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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第1章 ~平穏~
32/181

市街地戦闘訓練 3

 ―――その後、こんな感じの訓練を約1週間ほど続けたが、やはりそういった疑念を完全に取っ払って臨むことは中々できなかった。

 普通に、俺のすぐ横にいるはずなのに。ある意味、今一番身近な存在がコイツのはずなのに。ロボットとして完璧にこなす姿を見るたびに、俺は、むしろほかの奴等より遠くにいるように錯覚してしまっていた。


 理由なんて一々考えるまでもなかった。

 今までのユイとどうしても比較してしまうのだ。そして、比較するたびに、その今までのユイとの“ギャップ”に苦しみ、そして、自分より遠くにいるような変な錯覚を覚えてしまった。

 何のことはない。理由なんてもんは大抵は単純明快だ。それがわからないほど俺は鈍感な人間ではない。


 だからこそだ。


 そういう風に理由がわかるからこそ、余計に遠くに感じてしまっていた。

 別にユイが物理的に遠くにいるわけではない。そうではないと首を振って否定しても、どうしても頭から離れない。

 ……我ながら、ロボット相手にいったい何を考えてるんだと思う。相手はただのロボットだ。そこまで余計なことを考える必要なんてどこにあるのか。


 頭では、しっかり理解していた。

 それを阻むものは、何でもない俺の“心”である。

 そうなる理由も、大体は予測できていた。俺のことは俺が一番よくわかる。


 ……こんな時にまで、俺は“アイツ”に照らし合わせてるようだ。俺も、あの過去とはもう決別したはずなのに、何ともしつこい人間だなと、心底呆れかえっていた。


 そんなギャップの苦しみは、この訓練の間ずっと感じることとなった……。




 そんな中、今日の最終日を迎える。


 最終日の今日は統合的な訓練として、完全に一つの都市ともいえるこの訓練場全体を使って“仕上げ”に取り掛かった。

 俺たちの任務は先に敵地に降り立ち、後発の主力部隊進軍経路確保も兼ねた狙撃である。


 となれば、率先して活躍することになるのが……


「和弥、準備できたか?」


「バッチリだぜ。いつでもこい」


 そう、コイツである。

 和弥は愛銃をパラペットの上にバイポットで固定して、いつでも射撃できる体勢を整えていた。


 とある5階建ての鉄筋コンクリートのビルの屋上に陣取った俺たちは、主力部隊が通る通路の先のほうを見据えて狙撃の構えをとっていた。

 後発で来る主力が来るまで、その通路を塞ぐ敵兵をバッタバッタと打ち抜き、そしてその後も進撃を援護することになる今回の任務では、狙撃担当として和弥、隣にスポッターとして新澤さん、そして、一応何もすることがないのでその護衛と周辺警戒、情報収集担当として俺とユイがあてがわれた。

 当然、狙撃をするといっても相手はただの敵兵役のロボットな上、撃つ弾も訓練用の小型の水性ペイント弾である。


 空はふたをしたようにどんよりとした灰色の曇り空に染まっているが、風はほとんどなし。狙撃をする環境としては絶好の条件が整っていた。


「こっちはいつでも行ける。祥樹、HQに敵の情報の確認をしてくれ」


「了解。……HQ、こちらシノビ0-1。配置完了。敵の情報を教えてくれ。オーバー」


『シノビ0-1、こちらHQ。敵、現在地より150m先に見張りと思われる敵兵1。さらにその奥70m先に敵兵2を確認している。角度の面から見ても十分狙える距離だ。01Xに衛星データを送信する。詳細はそちらで随時確認せよ。オーバー』


「了解。01Xが受信した衛星データより位置を確認する。シノビ0-1、アウト」


『了解。HQ、アウト』


 無線を切ると、すぐにユイを見て確認した。


「……だってさ。来てるか?」


「受信しました。HMDに送っておきます」


「了解。……和弥、来たか?」


「きたきた。……おー、見える見える。そこら近所にうじゃうじゃと」


 そういう和弥の顔は、まさに獲物を見つけた野生の肉食動物か何かである。満面、とはいかないが、とんでもなく嬉しそうな顔である。それ、相手がロボットでなく人だったらどうなるんやら。


 敵はいるにせよ、こちらには気づいていないようだ。網膜HMDで確認できる範囲では、とりあえず半径100m圏内には敵らしいものは存在せず、その先からは何体かが個別ないし2、3体で一グループとしてそれぞれ独立して行動している。おそらく、警戒監視か何かであろう。


 主力到着まで時間がある。念のため、もう一度任務を確認した。


「念のためもう一度確認するぞ。まず、主力が到着するまではお前が狙撃して、そして主力到着後はまた随時HQから指示された建物に移動してまた狙撃。その間俺たちは周辺警戒だからな。いいか?」


「了解した。つまり、俺はずっと狙撃だな?」


「そういうことだ。頼むぞ」


「任せな、隊長殿。ある意味俺の戦場での唯一の見せ場だからな」


 そういってすぐに狙撃のために利き足の膝を地面につけて片膝立ちの態勢ニーリングポジションを取り、愛銃のスコープの位置を調節した。


 今回狙撃に使用するのは、つい数年前より導入された、ドイツ製セミオートマチックライフルである『H&K MGS-90』の日本ライセンス生産版である。

 狙撃銃としては珍しいセミオートによる連射機能を持ち、複数の敵にすぐに対応可能というどちらかというとテロやゲリラへの狙撃に特化していた『PSG-1』を、欠点であった重量や高価格を解決させて軍用でも扱えるようにした改良型だ。

 日本でも、対テロ・ゲリラ戦の需要が上がったことによりこの狙撃銃も注目を浴び、ドイツとの交渉の末何とかライセンス生産を開始した。

 性能的には『MGS-90』の劣化版ではあるものの、持ち前の高い連射能力と軽量性は抜群で、和弥も訓練時より愛用している狙撃銃である。


 すでに零点規正ゼロインは済ませている。距離によって、照準器スコープ上の着弾位置と実際の着弾位置のズレを修正する作業の事だが、和弥はさっき転送された敵の距離から、スコープを少し調整してあとはそのままだ。一々射撃はしない。

 尤も、したらしたで敵にバレてしまうのだが、そもそも和弥はそんなのはあんまりしないらしい。本人曰く、「スコープにあるメモリを見てあとは感覚で撃ったほうが早い」だそうだ。ほんと、恐ろしいくらいの根っからの狙撃人間である。


 そのまま和弥は片膝立ちになった状態のままスコープ越しに敵を見張った。準備は万全である。

 ついでなので、お隣にも確認を取った。


「新澤さん、スポッターは頼みます。経験は確か……」


「何度かやったことあるから問題ないわよ。とはいえ、10年前は全然やらされなかったけど」


「まあ、でも経験あるだけマシですよ」


「でも、アンタも確かサバゲーでやったって聞いたけど?」


「サバゲーでやる電動ガンとマジもんは違いますよ。俺のスポッティングなんて全然使えませんって」


「あら、そうなの。まあいいわ。んじゃ、私は観測に入るから」


「はい、お願いします」


 そういってそのまま双眼鏡の倍率を調節して目標の観測に入った。許可さえ入れば、あとは彼女の観測のもと狙撃が可能だろう。

 今までの訓練でも幾度かではあるが二人でコンビを組んで狙撃訓練をこなしたこともある。いざとなれば隣に新澤さんがいるし、何とかなるだろう。


「……んじゃ、その間俺たちは周囲の警戒監視といこう。準備いいか?」


「大丈夫です。いつでもどうぞ」


「よし。じゃ、とりあえず衛星とのデータリンクは常時オンに。この建物周辺に何か来たらすぐに伝えてくれ。いいな?」


「了解」


 俺たちはそのままこの二人のお守りをする。

 とはいえ、屋上なのでどちらかといえば仕事はないに等しい。なので、いざとなったらこの二人のサポートとして狙撃することも視野に入れている。もちろん、狙撃をするのはユイで俺はスポッターである。


「念のため聞くけど、ここいら辺に敵は?」


「HQからの情報通り、ここから半径100m圏内には敵はいません。文字通り、ここが“最前線”です」


「了解した。……そろそろ、他の奴らも配置につくころだな……」


 そんなタイミングである。予想通り、俺たちと同じ任務を帯びた部隊が無線報告をかけた。


『HQ、こちらハチスカ0-1。配置完了。狙撃準備完了イエローです。オーバー』


『ハチスカ0-1、こちらHQ。了解、まもなく作戦開始。待機せよ。オーバー』


『ハチスカ0-1、了解。待機する。アウト』


『HQ、了解。アウト』


『イエロー』。狙撃において、敵を狙う準備はできたが狙撃の許可が下りていない状態のことを指す。

 それと同じ類のサインで、『レッド』が敵は狙えないうえに許可もない状態、『グリーン』が敵を狙えて狙撃許可も下りている状態を指している。

 今はHQがまだ作戦開始を下令していないので、イエローの状態が継続される。俺たちもまたイエローだ。


『HQ、こちらハンベエ0-1、狙撃ポイント到着。待機中イエロー。オーバー』


『HQ了解。ハンベエ0-1、待機せよ。オーバー』


『ハンベエ0-1了解。アウト』


『HQ、こちらイヌチヨ0-1、配置完了した。イエローを維持。オーバー』


『HQ了解。イヌチヨ0-1は―――』


 無線がずっとうるさいぐらいにひっきりなしに各隊の報告を送ってくる。周波数が同じなのでこっちにも響くのだが、こういう時に無線の音声調節機能がないのがほんとに恨めしく思うものだ。

 なお、この『チーム・ハンベエ』や『チーム・イヌチヨ』は、最初の訓練ではいなくてほかの訓練をしていたが、今回からまた新たに合流することになった空挺団特察隊チームだ。俺たちと同じく、狙撃任務を担当する。



「……んで、祥樹、一つ聞いていいか?」


「あん?」


 狙撃に集中してると思っていた和弥がいきなり声をかけてきた。その声は、なんとなくけだるい感じであった。


「なんだよ? いきなり」


「いや、無線聞いてて思ったんだけどよ……。うちの部隊って、ロリコン多いのか?」


「……」


「いや、ハチスカといいイヌチヨといい、そんでハンベエといい、これの元ネタって確か……」


「それ前も話したろ……ていうか、むしろお前は大好きじゃなかったか?」


「悪いね祥樹。俺は幼女は射程圏外なんだよ」


「なんだ、サルの立場だったか」


 でも、そのうちあの主人公みたく幼女に縁があって幼稚園状態になるんだろうな。

 まあ、限度さえわきまえてくれればもう何でもいいや、と最近諦めている俺。


「別にそれはいいんだけどさ、それが行き過ぎてそのうち物理的にロリに走らないわよねアイツら……?」


 そして、そんなため息交じりの呆れ声をだすのはスポッター新澤さんである。


「まあ、コールサインなんて別に何使ってもいいけどさ……露骨に他人に示さないでよね、そのロリコン癖」


「仕方ないっすよ。軍隊にいる奴らは大抵は女に飢えてますから」


「そのせいで私とユイちゃんが一体どんな被害を受けていると……」


 ごもっともなご不満である。


「ちなみに、新澤さんはあの小説の中じゃ誰が好きで?」


 お前、なんでこんな時にそんなことを聞くんだ。


「え? そりゃ式神様に決まってるけど?」


 知ってんのかよ!!


「なるほど。確かにイケメンですからな。ちなみに、男キャラつながりで道三あたりは?」


「渋いオジサマも嫌いじゃないわよ?」


 つまり男性全般射程圏内じゃねえか。


「じゃあ女キャラは?」


「ネネちゃん」


 ちょっと、それ絶対妹欲しさで言ってるでしょ。


「ほかには?」


「ハチスカちゃん」


「え、マジっすか?」


「ロリ忍者は大好きよ私?」


「ほー……」


 新澤さん、それいってたらアンタもロリコンになっちまうんですがそれは。

 先のネネといい、アンタも割と大概やで?


「じゃあその他」


「あとは、リクかな?」


「巨乳に飢えてるんすか?」


「それ以上言ったらここからつき落とすわよ?」


「サーセンした」


「……」


 ……屋上、狙撃任務待機中に起こる唐突な漫才劇。なお、ツッコミ役はいない模様。え、俺? こんな時にしてられっかよ。


「(……はよ作戦開始してくれ)」


 この時ほどそう思ったことはない。


 結局、作戦自体が開始したのはその数分後だった。

 全部隊の配置が完了し、HQから主力に対して進撃許可と、俺たちに対する進撃路上の敵戦力と対装甲車戦力の排除命令が出された。


『HQより全部隊。作戦開始、フェーズ1を実行せよ』


 フェーズ1。俺たち狙撃部隊もそれに応じて行動を開始した。


「和弥、作戦開始だ。好きなだけ打ち抜いてかまわねえからな」


「了解した。どれ、じゃあ新澤さん、観測を」


「オッケー。えっと……」


 新澤さんがすぐに観測を開始する。主力が通るであろう道路上の先と付近の建物内のほうでは、さっきからチマチマと敵ロボットが徘徊しているのが確認できる。

 そのうち建物内から身を乗り出しているものに関しては、俺たちと同じく狙撃ないし何らかの対戦車兵器を上からぶちかますためにスタンバイしているようだ。


『HQより全狙撃班、敵狙撃目標報告後、各個自由射撃せよ。アウト』


 自由射撃。つまり、敵がどこにいるかちゃんと報告すればあとは撃ってもいいということだ。早い話、“狙撃許可”である。

 これで、先のサインでいうイエローから“グリーン”に変わった。

 新澤さんはすぐに一つ目の目標に目を付けた。


「和弥、見えてる? まずあの建物内にいる1体をやるわ。HQ、こちらシノビ0-2、道路Cチャーリー脇ポイント223の建物内に敵1、RPGと思わしきATM(対戦車兵器)を装備。無線なし、オーバー」


『HQ了解。アウト』


 ここから少し離れた同じくらい高さのビルの3階あたりに、RPGっぽいのを担いで道路を見張っている敵ロボットが見えた。ここから狙うとなると、ざっと200mちょいはあるだろう。

 狙撃の世界ではどちらかというと近いほうの距離だし、今の和弥ならこれくらいなら余裕で打ち抜けるはずだ。


「アイツの上に敵はいないわ。存分に打ち抜いて」


「了解。隠密狙撃は上からが基本ってね」


 そのまま和弥は若干銃身の方向を変えた。


 隠密する際は上にいる敵から倒すのは基本とされる。

 人間は人体構造上、上を向くことが極端に少ないため、万が一、三次元的に敵が上にも下にも分布している場合は、まず上にいる敵を倒してから順に下のほうの敵を倒していく。こうすることで、敵に気づかれることがなく隠密的な射撃が可能となるのだ。

 特に広範囲に敵がいる今の場合はそれが一番効果的だ。下にいるのを狙撃してしまった場合、上にいる敵にバレてしまう可能性があるが、逆ならそうではないだろう。わざわざ上に注意なんて向けない。


 今回もしかりだ。新澤さんはしっかりその基本になぞらえていた。

 狙撃のための要素はすべてそろった。狙撃において重要な距離や、風向、風速などの気象条件も、すべてユイ経由でHMDに随時送信されているため万全である。


「安全装置よし、弾込めよし、単発よし」


「射撃用意……てぇッ」


 合図とともに、和弥はその体勢からこれっぽっちも動かないままトリガーを引いた。

 爆竹を鳴らした時のような乾いた破裂音を鳴らし、7,62mm弾をその目標に向けて単発で飛ばした。


 その弾は、気象条件によって多少のずれは発生したが、しっかり目標であったATM持ちの敵ロボットに弾道を伸ばし、そのロボットは一瞬後には手に持っていたATMごとその建物内に倒れてここからは見えなくなった。


「命中」


「確認。敵1エコーワン撃破キル。ものの見事に心臓一直線だったわね」


「あーりゃ、そりゃ即死だわ」


 俺は横でそんなことを呟いた。少し苦笑い気味に。

 訓練開始の出だしから心臓撃ち抜かれるとは、嫌な出オチの仕方したもんだ。相手が悪かったな、その撃たれた敵役のロボットさん。ご愁傷様。


「次行くわよ。HQ、こちらシノビ0-2。敵1射殺。引き続き射撃する。次の目標、道路Cチャーリーポイント235~236の路上に1、AK系統と思われるライフル確認。無線なし。オーバー」


『HQ了解。射撃を続行せよ。アウト』


「シノビ0-2、了解。アウト。じゃ、さっさと撃ち抜いて。まだこっちには気づいてない」


「了解。じゃ、安全装置よし、弾込め―――」


 そういった感じで、和弥の狙撃はまだまだ続く。見た感じ、随分と調子がいいようだ。狙撃をどんどんとぶち当てる報告を新澤さんにさせるあたり、うまい具合にハズレは出してないらしい。さすがは狙撃人、といったところか。


 俺のお隣さんも感心しておられる。


「随分と当てますね……確かに今日の風は微風ですけど、あそこまで何度も正確には……」


 そういう口ぶりも少し感心した様子だ。顔も若干だが興味津々といった感じだ。


「まあ、アイツの狙撃のうまさは結構有名だからな。あんな若い歳で、狙撃に関してはもはやプロフェッショナルの域だって言われてる」


「これも、サバゲー時代に狙撃ばっかりやってたからですか?」


「さあね。でも、一因としてそれもあるのはたぶんそうだろうな。あいつ、サバゲーじゃ狙撃銃以外持ったことすらないから」


「へえ~……狙撃しかやってこなかったんですね」


「まあ、そういうことだ」


 ここまで狙撃が大好きな野郎も大概珍しいと思う。本人曰く、単純に憧れだそうだ。


 ……憧れね。


「(……俺も持ってたもんだ。憧れを)」


 懐かしいな。もう、あんな憧れを持ってた時代から10年以上経ってんのか。時が経つというのはいらなく早いもので。


 そんな昔話を思い出していると、無線が突然声を発した。


『全狙撃、こちらHQ。各道路上主力MCVチームが通過する。A~Dの道路、それぞれ順にコールサイン『ガリア2-1~2-4』だ。各個フェーズ2に移行せよ。アウト』


 主力のご到着のようだ。新澤さんもそれを見つけたらしい。


「きたわよ。西のほうに16MCV(16式機動戦闘車改)3両、周りにMTG(移動砲台)と普通科を引き連れてる。大所帯で来たもんねぇ」


 感心するような、そうでないような、そんな微妙な微笑を交えた報告を聞きつつ、俺は道路のほうを見た。


 16式機動戦闘車改を中心とした主力ユニットだ。すべての兵器と歩兵に都市迷彩が施されており、ズレのないしっかりと整った隊形で来ている。


 戦車の下位互換みたいな立場にあるこの『16式機動戦闘車』は、昨今の日本での市街地戦闘ではいつも主力となる。戦車が削減された現状ではいつも即行で出てくるのはこれで、そうでなくても即応展開や高機動的行動が可能なのでよく扱われている車両だ。

 性能面でも、MCVとしては世界で見ても抜群の射撃安定性と機動性を誇り、『改』とあるように、最近ではさらに改良されてその高性能さに拍車がかかっている。


 それが3両、Λ型の隊形を作り、そのそれぞれの車両のすぐ後方に数名ほどの歩兵チームが追従している。

 戦車だけ、ないし歩兵だけで行くこともあるが、それだとそれぞれ機動性が悪い(戦車や戦闘車など)、大火力に弱い(歩兵など)といった弱点を突かれてやられる可能性が高くなる。

 わざわざこうした体制を取るのは、それらの弱点を補助しながら連携して攻撃するためで、市街地戦闘では基本的にこうした体制が取られる。もちろん、状況等によってそれを解くこともあるが。


 その周りを、移動砲台である『MTG-013』が6機くらいで、2列縦隊で「〈 〉」のように2列目を少し幅を取り、先頭と最後尾は少し感覚を縮めた形を作って、列の間にそのMCVと歩兵を挟むようにして囲っている。


「(例のTIRSであった奴だな……やはり出てきたか)」


 前にあそこで展示されていた有澤重工製の最新型移動砲台だ。今回の訓練にも参加すると聞いていた。

 主にこうした部隊の補助や護衛をする役目を持つが、どうやら今回もしかりらしい。両肩に載せているバルカン砲と中型グレネードライフル砲の砲身を進行方向に向け、敵の出現に備えて周りの16MCVや歩兵部隊と歩調を合わせて進軍していた。


 ……さらに、それだけではない。


 上空からは、そのタイミングを見計らったようにバラバラとローター音が轟いた。単体ではない。複数だ。


「……しかもアパッチ付きか。贅沢に来たもんだ」


 上空は2、いや、3機のAH-64Dアパッチ・ロングボウが飛んできていた。こちらは通常迷彩で、陸上部隊と同じ進行方向に向かっている。

 おそらく、俺たちと同じく前方の敵でも掃討するつもりだろう。随分と派手に来たもんだ。敵の規模を考えてもここまでやる必要あるのかと思うものだが。


 すべての戦力が中央部に向かっている。包囲殲滅戦のためだろう。市街地戦で一つの場所を中心に包囲してどんどん詰めていくのはよくある戦法だ。


「随分と大胆な戦力投入をしたもので」


「ほんとな。まあ、ゲリラ相手ならこれくらいでちょうどいいともいえる。ちょっと過剰ってぐらいがベストなんだよ」


「ふ~ん……」


 それ以上は何も言わなかった。興味もあんまりなかったらしい。例の“あの顔”だ。


 主力さんのご登場とはいえ、まだまだ俺たちから見れば後方にいるし、俺たちの仕事などまだない。引き続き、主力さんに情報を送りながらこの二人を護衛するだけ。主力への情報伝達は新澤さんがしてくれる手筈となっている。


 ……まあ、ぶっちゃけ暇である。


「……なんもすることねえな」


「そうですね」


「敵味方いるのにこうも何もすることないってのも珍しいもんだ。そう思わね?」


「そうですね。わからなくはないです」


「だよな。……あー、えっと……」


「何か?」


「いや……わり、なんでもね」


「?」


 ほんの少し威圧がかかったように“錯覚”した声をかけると、少し訝しりつつもすぐに視線を戻した。

 適当に暇をつぶそうと思っただけではあったが、どうやら今のアイツにはお気に召さなかったらしい。まあ、そこら辺はロボットだし仕方ないと割り切る。

 だが、俺はそれを見て少し肩をすくめてまた目を細める。


「(……静かっすなぁ、ほんとね)」


 戦闘中となると余計な会話はしなくなるのは必然とはいえ、別段何も仕事がない時でもこれか。表情がこれっぽっちも崩れない。


 ほんの少し小さなため息を鼻でついた。


 敵が来ないで仕事がないとはいえ……


「……やっぱりそこはロボットか」


「―――? 何か言いました?」


「いや、別に」


「?」


 お隣にちょっと聞こえていたようだ。またさっきみたいな少し怪訝な表情を一瞬される。

 さて、どうしたものか。ちょっと適当に言い訳を考えていたほうがいいか―――


「すまん、ちょっと来てくれ」


「ん?」


 ―――とか考える前に、現在絶賛狙撃中の和弥からヘルプミー要請。

 すぐに向かうと、ある一点を指さして言った。


「あそこなんだけどな。2体ほどいるんだが、片方動いてんだよ。しかも、そっちはATM持ちで、たぶん攻撃のために移動中なんだと思う。動いているところを狙撃したくないが、今すぐに撃たないとまずいわけで……」


 すぐに双眼鏡で確認すると、確かに指さした方向にある建物のすぐそばの道路には2体の敵役ロボットがいた。別段二人で行動してるわけじゃなくて偶然互いに近くを通っただけみたいだが、和弥の言っている通り、動いているほうはRPG-7らしいATMを担いでいる。

 速度はそれほど速くはないが、せっせと動いている様からして、急いで配置換えでもしてるんだろう。


「場所からして、まだ今ここを通るガリア2-3には届かないだろう。だが……確かに、野放ししたくないな」


「ああ。アレなら照準さえあれば16MCVだろうがMTGだろうが撃破は出来なくても、相応のダメージを与えて混乱を招くことはできるかもしれない。今この現状ではあんま面白くないんでね」


 和弥が少し困ったような表情で言う。


 状況的に今すぐにでも撃破しないとマズイのはそうだが、相手は動いてるからこっちからは狙撃しにくい。

 そもそも、狙撃の世界では動いている的に当てるのは困難だと言われるのが通説だ。狙撃する側からすればまず“狙わない”相手で、止まるか何かしない限り引き金は“技術的に引けない”。如何に和弥といえども、動いている相手となれば話は別だ。当てるのは難しい。

 だが、今すぐにでもやらないとマズイのも確かだ。アレが引金を引く前に仕留めないといけない。行動を見る限り、俺たちに時間はあまり残されていないようだ。


「……なるほど。そこで、ユイか」


「そういうこと」


 正解、といった感じで顔をニヤつかせる和弥。

 ユイの狙撃を含む射撃の高い命中精度に関しては、最初の射撃訓練の時をはじめとして幾度となく行われてきた射撃の際に実証済みだ。動いてようがいまいが関係ない。


 時間も争うし、和弥なりの判断ということだろう。一応、バックアップの意味もかねてユイは和弥と同じくMGS-90を装備してきていた。その際のスポッターは、もちろん俺である。


 和弥の要請に応え、すぐにバイポットを展開しつつ和弥と同じくニーリングポジションを取ってスコープ越しに敵を見据えた。こういう時のためにゼロインをすでに済ませておいてよかったぜ。


 ユイがすぐに照準を合わせている間に、俺は注意喚起の無線を開いた。


「ガリア2-3、こちらシノビ0-1、応答を」


『シノビ0-1、こちらガリア2-3、どうぞ』


「現在ポイント225にて狙撃任務中。しかし、そちらより前方350mほどにATM持ちの敵兵1を確認。今、そちらに01Xから衛星データを送ります」


 無線をしながらユイにハンドシグナルで向こうに衛星データを送るように言う。

 すぐにデータは送信された。向こうでも確認した旨の報告が来る。


「今からこちらのほうで狙撃しますが、まだ近隣にいる可能性があります。今一度注意のほうをお願いします。オーバー」


『了解した。情報提供感謝する。ガリア2-3、アウト』


「了解。シノビ0-1、アウト」


『2-3指揮者より2-3全隊へ。聞いた通りだ。警戒を今一度厳にせよ。MTGの警戒パターンの更新、歩兵は外周建物付近を監視しAAT(アンチ対戦車)戦を―――』


 そんな部隊内での事務的無線を聞きながら、俺はユイのほうを確認。すでに、準備はほぼすべて整っていた。


「ユイちゃん、狙える?」


「大丈夫です。すでに捉えてます」


「ほぅ、さすがロボット。早いわねぇ~、ほんと」


「照準出来ました。いつでも撃てます」


 一応、俺が隣からスポッティングする予定だったんだが……なんかこれ、するまでもなさそうな雰囲気だ。双眼鏡出して目標見た時にはすでに捉えてるよコイツ。


「(はは……しかもコイツ、完全に狩る目や)」


 目が据わってやがる。完全に“ロボットの目”だ。“人間らしい目”じゃない。

 そんなユイを右に見ながら、一応情報提供。


「HQ、こちらシノビ0-1。01Xの援護狙撃。目標、道路Cチャーリーポイント255の路上に1、RPG-7と思われるATM確認。無線なし。オーバー」


『HQ了解。アウト』


 隣で新澤さんも同じく情報を送り、狙撃準備はすべて完了。

 この時点で、まだ相手側の動きに変わりはなし。


「よし、いける。いつでもいけるぞ」


「了解。安全装置よし、弾込めよし、単発よし」


「よーい……、てぇッ」


 タイミングを見計らって引金を引いた。偶然にも和弥とほぼ同じタイミングだった。

 一瞬の間をおいてその弾道は敵に吸い込まれ……


「……命中」


「こっちも命中」


 新澤さんと同じ報告をする。ハズレはなかったらしい。

 双眼鏡で見ても、二体とも水性の模擬ペイント弾を体に浴びてその場で倒れていた。ユイが狙った奴も、ATMをその場に落として路上にグッタリである。


「胸部にぶち当たったから、ありゃ即死ね」


「ハハ、胸部っすか」


 俺はそれを聞いて苦笑い。そう、違う意味で。


「なんだ、そっちはどこに当てたんだよ」


 笑われたのに対して少し怒るようなそうでないような、そういった目線を和弥は俺に向けた。

 いや、だってそうなるよ。こっちは……


「そうはいってもねぇ……こっち、動いている相手の“首”にぶち当てたんだぜ?」


「……は?」


 一転して、和弥は今度は素っ頓狂な声を上げながら目を大きく見開いた。

 和弥だけでない。隣にいる新澤さんも似たような表情だった。それを見てまた俺は気まずそうに苦笑い。

 ……そんで、そんな俺たちを無視して狙撃銃をずっと構えたまんまでスタンバイしているこのロボット。少しはこっちの状況を察してくれよ。マジで。


 すこしの間をおいて、和弥が呆然とした顔で呟くように言った。


「……首?」


「そう、首」


「いや、ちょっと待て。首ってどこにあるか知ってるか?」


「それを知らなかったらたぶんそいつは赤ん坊だ」


「冗談はいいから。んで、相手は動いてるんだが? 首なんつう絶対に当たらないだろうところにマジで当てたのか?」


「さっきからそう言ってんじゃん」


「嘘だあ~。あんなとこ当たるわけ……」


 中々信じようとしない。そろそろイラついてきたので双眼鏡貸してやろうかと思ったが……


「……ほんとだ。当たってる」


「え?」


 スポッターのため双眼鏡を見ていた新澤さんがそうつぶやいた。大いに顔をひきつらせて。


「……マジっすか?」


「大マジ。嘘だってんなら見てみる? 首から下と顔が見事に真っ二つよ?」


「んなグロイこと言わんでも……」


 そう言いつつ疑い深い目で双眼鏡を受け取る。

「いやいやありえないでしょ……」とかどうとか言いながらその撃たれたロボットを見てみると、徐々に和弥の顔色が変わっていった。もちろん、青いほうに。


「……なんじゃそりゃ」


 そういってしばらく固まった。狙撃任務があることも知らずに。まあ、新澤さんが警戒している中で何もないんだし、今のところはそれといった敵が見えないのだろう。


 しかし、実際そう言いたくもなる。


 そのロボット。ものの見事に首に弾頭受けたらしく、そこから真っ二つに顔と胴体が折れてしまっている。

 倍率をさらに高くすると、その折れた根元のほうでなんかショートしたのかわからんが、外部に露出したコードやらなんやらから電気が走ってる。まんまPIXIVのタグでいうメカバレみたいな状態だ。生で見てみるとこれはこれで中々にグロい。


 信じられないといった表情の俺たち人間勢。そして、何の表情も示さないこのロボット。お前、今何したかわかってんのかよ。


「おいおい……動いている相手の首に一発でって、偶然でもほぼありえないんだが……」


「というか、なんで模擬のペイント弾で首折れるのよ。そこまで威力あるわけ?」


 そこを俺に聞かれても。


「そこは、まあ……ちょうど、付け根にぶち当たったとか? ペイント弾でも当たった瞬間の威力は相当でしょうし」


 その言葉に和弥が半ば呆れ顔で割り込んでくる。


「いや、それはそれでまたすごい確率なんだが……はぁ、オイオイどんだけだよユイさんの狙撃精度……」


 全くだ。距離自体もそこそこ離れててゼロインをどれだけ正確にやってても多少はズレるであろうこの条件で、なんでよりにもよって首にぶち当たるんだ。コイツのFCSは一体どうなってるのか。

 ……そして、そーんなことを立て続けに言われてもこれっぽっちも表情がどの方向にも崩れないこのロボット。ああ、もう、少しはなんか反応くれよほんとに。悪気はないけどこっちが気味悪いわ。


 ……それどころか、


「狙撃、次どうぞ」


 そう淡々と何事もなかったかのように言ってのけてしまう。


 ……はぁ……


「(……なんかロボットすぎるなぁ……)」


 日本語がおかしいが、しかし一番適切に表現できる日本語と言えばこんなところだろう。

 人間らしさをだせとは言わないが、しかし、これはこれでまた……なぁ。


 その後も何体か狙撃を敢行し、ものの見事に首より上を命中させてくれた。それに感化されたのか、隣にいる和弥も対抗心むき出しに敵に当てまくる。

 ……この二人だけで一体何体撃ち抜いたんだよ。敵役のロボットがかわいそうになってきた。


 そのような、もはや“ただの作業”ともいうべき仕事をこなすうちに、


「……きたな。HQ、こちらシノビ0-1。ガリア2-3、ポイントCチャーリー25トゥーファイブ通過確認。オーバー」


 俺たちの目の前の道路を例の主力部隊が通過した。最初の隊列とほぼ変わらず、しいて言うならちょっと間合いを詰めた程度でしか変わっていない。


『こちらHQ、了解。シノビはポイント変更。現在地よりポイントC35に移動せよ。オーバー』


「了解。シノビ0-1はC35に狙撃ポイントを変更する。アウト」


『HQ、了解。アウト』


 主力がここを通過したので、狙撃する場所も少し変える。

 より奥深くのほうの建物の上からまた狙撃だ。主力の進撃に合わせていく形となる。


「よし、それじゃ移動するぞ。C35だ」


「了解。随分と奥深くに入るな?」


 狙撃銃を仕舞いながらそう和弥は言った。


「ああ。ガリアチームの進撃速度が思ったより早い。早いとこ畳みかける気だ」


「あんまり急いでもアレだがね。まあ、別にいいけどよ」


「まぁ、そこは向こうの判断次第だ。ほれ、さっさといくぞ」


「了解」


 狙撃担当の二人はスリングで銃を背中に固定して、今度はフタゴーに持ち替える。

 次の狙撃ポイントまでは近い。さっさと移動しよう。


 ……にしても、今日は主力がなぜか早いな。張り切りすぎちゃいますかね。もうちょっと落とせよ。こっちが間に合わない。

 ここから少し距離があるな……ずっと走ってると疲れないだろうか。


「疲れた?」


「いや、まだ大丈夫だ。いけるいける」


「逝ける、の間違いじゃなくてか?」


「うっせ」


「ハハ……新澤さんも大丈夫?」


「大丈夫、問題ないわよ」


「了解。ユイは……あー、うん、問題ないよな」


 あったらむしろおかしいよな。ロボットがこういう肉体労働的な面で疲れを感じることはほとんどないはずだ。


「―――? 何か?」


「あぁ、いや、疲れはしないよな、てね」


「ご安心を。まだまだいけます」


「了解」


 そう何の抑揚もなく淡々と言ってのけると、すぐにまた視線をそらして走る。ただただ目的地に向かって走る。

 俺の思ってる心配など知るか、と言わんばかりの近づきがたい雰囲気があった。


「……はぁ」


 ……やっぱり、違和感が出るなぁ、どうしても。慣れるまでどれくらい時間かかるだろ。






 そんなことを考えながら、俺は部隊を引き連れて場所を移した…………

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