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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第1章 ~平穏~
31/181

市街地戦闘訓練 2

 薄暗い灰色の空間と独特な静けさに支配された階段を素早くかけ上がると、まず2階に到着する。


 階段出口で一旦止まり、敵がいないのを確認してまたハンドシグナルを用いてまた動き、そして曲がり角に差し掛かるとまた止まり、そしていないのを確認してまた動き……。これの繰り返しである。

 建物内はそうでなくても死角が多く付け入る隙が大量に出てくる。何なら、いきなり背後から奇襲なんてことも、今現在の状況からも十分に考えることができる。


 なので、もちろん状況にもよるが、今の場合は通路内では基本的に全員が同一の方向を向くことはまずない。

 前後に警戒する場合は、進行方向を向く人と、後ずさりしながら後方を警戒する人に分かれ、急ぎの用でもない限りは基本的にゆっくりめに動く。


 今は、後方を新澤さんが単独で警戒し、他3人が前方方向を警戒しつつゆっくり進んでいた。

 進む際も、前方警戒組の3人は通路幅いっぱいを使って均等に距離を置いておく。必要以上に固まることによる一網打尽を防ぐためだ。



 ユイがX線センサーの近距離解析・走査機能を用いて周辺の警戒と部屋の奥を簡単に調べる。これによって、部屋の中を一々調べる必要がないので効率化が進むわけだが、どうやら今のところはそれらしいものはないようだ。

 まだ2階は半分調べていない場所がある。通路を進むと、右回りで折り返され、また元の方向に戻るように繋がっている。


『祥樹さん、一部の部屋がサーチできません。場所を送ります』


「……了解。確認した」


『閉口無線』を用いて俺に伝えてくる。

 口を閉じた状態から、頭部で作成した合成音声を直接無線機に送る機能であり、これによって外部に余計な音声を出さないので隠密性が増す算段だ。今このときなどはとても便利なものだ。俺もほしいよそれ。


 網膜HMDにその確認できない部屋のドアが赤色に発光される。

 通路上の両サイドに計1つずつ。X線センサーで見えないということは、おそらく金属的なものが散乱でもしているのか、それとも、事前にサーチを恐れて壁に金属を塗ったか。


 いずれにしろ、何かの手が入ったらしい形跡がありありと見て取れるが、もし中にまだ誰かいたらどうなるか?


 一旦ハンドシグナルで足を止めさせると、今一度陣形を確認し、再びゆっくりと動き出す。

 敵の存在を警戒して物音をなるべく出さないよう配慮しつつ、ユイに継続して中をX線センサーで調べさせるが、ドアが開けられた部屋に関しては運悪く中に鉄筋が多く張られているのか、よくわからないらしい。


 となると、ここで必要なのは自分たちの目と耳だけだ。


「やっぱり、中調べるか?」


 和弥が隣から小声で聞いてくる。俺はすぐにうなづいて返した。


「敵がいる可能性がある。慎重にな」


「了解」


 端的な会話を経ているうちに、まず一つ目のドアが開いた部屋の前に到着する。

 外開きなため、ドアは通路に投げ出されるようにしておかれている。進路上、扉自体は入口の奥のほうにあるので、突入の弊害にはならなそうだ。

 むしろ、今この現状では、奥のほうから敵が来たら縦にできなくもない。尤も、木製なのでどこまで使えるかはわからないが。


 声には出さず、俺はハンドシグナルで指示を出した。


 “中 俺とお前ユイ 突入 2人(新澤さんと和弥) 周辺 警戒”


 ちょっと多めだが、それでも素早く腕や指を動かして指示を出すと、後ろからユイが肩をたたいた。

 自分の前にいる人に順番に肩をたたくことで了承の意を伝える。ユイが俺の肩をたたいたということは、全員が了承したということだ。


 すぐに体系を整える。ドアの両サイドに俺とユイ、新澤さんと和弥がそのドア周辺に立ち、それぞれで通路の前後を警戒した。


「俺がフラグを投げる。ドアは任せるぞ」


『了解』


 そう確認しつつ俺は手榴弾を取り出した。


『フラグメントグレネード』。フラグやグレネードなどの略称で呼ばれる破片手榴弾のことで、爆発時に破片をまき散らして敵を攻撃する手榴弾だ。

 しかし、これはただの訓練用のため、ただ単にそれっぽい音が鳴るだけである。


 信管は4秒でセットされている。部屋に突入する際はこういうのを投げ入れるのが基本戦術だ。


「よし、いくぞ」


 突入準備完了。互いにアイコンタクトを交わすと、ユイがドアノブに手をかけ、ドアに鍵がかかっていないことを確認する。そして、いつでも開けれるようにそのまま手をドアノブに固定させた。

 ユイから問題ないことを知らせる目線を受ける。

 そして、俺が口でピンをくわえて引き抜くと、そのタイミングでユイは少しだけドアを開け、その隙間にフラグを下手投げで投げ入れてユイはすぐにドアを閉めた。


「フラグ投擲」


 注意喚起のための宣言を行っておく。

 ついでに、今のうちに素早く口にくわえているピンを適当なポケットにしまった。

 こういう時の4秒はほぼ一瞬の時間である。


 すぐに中から本物そっくりのフラグの爆発音が鳴り響くと、間髪入れずユイがドアを蹴り上げ互いに中に突入した。


「(薄暗いな……ここは倉庫か?)」


 部屋の中には窓やライトといった光源を与えるものは存在しないらしく、唯一このドアの外から入ってきた明かりだけが中を薄く照らしている程度であった。何とも、不気味さこの上ない。

 中は金属鉄骨の物置が所せましと置かれ、さらにその上にはキッチリと整理された金属製の弾薬箱みたいな箱が置かれている。部屋の隅々まで整理されて置かれているところからして、どうやら、ユイが内部を探知できなかったのはこれらのせいらしい。


 それほど広くなかったのですぐに中を調べ終える。これらの金属の置物以外は何もなかった。


『……何もないですね』


「ああ。どうやらここはハズレらしい。次に行くぞ」


『了解』


 すぐに部屋を後にした。二人と合流すると、次々と探知できない分の部屋の中を同じ手順で捜索する。


 ……しかし、2階の見れる分全部を調べても、それらしい人はいないどころか、人質の足掛かりになりそうなものすらなかった。どうやら2階はハズレのようだ。


「HQ、こちらシノビ0-1。2階クリア。3階に向かう。オーバー」


『HQ了解。捜索を続行せよ。アウト』


「シノビ0-1、了解。アウト」


 事務的な無線連絡を済ませると、引き続き3階に向かう。

 3階はさらに質素さが増していた。内壁はコンクリート以外が全然ない。2階でも少しは掲示板や時計みたいな装飾があったというのに。


 ここは部屋数が少ないらしい。ドアが2階よりも少なかった。


 ……代わりに、


「(……なんだこの荒れ模様は?)」


 何かの争いでもあったように通路上が障害物だらけでめちゃくちゃに荒れていた。

 紙やファイルなどの小物から、机にイス、中にはコピー機まで、大量に通路上に所狭しと散らばっている。

 机といす自体は、どうやら元からここに置かれていたものだったようで、一部は教室内を大掃除するときのようにきちんと通路の脇に整えられているものもある。しかし、大半は通路をふさぐようになぎ倒されていた。


「何か戦闘でもあったの? 歩きにくいったらありゃしないわね」


 新澤さんが床を見ながら愚痴るように言った。

 それに答えたのは隣で前方を警戒していた和弥だった。同じく床を少し邪魔くさそうに見ている。


「もしかしたら、下から誰かから逃げるためにここに駆けあがったら、予想以上のパニックになってその拍子にこれが倒れまくったとか?」


「でも、ここまで異様に荒れる? それにこれ、一部弾痕あるわよ?」


 そう言いつつ新澤さんが机の一つを指さす。

 見ると、確かにいくつかの弾痕が貫通していた。それほど大きいものではないが、これは……


「ユイ、この弾痕の正体わかるか?」


『……確認しました。一番近いのは7,62mm弾です』


「7,62って、まさか、AKか?」


 和弥が少し驚いたように言うが、ユイは小さく首を振る。


『そこまではわかりません。しかし、7,62mmであるのはほぼ間違いないないでしょう』


「んー……いずれにしろ、7,62mmってことは相手はアサルト持ちの可能性があるな……」


 さらに見渡していくと、このような弾痕はこの机だけに限らなかった。

 そのままさらに進んでいくうちに、通路上に散らばってる障害物のほとんどに、大なり小なり複数の弾痕らしい傷跡が確認された。


 となれば、相手は完全に武装組織だ。そんなアサルト持ってるようなやつらがただの一般立てこもり人間みたいな軽装備なわけがない。

 半分ほど進んで例の折り返しのところで、これまた異様に散乱している障害物と薬莢を見て確信に至った。

 その場にしゃがみ込み、大量に散らばっている薬莢を見つつ言った。


「……やっぱり、ここで何かの戦闘があったんだ。そして、これはたぶん、武装をしていないここの人たちが最善の策として、障害物を倒してその相手側の進攻の抑止と攻撃から身を守る盾の代わりにしようとした……。つまり、彼らなりの時間稼ぎの痕だ」


「とすると、やっぱり人質は?」


「ええ、いる可能性がありますね。ここまで荒れる理由かほかに思い付きませんし……3階が荒らされたとなると、やっぱりいるのはもっと上の階か……相手がアサルト持ってるのも、これでほぼ確定だな」


「オイオイ、さりげなくマズいじゃねえか。アサルト持ちなんて聞いてないぞ」


「ありえないとも言ってないだろ。お前も言ったようにこれは手探りなんだよ」


「それはそうだけどよォ……」


 片手で軽く頭を抱えて参った、といった表情を浮かべる和弥。どちらかというとそうなりたいのは俺のほうなのだが。

 アサルトもちが、単独でここまでのことをするとは思えない。やはり、相手は相当な重武装をした“組織”ともいえるべき集団とみるべきだろう。


 3階を半分ほど確認したが、やはりこうとしか思えないような光景ばかりが確認できた。

 途中からは、何やら薬莢らしいものまで確認できた。

 すぐにユイに解析してもらった結果、どうやら7,62mmの中でもAK-47などに使われるような7,62×39mm弾のものであることが確認された。しかも、貫通力のある徹甲弾型であるFMJフルメタルジャケットのものの可能性が高いらしい。

 念のため、HQにユイがアイカメラで撮った薬莢や弾痕の画像データを送って追加で解析してもらったが、同じ結果だった。となると、これの正体はほぼそれだとみて間違いないだろう。


 この弾薬は、その低価格から今でも軍用から民間の猟用まで幅広く活用されているため、ある意味一番メジャーなものであるともいえる。

 となると、相手はそういった弾薬を持ち合わせることが可能な組織……。あぁ、もう、やっぱり武装組織で確定じゃないか。


「7,62×39mmのFMJってなると……相手は確実にAK持ちかもな。確実に手に入りそうなのはこれくらいしかない」


「ああ、だろうな」


 和弥が眉をひそめつつ言った内容に、俺も小さくうなづいて同意する。

 近年、日本国内で確認されているアサルトの大半がこのAK-47だ。多くはソ連や旧北朝鮮からの密売だが、最近では他にも複数の密輸ルートが存在しているかもしれないと、警察庁や各地元警察から疑われている。

 もしかしたら、これもそれの類か……だとすれば、相手は相当極悪だ。

 当然、これはただの訓練なのでそこまでリアルさを求めたわけではないだろうが、設定が妙に凝っているためにどうしてもそこまで疑ってしまう。


 すると、新澤さんが少し疑念を抱いたように訝しげに聞いた。


「でも、日本って軍用じゃ7,62mm弾はNATO弾しかなかったわよね? 民間から取り寄せたの?」


「さあ……どうでしょう?」


「まさか、今回の訓練のためだけに取り寄せたってのか?」


「さあね。そこは知らん」


 和弥がそう怪訝な顔をしつつ言うが、そんなこと俺に聞かれても困るわけで。

 取り寄せたにしても、おそらく空薬きょうと空砲用だろうが、そんなの民間であっただろうか。まあ、仮に新規に取り寄せたとしても超低価格なのでそれほど大きな出費にはならんだろうが。


「相手がどれほどかは知らんが、AKもちだと厄介だ……銃撃戦になるかもな」


 そういうと、俺や和弥、あと新澤さんもどことなく不安顔になる。ユイはただ単に顔を少ししかめるだけだったが。

 相手のAK所持がほぼ確実となった今、その勢力は小さくはないはずだ。ましてや、ここにいる人々全員をかくまうほどの規模となると、中途半端な数では抑えきれない。


 ……俺たちだけでは、妙に心細い。


 俺はすぐに無線を開いた。


「ハチスカ0-1、こちらシノビ0-1。応答してくれ」


『シノビ0-1、こちらハチスカ0-1。どうした?』


「今3階を調べてるですが、戦闘があったらしく薬莢が散らばっています。その他残された弾痕などから推測した結果、相手は確実にAK持ち、しかも、見た感じそれほど数は少なくなさそうです」


『本当か? となると、7,62mmか?』


「ええ。ユイ曰く、7,62×39mmのFMJ。AK-47あたりが妥当な線でしょうね。俺たちだけでは心細いので、援護を要請したい。そっちはまだかかりそうですか?」


『いや、もうすぐ地下は終了する。あとでHQにも伝えるが、どうやらここにはなさそうだ。終わったら、そっちに合流する』


「了解。お願いします」


 援軍要請。外周警戒のノブナを連れてくるわけにはいかないので、地下を捜索中のハチスカに頼む。

 地下はどうやらハズレっぽいようだ。となれば、必然的にこの4階以上のどこかに人質と、武装組織がいる可能性が高くなる。


「9人くらい集まれば、ある程度は対処できるだろ」


「ああ。そんくらいあれば、一応は相手が誰でも相応の対応はできる」


 和弥の言葉に小さくうなづいて同意した。


「とはいえ、それまでは現状維持だ。このままいけるとこまで行く」


 そのままその場にまた立ち上がり、次の曲がり角から方角的に折り返そうとした時である。


「……ッ!」


 隣で、ユイがそれまで無表情だったものが一瞬強張ったのをチラッと見たが、ほんの一瞬だったので気にも留めなかった。


「じゃ、ハチスカが来るまでに行けるところまで―――」


 そう言いつつ折り返しになる直角の曲がり角の影から次の通路にでようとした時だった。


「待って!」


「うぉッ」


 突然左肩を思いっきりつかまれて引っ張られた。この尋常でない握力とさっきの声。確実にユイであろう。

 思わず閉口無線をせずに直の声で伝えたあたり、突発的な何かがあったに違いない。


「お、おい、一体何が―――」


 そう言いながらユイがいるであろう左側を見た時である。


「ッ……」


 思わず、そのまま固まってしまった。


 別になんてことはない。ユイが、今までの“真剣な無表情”を前面に出しながら、こめかみに手を当てつつ目を閉じているだけである。これは、X線センサーなどの頭部機器を使っている際のしぐさだ。

 目を閉じるといってもそれは一瞬だった。すぐに開けるてこめかみにおいていた手を取ると、そのまま通路の先をその場から見やる。


 ……そう、ただそれだけのしぐさである。


「……」


 だが、俺はその仕草を見て少し硬直した。何があったかを聞こうとした口が思わず噤んでしまう。

 何か、今は余計なことは聞くなと言わんばかりの、特有の“圧力”を感じた。

 本人はその気はないのかもしれない。だが、人間である俺は、なぜかそんな気配を感じ取った。


 固まっている俺をすぐに現実に戻したのは、ユイの少し切迫した声だった。


『上から敵が下りてきています。数は2』


「ッ!」


 今度はちゃんと閉口無線で伝えてくる。俺はすぐに我に返って動いた。

 すぐに壁の影について、そこから小型のコンパクトミラーの鏡のほうをを通路側にかざして状況を確認する。

 ここも案の定荒れていた。机やイスなどが無情にも散乱している中……


「……いた」


 その通路の奥にそれは確認できた。

 コンパクトミラーには、動いている人型の物体が、確かに2つ。あくまで、“2つ”である。


 “2人”ではない。


「ロボットか……」


 外部に装甲を張っつけたゴツゴツした外見を持ちつそれは、明らかに国防軍で導入している訓練用のロボットだった。

 いつもは敵役として使われることが多いが、どうやら、今回も敵役はあいつららしい。


 しかも、あの手に持っているのは……間違いないな。


「敵か?」


「ああ……しかも手には、AK-47らいいアサルトを持っていやがる。元凶はあいつらとみて、間違いなさそうだ」


「ロボットでアサルト持ちね……めんどくさいのが来たもんだわ」


「新澤さん、それユイの前でよく言えますね」


「あー……」


『?』


「……そっちは別」


「オイオイ」


 ユイがロボットだってこと忘れてないかこの人は。

 ……まあいい。とにかく、敵は確認できた。まずはそれだけでも一応の収穫だ。


 和弥がさらに少し切迫したように聞いてくる。


「どうする? 攻撃するか?」


「焦るな和弥。まだ、向こうはこっちに気づいちゃいない。まずは様子見だ。スルーしてやれ」


 ここでわざわざこっちから攻撃するのは得策じゃない。ここで無駄に騒音をならせば、確実に上から援軍がやってくる。

 俺たちがまだハチスカと合流していない4人だけの状態でそうなるのは少々戦況的に不利になる要素になりかねなかった。


 幸い、向こうはただ単に見回りのようなものをしているだけらしい。適当にそこら近所を見渡すと、さっさと階段のほうに戻っていった。

 ……見回りって言ってもそこだけかよってね。もう少しこっちを見回るという発想はなかったのか。まあ、してくれなくてありがたいが。


 そのロボットが階段のほうに上がるために通路から姿を消すと、すぐに後を追うように警戒をしながら通路を階段方向に素早く移動し始めた。

 ついでに、俺は無線を開いてHQに伝えておく。


「HQ、こちらシノビ0-1。現在3階エリアBブラボー。敵らしき武装対象を確認。敵は人型ロボット、アサルトの所持を確認。おそらくAK-47。オーバー」


『HQ了解。戦闘は必要最小限度に留めろ。反撃のみ行え。アウト』


「シノビ0-1、了解。アウト」


 相変わらずの事務的無線連絡の後、階段に差し掛かった。

 地味に邪魔くさかった3階通路から解放され、足並みも気のせいか少し早くなる。

 戦闘靴が鳴らす単調な足音を不気味に響かせながら、4階に突入する。


 ここもまた、3階ほどではないが微妙に荒れていた。


「ここもかよ……」


 するとすぐに、


「ッ! 待て、隠れろ」


 すぐにさっき来た階段のほうに戻り通路の影に入る。


 先ほどのロボットがまだいた。通路の奥に進んでいる。


「まだいるのか……ロボットゆえに少し不気味だな」


「お前もまたユイの前で大胆な発言を……」


 当の本人が全然気にしてないどころかむしろ自虐的に「ハハハ……」と苦笑いしてるからいいものの、コイツら絶対ユイがロボットだってこと忘れてるだろ。勘弁してくれよ、ただでさえ姿形が人間だってのに。


「とにかく、アイツらを追っかけるぞ。慎重にな」


 そのあとは的確にハンドシグナルなどを駆使して通路上を慎重、かつ素早く移動した。

 この通路の両サイドの部屋の中にはそれらしい動体物は確認できないことがユイより報告されている。なので、一々中は調べない。


 これまた、折り返しに入る。


「よし、ここを曲がればもうすぐ5階―――」




 しかし、そのタイミングである。




『ッ! ストップ! 止まって!』


「ッ!」


 ユイが切迫した様子で止めに入った。先ほど見たいに手は使わないが、その代わり声に圧迫感がある。


 俺が思わず影から出る途中で足を止めた。



 ……まさに、その時であった。



「ッ!?」


 突然銃声が鳴り響いた。いきなりの大音声にびっくりして思わず心臓が一瞬飛び跳ねたが、すぐに落ち着かせる。

 そして、体を通路の壁の影に隠した。


「クッ、発砲だッ」


「敵か?」


「ああ、間違いねぇ。……チッ、クソッ、さっきの2体じゃねえか」


 見ると、発砲しているのは先ほどの見回りから帰っている途中だった2体のロボットだった。

 AK-47っぽいアサルトライフルを此方に向け、その場に横に仁王立ちしながらこちらに弾幕を張りまくっている。訓練のため命中判定有りの空砲ではあるが、これはこれで威圧感が半端ない。


 まさか、気づかれていた? 考えてみれば、俺たちは大分遅れて後を追ったのに通路上でまだあの2体を確認できたのは不自然だ。待っていたとしか考えれない。もしかして、俺たちを誘ったのか?


 だが、幸いこっちに進軍してくる様子はない。おそらく味方の増援待ちか。

 何れにしろ、このまま放置プレイは好ましくない。


「ユイ、牽制弾幕張ってくれ! 少しの時間でいい!」


『了解』


 単調かつ無感情な返事の後、すぐに場所を俺と変わって、リロードされているかを確認した後、安全装置を解除して弾幕を張り始めた。

 横から乾いた連続的な発砲音が鳴り響く中、俺はすぐに無線を開く。相手はもちろんHQだ。


「HQ、こちらシノビ0-1。敵発砲開始。繰り返す、敵発砲開始。現在正当防衛にて反撃中。オーバー」


『HQ了解。正当防衛確認。正式な戦闘攻撃を許可する。アウト』


「シノビ0-1、了解。攻撃を開始する。アウト」


 HQから正式な攻撃許可が下りた。ここからは、正当防衛射撃ではなく“正式な現場判断での攻撃”が可能となる。


「新澤さんと和弥、すぐに目の前の障害物に何でもいいから突っ込んでそこを盾にして攻撃開始しろ。いいか?」


「了解!」


「オッケー! 任せな!」


「ユイ、牽制弾幕あと10秒だけ送れ、行けるか?」


「大丈夫です。弾薬は持ちます」


「了解。よし、全員かかれ!」


 俺の指示のもとすぐに動き出した。

 新澤さんと和弥の二人は、ユイの牽制射撃の援護のもと、通路上に散乱する各種障害物の影に飛び込み、そこを盾にして戦闘態勢を整えた。


「ユイさん、射撃引き継ぎます!」


「了解。お願いします」


「よし、新澤さん、かかりまっせ!」


「オッケー。アンタは右やって。いくわよ!」


「了解!」


 ユイから牽制弾幕の役目を引き継いだ二人が、今度は的確に敵ロボットに対して攻撃を仕掛ける。フタゴーの空砲が、今度は重複して通路内に響いた。

 その隙に、俺とユイは弾幕の間を縫って二人のさらに奥のほうにある障害物に飛び込んで戦闘態勢を整えた。


 そして、その間に二人は的確な攻撃によって敵を撃破した。

 その射撃は一発必中を是とする伝統を受け継ぐ国防軍にとって模範的だった。数発撃っただけで敵に命中判定を食らわし、そのロボットをその場に倒れさせたのだ。

 俺らが態勢を整えた時にはすでにことは収まっていた。


敵1エコーワン撃破ダウン!」


「こっちも撃破! これでクリア?!」


 新澤さんがそう確認を取るように言うのと同時に、俺も目の前にあるコピー機らしい障害物から顔を出して伺うが……


「いえ、まだです。まだ来ます!」


「ッ!」


 ユイがそれを否定した。すぐに追加で報告してくる。


「奥の階段から下りてきます。複数です!」


「ッ! 確認した!」


 ユイの報告はまさに正確無比だった。

 奥にある階段からぞろぞろと降りてきた。最初のと同型。ざっと6、いや、7体はいやがる。


「ハッ、ゾロゾロと出迎えが来やがった!」


「物騒なお出迎え態勢全開で来やがって。全員射撃開始! くれぐれもこっちには当てるなよ!」


「当てたらごめんね!」


「ふざけんなアホ!」


 そんないりもしないジョークを交えながら、すぐに敵に対して射撃を敢行する。

 一気に2体ほど撃破したが、残りはまだ生きている。

 さらに、敵のロボットのAIも頭がいいらしい。こちらの射撃を確認するとすぐに近くの障害物に隠れて、それを盾にしつつ射撃を始めた。


 頭を乗り出した一瞬の隙に頭部や腕を打ち抜いて戦闘不能にする。もちろん、打ち抜くといってもこれは空砲なのでその判定を与えるだけだ。その瞬間、向こうは戦闘ができなくなる。


「エコーワンダウン!」


「ヘッドに当たったぞ! これであと何体だ!?」


「あと3体です!」


「ユイ、さっき狙った1体どこにいやがる?」


「前方の50m先の机の奥!」


「了解、おら、さっさとそのいかつい頭出しやがれ!」


「待って! 倒れた1体まだ生きてるわよ! 腕こっちに向けてる!」


「新澤さん引導引き渡しよろしく!」


「了解! さっさと眠れってんのよコラァッ」


 怒号や指示が響き渡る中、どんどんと敵ロボットを撃破していく。

 一応、戦況自体は悪くない。さらに、無線からこんな報告も飛んでくる。


『HQ、こちらハチスカ0-1。地下捜索完了。捜索対象パッケージは見当たらず。オーバー』


『HQ了解。シノビがすでに4階エリアCチャーリーで戦闘中だ。直ちに援護に向かえ。アウト』


『ハチスカ0-1、了解。シノビの援護に向かう。アウト』


「やっと終ったかッ」


 向こうも捜索が終わったらしい。案外思ったより遅かったようにもおもうが、今はそんなことはどうでもいい。

 すぐに向こうと連絡を取った。


「ハチスカ0-1、こちらシノビ0-1。聞こえますか?」


『シノビ0-1、聞こえている。状況はどうか?』


「今はまだ耐えれてますが、援護は急ぎお願いします。奴ら、まだ上から大量に下してきますよ。……チッ、ああクソッ、また下りてきやがった!」


 無線中も追加で3体ほど下りてきた。チマチマと下してきやがって。こっちだって弾薬には限りがあんだぞ。


「状況は切迫している。急ぎ援護を求む」


『了解した。急ぎそちらに向かう。それまでどうにか耐えてくれ』


「了解。頼んますよ!」


 地下から4階までってのもそこそこ時間がかかるはずだが、頼む、できるだけ早く来てくれよ。


「ねえ、地下からここまでってどれくらいかかるの?」


「ざっと2、3分じゃないですか?」


「うへぇ、勘弁してよもオッ」


 そんな愚痴を吐き捨てる新澤さん。それでも的確な場所に射撃をするあたり、やはり実戦経験した日とは違うと改めて実感する。

 例の10年前の戦争ではこういった屋内戦闘も経験している。ある意味、この場で一番頼りになるのはあの人だろう。当時からこんな感じで戦闘していたのだろうか。


 さらに戦闘を継続する。何回か追加で上から下りてきたのもあったが、弾薬を適度に節約しながらうまく撃破していくが、一体どれほどの敵を用意したのか、全然減らない。


「敵2体死んだ! あと何体だ!?」


「ざっと2、3体くらいじゃねえか?」


「クソッ、まだそんなにあんのかよ。ただの市街地訓練にどんだけ敵つぎ込んでんだ?」


「知るかよ。口より手を動かせ」


「ハイハイ、りょうか……ん?」


 和弥の減らず口が止まった。しかし、それは一瞬だった。


「どうした?」


「クソッ、ジャムった! 薬莢が詰まったか!」


「ハァ!? マジかよ、こんな時に」


 ジャム。つまり、銃関連の故障だ。今の和弥の場合は、所謂排莢不良か。

 薬莢をさっさと薬室から取っ払えばいいので、比較的すぐに戦闘復帰は可能だ。


「私がカバーします」


「了解、頼む」


 和弥が一時的に戦闘できない分をユイが代わりに肩代わりする。

 とはいえ、さっきも言ったようにそれほど時間はかからなかった。


「よし、俺復活! 復帰するぞ! サンキューユイさん!」


「お構いなく」


 すぐに和弥は戦闘に復帰した。

 とはいえ、状況はそれほど変わらない。そろそろ、弾薬面に気を使わなければいけなくなってきた。


「クソッ、ハチスカはまだか! まだこねえのか!」


 焦りを隠しきれない和弥が思わずそう口走る。


 ……と、その時である。


「なんだ、呼んだか?」


「ッ!」


 うしろから複数の射撃音が轟いた。これは、俺たちのモノではない。


「ハチスカ! 間に合ったか!」


 チーム・ハチスカだった。後ろの通路の影から一気に出てきた5人組が、一斉に前方に向けて射撃を敢行。その先にいた敵ロボットを一気に撃滅した。


「HQ、こちらハチスカ0-1。合流完了。これより支援に入る。オーバー」


『HQ了解。そのままシノビとともに進軍せよ。アウト』


「ハチスカ0-1、了解。アウト」


 無線連絡を終えると、すぐに俺たちのもとに駆け寄った。


「悪いな、少し遅れた。これより援護に入る」


「待ってましたよ。敵の出現状況から、おそらく階段の上。5階にいますね」


「やっぱ最上階か。テンプレだな」


「そういうもんですよ。こちらは弾薬を消耗してますので、今度はこちらが援護のほうを」


「了解した。ではこっちが前面に立とう。よし、全員隊形を整えろ。急ぐぞ」


 今度はチーム・ハチスカが前面に立って進軍を開始。俺たちは後方より援護体制を取った。

 階段からの追加は下りてこなかった。おそらく、もう球切れならぬストック切れだろう。

 階段の下にはすぐに到達した。


「よし、ではこちらから一気に階段を上がる。シノビは援護を―――」


 その指示の途中である。


「ッ! なにッ!?」


 階段の上から射撃音が響いた。重複している。2つか?

 どうやら5階のほうから4階の階段の入口のほうめがけて撃っているらしい。まさに、上から降ってくる弾丸のシャワーだ。浴びたくないわそんなシャワー。

 階段の構造上、そこからなら5階へと続く階段全体を射程に収めることができるだろう。


 つまり、これは……待ち伏せか。上から進軍を止めさせる気だな。


「チッ、待ち伏せてやがったか。これでは進軍できない」


「どうします。こちらから支援射撃しますか?」


「だが、階段では簡単にできない。こちらからは死角だ。下から身を乗り出さなければならないが……」


「ですが、それでは向こうの射撃の的に……」


 ハチスカリーダーと早口の協議をするも、中々出てこない。


 すると、


「私が行きます」


「え?」


 俺が返答するまでもなく、ユイが先に動いた。


「おい、ちょっと待て、なにする気だ?」


 その問いにも答えない。ユイは階段入口近くに行くと、一気にジャンプして階段中腹にある踊場にスタッと降り立った。素早い動きに思わず見とれる俺た人間陣営。

 もちろん、その間敵の射撃は続いている。相手は当然、目の前にいるユイに向かっている。


 ……はず……なのだが……


「判定が出ない?」


 和弥がそんな疑念を抱くが、次の瞬間にはユイは振り返ってその5階の方向に2連射だけする。

 一瞬射撃音が消えたが、しかし、5階から援軍が大量に来たらしい。射撃音の重複量が増えたように感じた。

 それでも、ユイは動じず完全なるポーカーフェイスで淡々とそれらに射撃を繰り返していた。まるで、敵が射撃する前にうち仕留めるかのような素早さだ。


 ……しかし、判定は出ない。


「オイオイ、まだ判定でないのか。どうなってんだ?」


 和弥がそんなことを呟いた。

 どんなにすばやくても、かすり傷等は起こりそうなものだが……


「……なるほど。装甲か」


「え?」


 やはり、これしかないよな。


「ユイの装甲は炭素繊維製。かすり傷程度なら、そもそもアイツにとっては“傷”には入らないってことだ」


 あそこまで正確無比な射撃なら、敵とて満足に狙いを定めるのもやっとなはず。当てれて掠りか、または腕、ないし足のどこかか。

 しかし、ロボットであるユイにとっては、そに人間なら下手すりゃ重症の傷でも傷にならない。


 ロボット特有の“強み”である。


「当たってはいるだろうさ。しかし、戦闘不能判定にはならないってった」


「オイオイ、彼女ロボットかよ」


「いや、ロボットだよ」


 ハチスカの部隊員がそんな冗談を言ってのけるが、その次の瞬間には、その敵が出していたらしい射撃音は綺麗に消えてしまっていた。

 この段階で、ユイにそれらしい判定はない。


「さあ、早く!」


「了解!」


「よし、全員走れ!」


「おら、急げ急げ!」


 ユイの支援が入っている間にすぐに俺たちは階段を駆け上がった。

 踊り場のところで、そのまま5階方向を警戒しているユイを隣に見るが……


「……」


 その表情は、さっき3階で俺を止めた時のものと同じだった。


 にわかにあたりに漂う火薬のにおいを感じながら5階につくと、もはや散乱させるものもなかったのか、通路上は何もない殺風景なものとなっていた。


 ……しかし、その代わりに、


「やはりいたか。全員、射撃開始! シノビ! 援護頼む!」


「了解! 各自、支援射撃体勢! 弾薬気をつけろよ!」


 少数ではあったが、敵ロボットがいた。

 最後の抵抗とばかりに必死に射撃を繰り返すも、俺たちとは違って弾薬的にもモチベーション的にも最高の状態だったチーム・ハチスカの面々によって容易に片づけられ、通路の制圧は比較的すぐに完了した。


「通路クリア!」


「よし。ユイ、人質はどこだ?」


 X線走査を頼むと、すぐに返答は来た。


「あの部屋です。あそこから複数の反応が」


「了解。あそこだな」


 一つの部屋を指さす。その先にあるのは、一つ周りとかけ離れてぽつんと佇んでいるドアだが、おそらく、大きめの会議室みたいな部屋なのだろう。

 ドアの前に集まると、ハチスカリーダーがドアノブに手をかける。


 ……が、


「……クソッ、ダメだ。鍵がかかっている」


 今までとは違って施錠がされているらしい。しかも、ご丁寧に簡易型の電子ロックである。

 これでは簡単には解錠できないし、鍵ごと壊そうにも頑丈すぎて壊れない。むしろ、敵にこっちが部屋についたことを知らせることになる。

 ……尤も、さっきまで騒がしく銃撃戦してたのでもうとっくにばれていると思うが。


「困ったな。こうなったら爆破するしかない。爆薬、誰か持ってるか?」


「一応ありますが、しかし、ここで爆破させたら中にいるかもしれない人質に……」


「ドアの近くに人質いるか?」


「すぐ横にいますね。倒れてるんでしょうか」


「あっちゃ~、困ったな……」


 そう。一応こういう時のために簡易型の小型爆薬自体は持ってはいるのだが、ドアの近くにいる人質がその爆破の影響で怪我でもしたらマズイ。というより、困ったことにユイ曰くすぐ横にいるらしい。誰だよ、そんなとこに置いたやつは。

 むやみやたらに爆破させるのも、今この状況では好ましくないのだ。


「ではどうやってあければ……」


 ハチスカリーダーが思考をめぐらしていると……


「私にお任せを」


「え?」


 またユイである。持っていたフタゴーを背中に回し、スリングを締めて背中に固定させておくと、ドアの前に立つ。


「こっちの合図で突入おねがいします」


「え、あ、ああ……」


 そう答えつつハチスカリーダーは俺のほうに「なにする気だ?」みたいな目線を送ってくるが、そんなの俺が聞きたいくらいである。「さあ?」みたいな手振りで返した。


 ユイがドアの前で小さく息を吐くと……


「おらぁ!」


 ドガァッ


「えええ!?」


 ドアを蹴り破った。それはもう、右足を体全体を使って思いっきり伸ばして。

 木製のドアは中央より横真っ二つに折れて、「>」の字になって奥の部屋にすっ飛んで行った。え? 電子ロック? この蹴りの前にそんなの関係あるかよ。


「ほら、早く!」


「あ、ああ! 全員突入!」


「ほら、行けいけいけ!」


 チーム・ハチスカが一気に中になだれ込んだ。

 中にはまだ少数ながら敵がいたようだが、それらはすべてチーム・ハチスカの迅速な対応によって瞬殺された。こっちから援護するまでもなかったようだ。


「クリア!」


「どうだ、人質は?」


 すぐに中を確認した。

 どうやら会議室か何からしく、横に長い円形のテーブルにいくつかのイス。そして、その奥にはドでかいホワイトボードが立てかけられていた。


 ……その床には、


「……ん? 人形?」


 人型の等身大の人形がいくつも置かれていた。床だけでなく、中にはイスに座らされていたものもある。

 その人形を見ると……


「……なんだこりゃ」


 腹あたりに、ドでかく『人質』と書かれた紙が貼られていた。それも、ここにある人形すべてに。

 一応、これが上の連中が用意した人質の代わりなんだろうが……なんだろうか。シュールなことこの上ない。というか、これはギャグかなんかか? もう少し他のがあっただろ他のが。


「オイオイ、これふざけてるのか?」


「ま、まあまあ。一応、人質は確保できたし……ね?」


 そういう新澤さんの顔も、少し「なにこれ……」と言わんばかりの形容しがたい苦笑いを浮かべていた。

 というより、ここにいる全員が何とも言えない表情でこの人形たちを見つめている。


 とはいえ、一応は人質確保である。すぐにハチスカリーダーが無線を開いた。


「HQ、こちらハチスカ0-1。パッケージ確保。繰り返す、パッケージ確保」


『HQ了解。ドールは確認できたか?』


「ええ、大量におりますよ。ご丁寧に置かれたんでしょうねぇ、お疲れさんなこって」


 満面の笑顔で嫌味をいう彼に、俺も含め周りが少し吹き出しそうになる。

 そして、それに全然動じないHQであった。


『了解した。パッケージ確保を確認。状況終了。繰り返す、状況終了』


 その宣言の瞬間、この場に張りつめた緊張が一気にほぐれた。


 まあ、何はともあれ、一応は無事訓練終了である。


「はぁ~……終わったー……」


 肩をもんだりたたいたり、そして腕や足などをパンパンとたたいて緊張をほぐしてやる。気が付かないうちに随分と固くなっていたようだ。お疲れさん、我の体の部位たちよ。


 皆一様にその場で適当に体をほぐしたり伸びたりしている。また、周りで倒れていたロボットも、訓練終了と同時にまた起き上がり、部屋を出て行ったりその場にとどまったりと、自分の持ち場に戻っていった。

 次の訓練に備えるためだろうか。次は確か米軍が予定していたはずだな。

 ……アンタらも大変だな。ひっきりなしに訓練につき合わされてよ。しかも、全部敵役である。すまんね。もうしばらく人間の都合に付き合ってくれや。


「祥樹さん、お疲れ様です」


「ん、お疲れ」


 そんな感じで緊張で張りつめた体をほぐすなどで少し時間をつぶしていると、ユイが声をかけてきた。

 その表情は少しホッとした様子で、さっきまでの“あの表情”ではない。いつものユイであった。


「しかし、まさかドアを蹴り上げちまうとはなぁ……」


「あのほうが手っ取り早いでしょ?」


「でもどうすんだよ、このドア。完全に真っ二つになっちまったじゃねえか」


 そのユイに蹴り上げられたドアは、今は真っ二つになり互いに折り重なるように入口の前に倒れている。

 無残にも残ったその“残骸”は、確かそこそこ厚い木製だったはずなのだが、おかしいな。こんなにも綺麗に真っ二つに折れるのか。知らなかったな。

 ……というか、一番頑丈であるはずの金具のところか見事にひしゃげてるようにみえるのは気のせいだろうか。いや、違う、これは気のせいだ。俺が幻覚を見ているんだ。そうだ、きっとそうに違いない。


 そんなドアの無残な姿を、ユイは苦笑いで済ました。済ますなよ。


「おかしいなぁ……せめて金具を壊して普通に勢いよくあく程度で済ましたつもりなんだけど……」


「それにしては思いっきりセンターめがけて足突っ込んでたじゃねえか。そりゃこうなるわ」


「強度それほどなかったのかな……」


「結局は木製のドアがそこまで強度あると思うなよ。というか、ほんとにどうすんのこのドア」


「まあ、ドアの一つや二つ軍の経費でどうにかしてもらいましょう」


「おう、人が作ったロボットがとうとう人に金要求し始めたでよ」


 会計科の方、初めてロボットから請求が来ましたよ。良かったですね|((カッコ)ニッコリ。


「しかしまあ、妙にリアルな訓練でしたね。いつもこうですか?」


「いや、全然。たぶん、今回はあくまで手探りでいろいろ状況把握する能力も養うって意味もあったんだろう」


「にしては、妙にリアルすぎなめんもあるがな」


 横から声をかけたのは和弥だ。肩を叩きながら疲れたような顔をしている。


「空砲仕様のマジもんのAK-47は使ってるし、弾痕は本気で作ってたし、挙句の果てにはあの手間がかかる荒れ模様……。いくら状況把握が云々とはいえ、ここまでする必要あったか?」


「さあね。最近じゃそこも要求されるんだろう。いずれにせよ、いいトレーニングにはなったさ」


「それは違いねえけどよぉ……はぁ、本気で疲れた」


「知ってるか、これまだ1日目だぜ」


「うへえ~、勘弁してくれよお~」


 割と本気で嫌がる顔である。お前それでも軍人かよ。

 ……とはいえ、いくらか抵抗感があるのは俺も同様なので人のことは言えないが。


『各隊、訓練は終了だ。帰ってきていいぞ』


「りょーかい。おーし、じゃさっさとかえっぞー」


 ハチスカリーダーの気の抜けた声である。さっきのマジ顔とはまた違っていた。

 そして、みんな揃ってゾロゾロを部屋を後にする。


「ユイちゃん、ごめんちょっと付き合える? 3階一部片づけといてって言われたから」


「あ、はい。了解です」


「あ、あんたらも後で手伝ってね」


「うぃ~っす」


「了解しやした」


 一足先に新澤さんとユイが部屋を出た。緊張から解放され、少しにこやかなムードでの会話を挟んでいる。ほほえましい光景である。


「……」


 俺は、そんな微笑ましい光景をみて少し目を細めた。


 何とも言えない、この寂寥感。


 それは、お隣にも伝わったらしい。


「どうした、祥樹。そろそろ下りるぞ」


「え、あ、ああ。先に行っててくれ。ちょっとここ簡単に片づけてからいくから」


「手伝うか?」


「いや、いい。俺一人でさっさと終わらせっから」


「あ、そう。じゃ先にいってるで~」


「おう、わかった」


 そのまま和弥は先に部屋を後にした。

 一応、自分で言った手前ちゃんと簡単に人形とかを片づけておく。

 次もまた人質訓練だろうから、所定の位置に人形を置いておき、そして部屋を後にした。

 このドアは……まあ、施設科が何とかしてくれるだろう。


「……はぁ」


 少し、小さくため息をついた。


「(ユイのあの時の表情……まんま、“ロボット”だったな)」


 いや、自分でも何言ってるんだと思う。アイツは元からロボットだ。俺が忘れてどうするんだ。


 ……だが、


「(……あの“無機質な圧迫感”って、今までになかったよな……)」


 今までのユイは、人間みたいに感情表現が豊かで明るい、そこら近所にいる人気が出そうな女性そのまんまだった。

 どんな時でも明るくて元気な、それはそれはロボットであるという事実を忘れさせるほどのものだった。それが、“俺たちにとっての”普通だった。


 だが、あの時は違った。


 今考えてみれば訓練を通じてそうだったが、俺を強引に引き留めた時、戦闘中、階段のところで身を顧みず先陣を切った時、ドアを蹴り上げた時……。上げたらきりがない。


 その時は、アイツは完全に“ロボット”だった。

 感情もクソもない。これっぽっちも余計な要素を出さない無機質な“機械”だった。


 ユイの放つ、ロボットらしいほんとに鉄っぽい、真剣だけど無表情で、なおかつ体全身から放たれる特有の“圧迫感”に、俺は思わず押されてしまっていた。


 いや、アイツにとってはそれが普通なんだ。

 元より戦闘用のロボット。試験機とはいえ、のちに改良されて制式化される身だ。ああいうのが、本来のアイツの姿なんだ。むしろ、今までのがある意味“ロボット”という点では異常だったともいえる。それは、間違いないだろう。


 ……だが、


「(……本来の姿、か)」


 その姿とは、もう一体どういうものを言うのだろうか。

 頭では分かっているのだが、心はそれをしっくり受け付けてはくれなかった。

 どうしても、どこかで「いや、違うんじゃないか」と疑念を抱いてしまっていた。


 和弥が「不気味だな……」といったあの時、ユイは自虐的な苦笑いを浮かべていた。あの時だけは、少しだけいつものユイが見れた気がした。


 それで、俺は“安心してしまった”。


 本来の姿を見ただけなのに、その“本来とは違う姿”を見て“安心してしまった”のだ。

 ユイが、まだいつものユイらしさを持っていることが見えたからだ。


 でも、たまにわからなくなる。


「……どっちが“本来のユイ”なんだ……」


 俺たち感覚での本来の姿と、元から形作られた本来の姿。一体、どっちが本来の姿なのか。

 いや、どっち、もないのかもしれない。表裏一枚、ただ単に真面目な姿を見せただけで、そしてオフのときはいつもみたいに気が抜けて……それは、人間でもよくある光景だ。そんな人に対して表裏を要求するのは少し違う。ないともいえるし、どっちも本来の姿ともいえる。


 だが、それはただの人間だったらの話だ。


 ユイは戦闘用。本来の任務や姿というものはある。

 試験機という側面、戦闘用としての能力のほかに、人間のような振る舞いを見せるための能力も持っている。


 一体、彼女にとってはどっちが本来の姿なのか。


 ……答えは、たぶん当分の間は出てこないだろう。いや、今の俺に出せるとも思えないし、そもそも出したところでどうにもならない。


 ……だが、あの時のユイを見た時、少しだけ、“寂しくなった”。


「……ロボットが身近にいるって、こういうことなのだろうか……」


 今までのユイに慣れすぎてしまったのかもしれない。

 本来の姿を追求しすぎているのかもしれない。

 そもそも、そんなものはないのかもしれない。


 ……どれが答えなのか、俺にはさっぱりわからなかった。



 だが、一つ、これだけは言えた。



 ロボットとして、完璧に役目を果たした、あの時のユイが、





 今の俺にとっては、少し、自分からは遠い存在に見えてしまった…………

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