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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第1章 ~平穏~
23/181

格闘技訓練

 ……その性格が関与しているのかどうなのか。変なところでもまた影響が出始めている。



 その数日後に行われた模擬格闘技訓練の事だ。


 特察隊の中で、俺の班とほかの2班と合同で行うことになり、いつも通り一通り格闘技の練習をした後、最後に復讐のような意味も含めて、教官を審判に模擬戦を行うこととなった。

 俺たちが実践している格闘技はそこいらにあるただの格闘技とは違う。自衛隊格闘術を引き継ぎ、さらに最近さらに改良された『国防軍格闘術』だ。

 元の自衛隊格闘術の時代からこれは改良を何度か行いながら今現在まで受け継がれてきており、日本拳法をベースとして、柔道、相撲、合気道の技を大きく取り入れて構成された世界屈指のレベルを誇る軍隊格闘技術である。陸軍だけでなく、空軍や海軍でも各々で訓練が進められているものだ。

 これは大まかに二つに分かれ、『徒手技術』『武器技術』に分類される。それぞれ中身は読んで字の如く、徒手技術は何も持たない素手での格闘を行うもので、武器技術はナイフや銃といった何らかの銃を持った状態で行うものである。

 さらに、最近ではCQCの需要が高まり、今のものでは対応できない部分も出てきた節があるので、若干の変更も行われた。簡単には、繰り出せる技の範囲が拡大した程度ではあるが、ここまで来るとぶっちゃけもう何でもありである。


 今回はその中でも徒手技術のほうの訓練となった。

 本来なら体育館でやるところなのだが、運の悪いことに体育館が今現在老朽化に伴う修復がてらのリフォーム中で使えないため、外でマットを敷いてやることとなった。

 また、防具は今回はつけない。その代わり、実戦状態に近づけるために、防弾チョッキとヘルメットは着用した状態で行うこととなった。なので、今の俺もヘルメットはまだかぶってはいないが、防弾チョッキは着用している。しかし、俺が出番となったらしっかりヘルメットも被ることになるだろう。


 模擬格闘戦は制限なしの勝ち抜き戦だった。なので、国防軍格闘術の範囲内であったら何を出してもいい。こういったことをすることによって、万が一CQCを行う際に相手がどんな技を出してきても即座に対応する力を身に着けることができる。最近、そうでなくてもテロやゲリラとの戦闘の中でCQCの需要が増えてきた昨今では、一般部隊でもこのような訓練が行われることも珍しくない。尤も、空挺団はどちらかというと特殊部隊な性質を持っているのだが。


 当然ながら対戦は1対1のシングルマッチ。他の人もその試合中の人の戦技鑑賞もかねて周りで観戦中であり、時折歓声も上がるほど熱狂した様相を見せていた。



 ……そんな模擬戦闘訓練もそこそこな時間が経った時である。


 ちょうど今まで3連勝中だった和弥がギリギリ投げ技を決められて敗退し、次の相手を呼び出した時だった。

 教官が次の順番を思い出しながら言った。


「あー、次は、えっと……、コイツか?」


 そう言いながら目線をある方向に向ける。


 ……そこには、


「……あれ、お前だっけ次?」


「みたいですね」


 誰でもない、ユイであった。

 ロボットといえど当然ながらこういった訓練にも参加する。それは前々から言っている通りである。

 今回の格闘技もしかりで、今回ユイは初めて対戦相手に当たる。本日1回目である。

「じゃ、行ってきます」と一言残すと、横に置いておいた迷彩柄のヘルメットをかぶりながらマット状に立った。

 相手はさっき和弥を仕留めた、そこそこいかつい体格の団員だった。この人も、格闘技に関しては結構上を行く人で、団の中でも1、2位を争う人材だった。親が合気道の師範をやっていたそうで、その親から直伝されたものだそうだ。そりゃ強いわけである。

 さっき和弥も、フェイントをかけながら得意の蹴り技に巻き込もうとしたらその前に投げ技を決められて少し悶絶していた。それだけ凄腕な人なのである。


 両者準備が整ったのはいいが、こうして並べて見てみると、明らかにその先輩さんの弱い者いじめの構図である。そこそこいかつい体格の男性に、少し見た感じ平均よりほんのちょっとほっそり体格の若い女性。……どう考えても悪いイメージしか浮かばない構図となってしまっている。傍から見ればその先輩がただの不良かなんかだ。尤も、この先輩そんな性格ではないどころか根っからの熱血漢なのだが。


 しかし、それでもロボットと人間という決定的な違いはある。見た目は別問題として。

 それに、身体能力自体は人間をはるかに飛び越える。ユイの身体能力に関しては、先日の動作試験以来即行で広まった。別に意図して広めたわけではないのだが、人間の情報網というのは怖いものである。まあ、これ自体は別段口にするなとは言われていないし、仮にしてもその情報の拡大はこの駐屯地内だけで済むからいいのだが、これを聞いた人は案の定……


「誰だ、こんなリアルチートにしたアホは?」


 ―――と、若干冷や汗をかきながらそう言っていた。そりゃ、あんな数字を見ればならないほうがおかしい。返す言葉もない。誰でもない、うちの御親戚のお方なのである。

 この不満に関してはあとで俺を中継するという形で爺さんに伝えておくほかはあるまい。


 その点ではユイにとって大きなアドバンテージなのは間違いないだろう。あとは、そこをどう生かすかにある。

 ただ身体能力が高いだけでは勝てないのがこういった格闘技、さらに言えば、これを含めたスポーツというものなのである。ただの身体能力が高いアフリカや南米の人が必ずサッカーでW杯優勝しているわけではないのと同じだ。尤も、あの地域も最近都市化が進んでそういったスポーツを行う場所が無くなったがために、レベルが徐々に低下しているというのもあるのだが。


「……ふぅ~、いっつっつ……」


「ん、お疲れ」


 ふと、隣に座りに来たのは先ほどまで3連勝していた和弥である。

 右肩あたりを若干痛そうに抑えている。上から防弾チョッキをかぶせていたとはいえ、痛みはそれすらも通り越して感覚として伝わったようだ。


「相手が悪かったな。あの人相手ならまず無理だ」


「にしても、もう少し優しくしてくれてもいいだろうに……。ほんと勝負事には真面目なんだからよぉ」


「いや、それが普通だろうに、文句言うな」


「へいへい、わかってますよ~」


 ほんとにわかってんだろうなコイツ、と思わず小さく文句を言いたくなるほど気が抜けた顔をしている。まあ、休んでいる間くらいいいだろうとは思ったが、コイツ相手だとなぜか納得いかないのはなぜなのか。


 走ている間に、双方ともに準備が整ったらしい。位置を整え、あとは教官の合図が来るのを待つのみだった。

 ユイも真剣な顔である。あんまり見ないのでこういった表情は結構新鮮に感じた。


「(……さて、どんなもんか拝見させてもらいますか……)」


 そう興味津々といった様子でこの試合を見守ることにした。周りも半ば同様である。関心はもっぱらユイに向かい、あの人を相手にどこまでやれるかに注目していた。

 ……とはいえ、今までが今までである。俺たち人間の予想を大きく天元突破してきたユイが、ここで何も予想外の事態を起こさないとは考えにくかった。何か、大きなどんでん返しがあるに違いない。俺は、密かにそう睨んでいた。どの程度かはさすがに知ったこっちゃないが。


 機は熟した。教官がきっちりを気を付けをした状態で宣言した。


「始め!」


 俺を含め、周りが一斉に静まる。その意識は、すべてこの目の前の試合に集中した。


 さっそくその先輩側が動いた。

 激しく左右に動きながら時折手と足をだし、フェイントとほんとのひっかけを混ぜて相手を揺さぶってくる。あの人のよくやる常套手段にして、王道の戦法である。

 これをすることによって、どれがフェイントでどれが本物の攻撃かがわからなくなる。そして、相手が隙を見せた隙にほんとに技をかける。単純だが、しかしこれがまた案外バカにできるものでもないのだ。

 フェイントを本物の混ぜ合わせの構成もほぼ無限にある。それを相手によってうまく調整することで、中々相手に自分の動きを読ませることをさせないのだ。これは、この人に限らず高いった格闘技をする人は良くやる戦法でもある。


 対するユイは中々思い切った攻撃はしかけてこない。まだ慎重に相手をうかがっているといったところだろう。その状態の、いわばちょっとした均衡状態が続いた。

 とはいえ、たったの数秒である。隙があったのか、すぐに先輩のほうが先手を打った。


「(―――ッ! きた)」


 俺は密かにそう悟った。

 一定の距離を置いていた先輩は、一瞬の隙を突いたかのごとく即行でユイの目の前に近づき、今度は自分から隙を作ってわざと相手の攻撃を誘った。

 案の定、ユイは好機とばかりに先輩の体に右手からつかみかかろうとした。


 ……が、相手の思うつぼというやつだった。


 彼は、俺にとっては、いや、周りにとっては案の定ともいえる行動に移った。

 その掴み掛った手を一瞬で払い、近くにきた左足を右足で刈る。当然、ユイは一瞬バランスを崩した。

 完全な隙ができる。先輩は一気に畳みかけた。

 フリーになっていたユイの左手をつかんでクイッとひねりながらユイの左側面のに立つと、うつぶせに倒れかけたユイに柔道で言う崩袈裟固の要領で左腕を固定しながら、ユイの右腕を自分の右手で下から回してつかみ、その状態のまま押しつぶすように自身の体重をかけた。


「(―――これは決まったか?)」


 俺たちは予感した。事実、そのままユイは自身の背中に乗っかっている先輩もろとも地面につきそうであった。仮についたら、身動きが取れなくなった時点で先輩に軍配が上がる。


 さすがに無理があったのか?


 俺はユイがそのまま倒れることを予感した。





 ……が、




 ……ユイは、よくわからない期待を裏切らないらしい。


 まさかの状況に陥らせた。




 ユイが一瞬右手を地面に伸ばしたように見えた。


 まさに、その時である。


「……なッ!?」


 俺は、いや、俺たちは驚愕の視線を向けた。

 審判役の教官も、こればっかりは予想外だったらしく目を見開いて目の前を凝視していた。

 ……俺たちだけではない。

 誰でもない、この技を仕掛けたその先輩自身が一番驚いている。

 自分の自信を持って仕掛けた技に対して、ユイは驚きの行動、いや、動作に出た。


 ……信じられなかった。


 同じ体格を持つ人間でなら、到底真似できるかわからないことである。


 ……なんてこった……


「……あいつ、あの体勢で……」





「右腕一本で体支えてやがる……」





 そのユイと地面を支えているのは、常時ついている足を除けば“ユイ自身の右腕一本のみ”だったのだ。

 そう、自分の右腕一本だけであの体勢から倒れるのを“耐えている”のである。


 呆気にとられている俺たちなど関係なしに、次に行動に移したのはユイだった。

 今ので、今度は先輩が大きく隙を見せることとなった。驚愕している先輩にはお構いなしに、そのつかまれている左腕を使い、その左手で先輩の背中をつかんで“左腕一本でクソ重いはずの全体重の重量に耐えながら”地面に振り払った。先輩はそのまま背中から地面にたたきつけられる。「ドシンッ」とクソ重い音からして、その衝撃がどれほど大きいかうかがえた。あの先輩が、思わずその痛さに少し悶絶している。

 それだけでは終らない。ユイはさらにそのつかんでいた左手を背中からいったん取ったと思ったら一瞬の間をおいてまたつかみ直し、今度は右手も使ってそのまま腕挫十字固の体勢をとった。

 相手の片腕を自分の太腿に挟んで絞めつつ、自分の両手で相手の腕全体を反らせるように伸ばしてきめる関節技の代表格ともいえる技だ。左腕の一振りからこの関節技を繰り出すまではほんの一瞬だった。

 先輩は動かない。いや、脱出するべくもがいてはいるのだが、全然ユイの体はびくともしなかった。むしろ、もがけばもがくほどその絞めはきつくなり、余計痛みを生じさせるものとなって言った。それほど、ユイの絞めがとてつもなくきついものだということの裏返しでもあった。


 この体勢になってから全然動かなくなった。教官も時間がかかったのを見てか、俺たちと同じく驚愕の視線を向けながらも、ハッと我に返って宣言した。


「止め!」


 声高に宣言されるとともに、ユイもその固めていた腕と足をほどいてすぐに立ちあがった。

 先輩も、一応は立ち上がったにせよ、やはり絞めが相当きつかったらしい。引っ張られていた左腕を少し抑えていた。

 互いに一礼すると先輩は俺たちのもとに戻ったが、俺たちはその光景を呆然とした表情で見つめるほかはなかった。

 先輩のほうもそうだが、ユイもユイだった。あれだけのことをやったのにロボットらしく疲れは一切見せず、それどころか腕を絞め上げすぎたと思ったのか先輩の腕を心配するように声をかけてすらいた。

 先輩も問題ないというように手をひらひらさせていたが、問題ないわけがない。現に今リアルタイムで肩に手をかけてるだろう。

 ユイもそこらへんはただの社交辞令的なものだということはすでに察しているらしく、顔は少し申し訳なさそうな様子だった。いくらなんでも本気すぎたか、と言わんばかりである。


 ……だが、あんなことをしても“そんな心配ができるほどの余裕だった”ということに俺たちはまた驚いた。


 ……ありえなかった。普通なら、あのままうつぶせで倒れて押しつぶされるのが通常のオチなはずだった。いや、それ以外どうしようもなかった。

 倒れる時間もほぼ一瞬。その瞬間に何かほかの動作や脱出を試みようなんて無理難題な話なのだ。まず、人間の脳と筋肉を結ぶ神経の伝達速度の関係上、つまり、人間の構造上どうやっても不可能な話なのだ。


 だが、ユイはあの一瞬でこれをするという判断をしてのけたどころか、実際に実現させてしまった。確かに、先日のハンドボール投げやらなんやらでアイツの筋力の高さは嫌というほど思い知らされたが、今自分の右腕にかかっている負荷は、自分の体重にプラスしてその先輩の全体重である。それを耐えたのである。

 詳しい数字は聞かされたことはないが、少なくとも、どっかの映画にいた筋肉モリモリマッチョマンの変態より少し小さいくらいだろう。どっちにしろとんでもなく重い。


 ……だが、それら全部の重量を、あいつは右腕一本で支えている。もちろん、正確には足もついているのDえ負荷はそっちにも分散しているかもしれないが、それでも、それぞれにかかる負荷は相当大きいものだったはずだ。足に関していうなら、あの体勢だとつま先を支えにして足全体でほぼ平行になった状態で耐えるということは、膝がいつ降り曲がってしまってもおかしくないということだ。それでも、一直線の棒にしてあいつは耐えた。

 しかも、腕も面一杯伸ばしていたわけじゃない。見た限りではL字の90度直角より角度が小さかった。つまり、片腕で腕立て伏せをやった時に腕を面一杯曲げた状態で保つかのような、あの自分の体を支えるにはとてもキツイ状態だったということなのだ。それに、あの先輩の体自体も、思いっきりユイの背中に全体重を乗せていたところから見ても、その体重のほとんどはユイの右腕に乗っかっていたことには違いない。しかし、何度でもいう。それでも耐えたのである。


 何かを支える場合は棒状のものを使うのが一番なのはもはや言うまでもない。理由はもちろん、そのまっすぐ伸びた棒状のほうが重力やそのほかの力から抗うのに一番最適だからだ。すこしでも曲がっていると、その部分に大きく負荷がかかりそこからポッキリと折れたりしてしまう可能性が大いにある。一々言われるまでもなく当然のことだ。

 しかし、ユイはその大いに負荷がかかる状態を“悠々と”耐えたのだ。どれだけ負荷がかかっているかはもう一々考えるまでもないだろう。自分のも含めて、大雑把に大人2人分である。子供ならまだしも、大の大人が乗っかったら、人にもよるが俺なら絶対耐えれない。両腕ならまだしも、片腕なんて、しかもある程度折り曲げた状態で耐えろなんて無理な話だ。それこそ、そのどこぞの映画の筋肉モリモリマッチョマンの変態でもできるかどうか怪しい。……いや、あの人途中で車押したり倒したりしてたからできないことはないだろうか。しかし、だとしてもこんなことできる奴なんて相当の筋肉バカだ。そこいらにいるわけがない。

 ましてや、こんな体格的に若干ほっそり体系の美少女がだ。こんな姿形の奴がそんな筋肉バカ上等な人間並みの力持ってるかって言われて信じる奴がいるかって話だ。


 当然、あの人自身も手加減していたわけではないことは先の模擬戦を見ても明らかだ。


 最後に決めたあの技。これが、あの人のもつ大技の一つだった。

 決め手、というわけではないのだが、彼がよく好んで使う戦法で、今まで何人もの団員がこれにやられた。相手側の攻撃を逆手に取るやり方であった。

 しかも、先輩自身も体重が中々に重いので(おそらく大半が自分の筋肉の重量だろうが)、これをされたらまず脱出は無理だ。四方固めのように首の下に手を回したり足に手を回したりしないあたりまだ脱出は出来そうだが、それは相手の体重と力に自分が勝った時の話である。あの人の体重の関係上、それは絶望的だった。

 だから、彼が今まで俺たちの中でも結構実力を持っていたのである。あれの餌食になった人はいくらでもいるのだ。


 ……これらの、どう考えてもユイが不利であるはずの条件から、あいつは半ば“力ずくで”乗り切った。人工筋肉の出力の高さもそうだが、そもそもあの大きな体重負荷に耐えられる右腕の骨格も相当だと思った。右腕だけでなく、さりげなくそこそこ重いはずの先輩の体を、左腕一本であんな体勢から思いっきり地面に振り投げてしまったところもまた地味にすごい。あの見た感じどちらかというと細目の腕のどこにそこまで頑丈な骨格があるというのか。本音、そんな骨格あとで俺にもくれよと思った。人工筋肉もオマケで追加してもらって。


 ……たまにわからなくなるな。


「(……あれ、コイツただの試験機だよな?)」


 いくら後で改良されて制式配備になりますよ~とはいっても、まだまだ最低限のバグ取りと不具合除去が必要な試験機だっていうのに、今の今まで全然それらしいこと起きてないどころかさっきからめっさおかしい性能を出しまくりなのだが。え、なに? そういう意味での試験機なのか? 拡張性という名目でとにかく詰めに詰め込んでどうなるかっていう意味での試験機なのか? 試験機っていったい何だったのかとあとで小一時間説教してやろうか。


 ……そんな、俺たちの呆然自失の時間が少しだけ起きたが、すぐに教官が無慈悲な発言をする。


「よし、じゃあ次。さっさと出てこい」


 俺を含めた周りは「え゛ッ」と声を漏らして固まった。顔は思いっきり引きつってしまっている。

 当然、周りは次に出るのを大いに渋った。当たり前だ。あんなのを見せられて喜んで対戦相手になるやつがいたらそいつはただの突撃バカか、もしくは相当格闘関連に自信があると“勘違いしているアホ”か、これのどちらかだ。

「いやいやいやいや勘弁してくださいよこれは!」と周りの連中が顔で訴えている。あいつにケンカ売ったら最後、自分はあの先輩ですら放り投げたあの腕と体力、もとい耐力の餌食になってボロボロになって帰ってくるのがオチだ。


 それでも、教官は問答無用だった。次が出てくるよう何度も催促してきたので、さすがに待たせるのはマズいということで誰が行くかということになったが……


「し……仕方ない。まずは俺が実験台になってやろう」


「か、和弥!?」


 そう率先して名乗り出た勇気ある勇者は和弥だった。とはいえ、顔からしてあんまり乗り気ではないのはやはり案の定だった。

 周りが「おいおい、大丈夫かお前……」といった感じでアイツにケンカを売りに行くことを渋っているが、それでも和弥の意思は固い。


「いや、とりあえずどんなもんかを見てくる必要があるだろう。強行偵察だ。行ってくるぜ」


 そういってヘルメットをかぶって戦いに挑むその背中は、まるで“漢”そのものだった。久し振りにあいつを尊敬してもいいと思えた瞬間である。

 ……だが、行ってくる、という言葉。“逝ってくる”の間違いじゃないだろうなおい……


「よぉし……、こいッ!」


 威勢よくそう言い放ちユイとの一騎打ちに挑んだ。


「始め!」


 その教官の宣言と共に戦いははじまる―――




 ―――と、なんとなくカッコいいように言ってみたのはいいが。


「……無理。あれは無理」


「うん、だろうね」


 案の定、あっさり負けた。一々戦闘の様子を細かく伝えるまでもなく、ものの見事にあっさり負けた。せっかく最初かっこよく決めていたのにこれでは正直すべて台無しである。


 今回の和弥は少しいつもとは違う戦法で挑み、ユイが行動に移る前にとにかく積極的に攻撃に入った。それはまあいい。

 攻撃自体は通じないことはなかった。足技も、思いっきり蹴り上げないと足を刈ることはできなかったが、それでもたまにバランスを崩すことはあってので、それをついて思いっきり自身の得意な崩し技に持ちこもうとしたが……


 ……そうなる前に、力ずくで踏ん張ってしまうのだから意味がなかった。


 バランス崩してもそのあと攻撃に移ろうとしたタイミングで耐えてしまう。片足を刈っても、もう片方の足で見事に耐えてしまうのだ。バランスも抜群。和弥が掴み掛ろうとしても全然微動だにしなかった。

 人がこういった格闘技をする上で一番隙を出しやすいのは、こういった攻撃に入る瞬間だ。こうして耐えるタイミングと、攻撃に入るタイミングが見事に一致してしまった。

 この場合、ユイ側が耐えるのは一瞬だけでいい。和弥はバランスが崩れた一瞬を攻撃に使うため、そこさえ注意していれば自ずと和弥の攻撃チャンスは潰える。そして、そのあとの一瞬は、今度は必然的に和弥が隙を見せることになる。

 そこを突かれてしまったら最後、もうどうしようもない。力ずくで投げられて終わりだった。


 しかし、奴を責めるべくもない。むしろあんなのに歯向かいに行ったのはそもそもの間違いなのだ。

 それでも積極的にお相手しに行った和弥はその点に関してはほめたたえられるべきであろう。

 ……そのあとのコイツはいろいろと満身創痍だが。


「だが、技自体が効かないことはない。問題は技が聞いた後ああやって耐えてしまうことだ」


「そこさえどうにかすれば……」


「よし、希望は見えないことはないな。要は、耐えさせなければいいわけだ」


「そういうことだ。うし、なら俺がまず得意の絞め技で……」


 そういった超簡単な作戦会議をしたのち、何人か続けざまにケンカを売りにいった。いくつもの団員が果敢な勇者となり、そして……




 ……まあ、見事に“散っていった”。




 いくら技が通用するといっても、結局はそこまでだった。やはり、耐えてしまうのである。

 技を仕掛けても、最後倒すとなった時にその火事場のバカ力なのかどうなのかわからないが、腕一本脚一本で耐えてしまう。

 そして、耐えたタイミングが見事に隙をあらわにする一番のタイミングにして、ユイにとっては攻撃の絶好のチャンスであった。攻撃した後隙を見つけてカウンターをかまして終わりのパターンばっかりであった。

 時には、同じく訓練にいた新澤さんを使って「同じ女性なら向こうとて手加減をせざるを得まい!」という良心を使った作戦に出たが、はっきり言って焼け石に水だった。

 ある程度手加減はしたんだろうが、それでも同じく新澤さんも男性ほど力はないので条件は全然変わらなかった。なので、新澤さんもその格闘の犠牲者の一つとして数え上ゲられることとなった。


 ……だが、当然だが彼らを責めることはできない。彼らも最善を尽くしているのである。人間なら人間らしく知恵絞りまくってとにかく技と技術を使いまくれ、ということでやってみているのである。だが、その結果がこれなのである。


 少しの時間が経ったときには、もう俺たちの横には無残に散っていった勇者の死体の山、もとい、敗者の山が築きあげられていた。横でグテーとしてしまっている。


 それだけで俺たちは恐怖した。こんな化け物にしてしまった爺さんをそろそろ本気でぶってやろうかと思い始めた。爺さん、仕様上必要なのはわかるが、いくらなんでもやりすぎだ。必要ないだろここまでは。アンタは何か? 「こうするしかなかったのはわかるが、そこまでしてやる理由がわからない」っていうジョークで有名なドイツ兵器を作りたかったのか?



 ……しかし、俺たちにとっての問題はそこだけではない。



 最初はまだ問題なかったのだが、勝ち続けるうちに、なぜか勝手に独自の暗黒面かなんかに落ちてしまったらしい。


 アイツの様子が……




「さぁて……、次はどなたですか? わ た し の 餌食になりたい方は?♪」




 い ろ い ろ お か し い こ と に な っ て る ん だ が 。


 俺たちが一番恐怖を感じていたのはこれだった。

 なんでかわからないが、ノリに乗ったというか、なんか楽しくなってしまったらしい。まあ戦闘用らしいツボの嵌り方である。本音、そんなツボさっさとぶち壊してしまいたい。

 顔が笑ってるのに目が完全にヤンデレの目である。いや、勘違いしないでほしいのだが、決してアイツはヤンデレ性格というわけなのではない。決してない。断言する。

 だが、どうやら今に限ってはちょっと調子乗ってしまったらしい。本来ならこういったパターンでの調子の乗るやつは大抵痛い目見るものなのだが、どう考えてもこの場合痛い目見るのは俺たちのほうである。

 皆「ひぃぃぃいいいいッ!!」と怖がっていた。子供か、とでも言わんばかりにビビりまくっている。まあ、そう言っている俺もあまり表には出さないが内心めっちゃビビっている。これほどビビったのは久し振りであった。


 これはたまらんということで、教官に頼んで少し時間をいただいて緊急の作戦会議を開いた。

 ちょっと離れて皆で円陣を組みながら戦々恐々といった様子で意見を出し合い始めた。


 ……んで、やっぱり一番最初に出るのが……


「誰だ! 彼女をあんな性格にしたやつは!」


 ―――案の定、この話題である。

 一人の団員がそういうとざわざわと同意の意見を出した後、少し敵意を持った視線を俺に向けた。やはり、一番最初に疑われるのは俺である。

 だが、俺は即行で否定する。


「ちょ、ちょっと待て。なぜ俺に振るんだ」


「いや、一番原因になりそうなのお前くらいだろ」


「だがちょっと待ってくれ。俺は完全に不可抗力だ。ああなったとしてもあいつが勝手にそうなっただけだろ」


「実は裏でヤンデレ化の調教でもしてたんじゃねえのか?」


「誰が得するんだそんな調教」


「ここにいるドMな変態共なら」


「俺はあそこまで求めてねえよ!」


「そうだそうだ!」


「ドMな変態なのは否定しないのか……」


 和弥の的確なツッコミが入った。

 しかし、実際問題としてあれは一時的にちょっとハイなテンションになってるだけで、元はあんな正確であるわけではないだろう、という点を少し解説しておく。

 一応、俺がロボット関連に詳しいことは周りも承知なので説得力自体は自信があった。事実、周りも一応の納得を示してくれている。


 ……が、


「……となると、性格形成のためのAI学習とやらの機能に関しては一応は正常……、なのか?」


 そんな一人の団員の疑問に俺も返答に困った。


「あれが正常に見えるか?」


「正常であって、正常ではないな」


「『朱に交われば赤く染まる』とはよくいうが……、あれはいい方向で染まってるのか?」


「賛否両論だな」


「いい、ともいえるし、悪い、ともいえるな」


「よくわからん性格になりつつあるな。いいことだ」


「いいのかこれ……」


 そんな性格に関するちょっとした議論の後、和弥が話題を戻すように言った。


「だが、今はそんなことはどうでもいいんだよ。どうすんだよ、アイツ。どうやったって勝てる相手じゃねえぞ」


「ああ、困ったな……。これじゃ彼女の生みの親である人間としての立場がない」


「でも産んだ子が生みの親を超える瞬間ってなんか涙を誘うよな」


「この場面でそれを言うほどお前は余裕なのか?」


「今ここでそれを言われてもなぁ……」


 そんなジョーク交じりの対策会議が少しの間行われたが、やはりこれといった打開策は生まれなかった。

 結局、向こうが技自体に遅ればせながら耐えてしまうこと自体が一番の問題だった。人間だったらたまらず倒れるところを、アイツは必ず何かしらで耐えてしまう。そこでどうしても隙ができてしまうから、もう手におえなかった。

 あーでもない、こーでもないと唸っているうちに……


「おい、そろそろ次出てこい。時間も押してんぞ」


 教官から無慈悲な催促がされる。振り返ると、少しイラついている教官と隣で相変わらず恐怖の笑顔を振りまいているユイがいた。この二人の組み合わせ、なんかよくわからない違和感を感じる。


 こっちとて好きで長引かせているわけではない。しかし、時間も押しているのも事実ではあるし、そろそろ次を出さねばなるまい……、と、なった時だった。

 次の生贄、という名の対戦相手を誰にするかに話がシフトしようとした時……


「……仕方ない。ここは、背に腹は代えられんゆえ、切り札投入といこう」


「ん?」


 和弥が腹を決めるようにそう言った。

 周りが和弥に注目する。


「斯波、誰だよ切り札って。まさか、お前じゃないよな?」


「まさか、俺はさっきでてボロ負けしましたよ。……とっておきが残ってるじゃないすか」


「―――? とっておき?」


「そう……。とっておき」


 そう言って、少しもったいぶるようにやおらと視線を移していった。


「……よし、そろそろ行くか」




「祥樹、お前の出番だ」




「……は?」


 俺は思わず呆気にとられた。いきなりの推薦が俺である。

 皆も驚いていた。しかし、驚く方向が少し違う。


「お、おいおい、もうここで出しちまうのか?」


「早くないか? まだほかにも何人か残ってるぞ?」


「いやいや驚くところ違くね?」


 そんなツッコミをするも周りはお構いなしだった。

 和弥も、周りの賛同が得られたことに、しめた、と思ったのか、ここぞとばかりに俺を推してきた。


「お前らの祥樹に対するその実力は知っての通りだが……」


「いや、すまん。俺知らんのだが」


 そう言ったのはつい最近この部隊に編入された団員である。他にも何人かそれに同意した。

 彼らは俺が訓練している間はほかの班にいたために、今回俺とは初めてこの格闘技訓練に参加することとなっていた。


「あー、そうか、そちらはご存じないか」


「ああ。んで、コイツはそんなに強いのか?」


「ええ、ほんとに。なんせコイツ、高校時代……」


 そのあとに放たれた和弥の一言に、その知らなかった奴らは驚愕した。


「はぁ!? ほんとか!?」


「え、ええ……まあ……、一応」


 俺は思わず威圧かけられて問いただされた。


 和弥もこのことに関してはよく知っていた。なので、周りに簡単にその説明をするとその知らなかった奴はのけ反った。そして、「なんで今まで出さなかったんだよ!」と非難轟々だったが、「だからこその切り札ですよ」の一言で一蹴してしまった。


 ……不本意に上がりまくる俺に対する期待のハードル。ある程度予想は出来てなかったことはないが、ここまでされると負けようにも負けれなくなる……。いや、まだ出るって決めたわけじゃないのだが……。

 和弥がさらに問う。


「それに、お前のことだ。どうせ、あらかた弱点、というか、勝ちに行くためのプランは考えてんだろ?」


「ッ……」


 ……アイツには他人の本心を読み解く力があるのか。そう思い一瞬言葉を渋ったのをアイツは見逃さなかった。

 俺はさすがに参ってしまい、半ばあきらめ半分に言った。


「はぁ……、まあ、ねぇことはねぇけどよぉ……」


「けど?」


「いや……、それでも、相手が相手だ。あんまり自信はねぇぞ?」


「それ、今まで試合するたびに言ってるな。ハハハ」


「……」


 返す言葉もない。事実、考えてみれば確かに言ってた。半ば無意識だったのかもしれない。

 だが、こればっかりは実際問題相手が今までとは違うので割と本気で自身がだな……。

 そう思いつつも、周りから何度も懇願されるので、どうしたものかと少し頭を抱えたが……


「おい、そろそろ誰か出てこい。時間ないぞ」


「生贄~、生贄~♪」


 教官の催促と、ユイの違う意味でぶっ壊れたお言葉が聞こえてきた。

 同時に、周りからもここぞとばかりに迫られる。もう、逃げ道はなさそうだった。


「……はぁ、わかったよ」


 俺はそう少し声高にそういうと、足元に置いてあったヘルメットを手に取り、後ろにいる二人のほうに振り返った。

 一つため息をつき、決意するように、俺は二人を見つめて言った。


「……俺が出ます」


 そういうと、ユイはさっきとは打って変わって驚いた表情を示し、対して教官は「待ってたぜ」と言わんばかりに顔をニヤつかせていた。教官も、一応格闘技訓練に携わっている関係上、俺のあのことに関してはよく知っていた。

「でも、あんま期待すんなよ?」とか言って軽く予防線を張りながらヘルメットを被り、決戦の地に立った。実は、俺自身本日1度目の模擬戦である。順番の関係上、偶然にも今まで出番がなかったのだ。


 案の定、思っていたよりマットはある程度広めだ。それでも、アイツがああいった戦い方をするってことは……。


 となると……、大体戦略は練れるな。


 一礼して、ユイと少し距離を置いて正対する。すでにユイはモードを切り替えていた。完全に、討ちにいく目であった。なんとなくロボットらしい。俺としては、こういうのを内心心待ちにしていた。そう言った嬉しさ反面、しかしやはり怖いと思う反面。若干複雑だった。


「このまま負けっぱなしじゃ、人間の顔が立たないんでね……。悪いが、本気で行かせてもらうわ」


 何を思ったのか、そんな一言を投げかけた。俺は別にライバルに決勝戦で挑むボクシングとかの主人公的立場ではないのだが。しかし、ユイも悪ノリ、というのを覚えたらしい。


「……そう来てもらわないと、こっちとて楽しくありませんので」


 そう、静かに返した。これのせいでこの場の空気のテーマが確立してしまったようで、完全に悪ノリが観客席にも伝染した。


「いけ篠山! お前の実力見せてやれ!」


「おまえだけが頼りだ! お前がやられたらあとはないと思え!」


「頼むぞ! お前は人類軍の希望だ!」


 そんな声援がこの駐屯地前広場にこだました。実際はそんな大それた場面でもなく、ただ単にロボットと人間の格闘技対決がされてるだけなのだが、いつの間にか『世紀の対戦! 最強最悪の人型ロボットに人類は勝てるか! 最後の戦いが、今始まる!』みたいな子供向け日曜朝アニメの劇場版のラストにありそうな展開になってしまった。大人が好き好んでやるべきものではない。


 ……しかし、時間は問答無用で経った。時は来たれりである。


「はじめ!」


 教官の合図とともに再び試合のゴングが鳴った。ゴングはないが。


 すぐには互いに攻撃には移らない。まずは様子見である。

 ……が、


「(……やはり、隙が全然ないな……)」


 常にこっちも構えてないと即行で隙に付け入られる。向こうの構えも完璧だ。戦闘用だから、と言ったらそこで押しまいだが、そのために徒手格闘に関してのデータもしっかり詰め込まれてるみたいだな。味方としてみれば心強い限りだが、いざ敵として相手取るとなると……。絶対になりたくないもんだ。


「(……しゃぁない。最初はやっぱり……)」


 そう考えた俺は、



 そのまま前挙の構えを“解いた”。



「ッ!?」


 案の定お相手さんは驚いているようだ。しかし、それは隙になってしまう故、すぐに冷静を取り繕った。

 周りもなんかざわついている。当たり前だろう。こんなタイミングで構えをとって両手フリーでいるということは、「どうぞ投げてください」と言っているようなものだ。


 いや……、内心、さっさと“投げに入ってほしい”のだが。


 そして、案の定ユイはこの絶好の機会を見逃さなかった。

 瞬時に俺の目の前に近づき、前挙を伸ばして俺に掴み掛り投げ技で一本を決めようとしてきた。


 ……同時に、俺はそれを待っていた。


「(おらッ!)」


 俺はその前挙を掴み掛られる直前でかわし、ユイの左側に回り込んだ。

 構えを解いたフリーの状態からの突然の動きにユイは一瞬目を見開いて隙をみせた。やっぱりだ。コイツ、こっちが予想外の動きを見せれば必ず同じ反応を示す。隙の出方もまんま同じだ。ロボットらしい特徴だ。パターンが決まっている。

 さらにそのままある程度前のめりになった。ロボットとて慣性には逆らえない。その力を利用した。

 そこからさらにユイの後頭部の下をつかみ、体重が乗っかっているユイの左足を思いっきり刈り上げ、首をつかんでいる左手を一緒に引き倒すように後ろに引っ張った。すると、ユイの体はその力に逆らうことができずそのまま回転を始めた。


 これが、格闘技界で中々難しいと言われている大技である。最近ではやる人は見ないほど難しく、これによって相手を回転させて地面にたたきつけることができる。ここにいる中でできるのは間違いなく俺だけだ。今回は、見事にうまく言った。


「(よし、回った)」


 本来ならこのまま回転して地面にたたきつけられるはずだ。ユイは空中を回転中。地面に着地するまで何かで支えようがない。回転している状態で足なり腕なりで支えようとしても演算が中々間に合わないはずだ。これは一本いったはず……


「(―――なッ!?)」


 しかし、そう簡単には終わらせてはくれなかった。


 回転を半分した時だった。ちょうど頭頂点が地面に向いた時、ユイはすぐに両手を地面に伸ばしてそのまま“跳ねた”。

 自慢の腕の跳躍力を使い、回転運動を強制的にカットし、代わりに上に軽く飛んで地面にスタッと降りた。瞬時振り返って構えもつける。

 俺は思わず驚きつつも、隙を見せないように構えを作ったが……


「おいおい、マジかよ……」


 思わずそうつぶやいた。

 回転運動を強制的に跳躍力に変換するなんて聞いたことがなかった。やはり、一筋縄ではいかないか……。


 その後も、にらみ合いと簡単に技の出し合いが少し続く。

 足技だけでなく、思い切って固め技も投げ技も互いに繰り出す。しかし、ユイはやっぱり寸前で耐えるわ、俺も俺でそうなる前に足を刈ったり腕を刈ったりしてバランスを崩させて技を封印させるわで、中々決着がつかずにいた。


 時には、偶然にも同じタイミングで互いに投げようとして柔道の組手の如く相手の襟と袖を組んで力の均衡が発生した。

 必然的にユイとにらみ合いになる。ここまで来ると互いに目が殺気立っていた。俺も俺で自覚しているほどに。


「……やっぱ簡単には勝たせてくれねぇよな」


「させると思ってます?」


「いや、全然ッ。……でも調子乗んなよロボットのクセにぃ」


「そっちこそッ」


 そんな若干笑い有りのジョークも互いに交わしながらまた足技腰技で攻める。とにかく攻める。


 どれくらいの時間が経っただろう。もう数分どころか二桁経ったんじゃないか? いや、俺の錯覚なのだろうか。もう感覚が麻痺してきていた。

 緊迫の時間である。周りも黙り込んで事の流れを見守った。

 互いに息切れしている。こればっかりはユイも演算処理が多すぎて空気排泄をひっきりなしにせざるを得なくなっているようだった。


 こちらも体力的にキツイが……、しかし、このタイミングがチャンスだ。


「(複雑な演算処理が多すぎて頭がパンクしかけてきてる……、動きも最初と比べてノロいぞ)」


 こちらの戦術がうまくいっていた。

 チャンスは今だ。向こうが回復しないうちに、一気に仕掛ける。


「(よっし、今ッ!)」


 俺は少しロボット版の疲労が発生して動きがノロくなっている隙を見つけて一気にユイに駆け寄った。

 ユイも黙ってみているわけはない。すぐに構え直してこちらの動きをうかがった。

 俺は一瞬掴み掛ろうとして手で簡単に払われると、今度はユイが掴み掛った。


 そのタイミングである。


 その掴み掛った手をこちらも一瞬で払い、近くにきた左足を右足で刈った。そうでなくても少し動きが鈍くなっているユイは簡単にバランスを崩した。

 完全な隙ができた。今のユイは完全に隙だらけである。

 フリーになっていたユイの左手をつかんで、先輩が最初やったようにクイッとひねりながらユイの左側面のに立つと、うつぶせに倒れかけたユイを崩袈裟固のように左腕を固定しながら右腕を自分の右手を下から回してつかみ、その状態のまま押しつぶすように自身の体重をかけた。


 そう。最初の先輩の戦法と同じである。今だからこそできる戦法だ。


 だが、この後の展開も最初と同じだった。


 またもやユイは残った右腕で地面を支え、地面につくのを寸前で耐えた。


「ッ! あの時と同じだ!」


 観客席のほうからそんな声が聞こえたが、俺はむしろ“それを待っていた”。

 そして、最初と同じくユイはつかまれている左手で強引に俺の背中をつかんで地面にたたきつけようとした。当然、振り投げるために体重は左に傾いた。


 ……その時である。


「―――サンキュー、俺の勝ちだ」


「えッ?」


 俺は勝利を確信した。


 その左に傾いた瞬間「もらったッ!」と思わずつぶやいた。

 ユイの右腕をつかんでいた俺の右手を思いっきり外側に振り投げた。体重が左に向き、右腕に力が入っていない今だからこそできる技だった。

 支えが両足しかなくなったうえ、その両足も角度的にどう考えても単独で支えることができない。この状態で、初めてユイは俺共々地面にたたきつけられた。

 ユイは左に思いっきり振り投げたので、その力をそのまま利用して俺とユイは横に一回転。俺はユイの左側に倒れると、すぐにすぐ近くにあったユイの左手を右脇で挟み、自分の左脇でユイの首を挟んで袈裟固の体勢をとることに成功した。


 ユイを、初めて固めることに成功する。


「ッ……、グ、クッソッ……」


「ッ……ィッ……」


 互いに唸りながら、俺は何とか今の体勢を維持し、ユイは脱出を図ろうとする。しかし、体勢が体勢だった。元より、柔道というのは小柄な人間でも十分に大柄の人間と戦えるようなルールになっており、単純な力の違いだけで勝つことはできないスポーツだ。ユイのほうが確かに力は強いが、しかし、この体勢でそれを発揮することは容易ではない。


 少しの時間が経った。たった数秒だけだろうが、この体勢のまま全然動かなかった。


 ……そして、その声がとどろく。




「……止め!」




 勝敗は決した。

 見ると、教官の手は俺のほうの陣営に向いている。


 文句無しの、俺の勝利であった。


 互いに大きく息切れする中、その時、一瞬の間をおいて周りがドッと歓声を上げた。


「っしゃあ! やったぞ!」


「勝った! 人類の勝利だ!」


「奴が救ってくれた! 奴は最高だ!」


 そんな歓喜の声が外にこだまする。そこまで大それたことしてないだろ、と思ったが、もうツッコむ気力もない。俺は腕を解いて力なく横に倒れて天を仰いだ。晴天の空が俺の視界いっぱいに映る。

 その上を、今度は歓声を上げまくっている男どもが重なってきた。今度は押しつぶされる。


「ちょ、ま、待って、おも、おも……」


 そんな悲鳴も歓声にかき消され、しばらくそのままで耐えることとなった。

 やっと離れた後も、違う意味でまた疲れた状態であった。


 上半身を起き上がらせると、ユイも同じタイミングで起き上がらせる。その表情は、残念がってるというより、「フゥ~」と疲れをとるように息づいているように見えた。


 そんな中、団員がまた声を張り上げた。歓喜のほうで。


「す、すごいじゃんかお前! あんな最強ロボットに勝つなんてよぉ!」


「ほんとな! なんでここまでできるんだ!?」


 そういった質問が連射させられた。周りも同じく同様だった。

 ……それどころか、


「あ、私もいいですか? 助言的なのもほしいので」


 そんなことを対戦相手であるユイにまで言われたので、とりあえず簡単に説明した。



 俺が狙っていたのは、ロボット特有の弱点を突いたものだった。




『長期戦による複雑な演算処理能力のパンク状態によって発生する動作演算の不完全処理』




 そう。実は、最初からこれを狙っていたのだ。


 ロボットは人間と比べて、体力の概念はないが、代わりに演算処理によって動きに制限が課せられる。

 向こうにとにかく複雑な動きをさせ、それによる制御演算や未来予測演算をひっきりなしにさせることによって、ユイの頭に負担を大きくしいらせる。さらに、さっきのように隙あらば会話も入れることによって、さらにそれによる対話応答演算もさせて負担を大きくさせる。こうなると、ロボットは人間で言う“頭がパンク”の状態に陥る。

 ロボットは必要上、ここまで多量な状況を把握するまでには至っていない。ユイも同様だ。ほかのロボットと比べると高性能だが、やっぱりこういった感じで演算内容が多くなりすぎるとさすがに耐えがたくなる。前に言ったような、ランニングの時やそのほかの単調な動作をするときの演算処理とはわけが違う。


 その点人間はまだいい。体力による消耗はあれど、ここまで自身の動きに影響が出るわけでもないし、さらに言えばそれは自分自身が身体的に鍛え上げることで解決できるものだ。今の俺は、はっきり言えばまだまだ十分に戦える体力と判断力を持っている。

 今まで、ユイに“いらなく無駄な動きを強いらせた”のも、これが目的だったのだ。

 マットがある程度広いと見たのも、わざと動きを大きくさせる目的があった。自分が大きく動けば、ユイのほうも俺より大きな動作を強いることになる。そういう少しずつの負担の蓄積をすることによって、徐々に人間有利の状況に持っていったのだ。


 そして、最後の技。先輩がやられたあの時点で実は構想は出来ていた。

 体重をかけることによって力の分配が変わることを利用して、一番厄介な技をかけられた瞬間を利用して強引に自分もろとも転倒させる。

 地面につかせれば後はこっちのものだった。固め技を瞬時に決めれば、その時点で勝負はついたも同然だった。後は、教官の試合終了の合図が鳴るまでとにかく耐えるだけ。



 ……これが、俺の立てた戦略プランだった。事の顛末を説明すると周りもいたく感心していたようで、和弥は思った通りといった様子でうなずき、新澤さんもほぼ同様。ユイに至っては「してやられた」と言わんばかりに苦笑いしながら頭を片手で軽く抱えている。


 ……すると、そのユイからこんな質問が。


「ですが、よくまあそこまで考えれましたね。格闘技得意なんですか?」


 その質問に、和弥が思わず笑って代わりに答えた。


「ハハハ! そりゃそうですよ。なんせコイツ……」





「全国高校総合徒手格闘技大会のベスト3入賞者ですからね。相当な強者ですよ」





「……えええ!? そうなんですか!?」


「え、あぁ、うん……まあ……」


 思わず気迫を強くして言われたので少したじろいだ。


 まあ、言ってることは間違っていない。自慢ではないが、両親の仕事上趣味の延長線上でやっていた統合格闘技で高校時代部活に通っていたのだが、運のいいことに全国行ってしまった。

 しかも、ベスト3といってもその下の第3位ではあるが、相手が全国常連校の中でも、団体の大将務め、のちにその大会で優勝してしまった超強者な上、ギリギリ足技喰らって判定負けという惜しい敗北をしたほどだった。後々、格闘技選手関連でオファーが来たらしいが俺はその時そっちに行く気はなかったのでもちろん断った。

 そんなわけで、格闘技に関してはこの基地内でもトップを争う人間となった。一応、あの先輩にも勝ったことがある唯一の人間でもある。


 周りに和弥が説明していたこともこれだった。必要ないと考えていたのでユイには今の今まで言ってなかったのだが、これを聞いて「そりゃ勝てんわ……」といった感じでまた頭を抱えた。いや、正直俺こそお前なんかに勝てるかと本気で思ってたんだが……。さっきのプランも、ロボット相手に通用するかあんまり自身はなかったし……。


 ユイはあたまを上げて少し参ったように言った。


「全国言ってる強者なら、そりゃあそこまで考えますよね……。はぁ、これは、私の完敗です」


 両手を軽く上げてそういったリアクションをとったが、俺はすぐに否定した。


「いやいや、こっちもお前があそこまで耐えるとは思わなかったよ……。正直、もっと早く演算処理でバテると思っていたが」


「ん? そうなの?」


 隣にいた新澤さんがそう言ってきたのを肯定した。


「ええ。ですが、さすがに最新鋭ってところですね。俺の予想を上回ってました。……逆にこっちが体力切れるんじゃないかとヒヤヒヤでしたよ」


「にしては、顔は全然余裕だったじゃない」


「顔は、ですよ。顔は」


「ふ~ん……」


 新澤さんの疑いの目。やめてください。ほんとに余裕じゃなかったんです。あの時点ではまだ頑張れるってだけで、限界は視界に入ってたんですって。


 俺は一つため息をついた。


「……だが、ここまでやれたのも久しぶりだ。感謝するよ」


「え?」


 俺はユイに手を伸ばした。


「……ナイスファイト。次があったらまた勝負しようぜ」


 俺のその一言に、ユイも顔をほころばせた。


「はい、喜んで!」


 そういって俺の手を握ってきた。考えてみれば、こうして面と向かって握手したのってこれが初めてだった。この手の感触、触ってみるとわかるが、やっぱり人間ほど柔軟ではないか。中に何か固いのがある。たぶん、薄めにはられた装甲かなんかだろう。

 瞬時に、周りから冷やかしじみた歓声があがった。


「いいよね、勝負を超えてライバルと結ばれる友情ってね」


「あるある、ロボット相手にも通用するんだな。ハハ」


「あいつ独り勝ちは少しまずいな。俺も負けんようにせねば……」


 そう言った声がこだまする中……


「……お、時間だな」


 隣で少し笑顔で終始見続けていた教官が腕時計を見ながらそう言った。

 その直後、ラッパの演奏が広場にこだまする。昼を伝えるラッパだった。

 すぐ隣にある隊舎の時計を見ると、すでに時刻は昼を回っていた。もう、飯の時間である。


「よし、今日はここまでだ。飯にするぞ」


 教官のその宣言と共に挨拶を済ませると、俺たちは疲れた自身の体にエネルギー源を補給しに行くべく食堂に向かった。

 午前中はずっと格闘の訓練だった故、全員疲労がたまっていた。今日は食堂は大混雑になるだろう。現に、挨拶が済むと同時に即行で食堂に突っ走る人までいた。お前ら本当に疲れてるのかと。


 ……その帰路、


「……でも、まさか投げる途中で腕を刈るとは……、いやはや、参りました」


「いや、こっちこそ参った。お前を少し侮っていたわ……、危うく俺が負けるところだ」


「現に負けたのはこっちですけどね」


「確かに」


 そんな会話を続ける。ユイにとっても、あれは結構有意義だったようだ。悔しさというよりは、少しスッキリした表情を浮かべている。


「しかし、このままでは私の気が済みませんので、またいつの機会にか」


「うむ。その時は俺もまた本気で……」


「……その前にですね」


「ん?」






「……後で教えてくれません? ああいった格闘技の戦法。プロ視点で」


「あー……、まあ、別にいいけど」






 終わった後もまたレクチャーしてやらにゃならんのか。こりゃ大変だわ。


 ……でもまぁ、


「(……本人が嬉しがってるしいいか)」


 なんとなく、コイツが笑顔になるならそんくらいなんでもないか、とも思えてきた。


 ……仕方ない。コイツの成長のためにもなるだろうし、少し腕をかすことにしよう…………

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