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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第1章 ~平穏~
25/181

ロボットがいる日々2

 それは、数日後の5月23日によく見受けられた。こんな形で見受けられたくはなかったが。

 この日は日本ではある記念日の一つの日とされているのだが、「祝日」として扱われることはない。あくまで、ただの“記念日”である。


 木曜の夜。今日の分の厳しい訓練を耐え抜いた団員たちは、その疲れを一気に吹き飛ばすべくがつがつと飯を食い、そして風呂に入って疲労を一気に流して、いつもの課外時間という名のフリータイムを過ごしていた。

 何のことはない。そんな記念日であってもいつもの休憩時間である。



 だが、しかし、この日になると……、



「よし、新澤!」




「キスすっか!」


「誰がするかァ!」




 そんな怒涛のツッコミがいたるところで見受けられた。なお、その相手は毎回毎回新澤さんである。その顔は、課外時間だというのにめちゃくちゃ疲れたような顔であった。ほんとに今はフリータイムかと自問自答したくなる。


 そう、この日は別名『キスの日』とされている。


 1946年に、日本で初めてキスシーンが登場するとある日本映画が初めて上映された日が由来とされている。

 この日になると恋人や世の中のリア充たちは男女でキスしあったり、たまに同性同士でやることもしばしば見受けられる。……女性同士はまだしも、男性同士がやったらたぶんいろんな意味で目も当てられない参事になるだろうが。

 ネットではそういったキスをする画像や写真が出回り、TVでは芸能人やアイドルたちがキスしあったり、はたまた、公衆の面前で躊躇なくキスするカップルたちが出回ったり……今日はそんな日である。


 今日は俺たち空挺団はいつも通り普通に訓練の一日だったのだが、この日に限ってはその夜になると……


「今日はキスの日だからさ! 今日一回だけでいいから!」


「いやいやなんでアンタらとやんなきゃいけないわけ!?」


「そこを何とか」


「いやよ! 絶対いや!」


「あ、俺にラブレターある?」


「あるわけないでしょこのドアホが!」


 新澤さんの悲鳴が傍から聞こえる。俺はその惨状を見て思わず頭を抱えた。

 この「ラブレター」というのも今日に限っては特別な意味があって、この日はそのキスの日と同時に『恋文の日(ラブレターの日)』ともされているのだ。

 日本の某映画・舞台興行会社が制定し、5月23日の「523(こいぶみ)」と読めることと、『ラブ・レター』という日本映画の公開初日であったことから来ている。

 まさに、恋愛に関するキーワードが最初っから狙っていたかのごとく見事に重複した日となっていることから、この日も結構恋人たちやリア充たちにとっては人気のある日となっているのだが……。


 ……そりゃぁ、普段女と触れ合う機会なんてほとんどないこの軍という職場じゃ、こういった日は確かに気分転換には最適なのは間違いない。それを使ってそういった気分のリフレッシュをするこ自体は別に止めはしないが、その相手が今現在この場では新澤さんのみとなると……。あとで彼女に胃薬あたりを差し入れしておかなければならないだろう。

 新澤さん曰く、この日になると毎年こうらしい。中にはその年入ってきた新人も混じっているらしく、相部屋になった先輩におそらく調教されたんじゃないかと言われている。事実、今ああいっている人の中にはそういった後輩も多数混じっていた、というより、8割から9割はそいつらで占められている。その目は、明らかに調教されきっているものだった。忌々しいほどにいやに厄介な目である。


 ……これが、日本の誇る精鋭部隊の中でも特に精鋭が集められた特殊工作部隊のオフの姿かいな……、と、内心ちょっといろんな意味で絶望していた。

 和弥がアレの中にいないのがせめてもの救いだった。和弥はまだ限度をわきまえているほうで、俺の隣で「ハハハ……激しいなぁオイ」と苦笑いを浮かべ、ソファに座ったまま手に持っていたコーヒーを一口、また一口と飲んでいた。

 コイツがボケたりするといっても、ここまでいろいろと病的なものはあんまり自分からしない。というか、テーマがキスという完全に男女関係に関わるものなので、それでなくても自分から関わるのは御免のようだ。自分は、まだそういった女をとるのにはいろいろと足りないという。


 俺も救出に向かってやりたいが、如何せんあの男どもの量である。とてもではないが味方が少なかった。

 こういう日に限って、俺の部隊内での友人たちの多くは訓練につかれて部屋に引きこもったり、羽鳥さんといった先輩方は今日の分の執務等の残り分の処理で不在。つまり、俺たち少数人数の常識人がかろうじているだけだった。現実問題、こんな人数で対抗できるかって話である。


 それでも、止めないわけにはいかないのでとりあえず止めに入った。深くため息をつきながら、いやいやながらもソファからやおら立ち上がって言った。


「まあまあお前ら、新澤さんも疲れてんだからそろそろそんくらいで……」


「キスとラブレターどっちがいいですか!?」


「いや、ここでどっちもという選択肢を!」


「聞いちゃいねぇよこいつら……」


 完全に俺は蚊帳の外だった。普段の疲労や鬱憤を晴らすかの如くの勢いで、こいつらの耳には俺の声は全然届いていないようだ。早速俺は心が折れそうな気分になった。部隊内の風紀が……と、若干諦念も覚えていた。

 ここは思春期迎えた高校かなんかか。まあ、確かにこの部隊は臨機応変な柔軟性のある機動力を求めた結果、体力的にピークを迎えている若者が割合的に多いんだが……。

 しかし、新澤さんが俺の存在に気付いたあたりから必死に救出を求める涙目の目線を俺に向けてきたので、まあ男は女の涙に弱いってね、そういった意味もあって俺は逃げるに逃げれなくなった。内心、ここからさっさと逃げたかったのだが。


 とはいえ、ここで逃げてしまうのは新澤さんがかわいそうだ。というより、男としてやってはマズいことだ。それに、これ以上騒ぎが大きくなったら当直の幹部に見つかっていらなく指導が入っても問題だ。俺は引き下がらない。


「おい、そろそろやめとけって。もう気分転換は済んだろ?」


 強引に間に割って入って押しのける。当然反発もあったが、そこで和弥が現状を見かねたのか応援に駆け付けて何とか一応の落ち着きを取り戻した。和弥にはとりあえず新澤さんの保護を頼んで、俺は説得に入った。


「まあまあお前ら、俺も一応は健全男性だから気持ち自体は察するが限度ってもんをわきまえてだな……」


「ん? これが限度じゃないのか?」


「今のアレが限度をわきまえていると?」


「違うのか?」


「……お前それはギャグで言ってるのか?」


 なんとなく某高校で見た目完全のロボットに浴びせられたフレーズで聞いたことがあるなこれは。しかし、わりかし本気でそう思ってしまっていた。どう見ても本人が拒絶反応出しまくってるのに強引に接吻しに行こうとしていたようにしか見えなかったのだが。

 日ごろのストレスがたまって、しかも女性が近くにいて、そんでもって記念日がこれだとなるとここまで男というのは凶変するのか……。割と本気で、警務官にセクハラ容疑でしょっ引いてもらったほうが早いかもしれない。


「いや、だが待ってくれ。ここでこんないらんことで騒ぎは起こしたくない。とりあえず全員冷静に……」


「あ、冷静にキス迫れってこと?」


「いや、なんでそうなるんですか。そういうことを言っているわけではなくてですね……」


「あぁ、じゃあつまり向こうの同意を得れるようにまず俺たちから見本を……」


「まずキスから離れろって……、って、ちょ、お前らキスしようとすな! 男同士だと悲惨だからやめろォ!」


 そんな、思春期を迎えた男子高校生同士でやりあうような状況になった。若いとはいえ、俺たちも立派な大人なはずなのだが、どうしてこうなったのか。俺も後で胃薬買ってこようか。購買にあっただろうか、胃薬?


 目の前にいる日頃のストレスを発散しまくっている男どもをまとめるのに疲れて軽く頭を抱えていると……


「祥樹さん、お待たせしました」


「え、あ、おう、お疲れ」


 ユイが戻ってきた。すでに上迷彩に下赤いジャージのジャー戦姿で、手元には一冊の赤いクリアファイルがあった。なお、この赤いジャージは新澤さんが気を利かせて譲ってくれたおさがりである。


「これでよろしかったでしょうか?」


「あぁ、うん、サンキュー」


 ユイから受け取ったクリアファイルの中身を簡単に確認した。数枚の用紙が入っており、中身に関しては確かに間違いないものが入っていることを確認する。

 少しファイルから出していた用紙類をまたファイルに入れると、それを見ていた目の前の一時的に精神的思春期型退化を起こしていた団員達の一人が言った。


「なんだ、そのファイルは?」


 注目がこのファイルに向かっているようだった。好都合だ。ここで話をキスからそらして興味関心を別のテーマに移してやる。


「あぁ、これね。ちょっと頼まれてさ」


「頼まれごとか? お隣にいる恋人さん関連?」


「誰が恋人だよ、誰が」


「私は別にかまいませn「俺が困るんだよ俺が」……」


 なぜかムスッとした顔をされてしまう。そして、それを面白おかしくニヤついて傍観している周囲の観衆共。ほんと、俺がユイと一緒にいることが多くなってから、悪ノリが過ぎているのか「俺 × ユイ」の構図がものの見事に完成してしまっている。どうしたものか。俺はただのお目付け役だというのに。


 すると、今度は和弥も入ってきた。


「ユイさん関連って、今までやってたデータ抽出関連以外でか?」


「まあな」


「ふ~ん……、で、なに頼まれたんだ?」


「いやさ……実は上の連中からさ……」




「今度はメンテ頼まれて……」


「はぁ!? メンテェ!?」


「うわぁぃ!?」




 いきなり全方位から叫ばれたので思わず肩をビクッとさせた。まったく、夜だというのに騒がしく心臓に悪いことをしてくれる。

 一人の団員が早口で言ってきた。


「メンテって、あのメンテか!?」


「あ、あぁ……、ていうか、メンテって言葉でこれ以外の意味あるのかよ」


「いや、ないけど……」


「だろ? そのまんまだよ。メンテ」


「ま、マジで……?」


 周りが深刻そうな顔をしている。深刻、というか、呆然というか。

 ……俺はこれっぽっちもおかしなことは言った覚えはないのだが、このいきなり形成された微妙に重苦しい空気はいったい何なのか。隣のユイも少し困惑している。そして、その隣にいる和弥と新澤さんは「あっ……」と何かを察したような顔をする。あれ、もしかしてここで感づいていない人間って俺だけか?


 そして、一人のまた別の団員が震え声で言った。


「……つ、つまり……」


「あん?」


「……お前、メンテという名目で……」





「ユイさんの体のあんなところやこんなところを直接……ッ!」


「あ、うん、ごめん俺の想像してるメンテとそっちが考えてるメンテが根本的に違ってたわ」





 手を軽く前に出して指関節をわきわきと気持ち悪く動かしていわれたので俺は即行で察しがついた。なるほど、後ろ二人が察していた内容はこれか。俺も中々鈍感な男だ。

 考えてみれば、こいつらはただの大人男性ではない。まだまだ思春期の思想を根強く持っている変態共だったのだ。そういったリスクを考えなかったこっちのミスだろう。俺としたことが、めんどくさいミスを犯したものだ。


 俺はすぐに訂正していった。


「いや、すまん、俺の言ってるメンテっていうのはそういった物理的なものじゃなくて内面的なもので……」


「内面的?」


「あぁ、うん。内面的、つまり、システム面で一部簡単なところの定期メンテできる範囲でいいからやってくれってことで……」


 俺は簡単に説明する。


 また上のほうから何やら変な頼み事が来たと思ったら、どうやらユイのシステム関連でちょっと簡単なところのメンテを定期的にやっておいてくれということだったのだ。

 システム、といっても中枢部分はさすがに手を出すことはできないので、既存技術を使っているアクチュエータや姿勢制御部分をつかさどるシステムの簡単な部分を担当することになった。

 ここさえやっておけば一応は自由に動くことができるし、しかも既存の技術で今どきの専門学校ならこれくらいは即行で入れさせられる知識だから大丈夫だろう、ということらしい。まあ事実、俺の通ってた学校でもそこいら辺の知識は即行で入れられた。


 しかし、いくら資格があるとはいえ内部機器などの物理的なメンテは、さすがに中身は国家機密の塊で簡単に開けたりは出来ない。じゃあ、せめてシステム面だけでも万全にさせてほしいということらしい。万が一俺がなんかミスってシステムに障害起こしそうになっても、そこはユイが歯止めかけるので問題ないそうだ。……最初っからコイツに全部任せればいいのではとも思うが、今のところ自己診断システムは試作された新型のもので万全ではないらしく、一部は人間が直接介入してみてもらったほうが早いという。

 しかし、そのメンテに必要な技師を政府が中々送らせてくれないので、じゃあ同じくらいの知識を持つ俺に、ということだった。


 ……技師の一人や二人くらい何でもないだろ、とも思うがそれほど政府が異常に諜報に関して警戒しているらしい。かつてスパイ天国と呼ばれているほど諜報に甘かった日本だが、今ではその反動でちょっとしたところでも異常な警戒をするほど敏感になった。

 俺みたいなロボット工学に精通している上、資格も持っている人間が幸いにもいたからこそやれることで、ユイをわざわざ実地試験の場所としてここに送ったのもほとんどそのためだ。どうやら今現在ほかの駐屯地にはいないらしい。尤も、ロボットに詳しくて他働き口なんていっぱいあるのに、わざわざ軍隊にいく奴なんてそうそういないだろうとは思うが。

 それに、万が一なら、俺以外にも和弥がいる。うまい具合に、ロボットに詳しい奴らが揃ってないことはなかったのだ。


 そういった点を少しかいつまみながら説明すると、一応周りは納得の反応を示した。


 ……が、


「……あれ、じゃあお前そのシステム掌握したら彼女にあんなことやこんなこと……」


「いやだから、なんでそんなエロい発想に至るんだ?」


「だって、動作系のシステムメンテを担当するってことは、要は逆に考えるとそうなって……」


「なんねえよ。それ以上の発言はセクハラ発言として警務官にしょっ引くぞ?」


「まあまあそういうなよ。あながちできなくはないだろ? な?」


「俺の話聞いてた? 歯止めはユイがちゃんと効かせるって言ったんだが?」


「その彼女が面白がって止めたりしなかったら?」


「むしろそれを利用して自分から仕掛けてお前がやったと見せかけたりしてな」


「んなわけねぇだろ。そんなことロボットにできるわけ……」


 とも思って同意を求めてユイのほうを向くが……


「……」


 ……当の本人は何かちょっととぼけるように視線をそらしていた。俺は少し焦る。


「……いや、やめてくれよ? その時怒られんの俺だからな?」


「……」


「……なぁ、俺の目見てくれよ。な? 別にする気はこれっぽっちもないけど、意図的にやったりしないよな? な?」


「……」




「……どうしようかな」


「なんてこった。ロボットにまで見放されちまった」




 少しニヤついた顔で言われた。目線はあらぬ方向を向いている。周りのウケ笑いを背で受けつつ、俺は頭を抱えた。

 とうとう今現在俺の一番の味方の一人であるはずのユイにまで見放されてしまった。俺はもうダメかもしれない。いろんな意味で。


 面白おかしくユイが「ニヒヒッ」と笑いながら言った。


「冗談ですよ、そもそもそんなことしたってメリットありませんから」


「おまえが言ってもなんとなく説得力ないんだよなぁ……」


「あれ、信用ないなぁ私」


 そんなつまらないコントを少しの間かましていると……


「あ、すいませんついでなんで時計合わせてもいいですか?」


 思い出したように唐突にそんなこと言ってきた。

 ユイもロボットゆえ頭の中に時計機能が内蔵されている。機械でできた奴は便利なもので、そういったものを人間みたいに外部端末や専用の機器に依存しないで済む。正直、うらやましい限りだ。

 しかし、俺は少し顔を疑問形でしかめた。


「時計? お前、衛星電波受信してんじゃなかったのかよ?」


「それが、ちょっと他の電波時計と見比べるといくらかズレてまして……」


「システム面での不具合か? お前にしては珍しいな。あとで見てみたほうがいいかもな……」


「で、さっきのようなあんなことやこんなことを……」


「しねぇってそんなこと」


「……ちぇ、つまんない」


「お前は俺にいったい何を期待してるんだ?」


 目線をそらして小声でそんなことを言っても俺の耳にはしっかり入ってきた。ロボットのくせして変なことを考えよる。俺は小さなため息とともに頭をかいた。

 ……いったい誰なんだ、こんなよくわからんめんどくさい性格にしたやつは。あとで呼び出して少し説教してやれねばならない。

 とりあえず、一々話を長くしたくないのでさっさと時刻を合わせてやる。ジャージのポケットからiPhoneを取り出して、同じく電波受信されている時刻をユイに教えた。


 ……その時なぜか、


「えっと……20時35分50秒……、今36分」


「はい、合わせました。確認ですけど、日にちは23日でいいですよね」


「ん、23日」


 ―――と、向こうから聞かれたからとはいえ日にちまで教えてしまったのがマズかった。


 隣に、アイツらがいるということを念頭に置き忘れていたのだ。


「……あ、そうだ」


 一人の団員がその発想に至ってしまった。

 どっかの田舎のいたずらっ子のように顔を思いっきりニヤつかせて、若干笑いながら言った。


「……じゃあ、お二人さん」





「今日は23日だし、さっさとお二人同士でキスしまゴファッ!?」


「誰がするかボケェッ!」





 俺は全文を読み終える前に即行でその発想に至らせた頭を拳でぶち抜いた。目の前で床に倒れて悶絶するが関係ない。大人になってみっともないことは承知だが、俺は思わず恥じらい任せにさらに怒鳴った。


「馬鹿かお前は!? ロボット相手にキスとか聞いたことないんだが!?」


 しかし、最初の言葉を聞いた周りがそれに悪ノリを開始する。その顔は大人ではない。ただの思春期のガキである。


「いやいや、そこはアニメや小説だとよくある話だって」


「そんなフィクションここでやれるか!」


「いいじゃんか。どうせお前らそのままくっつくんだし」


「いやくっくわけねぇだろ! というか、なんで俺!? お前らじゃないの!?」


「なんだ、やればいいのか? やってもいいしむしろ本音やりたいんだが」


「やめぇや! そうなったら今度は新澤さんが―――って、新澤さん!? ちょっと待って! 拳! 拳仕舞って! 頼むから仕舞って危ないから!」


 新澤さんが自分の妹ともいうべきユイが危うく汚されそうになったので“ちょっと力づくで”止めに入ろうとしたのをさらに俺がとめた。ここで新澤さんが介入したらこの場がいろいろとカオスの巣窟となってしまう。それだけは何としても避けなければ。


 ―――そんな、ほんの少しの間にわかに喧噪な空間が形成された。運のいいことに当直や警務官、その他幹部軍人がいなかったからいいものの、こんな騒ぎを聞きつけられていたらいったいどうなっていたことか。想像しただけでまた冷や汗が出てくる。


 しかし、そんな心配などよそに持っていかれた。目の前の男どもの暴走はまだ続く。


「一回だけでいいからさ? ほら、世界初だよ? ロボットと人間の接吻とか」


「お前のキスってそれしかないのか?」


「大丈夫だって別に考えれば相手はロボットだから初めての~ってやつはノーカンだから」


「そんなんでノーカンになるかい。ていうかそんな問題じゃないからな?」


「なんだ、やりたくないのか?」


「悪いが俺は積極的じゃない草食系なんだよ」


「今どき受けないっすよ草食系は」


「うるせぇ、余計なお世話だ」


「じゃあ俺からいい?」


「許すと思った?」


「じゃあ強引にでも」


「いや、お前がやるくらいなら俺が」


「そこを俺が」「じゃあ俺が」「……じゃあ俺が」「どぞどぞどぞー」


「新澤さーん、めんどくさいからもう武器庫からフタゴー!」


 もちろんこれはただのフリだが、もう本気で一回機銃掃射で黙らそうかと考えてしまった。いくら占めるときは絞めて緩めるときはとことん緩めるのが伝統の日本の軍隊とはいえ、これは緩めすぎだろう。人に迷惑かけてどうするんだ。

 ……割と本気で、あとで警務官に全員まとめてセクハラ容疑でぶっこんでやろうとも思ったが、考えてみればこんな人数まとめて相手するのは警務官も大変だろう。とりあえず今回は見送ってやるしかあるまい。


 ―――そんなこんなである程度騒ぎを収める。この時点で俺はすでに疲労困憊だった。あとで胃薬飲もう。ストレスに俺の体が耐えれそうにない。


 ……それでも、最初ほどではないがまだせがむ。


「でも、一回だけでいいから見てみたいと思うのは事実なんだよ。な? 一回フリだけでもいいからやってみ?」


「いやだから、やめとくって。本人だって嫌がるだろうし……」


「大丈夫だって、一回なら向こうだって許容するって。な? 一回くらいいいだろ?」


 そういって、俺がダメならそのお相手ということで今度はユイにその矛先が向いた。本音、矛先が俺から外れただけでも少し気分が楽になった。

 ユイは今までこっちの喧噪な空間には入ってこなかった。まあ、入られてもまためんどくさくなるだけなのでむしろありがたかった。

 突然の質問にユイは少し困惑しつつも答えた。


「え、えっと……一回って……」


「そうそう、一回だけ。一回ならいいだろ、キス?」


「えっと……その……」


 その顔は、恥ずかしがっているというより、ほんとに困惑しているように見えた。無理もないだろう。いきなりキスしてと言われたら俺みたいな人間ほどそういったものに敏感ではなくても、変には思うはずだ。そうなるのも仕方ない。

 しかし、周りの催促はまだ続く。


「大丈夫だって、相手はアンタの恋人さんだから」


「だから、誰が恋人だと……」


「違うのか?」


「違うわボケ」


「おいおい、本人の前でそうきっぱり否定するのは……」


「お前はいったいどんな目で見てるんだどんな目で」


「どんなって、こんな目で」


「そんなんでわかるk……いや、大体察しがついた」


 大方そこら近所にいるカップルのような目で見ているんだろう、目のニヤつき具合からして絶対そうだ。


「んで、やってみる? ロボ的にもいい経験になるよたぶん」


「キスがいい経験になるってロボット工学的にも聞いたことないんだが……」


「なに、ロボットにも青春は必要だ」


「わかる」


「あのなぁ、仮にもこいつはただの戦闘用の試験機だってこと忘れてないかお前ら……」


 そんな具合でツッコミを交えられつつも、また催促が始まろうとした時だった。


「あの……」


「ん?」


 今まで黙って催促され続けてきたユイがおもむろに自分から切り出した。

 さすがに堪えたか。やっぱり慎重に催促を退けるんのだろうかと思っていたが……


「えっと……」





「するのはいいんですけど、今ここでやる理由は?」





「…………は?」


 俺たちは全員そんな感嘆符を声に出した。そして、それにこたえるかのようにユイも「は?」と疑問の声をだした。

 一瞬の沈黙が周りを支配する。さっきまでの喧噪とは真逆のように静かだった。

 その沈黙を打ち破ったのは、今までの喧噪を少し呆れ半分で苦笑いしながら見ていた和弥だった。


「……あの、今なんて?」


「え? いや、ですから、ここでやる意味はと……」


「あ、すいません、それの前」


「え、前って……やるのはいいっていいましたけど……」


「え、じゃあちょっと待って? 逆を返せば、ここでやる意味さえあれば普通にやっていいってこと?」


「えっと……」





「まぁ、別にいいですけど……」


「ええ!? いいのぉ!?」


「うわぁィ!?」





 全員がまた一斉に驚愕の叫びをあげた。ついでに、その時のユイの驚愕時に出した感嘆符がなんとなく俺に似ていたような気がしたが、今はそんなことはどうでもいい。

 俺たちはまた一斉に沈黙してしまった。予想外だったのだ。まさかここまで快諾するとは思っていなかったのだ。俺はもちろん、こいつだって、俺みたいに羞恥心任せに否定してくると踏んでいたのだ。


 一人の団員がその沈黙を破った。


「あ、ご、ごめん! ちょっと失礼するぞ!」


「?」


 そいつは俺たち男性陣全員を集めて少し離れたところに集まった。10人ほどの男性団員が円陣を組んであつまると、さっそくその一人の団員が思いっきり焦った様子で切り出した。ただし、向こうに聞こえないようにある程度小声で話す。


「お、おい篠山! あれは一体どういうことだよ! あそこまで余裕で快諾とか聞いてないんだが!?」


 案の定の第一声だった。しかし、俺は返答に困る。


「そ、そうはいわれてもなぁ……俺だって予想外だよ、あんな返答」


「ロボットってあんな躊躇ないんすか? どう考えてもここは恥じるべきところでしょうに」


「それはわかるんだが……、お前ら、キス求めてたんじゃなかったのか?」


「俺らが求めてんのはそっちよりそれの前段階の恥じらいだよ!」


「その通り。そうなる過程で起きる双方の全力赤面の恥じらいこそが至高なのである」


「それがないキスとか見てて全然面白くねぇだろ。わかる?」


「お前らほんと変な趣味してんな……」


 まあ、それを今の今まで大人になっても突き通せるあたり、自分の信念の高さというのを実感するが。その点に関してはまあ褒められるべきところだが、その中身が残念すぎる……。


 ……まぁいい。今はその点に関してはなしだ。問題なのは……


「……で、祥樹。ユイさんて、そういうの好きだったりするのか? それともあれはただのいつもの悪ふざけかなんかか?」


 和弥がそう見解を促してくる。やはりここで焦点となるのはロボットとしてどうなのかということだ。これに詳しい俺に注目が行くのはもはや必然と言えよう。和弥もこれに関してはわからなくはないのだが、俺がいるこの場ではやはり一番詳しい奴に聞いたほうが効率的だ。


 とはいえ、俺もどう返答したものかと迷ってしまった。


 一番はただの悪ふざけかなんかだろうと思っていた。一番有力なのはそれだろう。

 しかし、それならたぶんさっきみたいに顔をニヤつかせるはずだ。ロボットなので表現パターンは一定だ。だから、このときに出す感情表現というのは大抵きまっていて大体予測できる。今の場合、ほんとに悪ふざけならあそこまで困惑した表情は出さない。演技、とも考えることはできなかった。それなら、今頃笑いながらネタバレに入っているころだ。だが、今のユイはいきなり男性陣の間で始まった緊急会議に相変わらず疑問形で顔をしかめている。そして、その横でほとんど俺らと同じ反応を示した新澤さんに何事かを聞いている。もちろん、新澤さんも簡単に答えれるはずもなく、グダグダな様子で会話のうまく繋がらないようであった。

 この点で考えて、ユイが悪ふざけしているという線は消えた。


 じゃあ、こういうのが好きなのか? という点だが、それも俺に言わせれば怪しいと言わざるを得ない。

 ほんとに好きなら一々疑問に持たないで即行で飛び込むんじゃないかと思う。そして俺が引きはがすこともできずにそのまま……っていう未来しか見えない。しかし、形は違えどちょっとためらった時点でこれも可能性としては消え去るだろう。


 俺はそう言った点を簡単に説明したが、やはり疑念は絶えない。


「じゃああれはなんだ? 理由さえあれば問題ないっていくらなんでも懐でかすぎないか?」


「女としては理想だがな」


「おまえ……」


 そんな会話がちょくちょく挟まれる中……


「……あ、もしかして……」


「?」


 ここで、一人の団員が何かを思いついたらしい。

 この中では一番年下の後輩だが、俺たちの疑問をよそにそいつは回れ右をしてユイのもとに向かった。

 当然その先にいるユイと付き添いの新澤さんはいきなりの訪問者に疑問を持ったが、そうなる前に……


「……ッ!? ちょ、おま……ッ!」


 そいつは、下手すれば訴えられるような行為に出た。いや、というか、確実に訴えられる。

 そして、そいつは手を出した。


「はぁあ……ッ!」


 俺たち全員は目を見張った。

 いや、というかやられた“本人たちも”目を見張った。


 ……これはアウトだ。その伸びた手が……




 二人の、胸を片方ずつわしつかんでいる。




「……お、おい、これはさすがにまz「オォォラァアアッ!!」うえぇえ!?」


 止めようとしたが時すでに遅かった。

 案の定、新澤さんの逆鱗に触れたそいつは羞恥心任せに胸を抑えた新澤さんから繰り出された渾身のひと蹴りによって俺たちの横をすっ飛んで行った。双方の距離は2、3mあるんだが……、その脚力、あんたほんとに女性かとも思う。

 当然、蹴られたそいつは俺たちの横の後ろ側で悶絶。というより、あれ動いてなくないか? 腹を抑えてるあたりそこを思いっきり蹴られたようだ。すぐに数人の男子が駆け寄り容態を確認している。

 そして、それを見つつ新澤さんが怒鳴った。夜であろうと関係ない。


「女性の胸触るとか何考えてんのアンタ!? しばくわよ!? 本気でしばくわよアンタ!? そして警務官にセクハラ容疑でしょっ引くわよ!?」


 当然の怒りである。俺たちは苦笑いしかでなかった。


「お前……そこまでする勇者だったとは……」


「惜しい奴を亡くした……いい奴だった……」


「うん、そうだな。どうでもいい奴が亡くなったな」


 そんな冷めた返しをしているうちにも新澤さんの激昂は続いた。すぐに和弥が「どうどう」となだめたが、中々収まらない。片方だけだったとはいえ、女性としては許され難いことであるのには違いないだろう。これはあとで警務官にほんとに連れていかれるかもしれない。そうでなくても男女同じ寮に入れることに少なくない否定意見がある昨今じゃ、下手すりゃ処罰もあり得る。


 ……で、そいつはそこまでしていったい何をしたかったのかと……


「ユイちゃんももっと怒ってやってもいいんだよ!? こういうのはある程度ガツンと言ってやんないと―――!」


 そうユイにも激怒を促すかのようなことを言うと……


「―――? あの、何かマズいことでも?」


「…………え?」


 本日二度目、いや、三度目か? またもや沈黙の時間が流れた。

 新澤さんが今さっきまでの激怒の様相から今度は困惑の表情に変わる。


「……え、今なんて?」


「ですから、何かマズイことでもされたのかなと」


「……え、今胸触られたんだよ? セクハラされたんだよ?」


「はぁ、そうですね。それは確かにマズいですけど、それが何か?」


「え? ……え?」


「え?」と言いたいのは俺たちのほうなのだが……とも思ったが、あえて口にはしなかった。

 ……はて、こやつはいったい何を言っているのか。俺たちの耳がおかしいのか。それとも今みた光景がただの幻影だったのか。


 ……俺は恐る恐る聞いた。


「……え、ちょっと待って。お前、今何されたかわかってる?」


「普通に男性が胸触ってきましたよね」


「うん、そうだな。それは間違ってない。んで、お前はそれに対してどう思った?」


「いえ、どうとも思ってませんが」


「……え? 恥ずかしくないの? 新澤さんに限ってはそいつ蹴っちゃって今みての通り伸びちゃってんだけど?」


「はぁ……、いや、別に……」


「……え、マジで?」


「まぁ……そうですね」


 俺たちは全員開いた口がふさがらなかった。胸を触れるという大抵の女性なら即行で拒絶反応を示す行為を許容したということは、この場合はまさか……。

 俺たちの脳内で、ある言葉が想像された。そして、コイツはその言葉の概念がないのではないかという疑念が生まれた。

 そんな中、ユイはとどめの一言をつき放った。そして、俺たちのその疑念が間違ってないかったことを示した。


「……というか、」


「え?」


「いや、その……」






「胸触られるってそんなに恥ずかしいんですか?」


「「「しまったぁぁああああコイツ羞恥心ねぇえええ!!」」」






 俺たちは一斉に叫んでしまった。ここまで叫んでよく当直や幹部に見つからないな、とこの日に限ってうまい具合にことが続いてくれることに少し安心したが、しかし全然嬉しくはない。

 そして、瞬時にこの胸を触りに行くといういろんな意味でヤバい暴挙に走ったコイツの意図をここにいるユイ以外の全員が悟ることになった。


 ユイには、俺たち人間にあるような羞恥心という概念が“存在しない”のだ。


 正確には羞恥心にも種類があり、この場合は単純に恥ずかしい思いをした時にそれを何らかの方法で避けたいと思う『回避・隠蔽反応』に分類されるが、少なくとも今のユイにはそれがないようであった。ロボットなので、そんなのはなくてもある程度は自分の意思や性格を保つことはできるのだろうが、まさか、こんないろんな意味で人間そっくりの高性能ロボットがそれを持っていないとは思わなかった。せめて、最低限そんくらいは実装されてるだろうと思っていた。もちろん、羞恥心を感じるラインは人それぞれで、さっきみたいに胸触られても全然動じない女性もこの広い世の中一人や二人はいるかもしれないが、それでも、常識的な範疇でもいいから入っていてほしかった。


 ……まさか、爺さんともあろう者が入れるのを忘れていたなんてことはあるまいな。羞恥心なんて、人間そっくりの思想・性格を形成するなら絶対必要なものだ。少なくとも、この回避・隠蔽反応に関するものは入れておかないと、下手すればこの駐屯地内の風紀問題にも繋がってしまう。

 しかし、わざわざ取っ払う必要性もわからないし……。割と本気で忘れていたのか? 爺さんともあろう者がか? どっちにしろ、爺さんはいったい何を考えているのか……。


 そして、奴はそれを証明するために、新澤さんという比較対象と共に突撃して散っていったのだ。……尤も、それを証明するだけならわざわざ新澤さんにまでつかみに行く必要性はなかったと思うのだが、それを追求したらまた新澤さんから死の鉄槌がくらわされて今度こそ生死をさまよいそうになるので口には出さない。周りは大体俺と同じく感づいていたようだが。


「なんてこった……そりゃ、羞恥心なんてもんがないならさっきからこういったセクハラまがいの行為されてもなんとも思わんわな……」


 和弥が半ば呆れ半分でそう言った。俺も同意する。


「まったくだ。それくらい実装されてるもんだと思っていたが……ないのかよ……」


「どうすんだ? これ、なかったらなかったで日常生活面じゃちとまずいんじゃ……」


「あぁ……」


 一体どういった理由で実装させなかったのかは知らんが、とにかく、これは今後生活するうえではちとまずいな。


 さっきのように、そういった羞恥心、特に今で言えば『回避・隠蔽反応』がないからこそ、今までキスを迫られても理由さえあれば問題ないと言ったり、胸を触られても全然動じないどころかむしろ俺たちのような反応に疑問すら持ってしまったのだが、それはつまり、逆を返せばその意味さえ“でっちあげれば”先のキスなどのように触ってもいいということになってしまう。健全男子として、これは一番困ることだ。いや、今はそっちが問題なのではない。

 さっきからさんざんに理由を求めていたのは、ロボットらしくその行動に意味を求めているだけに過ぎなかったのだろう。そう言ったことに関しては前々からよくあったので不思議ではない。


 だが、この場合はそれ以前に拒否反応を示すものと思っていた。人間生活を営む上で、羞恥心というのは重要な役割を果たす。自己の性格を形成し、自己の行動や考え方の規範となるものが作られる時の要素としてこれは重要なのだ。それがないと、個々の行動に萎縮や反省が促されないこともある。尤も、場合によってはそれが行き過ぎて殺人や復習といった行動に移させる場合もある。それだけ、羞恥心というのは大きな役目を果たすのだ。


 人間のような高度な社会生活をするとなると、これがないと人間に対する行動選択に変なズレを生じさせる上、人間自身にもそれはいい影響とは言えない。下手すれば、気が狂ったのか、魔が差したりした男がそれを理由に「本人同意だしいいよな!」などといってそういった先のセクハラ行動に突っ走る可能性も否定できない。ましてや、軍隊という規律がクソ厳しいこのコミュニティの中ではそれはとても大きな弊害となる。そして、結果的には風紀が乱れ、しかも相手側からのお咎めがないので歯止めが利かないという悪循環が繰り返される。もちろん、その前に警務官やら当直やら幹部やらが介入するだろうが。


 ……そう考えると、一刻も早くコイツに羞恥心という概念を教え込まないといけないとも思った。しかし、どうしたものか。羞恥心なんて自己の生活の中で勝手に形成されるもので、人から強引に教え込まれてもうまくなじむものではない。なぜか? そういう心情面の大抵は時間をかけて自分から学ぶものだからだ。

 先の奴の行動もそうだ。新澤さんは小さいころから「これは恥ずかしい行為だ」と親から教えられるか、その親の反応を自分から学んで今の羞恥心がある。これは羞恥心に限った話ではないが、そういうことを考えると、やはりすぐに教え込むというのは無理な話だ。

 尤も、ロボットなので機械使ってさっさとデータ打ち込めばそれでおしまいなのだが、それができるなら今頃即行爺さんあたりに電話して事情話して強引に施設に連れて行ってる。そう言ったことができない実地試験期間中だから、こんなに頭を抱えているのだ。


 周りもそれを危惧していた。さっきまではガキのようにキスやらなんやらで遊んでいたやつらだったが、今はユイの予想外の反応に戸惑いを禁じえていないようだ。


「……これ、いろいろとマズくね? 誰か教えてやれって」


「どうやって教えるんだよ。「それは恥ずかしいことだよ」って直で教えるのか?」


「したところでなぁ……。理解はしてくれんだろ。反応は次からは変わるだろうが」


「でも、それはそう思ったからこそできる反応であって、理解できてない状態でやらせたところで何の解決にも……」


「とはいえ、結局はただのロボットだしそこは細かいところまで気にしなくていいんじゃ?」


「それは従来のロボットに言え。彼女は人間と同じだ。今までのロボットと同じような考えじゃ……」


 そういったオロオロととした雰囲気での議論が交わされていく。俺も俺で、事情が事情なのでその議論に和弥と共に参加していた。むさくるしい若い男どもが、女性視点での羞恥心に関して議論するという何とも異様な光景が生まれていく。

 当然、相手は人間ではなくロボット。ある意味、人間を相手にするのより厄介なので中々答えが出せなかった。こうなったら、しばらくは耐えて人間みたいに徐々に学ばせたほうが一番ではないか、という結論に至ろうとしていたが、そんな時、隣から会話が聞こえてくる。

 俺たちとは別に取り残された、ユイと新澤さんの女性コンビの会話だ。


「……あの、一体何があったので? 私、変なことしました?」


「あぁ、うん、その……変なことっていうか、ね?」


「―――? 胸触られただけなのにここまで慌てるって、そんなに今のはマズイこういなんですか?」


「え、え~っと……その……、まぁ、マズイっちゃぁ、マズイかな。うん」


「へぇ……別にそれくらいどうとも思いませんけどね」


「あ、あはは……」


 俺たちは向こうに聞こえないように一斉に突っ込んだ。「そう思われるとマズイんだよこっちは!」と。

 だから、言っているだろう。そう思われると今度は互いの理性のはずれた行為の歯止めが利かなくなるかもしれないんだと。まあ、今のあいつには何言ってもわからないだろう。


「まぁ、とりあえず今はこの話題がまた沸騰しないようにそっとしておいて……」


 俺がそろそろそんな感じで締めようとした時だった。また、例のお隣の声である。


「……そんなに私の胸が気になるので? 確かに胸部はいろいろと演算機器詰め込んでますけど」


「大胆な発言するよねぇユイちゃんも……。まあ、日本人の男はどうしてもそっちに目が行くもんよ」


「へぇ……。まあでも」


「うん?」


「……どうせ」





「私の胸なんて他と比べるとめちゃくちゃ平なので魅力ないでしょうけどね。ハハハ……」


「「「羞恥心はなくて 劣 等 感 はあるのかよォ!!!」」」





 本日何度目かの男性陣全員で発する雄叫びである。そろそろ警務官や幹部が騒ぎを聞きつけるころだろう。少し落ち着かねばならないが、そんなことをさせてくれなかったこのロボットである。こやつ、今この段階でも遠い目をしてほんとに劣等感を味わってやがる。これには新澤さんも頭を抱えて頭痛を禁じ得ない。そして、片手をユイの右肩に乗せて何かを呟いている。「あとで羞恥心とかそういうの教えてあがえる」とかでも言っているのだろうか。無駄な努力とは言わないが、無理はしないでもらいたいものである。


 ……羞恥心はなくて、「どうせ私はひんそーでひんひゅーでちんちくりんでー」とか言っている某アイドルのような劣等感はあるときた。はぁ、俺もそろそろ頭が痛くなってきた。胃薬の次は頭痛薬か。こういうのって実は西洋医学の頭痛薬と東洋医学の漢方を併用したほうが効果あるんだよな。尤も、それをしたところで今の俺のストレスをどれほど改善してくれるかはわからないが。


 まったく、コイツの思想というか価値観というか何というか、それはいったいどうなっているのだろうか。羞恥心と劣等感どっちが大事かなんて即行で分かりそうなものだが、逆だろう、実装する優先順位。爺さん、劣等感与えるくらいなら何でもいいから羞恥心与えてやってください。


 俺たちは頭を抱えた。ここまで人間との認識感覚や情緒感覚のズレが大きいと合わせるのにいらない苦労をせねばならなくなるだろう。困った。こんなところでロボットと人間の共同生活上の弊害を体感することになろうとは思わなかった。


 俺はもう半ば諦めの意味も込めて大きなため息をついた。


「はぁ……、とりあえず、アイツのそういった感覚のズレ修正に関しては俺が何とかしとくわ。一応、お目付け役は俺だし」


「すまんな。俺らもできる限りはサポートするぞ」


「わりぃな和弥。みんなも、一応はそれでいいよな?」


 周りも同意のうなづきを返した。しかし、その顔は少し疲れていた。「これからコイツの認識に合わせるのか……」と、少し憂鬱な様子であった。

 まあ、半ば同意する。ある意味、人間相手なら別に一々教えるまでもなく勝手にそうだと学んでくれることを今後間接的に教えていかねばならない。さて、どうしたものか。今後は方法を探さねばならないだろう。


 ……そうしているうちに、時間もそろそろ遅くなってきた。点呼もある。とりあえず、全員で部屋に戻ることにした。


「よし、じゃあそろそろ皆部屋に戻って点呼を……」


 ……と、思ったのに、


「……あ!」


「?」


 俺たち男子が集まっている横から声が聞こえる。さっきまで、新澤さんに蹴られて伸びていた新人君とその付き添いである。そのさっきまで伸びていた彼の顔は何かひらめいたような様子だったが、悲しいかな、それを見て、俺は嫌な予感しかしなかった。


「……ということは」


「ん?」





「つまり、今なら合法的におさわりできる!?」


「お前さっきああいったそばからなんてことをォ!」





 そしてまた、少しの間騒ぎになった。これを収めて全員を部屋に撤収させるのにまた少し時間をかけることになったが、幸いお偉いさんには見つからずに済んだ。とはいえ、コイツらはあとでほんとに締め上げないとまずいだろう。いろんな意味で……。

 ……あとで、新澤さんに胃薬と頭痛薬送っておこう。俺の分もあとで用意しておかなければ……。



 ロボットを相手にするだけで、こんな細かいところまで気を使う必要が出てくるというのは少し予想外だった。

 今まで人間とはかけ離れた要素を持つロボット相手にしていたがために経験することのなかったものだが、人間のようになるだけでここまで変化が起こるというのはある意味では面白いことではある。

 ……が、今みたいにいらないところで変化が起こられるとまたむしろこっちが苦労することに……。今後、そういったこともどんどん出てくるのだろうか。そう考えると、少し頭を抱えてしまう、この頃の俺である。





 ……なお、これの後に、盗聴されないよう専用の回線を使って爺さんに電話して聞いたところ……




『あぁ、それな。そんなの経験で成り立つものじゃから一々データ取ってられんじゃろう。要はそういうことじゃ』


「いや、それでも爺さん基準でほんのちょっとでもいいから入れといてくれよ。こっちが困るんだって」


『そうはいってもわしは男じゃが』


「男でも大体わかるだろ。というか、そっちの研究メンバーに女いないわけ?」


『いるぞ、何人か』


「だろ? じゃあそいつらにその基準を決めてもらえば……」


『そんなもんまでいらなく入れてたら容量くうわい』


「いやいや、そんなもんって、明らかに劣等感より入れるべきものだろこれ。それに、ぶっちゃけこれくらい容量そんなに取んないだろ。ましてやアイツレベルのモノとなれば相当な量が……」


『あーわかったわかった。今後検討しておくゆえ、あとはそっちでどうにかしてくれ。それも一応試験項目の一つじゃから。それじゃあな。こっちはまた研究もあるゆえ』


「あ、いやちょっ、ま……、あ、チッ、切りやがったよあの爺さん……」


 そんな感じで、言葉を濁されて終わりだった。何を考えているのか知らんが、どうやら忘れたというわけではないらしい。それならそれで、またいったいどういうことなのか説明をしてもらいたかったが、結局機密云々という名目で教えてもらえなかった。


 ……こっちは現場レベルで面倒見てんだってのによぉ、あの変態クソジジイめ……こっちの苦労も知らないで……。





 そんなこともあり、そういったロボットと人間のギャップに少し悩むことにもなった…………

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