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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第1章 ~平穏~
30/181

市街地戦闘訓練 1

 そこからさらに一週間の時が経つ。


 初の実際の市街地での戦闘訓練を行う“準備”をする意味も含めて計画された今回の市街地戦闘訓練は、この富士山がよく見える『北富士市街地演習場』にて行われることとなった。


 ここは、元の北富士演習場の北部の一部と、そのさらに奥にある森林地帯の一部を丸ごと一区画として使い、約700m×700m四方の敷地内に鉄筋コンクリート製の質素な建物と道路、そして地下道や地下鉄の駅などを詰め込んでいる。

 一部はその地下鉄の駅間を路線として繋いでいるところもあるし、さらには、一部の駅にはE231系を完全に模した訓練用車両も存在する。


 その内約も豪華なものだ。官公庁やテレビ局などの大型施設からマンションやアパートなどといった、元から東富士演習場にもあるような建屋を引き継いだり、それにプラスして公園やそれっぽい大学、公民館、コンビニやちょっと高めの高層ビルなどの、新たに考案された設備も導入されている。


 パッと見、もはやただの一つの質素な“都市”と化している。内装さえうまく整備すれば、もしかしたらここで十分生活できるんではないかとすら思える。


 それ故、市街地戦闘訓練場としては日本一の規模を誇り、日本の都市構造の特徴をうまく再現した“街”でよりリアルな訓練を行うことができる。これも、昨今の都市部でのテロ・ゲリラ戦闘の可能性を考慮した結果である。




 ……そして、ここはそのはずれにある一区画、にある、この市街地戦闘訓練場での訓練を総べる管理棟。

 その中にある一つの部屋には、会議室としての設備が整えさせられており、今回訓練に参加する部隊全員が集められていた。


「よし、全員いるな……」


 部屋内に設けられた大型投影ディスプレイの前で、羽鳥さんが確認を取るように周りを見渡して言った。

 今回の訓練にて、司令部要員の一人として重要ポストを任された彼から訓示が行われた。


「何度も言うように、今回の訓練は今までの訓練とはわけが違う。どういう意味でわけが違うかは、すでに皆の察するとおりと思うが、これから、来週の私幌市での訓練までの一週間は、ここでみっちりその意味を感じてもらうことになるだろう―――」


 そういった言葉がつらつらと語られる。俺たちはそれぞれの席に座りながらそれをジッと真剣なまなざしを向けながら聞いていた。


 この日から一週間、この訓練場を貸し切って来週の私幌市での訓練に向けてみっちり最終確認を行っていくのだ。市街地戦闘で必要なノウハウや技術などをじっくり叩き込むため、今回はわざわざ米軍から経験豊富な幹部や部隊も本土より呼び寄せている。この会議室にも、それらしいACU迷彩を着こんだ米兵や幹部が確認できた。


 昔みたいに在日米軍がいくらでもいる時代ならこれくらいは普通だったのだが、今となっては陸はいなくなって海軍の一部しか居座らなくなった。だから、こうして呼び寄せるのにも少し一苦労がいる。

 それでもやってきたあたり、政府も頑張ってくれたということなのだろう。


 羽鳥さんの訓示が終わると、今度は訓練に向けて各部隊ごとでの訓練項目の確認が行われた。

 統合的な市街地戦闘訓練は最終日にまとめて行われるため、それまでは各部隊での個別の建屋内訓練や連携訓練に終始することとなる。


 特察隊に充てられた管理棟内仮設司令部の一部屋にて、今回参加する特察隊3個班全14名と司令部要員が集められ、これまた羽鳥さんから訓練に関する要綱確認が行われた。


「それでは、ここからは俺の指揮下だ。……準備はいいな?」


「はいッ」


 全員の威勢のいい返事が返ってくると、羽鳥さんも満足げに顔をニヤつかせた。


「よし、今回の訓練は俺たち特察隊の晴れ舞台といってもいい。全員、生半可な覚悟で行くと痛い目にあうぞ」


「しごかれるんすか?」


「バカやろう、しごかれるで済むか」


 和弥のちょっとしたジョークでこの場に笑いが挟まれる。

 緊張した空間でもあまり張りつめると余計な失敗をする。何事もほどほどでいる程度がちょうどいいのである。和弥らしい配慮であった。


「まず、今日は来週の訓練に対応して、小型官公庁型施設の内部の『偵察』に関連する訓練を行う。君たち3個班が協力して、各フロアの偵察、及び制圧を目的とする。訓練では、中に人質がいる可能性が示唆されており、君たちはそれの捜索に充てられた、という想定で行われる」


「人質ということは、中にいる犯人はやはり武装組織ですか?」


 俺の質問に、羽鳥さんは淡々と返した。


「そこがまた不明なんだ。想定では、テロによる混乱のさなかに報告された人質の存在の可能性に対する偵察だが、ほんとに人質がいるのか、いるとしてそれを確保している反抗組織はどれほど武装しているか。そこが、全く情報がない」


「手探り、とはまさにこのことですな」


 和弥が思慮深い反応を示す。


「そういうことだ。今の時代では、現実でも十分に起こり得るということでこの内容の訓練が当てられた。仮にいたとすれば、官公庁という舞台から推測しておそらく公務員関連の人物であろう。失敗は許されんぞ。皆、気を引き締めて臨んでもらいたい」


「はいッ」


 あくまで可能性、の問題であったが、軍事の世界では何事も最悪の事態を想定せねばならない。『捜索』ではなく、わざわざ『偵察』という形を取ったのも、そこいら辺の理由があるのだろう。内部にいる武装組織の存在を考慮した結果である。


「……あぁ、ちなみに」


「?」


 羽鳥さんが思い出したように言った。


「今回は、指揮こそはしないが団長も視察に来ているからな。あんまり恥をかかせるなよ」


「ええ、来てるんすかッ?」


 俺を含め全員が「ええ……」と不安顔になった。そんな情報、今まで聞いていなかったのだ。

 和弥が「タハ~」と参ったような顔をして言った。


「羽鳥さぁ~ん、なんで呼んじゃったんすかぁ~」


「いや、俺は呼んでないよ。団長がぜひということでせがんできてだな……」


 羽鳥さんも羽鳥さんで少し困ったような表情をするあたり、ウソではないだろう。本心、あまり来てほしくはなかったのだろうか。同志よ。


「特察隊の初の実戦をこの目で、ってことらしいが、別に後で映像で送るのになぁ……。あの人も、中々前線向きの人だ」


「元々前線でバリバリ戦闘してた人間ですしね」


 新澤さんが口をはさむ。10年前の戦争で共に戦ってたこともあり、団長のことをよく知っているからこその発言であろう。そんなにバリバリだったのかあの人は。


「そうはいってもなぁ……俺だって緊張してるんだよ。団長の目が光ってるこの状況で下手な指揮はできないからなぁ……」


「まあまあ羽鳥さん、来てしまったもんは仕方ないですし割り切りましょう。そうするしかないです」


「まあ、そうだな……割り切るしかないか……」


 俺の言葉に仕方なさそうに返す。とはいえ、周りの不安顔はまだ晴れない。やはり、団長の目がある中で下手なことはできないという緊張があるのだ。

 ここで和弥がさっきみたいにギャグを挟んでくれればありがたいのだが、さすがにこればっかりは和弥も緊張のさなかだったのでそんなことをする余裕はないようだ。顔が少し強張っている。


「(困ったな……これじゃ戦闘に影響が出る)」


 何度も言うが、緊張というのはほどほどが大事である。あまり詰めすぎるとここぞという場面で柔軟な動きができないのだ。

 しかし、俺には和弥みたいなムードメーカー的素質がないのでどうしようもない。はて、どうしたものか……。


「(どうにか、この場をいったん和ませてくれれば……)」


 とかどうとか思っていた時である。


「しかし、団長さんも勇気ありますね」


「え?」


 隣にいたユイが突然そう言った。

 突然の発言に周りがキョトンとする中、俺は聞く。


「勇気があるって、なんでだよ」


「だって、私たちの視察をするんですよね。前線でたつほどの人って言ったら、現場じゃ相当な勇気がいるじゃないですか。いくら訓練とはいえ」


「あ、ああ、そうだな……で?」


「いや、で、って……。銃弾飛び交う中視察って中々しないですよね?」


「は?」


 銃弾が飛び交う? ちょっと待て、お前、一体どこで視察すると思ってんだ? 普通に後方の管理棟からモニター越しに決まってるだろ。


「いや、銃弾なんて来るわけねぇだろ。視察程度でさ」


「え? でも、前線でバリバリの人が視察って言ったら……」


 そんな話の食い違いが起きる中、新澤さんが何かを察したらしく口をはさんだ。


「ちょ、ちょっと待ってユイちゃん」


「?」


「もしかして……、団長が、私たちに同行すると思ってない?」


「え、違うんですか?」


「はぁ!?」


 話の食い違いの原因、判明。されど、あまりにアホらしいものであった。

 なんで後方指揮の人間が一々実行部隊に同行するんだ。アホじゃないのかね。いや、バカじゃないのかねこのロボットは。今までのユイには似つかわしくない勘違いだぞオイ。


「いやいやいやいや、来るわけないだろ! なんてこと想像しちゃってんのお前!?」


「え、だって、前線バリバリの人の視察って言ったら銃持って私たちに同行して一緒に戦闘しながら視察を……」


「大部隊の隊長が前線に出てくるって、お前エセミリタリーアニメでよく出てくる勘違い指揮官をマジで捉えてないか!? そんなことするわけないだろ!? 普通にここからモニター越しに戦況見守るだけだよ!?」


 そういうと、な ぜ か ユイはハトが豆鉄砲でも喰らったように仰天した顔になった。


「え!? 前線でバリバリの人だからてっきりそんな感じで活発な人なのかと……」


「お前、団長なんていう総指揮官レベルの人が前線で動いた例あるか!?」


「…………、あ」


「あ、じゃねぇよ! 普通に考えろよ!」


 俺のツッコミに周りがドッと笑いに包まれた。

 あまりに呆れた内容すぎて、一回り、いや、二回りほどしてもはや笑いの種である。俺はその横で思わず額に指をかけて呆れてしまった。

 ユイは周りからの笑い交じりの冷やかしに「タハハ……」と苦笑いで返していた。


 ……はぁ、いくらなんでもおかしいだろそんなの。団長が銃弾飛び交う中で視察ってどこまで前衛的なんだあの人は。俺は彼の隠された素質を知らなかったようだ。なんて、そんなノリツッコミをする気すら起こらない。

 呆れ全開で俺がため息をつく中……


「―――これで緊張の糸がほぐれたでしょ?」


「え?」


 左から俺の耳元に小さくユイの声がささやかれた。

 左を一瞥すると、「計画通り」と言わんばかりに小さく口元を釣り上げさせて俺のほうを見ていた。


「……なるほど。“ワザと”だったか」


「和弥さんのような笑いのセンスはこれっぽっちもありませんけどね」


 周りに聞こえないように小声で言葉を交わす。ユイの意図に俺は思わず小さな笑みがこぼれた。


 周りが緊張している、ということはさすがのロボットにも分かったらしい。和弥みたいな場を和ませる技術を持っていたとも思えんが、わざとアホらしいことをいって張りつめすぎた緊張を緩めてくれたか。

 ロボットらしくない人間的な心遣いだが、今このときに限ってはとてもありがたい。感謝するぜ、ユイ。


 場がある程度和んで緊張も程よく緩和されたところで、羽鳥さんがもう一度程よく引き締めるように言った。


「とにかく、今回の訓練では皆いつも以上に気を引き締めてもらいたい。いいな」


「はいッ!」


 その顔は、さっきとは違って結構スッキリしたものであった。笑い、というものの威力を改めて感じらされる。そして、それを誘発したユイは偉大である。


 羽鳥さんからの解散宣言を受け、俺たちはこの場を後にして、外で待機しているヘリに乗り込んだ。






 今回使うヘリはおなじみの『UH-60JA“ブラックホーク”』である。


 現在は3機一組を組んで、それぞれの降下ポイントに向かい低空飛行を続けていた。

 そのうちの1機に乗り込むのは、最近導入された青を薄く混ぜたようなグレー系色を濃淡二色と、白ないしベージュあたりの色を織り交ぜた都市型迷彩に身を包んだ俺たち『チーム・シノビ』の4人であったが、ヘリに乗ってからの口数は少ない。

 皆、真剣であった。


「今のうちに装備確認しとけ。降りたらもう戦場だからな」


 そう言いつつ自分の装備もチェック。

 あくまで威力偵察なので、それほど重装備で固めていない。軽武装工作部隊の名の通り、持っている装備自体は簡素なものだ。


 簡単にチェックを済ませると、フゥ、とため息をついて気分を落ち着かせた。

 やはり、初の実戦訓練を前にすると緊張というのは出てくるもので、あの時ユイが笑いを飛ばさなかったらこの緊張がどれほど大きくなってたか、今思うと少し不安気になる。


「降りた後の手順はもう確認したか?」


「バッチリだぜ。問題ない」


「右に同じ」


「あ、前に同じで」


 全員からの了承の返事を受ける。


「よし。……降下1分前」


 腕にかけた小型のデジタル時計を見つつ確認する。


 ヘリはさらに3機それぞれで編隊を解きつつそれぞれの場所に降下を始めた。

 ヘリの迅速な行動を促すため、ヘリがポイントについたら数秒と断たないうちに一気にラぺリングで下りる。

 パイロットからの合図に従い、ドアを開けてラぺリングロープに金具で自分の体をつなげて固定し、いつでも降りれるよう降下の態勢をとる。

 右から強い風を受けつつ、若干身を乗り出して降下予定ポイントを遠目で確認すると、また体を機内にひっこめてその降下のタイミングを待った。


「無線チェック。全員聞こえたら応答しろ」


『シノビ0-2、異常なし』


『0-3、こっちもオーケーだ』


『0-4、問題ありません』


「0-1、こっちも確認した。合図で降りるぞ。絶対聞き逃すな」


『了解』


 耳にかけたインカムがしっかり機能していることを確認する。コールサイン自体は今のように0-1などといった数字で行うことで事前に通達されていた。


 鉄筋コンクリートの質素な街並みが横に流れていくのを上から確認しつつ、ついに降下地点が見えた。

 本来の目的地は官公庁だが、その近隣に下りることが事前に知らされていた。なので、そこまでは戦闘警戒をしながら徒歩である。


「……緊張するか?」


「はい?」


 ふと、左隣にいるユイに声をかけた。

 顔は少し真剣みを増しているが、今は少し眉をひそめた感じだ。


「いきなりどうしたんですか?」


「いや、ロボットも緊張すんのかなってね」


「はぁ、あのですね、そういった概念は人間しか持ってませんよ。したくてもできませんって」


「だろうね、知ってた」


 そんなこったろうと思った。羨ましいよ、ほんとに。


「……とはいえ」


「ん?」


「……AI的に成長したらどうなるかは、わかりませんけどね。私も、そこは予測できませんので」


「ハハ、言えてるな」


 そうなったらほんとにどうなるんだろうな。ロボットが緊張するとなると、これまた感情表現の幅も広がるな。面白い限りだ。


「……よし、来るぞ。スタンバイ」


「了解」


 ヘリが一気にポイントに降下を始めた。

 建物の間を低空で抜けつつ、その間に設けられたコンクリートの道路の一区画につくと、一瞬機種を上げて速度を落としつつホバリングを開始する。


『よし、ついた。降下開始』


「了解。降下!」


 ラぺリングロープをおろし、そのまますぐに間髪入れずに機内から飛び出して地上に降り立った。

 落ちていくときの内臓が浮き上がる浮遊感を少しの間体感しつつ、スタッと地面に降り立つとすぐに金具を外してロープから離れ、次の瞬間には中腰になりつつ、銃口を水平に向けるコンバットレディポジションを取った。


 ヘリは下ろされたラぺリングロープを巻上装置で自動的に巻き上げながら、俺たちと同じ進行方向の空を上昇しつつ飛び去って行った。


 ヘリが残したダウンバーストを受けながら、俺たちはすぐに集合。

 前後左右、それぞれが別の方向を銃口を向けつつ警戒しながら、道路脇に沿って目的地を目指した。

 俺が先頭に立ち、前方を警戒しながら目的地へと素早く向かうと、途中で無線も響いた。


『HQより各隊、状況を報告せよ』


『ハチスカ0-1、降下完了、戦闘地域に入ったインバウンド。ランデヴーポイントへ接近中。ETAは1分。オーバー』


『ノブナ0-1、同じくインバウンド。ランデヴーまでのETA1分15秒と推定。オーバー』


 他の2班も同じく降下を完了したらしい。こちらも報告しておこう。

 すでにユイから推定ETAは1分半と報告されている。俺は無線を開いた。


「シノビ0-1、こちらもインバウンド。ランデヴーまでのETAは1分30秒。オーバー」


『HQ了解。ポイントに接近し、合流でき次第報告せよ。HQアウト』


『了解。ハチスカ0-1、アウト』『了解した。ノブナ0-1アウト』


「了解、シノビ0-1アウト」


 HQからの許可も出た。とりあえず、今はさっさとランデヴーポイントに向かうまでだ。


 ……しかし、聞いてて思う。このコールサイン、明らかに、どっかの戦国美少女ラノベからとっているだろう。確実に。うちの部隊にも相当コアなファンがいたものである。


 中腰のままそそくさと道伝いに早歩きで進むと、それほど時間が経たないうちに、運よく敵らしい敵にも合わずに目的地へと到着した。

 どことなく地元の旧青森県庁南棟に似ている、5階建ての横に長い小型の灰色の豆腐のようなこの建物が、曰く「官公庁」らしい。何とも、これっぽっちも面白みもない形である。某クラフトゲームならブロックをそれっぽく形作るだけで即行で作れそうなものだ。


 正面玄関前に到着すると、すでに5人で玄関前と周辺を警戒している1班が到着していた。


 すでに報告は上がっている。チーム・ハチスカであった。


「シノビ0-1よりHQ、ランデヴー到着。待機する。オーバー」


『HQ了解。待機せよ。HQアウト』


「了解。シノビ0-1、アウト」


 正面玄関前にてチーム・ハチスカと合流する。

 こちらも、現状は待機中であるようだ。


「シノビか。待ってたぞ」


「ええ。ノブナは?」


「いや、まだだ。俺たちが先着だ」


「おかしいな……ETAでは俺たちが最後のはずだったのに」


 確か、ETAは見事に15秒おきで、チーム・ノブナは2番目だったはず。

 尤も、あくまで到着“予測”時間なのでそこまで正確に来るとは限らない。しかし、このあともかれこれ1分ほど過ぎても報告が来なかったところからして、だいぶ遅れていることには違いない。


 ハチスカのリーダーもさすがにしびれを切らし始めた。


「遅いな……。そろそろ来てもいい頃だ」


「報告すらなしですし……何かあったか?」


「だが、報告の一つや二つくれてもいいものだが……」


 そんな小声での単調な会話を投げ合っていたときだった。


『こちらノブナ0-1、HQへ』


「ッ! ノブナだ」


 やっと無線が来た。随分とお待たせさせやがって。

 HQもすぐに応答する。


『こちらHQ。ノブナ0-1、到着が遅れている。状況を報告せよ。オーバー』


『すまない。敵性勢力の可能性がある不明勢力を確認した。無線が不調でうまくつながらなかった。今は修復したので問題ない。されど、ルートがふさがれているため、他の遠回りのルートを検索してほしい。オーバー』


『HQ了解。新しいルートを検索する。……今送った。確認せよ。オーバー』


『了解。HMDにて確認。ETA修正、1分半。オーバー』


『HQ了解。急ぎランデヴーせよ。HQアウト』


『了解。ノブナ0-1、アウト』


 結局、無線がイカれてただけか。無駄に心配かけさせやがって。

 しかし、不明勢力というのが気になる。おそらく、敵役のロボットさんがそこいら辺を徘徊でもしてるんだろうが、それらだろうか。


 困ったな。彼らには俺たちが建屋内に潜入している間の建屋外周の警戒を頼む手筈になっていた。彼らが来ないと満足にここに潜入できないし、そもそも許可が下りない。


 ハチスカのリーダーも少し困ったようなしかめっ面をかました。


「チッ、こんな時に無線不調か……。整備は何やってるんだ」


「仕方ありませんよ。とりあえず待ちましょう」


「ああ……。じゃあ、今のうちに手順確認だ。こちらが地下全般で、そっちが地上全般でいいんだな?」


「ええ。その線で」


「よし、了解した」


 役割分担は事前に取り決められている。俺たちは地上階全般を捜索し、チーム・ハチスカは地下階を、そして、先ほども言ったように、その間チーム・ノブナは外周を警戒する。


「しかし、俺たちだけでここを全部捜索とは、上の連中も無茶を言ってくれる」


 若干苦笑いしながら、隣にいた和弥が愚痴るように吐き捨てた。

 全くだ。俺たちは総勢14名。これだけで、外周警戒と内部捜索とで役割を分けて、そんでもって全部を隅々まで探し回れ、なんて、いくらなんでも無茶ぶりが過ぎる。

 いくら少数精鋭志向があるとはいえ、もう少し戦力をくれてもいいだろう。普通科の連中を外周警戒に当ててくれるだけでもいいからもう少しほしいところだ。


 とはいえ、やれって言われた以上文句は言えない。


「まあ、そう言ってくれるな斯波伍長。やれって言われた以上、やるしかあるまい」


 そんなことを言う彼も少し苦笑気味だ。本音、和弥と同じことを考えていたに違いない。


「そうそう。なに、俺たちは部隊名の元ネタの如く忍んでさっさとやってくるからよ」


 ハチスカの部隊員がそうからかうような言動を投げる。それ、元ネタが舌足らずのロリ忍者だからか? それとも、それのさらに元ネタのほうを言ってるのか?


「いや、それ原作じゃ忍ぶどころかめちゃくちゃ有能なロリ忍者だったじゃないすか」


 和弥、なぜそれを知っている。貴様も原作読んでるのか。

 ……いや、まあ、俺も俺で読んでたりはするけど。


「有能なロリは嫌いじゃないぜ?」


「ほほう。まあ、俺も大好物ですがね」


 おい、それ周りから危ない意味で捉えられたらどうする気だお前。


「俺たちは最終的にはその配下たる川並衆の奴らを目指してるんでね。一切手を出さずロリを楽しむプロエリート集団だぜ」


「それ、紳士的な意味の間違いじゃないすか」


「何を言っている。彼らは普段の技術も高いだろう。それに、俺たち5人は全員ああいうロリを愛してるんだぜ?」


「イエス、ロリータ、ノー、タッチ」


「ええい、黙らんか貴様ら」


 リーダーを含め全員の目がきらめいてやがる。それでも、顔の真剣みは崩していないところからして、一応、訓練中であるのにふざけてる、というわけでもなさそうだ。

 ……だが、とりあえずそのキラキラした目をつぶしてしまいたい。


 どうやら、このチーム・ハチスカの5人はロリコンのようだ。そりゃ、あの超万能の幼女忍者を見ればそうなるだろう。彼女が親分を務めるその川並衆とやらも、確かにプロエリート集団だ。いろんな意味でな。


 あれを、現実でコイツらが実践したとなれば……、あれ、考えてみればそれはそれで結構有能じゃね?


「しかし、あれってただの川賊集団だったろ。俺たちは軍の一偵察兼工作部隊なんだが?」


「俺たちが川並衆だと思った瞬間、俺たちはすでに川並衆なのである」


「そう、俺が、俺たちが、川並衆だ」


「お、おう、そうか」


 じゃあもうなってるじゃんか。いや、もう勝手になっててくれ。うん、もう、ロリ忍者を一生愛でてくれ。

 あれ、じゃあ親分である彼女は……あぁ、どうせ「親分はいつでも我らの心の中に!」とか「そして俺らの親分は永遠に穢れないッ!」とか言うんだろうな。聞くだけ無駄だろう。

 そして、他の連中がそれを貶そうものならたぶん今ならフタゴーを的確にぶっ放して……あぁ、やっぱり有能になってしまうじゃないか。もう、これはこれでいいか、放置で。


「(……しかし、実際ああいうのに似たのが俺の隣になぁ……)」


 ロリではないが、明らかにアニメにしたら確実に萌え美少女化待ったなしのロボットが隣にね。今は玄関の外を入念に監視中だ。


 ……どれ、今のうちだ。念のため確認しておこう。


「ユイ、センサーでノブナは確認できるか?」


「常時捉えてます。センサーはもちろん、衛星とのデータリンクでも。順調にこちらのほうに接近中」


「了解。もうすぐつくだろうからしっかり見ててくれ」


「了解」


 アイツでもしっかり確認できてるってことは、一応は大丈夫だろう。もうそろそろ到着するはずだ。


「いいねぇ、ロボットは。こういうの即行で分かるからよ」


「な。人間で言う本能みたいなもんだろ?」


「それとはまた違うでしょうけど……、まあ、便利ではありますね」


 ハチスカの部隊員たちの割と本気でうらやましがる声に俺は全力で同意した。


 ユイの機能の一つ、『三次元パルスX線センサー』と『衛星データリンク機能』だ。


 従来のX線センサーを小型レーダーとして使用できるように改良したもので、電子的に敵味方双方の位置を特定することができる。

 その範囲は最大約数百m。そこに、衛星データリンクを用いれば、探知可能範囲は格段に上がり、その精度もさらに抜群になる。


 今の例で言うなら、センサーと衛星データリンクを使ってチーム・ノブナの場所を突き止め、さらにリアルタイムでその行動を監視しているのだ。これに関しては、半分以上は衛星データリンクの功績だろう。


 これを用いて、敵味方の解析等もできるというのだから、これまた高性能だなと実感する。

 特に市街地戦闘においては、複雑に入り組んだ地形の中で敵味方双方の位置や行動を逐一理解しておくのはとても重要なので、これらの機能はとても貴重なのだ。ましてや、歩兵単位で持ち合わせれるとなれば、それによる恩恵もまた計り知れない。

 今みたいに、一々HQの情報に頼らず必要な情報を得ることもできる。ありがたや、ありがたや。


「ETA30秒前。皆さん、準備を」


「了解」


 ユイからの報告だ。すぐそばで外周を見つつこれっぽっちも動かないで報告するそのさまに、いつものような感情はない。


 それを見つつ、少しどことなく変な寂寥感を感じた。


「……ただの機械、か」


 今のコイツはただのロボットだ。今までのような、感情豊かなアイツではない。


 ……尤も、それがコイツにとっては当たり前なんだ。今更何を思っているんだろうか。


「着きました。ETAリミットです」


「ッ!」


 それとほぼ同タイミングである。

 建物の影から俺たちと同じ都市迷彩に身を包んで軽い武装をした5人組が見えた。


 チーム・ノブナ。少し遅れてのご到着である。


「すまない。遅れた。そっちはもう揃ってるか?」


「ああ。すでに」


「こっちも。全員スタンバイ完了です」


「よし。……ノブナ0-1よりHQ。ランデヴー完了。指示を。オーバー」


『こちらHQ、確認した。各隊へ。フェーズ2に移行。HQアウト』


「ハチスカ0-1、了解。アウト」「ノブナ0-1、了解。アウト」


「シノビ0-1了解。アウト」


 合流完了。作戦のフェーズ2移行が指示された。


 フェーズ2。いう間でもなく、外周警戒と建屋内潜入である。


 そこで、人質がいると思われる場所をくまなく捜索する。潜入するのは俺たちとチーム・ハチスカのみの計9人。

 建屋の規模から考えるととてつもなく小規模だが、しかし、ここまで来たならしっかりやるのみである。


 一応、俺たちをまとめる総指揮官役を務めるチーム・ハチスカリーダーが指示を出す。さっきまでロリロリ叫んでた彼とはまた違う、真剣な表情だ。いつもその顔でいてくれよ、ほんとに。


「よし、ノブナは外周警戒。俺たちとシノビで中に突入だ。俺たちは地下、お前たちは地上だ。いいな?」


「了解」


「了解した。では、こちらはすぐに行動に移ろう」


「ああ、頼む。何かあったらすぐに知らせてくれくれぐれも、自分たちだけで全部対応しようと思うな?」


「ご安心を。ノブナは簡単には死にませんよ。姫武将の誇りにかけて」


「はいはい……」


 小さく俺はため息をついてしまう。まあ、部隊名からして大体は察してたが、コイツらもだったか。

 しかも、それを割と本気で真面目な顔をして言うんだからもうどういう顔で返せばいいのかわからない。彼らからすれば、別段ふざけてるわけじゃなくて割と本気でそう考えているんだろう。


「何かあったらすぐに行くぞ。ハチスカ川並衆の名に懸けてな」


「ああ、頼む。よし、いくぞ。警戒を怠るな」


 その言葉を残しつつ、チーム・ノブナはそのまま外周警戒のためにまた正面玄関から離れた。真面目なことを言っているはずなのに、なぜかそうでなく聞こえてしまう。不思議である。


 再び、玄関前は俺たちだけとなる。


「ユイ、玄関内部は?」


「誰もいません。センサーにも反応はありませんし、まずバレる心配はないでしょう」


「了解」


 建屋内部をユイのセンサーを使って確認した。

 病院のX線検査とかでもよく使われるのと同じX線なので、金属でない限りはその障害物の奥もしっかり見える。だからこそ、こうして中もしっかり見ることができるのだ。

 尤も、この玄関は透明ガラス製なので肉眼でも見えないことはないが、それでも、死角というものがある。

 念には念を。戦闘において、慎重すぎる、ということはない。


 玄関に鍵等はかかっていない。すぐに、突入しようと思えばできる状況であった。

 俺とハチスカリーダーは自分の部下を玄関前に集めると、突入の態勢をすぐに整えた。


「準備は?」


「大丈夫です。いつでも行けます」


「よし。……ハチスカ0-1よりHQ。突入準備完了。オーバー」


『HQ了解。ハチスカ、シノビ両隊は突入を開始せよ。HQアウト』


「ハチスカ0-1、了解。アウト」


「シノビ0-1、了解。アウト」


 突入の許可が出た。では、さっさと行くとしよう。


「では、行きましょう」


「よし。……行くぞ、ゴー」


 ハチスカリーダーの合図とともに透明ガラスの玄関扉を押し開けると、間髪入れずにそれぞれの隊長を先頭に中になだれ込んだ。

 中では常にコンバットレディポジションを保ち、入った後もそれぞれで死角を作らないように互いに違う方向をみて周辺を警戒する。


 中に全員が突入した段階で、敵らしい勢力の攻撃はなかった。


「玄関クリア。よし、ではこっちは地下を回る。そちらは上を頼むぞ」


「了解。お気をつけて」


「ああ。……よし、いくぞ。全員遅れるな」


 ここでチーム・ハチスカとは一旦別れる。さらに奥に進み、進路上にある1階の一区画を捜索しながら、その先にあるであろう地下へ続く階段へと向かった。


 念のため玄関内部をもう一度軽く捜索しながら、さらに互いに確認を取る。


「じゃ、あとは俺たちの仕事だな」


「ああ。1階はハチスカが調べるから、あと俺たちは2階移行か」


「長くなりそうね、全部って」


「まあまあ、そう言わずに。さっさとやっちゃいましょう。ユイ、もう一度聞くが1階は」


「改めて走査しました。敵らしい勢力は確認出来ません」


「了解。……じゃあ、この階はもういい。2階に行くぞ。こっからが本番だ。全員、気を抜くな」


「了解」


 玄関内部をあらかた捜索し終え、隣にあった2階に続く階段から2階へと向かう。


 ここからが、俺たちにとっての本番であった。





 適度に保たれた緊張の中、俺たちは上へ続く階段へと足を踏み入れていく…………

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