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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第1章 ~平穏~
33/181

市街地戦闘訓練 4

 次の狙撃ポイント―――C35に到達するまでは運よく敵と遭遇しなかった。


 てっきりくるものとばっかり思っていたが、主力が頑張っているらしい。後方からくる俺たちへの配慮か、それともただ単に自分なりに敵を倒しまくっているうちに敵がこっちまで手を出せなくなっただけか、それはわからないが、どっちにしろありがたいことだ。


 次の狙撃ポイントも屋上だ。さっきと同じような建物だが、4階と一つ階が小さい。ただし、ここはさっきの場所にあったパラペットがなく、鉄製の手すりがあるだけだった。

 和弥は手すりの隙間から銃口を出して伏せ撃ちの状態プローンポジションで敵を監視し始めた。

 そして、スポッターは引き続き新澤さん、俺とユイはお守りである。


「ガリア2-3が引き続き西から侵入中、1分前に戦闘を開始したって報告がある。新澤さん、敵見えます?」


「とっくに見えてるわよ。ガリア2-3と戦闘中の敵、規模は大きくないけど集団的に動いてるわね。……ほんとにこれただの武装ゲリラ?」


 目線は一切ずらさない中、少し苦笑い気味の新澤さん。

 現実問題、武装ゲリラがここまで統率がとれるのかと言われれば少し疑問なところだが、まあ、中東じゃこんな奴らも若干出てきていると聞くし、おそらくそれの想定だろう。

 ……尤も、日本でそんな奴らが出てくるとも思えないが。例の武装集団だって小規模な上、連携力など統率のとの字すらないほど疎かなものだしな。


「日本じゃそんな連中いないでしょうけど……まぁ、これも経験ですよ」


「そりゃそうだけどね……中東やアフリカでやってよねこういうの」


 中東やアフリカにどんなイメージを持ってるんだよアンタは。


「まあ、敵も減ってるみたいだし、ここは大丈夫だろ。祥樹たちは周辺よろしく」


「あいよ」


 引き続き二人に狙撃を任せるとともに、すぐに無線で報告を入れた。


「HQ、こちらシノビ0-1、ポイントC35到達。狙撃を再開する。オーバー」


『HQ了解。狙撃を再会せよ。ポイント272方向に敵多数。停止中のものだけでいい。狙撃し主力を援護せよ。アウト』


「シノビ0-1了解、アウト」


 ポイント272方向―――ガリアチームの進撃先だ。

 奥のほうに敵がいくつかいる。アサルトライフルで銃撃し応戦している者、ATMをぶっ放そうとしてほかの狙撃チームの狙撃によって逝かされる者、建物のほうから同じく狙撃をする者、様々だ。

 先ほどと同じように、集団でいるものもいれば個人でいる者もいる。連携的な面も、今だに疎かではあるがそれっぽくやり始めた。

 本当は俺とユイも狙撃に参加してもいいのだが、あくまでユイはバックアップなのでここではただただ護衛である。


「援護必要そうか?」


「いや、これくらいなら俺で十分だ。そっちはお守りよろ」


「あいよ」


 とはいっても、それだと俺たち何もすることないんだよ……このまま主力に狙撃情報を送りながらお守りだぜ? 敵もこねぇし。仕事がないってこれあとで上の連中から怒られんかね。


「敵集団、東から追加きます。3~4名、全員アサルト持ちです。コンバットラインに向かっています」


「了解。ガリア2-3、こちらシノビ0-1、東から敵増援、アサルト持ち3~4名確認、コンバット接近中。オーバー」


『ガリア2-3、了解。敵確認エコーチェック、誤差なし。アウト』


「了解。シノビ0-1、アウト」


 コイツからのレーダー替わりの戦況情報がせめてもの仕事となっていた。それをガリアチームに伝達する。


 とはいえ、それくらいの情報は向こうでも小型車載レーダーやら衛星データリンクシステムやらで確保できている。こうやって教えているのは、今回に限ってはユイの確保できる情報がガリアなどのような実動部隊の持つ情報とどれくらいの誤差等が起きるのか、という試験的な意味もあったからだ。

 こうやって高い場所に狙撃ポイントを指定して、ユイは今この場でも狙撃させずにこうした情報伝達に専念させているのも、高所においたほうがレーダー情報量が多く、衛星データリンクシステムのリンクを常にベストの状態で維持できるというのが理由にあった。

 特にこうした市街地では通信電波の伝達を弊害する建物などが多く、試験をするという点ではとてもやりにくい。尤も、本来の市街地戦闘ならそうした場所で通信をすることも多くなるのだが、今回の試験ではあくまで“伝達できる情報量と誤差の確認”にあるため、そういったリアルな場所に置くことはしなかった。

 高所ならそういった弊害も少なく通信できるし、リンクがいらなく潰されることもない。


 そうした理由から、こんなその付き添いの俺からすればこれほど暇なことはない任務が与えられたのだ。


「……にしてもあっつぃなぁ……」


 曇り空ではあっても、その代わり湿気が高いせいでとても暑かった。今はもう7月も後半に入ろうという時期であり、夏も本格的に始まっていた。今頃、世間は夏休み直前か、早いところではもう入っている頃であろう。


 そんな中、俺たちはこんな辺境で分厚い武装を身にまとってんだ。汗だくになるのはもう慣れたものではあるが、それでも、気持ち悪いことこの上なかった。たまに吹きかける小さな風が、今の俺にとってはせめてもの救いだった。


「(……暑くないのかコイツは)」


 それでも、涼しい顔をしているのがこのロボットだ。いくら人間ほど外熱に敏感ではないとはいえ、内部機器の熱で少しは皮膚が熱せられていてもおかしくはないはずだ。もちろん、その程度で本来の皮膚の機能を停止することはないが、当の本人としてもあまり気分のいいものではないだろう。

 ましてや、今はひっきりなしにデータリンク処理やセンサー通信処理をしているはずなのに……まあ、別にこれくらいの使用は想定内で人間みたいに汗ばむ必要すらないのだろうが、それでも、俺は妙に気になった。


 とはいえ……この状況で聞いたところで……


「……なぁ、暑くないか?」


「なんでですか?」


「いや、だって、今日天気予報じゃ曇りなのに湿気高くて気温30度越えらしいし……ましてや、こんな厚着だし」


「別に。ロボットは必要以上に汗らしい汗をかきませんので」


「そ、それはそうだけどさ……やっぱ、体の中暑くなったりとかって……」


「内部で発生した熱は感じません」


「そ、そうか……暑かったりしたら言ってくれな? 扇ぐから」


「いや、扇ぐものありましたっけ?」


「あ……、て、手は?」


「それほど使えるとも思えませんが」


「あー……うん、ですよね……ハイ……」


 それ以上の会話が繋がらなかった。いや、“繋げれなかった”。

 相手側が「今はそれ以上話さないで」と言わんばかりの威圧感をバンバンと出していた。俺はその威圧にやられ、思わず口を噤んでしまった。


 何度もやられるとさすがにある程度は慣れてしまう。とはいえ、慣れてはいても、あんまり気分が優れるものでもなかった。


「はぁ……」


 思わず小さくため息をついた。自分では小さく、と思っていたのだが、外には結構大きく聞こえていたらしい。


「―――? ため息なんて珍しいですね。どうしたんです?」


 隣にいるユイにまで聞こえていたようだ。いつものように通信のための頭部機器を操作する際のこめかみに指をあてるしぐさをしつつも、俺のほうに一声かけた。しかし、顔はいつものままである。


 自分の心情を悟られないようにすべく、すぐに平静を装って答えた。


「いや、なに、気にすんな」


「はぁ……、さっきから変ですね。いろいろと声をかけたりして」


「そうか? 俺は別段そうは思ってなかったが」


「でも、普段なら真面目な祥樹さんがさっきから声をかけまくる頻度が高いように感じるんですが」


「気のせいだろ。俺はいつも通りだ」


「でも……」


「ハイハイ、無駄話はそんくらいでいいだろ。いつも通り通信よろしく」


「……はい」


 少しこっちから無理やり話を終わらせた。納得いかないような表情を浮かばせつつも、視線を俺から外す。

 ……前に、演習の時に和弥が言ってたな。「お前は考えてることが顔に出やすい」、と。

 あながち、あれも間違いじゃないらしい。ロボットにすらバレてるあたり、俺も相当わかりやすいようだ。

 場合によっては悪い癖でもないのだろうが……今この場面では、あまり出てくるのは勘弁願いたかった。


「(……俺の疑念が向こうに悟られるのはマズい)」


 もしユイが俺の疑念を知ったら気を遣わせてしまうかもしれない。そうなったら、本来の任務等に支障が出る可能性がある。

 あくまでコイツはロボット。優先すべきはそっちとしての使命であり、俺のことは二の次でなければならない。


 それが、本来のロボットとしての役目だ。


「(わかっていても、それはそれで複雑なものだな……)」


 ……まあ、そうくどく考えても仕方ない。それが、アイツの本来あるべき姿でもあるんだ。

 出来る限り早く慣れるしかない。


 そう頭で無理やり納得させ、再び主力に対する通信援護のためにユイに現状を聞こうとした。



 ……それと、ほぼ同タイミングである。



『HQ、こちらガリア2-3。敵が一部建物内に侵入した。ここからでは手が届かない。ポイントC35、区域限定座標335の建物に少数人数。詳細は不明だが、確認できた限りではAK系統のアサルトを確認している。オーバー』


 早口で少し焦燥感を感じる報告が無線で響いた時、俺は思わず心臓が一瞬高鳴った。


「(この座標……明らかに“ここ”じゃないか)」


 報告にあった座標には、まさに俺たちが狙撃にご利用させてもらっている建物があった。正確には、その屋上を陣取っている。

 隣にいるユイもその報告を耳にしたらしく、そうでなくても少々威圧感が感じられる能面のような顔にさらに小さなしかめっ面が追加された。


 俺たちの中で危惧されていたマズイ事態が現実となってしまった。

 HQも、この報告が意味することを瞬時に察し、若干切迫感を露わにしながら無線に声を授けた。


『HQ、了解した。ガリア2-3はそのまま戦闘を続行せよ。アウト』


『ガリア2-3、了解。アウト』


『続いてHQよりシノビ0-1、報告を聞いたと思うが、そちらに少数規模の敵コマンドが侵入中。急ぎ迎撃せよ。オーバー』


「シノビ0-1、了解。侵入した敵コマンドの迎撃に移る。アウト」


『HQ了解。アウト』


 通信を終えると、同じく無線を聞いていたらしい和弥からも声が轟いた。視線は移さず、声だけこっちに向ける。


「祥樹、来たぞ」


「ああ、わかってる。こっちは今から迎撃に向かう。狙撃はそのまま継続だ。いいな?」


「了解した」


「新澤さん、ここの指揮権はそちらに委譲します。あとは」


「ええ、任せて。そっちもおねがいね」


「了解。じゃ、行ってきます」


 一時の別れの言葉を残し、ユイをアイコンタクトを交わしながら俺たちは屋上から階段をいったん下りていった。


 来るとしたらもちろん下からだろう。ここは屋上、4階の建物内部をどこから侵入してくるかわからない。

 屋上で迎撃するほうが守る側としては敵の進入路を限定できるメリットはあるにはあるが、しかし、万が一突破されたことを考えると好ましいことではない。

 なにより、わざわざここで迎撃する必要もない。


「(……もう少し中に入り込むのがいい)」


 そう決断した俺はすぐに愛用のフタゴーを背中からスリットを回して手に取った。


 階段を降りるとまず4階の通路に差し掛かる。ここはまあ問題はない。ガラリとした質素なコンクリートの空間だ。

 ……問題は、この先だ。


「(下からくるとして……どのルート使うんだ?)」


 この階にある階段は二つ。

 横長の建屋内の両サイド隅っこに一個ずつあり、それぞれで1階~4階までつながる。そして、4階の中腹には屋上につながる階段がある。

 こういった構造上、最短距離を使おうものならどっちかの階段を一気に上って4階で中腹にある屋上へ向かう階段まで来るしかない。

 とりあえず、片方の階段に差し掛かった。こっちの階段のほうが、玄関から見れば一番近い階段だし、敵が素直に使う可能性が高かったからだ。


「(となれば……ここに居座って迎撃するか?)」


 そう考えて階段の下を覗こうとした時だった。


「待って」


「うッ、と」


 いきなり後ろから襟首をつかまれた。代わりに、真剣なまなざしでその階段の下のほうをチラッと覗くが、すぐに首をひっこめた。


「2階で敵が二手に分かれました。こちらを挟むつもりかと」


「げぇ……マジかよ」


 戦略立ててくるなぁ、向こうも。あまりしてほしくないことをしてきやがって。

 両サイドから攻められるとなると面倒だ。こっちも分担しないといけなくなる。今は攻撃の主導権が完全に向こうにある以上、下手な迎撃をしたらこっちがやられる。


 ……とはいえ、別れられた以上、迎撃方法なんてほぼ限られてるようなもんだ。当然、片方を捨てて、なんていうことができる状況でもないし、分担するしかあるまい。


「どうする? どっちがここを守る? 俺が向こう側の階段を守ろうか?」


「いえ、敵の規模は少数ですが、私はまだしも、祥樹さん一人で相手をするのはおそらく得策とは言えません」


「じゃあどうするってんだ? 片方捨てるわけにもいかねえぞ?」


「……」


 2、3秒ほど考えたのち、


「祥樹さん、ここで待っててください」


「は?」


 そう一言残すと、ユイはそのまま手すりから一気に下の階段に飛び降りた。

 俺が口を開けて唖然とするのはお構いなし。屈折階段の手すりから、屈折部分の隙間を通って下の階段に下りていくと、何やら何回か銃撃……と、なぜか機械的に何かがぶっ壊れる音が。


 ……この時点で俺は嫌な予感しかしなかった。


 その破損音やら銃撃音やらが鳴り終わったところで、俺は無線を入れた。


「……なぁ、大体予測はつくけどさ、今の音なに?」


『なにって、下から来た敵をさっさと“ぶっ壊した”だけですが』


「えええー……」


 迎撃した、ではなくて“ぶっ壊した”ってところにコイツの隠れた狂気的要素を感じざるを得ない。いや、冗談とか誇張表現とかでなく。


「……ちょっと待て。お前、ぶっ壊したって、マジで壊したのか?」


『ご安心を。ぶっ壊したとはいっても、頭と胴体を無理やり切り離すかその頭を銃撃で滅多打ちにするかのどちらかで済ませましたから』


「うわぁ……」


 済ませました、って言葉を地味に澄ました声で言ってんじゃねえよ。地味にグロい光景が浮かぶぞそれ。

 被害にあわれたロボットたちが気の毒でならない。まあ、頭ぶっ壊されたぐらいじゃ人間みたいに死にはしないからいいが、これ、もしあいつらに記憶ってもんがあったら絶対トラウマだな……うわぁ、マジで可哀想。


「……なぁ、これ、訓練中にロボットがぶっ壊されてもちゃんと施設科が直すのか? それとも自腹か?」


『今までに何度かこういう破損はあったらしいですから問題ないでしょう。訓練中に勝手にぶっ壊れたとか言っておけば』


「いや、訓練中にどうやったら首が折れたり木端微塵になるんだよ……」


 もう呆れはててしまい、それ以上の言動は諦めた。何れにしろ、言っても無駄だ。とりあえずその被害にあわれたロボットたちには心の内で深く詫びを入れておくとして、問題は……


「となると、もう一方か……」


 ちょうどそのタイミングで、ユイも階段を上って戻ってきた。傷一つつかず、満面の無表情で涼しい顔で。

 ……ちょっとは疲れろよ、マジで。なんか怖くなってきたぞ俺。


「ほかの敵ももう一方の階段のほうに向かいました。この階段は危険と判断したようです」


「あいよ、サンキュー。……となれば、こっちはもう考えなくていいのか?」


「敵の増援があればまた可能性はあります。しかし、今はまだ」


「了解。じゃ、さっさと迎撃に向かうとするか」


 そう言って少し場所を移動する。

 この階の通路は、訓練初日で舞台になった建物のように両サイドに木製の部屋扉がある。

 外開き扉だったはずだし、距離を隔てて、それを盾にして迎撃するのがベストだろう。とはいえ、木製扉がどこまで盾になるかは知らんが。


 大体階の中腹あたりの両サイドを陣取り、それぞれで適当な部屋扉を開けてそこを盾にし、ニーリングポジションで敵を待ち構えた。ちょうど屋上へ向かう階段を俺たちと敵が来る階段の間に挟む形となった。

 敵はそれほど急いでるわけではないらしい。むしろ中に敵がいないか警戒しながらだそうだ。だから、これだけこっち側が手間取っても未だに4階に来ないわけだ。


「敵、3階を通過。間もなくです」


「了解」


 視線の先の階段を一直線に見据えたままそう一言端的に返した。

 その数秒後くらいだろうか。カタンカタンと金属がコンクリートにあたる足音が複数重なって聞こえてきた。階段方面からだ。


「きたぞ。敵詳細」


「敵、前方より接近。間もなく見えます。武器不明、アサルトの可能性大。数は確認できる第1波は5~6と確認」


「了解。……と、きたきた」


 階段の影からこっちに振り返る人型の白基調の金属物体が見えた。敵役のロボットだ。手にはAK系統らしいアサルトライフルが見える。

 すでに迎撃許可は出ている。問答無用だ。られる前にる。


「撃て、射撃開始!」


「了解。攻撃します」


 銃撃戦の火ぶたを切った。この通路内に、フタゴーの薬室内で破裂した火薬の音が何重にもこだまして響いた。

 初っ端からまず2体撃破。ペイントがぶち当たってその場に倒れたが、それを目の当たりにした仲間たちもすぐさま反撃に転じる。

 向こうが撃つのはペイントではなく命中判定機能の持ったセンサーを有する空砲だが、銃口を向けられることによる威圧は本物とそれほど変わらない。やはり怖い。


 すぐに扉を盾にして応戦。一応、木製だが貫通判定とかはないらしい。好都合だ。利用させてもらおう。


「敵は多くない。少しくらいは時間かかっても確実に仕留めろ」


「するまでもないですよ。ほら、もういません」


「え? ……あー、ほんとだ」


 俺がのたのたと銃撃してる間にコイツは即行で残りを仕留めてしまったらしい。別にこっちもサボってたわけではないのだが、なんだこの仕事の速さは。俺が出る幕がない。


「次きます。第2波、6~7、その後ろに若干数。ライフル装備の可能性大。間もなく見えます」


「よし……、きた」


 次々とくる敵の襲撃。俺たちはその対応に追われた。

 装備は一貫してアサルトライフルだった。というより、全部AK系統だった。専門メーカーで作ってるAKの模造品だろうが、しかし、軍用の空砲仕様なんてもんをよくこんなに用意できたもんだ。特注か何かだろうか。


 とはいえ、結局その扱う側がロボットなので対応は一貫的だった。腕なり頭なりを撃てば簡単にダウンするのは人間と同じ仕様。そこにペイントが当たった瞬間、そのロボットの胴体にある各種部位センサーが働いて勝手に倒れた。


 その状態で第2波を迎撃しつつ、そろそろ第3がくるか、とか思っていた頃だった。


「……あれ?」


 明らかに敵の攻撃傾向が変化しているのに気付いた。

 最初は積極的に前に出ては銃撃していたのに、なぜか今は階段や、俺たちみたいに扉を開けてそれを盾にしては消極的攻撃姿勢に移っていた。

 こっちの銃撃もそれによって命中率が落ちることとなったが、それでも根気強くやっているうちにそっちに夢中になって今まで気づかなかった。


 ……わざわざ攻撃に変化を見せたのはなぜだ?


「(……ただ単にこっちの攻撃の高さを再計算した結果か?)」


 だが、それだけでわざわざここまで大胆に変化するとも思えないが……結局はただの二人がかりでの銃撃だぞ? そこまでする必要はない。数的有利は向こうにあるし、わざわざそんなめんどくさい戦法を取る必要もない。


 これじゃまるで……何かを待ってるかのような戦法だ。


「(なんだ、なにを狙っている?)」


 わからなかった。俺たちを一方的に攻撃するだけなのにそこまで回りくどい攻撃をする理由がわからな―――


「危ないッ!!」


「ッ!」


 俺がその叫び声に疑問を呈する前に体に強い衝撃が走った。

 左から、通路反対側で銃撃していたはずのユイが俺のほうに突っ込んできては、そのまま抱きかかえるように俺の体をかばってその先にある部屋の中に自分もろとも転がっていった。


 ……その、一瞬後のことだった。


「ッ!?」


 ボンッ、という空気を思いっきり押し出したような音と、その一瞬後に今度はその部屋の入り口方向から木の板が紛糾したときのような大きな衝撃音が轟いた。


 なにがなんだかわからないうちに俺は状況をすぐに確認する。

 ユイは俺を守るためか、俺を腕全体を使って抱かかえて強く抱きしめていた。俺の目の先は大体コイツの鎖骨から首辺りか。背丈の関係上全体を守れないと悟ったのか、特に頭部から上半身を重点的に守ったらしい。そして、ユイの目は衝撃に耐えるためか必死にそうに瞑っていた。


 すぐに起き上がると、ユイが必死そうに早口で状況を伝えた。


「背後に回られました。今のは後ろからの攻撃です。すいません、もう少し情報提供が早ければよかったのですが……」


 そんな少し申し訳なさそうな顔をするユイを横目に俺はそのドアのほうを見た。

 そこには、さっきまで盾代わりに使ってたはずの木製のドアが消え去り、代わりにその床には見事に粉砕された木片たちが散ばっていた。どうやら、ドアから破片に生まれ変わった様である。

 だが、ここまでの破壊力を持つ武器って一体なんだ。明らかに訓練で、しかも生身の人体に向けていいものではないはずだが……。


「だが、なんだこれは? 一体何を撃たれた?」


「チラッとしか見えませんでしたが、おそらくグレネードランチャーです」


「はぁ!?」


 俺はまさかと思いつつドアからその後ろ方向を見た。

 その先には確かに敵がいた。ユイのいっていたとおり、背後に回られていたらしい。

 そして、その中の1体が持って物を見て思わず自分の目を疑った。


「あいつ……確かにグレランもってやがる……ッ」


 しかも、形が現在米軍で使用中のM25IAWSと完全に一致していた。アイツら、米軍から借りてきやがったな。

 もちろん、ここで言うグレランとは訓練用の実弾のない空気砲みたいなもので、空気をそのまま押し出して敵に当てる、ちょっと威力が高めの高度なおもちゃみたいなものだ。

 あくまで訓練のためのものなので、あたったとしてもちょっと空気か何かが触れた程度にしか感じないはずなのだが……。


「(……なんだこの威力は……)」


 何を見間違えたか、それに当てられた木製ドアが見事に木っ端微塵になったように見える。おかしいな、俺はまた性懲りもなく幻覚を見ているのだろうか。

 そんな俺の呆然などお構いなし。隣にいるロボットはいつもの表情を戻しながら言った。


「空気砲型のグレネード持ちが後ろに1体います。まずそいつを優先して撃破してください」


「いや、だがちょっと待ってくれ。あれ明らかに空気圧縮数値間違えてるだろ! 俺下手したら死ぬぞあれ!」


「今更そんなこといっても始まりませんので、後はお願いします」


「え、ちょ、待って、後は俺に全部丸投げ!?」


「丸投げです」


「うわ、そんな無慈悲な!」


 そんな俺の悲痛な叫びはぜんぜん届かず、ユイは無関心のような表情でそのまま元の配置に戻った。……ここら辺もロボットか。切り替えが早くていいね、ほんと。ちょっとは心配してくれよ、もう。

 ドアの盾がなくなった俺は、仕方なくこの部屋の入り口の影を使いながら、新たに現れた後方の敵を見据えた。


「(うわ、グレランこえぇ……)」


 そう思っている間にもまた一発放たれる。すぐに陰に隠れたので何を逃れるが、その代わりすぐ横を強い風が通り過ぎた。今まで暑かったからこの風は結構助かるはずなのだが、残念ながら今この場に限ってはそんな涼しさを感じているほど精神的に余裕がなかった。


「クソッ、上の連中め、あとで覚えてやがれ」


 そんな文句をはき捨てつつそのグレラン持ちに一連射を喰らわした。

 少し慌ててた自覚はあったものの体はしっかりやることはこなしてくれたようで、何とか脚部に命中してバランスを崩して倒れた。追い討ちでもう一連射与えて完全に撃破した後、またほかの後続の連中に銃撃を喰らわす。

 こっちの敵もやはりAK系統のアサルトを持っていた。ゲリラ風味の敵役にしては随分リアルな仕様だと思いつつも、近いのから順調に迎撃していく。


 ……とはいえ、


「(いくらか数が多いな……主力はもう少し抑えれなかったのか?)」


 今までにもその主力たちの起こす無線がうるさく飛び交っていたが、それを聞いていても一応は不利的状況であるようには思えなかった。

 となると、一度に入った戦力がこんだけあるのか? それとも知らないうちに侵入を許したのか。いずれにせよ、あんまりこられるとこっちとて弾薬が持たない。


 だが、そんなこっちの事情などお構いなしだった。

 敵はどんどん4階にあがってきた。一体どれほど侵入を許せば気が済むんだと内心うんざりしながらも淡々と迎撃するが、ここで恐れていた事態を迎えることとなった。


「―――ッ! やっべ、弾がねぇッ」


 リロードしようとしたとき、ちょうど弾薬がなくなったことに気がついた。

 この時点で、敵はまだ少数ながら存在していた。最初ほどの勢いはないにせよ、弾薬がなくなってしまってはそれすら撃退することは不可能に近かった。


「祥樹さん、これッ!」


「ッ!」


 こっちの事態を察したのか、ユイが手元に二つのマガジンを立てて床に滑らせてこっちに渡した。

 そのマガジンは無事俺の足元にたどり着いた。しかし、一応受け取りはするものの、俺は思わずすぐに確認の意味もこめて叫んだ。


「だが、これお前の最後のやつだったろ!?」


 そう。ユイも類にもれず、弾薬がもうなかったはずだった。

 リロードする際は、仲間に対する自身の射撃停止中の注意喚起をする意味もこめて「リロード」なり「装弾中」なりの宣言をする必要があるのだが、ユイのそのコールも一応俺の耳に聞こえてきた。

 その数から考えて、明らかにこの俺の手元にある二つは最後のマガジンであるはずだったのだ。


 だが、ユイは少し眉を細めた真剣みの表情を変えずに淡々と返した。


「私は銃がなくても平気です。祥樹さんはそれ使ってください」


「銃なくてもって、一体どうやって!?」


 その問いには答えず、ユイは自身の相手をするべき敵を一直線に見据えて目を細めた。

 よくはわからなかったが、一応30発マガジン2つさえあれば何とか持ちこたえれるだろう。無線を聞く限り、もう少しで主力も敵勢力撃退の仕事を終えれそうだった。


「(つっても、アイツは一体どうやって残りの敵を……)」


 ユイ側はもう追加増援はないらしいが、敵はまだ確認できるだけでも4、5体ほど残っていた。それも、全員相変わらずアサルト完全装備だ。

 銃で対抗できるのは銃以上の武器であるのはもはや言うまでもないが、今ユイの手元にはそれがない。あるとしたら、フラググレネード2、3個くらいだ。

 確かに、ユイの投擲能力があれば敵のいるところまで投げるのは造作ない。しかし、いかんせん距離があるしここは開けてるので即行で投げたのがバレる。そうなれば、敵もさすがに近場に隠れるなりしてやり過ごすだろう。それほど、効果はあるように思えなかった。


 状況から見れば、銃が使えない時点ですでに詰んだも同然なのだ。その状況でどうするつもりなのか。


 俺はマガジンを交換して弾を節約しながら慎重に敵に弾を送っていくが、そんなことを考えてしまいふと隣を一瞥した。


「……?」


 すると、ユイは手に手榴弾を持っていた。自身が今もっている唯一の対抗武器ではあったが、しかし、さっきも言ったように大きな効果は望めない。

 しかも、一番驚いたのはその身だしなみだ。なぜかヘルメットを取り、きていた防弾チョッキも脱いでしまっている。まさにただの都市迷彩服“だけ”を着た状態だ。身軽にはなるだろうが、一体何をしたいのか意味がさっぱりわからない。


 さらに後ろを見ると、ユイのほうから銃撃がなくなったので敵が徐々に間合いを詰めてきていた。俺たちとその敵の間には例の屋上につながる階段があるため、あまり近づかれるとマズイ。そこに突入されたら、屋上で狙撃中のあの二人に危害が加わるのは確実だった。


 ちょうど俺のほうであらかた敵を片付け余裕が持ててきた。もし状況が状況なら、こっちが終わったらそのユイのほうの援護にも入ろうかと考えていたが、その状況になってもまだユイは行動を起こさない。その間にも、敵はどんどんと間合いを詰めてきていた。


「ユイ、早く―――」


 ―――迎撃しろ。


 そう、口を動かそうとしたときだった。


「ッ?」


 ユイはドアを壁にしつつ、ニーリングポジションからのサイドスローで手榴弾をある程度近づいてきた敵に投げつけた。

 弾道は見事に敵のまん前に落ちるコースだったが、敵からは丸見え。やはり、いち早く手榴弾の存在を感知し、バッと後ろに避けた。その後、破裂代わりの爆発音声が鳴り響くも、敵に撃破判定は起こらず、あっても一番近くにいた敵ロボットがちょっと破片の命中判定を食らってたじろいだ程度だった。


「(マズイ、あれじゃほとんど意味がな―――)」


 ―――だが、


「(―――ッ!?)」


 それで、終わらなかった。


 ユイは手榴弾の破裂を確認すると同時に、盾にしていたドアから飛び出して一直線に敵集団の元に走っていった。その速さは一々特筆するまでもない。瞬間的な加速力からその持続的な速さまで人間顔負けのものだった。


「(なにやってやがる! 死ぬ気か!)」


 俺は思わず目を違う意味で見開いた。

 当然、敵もユイの急接近に伴い急いで迎撃射撃を敢行するが、ユイが早すぎて見越し射撃が間に合わなかった。しかし、いずれ命中するのは時間の問題、いや、それ以前に今すぐにでも当たってもいい状況だった。

 まだこっちにも敵は残っていたが、そっちは後回しにしてユイのほうの援護射撃に移ろうとちょうどなくなっていたマガジンの最後の交換をしていたときだった。


「―――なッ!?」


 しかし、その必要がないことを俺はすぐに思い知ることとなった。


 ユイは先の一番近くにいる手榴弾のせいでたじろいだ敵の銃を持つ手を引っ張るとそのまま勢いに載せて一本背負いをかました。地面にたたきつけられ、さしもの敵も銃をそのまま放り投げて伸びた。

 だが、たたきつけると同時に今度は両手でその右腕を掴んで左回転で砲弾投げの要領で敵の集団に向けて放り投げてしまった。


 その先にいた1体の敵はその投げられた敵からのいろんな意味で理不尽な体当たりを食らわされ、撃破判定だったのか互いに床に倒れたまま二度と起き上がらなかった。一瞬、敵がロボットで人間より頑丈でよかったと心底思った。


 残りの敵ロボットは4体いた。しかし、そいつらにも容赦なく追撃をかける。

 さらに近くにいた2体からの銃撃をバク転で華麗に回避すると、今度は一転して前に飛び出て1体の敵の片腕を引っ張り、足を引っ掛けてそのまま頭から倒した。頭から、なのでもう起き上がらず、そいつの頭を上から足裏で思いっきり踏みつけるというドMなら喜びそうだが普通に目に痛い理不尽な追撃が喰らわされる。敵はドMの変態などではなくただのロボットである。ものすごく可哀想だった。


 その横からもう1体の敵が掴みかかるが、その敵にもユイは左手で頭を鷲づかみにしていったん自分の下に引き寄せると思いっきりその後ろから追撃してきた敵に向けて押し倒した。互いに頭を打ったのかそのまま倒れてこれまたノックダウン。


 ……この時点で、敵を攻撃し始めてから計測してたったの10秒前後である。


「……」


 自らの任務を忘れてそのまま呆然としてしまった。その視線はユイに完全に釘付けされることとなった。

 ……が、


「ッ! マズイッ!」


 後ろから最後の1体が迫ってきていた。今までの攻撃から銃撃での撃破は無理だと判断したのか、後ろから近接的に攻撃するべく急接近していた。


「おい、危ねぇ!」


 思わずそう叫んでしまった。


 ……だが、ぶっちゃけ声をかけるまでもないとすぐに思い知った。


「……ッ!?」


 とっくの昔から気づいていたのか、ユイは後ろを振り向く前に足から右回転で回し、回し蹴りで後ろにいる敵を右足かかとから蹴飛ばした。

 威力は尋常でなく、その敵は背後にあったコンクリートの壁にたたきつけられてそのまま倒れてしまった。当然、もう二度と動かなかった。


 敵、全滅確認。


 ざっと6体はあったはずの敵を、ユイは手榴弾による号砲に始まり、“CQCだけで”すべて撃破してしまった。

 判定、ではない。“完全に物理的に”戦闘不能に陥れたのだ。


「……うそだろ……」


 おおよそ人間では予想もつかないような、もはや人間離れどころの話じゃないこの事態に、俺はもはや呆然と通り越して半ば気絶していた。

 体を動かさず、目線も動かさず、もはや何も考えることすらできなかった。


 ありえなかった。一人で6体倒すだけならまだしも、半ば無謀とも言えるCQCのみで撃破を見事に成し遂げてしまった。


 完全に伸びてしまっている自身の同胞たちを周りに置き、その中心で俺のほうに左横面を見せているユイのその姿が、まさに死体だらけの戦場でただ一人孤独に佇む“人間のような何か”のようで、俺にそいつがただのロボットではなく“戦闘用ロボット”なのだということを何より思い知らせていた。


 静寂がこの空間を支配する。さっきまでの喧騒がうそのように。その静かさが、今の俺には逆に不気味にさえ思えてしまった。

 そんな静寂の中、やっと働き始めた思考が真っ先に出したのが……


「……これ、俺いるか……?」


 そんな、「いやそっちじゃないだろ」と自分で自分にツッコみたくなるような一言だった。

 ユイの起こしたその現実が、俺に一時的にまともに思考するための能力を奪い去っていた。


 ……それのせいといえば責任転嫁になるが、


「―――ッ! 祥樹さん危ない! 後ろ!」


「ッ!!」


 そのとき、俺は後ろからくる存在に気がつかなかった。

 ユイがいきなり立てた叫声につられるようにバッと後ろを振り向くと、すぐ近くに敵のロボットが迫っていた。

 あらかた迎撃したはずだが、まだ撃破判定でなかった敵がじりじりと迫っていたらしい。片腕は使えないらしく銃は持っていない。代わりに、もう片方の手を俺に伸ばそうとしていた。


「(ッ! ヤッベ!)」


 すぐによけようにも、もう手は目の前だった。片膝立ちの状態から上を見上げないとけないほど敵が近くにおり、もはやどこに逃げても手が届く範囲だった。


「(チッ、クソッ)」


 それでもせめてどこかに逃げれないかと模索して、とりあえず後ろに下がろうかとしたときだった。


「頭下げて」


「ッ?」


 少し威圧がかかったような冷徹な声に押されるように頭をすぐに下げた。

 それと、ほぼどうタイミングだ。


「……え?」


 俺の真上を一本の腕が伸びた、と思った次の瞬間には、今度は大きな胴体が“飛んでいった”。


 横を見ると、ほぼ一瞬で俺の元に戻ってきたユイが、俺に伸ばしていた腕を引っ張って無理やり一本背負いでたたきつけていた。

 ガッシャンッと金属的な何かが一瞬でなだれ落ちるかのような音を響かせ、壊れはしなかったもののそのロボットはピクリとも動かなかった。動けたらむしろすごいが。


 そして、残ったのは俺と、たった今俺を助けたユイだけとなった。


「……えぇ……」


 その時のユイの様子がまさにどっかの白銀の王子様か何かだった。

 ここで俺とユイの男女が逆だったら確実に惚れていたのはこっちのほうだろう。それだけ、今のユイが“客観的には”かっこいい存在に見えてしまった。……いや、男女このままでもたぶん惚れると思う。今の俺が実際地味に惚れそうだったのだ。


 しかし、そんな俺などなんとも思っていないように、ユイは無機質な声をかけた。


「大丈夫ですか? 怪我は?」


「あ、あぁ、いや……大丈夫だ。なんともない」


「そうですか……油断しないでくださいね。まだ敵いるの忘れずに」


「お、おう……すまん、悪いな」


「お構いなく」


 そういった受け答えも、どこか素っ気無く終わってしまった。自分が今さっきやらかしたことを誇るわけでもなく、ドヤ顔するまでもなく。ただただ、自分の仕事をした後の寡黙な仕事人かのように。

 ユイはそのまま自分の銃を取りにいった。俺もとりあえず銃を持ち直して周辺警戒をしているとき、ちょうどよく無線が単調な事務的声質の音声を送ってきた。


『HQより全部隊、ガリアの敵制圧完了確認。状況終了。状況終了』


 訓練終了の無線だった。主力が作戦目的を達成したのだ。

 俺は一瞬で肩の力が抜けて大きなため息をついた。


「お、終わった……」


 短い時間ではあれど、極度の緊張感の中での銃撃戦だったがために、肉体的にも精神的にも疲労がたまっていた。思わずその場に倒れそうになる体を何とか持ちこたえるのが正直精一杯だった。


「大丈夫ですか?」


「ん?」


 そう声をかけるのは銃を取り終えたユイだった。さっきまでの重い声ではなく、いつもの明るい声だった。表情も、どことなくいつものユイが戻ったように雰囲気が晴れ晴れとしていたように感じた。

 防弾チョッキをを着なおすユイを見つつ、言動に疲労さを全開に出して返す。


「いや、大丈夫。これくらいはなんともないよ」


「そーいって、思いっきり激しく息切れしてるじゃないですか。実は疲れたんでしょ?」


「ハハ、まあ、間違っちゃないけどさ……いや、ほんとに大丈夫だって」


「ほー……?」


 そういう目はどことなく疑わしい感じだった。いや、俺ほんとにうそ言ってないのだが。


「……ていうか、それ言ったらお前だった大丈夫だったか?」


「何がです?」


「何がって、さっきのに決まってるだろ。聞いたことないぞ、ライフル完全装備の6人組プラスアルファに防具なしで挑むって……」


「いや、防具邪魔じゃないですか。あんだけのアクロバットするのに」


「いやいやいやいや、それでも銃弾当たったらお前といえどただですまないのに……しかも大胆にもCQCて……」


 まあ、確実にアレは大胆ではすまないだろうが。


「だってあのほうが手っ取り早いじゃないですか」


「手っ取り早いって、その手っ取り早さの究極系として人類が編み出したのがこの銃という武器であってな……」


「私はこれが一番手っ取り早いんです」


「いや、そんなムスッとした顔されても……」


 俺はそんな表情を作る原因になる言動はしてないんだが、しいて言うならそんなことを言わせたお前に半分以上原因があるとしか……。そんな不満を抱いていると、


「ちぃーっす、おつかれっしたー」


「二人ともお疲れー」


 そんな会社帰りのサラリーマンのような気だるさ全開の声×2が背後から聞こえてきた。

 狙撃任務を終え階段を下りてきた和弥と新澤さんのコンビである。


「あぁ、二人とも。狙撃任務お疲れさん」


「ええ。そっちも、いろいろと大変だったっぽいわね。……ていうか、なんでユイちゃんヘルメットとってるの? 汗かいた?」


「あ、いや、これはいろいろと……ね」


 ここで話すとまた長くなりそうだから適当に流した。


「ふ~ん……まあいいか。じゃ、さっさと降りましょうか。もう疲れたわよ……」


「お疲れ様ですね。何体撃ち抜いたんです?」


「さあね、数えるのめんどくさくなってわからないわ」


「言っときますけど、撃ったの俺ですからね? 半分は俺の功績であって……」


「ハイハイ、わかったわかったって……」


 そんなだるさ全開の会話を交わしながら二人は一足先に降りていった。相当撃ってたようである。和弥に至ってはスリングで背中に回してる狙撃中も少し重そうにしていた。

 今回ばかりはお疲れ様だな。あとで何か差し入れでもしてやろう。


「じゃ、私たちもいきますか」


「え、あ、あぁ……そうだな」


「―――? どうしました?」


「いや、別に……なんでもない」


「……?」


 さっきからずっと見つめられていたのを不審に思ったのか、少し目を細めて俺の目を覗き込んだ。


「……な、なんだよ?」


「……」


 それでもずっと覗き込むユイの機械的な瞳。よく見ればカメラ機器見えるんじゃないかとすら思えたとき、ユイは一瞬ニヤッとした表情を浮かべた。


「……あ~、わかった」


「ッ!」


 一瞬バレたかと思い心臓が高鳴ったが……


「祥樹さん、私に惚れたんでしょ?」


「…………は?」


 どうやら、それは杞憂に終わったらしい。

 あまりのおかしな一言に俺は一瞬にしてうんざりしてしまった。

 ……あぁ、うん。確かに一瞬惚れそうではあった。だけど、惚れそうだったってだけで別に惚れたわけでもなんでもないんだが。女性に言ってくれよ。その言葉は。


「はぁ、なんで俺がお前に惚れないといけないんだ? ん?」


「いや、さっきのCQCからの救出ですからね。これは男といえど一瞬でこの私の白馬に乗ってきた白銀の王子様っぷりに一目ぼれに……」


「ねえよ」


「ぐはぁ、そ、そんなキッパリ言わなくても……私だって可愛さありのボーイッシュガールの気質はあってですね……」


「悪いけどその言葉は女性に言ってな。それも若いほうだ。そっちのほうがウケはいいから」


「いや、私男じゃないんですけど」


「安心しろ。ボーイッシュガールならそこそこ女性にも男性にもウケはいいぞ。アイマスの真という前例がある」


「私あそこまでモテるボーイッシュですか?」


「モテるんじゃないかな」


「え~……?」


 なんだ、その疑い深い目は。ボーイッシュじゃだめなのか。ボーイッシュガール特有の短い髪してるくせして。


「何なら新澤さんにでも聞いてくれば? 今のお前完全にボーイッシュだから」


「ええ? 絶対私はどっちかというとキャッピキャピでピッチピチなガールな気が……」


「お前、今さっき自分でボーイッシュ言うてたやん……」


 そんな俺の文句など聞かずにあいつはそのまま一足先に去っていった。都合の悪いことは完全スルーしやがって。そんな余計なとこまで人間から学ばなくていいってのに。


 ……はぁ……。


「……こんな楽しげな会話が日常だったんだがなぁ……」


 今までは、今みたいな馬鹿話に花が咲くようなのが当たり前だった。互いに楽しげに、それが普通だと思ってた。

 だが、一度戦場に出ればそれ思いっきり一変する。ほぼ180度変わるといっても過言ではなかった。


 普通の日常なら、ここまで気が楽な関係なのに、戦場に一歩踏み入れた瞬間それが完全に消え去っていた。


「(俺の考えが甘かったのか……? ロボットといえどそうなることは俺とて予想はしてたつもりなのに……)」


 とはいえ、予想するのと受け入れるのではやはりわけが違うということを、俺は身をもって体験していた。


 アイツはちゃんと“ロボットしてる”んだ。その過程で、銃撃を省みず突撃し、あの圧倒的なまでの能力を見せつけ、そして人間である俺を呆然とさせた。戦闘用、という肩書きは伊達ではなかった。

 あのときのアイツは、まさに戦うために生まれた“戦闘兵器”のような存在だった。


 ……そう、それが“本来普通である”のだ。


 アイツにとっての普通はそれで間違いない。それは、俺もわかっていた。


 ……だが、その時のアイツの表情や声を聞いているとどうしても違和感を感じていた。


「(……認めたくないんだろうか……俺は、その姿でいるユイを……)」


 別に悪い要素でもなんでもない。戦闘時は余計な情動処理等はカットして、その分をすべて戦闘処理に回してるだけに過ぎない。ただ、それだけの話だった。


 言葉にすれば、これほど単純なことはなかった。


 だが、それによって現実で起こる表現を、声を、表情を、俺はどうしても真正面から見ることができなかった。


 真剣な顔、といえばいいように聞こえる。実際、そんな顔だから間違いじゃない。

 ただ、俺はそれ以上の何かを感じた。

 真剣だけど、何か、機械的なもの。言葉にするには俺の持っている語弊力では少し説明できなかった。適切な日本語が見当たらない。


「……」


 俺の先を歩いていくユイを見やる。階段に向かって足を進めるだけの姿だが、俺はそれに、何とも言えないような寂寥感を感じた。

 コイツの生まれながらに持った使命上、納得できるものではあるが、どことなくしたくないとも思う自分がいた。

 納得したら、ユイがそのまま俺から離れたような存在に感じてしまいそうだったのだ。今もなお、こうして俺の先をある手いるさまを見ると、そのまま俺の元から離れてしまいそうで。

 ユイ、という名前にあるとおり本来なら身近に感じるべき存在であるはずなのに、なんとも皮肉めいたことが起きたものである。

 そう感じてしまうほど、俺はアイツが遠くにいるように感じてしまったのだ。



 その様が……ほんとに、“あの時のアイツ”にそっくりだった。



「(いつもそうだ……俺が大切に思っている人は、いつもいつも……)」


 まあ、いつも、といっても、あの時くらいしか思い当たるものはないが……そう言いたくなってしまうほど、既視感が半端なかった。

 二度と犯したくない、あのときの“過ち”。しかし、アイツを見てるとなんとなくあの時と同じことがおきてしまうんじゃないかと、どうしても嫌な予感を感じてしまった。

 俺がこうした疑念を抱いている一番の原因が間違いなくこれだろう。決別したはずの過去。俺は、無意識のうちにいまだに引きずっているようだった。ほんとに、俺もとんでもなく厄介な性格をしていると思う。


「……ッ!」


 一瞬、アイツの後姿の幻影が向こうを歩いているユイに重なった気がした。

 頭を振ってその想像を振り払う。しかし、視線の先で歩いているユイを見ると、やはりまたその想像が頭の中を支配してしまった。それでも、何度も小さく頭を振ってそれを取り払おうとする。


 ふと、ユイが俺のほうを向いた。


「何してるんですか? 早く行かないとAAR遅れますよ?」


 そう叫んでいる声が俺に耳に入った。しかし、その声もなんとなく遠くにいる人が声をかけているかのようにぼんやりとした感じに聞こえた。距離的にも気のせいだと思いたいが、これが、俺の頭が出した幻聴作用なのか、それとも現実なのか……もはやそれすらもわからない。


「……あぁ、うん。今行く。先行っててくれ」


 そう一言返す声も、どことなく暗いなと自覚できるほど力がなかった。

 少し首を傾げつつも「早く来てくださいねー」と一言残して先に階段を下りていった。


 そろそろ俺もお暇しよう。もうすぐ施設科の連中がロボット回収のために上がってくるはずだ。……この無残な惨状を見たらどう思うかね。少し気になるところだ。


「……」


 ……とにかくだ。


 俺はあの日のようなことはもう二度と起こしたくない。そのために、どうにかしてこの疑念を取り払いたかった。

 このような疑念が、ある意味あのようなことが起きた遠因にすらなってるはずだからだ。


 ……とはいえ、


「……はぁ、どうしようか……」


 そう力なくつぶやいてしまうほどどうすればいいかわからなかった。

 できる限り早く取り払いたかったこの疑念。明日はいよいよ実地での訓練だし、もう悩んでる暇などないからさっさと解決させたいのに……。


「(……俺も、変なことを考える性格になったもんだ)」


 たかだかロボットに対して、ここまで深く考える人間も中々に珍しいだろうな。別に否定はしない。損な人間だろうというのは前々から思っていた。


 ……だが、まさかそれが……


「……こんなところでも影響が出るとはな……」


 俺も、今となっちゃほんとめんどくさい正確になったなと心底“うんざり”した。

 そう考えて、またひとつ、大きなため息をついて階段を降りていった。


 ……階段を降りる途中、最初に階段のほうでユイがぶっ壊したロボットを見たのだろうか。

 俺の横をすれ違った施設科の連中が顔面真っ青だったのに関しては、また、あとでアイツと会話をする時のネタにでもさせてもらうとするか。



 ……そんなことを考えてしまう俺は、





 やっぱり、無意識のうちにユイに近くにいてほしいと思ってしまっているのかもしれない…………

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