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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第1章 ~平穏~
29/181

ロボットの運用

 そんな休日を過ごしての翌日である。


 この日は月曜日。そして、現在時刻は午後の14時過ぎ。


 本来なら午後の課業時間ということで、今日は装備の手入れ等をする予定であったのだが、今日に限ってはちょっと違った。


「……まだ、そろってないのか」


 俺は現場に到着し、周りを一瞥しつつそう言った。

 習志野駐屯地内に設けられた会議室。

 広さ大体20畳弱ぐらいの比較的小さめのこの部屋の中には、少数ではあるが見覚えあるメンツがそこそこそろっていた。部屋の中に四角形に組まれたテーブルの前のイスに各々で腰かけては、適当にその時までの暇な時間を過ごしていた。


 その中には、俺たちシノビのメンバーもいたが、どうやら、俺が来たころにはまだ会議に出席するべきメンバー全員がそろっていないようである。

 とはいえ、俺の率いるシノビのメンバーは全員いた。ちょうど近くにいた和弥が俺に気づく。


「お、来たか。待ってたぜ」


「待ってたって、まだ会議が始まる時間じゃないだろ」


「いや、そういう待ってたじゃなくてねぇ……フフフ……」


「―――? なんだよ、気持ちわりぃな。何を待ってたんだ?」


「まあまあ。……お前、昨日盛大にやらかしたじゃん? アレ」


「アレ? ……あー、アレ?」


「そう、アレ」


「あー……アレね……」


 少し気まずそうに目線をそらすが、それをジッと面白がりながら見つめる、隣の親友。


 TIRSティアースでのよくわからないスーツ男の撃退劇はつい昨日のこと。結局、アイツらが何者なのかを聞かづにさっさと立ち去ってしまったが、時間はそれほど立っていないはずなのに、自分の中では今では風が流れたようにすっかり昔のこととなった。

 しかし、話題にはなった。

 それほど口外するつもりはなかったのだが、帰ってきてからというもの、それ関連の話題を掘り下げて事情を聴きに来るやつが大量にいた。武勇伝を聞きにくるかのごとくである。


 なお、その元凶は……


「あ、私が教えました」


「ええ!?」


 コイツである。誰でもない、このロボットである。

 ほんと、無駄に余計なことを口にしたもので、そのあと帰ってきてからというものしばらくは周りに付きまとわれた。ロボットと一緒によくわからないスーツ男二人を撃退したのである。そりゃ、気にもなろうってもの。


 ……しかし、休息の時間くらいくれてほしかったと思う今日である。


 それ関連で和弥からの情報のようだ。俺は近くにあった所定のイスに座ると、隣に座った和弥が手に持っていたタブレットの画面を何回かスライドして、俺に見せてきた。

 どうやら、電子新聞の朝刊のとある一面ようである。


「これ、小さくだけど、お前のところであった撃退劇が報道されててよ。……ほれ、見てみ? 若干だけど、お前が写ってる」


「え? ……ゲッ、ほんとだ。いつの間に……」


 隅っこにある小さな見出しではあったが、その記事の隣には小さな写真。

 そこには、おそらくともに撃退したロボットを撮ったらしい写真があったが、その隅っこに、俺もさりげなく映っていた。

 ちょうど、警備員と話していた時のものだ。警備員の人が邪魔になって全体は映っていないが、それでも、代わりに上半身は見事に映っている。

 おそらく、警備員に「アイツを褒めてやってくれよ」とかどうとか言う前の、警備員の影から少し身を乗り出してそのロボットを見たタイミングであろう。


「お前、新聞の写真写ったの初めてじゃね? 写真で写るって卒アルぐらいのもんだったろ?」


「あぁ、無駄に俺がよく写ってたよな。でもこれ、写ったにはいるのか?」


「そりゃ入るだろ。上半身見事に撮れてるし」


「はぁ……。ったく、いつの間にこんなの撮られてたのやら……」


 俺は片手で肘をテーブルにつきながら頭を軽く抱えた。

 大方、ちょうど運のいいことに現場に居合わせたその新聞社の人が記事のネタにするべく撮ったか、または、現場の野次馬の人から写真を取り寄せたかしたのだろう。どっちにしろ、すごいタイミングである。

 写真写り自体は運よく悪いほうだったとはいえ……、なんか、妙な気分である。写真を撮られるということはこういうことなのか、とまた一つ頭がよくなったような、そうでないような、ぶっちゃけどうでもいいような。


 また和弥が記事をズームしたりスライドしたりしつつ言った。


「まあ、幸いロボットと共闘したのがお前だとはバレてねぇよ。記事を見る限り、ロボットと共闘したのが実は国防陸軍空挺団の人だったってのはあるが、それ以上のことはかかれてない。どうやら、そいつにも聞こうと思ったらもう現場にはいずに立ち去った後だった、みたいなことが書かれてる」


「あぁ、あの後インタビューあったのか……」


 偶然にも記者が居合わせたのだろうか。それとも、現場に駆け付けたのか。どっちにしろ、名門企業家や大物政治家すらいるこのTIRSの世間での注目度を考えれば、いても別段不思議ではないだろう。


「らしいな。その点では残念だったな、お前」


「なに言ってんだよ。実際、あの後インタビューっつっても長々と定型的なことが聞かれるだけだろ。勝率は、とか、どういう思いで、とかな。ぶっちゃけ時間の無駄だろ」


「まあそういうなよ。マスコミもそれが仕事だ」


「ヘイヘイ……」


 まあいずれにせよ、そこにいる俺がもう一人の撃退人だとはバレんだろう。この写真一枚にちょっと写ってただけでバレるなんてよほど分析能力が高い奴じゃないと無理だ。和弥でも怪しい。


「まあ、それでも、とりあえずは解決したようで何より―――」


 みたいなことを言って手元の資料をまとめようとした時だった。


「あ、ほんとだ。写ってますね」


「うぉぃ!?」


「お、ユイさん。いたんすか」


 和弥のすぐ隣にどこからともなく現れたユイが立っていた。和弥の手元にあるタブレットの電子新聞の記事をジッと見つめている。

 少し嬉しさ半面興味津々半面、そんなニヤニヤした顔である。


「いやぁ、ここで祥樹さんの名が載ってたら名声も上がったんですけどね~……残念だ」


「いやいや、別に載んなくていいよ。載ったら載ったでまためんどくせぇし」


「周りにおっつけられるからですか」


「まあね。それよりだったら、やることやってあとはさっさと去るほうがいいだろ」


「おお~。少女漫画とかでよくある、『あの、せめてお名前を!』『いえ、名乗るほどのものでもありませんよ』っていうカッコいいシチュエーションが!」


「おまえも大概乙女だなオイ」


 まあ、仮にも女性型なのでありえなくもないが。というより、いつの間に少女漫画とか読んでたんだ。SFばっか読んでたはずだというのに。

 しかし、さりげなく今の役の振り分けがうまかった、と思ったのは気のせいか。片方がイケメンでもう片方がお嬢様気質か。声質もそれっぽくなってて演じ分けが何気に違和感がなかった。

 ……これ、何かに使えないだろうか。ふと、そんなことを考えてしまう。


 ……すると、


「ん? なに、何の話?」


「あぁ、新澤さん」


 今度は新澤さんがやってきた。和弥が簡単に事情を説明すると、タブレットの記事を見つつ思わず軽く吹き出していた。

 そのあとの声も少し笑いを交えながらであった。


「た、確かにこれ写ってるね……。し、しかも、上半身だけ見事に」


「ほんとですよ。よくまぁ、こんないいタイミングで写ったなと」


「アンタも大変ねぇ、せっかく向こうに行ったのに変なのに巻き込まれて」


「ま、そういうこともあります。結果的に撃退できたんで万々歳ってことでいいでしょう」


「まあ、そうだけどさ。……で、これ結局なんだったの?」


 新澤さんが和弥に振った。

 和弥はタブレットを返してもらいつつ、また画面のスライドやズームアウトを繰り返しながら言った。


「まぁ、簡単に言えばいわゆる『産業スパイ』による技術データ強奪未遂事件ですよ。ほら、見出しにもある通りです。細かいことはまだ書かれていないんで、今はまだ調査中、ってところでしょうね」


 そういってスライドした先にある見出しには『産業スパイ撃退! ―ロボットと人間の共闘劇―』なる見出しがあった。随分と誇張的である。ちょっと二人でそれぞれ片方ずつ一本背負いして投げただけだというのに。

 新澤さんはそれを見て少し顔をしかめる。


「産業スパイ?」


 新澤さんの知りえない単語らしい。ついでだから俺が説明しようとすると、隣にいるユイが先に口を開いた。


「産業スパイというのは、読んで字の如く企業や産業関連に送り込むスパイのことです。企業に潜入させて技術データや優秀な職員をあれこれ使って盗んだり、その他の情報収集をしたりなど、よくある国家に送り込むスパイの企業版みたいなものですね」


「へぇ~……何気に詳しいね」


ココを使ってネットで調べれば即行でわかりますよ。なんせ、私は何でもない、コンピュータですので」


 そう言ってエッヘン、と得意げに胸を張った。張るほどの胸もないが。


「……今、失礼なこと考えませんでした?」


「別に」


「……ほんとに?」


「見るなよそんなに」


 訝しげに見つめられる俺。ほんと、よくまあコイツも俺の考えてること読むもんだと思う。それほど俺は考えていることが表に出やすいのだろうか。

 すぐに和弥が話をつなげる。


「まあ、大方はユイさんの言った通りですよ。日本でもよく見受けられてまして、最近では有澤重工のほうで産業スパイらしい人が技術データを盗もうとしたところを警備員に捕えられて御用、なんてことがニュースにもなってましたしね」


「確か、ロボット工学関連の技術強奪未遂事件だったっけか?」


「ああ。業務提携を結んでいる帝都工科大学との間で交わしている技術データが狙われてな。危うく企業秘密ともいうべくものが盗まれそうになったってことで、機密保持の問題が浮き彫りになって幹部が何人か辞職する事態にもなってたな」


「だろうね……」


 そんな大事なもんが簡単に盗まれそうになったって時点で問題にもなろう。何人か首切られるのも、この日本社会じゃ無理もないか。


「これは、結局犯人はとあるライバル企業の送り込んだスパイのものらしくてな。有澤重工側の民事訴訟の後、政府の仲介を経ての交渉が功を奏して何とか和解には成功したものの、そのスパイも逮捕されて、それを送り込んだ企業も小さくない処罰を受けることになったって話だ」


「それってよく起こってることなの?」


「企業間のスパイ合戦なんて、前々から頻繁にありましたよ。国内はもちろん、外国間企業での情報やデータの奪い合いなんて日常茶飯事。外国企業から送り込まれたスパイにいろいろ技術が盗まれる、なんてことは日本国内でも普通にありましたし、それによって起きた事件も何件かありましたしね」


「確か、この前は外国でも話題になってたな。今回のTIRSみたいな展示会で起きたって話だったはず」


 ニュースでいろいろ時事ネタを見ているとたまに見かける話題だ。新澤さんはさらに食いつく。


「え? そうなの和弥?」


「ええ。TIRSみたいなロボット展示会で発生するスパイによる技術・データ強奪事件、ないし未遂事件は近年問題になっています。今までに、アメリカ、イギリス、ロシア、フランス、あと、オーストラリアなどでもありましたね。つい最近では、半年前に北京で行われたロボット博覧会でそれまがいのことが起こったって事件がありました。比較的小規模だったので、それほど大きな話題にもならなかったようですが……」


「へぇ……。それが、今回このTIRSで起こったってことなの?」


「そういうことです。記事を見る限りでは、どうやらこれも産業スパイの類のようですね。桜菱のブースから密かに盗もうとした機密データを、運悪く強奪直後に見つかって警備員と追いかけっこしているうちに祥樹とロボットで撃退、ていう流れらしいです。噂では、盗もうとしたのは桜菱で管理してるロボットのR-CONリーコンシステムのOSデータじゃないかって話がありますが、まあ、今のところはまだ噂の範囲を出ませんね」


「りーこんシステム?」


 さっきからよくわからない単語ばっかりが出てくるのでもう頭がこんがらがってきたようである。軽く額に手を添えてため息をついていた。


「えっと、正式名称『Roboticsロボティックス-ClOudクラウド Networkネットワーク Systemシステム』。略称『R-CONリーコンシステム』と言いまして、桜菱に限らず、企業で発売したロボットは念のため『R-CONシステム』と呼ばれる管理システムで一元管理されてるんです」


 俺はユイに目線で解説を要求すると、すぐに事情を察したらしいユイが口を開いてそう説明した。




 日本では、万が一、そのロボットが何らかの犯罪に使われそうになったり、震災等で政府の要請でそれらのロボットを何らかの用途で他方に援軍として一時的に送り込む必要が起きた場合、一々その保有している管理者ユーザー側に臨時の使用許可を申請したり、使用の制限を忠告したりするという面倒な手順が発生し、遅延が生じてしまう。

 特に、震災等迅速的な対応が要求される場面では好ましくない他、犯罪等に使われる時などは、それらの遅延はまさに人命的な面でも危険なことでもあった。

 ロボットの数も日に日に増えているので、この遅延はまさに企業側からすれば“致命的”であり、一時期問題にもなった。


 なので、それらの不測の事態に迅速に対処する意味も含めて、発売されるロボットの中枢システムはすべてこの『Roboticsロボティックス-ClOudクラウド Networkネットワーク Systemシステム(略称:R-CONリーコンシステム)』と呼ばれる管理システムですべて一元管理する体制を取ったのだ。


 これは、それぞれの企業で独自に持っていて、自社製のロボットをそれの管理下に置くことで、企業側から見て不利益なことが起きないようにしたり、また、緊急事態時に相応の処置を取らせるときにこれを用いてロボット達に迅速な指令を出すことで、ロボットの迅速な動きと高度な管理を実現させている。


 ロボット購入時のユーザーに対する契約にも、これらのことが記載されている。なので、購入する際は「何かあったらこっちでいろいろ操作するかもしれないけど許してね」ということをしっかり理解する必要があるのだ。

 もちろん、基本的には事前に通告があって、ユーザー側に知らされる。主に震災等で「少し借りるよ」ってなった時はこういう通告が事前に来るが、緊急事態で時間がほんとにないときはこれらが来ない場合もある。


 また、外国ではこの体制はとっていない。

 日本みたいにクラウド化するほどロボットが普及していないということもあるが、そもそも、ユーザーに委ねられたロボットのシステムが企業に掌握されるということを好まない一般ユーザーからの反発があったからだ。

 なので、日本から輸出するロボットのシステムもその仕様に合わせられている。

 日本では、安全面を重視する方針から、事前に政府がそういった運用方針を固めたためこのクラウド化を実現するに至っている。反発はなかったわけではないが、別段今までそれによって大きな問題が起きたわけでもないので、今ではその声は全然聴かなくなっていた。


 これが、日本で言う『R-CONシステム』の全容である。




「……といっても、これらが使われるのは緊急事態のときのみです。基本的には購入したユーザー側に野放しで、ロボットがユーザー側や、またはロボット自身の何らかの理由による暴走によって不当な利用をされそうになるのを防いだり、緊急事態時の一元管理などでしか使われません。それ以外は、基本的にそのロボットたちを監視しているような状態です。あ、もちろん、私はそれらとは独立してますからね。企業が作ったわけではないので」


「……」


「……あれ、聞いてます?」


「え? あ、ああ! うん! 聞いてた! 聞いてたよ!」


「は、はぁ……そうですか」


 絶対聞いてなかったろこの人。と、このとき誰もが思った。


「で、今回和弥さんが言ったR-CONシステムのOSデータというのは、つまりそのR-CONシステムの中枢OSにアクセスする“鍵”のようなものに必要なデータだったってことですよ。ですよね、和弥さん?」


「ご名答。俺の役目が全部奪われました」


「ハハ……これは失礼」


 参った、と言わんばかりの和弥の反応にユイは苦笑で返した。

 簡単解説のつもりが、もはや一種のお勉強タイムである。まあ、ここはユイは物知りということで一つである。

 すると、新澤さんが続けた。


「でも、もしそれが盗まれそうになってた、っていうのが事実なら、相当な問題じゃないの? 最悪そのロボットがシステム的に掌握されそうになったってことでしょ?」


「ええ、その通り。なので、すでに桜菱内部では結構大きく問題視されてて、もしかしたらいつぞやの有澤重工の如く何人か首切られるかもしれないってマスコミからの情報もあります。確実かどうかは知りませんが」


「うへぇ~……大丈夫なの?」


「まあ、万が一そのR-CON側に問題が起きたらロボット側独自で管理接続を切ることもできるので、それほどヤバくはなさそうですがね」


「え、そんなこともできるんだ」


「ええ。R-CON側に問題が発生した場合も想定して、それぞれのロボット間で管理データ等を共有してるんですよ。それらから推測して「あ、R-CON側がおかしい」って判断した場合は自分たちでカットできます。緊急時のセキュリティは万全ですよ」


「へぇ~、今どきの科学技術もすごいわねぇ……」


 いやいや、今どきじゃこれ常識ですよ、と俺は密かに思ったが俺は黙った。


 これらの管理システムは日本独自に研究して編み出したものだ。

 でも、じゃあロボット側が問題起こして自分から管理接続切ったら意味なくないか、ともいえるが、それを言ったらR-CON側にもそれが言えてしまうわけで、今回もある意味それの一つの例。リスク自体はどっちもどっちと言える。

 R-CONシステムへのアクセスのための接続キー自体はユーザー側からは簡単に介入できるようなものではないので、それほど問題にはならないのである。事実、それもあってか最初期からこの体制で来たのはいいが実害的な問題はこれっぽっちも起きなかった。


 これも、入念なロボット管理システムと技術を構築した日本だからこそなせる技であった。


「でも、ユイちゃんはそれらの管理下には入ってないのね」


「そりゃぁ、私は国が作りましたから。それに、完全自律ですし」


「ああ、完全自律ってそういう意味もあるのね……」


 小さく何度も相槌を打つ新澤さん。ある意味、ここ最近では初めてR-CONシステムに監視されないロボットができたともいえるだろう。

 だからこその、完全自律である。


「(……しかし、それらが危うく盗まれそうになったかもしれないってなると、今後R-CONシステムに対する懸念も広がるな……)」


 尤も、どれくらい広がるのかは未知数だし、そもそも上がったところで現在の日本でのロボット管理体制がR-CONシステムにほぼ委ねられている現状ではどうしようもないようにもおもえるが。


 しかし、それでもいくらか懸念は出てくるのは間違いないだろう。今後の報道に注目するべきかもしれない。



 ……そう考えていると、


「お、来た来た」


 和弥が視線を移して、すぐに自分の席に戻った。同じ方向に視線を移した周りも、すぐに所定の席に座り始めた。


「全員いるな。よし、席についてくれ」


 その先には、特察隊隊長に任命されている羽鳥さんと、隣には団長がいた。

 羽鳥さんが着席を促した数瞬後には、ここにいる全員が着席していた。


 場が整ったところで、羽鳥さんが周りを一通り見渡しながら切り出した。


「今回、皆に集まってもらったのはほかでもない。再来週、日本として史上初めての実際の市街地を使った防災訓練兼用市街地戦闘訓練を行うにあたっての説明と、その前の、来週に行われる事前演習に関連する会議を行う」


 その顔は至って真剣だ。内容が内容だし、無理もないだろう。

 俺を含め周りもそれにつられて自ずと表情が硬くなる。


 団長がこの訓練に関して「史上初の事だから気を抜かないように」といった感じの一言を述べた後、羽鳥さんの指名で隣にいる幹部が簡単な要綱を説明し始めた。制服からして、どうやら政府から派遣された人らしい。


「今回の訓練では、私幌市の一区画で行われる防災訓練に、自治体の了承のもと、政府と軍の共同で市街地戦闘訓練を兼用で行うことが決定いたしました。詳細につきましては手元の紙にある通り―――」


 そんな説明を聞きつつ、俺は手元にあるファイルから取り出した要綱を見た。


 実際の市街地で行われる市街地戦闘訓練は、日本では今回が初めてであった。

 今までは、自治体側の了承が得られない限りまず不可能であり、外国ですらそのような例は個人的には全然聞かないものであったが、今回は意外にもその私幌市側からの提案に二つ返事で了承する形で実現するに至った。


 軍を巻き込んだ史上初の試みとあって、政府は張り切っているらしい。すぐに訓練参加部隊を選定し、その中から空挺団特察隊の一部を派遣することが決定し、今現在の会議に至るというわけだ。


 説明は続く。


「―――再来週の防災訓練の流れに関する情報は追って説明することとなります。それに応じて、こちらでの市街地戦闘における全体的な流れも変わってくるものと思われますが、そこに関しては、皆様空挺団側と現地駐屯地側との協議によってまた調整をお願いします。……では、私のほうからは以上です」


 軽く一礼して席につくと、羽鳥さんがまた引き継いだ。


「今回は、自治体規模での防災訓練に軍隊が参加するという世界的にも稀なケースを皆に経験してもらうことになる。防災訓練自体は、近年問題になっている市街地でのテロに類似する武装組織の徘徊に対応したものであり、君たちの動きによってこの防災訓練の成否が変わると思ってもらって構わない。そのために、来週は事前にほぼ同じ構成の内容の市街地戦闘訓練を行う。通常の訓練場を使ったものだが、これの持つ意味は今までとはわけが違うということを、皆はしっかり理解してもらいたい」


 いつもの彼とは違っていたって真面目だ。いや、いつも真面目なのだが、今日はそれ以上だ。


 私幌市では、テロが発生した際の防災訓練を前々から行っていた。

 小規模な事態タイではあるが、だからこそ、こういったことが比較的腰を軽くして実行できるともいえる。

 今回のこの軍隊を招いてそれらと共同で行う防災訓練を提案したのも、おそらくそれの延長だろう。そんなことを、羽鳥さんはほのめかしていた。


「実際の市街地とあって、今までの市街地訓練とはまた違う動きが求められる。皆なら、その迅速な対応もうまくできると信じているし、私も、それにこたえるべく全体指揮をとらせてもらう。特に……」


 と、そこまで行った時である。


「……?」


 羽鳥さんが何やら言いにくそうに言葉を詰まらせた。

 頭をかいたり顔をかいたりしながら、顔を少ししかめて言葉を探しているようにも見える。

 周りが不審に思う中、和弥が何を言いたいのか察したらしい。笑いを若干こらえながら言った。


「ハハッ、別に“ユイ”でいいですよ、羽鳥ちゅーさー」


 その瞬間、この場がドッとそこそこ大きい笑いに包まれる。

 その矛先にされた羽鳥さんは若干赤面しつつ「ハハハ……」と何とも言えないような苦笑いを浮かべていた。


 普段、ユイとあんまり話さないうえ、呼びかけるときも「君」やら「お前」やらで済ましてしまうために、名前で呼ぶことに少し躊躇があったらしい。まるで、初期の俺である。


 事を察したらしい団長も、隣から微笑を顔に浮かべた。


「まあ、今回くらいはそう硬く並んでいいだろう。普通に名前で呼んでやれ」


「は、はぁ……」


 そう言いつつ羽鳥さんはユイのほうをチラッと一瞥する。

 見ると、ユイは依然としていつも浮かべるニコリとした柔らかい笑顔を向けていた。

 小さくため息をつくと、よくわからないがもういいや、といった感じで半ば諦めたようにため息を小さくついた。何をあきらめたのかはわからないが。


「ま、まあ……ユイ、を、実際の戦闘訓練の場に出すのは今回が初めてなので、そういった点での運用の仕方を見る目的もある。あー、特に、篠山曹長」


「はい」


 いきなり振られたので慌てて返した。


「特に君は、彼女を運用するうえで一番重要なポストになる。ほかの二人のメンバーを引き連れつつ、ロボットの運用もすることとなるので、今までとは違った戦闘態勢が求められるだろう。その点、留意していただきたい」


「はい。わかりました」


「うむ。……ちなみに、彼女を使った戦闘に関する構想とかは練っているのかな?」


「ええ。今までに、いくつか構想を練ってます」


 その返答になぜか一番驚いたのは和弥だった。


「え、お前いつの間にそんなのを?」


「いつの間にって、普通にほぼ毎日そんな感じの事研究してたんだが?」


「えー……知らんかった」


 知らんかったって、お前、自分が自室でゴロゴロとしている時に俺が一体どんな努力をしてると思って……。


 ……そんな感じのことを、羽鳥さんが代弁してくれた。


「君も見習いたまえ。隊長ばかりに任せっぱなしではいかんぞ」


「ハハ、了解です。……尤も」


「ん?」


 少し、いたずらする5秒前の子供のようにニヤつかせた。


「戦術構成能力が皆無な俺が協力しても、たぶん 隊 長 殿 が全部没にするんで変わりそうにありませんがね」


「おい何言いたいんだよお前!」


 俺が思わず身を乗り出してツッコむと、周りがまたドッと笑いに包まれる。

 コイツなりの空気の誘導だったのだろうか。会議の場でそれはいらないと思うものであるが。というより、今の発言はどういうことだったのか後でちょっと話し合わなければならないだろう。


「ハハハ、まあ、確かに変わりそうにはないがな。ハハハッ」


「は、羽鳥中佐まで……」


 そして、なぜか乗ってしまう羽鳥さんであった。思わず呆れたように軽く額を抑えてため息をつく。


「まあ、それはいいさ。とにかく、そういうことだから、君も準備を進めておいてくれ。時間はあまりないものを見てもらって構わない」


「了解」


「よし、じゃあ次に、事前演習に関する詳細を―――」


 場の空気を戻すように羽鳥さんが話をつなげた。





 そう言った会議がもう少し続き、当日までに入念な準備を進めていった…………

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