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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第2章 ~不穏~
50/181

リキャプチャー・オブ・JAF001 1

 ―――政府専用機貨物スペース、尾部。


 相変わらず周りがうす暗い。貨物コンテナや積荷が詰まれている中、数少ない通路と隙間を縫って、まずはキャビンへ出れる階段を探した。

 ライトがあるとはいえ数は少なく、人間の目ではどうしても見えない部分ってのがある。幸い暗い所に慣れてきたのでまだマシだが、本来ならこんなところはいつも使ってる網膜HMDを使って眼球に直接周りの諸情報を映すために、随分とまどろっこしいというか、ちょっとイライラした感じになる。


 だからこそ、機械の目を持つユイの視覚情報はとても頼りになった。


「前方、通路が曲がってます。少し先のほうを見てきますので、祥樹さんはそのまま3人を連れて静かに少し遅れてきてください」


「了解した」


 今はユイが先行している。機体前方方向に行く通路が途中でコンテナによってふさがれているため、目が利くユイがさらに前方に出て確認を行う。

 コンテナの陰に隠れたユイは、そこからセンサーは使わず自らの目で少し顔を出して死角だった通路の状況を見る。何度も言うように、コンテナは金属なのでX線は通らないためだ。


 少し後方でしゃがんで待機し、ユイの合図を待つ。敵がいないらしいことを確認したユイは、腕だけをこっちに突き出してグーサインを出し、すぐに手招きをする。

 素早く反応し、3人を引き連れてユイのすぐ近くに寄った。敵に見つかるリスクを避けるため、コンテナや積荷の隙間を複雑に縫いながら慎重に前方を目指す。

 途中、積荷の隙間を縫いつつ、またユイが先行して先にある通路の死角を監視しているときだった。


「……で、どこで上がる気かね?」


 総理が小声でそう聞いてきた。上がる、というのはもちろんキャビンへのことだ。


「ここからつながる唯一の階段を使います。先ほどユイが言ったものです」


「大体機体の中腹にある奴か。しかし、もっと前にも階段はなくともキャビンに行く梯子ぐらいはあったはずだが?」


「いえ、主翼が接続されてる部分の隣には、燃料タンクが胴体を横切るように繋がっていますし、それ以外にも後輪格納室もあります。そこは通れません」


 飛行機の燃料タンクは基本的には主翼の中に詰まれている。いや、大型機にとってはもはや主翼自体が燃料の入れ物になっているみてもいいだろう。これを、『インテグラル・タンク』という。

 しかし、長距離飛行型となるとここにある燃料だけでは足りないため、機体内のほかの部分にも燃料タンクを増設する。その時、基本的に増設される場所が胴体のうちちょうど両サイドに主翼がある場所だ。

 そこを、主翼部分の燃料タンクと横一直線につながるように増設することで、『センター・タンク』として燃料をより多く搭載できるのだ。


 今乗っている政府専用機こと『B777-300ER』は元々長距離路線用で作られたため最初からこれを採用しており、そのため主翼脇を境に胴体中央部が前後に分かれて通れなくなっている。


 ……尤も、仮にそれながくても後輪収納部で大部分のスペースがふさがれてるためめっちゃ通りにくくなってる上、そこを敵によってふさがれたらどっち道通れないのだが。そんなことを軽く説明する。


「よくそんなことまで知ってるな……飛行機好きなのか?」


 山内さんが感心したようにそういった。もちろん、こちらも小声である。


「ま、そんなとこですね。いろいろ事情がありまして」


「事情? なんだ、昔何か―――」


 しかし、その声は途中で途切れることになる。


「祥樹さん、こちら視界オーケーです。一旦通路にでましょう」


「了解した。じゃ、いきますか」


 先の話は後回しである。一先ず、ユイの言われた通りさっき使っていた左側の通路とは反対側の通路に出た後、また見つからないように前方に向けて慎重に進んだ。


 運のいいことに下のほうはそこまで人はいなかった。

 階段はすでに見つかってるはずなので一部こっちに回して捜索でもしてるのかと思っていたが、人数的に余裕がないのか、それとも意識がそこまで回っていないのか、敵方の手はそこまで入っていない。先ほどユイが延髄手刀を喰らわした一人のみだった。


 今のところ、足音すら聞こえてこない。


「(……なんだ、これなら案外簡単に階段前までこれそうだな……)」


 そんなことを考え始めた。


 ……が、現実そんな簡単に事が進んでくれるわけもなく、


「―――ッ! まって」


「?」


 先頭のユイが手を後ろに突き出して待ったをかけた。すぐに応じて俺たちは足を止めて息をひそめる。

 ユイは顔を少しだけ出し、耳をじっと澄ませた。


「なんだ、どうした?」


 ユイは少しの間をおいて、視線はこちらに向けず淡々と言った。


「ここを曲がったすぐそこが階段なんですが……」


「が、なんだよ?」


「いえ、門番の如く階段の下に突っ立っている人がいまして……それも二名」


「なに?」


 ユイに場所を変わってもらって自分でも確かめた。


 ほんの少しだけ顔をだし、その存在をしっかり確認する。

 確かに、階段の下で門番のように守っている武装した人を二人いた。どちらも男性である。

 片方はアサルトライフル。先ほどと形が同じことから、おそらく先の男と同じく分解してカメラ型のボックスに仕込んでおいたAK-74と思われる。

 もう一人はハンドガンだったが……その形は、俺やユイをはじめ、この機に乗っている警備員、もとい空中輸送員全員が装備しているH&K USP 9mmハンドガンと同じものだった。


「(まさか、殺した奴から奪い取ったか……?)」


 要は、使いまわしである。

 もしそうなら、最初の制圧の段階で初期に殺した空中輸送員の持っていたものを奪い取って、自分たちの行っていたキャビン制圧行動に転用した可能性も出てくる。

 それなら、人員以外にも、弾薬的な面で俺たちを圧倒できたことも説明ができた。


 武装する武器は違えど、こちらも私服の上から俺たちが今身に着けている防弾ベストを羽織っている。これもまた、ハンドガンと同じく奪い取ったものだろう。


 大方を確認すると、ユイに場所を返した。


「くそ……困ったな。階段に繋がる道はここと、あとは……」


「反対側にある通路ですが、こちらは向こうからすれば真正面から丸見えです。……この二つしかありません」


 無慈悲に補足される内容に、俺は半ば参ってしまった。

 この二つ以外で、階段に近づく道はない。馬鹿正直にここを曲がっていっても二人に見つかり、そして反対側にある通路を使っても、その通路は階段真正面にあるため余裕でアウト。


 ここから俺とユイで狙撃はできなくはない。もとより距離は全然離れていないし、二人の視線は真正面通路ばかり見ている。たまにこちらは見ているだろうが、それほど警戒はしていないようだった。

 ハンドガンといえど、狙いを澄ませばこの距離からでも十分相手を一瞬で殺傷することは十分可能だった。


 だが、まだこの段階で騒ぎを起こすわけにもいかない。ここで騒がれてキャビンにいる敵が大挙してここになだれ込んで来られても厄介だ。


「(チッ、困ったな……できるだけ“穏便”に済ませるなら、まずはアイツらを階段から引き離さなければ……)」


 とりあえず、階段から離れてくれさえすれば何とかなる。要は階段の近くにいる状態で殺しては気づかれる可能性があるから厄介なのだ。


 どうにかして、できればこっち側に引き付けることができればいい。何か方法は……


「何か奴らの気を引くものないか? この際なんでもいいぞ」


「ですが、方法によっては怪しまれて増援付きで来られる可能性もありますよ。やるにしても慎重にいかないと……」


「増援付き?」


「何かもの音たてて引き寄せようとしても、向こうが総理たちを探している状況ならその物音を総理たちのものだと考える可能性があります。だとすると、もしかしたら二人で来る前に何人か“連れ”を増やす可能性も……」


「あー……そうか……」


 そこら辺は相手の性格にもよるが、もしあの二人がそういった慎重な性格をしていた場合、または、最初から取決めでそうなっていた場合は、何人か連れて集団で来る可能性もなくはない。

 ……尤も、そこまでしてる人的余裕があるかは知らんが。


「だが、それだとどうやって引き付ける? 増援呼ばせないで誰か引き付けるにはどうやって?」


 増援なしで引き付けるには、相手が増援を呼ぶほどの警戒をさせないで、かつ階段に引き寄せるというめんどくさい条件をクリアする必要がある。いやはや、逆の意味で都合よすぎる条件である。


「増援呼ばれるほど警戒されなければいいんですよね? だったら……」


「?」


「ちょっと待ってください。……音声合成よし……と、これでオーケー」


 すると、ユイは今度は俺たちを近くの積荷の隙間に隠れさせ、自分は少し大きめの声で声を発する。


 ……しかし、女性の声じゃない。


「おーい、こっちにきてくれー」


「えッ?」


 それはユイの声じゃなかった。そこそこ野太い男性の声だ。だが、その声は明らかにユイから発せられている。

 すると、それに反応したのか、


「―――? なんだ、お前そこにいたのか。おい、ちょっと行って来い」


「ういっす」


 そんな会話が遠くからかすかに聞こえた。

 仲間を呼び寄せた、といった感じなのだろうか。ユイはすぐにこっちに戻ってきて、同じく隙間に隠れて相手が来るのを待った。


「おい、お前のそれって……」


「シッ。静かに」


「お、おう……」


 今度はちゃんといつもの声だった。言われるがままに黙っていると、階段から離れてきた男がやってくる。


「こんなとこにいたんすか。中々帰ってこないからさがしましたよ―――」


 そんなことを言いつつ曲がり角を曲がった瞬間である。


「ッ!? むぐッ!!?」


 ユイは飛び出して一瞬にして口をふさいだ。さらに、その隙にまた……


 ……あぁ、うん。また、延髄手刀である。男はそのまま一瞬にして眠りについた。


「(だから、お前なんで寄りにもよってそんなえぐい方法をだな……)」


 永遠の眠りになるか否か。それはユイの手にゆだねられているが、本当に永遠にねむったらどうするつもりなんだろうか。いや、まあどうにもできないと思うが。

 しかし、やってきたのはどうやらAK持ちのほうらしく、男をとらえた際AKを落として「ガチャンッ」と物音をたててしまった。


「―――? おい、どうした?」


 マズイ、聞こえてた。ユイもとっさにマズイと感じたのか、そこをさらに機転を利かせる。


「あぁ、すんません。なんか変なの見つけたんでちょっといいっすか? なに、大したもんじゃないっす」


 声質がまた変わった。先ほどやってきたこの男の声そっくりに真似ており、口調もさっきのを聞いて一瞬のうちにコピーしたものであった。

 それゆえ、全然違和感に気づかなかったらしい。見事に引っかかった。


「あん? なんだよ、いきなり……」


 うまい。引き寄せ成功だ。今度はもう一人がこっちに来る足音が聞こえてきた。

 ユイは声質を戻して俺に向けていった。


「じゃ、次。祥樹さんお願いします。私はコイツを隠しますので」


「了解した。任せろ」


 ユイばっかりに任せているわけにもいかない。たまには人間らしい徒手格闘をみせてやる。

 どうせもう周辺にほかの人はいない。ある程度は物音立ててもバレはしないだろう。

 積荷の陰でいつ来てもいいように構える。


「おい、変なのってなん―――」


 陰から出てきた。ご挨拶である。


「あいちょっと失礼ッ」


「ッ! き、きさmグハァッ―――」


 みぞおちにまず拳を喰らわせひるませた後、一気に背負い投げ一本をドカンッと決めた。

 さらに、追い打ちとして袈裟固めを決め、その右腕を襟ではなく首に回して締め上げてわずかに残っていた意識を奪い去った。


 もう一人のハンドガン持ち。撃破完了である。


「お見事。一本入りましたね」


「おう。そっちもナイス延髄。……中々にエグイことしてくれてるようだがな」


「コイツらにはこれくらいがちょうどいいですよ。……で、階段は?」


「クリアだ。バレた様子もない。後はお前が先頭に立って状況を」


「了解」


 気絶したこの二人は適当に隙間に押し込んでおいて、後で回収することにし、俺たちはまた3人を連れて階段前に来た。

 上には幸い誰もいないが、少しタイミングを待つ。ユイがキャビンの様子をスキャンしてる間、少し聞いた。


「なぁ、さっきのお前の声……コピーしたのか?」


「ええ、まあ。閉口無線で使う合成音声技術を応用しました」


「ははぁ、なるほどね……」


 すると、ユイのしたことがよくわからなかったのか、山内さんが聞いてきた。


「え、その閉口無線の音声合成で何したんだ?」


「いえ、ですから。閉口無線で使う音声の生成技術を使って、相手の男の音声を模倣したんですよ」


「模倣?」


 俺は簡単に説明した。


 さっきのは簡単に言えば「相手の声をコピーした」のである。


 閉口無線では、通常の人間みたいな人工声帯を用いた発声ができないので、スピーカーを介した合成音声を使って発声を行う。

 それを応用して、先ほどの男の声を解析して、それを元に新たな音声データを作ってそれで“声を作った”のだ。

 最初に用いたのは、おそらく俺たちが最初に倒したAK持ちの男。俺はそいつの声をよく聞いていなかったが、それでも倒す直前一瞬だけ声を発していた。それを元に作ったのだろう。

 先ほどのあの二人の会話からも、やはり彼が戻ってこなかったのを気にしていたらしいので間違いない。

 そしてその次に作ったのは、当然ユイが倒したAK持ち。それの声で敵を引き寄せ、俺がさっきのように仕留めた。


 相手が味方なら警戒もするはずがない。音声合成をちょっと使い方を変えるだけで、こんなこともできるのである。ほんと、コイツの考えることは中々うまい。山内さんも感心していた。


「なんだ、最近のロボットってそこまで考えるのか……」


「まぁ、最新鋭ですからね。応用力は高いですよ」


 その応用力、人間もぜひ見習いたいものである。


 そうしているうちに、ユイもキャビンの解析を完了する。


「……よし、スキャン完了。階段付近見当たりません。ですが、後方随行員席付近に何人かいます」


「キャビンが明るいな……点けたのか?」


「おそらくそうかと。まあ、暗闇では見えにくいですしね」


「なるほど……」


 となると、余計落とす気はなさそうだな。落とす気なら照明を点けるまでもなく降下させてるはずだしな。時間はまだちゃんと余裕ありそうだ。焦らず行ける。


「バレなそうか?」


「幸い距離はあります。ですが、行動パターンがまだ正確に読めないのでもしかしたらこっちを見てる可能性も否定できません」


「ん~……どのタイミングで行くか……」


 明かりがあると俺たちが見えやすい。このままキャビンに行くのははっきり言って自殺行為同然だ。


 どうにかして、せめて明かりを落とせればいいのだが……電源か? いや、ブレーカーか。それをどうにかして落とせればいけるかもしれない。


「……総理、この機内のどこかに電気落とせそうな場所ありませんか? ブレーカーとか」


「ぶ、ブレーカーか?」


「ええ、そうです。場所知りませんか? そこで電気を落とせばまずキャビンには出れます」


「ブレーカーなぁ……誰か知ってるか?」


「いえ、自分は……山内さんは?」


「俺も知らねえな……どっかにあったっけか。そんなの?」


 さすがに知らないか? 政治家といえど政府専用機の仕組みまで知ってるわけないか……。


「ユイ、お前知ってたりしない?」


「今データ探ってます。……でも、確かそういうのって基本全部コックピットに集まってると思うんですけど……」


 そういいながら、どこかにアクセスしてるのだろう、ユイは必死に頭の中でデータを読み漁っていた。

 コックピットねぇ……確かに、ある種飛行機の頭脳だしそこにいろいろと集まってても不思議でないが、それだと厄介だな……コックピットに行って照明落とすなてそれこそムリゲーだ。


「ブレーカー落とせればキャビンの電気が消えてやりやすくなるんだが……」


「だが、電気落とすと操縦に支障が出ないか?」


 総理が真っ当な懸念を表するが、ユイがすぐに否定した。


「ご安心ください。機内照明の電気系統と操縦関連の電気系統は別にされているらしいので、そこは問題ないかと」


「そうか。それならいいんだが……」


「だが、落とすブレーカーを間違えれば操縦系統にまで影響を出しかねませんよ。どうやって落とします?」


 新海さんがそう懸念を上げた。もちろん、落とすブレーカーによってはそっちまで巻きこめかねないので慎重にせねばならない。

 だが、それ以前にまずブレーカー見つけないことには……。


「……あー、今B777のコックピットの計器パネル見てたんですが……そこにブレーカーパネルありました。たぶんそれですね」


「あっちゃー、ブレーカー結局コックピットにあんのかよ……」


 これじゃ落とそうにも落とせねえじゃねえか……困ったな……。ブレーカー使えないならほかの方法で落とすしかないが、何かあっただろうか?

 少し見渡すと、ちょうど近くに配電盤らしいボックスは見つけることはできた。ブレーカーはないが、点検用なのか、配線がいくつか集まっているのも確認できる。


「(だが、かといって配線切るってのもなぁ……どの配線がキャビンの照明なんだか書かれてないし、下手したら操縦系統の電源落としちまうかもしれねえし……困ったなぁ、物理的につぶせねえじゃねえか……)」


 配線には色分けがされていて、それぞれの色で束になってたりはするが、それがどの配線をさすのかまではわからなかった。そこは、やはり整備士とかに聞かないとわからないだろう。これでは、不用意に配線を切ることはできない。


 ……物理的につぶせないってなると、後ほかには……


「(……アレしかないかぁ……)」


 方法がそれしかないが、またユイに負担しいることになるのか……少し気が引けるが、今んとこほかに思いつかないし……


「……なぁ、お前、ハッキングできたよな?」


「え? ま、まぁ……それが何か?」


「いや、この配電盤からアクセスしてさ……中から落とせる?」


「えッ? マジですか?」


 さすがにユイも「ゲッ」と顔をひきつらせた。

 コイツがハッキングできるということは以前私幌市でのIED解除ですでに証明されている。今ではそれの教訓から、爺さんに頼んでハッキングシステムのアップデートもさせてもらってるため、あの時以上にその性能は上がっていた。

 それを使って、ソフト面でブレーカーに介入して落とすことはできるかもしれない。


「ですが、どうやってアクセスを?」


「幸い、この配電盤はUSBポートが備えられている。ブレーカーはないが、そこにUSBケーブルを使って接続して、電源システムにアクセスできさえすれば……」


「えぇ……できるかなぁそれ……」


 そういいつつも、ほかに方法はなさそうなことを悟ったのか、防弾ベストのポケットからUSBケーブルをおもむろに取り出した。


「でも、こういうのってファイアウォールでしっかり守られてますよね? しかも相手は政府専用機ですが?」


「そこは大丈夫です。アクセスコードがあります」


「え?」


 新海さんが脇からそういうと、自分の持っていた小型タブレットを取り出した。彼曰く、常時持っているものらしい。


「こういう時のために、政府内で機体制御に関する一部の権限にアクセスするコードデータを保有しています。照明を落とす分でいいんですね?」


「ええ、それだけで十分ですが……」


「国防省にアクセスして、政府専用機の照明関連の制御に介入するアクセスコードを取り寄せます。それをコピーして政府専用機にぶち込めば、余裕で介入できますよ」


「うへぇ、そんなのあるのか。ありがたいっす」


 こういう時政府関係者を味方につけてるとありがたいものである。

 新海さん曰く、今までに発生した政府専用機ハイジャック事件のうち何件かは、機体の操縦系統に対するハッキングによるものがあったことを受け、遠隔的な介入に備えたカウンター・ハック的要素として政府側でも持っていたものだが、今までそれらしいことはおこらなかったので持て余していたらしい。

 総理もやむを得ない事態ということで許可してくれたことにより、新海さんはすぐにタブレットを用いてコードデータを国防省から持ってきた。


「……よし、取り寄せました。ついでに、国防省にも今現在の状況を伝えておきます」


「頼みます。できるだけ、外には漏れないように」


 これで政府のほうでも何か対策とかを打ってくれればありがたい。今までやるタイミングが来なかったが、政府もおそらく異変には気付いている頃だろう。

 ユイはすぐにタブレットに接続して、そのコードデータをコピーした。そのまま配電盤とつなぎ、そのコードデータをぶち込む。


 ……すると、


「……来ました。照明機器にアクセス可能です。コックピットに発信された警告なし。バレてません」


「よし、来た」


 あっさり完了。よし、これで照明を落とせる。


「いいか、操縦系統の電源は落とすな。落とすのはキャビンの照明だけだ」


「了解。ですが、これ落としてもおそらくコックピットから回復させられる可能性もあるのでできるだけ早く行動に入れるようにしないといけません」


「つまり、制限時間付きってことか?」


「イグザクトリィ」


「どんくらいだ?」


「元々電源系統のセキュリティに用いられていた防壁を全部解凍してコックピットからの介入に備えるとすれば……大体、2分は最低持ちます。それ以上は知りません」


「よっしゃ、2分あればこっちのもんだ」


 機体は広いが、2分もあれば制圧はできる。

 俺はすぐに配置につくべく移動した。3人を連れて階段前に付き、自らの目で上に誰もいないことを確認。

 ユイに、合図を送った。


「よし、こっちはいいぞ。キャビンを夜にしてやれ」


「了解。ブレーカー落とします」


 すぐにそれは実行された。

 ユイは電源系統に介入し、キャビンのブレーカーを完全に落とした。それと同時に、ケーブルを抜き取って防弾ベストのポケットに入れ、首元のUSBポートをカバーを戻す。


 そして、数瞬の間をおいて、キャビンの照明が全部落ち暗闇になった。それが号砲となる。


「よし、ゴゥ!」


 俺たちは一気に階段を駆け上がった。まず後方の制圧に移るため、ユイ先頭で俺たちは一気に動き出す。

 階段より後方は通路が二つに分かれており、それぞれを俺とユイで分担して進んでいった。3人は少し遅れて客席の陰に隠れながら俺の後をついてくる。

 キャビンではいきなり照明が落ちたことに動揺し、冷静さを失った怒号があちこちから響いていた。思惑通りの動きだ。しかも、暗闇のためその焦燥感はさらに倍増する。

 しかし、俺たちはお構いなし。片っ端からハンドガンの銃声を鳴らして敵を打ち抜き始めた。

 ここでも、やはり案の定というべきか、ユイの射撃精度の高さが光る。暗闇でも正確に撃ち抜き、俺たちの進撃に最大限の効果を発揮した。


 対する俺も、最初は撃つのを一瞬躊躇したが、隣のユイが躊躇いもなく敵をバンバン打ち抜くのを見て、さすがに覚悟を決めた。


「(……なるほど。新澤さんが言ってたのはこれのことか)」


 私幌市の時、和弥に言い聞かせていた言葉の意味を俺はその身をもって理解した。

 確かに、撃つのを戸惑っていてもその次死ぬということの事実は変わらない。それは、今この現状をもってして実感した。この暗闇もあって、その恐怖感は計り知れなかった。

 しかも、一回撃つとそのあと躊躇いがなくなってきた。早くも、俺は慣れてしまったようである。羽鳥さんがあの時言っていた“銃撃戦で本当に恐ろしいこと”とは、まさにこれのことなのだろう。和弥も、これをあの時体験したのだ。アイツの気持ちは今は痛いほどわかる。


 だが、もちろんそんなことを考えてる余裕はなかった。暗闇に慣れていない彼らでも、銃声の音を頼りにとにかく発砲して対抗してきていた。

 しかし、それでも真っ暗闇にかわりはない。明るい場所からいきなり暗闇になったため、周りは何も見えず、音だけを頼りに撃ってもほとんどがあらぬ方向に飛んで行っている。


 だが、俺たちからはほぼ丸見えだった。


「(ヘッ、明るいところにいたからだ! 俺たちはほぼ真っ暗闇にいたんだよ!)」


 ここにきて、奴らの照明をつけておくという行動が裏目に出る結果となった。

 俺たちは明かりが少ない暗闇にいたために目が慣れているし、ユイに至ってはそういった慣れの問題すらない。だが、コイツらはさっきまで明るい場所にいたために、目がまだそれに慣れていないのだ。


 暗闇になれる=少しでも光を取り入れるために瞳孔が完全に開くまでには、まだまだ時間がかかる。


 暗闇に惑わされた敵は次々と倒れていった。途中から撃ち殺すのに本気で慣れてきた自分に若干の嫌気がさしてきたが、それすらもとにかく心の中で振り払いつつまずは制圧を目指す。


 随行員席を制圧し、さらに後ろの一般客席に移る。

 ここには何やら床にいろいろと乱雑に置かれた固いものがあり、何回か足に当たって邪魔に感じた。だが、当たった感触からして固い金属……大きさ的に見ても、おそらくカメラだろう。


「(やっぱり……このカメラをAKの入れ物にしていたのか?)」


 さすがに暗闇に慣れているとはいえそこまでよく見えなかったが、あとで照明がつけばそこも判明するだろう。

 また、途中で味方の空中輸送員らしき人の“死体”もみかけた。あくまで銃弾で撃ちぬかれたものばかりだが、おぞましいことこの上ない。あとでご冥福を祈らせてもらうことにする。

 後部のほうはそれほど人がいなかった。前方に集中しているらしく、前方からの銃声も聞こえてきたのでさっさとここを片付けて一般客席を奪還すると、今度は一転して機体前方に向け進撃する。


 そろそろ残り時間も1分を切ろうというところか。前方から来た数名のうち2名ほどはアサルトライフルにしかできないような連射を行っており、これがまだ残っていたAK持ちと思われた。

 まずそれを最優先で撃破し、さらに前方に向け進撃。再び随行員席を奪還し、また先ほどの階段のほうまで戻ってきた。


 ここからは一本道。会議室の中を確認すると、そこそこな人数の生き残りが押し込められており、中にいた敵2人は即行でねじ伏せた。

 歓喜に沸く中、そこの保護は山内さんに任せ、3人をそこにいったん隠すとそこをの扉を陰にしてまた前方から来た敵を追い返す。

 そこそこ暗闇に慣れてきたのか、行動に冷静さは戻ってきていた。しかし、状況的に見ると今更である。


 すでに数的有利でどうにかできるような状況ではなくなり、趨勢はこちらに傾きつつあった。


 会議室の隣にあった事務作業室も会議室からの迎撃射撃で間接的に制圧が完了し、3人をそこにおいてそのまま秘書官席方面に向かおうとしたところで……


「……ッ! 照明がッ!」


 タイムリミットらしい。照明は復旧され、キャビンに明かりが戻った。

 しかし、敵にとっては時すでに遅し。すでにキャビンは大体を制圧し終え、俺たちが残すのは秘書官席のみ。

 しかも、銃声がそれほど聞こえてこないあたり、敵ももう戦力はない。事務作業室の壁の陰から迎撃し、確実に撃破していく。


 ここまでで俺たちに負傷はなし。たまに肩を弾がかすったりしてひやっとすることもあったが、そこは防弾ベスト様様で切り抜ける。


 そして、いよいよ秘書官室だ。


 そこさえ制圧すれば、後はコックピットを奪い返して終わりだ。敵ももう数はほぼいない。

 今までの段階でほかの生き残りがいなかったのが気にかかっていたが、おそらく秘書官室に集められていると考えるのが自然だろう。さすがに搭乗員皆殺しとかしてる弾薬的余裕はないはずだ。


「もう少しだ。敵は?」


「もうほとんど残ってませんよ。銃声もさっぱり消えましたしね」


 そういいつつ、秘書官室の前に着く。もはやドアの前を守る敵もいない。まさにがら空きだ。


「よっしゃ、じゃあさっさと秘書官室を奪還してハッピーエンドと……」





「行きましょうかッ!」





 そう叫びつつ右足で思いっきりドアをけり破った。

 勢いよく扉を開けると、すぐに俺とユイは部屋になだれ込んだ。


「ッ! いたッ!」


 案の定、秘書官室には会議室に入らなかったらしい残りのごく少数の搭乗員が入っていた。

 中には警備をしていた者もおり、警護主任までもがけがをした状態で横たわっていた。


 そして、すぐ目の前には、明らかに場違いの私服と防弾ベストを着たハンドガンを持った一人の男が……



「―――なぁッ!?」



 だが、そいつは俺たちを視界に収めると同時に近くにいた一人の女性を強引に引き寄せ、腕で首を自分の体に固定させると、持っていたハンドガンの銃口を頭に押し付けた。

 俺とユイはすぐに銃口をその男に向けるが……


「ッ!」


 ―――すぐに引けず、俺とユイは互いに動揺した。その女性は、いや、“少女”は、俺たちのよく知っている人物だった。


「総理ッ! 今ここで動くわけには!」


 後ろからそんな新海さんの怒号が聞こえてきた。振り返るまでもなく、総理は制止を振り切りこの部屋に強引に入ってきた。


「みんな無事か!?」


 そういう総理の声に一瞬周りは沸き立つが……


「……ッ!?」


 その視線が、ハンドガンを持った一人の男に向くと、一瞬にして顔を真っ青に染めた。

 無理もない。彼女は総理にとっても一番身近な存在であったのだ。


 ……その少女は……





「さ、彩夜ッ!!」





 父の言葉に、娘である彼女はすぐ反応した。まるで、懇願するように。



「た、助けてッ……お父さん……ッ!」


「彩夜ァッ!!」


「彩夜さんッ!!」


 総理の叫び声に俺も思わず反応してしまった。




 そう。寄りにもよって彼が“人質”にとったのは、





 総理の娘で、かつ俺たちとも交友ができたばかりの『彩夜さん』だった…………

<旅客機構造補足>

※燃料タンクについて

 ……ほかにも、「セル・タンク」と呼ばれる主翼内に燃料を入れる専用の容器を載せて、それを燃料タンクにしているタイプもあり、これは小型機のほうによく用いられる。

※水平尾翼の燃料タンク

 ……また、長距離路線機によっては、最近では後部の水平尾翼にも乗せることがあり、これは別名「スタビタンク」と呼ぶ。(インテグラルタンクのように水平尾翼自体が燃料タンクになっている構造ならそのままインテグラルタンクと呼ぶこともある)

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