


「誰もいない……政治家連中にいるわけもないし、ましてや整備士にまともな操縦をやらせるわけにもいかん……」


 だろうな。政治家に空軍出身者がいるわけもなく、整備士は飛行機の整備が得意なだけで操縦なんて畑違いだ。できるわけがない。


 ……え? じゃあ、つまり……他にまともな適任者がいないってことになって……


「……てことは、まさか……?」


 ……俺たちがここに呼ばれた理由が分かった気がした。だが、信じたくなかった。というか、やりたくなかった。マジでやりたくなかった。


 だが、総理は無慈悲に告げた。


「あぁ……変わりがいないから、篠山君たち二人で」






「これ、代わりに操縦してくれ」






「「………………………ハァァァァアアアアアアアアッ!!!???」」







 俺とユイの叫び声が、コックピット内に響き渡った…………

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