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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第2章 ~不穏~
43/181

政府の指名 1

[翌々日 PM19:45 千葉県習志野駐屯地隊舎 リビングフロア]





「和弥、タオル」


「あーい」


 新澤さんの声に俺は反応した。どうやらシャワーあがりっぽいな。


 昼食後、そして風呂・シャワー後の暇な課外時間。そこそこ大きめの部屋に段差畳とテーブル、そしてTVに、あと脇にソファというちょっとしたリビングのような部屋で適当にくつろいでいた。

 新澤さんもちょうどシャワーから上がったばかりらしく、替えのタオルを適当に放り投げて渡すと、そのまま適当なソファにどっかりと座って頭をガシガシと拭き始めた。


 ソファに座りながら段差畳の奥にあるTVの微妙に笑えないバラエティーをグータラ眺めていると、少し遠くに座ってる新澤さんが周りをキョロキョロ見渡しながら言った。


「あれ、祥樹は?」


「奴は団長に呼ばれましたよ。ユイさんと一緒に」


 アイツはこの場にはいない。いつもならここで皆に紛れてTVを見るか、ユイさんと談笑でも交わすかしているのだが、その二人がともにいない。

 団長に呼ばれたのはそれほど前ではない。大体十数分くらい前の話だ。相変わらずあいつはめんどくさそうだったが、いつもの話である。


「団長が? 何よ、アイツ何かやらかしたの?」


「さぁ、そこは知りませんですわ」


「ふ~ん……」


 最終的には興味なさそうに視線をTVに移した。まあ、あいつに限ってそんなアホなことはないだろうし、俺自身もそれほど興味はなかった。どうせ、ユイさん関連でまた適当に連絡事項でも受けてるだけだろう。今までも何回かあったにはあったことだ。


「んで、今度はあいつ何頼まれるんだ? 前は確か送信データとやらの追加だったよな?」


 そういうのは目の前の段差畳に座ってTVを見ながらくつろいでいる二澤さんだ。今では実質上特察隊の現場指揮官ともいえる立場を確立した彼だが、勤務外時間ではこんなにグータラ状態である。そこそこのハンサム面してこれである。


「あー、まあ、前はですがね。しかし、今回はユイさんも一緒ですからね……これは今までにはないパターンですよ」


「ほ~。なに、二人の関係とか聞かれるのか?」


「なんでそうなるのよ」


 唐突に横から入る新澤さんに構わず二澤さんは続ける。


「いつも二人一緒だからな~。部隊内での不純異性交遊とかって理由で変に見られててもおかしくない」


「そんな『確定的に明らか』と言わんばかりに言われても。というか、あの二人が常に一緒なのは半ばユイちゃん側の事情のせいだからね? 常に見てないとどんな不具合が起こるかわからないし、その時はちゃんと知識持ったやつが見てないとマズいし」


「それこそあれよ。最初はそうだったけど時間がたつにつれ危ない関係にとかさ……」


「そこで相部屋だろ? 絶対あの二人中で……」


 二澤さんの部隊仲間兼副隊長の桐都さんも追加。あぁ、そういえばあんたもそのタイプか。


「そこからあれか。あんなことやこんなことをしてロボットと人間の垣根をひそかに超えるというあのSF映画でありそうな展開があったりってか?」


「ロボットとあんな行為とかってレベル高いなアイツ」


「なんで確定事項なのよアンタら」


 新澤さん、今のコイツらにそんなツッコミしても無駄だと思うんだわ。つか、できるわけないだろ、そんな機能っぽいのないぞ彼女。

 そして、その会話を聞きつけてかなぜか周りの変態どもも飛び入り参加したことにより、この場がよりカオスな様相を見せてきた。


「そのうちあれだな。彼女、篠山に恋に落ちたりしてな」


「ロボットって恋理解できるか?」


「一応感情関連も学べる学習型らしい。可能性はなくはないだろう。どう発展するか開発側もわからないって話らしいしな」


「なるほど。ロボットが恋したらそれこそ一昔前のSFラブコメ化か」


「未来のイヴのハダリーですか?」


「いや、あれはどっちかってと主人公側に都合よく作られた感が否めない。彼女はそれとはまた違うだろう」


「じゃあどっかの戦闘メイドさん?」


「似てるがそっちはいろいろチートすぎるからやめーや」


「ていうか霧島、お前随分と古いアニメ持ってくるな……」


「恋学んだらどんな性格になるんだよ。それこそあいつに執着しちまってひねくれるんかね?」


「そんな絶望的な奴しかない三次元女を当てはめるなよ」


「ちょっと待ってその三次元女が目の前にいるんだけど?」 by 新澤さん


「それこそ恋を学びすぎてヤンデレ化不可避になったらどうすっか」


「え、ちょ、無視?」


「あ、その時は俺真っ先に殺されに行きますんで」


「お前ほんとそういうのに対するレベル高いよな」


「待て羽嶋、俺なら殺されるくらいなら長時間うつろ目で『私の祥樹さんになんてことを……』とかって問い詰められるあれを体験しまくるぞ。即行で死ぬのは勿体ない」


 アンタそれ楽しいのか?


「楽しくないと思ったか?」


「あぁ、コイツもうダメだわ」


 さらばだ我が同期。俺はお前の超思考についていくことはできないだろう。これでお別れしなければならない。


「まて、そもそもなぜ彼女がそのままヤンデレに移行するという展開確定なんだよ。俺的にはどう考えてもそこから確定的な相棒展開くらいしか思いつかないんだが?」


 おぉ、二澤さんが初めてまともなこと言った。てか、ちょっと待て。あんたあんなことやこんなことが云々言ってたのにそのあとはこれかいな。


「マジっすか? そうきますか先輩?」


「だってよ、結局は人間みたいに捻くれてない純粋さんだろ? 現実的に考えたら本当にするかは知らねえけどよ、仮にしたら執着じゃなくてどっちかってと完全に赤い糸状態で密着するんじゃねえの?」


 赤い糸状態で密着……え、それ結ばれた状態でまた密着すんの? なにその好意表現的な意味での物理的二重表現。そんな状況おこるんかいな。


「でもそう都合よくいくか? 実際どうなるかわからねえんだろ?」


「逆の展開もあり得るってことの裏返しともとれるぜ? 俺が今言った可能性も十分あり得るって凝った」


「そう簡単にうまくくっつきますかねーあの二人……」


「いや、すでにくっついてはいるさ。今じゃあの二人は持ちつ持たれつのような関係だ。そこからさらに発展するかどうかだ」


 ここまで二澤さんが勤務外時間で真面目になったのは珍しい。しかし、その中身はぶっちゃけ可能性としては微妙なものである。

 ……まあ、しかし、あいつらがそういう意味でガチでくっついた場合どうなるんかは少し興味がある。ていうか、半ばそうなってないかと俺の感覚では見ているわけだが。


「しかし、そこでくっついたら新澤さんどうするんです?」


「え、私?」


 なぜか振られる新澤さん。このタイプのネタではしょっちゅうである。


「妹同然に扱ってる彼女が篠山にいったら新澤さんは絶対嫉妬するでしょうね。そこから取り合いになって……」


「え、ちょ、そんな恋愛系昼ドラの敵対ヒロインみたいないびつな性格してないわよ私」


「彼女のことを篠山と新澤さんが好んで、そして彼女は篠山にいって……、あれ、なんだこの三角関係?」


「女を取り合う男女って結構新しいな」


「百合と純愛の戦いか。俺はどっちを応援すればいいんだッ」


「どっちもしなくていいわよ」


「というかどう考えても不毛な戦いですな」


「確定的に明らかね」


 するだけ無駄の戦いのために身を投じる一人の男性軍人と女性軍人。うん、ないな(確信)。


 しかし困った。本来なら俺も参加するタイプの話なのに、ツッコミのアイツらがいないから全然ついていく気になれない。あいつのツッコミがないとこのタイプの会話オチがつけづらいんだよなぁ……。


 ……そんな感じで会話がどんどんとシフトしていく中……、


「……あ、ユイちゃんおかえり」


 フロアのドアが開いて入ってきたのはユイさんだった。新澤さんのおさがりを借りたジャー戦姿で、大方リラックスした様子である。俺たちに気づいたユイさんはソファの近くにきた。


「お疲れさん。はやかったっすね」


「はい、案外すぐに話がついたので」


 いつもなら連絡事項確認から定期報告等々で30分は当たり前というめちゃくちゃな時間かかるものなのだが、今回はたったの十数分。それといって重要なものでもないらしい。


「それはそれは。それといって重要な案件でもなかったかな」


「あー、重要と言われれば、その……」


「ん?」


 少し出し渋った感がある様子だ。何、なんかやばい案件だったのかよ。それはそれで気になる。


「なんです、妙な案件だったんすか?」


「いえ、私はそれほど自覚なかったんですけど、祥樹さん曰く思わず気絶しそうになったらしいものが……」


「なんすかそれ」


 アイツが気絶って相当だぞ。何の案件だったんだ。まさか、ユイさんがこの部隊離れる……ってなったらあいつだけじゃなくたぶんユイさんも気絶するだろうな。するか知らんが。しかし、少なくとも自覚なしとかそのレベルでは済まないだろうからこの線はなし。

 ……じゃあなんだ。同じようなロボットが追加とかそんな話はさすがにないよな? そうなったら今度は俺たちまで気絶するぞ。いろんな意味で。


 いろいろと思考するがそれっぽい回答が出ない。そんな感じの時間がほんの少し続くが……


「……あれ? あの男性の集まりはなんです?」


「え? あぁ、あれは別に……」


 新澤さんが苦笑しながら目線をそらす。

 その視線には例の変態ども。二澤さんらを中心に、なぜか人数が多くなってるように見えなくもない。





「だから、彼女確か試験期間残り2ヵ月だろ? それが終わったらここはなれる可能性があるだろうが」


「しかし、その後は確か戦闘データ運用収集の関係でここに残る予定だって話では?」


「あくまで予定だろ。それがもし予定変更になったらってのをアイツが考えてないはずがない。そこをかんがみるに、後悔しないようにもしかしたらそのまま……」


「うはッ、ロボットと人間の不純異性交遊がこんなところに」


「それはさっきも言った」


「しかし、彼女がもしいなくなるってったらうちらの清涼剤が新澤先輩だけになってしまうのか」


「それだけはまずい。少なくとも何とか後悔しないようにしなければ」


「何ならもうめんどくさいから俺たちも参加させてもらおうか」


「新澤に殺されてえのか」


「だが待ってほしい。俺たちが参加したとして彼女はどう考えても俺たちを排除するのは間違いない。そこに新澤さんが参加して俺たちを貶した場合……」


「おぉッ、俺たちのご褒美じゃないかッ!」


「お前天才か」


「お前なんでそんな頭してまだ士官なんだよ。さっさと尉官行けよ」


「いけねえよアホ」 by 最大限の呆れの俺


「あ、これは私いちゃいけない現場でしたね」 by 諦観のユイさん


「後でどうしてくれようかしらアイツら……」 by そろそろ絞めてやろうかと熟考中の新澤さん





 不毛な戦いどころかそれを通り越して変な生真面目論争に勃発しつつあるこの現状。ハハッ、ここ本当に精鋭部隊の駐屯地なんだろうかね。ストレスたまりすぎだろうアンタら。さすがの俺もこれには苦笑いである。

 ……ていうか、さりげなくユイさんと新澤さんが清涼剤扱い。まあ、間違っちゃいないが。


「……この場合私が割って入って『やめて! 私のために争わないで!』とか言ってやればいいんでしょうか」


「いや、それはカオスを余計に加速させるからやめてください」


「アイツらが調子づくのは確定的に明らかね」


 というか、そのフレーズはアイツらじゃなくて今の場合ユイさんを奪い合っている二人に対していってあげるべきセリフだな。あんなほとんど無関係な第三者集団に向けていってやるべきものではない。


 その後もなぜか論争は続いた。こんな即行であきそうな話題に長時間かけていられるアイツらの精神もある意味ではすごいと思う。それを訓練でもっと出せれば完璧なのだが。


 ……ていうか、今気づい……たことを、新澤さんが先に言った。


「そういえば、祥樹どこいったのよ。いつも一緒にいるじゃない」


 そういわれるユイさんも「あ、そういえば」と思い出したように言った。


「まあ、実は、その……」


「なに、さっき言った気絶するほどのあれで本当に気絶でもしたの?」


「いえ、それが……」


 と、その時である。


「……あ、来た」


 新澤さんが視線を移した。ドアのほう。さっきユイさんが入ってきたのと同じドアからだった。

 そこから入ってきたのは確かに祥樹……


「「……ッ!?」」


 ……ではあったのだが、どう見ても様子がおかしい、いや、おかしいどころの話ではなかった。


「え、ちょ、おま、どうしたんだよ!」


「な、なにその最近何も食ってません的な感じに痩せ細った雰囲気!? 十数分前は完全な健康体だったわよね!?」


 祥樹はそれに答えない。いや、応えれるような余裕があるようには全然見えなかった。


 今にも倒れそうなおぼつかない足取り、力なくダランと垂れた両腕、そして、何か地獄の淵を見たかのような、普段のあいつからは全然想像できないようないろんな意味で絶望的な表情。

 ……おい、コイツに何があったんだ。昔ならまだしも、今のコイツがここまでになるって相当だぞ。


 ……そんな絶望感MAXの祥樹から出たその最初の一言が……


「……リアルでフラグって回収されるんだな……ハハ」


 そういってほんの少し口をひきつらせるが、それがガチで幽霊か何かにしか見えなかった。お前、なんでこんな夜中にそんなの出すんだ。俺そういうオカルト系苦手なんだが。


「ハハ……ま、まだこんな感じだったんですね……」


 ユイさんはお隣で苦笑い。事情を知ってるらしいからなんだろうが、それでもこの反応を見る限り、結構前からこの状態らしい。ますますコイツに何があったんだよ。ちなみに、そんな惨劇を後ろの変態どもは気づいていない。


「な、何があったのよ? どうしたの?」


 新澤さんが本気で心配そうになり声をかける。祥樹は力なくも答えはした。ほんとに力なくだが。


「やばい……あぁ、俺、ちょっと来週遠征してきます……」


「遠征? なに、どっかに派遣でもされんの?」


「派遣……あー、そうっすね、派遣っちゃ派遣みたいなもんっすね……」


「なに、その派遣でユイさんと離れるのがーってか?」


「いや、そうじゃなくて……むしろその遠征ユイと行くんだけどさ……」


「え、マジで?」


 隣でユイさんもうなづいた。ユイさんと遠出か。よく政府が許可出したな。中々外に出そうとしなかったのに。試験期間も終わりが若干見えてきたし規制緩めてきたんだろうか? それとも、試験期間末期はそういう遠征先での試験もあるからなんだろうか。そこはわからないが、どうせ遠出ってからにはそこらへんの理由もあるんだろう。


 相変わらず力が入ってない祥樹は続けた。


「でさ、その先なんだけど……」


「その先は?」


「ええ、その……」









「……『ハワイ』……なんすよ」









「「「「「「……はぁッ!? ハワイ!?」」」」」」


「え、ちょ、アンタらも聞いてたの?」


 俺たちが驚愕する横で一斉に雁首揃えてこちらを向く。お前ら、不毛な論争してたんじゃないのかよ。

 だが、その質問には答えない。そして、そんなおかしな反応に祥樹はツッコまない。いつもなら即行でツッコミを入れるコイツがこの無反応。いろいろと精神的にやばいらしい。そりゃ、ハワイ行くってなったらそうもなるわ。あのハワイやし。


「あぁ、ハワイ」


「マジで!? ハワイって、あのハワイ!?」


「それ以外何があんだよ」


「実は鳥取県にはハワイならぬ『羽合』って町があってな。温泉とか有名だぞ」


 日本のハワイ出してきやがったよ。なお、リアルのほうのハワイとも姉妹都市結んでる模様。あそこヤシの木まであるし。


「そっちじゃねえっての……。南国のハワイだよ。太平洋のど真ん中にあるあれ」


「マジかよ……で、何で行くんだ? 旅客機か?」


 ユイさん連れて旅客機って絶対検査ゲートで引っかかってアウトじゃん。彼女中身が全部金属だらけですぜ?


「いや……旅客機じゃなくてさ……その……」


「え、じゃあ輸送機か?」


「あー……うん、そうだな。輸送機だな。一応は」


「ほー。でも、ハワイに遠征する予定の部隊ってあったか?」


「いや。ていうか、遠征するにしてもハワイはないだろ。西海岸のほうならわかるが」


 ほかはどうやら国防陸軍の海外演習のことを想像しているらしい。俺もそっちを想像した。

 しかし、俺の聞く限りそんな予定はなかったはず。第一ハワイに何の用が……


「和弥」


「ん?」


 そこで、祥樹は俺のほうに聞いてきた。


「来週でハワイ遠征、思い当たる節はないか?」


「来週のハワイ?」


「そう。政府が飛んでくやつ」


 若干だけ考え込んで、


「あー……、あ、そういえばハワイサミットは来週だったな」


 それを思い出す。

 G12ことハワイサミットは来週に迫っていた。日本もそれに参加するべくその前日から政府専用機でハワイに乗り込んで……





 ……ん?





「……政府専用機?」


 俺はここで嫌な予感がした。だが、俺はそれを否定する。

 あり得ない。これは保安上簡単には乗れなかったはず。ましてやこの情勢、政府専用機を狙ったテロもあって相当警戒してるはずなのにまさか……


 しかし、祥樹は俺の表情を見てか、顔を少しニヤつかせた。若干怖い。


「気づいたらしいな……」


「お、おい、まさか……うそだろ?」


 俺の言葉を契機に、周りも若干察し始めた。だが、皆一様に「いやいや、うそでしょ?」と言わんばかりの“焦燥顔”。

 だが、祥樹はそれを否定しなかった。


「嘘だったらいいね……うそだったら」


「え……じゃ、じゃあ、まさか……」


「あぁ……来週」






「ちょっと、ハワイ行ってくるわ。“政府専用機”で」






「「「「「「…………はぁぁぁあああああッ!!!???」」」」」」


 夜間なのに絶叫がこの部屋内に響き渡った。クソうるさい。











 その後話を聞いた限りでは、どうやら名目上は『陸空軍間の人事交流』ということらしい。


 最近流行ってるとは聞いていたし、空挺団内でも何人かが海空軍に赴いてはそれぞれで観察・体験などをしてきたらしいのだが、今回もそれの一環で「政府専用機に乗って警備任務体験してみて?」ということでお呼びがかかったのがコイツららしい。


 ユイさんはまだわかる。元々警護任務もこなせるような設計になっていたし、政府専用機内でそれを試す意味合いもあるということだからそこは納得できる。

 そして祥樹も、一応はユイさんの付き添いだし、そばにいたほうがいろいろと都合がいいのもあるのだろう。ユイさん単体よりはサポートがいてくれたほうがユイさん自身もやりやすい。そこは祥樹本人も納得はしていた。


 ……で、本人も含め、一番納得できないのが……


「なんでよりにもよって政府専用機なんだ……」


「まあ、そこに終始するよな……」


 祥樹はさっきから座っていたソファの上で頭を抱えた。


 ……一昨日、俺が何気なしに「政府専用機でハワイ行けたりしてな」的な発言をしてウケを狙ったのだが、まさかあれがフラグであったとは。コイツが「フラグ回収した」的な発言の意味はここにあるのだろうということを俺はやっと理解した。


「俺みたいな若者軍人が政府専用機で警護任務って……体験でもキツすぎるわいくらなんでも……」


「仮にも政府要人のだからなぁ……」


「そりゃ、団長直々におよびかかるわけね。案件がめちゃくちゃ重要すぎるわ」


 新澤さんも苦笑せざるを得なかった。ロボットであるユイさんはまだしも、いくら曹長というそこそこの階級といえど、結局はまだまだ若手の軍人である祥樹にこの任務はいろいろと重圧すぎるのだ。しかも、相手は政府首脳の重要人物である。


「人事交流でなんでこれ選ぶんだよ……そしてなぜ俺なんだ」


「ユイさんの付き添いだからだろ?」


「それにしてももう少しほかに人事交流に使えそうなのあったろ……下っ端政治家の道中警護とかさ」


「それ空軍仕事しねえじゃん」


「じゃあ海軍の観艦式で総理が乗ったところの身辺警護」


「観艦式は10月末だぜ?」


「その10月末まで伸ばせよ」


「ギリギリで試験期間終わるだろ」


「はぁ……詰んだわぁ~……」


 ソファにぐったり倒れていろんな意味で力尽きる祥樹。こりゃ重傷だ。どうしようもないくらい重傷だ。どうてやればいいのだろうか。

 隣のユイさんも終始「どうしようこの人……」という困惑要素有の苦笑。そして新澤さんも「どうしようもないわこれ……」という諦観的苦笑。

 そして、この変態ども集団はなぜか顔で「お前らだけでハワイ行きやがってコンチクショウ……」という謎思考を展開する始末。あれ、これ現状まともなの俺だけか? 困った、俺こういう時の取りまとめ役やったことないからわからんわ。基本全部祥樹がやってたからな。


「まぁ、その……なんだ。もう決まっちまった以上は覚悟決めようぜ。な?」


 二澤さんが珍しく労う。この人、いつもならネタにしそうなものを。ことがことだからさすがに自重したか。

 周りもそれに乗る。


「そ、そうそう。政府専用機なんてめったに乗れんもんだしさ。せっかくの機会と思って」


「どうせならたまにある一般体験搭乗とかで乗りたかったわ」


 でもあれ取材関係者限定だろ。


「ちなみにさ、警護する対象って誰だよ?」


「政府要人三名」


「あー……予想ついた」


 俺もついた。確かあのハワイサミットには、総理のほかにも国防大臣と外務大臣も出席するはず。となれば……今言った三人ってのは、明らかに“この三人”だろう。

 ……ハハハ、よりにもよって政府内でも中枢にあたる人物じゃないか。こりゃ祥樹みたいにならないやつがおかしいな。


「で、でもほら、彼女とふたりで空の旅ってのもまた……」


「いや、今回乗るのユイさんだけじゃなくてだな……」


「そうそう、私と二人でね」


「便乗したよユイさん」


「全然うれしくねー」


「あれぇ?」


「まさかの否定はいったわね」


「ここまで来るともはやどうしようもないな」


 ツッコミじゃなくて否定ってところが現在のコイツの異常さを表していると見えなくもない。


「しかしまあ、実際問題彼女とうまくいけば二人っきりだぜ? 深夜帯とかも飛ぶだろ?」


「まあ、たぶんね」


「ならうまくやればその彼女と二人っきりの夜空を堪能して……」


「たぶんしてる暇ないっす」


「夜空って言ったら前見た星綺麗だったなー……」


「いつのだよ」


「結構前にやったクイズ大会の後みたあの星空」


「あー、あれね」


「なんだよクイズ大会って」


「なにその話詳しく」


 お前ら乗るな乗るな。


「まあとにかくだ……やるからにはちゃんとやってこい。仮にもこれ、政府からのご要望なんだろ?」


 今だけ二澤さんがちゃんとした先輩に見えるのが逆に怖い。


「ええ、まあ……そうではありますけど」


「じゃあそれだけ信頼に値するってことだ。名誉だと思ってやればいい」


「そうはいっても、俺みたいな若造で大丈夫なんですかね?」


「逆に考えよう。若造だから内面的に清潔で頼りやすいのだと」


 あー、わかる。年取ると何かとほかの利益やらなんやらが頭に入って純粋な行動できなくなるよな。……あ、今の日本政府じゃないか。


「そういうもんすかねぇ……」


「まあ、ここでグダグダ言っても仕方ねえべ。新澤はうちらでちゃんと預かるから安心していって来い」


「安心できない」


「できないわよ」


「できないですね」


「できないな」


「え、お前らひどい」


 このシノビメンバーの息の合った一律意見。今の発言のどこに安心できる要素があったのかをぜひ問いたいところである。

 そして、その後方にいるそこの変態どもまで同じ顔である。お前らはもっと論外だよボケ。


 ……そんないつも通りでいつも通りでない会話を少しばかりすると、ちょうど時間も押してきている。そろそろ部屋に戻ったほうがよさげな時間帯になった。


「どれ、そろそろ戻るか……。ま、後はがんばりな。日本から応援してるぜ」


「はーい……じゃ、俺は先に失礼します」


 そういって祥樹は一足先に部屋を後にした。ユイさんもそれについていき、一言二言交わしてドアが閉じられる。その過程でも、相変わらず祥樹は心身ともに疲れ切った様子であった。相当なストレスだったらしい。


「しかし、まさかアイツみたいな若造が政府専用機に乗ることになるはなぁ……」


 そういうのは一人の部隊員である。少し感心したような、興味ありげな表情。


「まあ、ほぼ彼女のおかげであるとはいえ……一応、実力はあるしな。例の私幌市事件の立役者の一人でもある」


「もしかしたら総理たちもそこを見たのかもしれねえな。アイツなら仮に何かあっても冷静な判断できるだろう」


 二澤さんの分析に周りも同意した。俺も含めて。


 アイツ自身、なんだかんだ言いながら最終的にはちゃんと真面目に、かつ“最大限完璧に”こなすのが昔っからの性分だった。それは今も変わらない。

 今日はあんな感じだが、明日にでもなれば「もう吹っ切れた」とか言いながら真面目に準備でも始めてるだろう。絶対に。


 アイツは、こういう目にあった場合はいつもそんな感じである。


「どれ、俺たちも戻るか。あれ、TVのリモコンは……」


「そこにありますよ」


「おー、あったあった。……ってこれバナナじゃねえか!!」


「ナイスツッコミ二澤隊長」


「いや俺は大阪府民じゃねえっての!」


 脇でそんな会話と爆笑が沸き起こる中、それを横目に俺たちも戻ることにした。


「新澤さん、そのタオルはいつもの洗濯機に放り込んどいてください」


「りょーかい。……しかし、アイツも大変なのに巻き込まれたわね」


「ええ。ま、アイツならなんだかんだでやりますよ」


「まあね。それに、仮にも政府から指名受けてるんだから、ああはいってもやるときはやるでしょうね」


「昔っからそうでしたからね。文句や愚痴は最初だけですよ」


「そして後からいうのよね。『なんだかんだでやっててよかったわ』って」


「あー、絶対言う」


 そういって互いに爆笑した。俺はもとより、新澤さんも大分アイツのことをよく理解し始めたらしい。


 そんな会話をしつつ、俺らは部屋に戻っていく。


 ……あ、そういえば部屋まだ片づけてなかった。はよ片づけねえとまた上官に絞られる……










「はぁ……まさか俺なんかが政府専用機に乗るとはなぁ……」


「私のおかげだってこと覚えといてくださいね?」


「おかげって、別に俺はこんな条件付で乗りたかったわけでもないんだが……」


「でも乗れただけ貴重ですんって。ね?」


「いいよねお前は気楽で……あ、プレッシャーを感じないのか」


「感じるまでにはもう少し学習させてください」


「しても無意味に思えるわ……。しかしまあ、実際問題人事交流とお前の運用テスト“だけで”俺たち選ばないよな?」


「……やっぱり、気づきました?」


「まあ、詳細は当日聞けって言われたけどさ……あとで和弥に情報もらうけど、たぶんそれだけが目的じゃないな。いや、むしろこれは表向きのいい文句だ」


「ですよね……やはり、あの人事交流や私の運用テスト云々って」


「ああ……たぶん」







「それ、“建前”だな……」

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