私幌市防災訓練兼市街地治安維持訓練 5
「止まった……っしゃあ止まったァ!!」
一番の歓声を上げたのは和弥だった。
すぐに同じような歓声を上げた新澤さんとハイタッチを交わすなどして自身の歓喜を体全体で表現しているのを横目に、俺はすぐに歓声を上げながら無線に無心のうちに叫んでいた。ガッツポーズ付きである。
「おらぁ、見たかHQの野郎共! やってみれば案外できたぜうちの相棒ォ!! ッハッハッハァ!!」
なんかテンションがおかしくなっている自分がいた。自覚はしていたが、しかし止める気はなかった。むしろ今までのストレスをここで発散せんとばかりに叫びまくった。ほか二人分の歓声も相まってこの室内がとんでもなくうるさくなる。
だが、むこうも止める気はないらしい。
『ほ、本当か! 止まったのか!』
「ああ、止まりましたぜ! 0.28のギリギリですがね!!」
『っしゃあ! 止まった! 向こうは止まったぞ!!』
無線の向こうがテンションおかしくなった。いや、普通に大歓喜しているだけなのだが。
無線の奥が歓声で一色となった。聞えてくるのがその類の叫び声だけで、あまりに大きすぎて少し無線の音質が悪くなって聞こえてくる。どこまで叫んでやがるんだ。いや、人のことは言えないが。
一通り叫んだら今度は滅茶苦茶大きなため息が出た。極度の緊張から解放された安心感と、やり遂げたという達成感、そして、一つの“賭け”に勝った喜び。それらが合わさった、大きな“歓喜の一息”であった。
隣で歓喜を爆発させている二人ともハイタッチを交わすと
「おい、やったな! おい!」
その視線は今度はユイに向いた。
この成功の立役者。無事生還できた興奮のあまり両肩を軽く揺らしていた。
……だが、その当の本人が、
「……え、あ、あれ……私……」
状況を理解していないという謎。放心状態というべきか、そんな呆けた表情で俺のほうを見ていた。
ハッキング等々に必死だったしそんな突発状況がいきなり飲み込めないのも無理はないか。俺はその興奮状態のまま言った。
「やったんだって! お前ほんとに止めたんだよ! 有言実行しやがってまったくよォ!」
「……え、止めたんですか、私……」
「やるって言ったお前が言うんかい! そうだよ、止めたんだよほんとに!」
「……え……」
そこまで言われて、やっと現状を理解したらしい。ロボットのくせに随分と遅い。
肩の力が抜けてそのまま「はあ~~」と長い溜息をつきながら倒れかけたのを俺が即行で受け止めた。
それで言った一言が……
「……よ、よかったぁああ~~~~」
そんな、とんでもなくダレたものだった。
全身から力が抜け、支えられている俺の腕に自身の身をゆだねた。どれほど“体力”を使ったのか、ユイの体が妙に重く感じた。もう重力に逆らうことすらままならないということか。
ハッキングを終えた今となっては、一応呼吸もある程度は整った。熱もそれほど感じられず、さっきまでフル回転させていた反動で今ではその分すっかり冷めてしまっていた。
「お疲れ様だな、お前も」
「ハハ、ほんとですよ……ふぅ……」
そういっているユイの顔もどこか安心した顔だった。とはいえ、まだ今の現状を愉悦している余裕はなさそうだ。とりあえず今は休みたい気分であろう。
「そして、ユイちゃんさりげなく祥樹の腕の中をしっかり確保しているというね」
「歪みねぇ、歪みねぇなユイさん。フッハッハッハッハ」
この二人、ねぎらいの言葉の前にそれを持ってくるのか。あとできっちり言っておく必要があるだろう。いや、確かにさりげなしに俺の腕の中を確保しているけれども。そんな俺は若干苦笑い。
「ハハ、冗談もそんくらいにしとけ。今のコイツはツッコむ気力もないんでな」
「祥樹さん代わりにやっといてください」
「嫌だよ、めんどくせぇ」
一々ツッコんでたら今度は俺が持たない。とくに和弥の分。
「でもすごいわね。よくまああそこまで頑張ってギリギリで……」
「もう少し早くできればよかったんですけどね」
「いやいやユイさん、ここは終わりよければすべてよしってことで一つ。まあ結局最後は生き残ったし。ヘヘッ」
和弥はすっかり気分を良くしている。よほど窮地からの生還がうれしかったのだろう。まあ、とりあえず今は生還を喜ぶとしよう。
和弥の調子をとるような様子にユイも気分を良くしたらしい。どこに向けるわけでもないが顔に微笑を浮かべている。
「そうだな。賭けには勝ったことだし、一応は万々歳ってことでいいだろう。……ったく、最後はロボットでも頼りにするもんだね。結果これだし」
そういってユイの頭をポンポンと軽くたたく。
頼ってればちゃんと返してくれるのはやっぱりロボットも同じなんだよな。命からがらだったとはいえ、やっぱり頼れるもんには頼ってみるもんである。
「……頼り?」
「ん?」
そんな一言を言っただけだったが、ユイはそれに少し異様に反応した。
「頼りになったんですか?」
「そりゃあね。事実それで助かったし」
「……ほんとになれたんでしょうか、私」
「いやだから、なったから言ってんじゃないか。謙虚だなーお前。ハハッ、変なところでかわいいとこあんなコイツ」
言ってるうちになんとなくめでたくなってしまいまた軽く頭をなでた。相変わらずの性格である。
……が、ただそれだけだったのに、
「……」
「……あれ?」
なぜか気まずそうに視線をそらされた。というか、気のせいか顔が若干赤く見えなくもない。血は流れていないくせに。
いきなりなんだ?と思ったが、内部の熱に皮膚が反応しただけかとかどうとか思っていると……
「……はぁ、新澤さん」
「ん? なに?」
「?」
お隣にいた和弥が「ヤレヤレ」といった感じで苦笑していた。そしてそのお相手である新澤さんもほぼ同じような表情をしている。
「青森県民って素直で一直線な人が多いって聞いたことあるんですけど、アイツの場合それが突き抜けてんですか?」
「それは主に津軽の方面の人ね。典型的な津軽人ほど声高だったりはしないけど、まあ、異様に率直よね。裏がない。そして、祥樹の場合はなぜか意地ッ張り性質が皆無」
「そういう新澤さんは典型的な青森県女性ですよね。同じく意地っ張りではないですけど、友情に厚い完全な姉御肌っていうか」
「ハハ、よく言われる。一応、祥樹と同じ津軽方面出身だからね」
「ですよねー。津軽ということは西部か、行動力も気力もバリバリの熱血漢的な」
「ついでに世話好き」
「対ユイさんでめっちゃ言えますね」
「だよねー」
「ねー」
「ねー」
「おう俺を置いて勝手に話進めるなよ。てか一体何の話だ」
県民性がどーたらとか、そんなこといきなりここで言われてもなんのこっちゃだわ。今の話に関係あるかいな。
……というか、和弥に言わせれば俺の性格って典型的な県民性なのか。青森の県民性とかあんまり聞いたことなかったから案外驚いた。全体的にいろんな意味で素直だとは聞いたことはあるが。
「いや、お前も青森県民にしては典型的だなーってね……あ、突き抜けてるか」
「だからそれで何を言いたいんだと……」
「はぁ、言わないと分からない?」
「わかりませんよ、そんなの」
「はあ……アンタ、そこいらにあるハーレムラノベの主人公じゃないんだから……」
新澤さんが呆れたように額を指で押さえていった。そこまでか。俺はそこまで性格的にアレなのか。
ハーレムラノベの主人公とか妙にサブカルなところを突いてくるな。あれか、鈍感ってか。俺は色恋沙汰は射程圏外なんだがな。
「あのさぁ……ユイちゃんがちょっと変って気付かない?」
「はい?」
「え、ちょ、いきなり何を……」
なぜかユイまであわてた。何を感じたのか、その表情は少しギョッとした様子である。そして、その隣で若干ニヤついている和弥。……一体何を察したんだこの二人は?
「いや、まぁ、ちょっと気まづくなったかな?とは思いましたけど……それが何か?」
「ふふっ、大丈夫、ユイちゃん照れ隠ししてるだけだから」
「はい?」
「え、いや、ち、違いますって!」
ユイが俺の腕から上半身を起きあがらせつつあわてたようにそう言った。その顔、なぜかさっきより赤いように見えなくもない。気のせいだろうか。
「そんな隠さなくていいって。そういうことだって普通にわかってるから」
「いや、わかられても困りますって!」
「わかられるって、つまりそれ事実ってこと?」
「え、いや、それは……」
そこで詰まるってことは事実なのか。そうなのか。俺は聞いてよかったのかそうでなかったのか地味に判断に迷った。もちろん、後の祭りだが。
そして、そこになぜか加勢するのが和弥。
「ユイさんは照れ隠しが下手、と」
「そこォ! メモしなくていい!!」
もちろん、ただのしてるフリである。
「こういうのってツンデレに多いわよね」
「ツンデレって私そういうのじゃないしぃ!」
「だが待ってほしい。ユイさんがツンデレとなると一体何流派になるんです? デレ多めのツンデレですか? それとも逆ですか?」
「どっちでもない!」
「何言ってるのよ。どっちでもないにきまってるじゃない」
「ホッ……」
ユイが少しホッとしたのもつかの間、
「……ユイちゃんはどっちかというと、“普段はデレ8割で瞬時にツン5割に変化する流動型ツンデレ”でしょ」
「えええ!?」
「ああ、最近はやってますよねそれ」
「はやってるの!?」
「おい、それ聞いたことねえぞ」
だが、無視される。
「しかし、それはそのキャラと各視聴者の裁量によるでしょう。ユイさんは一体どこまでそうなのかを定義しなければ」
「しなくていいですって! 私そのツンデレとかってのには絶対該当は―――ッ!」
「え、ツンデレ知ってるの?」
「知ってますよそれくらい!」
「あ、つまりツンデレを理解してるってことね。じゃあ余計照れ隠しじゃないの」
「いやだから、今までの私の話聞いてました!? そもそもツンデレですらないとさっきから何度となく―――!」
「フッ、違いますよ新澤さん」
「え?」
「え?」
ドヤ顔をかます和弥。「俺はちゃんとわかってる」と言わんばかりのこの顔。間違いない。俺は予感した。この顔をするときのコイツはろくなことを言わないと……。
「……ユイさんの場合は」
「理解しつつもあえてそれを繰り出して男性を落としていく好戦派タイプでしょう。今までの会話の流れ自体が照れ隠しの典型だと仮定すると、つまりその相手は……?」
「……ああ! そうかつまりこの場合は祥樹相手に!」
「そう! そういうこと!」
「祥樹さん助けて! この人たち全然話聞いてくれない!」
「はぁ……」
ユイが若干涙目になって泣きついてきたのを体で受けながら俺は頭を抱えた。
……なんだこいつらは。俺の部隊はこうした戦場の中でこうも漫才をかませるほど精神的に余裕ある奴ばっかりなのか。それともここまでくるとむしろ吹っ切れるのか。どっちにしろうらやましいよ。違う意味で。
その後もツンデレがどうのとかってことで協議し始めたこのバカ二人を見ていると、無線がちょうどよく鳴り響いた。
『シノビ0-1、こちらHQ。EODと急行中の諸部隊がまもなく到着する。そちらと合流せよ。オーバー』
「あー……了解。シノビ0-1、アウト」
少し気力を無くしたように無線で応答すると、その無線を無視ししていまだに議論を続けている二人に俺は呆れたように言い放つ。
「はぁ、もうさっさと行くぞお前ら。お迎え来たし」
「あれ!? 私無視!?」
「あぁ、ちょっと待って。今ツンデレの定義について協議してるから」
「どうでもいいっすわそんな定義」
「だが待ってくれ祥樹。ユイさんがツンデレかどうかでまた今後の処遇が……」
「処遇なんてあるんですか私!?」
「ユイは正統派の純系だろうが言わせんな恥ずかしい」
「その対象である私が一番恥ずかしいわァ!!」
ユイの怒涛のツッコミ連射からのこの頭を抱える構図。もしかしたら見るのは初めてかもしれない。
そして、半ば満身創痍だったがためにユイは今度はまた俺の腕の中に倒れて少し粗めに息切れをし始めた。そんな無理してツッコまなくて良かったものを。無理をしおって。
「ほら、マジでそろそろいくぞ。ユイ、立てるか―――」
そう声をかけながら肩をまわして立ち上がろうとした時だった。
「ッ!」
「うぉ……っと」
足に力が入らなかったのか、立ち上がる時にユイが足から崩れかけた。俺のほうで踏ん張ってどうにか転ばないようにするが、それでも少し立ち上がるのがキツそうだった。
やはり、演算処理が重すぎて復旧に少し時間がかかっているらしい。あくまでできるってだけで本職でないことをやったんだ。つまり事前に想定はされていない。無理もないだろう。
それを見た新澤さんが気を使ってくれた。
「あぁ、いいわよ。私たちだけで迎えに行くから。少し横になってなさい」
「だな。しっかり復活してから来てくれていいから。後は俺たちで出迎えに行ってくるよ」
和弥も賛同してくれた。一応、今はそうしたほうがいいっぽいだろう。後はこの二人に頼むことにした。
「どうやら今はそれが得策っぽいな。じゃ、俺たちはちょっと遅れていくんで、後は頼んま」
「あいよ。んじゃ、行きますか」
「ええ」
二人は踵を返して部屋を出て行った。その時の会話が相変わらずツンデレがどうのとかだったが、もちろん一々大声でツッコミはしない。そこまで大人げなくはない。
部屋の中で二人っきりになる。緊張感がまた抜け、床に座りながら左腕と両膝でユイを支えながら右腕をついて若干後ろに伸びる。
「ったく……こんな歳でここまでリアルな経験するとはなぁ」
「祥樹さんも祥樹さんで相当疲れてますね」
「お前ほどじゃねえよ……はぁ、お前もお疲れさん。キツかったろ?」
「今はそれほどでも。だいぶ楽になりました」
「そうか」
その言葉にウソはないらしい。今は呼吸は整ってきているし、表情も微笑を浮かべていて軽い。気のせいか腕にかかる負担も軽くなったように思う。
頬を触れても、ある程度冷えてそれほど熱くはなくなっていた。内部機器もなんとか落ち着いたらしい。
見たところ機能障害とかも起きた様子はないし、よかった、なんとか人間で言う副作用的なことは起きずに済んだようだ。頭に添えた右手で軽く頭をなでる。
「……無理言って悪いな、お前の設計想定外だったからどうだろうかって思ったが」
「別に。言い出しっぺは私ですので」
「それはそうだがね。心配にはなるもんよ」
「相棒だからですか?」
「は?」
「さっきさりげなく無線で相棒がどーたらって叫んでたじゃないですか。まさか自分で言って忘れてませんよね?」
「……あー」
そういえば言ってたな、俺。勢いに任せて叫んではいたが、さりげなく相棒発言してたか。まあ、あながち間違ってないから別にいいが……。
「そういえばしてたな。全然意識してなかった」
「ほう? つまり本心から?」
「だろうね。本心からだろうね」
「ほほぅ……」
「……なんだ、その嬉しそうな顔は」
「実際うれしいので」
「あ、そう」
でも、その嬉しそうな表情の中になぜか微妙に隠れるウザさ。別段嫌いじゃないが、しかし好きかどうかと言われればまた話は別である。微妙なところだ。
「……で、俺はいつまでこうしてればいいんだ?」
「好きなだけどうぞ」
「好きなだけって、俺はそろそろ移動したいわけだが」
「嫌です」
「断られたよ。移動したいだけなのに断られたよ」
「しばらく寝たいのでそのままでお願いします」
「俺はお前のベッドか。目覚ましはすでになってるんだが」
「うーん、あと五分」
「オーケー、そのまま30分コースだな」
「そしてそのあと起きあがってパン咥えて私が出会うのは運命の人」
「誰だよ」
「祥樹さんです」
「やだよ」
「え、拒否されたッ?」
がっかりするようなそんな表情でギョッとするユイ。そんなこと考えてて学校に遅刻しても知らんぞコイツ。学校ないけど。というか通わないけど。
「はぁ、そんなボケかましてるくらい余裕ならもう大丈夫だな。ほれ、そろそろ行くぞ。立てるか」
「えー、もうちょっと休み―――」
「行 く ぞ ?」
「……はい」
時間もあるのでそろそろ威圧を賭けてもいい頃と思ってやったらほんとに素直になった。やけに押しに弱いなコイツ。
まあいい。とにかく肩を貸してすぐに立ち上がろうと姿勢を変えた。
「(はぁ、ユイが人間並みの体重でよかったわな……)」
今時のロボットは動けなくなったときの持ち運びも考慮して人間並みに作られてるからよかったわ。ユイも類に漏れないし。
そんなことを考えつつ起きあがろうとしたときである。
「あ、祥樹さん」
「ん?」
腕をとろうとした寸前、ユイがいきなり呼びとめた。
そして、左手を差し出し、
「はい、これ」
「……あ」
それは拳だった。例のグータッチのしぐさ。俺たちが訓練を始める前に俺がやろうと決めたものだった。
そうだったな。訓練に気が行っててすっかり忘れてたが、自分で言っててここでやらないってのも変だわな。
そんな俺の心情を察したのか、ユイは俺が顔を向けるとともに二コリと微笑を向けられる。どうとも返しようがない。ここまでバレてはどう返しても違和感ありまくりだ。
鼻で小さくため息をつくと、口をゆがませて微笑を浮かべつつ俺は右手の拳をそれに当てた。
「……お、来たか」
そのあと建屋内を出ると、出迎えたのは和弥だった。
ユイの腕を肩にまわして支えつつ降りた時、ちょうど例のEODや付属の部隊が到着したらしく、外に出た時EODを連れて建屋内に向かう新澤さんたちとすれ違った。
和弥はここで付属できた部隊とともに他の部隊が来るのを待ってるらしい。その付属の部隊の方々は現在ここの周囲を警戒中だ。また、隣には例のここに来たEODが所有しているらしいパトカーや爆発物処理者もある。
「今EODの奴らが来た。即行で解体するってさ」
「そうか。解体中に爆破でもしないだろうなあいつら?」
「ハハ、仮にも警察のEODだし、そこら辺はプロばっかだろう。問題あるまい」
「そうであることを祈るよ」
まあ、基盤さえ取り外せれば後はどうとでもできそうな代物ではあったが。
「もうすぐ調査派遣される部隊も着く。後調べとかは全部そいつらがするって無線があった。……つっても、どうせ聞いてただろうけど」
「一応はな」
現地合同調整所の中継による市対策本部の緊急命令により、すでに即応の部隊が国防軍と警察合同で派遣されているという無線は先ほどこっちにも届いた。本当はすぐにでも派遣したかったのだが、軍もからむと何かと政府との調整が発生するため、それらの関係で若干手間取ったらしい。
いくら県ないし市のほうの指揮下に入ったとはいえ訓練の場なので、そうなったときは政府的にも微妙な事態を避けたかったようだ。
そんな会話を一つ二つ交わしたときである。
「……お、噂をすれば影やつだ。おやっさん方のご到着だぜ」
「ん」
目の前の道路の先から軽装甲機動車とパトカーの連合が猛スピードでやってきた。この建屋の敷地内に入れて止めると、中からぞろぞろと軽武装の軍人や警備担当の警察官、そして増援のEOD部隊員らが出てきた。
その人たちはここに付属していた部隊の人と一言二言言葉を交わした後、ここに残るものと建屋に入るものに分かれて行動を始めた。
こうしてそろってみると、当たり前だがとんでもなく物々しく、かつ騒々しいものとなる。
「どうせ後で俺らも事情聴取的なの待ってるだろうし、ここで暇つぶしてるとしようか」
「ああ。部隊も到着した。後は彼らに任せて大丈夫だろう」
俺たちはまだ御用ではないらしいし、ここで暇をしていることにしよう。俺たちよりまずはIEDの安全な処置だ。
「で、もうユイさんは大丈夫なのか」
「あ、はい。一応は」
「そうか。ま、今日のMVPだ。御丁重に扱えよ?」
「ハイハイ、わかってるっての」
個人的にはMVPより英雄なのだがね。命の恩人ともいう。
とくにすることがなくなったのを見てか、ついでだから、という一言を添えて和弥が情報をくれた。
「さっきまでいた部隊の人たちから聞いたが、この周辺やっぱりまだ避難し遅れた住民もいるらしい」
「え? 本当か?」
「ああ。連絡の手筈が不十分だったらしくてそっちに情報が回らなかったらしい。危なかったな、このまま爆発してたらそっちも巻き込まれてたところだ」
「あぁ……あっぶねぇ……」
心底安心したようにため息をついた。そして隣にいるユイも若干ホッとした様子。なお、すでに肩を貸さずとも自力で立てる分には状態は回復した。
まあ、アレ以外選択肢はないともいえる状況だったとはいえ、ちゃんと残って止める選択でよかった。やはり、読み通りまだ避難していない住民がいたようだ。
しかも、さらに聞くところによれば情報を仕入れて避難を開始したのはついさっきのことらしい。
そうなってしまったのも、訓練のためによりリアルに近い状況を作りたいという市自治体側の要請もあって、事前に避難が遅れる住民の場所がどこにあるのか超大まかにしか知らされないで状況に入ったというのが原因にあったらしい。それが、今回裏目に出てしまったのだそうだ。
……おかしいな。今回はただ単に手順確認をしたいってだけだったはずなのに、ここまでリアルにしてしまったのか。どこにいるかわからないっていうそこらへんの状況になった時の手順まで確認するつもりだったのだろうかね。そこはさすがにいらんだろうに。
「―――とにかくだ。そんなこともあってお前とユイさんの決断はこの瞬間“英断”に変わったわけだ。後で市のほうからお褒めがくるかもな」
「ハハ、いや、それはさすがにどうだろうな。俺たちはただ単にIED止めただけで住民云々はどっちかっていうと偶然の産物だからな」
「わからねえぞ? そういった偶然でスリ犯仕留めた高校生が感謝状もらうこともまれにあるしな。ましてやあの状況だ。可能性はある」
「だとしたらそのMVPである私が……」
「いや、どうせもらうのは隊長殿でしょ」
「ガーン……」
地味に顔をしかめて残念がるユイ。もらいたかったのか、それ。ロボットが感謝状って随分と日本的というかなんというか。
まあ、日本的って言ってながら過去には台湾政府が10年前の戦争で勲章艦的活躍をした日本の海軍巡洋艦の乗員と“その巡洋艦自体に”勲章送ってたりするから一概に日本には限らないわけだが。
そんな会話を交わしていると、
「おぉ、君たち、ここにいたか」
「ん? ……え、羽鳥さん?」
そこに、今は現地合同調整所にいるはずの羽鳥さんが現れた。都市迷彩に身を包んだ彼はそのままこちらのほうに単身向かってきていた。その表情は焦燥感と安心感を足して二で割ったような感じである。
「よかった、どうやら全員無事のようだな」
「ええ。しかし、羽鳥さんがなんでこんなところに」
「いや、いてもたってもいられなくてな。ハハ、やはり俺は現場型の人間のようだな」
「ハハ……それはそれは」
団長に負けず劣らずというかなんというか。10年前を戦うとそんな気質になってしまうのだろうかね。彼らしいといえばらしいが。
また、ここにいる国防軍部隊が全部特察隊だったこともあるため、ついでだから現地での指揮も行うことにしたらしい。なお、これらはすべて自分からその現地合同調整所で上層部に直談判した結果であるらしい。ほんと、自分から言うとおり完全に現場型の人間である。
「初っ端の訓練で大変だったな……新澤は?」
「今ごろ建屋のほうでEODといますよ。状況説明の担当でしょう」
「そうか。後々お前らも簡単に事情聴取入るだろうかそのときはよろしく頼む」
「了解。……ちなみに、訓練のほうは?」
「どうもこうもない。適当に事情を偽装して終了を速めさせてもらった」
「偽装?」
なんだ、IEDが見つかったからとか言わなかったのか。
「ああ、偽装だ。本物の爆薬が見つかったなんてなったらパニックになるし、それに、政府からの指示だったからやむを得なんよ」
「政府からの指示? 一体なぜ?」
「さあな。一応、政府も政府で考えがあるのだろう。どっちにしろ、訓練はすでに終了したよ」
「はぁ……」
まさか、秘匿するつもりか? 確かに無駄なパニックや誤情報錯綜を防ぐためとはいえ、ここまでことがでかいと隠しきれない気もするが……。まあ、そこら辺は俺たちの感知のしようがないので仕方ないが。
「……まあ、それでだ」
「?」
そこで羽鳥さんはいったんあごにてを当て顔をしかめると、少し考え込んで俺たちに言った。
「……例のIEDについてなんだが……」
「……」
やはり、その話題に行くか。俺たちもつられて渋い表情となる。
「こちらのほうで改めて全部の諸機関に確認したんだが、やはり事前に本物の爆薬を使うなんてことは聞かされていなかったらしい。それどころか、計画にすらなかったそうだ」
「でしょうね……」
されてたらこっちにも情報が来るはずだしな。和弥も補足する。
「ましてや旧式のセムテックス爆薬。国防軍ではすでに使われていないタイプですしね……」
「ああ。おまけに、AK-74ときた。それも、実弾付きだ」
「な。……羽鳥さんたちって、10年前はあんなのを受けまくってたんですね」
羽鳥さんもなんとも言えない表情をした。仮にも戦争のこと。あまりいい思い出はない。
「ああ。実弾による銃撃というのは最初は恐怖しかないものだ。俺も、あの時のことは今でも鮮明に覚えている。……が」
「が?」
その羽鳥さんの苦々しい表情が一層深くなる。自分で言うのが少しつらそうに見えた。
それでも、彼は重々しく口を開く。
「……銃撃戦というのは、『幽霊の正体見たり枯れ尾花』という奴だ。最初は恐怖心でしかないが、一度それに飛び込んで“味”をしめるとそれを何とも思わなくなる。俺が一番怖いのはそれだな。結局は人殺しだが、それを躊躇しなくなるんだ。斯波軍曹、君なら大体わかるだろう?」
「……」
和弥は返答しなかった。いや、できなかった。代わりに図星を突かれたような苦い表情を返した。
俺は実際に銃撃したわけではない。しかし、一度殺してしまうとそのあと殺すのに躊躇がしなくなるのだ。
『人間とは、どんなことにも、すぐ慣れる動物である』というドストエフスキーの言葉にその理由がすべて集約されている。なれてしまうのである。人を殺すことに。
尤も、軍人である以上殺すことを躊躇しているほど余裕はなし、それに、別に完全に躊躇がなくなるわけではない。常に心のどこかではそれに躊躇を感じるものではある。
しかし、“なり始める”という時点である意味すでに“予備軍”みたいなものである。それが、銃撃戦における本当の“恐怖”であると。
羽鳥さんはそんなことを簡潔に言い放った。どうともいえなかった。反論する気も起きない。するつもりもないが。
「……そう考えると、お前も相当ヤバい経験したんだな」
「ああ……。お前じゃなくてよかったぜ。お前、あの時のこともあるから耐えれないだろ?」
「……」
俺はすぐには言葉を返せなかった。隣にいるユイが俺を見て疑問を感じるように首をかしげるのを見て、俺は少し慌てて答えた。
「あ、で、でも、やる時はちゃんとやるさ。……その時が来ないことを祈るがな」
「だな。祈るしかあるまい」
目を若干細めて目線で「余計なこと言うな」視線を送ると、和弥も察したらしく目線で謝罪した。ユイにはばれていない。さすがにそんな目線会話を理解できるとも思えん。
マズイと察した和弥はすぐに話題を変えた。
「だ、だが、相手が使ってきたのがAK-74でよかったぜ」
「―――? どういうことだよ?」
和弥の言ったことに俺は理解が及ばなかったが、羽鳥さんは何を言いたいのか大方察したらしい。納得したように相槌を打っていた。
和弥が説明する。
「奴らが使ってきたAK-74は47と違って海外への輸出数が少ない部類の奴でな。テロリストも最近は使ってるが、主力はもっぱら47のほう。つまり、流通数が少ないわけだ」
「ほう。んで? それが何に役立つんだよ」
「わからないか? 流通数が少ないってことは、さらに言えば“使ってる奴らも少ない”ってことだ。となれば、誰が使ってるかの特定は結構すぐにできるだろ?」
「……あー、なるほどな」
俺はやっと理解した。さらに羽鳥さんたちも解説する。
AK-74は確かに主力としてAK-47と比べてテロリストに行きわたる挺数が少ない。というのも、AK-74はAK-47の後継として出たのでそれで余ったAK-47を輸出したりした結果、74のほうより47のほうが海外流通量が大きく上回ったのだ。元より使用弾薬が代わり47のほうとの互換性がなかったのも一因らしい。
だから、さっき和弥が言ったように特定がしやすいわけだ。
「―――おそらく海外から流れた奴なのは間違いないな。日本の近所でAK-74を使ってるっつったらロシアか、今は消滅した旧北朝鮮あたりが主だ。ロシアから流れるっつうのはあり得んし、たぶん旧北朝鮮製だな、ありゃ」
「うむ。今後調査が始まるだろうが、大方そのAKは旧北朝鮮のものである可能性が高いだろう」
「ですが、なんだってそんな貴重なのが日本に流れたんです? 北朝鮮系の工作員が流したりでもしたんですか?」
「惜しいな。俺の予測としては、おそらく前の朝鮮戦争終結における米軍主導の北朝鮮軍の武器類処分時に一部が流れたものとみている。それ以外考えられん」
「俺も羽鳥さんの意見に同意だ。日本にいるテロリストは決まって旧北朝鮮系か韓国マフィア系、そして旧中国共産党系ばっかりだ。そっちとつながりを持った奴が武器として仕入れたといっても不思議じゃない」
和弥と羽鳥さんの意見が合う。そう言われると確かに説得力はあった。
日本におけるテロリストというのは今和弥が行った3勢力に武装化した暴力団、そして武装化した過激派新左派勢力などの政治思想勢力に大別される。それらが日本に手活動をするうちにパイプをつなぎ始め、今では一種の一大勢力にまでなった。海外ではこの勢力をまとめて別名『ジャパニーズ・ヤクザ』の言葉で表現されている。そして、その3勢力に至っては日本におけるテロ、ないしそれまがいの行為の大半の元凶となるほど大きな規模となり、さらに各々で海外にいる同胞のテロ組織やマフィアとのパイプを所有していたりもするのだ。
それらの中にある旧北朝鮮系がこれらを例の朝鮮戦争終結時に密かに流したとみれば、あながち不思議でもなかった。元より、旧北朝鮮軍が使用している武器類が最終的には思っていたより少ないという報告があったらしいということが和弥の口からも明かされた。
おそらく、その少ないと感じた分は海外に流れたとみられている。羽鳥さんがそう締めた。
「だが、銃だけじゃねえ。あの死体も俺の思ったとおりだった」
「死体?」
例の女性の腐乱した死体か。そういえばあの時和弥は意味深な反応をしていた記憶がある。
それについては羽鳥さんも聞かされていない。中身を聞くと、和弥は説明した。
「祥樹、例の私幌市の都市伝説覚えてるよな?」
「ああ……例の行方不明事件の真相っていう奴だろ?」
私幌市が舞台の都市伝説。雛岸さんが行方不明になった後は、実は密かに抑留されていたという話か。
「都市伝説のホームページ出せばあの人の顔も公表されてるし、例のヘリのときに話した短編集にも顔写真のってたから覚えてるんだが……」
「……まさか」
「ああ、そのまさかだ。腐乱してて分かりにくかったが、あの人の顔、間違いなく雛岸さんだ」
「ッ!」
一瞬前に感じた予感が当たった。あの死体が雛岸さんだと?
確か、地下で和弥が「あの都市伝説の状況と似てる」と言っていたはずだ。となると、状況から鑑みるにあの都市伝説は本当だったってことなのか?
「たぶんな。どういうことなのかはまださっぱりだが、DNA検査にでも回せばたぶんその人の名前が出てくるはずだぜ」
「おいおい……うそだろ?」
まさか、あの事件がここでつながるとは……。いや、事件だけでなく、それに付属する都市伝説まで。
羽鳥さんも横で動揺を隠せていなかった。事件については当時大々的に報じられたので彼の耳にも入っていたのだろうが、こんなIED事件とただの行方不明事件が繋がるとはさすがに思わなかったのだろう。
さらに、羽鳥さんが追及する。
「だが、まさか根拠はそれだけではあるまい? 君のことだ、まだ確信に至る部分があるんじゃないか?」
羽鳥さんは和弥のその情報屋や分析能力の高さといった素質を知っていた。和弥も「待ってました」と言わんばかりに顔をニヤつかせる。
「もちろん、それだけではありません。彼女の抑留場所とIEDの設置場所が偶然合致したとも考えにくい。連中のことです、事前に現場を入念に視察するはずでしょう。とはいえ、あそこはすでに使われていない廃墟ゆえ本来は立ち入り禁止で、入るには土地所有者の許可が必要ですがね」
「となると、そこに立ち入って視察する、という点で調べればさらに犯人が特定できるかもしれんな」
だろうな。その時視察を名目に立ち入りができる人間ってったら限られてくる。ここまで犯人の特定ルートを用意できれば警察も余裕で見つけれるだろう。
「でしょうね。ましてや、わざわざIEDの設置場所に死体があるという丁寧さ。偶然で処理するべき状況じゃないですな。仮に後々から見つけたとしても、すぐに通報しないって時点で怪しさ満点です」
「まあ、そのあと本当にちゃんと通報するかは別だがな」
「確かに。自分たちの目的がバレる可能性があればそのまま放置するということも考えられる。でもまあ、単純心理的に考えて死体放置はしたくないだろう。中に立ち入って見つけた瞬間即通報で、計画に支障が出るなら他の場所を使うはず。俺ならそうするな。おそらく、彼女は後々見つけられたりしたわけじゃない」
「つまり、彼女は今回のテロと関係があるわけですか?」
ここで、やっと今まで空気だったユイが発言した。和弥もそれを肯定する。
「そういうことです。そして、あそこに抑留する理由として一番に挙げられるのは“テロ協力の強要”だ」
「強要? 何をさせる気だよ?」
「俺がヘリで話したことを覚えてないか? 彼女はどこの大学に所属してるって言ったよ?」
「大学……?」
俺がそのヘリでの会話から答えを導き出す前に、ユイが答えた。
「『電子工学系』……ですよね」
「ご名答。……IEDと電子工学、繋がりはあるだろ?」
「……ッ! まさか」
「ああ。おそらく、祥樹やユイさんが手間取ったあの基盤などの電子機器類だな」
「ッ……」
和弥の言わんとすることを理解した。
つまり、この雛岸さんの行方不明事件はIED起爆のための制御基板などを作るための電子工学の知識を欲しがったテロリスト側が仕向けたもので、彼女はそれに強制的に利用されたということ。
おそらく、あの厄介な基盤を作ったのは彼女。大学レベルの電子工学の知識があれば、最低限の工具と機器類さえあれば簡単なものなら組み立てるのは十分可能ではあった。そのあとは、どうせ用済みだし外に放出して下手なことしゃべられてもまずいからそのまま殺されたのだろう。
仮説ではあるが、違和感はほとんどない。
この、すべてをひっくるめて“偶然過ぎるこの状況”から、和弥はあれは雛岸さんであろうと予測したのだ。
「なるほどな……このいくらなんでも整いすぎている状況、確かに、彼女が利用されたとみるのも納得だろう」
羽鳥さんが納得したように相槌を打つ。
「ええ。しかも、ついでに言えばIEDの設置場所は市のほうが事前に決めていた。ここいら辺はあくまで手順確認のはずだったし、ここにあるって知ってる人がかぎられていたはずなのに、今日になって本物のIEDにすり替えることができたってことは……」
「犯人が限られるな……そもそも、視察の時点でいろいろと不明な点がある。もしかしたら、その時点で……」
「はい。俺の勝手な予測ですが、訓練のために派遣されたその視察は、今回のテロ実行犯の息がかかってます。ここを訓練用IEDの設置場所に指定し、そして後々設置する奴らが本物とすり替えた。ここいら辺の市の仕事が丸ごとそいつらと繋がってる奴らがやったとしたら納得できます。わざわざここに指定したのは、その雛岸さんたちに関する物を丸ごと爆破することで証拠隠滅を図るためでしょう」
「だが、ちょっと待ってくれ。仮に雛岸さん関連のことを爆破で消し去るにしても、もっとほかの方法で隠滅はできなかったのか。そもそも、仮に雛岸さんがそいつらに殺されたとしても、他の処分方法がもっとあったはずだが?」
はっきり言ってしまえば、そんな証拠隠滅の方法なんて“回りくどい”ことこの上ない。雛岸さんを殺した後はさっさと焼却処分するか適当なところの海に捨てて、雛岸さんの所有物は全部回収したほうがはるかに秘匿性は高い。
わざわざ、都市伝説を再現する必要もないはずだ。してもぶっちゃけ無駄である。
「それもわかる。だが、俺はあえてそれをしたとみてるんだ」
「あえて?」
和弥は説明した。
彼らだってそうしたいのはあったのだが、仮にもここは市街地のど真ん中。目立った行動はできず、そういった行動はすべて近隣住民の目に入ってしまう。だから、死体を移したりなどといった行動ができなかった。
だから、まだ捜査段階でわざとこの都市伝説をネット上に流し、警察の目に付けさせ、ここの廃墟をわざと捜索させる。そこで問題ないとみて警察の捜査の手が完全に離れて都市伝説の信憑性を皆無にさせた後、彼らはわざとその都市伝説を再現して警察の捜査の目から離れて隠したのだ。
つまり、簡単にいえば『灯台もと暗し』を後発的に作り出し、警察の頭の中から“排除された可能性”に隠して捜査の目をかいくぐらせたということ。そして、最後の締めはこの爆破による完全なる証拠隠滅、というわけだ。
……もちろん、ここいら辺は和弥の考えたあの女性の死体が雛岸さんだったと仮定した場合の仮説だし、矛盾点や疑問点もまだ多々ある。しかし、これだけでも十分信憑性はあるように思えた。
状況証拠やあらゆる情報から導き出されている分、その中身が十分あり得るものであった。奴らなら、あながちここいら辺まで考えても不思議ではない。
最後に和弥が締めた。
「防災訓練に際するIED処理訓練の現地視察から設置、実行、そして、その訓練を妨害する実弾武装集団……、これらは、すべて一連の同一組織が関与しているとみて間違いないでしょう。でなければ、どこかで誰かが気付いて歯止めをかけるはずです」
「なるほどな……しかし、よくまあそこまで即行で思いつくものだ。まだまだ若いというのに」
「昔から鍛えてますからね、フフン」
鼻を高くしてドヤ顔をかます和弥。中々にいけすかない顔だが、しかし憎めない。そんな顔である。
「そこら辺は警察や、中身や状況によっては公安も加わっての捜査で徐々に判明するだろう。我々は座して待つしかない」
「ですね。ここからは俺たちの感知範囲外ですし、その専門の方々に任せるとしましょうか」
テロ関連の捜査は主に警察主導だ。俺たち軍がそれほどかかわるものではないし、まあ向こうのほうが捜査のプロなのでなんとかやってくれるだろう。
ここまで犯人を見つけるためのルートも確定している。警察とてそれほど難しい事例ではないはずだ。今後の捜査に期待するとしよう。
……そんなこんなで適当に話を済ませた頃である。
「あぁ、いたいた。羽鳥さん」
「?」
建屋のほうから新澤さんがきた。羽鳥さんを探してきたらしい。
「あぁ、新澤。お前も無事だったか」
「ええ、まあ。一応は。簡単な状況報告は済ませました。羽鳥さんがいると聞いたので、EODのみなさんがついでに現場確認をしてほしいと」
「そうか。わかった、すぐに向かおう。……あ、お前らはこの後簡単な事情聴取があるからそれまではここで待機していてくれ」
「了解」
そう言い残すと羽鳥さんはEODの現場に向かうべく単身建屋のほうに向かった。
残される俺たちを前に、新澤さんはやっとひと段落、といった感じでフゥッと一息ついた。
「いろいろとマズイ状況だったけど……まあ、なんとか生き残って幸いね」
「ですね。実行犯の確保は警察の仕事ですし、後は俺たちは少し休ませてもらいましょうか」
「ええ。……あ、ちょっと近くに自販機あるじゃない。何か買ってこうかしら」
そういう視線の先には1台の自販機。どこにでもあるような普通のやつだった。
「え、勝手に買っていいんですか。ていうか金は?」
「フフフ、実はここに500円ほど忍ばせてたり」
「えぇー……」
そういってアーマーの隙間に手を入れて胸ポケットから500円玉を見せる。何勝手に金持って来てんだよ。落としても知らんぞ。
「じゃ、ちょっと適当に一個買ってくるわね」
「え、ちょ、本気で買う気かよ」
「あ、ついでなんで俺のやつおごってくだせぇ」
「お前もかい」
そんな俺のツッコミむなしく二人は自販機のほうに行ってしまった。まったく、こんな時にもフリーダムな奴らだなぁ、オイ。相変わらずではあるが。
「祥樹さんは買わないんですか?」
「いいよ、俺は。喉乾いてねえし。それに、そもそも金はない」
「500円でしたら買うものによってはちょうど3人分行けそうですけどね」
「別にいいよ。帰ったら水がぶ飲みしてやるわ」
「がぶ飲みって……体に悪いですよ~それ」
「一回くらい問題ねえって。そこまで人間の免疫は落ちぶれちゃあいない」
「あぁ、この後病気になる人の典型的な言い分だわこれ……」
そう言って視線をそらして遠い目になるユイ。そんなに悪いのかよ、がぶ飲み。
その後、適当に道路わきにあるフェンスに腰掛け、少しの間互いに沈黙してしまう。ユイは何を考えてるのか知らんが、どことなく神妙な表情で若干上を見ている。人間で言う焦点的なのはおそらく合ってないだろう。あるかは知らんが。
ヘルメットをとって床に置いた俺は、どこを見るわけでもなくただただボーっとしていた。
「(……初めての実戦か……)」
ふと、そんなことを考えてしまう。
実際の戦場がこんなだったということを俺は改めて“思いだした”。あの時以来だったな、こんな思いをしたの。
まったく、できればこんなのは二度とごめんだと思ってたんだがな。運命は繰り返すというか何と言うか。こんな運命なんて繰り返したくないのだが。
「(……まさか、また繰り返すわけじゃないだろうな……)」
そんな変な予感をしていると、
「……まさか、最初の実戦がハッキングとはねぇ……」
「ん?」
ふと、隣にいたユイがそうつぶやいた。俺の視線に気づいてか、ユイも俺のほうを向く。
「いえ、最初の体験する実戦が銃撃戦じゃなくて私自身の使用想定範囲外のハッキングで始まるとは思わなくて」
「まあ、そうだろうな。お前の本職はもっぱら銃撃戦などの正規歩兵戦だ。電子戦なんて本来の仕事じゃないしな」
「できなくはなくてよかったですよ、ほんとに」
「確かに。……ま、いい経験にはなったってことだ」
「これを機に私もついでだから電子戦特化に……」
「金かかるから無理だと思うよ」
「ガーン……」
またもや地味な落胆の表情を示すユイ。そう何度もするもんじゃないと思うけどな、そういうのは。
だが、今回の事態を見ると、ハード面は無理でもせめてソフト面だけでも強化してもらうのはありかも知れない。後で羽鳥さんに相談してみることにしよう。ソフト面の強化だけでも相当心強いはずだ。
「(……尤も、する場面が来てほしくないが……)」
そう考えていると、ちょうど飲料を買い終えたらしい二人が帰ってきた。手には飲料水の入ったペットボトルが……、あれ? 3本?
「ほれ、お疲れさん」
「なんだ、差し入れか?」
「まあな。どうせだ、お前も飲んどけ。もちろん、新澤さんのおごりだ」
「すいませんね、ちゃんと返しときますよ」
「3倍で返してね」
「なんでやねん」
利息が高すぎるだろう。今時銀行でもしねぇよそんな高利息。
そんなツッコミを心の中でしつつ、和弥からその差し入れをもらう。何を飲むという希望もしていないからか、和弥と同じ爽健美茶である。
キャップをまわして随分と熱された体内に冷たく冷やされた水分を入れていく。夏ゆえに、やはり冷たいものは気持ちよかった。
「あ、ユイさん暑くなったでしょ。飲みはできないから代わりに俺が冷たくしましょうか」
「嫌な予感しかしませんが、どうやって?」
「知ってます? 濡れた布を冷やすと冷たくなるんですよ」
「何当たり前のことをいきなり……ってそれさっき祥樹さんが使ってた布じゃないですか!」
その和弥の手には確かに俺がさっきユイを冷やすために使ってた布2枚。お前、いつの間に確保してやがったし。
「その通り。これを今から濡らして今度は服の中に入れましょうか。ね?」
アホかこいつは。
「やめてくださいよ、なんですかそのセクハラ行為!?」
「あれ、そういうのに羞恥心は感じないんじゃないんですかね?」
「今のは羞恥心じゃなくてただの嫌悪感です!」
「なるほど、そうきましたか。となると、さすがに無理強いして布入れはダメですね」
当たり前だろうが。というかお前の後ろで新澤さんが黒いオーラ発してるのそろそろ気づけよ。
「よし、じゃあ代わりに後でドライアイスを持ってきて……」
「冷たすぎる! 今度はいくらなんでも冷たすぎる!」
「誰かあの変態どもでも呼んでくれば寒いギャグの一発や二発かまして風吹かすんじゃないの?」
新澤さん、なぜそこはボケに参加するのか。
「やめてくださいよ! その結果そのあと私はどうなるんですか!?」
「食われるんじゃないかな」
「食われる!?」
意味深だなオイ。これにはさすがの俺もフォローに入った。
「おいおい、やめてくれよ。ロボットが食われるとかありえないだろ普通に考えて」
「いやこんな時にマジレスするくらいならフォローの一つや二つしてくださいよ祥樹さぁああん!!」
そしてなぜかキレられる。フォローの一つや二つというが、ただ単にマジレスという名のフォローに入っただけなのに。理不尽である。
なんかかかわると余計疲れそうな気がするので俺は無視を決めて茶を飲みまくった。隣では新澤さん・和弥コンビとユイの漫才が繰り広げられている。
そんな賑やかな光景を横目に見る。
「……楽しそうでいいな」
さっきまで戦場にいたとは思えない賑やかさである。人を殺したりしていた光景とは思えなかった。
尤も、いつまでも参ってるわけにはいかないが、しかし、羽鳥さんに言わせれば、“こうなること”が本当の恐怖という奴なのだろうか。
人殺しをするのが精神的に当たり前になる。それに近づいた時、本当の意味で末期なのは、俺たち人間なのだろうか。
……難しいものである。まだまだ若い俺には考えの及びがたい理念であった。
「(……まあ、いずれにせよ)」
想像できるうえでの一番の理想は……
「……そんな風に人間が末期になるほどの“戦争”が起こらないことだよな……」
俺はおもむろに天を見上げながらそう呟いた…………




