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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第2章 ~不穏~
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政府専用機巡航中 2

 政府専用機『会議室』


 会議室って言ってる割には結構小さい。昔のB747時代はデカいのがあったらしいが、途中から撤廃されてこのような小さいものになっているらしい。

 総理から手招きされ、俺とユイはイスを器用に倒してベットみたいにフルフラットにして座った。ここにはイスは4つしかないので、これだけで器用に5人入るようにしている。

 ……というより、会議室のイスってベットになるのかよ。羨ましいが、まさか寝ながら会議するわけじゃねえよな、とちょっと変な汗をかく。


 右手に麻生総理。そして目の前と左手のイスにそれぞれ新海国防大臣と山内外務大臣が座っていた。新海大臣以外の二人は生で見るのはこれが初めてである。


「悪いな、いきなり呼んじまって」


 そういう麻生総理の口調はいつもTVでやってるような砕けたものだった。性格的にもあながち陽気らしい。


「いえ、むしろこんな身分の者がこのような場所にいて大丈夫なのかと思いまして」


「いやいや。こっちとて暇なんだよ。ちっと付き合ってくれ」


「付き合ってくれって……」


 暇って、アンタら確か翌日の会議の……あぁ、横のテーブルにその資料っぽい紙束があるあたり、もう終わったのだろうか。仕事が早いな。じゃあ寝ろよ。


 とりあえず、互いに一言二言自己紹介なりちょっとした雑談なりを交わして場を慣らす。新海大臣も山内大臣も……というか、本人から「さん付け」でいいということなのでそれでいくが、この二人も今は勤務外時間みたいなものらしく、結構だらけていた。まあ、メリハリはつけていてしかるべきだろう。


 少しの間総理たちの暇つぶしにつき合わされる。適当に政治の愚痴言ったり、ついでだから一国民レベルでいろいろ意見提言してみたり、そんな感じのことを交わす。

 ほんの少しの時間ではあったが、これで場の雰囲気をある程度緩めの方向で固定した。案外気さくな感じの人だったこともあり、自ずと肩の力も抜けてきていた。総理に至っては相変わらずの砕けた口調で、もう総理というよりはただの“仲のいい上司”か何かにも見えた。


 ……また、その途中で、


 ―――そんな会話中。総理が直々に淹れてくれたコーヒーをありがたく頂戴すると、


「―――で、どうだ? もう彼女には慣れたか?」


「え?」


 唐突にそんなことを言ってきた。

 総理が視線をクイッとユイに向けている。さっきまで会話にはあまり参加せず、しん、と聞いていたが、話題が自分に移ったのでユイも顔を向ける。


「コイツ、ですか?」


「ああ。朝井先生から聞いたぞ。随分と仲良くやってるみたいじゃねえか」


「ハハ……仲良く、ですか」


 朝井先生というのは例の補佐官の人だろう。もしや、駐屯地で俺たちに政府専用機への搭乗任務を伝えに来た時の俺たちの様子を伝えたりでもしたのだろうか。

 あのカオスな関係がそのまんま脚色なく伝わったとなれば……あぁ、うん、傍から見ればそりゃ仲いいって思われるか。間違ってはいないから否定はしないが。


「まぁ、結構苦労してますけどね。ロボット相手となると中々に」


「それにしては随分となついてるようだがなぁ……ほれ」


「?」


 また視線が俺の左隣に向いている。しかも、妙にニヤけている。なんだ、お隣の相棒が一体なにを……


「―――うぇいッ、何くっついていやがる」


 思わず二度見した。さっきまで少し間隔開けて座っていたはずなのに、いつの間にか音も立てずに俺のすぐ隣にくっついている。狭苦しいったらありゃしない。

 そして、そのユイの顔はなぜかドヤァな顔である。仲良くやってる云々言われて調子に乗ったのかは知らんが、その目と顔は明らかに何かを得意げに自慢する感じだった。


「これが、今の私たちの仲です」


「うん、勘違い起きるからやめような? 明らかに一線超えた感じにしか見えんからな?」


 そんなことをドヤ顔で宣言されてもいろいろと困るんだが。

 そして離そうと思ってユイを押しても全然動かない。よく見たら、足と臀部の力だけで支えてやがる。コイツ、こんな時に限ってロボットパワー出しおってからに。


「(なんじゃコイツ……問答無用で相棒ライクですみたいなこと宣伝するつもりなのか)」


 どういえばいいやら。あんまり強く離れろっていうのも癪であるし、くっついたままなのもさすがに狭苦しい。

 なんか助け船でもないかと、とりあえず視線のすぐ近くにいた大臣二人に向けるも……


「……あの、その視線は一体なんの意味が」


 なぜかニヤニヤした顔だった。アンタら、まさかこの状況を楽しんでるわけではあるまいな。

 新海さんがその顔のまま笑いを若干こらえつついった。


「いや、やっぱり報告通りほんと仲がいいんだなと」


「良いっていうか、どっちかっていうと一回りほど回ってうっとおしくなってるような」


「褒め言葉です」


「コイツ後でどうしてくれよう」


 ダメだ、全然悪びれる様子がない。むしろ狙ってたかのごとくの態度だ。最初からこれを目的としていたとしたら、本当にコイツはいろんな意味でめんどくさい性格になりやがったなと改めて痛感した。悪いかどうかはまた別の話だが。

 それを見て、今度は山内さんも同じくニヤけ顔で、


「でもまぁ、最初は確かそれほど感情起伏なかったんだよね?」


「ええ、まあ。最低限しかなくて」


「これも教育のたまものです」


「こんな風に教育するつもりはこれっぽっちもなかったわけだが」


 何かあるたびに変にボケるのはやめてもらえんだろうか。仮にも政治家の前だというのに。

 しかし、そんな俺たちのコントは結構ウケがよかったらしく、耐えきれずに二人は軽く笑っている。


「ハハハハッ。でもいいよなぁ、そんな愉快な感じに育って。なぁ新海」


「ほんとに。アニメでよく見ましたよ、こんな感じのロボットいたらなぁって。それこそアトムとかドラえもんとか」


「わかるわ。絶対俺が生きてる時代でできないだろうなって思ってたのに、海部田先生ほんとに作っちゃったからなぁ……」


「海部田先生様々ですね」


「だよなぁ……」


 二人は親しげにそんな会話を交わす。この二人曰く、実は同じ中学・高校の出身で互いに先輩と後輩の仲だったらしく、共に政治家に進んだ後も個人的に親交はあったとか。だから、オフの時はこんな風に口調とかも砕けまくっている。見た限りでは結構仲がいいようだ。


「でもいいよなぁ、そこまで仲がいいと。作った甲斐があったってもんだ」


 そういって総理は「ガッハッハ」と豪快に笑いだした。そういや、そもそもコイツって政府が作ろうって言ったやつだったよな。すっかり忘れてた。

 総理がその調子のままおどけてされに言った。


「そのうちそこら近所にあるSFみたいに恋愛始しめたりしてな」


 唐突にそんなことを言われて思わずガクッと座りながらこける。

 おい総理。もしやアンタもか。アンタもそんな風に見てやがるのか。勘弁してくれよ政治家さんよ。


「ま、待ってください総理。それうちの側近の奴らからいつも言われてるんですが、まさかあなたまで?」


「いや、だって見た感じほんとに仲好さそうだし」


「いやいや、仲がいいっていってもそんな恋愛とか……」


「心中覚悟してます」


「 だ か ら お前はなんで一々そんな勘違い起きるようなこと言うわけッ? ねぇッ?」


 心中のしの字も言ってねえだろテメェ。そしてこんなところでツッコませるなマジで場的にアカン……はずなのに、


「心中って、二人ともすでに告白済ませたのか」


 新海さん、なぜあんたも乗ってしまうんだ。


「してませんよ! 新海さんも乗らなくて結構です!」


「いや待てよ。する前にデートしてないだろ」


「デートって何をおっしゃってるんですか山内さんッ?」


「あぁ、だからハワイか」 by 総理


「「あぁ~~」」 by 大臣×2


「いや「あぁ~」じゃありませんよ! これは新婚旅行ですか!」


元より呼んだのアンタらやろが。


「……あぁ~~」 by いいこと聞いた的な反応のユイ


「そしてお前も納得すんな!」


「ご安心ください皆さん。人間特有の照れ隠しです」


「「「あぁ~~~」」」


「いや照れ隠しちゃうわボケェ!」


「おいおいせっかく彼女目の前にいるのにその言い方はひどいんじゃないか?」


「総理ッ? その彼女の意味がどうかによって私の次の対応が変わりますがッ?」


「ハッハッハ、中々に激しい照れ隠しだな篠山君」


「まあ総理、これも若気の至りということで」


いやあなたまだ若いよね!? 30弱ならまだギリギリ若かったよね!?


「そうだな新海。俺も若かりしころは後輩の女子がうるさくてなぁ……懐かしいもんだ」


「いや何勝手に思い出話をし始めてるんですかッ?」


「いや~私も高校の頃は先輩男子の皆さんがうるさくってうるさくって」


「お前生まれたの今年の4月やろがァ!」


「4月入学の女子学生。桜結です」


「誰だよ!」


「ラノベ風に行くとそこでパンを加えて登校すると誰かとぶつかるのか」


「総理ラノベ読んでいらっしゃったのですか」


いや、サブカル大好きな総理ならあながちありえなくはなさそうだが。


「その男子があれか。彼か」


「俺はそんなトラブル気質ありません」


「でも祥樹さんそういうのにありそうな嫌悪系性格してないですよね?」


「そうなのか?」


「少なくとも私ラブになる程度には」


「ラブってなんだよラブって!」


「え、好きなんでしょ?」


「何言ってんのこのロボット!? 好きは好きでもライクのほうだぞ!?」


「え、ラブじゃないんですか?」


「いや、ラブってお前……」


「さぁ、そこでもう一歩踏み出すんだ若造」 by 期待のまなざしの総理


「ロボットに告白とか前代未聞だな」 by 同上新海さん


「俺も昔は2桁単位で告られたなぁ……」 by 昔話中の山内さん


「さぁ、どうぞッ」 by 一番意気込んでるユイ


「いや全員ちょっと待てやあッ!!」


 夜の政府専用機内に響き渡る、俺の悲鳴。会議室が性質上防音仕様でなかったらできなかったであろう俺のツッコミも、ことによっては外に漏れたであろう。熟睡中の皆さん、申し訳ありません。


 ……そして、予想外だったことが一つ。


 ……ここにいる政治家、全員違う意味でノリがよすぎるということだった。もう少し真面目だと思っていたら、なんだ? オフの時間だとこうも悪ふざけが過ぎるのか? 深夜テンションってやつか?

 そしてユイがそういう意味で暴走を始めた。こういうネタが大好きなだけに、こうなると止めるのに一苦労だ。一体どうやったらこんな性格になるのか、俺にもわからない。むしろ教えてくれ。


 結局、それらを落ち着けるのに約10分くらい時間を費やした。もうこれだけでスタミナがマッハで溶けた。もう寝たい。

 しかし、場が場なので寝るわけにもいかない。疲れ果てて大きなため息をつくと、隣で山内さんがやっと話題を変えてくれた。


「ロボットに会ったら一度は聞いてみたいことがあってな。……えっと、ユイちゃんでよかったか」


「はい」


 少し「ん~と……」といった感じで考えたのち、あっ、といいのが思いついたらしくすぐにそれを質問という形で聞いた。


「砂漠を歩いていたところに一匹の亀がいるんだが、それをひっくり返して動けないようにしてしまった。ジタバタ動いても元に戻れないみたいだけど、あなたはそれを絶対に助けようとしない。さて、その理由は?」


 俺はそれを聞いて一瞬ピンッときた。しかし、隣にいたユイは「え!?」といった表情になる。


「いやいやいやいや、私の行動意味不明過ぎません? 亀ひっくり返してそのまま放置って私性格悪いですねほんと。亀さんいるなら私でしたら「あぁ、うん、暑い中お疲れ」で終わらせますよ?」


 あー……なるほど。お前は“人間”か。

 山内さんと、どうやらその“方法”を知ってるらしい新海さんも「あー……」といった、さっきの俺がしたみたいなある種の納得の声を上げた。


「なるほど……彼女は人間に分けられるか」


「目までは見えませんが……こりゃ、明らかに感情移入度高いですね。アンドロイドに分類はされんでしょう」


「え? え?? い、一体何の話ですか?」


 ユイはこの存在を知らないらしい。一応元ネタの小説俺持ってたのだが、運悪く見てないらしい。しかし、俺はむしろ即行で読んだのがこれだったのですぐにわかった。


「それ、『フォークト=カンプフ感情移入度測定法』ですよね?」


「お、知ってる?」


 山内さんがすぐに反応した。


「ええ。例の、感情移入度によって人間かロボットかの判別をするやつですよね。小説見ましたよ」


「おぉ、篠山さんもか。確か、SF好きだってさっき……」


「はい。小説持ってますよ。随分と昔に読みましたけど」


「へぇ~。こんなところにも仲間がいたか……」


 どうやら山内さんたちもあれを読んで知ったらしい。こんなところにSF好きの同志がいたのは意外だ。


『フォークト=カンプフ感情移入度測定法』というのは、SF愛好家の間では有名なSF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』に出てくるアンドロイドと人間の識別方法だ。

 この小説の世界ではアンドロイドは人間と瓜二つと言っていいほどの外見と性能を持ち、そして中には自分を人間だと言って疑わないものまでいる。

 そういったアンドロイドを判別するのに使うのがこれだ。今みたいにわざと理不尽な問題を突き付け、それに対す感情的な反応の大きさを見る、つまり、今で言えば“感情移入する時の反応の大きさ”を見て識別する方法なのである。


 勘違いされやすいのだが、これはただの感情表現を見るのではない。それだけだったらアンドロイドにもできるが、問題はその“素早さ”だ。


 例えば、今みたいに亀が理不尽な扱いを受けて、ユイの場合は即座に「いやなんで!?」みたいな懐疑的な感情を露わにした。

 実はこれは、どちらかというと人間がやるべき反応で、この小説の場合、アンドロイドたちはすぐにはそういった反応はできないし、瞳孔や呼吸数も変化しない。さっき、新海さんが目がどうのこうのと言っていたのは要はこれのことで、人間だったら条件反射で無意識的に変化するのだ。

 しかし、アンドロイドはそれらが完全にはできないから、そこの違いで両者を見分けるのである。


 今のユイの場合は、先にも言ったようにどちらかというと“人間”がやるべき反応だ。

 即座に反応しているうえ、挙動もまるっきし人間だ。これではどうやってもコイツをロボットと見分けるのは困難だろう。目を細かくみるか、最悪人体切断でもするしかあるまい。


 このネタを知らないユイにも一応説明した。すると、納得したような反応は示しつつも、


「でも、こんな簡単な方法で見分けれるってその小説のロボットも随分と単純ですね」


 そんなことを言っていた。妙に得意げな顔だったのはおそらくドヤ顔のつもりなのだろう。妙にイラッとくる顔である。


「いやいや、でもそこが面白いんだよ。元ネタの小説見てみればわかるが、そういった反応すらアンドロイドもできるようになるし、逆に人間も一応それに対して感情を抑制することもできちまうから、正確な判別ができなくなってくるんだ。そこから、またロボットと人間を絡めた素朴かつ哲学的な問題をだな……、あ」


 と、いつの間にか結構語ってしまっていた。これはまた恥ずかしいことをした。

 すると、総理が「ハハハ」とか笑いながら言う。


「なんだ、お前、そんなにSFが好きなのか」


「はい。昔から呼んでまして。ロボットとかに興味を持ったのもこれのおかげでして」


「ほう、何好きだ?」


「『未来のイヴ』が一番。個人的にはいろんな意味でリアルすぎて。あとアニメでは『ドラえもん』とか『アトム』ですね。映画で言えば昔ので『アイ・ロボット』。それからあとは……」


「おいおい、またそっちの世界飛んでってるぞ」


「あ……す、すいません、SFになるとつい……」


 そういった感じでにわかに笑いが起き、場が賑わった。そんな感じの会話もあって、形はともあれ、大分この空気にも馴染んできていた。




 しばらく、そういった雑談が続いた。

 ユイは若い大臣お二人の注目の的となり、今現在進行形で質問攻めとその他諸々で話し込んでいる。互いに楽しげに会話できているようで何よりだった。

 俺も暇なので総理と雑談に入った。いくら暇つぶしにつき合わされたからって、まさか俺みたいな身分の人間が一国の行政の長とこんな雑談ができるとは思わなかったが、しかしまあ、いい経験だろうということでいろいろと適当に話題を作っては話すの繰り返しをした。

 内容も様々多種多様。最初にあった政治の話から、ロボットの話まで、ジャンルは問わなかった。


 ……また、その途中で、


「お前さん、確か1週間くらい前に都内で調査協力の奴やってたろ?」


「はい。あの暴力団の武装情報の収集ですよね?」


「ああ。それでさ、外務省前で一台黒いバンが事故ってほかの二台がそれでカーチェイスまがいなことしたって聞いたんだけどよ……もしかして、そっちのか?」


「……」


 俺は静かに視線を逸らした。バレてた。外務省の前で堂々とやってたからまさかとは思ったが、本当に知られてるとは思わなかった。

 すると、俺の言いたいことを察したのか総理は「ハハハッ」と思わず吹き出していた。


「やっぱりだッ、時間帯的にみてもしかしたらって思っていたが……ハハ、随分と大変だったみたいじゃないか」


「大変で済みませんよ……どこからかつけられたと思ったら全然離れないので引き離すのに必死で必死で。あの後は……」


「あぁ、そこら辺はすでにJSAとかから聞いてるよ。あらかたの事情は把握してる」


「はぁ……そうでしたか」


 曰く、国防省で把握したのを総理が聞いたらしい。国防省が知ってるのなら納得だ。あの任務も元はといえば国防省が主導で警察との協力ってことでやってることだからな。

 一応、あれの表面上の処理は政府で隠れてやってくれたらしい。表には「ただの暴走事故ですよHAHAHA」ということで済ませたとか。ありがたい、こういうところは政府は動くのは早い。


 そんな感じの裏方の動向にも踏み込んだ話もできた。和弥が好んで来そうな情報がたっぷり手に入ったので、今度はアイツに無償でくれてやるか。たまには提供する側でもいいだろう。


 ……しかし、俺は先ほどから妙に引っかかっていたことがあった。


「(……そういえば、総理たちが俺たちを乗せた本当の理由って……)」


 前々から思っていたが、それに対する疑念がどんどんと膨らんでいた。

 総理にぜひ聞きたかったが、タイミングもわからないし、そもそも聞いていいのかもわからない。

 それに……


「……」


 その総理が、ある方向に視線を向けてばっかりいた。

 俺の隣、ユイである。

 興味深そうに、というよりは、好奇心の目だった。総理は今まで見たことなかったということらしいが、そのためだろうか。俺は少し気になってしまい声をかけた。


「総理?」


「ん?」


「どうしたんです、コイツばっかりに視線向けて」


「ん、あぁ、いや……別に」


「やっぱり、気になるんですか? コイツのこと」


「あー……まあな」


 その目はやはりユイから離れていなかった。日本製のこのロボットに対する興味がそれほど大きなものであることをこの目は示していた。

 その先のユイはまだほかの若い大臣二人の会話の的になっている。耳に入る限りでは、なぜか途中からロボット談義にまで発展していた。どこまでロボット好きなんだこの二人は。しかし、ユイも別にまんざらでもない様子であるし、別にいいかとも思えた。

 総理は好奇心の目をユイに向けたまま小さく息を吐いた。


「随分と可愛らしいな。海部田先生は何を考えて兵器を女の子にでもしてしまったんだかな。君、彼の親戚だったってな?」


「ええ。まあ、俺もよくわかりませんよ。なんで“こんな姿”にしたのかね」


 女の子、という点より、この姿に俺は意識が向いてしまう。ぶっちゃけ性別とかどっちでもよかったにはよかった。だが、容姿があえてこれなのにはあまり納得がいかなかった。

 その点は、爺さんは何を考えているのかわからない。


 そんなことを考えてまた一口コーヒーを口に入れた。


「しかし、俺の生きてる間にこんなSFをリアルで拝むことができるとはな……嬉しい限りだ」


「まったくです。一説には何十年たっても無理って言われてたのに、まさか、爺さん一人の手でここまで進化してしまうとは……」


「昔から夢だったんだ。こういう、アニメとかで見る人間そっくりのロボットにあいたいってな。だから、ロボット推進政策を起こした一因も実はこんな私情もあってなぁ……ハハ、政治家としてどうかとは思うがな」


 そういって少し自嘲するかのような苦笑を浮かべる。


 ロボット推進政策。10年くらい前から大々的に進められてきたロボット開発・製造を援助する政策で、資金的な面から研究施設などといった設備面まで、政府として多くの援助を行い、これが日本のロボット業界の発展に大きな役割を果たしていた。

 それは、表面的に表れているロボット事業のみならず、裏で密かに行われていたユイの開発計画にまで多大な影響を与えている。

「ある意味、この政策があったからこそ裏でのユイの開発がスムーズに進んだといっても過言ではない」という言葉は、前に爺さんが言っていたものであった。


 一応、理由としては「少子高齢化に伴う代替戦力の開発」「将来的なロボット技術発展の増進」とかいった感じのものが上がっていたが、これに加えて「ロボットが見たかった」なんてのも入っていたとは。ハハ、アニメ大好きな総理らしい。


「まあ、ある程度はいいんじゃないですか。事実、今の日本の現状にロボットが必要だったのもありますし、本心はどうあれ間違った方策ではないでしょう」


「ああ。外国人入れる案も昔はあったんだが、現実的ではあれど治安問題とか、そもそも世論がそれを許してくれなかったからなぁ。この際、ロボットを本気で作ろうって考えたんだよ」


「俺はいいと思いますよ、それで。事実、今の日本は減少傾向の労働力を確保しつつ、ロボット販売市場という新たな基幹産業を手に入れ、世界的な需要も相まって経済的にもいい傾向にありますし」


「ハハ、随分と詳しいな……お前さん、噂通りロボット好きか?」


「少なくとも、そこら近所にいるド素人よりは思いっきりロボットとそれ関連の政治経済を語れる自信があります」


「ハハハッ、いいねえ。その知識は今後必要だよ。どうだ、軍人やめて将来ロボット担当相でもなっちまったらどうだ?」


「そうですね、新海さんが降りたら考えます」


 そういってまた談笑しつつコーヒーを一口。

 総理はまたその視線をユイに向けた。

 今度はお隣はどこからともなく取り出した糸であやとりをし始めていた。そして、何でか知らんがユイは橋を作ったり、星作ったり、挙句の果てには東京タワーまで作っていやがる。お前、いつの間にそんなスキル身に着けてたんだ。兵器に必要かそれは。

 ……つっても、どうせネットからやり方拾ってきてそれを動作的にコピペしてるだけなんだろうな、とか考えつつ、俺は総理のほうを見る。


「……」


 ……やはり、気になった。さっきので話題は自分でそらしてしまったが、やはり気になるもんは気になる。


「……なんだ、どうした?」


 と、俺の視線に気づいたのか、今度は総理から来た。


「いえ、ちょっと考え事です」


「ほう、恋の悩みか? 相手はお隣の……とか?」


「いや、もうそのネタはいいですって……。考えてるのは、もうちょっとほかのほうで」


「なんだ?」


「その……俺とユイをここに呼んだのって、ユイの運用試験と人事交流ってことでしたよね?」


「あぁ、そうだが」


「……本当にそれだけですか?」


「ッ?」


 一瞬目つきが変わった。反応した。やはり、何か裏があるのだろうか。

 俺はさらに問い詰める。


「いくら人事交流とはいえ、ただでさえセキュリティが厳重な政府専用機の“本務機”に、赤の他人の“陸軍軍人”を乗せるというのは少々おかしいと思うところがありまして。しかも、一時的とはいえ本来なら搭乗に際してとんでもない搭乗員の教育手順と手続きが必要なのに、それをほとんどすっ飛ばしていきなり乗せるというのは。……正直、セキュリティガッチガチなはずの政府専用機に入れる理由としては中身が単純すぎて無理がありましたよ。……それに、朝井補佐官から聞きましたよ。駐屯地のほうで俺たちに任務を伝えに来た時に。何でも、“急な決定”だったらしいじゃないですか」


「……」


 総理は政治家らしい鋭い目線を一直線に俺に向けて聞いている。正直少し怖いが、しかし俺は負けじと目線で気を強く持ちつつ続けた。


「政府専用機を使うとなると、人事交流とはいえいつもとは違って入念な準備が必要になるはずです。それを、急な決定なんていう雑なやり方で乗せれるとは思えません。その急な決定、ていうのは、先ほど言った理由で決定したわけではないんじゃないですか?」


 その問いには総理はまだ答えない。代わりに、ちょうどなくなっていたらしいコーヒーをおかわりでまた淹れていた。

 だが、視線は未だに真剣みを帯びている。雰囲気から、俺の次の言葉を待っていると見た俺は、さらに言葉をつづけた。


「……それに、コイツの運用試験だったら何も今じゃなくてもよかったはずです。それこそ、特輸隊の訓練の際に向こうに事情を説明して、要人を乗せた想定の訓練に“人事交流”で参加させてもいいし、それで日程が合わないなら今飛んでる副務機に乗せて似たような設定立ててやらせてみるでもいい。わざわざ、“この日のこの機体に乗せる意味がない”んですよ。……そう、人事交流と運用試験という理由だけでは」


「……」


「……機密等々に触れるということでしたらお答えを拒否していただいてもかまいませんが、一つだけお聞かせください。……俺たちを、この政府専用機に乗せた本当の理由は何ですか?」


 総理はそれには少しの間応えず、俺の目を一直線に見ていた。まるで、何かを探るかのように。

 俺もどうするべきかわからず、それを目線で返した。

 俺と総理の間で少しの間の沈黙の時が流れる。響く音と言ったら、隣から聞こえてくる談笑の声と、機体の外から重く響く空気の風切り音くらいである。

 そして、総理は一口コーヒーをのどに通し……「フッ」と小さくため息をついた。


「……やはり、お前さんを指名しておいてよかったな……」


「え?」


「そこまで深く先を読むとはな……聞かされていた以上、そして予想以上のものだ。やっぱり、海部田先生自慢の孫か。相当な“頭”を持っているな、お前さんは。私幌事件を解決に導いたことも頷ける」


 帰ってきたのは問いの答えではなく賞賛の言葉だった。というより、私幌事件を話題に出してきたのには驚いた。

 あれは俺がやったことといえば残ってユイに賭けるってことくらいだったのだが……いや、その決断も見方を変えれば“英断”に見えるのだろうか。そこはよくはわからない。

 少し呆気にとられる俺には構わず、総理は続けた。


「正直、察しがよくて助かるばかりだ……。そうだ、お前さんの言う通り、この二つの理由はただの建前でしかない」


「ッ……」


 やはり。思った通りだったか。

 俺が静かに聞く番になり、総理は静かに語った。


「……例の、政府専用機を使ったハイジャック事件知ってるだろ?」


「はい。最近散々ニュースになってましたね」


 数年前より激化しているテロリストが起こしていると思われるハイジャック事件。高度なセキュリティに固められたそれに見事に入り込むその行動力と高度に組まれた入念な計画力は、世界各国の首脳陣と国民を震え上がらせた。

 テロが、一昔前とは違う様相を呈してきているという現実を思い知らせるきっかけとなった。


「(……あのエアフォースワンにさえ入り込んでくるとは思わなかったけどな……)」


 アメリカのセキュリティは世界屈指だ。それすらもすり抜けてきたということは、必然的に他のセキュリティは万全だと豪語している先進諸国らにもその危険性は大いにあることを示唆することになった。


 当然、日本も例外ではない。むしろ、それで大いに焦ったのは日本だとさえ言われる。


 総理は続けた。


「機密に触れない程度で言うが……実は、エアフォースワンをはじめとする大抵の政府専用機のハイジャック犯の半数は、元から搭乗員として活動していた者らしい」


「ということは、つまり?」


「うむ……まあ、簡単に言えば“内通者”ってことだ。そこそこ前からそこの人員として潜んでは、情報を仲間に送って機内への手引きをしたり、内部攪乱を起こしたりといった工作をしていたらしい」


「内通者とか、ハイジャック犯にしては随分と巧妙な……」


「ああ。ただのハイジャックにしては手が込みすぎてる。俺たち日本政府を含め、これらは確実に“テロリスト”の工作だとみている」


「テロリスト……」


 俺のイメージしていたテロリストというのは、単身、ないし少数人数でほぼ無計画に破壊活動をしたり戦闘行為をしたり、といったものばかりで、組織的な行動をするものはごく少数だと思っていたが、どうやらそれはとうの昔の話らしい。

 思っていたより計画的、かつ手段が巧妙だ。どこの誰が、政府専用機といえどただの一旅客機を占拠するためだけにここまで入念な準備をして来ると思うだろうか。

 だからこそ、他国の政府専用機がどんどんとハイジャックの的になっているともいえるのかもしれない。


「当然、アメリカの事例を受けて日本も例外ではなくなってしまった。十分起こり得ると、アメリカが証明しちまってな。そうなると、俺たちとて対策を練るんだが、そこで問題が発生してなぁ……」


「問題?」


「あぁ……その内通者、中には随分と前から潜んで情報活動をしていた奴もいたそうだ。長いものだと、確かロシアの奴で10年も前からだっけか」


「じ、10年!?」


 長い、長すぎる! 幾らなんでも政府専用機乗っ取るだけに本気になりすぎだろう!

 また、話ではそうでなくても5~6年前から潜んでいた奴もいる事例がいくつもあったとか。国籍に何らかの法則性はなく、どこの国にどんな奴がどれくらいの年数から潜んでいるのか、そこらへんが全く予測できないらしい。


「(……おいおい、これホントにただのハイジャックかよ……)」


 ハイジャック、というよりはもはや“テロ”の一種とみて構わないだろう。しかし、それでもこれはいくらなんでも組織的すぎる。


「どこかの組織か団体が、入念な計画を練って行っているのでしょうか?」


「そこはまだわからん。調査がまだ難航している関係でな。ただ……」


「ただ?」


 そこで、総理は手を顎に当てて少し俯いて考え、


「……あまり、口外はできん内容になるが、いいか?」


「えッ? いいんですか、教えて? 俺、ただの陸軍軍人ですよ? そんな機密にかかわるようなことは……」


「お隣の国家機密に携わってる時点で“ただの”陸軍軍人じゃねぇよ。それに、何ヵ月も経ってる現状でさえ機密は漏れてないんだから、お前さん秘匿性の高さは信頼できる」


「は、はぁ……」


 コイツ抱えてるだけでも機密漏れてないか心配で仕方ないのに、これ以上言われても……まあ、別に周りに言わなきゃいいだけだから何のことはないんだが、それでもプレッシャーってもんがあってだな……。


「それに……」


「?」


 総理の顔が一層険しくなった。


「……何となく、今後お前さんたちも絡んでくるかもしれないと思ってな。相手方の行動の出方によっては」


「ッ?」


 つまり、俺たちが出張っていく事態に発展しかねない……ということだろうか? 俺はその瞬間嫌な予感を感じていた。

 しかし、総理は、俺の心配事など知ったこっちゃないかのごとく話題を戻した。


「……それで、一応予測はいくつかあるんだわ。そのうちに、ちょっと気になる団体があってな……」


「気になる団体?」


「あぁ……お前さん、『NEWCネウス』って知ってるか?」


NEWCネウス?」


 なんかどっかのTVで昔聞いたことがあった。「全世界の差別撤廃・世界秩序の安定」とかいう何とも胡散臭いことを言っているが、結局はただの慈善事業やボランティアやってるだけの秘密結社だったっけか。


「例の、全世界に会員を持ってて、そして変な都市伝説まで囁かれてる……っていうやつですよね?」


「あぁ。仲にはテロの裏にそのNEWCが絡んでるとかって都市伝説もあるが……」


「ですが、結局は都市伝説でしょう。裏付けがありませんし、彼らにそこまでの統制力はなかったはずです」


「そうなんだが……ここだけの話、他国の政府専用機内でそのNEWC会員が混じってたっていう例がいくつかでててな」


「え?」


 NEWCの会員が? でも、世界中に大量の会員抱えてるし、そういうのにさりげなく混じってても不思議じゃないと個人的には思った。


「それは、単に偶然混じってただけなのでは? あれだけの会員がいますし、一定の確率で混じっていても何ら不思議ではないでしょう?」


「あぁ、それも考えたんだが……念には念をってことだ。事実、ほかのテロでもそこそこな割合で混じってたらしくてな。警戒しておくに越したことはない」


「はぁ……」


 しかし、いくらなんでもそれはないだろうと思う。現実問題、彼らは会員は抱えてても世界規模での組織力はないし、行動力もない。

 世界各国の政府専用機をハイジャックしまくりたいならとんでもない組織力が必要だが、そんなん彼らには無理な話だ。会員が多いだけで、まともに纏まってすらない。精々国ごとに統制取れてたらいいほうだ。イスラム国とかのほうがまだ話がつくぞ。


 総理の顔がさらに険しくなる。


「とにかくな……その関係もあって、誰がそれに関与してるかわからねんだ。仮にNEWCが絡んでたとしたら、会員がだれかもわからんから簡単には調べようがない」


「基本、NEWCの会員って公表してませんからね……」


 あの秘密結社の特徴上、そういった会員は全然外には公表しない。スパイみたいなやつにすら情報を与えないように防護策を何重にもかけているほどの入念さだ。簡単にはわかりゃしないだろう。


「ああ。だから、もしかしたらこの機内にもいる可能性が十分に考えられる」


「……」


「その時、すぐ身近に信頼できる奴を置いておきたいんだが、どこを探してもそういったテロリストの奴らが潜んでそうなとこばかりでな」


「特輸隊やSPのほうからの増員は?」


「それも考えたんだが、これほど入念な計画をしてるやつらだ。確実にそっちにも潜ませてると考えるのが普通だ。となると、政府側近の組織や、空軍はもう無理なんだよ。んで、ほかに信頼できる奴ってことで考えたんだが……」


 そこで、やっとピンとくる。


「……なるほど。俺らですか」


「そういうことだ。ロボットかのじょはもとより、君も彼女の事情に介入する時点で身元は勝手ながら調べさせてもらった。それを踏まえると、十分信頼に値するし、万が一の時は能力的にも使えると踏んだわけだ」


「俺が、ですか?」


「なんだ、自信なさげだな?」


「いや、だって……俺、まだ23の若造ですよ? もう少し適任がいたようにも思えますが……」


「そうか? ちゃんと訓練や“実戦”の記録も踏まえて選定させてもらったぞ。……それに、ロボットの相棒がただのそこら近所にいる陸軍軍人に務まるわけねえだろう」


「ハハ……まぁ、そりゃそうですけど」


 コイツのせいで俺が一体どんだけ振り回されたことか。おかげで身体的にも精神的にも鍛えられましたよ、ハイ。


「そういうことだ。とにかく、第一に信頼に値するやつを最低限ほしかったんだ。……その名目上の理由として、先の人事交流と運用試験を入れさせてもらった。まあ、前者はまだしも、後者のほうは実際にいつかはやっておきたかったからな。ついでってやつだ」


「なるほど、本命は側近としておきたかったってことですね」


「まあ、そういうこった」


 なるほど。理由は一応把握した。

 要は、「周りがあまり信頼できないからお前ら近くに居やがれ」ってことだな。

 そりゃ、そもそもそういった組織に所属してないロボットと、それに一番関与している相方さんなら、どうやってもそういうテロに手を出す理由が見つからない。事前に俺の身元を入念に調べたならなおさらだ。

 そして、事実俺はそんなの興味ないし、むしろ一番憎んでる人間だ。


 ガチでほかに適任がいないってなると、もう陸だろうがどこだろうが身辺警護ができそうなのを連れてきたかったんだろう。そこで、俺たちに白羽の矢が立ったってわけだ。

 ……随分と重苦しい理由だったが、逆を返せば、それだけロボットを信頼していることにもなる。当然、その付き添いである俺もそれに十分値される、と。


 一応、納得はいった。そういうことなら、俺たちとてしっかり警護していくのはやぶさかではない……、が、


「……まあ、とはいってもその本元の理由は必要なくなったけどな」


「え?」


 総理は口調を変えて少しおどけるようにそういった。


「昨日の話だが、実は、台湾のほうで政府専用機に乗ろうとしてたやつらの中に武装した連中が混じってるのが発見されたらしくてな。どうやら、今回奴らが狙ってたのはそっちらしい」


「え、台湾が?」


「なんだ、知らなかったのか? ニュースにもなってたぞ?」


「いえ、その……昨日は、TVとかネットとか見てる暇はなかったので……」


 昨日は政府専用機に乗る前日だったために、それらの準備で忙しくてそっちを見る時間はなかった。少なくとも、ニュースは見てない。


「あぁ、なるほどな……いや、台湾のほうで分解した拳銃を何丁か持ってたやつらが発見されてな。運が良かったよ。中には手荷物にガス持ち込ませようとする奴さえいたらしい」


「が、ガスって……」


 なんでそんなのがセキュリティ通れると思ったんだ。さすがにわかるだろうそれは。


「ま、そんなわけで、結局狙いは台湾だったってことで、俺たちは関係なくなっちまったわけだ。すまんな」


「ハァ~……なんだ、結局人事交流になったわけですか」


「それと、運用試験な」


 互いに苦笑してしまう。なんだ、結局今回の狙いは台湾だったのか。さすがに連続してやるような事例は聞いたことないし、どこの組織だろうがたぶんそこまでの行動力も資金も武器もないだろうから、まあこの機は一応安泰だろうか。

 となると、名目上だった人事交流とかがそのまま本目的として適用することになるのか……なんだ、結局何も変わらなかったじゃないか。

 小さくため息をついた。まあ、何事もなく済みそうでいいとはいえ、これじゃほんとに下手すりゃハワイ旅行になっちまうじゃんか……何となくほかの奴らに悪い気がしてしまう。


 ……そんなことを思っていると、


「……それとな」


「?」


 総理がまた変に暗い顔をしていった。


「さっき、身元を調べさせてもらったといったな」


「はい」


「……実は、その過程で“10年前のこと”についても触れることになってしまってな……」


「ッ!」


 一瞬、コーヒーを飲もうとした手が止まった。

 瞬時に固まってしまった俺を見て、「やはりな……」といった感じで申し訳なさそうな顔をした。


「……あの時の総理は俺だった。やむを得なかったとはいえ、あのような選択をしたのには今でも後悔の念がある。……あのような事態を招いたのは、結局は俺のせいだ。申し訳ない」


 総理は頭を下げた。すぐに頭を上げるように言うが、それでも、総理は「今の俺にそのような権利はない」といって譲らなかった。その声も、もう先ほどまでの気さく、かつ真面目な彼とは思えないほど小さく、暗かった。

 結局俺は何もできず、総理が頭を上げるのを待っていた。改めて頭を上げた時、その顔はより一層深刻なものになっていた。


「……おそらく、お前さんみたいなことになった人々は大量にいるだろう。顔も向けられん。何も言わん、責めるなら、俺を責めてくれ」


 そういってまた小さく頭を下げた。俺はたまらず言った。


「い、いえ、そんな……あの時は、確かにああでもしないといけない状況だったのは理解しています。……それに、もう10年も前のことです。もう立ち直りましたよ」


「それでもだな……やはり、一国の長として後悔ってもんがある」


「……」


「政治家ってのは、時にはこんな冷酷な決断もしねぇとならねえ時もある。だが、それをする身としては、正直心が痛くなるばかりだ。……あの後、どれだけ自責の念に駆られたことか」


 総理の言葉に嘘はなかった。顔が物語っていた。権利や金にまみれている政治家だけではないんであろうことを、俺はすぐに察するに至った。この人が総理で、今の日本はまだ幸せだと思う。

 ……だからこそ、俺は彼を責めることはできなかった。


「……確かに、あの時俺は心底精神的にやられましたよ。ですが、別に昔にこだわるつもりもありません。起こってしまったことを未だに引きづるような、どっかのお隣さんの国とは違いますから」


「ハハ、それ、当の本人の前で言うなよ……だがまぁ、あの時は確か年は……」


「14ですね」


「14か……まだそんな年なのに、酷なことをさせたな。だが、ここまで立派な大人になるとは……“向こう”でも喜んでるだろうよ」


「まあ……そうであればいいんですが」


 今の俺に納得してくれればそれに越したことはないが……アイツ、何かと厳しいんだよなぁ。たぶん今の俺を見てたらきめ細かくダメ出ししてるだろう。うん、絶対に。

 そんな昔を思い出すと、不思議と顔がほころんだ。


「もう、あのようなことにはならないよう最善を尽くす。それは、この場で約束しよう」


 その総理の目は、何かの決意に満ちたようにも見えた。総理にとっても、あの当時は相当応えていたらしい。


「そうですね。俺も、あのような事態は真っ平ごめんです。あの時みたいにならないよう、我々で最善を―――」


 ―――そこまで言いかけた時である。


「―――ッ!?」


「な、なんだ!? この音は!?」


 いきなり轟音がした。轟音、というにはとてつもなく連続的なものだった。

 俺だけではない。総理や、さっきまで穏やかに雑談していた隣のユイや大臣方もその音に気づいて顔色を変えていた。険しいものもあれば、焦りが混じったものまである。


 だが、その音は鳴りやまない。次の瞬間には、悲鳴まで聞こえてきていた。


 ……間違いなかった、この音は……





「じ、銃撃ッ!?」






 俺たちの認知していなかったところで、



 非常に急迫した事態が発生していた…………

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