日本政府の憂鬱
[8月22日(木) PM13:35 日本国東京都永田町 首相官邸 総理執務室]
夏に相応しい外界の暑さからは隔離されクーラーの冷気で冷やされた室内にて、デスクの上に設置された小型の投影ガラスボードに示された情報を見て俺『麻生新造』は「ハァ」と一つため息をついた。
そこに示されていたのは数日前に起こったテロに関してのことだった。EDテロップのように徐々に流れていく文字列のみの情報の提出元は『外務省中東アフリカ局』。外務省の担当部署の一つだが、中東で起こったテロに関しての初期報告を電子メールで渡してきたのだが、初期、とはいっても結構な情報量だった。
投影ガラスボードに示された提出情報を一通り読み終え、官邸サーバーの指定ファイルに情報を送ると、また一つため息をついた。
「またか……」
俺自身もいい加減うんざりしていた。こう何回も起こされるとこちらとしてもあまり耐えきれるものではなかった。
少々イラつき半分で髪をかくと、ちょうどそのタイミングでガラスボードに『ポンッ』という電子音とともに音声がなる。
『総理、私です。例の件について最終報告書をお持ちいたしました』
「おぉ、来たか。今開ける」
すぐに執務室の電子ロックを遠隔解除する。すると、間髪いれずドアが開き、「失礼します」の一言とともに外から若々しい好青年な風貌を持つ一人の男性が入ってきた。手には一つの業務用タブレットを持っている。
すぐに俺も応じ、ひとまず目の前にあるソファに座らせ、センターテーブル越しに対面するように席に着いた。
「すまないね、新海君。例のハワイ遠征の件で準備があるというのに」
「いえいえ、そっちも大分まとまってきたところです」
そういう彼の顔は若干疲れが見えなくもない。自分ではそう言いつつ少しキツそうだ。
『新海和人 内閣国防大臣 兼 ロボット開発・統合戦略担当大臣』
内閣の中では33歳という最年少大臣だが、その才能は政治家としては天才的だった。だからこそ、私はその技能を見込んで彼を内閣に招き入れたのだ。
昔からの軍事オタク、また、世代的にロボットアニメ全盛期に育ったこともありロボット戦略知識も豊富だった。わざわざ担当大臣に国防大臣である彼を充てたのはそのためである。
だが、そんな彼でもこんな連日の仕事はさすがに応えているようであった。無理はさせたくはないが、せめて差し入れでもしておこう。
そう考えた私は、すぐにコーヒーを淹れて差し出した。
「ほれ、一息いれな」
「すいません、助かります」
まず互いに一服。熱されたコーヒーは少し苦めにしている。
その後、俺のほうから切り出した。
「―――で、例の件についてだが……どうだった?」
「はい。まず、こちらのほうを……」
そういって彼はタブレットを何度かタップやスライドを繰り返した後、俺のほうに渡してきた。
それは今言った件の報告書である。タブレットの横にUSBメモリを差し込み、データをそれに移しつつスライドして斜め読みしつつ、彼の補足説明を聞いた。
「総理の予想どおりでした。先日の私幌市防災訓練でのIED事件は、逮捕した実行犯の事情聴取の結果、日本に潜伏中の共産党系テロ組織が関与していることが判明。そして、そのIEDは千葉県で多発している群発誤爆破事故で確認されたものと同型のものでした。おそらく、ここから持ち出されたものと」
「ほぉれ、言ったとおりだろ。……となると、例の千葉県での群発事故とこれは?」
「ええ、いよいよ同一犯の可能性が否定できなくなりました」
「やっぱりか……一応、総務省の方からも報告は受けていたが、あの爆破事故は共産党系だけでなく旧北朝鮮系も関与していたはずだな?」
「はい。そちらのほうもより注視しなければならなくなります。テロ関連のこととなりますので、公安調査庁とも情報交換をしつつ、警察と協力して犯行グループの摘発に全力を入れます。千葉県警と岐阜県警の連携にも、政府が全面的に仲介する形でなんとか」
「まだ完全に捕まえれてないのか」
「一部の実行犯はすでに確保していますが、まだ上層での計画犯の存在が実行犯から示唆されており、そちらはまだ足取りすらとれていません」
「そうか……」
このIED事件は「実は千葉県の爆発物事件と関係してないか?」という俺の予想の通りになったのはいいが、それによる犯行グループの完全な確保が進んでいないという。今は、とにかく実行犯のほうから事情聴取を進めるということだ。
だがまあ、とにかくその共産党系や旧北朝鮮系が関与しているあたり、そっちにその計画犯がいる可能性も高い。後は警察能力のほうに期待するほかはないだろう。
「民間にはまだバレてないな?」
「はい。マスコミへ情報は漏れていません。例のコンクリート破損に関しても、こちらのほうで雇った土木関係者に細工させてもらったこともあり、ネット内外での疑念は最小限度に抑えられています」
「ふぅ、なんとかやり過ごせそうだな……」
とりあえずホッと一安心といったところだった。
ここでこの事実が判明してしまっては、ただでさえ史上初のことで賛否両論だったものが一気に大批判に変わってしまう。野党からの批判が待ったなしだろう。
今この状況でそれは好ましくない。あまりしたくはないが、無用な混乱を招くよりはマシだった。
このために、政府が雇った土木関係者にそれっぽく外見的細工を施したのち、「これはただ単に自然発生した劣化によるもの」というコメントもさせた。なんとかそれでごまかすことには成功したものの……
「今後、こういった訓練をする際はより注意する必要があるな。それに、このIED設置に際しては、私幌市自治体が中心となって行動していたはずだから……」
「はい。そちらにもその組織の息がかかった人間が潜んでいる可能性もあります。それに、実はそれに関連して一つの行方不明事件とも少し関係が繋がることも判明していまして……」
「複雑になってくるな……警察もそろそろ悲鳴上げてるんじゃないか?」
「もうとっくに上げてますよ」
だろうな。一つのIED事件だけでこんなに複雑な事例がかみ合ってしまってはもうどこから手をつければいいのかわからなくなる。
政府の支援がどこまでいけるか。そこは、少し警察のほうに無茶をさせることになるだろう。
「まあ、とにかく、今後ともこれに関して全容解明のために警察と連携して捜査を進めてもらいたい。あぁ、これはデータ移したから返すよ。政府としては調査に全面的に協力すると伝えておく」
「わかりました。お願いします」
そう言った感じで話をまとめた後、また手元にあるコーヒーを口に入れた。すでに若干ぬるくなり始めている。
話題がひと段落ついたところで、また例の件を思い出してため息をつく。
少しはたから見ても大げさについていたらしい。新海君が首をかしげて聞いてきた。
「―――? 総理、如何なさいました?」
「あぁ、いや……君、例の中東の奴みたか?」
「中東……あぁ、例の、テロのことですか?」
「あぁ、それだ。外務省からの報告書がそっちにも回っていたはずだが」
「ええ、中東アフリカ局からのものですね。つい先ほど受け取りました」
「やはりか。外務省も仕事が早い」
すでに関係各省すべてにまわっていると聞いていたが、もう彼の耳にも届いていたようだ。
話題がテロ関連になったこともあり、彼の目がより細く険しいものとなる。
「『中東ヴェスパニア公国での石油精製施設攻撃テロ』……すでに、マスコミでも話題になっていますよ」
「あぁ……まったく、こんなご時世だってのに、中東でまたこんなテロが起きるとはな……」
俺はまたため息をついた。
ヴェスパニア公国。中東の一角にある国家で、石油資源の輸出によって国家財政を賄っている純粋な石油輸出国家であるが、そこにある大規模な石油プラントが今回テロの標的となった。
彼らの手口は事前の入念な準備と高い信念の元行われた。はっきり言って、あれはただのテロではなく、“組織的な自爆テロ”である。
「今まで聞いたことありませんよ。重機関銃やRPGで武装させた大量のテクニカルに、各種可燃液体を満タンに積んだ灯油ケースやジェリカンを荷台に乗せた大小複数のピックアップトラックが、互いにコンビを組んでプラントに突入するなんて」
「それも、報告では大規模だったらしいな」
「ええ。プラントの警護にいたヴェスパニア陸軍も度肝を抜いたらしいですね。いくらテロをするにしてもここまで大規模、かつ組織的なものは考えてなかったらしく、4割ほどは撃破できましたが数に任せて強引に警戒網を突破してきた彼らを完全に止めることはできず、プラント自体に少なくない被害を出したようです」
ここいら辺も、外務省から来た報告と同じだった。
随分と組織的な攻撃をしてきた、というのが俺の最初の印象だった。従来のテロははっきり言って個人技であり、勢力も小規模なのが多かったうえ、連携もこれっぽっちも取れていなかった。
だが、今回は武装して敵を攻撃する側と自爆攻撃をする側で分かれて連携的な攻撃を仕掛けてきたことで、今までのテロの常識を大方覆す事態にまで発展してしまった。
しかも厄介なのが、大規模、とあるとおりこのプラント全体複数個所で同時多発的に発生したことで、その被害がさらに拡大してしまったこと。これは、全方面を防護するほど陸軍戦力を置いてなかったヴェスパニア側の落ち度も関係していた。
……そして、これによって一番困るのが……
「また、石油価格が高騰するな……」
「ええ、数年前からOPEC各国のプラントも被害を受けてることもありますし、それは避けられないでしょうね」
互いに苦い顔をしてため息をついた。そこそこ長いものである。
今回狙われたのはOPEC加盟国が保有する数ある石油精製プラントの中でも比較的大規模なものであり、被害状況等々の問題からしばらくこのプラントを止めなければならなくなる。
しかも、このプラントを狙ったテロはこれだけでなく、数年前から急に増加し、大小様々な形で攻撃を受けてはそのたびに被害を受けており、OPEC各国のプラントの被害はいよいよ無視できるレベルではなくなってきていたのだ。俺が最初、『また』といったのもそこに理由がある。
これまでにイランやサウジアラビア、イラクなどでも各々の形で被害を受けており、それによって全体的な石油採取量の減少が顕著となっているという現実があった。
これらによって、OPECでは大幅な石油輸出額の増額をせざるを得なくなっていた。
今は段階的にそれを進めていたところだったのだが、そんな矢先に今度はこれである。
これによって、また輸出額の増額をせざるをえなくなるだろう。あまり増えすぎると顧客が逃げてしまうことも十分考えられるが、彼らとて国を養うためにはどうすることもできないことであった。
「石油枯渇問題の関係でただでさえ世界的に値上がり傾向だったってのに、またこれのせいで輸出額増額となれば、そろそろ中東の奴らも悲鳴を上げるかな?」
「もうとっくの昔から悲鳴上げてますよ。そういった石油枯渇やテロ被害の影響で、地味に世界では久しぶりの石油ショックを真っ向から受けています。我が国では十数年前より行っていた石油離れ政策のおかげでそれらの影響はまだ抑えることは出来ましたが、他国、とくに発展途上国ではそうもいきません。それらの国の将来的な成長を鑑みて、今のうちに顧客をそっちからとりたい中東としては、これによって純粋に『買えない』ってなってはなれてしまうのを何もできずに見ているしかありません。今頃、中東の国々は総じて頭抱えてるでしょうよ」
「ハハ、違いないな」
地味にリアルな推測だった。
我が国では将来的に石油資源から離れても生活できるよう、ガソリン車の撤廃などで石油離れを推進してきた。今では水素エネルギーやその他自然エネルギーによる高効率発電技術・施設の確立などを行い、それによって一番石油を使う自動車も電気やハイブリットにほぼ完全に置き換わっていた。
そのため、その分を他の石油製品製造にまわすことでまだどうにかこうにか石油需要を抑えることができ、そのような努力もあって、こうした日本への石油輸出額増額に対する影響は許容範囲内に終わると思われている。
……とはいえ、石油需要が低くなったが未だに日本が石油購入のお得意様であることに変わりはなく、中東はそれによる石油購入から離れるのを防ごうと、最近は何かと例年より安めの価格で交渉を持ちかけることも最近多くなったが。
だが、今後成長が見込まれる発展途上国ではそうもいかない。彼らはまだまだ石油にすがるしかないが、これによって純粋に買えない、ないし買う量が少なくなってしまうと、その途上国だけでなく買ってくれないと困る中東側も大いに困る現状にある。
発展途上国だけではない。BRICS諸国などの新興国の台頭による石油需要の増大も大きく影響しており、これらの要因から石油価格の異常な高騰が懸念されていた。
それに、我が国自身も、全く影響がないというわけではない。以上の通り、石油に頼らない資源による経済産業を営み始めたことにより昔見比べると随分とマシではあったが、しかしまだまだ石油製品による石油依存は完全には消えておらず、仕方ないので向こうの石油高揚を呑むこととなっている状況は他国と変わらなかった。
新海君が「『まだ』抑えることはできた」と言ったのはこれのことを言っており、これによって他の石油使用製品の価格は少なからず高騰することが予測される。
「あとで、外務省を通じてできる限り石油高騰は抑えるようにOPECに要請してみようとは思うが……」
「しかし、彼らも“商売”があります。そう簡単に首を縦に振ってくれるとも思えません」
「わかってる。ぶっちゃけダメ元ってやつだ。鼻っから結果なんて期待なんてしちゃいねぇよ」
「ですよね……」
それで「うん」と言ってくれるほど彼らも余裕などないはずだ。やっては見るが、どうせ「最大限努力する」という実質拒否宣言されて終わりだろう。おそらく、他の多くの国も俺と同じことを考えている頃だろうな。
「しかし、テロのやり方も昔から比べると随分と組織的、かつ巧妙になったな……」
「ええ、しかも、今回に限っては事前に入念な準備とシミュレーションをしたうえでの“自爆攻撃”です」
「そこが解せねぇんだよ。なんだって彼らは自爆なんて攻撃方法を選んだんだ? 報告にあった戦力があるなら、別に自爆でなくても効果自体はあったはずだろ。そりゃ、この自爆する時よりは低くなるかもしれねぇけどよ……」
報告にあった戦力では、警護にいたヴェスパニア陸軍戦力を大幅に上回っていた。いくらヴェスパニア側が小規模な戦力しか置かなかったからとはいえ、仮にも正規軍以上の戦力を用意できたならもっと他の攻撃方法が思いついたはずだ。自爆なんて、大きい効果は期待できても一回きりの特攻も同然だ。するほどの意味があったとは思えない。
「そのことなんですが……実は、JSAがCIAのほうと共同で調査した結果、興味深い事実が判明しました」
「興味深い事実?」
その言葉に思わず耳が傾いた。
『JSA:日本国家機密諜報部』
我が国が秘密裏に組織した諜報組織であり、国防軍情報部や内閣情報捜査室を裏から支える組織として役立っている。
彼らとアメリカのCIAは協力体制にある。アメリカとしても、ある程度自給できるとはいえ石油輸入国の当事者であり、これらに関しても彼ら独自で情報を収集していた。
その過程で、日本ともある程度は情報交換などで協力体制を敷いていたのだが、どうやら今回仕入れたのは、そのCIA側が入手した情報をもとにJSAと共同調査したものらしい。
「そのテロリストの名簿の一部が判明したのですが、彼らに共通する点があります」
「共通する点?」
「はい。……全員、これに所属しているのです」
そういって彼はタブレットを操作し、ある画面を表示して俺に渡してきた。
それは、ある秘密結社のHPであった。その名を……
「『NEWC 新地球世界共同体』……?」
HPの上部にそうデカデカと書かれていた。
どうやらこれは日本語版らしく、世界各国の言語に対応しているらしい。何やら自然風景を背景としたところに、定規やペンを交わらせたロゴをデカデカと表示させている。どっかの宗教団体かなんかかよこのサイトは。
「名前や噂で自体は聞いたことあるが、確かどっかの国が作った団体だったよな? 変に都市伝説付けられたりしてるっていう」
「はい。簡単に申しますと、世界規模の勢力を持ち、世界の政治や経済などで裏から牛耳っていると噂されている秘密結社ですね」
「はぁ? なんだ、その都市伝説やアニメの悪役でよく出てきそうな組織は?」
「あぁ、いえ、ただ巷でそう言われてるってだけで、実際は『世界の新たなる秩序の形成と実現』を謳っているただの慈善・友愛団体ですよ。これはただ単にそういった話が好きな連中が噂で流したのが大きくなっただけで、こう言われている噂の中にはただの事実無根なことも多数含まれます」
「なんだ、ただの風評被害の標的か。なんだっけな、聞いた話じゃ3.11やら何やらの地震を起こしたのは彼らだとか、日本やアメリカの紙幣がその組織の影響があるとかって無茶が過ぎる説が言われてたな」
「はい。まあ、ここら辺はただの都市伝説にすぎません。実態は先ほども言ったようにただの友愛団体ですし、全世界に大量の会員を有し、その実態に不明瞭な部分も一部あるということもありますので、たぶんそこからこういった都市伝説が生まれただけかと。彼らは普段は普通にボランティア活動をしたり、各種慈善事業をやってるだけで、日本にも支部があるうえ毎年事業内容を公開しています」
「ほう、なるほどな……」
それといって怪しい団体でもねえじゃねえか。確かに変な理念掲げてるなとかは思うが、かといって別に害悪ってほどのものでもないな。
そう考えつつ、俺はタブレットを新海君に返す。
「……で、その調査によれば、その今回のテロを起こしたテロリストの一部が全員これに所属してるってことか?」
「はい。NEWC会員の名簿は本来公開されていませんが、CIAが独自に入手したものを使用しています。それによれば、今現在判明している今回のテロリストは、全員これの会員として登録されていました。それも、結構前からです。長い人では30年も前から」
「相当な年月だな。まあ、あれだけ大量の会員抱えてりゃ一人や二人はそんな奴もいるだろうが……。で、何が言いたい?」
「まだ確信は持っていませんが……CIAでは、どうやらそのNEWCとこのテロ、何か関係してるのではないかとみているようです」
「何?」
ただの友愛秘密結社がなんだってテロと関係するんだ。裏から手引きしてたってか? それこそその都市伝説で言われてるようなアホみたいな噂レベルの話じゃないのか? 俺はあまり納得できなかった。
しかし、新海君はさらに説明を加える。
「事実、今までの中東石油プラントを標的としたテロの実行組織の名簿と、NEWCの登録者名簿を見比べてみたのですが、小規模で起こしたテロに関しては、全員とはいかないまでも結構な割合でこのNEWCの信者が紛れていることが判明しました。また、それに関してもしやと思い調査を進めていますが……、実は、先日の私幌市のやつでも」
「まさか、いたのか?」
「ええ。全員ではありませんが、共産党系の人間に関してはそこそこの割合で」
「ぬぅ……どういうことだ?」
確かに、これは偶然とは思えない。実態はただの友愛団体だが、まさかその都市伝説でもあるような影響力を持っているということなのか? にわかに信じられなかった。
「また、彼らの基本理念の一つに『理想実現は最大の効果を持つ行動から』というものがあります。素直に見れば、ただ単に最大限の努力をして最高の結果を出すことを目指せ、ともとれるんですが、このテロにあてはめると……」
「このテロをするうえでの最大の効果を持つ行動は……、なるほど、自爆攻撃だな」
「そうです。正当的な攻撃をするよりなら、こうした自爆攻撃のほうがはるかに効果を発揮します。今までのテロでそういった行動が考えられなかったのに、今回に限ってはなぜか突然自爆を敢行した。その背景には実はこれがあるんじゃないか、という推測がCIAの内部で上がっているそうです」
あながち否定できるものでもなかった。その理念をねじ曲げれば、確かにそういう風にも取れなくもない。事実、このテロを実行する上で考えられる手段の中では、自爆攻撃が一番効果を発揮するし、実際その通りになった。
……だが、
「しかし、だからといって、まさか彼らがこれらを起こしているとも思えない。する理由もないし、そもそもそれらにすべて関与できるほどの『組織力』がなかったはずだ」
そう、彼らは世界的に信者を持つ一大組織ではあるが、それゆえに一つにまとめ上げる『組織力』が大幅に欠如していた。
本部はイギリスにあるが、それの影響力というのは外国にはそれほど浸透しておらず、NEWS側もそれをわかってるのか、海外の信者はそれぞれの国に置いた支部に統率を丸投げしているのが現状だ。
「彼らは世界を裏から牛耳っている」という説が都市伝説に終わっている一番の理由がそこにある。そこまでの全体的な行動力や統率力、そして、何より“組織力”が彼らにはないのだ。
もし本当にしたいなら、まず海外にある支部とその国の信者をそれぞれで連携させる必要があるが、それが成されているという情報は今のところない。ない以上、考えても無駄なことである。
その点に関しては、新海君も同意していた。
「ええ。当のCIAもその可能性は除外しているらしく、「ただの中東方面支部の暴走か何かだろう」とみているそうです。事実、他国で起きているテロに関してはNEWS信者の含有数はごく一部で、はっきり言って可能性としては無視していいレベルでしかありませんでした」
「だが、日本で起きたものは?」
「それも、一応はその“無視していいレベル”に含まれます。まぁ、ああは言いましたが……、確かに計画犯も確保できておらず、全員が全員身元や所属が判明したわけではありません。しかし、現状ではそれほど問題になる人数ではありませんでした。これに関してはただの“偶然”として処理できます」
「そうか……」
異常が見られるのが中東だけとなれば、確かにそっちのほうで問題が起きたという程度で済むだろう。話ではCIAだけでなく、JSAもそう見ているようだ。尤も、俺もそれに異存はない。
……とはいえ、
「……しかし、逆を返せば、中東で何かが起こったともいえる。それが何かは分からないが……」
「はい。その点に関しては今後ともCIAとJSAで調査を進める方針で固めています。アメリカ政府では、イギリス政府にもこのことを連絡して、NEWS本部に直接確認を取ってもらう要請を出すことも検討しているようですが……」
「本当か? だが、それをすれば下手すればその中東支部側にこちらの疑念を察知される可能性もあるぞ?」
「まあ、アメリカもバカではないのであまりそういった大胆な手には出ないでしょうが……今のアメリカは外部からの脅威に非常に敏感です。こういった不安要素は早急に処理したい思惑があるのでしょう。そこは、外務大臣の山内先生のほうがよく知っているかと」
「ふむ……アメリカも、随分と変わったもんだな」
昔はあんなに強気だったというのに、今では随分と弱気になったもんだ。ちょっとしたことでもビビってしまっている。
あんな状態で……世界の大国として君臨できるのか不安で仕方ない。同じ同盟国として。
「とにかく、この問題は今後とも中止する必要があります。ことの発展の使用によっては、我が国の安全保障問題にも発展する可能性も」
「ああ。日本に潜伏するテロリスト共にも余波が来てしまっては厄介だ。早急に対策を練る必要がある」
「はい。しかし、それだけではありません」
「ん?」
新海君は一瞬顔を曇らせ指で頭をかいた。彼的にも中々にマズい懸念らしいことがすぐにうかがえた。
「来週のハワイ遠征でも……それの余波が来る可能性を考えねばなりません」
「……何が言いたい?」
「総理もご存じでしょう。……数年前より多発している政府専用機を狙った『ハイジャック未遂事件』」
「……」
俺は言葉を返すのに躊躇した。どう返せばいいかすぐには思いつかなかった。そして、それと同時に彼が何を言いたいのかをすぐに理解した。
『多国籍にわたる政府専用機ハイジャック未遂事件』
数年前より急速に増えてきている、従来では考えられない事件である。
飛行中のロシアの政府専用機機内で銃撃戦が発生した事件が発端だった。あれは当時大々的に報じられ、ロシア政府内でセキュリティ関係者が何人か首を切られる事態にもなったが、それで済むと思われていた。
だが、そのあとさらに期間をおいて今度はイタリアでも発生し、その後は忘れたころに何度か国を変えて政府専用機内でハイジャック未遂が発生していた。先に行ったヴェスパニアなどの一部では、その流れでついには墜落してしまうという悲劇的な結末を迎えた国もいる。
それが、今までの数年間で、実に“10件も”発生している。
「その国が誇るセキュリティを持つ政府専用機では到底考えられない事態であり、数年前から発生したこれに対して各国は戦々恐々としています。自慢のセキュリティすら乗り越えてくる、まさに映画『エアフォースワン』な事態に、各国も大急ぎで対応をしている現状です」
「だが、確かその実行犯共は、失敗したと判断すると一斉に……」
「はい。最終的には全員何も語らずに“自殺”を遂げるという謎の最後を遂げています。もう何が何だか分からない状態です」
「そうなんだよなぁ……」
一番厄介なのはそこだった。
実行犯である彼らを確保しようがしまいが、最終的には何も真相を語らずに全員が何らかの形で自殺を遂げてしまうために、その実行犯の勢力も何も分からないというまさに“謎”だけを残した状態になってしまい、対応しようにもできない現実があった。
彼らのルーツを追っても、それといってわかったことはなかったらしい。尤も、調べ方が悪いんじゃないかといえばそれまでだが。
「そういった事例が、今までに10件も発生しています。これはいくらなんでも異常です」
「あぁ……」
……しかも、つい1ヵ月前に発生したその10件目のハイジャック未遂が……
「……まさかの、アメリカの『エアフォース・ワン』だからな……」
「はい……あれは私も腰を抜かしました」
到底信じられない事実であった。
アメリカ国内は元より、世界的に見ても最高峰のセキュリティを持つといっていいアメリカのエアフォースワンが、そのハイジャックの標的になったのである。
その時は俺たち政府内でも「エアフォースワンがハイジャックされかけた!」という一報の後はしばらく混乱した。
アメリカのセキュリティレベルの高さは世界が知っている。もちろん、これまでに起きたハイジャック未遂事件でアメリカもそうでなくても厳重なセキュリティにさらに磨きをかけており、もはや鉄壁も同然の状態で備えていた。
それでも、このハイジャックは起こってしまい、副大統領をはじめ一部の政府閣僚が軽傷を負う事態にまで発展してした。
当然、我々は到底信じることはできなかった。
もちろん我が国を含む世界各国で話題になり、マスコミが総出で全容の公開を求めたが、アメリカはセキュリティ機密の関係という理由で一切を語らなかった。まあ、機密の問題上ある程度は仕方なかったとも言えるが、ただし政府関係者に限っては秘密裏に一部だけ伝えられた。
それによると、そのハイジャック犯はセキュリティのために同乗していた警備員が偽装をしていたようであった。それも、この日のために何年も前からエアフォースワンに同乗するための資格等々を一から全部パスしていくという異常なまでの入念さで、実行犯が彼らだと知ったアメリカ側はしばらく信じられなかったらしい。
そういったこともあり、ハイジャック実行犯は経歴的に信頼のおける人物以外に限るというわけではないことを、このエアフォースワンはその身をもって実証してしまった。
また、それだけではない。今まではロシアやイタリアといった、民間機から徴用して利用している国ばかりが狙われていたために、日本やアメリカのような軍が保有しセキュリティを異常なまでに厳重にしている国にとってはまだ安心出来るともいえる状況だった。しかし、その安堵感はものの見事にぶち壊されてしまった。
これによって、いよいよアメリカと同じような厳重なセキュリティを敷いている国の政府専用機もハイジャックされる可能性を否定できなくなった。エアフォースワンがハイジャックされたとき、異様なまでに世界各国、とくに先進主要国が混乱した一番の理由はそこにある。
自分たちも、いよいよ他人事では済まされなくなったのである。
それもあってか、他国の政府内では自国のセキュリティを信用できなくなってもう戦々恐々を通りこしてもはや『一種の引きこもり』をする状態になってしまい、国外移動の機会を極端に減らしてしまっていた。
そして、それは我が国も同様である。
「エアフォースワンすらすり抜けるその謎のハイジャック実行犯……彼らのハイジャック後の犯行手口を見比べてみましたが、ある程度は一致しました。NEWCの会員情報が公開されてないのでまだ何とも言えませんが、もし彼らがこれに所属していたとしたら……」
「おいおい、やめてくれよ。まさか、今度のハワイ遠征でそれが紛れ込むんじゃないかとみてるのか?」
「可能性は……否定できませんよね?」
「勘弁してくれ……そんなことなど、考えたくもない」
俺は頭を抱えた。今はその中東での暴走で済むかもしれないという話なのに、仮に日本にそれの息がかかったものが紛れ込んでいたら、余計厄介な事態になる。
今後はアメリカも、そっちも調査の射程に入れていく予定らしい。もし、それで実行犯がそのNEWCの会員が異常な人数で紛れ込んでいたら、これは我が国やアメリカだけでなく、世界的にもマズイ事態に発展してしまう。
そんな事態、考えたくもなかった。
「ですが、否定できない以上、考えるしかありません。……今度のハワイ遠征では、多くの国がハワイに集結します。私が実行犯なら、この機会を使わない手はありません」
「どこもかしこも引きこもり状態の中で、唯一“いろんな意味で”出ざるを得ない大事な会議だからな……『G12会議』」
『G12会議』
数年前から定期的に開催される会議であり、G7主要国に、新興国として台頭を果たしたBRICS5ヶ国を加えた12ヶ国で開催される会議である。ただし、中国は10年前の戦争の関係で会議出席は今回が初となっている。
今回は『ハワイ・サミット』と称して、初のハワイでの国際会議を行いたいということで選ばれたのが、このG12会議である。
いつもの我が国を含も12ヶ国のほか、今回は国連事務総長やEU理事会議長も出席し、さらには台湾も、かねてからの強い要望や我が国の推薦がようやく叶い、招待国として初参加することになった。
この会議は、そうでなくても少なくなった国家間会議の中でも、より多くの主要国が集う貴重な機会だ。対テロ政策を推し進めている真っ最中の各国にとっては、ここで各国との連携強化や情報交換を一気に進める狙いがあった。
だからこそ、自分たちとしてもどうにかして出たい、いや、国際的な治安事情を鑑みれば、ある意味“出ざるを得ない”会議である。
……だが、
「はい……ですが、テロ組織側がこれを見逃してくれるとも思えません。すでに、この会議に際してテロ組織側からは『安寧の理念の無視』やら『先進国の暴走』やらといった横暴な理由づけによる反発が上がっています」
「あぁ……奴らは必ず何か仕掛けてくる。どの国に対して、かは知らんが、もしその標的が我が国だったら……」
「ええ、非常にまずい事態になります。今回のためにできる限りのセキュリティ対策をとってきましたが、それで抑えられるのならアメリカのような事態になっていません」
「あぁ。しかも、それのせいで会議の場が異常に少なくなっちまったこともあって、俺と新海君だけでなく、山内君も乗ることになっちまったからなぁ……」
本来、彼は民間機を使って一足先にハワイに乗り込む予定であった。基本総理でもないただの大臣が外国に赴く際はこれが普通である。そこで、各国外相と会議に際する事前折衝や情報交換などをしてもらうつもりだった。
しかし、セキュリティの関係上、民間機だと少々不安であるのと、政府要人を狙ったテロに巻き込まれる可能性があることを考慮した結果、彼の移動時期をこの日に重ねて、機密性やその他の対処が容易な政府専用機に乗せてまとめて一斉にハワイに行こうということでどうにか調整してもらった。
これが、約1ヵ月前の話。
……そして、エアフォースワンの事件が起きたのはそのほぼ直後である。
「すでに各国ともそれで調整してしまいましたから、あの後は変更なんて効きませんでしたし……。まさか、こんなことになるとは」
「あぁ。あれのせいで、我が国もいよいよ被害を受ける可能性が否定できなくなった。本音はもう少しセキュリティを確認する時間がほしかったのだが……」
「しかし、決まってしまった以上ずらすこともできません。ですが、このセキュリティのままで行っていいものか……」
「特輸隊(政府専用機を運用する部隊)の輸送員(=乗務員)の中に紛れ込んでいたらマズイ。それに、今回は通常通りマスコミも多数入れていくことになる。その予定の人たちの情報で怪しいものはないか?」
「今現在急ピッチで進めていますが、今のところはまだ。ただ……」
「ただ?」
「その、例のNEWC会員情報なんですが……確認しようにもできないんですよ」
「なんだ、CIAが手に入れたんじゃないのか?」
「全部ではありません。その中東のテロの実行グループのメンバー分だけです。それ以外は、CIAも調査を始めたばかりで全部は入手していないとのことでした。当然、JSAをはじめとする我が国の情報機関も同様です」
「ふむ……となると、その一番今のところ怪しいそのNEWCに入ってるか否かが確認できないわけか」
「はい。会員情報の秘匿性は、表だけでなく、裏方でも高いようでして」
「んー……困ったな……」
これでは、仮にそれらのメンバーがいた際にマークができない。まだそのNEWCがこのハイジャックにかかわっていると決まったわけではないが、可能性として排除しきれない以上常に監視している必要があるが、諜報組織の能力を使っても容易にメンバーを確認できないとなれば、注意したくてもできなくなってしまう。
かといって、今現在乗る予定のメンバーを今更適当な理由をつけて変更させるわけにもいかないし……どうしたものか。
「万が一誰かがハイジャックを目論んで紛れ込んでいたとしても、現状それを確認しようがありません。どうにか、他の手で対策を練らねばなりませんが……」
新海君はそう言ってそのまま腕を組んで唸った。有効な策がないか、その天才的頭脳の中で模索している。
……とはいえ、
「(……あと他に取れる対策としたら、どっかから信頼できる護衛を持ってくるぐらいしか……)」
といっても、一体誰を持ってくればいいんだ。JSAから身分を偽って紛れ込ませるか? だが、いざハイジャックとなって銃撃戦沙汰になった場合、それに対抗するにはちと心細い。彼らはあくまでスパイ活動を中心としており、そういった本格的な戦闘には向いていない。
他の空中輸送員を増員する手もあるが、これは根本的な解決にはならないだろう。その中にまた危ないのが紛れていたら本末転倒でしかない。
あとは、陸からS(特殊作戦群)の奴を持ってくるか? だが、彼らはただでさえ戦力が少ないうえ、国内でテロが起きた際の即発戦力として置いておく必要がある。むやみやたらに動かすことはできない。
しばらくの間留守にできて、機密面の保持が容易、しかも、一応信頼ができる上万が一の時の戦闘能力が高く事態打開が期待できる“極少数戦力”……。
……ダメだ。条件が厳しすぎる。
「(やはり、そう簡単には出てこないか……)」
そう半ばあきらめかけていたときである。
「人間で信頼できないなら、いっそのことロボットでもいいなぁ……」
新海君がそう半ば独り言のように呟いた。ロボット。ここで言うのはおそらく今現在世間一般で稼働しているセキュリティロボットのことだろう。
それをきいて思わず苦笑いをした。
「ハハ、そう簡単に言ってくれるなよ。そうすぐに用意できるわけないだろ。どこに頼むってんだ。桜菱さんとこか? それとも有澤さんにでも頼むか?」
「いや、セキュリティ特化で作ってる水瀬製作所あたりが乗ってくれそうですけど……」
「あそこのロボットは他の会社のロボットより若干デカイから狭い機内で扱いにくいだろう。それこそ桜菱くらいのスモールさがベストだよ」
「あぁ、そうだった。でも、桜菱に頼んでもすぐに用意してくれないからなぁ……」
「あそこは今注文受領分を生産するので手いっぱいだからたぶん無理だろう。この二つが無理ってなると……」
「もうないですよね……。あぁ~、もう人間でもロボットでもいいから誰か信頼できるのはいないものか……」
もう考えるのが嫌になったのか、背もたれによりかかりそう一段の大きめの嘆きを漏らした。まあ、そうもなりたくなるわな。本音、俺がそれをやりたい。
「人間サイズで行動できて、そして信頼できる戦力になるのって他には……」
「人間サイズってより、万が一の行動を考えるとほぼ人間くらいの体格で戦闘力が高いのが理想だが……他には……」
そう、人間で、戦闘力高くて、信頼できる即戦力になるのは……あとは……、
「「…………あ」」
その声が新海君とかぶった。おそらく、俺と同じことを考えついたに違いない。
「……まさか、君もか?」
「もしかして、そういう総理も?」
「あぁ……、元より、“彼女”ってこういうときの要人警護も設計想定内だったよな?」
「計画上はそうですが……しかし、政府専用機内での運用はさすがに……」
「できなくはないだろう? 政府専用機は、機内での発信電波による各種計器への影響は最小限度にとどめられる設計になっているから常時動かせる。計器類に影響はない」
「確かにそうですが、しかし、本当に彼女を持ってくるんですか? 単独で?」
「いや、彼女のお目付け役頼んでる“彼”がいたろ? 確か、海部田先生お墨付きの自慢の孫だったか」
「彼……ですか。確かに、彼も訓練での成績は上々。NEWCといった何らかの団体に所属している情報はありませんし、先の私幌市での事件でも、IED事件の当事者として現場に居合わせましたが、適切な判断力が物を言って事件解決に導いた実績があります」
「そうか、あの事件のとき居合わせたのは彼だったか……」
前々から報告は受け取っていたが、その点についての報告はなかった。たぶん、今受け取った最終報告書の中にさりげなく記載されているだろう。後で確認しておこう。
しかし、若いながらにあの危機をうまい具合に脱することができたということは、中々に高い危険対処能力が備わっているということだろう。元より、たったの23で特殊部隊の1班の隊長を務めるほどの逸材だ。優秀でないわけがない。
「彼女は今回の“任務”にはうってつけ。そしてそのお目付け役の彼も単体での成績と実績はしっかりある……。なるほど、この二人、いけるかもしれません」
「とはいえ、自分から言っといてなんだがどういう名目で機内に入れようか。変なごまかしは効かないぞ」
「そこはお任せを。こちらのほうで『人事交流』という名目で通せれないことはないのでそれでなんとか」
「人事交流か。最近はやってるなそれ」
民間だけでなく、軍内でも結構それが行われている。陸海空で人員を交換し合って相互理解や知識を深めたりといったものだが、それの一環、ということで入れるつもりなのだろう。新海君によれは、これもテロ戦略に則り軍内の枠組みを超えての相互理解を深めて、全体的な連携力を高める一環なのだそうだ。
「『陸軍から派遣された、空軍内での特殊警備任務体験をする人事交流人員』という名目を立てれば、とりあえずは違和感なく通せます。それを使いましょう」
「そうか。後一週間しかないが、手続きとかは……」
「大丈夫です。一週間もいただければ即行でなんとか」
「すまんな、結局最後まで若いのに面倒かけることになる」
「いえいえ、若いのは動いてなんぼですから」
そういう彼の顔ははつらつとしていた。若いってのはいいもんだな。俺はもう還暦越えてそろそろ身体的にキツイ時期なんだが。俺も帰りてぇよ、その若かりし頃に。
「では、すぐに手続きに入りましょう。各担当部署には私から話をつけておきます」
「あぁ。じゃ、山内君には俺から事情を伝えておくよ。彼だけには、一応事実を伝えておかないとな」
「すいません、助かります」
一通り話がまとまった。あの二人なら、一応信頼できるし、片方は高性能なロボットだ。我が国自慢の……、うん、まあ、その、戦闘兵器という名の“美少女”だが。
「(海部田先生も、なんだってあんな外見にしたんだかなぁ……ハハ……)」
外見を思い出すだけで少し苦笑いが出てしまった。まあ、設計段階であれで決まってしまっていたし、本来の性能が出せれば何でもよかったのには間違いなかったのだが……彼の性格というのもよくわからんものだ。
「できれば、すぐに事情を伝えたいが……今、あの二人はなにしてたっけか」
「彼女の方はわかりませんが、お目付け役の方は今頃都内での交代制の諜報活動中のはずですよ」
「あぁ、あれか」
新海君がタブレットを操作しながら返答する。最近始めた交代制のあれか。今日は彼の番だったのか。
「彼は今日中その任務ですから、とりあえず明日か明後日当たりを見計らった方がいいでしょうね。国防省のほうから担当官を送って事情を説明させます」
「すまない、頼んだ」
ふぅ、とりあえず、これでできる限りセキュリティが固くなってくれればいいが……。セキュリティというか、万が一に備えての警護だが。
「……」
「……? 何かね?」
「いえ、総理はまだ見たことなかったはずだから楽しみなのかなって」
「え? ハハ、そう見えるか?」
「若干ですがね」
そういう新海君の顔が地味にニヤケ面であった。バレていたか。あまり表情に出さなかったつもりなのだがな。
確かに、あれはまだ本物を生で見たことはなかった。ついでに言えば、山内君も。
機密上あまり俺自身が出向いて行くわけにもいかなかったし、山内君も外交業務が忙しくて見てる暇がなかったのだが……まあ、地味に楽しみではある。
「向こうに渡ってから結構の月日が経ちます。初期性格から結構変わってるはずですし、個人的にはどんな正確になってるか気になりますね」
「君はツンデレ好きだったな。そうなってたりしてな」
「ハハハ、そうだったらもう万歳三唱して空挺団の人たちに土下座しに行きますかね」
そこまで好きなのか、ツンデレキャラ。さすがアニメ全盛期世代は違う。俺みたいなにわか程度の知識しかない人間とは感性等々が大違いだな。深い意味はないが。
「では、先に失礼します」
「あぁ、その二人の件、頼んだ」
「はい。わかりました」
そう言い残して彼は部屋を後にした。
部屋に残った俺は、すぐに業務机に戻ってUSBメモリに移した報告書データをまた業務用の机埋込型PCに移していく。
「……彼女を、ついにお目にかかれるということか」
ふと、そう考える。
やはり、世代が違うとはいえ俺も日本人のようである。人間そっくりのロボットに少なくない憧れを抱いていたらしい。
……一週間後、か。
「ぜひとも、早くこの目で見てみたいものだ……日本が生んだ」
「自慢の、機械でできた“生命”を……」
その日本が生んだ“娘”を拝むために、後一週間の時を待つことになった…………




