政府専用機巡航中 1
[4時間後 JST:PM11:20(HAST:AM04:20)
太平洋上高度35.000ft 政府専用機内 空軍輸送員席]
若干の揺れと、右肩に何かが「トンッ」と当たる衝撃を感じ、俺はおもむろに目を小さく開けた。
まだ眠気が冷めない中、地味に薄暗い機内を首を回して周りを軽く見渡す。
皆寝ているのだろうか。聞こえてくるのは外からのエンジン音と、何人かの寝息と、
……そしてもう一つ、
「あ、すみません。おこしちゃいましたか?」
隣に座っていた、ユイの声のみだった。
ユイは俺の右肩に頭を乗せた状態でいた。相席になるとほぼ必ず起こるであろうイベントだが、まさかその相手がコイツになろうとは。
そして、その手には何やら一冊の本がどこかのページを開いた状態で握られていた。
ご睡眠中の周りに配慮して結構小さ目の声で話す。
「いきなり揺れちゃってその拍子で。すみません、まだ睡眠中だったのに」
「いや、別に。どうせもう時間だろ?」
そういって軽く背伸びしながら体をほぐす。
「はい。あと14分15秒ですね。……ですがいいんですか? もう少しギリギリまで仮眠しなくて」
「別にいいよ。それといって疲れてるわけでもないしな」
といっても、本当は少し眠たかったりする。今は夜である。
仮眠というのも、今は本来なら仕事中なのだ。
離陸後は、総理たちの会議中の警護講習を受けたり警備当番の持ち回りなどといった仕事をいくつかこなしていたのだが、その後、各部屋や随行員席等の区画警備の持ち回りの順番を待つ間は、一応休息の意味も兼ねてしばらくの間仮眠をとることを許された。
そういう警備任務の合間に休憩を取ろうとした人は俺だけではないらしく、ここにも結構な人数の空軍輸送員が休憩がてらに仮眠している。今若干響いている寝息は彼らのものだ。
……しかし、
「お前はいいよな。そういうのいらなくて」
ロボットであるユイはそんな睡眠などいらない。いつもは確かに寝ているが、あれは全体的に電子機器を休ませてるだけで、別にそれがなくても十分活動はできるのだ。
なので、今回のユイは一々寝ることはせず読書をして暇をつぶすという選択をしたようである。
「でも暇ですよ。何もすることないので。おまけに暗いので本が読みにくい」
「暗いのは我慢してくれ。これも飛行機の安全のためだから」
飛行機に乗ったことある人ならわかると思うが、夜に飛ぶ便は少なくとも離着陸中や深夜帯はライトの明かりが薄くなっている、というか、深夜帯の飛行中に限ってはもはや明かり所々あるだけであとはほぼ真っ暗である。
もちろん、これは離着陸に伴う電力消費を抑えるためだったり、深夜の睡眠を邪魔しないためでもあるが、それ以外にもある。
窓から外を見ると、景色は真っ暗。月明かりがちょっとあるだけで、あとはただの暗闇の時間帯なので、機内も外の暗さに合わせているのだ。そうでもなしないと、万が一緊急着陸して外に脱出するとなっても、目が暗闇に慣れてないため外がよく見えないのである。こんなところにもちゃんと安全に配慮した対策がされている。
……とはいえ、これはあくまで人間の話である。そんな感じのことを説明しても、
「眼鏡とかに暗視機能ないんですか?」
そんな無茶なことを言われても、としか言えないことを言われた。
「そりゃ、お前は目がそのまま暗視スコープにもなるからいいけどさぁ……人間の目ってのはそう都合よくいかねんだよ。眼鏡もまだ無理。ちっちゃすぎる上に重くなる。てか、全員が全員眼鏡かけてないし」
「はぁ……めんどくさいですね。人間って」
「そういうそっちは楽でいいよね。ロボットって」
うらやましい限りである。俺もほしいよ、暗視機能。人工眼技術できたら移植してもらえんだろうか。
……と、そう考えつつ時間を見たら大体離陸後4時間以上経過していた。この後はいつ休憩できるかわからないし……
「……あ、そうだ。お前そろそろ充電―――」
時間も時間だし、一応今のうちにできる限り充電させとこうとそういおうとした時、ちょうどそのタイミングでユイは首元右側から何かをとった。
一瞬暗かったうえそれも黒いのでよく見えなかったが、
「もうすでに終わりました」
充電に使うUBSコードだった。ちゃんと俺が言われるまでもなくやっていたようである。コードは座席の手すりにあるUSBポートに繋がれていた。
ユイがコードをしまうのを見つつ、
「……ばれてないよな?」
「大丈夫ですよ。毛布で隠してましたから」
そう確認をとる。
充電を始める時はまだ周りも起きており、もしかしたら見つかる可能性もあったため、睡眠中を装って横になりながら毛布を首のところまで深くかけていたらしい。当然、周りからはコードは見えないように内側に隠した。
今はもう皆寝ているうえ人通りもほとんどなくなったため、邪魔な毛布はとっている。
実際、周りの平穏さを見るにバレた様子はないようで一安心である。とりあえず、あともう少しで持ち回りが来ると思われるのでそのまま起きて待っていることにした。
……すると、俺はふと気になった。
「お前、今何読んでんだ?」
若干暗いのでよく見えないが、おそらくまた小説ものだろう。しかし、そこそこ薄い。いつも読んでいるSFはもっと分厚かったはずだった。
「あぁ、これですか。はい」
「?」
そこには、確か和弥が前の私幌市の訓練で紹介していた短編集のタイトルがあった。曰く、和弥がオススメしてたのを借りたらしい。
「前に和弥さんが言ってた私幌市関連の都市伝説の件で興味がありまして。読んでみたら案外面白いですよ」
「ほう、SF以外に興味を持つとは珍しいな」
「別に私もSFばっかり読んでるわけじゃないです。……ちなみに、オススメはこれ」
「?」
そういって適当にページをめくり、そのページの右端に大きく書かれているタイトルを見る。
「『モテ期な僕の呪いが解けないっ!? ~幼馴染告白奇譚~』……って、いろいろとすげぇタイトルだなおい。モテてんのに呪いなのかよ」
「タイトルで騙されてはいけない。見てみると中々に面白いんですよこれ」
「面白いったって、タイトルからしてどう考えても幼馴染を中心として女性が虜になるっていうリア充ハーレムものじゃないのか? 呪いってあるのが気になるけど」
「あたってますよ。ただし、半分だけ」
「え?」
ユイが少しニヒリッと顔をゆがませた。
「これ、モテるっていっても……主に、相手“男性”なんですよ。年齢問わず」
「ブフゥッ」
思わず吹いてしまった。いや、吹かざるを得ないと思うこれは。
「いやいや、ホモかよォ?」
「だから、呪いなんですよ。モテ期ですけど」
「そんなモテ期はいらなかった」
だが、なるほど。呪いが解けないというのはつまり男性にモテる呪いが解けないということか。……あれ、これ一般男性にとっては地獄ではないだろうか? ホモなら逆だが。
「しかも、これのせいで今度は女性が距離を置くようになり、そしてそれのせいで幼馴染も離れてしまい……ていう感じで、比較的短めですけど本当にテンポよく進みますから即行で読めますよ」
「ふーん……」
ユイの持ってるのをチラッと見た感じ、短編集にしてはそこそこのボリュームらしい。
随分と予想外のテーマを扱ったものだが、それはそれでちょっと興味は持てた。売れる小説って大抵こんな感じで周りが予想しないテーマ扱うから注目浴びて売れるんだろうな。
というか……これは見るからに学園モノか。そういえば、よく考えてみたら俺SFばっかり読んでたからこういう文学系はあんまり手出さなかったな……
「どうせですから祥樹さん読んでみます?」
ユイはそう薦めた。タイトルのページを開いたまま俺のほうに渡す。
「え、でもお前、まだ読んでる途中だろ?」
「ご安心下さい。これ、3周目突入しましたから」
「え、ちょ、3周目っておま……」
これパラパラと全文を見た限りじゃそこそこの文章量があるんだが、これもう3周しちまったのか。さすがロボット。相変わらずの速読能力のようだな。
まあ、残り時間的に見てもいい暇つぶしにはなるだろう。たまにはSF以外のを読むのも悪くはない。とりあえず中身を読み始めた。その間ユイはどこからともなく取り出したいつものSFを読み始めていた。結局SFなのか。
「(とはいっても、SF以外で見るとすぐに飽きそうなんだよなぁ……)」
そんなことを考えつつ、とりあえず読み進めていく。
どうやらユイの言ったように、主人公はひょんなことからとある蛇を助けたところ、それがその村に伝わる伝統的な『蛇の神様』で、その神様から褒美を授かったそうだ。まるで蛇が『毒』を与える時みたいに手の甲を噛んで『印』を受け取ったまではいいが……
「(あー……これが所謂“呪い”だったのか)」
神様も悪気はなかったらしいが、それが主に男性から滅茶苦茶モテるやつだったらしく、それによって男子からはモテ、女子は引き、幼馴染も離れて行ってしまい、しまいにはそれを狙う村の強権神社の団体に狙われて……という展開だ。
また、それはどうやら誕生日である『6月30日』までに異性とキスしないと一生解けないらしい。これが意味することはもう明白だ。先に言ったような呪いが一生続いてしまうのである。そして、そのキスの相手ももはや言うまでもないだろう。神社側もそれをわかっていてあえて主人公から幼馴染を引き離し、挙句の果てには神社ぐるみで誘拐して……といった感じでストーリーは進んだ。
「(……なるほど。ユイが好みそうだな)」
ロボットとて一応は乙女だ。こういう展開にもなると絶対自分を幼馴染にあてるかもしれない。
そして、中身をどんどん見ていくうちに主人公がどんどんカッコいいものになっていく。まるで俺自身が主人公の気分になったようだ。これは、たぶん離陸前に「白馬の王子様が~」とか言っていた彩夜さんあたりが「キャーカッコいー」とか言って好みそうだ。
どこにでもあるような王道もののストーリーである。しかし、俺は徐々にそれにのめりこんでいった。なんというか、やはりストーリーとキャラがよければ応援したくなるのである。
これを見ていると、王道が今でも使われる理由が何となくわかった気がした。単純に、主人公らがカッコいいのである。
気が付けば、そのままこのストーリーの世界にすっかり入ってしまっていた。
―――しばらくすると、一人の男性の声が聞こえた。
「すいません、そろそろ次に」
「あ、はい。わかりました」
交代の時間が来たのだろう。一人の空軍輸送員の人が周りに配慮して小声でそうユイに告げた。
彼が去った後、すぐに俺の肩を揺らしていった。
「ほら、そろそろ時間ですから行きますよ」
「え、ちょ、待ってくれ。今神社境内で守護四天に挑む場面だから……」
今まさにクライマックス直前のいい場面なんだ。もう少しだけ、せめて境内を駆け上がって本殿に突入するところまで―――
「いや、もう時間なんですって。後でも読めるじゃないですかそれ」
「あと30秒待て。それでいいから」
「い い か ら 早 く。時間もう入ってるんですって」
「た、頼む。30秒あれば即行で読め―――」
そこまで行ったとき、ユイが小さくため息ついて一言。
「……早くいかないと私のこの右手の拳が祥樹さんの顔面をへこませることになりますがよろしいか?」
「よし、本は後だ。今すぐ行こう」
すぐに本をイスの手すり脇のスペースにしまって防弾ベストを着た。
コイツの拳にはかなわない。続きがめっちゃ気になるがすぐに仕事に行かねばならない。逆らえばもれなく俺の頭蓋骨は変形してしまうだろう。間違いなく即死だ。年齢的に見ても天に召されるのにはまだ早い。
一応簡単に身だしなみの準備を整え、持ち場に向かった。
俺たちが持ち回りで受け持つ警備は会議室前となった。
どうやら、総理と例の大臣二人がこの後現地到着後の翌日の会議の資料準備と簡単な打ち合わせをしているらしい。まだ深夜帯だというのに、ご苦労様である。
すぐに警備を交代して、その人から警備手順の確認を受けた。ここら辺は事前に羽田空港にいた時に聞かされていたので今更聞くこともない。
扉の前に立ち、深夜の訪問者に備えた。……といっても、こんな時間帯に誰も来るはずもないのだが。
たまにわずかに揺れる機内。わずかに響くエンジン音。誰も来ない、この扉前。
そして、そこにずっと突っ立っている俺とロボット……。
「(……アカン、暇や)」
なぜこんな深夜帯に順番がきたのか。どうせ人も来ないし人事交流の野郎どもにはちょうどいい難易度やねみたいなことを考えたのだろうが、だからってこれでは仕事がないので全然交流も体験もクソもない。
通路挟んで向かい側にある窓の外を見る。若干左主翼が見切れて見え、奥のほうで赤い翼端灯と定期的に点滅している白い衝突防止灯が光って見えた。
……それをずっと見ているのもさすがに無理があった。
「祥樹さん暇です。暇つぶしください」
ユイもさすがに飽きてきたらしい。飽きる、という概念をいつの間にか取得していたことに今更驚きはしないが、ぶっちゃけそんなことを俺に言われても困る。俺だってほしい。暇つぶし。
何かないか……そう考えて、ふと思い出したものを使ってみた。
「そうだな……どれ、一つクイズを出してやろう」
「クイズって、いつぞやのみたいなひねくれた回答のはなしですよ?」
「いや、基本的にそういうのがクイズなんだが……まあ、ひねくれてるかはお前の知識にかかってるな」
「ほう?」
ユイが興味を持った。それどころか、「面白い。かかってきなさい」とでも言わんばかりに目をこちらに向けている。
「結構昔の話で……えっと、俺がまだ中学の話だったか。病院で知り合った奴がいてな。1週間くらいいたんだが、そいつは無事に退院したぜ。それといって病気とかもなかったらしい」
ほんと、“あの状況”を考えればあれは奇跡ともいえる。
しかし、ユイは疑問を覚えた。
「え? 怪我や病気はなかったんですか?」
「ないよ」
「精神病的な何かで?」
「いや、まったくの健康体だ。どこにも異常はない」
「……え、じゃあなんで病院に……」
「さて、そこが問題だ。病院にいる奴って、そういった病気や怪我、精神病以外で誰がいるだろうね? ちなみに、そいつは退院した時は結構可愛がられてたのを覚えてるよ」
「えぇ……?」
実は、答えさえ聞けば簡単な話だ。病院にいるであろう奴を片っ端から探せばいいのである。“大人や子供だけ”とは限らない。
そこらへんをヒントに与えると、ユイはとにかく頭の中で検索しまくったのか、5秒くらい経って「あぁッ」と納得したような声を上げた。
「“赤ちゃん”ですね。その子って」
「正解。随分と元気そうなやつでね。男の子だそうだ」
「へぇ~。ていうか、祥樹さんなんで病院なんかにいたんです? 怪我でもしたんですか?」
「ん? ん~、まぁ、そうだな。そんなとこだ。しばらくの間入院もしてたな」
怪我ってレベルじゃなかったがね。あれは。軽く生死彷徨ったがね。
「へぇ、するとあれですか。入院中に別の美人女性看護師からあんなことやこんなことを……」
「あのさ、当時の俺中学生なんだが? そんなことしたら未成年で危ない体験になるで?」
「大丈夫ですよ、そこは保健体育の課外授業だとごまかせば」
「そんなんでごまかせるほど義務教育甘くねえわ」
コイツも大概あの変態どもの性癖うつったのか、それともただ単に自分なりに悪ふざけしてるのか……どっちにしろ立ち悪いことこの上ないという。
「(というか、あの時はそんなこと考えてる余裕なかったわ……)」
昔を思い出してふと思う。確かに当時は思春期真っ只中で、そんな甘い妄想も出てきそうなものだが、当時の俺にはそんな余裕はこれっぽっちもなかった。
そう考えると、そんな馬鹿みたいなことを考えれているだけ、そいつは十分平和的な生活を享受できたんだろうと実感できる。あまり馬鹿にはできないと思った。
クイズでの暇つぶしに味を占めたと思った俺は、適当にネットで探ってたやつを思い出しながら何か言いのないかと考えだした。
……しかし、その時である。警備していた会議室の扉が突然開いた。
「では、失礼します」
そういう若々しい女性の声が隣から聞こえ、そして部屋から出てきたのは……
「あれ、彩夜さん?」
離陸前に初めてであった彩夜さんだった。今は黒いスーツを脱いで、白いYシャツに黒ネクタイ、黒スカートで、結構さっぱりした様子である。深夜帯なのに、その明るそうな表情が照明に見えた、というのは誇張表現かもしれないが、それほどこの時間帯にもかかわらず元気そうだった。頭につけている髪飾りも相変わらず目立っている。
彩夜さんも気づいた。
「あ、お二人ともお疲れ様です。今警備ですか?」
「ええ、まあ。ちょうど持ち回りでね」
「そういう彩夜さんは?」
「ちょっとお父さん……じゃなかった、総理たちに現地で使う書類とかを」
仕事場でもお父さんとか可愛いとこあるなコイツ。
「書類って、秘書でもしてるんですか?」
「まあ、そんなとこです。簡単な手伝い程度ですけどね」
ほう。政治特有の雰囲気が苦手、みたいな話を離陸前にしてた割にはちゃんとやることはやるんだな。そこら辺はあれか、割り切りってやつか。
ユイも妙に感心したように言った。
「へぇ、娘さんなのに仕事熱心ですね。……祥樹さんも見習ってくださいよ」
「俺は真面目にやってるだろ」
「さぁ? 戦闘訓練中とかたまに変なこと呟くじゃないですか」
「おう変な勘違い生む発言やめろや」
それって和弥とかとたまにかわしてるジョークだろ? あれは別にいいだろ。やりすぎたら怒られるだろうけど。
そんな会話を見てか、彩夜さんはクスリと笑った。
「随分と仲いいですね。……ロボットには慣れました?」
後半は周りをチラッとみて小声で言った。深夜帯で人通りはこれっぽっちもないとはいえ、万が一いてはマズイ。
俺も「ハハハ……」とちょっと苦笑いしつつ返した。
「というか、知ってたんですか?」
「ええ、一応は。仮にも私の身分が身分ですので」
「なるほど。まあ、おかげさまで今ではこんな感じですよ。いろいろと苦労してましてね。コイツには」
「うん? それは一体どういう意味で?」
「どうもなにもそのまんまの意味だったが?」
「また顔面へこまされたいですか?」
「待ってくれよ。それは勘弁してくれ。ていうか、またってなんだ。俺一回もそんなことされてないんだが?」
「知りませんよ」
「お前の思考回路ぶっ壊れてるのか。それとも記憶がいかれてるのか?」
「ご安心ください異常はこれっぽっちもありません」
「クソッ、こんな時に限って事務的に返しやがって」
ユイの最近よくあるとぼけ方である。こんなところでロボット的要素出されても困るのだが。そして彩夜さんはそれを微笑ましそうに笑ってみている。お願いだ、せめて助け船の1隻くらいは出してくれないか。
「……お?」
すると、ユイがふと何かに気づいたように彩夜さんの胸元を見た。
てっきり彩夜さんのそこそこある胸に嫉妬でもしたのかと邪推したが、よく見ると、胸ポケットから何かが垂れ下がっている。アクセサリーらしいが……彩夜さんも視線に気づいた。
「あぁ、すいません。これ携帯の奴ですね」
そういってポケットから取り出したのは、自分の愛用しているらしいiPhoneだった。それには、小さくデフォルト化された海保のとある巡視船のアクセサリーがぶら下がっていた。
「あぁ、船のアクセサリーでしたか」
「はい。船が結構好きでして」
「へえ、そうなんですか。では、そのアクセサリーも?」
「はい。親戚に海保の方がいまして。そこでちょっともらったんです。イベントで作られたあまりらしくて」
「ほほう……」
彩夜さんの意外な趣味が判明した。女性で船好きってのも案外面白い組み合わせである。
さらに、彩夜さんの場合は好きというだけでは済まなかったらしい。
「一時期は海保の船乗りになりたいと思って、その親戚の人に頼んでいろいろと教えてもらってたんです。モールス信号とかも覚えるの大変でした」
「うへぇ、そんなとこまで。和文ですか?」
「はい。和文のほうですね」
「はぁ……マジっすか」
昔、親父が陸軍の通信科に一時期所属してたこともあって幾らか教えらたことはあったが、あれ覚えるのとんでもなく大変だ。「トン」と「ツー」だけであんなに大量に表現するのを覚えるってのは中々に記憶能力が試される。
まあ、親父はガチで俺を陸軍軍人にしたかったらしくそういうのをめっちゃ叩き込んできたがために、今では余裕で全部応えれるのだが、残念ながら俺は普通科所属になってしまったのでこの知識はもうお払い箱扱いである。使うところなんてもう金輪際来ないだろう。
そんな境遇は、彩夜さんも似たようなものだったらしい。
「でも、如何せんこんな身分ですので、即行で諦めました。せっかくモールス信号とか覚えて本気だったのに、お父さんたちのほうが忙しくなってそっちを手伝わざるを得なくなりまして。まあ、仕方ないですけどね」
「ハハ、でも、いつか使う時が来た時にとっておきましょうぜ」
「きたら、ですけどね」
「きたら、ですがね」
きたらいいね、そんなときが。来ることはないだろうけど。使ってるやつなんて全然いないだろう。覚えるの大変だし。その点彩夜さんも同意して互いに半ばあきらめた。
……となるとやっぱり思う。
「お前はいいよなぁ、そんな手間かけなくても即行で覚えれるから」
やっぱりユイのロボット的記録能力は凄まじいものがある。見て聞いて、そして時にはネットでもなんでも検索して即行で覚える。何回も聞く必要もない。一回聞いただけでまるっきし覚えるのだ。
今まで何度もそれを見てきたが、こういう時はまさに羨ましく思う。そして、ユイもそれを分かってるので、
「ドヤァ~~」
この、ムカつくドヤ顔をかます。
「……すいません、コイツ一発ぶん殴っていいっすか」
「え?」
「おっとそれをしたら返り討ちにあうのはどちらだとお思いで?」
「死ぬことを恐れていては軍人は務まらんぜ」
「よし、ではどうぞ。倍返ししますので」
「……え、倍?」
「あ、お望みでしたら10倍でも100倍でも」
「すいません勘弁してください」
調子乗りました。幾らなんでも10倍100倍は勘弁してください。お前の場合あながち嘘でなくやっちゃいそうだから怖いんすよ。
「……くそぅ、この怪力女め」
「聞こえてますよ。あと怪力女じゃなくてそれを言うなら機械女です」
「あ、それガイノイドっていうんですよね。知ってますよ」
「彩夜さん博識ですね。祥樹さんもみならi」
「いや見習うも何も俺も知ってるから。伊達にロボット工学学んでないから」
普通に今どきのロボット通の人間なら常識の範疇である。
「あ、ロボット工学習っていらっしゃったんですか」
「ええ。海桜学院付属のあそこで」
「あぁ! あそこですか! そりゃ、相当頭よさそうで……」
すると、「?」とはてなを浮かべたユイが言った。
「あれ? でも祥樹さん前に自分は頭悪いから軍人になったって……」
「え、何言ってるんですか。海桜学院付属と言ったらロボット工学を採用してる学校の中では―――」
「ああー、そ、その学校の中では頭悪かったってだけ。うん、それだけ」
ちょっと強引に割って入った。それ、確かユイと出会って初日の話だったはずだが、今でもしっかり覚えているあたりやっぱりロボットらしい。
「(……まだだ。今はまだその時じゃない)」
俺は自制した。今はまだいうには早すぎる。というか、一々いう必要もない。
罪悪感はあったが、まだいうべきではないと俺は自分に言い聞かせた。
「じゃあ、私はそろそろ―――」
そういって彩夜さんがそろそろお暇しようとした時である。
「―――?」
またカタンッとドアが開いた。あれ、まだ中に誰かいるのか? と思ったが、そこから出てきたのは……
「……え? 大臣?」
見覚えのある顔、というか、前から何度も見たことのある顔だった。
若々しい風貌のハンサム男性。結構前に、特察隊の結団式で檀上に立って演説もしていた、新海国防大臣だった。
そういえば、中では総理たちと一緒に現地での会議内容とかを確認していたはずだったな。
……つっても、一体なぜにドア開けたんだ。トイレかなんかか?
「あぁ、やっぱりいたか。時間帯的に今頃かと思ってさ。……あ、彩夜ちゃんもいたんだ」
「どうも」
互いに会釈しつつまたつづけた。
「二人とも、今時間ある?」
「え、今ですか?」
二人、というのはもちろん俺とユイである。時間も何も、今は絶賛警備中なのですが。そりゃ、深夜帯で全然と言っていいほど人が通らないから時間は有り余ってるけどさ。
「いや、今は警備中ですけど……それが何か?」
「そうか。じゃ、それ以外で何も仕事ないんだよね?」
「まぁ、ないといえばないですが……」
「よし、じゃあちょうどいいや」
すると、新海大臣は後ろを軽く振り向いてなぜかグーサイン。中は良く見えないが、おそらくほかの二人に向けてだろう。おいおい、このお方ら何たくらんでやがる。
「ちょっとさ……今時間いい?」
「え? い、今ですか?」
「うん。ちょっと、総理が会いたいらしくて」
「えッ? ま、マジですか?」
俺は若干動揺した。夜なのでまり大声出さないようにしたつもりだが、ユイが隣から「しーッ」と指を口の前に出して制したあたり、抑え切れてなかったのだろうか。
彩夜さんも少し「?」とはてなマークを浮かべた。
「おとうさ……じゃなくて、総理が一体なんで?」
「別に今くらいお父さんでもいいと思うよ?」
同意します。
「いえ、一応は仕事中ですし……で、総理がなんで?」
「いや、ちょっと個人的にね。特に……彼女に」
「彼女?」
そういって指さしたのはユイである。「え、私?」みたいな感じでユイは自分を指さすと、新海大臣もうなづいて返した。俺とユイは互いに顔を見合わせる。
「まだ総理たち彼女に会ったことなくてさ。それで」
「あぁ、なるほど」
見たことなかったのか。総理なのに、あともう片方が外務大臣なのに見せてもらえなかったのだろうか。随分と厳重な機密性だな。
……つまり、俺たちはそんな存在に余裕であえて話せるどころか、時には変にこき使ったりするわ、追いかけまわしたりするわ、ツッコませたりしてるわけか。これは変態共あとで教育せな。
「ですが、警備はいいんですか?」
「大丈夫大丈夫。今の時間帯誰もここ通らないから」
「はぁ……そうですか」
それでいいのかセキュリティ。まあ、事実ここについてから数十分経ってるのに全然人が通らないし、ほんとにする必要もなさそうなのはわかるが。
とりあえず、さすがに総理の要望を断ることもできない事もあり、それを受け入れることにした。彩夜さんに一言別れを告げた後、俺たちは会議室内に手招きされ中に入った。
「失礼しまーす……」
そこは少し小さ目の部屋。中央のテーブルと、それを囲むように4つのイスがある。今は、いくつかのイスは器用に平らに倒してベットに見立てていたが、目の前、テーブルを挟んで奥のほうのイスはそのままの形だった。
そこに座っていたのは……
「おぉ、きたか」
日本の行政の長である、麻生新造総理だった…………
※作中に登場しております「モテ期な僕の呪いが解けないっ!? ~幼馴染告白奇譚~」の使用に関しては作者であります「たまりしょうゆ」様より許可と厳格な審査を受けております。
この場をお借りしまして、たまりしょうゆ様のご協力に感謝申し上げます。




