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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第1章 ~平穏~
36/181

私幌市防災訓練兼市街地治安維持訓練 3

「…………は?」


 その一言が精一杯だった。

 最初の電子音がなってから、実に10秒弱の静寂ののちに発した言葉だった。

 俺の目がおかしいのか、タイマーに数字が表示されているように見えた。


「おい……時間何分だって?」


 目の錯覚を願いたかったがためのこの言葉に反応したのは、そのIEDをみていたユイだった。

 その声からは、最大限冷静を装いながらも、その中に少なくない動揺が見え隠れしていた。


 そして、その発言にあった数字に、俺はこれでもかというほど絶望した。


「き……『9分35秒』……です……」


「ッ……!!」


 俺は一瞬頭が真っ白になった。


 俺の耳がイカれてることを祈りたかったが、どうやらそうでもないらしい。俺の耳は正常だった。

 だが、それでは困るのだ。タイマーに表示されている制限時間は9分35秒。さらに今数秒立って30秒だとして……どれだけ多めに見積もっても……。


「おいおい、うそだろ……ッ!?」


 その事実が示すことに、俺が思わずそんな絶望にまみれた声を漏らしていると、隣にいる和弥も何やら冷静さを失ったように言った。


「え、ま、マジ!? ただの時計が出ただけとかでなくて!?」


「現在時刻は01:12です。どうやってもこのタイマーの数字と合致しません」


「じ、実は19分だったりしない!?」


「残念ながら十の桁はありません」


「アイカメラがいかれてその十の桁が見えないだけとか!?」


「それだったらどれだけよかったことか。何なら見てみます?」


 和弥の自身の願望が入り混じったおかしな妄言ともとれる発言を冷静に流しながら自身の場所を譲る。

 和弥がその場所に割り込みタイマーをみるが、そのもとから真っ青になっていた顔をさらに青く染めた。血が引けているのがここからでもわかる。


「じ、時間じゃない……明らかにこれは……ッ!」


「ああ……爆発までのタイムリミットだな……」


 もうすぐ9分を回ろうとしている。こうしている間にも、どんどんと時間は無慈悲に経過していった。

 一瞬の二度目の静寂を経て、今度は新澤さんが珍しくとりみだしたように言った。


「で、でも待って! あと9分って、まさか……」


「ええ……」


 そのあとの言葉は、和弥が代弁してくれた。だが、その声は思いっきり震え声である。


「い……」




「EODが……全然間に合わないじゃねえか……ッ!!」




 言われるまでもなかったが、改めて言われると俺は頭を抱えざるを得なかった。


 そう。一番近くにいるEODがどれだけ急いでもここに到着するのは、先のHQの言っていたように“約15分後”。そして、ここに表示されているタイマーは9分半。つまり大体“10分~9分”。



 この、“5~4分”の時間がどうしてもあいてしまうのである。



 この空き時間の間に何が起こるか……一々言うまでもない。俺たちが肉片ないし破片になって“この区域一帯諸共消し飛ぶ”だけである。


「おいおい勘弁してくれ……こんなとこでまだ死にたかねえぞオイ!」


「そんなのこっちがいいてぇよ……」


 和弥はすっかり落ち着きを失っていた。無理もない、今まではただの訓練だったが、その訓練ですらこんな絶望的な状況は体験していない。いや、想定もされたなかったしする必要性すらない。したところで訓練にならないからだ。

 新澤さんはそういった絶望的状況は10年前から何度となくやってきたからその点はまだマシだった。一瞬とりみだしはしたものの、ここで経験者の差というのが出た。ユイはロボットだからそういうのはほとんどない。


 俺は……もはや、冷静を失うというより、どうしようもない絶望に浸っていた。

 ここから俺たちだけ逃げるわけにもいかない。俺たちだけ逃げて区域一帯が吹き飛ぶのをみてるわけにもいかなかった。国民を守る軍人として、それだけはしたくはなかった。

 だが、だからといって何ができるというのか。何か方法はないのか。


 俺は熟考する前にすぐに無線に向けて叫んでいた。


「HQ、こっちのタイマーが作動した! もう9分切るぞ!」


『なんだと!? 間違いないのか!?』


 案の定、というべきか。向こうもとりみだした。無線の奥で現地にいる職員らが騒いでいる声も漏れて聞こえてきていた。


「もう9分以内に爆発する! EODをもっと急がせれないのか!?」


『今EODにも指示した! できる限りそっちに急がせる! それまでなんとか時間を稼いでくれ!』


「時間を稼げってどうやって!?」


『……とにかくだ、そっちでできる限りのことはしろ! いいな?』


「……了解……チッ、ああクソッ、できる限りっていったってなにすりゃいいんだッ」


 そう不満をぶちまけるが、かといって向こうを責める気にもなれなかった。

 そりゃ、そんな状況にいきなりぶち込まれて出せる指示と言ったらこれくらいしかなかった。やはり、むこうでも俺達だけを退避させて、なんて指示は出したくても出せなかったようだった。


 事前の報告によれば、このIEDの爆破による危害予測範囲には、まだ住民の保護確認が済んでいない区域も含まれていた。もしそこに他の住民がいたらマズイ。その人に危害を加えるわけにはいかなかった。


 だが、それでも何ができるかは限られていた。とりあえず、すぐに考えれるだけの措置をとることにした。


「新澤さん、この部屋の玄関付近を見張ってください。もしかしたら爆破犯が邪魔されるのを恐れて来る可能性もあります」


「オッケー、任せて」


「和弥、ポリタンクのコードを全部見て、はずせれそうなものをすべて外してくれ。ただし無理はするな。全部無理だってんならそれでも構わない。あ、あとネジまわし貸して」


「あ、ああ、わかった!」


 まず二人に指示を出す。二人はスイッチが入ったように瞬時に動き始め、それぞれ指示通りの行動に入った。……和弥は冷静さがあまりないのか、少し動きに落ち着きはなかったが。

 和弥からネジまわしを受け取ると、さらにユイに指示を出す。


「ユイ、爆弾の中を開けれるか?」


「開けれないことはなさそうです。ここにふたがあります。どうしますか?」


 ユイが指差すところには、どうやらこのIED唯一らしい蓋みたいなものがあった。下の隙間からまわすように奥のほうにコード等がつながっているようで、ここのふた自体は四隅にネジが嵌められている。ある程度きつめに嵌められているが、ネジまわしさえあればとりあえずとれないことはなさそうだ。


「まずはそこを開けよう。手を貸してくれ」


 ユイに爆弾が不意に動かないように抑えてもらい、すばやくネジをとった。

 ネジ以外でふたを本体と固定しているものはないらしく、すぐにとることができた。蓋の中は外のポリタンクとつなぐコードが集中しており、その上には……


「この基盤と……あー、やっぱりコードはないか……」


 とある名探偵アニメ映画シリーズの第1作なら、ここで赤と青のコードがあって、なんていう展開もあるのだが、どうやらこのIEDにはフィクション推理サスペンス御定番の露出する爆弾コードは存在しないらしい。

 あるとしても、おそらくこの基盤の奥か……、だが、基盤はしっかりはんだでIED本体の内壁と隙間なく固定されており、こればっかりは外せそうになかった。


 ……しかも、


「……なんだ、この管は?」


 その基盤の前には、何やら横にちょっと上に傾いた状態で置かれた一本のガラス製の管と、その中には銀色の液体が少量入っていた。……これは水銀か?

 その管の末端には一本の小さな金属の棒が伸びており、その水銀と棒がギリギリ接する寸前の状態で保持されていた。


「なんだこりゃ……なんかの装置か何かか?」


 それに答えてくれたのはユイだった。


「水銀スイッチですね、これは」


「水銀スイッチ?」


 ユイは説明した。


『水銀スイッチ』

 今見てるこれのように、ガラス製の容器に電気接点端子と少量の水銀を入れて、傾いたりした時にこの二つが接触することによって通電状態を作ることでスイッチを入れる方式のもので、水銀の常温でも液体で入れる唯一の金属でいれる性質を用いたものらしい。

 よくサスペンスに出てくる爆弾で見かけられるものらしく、最近では環境への配慮もあり水銀の代わりに鉄球を使ったものもあるとか。


 ……んで、これは一体何のスイッチかっていえば……


「……これの場合は、少しでも傾けたら即爆破ですね」


「え、マジで?」


 よりにもよって一番厄介なスイッチだった。


「すでにタイマーは起動してます。この水銀スイッチがそのタイマー関連でないのは明白ですし、それ以外でこのスイッチの存在意義となれば……ようは、そういうことですよね?」


「うはぁ……」


 俺は顔をひきつらせた。

 確かに、それ以外でこの水銀スイッチが存在する意味がない。となれば、水銀スイッチの用途として使われる“傾き”を用いたものとなると……


「……となるとあれか? もしこれを不用意に動かしたら……」


「その時の振動で水銀がこの接点端子にあたって即ドカンですね」


「え、じゃあ仮にここにあるポリタンクとつながってるコードを取っ払ってIEDだけでも別の場所に移すなんてことは……」


「無理ですね」


「え、となるとそのあとお前が上に思いっきり投げてせめて空の上で爆発させるっていうのも……」


「無理、というかセムテックスですからどっちにしろ被害が起きると思います」


「ですよねー……」


 俺は思いっきりため息をついてうなだれた。

 この時点でこの場以外で処理するという線は完全に断たれた。というか、そもそも最初からなかったも同然なのだが、それでも全然いけそうな策がそれ以上思いつかなかった。


「ここで解体……なんて、そんな知識俺持ってねえしなぁ……」


 それこそEODの出番なのではあるが、仮にEODに頼んだところで……。とはいえ、藁にもすがる思いでとりあえずEODに無線をつないだ。


「HQ、EODに無線つなげますか?」


『大丈夫だ。すぐにつなぐ。岐阜県警の“泉班”を呼べ』


「了解。……泉班、聞こえますか?」


 無線はすぐにつながった。


『こちら泉班、聞えています。どうぞ』


「現在例のIED見てるんですが、基盤を確認したところコード等がありません。この状態で解体、ないしは解除ってできますか?」


『コードがない……基盤は取り外せますか?』


「いえ、基盤は内壁にろう接されて完全に密着していて取り外しができません。それこそ、はんだごてか何かで溶かさないと無理そうです」


『では、爆薬が入っている薬室をとることは? それで起爆時の威力を減衰できます』


「いえ、それが……その薬室、その基盤の奥にあるらしくて……」


 事実、ユイがスキャンしてくれたおかげでなんとかその場所自体は特定できたのだが、それのせいでとりだそうにも全然とりだせない。とりだせればまだ爆薬だけでも……と思ったのだが、こうなるとたぶん基盤はとれてもその基盤と裏でつながってると見るのが自然だろう。EODのほうもそう考えているらしくそんな無線返答を返した。


『となると……あとは工作道具で無理やりこじ開けるしかありません。そちらに道具はありますか?』


「いえ、現在手元には……」


 さすがに爆発物処理までは考えてない。というより、持っていたところでそんなの特察隊の任務性質上ただの宝の持ち腐れでしかなく、そこはEODがちゃんとやってくれることを想定していた。


『……となると、あとは我々が現地に行かないことには……』


 まあ、そうなるな……。ここまでガチガチで解体対策されたら、もうあとは専門家の手にゆだねるほかはない。

 それでも、ここでどうにかできる限りやれないかと図っていた俺としてはこれはため息をつかざるを得なかった。


「はぁ……了解。できる限り急いでください」


 とりあえずそういい残して目の前のIEDに視線を戻そうとした時だった。


『了解。こっちもできる限りいそ……、ッ!? な、なんだ!?』


「え?」


 いきなり無線の向こう側が騒がしくなった。無線主のとりみだした声と同時に、何やら連続的な乾いた破裂音が聞えてきた。

 この音は……間違いない、射撃音だ。


「泉班、どうしました?」


『クソッ! 攻撃だ! ……ま、待ってくれ! 今俺たちは急いでるんだ! 攻撃を中止してくれッ!』


「攻撃……ッ?」


 ちょっと待て。こんなときになぜ一々攻撃が入る? 訓練でない事態が起きてるって話は届いてないのか?


「HQ、EOD攻撃受けてますよ! すぐに敵役に中止宣言してください! 今は訓練どころではありません!」


 当然原因はHQ側にあると考えていた。大方連絡が通らず敵役が勘違いして撃っちゃっただけだろうと思っていた。

 ……が、その予測はなぜかもろくも外れてしまうこととなる。


『なんだと? 現在急行中のEODには攻撃するなとすべての部隊にちゃんと通達したぞ!』


「ええ!?」


 じゃあなんで攻撃受けてるんだよ! リアルタイムで襲撃受けてるんだが?

 HQが再度全部隊にEOD部隊への攻撃中止を下令する。しかし、それでもEOD曰く攻撃が止まらないらしい。


 ……だが、それでは終わらない。それどころか……、


『こちら泉班! マズイ! あいつら―――』






『―――“実弾”撃ってきている!』






「はぁ!?」


 俺はもう我慢ならず不満をぶちまけるようにそう叫んでしまった。

 HQも大いにとりみだした。実弾使用なんて許可どころか、持ち込みすら禁止されていたはずだ。当然、こんなガチの民間市街地でそんなのを使った訓練などできるわけがなく、その実弾使用による市街地への損壊被害が発生した場合の賠償など考えてられないからだ。


 だが、それが実際に発生した。HQも無線の声を荒げてしまう。


『そんなバカな話があるか! 何かの間違いだろう!』


『それはない! 実際近くにあったコンクリート壁が一部砕け散った! どう考えてもあれは実弾だ!』


『クソッ! 一体どういうことだ!?』


 すっかり冷静さを失ってしまったHQの無線主であったが、その時、その無線主の声が代わった。


『ハンベエ0-1、聞えるか? ハンベエ0-1、応答しろ』


 この声は、羽鳥さんか。現地合同調整所で特察隊の指揮を執っていたが、我慢ならず出てきたようだ。


『ハンベエ0-1、聞えますッ……ぬわぁッ、また撃ってきやがったッ』


『ハンベエ0-1、落ち着いてくれ。今泉班を護衛しているのはお前らで間違いないな? 今どんな状況だ?』


『どうもなにも、泉班の報告通りです! 奴らは確実に実弾を使っています! ああックソッ、監視衛星には何も映ってなかったのか!?』


『こっちが受信している衛星リンクには反応はなかった。おそらく寸前まで建物などに隠れていたものと思われる。敵戦力は?』


『詳細は不明、しかし、連射性能などを鑑みるに敵はアサルトライフルを持っています! 現在正当防衛射撃中!』


『了解した。とにかく、そのEODに傷をつけさせるな。こっちで回りこめるルートを検索する。それまで―――』


 さすがに、10年前の戦争を経験してるだけあってその応対は冷静だった。終始とりみださず、的確な指示をチーム・ハンベエに与えていた。


 現在はEODに付属しているチーム・ハンベエが対応しているが、そのあとの無線を聞いている限り、実弾撃ってきた相手を撃ち殺していいのかどうかでまた対応が迫られている。こればっかりは羽鳥さんをはじめHQどうすればいいか困り果てた。

 幸い、今は市対策本部が政府とつながっているから、やろうと思えば政府に直接指示を仰ぐことも可能だということだ。こんなイレギュラーな事態が発生してしまった以上、訓練どころではない。今頃、市対策本部は半分くらい冷静さを失いながら政府に泣きついてる頃であろう。


 ……だが、そういった無線を聞きながら俺は不審に思った。


「(おかしい……本物のIED、EODの進路妨害、予想外の実弾使用……なんだ、なんで一気にこんなおかしな事態が起こる?)」


 さっきから状況がおかしい。何かがおかしい。ここまで一気に予想外の事態が起きることが理解できなかった。

 次々と起こる不測の事態に、俺はそろそろ不満がたまりかねてきていた。


 ……そしてなにより……


「(このままじゃ……EODが間に合わない)」


 ただでさえIEDの制限時間に間に合わないと見られているEODがこれ以上時間を余分に使ってしまっては、どうあがいてもここに到着することはできなかった。

 状況から見て、明らかにその実弾を持ってきた武装集団はそれが目的だとしか考えられないが、しかし、そうなると彼らがこのIEDを仕掛けたのか? だが一体なぜ? 何が目的で? これはただのテロか何かなのか?


 意味がわからなかった。俺たちの裏で一体何が起きてるのか、そんなことで頭が少し冷静さを失いかけていた。


「どうすんだこれ……あとどうやってIEDを止めれば……」


 外部からの解体処置はEODが来ないと無理だが、現在その謎の武装集団に足止めを喰らってまず無理と考えたほうがいいだろう。仮にきても、処置する時間が残っているかどうかも怪しいところだった。

 ふと、軍の輸送ヘリを使ってどうにか速達できないかとも考えた。だが、俺はすぐに首を振る。

 EODの装備をそのままにヘリに乗せるまではいいにしても、ここいら辺にそのヘリが降りられそうな開けた場所はない。ラぺリングするにしても、EODの装備をそのままにそんなのができるわけもなかった。さすがにEODの装備はそういうことをするのを想定はしていないし、そもそも警察のEODがそういう訓練を受けているわけもなかった。


 かといって俺たちだけでできることといってもたかが知れていた。何度も言うが、俺たちの手元にはそんなEOD並みの工作道具は装備されていないのである。


 ……マズイ。完全に手詰まりじゃないか。


「(……このままじゃ何もできずに爆発してしまう……ッ)」


 すでに時間は6分を過ぎ、なおも無慈悲に数字を減らしていた。こっちの都合などお構いなし、タイマー自体が早く爆発したいがために急いでいるようにも見えた。

 新澤さんのほうを見る。今のところは敵は来ない様子だった。

 そして和弥のほうも見る。もうそろそろ全部のポリタンクを見終える頃だろうが、ここまで何も反応がない限り、たぶん残りのほうも同じ結果に終わるだろう。


 ……俺たちができることって、もうなくないか?


「(ダメだ……他に何も思いつかねぇ……)」


 あまりの絶望的な状況にもう投げ出したくなる心境をどうにか抑え込んだ。ここで投げやりになったって状況は好転しない。

 だが、実際状況は絶望的だった。できることがもう何もない。


 ……万策尽きるとは、まさにこのことだった。


 無力感と強い当惑感を同時に感じその場でうなだれた。

 もう、できることが何もない現状で、これ以上何ができるというのか。俺は絶望した。


「(クソッ……もう、何も出来ることは……ッ)」


 そう考えた時だった。



 俺のそんな絶望から救った、というか、まだ何か方法があると思わせたのは……




「……祥樹さん、ここのUSB端子って使えますよね?」




 ユイの、その一言がきっかけだった。


「……え?」


 俺はユイが指差した方向を見る。

 例の基盤の一番下、そこにはUSB端子のポートがあった。水銀スイッチの管が陰になっててよく見えず気付かなかったが、この形は最新型の規格らしい。

 起爆のためのコードなどのデータをここから入れていたのだろう。外部のノートPCなどにつなぐ規格は今ではすべて最新のものになっていたはずだ。


「ああ、あるな……で?」


「ですから、使えますよね……? “私の規格に合わせれるので”」


「は……?」


 一瞬言ってることが分からなかった。ユイの規格とこれの規格が……というところまで考えた時、


「……ッ! お、お前まさか……」


 ユイが今からやろうとしていることを俺はすぐに悟った。

 だが、同時にその危険性も考えていた。いや、むしろリスクが大きいことでもあるのだ。


 だが、俺の予想は見事に当たった。


「……やるしかないですよね。ケーブルでこのポートと私をつないで……」





「……ハッキングして、中からIEDを止めます」





「ッ!? お、おいおい、本気マジかよ……?」


 俺は思わず自制を促しかけてしまった。

 今更ながら、まだ確かに方法があったわ、とその発想を褒め称えたいとは思った。だが、それはハイリスクであることもすぐに理解できた。

 確かに、ユイなら一応接続さえできればハッキングはできなくはない。駐屯地の部屋にいるとき、すっかり日課になったデータ移送時はほとんどユイがすべて操作しているくらいだ。俺がやることと言えばその中身のチェックと最終的にサーバーに送るだけ。それ以外はユイがケーブルを通じてその中継元である俺のPCを操作しているのだ。

 それを応用すれば、ハッキング自体も余裕でできるのは間違いない。想定はされていないが。


 だが、それにリスクがないということはない。


 あまり可能性はないが、ウイルスが中に入っていたら今度はユイに影響が出る。また、このIEDが遠隔操作できるタイプだった場合、このIEDを中継してその操作元から追加でウイルスでも送られた場合どうなるかはわからない。

 尤も、ユイほどの高性能コンピューター持ちがそれに対するファイアウォールなどの類を持っていないとは思えないが、それでも最悪の事態というのは常に考えてなばらなかった。


 また、それだけではない。そもそもハッキングをするにしても時間がなさすぎる。

 もうこの時点でちょうど6分を切ったところだった。残り5分強だけで、この起爆コードを読み取り、そこから逆算して解除コードを奪い取ってそれを入力するまでの過程をこなせるかといえば、正直微妙なところだった。

 この5分強を面一杯使ってやってアウトならその瞬間俺たちの命はない。だが、逆に俺たちの命をとるとなると少なくともその1~2分前にはここを離れることとなるが、それまでにハッキングが終わるとも思えない。


 この、残ってハッキングするか否かの判断も難しいところであった。


 だが、ユイはそれをすべて承知で前者をとる判断をした。


「ここで起爆させるわけにはいきません。私ができることは最後までやり遂げます」


「だ、だが……」


「お願いです。やらせてください」


 その目は真剣だった。すでに決意をしたような、そんな目であった。

 俺は一瞬答えかねた。ユイの案をとるか否か、どっちも相応のリスクがあり、どっちを取るのも難しい選択だった。


 ……だが、そんな思考をする時間を現実は与えてくれなかった。

 無線が再び鳴り響いた。その声は焦燥感をもはや隠す気ないかのように荒げている。



『HQよりシノビ0-1! 衛星データリンク、そちらに向かっている敵集団を確認! マズイぞ!』



「なッ!? まだくるのか!?」


 まさか、最初俺たちを追ってきた奴らか? 正体はわからないが、いやなタイミングで来られたものだった。

 すると、ポリタンクのほうを見終わったらしい和弥が戻ってきた。焦燥感をあらわにし、とりみだすように言った。


「マズイぞ祥樹、このタイミングで来るってことは明らかに……」


 和弥の言わんとすることはすぐに理解できた。


「ああ……確実に俺たちを狙ってる。IEDの起爆阻止をさせないつもりだ」


「てことはまさか……」


「……間違いないな。こんなときに訓練用の空砲を持ってくるバカはいない。奴らは……」




「……実弾を持ってくる」




「ッ……、クソッ、なんてこった……ッ」


 和弥は頭を抱えた。先ほどから次々とくる状況にもはや精神も疲れきっている頃だろう。

 ユイはここぞとばかりにまくしたてた。


「祥樹さん、敵も来ています。このままでは彼らの思惑通りに起爆されるだけです」


「……」


「私がどうにかして止めます。ですから、私に時間をください」


「……」


「……祥樹さんッ」


 ユイから立て続けに催促されても、俺はここぞという時に一歩を踏み出しきれなかった。


 大きな決断を迫られていた。ここで許可をするということは残りの5分をすべてハッキングに使うということ。そして、それは一か八かの賭けごとでもあった。もしダメだったら、その時死ぬのは俺たちだ。

 かといって、その俺たちの命をとったら、ここが吹っ飛ぶことを考えねばならない。今退避したらここにきている武装集団からもなんとか逃げ切れないこともない。

 しかし、何度も言うが、まだ避難しきってない人もいるかもしれなかった。確認はとれない。現地で確認が済んでないのだ。

 その可能性を考えると、最悪の場合死者も出る。それを覚悟する必要があった。


「祥樹さんッ」


 ユイの催促が聞こえても、俺はまだ答えることができなかった。


 ……どっちを取るべきか。どちらのはっきり言って命をとる選択だった。

 俺たち軍人の命か、もしかしたらまだいるかもしれない民間人の命か。


 齢23の若造の人間である俺にはあまりに重すぎる選択だった。


「(……どっちをとれば……)」


 俺たちの命を最優先するか、ここにあるIEDを解除するか……。


 タイマーを見た。時間はもうすぐ5分を回りそうであった。まもなく半分を切る。

 和弥はすっかり焦りを隠さず表情が落ち着いていないようだった。新澤さんは部屋の玄関から通路奥を見張りつつも、こっちを心配そうに見ている。

 そして、ユイも……決断を迫るように、少し眼光を強めている。


 熟考した。周りの音がしばらく聞こえなくなった。


 どちらをとるのも重い選択となるのは間違いなかった。


 残るか、逃げるか。どっちを取っても、リスクが多大になることは間違いなかった。


「……」


 どれほど時間は経っただろうか。それほど時間はかけたつもりはなかったが、しかし、体感的には長かったようにすら感じた。

 俺の聴覚がすべての音を一瞬の間遮断した。熟考のため、決断のため。



 ……そして、



「祥樹さんッ!」



 その、ユイの焦燥感を若干出した声でやっと俺の聴覚は覚醒し……、




 俺は、決断した。


 どっちをとっても、同じくらいのリスクはある。


 ……それなら、俺がとるべきは、片方しかなかった。




「……ユイ」


「はい」


 俺はうつむいていた目線を上げ、ユイの鋭い目を一直線に見た。


「……お前に」





「一つだけ、賭けていいか?」





「……」


「これは、自分だけでなく、俺たちの命もかかることになる。責任の重さなんて感じるまでもないが……俺は、一つ、お前にかけようと思う。……どうだ、賭けに乗っていいか?」


 そう。これは一つの賭けなのだ。

 一体のロボットに、俺たちの“命”を賭けるのだ。

 不思議な感覚だった。ロボットに人間の命を預けるという感覚は、こうも不思議なものなのだと、俺は初めて実感した。


 ……だが、これしかなかった。俺は、ここでIEDを起爆させたくはなかった。

 軍人としても、一人の人間としても、そして、過去に負った信念としても。


 俺は、それを鑑みて、ロボットに命を賭ける決断をした。


 ……一瞬だった。ユイは少し口をゆがませると、改めて決意したように、静かに、かつ力強く言った。


「……賭けられるのが、私のような“ロボット”の使命です」


 その言葉と目が、ユイのその決意の高さのすべてを物語っていた。

 俺は感じた。今のコイツならやってくれるんじゃないかと。コイツなら、もしかしたらやってくれるんじゃないかと。

 安心感というわけではない。しかし、信頼できる何かを、俺はコイツから感じた。


 ……その言葉を目を見て、俺も改めて決断した。


「……和弥、USBケーブル貸せ」


「え? いや、一体何を……」


「いいから貸せ! 時間がないんだ!」


「は、はぁ? だ、だけどほんとに一体何を……」


「ハッキングで中から止めるんだよ! 早くしろ」


「ええ!? マジで!?」


 事情をまだよく知らなかった和弥が、急いでケーブルをとりだしながらそう叫んだ。


「マジもマジだよ! 時間がもうないんだ! 早くしろ!」


「あ、ああ……でも、できんのそんなこと!?」


「できるからやってんだろ!」


「だが、もし失敗したら……ッ!」


 そのあとは言葉がつながらなかった。しかし、言わんとすることはわかる。

 代わりに今まで沈黙していた新澤さんがつないでくれた。


「一応言っとくけど、失敗のリスクはあるわよ。今なら敵の襲撃もギリギリ退けることもできる。……それでも、いいのね?」


「……」


 少し沈黙したが、俺はすぐに答えた。


「……俺は決めたんです。コイツに賭けると。これは、隊長として決断しました。この部隊をまとめ、全員を生きて返す使命を帯びた、隊長として」


 男に二言はない。俺はコイツにすべてを賭けることを決断した。今、コイツがハッキングでIEDを止めてくれることに自分の命を、自分たちの命を賭ける決断をした。それを、後々から覆すことはしない。


 この時点で、俺は何と言われようともここに残るということは決めていた。


「(……あの時みたいに何もできずに生き残るのはごめんだ……)」


 何もできないで、勝手に好き勝手されるのを極度に嫌った。それが決断の一番の要因、というわけでもないが、それでも、そういった“信念”もあった。

 賭けることも一つの選択だと思った。その相手がコイツなら、今ならその賭けにも勝てそうだった。

 なぜかはわからない。だが、今のコイツからはそういった“予感”を感じ取っていた。


「(……絶対に止めさせる。邪魔はさせねぇ)」


 俺は深く心に決断した。もう、これは変えることはない。


「……新澤さんと和弥は玄関付近で敵の迎撃を。いいですか?」


「ほんとにいいのね? 後戻りはできないわよ?」


 隊長として、最終的な決断を迫る新澤さんの目線にも、俺は動じなかった。


「……構いません。すでに俺たちは戻れる状況にもありませんよ。とことん、俺はコイツに賭けます」


「……」


 新澤さんも一瞬の間だが沈黙した。彼女も仮にも副隊長だ。そういった決断の良しあしを判断する立場でもある。

 ……だが、


「……フッ、オッケー、その賭け、私も乗った」


 新澤さんも、決断したようだ。


「どうせ戻れそうにないしね。だったらとことんやるわよ……。ユイちゃん」


 ユイが振り返る。新澤さんがそのユイに向けた顔は、真剣みは出しつつも、いつもユイに向けるような、やさしい彼女の表情でもあった。

 そして、新澤さんは静かに言い放った。




「……私の命、預けたからね」




 そう言うと口元を少しゆがませ、すぐに返事も待たずに和弥にこっちに来るよう指示を出した。そのまま、通路奥を見据えて和弥の合流を待つ。


「……はぁ、こりゃ、そろそろ俺も覚悟を決めないとまずいっぽいかな?」


 そんなことを言う和弥の口調は、さっきまでの焦燥感漂うものとは違っていつもの陽気なものだった。状況が立て込むにつれ、もう「やってやるさ」と吹っ切れたように顔も少しニヤケ顔だった。

 俺にケーブルを放り投げると、一つため息をついて言った。


「賭けごとはあまり得意じゃないが、今回は俺も賭けてみるぜ。命を賭けるとか人生初だがな」


「……賭けは勝つときは勝つさ。条件さえ整えばな」


「ああ。まあ、やるのはユイさんだし、勝算はあるとみた。どれ、俺もたまにはそういった賭けごとに出てみるのも悪くないな」


「ああ……そっちだけで大丈夫か? 言っといてなんだが、何なら俺も―――」


 その言葉を、最後まで言わせず遮るように和弥は右手を前に出した。


「いや、お前はここにいろ。ユイさんを一人にするのはよくない」


「だが……」


 そう言いかけると、今度はユイに聞えないようにするためか、俺の目の前にしゃがんで自分の顔近づけた。


「何度も言わせんな。お前はユイさんの元にいろ。お前が近くにいたほうが彼女も安心するだろう」


「……そうか?」


「そういうもんさ。ロボットにもメンタルはある。ユイさんみたいなのならなおさらだ。お前はお目付け役なんだろ? お目付け役が勝手に離れてどうするよ? 違うか?」


「……ごもっともな意見で」


「だろ? そういうことだ。……なに、こっちには新澤さんがついてる。心配すんな。俺はこんなところでは勝手に死ぬ男じゃないんでね」


 そう言っていながらさっきまで死にたくないとか叫んでただろうが。もう忘れてしまったのだろうか。

 だが、俺のそんな考えなどお構いなく、和弥は再び立ち上がった。


「どれ、では、ロボットに俺の命を賭けてみるか……たのんまっせユイさん、俺の命、全部賭けますんで」


 そういってグーサインを軽く出すと、ユイも右手でグーサインを出して返した。和弥がそれにニヤケ顔で返すと、そのまま新澤さんの元に向かい迎撃の態勢に入る。

 しかし、俺たちは空砲しか持っていない。実弾の所持などしているわけもないが……


「新澤さん、相手は実弾できますが、どう迎え撃ちます?」


「任せて。策は練ってあるから。こっちは任せて、あんたはそっちに集中しなさい」


「ほ~ぅ、了解」


 まあ、今更こんなこと聞くのもあれだが、一応策はあるようで何よりだ。

 ……とりあえず、むこうは新澤さんに任せて大丈夫だろう。


「……よし」


 俺は手に持ったケーブルを見、そしてユイを見た。

 今か今かと待っているその目線を受け、ユイにケーブルを差し出しながら、俺は最後に一言残した。


「……俺の命、預けるぞ。……信じてるからな」


 一瞬の間。それを置いて、ユイはケーブルを受け取り、お返しの一言を残す。


「……ロボットは、期待を裏切りませんよ。絶対に」


 その一言が、この時ほど頼もしく聞こえたことはなかった。

 今までのユイならほとんど考えられないことだった。その一言が、さらにユイに対する期待感を膨らませていた。


 ユイが邪魔になるアーマーやヘルメットなどの類を脱いで身軽になる、というより、完全に迷彩服に戦闘靴はいてるだけのだけの状態になった。

 首元のカバーをとってケーブルをIEDをつないだところで、さらにまた無線も鳴り響く。


『敵が敷地内に侵入した! そろそろ来るぞ!』


 ナイスタイミング、といったところか。敵さんもちょうどよくお出ましのようだ。


「来るわよ和弥、さっき言ったとおりね」


「了解。……どうせだ、お出迎えは盛大にいきましょ」


「ええ。国防軍式のお出迎えをしてあげましょう」


 すでに事前の打ち合わせは済ませたらしい。そんなジョークが言えるほど精神的な余裕ができたなら、もう向こうは大丈夫だろう。「はは……」とかすかに笑いつつも、そんな安心感も感じた。



 すべての準備は整った。



 ケーブルもすでにつながった。新澤さんたちの準備も万全だ。



 ……では、やろう。



 残り時間が、5分を切った。


「祥樹さん、いけます」



 その一言を受け、俺は“号令”を鳴らした。


「よし……じゃあ全員」





「各個で行動開始ッ、絶対生き残るぞッ!」






 俺たちにとっての“時間”が、一斉に動き出した…………

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