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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第2章 ~不穏~
52/181

束の間の安堵 1

 先ほどの喧騒やらなんやらからやっと静まった機内。

 その先頭にあるコックピットで、俺は目の前に広がる暗夜を見ながら。ため息とともに背もたれに力なくもたれかかった。


「た、助かったぁ……」


 あぶねぇ……あと少し遅れてたら本当に太平洋直行してた。そしてフラップおろしてなかったら同じく太平洋の海の底だった。

 少々強引だが、行先変更は何とか阻止できた。これで無事ハワイに向かうことができるだろう。

 機体はその後も上昇を続けていた。オート・パイロットは無事に機能している。後の操縦はコンピュータに全部丸投げで問題ないだろう。


「はぁ……一気に疲れがぁ……」


 さっきまではそれといって疲労はなかったのに、ちょっと操縦桿引いたりしただけで一気に疲労感がドッと降り注いできた。正直このまま寝たい気分である。


 ……にしてもだ、


「(おかしいな……ここにいたはずのパイロットはどこにいった?)」


 隣にコイツがいるあたり、パイロットはおそらく追い出された可能性が高いが、しかし、どこに追い出されたんだ? 俺が今まで見た限りでは見かけなかった。


 まさかもう……と、嫌な結末を考えながらぐったりした時である。


「祥樹さんッ!」


「ん?」


 コックピットのドアのほうから声が聞こえてきた。ユイである。

 コイツも何とか無事だったらしい。慌ただしく中に入ってくると、すぐに俺の様子を確認してきた。


「大丈夫ですかッ?」


「まぁ、何とかな」


 視線はずらさず、右手でグーサインをして答えた。それだけで、ユイは俺の異常のなさを確認する。


「ふぅ、よかった……何とか、やりましたね」


「あぁ、まったくだ」


 そして、そこで初めて視線をユイに向け、そのままグータッチを交わした。いつになく強く当ててきたように思える。

 その顔も、ホッとしたような、そんな安堵感に包まれた顔であった。俺もつられて、初めて笑みがこぼれた。


 すると、


「おい、大丈夫かッ?」


「―――ッ! 総理」


 総理の声だった。ドカドカと入ってくると、その後ろには新海さんも付き添っていた。


「よかった、無事だったんだな」


「総理こそ、ご無事で何よりです。それに、新海さんも」


「ああ。……しかし、君のおかげで助かった。感謝するぞ」


「とはいえ、政府専用機の操縦まですることになるとは思いませんでしたけどね」


「ハハ、まったくだ。だが、それもすべて君はこなしてくれた……お手柄だ。改めて礼を言わせてもらう」


 そういって軽く頭を下げた。それにつられて、新海さんも慌てて下げたが、すぐにあげるように俺は言った。


「いえ、俺は警護の任務やったまでですので……まぁ、操縦は想定外でしたけど」


「確かにな。まあ、いずれにせよ君には感謝せねばならない。ありがとう」


「……どうも」


 少々照れくさいものであるが、それだけのことをしてしまったんだろうな、ということだけは若干ながら実感できた。

 俺とユイの二人で、総理ら3人の警護から奪還、そして俺に至っては機体の操縦である。

 こんな、フィクションか何かでありそうなことを実際にやってしまうことになるとは思わなかった。事実は小説より奇なりというやつである。


「総理、キャビンのほうは?」


「あぁ、一応みんな無事だ。今は山内君らが中心となってキャビンをまとめて、生き残った警備によるハイジャックを企てたテロリストの確保の指揮にあたっている。だが、少なからず犠牲者もあった……秘書官室のほうでも銃撃を受けたものが何人かいるし、まだ見てないが、おそらく、後方のエコノミーは……」


「では、本来ここにるはずのパイロットは? コックピットにはいないみたいですが、キャビンとかには?」


「それもさっきから見当たらない……だが、おそらくは……」


「やっぱり……」


 案の定、犠牲なしなんてご都合主義は働かなかったか。無事なら今頃ここで操縦してるはずだ。おそらく、テロリスト側のほうで“処分”した可能性が高い。

 また、無線越しでは、エコノミーのほうは激戦区だったはずだ。おそらく、今頃死体の山で覆われているだろう。

 何とも言えない沈痛な空気になる中、新海さんが思い出したように言った。


「そ、そうだ。とりあえず、管制のほうに連絡したほうがいいのでは?」


「あ、そうだ。忘れてた」


 今頃こちらのおかしな動きに疑問を浮かべているはずだ。ハイジャック発生時、ここにいたはずのパイロットが管制官に状況を伝えたかどうかはわからないが、念のためだ。

 事態は一応の収束を向かえたことを報告せねばならない。


「えっと、無線機は……」


「それです。そこにかかってます」


「あ、これか」


 ユイが指さして教えてくれた。近くの座席の下に落ちて引っかかっていたヘッドホン型の無線機を頭にかける。


「無線通信のボタンってある?」


「えっと……あぁ、それです。そこのボタン押せばつながります」


「オッケー、これだな」


 ネットで情報をあさってきたユイが指さすところを見ると、目の前にあるパネル群の左上のほうに無線通信に使うらしいボタンがある。これを押すようだな。

 さらに、管制官との意思疎通を的確、かつ迅速に行いたいため、ユイに頼んで同時翻訳をしてもらうことにした。

 幸い、このコックピットには通常のB777にはないUSB端末が増設されているため、無線越しに聞こえてきた英語音声を日本語に翻訳し、俺のほうの無線に流してもらうことにしたのだ。

 ユイが同時翻訳の準備をしている間に、俺は無線に呼びかけた。


「This is Japanese Air Force 001,How do you read? I repeat,This is Japanese Air force 001,How do you read?(こちらジャパニーズエアフォース001、誰か応答願う。繰り返す、こちらジャパニーズエアフォース001、応答願う)」


 誰でもよかった。とりあえず、だれか反応してくれることを願った。

 すると、無線はすぐに応答してくれた。若干ノイズ交じりの、男性の声が聞こえてきた。


『Japanese Air Force 001 heavy,This is San Francisco radio,Go Ahead.(ジャパニーズエアフォース001、こちらサンフランシスコレディオ(オークランドFIR(洋上管制))、どうぞ)』


「よし、繋がった」


 何とか応答があった。サンフランシスコレディオ、おそらく今現在この空域の管制を担当しているところだろう。

 すると、ユイもちょうどUSBコードを通じて同時翻訳の準備が完了した。


「同時翻訳準備できました。同時通訳で音声流します。これからは日本語で話していただいて問題ないですので」


「よし。翻訳するのはこっちとの無線交信分だけでいい。翻訳時のタイムラグもできる限り抑えてな」


「了解です。任せて下さい。うまく“だまくらかします”」


「オーケー。サンキュー」


 こういう時、こんな万能なロボットがいてくれてほんとにありがたいものである。

 向こうには俺の声の英語音声が流れるはずだ。まずバレることはない。翻訳時に若干のタイムラグが発生するが、そこも最小限でとどめてくれれば無線通信自体のタイムラグってことでだまくらかせるだろう。

 というわけで、俺は遠慮なく日本語で言った。


「先ほど緊急事態が発生しました。そちらで把握しておりますか?」


 帰ってくる無線ももちろん日本語だ。


『はい、こちらのほうでエマージェンシー宣言を受諾、スコーク75を受信しました。しかし、それ以降の情報がありません。詳しい状況を教えてください』


「ん? な、なに、スコーク75って……?」


 何それ、暗号か何かか?

 一瞬意味が分からなかったが、その疑問はすぐにユイが解いてくれた。


「ネットから情報あさってきました。どうやら、それは航空機が非常事態に陥った場合に発する緊急用の識別信号の一種のようです。75の場合はハイジャック信号。おそらく、パイロットの方がハイジャック発生時にすぐに発したものであると思われます」


「なるほど……」


 となれば、向こうは一応ハイジャックのことは理解しているのだろう。

 だが、無線を聞く限りこのサンフランシスコレディオの管制官はそれ以降の情報を受け取っていないらしい。

 となると、教える前にコックピットを乗っ取られた可能性が高い……とはいえ、たぶん向こうもそこら辺は察しているはずなのだが。


 まあ、細かいことは今はいい。とにかく状況説明だ。


「先ほど、テロリストによるハイジャックが発生しました。今現在は沈静化しましたが、犠牲者が発生しており、現在も予断を許さない状況です」


『ッ! やはり、ハイジャックでしたか?』


 にわかに無線の奥が慌ただしくなったが、管制官は続けた。


『えっと、現在は沈静化しているのですね?』


「はい。こちらのほうでハイジャック犯は確保しました。機体も損傷はなし。現状、問題ありません」


『そうですか、了解しました。とりあえず、周波数はこのままでお願いします。また何か情報があれば教えてください』


「了解。感謝します」


 無線はここでいったん途切れた。そのまま他の旅客機への指示を行う英語無線がいくつか響いている。たぶんこちらの動きに合わせて周りの飛行機をどけているのだろう。


「管制には伝えました。誘導に関しては後は向こうに任せましょう」


「だが、操縦は?」


「大丈夫です。あとはオート・パイロットが自動的に操縦してくれるはずですので放置で問題ありません。ただ、万が一進路変更が指示された場合はオートパイロットにそれを入力する必要がありますので、そこは誰かにやってもらわないと」


「そうか……まぁ、わかった。そこに関してはすぐにこちらで用意しよう。新海君、だれでもいいからちょっと連れてきてくれ」


「わかりました」


「すいません、お願いします」


 そういいつつまずは席を離れた。妙に肩が重く感じたのはおそらく気のせいではないだろう。あんなGを受けながら無駄に重くなった操縦桿を引っ張ったんだ。

 ……肩をもんだり回したりしながら、今更ながらユイに鍛えられてほんとよかったと思った。ただ普通に訓練してただけじゃあれには対応できなかったと確信している。


「……で、だ」


「?」


 総理は話を変えるように視線を移していった。その先は、隣にある副操縦士席である。


「……コイツか? さっきまで操縦桿握ってやがったのは?」


「まぁ……みたいですね」


 席でぐったりしている男。随分と小太り気味だが、力がなくダランとしている。生気も感じられない。

 俺が入ってきたからというものずっとこの状態……。大体予測はつくが、俺は手を首筋に当てて脈を測った。


「……やっぱり、コイツ死んでやがる」


 脈はなかった。すでに死んでいたのだ。

 肌も冷たくなってきている。こりゃ、たぶん俺がコックピットの入ったあの時あたりからすでに息していなかっただろう。

 もしコイツらが今までのハイジャック組織と同じなら、やはり例によって例の如く、コイツらも最後は自殺で終わろうとしたのだろうか。それとも、また別の意図があったのか? そこはまだわからない。

 しかし、周りに血が飛び散っていたりしないあたり、毒殺で死んだのだろうということは予測できた。どんな毒を使ったかはまた後々調べるほかないだろう。


 ……だが、俺は疑問に思った。


「(ていうか、なんでコイツ顔笑ってやがんだ……?)」


 顔を見ると、その表情はどことなく笑ってるように見えた。最後の死に際に笑っていくってか?

 だが、そんなことするような奴等かね……笑って死ぬとか妙なやつだなほんと。


 そう考えていると、総理は隣からそれを見やる。


「傷はないから服毒死か……死因は?」


「さぁ、そこはまだわかりません。服毒死なのは間違いないでしょうが、何の薬使ったのか……」


「ふむ……まぁ、そこは後々調べるか。ちょうどうちには医師も乗り合わせてるからそいつに見てもらおう。……とりあえず、ここはもう後はいいんだな?」


「はい。後はオートパイロットが機能してくれます。監視役は……」


 すると、ナイスタイミングで新海さんの声が聞こえてきた。


「すいません、お待たせしました」


 彼は後ろにもう一人の若い男性を連れていた。右肩をけがしているらしく包帯を巻いているが、それ以外は何ともなさそうだ。


「きたか、彼は?」


「はい。元旅客機整備士をしていたようで、操縦機器関連に関して精通していると。えっと名前は……」


「ハッ。島津曹長でありますッ」


 右手が使えないので左手で敬礼する。総理も軽く返すと、すぐに状況を軽く話した。


「うむ。すまない、今パイロットが見当たらないんだ。急で悪いが、このオートパイロット……だったか、それが機能しているらしいからそれを見てもらいたい。できるか?」


「はい、了解しました。お任せください。それと……」


「?」


 すると彼は、俺とユイのほうを向いて改めて左手で敬礼していった。


「……このたびは本当に助かりました。感謝致します」


「あぁ、いえ、大丈夫です。そちらも、大きな怪我にならなかったようで」


 俺も返礼で返した。礼儀には礼儀で返す。ユイも俺の続いて返礼する。

 それに彼もにこやかに答えてくれた。


「はい。これもあなた方のおかげです」


「いえいえ、警護の任を全うしただけです。それ以外は何もしてません」


「ハハ、ご謙遜を。……私も、このような形ではありますが恩を返させていただきます」


「すいません、頼みます。一人で大丈夫ですか?」


「大丈夫です、問題ありません」


「そうですか、ではお願いします」


 そういって、総理に目線で合図した。総理も頷く。


「よし、では我々はいったん失礼して……あ」


「?」


 総理は途中目線をずらしてそれに気づく。

 俺たちもそっちに目線を向けた。


「……せめてそこの男はどかすか……」


 視線の先は副操縦席、さらに言えばそこにいるすでに死亡した男だった。さすがに隣にこんなのがいたら気分悪いだろう。俺と総理、あとユイとで協力して男を席から引きずりだした。

 その時も、援軍でここに来た島津さんは妙に嫌な顔をしていた。まあ、そうなるな。


 引きづり出した男はひとまずコックピットの外に出して横に寝かせておく。ついでに、コックピットにあった毛布をかけて、コックピットを彼に任せて後にした。


 数分ぶりにキャビンに戻る。未だに肩にかかる疲労感にため息をつきつつも、秘書官室のドアを開けると、耳に若干響くほどの拍手に迎えられて少し驚いた。


「……へ?」


 誰もが俺たちに対して歓声を上げていた。誰もが大なり小なり負傷をしていたが、そんなのお構いなし。そしてすぐに詰め寄り「ありがとう」とか「君のおかげで助かった」とか、中には「君たちは英雄だ」とかで持ち上げる人が続出する始末。

 ……うん、ある程度予測はしていないことはなかったが、これほどとは。


「あ、ど、どうも……ハハ……」


 こんな時の対応などしたことない俺は当然しどろもどろ。俺はまだいい。

 隣のユイなんてその性別、容姿等々のこともあってか俺以上に詰めかけ男子が大量にいた。それも、何でか知らんが若い奴等ばかりだ。

 それらの対応にアワアワ。こっちに助け船を求める視線を向けるが……すまんユイ、こっちから出せそうな船は一隻もない。耐えろ。


 ……そんな詰めかけ大衆に何とか対応して人払いをし終えると、


「あ、朝井補佐官ッ」


 ちょうど、彼も見えてきた。どうやら先の山内さんが見ていた会議室のほうの中にいたらしく、奥のほうから秘書官室に入ってきた。

 だが、彼もまた軽く負傷している。頭に包帯を巻き、右手で押さえている。


「あぁ、君たちか。すまない、今回は助かった」


「いえ……ですが、その傷は?」


「あぁ、これな。心配ない。ただのかすり傷だ。医師に診てもらったからもう心配はない」


「ふぅ、よかった……」


 どうやら見た目に反して軽症で済んだようだ。意識もはっきりしているし、確かにもう大丈夫そうだろう。俺は胸をなでおろした。

 ユイもその時俺たちのもとに合流した。だが、その顔は若干疲れ気味。人間みたいに簡単には疲れないはずだが、それでもこんな状態だということはそれほど激しかったのだろう。お疲れさんです。


「お疲れ、男に囲まれて大変だったな、ッハハハ」


「笑い事じゃないですよ……中には「付き合ってくれ」なんて言う人も出てくる始末であしらうの大変だったんですから……」


「そりゃ、日本人男子からすれば強くて可愛い若い女性は魅力的だからな……付き合いたくもなるわ」


「勘弁してくださいよ私は祥樹さんって決めてるんですから」


「うん、そうだn……ん?」


 ……、ん?


 …………、ん??


「……俺に決めてる?」


「おっとこれは失言失言」


 おぉ、ブルータス、お前もか。


「待って、お前まで恋人認定してんの? お前までなの?」


「ご安心下さい、ただのロボティックスジョークです」


「わからない。機械が繰り出すジョークのセンスがわからない」


 まぁ、そんなこと言ったら人間のジョークもまたセンスわからないものもあるが。

 そんな俺たちのやり取りを微笑しながら見る朝井補佐官。たまには止めるくらいのことしてくれませんか。主にコイツのほうを。


「ハハ、相変わらず仲がいい。……だから、あそこまで連携して動けたんだろうな」


「そこまで連携できてました?」


 俺的には互いに相手撃って終わっただけに思えるが。


「会議室の中から君たちの動きは見させてもらった。互いに動きに無駄がない。連携はしっかり取れてるさ。それも、君の言葉を聞くに無意識のうちにな」


「はぁ……随分と詳しく見てますね」


「そりゃそうさ。これでも元々国防軍出身だ」


「へぇ……、え?! あ、朝井補佐官国防軍出身だったんですかッ?」


 さり気なく言い放たれたが、国防軍出身なのか?

 聞いたことない事実に思わずユイと軽く顔を合わせた。


「とはいえ、陸じゃなくて空のほうだったがね。でも、陸に関してもある程度精通してるし、交友もある。ま、そういうことだ」


「はぁ……そうだったんですか」


「うん。あと、補佐官つけなくていいから。朝井さんでいいよ」


「あ、そ、そうですか……」


 ここでもさん付け要求である。先の新海さんと山内さんといい、先生って呼ばれたくないのだろうかこのお方らは。

 彼自身は元々国防軍出身らしいが、何でも高卒してすぐに任期制軍人として5年ほど戦闘機の整備士やってたらしい。しかし、親が政治家であるという特有のお家事情のこともあって、その後は国防空軍を2任期目満了時にやめて、政治家を通じて補佐官の道に入ったとか。

 ……本当は空軍で働きたかったらしい。なんか、家が家だとどうしても道狭まるなぁと実感する。その点、俺は特に束縛なかったのでその点は幸運なのかもしれない。


「まぁ、何はともあれ君たちは今やただの人事交流員から英雄に格上げされた。よくやった、感謝するよ」


「ハハ……英雄っすか……」


 そんな大層なご身分初体験だわ。英雄とか、そんなの戦場で目立ったやつとか慣れないと思っていた。

 ……まぁ、先ほどまでここは戦場だったし、俺たちはそこで嫌でも目立ったからそうもなろうってもんだろうけども。


 とりあえず、そこに関してはおいおい対応するか……なんかめんどくなりそうなそうでないような気がしないでもない。


「……はぁ、まあいいや。それで、キャビンのほうは?」


「うん、とりあえず後方の一般客席のほうは片づけが進んでる。いろいろと汚れてしまったからね……現場保持のことも考えてあまり使えそうにないな」


「そうですか……」


 ま、あんなに暴れまわったんだしそりゃそうなるよな。


「あと、何やら四角いボックス形状のものが床に置かれていてね……カメラを分解したみたいだが」


「ッ! カメラですか?」


 案の定、といったところか。俺たちの予測通りになった。

 事情を説明して、今現在の簡単な状況把握も兼ねて朝井さんにそのボックスをみせてもらうために後方の一般客席に向かった。そこでは、ここで撃たれた敵味方双方の死体処理等々が行われていたが、その中で……


「……これか」


 片づけられていたらしくキャビン内の一区画に整理しておかれていたそれは、明らかに分解された後の“カメラ”だった。正確には、カメラの形を模したボックスである。

 見た限り、中身は空っぽらしく、こちらの予測通り、外見だけカメラに似せて後は中身はあの分解できるように改造されたAK-74が入るほどのスペースを確保させていたようだった。


「確かに入りますね、これなら……」


「あぁ、思った通りだ。あのAKを分解して入れてたみたいだな」


「一応、ここに確保したAK-74の一つがあるが……」


 そういって彼が隣の席から持ち出したのは、俺たちが先ほどみたのと同じAK-74だった。

 ユイに頼み、これを下にいた時と同じ手順で分解してみる。すると、やはりこれも分解可能だった。そして、朝井さんの許可を得てそのボックスに試しに入れてみる。


 ……すると、


「わーお……見事にすっぽり入りやがった」


 適当に押し込んだ形ではあったが、それでも何とかすっぽり中に納まった。マガジンも、その残りの空いたスペースに入れることもできる。

 ユイも案の定、といった表情。それとは打って変わって朝井さんは少なからず驚愕したようで、顎に手を当てしかめっ面でそのボックスを見ている。


「だが、弾薬内にある火薬まで探知できなかったのかな……?」


「それも、結局金属に囲まれれば探知は難しいですよ。このボックスの金属の種類によってはなおさら」


「あぁ、そうか……」


 そこも織り込み済みか……随分と入念だな。

 とりあえず、武器類の搬入ルートは確認することができた。このボックスの数を見る限り、おそらくAK-74はすべてこれを使ってきたのだろう。ほかに探せば出てくる可能性はあるが、それっぽいものも思い当たらなかった。


 ……武器類といえば、


「そういえば、コイツらハンドガンも持っていたはずですが……」


 敵は自分で持ち込んだAK-74以外に、本来俺たちが所有しているはずのH&K USP 9mmハンドガンも持っていた。

 それに対する懸念も、朝井さんからの情報で確信に変わることとなった。


「あぁ、それな。いくつかの空中輸送員のハンドガンがいくつか紛失されているのが確認されている。そして、そのうち一部はテロリストの持ち物から回収されたあたり……」


「やっぱり、コイツらが使ってたってことですか」


「だな。武器として使いまわしていたのだろう」


 案の定、といったところか。それ以外考えられんしな。


「まぁ、詳しいことはこれから調査していくことになる。機内での調査には限界があるが、何もしないわけにもいかんのでな」


「ですが、調査に際してテロリストのほうは? もし今までのハイジャック事件と同一組織の人間がやったとなれば、確保される前に自殺をするって話が……」


 今までの奴等の常套手段だった。情報漏洩が起こることを防ぐためなのだろうが、それを自らの犠牲という形で防止しているのだ。


「やはり、何人かはすでに手遅れだった。だが幸い、ごく少数だが一部はまだ自殺する前に確保することができてな。手元から毒薬らしき袋も見つかっている……どうやらこれで自殺を図るつもりだったようだが、もう何もできんだろう」


「毒薬……」


 やはり持っていたか。おそらく、コックピットにいたあの男もそれを使ったのだろう。

 何の毒薬かは……また調べることになるのか。


「……まぁ、今現在わかってるのはこれだけだ。後はまた調査が進むだろうが、君たちはぜひともそのまま休んでいてもらいたい。せっかくの英雄を、また働かせるわけにはいかんからな」


「え、英雄ってそんな……」


「何言ってるんだ。実際それくらいのことをしてしまってるんだ。そろそろ自覚しなさい」


「はぁ……」


 そういわれたって実感わかないんだがなぁ……そりゃ、大層なことしちまった感は感じてはいるが、それ以上は……。

 そんなことを考えつつ、ふと視線をそらすと、


「……ん? 何やってんだ?」


 さっきからずっとだんまりだったユイが、キョロキョロとあたりを見回している。何かを探しているかのようだった。


「いえ、その……さっきから、彩夜さんが見当たらないなって」


「あッ、そうだ、彩夜さんは?」


 今までのドタバタでまたすっかり忘れてしまっていた。そういえば、さっきから全然見当たらない。

 ユイ曰く、あの後は近くにいた人に預けてコックピットに向かったらしいが、それにしては秘書官室にもいなかった。保護のためにどこかに連れていかれたのだろうか。

 その答えは、朝井さんがすぐにしてくれた。


「あぁ、彼女なら若干衰弱が見られたから会議室に連れて行っている。今頃医者が見てるんじゃないかな」


「あ、そうですか……衰弱って、何か怪我でも?」


「いや、そういうわけじゃない。だが、聞いたところでは少しの間拳銃突き付けられて人質にされたらしいじゃないか。おそらく、それによる精神的ストレスだろう。まだまだあんな若い女の子だ。さすがにあんな状況には耐えれなかったのだろうな」


「……」


 それを聞いて、俺は少々複雑な心境になる。

 元はといえば、秘書官室に入った後に今まで行方が分からなかった人たちが見えたのに安心しきって、すぐに中を制圧しようとしなかったことから引き起こされたことだ。


 その結果、偶然近くにいた彩夜さんが巻き込まれた。


 彼女にとっても、とてつもない恐怖の体験だったであろう。そのうえで、俺はさらに足を使ったモールス信号を解読させたり、さらにはこちらに飛び越めなんて無茶ぶりをしてしまったのである。

 今考えてみれば、あんな状況であんな要求はぶっちゃけ無茶言うなと怒鳴られても文句言えないレベルのものだった。

 ましてや、相手はこういった緊張状態に慣れていない若い女の子である。むしろ、動揺しつつもあそこまで冷静に応えてくれた彩夜さんがすごいとすら言えてくる。


 とはいえ、それでも本人にとっては結構なプレッシャーだっただろう。これが失敗すれば確実に自分の命はなかったのである。そりゃ、精神的に衰弱もしようってものだ。


「(彩夜さんに悪いことしたなぁ……後で謝っとかなければ)」


 その意味も兼ねて、一度彩夜さんにあっておかなければならない。せめて謝罪の一言くらい言っておかなければ。

 ……そんな俺の意図を悟ってか悟らずか、ユイが言った。


「労いも兼ねて彩夜さんのところに行かないといけませんね。会議室でしたっけ?」


「あぁ、そうだ」


「じゃ、お医者さんが出ていったところを見計らって会いに行きますかね。……あ、まさかのファーストレディーだったし、もう少し礼儀正しくしたほうがいいかな……」


「え?」


 朝井さんがそんな疑問符を呟くが、俺はそれにすぐ賛同した。


「まあ、そうしたほうがいいだろうな。お前の場合、慣れると即行でイラつくほど慣れ慣れしくなるからな」


「そこまで慣れ慣れしいですか?」


「まさか自覚してなかったなんて言わないよな?」


「私はもっと互いの距離ゼロで接したいってだけでありましてですね」


「その結果あそこまで暴走してるわけだが。被害者もおるんだが」


「どこに?」


「ここに」


「わお、実体験者直々の談。でもその「これこれこういう事実があった。ソースは俺」ってあまり説得力ないですよ、慰安婦じゃないんですから」


「おっとそれ以上は国際問題になるので行けない」


 あまりあの方々を怒らせるとめんどくさいのでNG。

 ……というか、もう結構な年数が経ってるのにまだ言ってるんだよなぁ……2030年にもなってさすがに遺族とかどうとかってのは説得力ないはずなのに未だに持ち出してきてるあたり、ある意味さすがである。どことは言わないが。


 ……そんな掛け合いの中、朝井さんは少し困ったような顔をしていた。


「……? どうしたんです?」


「いや、その、だな……総理の補佐官やってるから、ちょっと事情を知ってるのだが……」


「事情って、彩夜さんのですか?」


「あぁ。……ちょっと、プライベートにもかかわるからあまり話したくないのだが……」


「ッ?」


 一瞬、嫌な予感がした。そして、頭によぎる、あの会話。




“総理の娘であるがゆえに、やっぱり身だしなみとか行動とかも、世間で見られても恥ずかしくないように見せてろって親から言われるんですけど、私はどちらかというとそういうのを気にせずに自由にいろんな人と気軽に話したりしたいタイプで……”


“え、できないんですか?”


“できなくはないんですけど、あまり進んでできるわけでは……なので、友達もあまりいないんです”


“え?”




 彩夜さんが搭乗した時、俺たちにほのめかした言葉だ。

 この、友達もあまりいない、この部分にも抵触するのだろうか?

 ユイもこの言葉をすぐに思い出したのか、さっきまでの馬鹿っ娘っぽい顔から一転してその表情に真剣みを帯びさせた。


「……だが、君たちなら頼めるかもしれないな」


「え?」


 そんな言葉を呟いたと思うと、俺たちが真意を問う前に朝井さんは言った。


「すまない……彼女に対してだが、今まで通り、身分を考えず気軽に接してやってほしい」


「え?」





「……実は、彼女は……」






 朝井さんの口が、重苦しく開く…………

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