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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第2章 ~不穏~
44/181

政府の指令 2

 ―――十数分前。


 その時、俺は団長室にいた。

 訓練後、飯食って、風呂入って、さあ今日も適当に暇つぶすかとリビングフロアに言ってユイとほかの奴らとの談笑でもしようかと考えていたときに、「団長呼んでますよ」的なことを伝えに来たのは、駐屯地で仕事している事務官だった。


 ユイと一緒に来いということで、今までになかった事例なために「一体何の話だ?」「さあ?」みたいな話をしつつも団長室に赴くと、団長と、なぜか爺さんまでいて、あともう一人、黒いスーツの男が来た。

 そして、団長から直接話を聞いたのだが……



「…………は?」



 俺は、唖然とせざるを得なかった。


 そんな反応を見てか、団長は「またか……」と呆れ半分で呟きつつも、再び同じことを言い放つ。


「だから、今彼から聞いた通りだ。来週ハワイ・サミットに参加する首脳陣を乗せる政府専用機に、君たちも同乗してもらいたい、ということだ」


「……え、何にですか」


「だから、政府専用機だ。一発で耳に入れろよこんくらい」


「……政府専用機って、あのですか?」


「それ以外に何があるんだ」


「……俺らがですか?」


「お前ら以外に誰がいるんだ」


 団長のそろそろイラつきも追加された発言に、


「……えぇぇえええ!!??」


 俺は躊躇いもなく叫んでしまった。唐突の雄たけびに一瞬団長らはびっくりさせるが、すぐに団長が制する。


「お前、何かあったらすぐに叫んでしまうのは癖か何かか? 結構前に彼女を迎え入れた時もそんな感じだったろ?」


「いや、そんなことを言われましても……」


「あぁ、そういえばあの時の祥樹さんおもしろかったな~……」


「お前は空気よめ。そしてそれは今はどうでもいい」


 こんな時にも相変わらずクソマイペースだなこのロボットは。

 ため息をつきつつ、思わずクラッとしたのをユイに抑えてもらいながら、即行で聞いた。


「し、しかし……いきなり本題入られて早々申し訳ないのですが、いったいどういうことなのでしょうか? ……『朝井補佐官』」


 その俺の視線の先にいる男は、少し口元をゆがませた。どちらかというと、ニヤけるほうで。


 俺より少し年上くらいの若々しい風貌にオールバックの髪を有し、かつ完全にスッと整った黒いスーツに身にまとった彼は、自らを『朝井恭一あさいきょういち』と名乗った。

 国防省にて国防大臣補佐官を任されたいるらしく、新海国防大臣の特命を受け、今回直々にこの場に赴いたのだ。

 しかし、あまり目立つことはできないため、本来ならSPなどをつけるところを、単身でタクシーを雇ってきたらしい。そのためか、彼の周りにいつもいるであろう警護などもいない。


 ……そんな彼から言い渡されたのは、



『来週のハワイ・サミットへの移動に使用される政府専用機への二人の同乗命令』



 ―――というものだった。


 ……当然、俺は頭が真っ白になる。

 わけがわからなかった。「単刀直入に」ということで即行で本題はいられたのはまだいいとして、その内容がこれではいろいろと度胆抜かれすぎて心身ともに硬直不可避だった。


 そんな自分を見てか、小さく短い息を吐いて、改めて説明するように彼は口を開いた。


「―――総理と新海先生は、近年頻発している政府専用機を狙ったハイジャック事件、及び未遂事件に対して大きな危機感を抱いておられます。こちらも対策を練っていますが、それで済むのなら今頃ハイジャックは撲滅しているでしょう。我が国も、彼らに狙われる可能性が高い。そこで、より質の高い人員育成のために、陸海空、そして諸機関問わず多くの人間に機内警護を体験させ、それを通じてより質の高い乗務員の育成を行うプランが建てられたのです。今現在各部署で持ち回りで行われていますが、今回は、陸軍が充てられています」


 ―――まあつまり、逆転の発想で素人を体験搭乗させることで、それを教える人員も反復学習となってより質が高くなる、ということなのであろう。


 実は、これ自体はあながちおかしなやり方ではなかったりする。勉強する際、どうやったら難しい知識や香椎などをうまく覚えれるかといえば、昔TVのクイズ番組でよく出てた東大出身の某インテリ芸人曰く「先生みたいに“自分や他人に”教えること」らしい。

 その人の勉強法として、他人にいろいろ教えて自分も確認する、というのもあるし、そうでない場合は、自分で先生と生徒の一人二役を演じて、自分一人で授業という名の「演劇」をするのだそうだ。

 そうすることによって、自分がまだ理解していない部分や疑問点を「自分で生徒視点で」発見することができ、それをその場ですぐに調べていく、ということを繰り返していくことで、知識や公式などもすぐに覚えられるのだとか。

 これを聞いたとき、何となく納得いった。結局自分の持ってる知識とかも何回も聞いたから勝手に覚えたようなもので、方法としてはこれはある意味最適かもしれない。


 おそらく、これもそれの類みたいなものだろう。

 それに、ついでだから警護人員もある程度増員できるし、万が一人員が足りないとなっても、被体験人員から緊急で割くこともできなくはない。まあ、今のところそれないらしいが。


 そんな感じのことが淡々と語られる。納得いくように聞こえる説明だが、俺の疑念は絶えない。俺は躊躇なく投げかけた。


「しかし、それでなぜ自分たちが? 失礼は承知ですが……」


「いえいえ、ご意見は何でもどうぞ」


「あぁ、はい……その、自分たち以外に適任がいそうなものなのですが……いなかったのですか?」


「はい。先ほども申したように、陸海空などで持ち回りで行っています。しかし、無差別に選んでいるわけではありません。ある程度は適任を選んで行っています。そして、今回新海先生らが指定したのが、お二人です」


「新海大臣が?」


 新海大臣といえば現内閣の国防大臣だ。若いながらに子供のころから政治経済に天才的だったんで総理が思い切ってこのポジションに就けられたっていう、ステータス的にはそこら近所のラノベあたりにいそうなサブキャラっぽい人だったはず。


 ……ん? でも待って? 新海先生“ら”?


「……あの、指名した人ってほかにもいらっしゃるんですか?」


「ええ、いますよ。もう一人」


「あー……あの、差支えなければぜひお教えいただければと……」


「ふむ……まあ、別に口外するなとも言われてませんし、いいでしょう。しかし、ここいら辺のことはあまり口外は……」


「はい、そこは大丈夫です」


 そう返すと、少し顎に手をついて一瞬うつむき、そして言った。


「実は……総理、ご自身なんですよ。ご指名されたのは」


「ええ……ッ!?」


 一瞬また叫びそうなのを俺はギリギリで抑えた。

 これは団長も初耳事項だったようで、隣で仰天顔をして彼に首を向けた。


「そ、総理もなのですか?」


「ええ、鈴鹿団長。総理ご自身も、ぜひ彼にということで、新海先生の提案を飲むという形でご希望されておりました」


「そ、そんな……総理がッ?」


 俺は仰天した。思わず口元が若干ひきつった。

 そして思わず相当びっくりしているだろうお隣も見るが……


「……?」


 何を思ったか、コイツは「どうかしました?」と言わんばかりにこっちを向いて首をかしげている。このロボット、この状況を理解していないだと? お前そういう部分の性能はよかったんじゃないのか?

 俺は恐る恐る聞いた。


「……お前、そんな顔してるけど、今この状況わかってる?」


「はい。総理と新海大臣が「うちらの政府専用機に乗れ」ってご指名受けたんですよね?」


「うん、完璧だ。要約としてはこれほどにもない失礼な言動だが内容はほぼ完璧だ」


 俺の目の前で朝井補佐官が若干笑ってるように見えたのはたぶん気のせいだろう。普通ならたぶんその隣にいる団長みたいにこめかみ押さえて「はぁ……」って呆れるに違いないからな。

 ……そして、その横でなぜか爺さんは微笑み状態固定なのは、無視でいいだろう。一々ツッコんでいては疲れてしまう。


「……でさ、それの重要性わかってる?」


「え、それ以外に何かあるんですか?」


「お前、これがどんだけ確率的に小さいことかわかってる? そして相手誰だって自分で言った?」


「総理と国防大臣」


「……まさかと思うけどさ、お前それだけの認識でいるのか?」


「それだけって、むしろそれ以外にどう認識しろってんですか」


「アカン、コイツいろいろと重要性理解してない」


 これはいけない。すぐに教育しなければ。

 ユイに携わる者として一刻を争う事態だと判断した俺は、失礼を承知で団長らに少し席を立つことを言って、ユイの腕を引っ張っていつぞやの爺さんへの事情聴取の時のように部屋の隅っこで小声で言い放つ。


「お前、総理と国防大臣から直々に指名されるって本来ありえないことだぞッ? そこわかってるッ?」


「一応、事例は今までなかったってことは理解してますよ」


「じゃあなんでそこでびっくり反応がないんだよッ? いつものお前なら即行でそれやって「祥樹さん私飛行機とか乗ったことないんですけどこれ私の電波のせいで飛行機堕ちませんか!?」とか言ってきそうなものだと思って構えてたんだがッ?」


「地味にモノマネがうまかったのに少し嫉妬しつつ、別にそこは驚くほどのものではないと思いますし、そもそも驚くほどの異常事態というわけでもない思ったのですが」


「褒めてるのかそうでないのかツッコみたいけどそこは置いておいて、いや、そこは普通驚くところだからな!? どう考えてもいち一般軍人である俺がそんなの指名受けるっていろいろ異常事態だからな!?」


「ロボットの私付きですがね」


「そうだよ! お前付きだよ! なぜかお前付きだよ!」


「なぜかって、嫌なんですか?」


「どっちでもないよ! 今の俺にとってはそれより政府専用機に乗るってこと自体が異常事態なんだよ! しかも政府の首脳のご指名付きだよ!」


「そこで嫌でない、ないしむしろ良かったって言わないあたりが私にとっては異常事態なんですが」


「お前は俺に何を期待してるんだ」


「ラブコメ」


「クソッ、なんたってそんな要素に手を付けやがったんだ。小説か。小説なのか? 俺の部屋にはSFしかなかったはずだ。そしてラブコメ要素は少なくともメイン部分には出てこなかったはずだ。いったいどこからだ?」


「和弥さんと新澤さんが「女の子なら教養は大事」ということで適当に読ませてもらったものが該当しますね」


「クソッ、アイツらがまさか敵に該当するとは想定外だった」


「妙にストーリー凝ってましたね。三角関係は当たり前、そこからひっかけ罠貶め引きづりおろしは常套手段、そこから敗北したヒロインがほぼ必ず何かしらの形で社会的精神的様々な意味で貶められるという中々に読みごたえがあるものでして」


「しかも妙に恋愛系描写がいろいろと過酷な韓流ドラマですら出てこないような超過激ドロドロ展開ものだった。こんなの書いた作者絶対恋愛失敗者でやけくそ的に書いただろ。ちなみに、それ何冊読んだ?」


「5冊」


「……あの二人後で絞めてやらねばならん」


 教育者が2名追加か。今日はもうどうせこのパターンだと疲労感満載で話し終わるだろうから、明日の朝にでも実行してやろう。

 まったく、ユイに余計なもん読ませやがって……。どう考えてもそのパターンの小説は読ませるべきではなかった。絶対影響面で悪い方向に行く未来しか見えない。ただでさえ今のコイツそういうのに趣向向きかけてるってのに、余計増長させてどうするんだ。主に被害者は俺だというのに。

 これは重罪だ……更生はどうしてやろうか……






「はぁ……またあの二人はこっちをほったらかしにしやがって……」


「まあまあ団長さん、あのまま放置で少し様子見でもよろしいじゃないですか」


「しかし海部田先生……」


「こうして彼女の成長を見れるだけ、ワシらにとっては十分収穫ですしの。のう、朝井補佐官殿?」


「ええ。総理らから、ついでだから彼女の様子も見て来いと言われていたところですし、ちょうどいいですよ」


「そうなのですか?」


「ええ。……しかし、中々に愉快な関係になったものですね」


「そうですな。まるでカップルか何かのようで」


「ハハ、父親としてどう見ます?」


「親戚関係ですからなぁ……どうでしょうな?」


「いや、二人ともどういう意味でおっしゃられるので……?」


「いえいえ。単純に楽しそうだなと」


「ええ。ああいう風に育って父親としてホッとしておりますよ、団長さん」


「はぁ……そうですか」


「しかし……どう発展は予想不可能とは聞いていましたが、ここまでとはこちらも予想外でした。これは、総理たちに面白い報告ができそうですね……」


「面白いって……これがですか?」


「ハハ、総理も、こういうのを待ってると思いますよ。これは、政府専用機に乗った時が楽しみです」


「はぁ……」






 ……そんな押し問答のようなハイテンポ会話ののち、一通り話を済ませて席に戻る。

 ひとまず、アイツはそういう小説は基本いろいろと教養面でマズイから抑えとけと念を押した。

「でもあの後展開が気になって……」「安心しろ。ろくな展開にはならないから」この会話が大体5往復くらい繰り返されたが、とりあえず無理やり納得させることに成功した。後はあの二人の始末だけだ。覚えてやがれ。


「……えっと、それで、本当に総理直々に、なのですか?」


 話題が戻ったことで、とりあえず朝井補佐官もすぐにリラックスモードから仕事モードに移る。


「ええ。基本的には、彼女の性能面での試験もあるということです」


「試験?」


 そこで、爺さんがやっと話に入る。今までほとんど空気だった。


「そっちに渡したアウトラインにもあるじゃろう。彼女……えーっと、今は、ユイじゃったかな?」


「はいッ」


 俺が答える前になぜか満面の笑みで答えたのはお隣のユイである。妙に嬉しそう。

 それに爺さんも微笑で答えつつ、さらに続ける。


「ユイの設計思想では、要人警護も含まれてるんじゃ。そこで、政府専用機内でも実際にテストしてみようということでな。まあ、ぶっちゃけついでってやつじゃ」


「ついでねぇ……しかし、政府専用機って、電波系大丈夫なのか? 少なくとも、離着陸時はコイツ電源止めないといけないだろ?」


 今の飛行機、強い電波を発する関係で一部の電子機器は使用不能になるのは飛行機に一度でも乗ったことある人ならわかるだろう。

 小さいスマホの電波ですら、下手すれば旅客機の計器に悪影響が及ぶ。客室でそれをつけてたままでいる人がいて、その状態で離陸準備をしてたら計器表示がおかしいってことで今一度計器類の電源を切らせたら元に戻った、なんていう話も実際にある。


 それは、昔から変わらない。安全面を重視する関係上、そこら辺は厳重だ。


 そして、ユイは見てくれは人間でも中身は電子機器の塊のロボット。まあ、単純に電波を発信しないように設定すればある程度は問題ないわけだが、それでも、コイツの場合そうでなくても尋常でない量の電磁波は出てるので影響は懸念された。


 しかし、そこは朝井補佐官が首を横に振る。


「その点はご安心ください。離着陸時含め、現代の政府専用機は常時電波発信対策は施されております。そうでないと、常時外内部での情報交換等ができませんからね。彼女の本体から発信される電磁波ほか電波類は許容範囲内とされています」


「あ、そ、そうなんすか……」


「はい。何でしたら、その電波をガンガン発進した状態でコックピットに入られてもいいですよ。何の異常もなく飛び続けますから」


「いや、それはどうあがいても無理でしょ……」


 そんなありえない事態にツッコミを入れつつ、安堵感を含めて一つ息をついた。

 隣でユイが小さく「ホッ……」としているのがチラッと見えた。本人も身が身ゆえ、気にしてはいたらしい。

 まあ、政府専用機とあって、そこら近所の民間旅客機とは違っていたようだ。その点ちゃんと対策されているなら問題ないだろう。


「名目上は陸空軍との人事交流ということで話を合わせます。お二人はそのために派遣された体験要員ということで」


「人事交流で政府専用機のせるんすか……」


 なんかいろんな意味で無理やり作った感が否めないわけだが。


「ええ。その間は、こちらのほうから話は通しますので向こうで様々な体験日程を経過させていきながら、篠山曹長の付き添いの元、要人警護運用に関する試験を隠れて行う形で行きます。随分と無理くりですが、こちらのほうでもサポートいたしますので、どうにか」


「つまり、俺はコイツの運用試験中の監視役、みたいなものですか?」


「そうですね。あなたは基本的に警護任務を務めながらも、それをすることになります。一応いつも通りといえばいつも通りですね。付き添いみたいなもの、と考えていただいて構いません」


「ということは、俺は主にコイツが原因でついでに政府専用機に乗ることになったともいえるわけですか……」


「まあ、そうとも言えますね」


「感謝してくださいね、私に」


「なぜなのか」


 そこでドヤ顔で「エッヘン」と威張るあたり、未だにお前の性格が謎である。いろんな意味で。


「え、しないんですか」


「する気がおきんな」


「え、なぜに? せっかくの政府専用機ですよ?」


「お前にとってのせっかくの政府専用機は俺にとってはまさかの政府専用機なんだよ。ほんとにプレッシャーってもんをお前は知らんのか?」


「I don't know.」


「無駄に発音いいなコイツ。ぶっちゃけお前のおかげってかどう考えてお前の“せい”だからな? こんなにプレッシャー感じちまってるの」


「ショボーン……」


 ユイが隣で肩を落として小さくしょぼくれる。そして、なぜかそれに笑いかける朝井補佐官ほか目の前の三名。おい、俺は漫才やったわけではないのだが。


「はぁ……それで、これに関してはほかの総理や大臣閣下以外にも認知されているのですか?」


「いえ、政府専用機同乗者でこの事実を認知しているのは、私と、総理と新海先生、外務大臣の山内先生ほかごく一部のみですね」


「え、朝井補佐官も乗るんですか?」


「はい。現地での他国との調整役を承ることになりまして」


 そういう本人も「ハハ、まいりましたよ」と言わんばかりに苦笑しながら頭をかく。そりゃ、本当は秘書官あたりの仕事なのに自分が出張ることになった、となればそうもなろう。補佐官にやらせるあたり、被者だけではいろいろと政治的に都合が悪かったりするのだろうか。

 そこは、政府の人間にしかわからないだろうな。


「しかし、そうなるとほかの方々には身分はある程度偽らないといけませんよね。主にコイツの」


 そういって隣のユイを指さす。

 まさか、そのまんまロボットですって行くわけにもいくまい。ある程度は偽らないといけないし、そのために対外的な身分は作ってる。主に階級と誕生日だけだが。


「そうですね。それはこちらのほうで適当なのを作っておきますのでそれに合わせてくれれば……」


「ですが……一つよろしいでしょうか?」


「はい?」


 その一言に全員の視線が俺に向く。隣にいるユイも。


「コイツ、名前はありますけど……」






「“苗字”……どうするんですか? 確か、決めてませんでしたよね?」






「「「「…………あ」」」」


 一斉に思い出したらしい。目の前の三人はまだしも、ユイ、なぜお前は今の今まで気づかなかったのか。まさか、決めてたとでも思ってたわけではあるまい?


 団長が「あっちゃ~……」といった感じに苦い顔をした。


「そういえば……決めてなかったな、苗字のほう」


「ですな……さすがに、外部に露骨に流すつもりはなかったので苗字までは決めてなかったのぅ……」


 爺さんも軽く額を押さえた。


 そう。身分は作った、とはいっても、どうせ露骨に外部に出すつもりはなかったのでそれほど力は入れてなかった。だから、作るにしても誕生日と年齢と、あと階級に出生地ぐらいで、名前まで決めるようなことはしなかったのだ。そして事実、そのようなステータスを外部に出す機会がなかったのでもう一応これでいいか、と高をくくっていた。

 しかし、もし人事交流という形で、ましてや政府専用機なんていうセキュリティガッチガチのところに乗るとなると……


「困ったな……名簿を作るとき、どう書けば……」


 朝井補佐官もうなった。

 そう。ちゃんと搭乗者リストは作る。旅客機ですら作るものを政府専用機で作らないわけはない。その時、当然本名で書かねばならない。


 となれば……苗字がない、なんて奴は怪しさ満点である。


「ユイって名前は、一応漢字で適当に“ゆい”とでも書けばいけそうではありますが……苗字、そういえば全然考えてませんでしたよね?」


「確かに……しまったな。そこまで“設定”凝ってなかった……」


 参った、といった感じで頭をトントンとつつく団長。今まで必要性を感じなかったために作ってなかったが、こんなところで必要性を迫られるとは。


「えっと、“ゆい”ってだけで押し通すのも……無理ですよね?」


 ユイが遠慮気味に聞くも、朝井補佐官は首を横に振った。


「いえ、リストを作る際はやはり本名となります。名前だけというのは……セキュリティ上の関係でも、まず無理です」


「ですよね……」


 鼻っから期待してなかったが、やっぱり無理だよな。

 となると、本気で何でもいいからそれっぽいの考えておかないといけないが……


「何にします? 適当になんかそれっぽいのつけとかないとマズイですよ」


「ふむ……あ、お前の妹って扱いで篠山はどうじゃ?」


「ふざけてんのかクソジジイ」


 爺さんが性懲りもなくボケやがったのを問答無用でツッコんだ。周りがどうだろうとお構いなし。


「あ、それいいですね」


「よくないぞ我が相棒よ」


 そしてこのロボットはこれまた性懲りもなく悪乗りである。親子そろっていらんところは似てるんだな。そこはあれか。親譲りか。まさかロボットにまで適用されるとは思わなんだ。


「あの、それですとまた別の問題が……兄妹でとなると、身元照合がまた面倒になりまして、その過程で身分がバレる可能性が……」


 朝井補佐官ナイスフォロー。


「ぬ、そうなのか?」


「はい。そもそも兄妹で、となると、やはり通常の身元照合のほかにも親族照合も必要になりますから……その過程でどうしてもバレます。その調査には、事情を知らない空軍特輸隊のほうも加わりますからどうしてもごまかすのに限界が」


「ふむ……じゃぁ、『篠山結』案はなしか……語呂はいいと思ったんじゃがな」


「語呂で判断してたのかよ」


 いや、もう適当でもって言っちまったから語呂云々は文句つけられないが……。


「(……“妹”はちっと勘弁してくれねぇかな……)」


 まさか、爺さんがあの事を忘れたわけではあるまいし……何の思惑があったのかは知らんが、今は勘弁してくれ。割と本気で。


「じゃあ何にするか……語呂がよさそうなのは後誰かおらんかの?」


「本当に語呂で判断する気か」


「うちの新澤とかそこそこよさそうですな」


「団長、それは新澤さんが大発狂するのを見越していってます?」


 もちろん、歓喜的な意味で。


「『新澤結』っていけないか?」


「あの、新澤さんはすでに上に二人兄貴いる上結局は親族扱いになっちゃいますから兄妹関係で親族調査させられるんじゃ」


「同姓同名でごまかせ」


「無茶言わないでください」


 新澤なんて苗字がそうそう簡単に被るなんてことはないだろうに。もちろん、これは篠山にも言える。


「じゃあ何にするか。適当に……」


「……」


「……」


「……」






「……思いつかんな」


「いいのがですね」







 適当に、とはいってももう何でもいいとはいきたくないのが人間である。

 やっぱり決めるとなるとなぜか凝ってしまうのである。

 ……なので、


「……あの、苗字なんて何でもいいんじゃ……」


「いや、お前にとってはそうだろうがこれは人間にとってはいろんな意味で由々しき緊急事態であってな……」


「同じ部隊員の赤城さんとか阿賀野さんあたりから借りてもいいんじゃ……」


「いや待て。アイツらは変態枠人間だ。もし事実が知れたらアイツらがどう動くか」


「え、そこ懸念事項なんですか?」


「当たり前だろ。最悪を考えておくに越したことはない。……てか、どっちもお前には似合わんわ。なんだよ、赤城結と阿賀野結って」


「え、それでよくないですか?」


「よくない」


「似合わないな」


「似合わないですね」


「他のがいいのうどうせなら」


「えー……何この人間勢の無駄な凝り」


 そんな呆れ半分あきらめ半分の微妙な顔を向けられつつ、俺たちはまた少し考える。

 なんか、結構前に似たようなやり取りがあったような……。あ、そうだ。名前決める時も確かこんな感じだったな。ほんと、名前とかの固有名詞に関する執心がそれほどないのは今も変わっていないらしい。


「(さて、コイツの名前に一番合いそうなのは……)」


 祖う思ってふとユイのほうを見た時だった。


「……ん? お前、その髪飾りいつからつけたやがったよ」


「え? あぁ、これですか」


 右のこめかみ上につけている髪飾りを指してそういった。ユイもそれに軽く手で触れる。

 前に俺が上げた手作りの桜色の髪飾り。相変わらず大事にしてるようで、俺が言ってたように完全にお守りか、暇なときはこうしてつけて自慢している。

 ……でもさ、


「なんで今このタイミングでつけてるんだよ。しまっとけよそれは」


「いいじゃないですか、減るもんじゃなし」


「へるもんってそういう問題じゃ……」


 時と場所と場合をわきまえろっていうか、今は政府からの使者もいるんだからせめて胸ポケットあたりにしまっとけよ。そのいろいろと控えめな胸にさ。


「……今失礼なこと考えたでしょ」


「なんでそこはわかるんだよ」


「今どう見てもちょっと失礼なこと考えてる顔した」


「わかるのかよ」


「私のパターン認識能力舐めないでください」


「……あ、そう」


 つまり、表情から相手の考えてることを予測するってことね。俺は第三者曰く感情が表に出やすいらしいし、そこはロボットですらわかってしまうのも納得できるのか? 本音、あんまりしたくはないが。

 すると、なぜか今更気づいたらしい爺さんが言った。


「お、それ、祥樹からか?」


「はい、プレゼントです」


 そういってにこやかな笑み。爺さんもつられて笑った。


「ハハハ。お前も隅におけんの。女の子にプレゼントとか」


「別に。しちゃダメって言われてねえだろ?」


「まあな。むしろ、そういうのを与えるのもデータに必要じゃ」


「データって、こっから何とるんだよ……」


 感情面で変化でもあるかね。これくらいで。

 すると、朝井補佐官も横から入る。


「しかし、それ綺麗な形と色してますね。桜色ですか?」


「はい。祥樹さんの手作りで」


「手作りか……。結構形整ってますね」


「いや、それでもちょっとズレたんすよ。リボンの形」


「そうですか? 私はそうは見えませんが……」


 そういって朝井補佐官はまじまじとそれを見る。

 実際、よくよく見てみるとリボンの形が左右対称でなく、微妙にズレている。手作り自体が初経験だったこともあって、そう簡単に見本通りには作れなかったのだ。


「桜色……やはり、日本意識ですか?」


「そうですね。日本製なんでそれっぽいイメージで。ナショナルカラーの白と赤にしようかと思ったんですけど、やっぱりシンプルイズベストで。桜のほうが日本イメージしやすいですしね」


「なるほど。……ふむ、桜か……」


 そんなことを呟きつつまた朝井補佐官はまじまじとみる。こういうのをあまり見ないのだろうか。結構興味深そうに見ていた。

 ―――と、名前の話が髪飾りの話に向いていた。そろそろ戻さなければ……


「……あぁ、そうだ」


「?」


 そう考えていると、団長が何か思いついたように手を軽くたたいていった。

 俺を含め周りの視線が集中する中、団長は少し声のトーンを上げた。


「どうせだ。苗字もそれにしよう」


「それって、何にです?」


「だから、桜だよ。“桜”」


「桜? ……苗字に“桜”ですか?」


 桜って……苗字に桜って全然聞いたことないんだが、あるのか?

 しかし、ほか目の前の二人はあんまり悪くない反応を示している。


「桜……使えなくはないですね。ちょうど彼女を連想しやすい」


「確かにのぅ。桜、別にそれでいいんじゃないかね?」


「桜か……苗字で桜ってあるのか?」


 俺は隣にいるユイに聞いた。すぐにネットにアクセスかけて検索をかける。時間はかからない。即行で返答はきた。


「あるにはあるっぽいですね。結構人数は少ないですけど」


「ほう。まあ、どっちにしろ珍しい部類には入るだろうな。しかし、いるもんだな。桜なんて苗字使ってるやつ」


 名前なら結構聞いたことはあるんだがな。または桜の文字を使った苗字・名前なら。苗字単体は今までに聞いたことはなかった。

 朝井補佐官も「もうそれでいいか」って感じで勝手にまとめ始めた。


「じゃあ、一応偽名で『桜結さくらゆい』ってことで……」


「すんごい名前ですね。芸名でならありそうですけど」


「まあ、別にないことはないので。結構珍しげな名前ってことで一つ。それに、彼女に似合ってますし」


「はぁ……そうですか」


 桜に結……。まあ、今のユイにはピッタリだろう。そして、なんだかんだ言いながら決まったら結構気に入ってるのがコイツ。

 桜の由来になった髪飾りに触れながら満面の笑みである。中々に可愛らしい。


 名前も決まったところで、そろそろ話もころあいになった。


「では、人事交流ということで、お二方には来週政府専用機に搭乗してもらいます。よろしいですね」


「は、はい……あぁ、それと」


「?」


「その、特輸隊の搭乗員って民間航空会社でしばらく訓練受けるって聞いたんですけど、それは……?」


 正式名称、空中輸送員。民間航空会社でいうCAに相当し、本来は試験や推薦等々を通過した空軍人が、その委託先の民間航空会社で研修を受ける。大体3ヵ月ほどだ。

 しかし、俺たちの場合はもう来週には乗らないといけないため、そんな時間はこれっぽっちもない。つまり……


「いえ、急な決定でしたし、こちらとしても手筈が整いきれませんので、とりあえずそれはカットで構いません。まあ、人事交流ですからそこまで深く考えなくても大丈夫です」


「なるほど、そうですか」


 ……“急な決定”、ね。ちょっと気になるところだが、まあいい。今は別に気にするところでもないな。


「それと。それ関連で海部田先生から」


「え? 爺さんから?」


 そういえば今まで全然話の中心に入ってこなかったが、やっとここでくるのか。

 爺さんも「あ、そうだった」と思い出したように言った。というか、忘れてたのか。


「それ関連でな。ちょっと明日彼女借りるぞ?」


「は? なんでだよ。遠征前の整備点検か?」


 いきなりのことでちょっと気になった。ユイも爺さんのほうに視線が向く。


「それもあるんじゃが、向こうでは大体一週間かけて会議が行われる。その間、満足な充電もできるとは思えんからの。バッテリーを新しいのに換えるんじゃ」


「換えるって、向こうにいっても充電くらいできるだろ。それに、仮にできないにしてもコイツのバッテリーは最大1ヵ月は余裕で持つって話じゃなかったか?」


 しかし、その問いには朝井補佐官が答えてくれた。


「いえ、諜報関連の事情を考えるとそうもいかないのですよ」


「え?」


「私たちはハワイ滞在中はアメリカ側が用意してくれたホテルを使用することになっていますが、やはり、そういう場所では諜報網が張り巡らされていると考えるのが普通だと考えねばなりません。ホテルで充電した場合、その電気使用量が異常に増えたことを向こうに知られたら……非常にマズいですよね?」


「あ……」


 言われてみれば確かにそうだ。

 コイツの充電量は結構高い。駐屯地のほうなら、ある程度は駐屯地側で公開使用電力量をごまかせるからいいものの、海外ではそうもいかないだろう。万が一調べられたら、この電力使用量の異常なまでの増え方に疑問を抱くはずだ。ましてや、たったの一部屋分でである。

 ……とはいえ、いくら諜報でもそこまでするのか? いくらなんでも神経質になりすぎでは?


 そういった疑問も朝井補佐官は淡々と答えた。


「防諜に関しては、むしろそれくらいでちょうどいいと考えたほうがいいのですよ。アメリカも、1ヵ月前に起きたエアフォースワンハイジャック未遂事件を受けて、アメリカを狙ったテロに対してとても神経質になっています。もしかしたら、万が一のために我々にも疑いの目をかけているかもしれません。……その過程で、こんな事実を流されてはマズイでしょう」


「……確かに」


 エアフォースワンハイジャック未遂事件。当時は大々的に報道され、あの最高峰のセキュリティをかいくぐったことに対して一周回ってむしろ関心すら起こったほどだった。

 それほどの異常事態。アメリカもいつも以上に目にしわを寄せてテロリスト探しやその撲滅に躍起になっているはず。


 ……そんな今の彼らなら、ホテルの部屋の電力使用量を調べるとかっていうのもあながちありえなくはないかもしれない。もしかしたら、その部屋で異常な量のデータの通信をしてて、それに伴い電力を一杯食う可能性もあるからだ。


「なので、そういった機密漏洩を防ぐ意味も含めて、彼女には一切の充電行為を禁止してもらいます。ワイヤレス充電も、充電電波を傍受されては元も子もありません。そうなると、バッテリーは従来のものではいささか信頼性に欠けまして……」


「ですが、1ヵ月持つってことはちゃんと試したのでは?」


「通常通りの用途で、かつ一切問題が発生しないなど、バッテリーの状態がほぼ完璧であることを前提にした場合はそうなだけです。現実ではバッテリーも完璧な状態を維持できる保証もなく、もしかしたら1ヵ月より早まる可能性もありますし、また、現地での予定が長引く可能性も否定できません。そうなると、最悪の場合途中で電池切れ、なんていう笑えない事態になります」


「あー……人間でいう飢餓状態ってやつですね」


「そういうことです」


 なるほど。それなら納得がいった。

 バッテリーに信頼しまくって、想定外の負荷や使用、または日程によってバッテリーが持つか不安だってことか。1週間も連続的に稼働させておくのはさすがに初めてだろうしな。

 それに、警護任務となると、場合によっては四六時中寝ないで警護することもある。その場合、バッテリー使用量がかさんで消耗が加速してしまってはマズイ。

 仮にも、先の理由で諜報活動がいつもより活発なアメリカの地に降り立つのだ。念には念を。漏洩対策は万全にとりたいのだろう。


 ……だから、換える変えるのか。


「となると、換えるのはもっと大容量の奴か?」


「そういうことじゃ。一応、将来的な長期間に及ぶ無充電での連続的な運用を想定して、もっと大容量の電力を充填できるリチウムイオンバッテリーをうちのチームのほうで新たに開発したので、せっかくだからそれに換装してしまおうと思ってな。なに、一日で終わるわい」


「そうか。そういうことならこっちも問題はない」


 ぶっちゃけバッテリー変えるから1日だけ借りるだけである。

 いない間はアイツらには……いや、黙っておこう。言ったら言ったでまた騒ぐだろうし。明日は適当に「ちょっと調子悪いから休むって」的なことでごまかしておくことにする。

 ……しかしまぁ、せめて和弥と新澤さんには言っておくか。


「はぁ~。じゃあ私は明日中ずっと祥樹さんと離ればなれかぁ……」


 そういって隣から俺の肩にべったりと倒れてくるユイ。おう、お前こんな公衆の面前でなんて行為を。ほら、この三人のおっさんどもの目がこっちに集中しておるわ。やめてくれ、そのカップルを見るような目はやめてくれそこのおっさんども。


「離ればなれったって、たった1日だけなんだが」


「たった1日、されど1日って言葉がありましてね」


「似たようなのはすでに聞いた。どっちにしろすぐに終わるだろそんくらい」


「……ジロッ」


 そのユイの視線は爺さんに向いた。その眼は語っている。「本当にすぐに終わるんですよね? ね? ね??」と。

 爺さんも思わずこの苦笑い。そして、その若干威圧もかかってる視線に耐えれず言ったのが……


「……ま、まあ、最大限努力するぞ。うん」


 全然頼りになりそうにない言葉だった。

 その声でなんとなく諦めがついたのか、ユイは「はぁ~」と深いため息をついて俺から離れた。


「……まぁ、終わったら即行で抱き着くか」


「なぁ、マジで周りから勘違いされそうなこと言うのやめてくれるか?」


 悪ふざけで言ってるのはわかるが、それが行き過ぎると今度は俺がアイツらに殺されんだぜ? 俺まだ死にたかねえぜ?

 朝井補佐官が若干苦笑を浮かべつつ、そろそろ時間なので、ということで話を強引に終わらせに入った。


「では、この後の日程は明日にでもお送りしますので、それに従ってください。何かご不明な点は?」


「いえ、今のところは。ただ……」


「ただ?」


 俺はすぐに言う前に一つ小さなため息をついた。


「いえ、なんかトントン拍子でことが決まってくんで、ちょっと心の準備がまだ完全に……」


「なんだ、まだそんなこと言ってるのか。もう決まったことだから受け入れろ」


 そう団長が呆れ半分の言葉を投げ入れる。爺さんもそれに何度か相槌を打っていた。


「まぁ、受け入れはしますが……やはり、総理直々に政府専用機に“ご招待”ってなると、いささかプレッシャーが……」


「何言ってんだ。俺なんて若いころは副総理が視察に来た訓練で当時の団長から「期待に新人です」って紹介くらったくらいだぞ? その時のプレッシャーに比べりゃマシだろこんなもん」


「いや、それにプラスして政府専用機なんですけど……」


 ていうか、そんな武勇伝聞いたことないんだが。昔からブイブイ言わせてたのかこの人は。

 こっちの心の整理もあまりついていない中だが、もう時間も押してるということで、朝井補佐官も席を立った。こっちもつられて立つ。

 一言二言交わしつつ、俺たちは部屋を出た。


「では、来週、またお会いしましょう。では、失礼します」


「じゃぁ、ワシも失礼するからの」


 そういって二人は部屋を離れた。団長も、二人を見送りに同行する。


 ……いつどきかのユイとの初対面の時のように、またもや二人っきりになった。


「……っはぁぁ~~~~」


 そして、またもや深いため息とともに壁にもたれてしまう俺。何となく、デジャヴを感じる。


「どうしたんです? 一気に痩せ細りましたね」


「主にストレスでね……はぁ、本当に俺が政府専用機に乗ることになるとは……」


「何をいまさら。決まったことなんですからもう覚悟決めてください」


「……お前はいいよなぁ、そこらへん重圧感じないで」


「むしろ感じてみたいくらいですね」


「余裕ぶっこきやがって……お前にも分けてやりてぇよこれ」


 割と、本気で。


「(はぁ……来週かぁ)」


 来週から一週間もハワイに滞在するのか。コイツと二人で。

 はてさて、コイツの正体を隠しつつ1週間乗り切れるか……今更ながら心配になってきた。その間に責任は主に俺にあるしなぁ……。

 早くも、ちょっとした不安感に襲われてしまう。


「……?」


 ふと、視線を前に向ける。

 そこにいるユイが、何やら気持ち悪いぐらいにこやか笑顔でこっちを向いていた。


「……なんだ、そんな満面の笑み浮かべて」


「いえ……前にも、こんな感じのことあったなって。一番最初に出会った時ですよね」


 何やら懐かしむような眼である。コイツも、あの時を思い出したか。やっぱり、似てるよな。この状況。


「最初はここでしどろもどろしたっけなぁ……ハハ、随分と昔に思えるな」


「フフ、あの時の祥樹さんも今思えば結構面白かったですよね」


「よせよ、変なこと思い出させるな。そんなこと言えば、あの時のほぼ無感情のぶっきらぼうなお前も今考えれば随分とおもしろ―――」


「おっとそれ以上はいけない。ていうか、そんなにぶっきらぼうでした?」


「少なくとも、表情はあっても今みたいな感情の起伏はそれほどなかったな」


「ふ~ん……そんなもんですか」


 そういって思い出すように口に指をあて目線を上に向ける。互いの昔話に、少し花が咲いていた。

 考えてみれば、今月であの時から何か月だ? 4月後半に初めて出会って……大体3ヵ月~4か月か。随分と経ったように感じるな。


「(それだけ、コイツとの生活が充実してた証拠かな……)」


 そんなことを考える。それ以上の思考をしようとしたところ、ユイがまた声を発した。


「……しかし、そんな月日が経って、今度は私たち二人で政府専用機に乗ってハワイですか。ちょっとした旅行ですかね?」


「旅行って、お前なぁ……」


 相変わらずのマイペースに思わず肩をがっくりさせる。今回行くのはそんな気楽なもんじゃないってのに……。

 政府専用機だぞ? そこでハワイだぞ? どう考えてもそんな精神的に余裕ある状態で行けるわけがない。

 そして、この二つのワードでつい一昨日の会話が思い起こされる。




 “ハワイか。いいねぇ、俺も行ってみてえよハワイ”


 “政府専用機にでものせてもらえば? 首相に頼めばオーケーしてくれるかもな”


 “ハハッ、もしそうなったら嬉々として乗らせてもらうわッ!”



 ……一昨日の俺よ。全然嬉々とできないことをお前はのちに知るだろう。全然喜べないと。


「(はぁ……フラグがマジで回収されたよ……)」


 回収ってホントにできるんだね。知らなかった。アニメや漫画だけだと思ってた。

 そんな思想を延々と流していると、さすがに待ってるのも飽きたのか、ユイの催促が入った。


「ほら、そろそろ行きますよ。ずっとここにいるものなんですし」


「あ、ああ……そうだな」


 未だに気が重い。話は済んだはずなのに、終わったら終わったでまた別のプレッシャーが肩にかかっていた。

 少しユイより遅れた足取りで行く。アイツには先に行ってるように言ったので、俺は少し遅れていくことにした。今は、結構足取りが重い。




 ……はぁ~……





「……俺、やってけるのかこれ……」






 未だに、俺の中には不安感が立ち込めていた…………

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