ジャパニーズエアフォース001
[翌週 8月27日(火) PM17:20
東京都大田区 東京“羽田”国際空港 VIPターミナル内会議室]
羽田空港第二ターミナル横にあるVIPターミナル。
管制等すぐ横にある東京空港警察署のすぐ隣にちょこんとある小さな建物だが、そこは外国から来る、ないし、これから出発する来賓たちが一時的に立ち寄る待ち合わせ施設である。最近、セキュリティ強化のついでに建物が若干拡張されたため、小さめとはいえど中はそこそこ広い。
もちろん、日本の政府関係者も利用する。今はまだ来ていないが、代わりにそこの会議室で、同乗スタッフの最終打ち合わせが行われた。
高級感漂う白を基調とした室内には、今回登場するスタッフの中で、特に警護関連の任務に就く人たちが集まっている。もちろん、人事交流という“名目”で同乗する俺たちも参加させてもらった。
この中で、取りまとめ役である警護隊長のからフライトスケジュールの情報をこと細やかに伝えられる。
それを俺はすぐに手元にメモした。
……その過程でやっぱり思う。
「(……コイツはメモしなくてもわかるからいいよなぁ……)」
まあ、かくいう俺たち人間も頑張れば頭に叩き込めるし、記憶能力特化のサヴァン脳保有者なら簡単に一目見たり聞いたりしただけで記憶できるだろうが、ユイの場合はそんなめんどくさいことしなくてもいいし、サヴァン脳のような先天的な能力に頼る必要もない。無条件で一度聞いただけで完全に頭に刷り込まれる仕組みを最初から持っている。それも、下手すればそのサヴァン脳以上に。
なので、今のコイツの手元にはメモなどはない。涼しい顔をして、自らの耳だけでスケジュールを叩き込む。
俺も、コイツに負けまいとメモを残しながら必死に頭に入れた。
大体のスケジュールが言い渡され、後は他の担当部署との簡単な連絡事項を行った。とはいっても、それも即行で済むしそれといって今更連絡することはない。あるといえば、現地の天候が現在荒れ模様だってくらいだった。
「荒れ模様? 低気圧か?」
警護隊長の人が聞いた。それには気象担当を受け持っている空軍特輸隊の女性が答えた。彼女も今回同乗するらしい。
「はい。現在ハワイは南東から接近中のハリケーンの直撃を受けつつあります。すでに天候は荒れ始めており、一応速度がそこそこ早いこともあり現地に着くころには回復する見込みですが、そのハリケーンが残した強風の影響で上空は荒れるものと」
「わかった。総理たちには私のほうから伝えておく」
すぐに俺もメモに残した。ハワイでハリケーンとか、珍しいこともあるもんだ。しかもまだ8月という夏季。
まあ、かくいう日本も今どきじゃこの時期から台風の季節になってるし、これも地球温暖化による弊害か。気象環境がおかしくなってきていることがありありとうかがえるな。
そのあとも気象状況についてこと細やかに伝えられる中、あまりに長いので一々聞くのがめんどくさくなってしまった俺は隣のユイに小声で言う。
「……ユイ。後で気象データ教えて」
「え、メモらないんですか?」
「長ったらしい説明聞くよりそっちで検索した奴のほうが確実だし手っ取り早いだろ?」
「わぁお、まさかの私データバンク扱い……、まぁ、別にいいですけど。間違ってないし」
「サンクス。悪いね」
テーブルの下で隠れてグーサイン。それにユイも「やれやれ仕方ないっすな」といった感じで小さくため息しつつもこぶしを合わせてくる。今では同じみになったグータッチだ。
そんな会話を経るうちに気象の話も終わったらしい。一応、警護隊長のほうから総理たちに注意喚起する形でまとまったようだ。
さて、もうあとは何も確認事項はないだろう―――と、ことの終わりを見計らってタブレットのメモ内容を簡単にまとめていると、
「……あぁ、それと、今回陸軍のほうから人事交流で参加しているメンバーも今のうちに紹介する」
警護隊長が話題一転。こっちに話を振った。
そういえば、まだ自己紹介とかしてなかった。最後に持ってこられたか。
皆の視線が一斉にこっちに向いて若干ギョッとする中、警護隊長は話を進めた。
「本日、人事交流で警備任務体験のために同乗する、篠山曹長と桜伍長だ。どうぞ」
「あ、はい」
隊長に促され、一度立ち上がって簡単に自己紹介をする。
「篠山祥樹です。本日は、どうぞよろしくお願いします」
軽く一礼し軽めの拍手を受ける。拍手されるほどのことしてないんだけどな、とか心の中でツッコむがまあそこはスルー。
「同じく、桜結です。どうぞよろしくお願いします」
俺と同じように一礼して拍手を受け、再び席に着く。
「……で、桜結って誰?」
「さぁ? この世界のどこかにいるであろう誰かでしょう」
そんな微笑交じりのジョークを小さく交わしていると、隊長が軽く補足を入れた。
「お二人は若くして空挺団に配属され、その中でもエリート部隊と名高い特察隊に所属している。警護の能力はそうでなくても高いが、ぜひ警護のノウハウを教えてやってくれ」
すると周りから「おぉ~」と軽く感嘆の声が上がった。どこに反応したんだ。空挺団か、特察隊か。それとも両方か。
……ていうか、特察隊に“エリート部隊”って別称があるとか初耳なのだが、なに、陸軍外じゃそんな風に呼ばれてんの?
そして、何を思ったのか一人の若めのイケてるメンツをしている男性が関心を持ちつついった。
「まだお若いのに空挺団ですか?」
「ええ。一応は」
「ははぁ、空挺団といえば相当な練度をお持ちと聞いてますが、やはりそうなのですか?」
「まあ、そうですね。訓練の甲斐もあり僕らも含め部隊内全員が高い練度を誇っております」
そしてまた「ほぉ~」と感嘆の声。まあ、ただし一度勤務外時間になるとあんなとんでもない変態になるのだが、そこは伏せておこう。彼らの夢を壊すべきではない。
しかし、この反応を見るに、陸軍外だとやっぱり空挺団って相当尊敬の目で見られているようだ。あんまり外の評価というのは聞いたことがないのでこれは純粋にうれしい限りである。
……が、
「……しかし、そちらのようなお美しいお嬢さんでも空挺団とは……恐れ入りました」
「え?」
また別の男性が横から入ってくる。
そこまで話をツッコんでいいとは言っていない。まて、これは悪い予感しかしないぞ。
「まだお若いですね……失礼ですが、御年齢のほうは?」
「え、えっと……今は20です」
もちろん、これは偽装の設定。本当は今年の4月の生まれて20どころか1歳にすら達していない。
しかし、見てくれは完全にそんくらい、いや、もっと言えばそれよりもうちょい若いぐらいの人間の女性。当然、彼は完全に信じ切り、感心したような声を上げた。
「なんと、まだお若い……。いやはや、惚れ惚れしますね。このような女性がいると」
「は、はぁ……」
ユイも思わず無理やり作り笑い。コイツ、ナンパでも始める気かよ。
「総理たちがうらやましいですな。このような若い女性に警護してもらえるとは」
「もしかしたら指名してたりして」
「ハハ、それもありえるな」
「そうなると総理たちも隅におけませんな。我々を差し置いて」
「もしそうだったら総理たちを問い詰めますか」
「ハハ、それもいいですな」
「おーいお前ら……」
周りがそんな話をし始めたのを見て小さく聞こえないようにツッコんだ。あぁ、コイツらもか。女が絡むと即行でそういう話に移るのは男くさい軍人ならではの性か。
ユイもどう反応していいのかわからず、とりあえず愛想笑いでスルーしていた。うん、それが一番だと思う。
……しかし、やはり手筈通り彼らには総理が直々に指名した、というところまでは伝えられていないらしい。大まかに人事交流としか伝えられていないのだろうと俺はひそかに考えた。まあ、それのおかげでなぜか話が総理のほうにまで影響でてしまっているのだが。
すると、隊長もなぜかそれに乗ってしまった。
「うちの女房もこんくらいかわいかったらなぁ……あ、君もあんな感じにかわいくなんなよ?」
その言葉の先は、さっきハリケーン情報をくれた気象担当の女性。地味にムカッとした顔で、「余計なお世話」手に持っていたタブレットで頭をたたいた。しかも、角で。うわぁ、いたそ。
「(ていうか、あんたら暇なのか……)」
もう、このタイプの空気にも慣れてしまった俺がいる。あの変態どものおかげと言ったら何かに負けた気がして嫌だが、実際その通りだろうな。
頭を少しさすりながら、また一言いう。
「いたた……、ま、まああれだな。確かにほんとに可愛らしい顔立ちしているよな。まるで人工的に作ったようで」
「ッ!」
その言葉に一瞬ビクッと心臓が跳ね上がった。ユイも隣で「ゲッ」と顔を小さくひきつらせる。
その反応を見てか、隊長はごまかすように笑った。
「ハハハ、いえ、それほどきれいだなってことですよ。もちろん褒め言葉です」
「あ、ああッ! そ、そうですよね、ハハハッ! よ、よかったな、お前。顔かわいいってさ、ハハハハ!」
「あ、で、ですね。ほんと光栄です、ハハハハッ」
思わず盛大な引き笑いが出てしまった。それをどう受け止めたのかは知らないが、周りもつられて盛大に笑っていた。変な勘違いはされなかったようである。
「……本当に人工的に作ったなんて言えないしなぁ……」
「ですよねぇ……」
そんな小さな会話を周りに聞こえないように済ませる。そりゃ、人工的につくりゃ顔立ちとかも好きにかわいくするなんてのは容易いこと。だから爺さんも“アイツ”に似せやがったのである。
「(ほんと、今更になって考えてみりゃ爺さんも何考えてんだか……)」
まあ、今更考えても始まらない。どうせそういうのは後々ちゃんと判明することだ。時を待つしかない。
その後、話を簡単にまとめて一時解散。会議室を出て、いよいよ政府専用機に移動となった。
すでに身体検査などのチェックは通ったので、そのまま政府専用機に乗ることができる。金属探知の検査では、ユイはポケットに入れていた携帯などを出して「あ、すいませんこれ反応したらしいです」ってことでうまく通した。
また総理たちは到着していない。官邸での仕事などをギリギリまで処理してからくることになるようだ。
……その道中。
「―――で、ハワイの天気どんな感じだ?」
ネットで現地の気象情報に検索をかけたユイが淡々と伝える。
「えっと……じゃあ、NWS(アメリカ国立気象局)がついさっき更新した情報から。『ハリケーン・アメリア』。現時点での風速85ノット、中心気圧955ヘクトパスカル、現在ハワイ南東を時速18マイルで接近し、そのあと今夜、ないし深夜帯にかけてハワイ諸島、特にハワイ島やマウイ島方面あたりに直撃するみたいですね。オアフ島はギリギリ躱せます」
「85ノットで955ヘクトパスカル……確か、アメリカって強さで分類があったよな。この場合はカテゴリー2になるのか?」
「そうですね。現時点ではカテゴリー2に分類されています。これでも最初はカテゴリー4クラスだったんですけど、なんか南東太平洋に現れてから即行で力尽きたみたいです」
「ハッ、根性ねえなそいつ」
「いやハリケーンに根性ってあーた」
ユイが若干呆れ顔になる。まあ、俺たち人間側としては即行で力尽きてもらってありがたいのには間違いないんだがな。
アメリカではハリケーンの強さで分類を用いる。これを『サファ・シンプソン・ハリケーン・スケール』といい、最大はカテゴリー5。今回のこれはハリケーンのデータを見る限りではカテゴリー2だから、一応比較的弱めのものということになる。
しかし、油断は禁物。ハワイは日本みたいに頻繁にハリケーン(台風)被害にあっていないため、対策もそこまで進んでなければそもそも慣れてすらいない。しかも、最近はすっかりそのハリケーンからは無視されていたため、少なくとも数年ぶりくらいの直撃を今回は受けることになる。被害はそこそこでるだろう。
……これから首脳会議だってのに、ほんとにタイミングが最悪だな。
しかし、そこまで心配するまでもなさそうだとユイは付け足す。
「速度がどんどん早くなってるので、先ほどの気象担当の方が言った通りこのままの増速度で行けば、向こうについたころには少なくとも雨はすでに晴れてます。でも、空はまだ風が強くて荒れてるでしょうけどね」
「ハワイに近くなったら揺れっかな……」
「たぶん、着陸時とか結構横風に煽られそうですよね。下手すれば積乱雲にぶち当たった時くらいに」
「ひぃ~、勘弁してくれ……」
小さい頃何回か乗ったことあるから慣れてなくはないが、そう何度も何度も揺られるのは気分的にも当然優れない。今日の政府専用機のパイロットの手腕に期待するほかはないだろう。頼む、あんま揺らさないでくれ。
そんな感じのことを若干ため息交じりで考えていると、
「……ん? なんだよ、まじまじと見て」
ユイが隣で興味深そうに俺の体を隅々まで見ていた。その視線をそらさず応える。
「いえ、その恰好、案外似合ってるなって」
「これか? 空軍から借りたやつではあるが……そんなに似合ってるか?」
「少なくとも私の目には」
俺は「そうか?」と首をかしげつつも再び自分の今の服装を見る。
陸軍出身だが、一応今回だけは空軍人扱いとなり、制服も空軍特輸隊が使っているものを借りることになった。
薄めの雪藍色の長袖Yシャツに青ネクタイ、肩にしっかり相応の階級章を付けた第二種夏服に、紺色のスラックス、そして黒い革靴。
そんで、その上から警察からリリースしてもらったらしい黒い防弾ベストを着ている。これが、今回俺たちを含め警護任務に就く人の正装らしい。
「そういうんならお前だって地味に似合ってなくはないだろ」
「そうですか?」
そういって両手を軽く広げつつ自分の服装を見る。
俺と全く同じだが、案外全体的に違和感はない。ちなみに、制服は女性用だが、ベストはさすがに男性用しかなかったため男性用のを使っている。
「サイズもピッタリだったし、小柄体型でも案外合うもんだな」
「しかも、私の場合はベストとかは男性用ですしね。何とかフィットしてよかったです」
「だな。でも、お前もその体でよかったよな。ベストがきつくならないで」
主に一部分を見ながら。女性がベストを着ると絶対気になってしまうであろうはずの“一部分”を見ながら。
しかし、その目線はコイツにばれていたようである。
「……それは一体どういう意味で? あと、どこを見て言ってます?」
こそっと見たつもりだったが、コイツのロボティックス要素満載の目にはバッチリ映っていたらしい。ジロッと目線を鋭く光らせた。あと、顔がめっちゃ引きつってる。
「さあ、どこでしょうね? 完全男性用のベストなのになぜか体格的にフィットしてるといったらあそこしかないけど……ねえ?」
「あそこって、大体予測つきますけど……」
「ほぉ? じゃあどこ?」
ユイがめっちゃいうのを躊躇って10秒くらい悩んだ末、小さくつぶやくように言った一言が、
「…………、胸」
「あ、そういえば俺どこ見てたっけなぁ~~忘れちまったなぁ~~~」
「うわ、言わされた!?」
「え、言わされた、ってことはつまり当たってたってこと?」
「うッ」
「あ、ごめん図星だった? ごめんね、ヒヒヒ」
自分で言うのもなんだが中々にうざいキャラである。ネタで言ったつもりがいつの間にか迫真の演技になっていた。やってると楽しくなるってほんとにあるんだな。
そして、相対的にユイは静かな怒りに震えていた。ユイの後ろあたりから『ゴゴゴゴゴ』という効果音が聞こえてきそうだ。こぶしを握り締めて顔をひきつらせながらプルプル震えている。さっきから「売られてるよね? これ喧嘩売られてるよね?」とか呟いてる声が俺の耳に届いていた。
このあたりから、怒りからさらに一周回ってか顔が満面の笑みになっている。しかし、オーラは明らかにキレる5秒前な感じだった。
「あ、これもしかして制服も女性用借りるまでもなく男性用で事済んだんじゃね?」
「祥樹さん、それ以上の発言は私の激昂を買うことになりますがよろしいか?」
「フッ、リスクを恐れてるようでは軍人は務まらんぜ」
「よし、わかった。祥樹さんあとで話し合いましょう。“盛大に”」
「え、ちょっと待って。話し合うってその場合絶対物理的に……」
「話 し 合 い し ま し ょ う ? ♪」
「こえーよ、お前ちょっとイジられたからって即行で怒るのこえーよ」
可愛らしい超満面の笑顔なのにオーラがどす黒い。怖い。マジ怖い。これがロボットの成せる技か。そろそろコイツも病み性質を持ち合わせてきただろうか。まあ、どうせネタだろうが。
ついでに、そのあとほんとに話し合いという名の物理で襲われたりといったひと悶着を演じながらVIPターミナル後にする。
道中、周りの、主に男性陣の目が静かに怒っていたのはおそらく気のせいではないだろう。すいません、ちょっとネタに走ったらここまで激しくなっただけで、決してふざけてるつもりはありません。そんな嫉妬とも取れるような目は勘弁してください。
……そんなこんなで、ひとまずVIPターミナルを出て、政府専用機のもとに向かった。
V1スポット。
第二ターミナルの隣は貨物機などがまる駐機スペースとなっているが、その隅っこに、『V1/V2スポット』というVIP機専用のスポットがある。
先のVIPターミナルの目の前にあり、ここに各国の政府専用機などのVIP機が止まるのだ。V1スポットは、二つあるVIP機専用スポットの片割れである。
「いてて……お前、ちょっと怒ったら本気で首絞めんのやめてくんね? 折れるんだってお前の握力じゃ」
そういって首の後ろあたりをもんだりさすったりする。さすがにやりすぎたと反省はしているが、だからって首絞めはさすがにオーバーアタックだろう。おかげで寝違えた時のような痛さを感じている。
しかし、ユイはムスッとした顔を崩さない。
「されるほどのことをしたからそうなんです。言ったじゃないですか、話し合おうって」
「お前の話し合うって物理的攻撃だったのか」
この認識の違いは致命的だ。後で修正しておかねばならないだろう。
そんな会話をしながら、俺たちはV1スポットのもとに到着した。そして、そこにあったものを俺たちは見上げる。
そこには一機のB777-300ERが、スポットを示す黄色の中心線上で少し斜め方向に向けて止めていた。
白基調に、赤とゴールドの曲線のラインを機体の横いっぱいに伸ばし、L2ドア(左側の前から二番目)の上には『日本国 JAPAN』と日の丸の国旗が間に挟まる。
そして、垂直尾翼にも、赤い日の丸がデカデカと描かれていた。
シンプルな塗装なのに醸し出される、何とも言えないほかの旅客機とは違うその威厳さに、俺たちは少しの間立ち尽くした。
「うわぁ……」
「……ついに来ちまったなぁ……」
そうつぶやいて、そのまま数秒ほどそれを見渡す。TVとかでしか見たことなかったそれは、生で見てみるとこれまた違う雰囲気を感じることができた。
……そこにあったのは、まぎれもない“日本国政府専用機”であった。
現在は機体の最終的なチェックと燃料補給を行っているようで、それぞれで専用車や整備士が機体に張り付いて入念に作業をしている。整備も空軍特輸隊が行うが、整備協力としてANAも参加し、官民共同で整備を行う形となっていた。
夕日に照らされる中、その白いボディはピカピカに磨かれ、エプロンの灰色コンクリートが薄く映っている。整備士たちの入念な掃除の証がここからよくわかった。
「(いざ乗るってなるとやっぱり緊張するな……)」
俺みたいなやつが乗っちゃっていいのだろうか、と少し躊躇してしまう。後々考えてみれば、そこら近所にいるマスコミすら乗ろうと思えば乗れるもんなのに何をいまさら、と言えるのだが。なお、そのマスコミの皆さん、乗るときはちゃんと金払っています。
「……ん?」
「―――? どうした?」
ユイがふと政府専用機の隣を見た。そこはV1スポットの隣、同じくVIP機専用のV2スポットである。
「あそこ、もう一機同じ政府専用機がいるんですけど、予備かなんかですか?」
そこには、確かにこの今目の前にしている政府専用機と瓜二つのB777があった。カラーリングも、型もすべて同じ。そして、それもこの今から俺たちが乗るものと同じく整備と燃料補給がされている。
「あぁ、あれね。あれは確かに予備機。一緒にハワイまで飛んでいくぞ」
「え、政府専用機って1機飛んで行くんじゃないんですか?」
「いや、前の日までにいろいろ調べたんだけどさ、どうもそうじゃないらしい」
政府専用機のほうに向かいながら簡単に説明した。
日本の場合、政府専用機は昔から基本的に2機体制で運用される。
もちろん、本来使う機体が使えなくなった場合の予備ということもあるが、それだけではなく、目的地まで2機一緒に向かいもするのだ。
俺たちが乗るような総理たちなどを乗せて目的地まで輸送する機を本務機とすると、もう1機は予備機となり、本務機の離陸から30分遅れで離陸し後ろからついてくる。
よく政府専用機が飛び立つのは1機だけといわれるが、訓練時ならまだしも、任務中でそれはほとんどない。例外的に邦人輸送で1機だけ使わせることもあるが、少なくとも要人輸送で1機だけ使うことはまずないとみていい。
「―――あまりこれを知ってるやつは少ないが、まあ本務機の後に30分も待って予備機が飛んでいくことを知ってるやつなんて航空マニアやオタクぐらいしかいないだろうし、ドラマとかでもそこまで描写しないから純粋に勘違いしてる人が多いんだろうな」
「へ~。でも、そんな情報いつ調べてるんですか?」
「前の日までに就寝時間後こっそりとね」
「あぁ、あの隠れてPC使ってるのってそれが理由だったのか……」
いつみてやがった。俺は布団の中にくるまって見回りが来ても即行で隠せる体制をとっていたというのに。
「いろいろ調べてたら止まらなくなってさ。いつの間にか政府専用機の操縦方法まで調べてた」
「なぜに!?」
「昔からやめれねんだよな。興味持ったら手が止まらないってね」
「あぁ、ブレーキがなくなったどころか暴走特急化してしまったのか」
「なんか発言内容が気がかりだが間違ってはいない」
実際、「おもしれぇ」ってなったらとことんいろんなところまで調べてしまうのは昔っからの癖というか、性である。
「まあ、政府専用機も民間旅客機も結局操縦方法同じだったんだがな」
「当たり前でしょ」
「ま、使うことはないだろうな。たぶん」
「だったらなぜ調べたのか」
「案外調べたら普通にあったんだよ。ついでに、政府専用機関連の都市伝説にもたどり着いた。会議室には下部スペースへの脱出用の隠しドアがある的なのもあった」
「なにその忍者屋敷の掛け軸の裏にありそうな仕掛け」
「あと、政府専用機の内装も超簡単だが画像あったからすべて頭に叩き込んだ」
「調べた中でまともなのってそこらへんだと思う」
「間違いない」
実際、それ以外で今回使えそうなのはここいらしかなかった。都市伝説とか興味半分で調べたら完全に時間の無駄だったレベルのものしかなかったしな。なんだよ、会議室の裏に隠しドアとか。構造上無理があるだろ。
そんな会話をしつつ、タラップをあがっていよいよ機内へ。
ドア前にいた空軍人の人に軽く敬礼しつつ中に入ると、やはり旅客機とは違った異様な空気が立ち込めていた。
出発準備は順次行われ、順風満帆な様子だった。
「(機内すげぇな……)」
生で見たのは初めてだが、やはり綺麗だというのが最初の印象だった。やはり、総理だけでなく、時には天皇陛下すらご利用なされるものだからそこらへんも凝っているのだろう。旅客機の比ではなかった。
とりあえず、人事交流担当の警護官がついてくれ、俺たちはひとまずドア近くにおかれた。ここで、一先ず搭乗者の名簿確認と人数確認をするという。
……というわけで、今俺の手元には搭乗者名簿記入用のタブレット。ユイの手元には人数確認のためのチェックカウンターを持っている。
少しの間待つと、どんどんと政府幹部が機内に搭乗してくる。それぞれで、全員が俺のほうで簡単な名簿確認と超簡単な手荷物確認をする。
最初は記者団がくる。何人かは随分と大きなカメラを持った人がいたが、現地での取材に使うらしく、ちゃんと検査も済ませてるらしい。そんなの、貨物に入れちまえばいいと思うのだが、まあ、俺の認知範囲外だし検査はちゃんとパスしたらしいので一応はスルーする。
そのあとに、政府事務官級、各省庁幹部、さらに、秘書官や補佐官級が来る。その際、
「―――ッ、朝井補佐官」
彼とも再会した。
秘書官などは連れていたが、俺たちを見た途端すぐに近づき、秘書官を退けた。
「来たね、君たちも。中々様になってるじゃないか」
「ハハ、それはどうも。あまり慣れませんけどね」
「すぐに慣れるさ。最初はそんなもんだよ」
そんな感じで一言二言交わす。
ユイとも簡単に挨拶を交わすと、
「もうすぐ総理たちも来る。気をつけろ、大体今あたりから君たちに注目が集まるぞ」
「?」
そういってこの場を後にした。ユイと互いに首をかしげる。少し何を言っているのかわからなかったが、後々からその意味が判明する。
途中から政府の高官レベルの人がやってきたが、そのうち何人かが俺のもとで名簿確認をしているときにチラチラと視線をずらしては、その場にいた同じ幹部仲間とひそひそと言葉を交わしているのが見えた。
それこそ、最初は人事交流の話が伝わっててそれ関連のことを話してるのかと思ったが……
「……なるほど。目的はお前か」
「え?」
その視線の先は、全部ユイに向いていた。人事交流云々ならユイ限定で視線が向くなんてことはないだろうし、おそらく、朝井補佐官が言っていたのはこのことだったのだろうと予測をつける。
周りに聞こえないようにこっそりと話す。
「こっちをチラチラ向いている奴は、おそらくお前の正体を知ってるやつだ。お前のプロジェクトを知っているのは総理を中心としたNSCメンバーほか政府高官の“一部”だけだったはずだしな」
「つまり、彼らはその“一部”のうちに入ってる人たちだと?」
「ああ。たぶん、国防省高級幹部とか総理秘書事務官とかそういう地位の人たちだろうな」
実際、こっちをチラチラ見ている人たちが首にかけているネームカードを見てみると、国防省各種事務官や内閣事務官、あと中には外務省幹部も入っていた。
総計で見てもわずか十数人程度ではあったが、この人らは全員ユイのことを知っているのだろう。しかし、案外予想してたより多いな。本体ができたから政府内での認知度も高くなっているのだろうか。
さらに、その人らに交じって途中からは新海国防大臣と山内外務大臣もタラップを駆け上がって搭乗したのだが、やはりこの二人もユイを見ていた。NSCメンバーなので元から知ってて当然だが、やはり、この二人も案の定、といった感じだった。
「お前も人気者だな。政府から注目されてよ」
「そりゃ、最近忘れられてますけど私国家機密ですからね? 存在自体が」
「まあな。本来、いくら総理のご指名といえどこの場にその国家機密がいるのがおかしいってくらいなんだよ」
「ほんとですよ。未だにわかりませんよ、試験とはいえなんでこんなタイミングでやるのかって。ほかにいつでもできるじゃないですか。政府専用機の訓練飛行中とか」
「確かにな……」
試験させるにしても、まだまだタイミングはほかにあったはずなのは間違いない。今ユイが言ったように、政府専用機の訓練飛行中に要人警護の想定でやらせても問題はなかったはずだ。空軍連中にバレるのが嫌なら、それこそ今みたいに人事交流名目で警護訓練に参加させる形でもいい。
……それに、
「(前に言っていたよな……“急な決定だった”って)」
急な決定。朝井補佐官が、俺たちにこの指令を伝えに来た時に言っていた言葉だ。航空会社での教習を受けさせる時間もないほどの“急な決定”。
……何か引っかかるな。政府専用機ほどのセキュリティがとんでもなく厳しい飛行機の中に、急な決定だからって理由で乗員訓練もされていない畑違いの陸軍軍人を入れるなんて、常識では考えられないことだ。
「(……何か、裏がありそうだな。これ)」
もし、総理たちと話す機会があれば、ぜひこの点を確認してみたいところだ。まあ、あるかは知らんが。
……と、そんなことを勝手に考えつつ、名簿のチェックマークも大体埋まり、残り数人がちらほら個別で搭乗してることを確認していると、
「あの、よろしいですか?」
「え、あぁ、はい。どうぞ」
一人の若い女性が声をかけてきた。
白Yシャツに黒いスーツとスカート、そしてネクタイ。黒いロングヘアーで、綺麗というよりユイと同じく小柄なので可愛らしい顔立ちをしていて、何となく随分と身を整えた超若い新人の美人OLみたいな人だった。
「名簿の確認ってこちらでよろしかったでしょうか?」
「はい。えっと、ではお名前のほうを」
隣でユイがチェックカウンターを一個押すのを一瞥して確認しつつ、その声に耳を傾ける。
「あ、はい。麻生彩夜です」
「はいはい、麻生彩夜さn……え?」
「?」
一瞬スルー仕掛けたが、即行でチェックマークを付ける手が止まった。ユイも、名前を聞いて「えッ?」といった感じの顔で彼女を向く。2人からの視線に一瞬彼女、彩夜さんは「え? え??」と困惑した表情だった。
「……麻生?」
おいちょっと待て、これに乗る人で麻生ってまさか……。
俺は予感した。たぶん、隣でユイも悟っているだろう。ロボットがわからないはずがない。
彩夜さんは俺たちの考えてることを察したのか、すぐに「あぁッ」と小さく相槌を打ちながら軽く笑いつついった。
「ハハハ、す、すいません。うちの父がお世話になってます」
「え、てことはまさか……」
「あぁ、はい。私―――」
「―――総理の娘の者です。どうも、うちの父がいろいろと迷惑かけてます」
そういってペコリと頭を下げた。
「……えええ!?」
俺はタッチペンをそのまま落とした。隣のユイも若干ながら放心状態。
すぐに「ハッ」となり周りを見ると、突然俺が叫んだので注目が詰まっていた。軽く笑ってごまかしつつタッチペンを床から拾い上げると、すぐにチェックマークを入れた。
「す、すいません。総理の娘さんでしたか。これはとんだ失礼を」
軽く詫びの礼を入れる。
しかし、彩夜さんの反応は予想とは違った。少し慌てたように頭を上げるように言ってきた。
「そ、そんな畏まらないでください。私、そういう空気が苦手で……」
そういう彩夜さんの顔は若干苦笑気味。こりゃ、ほんとに好きではないらしい。総理などの政治家の娘ってそういうのに染まってて偉そうだという勝手な自己偏見的イメージがあったが、案外そうでもないのだろうか。
「はぁ、そうなんですか」
「はい。総理の娘であるがゆえに、やっぱり身だしなみとか行動とかも、世間で見られても恥ずかしくないように見せてろって親から言われるんですけど、私はどちらかというとそういうのを気にせずに自由にいろんな人と気軽に話したりしたいタイプで……」
「え、できないんですか?」
「できなくはないんですけど、あまり進んでできるわけでは……なので、友達もあまりいないんです」
「え?」
一瞬、そういう親が有名人な人にありがちないじめ的な要素を思い浮かべた。しかし、それを確かめる前に話題が変わってしまった。
「……あ、その髪飾り可愛い」
「え?」
視線は隣のユイに向いていた。正確には頭につけている桜色の髪飾り。
例の俺の手作りのやつらが、そっちに興味を持ったらしい。
「それ、買ったんですか?」
「いえ、彼からもらった手作りです」
そういって俺のほうに手のひらを向ける。妙に彩夜さんの目がキラッと光った。
「へぇッ、手作りですか! 実は私もかけてまして。ほら」
そういって右側の髪の一部分を指さす。そこには、黄色いリボン型のヘアクリップが留められていた。リボン型と言っても、ユイがつけてるのとはそこそこ形が違う。
「私のは自分の手作りなんですけど、そっちのほうが随分と形が整ってますね」
朝井補佐官と同じこと言ってやがる。これでも結構崩れたほうなんだと何度言ったら。
「……で、やっぱり男性からもらったんだし、嬉しかったでしょ?」
「えぇ、まあ。初めてだったので内心はしゃぎました」
そういうユイの顔はにこやかである。ていうか、はしゃいでたのかよ。俺初耳だぞ。
「やっぱり! いいですよねぇ、男性からそういうのもらったりできるって。私ももらうまではいかないまでも、せめてそういうカッコいい人と巡り合えたらなぁって最近思ってまして……」
「乙女ですね、彩夜さんも」
「ハハ、でも、やっぱり憧れますよね。それこそ、お姫様を助けに来た白馬の王子様のごとく」
この人、絶対一昔前の少女漫画見たろ。
「そんな展開があったら絶対惚れるなぁ……やっぱり憧れません?」
「わかります。そんな人が身近にいたらなって」
そこでユイがチラッと俺を見たあたり、絶対俺にその要素を期待してるんだろうなということを悟ることができた。だが残念。俺に王子様要素はこれっぽっちもない。諦めな。
そんな会話を少ししていると、
「失礼、そろそろこちらに」
「あ、はい。すいません」
総理付の秘書官の方であろうか、その人が彩夜さんにそう告げた。
「すいません、ちょっと話し込んじゃいましたね。では、またあとで」
「はい、また後ほど」
そのまま彩夜さんは秘書官の方に案内されて機内の奥に……
「あ、すいません、ちょっと」
「?」
……入る前に、また速足で戻ってきて俺たちの前で小さく一言を残した。
「……ちゃんと秘密は守りますのでご安心を」
「ッ!」
一瞬内側で思っていた感情を顔に出てしまった。ほんの少しだが、顔が引きつる。
そして、同じく若干顔をこわばらせたユイを見て右目をウインクさせると、また秘書官のもとに戻った。
「……祥樹さん、今のは?」
「うん……これは、もしかしたら彼女、“知ってる”のかもな」
「総理の娘さんではありますし……もしかしたらそうなのかもしれませんね」
小声で聞こえないようにそう言葉を交わす。
総理の娘、つまり一国のリーダーの娘さんだ。機密事情もどうやっても耳に入ってしまうだろうし、その際は守秘義務も発生するはずだ。
もしかしたら、今の言葉は「ユイの正体は知ってるけどちゃんと隠しますよ」という意味をわざとぼかしたのかもしれない。
……娘さんだけに、ちゃんと責任感は感じているようだ。ああは言ってもちゃんとやることはやるんだな。
「……しかし、なんだ」
「?」
その彼女の顔を想像して、俺は思った。
「彩夜さん、お前と話してるとき妙に明るかったよな」
「ええ、まあ。そうですね」
「その様子を見るに、本当に今のお前みたいに“友達感覚で”話したことがほとんどないのかもしれないな。だから、今のお前との会話が純粋に楽しくなったとか」
「……とはいえ、私はただのロボットですよ?」
「関係ないさ。ロボットでも友達にはなれる。彼女もそこは理解してるんだろう」
「はぁ……」
しかし、そう考えると彩夜さんも随分と苦労されてるようだ。俺たちにとっては普通のこの会話でさえ、彼女にとってはとても貴重、かつ楽しいものなのだろう。
「(……そういうのはもっと味わってもらいたいものだがな)」
そんなことをふと考えてしまう。
……すると、ちょうど時間もころあいになったらしい。耳にかけている無線が声を発した。
『各員へ。総理が搭乗される。総理搭乗後はすぐに出発する。持ち場準備最終チェックを行え』
すぐに各持場からの応答が入る。俺も了承の旨を伝え、引き続き総理を待った。総理も名簿リストに入れなければならない。
そして、総理がタラップをあがってきた。
グレーのスーツ姿で姿を現した総理は、ドアの前にくると、地上の政府専用機の脇でしきりにフラッシュを焚いているマスコミに振り返って手を軽く振った。その顔も、一応マスコミ向けにそこそこ明るめの笑顔を向けている。
総理が機内に入った瞬間、さらに無線が入る。
『総理の搭乗を確認。これより本機は『Japanese Air Fouce 001』と呼称を変更する』
政府専用機が、名実ともに政府専用機になった瞬間だった。
日本では主に主要人の搭乗が確認されるとこのコールサインに変更される。
これもあまり知られてない話で、例えばアメリカでは、エアフォースワンとよく言われるあのB747自体はいつもは『エアフォースワン』とは言わない。あれは大統領が乗った機体を示すコールサインで、あの機体自体のコールサインではなく、いつもは機体ナンバーにちなんだもので呼ばれる。
それに、大統領が乗って初めて『エアフォースワン』と名乗ることができる。逆を返せば、大統領が乗りさえすれば、それが民間旅客機だろうが平凡な軍用輸送機だろうが戦闘機だろうが、すべてエアフォースワンなのである。……現実的にはほとんどあり得ない話だが。
ちなみに、副大統領が乗った場合はエアフォース“ツー”となる。
……ここらへんも、全部昨日までにいろいろ調べたら出てきた知識である。あのB747自体をエアフォースワンって呼ばないことには少し驚いた。でも実際、大統領あればっかに乗ってるからそりゃ勘違いもされようってものだ。
そして、総理が俺たちの前に来た。俺のもとで名簿チェックを受けると、一言「よろしく」と残して肩をパンパンッと軽くたたかれる。
その「よろしく」が妙に意味深に聞こえたが、まあ、俺が今受けている任務上そうも言いたくなるだろう。
総理の搭乗が確認されると、すぐにタラップが外され、機体はスポットを離れて移動を開始した。
俺たちも、名簿確認と人数確認の報告をし、ひとまず席に着く。機体前側にある同行する空軍人が座るエコノミー席に、ほかの同行する空軍人に混ざって座った。邪魔になる防弾ベストはいったん脱いでいる。
日が落ち、明かりが少なくなってきた羽田空港の誘導路上を、政府専用機は滑走路に向けて移動する。窓からの景色を見る限り、16Lから飛ぶと思われた。
すぐに滑走路上に出て一旦停止。ここで客室の明かりがフッと暗くなり、B777-300ERの特徴的なエンジン音を響かせながら、滑走路を滑走し始めた。
微弱な振動に比例して、エンジン音もどんどんと高くなる。窓からの景色が妙に早くなったところで、振動は一気になくなり、代わりに下から押し上げられる間隔を受けた。
時刻、PM19:00ちょい過ぎ。
夕闇に照らされる中、俺たちを乗せた政府専用機は定刻通り羽田空港を離陸した。
ここからは、約7時間ほどの長い空の旅となる…………
※「ANA」の呼称使用に関しては、本社に許可を得た上での使用とさせていただいております。




