ハイジャック 1
―――銃撃の音は鳴りやまない。どんどんと大きくなるのがすぐにわかった。
それだけではない。小型インカムをすぐに右耳に取り付けると、怒号、というより、もはやただの“命令形の悲鳴”のようなものが聞こえてきた。
『―――後部エコノミーエリア! 抵抗が激しい! 武装した奴が見ただけで3人いる! 誰か来い!』
『右通路がら空きだぞ! こっちに誰構わsッう゛わぁッ!!』
『コードレッド! 繰り返す! コードレッドだ! コックピットに伝えろ!』
『クソッ! アイツらAKもってやがる! どうやって持ち込みやがった!』
『ブラボーチームはどこいった! まだ起きてねぇのか!? こっちは全然足りねえぞ!』
『警護主任がどこにもいねえぞ! どこ行きやがった!』
『後部右通路突破されるぞ! 誰か増援をくれ!』
『アルファ耐えろ! 今こっちから何人か―――』
―――まさに、蜂の巣をつついた時のような大混乱の真っただ中だった。明らかに奇襲か何かを受けたような反応で、無線内で情報が錯そうしている。全く統制が取れきってない。
間違いなかった。この状況は……
「(ハイジャック!?)」
そう思った瞬間、俺はすぐに行動に出た。
「ユイ! ドア鍵閉めろ! 中から外の様子をできる限り監視!」
今すぐ逃げるという選択肢もあったが、あえてしなかった。
ここからエコノミーは比較的近い。音からして銃弾の一部はこっちに流れてきてるだろう。こんな状況で外に出るのは自殺行為に等しい上、今この状態で総理たちのもとを離れるのは今は好ましくなかった。
ユイも言われるまでもなくドアの鍵をを確認し、そしてドア・壁越しに外を見た。センサーにはX線を使っているから金属があると外は見えないが、今の旅客機の内壁はすべてX線透過性が高い炭素繊維が使われていたはずだ。見えなくはない。
「こちらチームデルタ! 現状を教えてくれ! 繰り返す! 現状を教えてくれ!」
俺の現在参加しているチームであるデルタ名義で無線で情報提供を求める。
……が、すぐには応じてくれなかった。どこも混乱しっぱなしで、末端のほうにまで情報を届けてる暇がこれっぽっちもないのだ。
「(クソッ! どこもまともに取り合わねえのか!)」
心の中で悪態をつくも、これ以上聞いても無駄だと悟った俺は、独自に行動をとる決断をする。もうなりふり構ってはいられなかった。
「ユイ、外の状況は?」
ユイも先ほどとは打って変わってすぐに表情を一変させた。真剣みしかない、いつもの“ロボットの表情”である。もうさすがに慣れたものだった。
数瞬ほど壁越しに外を見た後、淡々と答える。
「後部エコノミークラスのほうに人が集中してます。たまに散らばってる金属反応はたぶん銃弾かと。でもこれ、随分と連射が速いですよ?」
「連射?」
さっき、AKがどうたらとか言っていた。まさか、アサルトライフルまで持ち込まれたのか? だが、厳重な日本のセキュリティをどうやったら潜り抜けれるんだ?
しかし、そっちに考えを向ける時間はなかった。さらに事態は悪化する。
「ッ! 一部が抜けました。こっちに来ます」
「なッ? は、早くねえかオイ!?」
いきなり出てきた割には展開能力がすこぶる早い。無線も聞くと、すでに後部のエコノミークラスは全滅。そのさらに前方にいる随行員席も巻き込まれ、一部は途中の客席とかを突っ切ってコックピットにすら向かっているらしい。
中にはこの会議室のすぐ前を素通りして一直線に機体前方に向かっていくのもユイのX線センサーによって確認された。やはり、すでにここの前は支配されてるも同然だ。出ないほうがいいだろう。ここは事実上のセーフルームだ。
……だが、それでもこちらの対応がすべて後手後手に回っている事実に変わりはない。
「(……ダメだ。この状況じゃ対処できない)」
こうしている間にも、どんどんと“戦線”が突破されていっている。“敵”は確実に、しかもはやい速度で前方に押し寄せてくる。
「こっちに来た分だけでも私が追い返しましょうか?」
「いや、やめとけ。ハチの巣にされて終わりだ」
割と本気の目で言ってきたのを俺はすぐに止めた。
確かに、コイツの能力なら数人程度の武装連中なら相手取れるし、ある程度の被弾も許容はできる。
だが、現状相手の詳細がこれっぽっちもわからない。情報は錯綜しててこれっぽっちもあてにならない。俺らが出て行っても対処する前に天に召されるのが落ちだ。ユイだけツッコませるのも、状況的に見ると希望的観測にしかならない。
……とすると、どうすればいい? このまま籠城戦とかできるはずもない。
「(どっかにないか? 隠れれそうな場所は……)」
俺は会議室内を見渡す。
会議室内で隠れれそうな場所……いや、ダメだ。どこにもない。
タンスや物入れどころか、そもそも人っ子一人が入れられそう場所すらない。普通なら天井にもご都合的にあるであろう通気口も、あったにはあったが小さすぎて上に出れそうにない。
隠れるなら窓割って外に身を隠す、なんて言う馬鹿げたことしかできそうになかった。
あとは何がある? 籠城は無理だし、外に出るにしても確実にハチの巣にされる。
「銃撃音が高くなってます。戦線が後退してますよ、どうしますか?」
こっちに催促が繰るも、俺はそれには答えず必死に考えた。
思い出せ。前の日までこれに乗るにあたっていろいろ調べたじゃないか。政府専用機の内装まで見ただろ。
どこでもいい。こっから抜け出せそうなヒントはないか? 噂程度で流れてたやつでもいいから、部屋の中に出入り口みたいなのは……
「(……ッ! そうだ、確かネットの都市伝説で……)」
そこまで来てやっと思い出した。離陸前、ユイとの会話の過程で
“政府専用機関連の都市伝説にもたどり着いた。会議室には下部スペースへの脱出用の隠しドアがある”
そんなことを言っていたのを思い出した。
会議室、まさにここのことだ。俺はそれに賭けた。
「総理、どっかに通路みたいなのありませんか? 下につながる通路みたいなの?」
すぐに総理にきくが、いきなりの出来事に若干放心状態だったらしい。すぐにハッと我に返って思い出そうとするが、
「いや、そんなのあるとは聞いたことないぞ。この機のこと何でも知ってるわけじゃないが……」
「お二人は?」
「いや、知りません。山内さんは?」
「俺も知らん。都市伝説じゃあるって聞いたことあるが、俺そこまで政府専用機使わないし……」
ここにいる全員が知らなかった。なんだ、やっぱりただの都市伝説だったのか?
望みが絶たれたように「クソッ」と悪態をつくが、もうこうなったら無線で誰かに聞いてみるか……と、無線の声に耳を傾けた時だった。
『総理はどこいった? まだ会議室か?』
『会議室ならすでに下に行ったはずだ。とにかく最低そこだけは守れ! 誰かあそこいたか?』
……ん?
「(下に……行った?)」
下に行った。つまり、この会議室の下に行ったってことで間違いないだろう。
この場から、会議室の下に行くってなると……同じく無線を聞いていたユイと目を合わせた。
「もしかして……“下への出入り口”、あるんじゃ?」
「俺たちが知らないだけなのかもしれねぇ。探すぞ。すいません、3人とも手伝ってください! どこでもいいですから下に繋がりそうなとこ探して! ユイ! 外監視してろ!」
一瞬の沈黙からすぐに動き出した。
皆慌てて床を触ってドアの取っ手を探したり、壁に何か突起物がないか探したり。とにかく一心不乱に何かドアに繋がりそうなものを探した。
俺も、それを探しつつ無線に叫ぶ。
「誰か! 会議室から下につながる通路の場所を教えてくれ! 誰でもいい!」
しかし、応答するものはいなかった。相変わらず無線は錯綜し、それぞれの無線通信すら混雑していて聞き取り切れないものばかりだった。俺なんかに構ってる余裕などないと、無線がその状況を持って語っていた。
「クソッ! もういい、こっちで探してやる」
無線で情報を受け取ることをあきらめ、すぐに部屋の中をくまなく探した。内壁、床、その裏に実はとって隠されてたりしないか? そんなところまでくまなく探す。
……が、その途中、
「うゎッ!?」
「き、機体がッ!」
思わず俺と新海さんが声に出していった。
機体がいきなり大きく揺れた。まるで少し大きめの地震が起きた時のように小刻みに揺れ、それに加えて左右にも大きく揺れる。
とにかく何かに捕まってないと立つこともままならない。立て続けに起こる揺れに、お隣の政治家らは焦りの表情を露わにしていた。
「(まさか、もうコックピットに入られたのか!?)」
俺は最悪の予感を感じたが、それも束の間、すぐにまた探し始める。
揺れは比較的すぐに収まり、機体の安定は取り戻されたが、今の俺にはそれがむしろ不気味にさえ思えた。
「一部がこっちの通路に向かい始めてます。時間ないですよ」
「わかってる! ちょっと待ってろ」
焦燥感任せにそう言い放つ中、俺は床に何か取っ手がないか急いで探していく。
しかし、ユイからの催促も止まらない。事実、もう会議室目の前にまで敵は迫ってきていた。かろうじてほかの警備が抑えているのが現状である。
「(どこだ!? どこにある!?)」
大分探しても出てこないので余計に焦る気持ちに駆られる中、いきなり「あったッ!!」という山内さんの声が室内に轟いた。
「ここだ! ここに取っ手がある!」
そういって指さしたのは足元にある内壁の一部分だった。
そこは、見つからないようにするためか内壁の内側に器用に取っ手のようなものが埋め込まれ、そこを手前に倒すことで小さなドアが開く仕組みだった。今はその取っ手を覆っていたカバーが開かれていた。
山内さんはすぐに取っ手を倒し、小さな通路口を開く。人ひとりがやっと入れるような大きさだったが、中を確認すると、下につながるタラップが確認できた。
間違いない。例の下につながる通路だ。
「あったぞ! さあ、中に入って! 急いで!」
すぐに3人を中に押し込み、タラップを伝って下におろした。下は確か貨物スペースだったはず。人も立ち入るから気圧は保たれているだろう。
「ユイ! お前も入れ!」
「いえ、先に行ってください。殿は機械って相場が決まってるでしょ」
「んな相場聞いたことねえよ」
そうは言いつつも、確かにこういう場合は機械に後ろを頼ったほうがよさそうなのは確かだろう。
お言葉に甘え、すぐに中に身を入れる。防弾ベストが若干きつかったが、それでも無理やり入れつつ、ユイに早く来るよう催促した。
「よし、長居は無用だ! こっちこい!」
「了解。こっちももう持ちそうにないですしね」
さり気なく冷たい一言を難なく言い放ちながら、ユイも通路口に滑り込む。その際、バレないように取っ手を覆っていたカバーも戻し、最初の状態に戻した。
そして、通路口の内側からその通路口を閉めると、ちょうどそのタイミングで壁の外から何かをぶち破る轟音が聞こえた。
「ギリギリだったな」
俺は思わずつぶやく。ドアがぶち破られたのだろう。そのあとも何人かの足音と叫声が聞こえてくる。
「ユイ、ちょっと向こうの様子見ててくれ。俺は総理たちに付く」
「了解」
ユイをその場に残し、一足先にタラップを降りた。
案の定、会議室の下は貨物スペースだった。薄暗い空間に、いくつかのコンテナと、ご丁寧に包装された荷物類が高く積み上がっている。
タラップの下には、総理ら3人がその場にじっとしゃがんで留まっていた。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……なんとかな」
総理が代表してそう返す。しかし、やはりまだ事態を把握し切れていないといった様子だった。ほか二人もほぼ同様である。
「けが等は?」
「大丈夫だ。ここにいる2人も、何とか」
「よし……とりあえず問題はなさそうですね……」
3人の安否を確認すると、ちょうどよくユイが降りてきた。
一息ついた、といった感じで小さくため息をつく。
「会議室に入ってきた人たちはそのまま出ていきました。幸い気づかれなかったようです」
「よーし……とりあえず一安心ってところか……」
一先ずホッと胸をなでおろす。まだまだ予断を許さない状況だが、とりあえず陰に隠れることはできた。それだけでも十分幸運だろう。あの無線聞いてなかったらたぶん蜂の巣か、またはお縄にかかってたな。
「ですが、ここはちょっと離れたほうがいいですね」
「?」
ユイがそういうと、アイカメラのモードを変えて目の前にホログラフィを展開した。
そこには、政府専用機の機体後部の下部空間の図面が表示されている。
「うぉぅ、便利なもんだな、それ」
「空間投影型のホログラフィですね。うちのほうで要求してたものですが……一応、性能は相変わらずよさそうですね」
山内さんがそういうのを新海さんが簡単に説明した。薄暗い空間内でもしっかり光とともに投影されるため、ライト代わりにもなるうえ見やすい。
ユイは表示されている図面の一部分、アイコンの形から見て階段だろう、そこを赤く表示させつつ簡潔に説明する。
「機体後部でここにつながる階段等があるのは、先ほど用いたタラップを除けばこのすぐ近くにある階段だけです。もしそれの存在がバレたら、現在位置から考えて私たちはすぐに見つかります。まずはここより後方にいったん場所を移して階段から離れましょう」
「おいちょっと待て。お前その場所どこで知った? あとこのマップは?」
「乗った際に一通り見て回ったり聞きまわったりしたので。万が一に備えて」
「えー……んないつの間に」
俺の知らない間にいつの間にそこまで見て回ってたんだ。俺は役目終わったら即行で席について一休みしていたというのに。どうりでその時見当たらなかったわけだ。
「とにかく、敵が階段を見つけて降りてこないうちにここから離れましょう。後方にとりあえず移ってそこで身をひそめるのが最適かと」
「了解した。では皆さん、場所を移します。ユイは後方警戒。俺は先頭に出る」
「了解」
一先ずこの場を離れ、機体のさらに最後部に移動し、階段から離れて身をひそめることにした。
たまに機体が揺れる中貨物の隙間を縫っていく。最後部にはちょうど貨物が入っていないスペースがあり、とりあえずそこに隠すことにした。
ちょうど上には少ないLEDライトの一つが設置されており、薄暗い空間からは解放された。しかし、不安感からは全然解放されていないのは変わらない。
「とりあえず……皆さん、無事ですね?」
念のためもう一度確認する。全員の安否、けが等の確認をし、すべて問題ないことを確認すると、やっと俺は一つ大きな安堵のため息をついた。
「何とか撒いたか……はぁ、危なかった。あのままじゃ確実にハチの巣になってあの世行きだったわ」
「ま、仮にそうなっても私はどうせいけないでしょうけどね。機械なので」
「さあね。神様にでもたのみゃあもしかしたら連れてってくれるんじゃね? 天国だろうが地獄だろうが」
お隣で「なんでそんなジョーク言えるんだこんな時に……」と大臣方が言ってる中、そんなけだるさ全開のジョークをかませるだけ俺もまだ精神的に余裕はあるということだろうか。これも日々の訓練のたまものか。警護訓練はこれっぽっちもしてないが。
「はぁ……とりあえず、少しの間はここに隠れてたほうがよさそうか。しかし……」
「いきなり出てきてこの事態……一体何があったんだ?」
「わかりません。状況がさっぱりです」
新海さんの言葉に俺は同意した。
精々わかることといえば、武装した連中が複数人の集団でハイジャック仕掛けてきたってことか。コックピットも怪しい。
だが、結局はそこまでだ。それ以上はこれっぽっちも情報が来ない。
「ユイ、無線はどうだ?」
「……ダメですね。さっきからノイズばっかり響いて沈黙してます」
「まさか、もうやられたのか……? 最後の奴は?」
「無線記録だと……コックピットに、コードレッドを繰り返し伝えて、そのあとすぐにノイズが響いた、といった感じですね」
「コードレッドか……」
最初の無線でも叫ばれていたこのコード。
緊急事態の種類を示すものだ。レッド、グリーン、ブルーなどいくつかあるが、今回のレッドは何らかの理由で緊急避難が必要な場合を指す。元は病院等で使われていたのが、ここでもほぼ似たような意味で使われている。
つまり、先ほどは「ハイジャックが発生したから全員退避!」みたいなことを言っていたのだ。
「最後までコックピットに向けて言っていた……最初コックピットに一回伝えたはずだったよな?」
「応答の無線が聞き取れなかったのかもしれません。事実、そのような応答は聞こえていませんでした」
「最後の最後まで混乱しっぱなしか……参ったなこりゃ」
うんざりといった感じで頭をかく。
無線はずっと錯綜していた。各チームからの報告と、つんざくような銃声と悲鳴が混ざり合いほとんどはっきりと聞き取れなかった。
これじゃ状況がこれっぽっちもわからない……だが、無線がおとなしいってところからして、おそらく上の事態は収まっているだろう。機体も一応安定している。墜ちる、といった最悪の事態はどうやらなさそうだ。
「だが、一体どうやってここに……敵は誰だ? どうやって俺たちを?」
山内さんが少なくない焦燥感を出しながらそういった。
「敵がわからない以上どうとも言えませんが……確か、AKがどうのって言ってなかったか?」
「言ってましたね。AKを持ってるって報告が無線で来てます」
自身が記憶した無線のログをたどったユイが言うなら間違いない。俺の耳にも届いていた。
だが、無線を聞いてなかった新海さんはそれを聞いて焦った。
「AK? こんなところになんでそんなでっかいアサルトライフルを持ち込めたんだ?」
「一応、手荷物検査はしましたよね?」
「当然です。しっかり彼らの手荷物は厳重に検査し、問題ないことは確認済み。どうやってもAKなんてデカ物を持ち込める条件が見当たらない……どこに隠してたんだ?」
「本当にAKだとは限らんだろう。AKに似たものを見間違えた可能性もある」
「しかし山内さん、AKに似たって言えば相当でかい銃です。どっちにしろ持ち込めませんよ?」
「あ、そうか……」
新海さんの指摘は尤もだ。あの混乱だ。もしかしたらAKを何かほかの中と勘違いした可能性もあるが、それだとAK並のデカい銃を用いたことにもなる。どっちにしろ持ち込もうとした時点で検査でひっかかるだろう。
……となると、
「まさかと思いますが……映画『エアフォースワン』のごとく、元から機内に搭載されていた武器類を奪って使っていた、なんてことはないですよね?」
そんな疑問を抱いた。あの映画では、機内に侵入したテロリストはエアフォースワン機内に元から載せられていた武器を奪ってほかの警備員たちと銃撃戦を展開していた。もしや、それと同じことが起こったのでは?
だが、それは山内さんが即行で否定した。
「いやいや、それはない。そもそもこの機にはそんなのは載せてないからな」
「あぁ、そうなんですか……」
しかし、だとすれば一体どうやって武器を持ち込んだのか? しかも、AKか、またはそれと同じくらいの大きさの銃まで持ち込んだときている。
さすがに日本のセキュリティがとてつもなく甘かったわけではあるまい。仮にも天皇陛下すらご利用なされる機体だ。万全でないはずがない。
ではどうやって? 俺は答えが見つからず、今考えても仕方ないと思い直した。
すると、新海さんが深くため息をついていった。
「とはいえ、警備がこうも簡単に破られるとは……敵はどんだけの戦力持ってきたんだ?」
「しかも、タイミングも悪かったですね。明らかに」
「え?」
ユイが意味深な発言をする。さらに続けた。
「今現在は深夜帯で、警備の皆さんは休息時間に入っています。各部の警護は最低限しかおいておらず、そのほかの皆さんは全員就寝中です。……そのタイミングでいきなり奇襲を仕掛ければ」
「そうか、今は警備が手薄になってるからここを狙って……?」
俺がそうつぶやくと「クソッ、最初から狙ってやがったのか」と山内さんはイラつきをあらわにし拳で床を叩いた。
確かに、攻撃するなら今が最適か。今はほとんどの空軍輸送員は休息中で、警護体制をとれたのは持ち回りで警護任務をしていたたったの数名。
全員ずっと休みなしで警護するわけにはいかないし、どこかで絶対休息が入って手薄になる時間帯が出てくる……敵もそこを狙ったのだろうか。
しかも、相手は空軍輸送員とはいえ閉所戦闘のエキスパートだ。少数人数だったとはいえ、こういった事態での対処には慣れているはずなのに、あっという間にやられた。
数の問題だけではない。明らかに敵の“練度”も高いレベルにある。
……そうなると、
「ちょっと待て。となると、このタイミングで閉所戦闘慣れした大量の人間が一斉に動いたってあたり、これって最初から入念に計画されてたってことか?」
「大人数が一斉にタイミングを見計らったあたり、やはりそう見たほうがいいですね。全体的な状況等から考えても、これは明らかに……」
「……例の、ハイジャック事件か?」
「それと、同一のものかと。ほかにこんな“芸当”をやりそうな候補がありません」
「ッ……」
俺は一瞬言葉を失った。俺だけではない。隣にいる大臣らもそうだった。
案の定ではあったが、やはり今回のこれも奴等が……だが、そうなるとやはり台湾のほうもそうなのか?
まさか、別の意思を持った集団が偶然同じタイミングで同じ行動を起こそうとしていたとは考えにくい。元からこの二つは組織的につながっていると見たほうが自然だろう。
だが、それだとおかしい。今更だが、考えてみれば奴らは世界トップレベルのセキュリティを持つあのエアフォースワンすらすり抜ける芸当を成し遂げた連中だ。貶すわけではないが、台湾のほうはそれよりは断然セキュリティレベルは甘いことが予想される。
それを、こうも簡単に見つかるのは逆に不自然だ。どうせなら、より多くの政府専用機を混乱に貶めたほうが彼らにとっても都合はいいはずだし、もし台湾機がハイジャックされたことがすぐに知られれば、その翌日に飛び立つ日本としては日程をどうしても見直さざるを得ないうえ、この後のハワイサミットにも悪影響が出る。世界各国にも小さくない恐怖を与えることができるだろう。
彼らにとっても好都合な条件が整っている。だが、なぜ台湾は失敗してすぐに日本を狙ったのか?
「(あれは一体何を狙っていたんだ……?)」
まさかとは思うが……“わざと”捕まったわけじゃないだろうな? だが、それをするメリットがいまいちピンと来ない……。
そう思考を巡らすが、山内さんがイラついた言動でそれを遮った。
「とにかくだ。おそらくこの機はすでに敵の手中にあることが予測されるし、今はどうにかしてこれを奪還しないといけない。どうすれば……」
「今現在、戦闘できる奴って俺とユイしかいないんですが……」
「そこなんだ。まさか、ほんとに君たちに身辺警護で働いてもらうことになるとは思わなかったが……閉所戦闘、できるか?」
「一応、室内戦闘訓練の経験もありますので、応用でできなくはないですが……」
とはいっても、俺がやってたのはあくまで建物内とかで、当然ながら飛行機の中とか訓練ではやったことない。
室内と言っても、建物内と飛行機内では細かな性質が違ってくる。どこまでやれるか、正直俺にもわからなかった。
「ですが、今はお二人しか頼りがありません……我々政府の甘さが招いた結果ですが、どうか、お願いします」
「わかってます、新海さん。もちろん、最大限努力いたします。……とはいえ、こんなこと初めてなのでどこからどう手を付ければわかりませんが……」
しかし、そう不安事も言ってられない。現状は一刻を争う。
敵も、もうさすがに総理たちがいないことに気づいて探し始めているだろう。それらの捜索の目をしのぎつつ、最終的には最低限“俺とユイの二人”で奪還するしかない。
途中、どこででもいいから無事生き残ってた空中輸送員の人と合流できればありがたいが……状況が中々に最悪だ。おそらく、希望的観測で終わるだろう。
……こうなったら腹をくくるしかないのか、そんなことを考えていた時だった。
「……ん?」
山内さんが何かに気づいたようにそういった。
「総理、どうしたんです? 顔色が悪いように見えますが……」
心配そうな声をかけた先には、確かに結構顔色を悪くした総理がいた。まるで、何かを心配するような、それも、結構深刻なものだった。そういえば、さっきからこっちの会話に入らず静かだったが、具合でも悪いのだろうか?
山内さんの声に気づいた総理は、少し虚ろとも取れる目線を向けていった。
「あぁ……、娘は、彩夜は無事なんだろうかと……」
「ッ!」
「そ、そうだ、彼女は?」
今まですっかり忘れてしまっていたが、そうだ、彩夜さんがこの場にはいない。ユイと、お隣の大臣方も「ハッ」と気づいた。誰もがすっかり自分のことで躍起になり、彼女の存在が完全に頭から離れていたのだ。
かくいう俺も、その一人である。
「確か、彩夜さんは……」
「私たちが会議室の中に入るときに分かれたのが最後です。機首方面に向かっていました」
「えっと、あの方向には確か……」
彩夜さんが使いそうな部屋はあったか? それには総理が答えた。
「『秘書官室』だ。彩夜は、いつもはあそこにいる。君たちと別れた後も、そこに向かっていたはずだ。俺たちと会議室にいた時もひたすら眠いといってたし、そこで仮眠をとるつもりだったに違いない」
「となると、時間から見てもそのあと睡眠中に……」
とすれば、秘書官室のほうが心配だ。彩夜さんは無事だろうか。いたるところで銃撃戦が起きていたはずだし、もしそこも巻き込まれていたら……。
……俺は最悪の事態を予感した。
「(……できれば、そのようなことがなければいいが……)」
当然、現実がそう都合よく転んでくれるとも限らない。だが、この時だけは神に頼んだ。頼む、彼女だけはせめて生きながらえらせてくれ、と。
「彩夜さん……大丈夫かな……」
さっきまでほぼ起伏なく淡々としていたユイも、少し表情を暗くしていた。ある意味、彩夜さんと親しく会話していたのはコイツだった。
ユイ自身としても、彩夜さんの死という最悪の事態だけは考えたくなかったに違いない。
そして、それは俺らはもちろん、当の父親である総理自身が一番不安に感じていた。
今もなお、その顔色は優れず、不安な表情を露わにしている。心配の度合いがどれほど高いか、それはすぐにうかがえた。
「(心配事がたくさんある。とにかく、まずはここから状況を打開して……)」
とにかく、今の現状を打開しようと思考をし始めた―――
まさに、その時である。
「―――ッ! 祥樹さんッ」
「?」
一瞬にしてこの場の空気を張り付かせた。ユイの一言に、俺はすぐに反応する。その声と表情で、俺に対して何かマズい事態が起きたことを知らせていた。
「どうした?」
「……マズイです。予想より早く来ました」
「予想より早い……? ッ! ま、まさかッ」
俺はすぐに見当がついた。そして無慈悲にも、それはユイによって肯定される。
「ええ……どうやら、もうバレたようですね……」
「早速やってきましたよ……お客さんが、“階段の上”から……」
その場は一瞬にして恐怖で凍り付いた。
招かれざる客は、俺たちの予想より早く近づいてきた…………




