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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第1章 ~平穏~
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ロボットのいる日々1

 日本を含む資本主義経済の歴史は結構波乱なもので、それは3世紀にも前にさかのぼる。


 その時代に生まれた資本主義は今までに多くの影響を世界にもたらし、時には戦争まで起こすことになった。本当は資本主義にも少し種類があるんだが、長くなるのでここでは省かせてもらう。


 その資本主義の始まりは、18世紀後半のイギリスだった。


 それまで絶対王政で重商主義、つまり、商業による利益を重視していたが、この頃から、フランス革命や産業革命真っ盛りのイギリスで変化が起き始め、その当時は「世界の工場」と呼ばれるほどの発展を見せ、それまで手工業だったものを産業機械の導入によって工場制機械工業へとシフトされていった。分業が可能となり、物資の大量生産が可能となったところから、前々より活発だった社会体制改革への思索を促し、イギリス人経済学者である『アダム=スミス』の「国富論」にある“見えざる手”の概念をもとに形成されたものがこれである。


 資本主義は、資本家が工場や企業といった生産手段を個人で私有でき、利潤を追求する、つまり、企業でやりたいことを自由にできてそれを企業の間で競い合うこともできる。

 また、労働者はそれに対して会社で働いたりする形で労働力を提供し、その見返りを要求できる。いわゆる給料というもので、企業が得た利潤からそれを受け取ることができる。


 この、企業や工場が生産手段を労働者に貸し、利益を設けてその一部を労働者に提供。それを求めて労働者はまた働いて企業に利益を得させる。このサイクルを利用したものが資本主義だ。

 これにより、企業間競争を経て互いが成長し、経済が「見えざる手」という概念によって予定調和という形で形成され、結果的には国家経済の成長を促す。また、自由放任と言って、国がそういった経済に絶対に介入せず、あくまで国家の防衛や治安維持に専念させることで、企業間の経済活動の邪魔を指せない体制を確立させた。

 これによって、自由な経済活動を経て、企業や国家の成長を促していく体制をとっていった。

 これは世界各国の経済体制に影響を促し、日本でも明治時代以後からはこの資本主義体制を採用している。


 ……しかし、これはのちに問題が発生した。


 元から資本主義自体が経済的に矛盾を抱えていたこともあるんだが、もういろいろ散々だった。

 企業間で勝手に競争するので、いわば勝ち組は勝手に成長するがそうでないものはどんどん堕落していくので、前々からあった経済格差がより大きくなったり、国が民間に経済に関しては放任しまくってたので周期的に経済変動が起きて国が慌てたり、労働者に対する補償がまだ当時なかったので完全に奴隷状態で労働環境がひどかったり賃金が低かったりしても文句を言えなかったり、挙句の果てには、その市場の影響力拡大のために他国への侵略をしようとしたり……、などなど。


 そして、その最終形が有名な『世界恐慌』だった。


 アメリカのニューヨーク証券取引所という株や債権を売買する施設があるんだが、そこでその株価が大暴落してしまうという事態が発生してしまった。

 この場合の大暴落とは、つまり株の値段がいきなり大きく値下がってしまい“株としての価値を完全に失うこと”で、投資家は大パニックになってしまった。


 これがどういうことかを説明するには、まず株について説明しなければならないが、まあ、簡単に言えば“企業が資金調達のために発行している権利”だ。

 これを個人ないし団体が購入することで、その人はその株の発行元の企業や会社の出資者、つまりその企業を支えるオーナーの一人である“株主”となることができ、その人は自由にその企業に営業資金を提供することができる。これは義務とかそういう制約はなく、好きなところに好きなだけ提供できる。

 その株式には価値がつけられていて、例えば、俺が有名な桜菱重工業が2000円で発行していた株を買うと、俺はその桜菱の株主の一人となれる。

 そして、のちにその桜菱重工業の営業が成功して利益がどんどん入ってくると、その配当金が俺のほうにもバンバン入ってきて俺も儲かる。また、企業が成功するということはその企業の価値も上がるということだから、自然と株の価値も上がる。となれば、元々2000円だった株が2500円に爆上げすることもある。

 その変動を見て、俺はさらなる利益を得るためにその株を持ち続けることもできるが、時には第三者に提供することもできるんだ。だから、俺からお前にその株を、今言った価値換算で2500円で売ると、その時点で株主としての権利はお前に移るが、俺は結果的に500円の得をしたことになる。仮に、これを10株も持って全部お前に売ったら、俺は5000円も得をすることになる。俺の財布も地味にウハウハだな。これが、株の仕組みだ。


 ……ちなみに、株を買うのに国籍は関係ない。話はずれるが、株を買う人の国籍によって会社の動きが大きく変わることもよくある。

 マスコミ会社はいい例だ。例えば、A社とB社のマスコミ会社があり、それぞれは株式会社で株式を売買してそこから資金を得ているが、A社は株主が日本人国籍が多いのに対して、B社は中国人国籍が多い。これだけならまだ何ともないだろうが、ここで一つの報道をさせる。

 それは、「中国で政府が不祥事を起こした」という内容だ。報道するだけならまだ何ともないのだが、その姿勢がちょっと変わる。

 まず、A社なら問題なく事実を報道して、時には検証もするだろう。たとえしたって問題はこれっポッチもないのだ。じゃあ、B社は? そのまま同じく事実を報道……


 ……と、思いきや?


 ここでB社は、他のニュースばかりをやってそれに関しては報道しないか、またはしても軽く触れるか擁護するか、この報道姿勢に移る。A社とはえらい違いだ。


 なんでこんな違いが起きるのか? ここで株の話に戻る。

 ここでB社は中国人国籍の人に多く株をもらっていた。しかし、ここで中国に関する不利な報道をされると、当の中国人にとっては嫌な気分になる。そのB社に対し好意的感情はもたなくなり、株を他者に売ってしまうなどしてその株を手放してしまうかもしれない。そうなるとB社は困る。会社を運営する資金が集まらないから、会社が傾いてしまうんだ。

 となると、B社は株主が逃げないように配慮する必要がある。だから、ここまで報道が自重気味なんだ。その点、A社は仮に報道しても日本人の株が逃げることなんてない。中国のことを報道して株が逃げるわけがない。

 そう、これを見てもわかる通り、会社は株を使って容易に資金を得ることができるが、同時に、その株に“支配されている”ともいえる。株を扱っている会社を一概に株式会社というが、こうした点で見てみると面白いものがある。

 これが、株の保持者が外国籍ファンドだったり団体だったりすると、これの問題も大きくなる。そういう点では、会社側も注意しなければならないだろう。


 ……話を戻そう。ここまでくれば、株を買う人、所謂投資家が大パニックになる理由もわかるかもしれない。

 そう。さっきの例でいえば、1000円で買ってた株が一気に50円とかになってしまうので俺は950円分もの大損をしたことになる。今回のこれでは、それがもっと大規模に起きてしまったのだ。


 これの影響は瞬く間に世界各国の資本主義国へと拡大した。投資家は莫大な損をすることになり企業への資金提供が滞り、企業は資金が得られないので縮小して労働者を解雇したりなどの解決を図るが、中にはたまらず倒産する企業も続出。その結果、働き場を失った労働者、所謂“失業者”が世界各国で大量発生し、もう世界各国が大パニックになった。

 また、アメリカが元凶ということで、世界各国に展開しているアメリカの工場がそのアメリカ企業らによって優先的に廃棄された結果、そこで働いていた現地労働者が失業者となり、結果的にはアメリカ工場が進出していた国が一番その工場の量に比例して被害が大きくなってしまった。


 そして、それが原因となって起きたのが、かの「第二次世界大戦」なのだ。


 ……でも、そう考えると一番の元凶がアメリカなのに最終的にはこの大戦にも勝ってそこいら辺がうやむやになってしまったって考えると、ちょっと納得いかない感じがあるな。まあ、でも結局戦争というのはそういうもんだろう。


 これらの解決として、アメリカは「ニューディール政策」を実施。それまで禁止とされた政府の経済介入を行い、労働者の権利保障や、資本を出して公共事業を行う、つまり、橋を作るとか、ダムを作るといった仕事を作ることによって失業者問題の解決を図った。


 また、ヨーロッパではそれとは別にその豊富な植民地を生かした「ブロック経済」を実施。貿易に関して、植民地で撮られた食物や生産物は価格的に待遇するが、その他から来たものに関してはとんでもなく高い関税をかけて高価格で売りさばく手法をとった。

「関税」は他国から来た輸入物にかける税金のことだ。

 こういった経済対策の一環としては、まず他国からの輸入を止めて自分の国から商品や食物を輸出するのが一番だ。そうでないと外国の安いものがどんどん入ってきて国産のモノが売れない。そこで出てくるのが関税で、100円の外国産に60円分の関税をかけることで国産物との価格を均衡にする。それに加えて、輸出をバンバンすることで外国でも自国のモノがどんどん売れて、国産の保護もできるので安心だ。しかし、周りの国もそれを考えるから中々うまくいかない。関税は自分で決めることができるのだが、関税をかけるとその相手国も報復で関税をかけて、中々その商品を輸出してあげようとはしない。そうなると、世界の貿易に悪影響が出る。


 ここで出されたのがこのブロック経済で、イギリスやフランスといった植民地を持つ国はそれらの植民地との輸出入にだけ専念し、他国からの輸入を関税をめちゃくちゃ高くするという形でその商品や植物の自国への進出をストップすることで、他国との貿易をシャットアウトしつつも貿易的な利益を得ることもできる。相手はただの自分の植民地だし、全然問題はない。植民地の主さんは自分たちの勢力圏の事だけを考えていいという、まあ、いわば一種の“引きこもり”みたいなことを起こしたのだ。

 ……となると、それらがない国はめっちゃ困るな。日本とか、ドイツとか、イタリアとか。……あれ? なんかこの3ヶ国は共通点があるな? そう、これがのちの「枢軸国」と呼ばれる国の盟主3ヶ国の経済的な共通点となるんだ。


 ……そんな感じで、各国で各々で経済対策がなされてきたが、同時に資本主義経済に対する不信感も発生し、どうにかして別のやり方はできないかと模索し始めた。


 そこで新たに影響力を持ったのが、有名な「社会主義」だ。


 ドイツの経済学者である『マルクス』が提唱した「資本論」に基づき、そのマルクスや同じ経済逆者である『エンゲルス』が提唱したこれは、資本主義とは根本的に逆の体制をとった。

 企業や工場はすべて国が管理、企業は自由な競争などができず国がその企業の営業方針等をすべて指示するという“計画経済体制”、そして労働者の社会保障など、とにかく「平等」を意識した経済体制だった。

 実際、パッと見は確かに平等だ。マルクスの書いた「剰余価値の搾取理論」で、「資本家が労働者をこき使うからダメなんだよ!」(当時資本家は土地や給料を買い占めていた)と言っているだけあって、とにかく労働者がいやな思いをしないような体制になった。資本家の持っていた土地とかを国のモノにして国民に分け与えるようにしたのだ。そして、市場に流されず政府が理想の経済に向けて自由にコントロースできる。見た感じ、めちゃくちゃ理想的な経済体制に見える。

 これはソ連を中心に瞬く間に世界に影響を及ぼし、アメリカを中心とした資本主義国家と、ソ連と中心とした社会主義国家での激しい対立、所謂「東西冷戦」が勃発した。


 ……が、その社会主義もまた問題が発生する。


 そもそも国が管理するという「公有」の体制をとってしまったので、それの延長で平等の名のもとに財産権も認められなかった。つまり、金とかを自由に持てないのである。なんでって、皆平等だから個人で持ってる金の量が違うのはおかしいだろ?っていう理論。まあ、この時点でおかしいんだが。

 また、それのせいで皆やる気が起きない。どんだけ頑張っても平等の名のもとに得る利益は全部同じだ。どれだけ頑張ってももらえる金は絶対1000円。なら、もう頑張んなくても1000円もらえるしいいや仕事なんて、ということになってしまい、結果的に労働者の労働意欲の低下につながった。

 それに加え、企業も企業で自由にやりたいことをやれない上競争もできないので、利潤を追求しようとしなくなる。計画経済の名のもとに経済を回すのはいいが、その計画が未熟だと企業も困るし、国内の需要にこたえられない。ゆえに品不足が発生したり、逆に過剰生産が起きたりする。計画に頼りすぎたんだ。

 そんでもって挙句の果てには、政府がこういった経済にド素人だとその国内が簡単に崩れてしまうという脆弱性もあった。

 こういった国家に共通するのが、大体共産党や労働党といった一つの政党が政府を集中管理する、いわば一党独裁体制じみた状態で、一度その政府が暴走したり経済政策的に変な方向に行くと誰も止められないんだ。これじゃ時代遅れな絶対王政の二の舞だし、前の旧北朝鮮や共産制中国みたいになる。


 これらの問題が顕著になった結果、耐えられなくなった国民が革命おこしたり政府が独自に経済体制の転換を起こし始め、ソ連も資本主義経済に移行することで社会主義体制は事実上崩壊した。

 まあ、理想としてはよかったのだが、そもそも平等とか人それぞれで一元化はできないし、こういった問題が続出するのは必然だったといえるだろう。


 ……こんなことが起きている間、資本主義はちょっと生まれ変わった。

 先のニューディール政策やブロック経済でやったように、今度は政府の積極的に経済に介入するようになったんだ。

 イギリス人経済学者である『ケインズ』が「アダム氏の言ってるような自由放任もいいけどこれじゃだめだ! 何か起きた時は国はもっと経済的に介入をしろ!」という感じでその初期に提唱してアダムさんの思想に理解を示しつつも、彼とは逆の考え方を示した。なお、これを示したものが「有効需要理論」というものだ。

 基本は今まで通り民間の企業に自由放任だが、もし企業等が経済的にマズイ事態が発生したら、直ちに政府は積極的なサポートをすることを認め、まあ簡単に言えば企業と政府の二人三脚の体制になっていったのだ。

 これによって、企業は自由な行動もできるうえ政府もサポートしてくれるということで安心だ。労働者も、今までとは違って権利も保証してくれるから安心して働ける。そして政府も、これらによって企業間の競争を通じて経済的に成長するから万々歳、という形になったんだ。


 これは「修正資本主義」と言われ、瞬く間に世界に普及。今ではライバルだった社会主義を打倒して、資本主義の勝利を声高に宣言することになった。


 だが、のちにまた問題が発生して、1973年に起きた第1次石油危機オイルショックっていう、中東から算出されている石油の価格がいきなり高くなる事態が起きたあたりから、それまで「大きな政府」と呼ばれる企業経済の高い財政政策への依存の状況から、財政赤字拡大や民間への投資の減少、政府依存の産業構造に傷が入ったり、インフレがさらに悪化したスタグフレーションという、物価上昇に加えて経済自体が停滞する事態にまで発展してしまうという問題がいくつか起き始め、これらは資本主義国共通の現象となった。


 そこからさらに資本主義は改革を余儀なくされ、日本やアメリカ、イギリスをはじめとする主要国は直ちに経済体制の変革を図った。アメリカ経済学者のフリードマンは、今まで積極的な介入を進めていたケインズの経済思想を批判し、「政府の介入は必要最低限でよい。後は民間に全部任せろ」という考え方を提唱。各国はそれをもとに、国有化していたものをすべて民営化という形で民間に委ねたり、様々な規制の緩和や補助金の撤廃などが行われた。これによって、コスト軽減や公務員削減という形で政府の負担を軽減でき、競争原理が働いて企業間の競争により経済成長を見込めるようになり、これを別名「小さな政府」という。日本で言えば、国鉄民営化や郵政民営化が有名な例だろう。


 しかし、これもこれでまた問題があって、民間に委ねすぎてそれらの利点を追求しすぎた結果、自由な競争のために利益を追求しすぎて事故を起こす原因になったり、元からあった国民所得格差の固定化を促したり、むしろ拡大を起こしたりするのではないかなどの批判もあり、今後それらに対する改革も進められている。



 そういった波乱の歴史によって、今の資本主義というのは成り立っている。






 ……と、ここまで説明したのはいいんだが。


「……これ、お前に必要か?」


「必要です」


「ええ……?」


 俺はその返答におもわず怪訝な表情を示した。



 あれからさらに数日の時を過ごしていたある日。

 外はすっかり夜。今日の分の訓練も終え、さっさと飯を食って風呂も入って、少しホクホクした状態で自室での暇なひと時を過ごした。すでに恒例化したデータ転送も即行で済ませ、ユイは読書に、俺もまた暇なのでPCで適当にネット掲示板のまとめサイトを漁っていた。

 最近、こういったところで見るロボットの擬人化とか勝手に書かれているSSショートストーリーとかを見ていると、ほんと日本人もロボットに萌える変態共が多くなったなぁと思う。なんだよ、「HTFたんとHTSたんの百合漫画はよ」とか「試作中の桜菱ロボットの擬人化スレはここですか?」とか、挙句の果てには「ロボット同士の薄い本マダー?」とか……、思わず顔をひきつらせていろんな意味を含めた呆れ半分笑い半分の深いため息をついてしまう。

 今後さらにロボットが普及した将来の日本が少し心配になってきたなぁこれ……、とかどうとか思っていると、


「あの……」


「ん?」


 隣で読書をしていたユイが声をかけた。

 持っていたSF小説を片手に、その一部分を見せながら質問をしてきた。


「この、「資本主義はかつて波乱の歴史を送ってきた」とかっていう部分があるんですけど……、なんのことですかこれ?」


「あぁ、これか? なに、気になるんか?」


「ええ、まあ」


「ふむ、なるほどね」


 そういった知識欲もあるのか。まあ、自分から学んでいくようでないとこの人間の世界は生きていけないからな。悪いことではない。

 ……尤も、


「……でもさ、あくまで戦闘兵器のお前が経済史のこと学んでどうすんの?」


「さぁ?」


「さぁってお前……」


 そんな疑問を持ったが、それでもやっぱりどうしても気になるということで、さっきのように少し経済的知識を交えて説明をしたのだが……




「……でもさ、お前がこれを知ったところで一体なんの役に立つんだよ?」


「さぁ? でもまあ、所謂拡張性というものでして」


「この場合意味ちょっと違くないか……?」


 拡張性ってのはあくまで物理的に高性能化を促すことを言うはずなんだが、こういった認識的・知識的な面での拡張は当てはまらないはずなんだがな……。尤も、学習するという点ではあながち間違ってはいなさそうではあるが。


「でも、こうしてみると経済もまた構造自体は案外単純っぽいですね」


「基礎的な部分はな。でも、ここにまた法律による制約とか株主の動きとかそういった細かい要素が入ってくると、また難しくなってくるんだよ。まあ、そこが面白いんだけど」


「祥樹さん詳しいんですか?」


「いや、俺はあくまでロボット工学専攻だったからそんなに細かいところまではわからない。でも、社会人として大体のことはわかるって程度だ」


「ふ~ん……」


 少し感心したような顔を浮かべる。これくらい大人ならある程度はわかってそうな知識だが。

 ……と、言いたいんだが、経済の構造はわかっててもその歴史をあまり理解していない人というのは結構いるものだ。まあ、こんな見た目難しいものをわざわざ好んで知識として身に着けようとするやつはそう相違ないだろう。……ないと生きていけないこともあるのだが。


「しかし、お前がそういったものに興味を持つとはな……人間とはちょっと違うな」


「え、そうですか?」


「うん。もちろん人にもよるけど、人間はあまり必要以上に自分から学ぶことを好んでやることはないんだよ。一々勉強すんのめんどくさいし」


「でも、私はむしろそれが楽しいんですけど……」


「ハハ、まあ、そこはロボットと人間の認識の違いってやつか……」


 または、爺さんが事前にそういう設定にしたのか、のどちらかかな。


 こうした互いの教養も、今ではある程度おなじみとなってしまった。


 ユイもすっかりこの場になじみ、部隊内でもちょっとした人気者になりつつあり、ユイ自身も「いい経験です」といって喜んで受け入れている。ここまでは、いい流れで時間が経ちつつあった。

 その過程で、互いに理解を深めるべくこういったいろいろな教養を深めることもたくさんあった。


 ……まあ、その過程で、


「(……いろいろ驚くことはたくさんあったけどな……)」


 今に始まったことではないが、改めてそういうことを感じることも多々あった。

 人間とロボットの差。そして違い。

 これらが意外なところで出てくると、その時一番驚くのは当事者である。



 例えば、その翌日の格闘技訓練の後の出来事。

 俺と和弥が昼飯を食っていたところを、隣でユイがSF小説を愛読している時だ。



「そういえば、ユイさんここに来る前の動作試験で何やってきたんすか?」


 そういったのは和弥だ。何だいきなり、と思ったが、俺も俺でそういえば聞いたことなかった。聞く必要もなかったし。

 ユイも、少し思い出したように言った。


「まぁ、いろいろやりましたよ。先の動作試験もやりましたし」


「まあ、それはもちろんだろうが……、他には? というか、それ口外していいのか?」


 俺も気になったのでさらに聞くと、「別に禁則事項ではないです」と一言言って、思い出すようにこめかみに手を少し触れて言った。


「えっと……、あとは電子的なものが中心でしたね。各種演算処理項目の試験だったり、あと、中枢のAIシステムにわざと負荷をかけてどれくらい耐えれるかとかやったり……」


「え、それめっちゃキツくね?」


「そりゃキツいですよ。意味も分からず負荷かけられるので正直痛いですからねアレ」


「うはぁ……」


 ロボットらしい試験項目だが、なるほどね、そんなこともするのか。というか、負荷かけられると痛いのか。

 あれかな。痛覚自体は人間が頭痛起こすのと同じ感覚なのかな。地味にきついんだよなアレ。

 しかし、そこまで人間寄りに動きを再現する必要はあったのか爺さん、と思ったのだが、ユイ曰く「これがすぐに外部に自身の異常を伝える一番の方法」であるということらしい。


 人間にとっては「苦しい」という表情や動作が「緊急事態」という発想をさせる一番の要因になることを利用したもので、何かあった場合は半ば反射的に人間のような動作をして即座に外部に異常を伝えるためなのだそうだ。

 そこら辺も、人間世界にある程度適応させた仕様となっているらしい。中々爺さんらしい配慮だが、しかし、そうなるとコイツがいらなく苦しむ様子だけは見たくないな、と割と本気で思った。隣にいる和弥もなんとなくそう思っているような、少し渋い表情を見せた。


 さらにユイは思い出しながら言った。


「あとは、動作系で言えば足や腕に重りをつけて全力に動かさせたり、声帯系での試験なら発音を確認したり、首部にある合成音声の発音試験をしたり……」


 ふむふむ、と和弥とうなづきながら聞いた。

 聞いてみれば、確かにロボットがやりそうな試験ばっかだ。中には他の従来型のロボットがやるようなこともあるのだろうが、でもユイはほかのロボットとはちょっと違うので試験項目も特殊なものだろう。

 こういった話も中々興味深いな、とかどうとか思っていたら……


「……あ、あと最後にアレ投げましたね」


「アレ? なんだよアレって」


「えっと、確か……」






「ヒグマ……、でしたっけ?」






「「…………は?」」


 俺と和弥は思わず食事の手を止めた。箸が思わずテーブルに滑り落ちそうになる。

 俺の耳はまた変な幻聴を聞き取ったらしい。最近よく聞くな、幻聴。

 ヒグマってったら……アレだろ? あのヒグマだろ? 日本で言えばエゾヒグマだったっけ? ハハハ、んなバカな。あれ最大で3mあるんだぜ? 嘘こけってんだ。


 俺は半笑いしながら言った。


「いやいや、ヒグマって、なに言ってんだ。なんかの間違いだろ」


「え、あれヒグマじゃないんですか?」


「ネット漁るなりしてもっかい調べてみ? それ絶対ヒグマじゃないから」


「はぁ……」


 そういってまた右こめかみあたりに手を当てる動作をする。ユイにとってはこれは頭部にある機器を動かす時によくする動作なのだそうだ。これも、外部の人間に今自分がやっている動作を瞬時に伝えるためなのだという。

 これをより右目のほうに寄せれば、右目のファンクションモードを変えて目の前にホログラフィを展開できるとか。今では既存の技術だが、頭部に搭載できるほど小型化するとは。これも日本の技術のなせる技か。


 そうして調べている間、和弥と冗談話に花を咲かせた。


「まぁ、ヒグマはないわな。どうせどっかのツキノワグマあたりと勘違いしたんだろう」


「だろうね。あれなら、確か柔道できる奴なら運が良ければ投げれるとかどうとか聞いたことがある」


「尤も、ヒグマも投げれないことはないらしいがな。でもまぁ、それをやったやつは相当腕が立つやつくらいなもんで、いくらあの時対人間でやった時は無双してたユイさんもヒグマなんてものには……」


 まあな、とかどうとかいって互いに半笑いしてまた飯を食い始めた。

 クマ自体は確かに投げれないことはない。投げれないことは。ただ、それはとてもまれなケースで大抵はその前に食い殺されるか人体バラバラにされるか、そういった無残な結果になるのがオチだ。まずやるやつはいない。


「ま、でも本気でやらせたらマジで投げたりしてな」


「そうなったらもう人間太刀打ちできねぇよコイツに」


「だな」


 そういってまた「ハハハッ」と互に笑いあう。

 そういった少しの楽しい食事の時間が過ごしt「あのー、やっぱりヒグマですよこれ」。



 …………は?



「……ん? なんだって?」


「いや、ですから、今さっきネットで画像を対照してみたんですけど……、どうみても特徴一致するのがこれ以外ないんですが……」


「……え、マジで?」


「はい」


「…………え、マジで?」


「はい」


 俺は思わず和弥と顔を合わせた。そして、和弥が一つ提案をする。


「わ、わり、ユイさん。今ここに画像出せる?」


「あ、はい。テーブル上でいいですか?」


「ああ。小さめでいいから」


「わかりました」


 そういってさっきより少し右目寄りのこめかみに手を添えると、すぐにテーブル上にホログラフィが展開された。その映像は、すべてユイの右眼からもたらされるものだった。

 元は戦地で戦況確認のために活用されるものなのだが、こうした日常生活内でも使えるような工夫はなされている。今回のやり方もしかりだ。

 今このテーブル上の空間には、小さく二つの写真が表示されていた。一つはネットのウィキペディアあたりから拾ってきたらしいエゾヒグマの画像だ。黒い体格の獰猛な姿形をしたもので、見るからにおっかない感じの雰囲気を醸し出している。

 もう一つは……、これは、どこだろうか? 周りが結構開けており、そこにある施設からしてたぶん陸上競技場かなんかだろう。そのフィールド内で、なぜかその写真には同じくクマがいる。

 1枚目と同じく黒い体格に見るからに獰猛そうな雰囲気を出している。……しかし、なぜかその2枚目に映っているクマは倒れていた。あたかも、今まさに投げられましたとでもいった様子だ。飼育係らしい作業着を着た人が何人か周りにいる。


 ……このクマは……


「おい、和弥、このクマは……、え?」


 俺はクマの細かい区別がつかなかったので代わりに和弥に聞こうとしたが、その和弥が顔を真っ青に染めていた。よく見れば、汗もかき始めている。

 ……様子が尋常でない。この反応、この場合はまさか……


「や、やべぇ……こいつは……」


「お、おい和弥、これってまさか……」


「あぁ、間違いねぇ……」




「コイツ、まだ若いエゾヒグマだ……」




「げぇ!? お、おいおいマジかよ……」


 俺はその写真を凝視した。

 確かに、読みてみれば細かいところで結構似ているところではあるが、でも、この2枚目のエゾヒグマ、完全に伸びてしまっている。下にあるフィールドの芝生に思いっきりたたきつけられたようだった。


 ……ちょっと待ってくれ。ということは、さっきの会話が本当だとするとこれってまさか……


「……まさか、お前これを……」


「あぁ、はい。投げましたね」


「ッ…………!?」


 俺と和弥は口をあんぐり開けた。ユイは画像を表示させていたホログラフィを消して「何かした?」とでも言いたげな怪訝な表情を浮かべていた。

 ……しかも、


「これ、見た感じ大体1m強あるんだけど……」


「はい。案外小さかったですね。少し重くはありましたけど」


「いやいやいやいや……」


 案外小さかったですね、で済むような相手じゃないんだが……。

 ……若気真っ盛りのエゾヒグマを投げた? え、投げたのコイツを? 本気で?


 ……なんてこった……


 和弥は顔を相変わらず青く染めて早口、かつ言葉を探すように言った。


「ヒ、ヒグマを投げるなんて……、な、なんて奴なんだユイさんは……」


「―――? そんなに危険なんですか、ヒグマって?」


「い、いやいやいやいや……危険なんですかって、知らないんですか?」


「すいません、そこまでよくは……」


 俺と和弥は思わず「たは~」と頭を抱えた。

 まあ、必要ないとは思うが、それでも、関わるうえである程度は知っていると思っていたのだが、本人はまったく知らないようだ。驚きはしたが、まあユイの身分からすれば仕方ないともいえるだろう。


 その点に関しては、和弥が簡潔に、かつ、ところによっては懇切丁寧に説明した。



『ヒグマ』

 ネコ目クマ科に属する大型の肉食獣で、日本ではツキノワグマとエゾヒグマの二種が存在する。その中で、このエゾヒグマは、俺たち日本人にとってはとてつもない脅威の存在となっているのは誰もが知っているところだろう。

「三毛別羆事件」を始め、数々の獣害事件にかかわってきた凶暴なヒグマであり、その力と能力、そして性格は危険以外の何者でもない。特に冬眠に失敗した奴は凶暴化に拍車がかかっており、見つかったらもういろいろと手におえない状態であることも珍しくはない。

 その習性は、かつて九州にある某大学のワンゲル部が登山した際に起きたヒグマによる凄惨な獣害事件によって広く知らされることとなった。当時の学生が残したメモは今でも残っており、ネットでも閲覧することができるが……。見るなら、その背景・状況を十分に理解しつつ、かつ相当な覚悟をもってご拝見いただきたい。冗談抜きで、これは生半可な気持ちで見るべきものではない。


 ヒグマの危険な要素はいろいろあるが、まずその執着心にある。ヒグマは学習能力がとても高く、一つ味を覚えるとそれを絶対忘れず、その味が人だった場合は……、もう、説明するまでもないだろう。

 さらに、ヒグマは好奇心も高く、何かを見つけてはよく調べ、なにかわからなかった場合は問答無用で引き裂いて中身を調べる。ヒグマに逃げるという選択肢が通用しない一番の理由にこれがある。この好奇心も中々潰えず、つかまったら最後……、俺たちが行くのは、確実に自分のお家ではなくあの世である。

 また、子連れのクマは要注意だ。母熊は子供を守るための本能として非常に気性が荒くなっており、何か脅威になると判断したものを見つけたら確実に襲ってくる。もし子熊を見つけたら、確実にその近くに母熊がいるはずなので絶対に近づいてはならない。見つけたという時点で、自分の首元に刃物が付きつけられたも同然の状況だと理解せねばならない。

 そういうのも、実はコイツも足はすこぶる速い。本気になれば時速50km/hで走ることができる。下り坂ならおそらくもっと早くおってくるだろう。獲物に対する執着はとても高いのである。


 こういったいろいろと危険な要素満載のクマの対策はいろいろあるが、確実なのは麻酔銃での捕獲ぐらいしかなく、個人で対策するものではどうしても限界があった。一番はクマに会わないようにすることであり、そしてクマが興味を示しそうなこと(エサを与えたり所有物を置きっぱなしにしたりなど)をしないことだが、もし万が一あった場合は、専用の撃退スプレーをつかったり、鋭く眼光を光らせて目で威圧をかけながら徐々に後ずさりして逃げる、などといった方法が挙げられるが、しかし、どれもぶっちゃけ諸刃の剣も同然で、確実なものではない。

 登山時は熊鈴をつけておくことをオススメする。しかし、こういった熊に人間の存在を教えて追っ払う対策は、人間の味と性質を覚えているクマにとってはむしろ逆効果の場合もあるから注意が必要だ。

 もちろん、この場合大声を出したり、石を投げたりするなどといった行為は絶対にやってはいけない。スズメバチが自分の体についた時暴れてはいけないのと同じように、無理に刺激するとむしろ逆効果なのだ。死にたくなければ、そういった大げさな行為はせず、むしろどんなことがあっても静かに落ち着いた行動をするしかない。もちろん、それで確実に助かるなら今なおこんなクマの獣害事件は起きていないが、それでも、無駄に死ぬよりは幾分もマシだ。


 また、さっきも言ったようにクマ自体は別に投げれないことはない。腕が立つ年配の方とかはたまにクマを投げて倒したっていうニュースを聞くことがあるが、でもあれはよっぽど幸運な人に限る。間違っても、某映画の娘を取り返しに来た主人公に対峙する元部下のように「ヤロォーブッコロッシャァァアアアッ!!」とかどうとかいって果敢に立ち向かってはいけない。この場合の果敢はただの蛮勇である。間違いなくやられるのは自分である。なお、あの映画でもそうだった。


 尤も、ヒグマも結局はクマなので、他の野生動物の類に漏れずちょっと臆病な面もあるし、扱いさえ間違わずちゃんと訓練しておけば、とても可愛らしい仕草を見せてくれることもある。動物園などで、ヒグマに手を振ると手を振り返してくれることもあり、そう言った点ではとても萌える存在であることは確かだ。しかも、見た感じは思ったより小柄なものが多い。一目見れば、これくらいの大きさなら大人なら何とかなるんじゃないかとも思える大きさだ。

 ……だが、それでも、騙されてはいけない。それはただの罠だ。その俺たちに振る手は、本気を出せば俺たち人間を引き裂けるほどの力を持っているのである。人を殺せるのである。この手と口で、いったい今までどれほどの人間が犠牲になり、そして多くの悲劇を生んだことか。



 和弥は情報屋ゆえ、そう言った情報も守備範囲だった。尤も、これは日本人なら詳しくなくてもある程度は恐怖心と共にしっかり身に着けていることで、もう子供のころから記憶に刷り込まれているも同然だった。俺たち日本人にとって、山で見かける、ないし、えさを求めて市街地に下りてきた野生のヒグマはただの恐怖の対象でしかないのだ。


 ユイはこのことを全然知らなかったらしい。後半あたりから顔をこわばらせていた。人間みたいに真っ青になる、とまではいかないが、少なくとも顔の表情からは明らかな恐怖を抱いている。


 ……それどころか、


「……え、それ私大体10秒くらいで投げちゃったんですけど……」


「えええええッ!?」


 俺は思わず肩の力が抜けた。ユイ曰く、別に最初から「はいじゃあ投げてみて」とか言われて投げたわけでなく、1対1のガチンコで「はい、よーいドン」でなぜか戦わされたのち、いらなく血気盛んだったのか即行で突撃してきたヒグマを何の苦労もせず一本背負いで投げてしまったらしい。

 そのヒグマも、今回の試験のためにわざわざ北海道の保護施設から連れてきてらしいのだが、ただ連れてきたわけではなくて事前に飯を数日ほど食わせてなかったらしい。だから、もう飯を食いたくてしょうがない、野生であったら確実に食い殺されるような状態で戦わされたようなものだった。

 その場にいた人も、まさかここまであっけなくやられるとは思ってなかったようで、ヒグマ自体は無事だったにしろ、国が雇って派遣された飼育係の人たちはちょっと冷や汗をかいていたとかどうとか。


 ……もしそのヒグマにユイが食い殺されたりでもしたらどうするつもりだったんだろうか。ざっと数十億くらいは優にかかったであろう国家機密がヒグマに食われるとか、むしろ一体どう反応すればいいんだ。まあ、どうせこんな感じの結果になることを見越してやらせたんだろうし、万が一の場合はそうなる前に止めるための対処法とかは考えていたのだろうが、しかしいろいろと危険すぎるだろうこの試験項目。そこまでする意味が分からないのだが。


 当時は全然その周りの反応の意味を理解できなかったユイも、今となっては痛いほど理解しただろう。最終的にユイは「うはぁー……」と頭を抱えて、


「……私よく投げれたなぁ……」


 そんなことを呟いていた。言いたいのはこっちのほうだ、と言いたかったがあえてここでは言わない。

 ……そして、そうなると一番驚くのが、


「……お前、よくユイさんに勝てたな」


「まったくだよ」


 和弥の青ざめた表情から放たれた一言に俺は全力で同意した。

 そう考えるとめちゃくちゃ怖くなった。今考えると、ヒグマさえ軽く投げてしまったユイに立ち向かうということがどれほど無謀なことかすごく思い知らされる。あの時ユイが出た時点で人類はいろんな意味で敗北同然の条件が整っていたのだ。ヒグマに単独で簡単に勝てない人類が、そのヒグマに余裕で勝てたこの最新鋭ロボットに勝てるはずもないのだ。そのはずなんだ。


 ……それに勝っちゃった俺はじゃあ一体なんなんだろうか。


「なに、お前実はヒグマに勝てたりするの?」


「んなわけねえだろ。絶対食い殺されるって」


「でも全国ベスト3の実力ならなんとなくやれそうですよね」


「その“やれそう”っていう“慢心”で一体どれほどの人間が亡くなったと思ってやがる」


 尤も、やれそう、と思っても自分から好き好んで投げに行く奴なんて相当なバカだと思うが。


 さらに聞いたところ、このヒグマを投げるにあたって自分のほうは陸軍が使っている迷彩服を借りてやったらしいのだが、服がなんとなく邪魔だったらしいので後々上は脱いだらしい。しかし、ここで安心していただきたいのは、脱いだといってもその下はただの半袖Tシャツなのでそこまで露出が高くなることはない。あくまで、少し自分が動きやすいようになりたかっただけだとか。


 そう言った話をすると、どうしてもなんとなく恐くなってしまった。互いに、ユイのその実力に対して恐怖したり、そしてそのヒグマのほんとの恐ろしさに恐怖したり……。そのあとの飯とユイに限っては読書は中々進まなかった。どうしても、この話が頭から離れなかったのだ。

 恐怖というのは長く心のうちに張り付くものだが、それは人間もロボットも同じようだ。その飯時の空気は、少し気まずくなってしまった。飯を食う手が少し重く感じる。



 ……でも、それでも人前で問答無用で脱ぐあたり、もうコイツは羞恥心的なものはないのか、とも思う。さすがに全裸とかはないだろうが。




 ……しかし、今度はその羞恥心的なものはほとんどないということを思いっきり知らしめる事態が発生する。





 ……できれば、こんな形で出くわしたくはなかったが…………

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