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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第1章 ~平穏~
26/181

ロボットの想像力

 しかし、そんなロボットと人間の考え方の違いというのは、時には面白い方向に転がる場合もある。


 ロボット特有の頭脳的特徴。それは……、



『人間のような“ちょっとひねくれた想像力と発想力”が乏しい

               文字通り固い頭しか持っていないことである』





「……暇な日だ」


 俺は思わずそんなことを口にした。


 今日は休日なのだが、俺は持ち回りの残留組に当たっているので駐屯地に残ることになった。不測の事態に備えて、休日の間でも何人かは駐屯地に残る現地要因となるのだ。この空挺団ではそれを持ち回りで当たることになっている。

 それはまだいい。いつもやっていることだし、もう慣れた。


 ……が、


「……何もすることがない」


 この日はあくまで休日なので、訓練とかがない。なので、各自で自主トレしたり、他の残留仲間と時を過ごしたり、一人で部屋でゴロゴロしたり。いろいろと時間をつぶすのだが、今回に限っては俺といつも話す仲のいい団員が軒並み休日で外出に言ったので暇なのである。

 なので、仕方ないからということで適当に購買で飯を買ってそれを食いながら適当にネットサーフィンしたりネトゲに浸かったりしている。この部屋の窓から差し込まれる日の光は、若干夕焼けに変わりつつある。


 ……が、


「……はぁ、暇だ」


 やはり、窮屈な駐屯地で暇をつぶすというのはちょっと限界がある話で、ネットだけで時間を過ごすのに飽きてしまった。

 人間は飽きる生き物。同じ行為をずっとしたからってそれで暇潰せるんなら全然苦労しないんだよって話である。


 ……その点、


「(……コイツは暇ってのをあんまり理解してないからいいよなぁ)」


 さっきからず~っと本を読んでばっかのコイツである。

 暇、って概念があるのかは知らんが、こうしてもう何時間も何時間もずっと本を読み続けていられるあたり、たぶんないのだろう。ここでもまた、人間とは違う思想感覚が表される。正直、うらやましい限りだ。


「(はぁ……いい暇つぶしのネタないだろうか……)」


 そんな仕事疲れのサラリーマンのようなため息をつき、また適当に時事ネタでも漁るか、とマウスを動かしていた時だった。


「ん~……」


「?」


 そのお隣さんが唸っている。見ると、顔をしかめて持っている本のとあるページを凝視していた。いきなりなんだ。お前らしくない。


「なんだ、どうした?」


「いえ……これ、わかんなくて」


「は?」


 お前にわからんことあるのか、と思ったがクマすら実態を知らなかったユイならむしろ多々あるか、とも思い直す。コイツとて知識面では万能ではない。


「なんだよ、わからないって」


「この小説の一描写でクイズ出てるんですけど、それの答えが全然……」


「クイズ?」


 SF小説なのにクイズなんて描写あるのか、とも思ったが、まあ考えてみれば普通にあり得んことでもない。

 しかし、クイズでわからないと発言するとは。ロボットでわからないクイズってーと何があったっけか。わからんな。


 ユイからその部分を見せてもらう。そこにあるつらつらと書かれたキャラの会話文の中に、一人が相手にクイズを出す描写があったが、そこにはこう書かれていた。



『2、5、8、11、16、14。この次に来る20未満の数字は?』



 俺はこれを見た瞬間即行でわかった。


「(あー……なんだ。このタイプか)」


 なんだ、なにが来るかと思ったら、案外簡単なものだ。一見「なんのこっちゃ」とも思えるが、これは発想の転換で簡単に法則を見破ることができる。はっきり言って見かけ倒しの問題だ。

 どうやら、パッと見で法則的に増えてるのかと思ったが、途中で減るわ全然法則性がないわでよくわからなくなったらしい。しかし、これは実は簡単なものなのだ。


「なんだ、簡単じゃねえか」


「え、もうわかったんですか?」


「こんくらいならある程度発想を変えれば即行で分かるよ。ヒント出してやろうか?」


「ぜひ」


「うん、まあ、一つ出すとすれば……、“英語”だな」


「英語?」


「そう。それを念頭にもう一度この漢字を見てみるんだ。これはある意味大ヒントだ。うまくいけばお前でも即行で分かると思う」


「えー……?」


 そしてまたそのページをクソ難しい数学の問題を解く学生のような目で凝視し始めた。

 数字の特徴をよく見てみよう。何かしらの法則でちゃんと並んでいる。それほど難しい法則ではない。やろうと思えば中学生でも即行で解けそうな問題だ。


 しかし、中々答えが出てこない。うんうん唸っているだけで、結局時間だけが過ぎた。


 ……そんで、


「……すいません、わからないんで答え教えてください」


 ついに諦めたらしい。ロボットには難しかったのか? 案外そうでもないと思ったが。

 まあいい。俺は種明かしをした。


「ん、じゃあ答えを言うとだ……。“17”だ」


「17?」


「そうだ」


 そこに至るまでの答えは簡単にはこうだ。


 最初にも言ったように、これは一見、すべての数字が一定量で増えているのかと思えるが、どうやらそうではない。むしろ、最後は減っている。パッと見、それほど法則性はないように見える。

 しかし、実はちゃんと法則的に並べている。これは、日本語読みでは解けず、まず英語に変換してみるとわかりやすい。

 それぞれ『two』『five』『eight』『eleven』『sixteen』『fourteen』となる。

 ……さて、見えてこないだろうか? これ、よく見ると文字数が徐々に増えてきているのである。最初に、英語がヒントだといったのは要はそういうことなのだ。

 となれば、14を英語変換した文字の数が8文字であるから、20未満の数字で9文字あるものといえば、17の『seventeen』というわけだ。なお、20未満といったのも、9文字ある英数字はほかにもいくつかあるからだ。21(twenty one)とか、22(twenty two)とか、45(forty five)とか。


 文字から読み取れる情報からとるのではなく、その“文字自体”を書き換える、つまり別の形に変換する発想さえあればいけるのだ。


 ページをめくるとそのキャラがクイズの答えを出していたが、見事に当たっていた。ユイは面食らったような表情になる。


「ほらな、17だ」


「うへぇ……ほんとだ。よくわかりましたね」


「だから、発想さえ変えれば簡単だって。種明かしすれば案外簡単に思えない?」


「種明かしすれば、ですけどね」


 あぁ、そこらへんも人間と同じか。

 人間あるある。クイズって、最初は難しいけど種明かしをすればめちゃくちゃ簡単に感じるってね。よくあるよくある。


 ……だがこれは、


「(……暇つぶしにはよさそうか?)」


 どれ、少し個人的にも興味がわいてきた。何個か出してみるか。


「よし、じゃあもう一つクイズを出してやろう」


「はぁ、どんな?」


「うん。じゃあ……『1ヶ月が30日ある月はいくつありますか?』」


「1ヶ月?」


「ん、1ヶ月」


 なんだ、簡単じゃねえか、と思った人が多くいるかもしれない。そう、パッと見は超簡単なのだ。“パッと見”はな。


 大抵の人は即行で12ヶ月あるうち1ヶ月が30日になっている月の数を探すだろう。

 そして、まずそこで5、と答えそうになって「あ、そういえば2月抜いてねぇや」ってなって、そこではじめて「4!」と、自分はそんな仕掛けに引っかからなかったぞとドヤ顔をかますに違いない。


 ……しかし、実はこれは間違いである。

 その、数を地味に数え始めた時点ですでにアウトなのだ。


「(もしかしたら、こういうのは間違えたりして……)」


 そんな人間的間違いをしたら俺は即行でからかってやろうと構えていた。


「……え、それは11ですよね」


「あれぇ?」


 ガクッ。

 一発で言い当ててしまった。人間のように騙されるまでもなく、これは問題なく言い当ててしまった。

 ……解せぬ。人間は即行で間違えるというのに。まあ、主に国語的誤解によるものだが。


「ち、ちなみに理由は?」


「え、だって、12ヶ月のうち30日あるのって2月以外全部ですよね?」


「あー……う、うん、そうですね……」


 これは騙されなかったか。おかしいな、人間なら結構間違う者なのだが。


 俺も最初はものの見事に騙されたものだが、これは問題文をよく見るとわかる。

 もし答えが4なら、その問題文の最初は『1ヶ月が30日「の」月は~』となるはずだ。しかし、ここで出ているのは『1ヶ月が30日「ある」月は~』とある。

 ……もう、お分かりだろう。つまり、逆を返せば“30日あればその月はすべて回答の範囲になる”のである。となれば、12ヶ月の中で唯一30日ないのは2月だけ。それ以外は全部答え。


 というわけで、人間的なひっかけではあるが、ここでの答えは「11」となるわけだ。


 これは国語力が試される問題だ。問題文をよく見て理解しないとこんな間違いをする。先入観というか、そういった先読み感覚が逆にあだとなる問題だ。


 しかし、ユイには効かなかった。ロボットに国語力云々は関係ないのだろうか。これはわかってさっきのはわからないとは、ちょっと境界線がわからない。人間とロボットの違いがここでも垣間見えてしまった。


 どうせだ。俺はユイの推理能力を検証することにした。何個か適当にネットでクイズに使えそうな問題を漁ってユイに投げかける。


「男女の双子がいたんだ。二人の生まれた時間は15分と違わないが、しかし、妹の誕生日は兄の二日前となっている。なぜだかわかるか?」


 言っている自分もちんぷんかんぷん。15分しか違わないのになんで2日も誕生日がずれるんだって話だ。別に、この双子らがタイムスリップしたりしたわけではないのでご安心頂きたい。

 しかし、これは一応は現実にもありえることだ。世界は広し、もしかしたら、探せばそんな人がいるかもしれない。

 さて、ユイはわかるだろうか。


 ……と、そんなことを考えるまでもなく即行で答えた。


「簡単ですね。時差を考慮すればすぐにわかります。日本からアメリカに行く船か飛行機の中で、日付変更線を越える前に兄が生まれて、そしてその15分の間に日付変更線を越えて前日に戻った時に妹が生まれれば、この問題は成り立ちます」


「それだと一日違いだが?」


「閏年なら2日ですよね?」


「おー……」


 これはいけるのか。問題文から推測する場合分けによって導かれるものであるが、なるほど、これは問題ないか。

 じゃあ……これとか。


「じゃあ次。とある一室があったんだが、立地が悪かったのか中々明りが入らなくて暗いんだよ。それを解決するために、全部南向きの窓をつけて明りを取り入れようとしたんだわ。どうすれば可能?」


「ふんふん。全部南に……、え?」


「ん?」


「み、南? 全部ですか?」


「おう、全部だ」


「え、待ってください。その部屋って、この部屋みたいに四方に壁があって、そこに窓をつけるんですよね?」


「おう、そうだぞ?」


「え? ……え??」


 これはわからないらしい。またうんうん唸り始めた。

 問題文を見るとこれも「はぁ?」と顔をしかめるものなのは間違いない。しかし、これもこれでさっきと同じように一応は実現できなくはないのだ。

 ……尤も、まともにやろうものなら“クソ寒くなるが”。

 この、クソ寒い、という点をヒントとして与えても、あんまりパッとしなかったらしい。ロボットらしからぬしかめっ面を発揮して熟考している。

 ……が、また、諦めたらしい。


「……答え」


 そう観念したように一言投げて俺に説明を求めた。


「簡単だよ。俺が一体いつ“この日本でそれをやる”って言ったよ」


「え?」


「だから、全部南向きを実現させるには、部屋の構造上四方が全部南を向くところに建てるしかないだろう。地球上、そこが一つだけあるだろ? 一つだけ。……なお、めちゃくちゃ寒い」


「……あ! 北極!」


「そういうことだ。ピッタリ北極点にその家を建てれば、四方は全部南向きに―――」


「んなことわかるかぁぁああああ!!!!」


 ポカーン。

 ロボットらしからぬ雄叫びである。頭を抱えてのまさかの絶叫だった。というか、お前叫べるのか。……て、戦闘用だし状況によっては必要だから叫べるか。しかし、中々うるさい。

 ユイの文句は続いた。


「いや、というか北極に建てたって全然解決してませんよね!? これ北極に建てるくらいならもう他の立地探しましょうよ!」


「マジレス乙だな。ま、確かにいいアイディアとは言えんが。でも、時期によっては白夜現象が起こるからあながち着眼点としては悪くないと思うんだがな……。強弱は別としてずっと光が来るし」


「それ夏至の前後だけじゃないですかやだぁああ!!」


 えーいうるさい。ロボットは大声出すとここまで大音声をだせるのか。人間顔負けか。この点でもまた負けなきゃならんのか人類は。

 まぁいい。次を出してみる。


「じゃあ……つい最近とある友人がやってたらしいんだが、二人の男性がとある銀行に押し入って金庫を破るにはどうすればいいか考えていたんだが、それにこの二人の素性をよく知る警察官も協力していたんだ。しかし、銀行関連には全く不信を抱かず話していて、それを使って立てた計画は見事に当たり、二人は大金を儲けた。その警察官にも謝礼を払ったらしい」


「え、待ってください。友人さんがやったんですか?」


「あぁ、やったぞ」


「待ってください! それ大事件ですよね!? それに警察が関わったらスキャンダルなんじゃ!」


「安心しろ。こいつらは全員違法なことはこれっぽっちもしてねぇんだからよ」


「……どこに合法性があるんで?」


「だから、それはなぜかってこと。よく考えてみ?」


 しかし、これもユイにとってはハズレのものらしい。さっきと同じだった。

 これもまた、一見すれば大事件である。一応、俺の友人が実際にやったノンフィクションだから間違いないが、これ、そのまんまで読めば大事件だ。そして、それを知ってる俺も警察からすれば確実に重要参考人として連行される事態なのは間違いない。なんでそんなこと知ってるんだってね。


 だが、ここにもまた一つ仕掛けがある。1ヶ月が云々の問題のように、一応は文面から大体察することはできるが、しかし、文面にはそれのヒントになることが書いてない。もしかしたら、そこがポイントになるのだろうか。


 これまたユイは諦めた。


「……で、此れの合法性は?」


 少しイラつくような目つきで俺を見る。


「簡単だって。この二人、ただの作家だから」


「……は?」


「だから、作家。確かにノンフィクションだが、実際に事件になったなんて言ってないだろ?」


「……あ」


「つまり、現実世界でそういった“構想をして書いた”ってだけだよ。構想して書いた、ってことに関してはノンフィクションだし、警察官はただ単に作品にリアリティを出すためにインタビューしてたってだけで、小説の中でならいくらでも犯罪したって問題にすらならな―――」


「今度は作家かぁぁああああいい!!!」


「ええい、ちょっと黙らんか。今解説中だ」


 そろそろユイのイライラもMAXになるころだろうか。これ、AI的にはどうなんだ。不満という概念があるならそれもそれで人間とは違って刺激面ではいい傾向なのだろうが、このままやりすぎて回路が物理的に焼き切れた、なんてことになったらいろいろと面倒だな。まぁ、ないだろうが。


「というか、祥樹さんの友人さんに作家さんいたんですね……」


「まあね。ミステリー作家なんだが、今じゃ結構な売れっ子だ」


「へぇ……。ハッ、ミステリーなんて廃れればいいのに」


「お前全世界のミステリーファンに謝れよ」


 そうぐれるなよ。と言ってやりたかったが、いったところで何か変わるわけでもなさそうなのでやめた。

 ここまででわかったこと。ひねくれた発想や考えが必要なものはちょっと苦手なのだろうか? 日付変更線のことも考えると、もしかして……、


 俺は、ちょっとジャンルを変えた。


「じゃあこれはわかるか?」


 俺はPC上に表示されている適当なウインドウの検索欄を使って数式を並べた。


『1 2 3 4 5 6 7 8 9 = 100』


「この数字の間に計算記号を入れて式を成り立たせるんだが、これを最も簡単な手数で成り立たせてくれ。あ、隣り合った数字を隣接させても構わない。あと、隣接といっても二つ以上移動させるのは禁止な。じゃあ、その条件でこの式を―――」


「できました」


「はやッ!?」


 気が付けば、その検索欄に即行で計算記号を書き加えていた。


『123-45-67+89=100』


 ご名答である。超簡単な手数でやると以上の計算式で簡単に100にできるのだ。


「え……まって、早くね」


「だって、ただの計算ですよね? 私を誰だと思って?」


「あー……ハイ、ロボットという名のコンピュータです……」


「そのとぉり」


 得意げに鼻を高くする。ほんと、得意分野になると調子いいんだからよ。誰の性格が影響しやがったのやら。

 まあ、とはいえ、確かに数学的なものが得意ってのは羨ましくある。理系人間ではあるが、やはり数学というのはいつでもなれなかった。学校の授業などただの睡眠魔法にしか聞こえず、何度そのまま夢の世界へ向かおうとしたことか。しかし、実際に睡眠学習をしようものなら無駄に精度の高い教師のチョーク投げの被害者となり、その上クラス内で笑いのネタにされるという公開処刑が待っている。おかげで、眠気に耐えるということには結構慣れた。


 ……あ、そうだ。数学つながりでこれはどうだ。


「じゃあ、これとかどうだ」


 そういうと、またウインドウの検索欄に数式を書き込んだ。



『I + XI = X』



「ローマ数字、ですね。でもこれ、そのまま読むと『1+11=10』ってちゃんちゃらおかしい計算式になりますけど」


「そういうこと。この、数字の部分をマッチ棒のように動かせるとしよう。そうすると、最低何回動かせば式は成り立つかな?」


 これも、実はネタバレをするとひっかけである。今のコイツならたぶん……


「簡単ですよ。11を動かして『I + IX = X(1+9=10)』か、または『I + X = XI(1+10=11)』にすれば式は成り立ちますから1回で済みますよね?」


 ハイ、ハズレ。


「はい、引っかかった」


「ええ!? でも、これ以上はどうしようも―――」


「甘いな。これを逆からみればどうだ?」


「逆……? あ!」


 気づいたらしい。頭の中で逆にしたのだろう。

 そうだ。これを逆から見れば『X = IX + I(10=9+1)』となり、何もしないで式が成り立つのだ。つまり、回数は“ゼロ”である。


「この通り、1回やるまでもないんだな、これが。誰も、式自体の見る方向を変えるななんて一言も―――」


「言ってないんですよねもぉぉぉおおおお!!」


「そう。言ってないんです」


 この室内の蒸し暑さを吹き飛ばさんとするほどの雄叫びだった。もう何度目だ。そんなに叫んで喉は嗄れな……、あ、ロボットだから嗄れるわけはないか。

 しかし、そろそろ法則が見えてきた。


 となると、たぶんこれは……


「じゃあ、簡単にいこう。100円玉が1枚、50円玉が2枚、10円玉が3枚あるが、これで何通りの支払い方ができるか? あ、税金とかは考えなくていいからな」


 今までと比べると結構簡単だ。見た感じ、硬貨の数からCを使った組み合わせの問題にいくだろう。そこから、何通りかを計算するんだ。


 ……しかし、現実的に考えよう。あくまで、“支払い方”である。金を払うだけが、支払なのだろうか?


 ユイは即行で答えた。


「普通に230通りありますよね。お釣りの金額分支払い方がありますので」


「その通り。そこはわかったか」


 そういうことだ。これは組み合わせの問題ではなく、支払う、という点で考えると、お釣り自体はこの場合買うモノの金額によってお釣り0円~229円も出すことができる。なので、これの答えは230通りだ。

 下手な数学的知識に惑わされがちな人がよくやってしまうひっかけ問題のはずだったのだが、コイツには効かなかったらしい。




 ……その後、何度かクイズを出しまくってユイの推理能力を調べてみた。

 すると、わかったことがいくつかある。


 一つは、『問題文から推測できる国語的細工が仕掛けられている問題は余裕だ』ということ。


 先の1ヶ月が云々の例から見てもわかる通り、人間なら引っかかるような国語的細工が施されたものに関しては全然引っかからない。尤も、これ自体は別段人間も国語力が高ければ問題なく解けることもあるので、それほど重要ではない。


 また、二つ目として『基本的な数学的・基礎知識的な問題はほぼ問題なく解ける』ということだ。


 数学を使った問題は当たり前、英単語を使って「A~Oの英文字を3文字グループで組み合わせて作れる英単語の数は?」の質問に即行で「21」と答えるほどだ。

 また、数学的、かつ国語的細工が施された問題でも……


「4/4は、3/4に比べてどれくらいの割合で大きいか?」


 みたいな、明らかに誰もが「1/4」と答えて騙されそうなところを、


「1/3ですね」


「ハイ、正解」


 と、見事にいい当ててしまう。コイツには、言い回しを使った細工は全然聞かないらしい。

 ……なお、この問題に関してだが、これはあくまで4/4と3/4の絶対的な差を聞いているわけではなく、あくまで『どれくらいの割合で大きいか』と聞いているので、要は相対的な割合を聞いていることになる。となれば、この問題は実質3/4と1/4を比べているということになり、そうするとすぐに「1/3」と出せるということだ。これも、数学的な要素は問題ないが、国語的な細工に騙される人が大量に発生する問題だ。

 しかし、ユイは騙されない。

 そういった、数学的なものはもちろん、ある程度は知識的なものも問題なく解けるらしい。とはいえ、どうせロボットらしくネットで即行で検索したんだろうが。


 しかし、例外がある。


 三つ、『ひっかけなどひねくれた発想をした問題は大抵はつっかかる』ということだ。


 最初のアルファベットへの変換や南向き窓の問題からわかる通り、文面から想像できる情景しかわからないものを苦手とするらしい。あくまで苦手、というわけで、応えれないわけではない。実際、何個からは自力で答えたこともあった。

 人間のように、発想をちょっと変えるということがロボットは少し苦手らしい。なので、そうなるとローマ数字の例を見てもわかる通り、自分の得意な数学的なものだし、問題文から一応察することができる問題でも、問題によっては突っかかってしまうことが何度かあった。これは、ある意味半ボトムアップ型人工知能を持つユイとしては正直意外だった。




『ボトムアップ方式』。つまり、最初に完全に分裂された細胞をおいてそこから細かくつなぎ合わせる、という感じで構成していくやり方だ。人間の脳みたいなのが、最初から完成されているようなものと考えてくれればいい。これが搭載されたAIはユイを除けば研究・試作段階のものしかないが、それらは言ってしまえば人間の脳が電子的にできたも同然で、それはもう完全に本格的な“知能”を得ることになるだろう。

 これの逆として、『トップダウン方式』がある。通常の細胞分裂のように、最初は大まかなベースを作ってそこから細部を構成していくやり方だ。

 ユイの性格なんかが一番わかりやすい。最初は初期アルゴリズムとして最低限の感情しか持たなかったが、今では俺たちの性格等を学習してか、こんなに感情表現が豊かになった。つまり、感情として相手に返す選択肢の幅が広がったということであり、これが、所謂トップダウンと呼ばれる方式だ。


 現在このAI開発界ではこの二つのやり方でAIを作ろうと考えられていたが、技術的な問題でボトムアップは一時期廃れていた。しかし、最近ではその技術的な進化でむしろボトムアップ方式が注目されてきており、現在主流のトップダウン方式に研究速度が追いついてきている。

 ただし、ユイに搭載されているセミブレイン型はその名の通り脳の構造を一部模したところもあり、厳密には人工多階層型スパイキングニューラルネットワーク理論という特に脳に近付けることができる理論が用いられている。

 しかし、全部が全部そうだというわけではない。それでも技術的に無理な部分が多々あるので、その部分は従来のトップダウン方式をもとに徐々に学ばせていくことでまた細かくさせていく方式をとり、うまくこの二つを両立させて人工知能を組んでいる。だから、正確には“半”ボトムアップ方式なのだ。

 ……なお、これらの説明は実はとあるVRMMORPGのラノベにわかりやすく説明されていたので俺としてもそれを参考にさせてもらっている。




 話を戻そう。つまり、半、とはいえ人間の知能に極度に近いボトムアップ的な構成を持つユイなら行けると思っていたが、これはユイの性格面同様その“半”の範囲になかったことらしい。なかった、というか、それを用いる場面ではなかったというべきか。

 最も、戦闘兵器に必要ないものなので分からないことはないが、俺としてはやはり戦術構成や戦闘戦術選択などで使うだろうし案外問題ないのではと思っていた。しかし、現実はそうではなかったらしい。


 しかし、そうなると半分ボトムアップ部分の補助もあって、これらの学習は通常より早く進むだろうか。しつこいがさらに実験してみた。


「じゃあ、王=5、干=6、木=11、という法則がある。では、「∞」には何という数字が入るか?」


 これも実は変換問題だ。しかし、今まで出した変換問題とはちょっと仕組みが違うため、従来のトップダウン型ならまず解けないか、仮に解けるとしても結構な労力を要するだろう。まず、苦手とするタイプだ。


 しかし、ユイは即答だ。


「簡単です。15ですよね」


「お、正解」


 この通り。お見事である。


 これも、まずは問題に出ている4つの文字に注目しよう。「王」「干」「木」「∞」、この4つだ。

 これらには共通点がある。よく見る、というよりは、パッと視点を広くとってみてみるといい。


 ……お分かりいただけただろうか。


 実はこの4つの文字は左右対称で、“縦に半分に折るとまた別の文字になる”のだ。じゃあ、左右対称になるように縦に折ってみよう。そうするとどうなるか。


「E」「F」「K」「O」となる。なんてこった。これじゃアルファベットじゃないか。


 ここまでくればもう答えを得たも同然だ。あの数字は、このアルファベットを最初から数えた時の数字なのだ。EはAから数えて5番目にあるから5。Fはその次にあるから6。Kは11番目だから11。はい、これでもう法則は見つかった。

 じゃあ「O」は何番目だ、となれば、もうわかるだろう。15番目である。


 だから、ここでの答えは「15」ということなのだ。


 おそらく、最初の数字から英語へ変換する問題でしっかり学習したどころか、その応用すらできたということなのだろう。従来のトップダウン型なら、こんな応用はちょっと答え難いはずだ。これの場合は変換の仕方が若干違う上問題自体が少し複雑なものになっている。

 しかし、それでも少なくとも即答で答えたあたり、そういったボトムアップ的な面でしっかり学習し知能として組み込んだことでうまく回答することができたのだ。


 これは、ボトムアップ型の特徴である『想像力』の部分に関連する。トップダウン型は、『1+1=2』というように、あらかじめ決められている法則上でしか考えたり受け答えすることができないが、ボトムアップ型は人間みたいに『1+1=2、という法則がある』というように一から他のものを想像することができる。とはいえ、何度も言うように、ユイの場合は半ボトムアップ型なので何でもそうだとは言えない。または、そういった想像力に関しては機能面から取っ払われているのかもしれない。


 今こうして少し教えるだけで、類似的なクイズを出しても即行で答えれるのかもしれない。これが、ある意味学習可能な半ボトムアップ型コンピュータのすごいところである。半、ではあるが。




 そんな感じで、少し考察を加えながらクイズを出しまくっているうちに結構な時間が過ぎた。途中からロボットが返す答えが面白くなってしまったらしい。

 ネタもそろそろ尽きた。今日はこのくらいでいいだろう。


「ロボットにも得手不得手はある、てことか……」


 そんなことを呟いてしまう。ロボットらしい特徴をこの目で見ると新鮮に感じるというか、少し面白いように感じていた。

 対するユイは、少し疲れたような表情でグテ~っと伸びていた。


「でもほんと、人間の皆さんってこんな面白い発想考えれますよね……。はぁ、私には到底無理ですけど」


 そう感心したように、かつ少し自虐するように言った。仮にも半ボトムアップ型が何言ってんだ、とも思ったが、結局は半なのでそういえなくもないか、とも思い直す。


「まあ、確かにそうなんだがな……、人間、こういう知識は何かと悪い方向に使いたがるからなぁ……一長一短だよ」


「何もないよりは幾分もマシですよ。その発想力の結果が私なんですよね?」


「まぁ、それはそうなんだがね」


 結局は、この世にあるものの大抵は先人たちの発想のたまものだ。中には、その先人が発想したやり方が今の今まで受け継がれてそれの優良性が実証されたこともある。

 五重塔なんかがいい例だ。建屋の中心に立てる心柱を使った高い柔軟性からでる耐震性はとても高く、今現在に至るまで倒壊が一度も起きなかったことから、日本はもちろん世界各国にもこの方式が採用されつつある。とはいえ、あれは結果論であって実は耐震にはそれほど関係ないという説もあるにはあるが、それでも採用されているあたり、信用はあるということだろう。元より、地震大国日本の耐震構造ほど信頼できるものがないのには違いない。


 ユイも、結局は爺さんという天才による発想によってできた存在だ。そう考えると、確かに人間がこういった発想力を持つことは間違いではないし、そもそもここまで人間が進化できたのはそういった発想力があったからこそだともいえる。尤も、それを変に悪用さえしなければもう完璧なのだが、今の人間を見るとそれはやはり高望みであると言わざるを得ないだろう。


「正直うらやましいですよ。そういう面白いこと考えることができるというのは」


「つっても、お前も一応半ボトムアップ型だからできないことはないと思うが」


「できなくはないってだけで、人間ほど高度ではないですよ。戦闘をする上で必要な分だけそうなってるだけです」


「ふ~ん……」


 それを日常生活にも応用できないものか、とも思ったが、無駄なことか。出来るならとっくにやってるだろうし、技術的に無理があったのだろう。


 ……そうしているうちに、


「……もうそろそろ日が暮れますね」


 その視線は目の前に長く伸びている自分の黒い影に向けられていた。

 気が付けば、もうこんなに日が傾いている。窓から差し込む光の入射角が低くなり、部屋の中に延びる影もそれに比例して長く伸びてしまっている。今日は天気がいいどころか雲もほとんどない快晴なので、影もより一層はっきりと見えていた。


「こんなに影が長くなってます。かれこれ1時間はずっとクイズでしたからね」


「まあな」


 考えてみればクイズだけでよく1時間も持ったなとも思う。


「……まあ、でも」


「?」


 そして、最後に締めのクイズを出す。


「もうすぐ、もっと大きな影が見えてくるよ」


「もっと、ですか?」


「あぁ、もっとだ」


 もうすぐだ。時間的にも、そう長く待つ必要はない。もっと、大きな影が俺たちの目の前に姿を見せる。

 解答を見せるまでには少し時間が必要だ。その間に、俺たちは夕食などを済ませることにした。


 夕日は、もうすぐ“俺たちの視界から姿を消していく”……。







 部屋に戻ると、ガラッ、と扉を開けた。


 そこに広がる光景に、ユイは納得の声を上げる。


「……なるほど。影とは、“夜”のことでしたか」


「ああ。そうだ」


 そう。俺たちが知る限り地球から一番よく見える影は、地球の影。つまり、この“夜の光景”のことである。

 夜というのは、結局は地球に明りを照らす役割を持った太陽が、俺たちから見て裏のほうに移動してしまうからできるのだ。だから、この夜も、問題なく“影”ということができる。


 今日は満天の星空だった。見た感じ星が見えにくいのはあくまで地上が明るすぎるからで、この明りを一斉停電などが起きて消えたりするとめちゃくちゃ綺麗鮮明に見えるというのは、プラネタリウムに行ったことがある人なら実は知っている知識である。

 6月の中盤。夏の大三角形もしっかり見え、今日はうまい具合に星空が見えていた。

 やはり、いつみても綺麗なものだ。


「考えてみれば、影、といえば、結局は宇宙全体が光が届いてないと考えればこれも影ですね」


 唐突にそんなことを言ってきたが、俺は肯定した。


「そうだな。光が届いてないからこそ宇宙自体が暗く見えるからであって、そう考えると、もう宇宙そら全体が影なのだとも考えられる……。綺麗な影もあったもんだ」


 俺が今まで見た影なんていいことあんまりなかったのだが。あの時は轟音までなってたし。


 少しの間互いに無言でこの星空を見ていた。

 文句なし。満天の星空に、少しの間見とれていた。考えてみれば、こうして夢中になって星を見たことなんて、小学生の時以来まったくと言っていいほどなかった。

 子供の頃に戻ってみるというのも、案外悪くないのかもしれない。


「……いつまでも見てみたいもんだ。こんな、平和な星空を」


 そんな言葉にユイは顔を向けてポツンとした表情で見ていたが、すぐにまた星空を見始めた。

 ……そして、なにを思ったか、こんなことを言ってのけた。


「……そこで、唐突に「月が綺麗ですね」、と」


「オイオイ、夏目漱石かよ」


「いや、そこはすぐに「死んでもいいわ」でしょうに。わかってないなぁ」


「わかってたまるかってんだ」


 そんなため息交じりに呆れ声をだされても。というか、よくまあ知ってるもんだ、そのネタ。

 勘弁してくれ。周りからもそんな関係じゃないかと冷やかされてるのに当事者のお前まで悪ノリされたら俺の逃げ道ないじゃないか。ほどほどにしてくれよ、そういう悪ノリも。


 ……とはいえ、


「だが、いつまでも見てたいのは確かだ。……どうせなら、お前と」


「お? 告白か何かで?」


「そうじゃねえっての」


 しかし、コイツは「しっしっし」と悪ガキのような笑い声を出す。ムカつく野郎だ、まったく。


「(……ほんとに、冗談でなく見ていたいんだよ……)」


 そんなことを思うが、もちろん本人には届かない。届くとも思っていないが。


 ……すると、唐突に扉がノックされた。


「祥樹ィー、例の市街地戦闘訓練の奴で羽鳥さん呼んでるってよー」


 和弥の声だ。そんなの、放送で直接呼びかけてもいいものだが、まあ、理由などどうでもいい。あまり待たせるのも億劫だ。


「と、御呼ばれのようだ。じゃ、ちょっと行ってくる」


「はい。いってらっしゃい」


 俺はそのまますぐに部屋を出ていった。まだジャー戦になる前でよかった。まだ迷彩作業着のままだ。

 課外時間が短くなるのは厄介だ。さっさと事を済ませねばならない。


 俺は早足で羽鳥さんのもとに向かった……。










>Word seaching…………complete。

>Indicate result

>

>「月が綺麗ですね」

>小説家「夏目漱石」が英語教師の時代、

>生徒が“I LOVE YOU”を「我君を愛す」と訳したのを、このように訂正した逸話に始まる。

>以降、日本国内では告白の言葉にこれを用いることがある。

>

>

>……か。


「……まあ、ロボットが言っても伝わらない言葉ですね。使う気もないけど」


>あれ、こうなるとロボットが人間に恋する展開が……まあ、ありえないか。

>

>Starlit Sky:cloud cover 1~2 Clear


「……ほんと、星空がきれいだなぁ……」


>『だが、いつまでも見てたいのは確かだ。……どうせなら、お前と』

>……洋樹さんらしい。

>……でも

>『……いつまでも見てみたいもんだ。こんな、平和な星空を』

>なんか、このとき少し遠い目をしていたような。気のせいかな?

>

>Room temperature falldown 22℃(↓2)

>

>と、そろそろ閉めよ。

>

>……はぁ、クイズで疲れた。もう今日は休んでおこう。



>さて、そろそろ次の本でも読むかな……


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