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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第2章 ~不穏~
51/181

リキャプチャー・オブ・JAF001 2

 俺たちは思わず硬直した。


 俺とユイは、持っていたハンドガンをウィーバースタンスで構え、それを男に向けたまま動くことができなくなった。

 後ろにいる総理や新海さんも何もできず硬直、そのほかこの部屋に押し込められていた数人の搭乗員らもこの状況を見て氷の如く固まってしまった。


 その視線は、誰もが同じ方向を見ていた。


 男は表情をニヤつかせ、そして少女はまるでホラー映画を見て本気で恐怖しているときのような、そんな表情を浮かべて助けを乞う視線を向けていた。


「……てめ……ッ」


 俺はその男を見て憤慨の気持ちを募らせた。思わずハンドガンを握る両手の力が強くなる。


 ……男は、一人の少女を人質に取った。手に持っている、おそらく空中輸送員から奪ったらしいH&K USP 9mmハンドガンの銃口は、彼女の側頭部にしっかりと突き付けられている。


 それも、よりによってその少女は、


「お父さんッ!!」


「動くな」


「ひッ……」


「彩夜!」


 娘の悲痛に満ちた声と、総理の叫び声が響く。


 その少女は、総理の娘であり、かつ俺たちと交友ができたばかりの彩夜さんだった。


 男の低く感情がこもっていないような威圧的な声に押され、それ以上動くどころか、声すら出すことがでいなかった。彩夜さんは、すっかり恐怖のどん底に落ちてしまっている。


「(しまった……そういえば彩夜さん、ハイジャックが起きた時ここにいたって総理が……)」


 俺としたことが迂闊だった。もう少し早くここにたどり着けるよう努力するべきだったのだ。そうすれば、もう少し対応が早かったかもしれない。

 そして、部屋に入った後も……そこで立ち止まらず、せめて彩夜さんの安全の確保まではしておくべきだったのだ。


 ミスだった。奪還のことばかり頭にあってすっかり忘れていた。


 しかし、後の祭り。後悔の念を抱くも、それ以上のことができなかった。

 一瞬、ユイが彩夜さんを奪い取ろうと一歩前に出ようとした。しかし、


「おっと、そこから動くなよ? ……この女がどうなるか、わかってるな?」


 案の定、といったところだった。ユイも別段期待してなかったらしく、不本意ではあるがすぐに引き下がった。

 ここから一歩でも足を動かしたら彩夜さんの命はないだろう。あのハンドガンもすでに実弾装填済みのはずだ。セーフティも当然アンロックされているだろう。


 こちらの動きが制限されたのを見てか、男は顔をニヤつかせた。妙にムカつく顔である。


「ヘッ、悪いな……この機はすでに行先を変更した。戻したければこちらの指示に従ってもらう」


「ほう? 変更、ね……ハワイから一体どこ行きになったんだ?」


 こんな返しができるほど今の俺は精神的に余裕あるのか。自分で驚いた。

 男はそのまま、ハンドガンを持ってる手の人差し指を下に向けていった。


「……太平洋の海の底だ」


 元から浮かべていた顔のニンマリした表情を一層深くさせた。

 ……海の底ね。行先が地獄になったのかな。降りるはずがもっと上昇してるんだがね。堕ちたのに行先は今よりもっと上とはこれいかに。


「……深海とは、飛行機がいくべき目的地じゃねえな。おうCAさん、行先変更って今から可能か?」


「残念ですがお客様……変更は不可能です」


「あーら、そうですか。そりゃ残念。……まぁ」





「……力ずくででも変えるがね」





 どうせ、こういった奴に言論的に穏便に解決、なんて希望はあてにならんだろう。今までの経験則、というか常識的に考えてそれで成功した例は聞いたことない。

 威圧的、とも取れる声を発したつもりだったが、男はそれすらにも笑みを浮かべた。妙に不気味ささえ覚えてくる。


「できるならしてみればいい。……できるならな」


「……」


「だが、何度も言うが下手な真似をすればこの小娘の命はないからな……? 覚悟しておけよ? コイツの身分が身分だ。貴様らとて、コイツの命は無下にできんだろう。」


「そりゃそうだ。それ以上総理の娘さんが傷つけられてたまるか。総理の大事な秘書で、かつ娘さんだからな?」


 どっちかっていうと今すぐに飛びついてでも奪還したいのだが、そんなことできるような状況でもない。ここは我慢だ。

 ……が、しかし、


「うん? なんだ、お前秘書だと思っていたのか?」


「は?」


 いきなり変なことを聞かれた。

 そりゃ、俺はさっき彩夜さん本人から総理の秘書やってるって会議室前で聞いたから……正確には手伝いらしいが。

 しかし、男は呆れたように小さく笑った。


「フッ、なんだ、お前何も知らなかったのか?」


「?」


 その一瞬、彩夜さんが少し顔をこわばらせたように見えた。だが、男はそれには気にも留めず……


 ……俺とユイにとっては予想外の事実を言い放った。


「……コイツはな、総理の……」






「ファーストレディーなんだぞ? まだ未成年の大学生だがな」






「…………ハァ!?」


 俺は思わず叫んでしまった。そして、驚愕の表情に固まったユイと顔を合わせると、互いに寸分違わない同一動作で総理を振り返り、気まずそうに視線をそらす総理を見て、また振り返って彩夜さんを見た。

 ……が、その彩夜さん、なぜか視線をそらすように俯いている。

 その動作の意味を考えることはできなかった。俺はただただ驚愕したままだった。


「これくらいネットに書いてるぞ。まぁ、知らないなら知らないで別にどうでもいいがな。だが、それだけの身分を俺たちは人質に取ってるってことは理解してもらいたいな?」


「……」


 半分くらいその男の言葉が耳穴を通り抜けてしまっている中、ユイが小声で言った。


「ほんとに書いてました……とあるインターネット百科事典に、彩夜さんのことが……確かに、19歳の現役の大学生にして、同時にファーストレディーもやってます……」


「マジで……?」


 俺とユイは顔をひきつらせて衝撃を受けていた。

 娘さんがファーストレディーって、確か田中角栄総理のファーストレディーが長女の眞紀子さんがやってたって事例は聞いたことあるが、でも、彩夜さんはまだ未成年で大学生だってコイツが……。

 だが、奥さんは? 奥さんは一体どこ行きやがった? なんでここにいないんだ?


 俺は未だに頭の整理がつかなかった。

 あんな、ほんとに気さくで可愛らしい性格してる彼女が……ファーストレディーなんつーとんでもない身分だったなんて……


「(……嘘やん……)」


 思わず小さく「ひゅ~」と口笛を吹いた。たぶん周りには聞こえていないだろうってくらい、小さな音で。

 そして、もう一度彩夜さんを見る。ちょっと視線が合ったが、また逸らすように俯いた。

 ……もしかして、彩夜さんのあの俯き具合……


「(……あまり、俺たちには知られたくなかったのかな……?)」


 そういえば、これに乗る前、あまり政治的な空気は苦手だって言ってたな……まさか、それに関係するのか?

 思考を少しの間巡らしたが、男は話を戻しに来た。


「まあいいさ。なに、下手な真似をしなければ目的地の変更はできる……どこに行くかは知らんがな」


「……俺たちゃハワイに行きたいんだがね」


「行きたければ、こっちの指示に従ってもらおうか」


「……」


 この場の主導権は完全に向こうにある……か。下手な真似はできない。俺を含め、全員が動きたくても動けずじまいだった。

 歯ぎしりしつつも、向こうの次の言葉を待つか迷ったが、時間はあまりかけたくなかったためこちらから切り出した。


「……目的はなんだ? わざわざこんなバカでかい旅客機をハイジャックするくらいだ。生半可なものじゃないだろう?」


「フッ、まあな。……俺たちは“伝言”を受けている。それを伝えに来た」


「伝言?」


「そうだ、伝言だ。“あの方”からのな」


「あの方……?」


 曖昧なワードだ。俺を含め、皆首をかしげているようだった。

 あの方とは一体誰のことだ? コイツらのボスか何かか? それとも、契約主的な存在だろうか? さっぱりわからなかった。

 目線でユイに聞いても、怪訝な表情で首を小さく傾げて返されるだけだった。期待はしていなかったが、やはりコイツもわからないらしい。


「あの方ってのは誰だ?」


「悪いがそこは教えられない……あくまで依頼主だ」


「依頼主?」


「そうだ。俺たちはその依頼を遂行しているに過ぎない。それだけだ」


「依頼……?」


 それが、これか? 政府専用機をハイジャックし、そして依頼主からの伝言とやらを伝えるってのが、依頼か?

 ……ハイジャックしてまで伝えたい伝言なのか?


「詳しくは教えられない。俺たちは伝言を伝え、そしてするべきことをするまでだ」


「すべきこと……が、まさか太平洋への行先変更か?」


「そうともいえるな。……そうなるかは貴様ら次第だが」


「……」


 目的はとりあえず理解した。ハイジャックして、伝言渡して、その返答次第では太平洋へ行先変更ってことね。

 ……随分とふざけた依頼だな。その依頼主とやらを連れてきやがれ。俺が直々に拳で交渉してやる。


「……で、その伝言っていうのは?」


 隣にいたユイがさっさと本題に入らせるべく割って入った。


「そうだな。話が長くなるのも億劫だ。……総理」


「?」


 彼の目線は一転して今度は総理に向いた。

 今まで歯ぎしりしつつも沈黙を保っていた総理も、突然の呼び出しにもこれっぽっちも動じず反応する。


「俺たちが伝えろといられた伝言はあんた宛てだ」


「俺に?」


「そうだ。アンタだ」


 元からしかめっ面な表情だった総理の表情が一層険しくなる。大方自分に来ると予想していたのだろうか、それほど動揺はしなかったどころか、むしろ「やっぱりか」とどこか納得している様子だった。

 ここでドンと堂々と構えていられるあたり、やはり腐っても政治家である。ましてや、現役総理だ。


「それで、俺に対する伝言ってのぁなんだ?」


 しかし、そこから発せられる声はとんでもなく威圧的だった。最初の気さくな彼とは真逆だ。当然といえば当然ではある。

 だが、男はそれに動じることなく、むしろそれを面白がるように不気味な笑みを浮かべた。


「ああ。……単刀直入に伝える。この後のG12『ハワイサミット』を……」





「即刻、中止にしてもらいたい。そして、今後の我々の行動の邪魔はしないとこの場で約束しろ」




「なにッ?」


「ッ!」


 さすがに動揺が走った。総理の顔も若干ながら驚愕の表情で歪み、周りがザワつく。俺も、思わずユイと目を合わせた。


「あの方からの伝言だ。まず、その会議の中止をハワイに伝え、受け入れられなければ、この機は海の底に落としてもいい……とな。そして、今後我々の行動の邪魔は一切するなと」


「……そういったものは内閣府ホームページから問い合わせるといった発想はなかったのか?」


「それで納得してくれるならしたがね。なんだ、アンタはするのか?」


「……」


 表情を一切変えず、無言で答えた。もちろんNOである。

 そして、その過程で俺は一つの確信に至る。


「なるほど。だからハイジャックか。確実に要求を呑んでもらうために」


「まあ、そういうことだ。これが一番確実なんでな」


 やっと理解した。ただの伝言のためだけにここまで大それたことをする必要性に疑問を感じていたが、確かに、政府専用機さえ“人質”にとってしまえば、その要求を飲ませることがより確実になる。

 ネットで内閣府HPにメッセージを送ったり、大所帯でデモ行進したりするよりよっぽど効果的だ。


 だが、それと同時に、


「(その伝言のためだけに、ここまでの準備をさせることができるあの方って何もんだよ……)」


 そんな疑問も芽生えた。

 伝言上げるくらいなら自分から出てきてもいいのに、わざわざ第三者組織を中継して、しかもそれに危険なハイジャックをさせること。しかも、実際にその第三者組織たるコイツらを納得させて実行に移させていること。

 そして、その準備がここまで入念で、本気でこの日本国という一つの国の政府専用機を乗っ取ることに注力しまくってること。


 そこまでのことをさせる、“あの方”がいったい何者なのかが疑問に残った。ここまでの行為をさせるほどの人間とはいったい何だ?


「(それほど、絶大な力を持っているってことなのか……?)」


 身分によるものか、それとも純粋な武力によるものか。どういった要因で彼らを動かすことができたのかはわからない。ただ、見ている限りでは嫌々やってるというわけでもなさそうだ。


「我々にとっても、あの会議がそのまま予定通り行われるのではちと困るのでな。今後やりにくくなる」


「やりにくく……? どういうことだ?」


 とはいっても、一瞬だけだが想像がついた。この返答はそれの確認を意図したものだったが、帰ってきた内容は案の定だった。


「『各国間の対テロ協力体制強化と情報共有の促進』。あの方にとっても、そして我々にとってもこれ以上動きを縛られると動きにくくなるのでな。それに、今後の“計画”にも支障を出しかねない」


「計画だと?」


「おっと、これ以上いうことはできない。あの方からもお咎めを受けているからな」


 随分とおしゃべりなテロリストやなと思ったが、この状況に納得はしたと同時に、疑問がさらに増えた。


 結局、コイツらの目的がこの後ハワイで行われるG12で出ている議題で協議が進められるのを阻止することであることはわかった。所謂“あの方”とも利害が一致したため、コイツらがあの方の代わりにそれを実行しているのだろうということも。おそらく、契約でも結んで成功の暁には相応の報酬でも約束されているのだろう。

 そして、それを確実に遂行するためにハイジャックという強硬策に出ていることも理解できた。


 だが、今後の計画ってのは一体なんだ。この後も何かプランでも練っているのか?

 裏で何か動いていることを示唆したこの男の言葉に、若干ながら不気味さを禁じ得なかった。


 さらに俺は確認した。


「じゃあ、前日の台湾民主国政府専用機の未遂事件も、まさかお前らが?」


「ハハ、やはりバレていたか。そうだ、あれも俺たちが仕組んだものだ。各国首脳をハワイに集めるためにな」


「集めるため?」


 なぜわざわざ集める? 集まられたら困るからこうしてハイジャックしてるんじゃないのか?


「そうだ。さっきも言ったろ。俺たちの目的は、会議の中止を通達し、“我々の邪魔はしないと約束させる”ことだ。一々各国に電話でもしてられない、それだとこちらとしても都合が悪い。だから、いっそハワイに集めて、その場で認めさせるんだ」


「それと台湾機に何の関係がある?」


「今までは1機ずつハイジャックされたっていう馬鹿な先入観が政府には根付いている。台湾のほうで未遂が認められれば、これ以上のハイジャックはないと各国は油断し、予定通り確実にハワイ入りしてくれるだろう? 事実、台湾機での事件後、各国政府は予定通りハワイ入りしている」


「ほう……」


 敵ながら考えたな。ハイジャックが起きることにより、各国政府のハワイ入りを躊躇させるのが得策だと思っていたが、それの逆を利用したか。

 確かに、事実日本でも、台湾機がハイジャック未遂受けたということを受けて、こっちには来ないだろうと踏んで、延期も何もせずに予定通りハワイに向かうことを決めている。


 だからこそ、会議出席国の中では最後にハワイ入りする日本を使ったのか。確かにその時には、各国首脳はすでにハワイに到着しているころだ。タイミングとしては間違っていないだろう。


 ……だが、まだ疑問はある。


「……ハワイである必要性は?」


「簡単なことだ。ハワイは現在G12会議の件で世界各国の主要国が一挙に集まってくれているうえ、その会議場の周りではマスコミが大いに賑わっている。こちらの伝言をここ経由で彼らに伝え、さっき話した件について意思表示を要求すれば、マスコミはこぞって報道するだろう。するとどうなる?」


「どうなるって……」


 一瞬意味がわからなかったが、総理がいち早く察したらしい。


「……なるほど。各国首脳からの回答に際する“逃げ道”をなくすのか。決断を、マスコミを使って間接的に迫らせることによって」


「その通りだ。マスコミは便利なもんだ。それは、俺たちが実際に旭日川に就職してよく学んださ。何かあれば当事者の意思関係なく勝手に騒ぐ。そして、それを時には誇大表現を用いて騒ぎを大きくしてくれる。時には、事実不透明な“ガセネタ”さえも使ってまで騒いでくれる。今の俺たちにとってはありがたいことこの上ない。騒ぎが大きくなればなるほど、ハワイに集まっている各国首脳は頭を抱えるさ。日本政府の命を切り捨てれば、「友好国を、同盟国を捨てた」と大バッシング。そして、我々の要求をのめば……」


「テロに屈した、とまたバッシング……。そして、結果的にはどっちにしろ各国政府に対する非難が相次ぎ、最悪政権崩壊にもつながる……。そうか、どっちに転んでも貴様らの都合のいい方向に転がるように仕向けていたのか」


「さすが総理、読みが速い。……まあ、そういうことだ。だが、別に政権崩落までは考えていない。そこまで都合よくはいかんだろうさ。しかし、回答はせざるを得なくなるだろう。どうせ奴らのことだ。国民からの批判を恐れ、まだ取り返しがつく後者を選ぶだろうさ。それさえなされれば……俺たちの目的の第1段階は達成されたも同然だ」


「第1段階? その先があるのか?」


「そこは教えられない。機密事項ってやつだ」


「……」


 総理との会話を聞きながら、俺は台湾機に関する疑問がやっと解決した。


 つまりまとめると、台湾機のハイジャックをわざと未遂で済ませたのは、他国の首脳に確実にハワイに入ってもらうため。

 そこでマスコミがこぞって囲んでいるだろう会議場に文字通り“閉じ込め”、コイツらが要求した伝言に対する意思表示をマスコミを使って迫らせることにより、返答内容によっては自分たちの本来の目的を達成させるか、または、元から対テロ推進的だった日本政府を自ら共々“殺す”ことができる。

 元より、国民感情的に人的被害を極度に嫌っていた日本は、他国に比べて対テロにより力を入れていた。彼らにとっても、他国と比べてもより一層邪魔な存在であったのには間違いないだろう。

 また、さらにうまくいけば対テロ推進的な各国の現体制をマスコミから、さらにそれを通じて国民からの批判をを利用して一気に瓦解させることも可能……。そこら辺は自らも言ってるように半ば希望的観測の範囲になるが、それでも、敵ながら随分と先を見た戦略だと思った。


 この目論見自体は、マスコミさえうまく使えば十分可能だった。元より、スクープのためならなりふり構わないのは昔からかわらないのが『マスメディア』という『営利組織』だ。

 今回のこれに関しても、もし事態がマスコミに知られれば善悪関係なく瞬時に一大スクープとして取り扱われ、どう考えてもその各国の意思表示の内容に注目が向くに違いない。

 そして、そのマスコミの報道内容に多くの国民が流されるだろう。この場合は、より公明正大な情報を流す役割を持っているネットも使えない。

 私心をさしはさまず事実しか情報を流さなかったとしても、こればっかりは批判要素しか出てこないからだ。結果的に、マスコミの報道内容を“悪い方向で”補足するだけに終わり、批判を増長させるだけだ。


 そして、自らの思い通りの意思表示をさせることを誘発させる……。日本という仮にも一大先進国の首脳を切り捨てる勇気は、さすがにどこの国も持っているとは思えなかった。

 アメリカでさえ、これをしてしまえば世界各国からの大批判は避けられない。それどころか、国内からも確実にくるだろう。それは、ほかの国もほぼ同じだ。


 ……コイツらは、そういったところまでしっかり見ていやがった。


 しかも、マスコミの性質をよく理解してやがる……なるほど、だからコイツらマスコミなんかに入ってたのか。


 しかし、総理は若干呆れ表情を含めた感じで言った。


「悪いが、そんな要求のめるわけがない。今更会議を中止できると?」


「できるかじゃない、やるんだ。やめないと、日本政府の首脳が死ぬってな。日本政府の首脳を見殺しにしたなんてことが知られれば、少なくない外交問題になるだろ? 世論も沸き立つに違いない」


「どうだかな。外国は我が国ほど温情ではないぞ? テロに屈せずというに決まってるが?」


「それがどこまで通用するかねぇ? 国民世論は首脳という“人命”よりただの会議を選んだことに憤慨するはずだ。それが各国政府の批判につながり失脚の火種になりかねんが、それを彼らは認めるかね?」


「本当にそんな展開になると思っているのか? 彼らは時には切り捨てる時は容赦なく切り捨てることができる―――」


 総理と男の“口論”はさらに続いていった。そう都合よくいかないという総理に、うまくいくと謎の自信を持っている男。中々終わりそうにない口論だ。


 だが、その横で俺は危惧していた。


「(マズイ……このまま膠着状態でいられてはらちが明かない。それに、彩夜さんも精神的にもつかどうか……)」


 見る限り、さっきからずっと銃口突き付けられてるこの状況に応えてきたのか、顔色が若干悪い。これ以上ストレスに晒すのは精神的に見ても好ましくなかった。

 ましてや、彼女はまだ19の女性である。こんな極度に緊迫した状況に慣れているわけでもなければ、そもそも体験すらしたことない。当然、耐性などこれっぽっちもあるわけもない。


 それに、そもそもの問題奴らが人質を取っているからこそこっちが身動き取れないのだ。どうにかして、早めに彼女を奪還する必要があった。

 それは、彩夜さんの精神面から考えても最優先せねばならない急務だった。


「(だが、どうする……何か方法でもないか?)」


 一番いいのはもうこのままユイに男を精密射撃してひるませてるうちに奪還する形だ。

 だが、打ち所が悪ければ逆効果だし、そもそもどこを撃つ? 拳銃を持ってる手か? しかし彩夜さんを抱えている腕は残ってるため、そこで抱えている腕をほどくのに手間取ったらマズイ。男を逆撫でさせるだけだ。

 せめて、彩夜さんがそのタイミングで突き放すとかしてくれればいいが……手あたりを撃った一瞬、腕の力が弱まるはずだから、そこで一気に男を突き放せばうまくいく可能性はある。


 だが、それをどうやって伝える? 口で伝えるわけにもいかない。手話も無理だ。拳銃持ってる手でふさがってるし、というか手話なんて俺も知らんし、たぶん彩夜さんも知らないだろう。


 少しの間考えるが、中々妙案が思いつかない。


「(ダメだ……何かないか? せめて、あまり音を立てず、男の目からは目立たない形で彩夜さんが理解できる方法……)」


 通常の方法じゃだめだ。彩夜さんが持ち得てるスキルで何かメッセージに使えるものはないか? 音は立てない。男の目に入らない、もしくは入りにくい手段……何か、何かなかったか?

 そう思い、ふと彩夜さんを見た時である。


「(……ん?)」


 とあるものに目線が向いた。

 彩夜さんの胸ポケットから垂れ下がっているアクセサリー。俺たちが会議室前でも見た、デフォルト化された海保巡視船のやつだった。


 ……そういえば、彩夜さん船乗り目指してたって……、ん?


「(船乗り……? いや、違う。そのあとに確か…………、あぁッ!! これだァ!!)」


 そうだ、この手があった。これなら、うまくやれば男の目からは逃れられる。

 幸い男の注意は総理に向いている。チャンスだ。俺はすぐに隣にいるユイに小声で声をかけた。


「ユイ、ちょっと付き合え。妙案思いついた」


「妙案? この事態を打開できるものですか?」


「あぁ、やれるかもしれない。だが、失敗はできないぞ。チャンスは一回限りだ。できるか?」


「この際何でも来てください。絶対に成功させます。で、その妙案ってのは?」


「あぁ。手短に話す―――」


 そして、考え付いた妙案をユイに簡単に教えると、すぐに理解を示してくれた。これしかないと、ユイでも決意したらしい。


「じゃあ、手筈通りに頼む。カウントはこっちが出すから」


「了解。お任せを」


 と、そんな確認をしていると、


「―――ん? なんだ、こそこそを何を話している?」


 男がこっちに気が付いた。俺はすぐにうまくごまかしにかかる。


「いや、別に? ただ、なんかお前妙にハンサム面してやがんなぁって話してただけ」


「ハッ、褒めたところで状況は変わらんぞ?」


「いやいや、別にそれを願ってるわけじゃない。本当にそう思っただけだ。なぁ?」


「ええ、そうですね。妙に女性からは好感モテたりして?」


「ハハ、これでも彼女とかはいないんだ。悪いな。それに、女には興味ない」


「あら、じゃあ私とかは? これでも周りからかわいいって言われてるものですよ?」


「容姿は悪くないんだがなぁ。如何せん、こっち側の人間じゃないのがな」


「あ~りゃ、そりゃ残念。私もそっち側の人間じゃなければもっと好感もてたのになぁ~―――」


 そういった感じでユイはそのまま話を発展させていく。怪しまれないように、時には若干人質の解放に関してやんわりと説得を仕掛けたりするが、案の定態度は硬い。総理も、そこに関しては話に入ってきた。


「(よし……頼むから時間稼いでくれよ)」


 そう願うとともに、俺はすぐに行動に出た。

 彩夜さんの視線を確認。少し俯いているが、幸いこっちのほうも時折向いている。

 ……気づくだろうか。だが、とりあえず実行に入った。


 男に気づかれないように、小さく“足”を動かす。



 トン―― トン―― トン トン―― ………



「……、?」


 気づいた。案外早かったな。ちょうど足のほうに視線が向いていたのだろうか。

 そのまま、彩夜さんが気づくまで続けた。



 ……トン―― トン―― トン――   トン―― トン トン


 トン―― トン トン トン トン   トン トン トン―― トン―― トン トン



 これを何回か繰り返した。

 足で、床をトンとたたいたり、すると今度はトン……と少しの間床につけたままにしたり、といった動作を何回も繰り返した。まるで、この音自体が記号のようなものであるかのような法則性を帯びながら。




 そう。その時俺は足で“モースル信号を再現”していたのである。




 彩夜さんがモールス信号を覚えているということから思いついたものだった。イメージとしては足で電鍵を撃つように、基本はつま先を上げた状態で、そこから「トン」の時は床をつま先でトンとたたき、「ツー」の時はつま先を少しの間つける。

 これにより、モールスの符号を足の音だけで再現することができるのだ。


 そして、今現在彩夜さんに送っているのは、その中でQ符号と呼ばれるものだ。


 モールス信号は馬鹿正直に伝えたい文面をそのまま送ると長くなってしまうので、伝達する信号を略した、所謂『略符号』が使われる。無線通信でよく使われるものだ。


 今送っているものを直訳すと、「QOD 6 ?」となる。

 これをさらに日本語訳にすると、「そちらは日本語でこちらと通信することができますか」という意味になる。

 もちろん、この場合は無線とかはないので、単純に「こっちと足を使ったモールス通信できるか?」といった意訳にすることができる。


 これを、応答があるまで何度も彩夜さんに送る。極力音を出さず、足の動きだけでモールス信号であることを悟らせる必要があった。

 足の動きがバレないように、ユイは男の目線の注意を俺の足から逸らしている。だが、あまり時間はかけられない。


「(どうだ、気づくか……?)」


 彼女が教えてもらっていたのは和文モールスだったらしいが、Q符号も、モールスを学ぶ上ではほぼ必修ともいえるものだ。知らないことはないはずである。

 彩夜さんはしばらく俺の足を凝視していた。俺がモールスを送ってから十数秒して、やっと俺の意図を理解したのか、彩夜さんは俺のほうに目線を向けた。


 俺は無言、かつ目線で「早く答えて」と要求する。

 彩夜さんもすぐに答えた。男にバレないように慎重に、かつ足を素早く動かし、モールスで返答する。



 トン―― トン―― トン トン――   トン―― トン―― トン――


 トン―― トン トン   トン―― トン トン トン トン 



 俺が送ったのとほぼ同じ「QOD 6」だ。「?」が抜けているので、これは返答の意味が込められ「こちらは日本語でそちらと通信することができます」、さらに今現状に合わせて意訳して「大丈夫です、使えます」といった内容になる。


 何とか意思疎通の手段を確保することができた。時間がない。ここからは足の動きを速め、和文モールスで内容を送った。


『オレ ウツ スグ コチラ トビコメ』


 これだけでもモールスにすると長い。しかも和文はそうでなくても長いほうなので足が疲れる。

 だが、それでも彩夜さんは意味をしっかり理解した。すぐに返答が返ってくる。


『ドウヤツテ ?』


『ウツ トキ ツキ ハナセ ユイ ムカテ トビコメ』


『ウマク イク ?』


 若干不安顔でそういわれたので、俺は顔で決断を要求しつつ返した。


『コレシカ ナイ オレト ユイ シンジロ』


 方法がないといわれ、彩夜さんもついに決意したのか、小さく頷いた。

 よし、あとは合図の方法を伝えれば……


「……そろそろ限界だ。総理、そろそろ決断してもらえないかね?」


 男がさっきより少し声高にそういった。我慢の限界が来たらしい。

 だが、総理の態度は変わらない。


「だから、できないといっている。貴様らの要求はいくらなんでも無茶が過ぎる。せめて、もう少し時間を―――」


「その時間、もうそろそろないんだよなぁ……あまり時間がかかるようなら、こちらとて考えがあるんだぜ?」


「なに?」


 すると、男は顔に不気味な笑みを浮かべ、彩夜さんを抱えている左腕につけている腕時計を見ていった。


「……もうそろそろ時間だな」


「?」


 その言葉に疑問を持った、まさに、その瞬間である。


「―――うわッ!!?」


 いきなり機体がガクンッと揺れ、急降下を始めた。

 唐突に起こった気持ち悪い浮遊感とともに、一瞬体自体が浮きそうになった。それほど急角度での急降下だった。降下を初めてすぐに速度がふいに上がったことにより、機体が激しく振動し始める。


 揺れに耐えるために近くのイスをつかんでいた総理が、焦燥感を露わにし言った。


「き、貴様ッ! 何をしたッ!!」


「ハッ! アンタらがちんたらやってるから、こっちも最後の手段に出させてもらった。今現在、変更された目的地に向かって一直線だぜ?」


「なんだと!?」


 俺たちは一気に焦燥感に駆られた。変更された目的地。太平洋の海の底。


 つまり、墜落。


 コイツら、機体の墜落までのカウントダウンを使って、強制的に総理に決断させる気だ。


「(クソッ! もう少し持ってくれればよかったものを!!)」


 そんなことを心の中で叫ぶ中、総理の怒号がさらに響いた。


「すぐに戻せ! 機体が落ちるぞ!」


「戻してほしければ決断するんだな! 降下中だろうが何だろうが、俺はここから一歩も動かねえぞ!」


「クッ……貴様……ッ!!」


 娘を盾にされ、総理はそれ以上動けない。

 唐突にカウントダウンが始まった。すぐに事態を打開しなければ、機体が海に墜落してしまう。

 こんな急角度、かつ超高速で堕ちようものなら、機体は瞬時に大破。俺たちは文字通り海の底に沈むだろう。


「祥樹さん、まだですかッ?」


「あぁ、ちょっと待てッ」


 ユイからの催促も少し焦りが垣間見えている。俺はさらに、機体が揺れる中モースルで合図方法を手短に伝えた。


『3 カゾエル ウツ トビコメ』


 彩夜さんは頷いて返した。もはやモールス撃ってる時間も惜しいが、これしか方法がない以上どうしようもなかった。


 角度的に見て、十分に男の拳銃を持っている手を狙い打てるのは俺だけだった。ユイの場所からだと、下手すればギリギリ彩夜さんの頭をかすめる可能性がある。

 ましてやこの揺れだ。いくらユイとて対応は難しいだろう。


 機体が揺れる中、俺は必死に狙いを定めた。

 幸い男の手はそこから動かないでいてくれた。揺れの程度が一定だったため、それを考慮して照準すること自体はそれほど苦ではなかった。


 照準を定めると、ユイに目線でカウントを要求。

 それに答え、ユイは彩夜さんにも見えるようにハンドガンを持つ指でハンドガンをつつきながら、小さくカウントをする。


「1……」


 機体の揺れに必死に耐える。照準を、意地でもその手から外さなかった。


「2……」


 揺れに配慮してかテンポは速めだった。


 一瞬、彩夜さんを見、男を見、拳銃を持つ手を見、



 そして……





「……3ッ!」





 カウントに合わせ、タイミングよくハンドガンの引金を引いた。

 乾いた銃声とともに銃口から放たれた銃弾は、我ながら見事に男の右手の甲に命中。ハンドガンを落としひるんだ隙に、彩夜さんは男の胴体を思いっきり突き放してユイのほうに飛び込んだ。


「クッ、おのれッ!!」


 しかし、男は倒れなかった。機体先頭部のほうに倒れたため自重でそのまま倒れることを期待したが、男は踏ん張り、彩夜さんを奪い返さんと右手を抑えながら逆にこちらに飛び込んできた。


「(クソッ、マズイッ!)」


 仕留めきれなかったかッ。俺はすぐに身を乗り出しておさえこもうとした。


 ……が、


「ッオオらぁ!!」


 するまでもなかった。

 彩夜さんが飛び込んできたのを受け止めつつ、右足を軸にし、彩夜さんの周りをまわるようにしながらもう一本の脚で回し蹴りを顔面に喰らわせた。男はそのまま奥のほうに飛んでいき、床にぶっ倒れて動かなくなった。

 そのままフィギュアスケートのバタフライのように一瞬飛んだあと静かに着地し、また彩夜さんを横から抱えて膝をつく。


「大丈夫?」


 それは、まるでお姫様抱っこする王子様のようであった。

 一瞬そのカッコよさに惚れるが、ユイの声によってすぐに現実に戻される。


「祥樹さん、早く!」


「ッ! あいよッ!」


 俺はユイの背中に手をついてそのまま飛び越え、そのままコックピットに急いだ。

 秘書官室がコックピットの比較的近いところにあったですぐに先頭にたどり着く。


「―――ッ! なんだこりゃッ?」


 だが、ドアは強引あけられたらしく、ドアノブは爆発したように焦げ目がついてひしゃげていた。強引にあけられたか。俺はそのままコックピットの中に入る。


「―――ッ! ゲッ、まずッ!!」


 そのタイミングで、機体はちょうと雲を抜けていた。

 暗くて良く見えないが、若干ながら月明かりに照らされた海面が確認できた。

 コックピット内は警報が鳴り響き、右側の副操縦席には、ハイジャック犯の一味と思われる男が力なく操縦桿に頭から突っ伏して操縦桿を押し込んでいた。


「クソッ、こいつがおろしていやがったのか!」


 頭を操縦桿にのせたせいで、オートパイロットが強制解除されて勝手に降下が始まったのか。すぐにそいつの頭を操縦桿からどかすと、空いていた隣の機長席に飛び込み、目の前の操縦桿を引いた。


「(うぇッ、お、重ぉ!!)」


 だが、操縦桿があまりにも重い。急降下に伴うGによって真正面から圧力を受けているために、俺自身がうまく引くことができないのだ。


 クソッ、こういう時に役立つのがアイツだってのに。だが、そうはいっても今はあいつはいない。俺が上げるしかなかった。

 目の前のディスプレイに表示されている数値では、速度が400を超え、そこからさらにどんどん上がっている。なんでこんな速度で空中分解起きないんだッ? いや、起きなくていいけどさッ!

 対して高度はどんどん下がっていっている。すでに14000を切り、もうすぐ12000を切る。


「(ダメだ、早すぎる! このままじゃ落ちるぞ!)」


 降下率と比べてみても、このままじゃギリギリ海に突っ込むことは確実だった。

 何かないか? もっと上昇を上げる奴ないか? 揚力さえあればもっと上がるはず……ん? 揚力?


 ……あ、あったッ!


「フラップ! フラップはどこだ!?」


 フラップは揚力を増大させる装置だ。同時に、若干だが減速効果も生まれる。

 右手にフラップレバーがあった。フラップの形をしているのでわかりやすいことこの上ない。

 速度がでかすぎることも考慮して、とりあえず半分くらい下げた。今の速度ならこれだけでも十分効果が期待できる。


 ……すると、


「ッ! おぉ、上がったッ!」


 揚力の増大により上昇率が上がった。機首がさっきより早く上がり始める。

 だが、この時点ですでに高度は10000を切っていた。もう海面は目の前。まさに、ギリギリ間に合うか間に合わないかの差である。


「頼む……あがれえ、あがれえ、あがってくれえ……」


 懇願とも取れる声を発しながら、操縦桿を面いっぱい引っ張った。

 機体もそれにこたえる。高度は5000を切り、あっという間に減っていく。


 海面が、まさにギリギリに近づいた。


「上がってくれ……頼む……ッ」


 高度が2000を切った。そこでやっと水平飛行になり始めたが、慣性の法則でまだ落下は収まっていない。


 1000を切った。慣性が勝つか、それとも揚力が勝つか。ここからは俺の手にはどうにもできない一本勝負になった。


 機体が海面をなでるように飛んでいく。

 500も切る。機械音声で『500ファイブ・ハンドレッド』の声まで響いた。


「頼む……あがれ……ッ」




 そして……





「上がってくれ……ッ!!!」





 高度計が、100あたりを切った時である。

 水しぶきが飛んでくるんじゃないかと錯覚しそうなぐらい、機体が海面に接近したところで、


「―――ッ!」


 一瞬ガクンッと揺れたと思うと、機首が上を向き始めた。

 そこからは、ものすごいスピードで高度を回復させていった。さっきまで見えていた海面はすでに下に流れ、代わりに雲空が見えていた。


 少しの呆然の末、機首が上がりすぎる前にすぐにフラップを戻し、解除されていたオートパイロットを押した。

 スイッチの場所は事前に頭に入れてある。なぜか前日に、いろいろ調べてたら止まらなくなって操縦方法まで大まかに調べてしまっていたおかげだった。なんであんなのが役立つんだよ……。


 そこからは、オートパイロットの再起動により安定した制御が取り戻され、ゆっくりと上昇を続けていった。


 その瞬間、俺は肩から一気に脱力した。


「……た」




「助かった……のか……?」






 政府専用機に乗って迎える最大の危機は、



 何とか、自らの手で脱することができた…………

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