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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第1章 ~平穏~
27/181

想像力の使い道

 日本人はリスクを冒すのを極端に嫌うというか、極度に苦手とする。


 これは日本人の集団主義的思想『連帯責任』が根本にあり、リスクを冒すことによる他方への影響が及ぶこと自体を極端に嫌う独特の国民性から来ているとされている。

 それは、身内内で死者が起きた際の後始末から、国家レベルで何らかの政策を行う際にもよく現れる光景だ。KY(空気を読めない)などといった概念が生まれて実際に頻繁に日常生活どころか政治の舞台でですら使われているのなんて確実に日本くらいのモノであろう。


 だから、かつて集団的自衛権の解釈変更や、憲法改正への動きがあった時、それによって起こるかもしれない“比較的小さな”リスクを避けようとする一心で野党やその他市民団体が行動を起こしたのだ。……尤も、結果的には今現在までそれほど大きなことはなかったのだが。あったとしてもそれは10年前の中亜戦争くらいで、あれはあってもなくても同じ結果であったと予測されるので今では結び付けられることはほとんどない。


 これは、欧米人の個人主義とは対をなす。一つ一つの行動はすべて自己責任という思想を持った彼らは、そういった連帯責任なる思想はあんまりなく、リスクなど問答無用で冒す。


 それがいいか悪いかで言えばどちらでもない。これは、あくまで日本人や欧米人が今までの歴史の中で形成していった思想であり、それらを否定することはその国の思想自体を否定することになる。

 それらの思想によって、日本人は何かあってもその思想のもとに震災が起ころうが戦争が起ころうが規律や秩序を守り、欧米人は危険と分っていても皆のためにリスクを冒す勇気を持つ。もちろん、これらが逆の効果を発揮することもある。しかし、それらはやはり形はどうあれ否定できない、歴史の中で生まれたれっきとした『国民性』なのだ。


 とはいえ、それでもやはりこういうものの影響によってかいたるところで得手不得手が起きるのは間違いなく、それは、普段の生活や行動などで垣間見ることができる。


 一番いい例は……、そうだな、






『サッカー』とか、ほんとによくそれがわかるかもしれない。







「……? 何やってんだ」


 その日、俺は今日の分の課業時間を終え、シャワーと飯を済ませるとすこし事務処理をしながら暇つぶしがてらに休息所に赴いた。

 団員たちの休息の場として設けられたこのスペースには、いくつかの横長テーブルにイス。そして、大型のTVや自販機などがあり、隣接している台所がなくなった食堂にTVがあるみたいな場所になっている。

 いつものジャー戦姿に両肩から前のほうにタオルをたらして手にはファイルを持ち、ちょうど通りかかったので見てみると、どうやら数人の団員が一つの場所に集まってあるものを見ているようだった。そこには、俺と同じようなジャー戦姿の和弥もいる。

 そこで、俺は先のように和弥に聞いた。和弥は俺に気づくといつものような軽快な調子で言った。


「おお、祥樹か。ちょうどいいところに」


「何がちょうどいいんだよ。なんだ、この集まりは?」


「いや、なに、これ見てみろって。ちょうどもうすぐ後半が始まるところだ」


「後半って、今日なんか試合あったっけ?」


「何言ってんだよ。今日はサッカーW杯のグループリーグ日本戦初戦の日だろ?」


「……あー、そういえばそんな日だったな」


「おいおい、忘れるなよ……」


 和弥が若干呆れたような口調で額に手をかけつつ返す。

 そういえば、今日はそんな日であったことを朝食時に聞いていた。今年分のW杯が数日前より開催され、運のいいことに日本も出場することになった。今日は、その初戦。

 なるほど。となれば、ここにいるのは全員観戦者か。ほかにもサッカーみそうな奴はいそうだが、どうせならみんなで見ようという魂胆なのだろう。


 すると、和弥がふと俺の手のほうを見ていった。


「おい、それなんだ?」


「ん? あぁ、これな。例の今度行われる市街地戦闘訓練の要綱だ。あとでお前らにも渡そうと思っててな」


「例の市街地戦闘って、どっちのだ? 実際に自治体の一区画借りる奴か? それともその前の事前演習か?」


「いや、事前演習のほうだ。羽鳥さんから直々に受け渡された」


「ふ~ん……隊長さんは課外時間も仕事か」


「まあな。ほい、これお前の分のコピー。無くすなよ?」


「はいよ、わかってらって」


 和弥の分の一枚の要綱をファイルから出して渡すを、和弥は器用に折りたたんでジャージのポケットにしまった。随分と雑な扱いである。

 そして、話題はサッカーに戻った。


「んで、相手はどこでいったいどんな状況で?」


「台湾だよ。今はまだ互いに無得点」


「はぁ!? 台湾!?」


「え?」


 俺は思わず目を見開いて和弥を見た。

 俺の知る限り、台湾は今までそれほど競合ではなかったはず。アジアやオセアニア方面で強豪と言ったら、日本と韓国、そしてオーストラリアくらいのもんで、台湾なんてサッカーじゃ話題にすら上がらなかったような……。


「お前、どんだけ昔のサッカーの話してんだよ」


「え?」


「今の台湾なんて、結構前から急成長遂げて今じゃその3ヶ国と並ぶ競合になったじゃねえか。少し前の親善試合じゃアメリカにも勝っちまったし。……まあ、それでも、今回の台湾のW杯出場は史上初のことで結構注目は集まって入るがな」


「あ、そ、そうだっけ……」


 気まずそうに目線をそらした。俺のサッカー関連のデータが古かったのか、いつの間に台湾はそんな急成長を遂げていたのか。

 さらに和弥は付け加える。


「それに、相手が日本人監督だからな。そこに関しても結構関心が向いている」


「ほう、そうなのか」


「ああ。対するこっちも一応は日本人監督だが、そうしてみると結構日本が大きくかかわった対決となっている。……ほんと、日本人にしてみれば今年のW杯決勝より関心あるかもな」


「まあ、だろうね」


 日本人監督対決に加えてW杯を舞台にした日台初対決。こりゃ、関心がないほうがおかしいわな。

 さらに聞けば、当然のことながら台湾でも国民総出でこれを観戦しているらしい。さっきネットで検索した限りでは、確認した限りすべての台湾国民がこの試合を観戦しているとか。両国の都心のバーやら繁華街の酒屋、各地のパブリックビューイングは完全に人という人で埋め尽くされており、そこには両国の国旗が掲げられているという。

 また、日台だけでなく、両国関係のこともあり世界各国からもにわかに注目は集まっていた。特に台湾に対しての関心度は高く、欧米メディアは今頃話題に困らずこれに関して報道しまくっていることであろう。


 当然、ここにいる奴らも日台対決に大きな関心を持っていた。だからこそ、TVのほうに目線が集まり……、ん?


「……あれ? 電源ついてない?」


 見ると、TVの電源ランプがついていなかった。しかし、TVモニターはしっかり映っている。……といっても、その映っている画面もなんか若干白い、というか薄い。注意しないといけないほど自然な画質ではあったが、それでも明らかにTVが映す画質ではなかった。


「なあ、あの画面どうやって出してんだ?」


「あー……うん、えっと……」


 何やら答え難いように和弥は言葉を濁して目線をそらした。そして、短いため息とともにある方向を指さす。

 その先には……


「……え、ユイ?」


 なぜか、ユイが椅子に座っていた。若干テーブルのほうに寄りかかり左腕に限ってはテーブル上に乗せてしまっている。

 顔は体ごとTVの方向に向かれ、そこからこれっぽっちも動かない。


 ……この条件で俺はちょっと嫌な予感がした。


 ユイの持っている機能をかんがみると、これはまさか……


「……なぁ、和弥、これってまさか……」


 和弥がまた短いため息をついて「いや、実は―――」と続けようとした時だった。


「あのー……」


「?」


 ユイの声だ。しかし、頭は全く動かず、おそらく声だけでこっちに話しかけているのだろう。

 その声は、少し疲れ気味というか、呆れ気味だった。


 ……間違いない。これは明らかに……


「……私いつまで」





「この態勢でずっと映像出してればいいので?」


「やっぱりコイツかよ……」






 俺はガクッと肩をうなだれた。

 隣にいた団員が少し焦ったような、明るい空気を保つというか、そう言った様子で早口で言った。周りもそれに追従する。


「いや、すまん、このまま試合終るまででいいから」


「でも、これずっと保っているの結構疲れるんですが……」


「大丈夫、ロボットは身体的に疲れないから」


「今言った疲れるっていうのはこの映像をずっと出し続けることなんですけど……本来こんな長時間出すような設計じゃないんですよ?」


「できなくはないんでしょ?」


「できなくはないですけど」


「じゃあお願い! TVがこんな時に壊れて使えんのよ」


「各部屋のTVで見るという発想は……?」


「どうせならみんなで見たいじゃん。ね?」


「はぁ……」


「案の定、お前らが原因か……」


 案の定過ぎてまたため息が出た。やっぱり、お前らの差し金だったか。

 というか、お前もお前だ。TVつけれるのかよ。まあ、衛星通信できるって時点で応用などいくらでもできるだろうが。しかしまあ、パラボラアンテナもないのによくやるわ。


「……で、またお前らはユイをこき使いやがって……」


「ゲッ、さ、篠山ッ」


 そんなジト目からの発言に周りは一斉にこっちを向いて顔をひきつらせた。「しまった」とでも言いたげに。今の今まで俺の存在に気づいていなかったようである。俺さっきちょっと叫んだんだが。

 対するユイは少し救いが来たようにホッとしたような表情。


「祥樹さぁ~ん、これもう疲れましたぁ~」


 なんとなく泣き言をいうようなまなざしである。TV中継の画面をつけっぱでこちらを見たのだろう。右目は機能モードを変えて映像照射のために青白く光っているため、結構まぶしい。それに気づいたのか、こちらを向いている時はその映像照射を切った。


「ごめん、あと45分だから我慢してくれ」


 そういう周りの団員は半ば懇願するようである。


「そうは言いましてもねぇ……。これ、映像出力演算をひっきりなしにやらなきゃいけないので大変なんですよ? しかも最終的には合計1時間越えって……」


「そこを何とか。サッカーお前も見たいだろ?」


「いや、私は別にどちらでも……」


「でも便利だよな。こうしてTVがなくなっても変わりがいるし」


「な。どこかに映像出してもらえれば即行だもんな」


「んだんだ」


「いや、私はプロジェクターじゃないですよ!?」


 そんな悲痛の叫びである。ロボットというなの人間の道具を使うにしても、本来の使い方でやってくれてやれればいいのに……。たぶん、今のユイの不満もその点のことを言っているのだろう。使い方が本来とは違うと。


「はぁ……ったく、あんまやりすぎんなよ? 設計上の使用範囲越えたらユイとて機能障害起きても仕方ねぇから」


 ましてやコイツはあくまで試作機でその可能性がある程度他より高いってのに。


「だ、大丈夫大丈夫ッ、一応ハーフタイムは休息させたから」


「で、この後の45分はまたぶっ続けだろ?」


「まあな」


「まったく……。TVつかねえのか?」


「これっぽっちもな。修理頼もうにも今日中は無理ってことらしいし」


「だからってわざわざユイを使わんでも……」


「ちょうどいいじゃん。な? 頼む、今だけだって」


「はぁ……」


 何度もため息をついてしまう。そのたびに肩の力が抜けるようにガクッとうなだれた。

 もうこれは何言っても無駄か。どうせ今のコイツらに部屋に戻れとか言っても絶対行かないだろうし……。

 すると、ユイの隣にいた団員が「ハッ」と何か思いついたように早口で言う。


「ま、まあ、篠山、彼女の隣貸すからさ、そこをどうにか。な、あんたもいいだろ?」


「どうにかって、それとこれとは話が別で……」


「どうせなら彼女と二人並んでみたいでしょ? ね? あんたもそうでしょ?」


「その彼女はどういう意味で言ってんだ? あ?」


「そのまんまの意味だが?」


「絶対嘘だ」


「あ、それなら私は別に問題なく―――」


「お前取引材料これでいいのかよ」


 俺が絡むと「あ、じゃあいいや。どうぞどうぞ」ってか。そうなるとコイツにとっては今の状況は無問題に喫すらしい。すぐにTVのほうを向いてまた映像を出し始めた。お前、ちょっと後で話し合おうか。

 まあ、俺とてサッカーが気になるのは間違いないし、今日だけなら勘弁してやるか、と小さくまたため息をつきながらユイの隣にあるイスに座った。ファイルも一応テーブル上に置き、右ひじをテーブルに乗せて頬杖をついて中継を見た。


 どうやら、ちょうどもうすぐ後半が始まるようだ。映像の左上には両チームのスコア。さっき和弥が言ったようにどちらも無得点の0-0。

 後攻は日本らしい。すでにセンターマークにボールを置き、2人の選手が後半開始のホイッスルを待っていた。

 蒼いサムライブルーのユニフォームを身にまとった日本勢。そして、白基調に青いラインが入ったユニフォームの台湾勢。両者がすでにポジションにつき、ついに後半のホイッスルが鳴った。


「っしゃあ! 点いったれ!」


「まずは一点だ! 攻めれよ!」


「先制頼むぞ! 本多!」


 周りも歓声があがる。なんだかんだでユイも映像出しながら中継を真剣なまなざしで見ていた。

 俺も。そして、いつの間にか隣にきてテーブルの上に腰かけている和弥も。新澤さんは……、あれ、いないな。まあいいや。


 攻勢の日本は序盤から速攻を仕掛ける。サイドからのセンタリングを上げての空中戦に持ちこむが、ここ一番というところで台湾DFに阻まれる。ポジションから見ても、おそらく最終防衛ラインを徹底させた守備的な戦術構成を組んでいると思われる。


 すると、後半数分でさっそく日本にチャンスが訪れた。


「お! 取った!」


 GKが放ったゴールキックのボールを日本MFが確保し、さらにちょうど運のいいことに完全フリー状態となっていた最前線のFWに繋がった。

 今のそのFWにはDFマークがついていない。3人ほどラインができてはいたが、そこにマークをする選手がいなかった。しかも、そのラインの隙間もそこそこ空いている。


「いけいけいけ! そのまま突っ走れ!」


「隙間突っ込め! 入るぞ!」


 後半始まってさっそくのチャンスとあってテンションが上がっていた。中継先の会場でも多くの日本人サポーターの歓声がドッと上がっている。

 対する台湾勢は当然焦った。すぐにDFが2人ボールを奪いに走るが、しかし、それによってラインが崩れ、ゴール前に完全なスペースができた。


 ……そこに突っ込んできたのは、


「本多か。奴がつっこんできた!」


 バックから一気にそのスペースに突っ走ってきたのは本多と呼ばれる選手だ。MFではあるが、日本の中核をなす世界的にも注目の選手だ。

 ボールを持っているFWが彼を発見したらしい。ある程度その2人のDFを引き付けるとすぐに隙間を縫って彼にパスを通した。

 台湾勢の焦りが完全に裏目に出た。彼はほとんどフリー。戻ってきた台湾DF・MFもすぐにゴール前に走ってシュートコースをふさぐが、もう遅い。


 彼は、すでにシュート体勢に入った。


「よし! いける!」


 案の定だった。相手のディフェンス体勢が整う前にシュートを放った。

 ペナルティエリアギリギリから放たれたミドルシュートは、見た限りではほぼ無回転。軌道が撃った本人すらあまりわからないほど不規則な軌道を描きながら、野球のフォークのようにカクッと落ちてゴールに飛んでいった。


 ……が、


「あぁ! 入らねぇ!」


 周りが一斉に落胆の声を上げた。

 入る直前、台湾GKに見事なセービングをされてゴールを阻まれたのだ。ほぼ真正面だったとはいえ、シュートコースも、枠ギリギリを狙っていて甘くはなかったはずだ。セービングされたボールはゴールすれすれを外れてゴールラインを割る。

 これには、打った本人も悔しそうに頭を抱えていた。

 当然だ。無回転シュートは野球で言うナックルと同じでどう落下するかわからない、つまり、GKはどこにボールが飛ぶか予測できない軌道を描くのだ。それでもとったということは、相当な軌道予測能力とそのボールの動きに瞬時に反応する瞬発力が高いということの裏返しだった。


「今のはGKがうまい。セットプレーだし、まだチャンスは続いている」


 そういうと俺はまた試合に目を向ける。

 ライトサイドからのコーナーキック。打つのはご定番の本多と呼ばれる選手だ。彼は通常通り空中戦に持ちこむべくある程度上に蹴り上げた。

 カーブを描いてそのボールは見事に競り合いが起きている日台両選手エリアに落ちていくが、おそらく台湾DFだろう、外側にはじいてシュートを阻止した。そこには日本選手のフォローがいなかったどころか、むしろ台湾MFの支配エリアにあり、すぐにボールを受け取ったのは台湾側だった。


「ッ! まずい!」


 今度は台湾のターンだ。そのMFから前線にボールが送られ、台湾のカウンターが始まった。

 コーナーキックのために台湾ペナルティエリアに選手を集中させていたことにより日本側コートがほぼがら空きとなっていた。DFが3人しっかりラインを作っている程度で、あとは中盤にはハーフバックスの2、3人のMFが急いでマークにつこうとやっきになっている。


 しかし、如何せんその台湾FWが早い早い。元々マークにつこうとした日本MFが遠いところにいたこともあるが、それを抜いてもマジで速い。

 ハーフバックスのMFを置き去りにしながら、今度はDFの壁に阻まれる。


「やべぇ、隙間抜かれるぞ!」


「壁作れ! サイドにもっていかせろ!」


 思惑は日本陣営も同じことを考えていた。

 突っ込んできた台湾FWに対する対応は冷静だった。まず一人がマークに入ってその速度を減衰させつつ粘って彼にずっと張り付いた。

 左には同じく突っ込んできた味方がいたが、そちらにもマークが付きかかっているし、そもそもパスをするには角度が悪い。


「うまいな。これでサイドにパス出すぞ」


「え?」


 そうつぶやいたのは隣でテーブル上に腰かけていた和弥だった。そして彼の言った通り、フォローのために右サイドに突っ込んできたほかのFWに苦し紛れにパスを出す。

 そのままセンタリングを上げるが、パスを出すまでの過程である程度時間がかかってしまい、日本はDFラインを完全ではないにしろしっかり組み上げていた。

 サイドからの対応も冷静だ。コースをうまく読んだGKが飛び込んでセービングをかます。そこからさらに奥から走ってきたMFがダイレクトシュートを放つが、打つ体勢が半ば無理やりだったこともあってボールはあらぬ方向に飛んでいった。


 思わず落胆の声を上げてしまう台湾陣営と、安堵の空気が流れる俺たち日本陣営。

 キャプテンを務めているGKが、守備が甘いことを指摘したかったのか激しく叱責し味方を鼓舞した。同時に、すぐにポジショニングに関する指示を出す。


 俺は和弥に聞いた。


「しかし、よくわかったな。情報屋はサッカーも守備範囲か?」


「そもそも守備範囲なんてものがないんだな、これが」


「ほ~う」


 サッカーも詳しかったとは。別段サッカーやった経験などなかったはずなのだがな。

 さらに、和弥は続けた。


「彼はスピードとスタミナはあるが、代わりにフィジカルさがない。それを足元のボールテクニックで補っているのだが、ある程度プレッシャーをかけたり、接触プレーを仕掛けるとすぐに倒れるか、または味方にパスを出して危険を逃れようとするんだ」


「つまり、ちょっと脅せば簡単に怖気づくってことか?」


「まあ、そういうこと。彼が表だって出てくるのは決まってカウンターなどのスピードが要求される場面だけだ。注意は必要だが、カウンター以外ならそれほどキーな選手じゃない」


 情報屋が言うと説得力がある。しかし、サッカーにおいて速度があるのとそれを常に保つスタミナがあるというのは脅威以外の何者でもないことは確かだ。それだけでも、戦術的にいろんな方面に応用ができる。


 再び日本からのゴールキックで試合が再開されると、半ばシーソーゲームのように互いに攻めたり守ったりの連続だった。

 日本も攻めに徹しはするが、どうしても起きる隙間をうまくつく器用さが台湾に目立った。針の穴に糸を通すように小さな隙間すらうまく使ってくる。

 和弥曰く、そこいら辺のテクニックは日本譲りらしい。元々そういった器用なパス回しが得意な日本に、台湾が自分から学んだ結果、見事にジャパンナイズされたテクニックを持ち得ることに成功したようだ。


 後半が半分すぎるが、ここでこちらでも少し不満が出てきた。


 ……それが、


「ちょ、そこは縦に突っ切ってもいいだろッ」


「サイドやったらまた同じ守りだぞ……?」


 そう。日本がさっきまでの縦パスを重視した攻撃からサイドからの攻撃にシフトチェンジしたのだ。

 ただのそういう戦略なのだろうとも思ったが、和弥はこれを否定した。


「いや、これはむしろ台湾側の策略だ。DFラインに入る人数がさっきより増えた。これは最初あった隙間を思いっきり埋めにきている。だから、日本はサイドにパスを出してそこから攻撃せざるを得ないんだ。……ほれ、監督も怒鳴ってる。たぶん、もっと縦に割れとか言ってんだろうな」


 中継では日本監督の姿が映され、何やら選手に向けて叫ぶ、というより怒鳴っていた。和弥の言った通りのことを言っているのかもしれない。


「だが、それでも十分隙間は空いてるぞ。今の日本ならそこを縫うことなんて造作ないことのはずだが?」


 そういうと、和弥が少し言いにくいような表情を浮かべた。


「まあ……なんというか、単純に“怖い”んだろう。ここでもしパスなりなんなりをトラップされたら、そこから今度は台湾のターンだ。日本は先ほどから攻撃力増強のためにMFをFWに一人変えた。現在残りの日本の交代枠は2人。監督の戦略性質からして、たぶんまたMF・ないしFWをほかのFWに変えるぞ」


 和弥曰く、これはあくまで台湾側がそうなるように仕向けており、交代枠2人を使ってDF勢を増強することによって最終防衛ラインを強固なものにし、横に長い壁を作って正面突破を許さないフォーメーションにしているのだとか。

 その結果、どうしても隙間が空いているサイドしか有効な攻撃が仕掛けれなくなるのだが、これがまた台湾の思うつぼというやつで、どちらかというと半ば“わざと”開けているも同然だという。

 あからさまな隙間を開けることでサイドに日本ボールを集め、防御をしやすくさせており、サイドを捨てて正面を固めるという誘導戦法をとっているらしい。台湾サイドバックも、取りに行くというよりは、半ばそちらに誘導するかのような行動が目立つ。


 日本側がこれを悟っているのかはわからないが、とにかく今の日本は攻撃を高めてどうにか1点を奪うべく積極的攻勢をとる体制に移行している。


 ……しかし、


「それじゃ日本の守備力に疑問が出てくるぞ」


「とはいえ、それだと結局今の現状がな……」


 そんな戦術議論が巻き起こった。周りの団員達があーだこーだと話していると、隣で今までずっと試合を見ていたユイが顔を一切動かさず聞いた。


「あの……私も、ここはリスクを恐れず縦パスに転じていったほうがいいと考えるんですけど、しないんですか?」


「う~ん……そうだなぁ……」


 ロボットがそういうということは、確率面では確実にそっちのほうがいいということなのだろう。

 しかし……なぁ、


「なんて言うか……日本人って、結構リスクを回避したがるからなぁ。たぶん、これもその延長だと思う」


「リスクって、私に言わせれば仮にここでトラップされて前線にボールを上げられても、しっかり組みあがっている日本DFラインに阻まれる確率は結構高いんですけど……」


「確実に、ってわけじゃないだろ?」


「……」


「その、小さなリスクさえ恐れるのが日本人なんだよ。失敗したときのほかのチームメイトの迷惑をいらなく考えちまうんだわ。だから、政治でも何かしらの判断が遅くて“腰が重い”って言われるのはそれがあるんだ」


「へぇ……でも、だからと言ってこの場合サイドばかりの攻撃だと、攻撃パターンが固定化されて相手のDFが防御しやすくなるんですが……」


「まぁ、そうなるな……」


 サイドからの攻撃が全然使えない、というわけではないのだが、どうしてもゴールへの進入コースが固定的になりがちになり、ある意味、正面突破より回避されやすい。

 もちろん、サイドのほうが相手DFが張り付きにくい傾向にあるのし、DFラインも横に伸びて隙間が空きやすくなりFWの付け入る隙ができるので有効でないことはないのだが、だからといってサイド攻撃ばかりしているとさすがに相手にも読まれるというもの。


 サイドばかりでなく、どこかで正面突破の縦パス攻撃を仕掛けるべきなのだが……、中々してくれない。


 ……それどころか、


「……って、そこパスじゃなくてシュートだろ!」


「あぁ、ほら! DF間に合っちまったじゃねぇか!」


 明らかにシュートに移行するべきタイミングでも、DFが迫ってきていることを恐れてかほかの近くにいるFWに渡すが、当然渡されるとも思っていないも同然のそのFWがまともなシュートなど打てるはずもなく。

 ダイレクトで放つもゴール枠にすら入らずその上をむなしく飛んでいった。


「シュート精度の脆さは相変わらずか……」


「だな」


 これは情報屋でない俺もすぐに同意した。

 シュート体勢の面もあるにしろ、日本のFWの一番の弱点がこのシュート精度の低さ、つまり、“決定力のなさ”にある。

 これのせいで、絶好のチャンスでも変な方向にボールを飛ばすなどして全然得点があげれず、もたもたしているうちに逆に点を入れられるということが昔からよくあったのだ。

 これは、今でもあんまり変わっていない。


 それは今更補えないので、じゃあどうすればいいんだと言われれば、まあ“数うちゃ当たる”の法則でシュート数を増やすしかない。

 そうなれば、当然ある程度はリスクを冒すことも必要になるのだが……、まあ、ご覧の状況である。


「(この台湾、日本の特徴しっかり調べてきてやがる……)」


 別段、日本のサイドアタックがへたくそなわけではないし、むしろ今の日本はそれが得意なのだが、だからこそ、といったところか。

 完全に、徹底的に調べ上げてきている。台湾の守備は、その状況に応じて冷静的、かつ柔軟的なものだった。

 とはいえ、それは日本も同じようなものだった。台湾の攻撃もそれほど大きな脅威というわけではなく、冷静な対応はむしろ日本の十八番である。

 ……だが、このままずっと試合が続くとスタミナも切れる。そうなると、一番厄介になるのが……


「……まただ。例のスピードアタッカーだ」


 台湾FWの一人で、スピードとスタミナが持ち味の彼である。

 日本DFがバテてきたのを横目に、彼はその持ち前のスタミナとスピードでDFを翻弄する。それに伴い、日本GKの出番が増えてきていた。これは、日本DFが徐々に仕事ができなくなってきているのと同義であった。


「やはり、リスクを冒して縦攻撃を仕掛けたほうがいいような……」


 確かに、台湾DFラインは強固なものだ。一昔前のギリシャのようなDFの壁である。

 しかし、壁とて打ち破れないことはない。ギリシャも一時期はその守備が崩壊したときもあったし、台湾の壁が今の日本に打ち破れないとは思えない。しかし、その勇気が、まだ足りなかった。


「頼む、縦パス一本でもいいから通ってくれ……」


 そんなことを願っている時だった。


「? 交代?」


 どうやら日本が新たな交代枠を使ったらしい。

 誰を変えるのかと思ったが……


「……え!? FW!?」


 大胆にも、MFを変えてFWを出した。これには、周りから不満が噴出している。


「いや、そこはDFかせめてMFだろ! 攻撃上げても同じだって!」


「台湾のカウンターが徐々に強まってるんだぞ! 監督はアホか!?」


「こりゃ、たぶん台湾内心喜んでるぞきっと……」


 彼らの不満は尤もだった。さらに、実況や解説もほぼ同じ論調で、すでに「これは監督の采配ミスではないか?」といった内容になりつつあった。

 一方、隣にいる情報屋はというと、


「大胆に来たな……。攻撃力アップによる現状打開を図るつもりだろうが、一体何を考えている……?」


 少し采配に疑問を持った形となった。

 和弥に聞くと、まだこれはグループリーグの初戦だし、言っては何だが、攻勢にかけるには少し戦略的にやりすぎではないか、ということだった。

 攻撃力を上げて防御力が下がれば、台湾得意のカウンター攻撃の餌食になることも考えられた。グループリーグで初戦を落とすと、その次の決勝トーナメントに出場できる確率はもう絶望的だ。長いW杯の歴史上、それで決勝トーナメントに上ったのはアルゼンチンやイタリア、ギリシャなどの一部ぐらいしかいない。

 戦略的に考えても、ここは現状のままMFを加えて柔軟性を確保したほうがまだ効果的じゃないか、ということだった。


 そして案の定、FWを加えても現状はあまり変わらなかった。

 日本十八番の巧みなパス回しを駆使して台湾DFラインを翻弄しようとするも、今の台湾のDFラインが固すぎるので全然効かず、結局どうしても皆サイドに逃げてしまっていた。たまに縦攻撃に入ることもあるが、壁に阻まれてトラップされるか、その前にバックパスして体勢を立て直す、という名のサイドへの逃げ道に入っているだけであった。


 後半も35分を過ぎ、そろそろ両チームともにイライラがたまってきた。まさに、その時である。


「ッ! やっべ、フリーだ!」


 久し振りの縦攻撃をしようとした矢先に出ばなをくじかれてトラップされると、一回パスを出したと思ったら、そのまま不意を突くかのようにダイレクトで前線にロングボールを繰り出した。

 ちょうどそこにいたのは、例のスピードアタッカーだった。しかも、運の悪いことに完全にドフリーな状態であった。

 日本DFもバテたのか、思いっきり前線を上げてそこから動かずにいて、完全に独壇場状態となった。


 彼を阻むのは、GKだけであった。


 ……が、


「ダメだ! これは入る!」


 真正面からだった。少しずれていたとしても右側にちょっとというだけで、GKからすればそんなのズレに入んない。

 そして、そのまま放たれたシュートは、ゴールに吸い込まれた。


「ああッ! 入った!?」


 中継先の日本陣営と俺たちが一様に騒然とする中、和弥は冷静にそれを破った。


「いや、よく見ろ。あれはオフサイドだ」


「え?」


 事実はその通りだった。

 大歓声を上げた台湾勢だったが、すぐにそれは収まってしまう。副審が、石像のように固まってきっちりとオフサイドフラッグをかかげていたのだ。

 すぐに台湾勢は抗議に走るが、やはり通らず、先のゴールは無効となった。


 和弥がすぐに解説する。


「さっきDFが固まっていたのは疲れたわけじゃない。それもないことはないが、あれは一種の嵌め技だ。わざとDFラインを固まらせることによって、その例のスピードアタッカーをラインより奥に突っ走らせて、ラインを切らせたんだ。パスを出すタイミングもしっかり読んでいたし、これは日本の策略勝ちだよ。……尤も、台湾側からしてみれば納得のいくものでもないだろうがな」


「な、なるほど……」


 後に、中継でも先のゴールシーンのリプレイが流れたが、どうやら和弥の言った通りのようであった。

 明らかに、DFは止まっている。それどころか、あの状況だというのに少しラインを上げて、あたかもスピードアタッカーの彼がそのゴールのほうに突っ込みやすい状況を作っていた。


 こんな時でも、やはり日本は冷静だった。


 ……とはいえ、


「……だが、少し守備にもほころびが見え始めた。攻撃もあんまり好転しそうにないし、これはそろそろ引き分け狙いで言ったほうが得策か……?」


 そんな論調の和弥。周りも、そろそろ勝利は諦めて互いに無得点で勝ち点1を分け与えたほうがいいんではないかと考え始めた。


 時間はとうとう40分に差し掛かろうとしていた。

 両チームともにばて始めている。会場の空気も、勝利より引き分けを狙ったほうがいいというものに変わり始めていた。


「(これは、点を取るのは難しいか……?)」


 そんなことを思っていた。


 ……しかし、それを打ち破ったのが、俺の隣である。


「……いえ、これは日本1点取りますね。確実に」


「え?」


 ユイである。ずっと冷静に試合を見守っていた彼女から発せられたのは、そんな一言であった。

 これには今まで冷静に分析してきた情報屋もびっくりである。目を見開いてユイを凝視していた。


「どういうことだ? ここから点を取るってのか?」


 俺は少し言葉を探すように聞くが、ユイは依然として冷静な反応を示す。まるで、機械のように。……いや、元から機械ではあるが。


「和弥さん、2人目の交代に入った垣渓選手って、フィジカル強いってデータがありますが、ほんとですか?」


「あ、ああ……。日本選手の中ではフィジカルが特に強く、欧米の選手とも接触プレーで互角にやり合うことができる数少ないプレイヤーだ。しかし、そのスタミナのなさゆえ、決まって後半の途中から出すか、前半だけだしてあとは交代させるかのどちらかが通常だが……、それがなにか?」


「いえ、彼はフィジカルでいえば今のところ台湾選手とも比べ物になりません。しかも、ポジションがセカンドトップの中でもちょっと後ろ寄りの配置です。これは、明らかに“正面突破”を狙った配置です」


「え? でも、今までそんなのなかったぞ?」


「おそらく、待っているんでしょう。……その時を」


「その時?」


 ユイがいい加減なことを言っているとも思えない。

 ロボットらしく合理的な推測をしてもこれだということは、おそらく本当にそうなる確率が高いということなのだろうが、しかし、かといって簡単にそうなるとも思えなかった。

 実際、台湾DFは依然として強固で、とてもこれを崩せそうには思えない。


 ……はたして、垣渓選手はどこで仕掛けるつもりなのだろうか。


 さらに1分が立ち、すでに時計は40分を回っていた。台湾はまた交代枠をDFの補佐のためにMFを送り込み、これで、台湾側の交代枠は完全に使い切った。

 ムードは完全に引き分け向きで、実況・解説もそんな感じのことを話しつつ、早くも次の試合に関連する情報まで流し始めた。中々、TVスタッフも気が早い。


 日本の攻勢と台湾の攻勢がほぼ交互に行われる中……


「……きた」


「?」


 ユイが小さくそうつぶやいた。


 まさに、その瞬間である。


「ッ! あ、空いた!」


 一人の団員が思わず叫んだ。


 そして、実際にその通りのことが起きた。


 2、3人のサイドバックの選手が、サイド方向に固まってボールを軽く回し始め、連携的にサイド攻撃に走ろうとする行動に出た。

 いくら攻撃パターンが固定化してきたサイド攻撃といえど、人数がかかってしまえば厄介だった。台湾側は、やむなくDFラインから一部をその連携にかかっている選手のマークに付き始めた。


 そう。そこで、ラインに穴が開いたのである。


 しかも、台湾はそのラインに頼りすぎていたせいか、その穴埋めの選手が来るのが遅れてしまった。とはいえ、ほんの一瞬のタイミングである。


 だが、それで十分だった。その一瞬でも、ラインに穴が開けば、彼にとっては十分なことであった。


「ッ! 奴が走ったぞ!」


 彼が、先ほど交代した垣渓選手がそのスペースに向かって突っ込んできた。

 ペナルティエリアのすぐ横。そのスピードに、ライン構成のための補助要員が付くのが一瞬遅れてしまった。もちろん、マークもおろそかだ。


 ボールを持っていたサイドバックの選手は彼に瞬時にボールを渡す。うまく受け取った位置からゴールまではそこそこ距離がある。しかし、ゴールはその位置から見て見てちょうど斜め45度の方向。狙えなくはない。

 すぐに台湾DFが彼にプレッシャーをかけにかかるが、彼は自慢のフィジカルさでそれを強引に押しのけて渾身の一発をミドルレンジで放った。

 しかし、コースが少し甘かった。上に浮いてしまったボールは威力もあまりなく、簡単にGKにはじかれてしまう。


 ……しかし、その“はじいた方向”がマズかった。


「よし、入った」


「え?」


 ユイは確信したようにそういった。


 それとほぼ同タイミングである。


「ッ! 本多!?」


 彼がゴールに突っ込んできた。

 GKがセービングではじいたボールに頭から突っ込み、ヘッドシュートをゴールめがけて放った。まさに、「俺にじゃなくて向こうにやれ!」とでも言わんばかりのボールの返品模様である。

 当然、GKは立て続けに放たれたシュートに対応できるわけもなく、そもそも体勢がセービングをしたばかりで体は地面に落下中だったため、対応しようと手を伸ばそうとした時にはボールはすでにゴールの中だった。


 後半42分。やっと、日本は試合を動かしたのだ。


 その瞬間、中継先の日本陣営、そして、俺たちは歓喜の渦に包まれた。


「っしゃあ!!! 奴が決めたぞ!」


「やっぱりだ! 最後はやっぱりあいつか!!」


「よくやったぜ本多! お前は最高だ!!」


 思わず耳をふさぎたくなるほどの大歓声がこの部屋の中で渦巻いた。

 そういう俺も、思わず渾身のガッツポーズ。和弥も同じようなものであった。

 当然、中継先の実況・解説も、まさかのタイミングでの得点に歓喜の渦だった。観客も、そして、誰でもない最後を決めた本多選手が一番喜んでいた。さっきから何度も叫んでは仲間と熱い抱擁を交わしていた。いい光景である。


 ……そして、話題は当然ユイのほうに向いた。


「しかし、よくわかったな。日本が決めるって。予言通りじゃないか」


「予言じゃなくて、予測ですよ。祥樹さん」


 そんなことを言うユイの表情は少しニヤけている。ドヤ顔のつもりだろうか。

 そこに和弥も続いた。


「だが、これは俺も予想外ですよ。いったいどうやってそんな予測を?」


「簡単です。選手の状態を見れば一発ですよ」


「え?」


 ユイは説明した。

 台湾DFのデータをネット上で洗いざらい調べた結果、後半から徐々にスタミナの減少が著しいことがわかったそうだ。そこはまだいい。それはほかの選手にもよく見られる光景だ。

 だが、台湾DFの場合、そうなるととにかく自分たちのボール保持率を上げてFWないしMFに任せようと積極的な守備を展開しようとする傾向にあるという。

 その時は一時期的にラインの構成が崩れるが、代わりのMFなどが代わりで補助に入るなどして対策することで、隙を見せずDFラインを構成することができ、ある程度そのような無茶をしてもそのラインでうまく阻むことができるということが事実としてあった。


 しかし、その補助に入るはずの交代で入ったMFが問題だった。


 彼はボールテクニックや個人技はいいのだが、とにかくスピードが遅い。また、ポジショニングが悪い。

 それによって、先のようにラインの補強に入ろうとしても、どうしてもワンテンポ遅れて入ってくるのだ。状況判断が甘い証拠であったが、しかし、彼はベンチメンバーの中でもトップレベルの選手で、ほぼ毎回といっていいほど後半あたりから出していたのだ。


 日本陣営は、これを待っていた。


 これによって、ワンテンポ分DFラインに隙間ができる。一部のDFがサイドに異常に注意を払うように仕向けて開けた隙間に、先ほど投入した垣渓選手を突っ込ませ、台湾の壁を強引に突破。

 当然、DFはシュートを阻むべく近くのDFから徐々に彼に襲い掛かるが、そこが、まさに日本の仕掛けた罠であった。

 そうなると、ラインなど関係ない。完全に注意は垣渓選手に向き、そこに向かったDFの守っていたスペースが空く。そこに、今度は本多選手が突っ込むのだ。


 元より垣渓選手は決定力は低く、ゴールを入れた回数は少ない。現に、今回もGKは簡単にはじいた。

 しかし、そのはじくGKにも問題がある。

 彼は、確実にキャッチできるボールもほとんどをはじく癖があった。しかも、内側にである。

 これは、過去に彼が台湾プロリーグで外側にはじいたボールが誤ってゴールに入ってしまったというトラウマからそうなったという経緯に発端があり、それ以来内側にはじく癖として定着してしまった。


 今回は、垣渓選手がそれを逆に利用し、シュート角度をある程度調節してわざと後に突っ込んできた本多選手のほうにはじくように仕向けたのだ。

 そして、最後は決定力がチーム一番の本多選手に、無理をしてでもゴールにボールをねじ込ませる。



 まさに、台湾のDFの崩れるときの、各選手の癖を見抜いた、日本陣営の策略だったのだ。



「なるほど……、ということは、FWを異常に投入していたのは……」


「あれは交代選手から見ると、単にサイドプレーが得意な選手を固めただけですね。単にサイド攻撃を重視したわけでなく、あくまで台湾側にそういった意識にもっていかせるだけだった。しかも、今まで正面突破をためらっていたのも、まぁ、祥樹さんが言っていたようにリスクを冒したくなかったということもあるのでしょうけど、それと同じく、先に言ったMFが交代でくるのを待っていたのでしょう」


 そこに、和弥も付け加えた。


「なるほどね。それに、そのポジショニングに入るまでにほかの選手が入る様子がなかったことから、完全に彼にその補助を任せていたのでしょう。そして、残りのDFも、体力的に完全にバテて、冷静な判断をかけてしまっていた。だからこそ、垣渓選手がボールを持った時慌てて取りに行って、本多選手が突っ込むスペースを作ってしまった……。いわば、台湾側の壁が自壊するのを“誘発”したのですね」


「そういうことです」


 お前らほんと詳しいなオイ。おいていくなよ。


「たぶん、このまま試合は終わりますよ。日本はまだしも、台湾側の攻撃能力は……」


「ええ。交代枠をDFとMFにすべてつぎ込んでしまい、もう交代できません。今の攻撃能力で日本の守りを打ち破るのはほぼ不可能でしょう。油断は禁物ですが……、あー、見るからに焦っててる。プレーが若干雑だ。これは、もう決まったかな?」


 少しニヤリとさせつつ和弥は言った。

 台湾側は、こんな試合終了間際のタイミングで点を決められて大いに焦ってしまったらしい。さらに、日本がここぞとばかりに最後の交代枠をFWとチェンジしてDFの投入に使い、守りをさらに強固にさせた。


 こうなってしまうと、台湾側もお手上げだ。


 守りに徹しすぎたがために、いざ攻勢に入るとどうしても攻撃戦力の低さが目立ってしまった。最終的にはGKすら参加した全員攻撃で日本のゴールに迫るも、結局、日本のゴールネットが揺れることはなく、2分ほどのロスタイムも過ぎ、試合終了のホイッスル。


 その瞬間、再び歓喜に包まれた。



 日本は、何とかグループリーグ初戦を勝利で負えることに成功したのだ。



 中継先の実況・解説は望外の結果に大いに喜び、観客も一斉にスタンディングベーション。そして、誰でもない選手たちが大いに喜んでいた。その後は、台湾選手やスタッフともしっかり熱い握手と抱擁を交わしており、見ていてとてもいい光景であった。台湾にとっても、今回の試合は大きなよい経験となったであろう。

 当然、ここも大喝采の嵐である。俺もそれに参加しつつ、ユイを称賛した。


「完璧だったな、お前の予測は。全部わかってたのか?」


「いえ、全部ってわけではないです。しかし、前半を見ていてあらかたの選手の動きは把握できたので、あとはシミュレーションさえできれば予測は簡単ですよ」


「はぁ……さすがコンピュータ。人間の予測とはわけが違う」


「そう。わけが違うんですよ、わけが」


「……なんかムカつく」


「はて、何のことでしょうか」


「この野郎……」


 最近、ユイが若干ナルシスト化しているというか、自分の性質をよく自慢しまくるというか、そんな性格になっている気がする。ほんと、誰なんだろうね、こんな性格にしたやつは。

 ……まあ、愉快な奴になって別段悪いとも思わないが。


「しかし、ユイさんの戦術予測能力には完敗だ。やはり、そこは戦闘支援兵器か」


 和弥もこの表情である。両手を広げて「参った」といった様子であった。


「ほんとな。こんなことなら最初っから彼女に解説してもらえばよかったな」


「そうだよな。だったら最初からこんなにハラハラした気分にならなくて済んだのにな」


「……あの、それずっと、って言わないですよね?」


「え? ダメ?」


「勘弁してください……」


「お前らもほんと懲りないよな……」


 そんな会話の後、中継は終了した。

 本来はこの後インタビューなどもあるのだが、さすがにそこまでは無理強いできないという俺の判断から何とか軽く説得して納得してもらい、翌日のニュース番組なりでそれを確認することで落ち着いた。


 ユイが右目の機能モードを通常に戻して映像の出力を終えると、ホッと一息つくとともに右のこめかみあたりを軽く小突いていた。


「今日はもう小説はいいや……。部屋帰ったら目休ませよう」


「まあ、そのほうがいいな。……というより、やっぱりその機能って長時間使用に向いてないのか」


「ええ、まあ。そもそも、私の目は人間の目と同じようにゴミなどの異物が入らないように定期的に瞬きをしますから、この機能を長時間やるということはそれを止めることになって、アイカメラのガラスを傷付ける原因になりますし……、あんまりオススメはしないですね」


「ふ~ん……、で、今のアイカメラのガラスは?」


「一応、問題ないです」


「そうか。まあ、長時間使ってさすがに疲れたろう。ゆっくり休め」


「は~い」


 そういって一足早くユイは部屋に戻った。


 ……しかし、なんだ。


「(……クイズは苦手なのに、これは得意なのか……)」


 まあ、戦闘兵器であるユイの持つ能力なんて大方そんなもんだろう。戦略や戦術に関する“想像力”は結構長けているが、そうでないものはあまり得意でない。

 これも、戦闘時に必要な能力ということで供えられたのだろうが、それの延長線でこんなことにも応用できるのか。ちょっと面白いな。


 数日後には市街地での戦闘訓練も行われるし……


「……これは、ちょっといいことを学んだ」




 今後の訓練に、少し役立つかもしれない。



 そんなことを考えつつ、俺もユイの後を追って自室に戻ることにした…………


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