私幌市防災訓練兼市街地治安維持訓練 1
そんなことを思った日の翌日。
ついに、この日がやってくる。
現地の天気は快晴。真夏の日差しが容赦なく俺たちに降り注ぎ、それを汗やら熱やらにバンバン変換されていく。
しかも、この場所は周りのほとんどが山で囲まれてしまっているため風が通らない。なので、気象条件によっては日本なのに40度越えなんてことも珍しくなかった。数年前にはこの街で41度超えを記録している。
こういう日に限って、風というものは先に行った地形上の都合もあって中々都合よく吹いてくれないもので、そんで日本特有の多湿的環境も相まってか、日本国内比較では熱中症患者最多発生数を誇ってしまう街として知られている。ここだけ地味に南国の状態なのだ。
だが、この室内は冷房をガンガンかけているのでまだ涼しい。
ましてや分厚い防具等を着る前なのでなおさらだが、この室内から一歩外に出れば地獄が待っている。現在正午過ぎ、本日の外気温、実に34度である。まったくもって、ふざけるなといいたい。
この仮説司令部内の会議室には、センターテーブルを中心に本日参加する空挺団特察隊の面々が囲っていた。
そのセンターテーブル上には、この私幌市の訓練区域の地図が投影機器より投影されている。
「はぁ……いよいよか」
自身初の大舞台に立つ緊張がすでに俺の心の中で発生していた。まあ、無理もないか。そもそもこんな若手が出るような場面ではないはずだし。
そんな適当な合理的思考をしながら、俺は目の前に投影されている私幌市の防災訓練エリアのマップを見た。
『岐阜県飛騨地方“私幌市”』
周りを日本アルプスの高山群に囲まれた岐阜県山間部にある、総人口70000人前後の小規模な街であり、少子高齢化の影響で市民の4~5割が高齢化している状態にある。
ある意味、そんな街だからこそ、何かあったときのための防災訓練等に積極的なのかもしれない。今回の訓練も、高齢化によって自治体に自分たちの避難を任せなければならなくなった多くの市民から、今回のような事態を想定した手順は踏まえているかといった防災確認要求・要請の高まりが根本的な原因にある。
市街中心部にある私幌駅を中心として市街地が展開し、その郊外にいくにつれて田園地帯や小規模山岳地帯が多くなってくる。
そして、さっきも言ったように地形・気候環境上“日本一熱中症患者が多く発生する街”として知られてもいる。別名『日本のハワイ』とも。
今回の訓練では、そんな街の中心街の一部と郊外を使うこととなった。とはいっても、ほとんど住宅街やら何やらが大量である。なお、区域で言えばそこは西区にあたる。
「それでは、訓練の概要と状況説明をはじめる」
仮説司令部の会議室にて、特察隊指揮官を務める羽鳥さんが口を開いた。
「まず、この私幌中心街郊外の……ここだ、このエリアにて大規模武装組織の武装活動とCBRNE災害が発生。にて私幌市が岐阜県自治体を通じて国防省への派遣要請を行い、政府の承認が行われ派遣されたと言う推定で行う―――」
羽鳥さんが説明した。
発生時間は正午ジャスト。そこで発生したそのテロに対処するべく警察が出動するが対処困難と判断した私幌市・岐阜県自治体が国防省に派遣要請をし、総理を通じて政府がそれに対して『国民保護措置に基づく国民保護等派遣の下令』という形で応え、一部の部隊を現地に派遣する。その一部隊として、俺たちも参加するのだ。
一応、この要請等を含め、現地とのTV通話を介した緊急災害対策合同本部会議等での政府が介入する場面では政府もちゃんと参加する。
この『国民保護措置』では、治安出動や防衛出動に至らない程度でも、国民保護のために自治体要請や対策本部長からの要請で、総理の承認を受けることで軍を現地に派遣することができる。これが、『国民保護等派遣』というものだ。
なお、この時点で自治体と政府では緊急対処事態対策本部が設置されている。
住民の避難誘導は現在すでに私幌市警を中心として総動員で実施中で、武装組織がいるとされているエリアは隔離する。すでに自治体で隔離区域も設定しており、中心街と西区全体を緊急活動区域として現地機動隊が総出で封鎖している。
俺たち国防軍がやるのは、県・市自治体主導によるその住民避難や区域隔離手伝いと、機動隊と合同での武装勢力の鎮圧だ。
「―――そして、我が空挺団特察隊に関しては、それらの裏で他のCBRNE兵器に対する偵察や処置も含まれている。想定では、場所はまだ知らされていないが、それが発見され我々が派遣されることが想定されているからそのつもりでいろ」
『CBRNE』
さっきから何回か出てきているが、“化学(Chemical)”・“生物(Biological)”・“放射性物質(Radiological)”・“核(Nuclear)”・“通常爆発物(Explosive)”の頭字語のことである。
それによって起きた災害を『CBRNE災害』と呼び、日本で言えば有名な福島原発事故や地下鉄サリン事件、さらには広島・長崎への原爆投下もそれに含まれる。
今回は通常の爆発物による災害が起きた想定のようだ。すでにいくつかの建物や駅舎などが被害を受けており、CBRNE災害が発生している被災区域では機動隊の一部がすでに情報収集を行っている。
CBRNE災害ではこうした区域が分かれており、危険度が高い順に『被災区域』『緊急活動区域』『後方支援区域』と指定されている。
今回俺たちが活動するのはそのうちのホット・ゾーンである。
本来はNBC攻撃が行われたときの各区域指定等に対して行うもので、それぞれの区画間で除染や汚染診断等が行われるが、CBRNEの名前の由来にもあるとおり、通常爆発物の対処に対してもこれを使うこともよくある。なので、今回もそれに準じて区域が設定されている。
そこで、防災訓練開始と同時に住民避難誘導やら武装対処やらをすることになる。
……と、こんな感じが俺達特察隊に宛がわれた訓練概要である。
「……ふぅ、と、まあ、こんなところか」
説明を終えた羽鳥さんが一息ついてシメるように言った
「……今回の私幌市自治体主催の防災訓練は、今までの自然災害系防災訓練とは一転して、テロやゲリラに対する治安対処系防災訓練としては初の試みとなる。中身は従来の防災訓練と同じく、あくまで連絡手順の確認や所定行動の確認等が中心ではあるが、俺たちに限ってはついでに市街地戦闘訓練も平行して行われるし、昨今の治安情勢を考えればこれだけでもとても重要な訓練だ。皆、気を引き締めて臨んでもらいたい」
その言葉を締めにして、俺たちは一時解散し、訓練開始までに所定は位置につくこととなった。
「ユイ」
ヘリに乗り込むための移動中、俺はユイを呼び止めた。
いきなり呼びかけられたので当然不審に思っただろう。後ろを振り向いたとき、首を若干かしげていた。
「なんですか?」
「いや……その、初の大舞台だからな。互いにヘマしないように、緊張感を持っていこう。な?」
「はぁ、そうですね。でも、いきなりどうしたんです? そんなこと言い出して」
「あー……と、その……と、とにかく、互いに頑張ろうってことだ、な?」
「は、はい、そうですね。今日は、お互いに頑張りましょう」
そういって軽く口元を緩ませた。今はまだ、いつものユイらしい。
じゃあ今のうちに……
「じゃあ……互いに健闘を称えるってことで、はい」
そういって、右手を軽く握ってユイの前に差し出した。突然のしぐさにまたもやユイは首をかしげる。それも、さっきよりちょい大きめの角度で。
「ん? なんですかこれ?」
「いや、ほら、ジェスチャーだよジェスチャー。拳つくって当ててみ?」
「は、はぁ……」
そういいつつ少し戸惑いながらも、右手で軽く握り拳を作って遠慮気味にコツンッと当ててきた。
まるでコップを持たずに乾杯するような感覚だ。
「オーケー、それでいい」
「で、これなんです?」
「グータッチって呼ばれてる俺達人間の間で時たまやるジェスチャーの一種だよ。今みたいに互いの握りこぶしを当てる仕草で、ハイタッチと同じ部類だ。よく相互で祝福したり、頑張れって称えるときにこれを使う人もいる」
元々は、昔の巨人の監督がホームインした選手たちを迎えるときこれを使ったことで広まった仕草だ。
……ちなみに、アメリカでは握手の代わりにこれを使えばバクテリアが伝染する確立が9割減るとか言われている。確実かどうかは知らんが。
「へぇ~……そういうのもあるんですか」
「まあ、ハイタッチでもいいんだけどな、どうせならちょっと変わったやつでやりたくてね」
「フフ、面白いですね。でも、なんでいきなりこんなことを?」
「あー、いや、別に、ただなんとなくやりたくなっただけ」
「ふ~ん……」
そのまま自分の握りこぶしを自分の胸の前で左手で軽くさすった後、何を考えたのか、ちょっと首をかしげて口を山の形に変えた。……いや、ほんとになに考えてるんだかわからないな。
少し沈黙して、また視線を俺に向けて口を開いた。
「これ、どこで使います?」
「俺が拳だしたら、とか」
「ハハ、ま、それもそれで面白そうですね」
「だろ。……あ、そろそろ時間だ」
腕時計をチラッと確認して、ちょうど正午あたりになったところを確認。
訓練ではそろそろ事態が発生する時間帯だ。こちらも急ぎヘリに向かわねばならない。
「じゃ、そろそろいくか。……よし、じゃあお互いに、がんばろ」
そういって再び拳を突き出すと、
「……、はい」
少し真剣みを帯びた返事を返してそれにつき合わせて返してくる。
そのままユイは一足先にヘリに向かった。それの後を追っていきながら、今一度手荷物、というか装備の確認をした。
「……これで少しは近づけるかね」
そんなことを唐突につぶやいた。
昨日までの訓練で、どうしても離れてしまうという感覚が頭から離れなかった俺が考え付いた苦肉の策とも言うべき手法。
こうした仕草を互いにしあうことで、せめて物理的にでも近づくきっかけを作りたかった。そんなわがままな俺が編み出した、唯一の策。
「(せめて……“俺自身が”近づいたと思えるようになればいいが……)」
どこまでいくかね、こんな策が。そう都合よくいくとも思えないが……まあ、やらないよりはやってみたほうがマシだろう。
これで少しでも互いが離れていく感覚が薄れてくれればいい……。
そんなことを考えながら、俺はヘリへと向かった。
正午を回って少ししたときだった。
私幌市中心街より近隣郊外の複数個所で大規模爆破テロが発生。それに呼応するかのように武装組織の集団が出現し、私幌市西区全域と隣接区域の一部が『市対策本部』により警戒区域として設定。
西区の半分以上がホットゾーンとなり、ほかの西区とその近隣地区の一部がウォームゾーンと定められた。武装組織の規模に伴いその設定区域も多少大きくとらざるを得なくなった。
武装組織徘徊に伴い、規模等を鑑みて警察のみでの対応が困難と予測されたため、『危機管理部“指揮班”』の要請により、政府経由で出動命令が下され、俺たちは危機管理部より用意された近隣の待機エリアより出動した。
私幌市には国防軍の駐屯地はないので、県からの要請により隣接地域にあった駐屯地から移動することになる。
ここからは私幌市危機管理部(こうした緊急事態における各機関との情報や指示等の連絡調整役)の『指揮班』の要請により、『現地合同調整所』という、現場レベルで他組織や危機管理部との情報共有や活動調整をする部署に参加することになる。
そこから、調整所に特察隊総指揮官として派遣された羽鳥さんを通じて、他から召集された他機関責任者と危機管理部から『現地派遣職員』として派遣された責任者との合同の活動調整の後、俺たちの行動方針がそこで決定された。
こうした事情から、俺たち特察隊の活動方針の決定や、特察隊が得た情報等の提供先となるこの調整所が俺たちにとっての“現地レベルでの司令部”となり、今回はコールサインも“HQ”と定められた。
……移動中のUH-60JAの機内で、それらの確認事項を改めて確認しながら、俺は時計を見る。
「現地到着5分前……。よし、HQ、こちらシノビ0-1、ETA5分前、現地情報確認要請。オーバー」
『シノビ0-1、こちらHQ。インテル更新。降下地点はW-1535、周辺に敵影なし、降下後は他2チームと所定行動をとれ。他、更新なし。オーバー』
「シノビ0-1、了解。降下後行動方針変更なし。アウト」
『HQ了解。アウト』
定期的に情報更新を行うも、それといって変更点はなかった。
Wはもちろん西区のことで、爆発地点よりほんの少し離れた場所に降りる。
ここで降りるメンバーは、先の演習場訓練での初日で俺たちと同行したチームと同じだ。指揮官はもちろんハチスカである。
「(もうそろそろ例の市街地……目的地は公民館でよかったな)」
俺たちの任務は逃げ遅れて建物内に立てこもっている住民と機動隊の一部の救出だった。今は廃墟となり今度取り壊す予定だった公民館を借りて、そこでCQBしながら住民を救助し、現場の機動隊と連合を組んでウォームゾーンの規定ポイントまで護衛することになる。
要は、住民の救出・護衛任務だ。特察隊の特性上、ある意味ぴったりとも言える任務である。
「(公民館にいる敵はそれほどでないはず……それほど苦もなく終わらせれるといいが)」
そんなことを考えていると、さっきまで窓の外を見ていた和弥がふと唐突に思いついたように口を開いた。
「確か、ここは私幌市西区の3丁目だったか……そういえば、実はここ、ちょっとした都市伝説があってな」
「?」
移動中が暇になったのか、唐突にそんなことを話し始めた。
都市伝説とか、こいつそんな方面も興味あったのか。
「なんだよ、いきなり」
「いや、実はここって結構怖かったりするんだぜ? 数年前にとある電子工学科出身の女子大生の行方不明事件があったんだがな」
「おう」
そういえばあったなそんなこと。なんだっけ、雛岸とかいう人がいきなり行方不明になってそのまま失踪して今も見つかってないんだっけか。当初は監禁事件だって噂されてたけど、反抗が巧妙で今も見つかってないんだっけか。
「そうそう。それがさ、実は監禁事件は事実だったんだけど、その裏でこんなことがあったんだってささやかれててな」
「はあ?」
裏でって、そんな見聞きしたわけでもないものを……。
「まあまあそういうなって。んでさ、その雛岸って人は目が覚めるとすでに監禁中だったわけだが、そこで佐藤を名乗る警官を名乗る人から電話が来るわけよ」
「よくわかったな電話番号。てか、没収されてなかったのか」
「らしいな。で、どうやらその人は監禁事件専門の警察官のようで、電話を逆探して住所を割り出したり、手取り足取り救出のための手助けをしたんだよ。……でもさ」
「?」
「途中、パトカーのサイレンが外からなるわけだ。実はそれは別件で近くを通っただけなんだが、それが携帯越しに聞こえたとき『バカな!?』って思わず叫んでよ」
「……え?」
「ちょっと待って。なんで警察官がパトカーにビビるのよ? 普通喜ぶところでしょ?」
いつの間にか新澤さんも入ってきた。向こうも暇だったらしい。そして、なぜか隣にいるユイさえこの話に耳を傾けていた。
「そう、そこがポイントなんだ。この声はどうやら雛岸さんに届いてなかったらしいが、その後もいろいろ手取り足取り教えるうちに、雛岸さんがあることを思いついたらしくてそれを言ったら、その佐藤が心配になって部下を2時間かけて送り込むってところで、階段を下りる音を聞いて電話を切ったんだ。その後、服を脱いで下着姿の状態になり、服に綿を詰め込んで“あたかも部屋に自分が寝てる”状態を作り、散乱していた物を置き換えて最初と違う違和感のある部屋を作る。そして、誰かが入ってきた時、その人が部屋の様子を不審に思って部屋の中に入って適当に見渡している隙をついて、扉の横から暗闇を使って逃げたんだ」
「あー……」
……大体わかってきた。つまり、その後出てくるのは……
「……でも、途中でほかの男に見つかって催涙スプレーで目をつぶされ、それのせいで階段転落で意識を失い、また確保されるんだ。そこで出てきた男が、実はさっきまで電話してた佐藤で、自分の部下がさっき部屋にいかせた男だって話。ちなみに、そいつは沼下っていうらしい」
「ほぉ~……」
……オイオイ、都市伝説にしては結構凝ってねこれ?
「おそらく、この都市伝説上での雛岸さんは、ここにいる部屋が明かりがまったく反射しないコンクリート製で、しかも光が全然届かない暗闇だってところを使って、犯人がわざと油断する部屋の状態を作って、それに嵌ったところを逃げようとしたんだな。佐藤がわざわざ心配になって部下を送ったってのも、おそらくその思いついた策で逃げられるってところを危惧したから。そして、雛岸さんに2時間もの長い部屋での待機時間を設けたのは……」
「時間を多めにとって、雛岸さんの行動を自粛させて余計な行動を取らせないためか」
「そういうことだな」
「へぇ~……」
思わず感心して小さく何度も頷いてしまった。こりゃまた、うまくできた話っすね、ほんと。
都市伝説にしてはずいぶんと中身が凝ってやがる。考えたやつも相当発想がいいな。
……尤も、こういう「実は身近な人が犯人でした」っていうのは今の世の中結構あるから、大方それの類で考えたのだろうが。
「思いついたからって即行でって先に出ようとしたら……ねぇ。もう少し状況を待ってもよかった気がするけど……」
新澤さんも軽く頭に指をついて「あちゃー」といわんばかりの顔をしていた。
「でも、なんでわざわざ電話をして自らの存在を明かしたんでしょうか? 別に電話をせずに、そのままの状態を維持しててもそれほど不利益なことにはならないと思いますが」
ユイがそんな疑問を投げかける。確かにそうだ。先に行った「バカな!?」の件もあるし、下手すればそういったヘマやボロで自分の正体がバレる危険性もあるのに、なぜ携帯に電話をかけたのか。もしかすればその電波すら本物の警察に逆探知されかねないというのに。
和弥はニヤリと口元をゆがませて「いい質問だね」と指を刺しながらいった。
「一説には、誘拐時に携帯を部下が取り忘れたから、時間稼ぎってのもあるし、または、それを逆に利用して、携帯の電池を消費させて後々警察へ通報する手段として利用できなくするためってのもある。……まあ、どれをとるかはその人次第だが」
「ふ~ん……で、その舞台が?」
「そう。ここ、私幌市西区の3丁目なんだ。詳しい場所までは知らんがな」
「知ってたらおかしいっての」
そんなことを言いつつも、少し都市伝説の中身に興味、というか関心が向いた。
和弥によれば、元々はとある短編書籍で書いてた都市伝説のひとつがこれらしいのだが、実は警察関係者の間で一番最初に噂されたものらしい。警察でも、即行でこの可能性を考えていたそうだ。事実、事件当時いくつかで別件でパトカーを出動させていたらしい。
そういった事実からまことしやかに噂されたのがこれで、なぜかその事件の中身まで想像されてしまった結果、こうなったようだ。そこまで考えてる暇があったらさっさと見つけろってんだ。
でもまあ、よく考えてみれば、警察官身分をつかったとはいえなんで携帯電話番号知ってるんだって話しになるし、そこらへんで異変に気づいてればまだ対策は練れたかもしれない。とはいえ、そもそも監禁されてる時点で行動の主導権は犯人側にあるからどうしようもないわけだが。
「んで、今でもその行方不明者がここいら辺にいるってうわさになってるが、そこから先は現実を見てもわかるとおり全然姿かたちが見つからない。中には、すでに死んでて幽霊になってここいら変に取り付いてるってのもある」
「オイオイ、まさかの幽霊オチか?」
「ま、これに関しては都市伝説ができた後からつけられたパターンのオチだからな。そこらへんはちょっと遊びも入ってる」
「ふ~ん……」
俺、こうみえて幽霊系勘弁なんだがな。地味にそういうの怖いんで。
……あ、フレンドリーな幽霊なら大歓迎だが。
「でも、それ面白いですね。何に載ってたんです?」
ユイがその都市伝説のソースに興味を持った。これ、ただの都市伝説なわけだが。
「ちょっとした短編集です。何ならあとでお渡ししますよ。ちょうど2冊持ってるんでね」
「何で複数も持ってるんだよ」
「いや、1冊はちゃんと買ったんだが、その後なぜか本屋の福引で当たっちゃってさ。あ、ちなみに銀賞だった」
「本屋で福引って……しかも銀賞が短編集かよ」
もうちょっとほかになかったのかとも思うものだが。せめてもう少し副賞つけようぜ。
「(はぁ……まさかとは思うが、その行った先に実は死体があったとかそんなオチはないよなぁ?)」
そういう不吉な予感って案外当たるんだよな……。まあ、行き先はただの公民館だし、そこは聞いた話じゃ捜査対象で何もなかったのが確認されたらしいし、そもそも逃げ遅れた住民役を入れたときにその人たちが気づくかもしれないしな。まあ、それはないか。
「(まぁ、こんな小さな街でもどこで起こったかがわからないとなぁ……)」
そう思い窓のを戸を見る。
下はすでに住宅街。小さな町ではあるが、誘拐事件のひとつでも起こそうと思えばこんな辺鄙な場所でも起こせるのか。怖いもんだ。
下を見れば、それほど規模はでかくない……、ん?
「……なんだありゃ」
俺はその下方向にあるものに目が行った。
家の屋根やら道路上に立って、一様にこっちに顔を上げている。そして、俺の視線はその集団の掲げているあるものに向かっていた。
俺の声に気づいたのか、和弥が周りを代表して俺に聞いてくる。
「なんだ、どうした?」
「いや……下に横断幕あるわ。あ、プラカードもか」
「は?」
「どこよ? 上にか掲げてるの?」
「ああ。えっと……」
俺はその横断幕を読む。
『防災訓練に国防軍の軍事訓練参加断固反対!』
『国民を殺すな!』
『テロリストも人間だ! 彼らにも人権はある!』
『国民に銃を向けるな!』
……わ~お。なんともいえないちょっと引きつった笑いが出てきてしまった。
「(なんという左側の人たちの集団……、俺、こういうの生じゃ始めて見たぞ)」
しかも、よく見たら拡声器を持ってる人もいるし、集団で腕突き上げていろいろ叫んでるようにも見える。いわゆる、シュプレヒコールってやつか。大方、横断幕とかにかかがられてることを叫んでるんだろうな。
「……なんだなんだ、市街地にヘリで出向いたら結構なお出迎えされたもんだな、こりゃ」
思わずちょっと苦笑いしてしまう。
新澤さんも俺からその中身を聞くとちょっと「タハ~」とあきれていた。
「今時まだいるのね、そういう連中」
「昔は9条改正時や集団的自衛権関連でも似たようなのがあったんでしたっけ?」
ユイも知ってるのか、その情報。まあ、おそらくネットでググるなりしたんだろう。
「ええ。私がまだ新米だったころもあったけど、そういった中身だったわね。10年前の戦争以来そういった声はこれっぽっちも聞かなくなったけど……ははぁ、形を変えてまた出てきたのねぇ、ご苦労さんなこって」
そういう新澤さんの顔は呆れる、というかもうそれを一回くらい回ってむしろ面白がってるような顔である。これ、当の向こうの人たちがみたら発狂するだろうな。もちろん、俺も同じような顔をしているが。
「でもまあ、テロリストに人権といってもねぇ……確かに日本じゃテロリストは犯罪者扱いではあるが、でも現実問題、そんなこと言ってる場合じゃないんだがねぇ……」
「あるにはあるのか」
「まあ、一応はね。少なくとも日本では、基本的人権の尊重を憲法で定めている以上、相手がテロリストであっても人権はちゃんと存在する。昔あったオウム関連の死刑囚も、本来はテロリストだが、一応は人権のある犯罪者として扱われているしな。おそらく、そいつらはそれのことを言ってるんだろう。……でも、ああいう連中ってそればっかり考えてる結果、同じ人権がある無実の住民がどうなるって考えてないよ。ネットでも散々ぶったたかれてる」
「昔の異常な左翼みたいなものか?」
「異常なのは右のほうも同じではあるがね。でも、あれはどっちかというなら完全に左側の人たちだわな。戦争を強固に反対するあまり、その戦争の際に起きた人命の損失を考えてないのと一緒だ。ま、いずれにしろ今の俺たちには関係ないわ。あんなの無視しとけ無視。私幌市でああいうのいるって聞いたことないから、どうせ外部からやってきた人だろうし、触らぬ神に祟りなしってやつだ」
あいつらの場合、神でもなんでもなくただの人間だがね。
「……」
小さく鼻でため息をつきながらその集団を見る。
すぐにヘリの窓の死角に消え去り、窓越しに見えるのは高速で流れる市街地の光景だけとなった。
……左巻きの人、か。昔からいつもいるものだ。
左右関係なく、あの戦争以来そういうのは学んでいるものと思っていたが……、そろそろ、風化の時期だろうかね。考えてみれば、もうあれから10年も経ったんだ。
人々の記憶から薄れていくのも無理はないだろう。
だが……これは、明らかにあのときの戦争を経験してれば出てこない状況だ。一体何を考えているのか……。そして、問題はそういう声がいまだに多いことだ。
「(……結局、俺たち日本人ってのは、そういうのを自分から学ぼうとするやつは少ないってことか……?)」
彼らのような集団を見ていると、どういしてもそんな疑問を抱いてしまう。
降下準備が下るまでの間、俺は外に流れる景色を無心に見つめていた。
降下後の動きは順調だった。
初日の訓練の際とほぼ同じ手順で公民館に突入。そこからの救出までは、初日の訓練のときより楽に進み、案外あっさりと住民の救出に成功した。それといって動きもなかったのでここではいちいち記さないことにする。
とりあえず、ハチスカより住民救出をHQに報告し、すぐに最寄のウォームゾーンから脱出をさせようというところであった。
現地機動隊も参加し、合同で脱出隊形を組もうとしたとき、無線が突然開く。送り主はHQだった。
『HQより全部隊に通知。情報更新。避難した住民よりW-2235にて爆発物の存在が確認された。爆発物はW-2235周辺に存在。近隣部隊は調査に向かえ。アウト』
住民情報。こうした状況下では、現地住民からの情報はとても重要だ。対ゲリラ戦闘などのときでは、現地住民から数多くの情報を得ることで戦況が成り立つ場合もある。
今回も然りで、どうやら偶然見つけたらしい。だが、手におえないのだろう。だから、こうしておれたちに対する情報提供という形をとったのだ。
「祥樹、ポイントからみて俺たちが一番近いぞ。どうする?」
持っていた小型の地図を見たままの和弥から催促がくる。
ここから一番近いのは確かに俺たちだ。すぐにいける距離にある。しかし、全員で行くわけにも行くまい。住民護衛があるし、少なくともここにいるハチスカとノブナはそれに回らないといけない。
……となると、単独でいくことになるということか。
だがまあ、どうせだ。俺たちがいなくてもまた護衛戦力は十分だし、調査だけなら俺たちだけでも十分やれるだろう。
俺はすぐに決断した。
「ああ、俺たちが行こう。二澤さん、俺たちが行きます」
ハチスカリーダーも即決する。
「了解した。くれぐれも無茶はするな」
「了解。HQ、こちらシノビ0-1。爆発物は自分たちが確認します。誘導経路の検索を。オーバー」
『HQ、了解した。ルートを検索、すぐにそちらに送る。HMDを確認せよ。オーバー』
すぐにHMDに情報は来た。俺の視界上にある道路の中で移動に使われるルートが赤い線で示され、わかりやすく移動ルートとして表示された。
本来ならユイにルートデータを送ってそこから道案内役を頼んだほうが、HMDに対する負担軽減もできて手っ取り早いのだが、この無線は今何の事情も知らない警察すら聞いてるので、そんなボロを出すわけには行かない。だから、わざわざルートデータをHMDに送ったのだ。
……まあ、どっちの方法をとってもそれほどかわらないのだが。
「……HMD受信確認。これより現場に向かう。シノビ0-1、アウト」
『HQ了解。アウト』
HQからの許可も下りた。すぐに現在の隊形から離れ、互いに各方向を監視しながらHMDに示されたルートをたどって目的地に移動を始める。
市街地では建物が多くあるため、どうしても死角や隠れる場所が多くなり、敵が見えなくなる。だから、移動中も死角がないように4人で手分けしてそれぞれの方向を埋めていくのだ。
市街地戦闘での基本中の基本である。
「(まあ、ここいらへんは敵がいなかったはずだし、いたとしても小規模が……)」
そんなことを考えながら、ふと脇の十字路の先を見たときだった。
「……?」
一瞬、何かが通った気がした。……いや、でもほんとに一瞬だったので全然わからないが……。
「どうした祥樹?」
「え、ああ、いや、なんでもない。気のせいだ」
「?」
どうせ今のは目の錯覚だろう。ここいら辺はすでに国防軍の監視下にあるし、あそこに誰かいるなら通報のひとつや二つあってもいいところだ。
余計なことを考えてる暇はない。
とにかく移動を急がねば…………
※災害対策描写に関しては、神戸市より公表されております
「国民保護実施マニュアル【爆破テロ対策編】」を参考にしております。
※途中で出てくる短編に関する使用許可はどさんこGOGO!!氏より得ております。




