調査協力 1
[同日 PM14:00 日本国東京都港区 札の辻前駐車場]
灼熱ともいえる8月中盤の暑さが、車内にガンガンと差し込んできていた。冷房をつけ、ガラスを電子カーテンで若干暗くしつつ暑さをしのげるだけほんとマシであるが、もう今日はこれ以上外に出たくない。
そのために、今回も服装は結構涼しめにまとめてきた。ホワイトポロシャツに上からベージュのジレを羽織い、下をフレンチベージュのカーゴパンツにTIRSの時にも使ったネイビー色スニーカーである。そして、今回もコーディネートは新澤さんである。
しかし、そんなパッションコーデで挑んでも、こんな灼熱の外界に出る気はない。車内に引きこもり安定である。
カーナビ画面をニュース映像にする。今は昼のワイドショーをやっていた。いつもの読書に没頭しながら、時たまそのTVを見ていると、ちょうど東京都の天気予報がされていた。
『―――日照TVウェザーサポート、今日の東京都はとにかく暑いです。東京都内全域で気温30度超えを記録し、都心では35度を上回る気温が―――』
「うわぁ……こりゃひえでぇ」
読書に向いていた目が今度はニュースに移り変わり、思わず顔をしかめた。確かに今日は快晴だが、まさかここまで暑くなるとは思わなんだ。
ただでさえ熱気がすごい都心部とはいえ、それでもこの気温とは、これもヒートアイランド現象の弊害か。こりゃあいつは汗だくで帰ってくることだろう。念のためタオルを持ってきておいてよかった。
……と、噂をすれば影である。
「……ッ、お、きたきた」
駐車場の陰から人影が見えた。ネイビー色の半袖ポロシャツにチノパンというラフな服装を身にまとったそれは、ずいぶんと汗だくらしく、袖でしきりに額の汗を拭いている。
そいつは俺の乗っている車を見つけると、速足でその外界の暑さから逃れるようにドアを開けて飛び乗った。
「ふぃ、あっちぃ~~そしてすずしぃ~~」
和弥だった。その顔は汗でびっしょり濡れており、手で必死に顔を仰いでいる。
「お疲れさん。ほれ、タオル。そこに水あるぞ」
「お、サービスいいねぇ、サンキューサンキュー」
そういってタオルで顔面をガシガシを拭きつつ、ボトルスタンドにおいていたペットボトルの水を一気飲みした。相当暑かったようである。
さらに、いったん窓を開けてそのタオルに水を軽くかけ、それを絞って窓を閉めると今度は濡れタオル状態にして頭にかけた。……それ、見るからに風邪ひきそうなんだが。
「……んで、情報はとったのか?」
「ばっちりだぜ、この通りな」
そういって見せたのは一つのUSBメモリだった。そこに、和弥が今回手に入れた情報が隠されているのだという。
そのメモリを、和弥はいつものタブレットに差し込み、データを引き出した。さらに、自分のiPhoneも同時に接続させる。
「案外楽にとれたぜ。あとはこの密売情報のデータをタブレットにコピーして、ついでだからカメラで撮った画像データもこのUSBに移す。そして、このUSBを合流点にいるJSAに渡せば、いっちょ上がりだ」
「りょーかい。じゃ、こんなとこに長居は無用だ。さっさと出発しますか」
そういってカーナビに所定の合流ポイントを設定し、自動運転モードに切り替えた。
すぐに車は動き出し、駐車場を出ると札の辻から国道301号線に入り、そのまま桜田通りに乗った。真正面には東京のシンボルである『東京タワー』が聳え立っている。最近耐震工事したらしく、一部骨組みが加えられたりしている。パッと見はまったくわからないが。
両サイドにあるマンションや賃貸ビルなどといった建造物を横目にしつつ、俺は少し愚痴るように言った。
「しかし、なんだって俺たちみたいな一軍人がこんなスパイがやりそうなことをやんなきゃなんねんだ。JSAなりに任せればいいものを」
「まぁ、仕方ねぇさ。そのJSAや、あと警察も結構人手不足なんだよ。猫の手も借りたいってね」
「借りるなら空挺団じゃなくて特戦群の奴らとか使えばいいだろ。あいつらこういうの得意だろ?」
「その特戦群との持ち回りだって忘れてる?」
「あー……んだった」
一つ小さなため息をついて、ボトルスタンドにある水を一口のどに通した。
しかし、一軍人の俺たちをも使うって、警察やJSAはそれほど切羽詰ってるのか。大変だなおい。
こんな俺たち一軍人がこうした『任務』を充てられるのも、今現在東京に起きている特殊な現状が背景にあった。
近年の東京都内では、前々から指定暴力団と武器商人との間で武器取引が行われていた。普通じゃ首都で武器密売とか考えられないことだが、それが現実で起きてしまうほど今の世界ではそういった裏社会が蔓延している。もちろんこれはテロに関連することで、日本に限らず、どこの国も似たようなものだった。
当然、警察が何も行動を起こさないわけがなく、警察や、時にはJSAの協力でそれらの逮捕例を出してきてはいる。しかし、如何せん相手側の規模を考えるとどう見ても数的にこちらが不利なうえ、首都という“大量に隠れ床が存在するエリア”では、どこに潜んでいるかも完全に把握しきれないのが現状だった。
しかし、どうにかして撲滅を図りたい。だが、警察もJSAも人手不足。
……というわけで、俺たち国防軍もそれに協力しているのである。
協力するのは陸軍総隊直轄部隊の中でも、特戦群や空挺団といった、特にテロ・ゲリラ対応部隊の側面も有する部隊だが、それらが持ち回りでその捜査に『調査協力』という形で協力していた。
あくまで協力であるので、警察のような逮捕権などは持ち合わせていない。やれることと言ったら警察が行動しやすいように情報を集めまくって提供するくらいだ。
まあそんなことで、今回は持ち回りが俺たちに回ってきたということで、こうして休日を装って『調査』にあたったわけである。
それで、今回俺たちに充てられた任務が『東京都内に潜伏中の商人の取引データ入手』というのもで、JSAがその暴力団の一つと繋がりがあるらしい商人の存在を確認したため、その証拠を入手しろ、ということで俺たちが向かっているのだ。
「とって来いって言ってもどうやってどれってんだ」
というのは、任務内容を聞いた時の俺の第一声だが、それに対する和弥の横やりが、
「なるほど、俺の出番か」
嫌な予感しかしなかった。そして、情報をもとにその取引が行われているらしい現場の近くの駐車場に車を止めたが、和弥が「俺だけで十分だぜ」ということでさっさと行ってしまった。
それで帰ってきたと思ったら、なぜかちゃんととってきているのである。俺の仕事がなかった。あるといったら運転ぐらいである。
……ったく、なんでただの軍人であるお前がこんな軽々と情報を持ってこれるんだ。何をどうしたんだ。そんな愚痴をこぼすと、
「聞きたいか?」
お隣に聞こえていたようである。
「……差支えなければ」
つっても、嫌な予感しかしないが。そんな俺の憂慮などお構いなし。和弥は得意げに言った。
「まあ、取引現場が情報通りで助かったぜ。事前に拠点を張って監視できたわけだ」
「おいおい、監視って。その現場確かマンガ喫茶っていう超大胆な場所じゃなかったか?」
そう。今回取引現場としてきた場所が、まさかのこの近所にあるマンガ喫茶だったのである。俺の常識では取引場所がマンガ喫茶ってアホかと思ったが、和弥に言わせればどうも相手側がうまいらしい。
「最初は俺もまさかと思ったんだが、なかなかにうまいことやりやがってな」
「どういうことだ?」
「取引っていっても、ここは首都圏だから現物交換をするわけにはいかない。普通に目立っちまうからな。だから、証券取引みたいな要領で取引するらしいんだわ」
「つまり、まずはどれを交換するかを事前に決めておいて、後でそれを所定の手順で受け取るってことか?」
「そういうこと。まあ、今どきの武器商人の常套手段だな」
そのあとは、和弥の情報入手の手順が明かされる。
今回俺たちが調査するのは、武器商人と、それに接触する暴力団『首都連合』のメンバーである。
首都連合は文字通り首都を中心に勢力を張っており、指定暴力団の中でも最も凶暴とされる“特定指定暴力団”に指定され、武器類の所持もかねてから噂されているほどの凶暴な組織である。しかも、規模もでかいために中々規制もうまく聞かない現状にある、とても厄介な存在でもあった。
今回は特に、その首都連合から送られたシンパとそれと接触する武器商人が調査対象である。
この二人は、取引のための意思疎通に一枚のメモを使っているらしく、それを事前に指定した一冊のマンガに挟んで、それを交互にとって読むふりをして中に挟んだメモを更新することで、お互いの意思疎通を交わしていたらしい。
随分と巧妙だが、しかしそれなら怪しまれることはほとんどない。傍からはマンガをしきりに棚においては取ってを繰り返してるようにしか見えず、そんなのを注意深く見る奴なんていない。似たような手口なら麻薬取引でも使われているからそれほど驚きはしなかった。
それがわかったのは和弥がしきりに一つのマンガを二人で交換しあっているところを見てからだった。交換といっても、先に言ったように棚に置きあいながらである。おそらく、その間にメモ内容の更新をしていたに違いない。
交換のために棚においてからまた相手がとるまでに時間が空いていることを見て、和弥はそのマンガが置かれている棚の近くの席に陣取って、そのマンガが棚に置かれるたびに中にあるメモを即行で写メった。
そのデータはすべて和弥が手にするiPhoneに入っており、今USBに入れているという。
しかし、このUSB。最初から用意していたわけではなかったはずだった。ほとんど手ぶら状態で向かったはずなのだが、一体どこで手に入れたのか。
気になった俺は和弥に聞いた。
「でもよ、そのUSBどこで手に入れたんだ? 事前に買ったのか?」
「ん? あぁ、これね。これ、実は武器商人の私有物」
「はぁ!? じ、じゃあお前、それ奪ってきたのか!?」
「おう、そういうこった」
「そういうこったって、いやお前……」
俺は思わず唖然としてしまった。
なんでも、メモの更新内容を追ってみているうちに、途中で『取引のUSBデータを渡す』という内容の記載がされたらしく、取引交渉も大分まとまり、そろそろ調査を切り上げてもいい段階だったこともあり、ちょうどいいということでそのUSBメモリがマンガに無理やり挟まれたところを狙って、即行でそれをマンガから抜き取ってさっさとおさらばしたらしい。
ついでなので、マンガに挟まれたメモも取ってきちゃったということだ。そのメモは、LINEのように交互にメッセージを書いていく形であったらしく、右上には『3』という数字。おそらく、メモがいっぱいになって紙を更新した時の回数だろうと和弥は予測した。
事実、メモの紙の上から順にメッセージが書かれている割には、取引内容が随分と進んでいる。その前の2枚分で取引内容の事細かな確認をしていると思われた。
「今頃、あいつらメモとUSBがないって言ってあわててるだろうな。ハハハ」
そんなことを言う和弥の顔はいつものように陽気である。違う意味で俺はこいつが怖くなった。いや、マジで。
「いや、お前……よくそんな高度テクニック余裕でこなせるな。ほんとにただの軍人か?」
「代々受け継がれる斯波家の人間だがね。それに、情報屋ならこれくらい日常茶飯事だぜ?」
「日常茶飯事って、いつもやってるのか?」
「休日はな」
「うわぁ……」
思わず苦笑いを浮かべた。いつもの情報収集だけでなく、やろうと思えば今みたいな“スパイ”もできるとは。これは畏怖の念を抱かざるを得ない。やろうと思えば他人のプライベートなんて速攻で奪えそうである。
「(家系上、情報パイプが多いだけでなく、地力の情報収集能力も高いとか、コイツ軍人やめたら即行JSAにスカウトされるだろうなぁ……)」
ただでさえ人手不足なんだし、コイツを雇えば結構使えそうなものだな、とふと考えてしまう。
そんな時間を経ていると、ちょうど車は赤羽橋交差点に差し掛かり、そこから右に抜けて再び都道301号線に入る。左手には道の両サイドを占める木々の列と、赤い鉄骨の東京タワーが聳え立つのが見えた。
「……でさ、その取引の内容をチラッと見たんだけどよ……」
「?」
和弥がふと話題を変えてきた。
その顔は、タブレットのほうを見つつも「何かおかしい」と言わんばかりに首をかしげている。何か引っかかる内容でもあったらしい。情報屋の和弥がそう感じるだけあり、俺としても少しいつも以上の興味がわいた。
「USBに、メモにもあったような取引内容のリストが記載されてた。これ自体、中身は取引の物品内容と引き渡し時間、それに場所のデータが乗っててな。引き取り場所と時間は、まあ別にいいんだが、その物品内容が……」
「なんだ、その内容がどうしたんだ?」
「いや……いつもと全然違うんだよ」
「は?」
取引のための物品が違うとな。そんなのいつも違ってそうなものなんだが。
「いや、商人側も何でも持ってるってわけでもない。例外はあるにせよ、基本的に売り渡すものは同じだった。少なくとも、今の日本の裏社会ではそうだ」
「ほう。んで、それがどうした?」
「だから、それがいつもと違うんだよ。いつもは武器商人の名前通り、旧式のAKとか、簡単なIEDとかを売り渡していたんだ」
「AKとIEDっていえば、前の私幌市の時の?」
「ああ、それもある。とはいえ、あの時のAKは旧式とはちょっと違っていたがな」
「あー、そういえばそうだったな。旧式のAK-47じゃなくて、AK-74だったか」
「ああ。ちなみに、あれやっぱり旧北朝鮮製だったらしい」
「え?」
まさかその情報を和弥から受けるとは思わなかった。
曰く、羽鳥さんにあまり口外しないことを条件にもらった情報らしいのだが、彼曰く、政府のほうで調べたら、構造や素材などの観点からやっぱり旧北朝鮮製であることが判明し、和弥の予想通り米軍主導での武器処分の時に一部が漏れたものらしい。当時処分を担当した米軍にも確認をとったそうだ。
……それをなんで羽鳥さんが知ってるんだって思ったが、何でも団長から教えてもらったらしい。じゃあなんで団長がって話になるが、そこは知らんということだった。まあ、身分上そういう情報もいろいろ集めてるだろう、というのは和弥の予測である。
また、そう考えると、それを持ってきたと思われる旧北朝鮮系との関係も疑われてくるらしい。わざわざ47じゃなくて74を使っていたあたり、もしかしたら、これに限っては武器商人使わないで、直接いくつかある旧北朝鮮系のうち一つの組織から譲り受けた可能性もあった。
まさか武器商人が、いまだに現役武器であるAK-74のほうを持っているとも思えないし、持っていたとしても希少価値的に高額になるはずだから、日本には売らないでどうせならより金になる中東で売るはずである。事実、今まで日本で売られてたのはAK-47のほうばっかりだった。
……そんな感じで考えると、余計ことが複雑になってくる。そろそろ頭がこんがらがってきた。
脇道にそれた話を和弥が修正する。
「まあ、とにかくだ。いつもはそういった旧式のAKやらIEDやらといった、ごく簡単のものばっかりを取引していたんだ。もとよりそういう武器類の監視が厳しい日本ではこれくらいしか商売にならず、RPGなんて持ってこれるわけがなかったんだよ」
「つっても、その監視の厳しさを謳ってる割には今の現状だがな」
「まあそこは相手さんもいろいろ策を練ってるってことだ。一応、今回もそれの類はあったにはあったんだが……ほれ、これを見てみろ」
「?」
そういってタブレットを俺に渡してきた。USBからコピーしたデータを表示しているらしく、そこには和弥が今話題に出している取引内容のリストが示されている。
見やすいように表にされていた。上から、武器類としてAK-47が5挺、拳銃が10艇、それらの弾薬分をマガジン付き、IED……うわ、セムテックスか。しかも5個もご注文してやがる。こりゃ、あの私幌市のやつと同じか?
「たぶんな。セムテックスとしか書いてないが、確実に旧型のやつだ。となると、あれみたいなのに使われる可能性もある」
「確か、あれの犯行グループって集めた情報によればどいつもこいつも共産党系テロ組織と繋がり持ってるやつらばっかだって言ってなかったか?」
曰く、和弥が。
「まあな。だが、このセムテックスの件を見ると、もし武器商人がこの共産党系にも武器商売してるってなったら、この『首都連合』がそれらと繋がりを持ってる可能性も出てくる」
「なんでだよ?」
「この武器商人も専属じゃない。あくまで首都連合はお得意様ってだけだ。いろんな商売相手とパイプ持ってるだろう。セムテックスの件から、首都連合のほかにもこの共産党系と関係を持ってることは確か。武器供与もととしてはこれくらいしか考えれないからな」
「同型が他から来たって可能性は?」
「ないな。セムテックスを扱うやつなんてごく限られてる。日本じゃ余計そうだ。まずその可能性はない。となると、パイプ的に考えると、武器商人側から見れば首都連合とこの共産党系は商売相手。『Λ』型だった関係ではあるが、これが、首都連合と共産党系が繋がって『△』型になったら?」
「え?」
「武器商人が信頼ある奴ならわかるが、そうでなかったら商売相手同士でそいつに関する情報交換するメリットも出てくる……とか考えてみれば、案外違和感はないだろ?」
言われてみれば……。武器商人が信頼あるかどうか怪しい場合、商売相手のもの同士でその相手に関する情報交換をするのはごく自然なことだ。ネットでその店に関してレビューを交換し合うようなサイトがいたるところであるが、あれと同じようなものだ。
もし、仮にどっちかが武器をほしいってなって、どっちかがこの武器商人を紹介して……、なんてことがあったら、それだけでこの首都連合と共産党系は関係を持つことになる。
「そういうことだな。もし仮にそうだったとしたら、また話がややこしいことになるぜ。これに、さらに旧北朝鮮系も加わるんだからな」
だろうな。それに、あの時は武器はAK-74だから調達元は明らかに旧北朝鮮だった。旧北朝鮮系テロ組織がその共産党系テロ組織に武器を供与していたとなれば、さらにことは複雑になってくる上、それらと首都連合とが何らかの関係を持ってるとした場合……あー、もうわけわからなくなってきた。このあたりから、俺は話が難しくなって頭が痛くなった。
……だが、和弥はそんな俺には目もくれず話を戻す。
「……でも、問題はそこじゃねえんだよ。その下見てみ?」
「下……?」
そのままタブレットを下にスライドしてみる。
……すると、
「……え?」
俺は和弥の言わんとすることを理解した。これは、確かに違和感があった。
「……随分と多いな。電子機器が」
そのリストの下にあるのは、どれもこれも取引内容としては必要性が微妙な電子機器類だった。
ノートPCやPDA端末、スマホ、などなど。とにかくそこいら近所にあるやつをとにかくかき集めた感じだった。
しかも、ただ単に無造作に集めたわけではないらしい。なぜかどれもこれも桜菱や有澤、カワシマなどといった大企業のものばかりなうえ、今現在普及しているロボットとの内部機密にかかわる通信が直接可能なように改造されたものだった。ご丁寧にそこらへんの改造部分まで書いてくれている。
「武器商人にしては随分と先進的なところまで扱うんだな。最近のやつらはそうなのか?」
「いや、全然。むしろそういうのは守備範囲外のはずなんだよ」
「え?」
和弥は説明する。
そもそも、彼らの取引内容はあくまで“金になる武器類”であり、今回出てるようなそういった電子機器類なんて、本来はそこいら近所の電気屋にでも行って買えって言われる程度のものばかりだった。
しかし、今回のこれは電子機器類が大量である。むしろ、本取引材料であるはずの武器類より多い上、独自改造が加えられている。先に言ったように、ロボットと直接通信可能なようになっており、これは本来企業側の保有する通信媒体にあるものだった。
セキュリティの関係上、現在普及しているロボットには『R-CONシステム』と呼ばれるロボット管理用クラウドネットワークシステムを介した、企業ごとの緊急一斉停止信号が発信可能となっている。
これによって万が一暴走等の問題が発生した場合、R-CONシステムを中継して自動的に停止信号を発信することが可能となっている。
その他、そのロボットにシステムアップデートなどをする際はそういった通信媒体からデータを送ったりする。そういう意味での、企業側の保有する通信媒体である。
どうやら、メモの内容等をかんがみるに、その桜菱や有澤といった企業側保有の通信媒体を模しているらしく、その企業の電子機器が多いのは、その自企業が自企業製の通信媒体を使っているところから、そこらへんもしっかり再現するためであると和弥は予測する。桜菱なら桜菱製のPCを、有澤なら有澤製のPCを、といった感じだ。
とはいえ、だからってなんでこんなにあるのかわからないが。サンプルが多いほうがいいのだろうか。
……当然だが、ここら辺はどう考えても“武器商人の商売の守備範囲外”である。しかし、そこに関してはすぐに和弥が回答を出した。
「この武器商人、どうやら例のメモ内容によれば、この首都連合とはお得意様関係らしくてな。そいつが、その首都連合側のご要望に応えるって形で、前々から桜菱や有澤などの企業で産業スパイを金で雇って、内通者として関係を持っていたらしい。たぶん、物自体はそいつらから流れたんだろうな」
「じゃあ、この改造がなされてるのも?」
「ああ、たぶん、そいつらが協力したって考えたほうが自然だな。データをさかのぼってみてみる限りは、どうも最近は、取引内容もこっち側に偏っているらしくて、同じような仕様か、それでない無改造のやつすら大量に買い取ってるとか」
「なんだそりゃ……」
武器商人の商売内容とは思えんな。
「……お前、ずっと前の、TIRSのやつ覚えてるか?」
「TIRS? ……あぁ、まさか、例の産業スパイの?」
俺が途中で水瀬のロボットさんと一緒に投げ倒しちゃったやつ。
「そう、それ。それも、あの後ニュースやら何やらで情報集めてみたんだが、結局、やっぱりそのR-CONシステムのOSデータを狙っていたらしい。そこから、さらにR-CONシステムへのアクセスキーとなるメインのデータを奪おうとしてたってことが、桜菱と、事情が事情なんで政府も調査協力して判明したんだ」
「政府も? なんで?」
「R-CONシステム自体は各企業独自のものだが、その制度自体は元々政府主導で行ってたんだ。そういった関係だよ」
「ふーん」
自分たちで勝手にやってたわけじゃないのか。まあ、各企業で同一目的のシステムを持つってのも、各企業で勝手にやっても簡単にできっこないから、政府が主導で推進するってのもわからなくはないが。
「……んで、その調査事実が判明した途端、案の定、桜菱も有澤の類にもれず何人か首飛んだよ。理由は言わずもがなだ」
「結局、最初にお前が言っていた噂通りになったわけだ」
「そういうこと」
まあ、重要なセキュリティが脅かされるところだったんだ。飛ばされるのも仕方ないだろう。飛ばされた人にはお気の毒だが。
しかし、こうしてTIRSのほうにも話がつながったか。あのTIRSでの事件も、つまりは暴力団側のお得意様の武器商人が仕向けた産業スパイの一人というわけか。
「まぁ、そういうこったな。とはいえ、そういうのをひっくるめても、武器商人はあくまでその首都連合の要望に応えただけだな。
「つまり、武器商人はそれほど怪しいものってわけでもないってことか?」
「ああ。むしろ、怪しいっていうなら、そんな要求を出した“首都連合”だな」
「ふむ……」
だんだんと話が難しくなってくるが、しかし、和弥の言うとおりだ。
確かに、今まで武器ばっかりと調達していた首都連合なんつー一暴力団が、なんでわざわざそういった要望を出すのか。いつも通り武器取引をしてればいいのに、何でこんなのが必要なんだ? R-CONシステムに何か仕掛けるつもりなのか?
「即行で考えられるのはそれだろうが、簡単には無理だと思うぞ?」
「なんでだよ」
「仮にそれを使ってR-CONシステムへのハッキングを企ててるっつっても、そう簡単にアクセスできるとも思えない。中に侵入するどころか、その前にシステム的に門前払いがオチだろ」
「それほど、R-CONシステム側のセキュリティが厳重なのか」
「仮にも日本国内に普及しているロボットを各企業ごとに各々で独自に管理するシステムだからな。自分の企業のロボットの普及率が高ければ高いほど、そのセキュリティはより厳重になる」
「つまり、仮にそれらを使ってR-CONシステムみたいなセキュリティにハッキングしようと仕掛けても、はっきり言ってムリゲーってことか」
「そういうことだ。やるだけ無駄だよ。そこら辺は今どき一般常識だし、あいつらも十分わかってるはずだ」
なるほどね。確かに、R-CONシステムのセキュリティの厳重さを考えれば、まあやるだけ無駄ではあるだろう。そんなのに努力を費やすほどあいつらもバカとは思えない。
……じゃあ、なんだってこんなに電子機器類があるんだって話になるが。いったい何に使う気だ?
「さあね。そこは知らん」
「知らんって、何かわからないのか?」
「俺がわかるのは今現在の情報から推測することだけだよ。そこから先はさすがに知ったこっちゃない。情報が少ないから、これ以上推測のしようもないしね」
「……」
俺は思わず言葉を詰まらせる。そりゃ、和弥とてあくまで情報収集能力とそこからの推測能力が高いだけで、逆を言えばそれまででしかない。それ以上のことは求めようがなかった。
「だが、今回の例は警察が公表しているデータにもなかったことなのは確かだ。受け取ってるセムテックスの件から、あの私幌市の事件も首都連合が関与してるとなれば、あの事件の実行犯だった共産党系や、あと、AK-74の件から見てそっちに武器供与していたと考えられる旧北朝鮮系と関わってることも確かになるだろうし……あいつらの中で、何かが起こってるのは確かだな」
「内部にそっち系のやつらがすでに入り込んでる可能性は?」
「そこはわからん。名簿は発表されていない。だが、可能性としては高いだろうな。最近の日本の暴力団は、近頃の人員不足解消のこともあって、共産党支持者で国を追われた中国人や、北朝鮮系の朝鮮人を大量に受け入れてる傾向にある。もしかしたら、そこも関係してるかもな」
「ここまで共産党系や旧北朝鮮系とパイプを持ってる現状も?」
「ああ。首都連合がその類にもれていないとしたら……」
そこから先は言葉を続けなかった。だが、言わんとすることは十分に理解できる。
朝鮮戦争終結、そして、10年前の戦争で国を追われて流れてきた旧北朝鮮支持者や共産党支持者。彼らにとって、今の日本の暴力団はそれの受け入れ先となっている現状があった。それによって、最近では暴力団も規模がでかくなっている。
旧北朝鮮系や共産党系とのパイプが深くつながっているのも、もしかしたら彼らの協力があったのかもしれない。
それが首都連合にも当てはまるとなれば、私幌市事件で実行犯的で関与していた共産党系と、武器調達面で疑いがある旧北朝鮮系、そっちとパイプが繋がっていてもなんら不思議ではない。そして、現在の暴力団の構成員の傾向的にそれがほかの暴力団にも当てはまるとしたら……暴力団とそのテロ組織の関係は余計深いものとなっていく。
「(……日本も、随分と世紀末的な状態になったなぁ……)」
今は世紀末どころかむしろ21世紀の前半中ごろなわけだが。まだまだ21世紀はこれからやで? 今この段階で警察と政府泣かせるのは勘弁してやってくれや。
そんな感じで話を頭の中で無理くりまとめると、和弥もさすがに話の複雑さに応えたのか、話をまとめてきた。声のトーンも真面目なものから少し気の抜けたようになる。
「ま、これらはあくまで今ある情報から考え付いた“推測”に過ぎない。本当にそうかなんてのはその当事者にしかわからんし、後のことは専門の人に全部任せっきりだ」
「仮にわかっても、それでどうにかできるわけではないしな」
「だな。今はとりあえず、このUSBメモリとメモを今頃合流地点で待ちかねてるだろうJSAのやつに渡せばいい。それで俺たちの任務はおしまいだ。そのあとは、適当に都市観光でもしようぜ」
「おいおい、勝手に休日気分になっていいのかよ」
「そのあとどうしろとは言われてねえだろ? 大丈夫だって」
そういう和弥の微笑顔がどうにも信用できない。こういう時のコイツは基本無責任である。まあ、確かにどうしろとは言われてないから、逆転の発想で何してもいいとは受け取れなくはないが……。まあ、そこら辺は終わったら考えようか。
「すでに向こうは待ってるのか?」
「予定じゃすでにな。ただし、何度も言うが顔はわからねえからな?」
「わかってるよ。ビル影の路地に入ってそこのいるマスク野郎に渡せばいいんだろ?」
「ああ。一応はな」
この後は、この手に入れた情報をJSAから派遣されているスパイ(?)に渡す手はずとなっていた。
ここから少し郊外へ向かった先にあるビルとビルの間にある路地で、マスク姿でいる人がそのJSAの人らしい。そこが合流点だ。すでに、場所に関する情報は受け取っている。
和弥はすでにタブレットに情報をコピーし、iPhoneで撮った画像データもUSBに移したらしく、タブレットから二つとも抜き取っている。同じく奪い取ったメモと合わせて、なくさないようにそれらを小さいエアーパックに入れた。
とりあえず、何はともあれこの後俺たちがすることは変わらない。さっさとコイツを渡しておさらばするだけである。
「じゃ、さっさとそいつを渡して任務を終わらせよう。こんな熱中症待ったなしの日にあんまり外には出たくない」
「あぁ、そうだな。……そんでさ」
「?」
和弥の口調が一気に暗くなった。いや、暗くなったというか、真剣みを増したというか。
和弥の視線は一瞬バックミラーに向いた。その顔は険しさに、若干「面白くなってきた」と言わんばかりの愉快さが入った、そんな顔だった。
そんな顔で小さく「フッ」と鼻で笑う。そして、視線はそらさず声だけで確認をとるように言った。
「……お前、後ろの車、気づいてるか?」
「後ろの車?」
俺の視線も自ずとバックミラーに向いた。そこには、自動運転中の乗用車の集団が等間隔で綺麗に列を成していたが、その中に……
「……ッ」
一つだけ、違和感があるのあった。
いや、“2台”、といえばいいのか。
「……あのバン、さっきからずっとついてきてないか? ほかの車は頻繁に交差点で曲がってるってのによ」
事実、こうしてる間にも後ろにいる車は交差点などで列から離れたり、そして入ったりを繰り返し、列にいる車がどんどんと入れ替わってきている。
……が、このバン2台だけは、なぜか列から全然離れない。いくらなんでも長くないか?
「あぁ……妙に列から離れないな。……まるであれだな」
「?」
「……俺たちを」
「ずっと、つけているかのようだな……」
俺は一瞬、心臓が高鳴るのを感じた…………




